最終更新: daichi0083 2009年04月05日(日) 20:25:45履歴
「あぁ、ここに入れておいたのか。良かった、見つかって」
部屋の片付けの最中、小間物入れを整理していたマルスが嬉しそうな声を上げた。
アイクがそちらを向く。マルスが物入れの小箱から取り出したのは、翠の宝石と緻密な銀細工が施された髪飾りだった。
「誰かからの貰い物か?」
「うん、ロイからのね」
「ロイ?」
「そっか。君とは入れ違いになったから、会ってないんだね。彼は僕らと同じく剣士で、誰に対してもすごく礼儀正しかった」
アイクが「彼」と言う単語に、ピクリと反応したことを、マルスは気付かない。
ロイの大会不参加の知らせを聞いた時、大変残念に思ったのだが、その後暫く経って、マルスの下に手紙と小箱が届けられた。
ここ最近、大陸内でまた不穏な動きが出て来た為、故郷を離れる訳にはいかず、大会を辞退せざるを得なくなった。
再び貴方と剣を交えることが叶わなく遺憾にたえない。今回も持ち前の流麗な剣技を発揮して多くの勝利を収めて欲しい。陰ながら応援していると――。
髪飾りは大陸一の芸術国家、エトルリア王国で求めたものだと言う。
気を遣ってくれなくても良かったのに……とマルスは困ったように言うが、満更でもなさそうに笑う。
「どう?似合う?」
アイクはその質問に答えず、ややあって口を開く。
「髪飾りを贈るってことは、そいつはお前の正体を知っているんだな」
「えぇ。前回もこんな感じで相部屋になって……」
最初は互いによそよそしい態度をとっていたが、ロイとは同じ剣士と言うことも有り、次第に打ち解けた。
それが起こったのは、暫くしてのことだった。
「……マルス、さん」
ロイの緊張したような声で目が覚めた。
「毛布がずり落ちていたので、直そうかと思ったのですが…」
ロイの歯切れの悪い口調に、マルスは訝かりながら起き上がる。
「あっ……」
真っ白な敷布に、赤い跡が所々に散らばっていた。見えはしないが、部屋着にも血が付いているのだろう。
「ロイ、これは……」
慌てて弁解しようとするマルスをロイが遮る。
「話は後にしましょう。とりあえず着替えと始末を。まだ朝早いですから、部屋の外を出歩いている者は少ないかと思います」
乾かない内に早く、とロイに急かされてマルスは着替えと敷布を掴み、風呂場へと直行する。
敷布だけでもと、手洗いをしてくれたロイのお陰も有り、食堂へ朝食を摂りに皆が動き出す前に、全てが済んだ。
マルスが女性だと分かってしまった以上、異性と相部屋なのは流石に不味い。どうしたものかと思案していると、ロイは直ぐに行動に出ていた。
前から思っていたが、居た世界が違うとは言え、王族と一介の領主の息子でしかない自分とが相部屋なのは失礼に値するのではないか。心苦しくて仕方ない――と大会の主催者に最もらしい嘘を吐いたらしい。
幸いにも空き部屋が見つかったので、急遽ロイはそこへ移ることになった。
平謝りに謝るマルスに
「気にしないで下さい」
とロイは穏やかに言ったのだった。
「今回も出来れば別にして欲しかったんだけど、人数の都合で無理だって言われて…」
「あぁ、だからここへ来る前『王族と部屋が同じになるが、構わないか』と訊かれた訳か」
一人アイクが納得していると、マルスが思い出したように言う。
「……そう言えば、私が女だって初めから気付いてた?」
「いや、全く」
「…ロイってね、最初から薄々分かっていたらしいの。でも私を気遣って、何の素振りも見せなかった。…思えば、彼には凄く酷な思いをさせてしまった」
「……ロイとは、どう言う関係だったんだ」
「どちらかと言えば、仲間と言うよりも兄弟に近かったかな」
アイクの放つ剣呑な雰囲気にマルスは気付かず無邪気に答える。
「そいつに、何かされたか」
「何かって、何を?」
「分からないのか」
「だから何言って…、あっ」
肩を掴まれ、寝台に向かって押し倒される。
「ね、ア……ひぃっ!」
「脇腹を撫でられると声を出してしまうこと、奴は知っているのか?」
脇腹から腰、そして胸部へと手は移動する。
「この胸の柔らかさも…風呂上がりの肌も……濡れた感触も……」
深い口付け。舌と唾液を絡められ、口蓋を舐られる。
「他の者に遣りなどしない」
唇を離し、真っ直ぐマルスを見下ろす。
喰われる。
相手のギラギラ光る瞳を見て、本能的に思った。
両手首を乱暴に掴まれる。
拘束した状態で、アイクはもう片方の手でマルスの上着を脱がしにかかる。
「ねぇ、止めて、アイク」
懇願は無視された。
「あっ…」
下着の上から敏感な部分を撫でられ、甘い声を出してしまう。マルスは唇を噛む。
……駄目だ。
私は、駄目なんだ……!!
