Human-side
Dragon-side

俺の心に空いた虚無はどうすれば埋まるのだろうか
俺はいつものように当ても無くただ彷徨っていた。
俺はあの時の約束を果たすべく
今尽き掛けているこの命を再び燃やそうと
俺はただ歩いていた。

「おい!そこの人間!我の縄張りで何をしている!!!」

ふと、声が聞こえその方向を見る。
すると、黒竜が俺の方を見て怒りを露にしている。
しかし、今の俺には竜でさえも心を動かす理由にはならない。

「なんだドラゴンか・・・」

俺は今人語を解する者には興味無い
俺の中の虚しさが更に広がるだけだ・・・
俺の命の糧とするべく
いっその事コロシテシマオウカ・・・
俺の凶悪な部分が牙を剥いている。
やめろ!俺は何も殺したくない・・・
ナニヲイッテイル・・・?
ホントウハ、ホシイノダロ?
アノキョダイナイノチヲ?
段々と俺が俺でいられる時間も少なくなってきた。
しかし、黒竜の怒りは収まらないらしく
語気を荒げ俺に向かってきた。

「なんだとは何だ!!!此処は我の領域なのだぞ?
本来ならば、詫びの言葉一つでもかけるのが普通ではないのか!?」

そうだな、尤もな言葉だ・・・。
黒竜の存在を無視していた俺も悪かった。

「縄張りを荒らしてすまなかった」

駄目だ。此処にいると発狂しくなりそうだ。
俺はその場から逃げるようにまた歩を進めた。

サク・・・サク・・・サク・・・

「まて、人間・・・」

その言葉にまた進めていた歩みを止めると鬱陶しげに黒竜を見た。
本当はコイツハ死ヲノゾンデイルノデハナイカ?
俺は一体何を考えているんだ。
邪悪な考えを振りほどくと黒竜に問いた。

「まだ・・・何か用ですか?」

いっその事この黒竜が俺を殺してくれたらどんなに楽なことか
俺は長く生き過ぎた。誰でも良いからこの俺を殺してくれないか?

「お前は我が怖くは無いのか?」

黒竜がつまらない質問を俺に投げかけてくる。
この俺を差し置いてほかの存在が怖い?
ありえない話だ。

「何故、怖がる必要があるんですか?」

俺は即答した。
寧ろ俺の方が怖がられるべき存在だ。

「何故って・・・我はお主を喰い殺すやも知れんのだぞ?」

喰い殺してくれる?
その方が俺も助かる。あぁ殺してくれ今すぐに!!!

「なら何故そうしないのですか?」

ほら、怒りを誘う答えだろ?
さっさと喰い殺してくれよ・・・

「ふん・・・ただ我の腹が満たされているだけだ!」

竜は欲望に正直だった。

ゴロロロロロロロ・・・

黒竜の腹の音・・・。
何を躊躇っているんだ?
この俺如きさっさと喰い殺せ!!!

「嘘・・・ですね・・・」

「ええい、黙れ!黙れ!黙らぬか!!!」

ほら、竜だって怒らすのは簡単だ。
心地良い音と共に肋骨がベキベキっと潰されて・・・
・・・?なんだ圧迫感はあるのに。
いつまでたってもその足が振り下ろされる事が無い。
何を躊躇しているんだ?
とっとと殺せよ。今殺せ、すぐ殺せ、疾く殺せ、
竜は非情な生き物なんだろ?

