スマブラのエロパロスレまとめ

「パルテナ様っ! 無茶だよ、僕をここから出して! 一緒に戦おうよ!」
 異空間の中、亜空軍に心を支配されたピットとブラックピットを相手に、絶体絶命の危機に陥ったパルテナ、リュカ、そしてWiifitトレーナーの三人。
 トレーナーは既に激しい攻撃と陵辱を受けて身動きも満足に取れず、リュカはパルテナによって張られたバリアの内側にトレーナーと共に押し込められてしまっている。

 そしてこの戦いには、パルテナがたった一人で挑んでいた。取り囲むのは亜空軍ブチュルスの群れ。一歩間違えればたちまち力を吸い取られ、二人の天使の餌食だ。

「リュカさん、そんなに心配しないで。この状況には前にも遭遇したことがあるのです。大丈夫、いけます」
「そ、そんな! パルテナ様!」
 不透明なバリアに遮られて外の状況が見えずにいるリュカを差し置き、パルテナはブチュルスの群れを薙ぎ払っていった。
 以前、パルテナはこの状況に置かれた際、大群の数にかなわずに敗北を喫していたが、今回はそうたやすくはやられない。
 むやみに広範囲攻撃を連発せず、適度に群れを吹き飛ばし、とにかく自分のテリトリーを意識して近くに接近するもののみに集中をするのだ。そうすることで、一匹一匹に油断して吸いつかれにくくなる。
「チッ、パルテナ、やっぱりそれなりに知恵は回るな。よし、ピット!」
 ピットとブラックピットは、そんなパルテナを妨害するように、上空から矢を撃ちこんだ。
 パルテナはこれも想定していた。飛び道具を跳ね返す反射板をうまく使って、矢の妨害も容易く受け返している。対ブチュルスへの攻撃も、決して手を緩めない。
「パ、パルテナ様! 大丈夫なの?」
「えぇ、もちろん。当たり前ですよ」
 パルテナはリュカに声をかけながらも、次々にブチュルスを倒していく。上空からの天使たちの攻撃も激しくなるが、それにも負けずに、むしろ撃たれた矢を跳ね返してブチュルスを一掃する勢いだ。
 そうしてブチュルスの数は順調に減っていき、いつしか数えられるくらいになり、そして最後には
「天の光! ……ハイッ! おわり!」
 とどめの天の光で、残ったブチュルスたちを一掃した。



 一方バリアの内部、リュカはトレーナーの傍で、ただただバリアの外の出来事を案じていた。なにしろ、外の風景は見えずとも、彼女の戦闘中には爆発音や炎の轟音が休みなく響き渡っていたからだ。
 リュカはなんとかしたいと思ったが、バリアからは出られないし、出られたとしてもパルテナの邪魔になる可能性もある。それどころか、声をかけることさえ彼女の気を散らすことになるのではと遠慮して、どうしよう、どうしようと思いながら、パルテナの勝利を願うしかなかったのだった。

 だが、最後にパルテナの「おわり!」の声とともにシーンと静まり返ったのを察して、リュカはおそるおそる、バリアの外に声をかけてみた。
「パ、パルテナ様……?」
「なんです、リュカさん」
「や、やったの?」
「はい、もちろんです」
 バリアに遮られて見えないが、外から聞こえるのはパルテナの余裕の声だ。彼女の明るい声。姿は見えなくとも、満面の笑みであることが分かる。
 リュカは喜んだ。彼女はバリアで自分たちを守りながら、あのブチュルスの大群を一掃してくれたのだ。女神の力は、やはり伊達ではなかった。
「やった! パルテナ様、さすがだね!」
 あとはピットとブラックピットをどうにかすれば、なんとかなる。女神パルテナならきっとやってくれる。リュカは思わず喜んで手をあげた。
……自分たちはまだバリアの内側におり、いざというときに、パルテナを助けることができない状態であることも忘れて。

「やった、と思うか?」
「えっ?」
 次にリュカの耳に聞こえてきたのは、ブラックピットの声だった。そして、その直後
「あ、あっ!?」
 パルテナの苦しそうな声がリュカの耳に届いた。ブラックピットの含み笑いも聞こえてくる。
 リュカはバリアの端まで駆け寄り、二人の声がするほうに思い切り叫んだ。
「パルテナ様! ど、どうかしたの? ブラピ、何を!」
「ああっ! うっ、や、やめ……」
「ククッ、形勢逆転だな、パルテナ」
 パルテナの痛々しい悲鳴、何かが倒れる音、ブラックピットの笑い声がますます響いた。
 相変わらずリュカ側からバリアの外は見えない。それでも、ブラックピットがまだなにか仕掛けをしていて、パルテナがそれにかかってしまった、それだけはリュカにも聞いてとれた。
「パ、パルテナ様! パルテナ様、どうしたの! まさかまだ亜空軍がいたの? パルテナ様、もし困ってるなら僕も戦うよ! ねぇ、ここを開けて!」
「よぉ、リュカ。そうはいかないみたいだぜ?」
「えっ……?」
 パルテナの返事の代わりに、ブラックピットの声がリュカに語りかける。その余裕ぶった口調、姿を見なくても、どれだけ卑劣な顔つきで語りかけているか分かるくらいだ。リュカは思わず身をすくめた。ブラックピットは高笑いしながら、さらにリュカに話しかけてきた。
「パルテナは、お前に今の姿を見られたくないみたいだぜ? でもせっかくだ、俺がお前に教えてやるよ。そう、パルテナがどんな惨たらしい目に遭っているかをな。いいか、パルテナは今……」
「ぼ、防音!」
 ブラックピットの言葉の途中で、パルテナの呪文詠唱が聞こえ、その直後、ぶつんとラジオが切れたようにして、バリア外部の音がリュカの耳に聞こえなくなってしまった。
 バリアによって視覚だけでなく、音までも遮断されてしまったのだ。
「パッ、パルテナ様! 何にも聞こえなくなったよ! ど、どうしたの、何があったの! 開けてよ、ねぇ、パルテナ様!」
 リュカの声はパルテナやブラックピットにも届かず、むなしくバリアの中で反響した。 



「へへっ、どうしたパルテナ? やっぱり恥ずかしいのか? それとも、淫らな姿はお子様には見せられない、ってか? ハハハハハ!」
「…………!」
 バリアの中にいるリュカのもとには、もう外の景色も音も届かなくなっていた。逆にリュカの声も、パルテナには届かなくなる。
 それは、パルテナ自身が仕掛けたことだ。彼女に残った最後のプライドが、これ以上第三者に恥を見せたくないという思いで、バリアに防音を仕掛けたのだった。

「フッ、隙を見せたなパルテナ。意外だっただろう、ブチュルスは地面に潜って奇襲攻撃をするのが得意なんだ」
 パルテナはブチュルスのもう一つの特性を知らなかった。あらゆる地面に身を潜めて地面の下から奇襲攻撃をする、力吸収と並ぶ厄介な性質だ。
 パルテナはブチュルスを殲滅したと思っていたが、実は地面に最後の一体が隠れ潜んで残っていたのだ。そして、パルテナがちょうど真上にきたところでその一体が飛び出し、パルテナの装束の中に潜り込んだ。真下から勢いよく飛び出し、その唇が狙ったのは彼女の性器。その部分に、ブチュルスは勢いよく唇を押しつけはじめたのだった。
 最後の詰めでまたしても罠にかかるとは。パルテナは、また前のように力を吸い尽くされることを恐れた。だが、様子がおかしい、ブチュルスは彼女の肌に触れてもすぐに吸いつきをはじめず、その身体をなおもパルテナに押し付け続けているのだ。 
「亜空軍になった俺たちをここまで苦戦させるとはな。もう容赦しない。とびきりの陵辱と苦痛、そして……快楽を与えてやるよ」
「!?」
 ブチュルスの唇が、パルテナの性器の割れ目を無理やりにこじ開ける。その行為がなにをしようとしているのかは明白だった。
「っ! そ、そんなっ! こんなもの、は、入りませんっ!」
 ブチュルスはパルテナの柔らかい膣内まで、その唇をねじ込もうとしているのだ。ブチュルスの唇は成人の男性器よりもずっと大きく、分厚くてやわらかく、押しつけられる不快さは男性の性器を押しつけられる以上だった。
 パルテナは思わず、ブチュルスを掴んで引き離そうとした。だが、吸いついて離れない特性をもつブチュルスを引き離すことなど容易くは出来ない。それどころか、引き離されそうになって負けじと、ブチュルスはさらに身を捩って、その唇をパルテナに強く押しつける。
「あ、あ、あっ!」
 太くて長い唇は、はじめ簡単には挿入されず、ミリミリと音を立ててパルテナの秘所を広げ続けた。しかしそれでも、ブチュルスが執拗に潜りこませようとした結果、やがて膣内に、その唇がずるんと入り込んでしまう。
「あっ、ぐ!」
 いくら二人の天使にかき回されたことがあるとはいえ、まだまだ狭くてきつい穴だ。それでも、ブチュルスの唇が、その場所をかきわけて奥へ奥へと力づくで潜りこむ。
 決してなめらかではなかった。むしろ普通ならば、こんな太いものを突っ込まれたら裂けそうになってしまう。
 膣の奥をこじ開けられて異物に入られる不快感に、パルテナは激しく身をよじった。
「クク、そこを責められるのはきついだろ。いや、意外と気持ちいいか? なんたって、そこはもう俺たちでしっかり開発済みだからな!」
「あっ…ツ……うぅッ!」
「やっぱり、気持ちいいみたいだな。まったくエロ女神だぜ。……だが……その奥はどうかな?」
 ブラックピットの言葉はブチュルスへの指示だったのか、ブチュルスはパルテナの膣奥にまで一気に唇を潜り込ませ、その最奥部にぎゅっと口づけをしたのだ。
「っ!?」
「ハハハ! そこを責められるのははじめてだろう? まぁ、普通ならば絶対に味わえない快感だからな。だが、今回は徹底的にやらせてもらう」
 彼女の奥の奥、子宮口に、ブチュルスが唇を押しつけて激しいディープキスをしてくる。その部分は乱暴な刺激には全く慣れておらず、唇で撫でまわされるだけで、パルテナはひたすらに悶え続けた。
「フッ……人間にとっても女神にとっても一番神聖な場所、子宮から直接採るエネルギーは、いったいどんなもんなんだろうな?」 
「!?」
 パルテナの中に入り込んだブチュルスは、これまで、ブチュルスが得意としているエネルギー吸収は行っていない。だが、こんな場所で吸収を行われたら……
 パルテナの身体は以前、ブチュルスの吸いつき跡で痣だらけにされてしまったことがある。エネルギーを吸い取ろうとする唇の強さは痛みとなって、パルテナの記憶の中に刻まれていた。
 それを今、彼女の胎の中、それも一番弱い場所でされてしまったら……

