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トイレットペーパーが、嵐の中で舞っている。
幾多の風の刃を受け止める柔らかい紙。
紙束の中心にはトイレットペーパーマンがいて、嵐を放つボクらと向かい合っている。
言語をわすれ、ただ寄り合うだけの肉塊と化したモンスター。
周りのすべてをバラバラにしながら進むそれを、トイレットペーパーマンはただまっすぐに見つめる。

「「「「AAAAAAAAA!!」」」」

八十を超える風の刃、そのすべてが不規則に踊りながらトイレットペーパーを頭に巻いた男へ向かっていく。
しかしトイレットペーパーマンは風の刃をトイレットペーパーで上手くいなし、避ける。
右捻り。左捻り。バク転、前転、側転からの勢いよく綺麗なバク宙。
ダンスが得意なトイレットペーパーマンの体を風で捕まえるのは、あまりに至難の業だった。

「YO!」「YO!」「Wo Wo」「Wo Wo」

そうする合間にもトイレットペーパーが空間に張り巡らされる。
激情を洗い流したあとに痛んだケツを優しく受け止めるかのようなその紙を、薄紙を、なぜか風の刃は破れない。
薄紙など、破れて当然のはずなのに。それだけの嵐を起こしているはずなのに。なぜ破れないのか。
ボクらにもそれは分からなかった。
そして――戦闘の末に、いまやボクらの体は多量のトイレットペーパーに雁字搦めにされていた。

「「「「AAAAAAAAA!! RAAAAAAAA!!」」」」
「ごめんな。痛ぇよな。苦しいよな。でも、一個だけ言いてーんだ――」
「「「「SHIIIIII……」」」」
「なあ、狂ったふりはよしてくれよ、大野。俺とお前の仲だろ?」

トイレットペーパーマンがそう告げると。肉塊に残っている四つの生きた顔のうち、
いちばん歪んで白目を剥いて、草でも吸ってそうな顔になっていた顔が、真顔に戻って呟いた。


「……見抜くの早すぎだろ、先輩」


それを合図に、残りの顔も静かに普通の顔に戻っていく。
哀しそうな顔で。
さみしそうな顔だった。
すでに一人欠けてしまった四人は、口をそろえて先輩に言った。

「「「「先輩。」」」」
「「「「どうしてバラバラになっちゃったんだよ、先輩」」」」


×♪×


昨年のことだった。
永久で不滅で、ずっとなくならないと思っていたものが、この世界からなくなった。
テレビに映った最後のステージは、あまりにも悲しいものだった。
間違いなく、すべての国民に衝撃を与えた出来事だった。

ボクらはずっと、そばで見ていた。
光り輝く先輩たち、尊敬している、空に輝く星のような先輩たちだった。
うたばんぐみで仲が悪いようなノリをやらされても、「派閥」の関係で同じステージに立つことがあまりなくても、
ボクらよりずっとずっと先を走り続けている、偉大な存在であったことに間違いはない。

それが――消し飛ばされた。あまりに簡単に。届かないはずの星を、ひきずりおろすようなやり方で。
ボクらはそれも見ていた。
夢が、希望が、あたりまえにそこにあったはずのものが、無くなっていくのを見ていた。

怖くなった。
恐ろしくなった。
ボクらがいつか同じようになるんじゃないかと、不安になった。

だからより集まった。
固まってぐちゃぐちゃに混ざり合えば絶対に離れられないから。
巻き起こす嵐で、周りをバラバラにしてしまえば、自分たちだけはバラバラにならずに済むから。


×♪×


「でも。相葉くんがやられちゃって」「ボクらはバラバラになってしまって」
「ぜんぶ先輩たちのせいだ」「先輩たちがずっとそこに在ってくれれば、ボクらはこんなことには」

「……お前らを、悲しませちまったのは、ホントに悪かった」

「優勝するつもりだったんだ」「優勝して先輩たちをもう一度くっつけるつもりだった」
「ずっとボクらの先にいてほしかったから」「先輩たちがいなくなったら、ボクらどこにたどり着けばいいのか分からないじゃんか」

「お前らならどこだって行けるよ」

「行けないよ」「行けるかもしれないけど、それは俺たちが行きたかった場所じゃない」
「だってあんなの、勝ち逃げじゃんか」「もう永遠に、ボクらは先輩たちと並べないし、越せないんだよ」

「……だな」

「肯定しないでくれよ」「肯定するんじゃねえよ!」
「否定してくれよ、否定してくれよ」「あんなのうそっぱちだって、そう笑ってくれれば、ボクらは!」

「――大野」

トイレットペーパーマンは、首を小さく横に振った。

「かたちあるものは、いつかなくなるんだよ」
「「「「……」」」」
「俺だって、あんな形にはしたくなかった。でもな、完全なものなんて、絶対なものなんて、この世には無いんだ。
 笑点のメンバーだって時代とともに変わる。ドラえもんの声だって世代交代してずいぶん経った。
 ザ・ドリフターズだって、今は全員そろってライブできないんだ。俺らのうたの結末も、早いか遅いかの違いでしかない」
「「「「そんな言い方」」」」
「俺だって、こんな言い方したくねえよ!」