「・・・もうよいわ、何処へでも好きに行くが良い」

は?俺はまた死に損なったのか?
今回こそは死ねると思ったのに?
殺してくれないのならばいっそこの俺が逆に
コロシテクレヨウカ?
しかし、もう視界から黒竜の姿は消えていて
俺が独り寝転がっている状態だった。
俺は大きくため息をつくと立ち上がった。

すると、大きく爛々と輝く二つの瞳が俺を捉えていた。
虎だ・・・。この俺を殺しに来てくれたのか?
そう考えたとき、低く唸り声を上げていた獰猛な虎は
大きく咆哮した。
あぁやはりこいつは俺を喰ってくれる。
肉を引き千切って、血の滴る死体にしてくれる。
虎は一歩一歩此方に近づいてきた。
ほら抵抗も逃げもしないから・・・
とっとと襲い掛かって来いよ・・・。
俺はその虎を見つめていた。

その内に獰猛な獣はこの俺を押し倒した。
殺してくれる・・・やっとだ・・・
そう考えるととてもこの虎が可愛く思えてきた。
俺はその虎の一番柔らかそうな喉元に手を伸ばした。
虎は俺の行動に驚きを示し襲おうとしていた行動を止め怯んだ
そして俺の腕をどうしようかと思案している。
すると覚悟を決めたのか低い唸り声を上げ俺の腕に噛み付く、
心地良い苦痛だ。
これが今から死の苦痛へと昇華されていくのだろう。

ほら、もう一本の腕もくれてやるよ。
俺はそっと虎の頭を撫でながら、噛み付いてくれるのを期待した。
しかしその感覚に虎は驚きその噛み付いていたものを離した。
どうした?此処まできて怖気づいたのか?
俺がその視線を浴びせていると虎は逃げ去っていった。
ちっ、ふと心の中で舌打ちをすると頭元に気配を感じ
気配の元を見つめた。
先程の黒竜だ・・・。
こいつが俺を邪魔したのか・・・?
しかし、その黒竜の瞳には悲しげな光が瞬いていた。
じっと俺を見つめ黒竜が俺に言った。

「貴様は、我をどうしたいのだ?」

俺はただ殺して欲しいだけだ・・・。
それ以外何も望まない。
自分では死ねないから・・・。
他力本願の願い・・・

「何故お前はあの虎のように怖がらない?
 何故お前はそんなにも生に執着心が無いのだ?
 何故我はお前の事をそんなにも考えてしまうのだ?」

そう言うと黒竜の火眼金睛の瞳から大粒の涙が溢れ出す。
俺はすっと立ち上がると先ほど虎に噛まれ血の滴る腕を差し出し
黒竜の涙を救い上げるように両目を優しくさすった。

「泣く事は無いだろう?
 人間如きと思っているのだろう?
 それなら一思いに殺せばそれで済むんじゃないのか?
 お前は欲は満たせる。余計なことを考えずに済む。
 良い事尽くめじゃないか」

もうすぐ生まれて500年にもなろうかという俺に
お前が心配する必要は無い
寧ろそれは迷惑だ・・・。

「良い事なんてあるものか!
 我はどうしようもなく無力な貴様が何故生きようとしないのか
 それが気になって仕方が無いのだ・・・」

この竜は竜には珍しく俺の心配をしてくれているらしい。
俺は忘れかけていたこの感情が何かを思案しながら答えた。

「・・・この世に未練なんて無いから」

俺は優しく擦っていた腕を黒竜の首の後ろに回した。
自分より大きな存在に俺は頼りたくなり始めていた。
しかし、甘えれば甘えるだけまた苦しくなるというもの。
俺はその感情を噛み殺し、黒竜の反応を待った。
黒竜は俺の事を見つめ未だに潤んでいる瞳を俺に向けている。

「我は、お主を救えぬのか?
 我の生から見ればほんの一瞬の生の中に何があったかは知らぬが
 無力なお主を守りたいという想いが強すぎて
 我の胸がどうしようもなく締め付けられるのだ・・・」

ふと、擦る手が止まる。
甘えたい・・・。頼りたい・・・。
しかし、・・・もう全てが手遅れなんだ。
俺の中の命の砂時計は確実に零れ落ちていく。
長年待っていた。この死の瞬間を逃すものか。

「残念だが、お前に俺は救えない。
 お前にはこのちっぽけな人間の
 俺の悩みなど分かる筈も無い。
 俺のことを気にする必要もない
 儚い生が終わる。た、ただそれ・・だけ・・・だ・・・」

