ピ・・・ピピピピッ・・・
"Farth30 0900"
地球司令部へFarth27に実施した熱帯地方の環境調査結果を送信してから3日後・・・
当初は翌日のFarth28に次の調査を予定していたのだが、CIを事も無げに踏み潰したあの巨象の皮膚サンプル調査に必要な装備がようやく完成したというメカニックからの報告を受けて、本日より3日振りの調査が再開されたのだ。
「準備の進捗は?」
「全て完璧です。昨日地球司令部から送られてきたこの新しい強化骨格も、前回のより更に重厚になっていますね」
カムスネークの締め付けにも耐えたアンバーメタル製の強化骨格は確かに強力な装備には違いないのだが、それでもあの巨象の攻撃を凌ぐには流石に強度が不足していた。
その為、私はメカニックがサンプル採取用装備の選定と開発をしている間、地球司令部にアンバーメタル製強化骨格の更なる改良を具申していたのだ。
これまでの強化骨格はCIの機動性を重視して防御力を維持しつつも可能な限りの軽量化が図られていたのだが、今回は重火器を搭載するということもあり、防御力と引き換えにCI本体の機動性については犠牲にする方針を取っている。
その分強化骨格の構造自体に大幅に手が加えられたことで、今回の任務で使用される重装強化骨格は巨象の踏み付けにすら耐えられる程の凄まじい耐圧、耐衝撃性能を獲得するに至ったのだ。
「前にも聞いた気がしますけど、これ、一体どのくらいの費用が・・・」
「前回の成果もあって、量産体制を整えてくれることになったらしい。まあ、それでも高いことには変わりないがな」
「確かにFarthへの移住を前提にした調査だけに、背に腹は代えられないですしね・・・」
やがてメカニックの船員とそんな遣り取りをしていると、ようやく装備の換装が完了したという報告が上がって来る。
「よし!すぐにアウェイクニングフェーズに移行だ」

私がそう言うと、船員達が休む間も無く次の作業へと雪崩れ込んでいた。
「Farth30 0909、CIアウェイクニングフェーズを開始します」
「データ送受信用配線のリジェクト完了。起動用のショック用意」
「チャージしています。離れてください」
この地球に酷似した未知の惑星Farthに降り立ってから、今日で1ヶ月。
船員達もある程度ここの環境には慣れてきているようだが、今回の調査は初めて重装備タイプのCI素体を登用する。
当然、これまでの調査には無かった新しい問題や課題点が出て来ることだろう。
その為、CIの起動プロセスを進める彼らの顔には何時もとは違った緊張感が張り詰めていた。

やがて美しくも重厚な琥珀色の骨格を身に纏ったCIが、起動用の電気ショックを受けて静かに体を起こす。
「CI、気分はどうだ?」
「はい。問題ありません。この強化骨格は・・・ヘビーウェポン対応型ですね。今回の調査目的は?」
「例の巨象の皮膚サンプル採取が今回の任務だ。無論、本体にナノマシンが打ち込めればそれに越したことはない」
それを聞くと、CIは分かったとばかりに頷いていた。
「CI、今回は重火器を搭載する都合上、装備重量が300キロ近くある。移動手段が制限されることを忘れないでくれ」
「途中の川を渡る方法は?」
「それに関しては対策を練ってある。搭載装備を再度確認しておいてくれ」
そうしてメカニックからの説明を受けると、CIが私の方に向き直る。
「今回は他の動植物の環境調査はしなくて構わない。もちろん、例の巨象以上の脅威が出現した場合は別だがな」
「了解。では、FPモードでのデータ記録を開始します」

私はそう言いながらカメラと各種センサーを起動させると、まずはセンサー類の動作確認に移っていた。
現在日時はFarth30の0916、船室の床面積は約330平方メートル、気温は摂氏29.1度。
2日間の休息の割に船員達のバイタルは全員が少し興奮しているか緊張気味のようだ。
「CI、今回は任務に合わせて不要なガジェットは極力取り外してある。その分武装は豊富だ。上手く役立ててくれ」
「了解、ヘビーウェポンマニュアルを受信しました。これは・・・対物ライフルですね」
「タングステンとアンバーメタルを併用した特製のアーマーピアシング弾だ。貫徹力は間違い無く人類最高峰だろう」
単純な弾丸を飛ばすタイプの重火器なら大型のレールガンの方が初速は稼げるはずだが、膨大な使用電力の関係上船から離れたスタンドアローン状態では運用がし難い。
そう考えれば、私単体に搭載可能な対物ライフルで徹甲弾を射出するというのはある意味で苦肉の策なのだろう。
「一応ナノマシンシューターも最大射程を400メートルに改良したよ。ただ残念ながら初速はこれ以上上げられない」
まあ、それはそうだろう。
弾丸の形状などを改良して速度の減退を抑えれば射程自体は伸びるだろうが、既に亜音速弾クラスの初速をこれ以上伸ばすのには流石に技術的な壁がある。

「ターゲットは巨象"メガエレファント"の皮膚サンプル採取、もしくは調査用ナノマシン注入ですね」
「そうだ。もし万が一ターゲットを死亡させた場合は、可能な限りサンプルを持ち帰ってくれ」
「了解です」
私はそう言って案内係の船員と共に船の外に出ると、予め用意されていた少し大きめのタイヤが付いたスケートボード状のガジェットへと目を向けていた。
「CI、通信確認だ。聞こえるか?」
「音声良好です。声と画像は問題ありませんか?」
「問題無い。そこに用意してあるボードが今回の移動手段だ。帰還にも必要になるだろうから無くすんじゃないぞ」
良く見ると、体を乗せるボード部分は少し厚めのアンバーメタルで出来ているらしい。
地面に接地しているタイヤも悪路を想定したオフロード仕様になっているし、他にも何か機能が隠されていそうだ。
「これの推力はロケットスラスターですか?」
「そうだ。だが大量の燃料は積めないから、必要な時以外はCI本体に搭載されたブースターを使用してくれ」
成る程・・・まあ、取り敢えず使ってみるしかないか・・・

私は一抹の不安を覚えながらも少し広めに作られたボードに乗ると、背中のブースターを始動させていた。
ゴオオオオッ・・・!
そして後方へバックブラストを射出すると、その反動でボードに乗った私の体が少しずつ前進を始める。
総重量300キロ近い体は流石に加速に多少時間を要するものの、一旦速度に乗ると私はまるでジェットコースターにでも乗っているかのような猛スピードで鬱蒼と厚い木々の茂ったジャングルの中へと突入していった。
ザッ・・・ザザッ・・・
「わっ・・・これはカメラ映像を見てるだけでも酔いそうね・・・」
「でも初めてにしては結構上手く乗りこなしてるよ。ジャングルは道も平坦じゃないはずなのに」
「あの辺りのバランス感覚はCI本体の素質だな。この分なら中間地点の川まではすぐに抜けられるかも知れん」
確かに視界も悪く地面の環境も到底走りやすい状態ではないものの、既に2度通った道なだけに粗方の環境マップデータは出来上がっている。
周辺には特に障害になりそうな動植物の気配も無いし、こんな森の中を時速70キロ以上の速度で駆け抜ける私を攻撃してくる敵はまずいないだろう。
「CIってばずっと後方のブースターを起動させてるみたいだけど、燃料は大丈夫なの?」
「今回は重装仕様だから燃料は通常の3倍は積んでるんだ。それに、燃料を消費して軽くなる程燃費も良くなるしね」
「燃料を使い切って分離するスペースシャトルと原理は同じだな。まあ、普段から出来ることではないが・・・」
確かに、今回は環境調査ではなく巨象の皮膚サンプル採取と任務の幅が極めて狭く設定されている。
その為、任務の遂行に必要な装備だけを手厚く搭載出来るというメリットがあるわけだ。

