「それじゃあ、今日の講義はここまでにしましょうか。また来週新しく内容の希望を募るから、皆考えてきてね」
月曜日の昼休みも過ぎた3限目・・・サキュバスのリリガンによる"交配の極意"の講義が終わると、俺は今回もまた刺激的な話を聞いて興奮に高鳴ってしまった心臓の鼓動を必死に抑え込んでいた。
そして大勢の学生達に混じって講義室の外へ出ると、図書館から戻って来たらしいロブとジェーヌが遠くからこちらに手を振っているのが目に入る。
「よおアレス。今回の講義の内容は何だったんだ?」
だが俺と顔を合わせるなりそんなことをあっけらかんと訊いてくるロブの様子に、彼の隣りにいたジェーヌがほんの少しだけ渋い表情を浮かべていた。

「今回は、人間と竜の間で実際に起こった三角関係についての話を聞いたよ」
「三角関係って・・・1匹の雌竜を人間の男と雄竜が取り合ったとかか?」
「それじゃあ最初から勝負にならないだろ・・・逆だよ逆」
俺がそう言うと、ロブが少しばかり首を傾げる。
「1人の人間の男を、人間の王女と雌竜が取り合ったっていう話ね?私もそれ、聞いたことがあるわよ」
「ジェーヌも知ってるのか?何処で聞いたんだ?」
「あら、私も木曜日に"交配の極意"の講義を取ってるの、知ってるでしょ?」
ああ・・・そう言えばそうだったっけ・・・
ということは、ジェーヌもきっと俺が聞いたのと同じような話をリリガンから聞かされたのだろう。

「でも確か、その男の方は雌竜の手によって竜に姿を変えられてしまったんだったわよね?」
「そうそう。元はある王女の許婚だったっていうのに、彼は竜にされた挙句に雌竜に無理矢理奪われちまったんだよ」
「それでよくその王女の方が折れなかったな・・・つまりは1匹の雄竜を巡って、雌竜と張り合ったってことだろ?」
どうやら、ロブは随分とこの話に興味津々らしい。
「ああ・・・でもまあ最終的には王女も雌竜と和解して、皆仲良く竜になって暮らしたって結末だったらしいけどな」
「竜に変えられてもなお男が王女一筋だったからこその結末だけど、正に真実の愛が起こした奇跡って感じよね」
「う〜ん・・・俺もその話、聞いてみたかったなぁ・・・」
何時に無く饒舌なジェーヌの様子に、ロブは自分だけ話に加われないのが随分と悔しいらしい。
だがそんなことを話している内に別の講義を終えてきたプラムも合流すると、俺達は揃って次の"竜と人間"の講義が行われる部屋へと向かったのだった。

「ねぇアレス・・・さっきは皆で何の話をしてたの?」
やがてプラムと並んで席に着くと、講師のアイザック教授が入ってくるまでの間に彼女が何故か声を潜めてそんなことを訊いてくる。
「ん?ああ・・・ちょっとその・・・ドロドロした話をね・・・」
「?」
だがプラムが明らかに怪訝そうな表情を浮かべたその時、唐突に鳴った講義開始のチャイムとともにアイザック教授が部屋へと入って来ていた。
「やあこんにちは・・・それじゃあ今日も、竜と人間の歴史についての講義を進めていくよ」
「ほらプラム、講義始まったぞ」
そして何となく話をはぐらかすようにそう言うと、プラムも渋々前方へと顔を向ける。
まあ別に隠し立てするようなことではないのだが、恐らくはジェーヌと同じように"交配の極意"の講義を取っているプラムはさっきの話の内容も知っているのに違いない。
俺とジェーヌが同じ話題で和気藹々と話しているだけでもロブが言い知れぬ疎外感に気を揉んでいたというのに、そこにプラムまで入り込んできたとしたら彼がますます傷付いてしまうのは火を見るよりも明らかだった。

「内容は、そうだな・・・今回は、人間の王女と共に過ごした雄竜についての話をするとしようか」
人間の王女と共に過ごした雄竜、か・・・
「人間の王女と雄の竜が円満な関係を築いた例っていうのは、実は探すと世界中に結構たくさんある話なんだ」
「へぇ・・・王女って余り城から出なかったりして竜とは接点が無さそうな気がするけど、そうでもないんだな」
「まあ王族の動向については歴史書に記されている場合が多いから、記録が残り易かったというのもあるんだろうね」
成る程・・・確かに人間の王女と竜が秘密裏に逢瀬を繰り返すなんていうのは現実的に考えて難しいだろうから、多くの場合は周囲の人々にも周知の堂々とした交流である場合が多かったということなのだろう。
「名前が知られているところだと、アリシアやエリス、シーラといった王女に雄竜と交際を深めた記録があるんだ」
「じゃあ、実際にはそれ以外にも例があるんですか?」
「もちろんあるよ。深い藍と橙色の美しい長毛を纏った雄竜に、国王が娘を嫁がせたっていう話とかもね」

