思い出をこえていけ◆CDIQhFfRUg

 

946。947。948。

ボールを投げて、そして投げ返される。

1000飛んで13。14、15。

家庭的な女がタイプな俺はただただ無心で、得体のしれない思い出とキャッチボールを続けていた。

「おにいちゃん、バッティング練習しようよー」
「まま待ってくれ。待ってマジで。ほんと。投げ込みが足りない気がする」
「もう千回もキャッチボールしてるよー。飽きちゃうよー」
「俺、パスタと投球フォームにはこだわるタイプなんだよ、たのむ、もう少し付き合ってくれ!」

パスタはともかく、投球フォームへのこだわりはもちろん嘘である。
野球なんて、家庭的な女がタイプな俺は、草野球で遊んだ程度の知識と経験しかない。
なのになぜこんな嘘を俺がついているかと言えば、ひとえに先ほど見てしまった衝撃的な光景にある。

(さっぱり原理は分からないが、こいつとまともに野球をすると子供になってしまう)
(しかも、こいつとバッティング勝負をして負けたら、そのまま消えてしまう……!)
(くっそ……こんなことで消えるわけにはいかねーのに……! なんでだ! なんで、キャッチボールが辞められない!!)

二人の偉大なる野球選手を童心へと還し、そして消し去った時速1000kmを、俺はしかと見ていた。
だから分かっていた、目の前の野球少年は人外の存在だ、関わるべきではないと。
なのに逃げようとしていた俺は気が付くとキャッチボールをしていた。……野球を持ち掛けられた時点で、少年との戦いは始まってしまうのだろう。
もちろんそのルールに気づけていたからこそ、俺はこうしてバッティング勝負を引き延ばしているが――すでに限界が近づいている。

(ううう……止まらねえ……疲れない……投げて、投げ返して、受け取って……ちくしょ、う……た、楽しい……!)

楽しいのだ。
徐々に、徐々に。千回を超したキャッチボールのトランスじみたリズムの中で、神経を、精神を削られ、代わりに不可解な楽しさが刷り込まれていく。
なにが面白いのかもわからないけどなんとなくはしゃいでいたら楽しかった、あのころの、子供のような心にされていく。
まだ自分は大丈夫なのか? 体が縮んでいないだろうか? わからない。恐ろしくて敢えて認識をしていない。
思い出の毒が脳内麻薬となって、俺の脳をむしばんでいる。

(あの夏を思い出す)(あの夏? どの夏だ)(この夏はどんな夏だった?)
(草野球をしていたんだ)(居るだけで楽しくなるような悪ガキ仲間とだった)(河原の広い公園)(白線も無い共有空間)
(俺はホームランを打った)(人生初のホームランだった)(いい音だったんだ)(これが打てたら死んでもいいくらいの)
(ああ、そう、だから、きっと、)
(きっと俺の人生の最高潮はあの場所だった――)
(……あの場所だった?)

「ね?」

家庭的な女がタイプな俺は、気が付くと少年になって、バッターボックスに立っていた。
にこやかに。それが当然で、それがすべてであるかのように野球少年は、俺に語り掛けるのだった。

「野球の思い出は、いちばん楽しいでしょ?」


「違う」

口からこぼれた言葉は否定だった。

「ちげーよ。……俺の最高の思い出は」

目をつむる。

「幾千の星の中でいちばん光るあいつを見つけた時なんだよ」

白球が放たれるその前に、俺は片手を高く高く空へ掲げた。


「――代打。スーパースター」

ふたりだけの野球世界に、スーパースターが現れた。

「よく粘ったね。ここからは、勝負の時間だ」


♪♪♪♪


バッターボックスに入るその動作さえ、あまりに研ぎ澄まされていた。
少年時代の、野球の楽しさを司る少年からすれば、それはまさしくヒーローの動作だった。
スーパースター。
そう呼ばれた彼は、たった今、家庭的な女がタイプな俺を助けるピンチヒッターのごとく、マウンドの少年と向き合っている。

