「早川さん、悪いけど明日のアポ入れておいてくれる?」

そう言って彼女の机に取引先から送られてきた書類を投げるように置くと、
僕は使い古したブリーフケースを取り出し、帰るための身支度を始めた。

「部長、まだ就業前ですけど?」

「ちょっと大切な打ち合わせがあるんだ。今日は直帰するよ。」

彼女は「またか」と言いたげな視線を僕に投げかけては来たが、
いつもの事と諦めたのか、深くため息をついてから作業に戻った。
僕はそれを横目で確かめると、作業の邪魔とならないよう静かに部署を出た。


日が昇っている時間に早退するのはちょっと気が引けることなのだが、
透き通るような青さを見せる冬の空を見るだけで、
そんなことはどうでもいいような気持ちになれるのだ。
もちろん打ち合わせなど嘘に決まっている。
早川クンもその辺りは分かっているのだろうが、そこを見逃してくれる辺り、
彼女は実に僕の良き理解者なのだとしみじみ感じられる。

社会人1年目とは思えないほど、社会の仕組みと歪みを理解している。
これが総務のオバサン連中のような部下だったらどうだったろうか。
考えるだけでも身震いがする。
彼女らは他人の行動を監視しガミガミと苦言を述べることで、自らの存在を示し、
少しでも人より優れているに違いないという妄想に基づく優位性に満悦しているのだ。

さて、愚痴はここまでにしよう。
先ほど述べたように仕事の打ち合わせというのは嘘だ。
ただ、「待ち合わせ」いうのであれば事実だ。

駅前広場に面した換気の悪いベローチェ。
禁煙席と喫煙席を分ける意味すら分からなくなるこの店が、
日頃「待ち合わせ」に使う場所だ。
店内のもっとも換気の悪いであろう店奥の座席に、
彼女はいつものように腰掛けていた。

「毎日早退してくれるのは嬉しいけど、そのうちクビになるんじゃないの?」

二十歳そこそこにしか見えないショートヘアの彼女は笑みを浮かべ、
冬だというのに赤いキャミソールを着て、小麦色の肌を露出していた。

「俺のことを気にするより、自分の格好を気にした方がいいんじゃないか?」

俺の呆れ返った態度に不貞腐れたのか、TVで見た女優が着ていたなどと言い訳を述べた。
寒さを感じない彼女のことだ。
その格好は暖かい季節にこそ映えることも理解できないのだろう。
「じゃあ行こうか。」と一言、目の前に置かれたコーヒーゼリーを一飲みにする彼女を見て、
いつになったら人間的な振る舞いができるのだろうかと心配になった。


日が暮れる前に家に帰れたのは幸運だった。
なぜなら我が家は人目を避けるために八王子市の外れに位置している。
2年前に父が亡くなり、この辺りの土地を相続できたこと(半分は国に取られたが)も良かった。
おかげで彼女は広い庭で人に見られることなく、伸び伸びと翼を広げることができるのだ。
彼女の髪色と同じ赤茶のドラゴンが、猫のように丸くなって眠る光景にも慣れた。
僕がスーツを脱ぎ捨てて家から出てくると、待ってましたと言わんばかりに彼女は翼を広げ、
背中に乗るように促した。
首に手を回して掴まると、音も無く地面が遠ざかっていった。

「ずっと黙っていたんだが・・・お前には妹がいる。」

末期ガンを宣告され、自宅で療養していた父が突然告白してきたのは、
もう3年も前のことだった。
居間に呼び出されると、父の横には赤い髪の女性が座っていた。
女子高生ぐらいの年齢に思えたが、鼻筋の取った顔は間違いなく美人と評することができた。
黒髪の自分とは似ても似つかない姿を見るに、恐らくは腹違いなのだろう。

「この子はティア。分かっていると思うが、お前とは腹違いだ。」

「それに・・・人間ではない。」

あの知的だった親父様も、ついに死を目前にして狂ってしまったかと大きなため息が出た。
しかし次の瞬間、それが嘘ではないと思い知らされた。
ティアの背中から蝙蝠のような大きな翼が飛び出してきたからだ。
ああ、恐竜図鑑の翼竜ってこんなだったなと考えた。
色々と問い詰めたところ、沢山のことが判明した。


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 1.17年前、うっかり父は先祖が封印した竜を開放してしまった。
  (父は封印を解いたことに当時気づかず)
 2.その時に母は竜に食い殺されてしまった。
 3.竜は母に成りすまし、夜這いに見せかけて父を食い殺すために寝室へ。
 4.想像以上に父がテクニシャンだった。
 5.噛み付く間もなく竜失神
 6.竜「この人間・・只者ではない!」
 7.竜は敵対していた一族に抱かれてしまったことに興奮を覚える(性的な意味で)
 8.竜が色々とカミングアウト。父はレス気味だった妻より竜の方が・・・となり、
   新しい妻として向かい入れる。
 9.竜が妹を産むが、竜としての教育を受けさせたいとして父も了承。
   人間界さようなら。
10. 妻(竜)が他界。父も他界寸前のため、娘を人間界に呼び戻し息子に面倒を見てもらうことに。
   人間界こんにちは。


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「というところでな・・・」

「な・・・なんだってー!!」

それからは大変だった。死に掛けている父の介護もしながら、
言葉は理解しているものの、人間界での生活になれていないティアの社会教育も同時進行だった。
もちろん自分の仕事もしなくてはいけない。
幸い、父のコネを使って入社した職場では、俺は20代にして部長の椅子に座り、
創業者一族という立場を利用し、大した仕事もないまま高給取りとなっていたため、
金と時間に困ることはなかった。

一年後に父が亡くなり、社を挙げての葬式が終わり、
僕はティアと二人きりの生活が始まった。

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