その流れで行くと、さっきジェーヌと話していた三角関係の話もある意味では王女と雄竜が恋に落ちた例の1つに数えられるのかも知れない。
「でも、そうやって王女と仲良くなった雄竜はその後どうなったのかしら?」
「今の例に出て来た雄竜の内の一部は、実はこの島に棲んでいるんだよ」
「それなら、実際にその雄竜達から話を聞いた方が当時の様子を詳しく知れるかもな」
確かにそうかも知れないが、遠い昔に失った恋人のことを思い出すのはきっと竜にとっても辛いことだろう。
それにこうしてアイザック教授の話を聞いている限りでは単なるロマンチックな話のようにも聞こえるのだが、種族の違う者同士なだけに実際は俺達には想像も付かないような苦難や障害がそこに横たわっていたかも知れないのだ。
そしてそんな想像を巡らせながら話を聞いている内にあっという間に90分という時間が過ぎ去ってしまうと、俺は不意に講義終了のチャイムが聞こえたことに気付いてそっと顔を上げたのだった。

「それじゃあ、今日はここまでにしようか」
やがてそう言って部屋を出て行ったアイザック教授を見送ると、不意に隣りにいたロブが俺に話し掛けてくる。
「なあアレス、今日は温泉宿に行くのか?」
「ああ、そのつもりだけど?ロブも一緒に行くか?」
「そうだな・・・ちょっとお金も稼いでおきたいし」
だがそんなロブの言葉に、何故か彼の背後にいたジェーヌが微かな笑みを浮かべたのが目に入る。
そして次の講義に向かった彼女達と別れると、俺はロブと2人で大学を後にしていた。

「お金を稼いでおきたいって・・・何かあったのか?」
「ああ・・・実は一昨日ジェーヌと例の旅行に行ってさ・・・近い内に結婚式を挙げようって話になったんだよ」
「結婚式?まあ確かにもうプロポーズはしてあるわけだし何時結婚してもおかしくはないけど、気が早くないか?」
温泉宿への迎えが来るまでの間の暇潰しにロブへ振った話題に想像以上に重い返答が返って来てしまい、俺は些か困惑しながらも取り敢えずは彼の話を聞いてみることにした。
「まあそうかも知れないけどさ・・・実はこの大学、学生が結婚するとかなりの金銭的補助をしてくれるんだよ」
「補助って?」
「結婚した学生にそれぞれ、在学中は毎月銅貨100枚が支払われるんだよ。馬鹿にならないだろ?」
ということは、ロブとジェーヌが結婚した場合は2人で毎月銅貨200枚もの補助を受けられるわけか・・・
1日の平均的な消費額が銅貨10枚程度のこの島では流石に全く働かなくて良いということにはならないだろうが、それでも確かにかなり大きな助けにはなることだろう。

「成る程ね・・・それで、ジェーヌと結婚式を挙げる為にまずは資金調達したいってわけか」
「まあ、そういうことだ。そういうお前は、まだプラムとは結婚式を挙げないのか?」
「ああ・・・俺達はどっちかというと、結婚そのものよりも別の目的があってね・・・」
大学を卒業したら、プラムとともにこの半月竜島のような幻獣達が安心して暮らせるような場所を作りたい・・・
そんなある意味で壮大な夢を共有しているだけに、俺は敢えて彼女との結婚そのものを急ぐつもりは無かったのだ。
だが、その内容についてはまだロブ達には伏せておいた方が良いだろう。
「お、迎えが来たぞ」
そして丁度良く空に見えた2匹の黄土色の雄竜達を指差すと、俺は唐突に会話を中断されて少しばかり納得出来ていなさそうなロブと一緒に温泉宿へと向かったのだった。

それからしばらくして・・・
「何か、アレスと一緒にここへ来るのも随分と久し振りな気がしちまうな」
白い湯気の煙る広い温泉に2人で足を踏み入れながら、ふとロブがそんな言葉を漏らす。
確かに最近はロブの方がジェーヌとべったりだったせいで俺達だけで行動すること自体が希少だったから、そういう意味では何だか新鮮な感じがしてしまう。
そして早速少し奥の方で湯船に浸かっている雄竜達に呼ばれてそちらへ駆けて行ったロブと別れると、俺も別の客を探して浴場内を歩いてみることにした。
「何だか、今日は普段に比べると少し空いてるな・・・」
何時もなら少し歩けば大抵は風呂に入っている竜の姿を見つけられるのだが、さっきロブが呼び止められていた数匹の雄竜達の他には今のところ客の姿が無いらしい。
だがそれでも根気強く湯船を1つ1つ確認していくと、俺はやがて奥の方にあったあの白いお湯を湛えた"神龍の泉"の湯船に浸かっていた真っ赤な雌の竜を見つけ出していた。
「ふぅ、やっと人間が来てくれたわ。もう1時間も待ってたんだから、早く体を擦ってよね」
そして俺の姿を目にするや否や、湯船から上がった彼女が風呂縁の床にそっと仰向けに体を横たえる。