飛びそうになる理性を必死で留め、渾身の力で相手を押し戻して叫ぶ。
「アイクっ…私たち、まだそう言う仲じゃないでしょう!!?」
アイクの顔が見られない。どんな表情をしているか、知りたくなくて。
相手の束縛が、ふっと緩んだ。密着していた躰を引き剥がし、寝台から脱け出る。
十分に距離がとれた所で、マルスは持ち合わせていたデグの実をアイクに向かって投げた。暫しの足止めにはなるだろう。
万が一の為、護身用に持っていた方が良いと、助言をくれた相手に使うことになるとは、思ってもみなかった。
部屋を飛び出し、廊下をひた走る。
「マルス」
自分を呼ぶ声がした。振り向くが、誰もいない。下へ視線を遣ると足元に丸い物体――否、メタナイト卿がこちらを見ていた。
「服装の乱れは、心の乱れと言ってな…」
メタナイトが苦言を呈したのも無理はない。
マルスの現在の恰好と言うと、素足に半ばズリ下がった下着、はだけられた胸元を隠すように巻かれたマントも無秩序で、何時もの留め具すら付けられていない酷い有り様だったのだ。
「淫らなのは、淫らなのはぁ…アイクの方……だ!!!」
言う傍からポロポロと涙を溢し、遂には泣き崩れるマルスをこのままにして置けず、メタナイトはその場に佇んでいた。
「図々しいお願いながら、メタナイト卿。ここで誰も入らないよう、番をしては頂けないでしょうか」
「一向に構わないが」
「申し訳ありません。直ぐに戻りますから……」
風呂場の入り口は一ヶ所で、その後男女で二手に分かれる構造だ。マルスは深々とお辞儀をして、暖簾の奥へと姿を消した。
脱衣所に部屋着と下着の置きをしておいて良かったと、心の底から安堵する。でなければ、この湿った下着を再び着ける羽目になっただろう。
まだ彼の唾液で躰の至る所がぬめっていた。
「辛くて悔しい思いをするなら、恋なんて、しなきゃ良かった…」
冷たいシャワーを浴びながら、マルスは目から出る熱いものを堪えることが出来なかった。
丁度その頃。
「…メタナイト卿」
「誰も入れるなと言付かっている」
アイクはメタナイトと対峙していた。そして努めて感情を抑えた声で問う。
「マルスが、中に居るのか」
「…あまり彼の負担になるようなことはするな。温厚で人当たりの良いタイプだ。…自分のしたことの重さを考えてみることだな」
マルスの本当の性別には気付かれていないようだが、その他は正論だ。アイクは黙って頭を下げた。
飯の時間になれば、奴は必ず来る。
安直だが強い確信をもって、アイクは食堂の入り口を見つめ続けた。しかし何時まで待っても、マルスの姿を見つけられない。
談話室、バルコニー、トレーニングルーム、そして屋外とマルスの行きそうな場所は全て探した。残るは、自室だ。
扉に耳を当てた。かすかだが、衣ずれの音がする。アイクは数度扉を叩き、中の恋人に呼びかける。
「マルス。居るか」
こちらへと近付く足音がする。しかし扉は開かれない。
「…済まなかった。会ってもない奴に勝手に嫉妬して、嫌な妄想ばかり浮かんで……俺、どうかしていた」
返事はない。
「初めて人を好き…になって、こんな風に感情を持て余す経験もなかった……って、言い訳に過ぎないな。俺がお前に言いたいのは、お前を愛」
「アイク、ご免。ちょっと私の話を聞いて」
マルスが話を唐突に遮った。
「私の本来あるべき姿はアリティア王国の第二王女です。姉はこのまま私が王子の振りをして、王位に即けば良いと仰ってくれているけれど、いつ、何が起 こって、私がお払い箱になるか分からない。王子の立場がなくなれば、私は只の王女に成り下がる。それは他国との政略結婚も十二分にありえることをも指しま す」
言いたくない。
けれども、言わなければ、何も伝わらない。