俺はそこまで言うと。
二度とおきることは無いであろう
永遠の眠りについた。

<PBR>

俺の上に温かい物が乗っている。
プニプニとしていてとても心地良い。
ここは、あの世なのか?
イオ・・・お前はそこにいるのか?
しかし、その快感が現実のものと重なる。
俺の上にはあの黒竜が乗っていて、
俺を暖めてくれていたらしい・・・
俺の背中には本来、
この黒竜が寝るはずであろう藁が敷かれていた。

「・・・助け・・てくれたのか?」

「気がついたか・・・」

黒竜はその大きな瞳に慈愛の表情を浮かべ
この俺に話しかけてきた。
そんな表情をされると、
頼りたくなってしまうではないか・・・。

「我に何があったか話しえもらえぬか?」

この俺の気持ちを読んだかのように
この俺を誘惑する・・・。
コイツならこの俺を癒してくれるのではないか?
しかし、竜は本来、同属、眷属以外には決して
優しさを見せない生き物である・・・。
この俺に見せている優しさは
果たして本物なのだろうか?
いや、例え偽物であったとしても・・・
俺は信じてみたい。

「・・・わかった」

そう言い俺はゆっくりと語り始めた。


[#改ページ]
〜集落リペルにて〜

俺には、物心ついたときからある能力が備わっていた。
生物の寿命を読み取り、
更にはその命を奪い自分の物にする事ができる能力が・・・
初めてこの能力に気づいた時、
祖母の命の灯火が消えていくのを見て祖母に触れた。
その時俺は自分の能力をコントロールすることもできず
その命を奪ってしまいそれで止まる事の無かった俺の力は、
俺の絶叫を聞いて駆けつけた家族を皆殺しにしてしまった。

その能力に恐れを持った俺は、
死期の近づく人には警告を発し、
俺自身は人との触れ合いを止めた。
しかし集落の人々は俺の死刑宣告が悉く当たるのを見て
”死神”や”悪魔”等と蔑まれた。
その後は自分の意思で能力を抑えていたものの
膨れ上がる力は、感情の波により時より暴走し、
”感情を出してしまうと相手を殺してしまう”
という考えにより、次第に感情を閉ざしていった。

その能力の為身内をこの手で殺してしまい。
人との接触を己に禁じ、人から離れ感情を表に出さず暮らしていた。
祖母、祖父、母、父、姉、の命を全て奪ってしまった俺は、
それらの寿命を己の寿命にしてしまっていたため
100年が経過しても老いることすらしなかった。
死んでしまおうかと考えたこともあったが、
その度胸も無くただ生きて寿命が尽きるのを待った。
しかし、待とうと寿命は尽きず、自殺する度胸も無い俺は
心の底では誰かに殺されるのを望んでいたのかもしれない・・・

しかし、この得体の知れない俺に一人優しくしてくれた人がいた。
俺は自己の能力に気づいてから
人との接点を恐れて集落の外れに居を構えていた。
そのすぐ近くに彼女の家はあったのだが、
俺の能力を離しても他の人たちとは違い、
哀れみを持った目で俺を抱きしめてくれた。
彼女は、イオと名乗り
その後も度々訪れて話し相手になってくれたり
差し入れや家事までしてくれ、
俺にとって大切な人となってしまっていた。