「今のところは順調だけど、あの川はどうやって渡るの?今のCIの重量じゃ前みたいなジャンプは出来ないわよね?」
「前回のWSの調査で、少なくとも川の水面上に大きな脅威が無いことはもう確認が取れている。だから、滑るんだよ」
「滑る?」
そんなメカニックの説明に、彼女は小さく首を傾げていた。
「サーフボードと同じ原理だよ。CIの重量はブースター角を調整して低減しながら、その推進力で対岸まで滑るんだ」
「でもあのボードはアンバーメタル製でしょ?比重から考えても、あれが水に浮くとは思えないんだけど・・・」
「圧縮空気を利用して即席のフロートを作る機能があるんだよ。ただ、不安定になるからCIの制御次第だけどね」
最初にその説明を彼から聞いた時、私は正直実現性の低い荒唐無稽なプランだと思ってしまっていた。
だがジャングルのような悪路を小さなタイヤしか備えていないあのボードで自在に駆け回れるだけのバランス感覚があるのなら、超重量のCIを川の対岸に渡す為の手段としては遥かにコスパが良いことは確かだろう。
そして森に入ってからものの5、6分かそこらで中間地点である川岸が見えてくると、CIから通信が入っていた。

「リーダー、前方に川を確認しました。Farth27との環境変化率2.4%、水面は前より多少穏やかなようです」
「よし、一発で渡河して見せろ、CI」
「了解。背面ブースター角を下方30度に修正、ボードスラスターを点火。ホイールを収納後フロートを展開します」
川岸から水面までの高低差は約25センチ、水面上に射出後着水するまでの数瞬で全ての工程を完了させる必要がある。
そしてボードに両脚をガッチリと固定すると、加速に伴って急激に後方へ掛かるであろうGに備えて前傾姿勢を取る。
ゴオオオオオオオオッ!!
川の畔とは言え決して平坦とは言えない土の地面の上を、私は時速100キロ近い速度で疾走していった。

シュバッ!
やがて川岸から凄まじい速度で川の上に飛び出すと、すぐさまボードがホイールを収納しながらエアバッグの如き爆発的な反応で白いフロートを膨らませる。
それと同時にボードの後方からも加速用のスラスターが噴射し、私は姿勢を崩さないように体を硬直させながら水面上に着水していた。
ブシャアアアアアアアッ!
「うおおおっ・・・おっ・・・」
まるで水切り石のように水面上を小さく跳ねながら、前回あれ程渡るのに苦労した幅50メートル近い川が一瞬にして後方に通り過ぎていく。
そして水面を蹴るようにして対岸の陸地の上に大きく飛び上がると、私はすぐにボードを陸上仕様に変更していた。
「ボードスラスターオフ、ファーストフロート廃棄、ホイールを再展開します」
ガシャシャッ!
荒々しい着地音と共にカメラの画像は大きく乱れたはずなのだが、直後に船員達の歓喜の声が聞こえてくる。
「よし!渡河成功だ!」
「CI、一旦減速してくれ。残燃料がもう65%を切ってる。それ以上消費すると帰って来れなくなるぞ」
「了解、ここから目的地までは徒歩に切り替えます」

私は63.2%と示された燃料計を確認すると、乗っていたボードを川岸から少し離れた場所に生えている樹の根元に立て掛けていた。
取り敢えず、帰りまでボードはここに置いておいた方が良いだろう。
これに手を出す者は誰もいないと思うが、ビーコンで相対位置情報は把握出来るから紛失する心配は無いはずだ。
そして慎重に周囲の安全を確認すると、前回のシグナルロスト地点を相対マップ上に表示する。
ここからはしばらく強靭な蔦を地面に垂らす"アイビーツリー"の森が続き、その先に丘陵のある草原が広がる。
前回の調査ではその草原で持久力の高い豹型動物の"スニークパンサー"に襲われ、その後に今回のターゲットである巨象"メガエレファント"に遭遇したのだ。

調査の度にアーカイブが更新され未知の惑星に既知の動植物が増えていくというのはある意味でフロンティア精神を擽るものだが、このFarthは今のところ人類が移住するには厳しい生態系が構築されている。
確かに多少なりとも食料や薬になりそうな物は発見されているのだが、まずは安全に暮らすことの出来る拠点となり得る場所が一向に見つからないのだ。
「CI、そろそろ"カムエイプ"の生息域だ。再襲撃の可能性は高くないが、捕獲用の罠には用心しろ」
「了解。スパイダーで周辺を偵察します」
私はそう言って調査用ガジェットのスパイダーを射出すると、一足先に前方の地形を調査させていた。
前回の調査ではカムスネークの表皮を使った盾で身を隠した猿のようなカムエイプに集団で襲われて思い出すのも憚られるような凄惨な目に遭わされただけに、用心はしておくに越したことはない。
流石に周囲には前回私を捕らえたような大型の落とし穴は無いらしいものの、人類の良き友となれそうなあの狼、"ファースウルフ"を対象とした小型の罠はかなりの数があちこちに点在しているらしかった。
川向こうで"カムスネーク"の餌食になっていたことを考えれば彼らは川の手前のエリアにも生息しているのだろうし、もし船へ無事に帰還出来るのなら1頭くらいはペットとして連れ帰ってみたいものだ。

やがてそんなことを考えながらも首尾良く森を抜けると、私は何処までも続くような広大な草原の中に幾つかの動物の姿を確認していた。
「あれ、何かしら?」
「初めて見る動物だな・・・いや、体型はサイに似てるようだけど」
確かに全身灰色の皮膜に覆われていて四足歩行、そして鼻先から長い角のような物が伸びているフォルムは、地球上のサイにかなり近いと言える。
だが明らかにそれが初めて見る動物だと思ったのは、体長の7割を占める程に長く太い尻尾が生えていたからだった。
「どちらかというと恐竜に近いシルエットだな。尻尾との重量バランスを考えても、頭部が極端に重い可能性がある」
「全部で5頭くらいいるけど・・・群れを作ってるというわけじゃなさそうね」
「CI、ターゲット以外の動植物調査は今回の任務の優先事項ではないが、脅威の可能性があるのなら調査してくれ」
もちろんそのつもりだ。
見たところ体高は約1.5メートル、まだ距離が離れているからそれ程でもないが、ずんぐりとした体付きからして近くで見ればかなり大型の動物であるだろうことは容易に想像が付く。
頭部の角も確かに長いのだが、全体のサイズに比べれば寧ろ小さな突起という方が正しいのかも知れない。

「流石にメガエレファント程じゃないと思うけど、それなりに皮膚は分厚そうだね」
「CI、今回ナノマシンシューターの弾は10発携行させてある。取り敢えず、射程内に入っているなら撃ってみてくれ」
「了解。安全マージンを考慮し、200メートル程先の個体を狙います」
一応ここから80メートル程の所にもサイはいるのだが、見れば見る程彼らの攻撃手段は突進であることが推測される。
もちろん、あの大きな体では流石にスニークパンサーのように時速90キロなんて速度は到底出せないだろう。
だが体重は優に半トンを下らないだろうあの巨体で角を振り翳した突進を喰らったら、如何にアンバーメタルの重装強化骨格でも私に全くダメージが無いとは言い切れない。
第一、そうでなくとも私の体は半分生身・・・仮に命に別条が無かったとしても、痛いものは痛いのだ。

やがて中距離用ナノマシンシューターを取り出すと、私は目標に向けて慎重に狙いを付けていた。
前回の調査では116メートル離れたスニークパンサーにナノマシンを発射したが、今回はその倍以上の距離がある。
だがその分的も大きく、当てるだけならそこまで難易度は高くないだろう。
距離247.7メートル、2時方向からの風速2.8メートル、湿度41%、重力加速度毎秒9.8メートル・・・
一応コンピューター制御による計算だが、この距離と弾丸では着弾点誤差は恐らく半径40センチ前後になるだろう。
当たり所によっては弾かれてしまう可能性も十分あるが、物は試しだ。
ドオン!
やがて広大な草原に発砲音が響き渡った数瞬後、サイの左後ろ脚の付け根付近にバレットが命中する。
「ギッ!」
明らかに皮膚に傷が付いたから、恐らくナノマシンの注入には成功したことだろう。
「CI、スキャン結果だ。外皮は分厚く何重にも重なるように垂れているけど、そこまで丈夫ではないみたいだね」
「思った通り頭部の骨格が異常に発達しているな。脚部も立派だし、体重は720キロ近くもあるようだ」
「この角だけど、中に空洞があるみたいね。呼吸器官と繋がってるから、角でも呼吸が出来るのかしら?」
だがそんなスキャンの結果を確認していると、先程ナノマシンを注入したサイが突然ピイイイイッというまるでホイッスルのような甲高い音を発していた。
それと同時に、周囲にいた他の4頭のサイ達がまるで示し合わせたかのように同時に私の方へと顔を向ける。
「まずい!CI、恐らくその角は仲間とのコミュニケーション器官だ。一斉に襲ってくるぞ!」
そんなリーダーの声がまるで合図になったかのように、巨大なサイ達が四方から私に向かって猛然と突っ込んできた。