「……やれ」
「……うっ、ああっ!」
 パルテナの身体がびくんと波打つ。ブチュルスはパルテナの子宮口をぐいと口に含み、そこから勢いよくエネルギーを吸い取りはじめたのだ。
「ははははは! どうだ、パルテナ。こんなの滅多に味わえない感覚だぜ? まさか子宮に直接口をつけられるなんてな」
「お、ああ……ッ!?」
 まるで赤子が母乳を吸うようにして、ブチュルスの分厚い唇が子宮口にぎゅうぎゅうと吸いついてくる。
 子宮を吸われるというあまりに異常すぎる感覚に、パルテナは腰が砕けて、足をびくんと跳ねさせた。

 ブチュルスが勢いよく身体を回転させる、子宮が捻られるような感覚にパルテナは耐えられず、それに合わせて身をよじった。
 前のピットたちの陵辱で、パルテナは体中を徹底的に汚されて、失うものなどなにもないとおもっていた。それなのに今回は膣のそのさらに奥、女神である以前に女として一番大事な子宮までも弄ばれ、プライドは奪い尽くされてもう欠片も残されていなかった。
 パルテナの全身から、力が抜けていく。子宮を口で吸われ、そこから命まで吸い取られるような気がして、パルテナは身体を震わせて責めを受けるしかなかった。


 ブチュルス一体では吸引できるエネルギー量に限界がある。ブチュルスはそのうち彼女から力を吸うのをやめて、子宮口に食いついたまま、動きを止めてしまった。
 ようやく終わった激しい責めにパルテナは息を荒げて仰向けに倒れ、ブラックピットがその真上から彼女を覗きこんだ。
 パルテナの目は虚ろだった。力をだいぶ奪われているからというのもあるが、子宮を責められるという信じたくもない陵辱を受けた精神的ショックが大きいようだ。ブラックピットは、そんな哀れなパルテナに真上から声を浴びせた。
「フッ、どうだパルテナ、みじめだろう? このあいだはお前の身体を出来る限り陵辱しきったが、今回は、普通じゃできない場所まで穢してやったんだ。子宮まで翻弄されて、お前の威厳は地に落ちた」
 どう言われようとパルテナは無反応だ。
 ブラックピットはパルテナのもとに屈み、その頬に手を添えて、無理やりに首を横に傾けさせた。横を向いたパルテナの目には、無言で立ち尽くすピットの姿が映る。
 ピットは、自らが仕えている女神がこれほど惨たらしい目に遭おうとも、眉ひとつ動かさずに彼女を見つめていた。今もパルテナと目を見合せているが、その顔にはなんの心もない。
 パルテナはぼんやりとピットを見つめ返していたが、ブラックピットの手によって再び正面を向かされる。彼女の目の前にいるブラックピットの瞳は、意外にも穏やかなものだった。
「パルテナ、俺たちと一緒に亜空軍に来い。そうすれば、お前はピットと一緒にいられるんだ。今まで通り、ピットを使役することもできるようになるし、今はできないピットとの意思疎通だって出来るようになるんだぜ? 逆に亜空軍を拒めば、ピットはお前の手を離れたままだ。お前は俺たちには敵わないんだからな」
 パルテナはブラックピットの瞳をじっと見つめ返した。彼の瞳にもまた、光はほとんど見えない。ピットに比べると表情は豊かだが、所詮はピットと同じ、虚空のような瞳だった。
「なぁ、パルテナ、なぜお前は亜空軍を拒むんだ? この世界に愛着があるからか? それとも、慈愛の女神の意地か? ……よく考えてみろ、今更お前に何が残っている? 失うものなんてないじゃないか。だったら、強いものに身を投じて、ピットを取り戻したほうがよっぽど賢い。義理や情に振り回される必要なんて、どこにもないんだよ……」
 失うものはもう何もない。パルテナは、きっとそれはピットとブラックピットも同じだったのだと思った。
 彼らは亜空軍に連れ去られた時、自分が今受けているような、いやそれ以上の惨い目に遭わされ、心を奪われて大切なものを見失ってしまった。そしてそれらの存在も忘れて「失うものなどない」などと言って、亜空軍に取りこまれてしまったのだ。
 
「……亜空軍に従ったら、あなたたちを助けたことになりません……」
 パルテナの口から、ぽつりと言葉が漏れ出した。
 ブラックピットはパルテナを覗きこむ。パルテナのその目には、なおも光が失われていなかった。これだけ陵辱を与え、彼女の高いプライドをずたずたにしても、まだほんの僅かの生気があるのだ。
「神の威厳……そんなものが、なんだというのです……プライドがなくなったって……そんなこと、今さら関係ありません……ピットと貴方を救うのは、私の威厳などではないのですから!」
 パルテナは目に滴を溜めて、ブラックピットをじっと見つめた。ブラックピットは何の動揺も抱かない様子だったが、パルテナは、そんな彼になおも言い聞かせるように
「どんなにこの身体が穢されようと、私は、亜空軍にはならない……そして、貴方達を亜空軍の呪縛から解き放つ……! 例え何にもなくなってしまったとしても、私がするべきことは、それだけですっ……!」
 声が届いているのかどうかも分からない二人の天使に向かって、そう言い切った。


 パルテナは自らの脚の間に手を入れ、膣内に潜り込んでいるブチュルスを掴んだ。
「やめておけ、パルテナ。身体を傷つけるだけだぞ」
 ブラックピットが冷酷に言い放つも、パルテナはかまわずに、ブチュルスの身体を引っ張って無理やりに引き抜こうとする。
 もちろんブチュルスも、いくら役目を終えたからといって簡単に離してくれる様子はない。それどころか、むしろ子宮口にしっかり吸いついてなかなか離れなくなってしまった。
 それでもパルテナは諦めない。ブチュルスの身体を渾身の力で引っ張り、吸いつかれることにより子宮ごと引っ張ってしまいそうになりながらも、ブチュルスを少しずつ、ズルズルと膣内から取りだしていく。
「んー! んーっ! んぐっ!!」
 ブチュッ!
「んはぁっ!」
 下品な音を立てて、ブチュルスの唇がパルテナの膣から引き抜かれた。
 乱暴に引き抜いたせいで、ブチュルスが咥えていた子宮口が膣奥から引きずり出され、膣口近くまで飛び出して露出してしまう。
「はーっ……はぁーっ……」
 子宮と子宮口に直接きた衝撃で思わず股間を抑え込んでしまったが、パルテナは負けじと顔を上げ、傍に転がっていた杖を拾い上げて、光弾の一撃でブチュルスを始末する。それから杖をしっかりと握り、性器のダメージをこらえつつも、次の魔法を放つ構えをとった。
「……どこまで苦しめてやったら気が済むんだ、パルテナ」
 ブラックピットは再び神弓に矢を番え、奥にいたピットもそれに続く。
「パルテナ、無謀な頑張りだけは立派だな。だが、これからどうするつもりなんだ? いくら拒んだって、もっともっと俺たちに痛めつけられるだけだ。それとも、俺たち二人がかりを相手に二対一で勝てるとでも?」


「二対一じゃないよ!」
 ブラックピットは背後からの奇襲を察し、突然飛んできたサンダーの一撃をひらりと回避した。
 パルテナの魔力が尽きたのか、リュカとトレーナーを守っていたバリアが消滅したのだ。リュカはバリアの遮りがなくなってすぐに、PSIの攻撃の手をまっすぐにブラックピットに向けていた。トレーナーのほうもようやく意識を取り戻していたが、まだまともに立ち上がれる状態ではなく、身体を伏せて地面に手をついている。
「リュカさん! Wiifitトレーナーさん!」
「話は聞いてたよ、パルテナ様。二人を取り戻すなら、僕たちも手伝う。だから、バリアはもうやめてね」
「パルテナさん、今の私にできることは、ほとんどありませんが……」
 トレーナーはブラックピットから目を離さず、リュカはパルテナに優しく笑って見せた。
 
「お前っ……邪魔する気か、この弱虫野郎!」
「リュカさん、バック!」
 ブラックピットがすぐさまリュカに目がけて突進する。まずはブラックピットが向かってくると読んでいたトレーナーはリュカに素早く指示を出し、リュカはトレーナーに言われた通り、慌てて彼との距離をとった。
 が、ブラックピットはあまり彼を追い詰めず、倒れたトレーナーを踏みつけるようにして彼女の上に降り立った。
「ぐっ!」
 トレーナーは身体を踏まれてうめき声をあげる。リュカはすぐに駆け寄ろうとしたが、トレーナーの上で素早く神弓をかまえたブラックピットの迫力に怯んで、足が止まってしまった。
「ブラピ! な、なにするんだ!」
 リュカが手出しを出来ずにブラックピットに叫ぶと、ブラックピットは冷酷な目でリュカを脅すように睨みながら
「フン、お前が余計なことをしなければ何もしないさ。ただ、お前たちは今、邪魔なんだ。これからパルテナと決着をつけなきゃならないんだからな」
 凄むように言い放つ。
 リュカはパルテナとピットに目をやった。パルテナは酷くダメージを負っているようだったが、杖をしっかりかまえてピットと向かい合っている。ピットもまた、神弓を装備して、いつでも撃ちだせる用意をしていた。

「……いいだろう、卑怯だと言うなら、お前たちに免じて一対一にしてやる。もちろん、戦うのはあの二人だ」
 ブラックピットはパルテナとピットの二人を指差した。
「いいか、リュカ、トレーナー。お前らの行動は買ってやるよ、だがこれ以上の手出しはするな。それならば俺も、あの二人に手出しはしない。それでいいだろう? ……おいパルテナ、これが最後の勝負だ。ピットの心を取り戻せるというならば、今、やってみるがいい」
 リュカはパルテナが消耗しきっていることを見てとっていた。一方、ピットはほとんどダメージを受けていない。パルテナが不利なのは一目瞭然だ。
 しかし、トレーナーを抑えられている以上、リュカもブラックピットに下手な真似は出来ず、彼の話に乗らざるを得なかった。

 そしてパルテナも、もちろん、ブラックピットの言葉を聞き受けていた。
 こうなることは避けられない。むしろブラックピットが参戦せずにピットと一対一で戦うことになるのなら、そのほうが勝てる可能性は上がる。
 どちらにしてもパルテナに選択の余地はない、彼女はピットと向かい合った。ピットは冷徹な瞳のまま、パルテナを見つめ返している。

 やはり、戦わなければならないのか。もう自分の身体は限界に来ているのに、まだ、やらなければならないのか。ピットを傷つけなければ、彼を取り戻せないのか……
 パルテナは頬から涙を零したが、その選択に迷いはなく、ピットめがけて杖を振り上げた。





「パルテナ様!」
「えっ!」
 パルテナは耳を疑った。リュカとトレーナーも驚いて、思わずブラックピットから目を離してピットのほうを向く。
 ピットはパルテナをじっと見つめたまま、戦闘のかまえをやめていた。顔つきこそ冷たいままだが、口を開き、もう一度
「……パルテナ様」
 自分が仕える女神の名前を呼ぶ。