ある時、イオがいきなりこんな話を切り出してきた。

「そういえば、この集落に軍隊が来てるわよ」

「軍隊・・・?」

人との接触を出来るだけ断っていた俺は、
こういう情報に疎い・・・

「そうよ、なんでも戦争をするから、
 軍隊を派遣しているんですって、
 それでここで休息を取っていくらしいの」

「ふ・・・下らん」

俺も世間に疎いとはいえ百数十年間の生の中で
幾度と無く醜い争いを見てきた。
そしてそのどれもが戦火の跡に
痛々しい傷痕を残していく

ふとイオの顔をみると見慣れた彼女の顔に
死の瞬間が見えてしまった。

「・・・!!!」

先ほどまではそんな死期の色なんて欠片すら
浮かべてはいなかったのだが、今ははっきり出ている
その驚いた顔にイオが心配そうに俺の顔を覗き込む

「どうしたの?そんな顔して・・・」

「・・・俺の能力は知ってるよな?」

イオは突然の俺の質問に首を傾げた

「えぇ、死を読み取り命を奪う能力だって・・・」

勘の良い彼女はそこまで言うと少し思案し、
俺の目線の先に勘付いたようだ。

「え・・・まさか、私に・・・出てるの?」

俺はそれ以上は何も言えず唯頷いた

「そう、運命だものね、仕方ないわ」

イオはそういうとまるで他人事のように苦笑いをした。

「何で死ぬのかしら?事故かしら?痛いのはいやだなぁ」

イオは少し笑うと俺を見つめた。

「さっき軍隊の話をしただろう?どうやらそれらしい・・・」

俺の眼には、薄らとだが敵国の夜襲に遭い
巻き込まれる彼女の姿が見えた。
俺の眼は万能じゃない、死の可能性を読み取るだけ
迫りくる死期はとめられない。
それは今までの経験から知っていた。
警告した人が俺の言葉を信じたときもあった。
そのときはその死以外の身近な死が適用されてしまうのだ。
しかし、俺は信じられなかった。
唯一信じることの出来たイオだけは助けたい。
そう思い俺は彼女の肩を抱きしめた。

「君は俺が守るから・・・今から逃げよう?
 迫りくる死を俺が振り払ってやる。」

実年齢とは違う30前後の俺の体に
20になるイオの体は小さく見えた。
抱きしめた彼女は震えていた。
強気に振舞っていたものの
やはり迫りくる死の恐怖には抗いがたいらしい、
暫くそうしていたものの、
やがてどちらからと無しに逃げ出す準備をしていた。
軽く荷物をまとめ、小屋の外へ出た。
まだ夕方の喧騒が響いている。
俺はその喧騒の中はしゃぐ子供や大人達の中、
隣で震えているイオと同じ末路を辿る人々を見ていた。

「そろそろ行くか?」

「町の人に教えるわけには行かないの?」

俺は優しい彼女がこう言う事も分かっていた。
俺は尤もな言葉に言った。

「俺はこんな大人数までは面倒見切れない・・・」

「分かってるけど、せめて一言...」

「だめだ、君の運命まで大きく変わってしまう」

イオはそれ以上何も言わなかった。
言おうとしたその代わり俺の腕にひしとしがみついてきた。
俺は無言のまま彼女の頭を擦った。

「行こう、夜になると手遅れになる。」

俺達は、家の裏側に回りそこに広がる森へと足を踏み込んでいった。
歩く速さも足早に俺達は森の深奥へと進んでいった。
俺は隣のイオの顔色から死の気配が消えていくにつれて安堵していた。
やはりあれは偶然だったのか・・・?
しかし、俺の甘い期待を裏切るように別の死の瞬間が見えてしまった。
熊からの一撃にて即死してしまうイオの姿が・・・
その隣に俺がいないことから俺がイオから離れるときなのだろう。
俺は黙って隣にいる彼女を抱きしめると言った。

「イオ・・・、俺から絶対離れないでくれ。」

「うん・・・」

俺達は走った。夜が明ける前に森を出たかったからだ。
暫くすると、少し開けた場所に出た。
そこには、湖もあり休むには丁度良さそうだ。

「ここで、休むか・・・」

ガサ・・・ガサガサ・・・

不意に近くの茂みから聞こえた音に驚き振り向くと
獰猛な黒豹が低い唸り声を上げながらこちらに迫ってくる。
更に、背後の彼女には死の気配が色濃くなっている。
俺はため息をつくと封印していた力を解放し、
黒豹めがけ解き放った。
俺を纏う異様なオーラに勘付いたのか身を震わせるがもう遅い。
立ち上がる体力すらも失った黒豹に手を触れ
其処から得られる無形の物に体が歓喜の声を上げた。
その後振り返り彼女を見ると
今度は湖から鰐に襲われる死を見てしまった。
死と死の間隔が短くなって来ているもう駄目なのか・・・?