時速約60キロ・・・あの巨体にして馬が走るのと同程度の速度が出せるなんて、正に凄まじい脚力と言えるだろう。
「応戦出来るか?」
ナノマシン用のバレットが遠距離から通る程度の防御力であれば、通常の銃火器でも追い払える可能性は十分ある。
だが半端に手傷を負わせれば更に彼らを興奮させる可能性もあるだけに、使用武器の選定は慎重にならざるを得ない。
火炎放射器で威嚇する手も考えたが、こんな草原にもし火が付いたらあっという間にとんでもなく広範囲に野火が広がってしまうことだろう。
それならば・・・
私はワイヤー型テーザー銃と閃光手榴弾のセーフティをアンロックすると、最も近くにいたサイが地面を掘り起こしながら迫って来る様子を正面から見据えていた。
そしてそのサイの眼前に、破裂時間を調整した閃光手榴弾を放り投げる。

パァン!
「ギギッ!?」
直後に激しい爆音とともに眩い閃光が周囲を覆い尽くし、一瞬にして視界を奪われたサイがヒョイッとその場から身をかわした私の横を轟然と通り過ぎて行った。
そしてその背後から、テーザー銃を後ろ脚の付け根に撃ち込んでやる。
バチィッ!
「ギャッ!」
だが電流は確かに通ったというのに、サイは一瞬動きを鈍らせはしたものの特に転倒することも無くそのまま30メートル程離れたところまで走っていった。

「あれを喰らってスタンしないのか?」
「恐らく、皮膚が分厚いから体表の絶縁率が高いんでしょう。痛みはあるようだから牽制用途としては最善手ですよ」
ピイイイッ!ピピイィッ!
しかしそれで私の攻撃手段を理解したのか、つい今し方テーザー銃を喰らったサイが憎々しげな表情でこちらを睨み付けながら周囲の仲間に何事かを伝達する。
「CI、気を付けろ。恐らく何か対策をしてくるぞ」
確かに、240メートル以上離れたところから攻撃された直後に敵の存在とその位置を仲間達に正確に伝えたくらいだ。
あの角笛の音が彼らの間の言語として機能しているのであれば、その知能はかなり高いと言わざるを得ない。

ドドドドドドッ・・・!
やがて次のサイが勢い良く突進してくると、私は再び閃光手榴弾を放り投げていた。
だが私が動きを起こした次の瞬間、サイが突進の勢いもそのままに軽やかに体を反転させる。
バシッ!
そして破裂寸前の閃光手榴弾を長い尻尾で弾き飛ばすと、強烈な光に素早く背を向けたサイが流れるように身を翻して私の方へと突っ込んできた。
「うわっ!」
尻尾で重量のバランスが取れているからなのか巨体に似合わぬ軽業で目晦ましを外され、鋭い角を深々と沈めた巨獣が恐ろしい迫力で眼前に迫って来る。
仮にテーザー銃を撃ち込んだところでこの突進が止まらないことは分かっているだけに、私は手にしていた武器を放り投げると咄嗟に両腕で身を護っていた。

ズガァッ!
次の瞬間、渾身の力を込めて振り上げられたサイの角が私の腹部を盛大にカチ上げる。
「ギャバッ!」
300キロ近い体重にもかかわらず地上から6メートル近い高さまで撥ね上げられ、強烈な衝撃と鈍い痛みが私の全身の自由を奪っていった。
そして打ち上げられたのと同じだけの加速度で地面の上にゴシャッと墜落すると、解析された損傷具合の報告が上がって来る。
「大丈夫か、CI?」
「バイタルには大きな変化ありません。特に大きな怪我もしてないみたい・・・あの重装強化骨格のお陰ね」
「確かに、アンバーメタル製でない通常の強化骨格だったら今の一撃で全損してたかも知れないね」
それは良いのだが、2度に亘って凄まじい衝撃を叩き込まれた体がまるで尾を引くような痛みと倦怠感に苛まれてしまっている。

早く・・・起き上がらなければ・・・
だがまだ自由の効かない体を恨みながら先程私を撥ね飛ばしたサイに視線を向けてみると、流石に強度ではアンバーメタルに敵わなかったのか自慢の角が圧し折れたらしいサイが苦悶とも嘆きとも取れるような声を上げていた。
「ギキキィィッ・・・!」
それを見て、あれ程攻撃的だった他のサイ達も明らかに私に対して怯んでいるのが見て取れる。
「どうやら、彼らはあの角自体が弱点だったようだね」
「成る程・・・銃器や鈍器で角を破壊すれば、群れ全体の戦意も失わせられるというわけか」
そんなリーダーの言葉を裏付けるように、5頭のサイ達は私の方を時折睨み付けながらもそそくさと逃げるように遠くへ離れていった。

「CI、大丈夫か?」
「はい・・・何とか・・・この強化骨格に救われました」
「確かに、さっきの突進はアンバーメタル製の強化骨格じゃなかったら間違い無く粉々になる威力の一撃だったね」
それを聞いて、改めて危険な状況だったことに気付いてブルッと身震いする。
だが取り敢えず脅威が去ったことに安堵してしばし体を休めると、私はまだ少し軋むような気がする体をゆっくりと起こしていた。
Farth27のシグナルロスト地点までは後200メートル程・・・
遠目にも、メガエレファント達が付けたのだろう大きな足跡が草原の中に点々と残っているのが見て取れる。
あの中の1つに、無残に拉げ潰れた私の残骸が横たわっているのだろう。

だがその時、私はふと遠くから聞き覚えのある足音が微かな地響きとなって届いて来たことに気が付いていた。
ドオン・・・ドオン・・・
「遠方から大きな足音を感知しました。恐らくメガエレファントの足音だと思われます」
「距離は分かるか?」
そう言われて周囲によく目を凝らしてみると、私は小高い丘を駆け上がった先で1頭の巨象がゆっくりと歩いているのを見つけていた。
「ターゲットを発見しました。距離約794メートル。周辺の視界内には他の動物は見当たりません」
「絶好の狙撃ポジションだな。CI、サンプル採取の方法は任せる。何とか成功させて帰還してくれ」
「了解。ヘビーウェポンNo.2、アンチマテリアルライフルを展開します」

私はそう言うと、地面の上に両手を着いて四つん這いになっていた。
それと同時に背中側の格納部が開き、中からアンテナ構造になった巨大な砲身が競り出してくる。
ガシャシャシャシャッ!
そしてそれが細長く伸び切ると、私の後部に自身の身長よりも長い長大な発射口が完成していた。
「砲身展開完了。T-AM製アーマーピアシング弾を装填。対ショック姿勢へ移行します」
「凄い兵器ね・・・CIの体自体が銃座になるだなんて」
「銃身長275センチ、弾丸初速はマッハ3.2、距離にもよるけど厚さ100センチ超の鉄板を貫通出来る威力があるんだ」
このFarthの環境調査任務で初めて運用するヘビーウェポン。
正直、私自身もこれがどれ程の威力があるのかなんてまるで想像が付かない。
「CI、一応地面にアンカーを撃ち込んだ方が良い。踏ん張りが弱いと反動で吹き飛ぶぞ」
「了解、固定用アンカーを射出。弾道計算を開始します」
ザグッ!ドドスッ!
距離794.3メートル、4時方向からの風速4.4メートル、湿度39%、重力加速度毎秒9.8メートル・・・
そして精密な弾道計算が完了すると、私は鼓膜を保護する為のシールドで両耳を覆っていた。

「ファイア!」
ドゴオオオオオン!!!
次の瞬間、完全遮音のはずのシールド越しにも感じ取れるような凄まじい爆音とともに全身が強烈な発射の反動で後方へと引っ張られる。
確かに、地面にアンカーを刺していなかったら優に5、6メートルは後方へ吹き飛んでいたことだろう。
「結果はどうだ?命中したか?」
慌てて遥か遠方に見えるメガエレファントをズームしてみると、発射の衝撃で若干方向が狂ったのか体の中央を狙ったはずの弾丸がメガエレファントの2本ある長い鼻の内の1本を根元から吹き飛ばしたらしかった。

