ステヱシヨン終点◆CDIQhFfRUg

 

 ここが終点です。
 だから、報道の話をしましょう。

 報道というものは、ただの報告ではありません。
 その名に「道」を冠するとおり、柔道や剣道と同じ、極める道を持っている技術なのです。
 ニュースキャスターであれば声のトーンや読み上げの速度、表情、言葉遣い。
 新聞記者であれば文字のレイアウト、情報の選定、適切な単語の選択。
 映像スクープを追い求めるのであれば足腰の鍛えかたから始まって、撮影場所の位置取りも、撮れるタイミングの狙いも、
 色々なファクターに研ぎ澄ませられる部分が存在し、経験を積んで育てることができるのです。

 では、なぜ、そうして私たちは報道を極めるのでしょうか?
 お金のため? 数字しちょうりつのため? ノウ、ノウ。それは違います。
 加速する情報速度、加熱する報知合戦で、各社が傲慢に報告の押し付けをするようになってしまったこの世の中では、
 そう思われてしまっても仕方のないことなのでしょうが……報道の本質は、そこにはありません。

 報道の本懐は、安心の提供なのです。
 みなさんを安心させることが私たちのお仕事なのです。
 あたりまえでしょう。不知は未知。未知とは不安の代名詞。知らせるという行為は本来、相手を安心させるためにある行為なのですから。
 世の中にある危険、不条理、落とし穴、恐怖――そんなものを私たちは、誰より早く受け止めて。誰より早く消化して。
 その事がどれだけ鋭く、多くの人を不安にさせるものであろうと、
 意を曲げず、意を繕わず、意を損なわず、
 しかしあらゆる手を尽くして、そこに一筋の光を差し込むように知らせるのです。

 だから私は日本人を殺さなければいけませんでした。



 いいえ、それは、傲慢ですね。



 私は日本人を殺すことに決めたのです。


 殺し合いに巻き込まれた時点で、すべての人を安心させることはできません。
 その事実が知られてしまえば、「自分も殺し合いに巻き込まれてしまうかも」という不安をすべての人に与えてしまいます。
 かといって事実を隠ぺいするのは報道者として出来ないことです。
 「殺し合いに巻き込まれることを知らない人がいる」状況を見過ごすくらいならば、私は舌を切り捨てて死ぬでしょう。
 清く働けば角が立ち、情に掉させば沈みゆく。
 板挟み。
 私は泣きそうになりました。

 けれど泣いている時間もありません。
 刻一刻と変わっていく世界の中で、報道者に悩む時間も涙を流す時間もありはしないのです。
 決めなければなりませんでした。
 ここにいる人々を安心させるために殺し合いを止める情報を探すか。
 ここにいない人々のうち、せめて一部の人だけでも安心させられるように、優勝して願いを叶えるか。
 直ちに決めなければなりませんでした。

「だから――優勝することにしたんですよ、私のエゴで、優勝することにしたんです。
 優勝して、主催が何かは知りませんが、『せめて、せめて日本人は今後一切この催しに参加させないでください』、と、そう願ってしまえば、
 あとは私が一生墓まで持っていけば、日本人のみなさんは安心させることができる、そう思ったんですよ」
「うええっ……ばか……なんです?」
「ばかですよね」

 空を仰ぎながら、私は涙で化粧をされています。

「さすがにばかでした。一介のニュースキャスターでしかない私には、少し荷が勝ちすぎていましたか」
「うっ……やっぱりっ……あなたは、日本人じゃなくてもっ……殺すつもりだったんです。
 だって、最初にわたしと、一緒にっ……銀行にいた人たち……、ほとんど日本人じゃなかったです」
「ええ」
「くるってるって、思ってたのに……ううううう。くるってるって、おもわせたいなら……そのままでいろですっ!」

 私はとめどなく溢れる涙を上から直接、私の顔に浴びています。
 私は、私を覗き込みながら涙を流している少女に、覗き込まれたまま怒鳴られていました。
 私は地面に仰向けに倒れこんでいて、私のすぐそばで彼女は地面にへたりこんでいて、そして私に涙を浴びせているのです。
 どうして泣いているのでしょう。
 私には分かりません。
 まあ、私のために泣いているのではない。ということくらいは分かりますが。

 リザルトですが、単純です。
 私の銃弾は外れてしまいました。
 なぜなら私が先ほど戦った蛇少女はその体に毒を抱えており、それによって私は足元も視界もおぼつかない状態で。
 ニュースキャスターといえども人間の範疇である私が、その状態で、使ったこともない銃の弾を人間に当てることができたのであれば、
 そうですね――それはニュースになってしまうレベルの事態なんじゃないでしょうか?