「その湖から離れろ!!!イオ!!!」

その声に驚き、彼女は咄嗟に俺の所へと駆けてきた。
その瞬間湖から先ほど彼女のいた所へ巨大な顎が宙を舞う。
まだ力を解放していた俺はその凶悪な顎に触れ止めを刺し
彼女の元へと駆け寄った。すると彼女は驚くことを口走った。

「もう良いの・・・。これは運命なのよ。
 諦めましょう?そんな力の無い私でさえ分かるわ。
 迫ってくる死が段々多くなってきていることが・・・」

俺はその彼女の言葉に何も言えず俺は俯いた。

「だけど、俺は諦め切れないんだ」

「私も死ぬのは嫌・・・だけど・・・」

彼女は其処まで言うとまだ異質な物を纏っている俺の右手を取った。

「おい!イオ・・・待て!」

俺は必死になって能力を抑えようとするが
あふれ出る感情と、右手から流れ込む物がそれをさせなかった。
彼女自身も離されまいと俺の右手に強くしがみついていた。

「黙って聞いて・・・私も死ぬのは怖いわ。
 だけど、貴方の一部になれるなら本望よ。
 貴方は、私のために頑張ってくれた。
 結果はどうあれ大事なのは其処じゃないかな?」

俺は目の前で明らかに弱って行く彼女をそっと抱いた。
俺は眼から溢れ出る物を堪え切れなくなっていた。

「泣かないの・・・。もうこれ以上苦しみたくないの。
 貴方のせいじゃないわ。だから、私の事を負い目に
 感じる必要なんて無いの・・・」

彼女はその震える手で俺の顔を撫でてきた。

「お願い・・・早く・・楽にして・・・」

俺は言われるがままにその力を再び解放した。

「そうよ・・・。ありがとう・・・。
 私の・・命を取るんだから・・・。
 死ぬのは許さないからね・・・。」

それからどれ位経ったんだろう。
俺は悲しみに激昂し、辺り一面を砂漠と化していた。
木々、草、土、生き物、あらゆる物から命を奪っていた。
俺のあたり一面100m位だろうか。生き物の気配すらしない
この砂漠を作り出したことに俺は少し後悔していた。
<PBR>
「・・・その後も俺は、当ても無くただ歩いて
 時々感じる命の終わりを癒すために命を奪う。
 この繰り返し。正直言うとドラゴンのお前に会った時
 俺は『ようやく死ねるんだ』とまで思ったものだ。」

黒竜は俺の話を黙って聞いてくれ・・・。
全てを癒すような視線で俺を見つめてくれている。
すると黒竜からふとした疑問を投げかけられた。

「人間・・・、貴様の名は?」

俺の名?名前か・・・。久しく使っていないな・・・。
しかし、完全に信用していないドラゴンに
真名を明かすのは気が引ける・・・。

「俺の名前か?名前は三百年近く使っていないからな
 忘れてしまった。最後に使ってくれたのは今話したイオだ。」

もちろん嘘だ・・・。覚えてはいるが。
俺はイオと同じように名前で呼ばれると・・・
また、寂しくなってしまう。
すると黒竜は俺をマジマジと見つめ
その表情には驚きが浮かんでいる。
俺は長時間人?に見つめられたことが無いため
その視線を避けていた。
しかし視線をそむけたその先のにある俺の体から
全てを奪う凶悪なオーラが出ていた。
久々に感じる幸福に感情を露にしてしまっていたからか?
それとも、寿命が尽きようとしているからか?
俺は眼を閉じ、意識を集中させていく。
俺の中で滾っていた感情の波が
徐々に静まり穏やかになっていく。
完全にその力を沈めた後、
俺は優しくしてくれた黒竜に迷惑を掛ける訳にも行かず
洞窟を出て行こうとして呼び止められた。