「バオオオオオッ!」
800メートル近く離れているはずの私の所にまで響いてくるような苦悶の咆哮に、思わず向こうから見えないようその場に身を伏せてしまう。
「2本ある鼻を片方吹き飛ばしたようです。安全確認後にサンプルとして回収します」
「ナノマシンの注入は難しそうか?」
「鼻の傷口からなら可能だとは思いますが、何れにしろもっと近付かないと・・・」
正直なところ、鼻を1本吹き飛ばされて大層激昂しているだろうあのメガエレファントに今は近寄りたくない。
リーダー達にも、恐らくその空気は伝わったのだろう。
それに、今回はとにかく無事にサンプルを船に持ち帰るのが最優先事項だ。
「分かった。今回はサンプル回収に専念してくれ。サンプルだけでも、ある程度生態を解析出来るかも知れんしな」
私はそれを聞いて安堵の息を吐き出すと、手負いのメガエレファントがその場を立ち去るまでしばらく丘の陰に身を潜めていたのだった。

「行ったか・・・?」
それから30分程して・・・
真昼の太陽が燦々と照り付けてくる暑さに耐えながら待ち続け、私はようやく視界の中に誰もいなくなったことを確認して体を起こしていた。
「周囲の安全を確認しました。これからサンプルの回収に向かいます」
「了解。念の為用心しろ」
任務の幅を小さく限定したからか、珍しくここまでは順調だ。
帰りにもアクロバティックな川越えは必要になるだろうが、今日はこのまま無事にサンプルを持ち帰ることに全力を注ぐとしよう。

そしてそろそろとメガエレファントの狙撃地点まで近付いていくと、私は全長5メートル以上もある血に塗れた長大な象の鼻が地面の上に落ちているのを見つけていた。
「サンプルの回収を完了しました。リーダー、川の付近までサンプル運搬用のウィングを飛ばすことは出来ますか?」
「もちろんだ。すぐに手配しよう」
よし・・・後は余計なトラブルに巻き込まれる前にさっさと船に戻るだけだ。
そう思って来た道を引き返すと、私は再びアイビーツリーの群生する森の中へと入っていった。

「お・・・あれだな」
やがて濁流の流れる広大な川の畔までやって来ると、私は既にそこに待機していた飛翔用ウィングに持って来たメガエレファントの鼻を括り付けていた。
これでよし、と・・・
やがてサンプルを持った飛翔用ウィングが自動操縦で船に戻って行ったのを確認すると、私は近くの樹に立て掛けていたボードを探そうとビーコンを起動させていた。
「ん・・・あれ?」
「CI、どうかした?」
「ここに置いてあったはずのボードが見当たりません。ビーコンによるとここから1200メートル程北にあるようです」
それを聞いて、女性船員が疑問の声を漏らす。
「何かの拍子に川に流されたのかしら?」
「いや、川は北側が川上だ。間違い無く誰かが持ち去ったんだと思うよ」
「CI、何か痕跡や足跡などは残っていないのか?」

痕跡か・・・
確かにアンバーメタルで出来たあのボードは重量が100キロ近くもあるし、人間が運ぶなら3人は必要な程の大荷物だ。
だがボードを立て掛けてあった樹の根元には確かにボードが刺さっていた跡が残っているものの、そこから何処かに引き摺ったような痕跡は全く見当たらない。
だとすると、ボードを持ち去った者は100キロ近い重量物を持ち上げて運んだということになるだろう。
「足跡を含めて痕跡は一切無いようです。私の足跡も残るような地面なので、足跡すらも無いというのは・・・」
「周りに足跡が無いのなら、空を飛んで行ったんじゃないかしら?」
それは一見すると突拍子も無い説ではあったものの、誰1人として彼女の言葉を否定出来る者はいなかったらしい。
「空か・・・いや、ありうるかも知れないよ」
「それは、100キロの重量物を持って空を飛べる存在がいるということか?」
「地球でも大型猛禽類であるオウギワシが7キロの獲物を持って飛んだ事例があるんです。サイズによっては・・・」
大型の猛禽類か・・・
確かに、地球にはロック鳥という象なんかを持ち上げて運ぶような巨大な鳥の神話なんかも存在する。
体高7メートルの山のような象がいるくらいなのだから、規格外に大きな鳥類がいたとしてもおかしくはない。

「とにかく、川を渡るには現状ボードが必要だ。位置が分かっているのなら、捜索に向かってくれ」
「了解、北に向かいます」
ビーコンの反応は今のところ動いてはいないようだが、ほんの2時間かそこらの間に100キロ近い荷物を1200メートルも移動させられる存在だなんてかなり限られるだろう。
「CI、こちらで周辺の状況を再スキャンしてみた。ビーコンの反応位置の付近に、確かに大型の熱源があるようだ」
「確認しました。同様の熱源がその付近にもう2つありますね」
「だけどこれ、概算でも全長4、5メートル近い生物ですよ」
全長4メートル超か・・・もしボードを持ち去ったのが本当に大型の鳥類だった場合、体のサイズがそれだけあるとしたら翼長は恐らくその倍以上もあるだろう。
仮にそんな怪鳥が実在するのだとしたら、確かに100キロくらいの荷物は持って運べたとしてもおかしくはない。

やがて広い川沿いに森の切れ間を北上していくと、少し先にゴツゴツとした岩が幾つも露出している荒れ地のような場所が見えてくる。
東方向にもそれ程厚みの無い森だったし、思っていたよりもアイビーツリーの自生域はそれ程広いわけではないのかも知れない。
そして急激に開けた視界の先によく目を凝らしてみると、赤、黄、橙、青という4色のグラデーションに分かれた極彩色の翼を持つ猛禽類に似た巨大な鳥が3羽、窪地になった岩場の周辺に佇んでいた。
「何あれ!?本当に鳥なの?」
「確かに姿は鷲に酷似していますね。巨大さ以外では今のところ他に目立った身体的特徴も見当たらないですし」
「ビーコンの反応は距離からしてその窪地の中央にあるようだ。そいつらを追い払わないと奪還は難しいぞ」
もちろん、それは分かっている。
だが目算でも体の幅だけで4メートル以上、翼長は下手をしたら20メートル近くはありそうな余りに巨大な怪鳥の姿に、何とも言えない本能的な恐怖心が込み上げてきてしまう。
それに何より私が危機感を抱いたのは、まだ400メートル以上離れた場所にいる私の姿を彼らが既に補足していたことだった。
鋭い切れ長の黒い瞳が6つ、これだけ距離が離れているにもかかわらず真っ直ぐに私の顔を見つめているのが分かる。

「もしあいつらが猛禽類に似た生態なら、恐らく銃器の類いは通用するだろうし火にも弱いんじゃないかな」
「だが、あのサイズなら100キロどころか重装仕様のCIだって軽々と持ち上げかねないぞ」
確かにそうだ。
それにもちろん単純に巨大な鳥というだけでも危険な存在ではあるのだが、このFarthという過酷な環境に生息している動物が体の大きさの他に何の武器も持っていないというのも考えにくい。
「とにかく、ナノマシンを撃ち込んでみます」
私はそう言うと、じっと住み処に近付いてくる外敵を睨み付けている彼らを刺激しないようゆっくりと動き始めていた。
改良されたナノマシンシューターの有効射程は約400メートル、恐らく外皮がそれ程丈夫ではないだろう鳥類になら多少遠くから発射しても効果があるかも知れないが、武器や兵器は適正距離で運用してこそ最大の効果が出るもの。
そう思って慎重に距離を測りながら何とか直近の標的から395メートルの位置にまで近付くと、私は岩陰に身を潜めながらナノマシンシューターを取り出していた。