「ピ、ピット! あなた……」
 パルテナの声が震えた。今言葉を発し、自らの名前を呼んだのは間違いなくピットだ。
 パルテナは武器をかまえることも忘れて、ピットに駆け寄った。そうして彼の両肩をしっかり掴み、何度も声をかける。
「ピット、私の、私の声が聞こえるんですね!」 
「……はい、聞こえます。パルテナ様」
 ピットはパルテナの声にしっかりと反応を示した。まだ話声に抑揚はないが、その目線も、しっかりとパルテナを追っている。
「あぁ……良かった、ピット……!」
 これまで操り人形のようだったピットがようやくまともな反応をしてくれた、それだけでパルテナは嬉しくて、ピットを抱きしめてしまった。

「ピット!」
 まさか土壇場でピットが元に戻ったのか、リュカも一瞬そう思って喜んだ。
 だが、トレーナーはピットの目をしっかりと見て、恐怖と警戒で、リュカに耳打つように声を出す。
「いけません……これは、罠です!」
「えっ?」
 リュカがトレーナーに振り返った。トレーナーの表情は、今までどおり、敵を見据える厳しいものだった。

 トレーナーは、ピットとのファーストコンタクトをはっきり覚えていた。彼はかりそめの意識を持ってトレーナーに近づき、トレーナーを騙し打ちしてきたのだ。この状況は、その時と同じだった。
 だが、トレーナーが次に声をあげようとした途端、ブラックピットはトレーナーの背中をぎゅうと踏みつけた。
「うぐぅっ!?」
 トレーナーがこみ上げる嗚咽で顔を伏せた。既にブラックピットたちに散々殴られて、今なお激痛が走る腹部が刺激されてはたまらない。
 だが、それでもトレーナーはなんとか顔をあげ、痛む腹部を堪えて必死で息を吸いながら、消え入るような声でブラックピットに訴える。
「ブラックピットさん、あなたは、まだピットさんを操って……」
 ブラックピットがピットを操り、意のままにして、パルテナを翻弄しようとしている。既に心が疲弊しきっているパルテナはそれを看破しきれない。トレーナーはそれを恐れた。
 だが、ブラックピットはトレーナーを見下ろして首を振った。
「言っただろ、俺は余計な手出しはしていない。ただ少しだけ、ピットの心を回復させただけだ、口を利ける程度にな。……あとは、あいつ自身の問題さ。あいつの心がどのぐらい喰われているか……パルテナの言葉が、あいつの耳に届くかどうかは俺にも分からないさ。……ククッ、面白いぜ?」
「パルテナ様! 気をつけて!」
 声が出せないトレーナーの代わりにリュカが大声で叫ぶが、「口を挟むな!」とブラックピットがトレーナーに向けて矢を向けて脅しかけ、リュカもびっくりして黙ってしまった。

 第一、リュカがとっさに放った忠告はもう遅かった。
「ウグッ……!」
 リュカの叫び声とほぼ同時に、ピットを抱きしめていたパルテナの腹に鋭いパンチが入る。パンチを繰り出したのは、彼女に抱きしめられているピットだった。
 パルテナの腕が緩み、ピットの身体から離れる。するとピットは間髪をいれず、パルテナを掴んで数発膝蹴りを食らわせ、それから彼女を思い切り真上に放り投げた。
「!」
 ピットの攻撃には一切の迷いも隙もなく、パルテナは何の反撃も出来ない。否、反撃をする機会があったとしても、パルテナはすっかり油断しきっていたので、どうにも出来なかっただろう。
 真上に放り投げられ、そのまま自由落下に任せてピットのもとへ落ちるパルテナ。ピットはその間に右腕のリングと装飾具を外した。
 そして、まっすぐ落ちてくる彼女に向かって、力の限り拳を突きあげた。
「がっ!? ぐぅ……!」
 グシュ!と嫌な音が鳴り、パルテナの股関節が軋む。膣内を襲うすさまじい拡張感に一瞬パルテナの意識が遠のき、それから、胎の奥からくるズキンと刺すような痛みで歯を食いしばった。
 わけがわからないままに勢いよく仰向けに倒されるパルテナ。下半身の激痛と違和感はまだ収まっていない。パルテナが恐る恐る自分の腹部に目をやると、ピットの腕が肘あたりまで自分の性器に飲み込まれており、自分のへその下あたりが、不自然に膨らんでいるのが目に入った。
 ピットがパンチを狙ったのは、落下してきたパルテナの股間部。先ほどの責めでまだ開きかけの膣めがけて思い切り拳を突き出して、彼女の膣めがけて腕を突っ込んだのだ。
 ピットの拳は、パルテナの落下の勢いと彼自身が突きだした勢いを合せて、膣の狭さもかまわずに一気に奥までめり込んでいた。それどころか、拳の勢いは先ほどのブチュルスの責めで傷んだ子宮口まで貫いて、ピットの手首はパルテナの子宮まですっぽりと飲み込まれていた。

 膣内に少年の腕を突き入れられるだけでも相当な拡張と激痛だというのに、子宮の中に手を入れられるなど、あまりにも常軌を逸脱した信じられない行為だった。出産などまだ知る由もないパルテナの子宮は未熟で、ピットの拳ではきつすぎるくらいに小さく、固い。
「…………!! グッ、ウグッ!」
 パルテナは、激痛と恐怖で、声も出なかった。それでもピットが拳を乱暴に突きこむと、腹が内側から押されて、パルテナの口からはたまらずに潰れたような声が漏れ出す。

「パ、パルテナ様っ!」
「パルテナ、さん……!」
「……フン、さすがに容赦ないな……」
 ピットのあまりに惨い攻撃に、リュカとWiifitトレーナーは思わず目を逸らし、ブラックピットだけは、すました顔で成り行きを見守った。
 トレーナーはもちろん、性知識があまりないリュカでも、そこが女性にとってどれだけ大事な場所であり、そこを攻撃されるのがいかに酷い事なのかは分かっていた。

「ぐあ! あっ!? んぐっ、ピット! ピット、やめなさいっ! ピットぉっ!」 
 パルテナはほとんど半狂乱でピットを引き離そうとするが、ピットは止める気配など微塵も見せない。
 それどころかピットはパルテナの身体を抱えるように押さえつけ、胎内に突っ込んだほうの腕をますます強引に押し込み、乱暴に捩じり、子宮に包まれた拳を捻って子宮内をかき回した。
「あっ、あっぐ……ピット! ウグッ! やめて! お願い、やめてっ! ピット! ピット!」
 パルテナの悲痛な叫びが響く。ピットが腕を動かすたびに、パルテナの膣内が無情に拡張され、子宮内で異物がのたうつ衝撃をパルテナの内臓まで響かせる。
 パルテナの身体が、これ以上は無理だと軋み始める。それでもピットは無情に彼女を責め続け、とどめと言わんばかりに、彼女の小さい子宮の中で思い切り手のひらを開いた。
「っ――ぐぁっ!?」
 子宮内を拡張され、パルテナはびくんと痙攣して、動かなくなってしまった。
 パルテナが動かなくなったのを確認すると、ピットは彼女の胎内から拳を乱暴に引き抜いた。

 パルテナは完全に戦闘不能の状態に陥っていた。それどころか、仰向けで手足を投げ出し、膣はだらしなく開き、顔も泣いた赤子のようで、およそ女神とは思えない惨めな有様だ。
「あ……ああ……」
「みっともないね、パルテナ様」
 身動きがとれないパルテナに向かって、ピットが追いうちをかけるように容赦ない言葉を浴びせた。
「僕が仕えていた女神がこんなにだらしないだなんて、幻滅だよ。これじゃぁまるで、地上界にいる人間の娼婦と変わりないじゃないか」
 彼がようやくパルテナに語りかけた言葉、それは氷の刃のように、冷たく、鋭く、パルテナに突き刺さった。
「ピット……な、なぜ……こんな……」
 パルテナが腹から出しきれない掠れた声を出す。震えて、今にも泣きそうな声だ。ピットは彼女のもとに屈むと、その頬を思い切り引っ叩いた。
「ううっ!」
 今のパルテナはピットになんの反撃もできず、彼の暴力にも情けない声をあげることしかできない。

「パルテナさんっ、気を確かに! 聞いてはいけません! きっと、ピットさんはまだ操られて……!」
「黙っていろ!」
 もう見ていられなかったトレーナーが声をはりあげたが、その言葉は、彼女の背に打ち込まれた黒い矢に遮られる。リュカはあたふたとして、トレーナーをどうにか助けようとするが、ブラックピットはそれ以上は攻撃をしようとせず、トレーナーの耳元で
「俺は操ってないって言ってるだろ? あれはあくまで、あいつの心が喋り、あいつが自ら動いてるんだ。あいつの心にあった少なからずの不満が爆発してるんだよ」
 トレーナーは背中に黒い矢を撃たれた痛みで、またぐったりとしてしまう。ブラックピットは彼女の耳元にもっと近づいて、リュカにも聞こえないくらいの小さい声で囁いた。
「……いい子だ。じっとしていろ。お前には、後で俺がいいことをしてやる……」
 トレーナーは頬にくすぐったい感触を感じて、身を震わせた。ブラックピットがそっとキスしてきたのだ。
 トレーナーは、パルテナに手を貸すことが出来ずブラックピットに翻弄されるばかりの状況が悔しくて、うつぶせのまま、顔を地面に伏せた。

 パルテナはトレーナーの声を聞き、どうにか、ピットに向かって声をかける。
「ピット、あ、あなたは、何者かに操られているんですね……? し、心配しないで、それなら、私がきっと元に……」
「うるさいな」
 ピットはパルテナの言葉など一切聞き届けず、杖を握っていたパルテナの右手をガンと踏みつけた。
「いっ、痛……ピット……やめなさい……」
 ピットのつま先がパルテナの杖を蹴飛ばして遠くへ弾く。そして、今度こそ対抗手段がなくなったパルテナに覆いかぶさるようにして、パルテナを氷のような眼差しで見据え
「パルテナ様、悪いけど、僕は正気を失ったわけじゃないよ」
 彼はひたすらに、パルテナを絶望させる言葉をぶつけた。

「パルテナ様。僕は僕だよ。偽物でも、操られてもいない。……ただ、考え方は変わったけどね。気づかされたんだ、亜空軍たちに」
「ピット……? いったい何を言って……」
 ピットはパルテナを脅すようにして、分離させた神弓の刃を彼女の頬の横の地面に突き立てる。パルテナはびくんと震えて、怯えた目でピットの目を見つめ返すばかりだ。そんなパルテナに、ピットはぐっと顔を近づけ、抑揚なく冷酷な口調で、パルテナに語りはじめた。
「ねぇ、パルテナ様、分からないわけじゃないよね。僕、パルテナ様に仕えてずっと苦労してたよ。酷い目に遭ったことだってある。それでも僕は文句を言わずに頑張ってきたんだ。……いや、僕個人の恨みなんて小さいことだよ。なにしろパルテナ様は我儘な神様だ、僕の恨みを聞いて改心しろなんていっても無駄だからね」
「ピット、そ、それは……」
「まぁ、そのことで言い訳を聞きたいわけじゃないよ。だけど、許せないことがある。……僕はずっと、パルテナ様は人間に慈愛を注ぐ神様だと思っていた。だから僕はずっとあなたを尊敬していたんだ。あなたの我侭にも我慢してつきあってきたのに……それなのに、あなたは僕の期待を裏切った」
「!?」
 ピットの言葉の一つ一つが、パルテナに鋭い針を刺すようだ。リュカとトレーナーも、ブラックピットのせいで身動きがとれないまま、黙って彼の話を聞き届けるしかない。

