これはある冒険者の宿の新人とベテランによる、
冒険者視点での疑問点や、リューンとディグシードの違いを語っていった記録である。
‥‥記者の回想
「パイセンパイセン、ちょっと聞きたいことがあるんスけど。
ディグシードって結構こう、独特の習慣とか流儀があるじゃないスか。
そこらへんで色々疑問が出てきたんで、まとめて教えてもらえないスか?」
「オーケーオーケー、いい傾向だ。飯でも食いながら答えていこう。
タメになったなら何か奢ってくれよ。それじゃ何から聞きたい?」
キューちゃん:人間・女性・若者。リューンで冒険者の基礎の基礎を学び、
一月ほど前にディグシードにやって来た駆け出し冒険者。趣味は磯釣り。
アンサー:人間・男性・大人。ディグシード育ちの中堅冒険者。
好物はマスタードを付けた揚げ物だが、最近胃にもたれるようになってきた。
Q. 報酬がパーティ単位じゃなくて個人支払いが多いのは何故なんスか?
A. まず前提としてこの街はその場でパーティを組む事が多い。
だからパーティじゃなくて個々人に渡す契約のほうが面倒が起き辛いんだ。
パーティ解散後に問題が起きても、集まって話すだけでひと手間だからな。
依頼人側としても‥‥これは特に確実を期したい依頼なんかの場合だが、
「もう人数揃ってるから請けなくていいな」と冒険者に思わせないで済む。
頭数を揃えられるだけの金銭的な余裕があるなら、数は力、だろ?
まあそういう、冒険者側と依頼人側双方の理由で個人支払いが多いわけだ。
もちろんパーティ支払いの依頼も結構あるぞ。依頼人の事情はそれぞれだからな。
Q. この街でパーティを組むことのメリットとデメリットを教えて欲しいッス。
A. そうだな、まずメリットからだが冒険者間の連携を取りやすくなる。
ツーカーで動ける関係ってのは、それだけで総合力を一段引き上げる。
これはリューンから来たキューちゃんの方が分かってんじゃないかな。
そしてデメリットは請けられる依頼がおのずと制限される事だ。
パーティを組むってことは依頼の向き不向きが決まっちまうと言う事でもある。
たとえ1人くらいはパーティの中にその仕事が得意なメンバーがいたとしても、
パーティ全体の向き不向きのせいで仕事の選り好みを強いられるっていうのは
場合によっちゃかなりの痛手だ。
これらに対してソロの連中は依頼それぞれで自分の得意そうな分野で集まるから、
連携力が足りないかわりに個人力と専門力で依頼を解決できるのさ。
ディグシードじゃ普段はソロで活動しつつ、自分たちの得意分野になったら
パーティとして活動するっていう、両者いいとこ取りの動き方をする奴も多いぜ。
Q. 街の周辺の治安ってどんなもんスか?危険地帯とか無いッスかね?
A. 街の周辺と、西に伸びる「酒樽街道」は平和だな。
人の行き来が激しい分、獣も賊も下手に動くとすぐ討伐対象になるからだ。
東の「海岸公路」も比較的安全だ。逆に使う人間が居ないから賊もいない。
脇道や野営地はどこの街道でも油断禁物だが‥‥まあこれは冒険者の常識だな。
街道の中でめっぽう危険なのは南に伸びる「林間公路」だ。
この道は霊峰ドルゼを越えて南方砂漠地帯に抜けるための唯一のルートでな。
交易が莫大な富をもたらすが、周りは森で隠れる場所だらけ。
おまけに土地が悪くて宿場もろくに作れない。賊の住処にゃうってつけって訳さ。
とはいえ通る交易商もそれは分かってるからな。護衛には熟練の冒険者を付ける。
商人でも冒険者でも、餌食になるのは大抵の場合「なめてかかった奴」って訳だ。
後は分かりやすい危険地帯といやあ「ジャルガ開拓地」と「パンドラ廃坑」だが、
これは俺が語るより図書館でタウンガイドを見た方がよく分かる。後で行ってみな。
Q. この街じゃツケを溜める冒険者は少ないらしいッスね。何でッスか?
A. そりゃ簡単だ。ツケを溜めない事が自分たちの格を上げる事になるからさ。
自分たちの食い扶持を何とかする程度にはいつも稼げているって評判があれば、
依頼人も宿の亭主も安心して仕事を任せられるだろ?
その辺はリューンもディグシードも変わらないと思うね。
ツケの額が冒険者の格だーみたいに言ってる奴も中には居るが、
そんだけのツケを「出来る」と「してる」じゃ大違いだ。覚えておきな。
後もう一個。
ツケを「溜めない」冒険者は多くてもツケを「しない」冒険者はまず居ない。
常宿で飯を食うたびに財布を持ってくるなんて面倒な真似はしたくないだろ?
そういう細々とした出費はまとめて後払いにしてもらうのがスマートって事だ。
現に今喰ってるメシも俺はこの場で払う気はないしな。
Q. 賢者の塔って金払い良いッスよね。塔の人もお金持ちだったりするッスか?
A. ああ、これはありがちな誤解だな。
"賢者の塔"は確かに資金力があるが、"賢者の塔の人"はそうでも無い。
そりゃあ金にあかせて魔術を学ぶ連中もいるにはいるが、
そうでない学生や導師(先生)の大半は金はないが才能や努力を評価されて
"塔"から学費や研究費の援助を受けている立場なんだ。
そういう連中は必死こいて勉学に打ち込んでるぜ。
なんせ、結果を出さなきゃ資金援助を打ち切られてもれなく終了だからな。
金払いが良いのは"塔"がそいつらの研究内容を評価してるからで、
そいつら自身は大して裕福じゃなかったりするんだよな、これが。
研究費が足りないっつって冒険に出る導師様とか、
実地で功績でも出さないと奨学金を切られるっつって冒険に出る学生とか、
この冒険者の宿でも色々と世知辛い愚痴を聞くことが出来るぜ。
Q. 冒険者と兼業できるお仕事、教えてほしいッス!
A. 筆頭は自警団、郵便配達員、狩人辺りだな。
冒険のスキルを活かせるし、場合によっては装備の支給もあるのが嬉しい。
後はさっきも言ったが、賢者の塔の学生や教師も比較的兼任しやすい。
船の扱いを覚えて水夫や漁師をやってるやつも居るぞ。まあこの辺りか?
