全力バタンキュー◆CDIQhFfRUg

 

ういーん、ういーん。

池の中央に白いクレーンが立っていて、機械の音を唸らせている。

ういーん、ういーん。

クレーンの先端には、マジックハンドのようなものが付いている。

ういーん、ういーん。

池には沢山のシャケが泳いでいて、クレーンは狙いをつけると、一匹のシャケをマジックハンドでつかむ。

ういーん、がしゃん。

つかまるシャケ。

ういーん。

シャケは無抵抗で吊り上げられ、池の外へと運ばれていく。

どさっ

そしてそれが、お兄さんの頭の上に落ちた。

……。

「シャケだーーーーーーーーーッ!!??」

「ええええええっ!!??」


♪♪♪♪


「大使館にキッチンがあってよかったわね」
「すげえ……フルコースじゃん……」

 徳川埋蔵金を探しているお兄さん、と大切な人を探しているお姉さん。
 なにかを探すにはまず外堀から埋めていけ、ということで、外周を回って池まで来たときに放送が鳴った。
 放送の際に池に見事に落ちた雷によって、池のシャケはぷかぷかお腹を上に向けて浮かんで動かなくなった。
 偶然にも出くわしてしまったその魚の大量死をひどく悼んだお兄さんとお姉さん。
 お兄さんの頭の上に落ちてきたシャケ達を使って、お姉さんはシャケのフルコースを作った。
 シャケのムニエル、シャケのおにぎり、シャケの姿煮、焼きシャケ、いくら丼、シャケフレークのちらし飯。
 大使館の広いもてなしテーブルの上には、よりどりみどりの料理が並んでいる。

「ふふふ、お姉さん、それなりに料理は得意なほうなのよ。ささどうぞどうぞ」
「お、おうとも……」

 いそいそと背中を押して、椅子に座らされるお兄さん。
 フォークとナイフを握らされ、丁寧によだれかけまでかけさせられる。
 あまりにもイタレリツクセリであった。
 そのもてなしにお兄さん、ああ、腕によりをかけた料理たちを、どうしても食べてもらいたいのだろうなあと、のんきに思ったり思わなかったり――。

(思……)

(思うわけ、ねえーッ!)

 否。内心思うお兄さん。
 あまりに、あまりに露骨であると!
 なぜなら見えているのだ! シャケの姿煮、その一部分に! 骨に紛れるようにして金属針が紛れているのを!
 いくら丼の粒の中に、明らかな紫色のヤバげな粒が隠されているのを!
 そう、お姉さんは殺し合いに乗っているのである。
 乗っているので、大量の料理を作り、その中に毒を盛ったのである!

(このお姉さん……人を騙すのが下手すぎる!)

 実のところカジノで出会ってからここまでの同行で、お姉さんが自分を殺すつもりであることをはっきりと感じ取っていたお兄さん。
 心中でツッコミを入れるのもこれで何度目だか分からなかった。
 あまりに普通の人なのだ、お姉さんは。殺し合いで面従腹背をつらぬけるような、大女優のような演技力などない。
 歩いてるときにチラチラとこっちを見てくるのも、最初はお兄さんがカッコよすぎるのかな? と自惚れることもできたが、あまりに多いのでそれも間違いだと気づく。
 しきりにポケットに手を入れ、隙あらば何かを取り出そうとするしぐさ、何かを隠しているのがバレバレである。
 極めつけにこの過剰料理! もはやどれだけIQが低かろうと、お姉さんのたくらみを看破できぬはずなどなかった。

 だが、それゆえに難しい。
 お兄さんにとっては、非常に難しい局面だ。

「どうしたの? 食べないんですか?」

 にこやかに笑ってくるお姉さん。その笑みが悪魔の笑みに見えるお兄さん。
 だって、そうであろう。
 この場に渦巻くあまねく謀略をわきに置けば、これは「一緒に想い人を探してくれている協力者さんに、ふるまいをしている」だけの構図に過ぎない。
 そこで「いやこれ毒入りですよね??????」などと発言してみろ。仮面をかぶり合う関係は破談。現状の関係はたやすく壊れてしまう。
 お兄さんにも、狙いがあった。
 ずばり、この生死の境をたゆたう危険地帯で、女の子を一人でもいいから食い散らかすことである。
 穴に棒をストライクすることなく生涯を終えるなどまっぴら。こんな料理よりも食べたい果実がお兄さんにはあるのだった。

(どうする……!? どうすればいい!!
 食べれば死、しかし食べなければ食べられるチャンスを失う……くそうどうしてここまで何もしなかったの俺!
 えっお前がヘタレだからだって!? 大当たりだけどそれは言うなよな!!)

 ここまでの道程で隙を見て襲っちゃえばよかったと今さら後悔するお兄さん。しかしそれも意外と難しかったのだ。
 なにせ向こうはこちらの命をキルしようとしてきているので、ビンビンに警戒線を張っているのだ。
 お兄さんにはその隙を突けるほどの余裕がなかったし、お兄さんのお兄さんがビンビンになる余裕もなかった。
 
(考えろ! 考えるんだ俺! 走馬灯より速い速度で頭を回せ! エネルギーというエネルギーを一点へと収束させてバースト!
 うわあ何言ってるか自分でもわからねえ! でもでも天才の俺はここで最強の打開策を思いつくんです! うおおライツ・カメラ・アクション!)