 ピットの冷たい瞳に、いつしか怒りのような想いが宿る。
「パルテナ様。あなたはいつも偉そうなことばっかり言ってるけど、今、本当にこの世界のことを考えて戦っているの?」
「……えっ? そ、それは……もちろん……」
 パルテナは声を絞り出したが、ピットはそれをぴしゃりと抑えた。
「そうかな? この世界を救うために諦めない、この世界を守るために僕たちを助ける、確かに聞こえはいいよね。でも、本音が伴ってないんだよ、パルテナ様の言葉には」
「そ、そんな……どういう……」
 分かっていないのか、と、ピットは呆れたように深いため息をついた。
「この世界を助けるために戦う、パルテナ様はそう言った。……でも、だったらなんで僕らを助けることばかりに執着したの? 僕は以前、パルテナ様を助けようと僕らに戦いを挑んできたファイターを知ってるんだ。でも、パルテナ様は彼らを無視した。だから彼らも、僕らに負けて亜空軍になった。パルテナ様がもう少し考えて行動すれば、そうはならなかったんじゃないかな? ……所詮パルテナ様には、僕たちしか見えてなかったんだ」
 パルテナは本当に、そのことを知らなかった。もし彼の言っていることが本当だとしたら、彼らを巻き込んだ責任がある。
 パルテナに罪悪感という心の傷が生まれた。そのせいで息が苦しくなってきたが、ピットはすかさず、その傷をさらに広げようとする。
「パルテナ様はいつも他者に対して高圧的で、自分のことしか考えていない。今回はそれがはっきりしたよね。それが本当に仲間との団結と言える? 今のあなたの力が、亜空軍を倒そうと結束する仲間たちにとって本当に必要なの?」
「……っく……それは……」
「笑わせないでよ」
 パルテナが何も言い返せずにいようとも、ピットは容赦なく、パルテナの頬を叩く。パシンと乾いた音が響き、パルテナは涙目になって、もう何も言えずにピットを見上げることしかできない。
「分かる? この世界の全ての人は、もう誰も、パルテナ様を必要としてないんだ。いてもいなくても、おんなじだもん。パルテナ様の気まぐれと自己満足に付き合わされるほうがよっぽど可哀そうだよ。何が、慈愛の女神だ。パルテナ様は、この戦いでは何の役にもたたない、むしろ邪魔なファイターなんだ」
「ピット……違……私は……」
「何が違うのさ!」
 ピットに怒鳴られて、パルテナは声を途切れさせながら泣き言を呟いた。
「わ、私は、ただ、貴方達を助けたかった……貴方達を止めたかった……そ、そうすれば、きっと亜空軍の増殖は穏やかに……、私たちも、この世界のために戦えると……」
 パルテナの、聡明な彼女らしくもない拙く必死な訴え。ピットは彼女の目を見て話を聞いていたが、パルテナの最後の言葉が尻切れると、それを一気に笑い飛ばした。
「はははっ、何を言い出すかと思えば。それこそ最大の自己満足だ」
 笑った挙句に、ピットはパルテナを睨む。パルテナはもう、苦痛と恐怖と悲しみで、全身が凍りついている。
 ピットは怒っていた。その表情は、作られた演技だとは到底思えない心底の怒りの様だった。
「僕を助けるって? はっきり言うよ。そんなのは僕にとって迷惑なんだ。亜空軍に入ってせいせいしたんだよ、僕はもう、パルテナ様のもとには戻りたくなんかないからね。こんな我儘で役に立たないパルテナ様の使い走りをされるのなんかごめんだ! いつだって僕のことをこき使って、その挙句に……」
 ピットはパルテナの胸倉を乱暴に掴んで
「僕を亜空軍から守れなかったじゃないか!」
 雷のような怒鳴り声を浴びせた。

「…………」
 パルテナは、何もしゃべらなくなった。まるで先ほどのピットと中身が交換されたようだ。代わりにピットが、パルテナにとどめの罵声を浴びせる。
「はっきり言うよ。役立たずのパルテナ様なんか、もういらない。顔も見たくもないよ」
「ピッ……ト……」 
 パルテナは、絶望しきった表情で、ただただピットを見上げるばかりだった。

 パルテナの心に残っていた最後の堰が、とうとう崩壊した。
 パルテナも、ピットは亜空軍に操られているのだと自分に言い聞かせようとしただろう。だが、その決定的な裏づけはない。パルテナの目の前に要るのはまぎれもない、彼女がずっと信頼してきたピットだ。
 そんな彼にこんな言葉を吐かれて、酷い陵辱と暴力を受けて。パルテナの目からは涙が止まらなかった。これがもし、彼の本音だったら? そう思うと、パルテナの心は引き裂かれそうになった。
 心の中で自分を擁護しようとしても、言い訳などなにも浮かばない。彼を守れなかったのはどうにもならない事実だ。
 ――ピットを守れず、彼から見捨てられた――。
 その事実だけが、パルテナの脳裏を巡る。
 これまでどんなに無残な有様になっても、ピットを助ける、その気持ちだけで己を奮い立たせ、ここまで耐えてくることが出来たパルテナ。
 だが、ピットに見放されれば最後、もう、パルテナを支えるものはなにもなかった。
 ピット自身の言葉を聞いて、これまで何とか保ってきたパルテナの心は完全に打ち砕かれて、後にパルテナに残るのは全身にまとわりつくような後悔と悲痛のみだった。

 ピットは力なく仰向けになるパルテナの腕を掴み、無理やり立たせようとした。
「パルテナ様。いまさら泣くことなんかないよ。もう心も身体もずたずただろうね。だったらその身体だけ、亜空軍に貸して」
 それでも、パルテナの身体に力は入らない。立ち上がろうともしない。ピットが乱暴に手を離すと、彼女はまたその場に、力なく倒れこんだ。
 ピットは呆れた様子で首を振り、代わりにブラックピットに声をかける。
「だめだ。パルテナ様は役に立ちそうもないや。連れて行っても仕方ないね。……ブラピ、パルテナ様はここに置いていこうよ。トレーナーとリュカだけ連れていけば、それで十分な収穫だろ?」 
 ブラックピットはリュカとトレーナーを抑えつつ、これまでの全てをすました表情で傍観していた。
 だが、ピットに声をかけられて、腕を組んで少しだけ考え、冷血な判断を下す。
「いや、パルテナも回収はする。だが、お前がそこまで言うなら計画を変更しよう。パルテナは奴のところに引き渡して、新型亜空軍の実験材料にでもすればいいさ」
「なんでもいいよ、ブラピに任せる」
 ブラックピットは拍子抜けしたのか、それとも思い描いていた以上に残酷な結末になったからか、これまでのように卑しく笑いはしなかった。
 だが、結果そのものには不満がない様子で
「……それならばピット。さっさとリュカを黙らせて、三人とも連れて行くぞ」
 今までと同様に、ピットに指示を出した。




 パルテナはぼんやりと宙を見上げて動こうともしない。
 ピットはそんなパルテナに背を向けて、彼女のもとからさっさと立ち去り、リュカとトレーナーへと向かってくる。ブラックピットはトレーナーを片足で踏みつけたまま、神弓を取りだして矢を番え、その先端をリュカへと向けた。
「リュカ、トレーナー。悪いが勝敗がついた。あとはお前らにとどめを刺すだけだ。……お前らをいたぶってやるのも楽しいが、もう飽きちまった。お前ら全員、ここでリタイアだ」
「……リュカさん、あなただけでも、逃げて下さい……」
 トレーナーはブラックピットに踏みつけられたまま、呻くように言葉を発した。だがそれすらも、ブラックピットにまた身体を踏みつけられて黙り込んでしまう。
 いま、二人の天使にまともに立ち向かえるのはリュカだけだが、同時に、この場から逃げられるのもリュカだけだ。

 当のリュカはというと、ずっと、俯いたままだった。
「だめだよ……だめだよ、こんなの……ピット……」
 リュカはこれまでのパルテナとピットのやりとりを聞いて、ずっと辛そうに、苦しそうにしていた。が、やがて……
「ピット!!」
 リュカはぱっと顔をあげ、ブラックピットを無視してピットめがけて駆けて行った。
 ブラックピットはリュカを追いかけようとせず、代わりにピットが、向かってきたリュカと戦うべく神弓を構える。
「リュ、リュカ……さん……!」
 トレーナーはブラックピットに強く踏みつけられたまま、それでもめんいっぱいに声を絞り出して叫んだ。自分はブラックピットに押さえつけられて動けず、パルテナも完全に戦意喪失している中、リュカが単身でピットたちと戦うのは、トレーナーから見てもあまりにも無謀な勝負だった。
 亜空軍の力で強化されたピットと一騎打ちでは、リュカが勝てるとは限らない。それにこの立ち位置では、ブラックピットの遠距離からの不意打ちもあり得る。そうすればまず勝ち目はないのだ。
 トレーナーはリュカの危機を思って彼を止めようともがくが、生憎、ブラックピットも同じことを思っていた。
 ブラックピットはトレーナーの背を踏んで動きを封じながら、神弓の先はしっかりとリュカへと向ける。ただし、すぐには発射しようとしない。トレーナーの傍で二人の戦いの経緯を見守り、ピットが危険になったら彼を援護しようというつもりのようだった。



 だが、リュカがピットに立ち向かったのは、戦うためではなかった。



「リュカ、なんのつもり……?」
 ピットが光の矢を番えてかまえるのもかまわず、リュカは、ピットの前に立って両手を広げて動こうとしないのだ。これでは矢を簡単に食らってしまうし、回避もできず、打撃攻撃もすぐには繰り出せない。完全に無防備だ。
 ピットは不思議に思ったのか、弓を構えるのをやめた。話が通じる、それを直感で感じ取ったリュカはピットに向かって、攻撃の代わりに大声で叫んだ。
「ピット……パルテナ様のところに戻って!」

「!?」
「な、なんだと!」
「リュカさん……!」
 彼の言葉は、その場にいるほぼ全員を驚かせた。
 ピットも目を丸くしているし、ブラックピットは想定外のリュカの行動に驚いて
「あの野郎、せっかくいいところなのに邪魔する気か!」
 すぐにリュカを捕らえようと、神弓を構えて飛び出そうとした。