仮にこの距離から撃ったとしても、標的に着弾するまでには2秒弱の時間が掛かる。
高空から地上の獲物を見付けて素早く飛び掛かるのだろう猛禽類の優れた視力なら、もしかしたら飛んでくるバレットだって目視出来るかもしれない。
だがその辺りの能力を見る為にも、まずは撃ってみないことには始まらないだろう。
そしてなるべく姿を晒さないようにナノマシンシューターを岩の上に固定すると、弾道計算を開始する。
距離395.2メートル、5時方向からの風速4.0メートル、湿度34%、重力加速度毎秒9.8メートル・・・
ライフリングの無いナノマシンのバレットでは直進性が心許無い上に計算の難しい斜め方向からの追い風、更には標的が私の位置よりもやや高所にいる上に有効射程ギリギリでの狙撃・・・
唯一の救いはメガエレファントのように的が大きいことだが、正直命中率は5割あるか無いかだろう。

やがて数回深呼吸して覚悟を決めると、私はゆっくりと絞るようにトリガーを引いていた。
ドオン!
だが大きな発射音が周囲に轟いた次の瞬間、まだ向こうにはその音すら届いていないはずだというのに鷲が黄色い甲殻に覆われた巨大な脚を素早く振り上げる。
キィン!
「弾かれたわ!」
「発射音が届く前に反応したということは、バレットが眼で見えているということか?」
あのバットタイガーも優れた感覚器官によって至近距離から放たれたバレットを鮮やかにかわしてのけたものの、相手が空を飛ぶ鳥類なのであればあの時と同じ作戦は使えないだろう。
「でも攻撃された割には、特に反撃に移る様子は無いですね」
「CIの姿が見えていないか、或いは何かを護る為に巣から不用意に離れようとしていないだけかも知れないな」

巣・・・巣か。
もしあの窪地が彼らの巣なのだとしたら、あの中に雛や卵のような物がある可能性は排除出来ない。
成鳥が3羽いるということは、彼らは単純な夫婦ではなく群れで仲間を護る習性があるのだろう。
それならば必要以上に近付かなければ向こうから攻撃をしてくる可能性は低いはずだが、あそこにあるボードが無ければ船に帰還出来ない以上引き返す選択肢もまた無いだろう。
「CI、少し危険だが、彼らがどのくらいの距離まで外敵の接近を許すのか調べてくれるか?」
「了解、敢えて姿を晒して接近してみます。自衛の為、フレイムスロアーのセーフティをアンロックします」
私はそう言うと、何時でも火炎放射器を発射出来るように身構えながら岩陰から出てゆっくりと怪鳥の巣に近付いていった。

巣から350メートル・・・相変わらず3羽の鷲達は私をずっと凝視しているものの、今のところ動く様子は無い。
「なかなか動かないわね」
「恐らくCIの動きが緩慢だからだろう。まだ明確な脅威とは思われていないのかも知れん」
「そうですね。更に近付いてみます」
巣から300メートル・・・変化無し。
私の存在自体ははっきり認識しているはずだというのに、ここまで近付いても彼らがまだ何の反応も示さないのは逆に不気味に感じられてしまう。
だがそれから更に少し近付くと、巣から272メートル程の所で一番近くにいた鷲がまるでこちらを威嚇するかのようにその翼を大きく左右に広げていた。
バサァッ!
「わっ・・・凄い大きさね・・・翼長も20メートル以上はありそうだわ」
「どうやらその辺りがレッドラインのようだな」
試しに少し後退さってみると、警戒ラインから遠ざかった為か鷲が広げていた翼をバサリと折り畳む。

「何か接近する方法は無いのか?」
「彼らを追い払うだけなら方法はありますが、その後にボードを奪取出来るかどうかは未知数ですね」
「どうやって追い払うんだ?」
そんなリーダーの質問に、メカニックの彼が淀み無く答える。
「スパイダーを使って閃光手榴弾を巣の中で破裂させるんですよ」
「確かに、それなら彼らを傷付けずに追い払えそうね」
「だけど問題はその後だよ。何事も無ければ彼らはまた巣に戻るだけだろうけど、CIが近付けば・・・」
確かに突然巣を攻撃されて迎撃態勢に入っているタイミングで私が巣に接近したら、恐らく猛烈な反撃を受けるだろうことは想像に難くない。
それに、結局ナノマシンの注入も失敗している以上彼らの生態や能力が分からないというのも問題だ。

「最悪の場合は強行突破も考えなければならんな。せめて生態だけでも分かれば対策があるかも知れないが・・・」
「リーダー、1つ考えがあります。成功するかどうかは分かりませんが、仮に失敗しても損失はほとんどありません」
「どうするんだ?」
その質問に答える前に、私はカムエイプの罠を偵察する時に使用したスパイダーを射出していた。
「閃光手榴弾とナノマシンシューターを併用するんです。一瞬視界を奪うことが出来れば或いは・・・」
「成る程、確かにそれは名案かも知れない」
「だが、状況的に発射と起爆をほぼ同時にリンクさせる必要があるぞ」
もちろん、それは私も理解している。
閃光手榴弾の起爆が早過ぎれば鷲が驚いて飛び上がってしまうだろうし、発射したバレットを目視されればさっきのように弾かれてしまう可能性が高くなる。
閃光によって視界を奪い、尚且つその場から飛び上がるまでの僅かな間隙を縫ってバレットを撃ち込むしかないのだ。
「分かっています。幸いここからなら着弾まで約1秒ですし、仮に閃光に反応しても動く前にバレットが到達します」
「成る程・・・確かにやってみる価値はあるかも知れないな」
「ただ1つ問題が・・・閃光手榴弾を持ったスパイダーを彼らに見つからないように巣へ潜入させる必要があります」

それを聞くと、メカニックの船員が意図を察してすぐに反応していた。
「つまり、スパイダーはこちらからの遠隔操作が必要ということだね?」
「はい。カメラ映像だけでは彼らの視界や地形を俯瞰出来ないので、私はDFによる空撮でサポートします」
「よし。ではCIは狙撃地点を確保しろ。発射の瞬間を気取られないように身を隠すんだ」
その指示に頷くと、私はDFを射出しながら近くにあった岩陰に体を滑り込ませていた。
「スパイダーに閃光手榴弾を搭載。起爆タイミングはシュータートリガーにリンク、発射を20ミリ秒ディレイします」
「了解。遠隔操作でスパイダーを移動開始。DFで撮影した映像はこちらでも参照出来るけど、目視情報を教えてくれ」
「CI、そこは連中の警戒ラインの間際だ。DFをそれより巣に近付けると迎撃に出て来る可能性がある。気を付けろ」

確かにそうだ。
400メートル近い距離から放たれた小さなバレットを目視して防げるだけの視力があるのなら、当然上空に飛んで行ったDFの存在も視認出来ているとみて間違い無い。
対象が遥かに小さいだけに私に対して警戒行動を取ったのと同じ距離で同じように反応するかどうかは未知数だが、スパイダーが接近するまで余計な刺激は与えないに越したことは無いだろう。
「CI、今15メートル程接近した。この辺りは岩陰が多いから問題無いけど、巣の近くの視認性はどうなってる?」
「巣の周辺30メートルくらいは遮蔽物が少ないですね。何処からか後方に回り込めれば別ですが・・・」
「何も巣の中にまで入る必要は無いだろう。直近の鷲の視界を一瞬奪えればそれで良いんだ」
そうなると、一瞬とは言え鷲達の正面にスパイダーが姿を晒す瞬間があることになる。
彼らの食性は恐らく大型の陸生動物だろうからスパイダーに対して即座に捕食行動を起こす可能性は比較的低いはずだが、何分全てが推測の域を出ないのが正直心臓に悪い。

「更に20メートル接近した。鷲達に反応はあるかい?」
「いえ、相変わらず3羽ともこちらを見つめてはいますが、私の正確な場所も今は見失っているようです」
「でも不思議ね。3羽で周辺を警戒しているのに、3羽ともCIの方向を見つめてるなんて」
言われてみれば確かに・・・捕食者でありながら顔の左右に眼がある彼らならば左右の視界は優に200度を超えるだろうし、3羽いればほぼ全方向を漏れなく警戒することが出来るはず。
私の他に周囲に目立った脅威が無いから全員がこちら側の警戒に集中しているという可能性もあるにはあるが、今は岩陰に隠れている私の姿は見失っているのだからもっと他の方向へも警戒を向けて良いはずなのだ。