「人間・・・何処に行くつもりだ?」

俺の力を見て、聞いて、そして、
この期に及んでまだ、俺の心配をしてくれているらしい

「・・・お前も見ただろ?
 この異質な力をここにいればお前すらも殺しかねない」

俺が再び外へ出て行こうとすると
この俺を黒竜が地面へと優しく押し付ける。
そして俺の顔を真正面から見つめ言い放った。

「この我が人間如きに殺されるだと!?はっ!片腹痛いわ!!!
 それが、お前の本音なのか?
 この龍である我でさえも孤独は辛いというのに・・・
 それを人間である貴様が耐えていけると?
 お前はどうしたいのだ?本当にこの我と居るのが嫌なのか?」

この黒竜といるのが嫌?
そんな馬鹿な・・・。
こんな優しい黒竜といるのが嫌なんて・・・。
そんなことはありえない。
しかし心配を掛けたくもない。

「俺は今までずっと孤独に耐えてきた。
 そしてこれからも・・・耐え切れるはずだ。」

俺は黒竜にこれ以上迷惑を掛けないようにしたかった。
此処にいること自体が俺を苦しめていたのだ。
すると、黒竜が驚くことを言った。

「・・・ならば聞くが、お主は何故泣いておるのだ?」

泣いている?俺が?涙なんて・・・。
俺はそっと頬に触れて確かめてみる。
ジメッとした液体の感触が触れそれがスイッチとなって
どんどんと涙があふれ出てくる。

「涙・・・?もうとっくに枯れ果てたと思っていたのに・・・」

イオの死以来俺は感情自体を外に出していなかった

「お主だけではない、この世に生きている生き物全ては
 孤独には耐えれないのだ。孤独に耐えていると思っても
 それは何処かが壊れた物でしかない。
 生き物である限り独りでは生きられんのだ・・・」

黒竜はそう言うと俺の涙を舐め取った。
どうして・・・どうしてお前はそんなにも優しいんだ・・・。
その優しさが諸刃の剣になって俺に襲い掛かってきているのに。
しかし、それ以前にもう俺には残されている時間が少ない。

「・・・駄目だ。もう俺は・・・。
 先ほど、本当ならば死ぬはずの無い出血で死に掛けた。
 この意味分かるな?もう寿命がつきかけているんだよ。
 やっと手に入れた命の尽きる感覚を無駄にはしたくない。
 お前と生きたいとは思う・・・。けど、もう俺は休みたいんだ・・・。」

俺は優しく乗せていた黒竜の手をどけると
洞窟の入り口へと歩いていった。
それを追ってくる気配を感じて俺は叫んだ。

「来るな!!!」

つい荒げた語気に感情を含ませ、
先程沈めた力が湧き上がる・・・。

「俺はな、自己防衛本能かどうかは知らんが、
 寿命が尽き掛けると能力が暴走するんだ、
 勝手に近くの命を奪おうとする・・・
 幸いここは山岳地帯で奪おうにも
 奪う命が無い・・・お前を除いてな。
 だから、俺に近づく・・・なぁ!?」

俺は後ろから優しく抱きしめられた。
なんと心地良いのだろう・・・。

「くぅ・・・うぉおぉおぉおぉ」

しかし、黒竜の声で正気に戻った。
駄目だ、この俺の為にコイツを犠牲にするわけにはいかない。

「離せ・・・。俺の所為で死ぬんじゃない。」

俺は渾身の力を振り絞り黒竜の腕を引き離そうとした。
命を奪われているため弱まってはいたが、
腐っても竜、人間の力如きではビクともしなかった。

「うぅ・・・わ、我を殺したくないならば
 ぐおぉ、力を止めるがいい・・・ぬぅ・・・」

黒竜がそう言いつつ苦悶の表情を浮かべる。
その苦悶の表情がこの俺の心を、
鉤爪でグサリと抉られたかのように
大きな穴を開ける。
俺は胸に何かが込み上げてくるのを感じた。