 だが、ブラックピットは勝利を確信するあまり、焦りすぎた。
「お待ちください! ブラックピットさん、リュカさんに手出しはさせません!」
「なっ!?」
 ブラックピットがトレーナーの身体から足を離したその隙に、トレーナーが立ちあがって素早く回り込み、ブラックピットの前に立ちはだかったのだ。
「馬鹿な、お前、まだ立てたのか!?」
 ブラックピットははじめ、彼女の想定外の反抗に驚きを隠せなかった。だが彼女の身体が明らかに限界であることを見て、安心し、彼女の行動を笑い飛ばす。
「なんだ脅かしやがって、脚がふらついてるぞ。そんな身体で俺を止められると思ってるのか? 無駄な足掻きだ!」
「……そうでしょうか? 私は、自分の身体のことは自分で分かります」
「生意気な、お前の身体のことくらい、俺が教えてやる!」
 ブラックピットはトレーナーに鋭い蹴りを入れ、とどめを刺そうとする。だが、それは中途半端な一撃で、トレーナーには簡単に読まれてしまった。トレーナーはブラックピットの蹴りを軽くかわして、勢いづいたブラックピットの身体をそのまま掴み、投げ返した。
「くっ……! ちくしょう、邪魔をするなっ!」
 ブラックピットは怯むことなく、隙のない攻撃技を次々と繰り出した。だが、蹴りも殴りも黒い矢も、トレーナーには簡単にいなされてしまう。腹部をあえて狙った行為が、簡単にトレーナーに読まれてしまっているのだ。

 トレーナーは出来る限りに普段通りの平常な呼吸を取り戻し、ブラックピットを先に行かせまいと奮闘した。
 もちろん、彼女が身体に負っているダメージは決して軽くない。それどころかトレーナーの身体はいつ倒れてもおかしくないほどに辛かったが、それでも、トレーナーは心までは負けていなかったのだ。
 トレーナーは先ほどから、ブラックピットに踏みつけられながらも、体力を僅かに回復する腹式呼吸を何度も使い、どうにか立ち上がれるまでには回復していた。
 尤も、さらに時間をかければ彼らに立ち向かえるほどに回復が出来るとトレーナーは踏んでいた。だが、今はそんなことを言っている場合ではない。リュカが勇気を振り絞り、暴力なしでピットに立ち向かっているのだ。たとえ自分の回復が不完全だったとしても、トレーナーはリュカの心意気を助けずにはいられなかった。
「全く執念深いな、女ってやつはどいつもこいつも!」
「仰る通りかもしれませんね」
 トレーナーはブラックピットの攻撃を食い止めながら、いつも通りの口調でリュカに指示を出した。
「リュカさん、私は大丈夫です。こちらはお任せください。リュカさんはピットさんをお願いします」
 リュカも、トレーナーがどれほどダメージを負っているかは承知だった。だがリュカは、トレーナーを信じ、トレーナーの気持ちを汲んだ。
「……ありがとう、トレーナーさん」
 トレーナーが全力でブラックピットの妨害を止めている間に、リュカが向かい合うのはピットだ。


 リュカはピットの冷たい瞳をじっと見つめた。彼の瞳には、やはり心が欠片もないようだ。
 ピットは攻撃的な素振りは見せなかったが、冷たい口調でリュカに言い返す。
「パルテナ様のところに戻れって……リュカ、何言ってるんだよ? もうあんなのいらない、連れて行っても仕方ないんだ」
 刃物のような非情な言葉は、リュカの胸にまで突き刺さる。当然パルテナの耳にも届いているだろう。だがリュカは負けじと言い返した。
「そうじゃない! パルテナ様のところへ行って、ちゃんと謝って、仲直りするんだ!」
「はぁ、なんでさ?」
「だって、だって……パルテナ様、泣いてるよ! このままでいいの? そんなに酷いことを言って、パルテナ様がかわいそうじゃないか!」
 リュカがどんなに訴えても、ピットは顔色ひとつ変えない。逆に、その向こうにいるパルテナが、弱弱しい声をあげた。
「リュカさん、もういい、もういいんです……」
「パ、パルテナ様!」
「リュカさん、ピットの言うとおりです……」
 リュカがピットの奥にいるパルテナのほうを覗きこむと、仰向けで天を見上げるパルテナの頬に涙が流れているのが見えた。すっかり弱り果てて、気力を完全に喪失している。
「リュカさん……私はこれまで、慈愛の女神などと仰々しく名乗っていました。人間を守る女神であることに誇りも持っていました。しかし本当は、見下げ果てた女神です。私は結局、誰一人、満足に愛することが出来なかった、ピットさえも……」
「パルテナ様、どうしてそんなことを……しっかりして!」
「ごめんなさい、しかし、私はもうだめです……。敵の罠にかかり、戦う力も失い、身体も穢され、ピット一人を守ることさえ出来ず、もはや私には何も無い……。彼が離れていくのも当然なのです……」
 プライドの高いパルテナが、ここまで衰弱しきった様を見せることはこれまでなかった。それは、彼女の心が、本当に限界を来してしまったことを示していた。
 パルテナは首だけリュカのほうに傾けて、光を失った瞳で、リュカに言葉を投げかける。
「リュカさん、ピットたちを私の元へ呼び戻そうとしても無駄です。彼は、本当に私を見放してしまったようだから……だから、せめてお二人で彼らを止めて、彼らを元に戻してあげてください。私のことは放っておいて。それで、いいんです……彼らのためにも」

「良くないよっ!」
 リュカは彼女の話を黙って聞いていたが、ついに、声をはりあげる。
 リュカは怒っていた。パルテナに対してだ。
「パルテナ様、そんなこと言っちゃだめだよっ! そんな、ピットがパルテナ様を見放すだなんて、そんなことありえないよ! だってピットは、いつだってパルテナ様のことを自慢していたし、パルテナ様の傍にいてとっても楽しそうだった。それなのに、本当はパルテナ様が嫌いだったなんて、そんなことぜったいにあるはずない! 今だってそうだよ!」
 リュカが、ピットを指差す。
 今のピットは冷たく、まともな反応を示さない変わり果てた姿だったが、彼の以前の姿を思い浮かべるのは容易だ。
 普段のピットはいつもやんちゃで明るく、裏表がなく正直で、口を開けば二言目には「パルテナ様」と自慢げに話していた。たまには彼女への愚痴をきいたりもしたが、それでも彼の話はいつも楽しそうで、聞いているほうが羨ましくなるくらいだったのだ。
「パルテナ様! どうしてピットを信じてあげないの! もしかしたらピットは、心を閉じ込められて、思ってもいないことを無理やり言わされて、それでも、パルテナ様に助けてもらうのを信じて待ってるかもしれないんだよ!」
「私を……信じて……」
 パルテナは、虚ろな視線をピットに向けた。
 ピットはいつの間にかパルテナのほうをじっと見つめており、パルテナの濁りかけた瞳と、彼の冷たい瞳とで目が合う。

 今のピットの瞳は、パルテナが知っている彼の瞳ではない。パルテナが知っている、あのピットのきらきらした目はどこへいってしまったのだろう? 
 ……本当のピット自身は、この恐ろしいピットの中に封じ込められて、出ることができずにいるのだろうか?


 パルテナの心に、わずかに光が灯る。
 しかしそうは言っても、やはり肉体は穢され尽くして、無力化し、彼女の思うようには動かない。
「……ピットが助けを求めていても、今の私にはもう、何も……」
「そんなことない! パルテナ様、ピットの心を助けられるのは、きっとパルテナ様だけだよ!」
 リュカがまた声をあげて、それからピットを見つめた。
 ピットの瞳は冷たく、リュカの声がその心にまで届いているようにはとても見えない。実際届いてなどいないのだろう。それはリュカも知っていた。
「ピットを助けること、それは僕にも、トレーナーさんにも、他の誰にも出来ない。ピットを助けられるのは、ピットが誰よりも信頼してて、誰よりも尊敬してて、誰よりも大好きなパルテナ様だけなんだ!」
「ピットを……救う……」
「ねぇ、パルテナ様! ピットたちをどうしても助けたかったっていう気持ちは本当なんでしょう? 世界のためとか、そんな難しいこと言わなくても大丈夫なんだよ! 僕だって、難しい事なんて何にも分からないけど、頑張ってる。この世界を元に戻したいから、それだけだよ! パルテナ様だってそうでしょう!」
「……」
「この世界を助けるとか、ピットたちを助けるとか、そんなことに難しい理屈なんて何もいらないよ。でも二人を助けたいなら、その気持ちは絶対に貫いて! そのためには、今、頑張ってピットを助けなくちゃ!」
 リュカは目の前にいるピットに視点を戻し彼をじっと見つめた。
 ピットの視線はリュカを外れており、じっとパルテナのほうを向いている。その目に何が映り、その耳に何が届いているのかは分からない。
「ピット……僕の声なんか届かなくてもいい、でも、それでも、『パルテナ様の声を聞くんだっ!』」
 リュカが天に向かって、思い切り大声を張り上げた。


「!!」
 その瞬間、その場にいた全ての者がリュカのほうを向いた。トレーナーを振り切ろうとするブラックピットと、彼を止めようとするトレーナーも、思わず戦いを中断してしまった。
 二人とも、耳に届いたリュカの声が直接頭に響くような、奇妙な感覚を覚えたのだ。
「……これは、彼のPSI……?」
 リュカはファイターとして扱える攻撃技以外にも、様々なPSIの特殊能力を操ることが出来る。その中には彼自身が自覚していないものも多い。
 リュカがたったいま、無自覚に放ったのは、無視しようが耳を塞ごうが彼の声が心に直接届くPSI「テレパシー」だった。

 ピットの手から神弓が滑り落ちる。ピットは時が止まったかのように動かなくなり、その目線はリュカやパルテナを追いすらせずに虚空を見つめ続けた。


「……くっ、ピット! なにやってるんだ、ぼんやりしないで早くリュカを倒せ!」
 ブラックピットはリュカのPSIに少し怯んだが、すぐにはっとして、動かなくなったピットにがなり立てる。
 だが、この動揺は致命的な隙になった。
「ブラックピットさん、もうおやめください!」
「なっ!?」
 ブラックピットは隙を突かれ、トレーナーの鋭いスマッシュ攻撃に突き飛ばされた。腹式呼吸で力を強めた彼女の一撃は強力だ。ブラックピットは思い切り吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。
「く……お前、どこにそんな力が残ってた……!」
 トレーナーは無言で、ブラックピットにサムズアップを決めた。もう、ピットとパルテナを邪魔する者はいない。パルテナにとって、それは一筋の光のようなチャンスだった。

「う、く……」
 パルテナは心も身体もボロボロに成り果てていたが、それでも、どうにか立ち上がった。
 こんなにも穢れ果てた肉体を、誰が女神の身体だと思うだろう。そのくらい、彼女はみじめな有様だった。
 だが、パルテナはそんなことはかまわなかった。今、彼女の中にある原動力は、たった一つの願いだけだ。
 ピットを取り戻したい。
 パルテナはその気持ちだけで身体を奮い立たせ、ふらふらとピットの元へ歩み寄る。
「ピット……」
 パルテナがピットのすぐそばまでやってきても、ピットは無反応で、冷たい瞳でただただパルテナを見上げるばかりだ。
 パルテナはそんなピットの身体を、優しく抱きしめた。そして、消え入るような小さな声で
「……戻りなさい、ピット。私の元へ。……私の……ピット……」
 なんの工夫もない、ただ、その言葉をピットの耳に囁いた。