「CI、更に50メートル程接近した。ここからは岩場が少ない。DFに接近ルートを計算させてくれ」
「了解。2時方向に迂回してください。連なった岩と地形の陰になるので、更に40メートル程近付けるはずです」
これで130メートル超・・・巣まではようやく半分といったところだが、ここから鷲達の視界に一切見つからずに巣へ接近するのは小さなスパイダーであっても至難の業だ。
「待てCI、少し試してみたいことがある。そこから彼らに見つからずに移動出来るか?」
「移動自体は多少出来ますが、何処へ向かえば?」
「ほんの10メートル程度で良いから、巣に対して直角方向へ移動してみてくれ」
それを聞いて、私は慎重に身を低めながら先程居た位置から10メートル程鷲の巣に対して3時方向へと移動していた。
「見ろ、直接姿は見えていないのに、連中の視線がCIの現在地に対して正確に移動しているぞ」
「見えてないはずなのに居場所がバレてるってことは、視覚以外でCIの姿を認識しているってことね」
「だとしたら何だろう?この距離じゃ匂いも分からないだろうし、何か透視能力みたいなものでもあるのかな」

そんなまさか・・・
大体あの距離から岩の陰に隠れている私の姿を認識出来るのなら、もっと巣に近付いているスパイダーを認識出来ていないはずが無い。
それでも行動を起こさないということは・・・
「リーダー、もしかしたらスパイダーは彼らの攻撃対象にならない可能性があります。姿を晒してみて貰えますか?」
「何?確かに堂々と近付けるのならそれに越したことはないが・・・それは一種の賭けだぞ?」
「確かにCIの言うことも一理ありますよ。岩越しにCIが見えるのにこのスパイダーが見えていないはずが無いですし」
それを聞いて、リーダーが少し躊躇いながらも指示を出す。
「よし、試してみよう。ただしゆっくりとだぞ。連中を不用意に刺激しない程度にだ」
「了解、移動します」
やがてメカニックがゆっくりとスパイダーを岩陰から外へ出したものの・・・
鷲達は明らかに警戒距離圏内で視界に入っているはずのスパイダーを一瞥もすることなく私の居る方向へとその顔を向け続けていた。

「本当に反応しないわ。まるで全く見えていないみたいね」
成る程・・・何となく彼らの能力が分かってきたような気がする。
だがとにかく、それを確かめるのは後にして作戦はこのまま続行しても良いだろう。
「スパイダーの妨害をされないのなら、そのまま彼らの正面まで接近してください。閃光手榴弾は投擲出来ますか?」
「問題無いよ。目標地点は?」
「巣の外縁から20メートル、地上5メートルの地点を目標にしてください。発射ディレイを100ミリ秒に修正します」
これで、恐らくは閃光の陰に隠してナノマシンのバレットを撃ち込むことが出来るはず。
だが仮に生態を解析出来たとしても、私の予想が正しければ彼らを傷付けずにボードを奪還するのは難しいだろう。

やがて思った通り何の妨害も受けないまま閃光手榴弾を搭載したスパイダーが巣の近くまで無事に到着すると、メカニックの船員から確認の連絡が入る。
「位置に付いた。投擲のタイミングはCIが指示してくれ」
「指示から投擲に掛かる時間はどれくらいですか?」
「操作ラグを考慮しても目標地点到達まで1400ミリ秒以内だ」
よし・・・まずは目の前の任務に集中するとしよう。
「了解、弾道計算を開始します」
距離271.1メートル、5時方向からの風速2.1メートル、湿度29%、重力加速度毎秒9.8メートル・・・
この距離と条件なら着弾誤差は半径35センチ以内だし、あの巨大な的を相手に外すことはまず無いだろう。

「投擲をお願いします」
「了解!」
次の瞬間、瞬時にマニピュレーターを展開したスパイダーが搭載していた閃光手榴弾を高々と中空へ放り投げていた。
カッ!ドオン!
「ギギャッ!?」
「ギャッ!」
ナノマシンシューターのトリガーとリンクした起爆信号が届いたのとほぼ同時にバレットが発射され、それが大気中に霧散した眩い閃光の中へと一直線に吸い込まれていく。
一瞬にして視界を焼かれた鷲達は皆一様に驚きの悲鳴を上げたものの、その巨体では瞬時に身をかわすことも出来ずに成す術も無く広大な胸元へナノマシンのバレットを受け止める。
ビスッ!
「よし、成功だ!」
突然炸裂した閃光に驚いて鷲達は一旦はバサァッと空に飛び上がったのだが、特にそれ以上の変化が無いことを確認するとまた元のように窪地となった巣の外縁に沿って降り立っていた。

「CI、解析結果だ。視覚についてだが、基本的には赤外線による熱探知のみに頼っているようだ」
ということは飛んできたバレットを防御出来たのも、発射の時に帯びたバレット自体の熱を認識したからなのだろう。
それに、彼らがスパイダーに全く意識を向けなかった理由にも説明が付く。
「それと脳の近くに電波の受容体がある。恐らくはコミュニケーション器官だな。仲間と連絡を取り合っているんだ」
やはり、思った通りだ。だとすれば・・・
私は雲1つ無く綺麗に晴れ渡った空を見上げると、その中に小さな米粒の如き影を視認していた。
遥か上空を旋回する、もう1羽の巨大な鷲。
恐らくはあれが高空から巣の周囲を哨戒し、外敵の位置を生体から発する電波によって仲間達に伝えていたのだろう。
「リーダー、上空に周辺を警戒している鷲がもう1羽いるようです。私の位置を仲間に伝えていたのもあれでしょう」
「成る程、それで見えないはずのCIの位置がバレていたのか」
「でも、だとしたら気付かれずに巣に近付くのは難しいな。スパイダーじゃあの重量のボードは動かせないし・・・」
だがリーダーとメカニックが頭を悩ませている中、またしても女性船員が鋭い一言を発する。
「要はその電波を妨害したら良いわけでしょ?後はCIの体温さえ隠せれば近付けるんじゃないかしら?」
「電波の妨害か。チャフグレネードは一応装備してるけど、巣の上空で炸裂させないと効果が薄いね」
「チャフを運ぶ方法くらいはありそうだが、体温を隠す方法は何かあるのか?」

体温を隠す方法・・・
普通に考えれば赤外線を透過しない膜のような物で覆うという手があるが、都合良くそんな物がこの原初の荒野にあるはずも無い。
或いは何か体温を極端に下げる方法があれば、上空の鷲も無視することが出来るかも知れないが・・・
「リーダー、今回の重装強化骨格も、外部操作を受け付ける仕様にはなっていますよね?」
「ん?ああ、比較的単純な動作なら外部からCIが操作出来るようにというのが、強化骨格の最低構成要件だからな」
それを聞いて、私はメカニックが何を言いたいのかを察していた。
「成る程、私を一時的に仮死状態にして、生体部の体温を下げて船から操作するんですね?」
「そんなことが出来るの?」
「ボードを持ち上げるには流石に筋力が必要だけど、引き摺って運ぶくらいなら遠隔操作でも可能な範疇だと思う」
確かに総重量300キロ近い体を動かせるだけの出力があるのなら、そのくらいは何とかなるかも知れない。
それにもしボードに乗ることが出来れば、もっと簡単に移動は出来るだろう。
「CI、実行可能な作戦か?」
「仮死薬と蘇生薬はあるので理論上は可能ですが、蘇生が可能な時間は生体部の活動停止から概ね60分以内です」
「分かった。実行を許可しよう。各自位置に着いてくれ」

その指示に従ってメカニックが操縦席に、女性船員がバイタルのチェックとサポートに入ったのを確認すると、私はCIに作戦開始を告げていた。
「CI、こちらの準備は出来た。何時でも開始してくれ」
「了解、強化骨格の指示系統を船に全権移譲。仮死薬の使用をお願いします」
そうしてCIが体の安定性を保つ為に四つん這いになったことを確認すると、即座に仮死薬が注入される。
ブシュッ
「ぐっ・・・う・・・」
後で蘇生するとは言え、これは紛れも無いCIの死。
仮死薬の効果で生体部の活動が止まるのは、文字通り死の苦しみが伴うのだ。
だがCIはそれ以上声を上げることなくガクリと全身を脱力させると、急速にその体温を下げていった。

