思い出◆CDIQhFfRUg


それは、思い出だった。

「――野球、やる?」

殺し合い開始直後、いったいどうしようかと決めかねていた俺たち――デレク・ジーターとジャッキー・ロビンソンに、
どこからか現れた少年が語り掛けてきた。
言語は今一つわからなかったが、野球を誘われているのだということはすぐに分かった。
持っているバットとグローブ、それに真っすぐな笑顔が何よりそれを物語っていた。
そう、野球は世界の垣根を超える言語だ。

たった3人だったが、幸いにもそこは草原で、ボールは支給されていた。
俺たちと少年は、童心に戻ったかのように野球をして楽しんだ。
簡単なキャッチボール。宙を飛ぶ白球を追う楽しさ。
相手に取りやすいように投げるそのとき、いつもより優しい気分になれたりして。
あるいは、バッティング練習。笑いながらの真剣勝負。
そうだ、魔球を投げてこい。どんな変なフォームでもいい、時速1000kmの球が俺たちには見えるぜ。

「ヘイ、キャプテン。楽しいな、野球は」
「あなたにそう呼ばれるのはこそばゆいよ、ロビンソン。でも、嬉しいね」
「ああ。俺たちは自由だぞ。平和の歌でも歌っているような感覚さ」
「そうだな。……本当にそうだ。何も考えなくても楽しかったあの頃の思い出が、ここに――」

俺がふと横を見ると、バッターボックスに立つロビンソンは子供になっていた。

「……ロビンソン?」
「ねえ、どうしたの! 次、ジーターさんの番だよ!」

マウンドに立つ野球少年の声にそちらを意識する。そうだ、バッティング練習をしていたんだ。
ロビンソンがバッターで、少年がピッチャーで。俺がキャッチャー。
ロビンソンは、少年の放った魔球をスイングすることさえできず、するとロビンソンの体が縮んで……。

「何を考えてるんだ? キャプテン」

考え込んだ俺を見透かしたかのように、ロビンソンが白い歯を見せて笑った。

「細かいことは気にするなよ。こんなに楽しいんだから、もっと楽しもうぜ?」
「……ああ、そうだな」

深く考えずに生返事をしたのがいけなかったのかもしれない。
気が付くと俺は、バッターボックスに立っていた。

「じゃあ、投げるよ!」

少年が笑い、右手で白球を握る。
変なフォームだ、という第一印象だった。形もまるでなっていない。プロのリーグではまず見ないような投球フォーム。
それでも、確かに俺にはわかった。この魔球は――時速1000kmをたたき出す。
それが、思い出なのだ。


白球が放たれた。


ジャッキー・ロビンソン。
アメリカ・メジャーリーグに存在していた人種差別と戦い続けた伝説の男。
黒人差別が常識だった古い時代に、背番号42を背負い活躍し続けることで、その偏見を覆した。
素行は品行方正で、問題を起こすことなどなかった。
いや、ご法度だったといってもいい。差別と戦う日々が、象徴としての彼にそれを許さなかったのだ。
ヒーローであり続けた彼に――思い出は安らぎを与えた。
戦う日々は終わったのだと。
楽しいだけの野球をしてよいのだと。
だから、ジャッキー・ロビンソンはただの少年に戻った。

ただの少年になった彼はもう歌われた存在ではない。
ゆえに、思い出の一部へと取り込まれた。
もうジャッキー・ロビンソンはここにはいない。

そしていま、その白球はデレク・ジーターにも迫ろうとしていた。

……いや、迫ると言うのは語弊があろう。
全てを童心に返すそれは、彼を包み込もうとしている。

(打たなければ……俺も、消えてしまう!)
 
思い出の速度は、時速1000kmだ。
確かに。デレク・ジーターの人生にも、戦いがなかった訳ではない。
黒人と白人のハーフ。
ロビンソンの活躍で差別による道の閉塞こそ打破されたものの、人種差別が完全になくなった訳ではなく、「ニガー」と野次を飛ばされたこともある。
取り沙汰されるのは女性遍歴くらいで、背番号2を背負った彼は、模範的で人格者なキャプテンだとよく言われた。
それは……その裏にたくさんのプレッシャーや葛藤を押し込めてチームのためにふるまった結果だ。
忘れたいことだってたくさんある。
だが……忘れたくないことのほうが、もっと多い。

(この時速1000kmを打って、思い切り飛ばすんだ。そして、彼の心を折るんだ。
 この野球を、終わらせなければ。でなければ、俺は――)

デレク・ジーターは眼を持っている。打のタイトルにこそ恵まれていないものの、選球眼やミートさせる技術は高いレベルで持っている。
少年の放った規則などないかのような魔球だって、初球であろうと、振ればミートさせることができる自信は持っている。
迷うことなどない。
振れ。
振って、自分をここに残せ。

だが――手は、動かない。
動かなかった。
見てしまったのだ。

見てしまったのだ、心底楽しそうに遊んでいる、野球少年の目を。

(ああ――畜生)

野球が好きで好きで仕方がないという目。
何にも心を汚されず、楽しむことだけを願っている少年時代。
そんな思い出を。
野球が好きだからこそ。野球少年を愛しているからこそ。
デレク・ジーターは、打ちのめせない。

(もっと、このユニフォームを着ていたかった。……だけど――)

【ジャッキー・ロビンソン@Did You See Jackie Robinson Hit That Ball?(Woodrow Buddy Johnson & Count Basie) 消滅】
【デレク・ジーター@Top of the World(Carpenters) 消滅】

(だけどこの夢は、この歌は。俺には、止められない)


♪♪♪♪


家庭的な女がタイプな俺は、その一部始終を見ていた。
つまり、二人のいかつい外国人野球選手が、ちいさな子供と野球で遊ぶうちに少年へと戻っていき、
いつしか少年を残して透明になっていくその一部始終をだ。

「な、なんだよ、お前は……!」
「お兄ちゃんも、野球やる?」

恐怖に腰を抜かす家庭的な女がタイプな俺に、少年が屈託のない笑みを浮かべながら、小さな手を伸ばす。
そこに悪意などはない。恣意的な思惑も一切存在しない。
彼は思い出なのだ。
触れれば消えてしまうような、されど深追いすれば取り込まれる――誰の心にでもある、少年の日の思い出なのだ。


【3-夏/白/一日目/8時】

【野球少年@ホームラン(THE BLUE HEARTS)】
【容姿】野球少年
【出典媒体】歌詞
【状態】健康
【装備】
【道具】支給品一式
【思考】野球がしたい
【備考】
※野球をしているとついつい少年時代に戻ってしまいます。

【家庭的な女がタイプな俺@純恋歌(湘南乃風)】
【容姿】星空柄のインナーシャツを着た青年
【出典媒体】歌詞
【状態】健康
【装備】
【道具】支給品一式
【思考】なんなんだよ、こいつは!
【備考】
※家庭的な彼女(パスタがおいしい)が心配。

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