「国の為、こちらに不利となるようなことは何としても避けねばならないのです。だから……」
相手が処女でないと知った後の反応は想像に難くない。必ずこちらに不利益が被る結果になる。
好きでもない男に肌を許し、心の底から知り合いたい相手と本懐を遂げることが出来ない。
それが現実だ。
自然と涙が溢れてきた。
「私は貴方が好き……でも、それだけじゃ…報われないことも有る」
塞き止めていた感情が一気に流れ出る。
「私は貴方と何もすることが出来ない!!それは互いに辛いだけ!!私なんか気にしないで別の人と……っ!?」
扉が勢い良く開かれた。風と共に青髪の青年がマルスを包み込む。
「それが、お前の本当の気持ちか?」
「…………」
「言う事は他にないのか?」
マルスが沈黙を続けると、アイクは彼女の髪を撫でた。
「言え」
「………くない」
「何だ?」
「本当は、アイクと、離れたくない。でも…」
「何が『私は貴方と何もすることが出来ない』だ」
アイクは腕に一段と力を込める。
「俺はお前とこうやって抱き合うことも、話することも、剣を交えて戦うことも、何だって出来る。お前と繋がれる方法は幾らでも有るんだ。だから、もう泣くな」
「ア、イク…」
やっと顔を上げた愛しい人に、アイクは微笑みかける。
「俺はこうしてお前の傍に居られれば、それで十分だ」
「ありがとう…」
マルスは静かにアイクの首筋へ口付けをして、相手が唇を重ねてくるのを待った。
【了】
部屋の片付けの最中、小間物入れを整理していたマルスが嬉しそうな声を上げた。
アイクがそちらを向く。マルスが物入れの小箱から取り出したのは、翠の宝石と緻密な銀細工が施された髪飾りだった。
「誰かからの貰い物か?」
「うん、ロイからのね」
「ロイ?」
「そっか。君とは入れ違いになったから、会ってないんだね。彼は僕らと同じく剣士で、誰に対してもすごく礼儀正しかった」
アイクが「彼」と言う単語に、ピクリと反応したことを、マルスは気付かない。
ロイの大会不参加の知らせを聞いた時、大変残念に思ったのだが、その後暫く経って、マルスの下に手紙と小箱が届けられた。
ここ最近、大陸内でまた不穏な動きが出て来た為、故郷を離れる訳にはいかず、大会を辞退せざるを得なくなった。
再び貴方と剣を交えることが叶わなく遺憾にたえない。今回も持ち前の流麗な剣技を発揮して多くの勝利を収めて欲しい。陰ながら応援していると――。
髪飾りは大陸一の芸術国家、エトルリア王国で求めたものだと言う。
気を遣ってくれなくても良かったのに……とマルスは困ったように言うが、満更でもなさそうに笑う。
「どう?似合う?」
アイクはその質問に答えず、ややあって口を開く。
「髪飾りを贈るってことは、そいつはお前の正体を知っているんだな」
「えぇ。前回もこんな感じで相部屋になって……」
最初は互いによそよそしい態度をとっていたが、ロイとは同じ剣士と言うことも有り、次第に打ち解けた。
それが起こったのは、暫くしてのことだった。
「……マルス、さん」
ロイの緊張したような声で目が覚めた。
「毛布がずり落ちていたので、直そうかと思ったのですが…」
ロイの歯切れの悪い口調に、マルスは訝かりながら起き上がる。
「あっ……」
真っ白な敷布に、赤い跡が所々に散らばっていた。見えはしないが、部屋着にも血が付いているのだろう。
「ロイ、これは……」
慌てて弁解しようとするマルスをロイが遮る。
「話は後にしましょう。とりあえず着替えと始末を。まだ朝早いですから、部屋の外を出歩いている者は少ないかと思います」
乾かない内に早く、とロイに急かされてマルスは着替えと敷布を掴み、風呂場へと直行する。
敷布だけでもと、手洗いをしてくれたロイのお陰も有り、食堂へ朝食を摂りに皆が動き出す前に、全てが済んだ。