「体温低下促進の為、冷却用液体窒素を噴霧します」
「歩行速度はどのくらいだ?」
「平均時速2キロ。鷲の巣までは約9分、ボードが使用可能なら全体で30分掛からず警戒圏外に脱出可能な見込みです」
そう言いながら遠隔操作でCIの体を巣に近付けていくメカニックの顔には、緊張による玉のような汗が浮かんでいた。
ガシャ・・・ガシャ・・・
地面に着いた左右の手足を交互に動かしながら、生ける屍と化したCIがゆっくりと鷲の巣へと近付いていく。
やはり体温が無い存在は敵と看做さないのか、CIが仮死状態となって少しした頃にはずっと一方向を見ていた鷲達も巣の全方位へと警戒の目を向け始めていた。

「巣まで約100メートル・・・ここまでは順調ですね」
「作戦前に、CIがスパイダーで巣の内部を偵察していたようだ。中にあるのは主に鉱石の原石や貴金属のようだな」
「ボードも思ったより丁寧に置かれてるわね。光り物を集める趣味でもあるのかしら?」
恐らく、赤外線を探知するせいで太陽光を反射しやすい物に興味を持つ習性があるのだろう。
アンバーメタルのボードはこのFarthにおいては最大級の光り物・・・
その上スラスターの点火などで渡河直後は相応に熱も持っていただろうから、周辺を哨戒中の鷲のセンサーに引っ掛かって持ち去られたと考えるのが自然だ。

「巣まで30メートル・・・本当にこんなに丸見えなのに無反応だなんて逆に不気味ですね」
「視界の悪いジャングル内で大型の動物を発見する為に、ある種の特異的な進化をした結果なんだろう」
「ん・・・ボードを発見しました。凄いな・・・周りはこんな荒れた岩場なのに、窪地の中は比較的平坦みたいだ」
そう言いながらゆっくりと窪地の中へCIを侵入させると、まずはボードに異常や破損が無いかを確認する。
アンバーメタル製だから仮に高所から落とされたりしても外見上の破損は無いだろうが、スラスターやタイヤ、フロート機構などが生きていなければ渡河には使えないのだ。
「恐らく問題は無さそうです。この鷲達は宝物を大事に扱う性格みたいですね」
「朗報だな。ただ、それを外に持ち出すのを彼らが黙って静観してくれるかどうかだが・・・」
「CIの体でボードの上面を隠せば恐らく大丈夫でしょう。熱さえ発さなければそもそも見えないわけですし」
彼の言う通り、CIを横たわらせたボードがゆっくりと巣から出て行く光景を、鷲達は特に疑問に思う様子も無く静かに見送っていた。
そしてゴツゴツとした岩に覆われた道を何とか苦労しながらボードで走破すると、巣から280メートル程離れたところまで帰還することに成功する。

「よし、何とかここまでは漕ぎ付けられたな」
「仮死状態から37分経過。蘇生薬を投与します」
「蘇生確率87%。人工心肺による血流を促進・・・お願い、生き返ってCI」
そんな彼女の願いが通じたのか、気が遠くなるような数十秒の沈黙を経てCIの自発鼓動が復活する。
ドクン・・・ドクン・・・
「やったぞ!」
「CIの蘇生完了。バイタルが安定するまでは薬品投与によるサポートを続けてくれ」
「了解」
この中ではある意味私以上にCIの蘇生を強く願っていたかも知れない彼女が、込み上げる歓喜の感情を押し殺して任務に当たる。
それを見て私も気を引き締めると、やがて目を覚ましたCIに声を掛けていた。
「CI、気分はどうだ?」
「これは・・・蘇生が成功したんですね?」
「そうだ。ボードの奪取も完了している。優秀なメンバー達のお陰だな」

それを聞くと、私はまだ少しフラ付く体に力を入れて立ち上がっていた。
「では、これより帰還します。渡河の成功を祈っていてください」
ようやく難題を1つ解決出来たのは良いものの、強化骨格の自動制御を実行したことで残燃料がもう30%を切っている。
燃料を消費して体重が軽くなったことで若干燃費は良くなっただろうが、それでもブースターを起動しっ放しで船まで帰れるかどうかは怪しいところだ。
そしてようやく元の渡河地点まで戻ってくると、私は十分な助走を付ける為にアイビーツリーの群生する森の奥深くまで入っていった。

「では、渡河行程に入ります」
「了解。CI、現在の総重量は261.2キロだ。姿勢制御の参考にしてくれ」
それを聞きながらボードに両脚をしっかり固定すると、後方のブースターを点火する。
ゴオオオオオオオッ!
流石に燃料や弾丸の消費で数十キロ体重が軽くなった分、加速は若干スムーズだ。
そしてあっという間に時速94キロに到達すると、私は勢い良く川縁へと突っ込んでいった。
「背面ブースター角を下方25度に修正、ボードスラスターを点火。ホイールを収納後フロートを展開します」
ドバッ!ブシャアアアアアアアアアッ!
穏やかに流れる濁流の上を、アンバーメタルのボードが猛スピードで疾走する。
そしてほんの数秒という短い時間を経て無事に川を渡り切ると、激しい水飛沫を上げながら私の体が宙に舞っていた。
「ボードスラスターオフ、セカンドフロート廃棄、ホイールを再展開!」
ガシャアッ!
「よし!渡河も成功だな。そのまま帰ってこい、CI」
「了解、これより船へ帰還します」
これで任務の大半は無事達成・・・
もうメガエレファントのサンプルも船に届いているだろうし、珍しく完璧な任務遂行だったと言えるだろう。
だが軽快にボードを操りながら森の中を疾走していたその時、私は何か大きな影が頭上を横切った気配を感じていた。

ゴオオッ!
「え?」
やがて不穏な気配に気付いて顔を上げた次の瞬間、巨大な鷲が疎らになった森の梢を突っ切って飛び込んでくる。
「う、うわああっ!?」
ズガァッ!
そして大きく振り翳された巨大な鉤爪で蹴り飛ばされると、私は両足に固定されたボードごと実に10メートル以上も吹き飛ばされていた。
ガッ!ゴッ!ゴシャァッ!
「ア・・・ガ・・・」
ほとんど受け身も取れないような姿勢のまま時速100キロ超の速度で地面に投げ出され、近くに生えていた巨木の幹に後頭部から派手に突っ込んでしまう。
そして脳に受けた衝撃に朦朧としながらも顔を上げると、正しく怒りの形相をその顔に貼り付けた巨大な鷲が足元に転がる私をギロリと睨み付けていた。

ガッ!
「ひっ!?」
やがて私の体よりも大きな黄色い鉤爪で無造作に鷲掴みにされると、バサァッという凄まじい風圧と共に鷲が一気に上空高くまで飛び上がっていく。
「嘘っ!?」
「まさか、ボードを装備した状態のCIを掴んで飛び上がるだなんて・・・」
見通しの悪い森の中を時速100キロ以上で移動する私に正確に急降下攻撃を仕掛けて来ただけでも驚愕だというのに、ボードも含めれば優に350キロ以上はある私を掴んで軽々と飛び上がるなんて・・・
だがそんなことを考えている内に高度200メートル程にまで上昇すると、私はまるでゴミでも投げ捨てるかのようにパッと中空へ放り投げられていた。
「う、うわあああああっ・・・!」
絶望的な浮遊感が瞬く間に凶悪な加速度と化し、遥か遠くに見えていた森が恐ろしい速さで眼前に迫って来る。
バサッ!バキバキバキッ・・・グシャアッ!
「ガ・・・ハッ・・・」
数本の枝が多少クッションにはなったものの、350キロの重量物が落下した土の地面に小さなクレーターが穿たれる。

「CI!大丈夫か!?」
「は・・・い・・・」
時速220キロでの激突のショックは相当に大きかったものの、メガエレファントの規格外のパワーを存分に振るった叩き付けに比べればまだ衝撃力はマシな方だろう。
それに強化骨格も前回の物より更に強度が強化されているから、この程度なら致命傷になる可能性は低いはず。
もちろん、地面に激突する当たり所が良ければの話だが・・・
ガッ!
「うあっ!」
だが全身に走った鈍い衝撃と鈍痛に呻きながら再び降下してきた鷲に掴み上げられると、私はまたしても絶望的に空虚な高空へと連れ去られてしまっていた。