 意識を超えて、無意識で思考を巡らせるお兄さん。
 背景はどろどろしたビビッド色になりうねうねし、縦楕円に大きく広がった眼は雨の日のガラスのように曇る。
 そしてお兄さんは思いつく。
 八方ふさがりに思われたこの絶対的窮地にわずかに開いていた活路を。
 狭すぎる隘路を通りぬけ、なおかつ天秤をお兄さんのほうへと傾ける作戦を!

 それは――全力バタンキュー!

「いッ……ただッ……きまああああああああああああああああ!!」


♪♪♪♪


「アバアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!???!!!???」

 ――血を吐いて倒れたお兄さん。
 バネ仕掛けのおもちゃみたいに唐突に、あまりにも綺麗に椅子を蹴飛ばして倒れる。
 驚いたのはお姉さん。驚くに決まっていた。
 
 いま、お兄さんが食べたのは、毒を盛っていない料理のはずだ。

 料理に毒を盛ってお兄さんを殺す作戦。いくつかの料理には毒を盛ったが、毒の容量の関係で盛れていない料理もある。
 お兄さんはそれを食べたはずだ。
 食べたはず、なのに。

「アバアアアアアア!!?? アバアババアアアアアアア!!?? エベエエエエエエドロロロロロブエッ」

 床を転げ回ったあと動かなくなるお兄さん。
 これは……いったいどういうことだろうか? どういうことでもない。そういうことだ。
 お姉さんは驚きフェイスを継続しながら心の中で叫ぶ。

(しまった――)

(してやられた! 逆に使われたわ!!)

 演技である。
 そう、お兄さんによる、全力全霊の演技である!
 毒を喰らっていないにもかかわらず、毒を喰らったかのような演技をしているのだ!
 お兄さんとお姉さんが覆面協力関係にあるのはご存知の通り。
 その前提がある以上、お姉さんはお兄さんのこの一手に対し、覆面をかぶったまま行動をとらざるを得ない。

「ど、どうしたんですか!!?」
「アバッ……」

 つまり、あたかも何が起こったのか分からないという風に、声を掛けにいかざるを得ない。
 殺しに行くはずの相手を助けに行かせられる……この時点で計画はおじゃん!
 そして――。

「す、すまねえお姉さん……お兄さんは……なんかに当たったみたいだ……たぶん、シャケに……」
「シャケ……!」

 ここでお兄さんがさらにファインプレーを重ねる!
 毒ではなく、食材に問題があったのだというニュアンスを含ませた発言で、お姉さんの所業をなかったことにする妙手である。
 お姉さんが料理に使った食材は主にシャケであり、シャケは主催が用意したフィールドから調達したものである。
 主催がシャケそのものに毒を仕込ませていない保証がない以上、この論理をお姉さんは否定できない。

「俺はもうだめだ、もはや一秒一刻ごとに体調が悪くなっていてじきに死ぬだろう」
「そんな!」
「ああ故郷の母にも父にも兄弟たちにも顔を見せることが出来ず、シャケ死するなんて俺はかわいそうだぜ……」
「あっ、あきらめないで! そうだわ、解毒剤を探してきてあげる!」

 しかしここでお姉さんも機転を利かせ、お兄さんの演技に食らいつく。
 解毒剤を探しにいくという名目で一時離脱し、その後、解毒剤という名の毒薬をお兄さんに飲ませる算段だ。
 一瞬の閃きにして、悪くない手に思えたが。

「いいんだ」

 お兄さんの手がスッと伸びるとお姉さんの肩をつかむ。引き止める。
 お姉さん、さらに困惑! 引き止めれば(演技上は)死ぬというのに何をするというのか――。

「いい……いいんだお姉さん、もう間に合わねえよ……最後に……お兄さんの願いを聞いてくれ……」
「お願い、って……まさか……」
「そうだ……わかるだろ、男が死に際に願うことと言えば一つ」

 お姉さんは見た。
 お兄さんがわずか数コンマ秒見せた邪悪な笑みを。
 ああ――これはまずい。後悔が胸に襲い来るが、もはや時すでに遅い。
 分かっていても逃げられない。
 土俵の外まで一気に吊り上げられたシャケのような、一方的な展開である。
 演技を継続したまま、お兄さんが言葉を紡ぐ。

「お姉さんと一発、スケベさせてくれえッ!」
「えええええええっ……!!??」

 お姉さんの返答は如何に――!!??
 次回、刮目せよッ!

 
【2-夏/旭・大使館/一日目/13時】

【お兄さん@全力バタンキュー(A応P)】
【容姿】松野おそ松@おそ松さん
【出典媒体】歌詞
【状態】大変ご多忙
【装備】研ぎ澄まされた刃@もののけ姫(米良美一)
【道具】支給品一式、ツルハシ
【思考】
基本:優勝して埋蔵金を見つけに行く
1:お姉さんと!

【いつかまた巡りあいたい君@チェリー(スピッツ)】
【容姿】可もなく不可もない綺麗なお姉さん
【出典媒体】歌詞
【状態】焦燥
【装備】毒針
【道具】支給品一式
【思考】
基本:あの人にもう一度会いたい、助けたい

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