マルスが女性だと分かってしまった以上、異性と相部屋なのは流石に不味い。どうしたものかと思案していると、ロイは直ぐに行動に出ていた。
前から思っていたが、居た世界が違うとは言え、王族と一介の領主の息子でしかない自分とが相部屋なのは失礼に値するのではないか。心苦しくて仕方ない――と大会の主催者に最もらしい嘘を吐いたらしい。
幸いにも空き部屋が見つかったので、急遽ロイはそこへ移ることになった。
平謝りに謝るマルスに
「気にしないで下さい」
とロイは穏やかに言ったのだった。
「今回も出来れば別にして欲しかったんだけど、人数の都合で無理だって言われて…」
「あぁ、だからここへ来る前『王族と部屋が同じになるが、構わないか』と訊かれた訳か」
一人アイクが納得していると、マルスが思い出したように言う。
「……そう言えば、私が女だって初めから気付いてた?」
「いや、全く」
「…ロイってね、最初から薄々分かっていたらしいの。でも私を気遣って、何の素振りも見せなかった。…思えば、彼には凄く酷な思いをさせてしまった」
「……ロイとは、どう言う関係だったんだ」
「どちらかと言えば、仲間と言うよりも兄弟に近かったかな」
アイクの放つ剣呑な雰囲気にマルスは気付かず無邪気に答える。
「そいつに、何かされたか」
「何かって、何を?」
「分からないのか」
「だから何言って…、あっ」
肩を掴まれ、寝台に向かって押し倒される。
「ね、ア……ひぃっ!」
「脇腹を撫でられると声を出してしまうこと、奴は知っているのか?」
脇腹から腰、そして胸部へと手は移動する。
「この胸の柔らかさも…風呂上がりの肌も……濡れた感触も……」
深い口付け。舌と唾液を絡められ、口蓋を舐られる。
「他の者に遣りなどしない」
唇を離し、真っ直ぐマルスを見下ろす。
喰われる。
相手のギラギラ光る瞳を見て、本能的に思った。
両手首を乱暴に掴まれる。
拘束した状態で、アイクはもう片方の手でマルスの上着を脱がしにかかる。
「ねぇ、止めて、アイク」
懇願は無視された。
「あっ…」
下着の上から敏感な部分を撫でられ、甘い声を出してしまう。マルスは唇を噛む。
……駄目だ。
私は、駄目なんだ……!!
飛びそうになる理性を必死で留め、渾身の力で相手を押し戻して叫ぶ。
「アイクっ…私たち、まだそう言う仲じゃないでしょう!!?」
アイクの顔が見られない。どんな表情をしているか、知りたくなくて。
相手の束縛が、ふっと緩んだ。密着していた躰を引き剥がし、寝台から脱け出る。
十分に距離がとれた所で、マルスは持ち合わせていたデグの実をアイクに向かって投げた。暫しの足止めにはなるだろう。
万が一の為、護身用に持っていた方が良いと、助言をくれた相手に使うことになるとは、思ってもみなかった。
部屋を飛び出し、廊下をひた走る。
「マルス」
自分を呼ぶ声がした。振り向くが、誰もいない。下へ視線を遣ると足元に丸い物体――否、メタナイト卿がこちらを見ていた。
「服装の乱れは、心の乱れと言ってな…」
メタナイトが苦言を呈したのも無理はない。
マルスの現在の恰好と言うと、素足に半ばズリ下がった下着、はだけられた胸元を隠すように巻かれたマントも無秩序で、何時もの留め具すら付けられていない酷い有り様だったのだ。
「淫らなのは、淫らなのはぁ…アイクの方……だ!!!」
言う傍からポロポロと涙を溢し、遂には泣き崩れるマルスをこのままにして置けず、メタナイトはその場に佇んでいた。
「図々しいお願いながら、メタナイト卿。ここで誰も入らないよう、番をしては頂けないでしょうか」
「一向に構わないが」
「申し訳ありません。直ぐに戻りますから……」
風呂場の入り口は一ヶ所で、その後男女で二手に分かれる構造だ。マルスは深々とお辞儀をして、暖簾の奥へと姿を消した。