「パ……パルテナ様……」
「ピット? ……ピットなのですか?」
 パルテナの耳にほんのわずかに聞こえた声。パルテナは慌てて、ピットの頬に手をあてて彼の顔を見つめた。
 ピットはぼんやりとした表情でパルテナを見つめ返す。先ほどのような仮面のように凍りついた表情ではない。弱り果ててはいるが、瞳の奥にも優しい光が見える。
「……パル……テナ……様……」
「あぁ……! ピット!!」 
 心がほとんど壊れたピットは、まだ、大切な相手の名前を呟くことしかできない様子だった。それでも、その相手の声にしっかりと反応を示した。
 それだけでも、パルテナにとってはこれ以上ない喜びだっだ。ピットがようやく、本当の反応を示してくれたのだから。
「ピット、何も言わないで。分かっています、分かっていますよ、ピット。……私は、あなたの心を疑ってしまった……許して下さい」
「…………」
「でも、これでもう、大丈夫……本当に良かった、戻ってきてくれた……! あなたの心も、きっと完全に取り戻します、時間がかかっても。だから……」
 パルテナは涙をいっぱい流し、愛おしそうに、ピットを抱きしめた。ピットは人形のように彼女の腕に抱かれ、虚ろな瞳で彼女を見つめ返す。


「くそっ、ピットめ、胸糞悪い……」
 心を取り戻し始めたピットとパルテナを見て、ブラックピットは悔しそうに地面をガンと叩いた。
「なんで、なんでだ! どいつもこいつも、邪魔ばかりしやがって、なんでうまくいかない! いつも、もう少しのところまでいくのに、余計な奴が邪魔をしたり、諦めが悪かったり……!」
「ブラックピットさん。それはきっと、私たちがファイターだからです」
「なっ!?」
 歯噛みするブラックピットの前に、トレーナーが立った。トレーナーは彼の前にしゃがみ込み、呆気にとられる彼の目をじっと見つめて語りかける。
「ブラックピットさん、私はまだまだ新人です。ですが、他のファイターの方々を見ていれば分かるのです。ファイターはいかなる時でも諦めず、そして、諦めない仲間のことは見捨てずに助けようとします」
「…………!」
「助けたいもののために、全力を尽くせる。それはこの世界であったり、大切な人であったり、あるいは自分であったり。とにかく、守るべきもののために戦える、この世界のファイターは、そんな人たちの集まりなんです。だからファイターは強い。私は、そう思っています」
「くっ……なにが、言いたい……」
 トレーナーはブラックピットの肩に両手を置いた。
 ブラックピットの血のような赤い瞳は、かつて平常だった頃の彼にはなかった濁りのようなものが混じっている。トレーナーはそれに遮られないよう、彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「ブラックピットさん、あなたは今、亜空軍に心を奪い取られ、ファイターであることを忘れています。だから、私たちに勝てないのです。……しかし、あなたもきっと思い出してくれるはずです、自分がファイターであることを。どうか、私たちのもとへ帰ってきてください。私たちはピットさんと、あなたの力を必要としています」
「うっ……う……」



「うるさいっ!」
 ブラックピットは、トレーナーの身体を蹴りつけた。
 トレーナーはとっさに気付いて受け身を取るも、身体に溜まったダメージが大きすぎて受けきれない。思い切り突き飛ばされ、ブラックピットから距離を引き離されてしまった。

 ブラックピットは、最後のチャンスでもあったトレーナーの言葉を聞き届けなかった。それどころか、その怒りは頂点に達し 
「何が仲間だ、何がファイターだ! 俺達を、亜空軍をなめるな! お前ら全員この場で消し飛ばしてやる! 今すぐにな!」
 ブラックピットは神弓を捨て、鋭い刃のような狙杖を取りだした。体力全快のファイターでさえ一撃で仕留めることができる「最後の切り札」だ。
「あっ、いけない!」
 ブラックピットの狙杖はエネルギー装填に少し時間がかかる。トレーナーはその間になんとかして彼を抑止しようと思った。
 だが、トレーナーが再び駆けだそうとしたその時、彼女の膝はがくんと折れ、地面に手をついてしまう。
「うっ! もう、ダメージが……!」
 本当は、もうトレーナーの身体にはブラックピットと戦う体力など残っていなかったのだ。これまでは、アドレナリン頼りで全身の疲労を殺してリュカを助けていた。だが、それももう無理だ。今度こそ、身体が言うことをきかない。
 トレーナーが反撃不可能なのを見越し、ブラックピットはにやっと笑って、その狙杖の先をパルテナに向けた。
「お前だ、お前だけはこの場で始末する。そして亜空軍にしてやる! そうすれば、お前らの仲間も、夢も希望も、全部おわりだ!」
「!」
「パ、パルテナ様! 逃げて!」
 リュカが慌ててパルテナに駆け寄ろうとしたが、距離がありすぎる。助けるのに間にあう距離ではなかった。
 照準を定められたパルテナはとっさに反射板を繰り出し、それから腕の中のピットをかばうようにぎゅっと抱きしめた。
 彼の最後の切り札を相手に、この程度の抵抗ではかなわないのは分かっていても、それがパルテナに出来る精いっぱいだった。誰の手にも止められることなく、ブラックピットの狙杖が火を噴き、閃光が反射板を容易く砕いた。


「ピット!」
 パルテナは声をはりあげ、地面に勢いよく張り倒された。
 狙杖の光がパルテナに当たるその瞬間、ピットはパルテナを力いっぱいに突き飛ばしていた。狙杖の閃光はパルテナをかばったピットの身体を撃ちぬき、ピットは吹き飛ばされて倒れこむ。ブラックピットは間髪をいれず閃光を追うように勢いよく駆け出し、倒れたピットの身体を掴んで、それから素早く異次元の扉を作り出した。
「ピット、お前だけは逃がさないぞ、もう一度叩き直してやる! もうパルテナの声なんか、絶対に耳に入らなくなるくらいにな! 一緒に来い!」
 ブラックピットは倒れて動かないピットの身体を担ぎあげ、異次元の扉の先へと姿を消してしまった。

「ブラピ! 待って!」
 残された三人の中で誰よりも早く飛び出したのはリュカだ。いまいるメンバーの中で唯一ほとんど体力を消耗しておらず、臨戦態勢をとれるのは彼だけだった。幸いにも現在の敵はブラックピット一人。狙杖を放ったばかりでエネルギーを消耗している彼になら、リュカ一人でも勝てる可能性があった。だが、
「待ちなさい、リュカさん! あなたたちはこっちです!」
 パルテナがリュカに向かって叫び、彼の行く手を遮るようにして、また別の扉を作り出した。
「パ、パルテナ様! これは?」
 リュカは突然現れた扉の前に立ち止まった。パルテナが作り出した扉の向こうからは、夕日のような強い光が漏れ出している。どういうことなのかとリュカは困惑したが、パルテナはぼろぼろの身体を抑して立ち上がり、自分が作り出したほうの扉を指差してリュカに告げた。
「リュカさん、よく聞いて。私が今つくった扉は、元の世界につながっています。これを使えば、この異空間を脱出できるでしょう。そして、あちらの扉は……」
 そう言ってパルテナ自身は、ブラックピットが作り出したほうの扉に目をやる。その扉からは、どす黒い闇が向こう側から溢れだしていた。ブラックピットが向かった先であり、どこへ通じているのかは分からない。

「リュカさん、そしてWiifitトレーナーさん。……申し訳ありません、ここで一度お別れです」
「えっ!?」
 リュカはびっくりしてパルテナを見つめた。パルテナの表情はこれまでにないほどに厳しく真剣だ。その女神らしい威厳に、リュカは思わずぴしっとした姿勢になって彼女のほうを向き、トレーナーもどうにか顔をあげて、その言葉に耳を傾けた。
「いいですか、リュカさん、Wiifitトレーナーさん。あなたたちは引き続き、元の世界で他のファイターたちとの合流を目指しなさい。あなたたちと同じように、合流を願う他のファイターたちのために。しかし、私はピットを追いかけなければなりません」
「そ、そんな! 僕も協力するよ! 一緒にピットとブラピを助けよう!」
 リュカが必死に訴えたが、パルテナは首を横に振り、爽やかな笑顔で
「ありがとう、リュカさん。しかし、心配はいりませんよ。ピットは私が助けます。もちろん、ブラピもです。そして、二人を引き連れて貴方たちと再び合流します。ですから、それまでは二人で頑張るのです」
 彼女の言葉は強く力があったが、リュカはそれでも不安げにパルテナを見上げた。なにしろ今のパルテナはまだボロボロで、ブラックピットに勝てるか分からないのだ。パルテナにこれ以上は負担がかかってほしくない、協力してあげたい、と、リュカはその目でパルテナに訴えた。
 パルテナはそんなリュカに歩み寄って、彼の頭を優しく撫で
「リュカさん、私は彼らを必ず取り戻します。大丈夫、あなたから教えられた勇気があれば、私は決して、亜空軍には負けません」
「パルテナ様!」
 リュカがさらに言葉をかけようとしても、パルテナはその前にブラックピットが向かった扉へとまっすぐに飛んでいく。そして、その扉の向こうに消えてしまう前に、一度だけリュカに振り返り
「リュカさん、本当に、本当にありがとうございます。私と、ピットの心を救ってくれて……」
 その瞳に宝石のような涙が浮かべて、それからはもう一度として振り返りもせず、ブラックピットが作り出した扉の向こうへと姿を消した。

「パルテナ様……」
 リュカはどうすることもできずに、ブラックピットとピット、それを追うパルテナを見送ることしか出来なかった。
 三人が飛び込んだ扉はすぐさまその場から消え、残ったのはパルテナが作った異空間の扉と、未だ地面に手をついて息を荒くするトレーナーだけだ。
「トレーナーさんっ!」
 リュカは顛末を見届けてから、すぐさまトレーナーに走り寄る。
 トレーナーはというと、ただでさえ満身創痍だった中、ブラックピットを牽制してダメージが重なり、肉体的にも精神的にもすっかり消耗しきった状態だった。
「トレーナーさん、ごめんね、無茶させて」
「いえ、とんでもありません。ピットさんを呼び戻す手伝いをすることができて、嬉しいです……」
 そういってトレーナーは、リュカに無理をして笑顔を見せるが、すぐに歯を食いしばり肩を押えてその場に倒れこんでしまう。
「トレーナーさん、しっかりして! どこが痛いの?」
「……まるで、全身が鉛に浸かっているようです……」
 骨や内臓にまで響くほどの激痛と、全身にのしかかる心身の疲労は、トレーナーが安堵するとともに容赦なく彼女の身体を襲っていた。
「申し訳ありません、リュカさん、肩を貸していただけますか……」
「もちろん! さ、僕につかまって」
 トレーナーはリュカに肩を借り、少し咳き込んだ後、どうにか立ち上がった。