「わ・・・れの・・・ぐらい・・くれてやる。
 それで・・・お主が・・・助かるならば・・・な」

今迄俺を抱きしめていた腕が力無く離れ
黒竜のその巨体が洞窟に崩れ落ちる。
俺は咄嗟にその巨体に抱きつき、
黒竜の大きな顎を撫でた。
もはや俺はあふれ出る涙を抑えきれず
大粒の雨を黒竜の上に降らしていた。

ポタ・・・ポタポタ・・・

黒竜が弱々しい目で俺を見つめてくる。
この馬鹿竜め・・・。
俺を癒すつもりなのだろうが
俺はこんなこと望んではいないというのに

「俺は・・・俺はもう誰も殺したくないのに・・・
 何故、そんなにも俺を苦しめるんだ・・・?
 そんなだから俺は死ねないんじゃないか・・・」

俺は黒竜の巨体に突っ伏して泣いた。
もう感情の奔流などしるか。
抑えたいとき抑え切れなくて何の為の力だ。
いっその事この俺の全てを捧げても良いから、
この黒竜だけは助けてやりたい。
この俺のために涙を流して、
天津さえ命さえも投げ出したこの優しい竜を
そのためなら俺はどんな苦痛でも喜んで受けるだろう
そこまでにこの俺は優しい黒竜に惹かれていたのだ。
ふと、黒竜が動くのを感じた。
最期の痙攣か?生き物最期の死の痙攣?
俺は更に悲しくなってしまった。

「に、人間?」

俺は呼ばれるはずの無い声に驚き
顔を上げ黒竜を見ようとすると、
俺の体が黄金の如く輝いていた。

「うわっ・・・なんだこれ?」

俺の体から発せられる光が粒となって
黒竜の体に吸い込まれていく・・・。
黒竜にはさっきの苦悶の表情は浮かんでいない。

「これは・・・?
 相手に自分の命を分け与える事が出来るのか?
 ドラゴン・・・お前なんとも無いのか?」

「我か?先程までの重圧が嘘のように
 消え去っていくぞ・・・。」

「良かったぁ・・・。
 お前まで死んだら俺はもうどうしたら良いか」

俺はこの新しい能力に感謝しながらも
黒竜が生きていたことに安堵の表情を見せる。
自分が意識せずともそのうちに
段々と光が消えていった。
この力、あの時あれば、
イオを救えたのかもしれないのだが、
皮肉なものだ、一番大事なものを
救いたいときに救えず、
俺は今黒竜の生存に安堵している。

「・・・?どうしたのだ?」

「いや、あの時この力があれば、
 あの時イオも救えたんじゃないかって思って」

黒竜は俺の言葉に相槌を交わした。
しかし、俺は未だ沈んだ気持ちを拭えずにいた。
するといきなり顎の下に尻尾を差し込まれ、
無理やり顔を上げさせられた。
上げさせられた目線の先には
黒竜の慈愛に満ちた眼があった。

「いつまで、落ち込んでいるつもりだ?
 そう悪いほうにばかり考えるのは良くないぞ
 今は我がいるではないか・・・」

そう言って黒竜は照れて俺と顔をそらす。
俺は何故黒竜が照れているのか分からず
少し思案したものの少なくとも好意を持っているであろう
黒竜の考えに予想が着くと黒竜に尋ねた。

「それって、俺と一緒に住んで良いって事?」

黒竜は黙って頷いた。
俺はそれを見て意地悪な考えが浮かび
黒竜に言った。

「って事は、俺のこと実は好き・・・とか?」

すると黒竜はその言葉を聞いて、
面白いほどに動揺していた。
黒竜の黒いはずの顔が仄かに
ピンクに染まっているような錯覚陥った。
恥ずかしくて真っ赤に赤面しているのだろう。