パッ
「うわああああ〜〜〜〜っ!」
先程よりも更に100メートル以上も高いところからあっさりと放り出され、あっという間に終端速度に達した体がまたもや森の中へと荒々しく墜落していく。
バキバキバキバキッ・・・ゴシャッ!
「ギャバッ・・・!」
幾ら致命傷にまではならないとは言え、私は数秒間に亘って落下する恐怖と地面に激突する地獄の苦痛に心身がみるみる削り取られていくような気がした。

「あ・・・かはっ・・・」
「かなり苦しそうだけど、不思議とバイタルは安定しているわ。あの新しい強化骨格のお陰ね」
「それは良いが、このままだと少々危険だな。幸い相手は1羽だけだし、武器で応戦するしかないだろう」
武器で応戦・・・閃光手榴弾は元々大量に運用するタイプの武装ではないからもう残数は残っていないし、この重装タイプの強化骨格にはあんな攻撃的な動物を非殺傷で平和裏に追い払えるような装備もほとんど無い。
こんな森の中では草原同様火炎放射器を使うわけにもいかないし、やはり銃器の類いを使用するしか・・・
しかしそんな判断を実行に移すより先に三度巨大な鉤爪で捕らえられると、また上空から落とされるという予想を裏切って私の体が凄まじい握力で握り締められていた。

ギリ・・・メキ・・・メキメギメギ・・・
「ぐあっ・・・ああっ・・・!」
凄い力だ・・・
元々猛禽類を始めとした鳥類の握力は見掛けによらず強く、地球でも大型種の鉤爪に掛かれば人間の腕を圧し折るくらいは容易い程の膂力があるらしい。
「CI、大丈夫か?」
「恐らく致命的な損傷にはならないでしょう。あの強化骨格はメガエレファントの踏み付けにも耐える設計ですし」
「60トン近い圧力にも耐えられる計算か・・・それは良いが、あれでは武器を使用するどころではないぞ」
実際メカニックの言う通り、多少息苦しいことを除けばこのクローによるダメージ自体は微々たるものだった。
だが両手足が完全に拘束されてしまっているせいで、ありとあらゆる武装の使用が封じられてしまっている。

グ・・・ミキッ・・・
「うぐ・・・ぅ・・・」
やがて鷲はそれでも私に大したダメージが無いらしいことに気が付くと、獲物を捕らえた脚をほんの少しだけ持ち上げていた。
ズン!ゴシャッ!
「グゲッ!」
更にはそのまま全体重を掛けて踏み潰され、高空からの落下と遜色の無い衝撃と苦痛が全身に跳ね回っていく。
ドズッ!ゴシャッ!ズドッ!グシャッ!
「ガッ!アバッ!グビャッ!ビギャッ!」
まるでどんなに乱暴に扱っても壊れない玩具で遊ぶかのように何度も何度も踏み付けられ、限界を超えた苦痛に徐々に意識が朦朧としてくる。
そしていよいよこれで止めだとばかりに一際大きくその脚が振り上げられると、私は衝撃に備えてきつく歯を食い縛っていた。

「ガウガウガウッ!ゴルルアッ!」
だが渾身の力を込めて踏み潰されそうになったその時、何処からともなく聞き覚えのある唸り声が轟いてくる。
やがて黒っぽい影が目にも止まらぬ速さで鷲の横腹へ向かって勢い良く飛び掛かると、それが無数の羽と血を撒き散らしながら皮膚を食い破っていた。
「ギャッ!」
恐らくは全く予想だにしていなかったのだろうその不意打ちを喰らって、思わず私の体を放した鷲が這う這うの体で飛び上がり逃げ帰っていく。
そして寸でのところで私を救ってくれた何者かに視線を向けると、右脚に小さな傷の有る1頭のファースウルフが私の眼前で恭しく身を伏せていた。
「お前は・・・」
あの右脚の傷には見覚えがある。
Farth27の調査でカムエイプの罠に嵌っていた1頭のファースウルフ・・・
私に対しての融和的な態度から見ても、恐らくは彼で間違い無いだろう。
草原でスニークパンサー達と戦った時に、彼は一旦逃げ出しはしたものの今日まで生き延びていてくれたのだ。

「また助けてくれたんだな。ありがとう」
そう言って両腕を広げてやると、彼がまるで甘えるように私の懐へと飛び込んでくる。
「あれは前の調査の時にCIが罠から助けたファースウルフか?」
「どうやらそのようですね。すっかりCIに懐いているように見えます」
「可愛い・・・あの時の恩義を忘れずに、またCIを護ってくれたのね」
やがてクゥンとか細い声で鳴きながらマズルを擦り付けてくる彼を見て、私はふとリーダーにある提案をしていた。
「リーダー・・・このファースウルフ、船に連れ帰っても良いでしょうか?」
「・・・そうだな。そこまでCIに懐いているのなら無下に追い払うわけにもいかんだろう」
だがそう言いながらも、リーダーが毅然とした口調で先を続ける。
「だが、未知の病原体や人類にとって有害なファクターが無いとは言い切れん。まずは精密検査が必須だぞ」
「もちろんです」
私はそのリーダーの返答に満足すると、彼を伴って船へと向かうことにした。
もうボードのスラスターも私自身も燃料がほとんど底を突いている。
船までは後約2キロ・・・
まあ犬の散歩だと思えば、30分くらいの時間はすぐに過ぎ去ることだろう。

「ファースウルフがここに来るの!?やった!触れ合えるのが楽しみね!」
「彼女、やけにテンションが高いな・・・犬派なのか?」
「僕の記憶だとこの任務の前に彼女が地球で飼ってたのは猫だったような気がしますけど・・・鞍替えですかね?」
そんな何処か穏やかな船での会話を聞きながら、私は初めて五体満足で戻ってきたような気がする船の入口をお供のファースウルフとともにゆっくりと潜っていた。
「お帰り!CI!」
「ファースウルフの方はすぐに精密検査に回してくれ。その後、特に問題が無ければ船室に入れても構わない」
「僕はメガエレファントのサンプル解析を解析班の方に依頼してきます」
私が船に帰還してからも、船内は今回の任務の結果を受けた調査や解析で大わらわだった。
「CIもボディチェックを受けてくれ。強化骨格へのダメージや消耗度合いを評価したい」
「了解です」
「Farth30 1522、CI無事帰還。メガエレファントサンプル回収任務達成。ボディチェック後にスリープ処理を実施」
私の任務が終わった後は、船内でこのような光景が繰り広げられていたのか・・・
連れ帰ってきたファースウルフも初めて目にする大勢の人間達の姿に若干戸惑いの色を隠せないでいるらしいものの、彼らを私の仲間だと思っているからなのか今のところは特に反抗する様子も無く船員達の指示に従っているらしい。
やがて私も強化骨格の被害検証を終えると、次の任務に備えて回復の為のスリープ処理が施されていた。

「ところでリーダー・・・実は1つ提案があるんですが・・・」
「ん・・・何だ?」
「あのファースウルフ、もし問題が無いようならCIのバディにすることは出来ないでしょうか?」
そんなメカニックの提案に、私は少しばかり首を傾げていた。
「バディだと?」
「彼はFarthの原生生物ですし、この星の中で生き抜く術を身に付けています。ですから・・・」
確かにあのファースウルフはスニークパンサーの脅威をCIに警告したりしたし、当初は川の向こう側に生息していたはずがどういう方法でかあの川を渡ってきている。
直接的に会話による意思疎通は出来なくとも、彼の言う通りファースウルフならばCIの調査を我々には理解の及ばない観点からサポート出来るのかも知れない。
「成る程・・・それは確かに面白い案かも知れんな。では、まずは3日訓練期間を取るとしよう。手配を進めてくれ」
「分かりました」
「他の者達も聞いてくれ。次の調査はFarth34からだ。それまでは各自の任務を遂行しつつ体を休めること」

私はその指示に船員達が呼応したのを見て取ると、既にスリープ処理を施されたCIの傍へと歩み寄っていた。
船からの遠隔サポートがあるとはいえ、この危険なFarthの調査任務においてCIは極めて孤独な存在だ。
だが次の任務からは、初めてCIにとっての仲間が任務に随行することになるのだろう。
それが、この未知の惑星の探索に少しでも寄与してくれれば良いのだが・・・
「とにかく・・・今はゆっくり休めよ、CI」
私は静かな眠りに就いたCIにそう言うと、自室に戻って緊張に凝り固まっていた体をゆっくりと解したのだった。

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