 ああ、翻って、この少女はとてもとても強い子でした。
 きっと私なんかよりずっとずっと強く生きていける子なのだと思います。
 たった数時間で、私の肩をクレーターにするほどの拳を繰り出せるだなんて、仮にここが放送局なら、明日の目玉情報だったと太鼓判を押しましょう。
 痛みすら感じません。ただ血液がお茶入れの瓶をこぼしたときのように地面に広がっているのは感じています。
 なので、終点です。

「私は役者アクターではないので、死ぬ間際まで演技なんてできませんよ。
 本当に申し訳ないのですが。貴女が私を殺したことによる心の損害賠償を求めようと考えているのなら、それは厳しい相談ですね」
「さいっていです……! あれだけ、殺しておいて、ううえっ、そんな、言い草……っ」
「本当に謗りを受けるべきは主催者ですよ。私もまた被害者であることには違いありません。
 ……なんてのは、責任逃れでしょうね。でも、申し訳ないとは思いますが、貴女に謝罪の言葉は言えません。
 私もまた、私の決意のために戦っていたので。それを止めた貴女の思い通りの、言葉を吐くのは……違うで、しょう?」

 私は血を吐きながら、私を倒した優しくて強い涙化粧の少女に、ただ事実のみを告げます。
 事実を告げるのは得意なんですよ、ニュースキャスターなので。
 現実を計算するのも得意です。

「違って、も……っ、言ってくださいです」
「……」
「あやまって、くださいです。そんなの、勝ち逃げですっ……!
 わたしが、勝ったのにっ……! わたし、それだけを、夢見てたのにっ、うううっ……!!」

 ああ――そうですね。
 それゆえに、夢を見ることを拒否しなければならなかったのが、きっと、私の敗因なのでしょうね。
 夢見る少女じゃいられなくなって、大人になって、人は汚くなる。
 汚くなると、自分の汚さに不安になって、
 だからいつのまにか、安心を求めるようになってしまって……。

「うううっ……うううううっ。うええええ。うええええん」
 
 ふう。涙で化粧されていてよかった。
 ぼたぼた落ちてくる温かいそれに、ただ、ただ私は感謝をしていました。
 だって、
 だってこうされていれば、
 よくわからないうちに泣いてしまっていても、それをこの子に悟られませんから。

「うううっ……うううううっ。うええええ。うええええん」

 まああれかなあ。

 働きすぎだったかなあ。

「うううっ……うううううっ。うええええ。うええええん」

 泣かせてごめんねくらいいえばよかったかしら。

 でも今更か。

 私、悪いやつだなあ。

「うううっ……うううううっ。うええええ。うええええん」

 ――ああ。

 もう厳しいな。

 だってこんなに疲れている。

 脳も、体も、心も、もう休めって。

「……」


 もう、眠りましょう、か。


「……おやすみなさい」


【嬉しそうに「乗客に日本人はいませんでした」「いませんでした」「いませんでした」って言ったニュースキャスター@JAM(THE YELLOW MONKEY) 死亡】
  

♪♪♪♪


 それから涙が枯れるまで、少女は泣き続けました。
 理不尽への反撃を望み、強い心で師匠に師事し、限界を超えた力を手にし。
 凶敵を前に師匠に見送られ、見事復讐譚を遂げてなお、彼女の涙は止まることはありませんでした。
 それは拳を血に染めてしまった悲しみでもあり。
 それは自分を殺人へと走らせた原動力の相手のことを、最後まで理解することができなかった悲しみでもあり。
 こんなことになるのなら師匠と一緒に戦い続ければという後悔の悲しみでもあり。
 ただ内から湧き上がる、理由のない悲しみでもありました。

「……うええ……」

 二時間ほど泣き明かしたあと、ひっそりと彼女は、死体の上に折り重なるようにして眠ります。
 泣き終わって、眠ります。
 それが例え望んだ結果でなくとも。彼女は、走り続けて、そしてやり遂げたので。

「……師匠……ありがとう、ございました、です」

 小さな小さなその命を、流しきってしまうその前に。
 叶えたものに与えられる安らぎを享受するだけの時間は、彼女に与えられるべきなのでしょう。

【涙化粧の女の子@JAM(THE YELLOW MONKEY) 死亡】
※命を流し切りました。


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