 二人のピットとの戦いは、本当に長く辛いものだった。リュカとトレーナーも、互いに交わしたい話がたくさんある。だが、何を喋るにしても、二人の身体に宿る疲れがそれを許してくれなかった。
「リュカさん、とにかく、この異空間から出ましょう……話はそれから……」
「う、うん、わかってる。足元、気をつけて」
 二人の言葉に呼応したかのように、パルテナが準備してくれた脱出用の扉がひとりでに開いた。
 もう、この空間には何もない。リュカはトレーナーを半ば引きずるように支えてやり、無事に二人で、戦いを終えた異空間を後にした。



 
 リュカはトレーナーを担いだままで異世界の扉をくぐり、顔を上げて目を細めた。彼の目に差したのは眩しい黄昏の光だ。異世界と現実空間では時間の流れが異なっているようで、鬱蒼とした木々の間からは夕暮れの赤い空が映っている。
 二人が異空間の扉をくぐった先は、深い森の中の開けた広場。二人が異世界に飛んだときと同じ場所だった。

 二人が元の世界に戻って扉をくぐり終えると同時に、異空間の扉は消滅してしまう。リュカとトレーナーはもう、まるで夢から醒めたかのような気持ちになって同時にためいきをついてしまった。
 リュカの疲労は厳しい戦いのプレッシャーとPSIを使ったことによる精神的な消耗のみだったが、トレーナーは心も身体もクタクタで、リュカによりかかっていなければ歩くこともままならない。リュカはそんなトレーナーを見上げて「大丈夫?」としきりに声をかけた。
「ねぇ、今日はもう休もうよ、トレーナーさん」
「そうですね。私も、一晩休めば、動けるようになれるとおもいます」
「それじゃぁトレーナーさんは無理しないでここで休んでいて。すぐに野宿の準備をするよ」
 この場になって、リュカは妙にしっかりとよく気が回る。トレーナーは彼に言われたとおりに楽な姿勢で横になり、リュカは再び夜の火を準備しはじめた。


 夜が更けて、辺りに見える明かりはリュカが用意した焚き火の炎だけになった。
 今はトレーナーは焚き火の傍で横になり、リュカが眠らずに危険を見張っている。二人が同時に睡眠を取らないのは休息時におけるいつもの分担だった。
 ただし、今回は互いの睡眠時間に制限を設けたりはしていない。「トレーナーさんが動けるようになるまでは、何時間でもトレーナーさんの休息時間にしなきゃだめ」とリュカが言い張ったのだ。今回ばかりはトレーナーもそれに甘え、時計のアラームを止めている。

 敵の気配が一切ない、妙に静かな夜だった。リュカが耳を澄ませても、辺りからは草の擦れる音しか聞こえてこない。亜空軍が多く潜むエリアを脱したのか、先ほどの戦いでブラックピットが周囲の亜空軍をかき集めたせいでこの周囲一帯の亜空軍がいなくなってしまったのか。どちらにしても、敵がむやみに現れないのは都合が良かった。
 見張りの間にも、リュカはどうにも落ち着かず、しきりに焚き火の具合を見たり、トレーナーに目をやったりする。トレーナーはというと、まだ眠りにつけない様子で、横になったままぼんやりと炎を見つめていた。
「トレーナーさん、眠れないの?」
「はい、身体がまだ痛んで……」
 リュカが声をかけると、トレーナーは身体を動かすのがしんどいのか視線だけをリュカに送って応える。声はちゃんと出しているが、それも、あまり腹から出ている感じはしない。
 トレーナーはリュカに見張ってもらいながら、溜まりに溜まった疲れをいやすべく眠る努力をしていた。だが、全身の痛みに邪魔されて、あまりよく寝付けないのだ。特に、強烈な殴打を腹部に思い切り食らったのが未だに響いて、大きく息を吸うこともできない。
「申し訳ありません……」
「ううん、何も謝ることなんかないよ。眠らなくてもいいから、とにかく身体を休めないと。大丈夫、亜空軍が来ないかどうかは僕がしっかり見てるし、心配しなくていいからね」
 リュカはこの戦いを潜り抜けて頼もしくなったのか、それとも激戦で昂ぶってしまったテンションがまだ収まりきっていないのか、気弱なところをあまり見せなくなり、トレーナーから見てもかなり頼もしく見えた。

 と、最初のうちはトレーナーも思っていたのだが。
 リュカのたくましい様子は長続きせず、少し落ち着いてくると、やはり、いつものどこかおどおどした風のリュカになる。
 心に心配事があるようで、それを考えているうちに元気をなくしてしまったようだ。しまいには、がくっと俯いてしまった。
「……はぁ」
「どうしました?」
 リュカのため息が聞こえて、うつらうつらしかけていたトレーナーは気になって彼に声をかける。リュカはトレーナーに応えて顔をあげるが、やはり、ひどくがっかりした顔をしていた。
 リュカが心優しく思い悩みやすい性格というのは、トレーナーも既に十分に把握している。このまま彼を一人残して眠るのは気がかりになり、トレーナーは彼の話を聞いてみることにした。

「大丈夫、そんな大変な事じゃないよ。でも、残念だなぁ。パルテナ様が無事だって分かったのはよかったけど、結局、旅の仲間は増えなかったね」
「あぁ……そうですね」
 リュカは決して、トレーナーとの二人旅に不満を抱いているわけではなかった。だがやはり、多くのファイターの消息が知れない現状には不安を隠せずにいるようだ。
 リュカは世界が平和だった頃も寂しがり屋で、年少のファイターと共にいることで毎日を楽しく過ごしていた。それが仲間がいなくなってしまった今の状況に置かれて、どうしても寂しさを堪えられないようだ。
 トレーナーも、仲間を増やすチャンスを逃してしまったことに関しては少なからず悔しく思っているようだった。
「……惜しまれます。ブラックピットさんが、目を覚ましてくださらなかった。やはりリュカさんの仰るとおり、私の言葉はブラックピットさんには届かなかったようです」
「それは、トレーナーさんのせいじゃないよ。彼は……」
 呼び戻そうにも、あまりにも、変わり果ててしまっていた。

 リュカは頭上に見える星空を見上げた。
 パルテナとピット、ブラックピットはあれからどうしたのだろう? パルテナは無事に二人を連れ戻すことが出来たのか、それともパルテナは負けてしまったのか、はたまた、今もまだ決着がつかず、異空間で逃げたり戦ったりを続けてるのだろうか。
 ブラックピットはもはや今まで二人が知っているブラックピットではなかったが、リュカもトレーナーも、彼に戻ってきて欲しいという気持ちはなんら変わりなかった。
「ブラピ、ちゃんとパルテナ様の言うことを聞いて戻ってきてくれるかな……もしも三人が戻ってきてくれたら、すごく心強いのに」
「そうですね……」
「今回は合流までできなかったけど、これからも、いろんなファイターたちと会って、仲間を増やせるといいなぁ」
 リュカは星空を見上げながら、今までずっと仲良くしていたファイター達のことを思っている様子だった。

 リュカが微かな望みを抱いている表情を見ても、トレーナーの顔は晴れなかった。
 確かにリュカの願いはこれからを乗り切るのに大事なもの。だが、その願いだけを見て、その周りにある恐ろしい事実を見逃すわけには行かない。それが、どんなに辛いことでも。
「リュカさん、本当はこんなことを話したくはないのですが……今回のことで、重要なことが分かりました」
「ん? 何?」
 リュカがトレーナーの話に耳を傾ける。
 トレーナーは一瞬、話をするのを躊躇った。本当は、この無邪気なリュカに、厳しい現実を話したくはないのだ。だが、彼を絶対に守りきれる自信のないトレーナーは、彼と共に戦うために、現実を彼に突きつけなければならない。
「……今回分かったこと。それはこの先、私たちの同志であるファイターが、私たちの敵として立ち塞がる可能性があるということです」
「あっ……」
 リュカにも分からないわけではない。しかし、彼にとって辛い現実だった。
 これまで信頼しあってきた仲間が、これから先もブラックピットやピットのように敵として対峙すべき相手になるかもしれないのだ。
「この事は、ブラックピットさんやピットさんが亜空軍に取りこまれてしまった様子からも明らかですし、彼らは私を責め落として亜空軍にするつもりだと言っていました。それに、彼らの話の所々、亜空軍に取りこまれたファイターが更にいるようなことを話していたんです。リュカさんが助けに来てくださる前に、彼らはゼルダ姫と戦ったという話もしていました」
「ゼ、ゼルダ姫も?」
 聡明で戦闘力もある彼女が捕らわれたということは、相手は既に一筋縄ではいかない規模までふくれあがっているということ。現時点でファイターがどれだけ接収されているかも見当がつかない。
「それだけではありません。ブラックピットさんが言っていた『新型亜空軍』という言葉も気になります。最近見かける、ファイターをコピーしたかのようなプリムたちと関係があるのかも……」
「……」
「現時点で亜空軍側の規模がどれくらいなのか、またファイター側の戦力がどれほど削がれ、奪われているのか分かりません。通常の亜空軍兵とファイターとでは戦闘力に歴然とした差がありますから、ファイターが亜空軍に吸収されつつある事は無視はできないでしょう。現に私も一度はピットさんに騙されてしまったことですしね。もしも一部のファイターが敵に回ってしまったとしたら、と考えると、ますます気を引き締めなければいけません」
 これまでの味方が強敵となる。そうして味方の数は減っていく。さらに、現時点で残っている味方さえ、敵との区別がつかなくなる。味方だと偽って近づいてくる者も出てくる。なにより、明日には自分がファイター側を裏切ってしまう身になるかもしれない。
 考えれば考えるほど、恐ろしい事実だった。それだけでも二人にとっては、心が削り取られる思いだ。

 リュカはトレーナーの言葉を一言たりとも漏らさずに聞いて、それから、重く辛いため息をついた。
「トレーナーさん、亜空軍になっちゃったりしなくて良かった……」
「……」
 トレーナーも今日の戦いでは危ないところだった。あと一歩でブラックピットたちの攻撃と陵辱に破れ、心が折れてしまうところだったのだ。もしあの時に強い心を保っていられなかったら、今頃どうなっていたか分からない。
 そうならなかったのは、他ならぬリュカのおかげでもあるのだが……トレーナーはそのことは口に出さなかったが、リュカはますます俯いて、気を落とした様子で呟く。
「僕、怖いんだ。他のファイターたちが亜空軍になって、戦わなきゃいけない相手になるなんて。それにもし彼らに負けたら、僕が亜空軍になっちゃうかもしれないんだ」
「リュカさん……」
「僕が亜空軍にされちゃって、それで、もしも他のファイターとか、トレーナーさんと戦うことになったりしたら、やだなぁ……」
 ブラックピットは自我をなくしていたのか、それとも自我をもってなお、ああなってしまったのか。
 どちらにしても、自分がその立場になったら……自分の身体を亜空軍のものにされ、自分の大事な仲間を傷つけてしまったら……そう考えるだけでリュカは苦しくてたまらず、その目に涙が伝った。