「ち、違うわ馬鹿者!
 か、勘違いするでないっ!
 別にお主の事なんて好きじゃないのだ!」

俺はおそらくは本音では無かろうその言葉に
嬉しさを感じつつ、更なる悪戯を決行すべく俯いた。
すると俺がショックを受けていると勘違いしたのか
黒竜は慌てながら、俺のご機嫌を取る

「す、すまん、
 そこまで落ち込むとは思わなかった。
 わ、我はお主の事、
 その、嫌いではないぞ・・・」

俺には素直になれって言っておきながら
自分は素直になれないのか・・・?
俺は恥しがりやな黒竜がなんとも可笑しくて
笑いを堪える事が出来なくなっていた。
その内に騙された事に気づいた黒竜が
怒りを露にしている。

「お、おのれぇ、一度ならず二度までも
 我を虚仮にしおってからにぃ・・・」

すると、その黒竜の腹から空腹のサインが上がった。

ゴロロロロロロロ・・・

先程から空腹の音を聞いているのだが
黒竜は今更ながら俺にこの音を聞かれたのが
とてつもなく恥しいらしい、
再び黒竜の顔がピンクに染まる。
黒竜が少し慌てながら俺に言った。

「・・・その、何だ、よければ、
 今から一緒に我と狩りにでも行かぬか?」

俺も死ぬ覚悟だったため
数日何も口にしていないことに気がついた。
この面白い反応を見るのもまた楽しいだろう。

「あぁ、良いよ、
 俺も2、3日何も食べてなかったからね
 俺も狩りを手伝うよ・・・」

すると、黒竜は俺が変な事でも言ったように
疑問をぶつけてきた。

「手伝う?武器も無いのにか?」

俺はそれを聞いて
自分の力に意識を巡らせた。
先程の光を放ってから。
面白いように力のめぐりが良くなっている

「武器?俺にはこの力があるじゃないか」

そう言い俺は右手に異質な物を出現させた。
俺は感情を封じずともコントロールできるようになった
自分の力に素直に驚いた。

「むぅ・・・そうだったな。
 それより、名が無いのは不便だな・・・」

名前か・・・。
あれは黒竜を信頼していなかったために嘘をついたのだが
あれ?そういえば黒竜の名前を聞いていなかったな?

「そういえば、まだ俺、
 君の名前も聞いてなかったね」

「我の名前か?ティアーズだ。
 遠い国の言葉で涙を意味するらしい」

俺は可愛らしい名前で
ようやく彼女が雌であることを知った。
この際だ、名前と同時に心機一転するとしよう、
俺は黒竜への謝罪の意味を籠めて、
黒竜に名付け親になってもらうことを願った。

「ふーん良い名前だね。
 ティア、じゃあ俺の名前を君がつけてよ」

俺がティアと呼ぶと
彼女は、仄かに笑みを浮かべて
おそらくはこれからずっと呼ばれるであろう
名前を俺に教えてくれた。

「では、ロベリーという名はどうだ?
 "奪う者"という意味だ」

「ロベリーか、良い名前だね。」

俺とティアは互いに寄り添いながら
洞窟の入り口へと歩いていった。
俺は森へと向かうために
ティアの背中によじ登った。
するとティアが怪訝そうな顔をし、
俺に不満をぶつけた

「な、何をしておるのだ?」

「何って、今から狩りに行くんでしょ?
 だから飛ぶ為に背中に乗ってるんじゃないか
 ティアだってこうして俺を連れてきてくれたんだろ?」

「ぬぅ・・・」

「さぁ文句言わないで早く行こうよ」

俺は彼女が愛おしくて堪らずに
その首筋にしがみつき耳元で睦言を囁いた。

「ティア・・・好きだよ。」

「・・・!今何と?」

「もう言わない・・・」

恥しくて二度は言えなかった。
ティアは俺の言った言葉を
もう一度聞きたかっただけなのだろう
ティアは俺の言った言葉を反芻しているようだった。
その内にティアは白み始めた空へ向けて飛び立った。
一人と一匹は笑い合いながら
二人の出会った森へと羽ばたいて行った。

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