「感心しないな」
「なあに? おじさん」
「野球がいちばんではない人にまで、野球の夢を見せるのはよくないな、と言っているのさ。僕が気づいて止めなければ、彼は溶けたくない思い出に溶けていた」
「ぼくは、楽しく野球がしたいだけだよっ」

キャッチボールの欧州と度重なる精神への浸食で、スーパースターの背後に隠れる家庭的な女がタイプな俺はすっかり疲弊している。
それを見ても悪びれることない少年。実際に、悪いだなんて思っていいないのだから当然の反応だ。

「おじさんも、そんな堅苦しくしないで、楽しく野球しようよ」
「……」
「聞いてるよ。知ってるよ。分かってるよ。スーパースター、おじさんはプロフェッショナルすぎて、野球が楽しくないんでしょ?」
「……」
「ぼくといっしょに野球したら、みんな楽しさを思い出せるんだ。おじさんもきっと、思い出せるよ! さあ、勝負、勝負!」

野球少年が、思い出が、硬球をこれみよがしに握った。

「きっと、おじさんでも見たことない世界を見せてあげられるよ! まずは、一球目!」

そして――投げたと同時に甲高い金属音。
スーパースターは、振っていた。
打音のあと、ボールは――――後方。手から外れて変形したバットとともに、思い切り後方へ吹き飛んでいた。
ファールだ。

「確かに、未体験だ」
「でしょ?」

スーパースターもそんな言葉を漏らす。時速1000km。現実にそんな球をバッターへ向けて放つ存在などありえない。
デレク・ジーターは振ることができずに消えたが、仮に振れたとして、ミートできていたとして、果たして飛ばせたかどうか。

「ただ、やるまえからやれないって決めつけるのが、僕は一番嫌いでね」
「そういう言い方が楽しくなさそうなんだけどなー」
「二球目の前に、君に言っておこう。野球は楽しいことだけじゃない」

愚痴をこぼす少年に、スーパースターは諭すように語った。

「楽しいだけのことならこんなに続かないさ。楽しいことだけじゃないから、僕はやっているんだ」
「いみわかんない!」

二球目――投げた。
スーパースターは、もちろん振った。
時速1000kmの重さは、初撃である程度掴んだ。
経験から、このタイプは「掬い上げる」打ち方では力負けする。「叩き斬る」が正解だ。今度は前へ飛ばす。
スーパースターの狙いどおり、前へ飛んだ。が、インパクトの最高点からは外れた。やはり速い。

「ファール2ッ!」

野球少年はわくわくを隠せない表情で叫んだ。

「あと一球だよ、おじさん!」
「す、スーパースター! だ、大丈夫なのかよ!」

思わず家庭的な女がタイプな俺がスーパースターにすがる。思い出の海に溺れかけていた俺を救い上げてくれたスーパースターを、心底心配しての言葉だった。
が――。

「スーパースター?」
「……」

届いていない。スーパースターはバッティングに集中していた。
真剣なそのまなざしの奥で、いくつの検討と試行を走らせているのか。恐ろしささえ、感じる。
野球が楽しくない――俺はその言葉を想起する。いいや、違う。この人にとっては。この人にとっては野球は、人生なんだ。
遊びとは、趣味とは、違うんだ。

「三球目の前に、言っておこう」

スーパースターはバットを高く掲げ、バックスクリーンを指した。
予告だ。

「僕は思い出に溺れない。未来に、目標に向かって進み続けるのが、僕の人生だから。思い出は、常に超えるべきものでしかない」
「……じゃあ、その思い出に、未来も閉ざされちゃいなよ!」

三球目。
スーパースターの言葉に心を逆なでられた野球少年は、これまでと手を変えた。
変えてしまった。
時速はもちろん1000km。しかし、これまでの楽し気なストレートではない。その球種はシンカー。投手の利き手方向へ沈ませる球。
あそびなしの、思い出に沈ませるためだけの球だった――その遊びのなさが、命取りになった。
スーパースターは、ボールを叩き上げた。