「申し訳ありません、やっと戦いが終ったあとなのに、こんな話をしてしまって。しかし、状況が状況です、無視することは……」
「ん、ううん。トレーナーさん、いいんだよ。大事な話だもん。安心してる場合じゃないのは本当だから……」
 トレーナーが思わず彼を気遣う言葉をかけたが、リュカは慌てて涙を拭いて、トレーナーの言葉に真面目に答える。
 悲しく、怖く、恐ろしい話だが、それは逃れようのない事実。現にこうして大きな戦いを終えた直後でも、二人は安心して眠ることさえ出来ずにいる。戦いの真っ只中に置かれた二人に安らぐ時間など訪れはしないのだ。
 どんなに嫌になってしまうことでも、忘れたいことでも、今は現実に目を瞑ることはできない。リュカもこの世界のために戦う一人のファイターならばなおさらだ。
「僕をファイターとして認めてくれているから、そんな話をしてくれたんでしょう? ごめん、弱気になったりして。大丈夫だよ、僕も頑張るから」
 リュカは気を強く持った様子で、トレーナーに頷いて見せた。

 トレーナーの心境は複雑だった。
 リュカは一生懸命、一人のファイターとして頑張ろうとしている。こんな過酷な状況でも負けずにたくましく、勇敢であろうとしている。その事は、トレーナーも応援せずに入られない。
 だが、トレーナーは同時に気づいていた。元来優しく臆病な子であるリュカはこの状況で相当無理をしているのだ。本当は弱音だって吐きたいだろうし、この状況から逃げ出したいに違いない。それを、頑張って抑えているのだ。このままではリュカの心の負担がどんどん溜まってしまう。

 トレーナーは、しんどい身体も気にせずに、リュカにさらに話しかけた。
「リュカさん、こんな話を私からしておいて何ですが……希望は案外、あるかもしれません」
「えっ?」
「ピットさんのことを思い出してください。彼は心を失ってしまいましたが、リュカさんやパルテナさんの呼びかけで、心を取り戻したようでした。このこともまた、今回の戦いで知りえた重要な点です」
 亜空軍に打ちのめされて心を狂わされ、彼らに取り込まれてしまう。彼らの恐るべき手段だが、なす術も無いのかといえば決してそんなことはない、それがトレーナーの考えだった。

 ブラックピットはトレーナーを亜空軍にするために、容赦ない暴力を振るい、陵辱し、肉体的にも精神的にもダメージを与え続けた。そのことから、ファイターを亜空軍に変えるポイントは、心を傷つけ抗う気持ちを無くさせる点にある、と、トレーナーは考えたのだ。
 ならばそれらに耐えることができれば、自分が亜空軍になるのをある程度、防ぐことが可能だ。今回トレーナーが耐え切ったように。
 だが、リュカにそればかりを強要するのはトレーナーとしても気が引ける。
 それよりももっと大事なのは、亜空軍に取り込まれてしまった者達も、傷ついた心を回復させさえすればファイターとして蘇り戻ってくることが出来る可能性があるという点だった。これは、ピットはパルテナのもとに戻りかけていたことから分かっている。
 ファイターが亜空軍にされるというのは決して一方的な話ではない。こちらからしっかり手を打てば、亜空軍にされたファイターを取り戻すこともできるのだ。

「心を取り戻す、か……。うん、確かに、もし亜空軍に捕まってもチャンスがあるっていうのは、僕にも分かる。でも、それじゃぁどうすればいいのかな? ブラピみたいにすっかり変わっちゃったファイターを元に戻してあげるのは、簡単じゃなさそうだし……」
「そうですね、確かに、今、亜空軍に取り込まれているファイターを取り戻すのは簡単にはいかないでしょう。しかし、そのことよりもまずは私たち自身、自分の身を亜空軍から守らなければならないということを考えるべきです」
「僕達が亜空軍にならないように?」
 リュカはトレーナーの話を聞いて、希望は見出した。だが、それがこれからどう振舞っていけばいいか、というところまでは考え付かなかったようだ。

 そこでトレーナーは、うっと唸ってから、無理に身体を起こして座る姿勢になる。
「あっ、トレーナーさん、無茶しないで」
 リュカが慌ててトレーナーを止めようとするも、トレーナーは気にせずにその場に腰掛ける姿勢になって、リュカと向き合った。
「私は大丈夫です。そんなことより……」
「そんなことより?」
 トレーナーは不思議がるリュカの目をじっと見つめ、彼に、右手を差し出した。
「?」
「リュカさん。今、ここで二人で約束しませんか? 亜空軍にされそうになっても、決して諦めない、全力で抗う。そして、もしも万が一に私たちのどちらかが亜空軍になってしまったら……」
 本当はそんなことは想像したくもないが。
「もし、どちらかが亜空軍になってしまっても、絶対に見捨てずに助ける。助けて、亜空軍から取り戻す努力をする。……そして、助けられる側は、希望を捨てずに相手を信じる。どうですか?」

 捕らえられても希望を捨てない。諦めない。だから、捕らえられたら終わりではない。
 そのことを胸に留めよう。そう思ってこれから互いを信じあえばいい。そういった彼女の意図の約束だった。差し出した右手は、約束の印だ。

 リュカはすぐにトレーナーの傍まで寄って、トレーナーの手を握り返した。
「も、もちろん約束するよ! 僕、トレーナーさんのことは絶対に信じる。それに、トレーナーさんにもしものことがあったら、絶対諦めないで助けるよ!」
「ありがとうございます、私も、リュカさんとこの戦いを乗り切ります。彼らに全てを奪われてしまわないように……約束ですよ」
 二人は互いの手をしっかりと握って微笑みあった。
 

 トレーナーはリュカが見守る中で、再び横になって楽な姿勢をとる。その視線はしっかりリュカに返しており、リュカに対して、また言葉を投げかけた。
「また少し、この旅の希望が見えたような気がします。尤も、リュカさんならわざわざ約束をしなくとも、決して私を疑わず、信じてくださるとは思っていますよ」
「それは、トレーナーさんだってそうじゃない?」
 リュカがにこにこしながら応えると、トレーナーは、心にひっかかった棘を感じたようで、申し訳なさそうな表情で
「……そうでしょうか……」
 と、呟いた。

 リュカをしっかりとみつめるトレーナーの目。そのグレーの瞳は、感情を表に出さない肝の据わった目のように見えて、実は感受性が強くもある。今は、心の苦しさが喉までこみ上げてたまらない様子だった。
「リュカさん、まだ貴方に御礼を言っていませんでしたね。異空間に引きずり込まれてしまった私を助けに来てくださって、本当にありがとうございました。もしあの時リュカさんが助けに来てくれず、あのままピットさん達に弄ばれ続ければ、私は今頃、本当に亜空軍にされていたかもしれない……」
「えっ? いまさらそんなこと、いいんだよ。助けてあげるのなんて当然じゃない」
 リュカは少し困った様子で、トレーナーに優しく笑いかける。だが、トレーナーはやはり、心に気になることがあるようで、あまり元気を取り戻さず
「それから、もう一つ。申し訳ありませんでした。ピットさんが来た時、あるいはピットさんに異常を発見した時に、リュカさんを起こしてさえいれば……もっと事態は良かったかもしれない。互いを認め、信じ切れていなかったのは、私のほうだったようです」
 つい、弱気な言葉を零してしまう。
 トレーナーはそのことについて、本当に傷心している様子だった。リュカという存在がありながら、一人浅はかな行動をとってしまい、悪い結果を導いてしまった。
 リュカには口うるさく言っておきながら、自分こそが、リュカの存在を信じきれていなかったせいでこんなことになってしまったのではないか。責任感の強さゆえに、自己嫌悪もあるようだった。

 本当はトレーナーも、こんなことを言って無闇にリュカを心配させるつもりではない。ただ、彼女もやはりどこか成熟しきれていないところがあり、この過酷な状況で、隠さずにいられない心境があったのだ。
 沈んでいる様子のトレーナーを見て、リュカはトレーナーの傍に歩み寄って座り込み、思わず口早になって訴えた。
「そ、そんなこと言わないでよ、トレーナーさん。僕たち仲間じゃない。失敗したり迷惑かけたりなんか、何にも気にすることないよ。それを言ったら、僕だってどれだけトレーナーさんに迷惑をかけているか分からないんだから……」
 そして終いには、リュカまでしょんぼりとして
「それなのに、トレーナーさんがそんなこと言ったら……なんだか、僕のほうが悲しくなっちゃう……」
 悲しそうな顔で俯いてしまった。


 本当はトレーナーも、自分の間違ったところ、自分の弱いところを鋭く指摘してくれる相手を求めているのかもしれない。
 だが、それをリュカに求めているわけではなかった。この過酷な状況で、隠し切れない弱みを優しく受け入れてくれるリュカの対応は、トレーナーの胸を少し熱くする。
「リュカさん、本当にお優しいんですね……ありがとうございます」
 トレーナーは少し身体を起こして、俯くリュカの肩に手を置いた。顔をあげたリュカは、また泣きそうな顔になっている。
「分かりました、私も疲れているようで、ついこんなことを……しかしこれは今後のために反省しなければならないことなんです。……私はただ、これからはもっとリュカさんを頼りたい。そう思っているんです」
「トレーナーさん……」
 トレーナーはリュカに、自身への必要な厳しさと、彼への感謝を、少しだけ不器用に伝えた。
 それから、彼女らしからず少しだけ照れくさそうに
「私たちの間に、パルテナさんとピットさんほどの絆ができるかどうかは分かりませんが、私、一生懸命努力しますね。そうすれば、きっと亜空軍にはされませんし、彼らには絶対に負けません」
 そう言ってから、身体の痛みを感じて、また、静かに横になる。


 トレーナーは決して彼に世辞を言ってはいないし、彼を頼ろうとする気持ちも、彼女の中では本当だった。
 リュカ自身は気づいていない様子だったが、トレーナーは、リュカが頼りになる少年だということをはっきりと感じ取っていた。
 もちろん、単純な戦闘力ではトレーナーのほうが上かもしれない。だが「この戦いは戦闘力だけではない」というのは、今回の件で身にしみて分かったこと。
 その時に本当に力を発揮できるのは、リュカが持っているような力なのではないか、と。トレーナーは思っていた。

「リュカさん、ありがとう……私は、これからもずっと、リュカさんを信じます……」
「トレーナーさん……」

 トレーナーが次第に微睡む声になったのを聞いて、リュカはそれ以上声をかけず、トレーナーが睡眠に入るのを邪魔しないようにした。
 トレーナー自身も、何か心に背負っていたものが軽くなった様子で、それからはスムーズに眠りに落ちてしまう。リュカはそんな彼女の傍でずっと、日が昇る頃まで、彼女を守るべく焚き火を見張り続けた。

Wiki内検索

管理人/副管理人のみ編集できます