トイレットペーパーの奥から、強い声が漏れた。魂が泣き叫んでいるような、強いダミ声。

「お前らの十倍、百倍、いや千倍! 俺は、俺たちのことを大好きだった!」

いや、それは実際に、泣いているのだろう。
トイレットペーパーに隠して、見せていないだけで。

「何があっても乗り越えられるって、何があっても無くならないって、
 もし誰かに壊されそうになったら、死んでも止めてやるって、俺が一番、思ってたに決まってんだろ!
 だからお前らの一万倍悲しかったし、苦しかったし、つらかった。
 それこそ俺だって、戻りたい、神にだってすがりたいよ……でも。でも、それじゃダメなんだよ。
 誰かに願って元に戻ったって、そんなのは本物じゃないんだ。俺が愛した俺たちじゃねえんだ。
 受け入れなきゃいけないんだよ。大野。お前らもだ。俺らが俺らを失ったことを、お前らも受け入れなきゃいけない」

そして、トイレットペーパーがさらに増量される。
ボクらを包む。
それは、汚いものを包み隠すのではない。間違ってしまったモノを縛って正すのでもない。
ただ優しく包んで、流してあげるためだ。

「俺は、絶対に忘れない。諦めない。だけど、バラバラになったことを、無かったことにするのは違う。
 出しちまったウンコを、腸の中にもう一度戻すなんて、アブノーマルだろ?
 だから、俺たちは流すんだよ。トイレットペーパーに包んで流すんだ。スッキリして、もう一度前を向くために」

ボクらが嵐によってトイレットペーパーマンを攻撃しきれなかった理由は、ひどく簡単なものだ。言うまでもない。
どれだけ奪おうとしても。どれだけ殺そうとしたって。
敬愛する先輩を、目標であったその人を、自分たちの手でなんて、バラバラにできるはずがないからに決まっている。
ぐちゃぐちゃに歪んでしまっていても、そこには強いリスペクトの気持ちがあったのだ。
トイレットペーパーマンもそれを分かっているから……結末は、優しいものになった。

「お前らはもう、俺から奪わなくても持ってるよ……夢だって、希望だってさ」
「「「「……約束してくださいよ……絶対、また戻ってくるって……」」」」
「ああ。今度はちゃんと、素顔で向き合ってやるって、約束する。だから今回は――流して、スッキリしようぜ」

どこからか水が流れる音がする。
全身をトイレットペーパーに包まれながら、ボクらはその音に身をゆだねた。


【ボクら@A・RA・SHI(嵐) 死亡】


「――ハァッ!! ……く、っそ……」

 トイレットペーパーマンは膝を付く。それでもよろめきを抑えきれず、みじめにも地面に突っ伏した。
 寄る年波というものがある。もちろん同年代よりは鍛えているが、バトル漫画のようにドンパチをやる年齢ではない。
 それが、やらなければいけなかったこととはいえ、愛すべき後輩のデビューソング出展のフレッシュなパワーとぶつかったのだ。
 この消耗も仕方がないことと言えよう。

「こりゃあ、もう、動けねえかな……。まあ、一番流してやらねえといけねえもんは流しただろうし、
 優勝する気もねえわけだから、ここでくたばっても、問題ないっちゃないが……」
「本当にそうでしょうか?」

 息を思い切り吸って、ごろん、と上を向いた時だった。
 トイレットペーパーマンの顔のトイレットペーパーに、一匹のアゲハ蝶が留まったのは。

「そちらの旅は、まだ終われませんよ。そちらが水に流すべきうたは、もう一曲存在する」
「何……だと?」
「人生が数奇であるように、唄たちの運命もまた、数奇なものなのでしょうね。
 そちらは、関係するような登場人物など、一人いれば十分だと思っていたのでしょうが……」
「おい、教えろよ。誰が来ているんだ。誰が……」

 アゲハ蝶は、焦燥するトイレットペーパーマンに、告げた。

「マヨネーズと言えば、分かりますかね?」
「――!!」

 まあ、まずは放送を聞いてから話しましょうか。
 そういってもったいぶる旅人は、トイレットペーパーの頭上をくるくると回った。
 
 そして、時報が鳴った。
 時刻は12時。
 唄に旅することを命じられた彼らが耳にする、初めての放送が始まる。


【6-秋/豪/一日目/12時】

【トイレットペーパーマン@トイレットペーパーマン(中居正広(SMAP))】
【容姿】トイレットペーパーを頭部に巻いて顔を隠した喪服の男
【出典媒体】歌詞
【状態】ボロボロ
【装備】トイレットペーパー
【道具】支給品一式
【思考】スッキリと水に流そうぜ、でないと、前に進めねえ
【備考】

【旅人@アゲハ蝶】
【容姿】アゲハ蝶
【出典媒体】歌詞
【状態】健康
【装備】アゲハ蝶@アゲハ蝶
【道具】支給品一式
【思考】トイレットペーパーマンの旅を見守る。
【備考】
※アゲハ蝶を操れます。

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