キィン。

歯車かみ合ったかのような打撃音。空へ舞う白球。
高く、高く。安易に落ちることはない。
予告通り運ばれたそれは、誰が見ても間違いのない、ホームランだった。

「な」
「お、おおお!?」
「なんで……ッ!?」
「その速度で変化は、逆に失敗の選択だったね。
 変化球は曲がるときに多大な空気抵抗で速度を落とす。君の思い出なら、曲がったあと速度をもとに戻す程度の力はあるのだろうけど、曲がる瞬間はそうはいかない」
「まさか……そんな……曲がるその、わずかな一瞬を、狙って叩いたとでもいうの……? ぼくは、曲げることだって言ってない、の、に………」

勝負に負けた思い出は、歌としてのカタチを崩していく。
悔しさや苦しさ、敗北感は、彼の歌われたうたにはない感情だから。
いや、そうだとするならばきっと、手を変えた時点で――歌い方を変えてしまった時点で、思い出の敗北は決まっていたのか――。
中天に太陽。
夏を思わせる直射光の中、きらきらと消えゆきながらそんなことを思う思い出に、スーパースターは言葉をかけた。

「言ってなくても、打つさ。どんな球が来ても打つよ。打ちたい球を待ってたら、いつまでだって打てないから」
「……そっか……」
「次も負けないよ。また戦おう」
「…………うん!」


【野球少年@ホームラン(THE BLUE HEARTS) 消滅】


「おっ、お前こんなとこおったんか!」
「……アッコさん?」

野球少年の思い出を消し去り、スーパースターと家庭的な女がタイプな俺は固有結界から放たれ、通常の草原へと戻った。
するとそこには赤い攻撃的な衣装とほろよいな赤ら顔をした女巨人が立っていて、スーパースターに親し気に声をかけたのだった。
家庭的な女がタイプな俺は戦慄した――あ、アッコさんじゃねーか!?

「プリンスから電話あったんやわ。ちょっと飲み行くぞ。付き合え」
「プリンスから?」

さすがのスーパースターも驚きを隠せない顔だったが、

「まあ、水の一杯くらいならいいですよ。今日の打席は終わったので」
「飲まんのかい!」
「体調管理の一環でして」
「は〜相変わらずほんま! 固いやっちゃなあ。ええわええわ。ほな行くで。ここは空気が悪うて叶わんわ。蠅もいよるし」

と、アッコさんは酒瓶の中に浮いている蠅の死体をばっちそうに見せつけた。

「こいつなんかぶんぶん飛んどったかと思ったら襲ってきよったから、つい叩いてもうた。したらちょうどここに入って。もう飲めんのだわ」
「災難でしたね」
「ほんまやわ!」
「……っと、行く前に。君」

アッコさんに半ばひきずられるように塩湖の方向へと向かって歩き出したスーパースターは、ふいに俺のほうを振り返った。

「君も、災難だったね。後悔しないように行きなよ」

――次の瞬間、アッコさんとスーパースターはその場に爆撃にも似た音だけを残して消滅した。
地面を蹴って加速し、エリア周辺の塩湖を走って会場から脱出、会場外のプリンスの元へと向かったのだ。
首輪? そんなもんこのロワにあったっけ? ないんだよなあ……。
そういう感じで、取り残された家庭的な女がタイプな俺は、事態を把握しきれていない頭で言葉を紡ぐのだった。

「なんというか、その……すごかったな!?」


【世界を救った後BARでお酒を嗜むアッコさん@あの鐘を鳴らすのはあなた(和田アキ子) 脱出】 ※一通りプリンスたちと飲んだら帰ってくるかもしれません。
【スーパースター@スーパースター(東京事変) 脱出】 ※今日の打席は終わったのでもう出ないと思います。
【蠅@五月の蝿(RAD WIMPS) 死亡】 ※五月も終わったし、アッコさんに叩き潰されました。


【3-夏/白/一日目/11時】

【家庭的な女がタイプな俺@純恋歌(湘南乃風)】
【容姿】星空柄のインナーシャツを着た青年
【出典媒体】歌詞
【状態】健康
【装備】
【道具】支給品一式
【思考】なんというか、その……すごかったな!?
【備考】
※家庭的な彼女(パスタがおいしい)が心配。

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