Q. んじゃ逆に冒険者でも転職しやすいけど、兼業はきつい仕事ってあるッスか?
A. まず浮かぶのは用心棒だな。冒険者時代のことをそのままやれば良いが、
雇い主に拘束される時間が長くなるから長時間の依頼を受けるのは厳しくなる。
後はこれは実力者のみになるが‥‥騎士団だな。街に心臓を捧げる仕事だ、
名誉と安定の代わりに、思い通りに戦う自由すらなくなると思っていい。
Q. 依頼は冒険者の宿と冒険者ギルドで見られるッスけど、
違いってどこにあるんすかね。中間マージンッスか?
A. 違いは無い。なぜならほぼ全ての冒険者の宿は冒険者ギルドに加盟しているからだ。
ギルドに依頼を見に行く意味は、今出ている依頼を満遍なく確認できる程度しかない。
だが例外がある。闇酒場だ。あそこには一部、ギルドを「通していない」依頼がある。
そのほとんどは訳あり裏ありの依頼だ。マスターがちゃんと説明してくれるから、
リスクとリターンをちゃんと天秤にかけて受けるんだぜ?
Q. 冒険者でも家買えたりするッスか?あ、でもそうすると住民登録とか必要ッスかね?
A. 買える。宿代がもったいないからとパーティでシェアハウスしてる奴も居る。
だがお察しの通り、家を持てば住民登録と市民の義務‥‥納税が発生するんだ。
宿代に比べれば安上がりなんだが、これが面倒で宿や借家住まいの奴も居るぜ。
ダウンタウンの片隅に掘っ立て小屋でも建てる程度なら要らないだろうが‥‥
正規の手順を踏んで建ててない家だ。いざって時に街は守ってくれないのは覚悟するんだな。
Q. 遺跡や洞窟で見つけた道具の取引先でオススメのお店はあるッスか?
後、ああいう所で鑑定済の品のほうが高く売れるのって何でッスかね?
A. 大体の冒険者の宿は信頼できる店のコネがあって、その中に買取屋もある。
宿の亭主に聞けば、少なくとも足元を見られない店を教えてくれるさ。
‥‥で、何で鑑定済だと高く売れるかって?鑑定屋に頼む手間賃が浮くからさ。
分からない物を一から調べるのと、分かってるものを正しいか確認するのとじゃ、
どっちが手間がかかるかなんて考えるまでもないだろ?
Q. 他の都市で見るような100spランクの持ち歩きお菓子、どこに売ってるッスか?
A. 常備してる店は探せばすぐ見つかるし、割とどこでも言えば作ってくれるぜ。
ああいう菓子は日持ちさせるのに色々気を使うから高くなるわけだが、
そこは冒険者の多いディグシードだ、菓子は冒険中の心と体の栄養の他にも、
旅先での贈り物としても価値があるからな。常に一定の需要があるのさ。
どこに行けばいいか完全に分からないって時は闇酒場に行ってみな。
店員が元カフェのマスターでな、菓子作りの腕前はかなりのもんだ。
俺のおすすめは珈琲入りブラウニーだな。食って良し贈って良しの大人の味だぜ。
Q. よく効く傷薬が置いてなくて困ってるんスよ。あれ好きなのに‥‥
A. まず1本300spをジュース感覚でカッパカッパ飲むんじゃねえ!
あれはあくまで体力の消耗や負傷の痛みをとりあえず誤魔化す代物だぞ?
その場限りは十分動けるようになるが、後でちゃんとした手当ては必要だし、
昔はその辺を雑に使ってたせいで体をダメにした冒険者が何人も出たんだ。
だからディグシードじゃ、ちゃんと薬を扱う心得(*回復技能)のある奴か、
依頼人が携帯必須と判断した時だけ、強い薬を使おうって流れが出来てんだ。
なーに、心配すんな。その分他の危険回避の手段は潤沢に用意されてるし、
傷や病気を後に引きずらない治療技術は一級品だからな、この街は。
Q. この街でのいわゆる「雑用依頼」の相場ってどんなもんッスかね?
A. 荷物運びやドブさらいだろ? リューンとそこまで変わらないと思うな。
丸一日働いて一人頭80sp前後がこの街での何でも屋としての適正報酬のはずだ。
もちろん、技能が必要だったり戦闘が絡んだりの要素で報酬はさらに変わる。
リューンとの大きな差は足元見る依頼人がほとんど居ないって事だろうな。
冒険者を「ゴロツキ紛いに宿の亭主が首輪付けてるだけ」って思ってる奴は
どこの街にもいるにはいるが、この街はその割合がとても少ない。
だからガキのお使いの延長線上のような依頼でも適正報酬を払ってくれるし、
危険の大きい依頼はそもそも雑用にせずきちんとした体裁で出してくれる。
そういう意味で、慣れない連中でも安心して依頼ができる街だと思うよ。
「ふいー、ひとまずはこんな所っすかね。ありがとうございましたッス。
パイセンの今日のご飯くらいは奢らせてもらうッスよ」
「やりぃ!ゴチんなるぜ。他になにか疑問が出たら遠慮なく聞いてくれよな」