脱衣所に部屋着と下着の置きをしておいて良かったと、心の底から安堵する。でなければ、この湿った下着を再び着ける羽目になっただろう。
まだ彼の唾液で躰の至る所がぬめっていた。
「辛くて悔しい思いをするなら、恋なんて、しなきゃ良かった…」
冷たいシャワーを浴びながら、マルスは目から出る熱いものを堪えることが出来なかった。
丁度その頃。
「…メタナイト卿」
「誰も入れるなと言付かっている」
アイクはメタナイトと対峙していた。そして努めて感情を抑えた声で問う。
「マルスが、中に居るのか」
「…あまり彼の負担になるようなことはするな。温厚で人当たりの良いタイプだ。…自分のしたことの重さを考えてみることだな」
マルスの本当の性別には気付かれていないようだが、その他は正論だ。アイクは黙って頭を下げた。
飯の時間になれば、奴は必ず来る。
安直だが強い確信をもって、アイクは食堂の入り口を見つめ続けた。しかし何時まで待っても、マルスの姿を見つけられない。
談話室、バルコニー、トレーニングルーム、そして屋外とマルスの行きそうな場所は全て探した。残るは、自室だ。
扉に耳を当てた。かすかだが、衣ずれの音がする。アイクは数度扉を叩き、中の恋人に呼びかける。
「マルス。居るか」
こちらへと近付く足音がする。しかし扉は開かれない。
「…済まなかった。会ってもない奴に勝手に嫉妬して、嫌な妄想ばかり浮かんで……俺、どうかしていた」
返事はない。
「初めて人を好き…になって、こんな風に感情を持て余す経験もなかった……って、言い訳に過ぎないな。俺がお前に言いたいのは、お前を愛」
「アイク、ご免。ちょっと私の話を聞いて」
マルスが話を唐突に遮った。
「私の本来あるべき姿はアリティア王国の第二王女です。姉はこのまま私が王子の振りをして、王位に即けば良いと仰ってくれているけれど、いつ、何が起 こって、私がお払い箱になるか分からない。王子の立場がなくなれば、私は只の王女に成り下がる。それは他国との政略結婚も十二分にありえることをも指しま す」
言いたくない。
けれども、言わなければ、何も伝わらない。
「国の為、こちらに不利となるようなことは何としても避けねばならないのです。だから……」
相手が処女でないと知った後の反応は想像に難くない。必ずこちらに不利益が被る結果になる。
好きでもない男に肌を許し、心の底から知り合いたい相手と本懐を遂げることが出来ない。
それが現実だ。
自然と涙が溢れてきた。
「私は貴方が好き……でも、それだけじゃ…報われないことも有る」
塞き止めていた感情が一気に流れ出る。
「私は貴方と何もすることが出来ない!!それは互いに辛いだけ!!私なんか気にしないで別の人と……っ!?」
扉が勢い良く開かれた。風と共に青髪の青年がマルスを包み込む。
「それが、お前の本当の気持ちか?」
「…………」
「言う事は他にないのか?」
マルスが沈黙を続けると、アイクは彼女の髪を撫でた。
「言え」
「………くない」
「何だ?」
「本当は、アイクと、離れたくない。でも…」
「何が『私は貴方と何もすることが出来ない』だ」
アイクは腕に一段と力を込める。
「俺はお前とこうやって抱き合うことも、話することも、剣を交えて戦うことも、何だって出来る。お前と繋がれる方法は幾らでも有るんだ。だから、もう泣くな」
「ア、イク…」
やっと顔を上げた愛しい人に、アイクは微笑みかける。
「俺はこうしてお前の傍に居られれば、それで十分だ」
「ありがとう…」
マルスは静かにアイクの首筋へ口付けをして、相手が唇を重ねてくるのを待った。
【了】
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