「あ、ああ・・・」
俺はそう言って近くに備え付けられていた毛竜用のブラシを取ってくると、気持ち良さそうに目を閉じている雌竜の横に座って彼女の背中を擦り始めていた。
ゴシッ・・・ゴシッ・・・
それにしても・・・随分とスリムな雌竜だな・・・
普段プラムのようなぽってりとお腹の膨らんだ大柄な雌竜を見慣れているせいかも知れないのだが、1.4メートル程の体高でプラムよりは少し小さい程度のはずだというのに彼女の体はキュッと引き締まっているように見える。
背中も丸まってはいないし、水に濡れた体毛が垂れていることを考えたとしてもまるで二足歩行する竜人のように背骨が真っ直ぐ伸びているのは疑いようが無かったのだ。
「んふ・・・凄く気持ち良いわ・・・あなた、名前は何て言うの?」
だがしばらく体を擦っていると、俺は不意にそんな質問を投げ掛けられたことに驚いて手を止めていた。

「俺かい?俺はアレスだ。今年から島の大学に通ってるんだよ」
「あら、あなたあそこの学生なの?奇遇ね、私もなのよ」
「えっ?」
彼女も・・・大学の学生だって?
この雌竜の大きさならば明らかに俺達と同じサイズのLクラスに割り振られるはずなのだが、これまでの講義で彼女の姿を見掛けたことは1度も無かったはず。
ということは・・・もしかして学年が違うのだろうか?
「私はエリザ・・・大学は2年目だからあなた達とは違うGクラスだけど、よろしくね」
そしてそう言いながら今度は腹の方を擦ってくれと言わんばかりに彼女が仰向けに体を転がすと、俺は柔らかな肉付きの良いほっそりとしたその肢体に思わずうっとりと見とれてしまったのだった。

それにしても凄い体だな・・・
長い体毛に隠れているせいで見た目からだけではそうは見えないのだが、実際に手で触れてみるとみっちりと固い筋肉の詰まったその太い脚や腕が凄まじく鍛え上げられているのが分かる。
全くと言って良い程に余分な脂肪の付いていない胴回りも柔らかそうな体毛に覆われてはいるものの、エリザは雌竜にもかかわらずあの竜人メリカスにも引けを取らない程のスリムかつマッシブな肉体美を俺に見せ付けていた。
ゴシッ・・・ゴシッ・・・
野性の世界においては竜があらゆる意味で優れた捕食者であることは十分に理解していたつもりなのだが、そんな中でもエリザは幼い頃から随分とその体を鍛えられたらしいことが窺える。
こうしてブラシで体を擦っていても、屈強とも言える艶かしい肢体が何処か危険な魅力を伴って無言の内に俺を惹き付けていたのだ。

「ふふ・・・アレス君ったら、この私に見とれてるのかしら?」
「え?あ、いや・・・そんなことは・・・」
だが口ではそう否定しながらも、胸の内に芽生えてしまったある種の被虐的な衝動に何時しかどうやっても彼女の体から目を離せなくなってしまっている自分がいた。
そしてそんな俺の心の内を見透かしたのか、エリザが突然何の前触れも無くその長い体毛に覆われた大きな手をそっと俺の股間へと滑らせていく。
ワシャシャッ・・・
「ふあっ・・・ぁ・・・」
そのたったの一撫でで余りの気持ち良さに思わず腰が抜けてしまうと、俺は更に強く彼女の掌に自らの弱点を押し付けてしまっていた。

ギュゥッ・・・
「う・・・あっ・・・はぁ・・・」
き、気持ち・・・良い・・・
ただ肉棒と睾丸を少し強めに握られているだけだというのに、まるで体中の力が吸い取られていくかのようだ。
「あらあら・・・可愛い顔しちゃって・・・正直になっても良いのよ・・・?」
まるで黒真珠のように深みのある黒眼を細めて俺の顔を見つめながら、エリザが手玉に取った雄の急所を艶かしく弄んでいく。
サワサワサワ・・・
「ひぃっ・・・」
だ、駄目だ・・・気持ち良過ぎて・・・あ、足腰に力が入らない・・・
「ま、待って・・・こんなの・・・だ、駄目・・・」
「これは私の体を擦ってくれたお礼よ・・・だから、何も遠慮することは無いわ」
そしてそんな妖しい声を耳元へ吹き込まれると、制止の声を上げる間も無く水に濡れたモサモサの彼女の手が無慈悲に俺の睾丸を優しく舐め上げていた。

ザワワワワッ・・・!
「うあああっ・・・!」
ビュビュビュッ・・・ビュクク・・・
「ほらほら・・・たっぷり出して良いのよ・・・」
だが堪えようという意思をあっけなく振り切って激しく精を放った俺の肉棒を、彼女がなおも容赦無く指先で弄ぶ。
サワサワ・・・サワワ・・・
「くあぁっ・・・はうぅ・・・」
「ふふふ・・・その反応、凄く素敵よアレス君・・・決めたわ。あなたを、私の伴侶にしてあげるわね」
「そ、そんな・・・だ、駄目だよ・・・だって・・・」
だが抗議の声を上げようとした俺を黙らせるかのように、ペニスが更に激しく翻弄される。
ショリショリショリリッ・・・
「ぐああああっ・・・!」
ピュピュッ・・・
「あら、拒否なんてさせないわよ。よろしくね・・・アレス君・・・」
そしてあっという間に2度目の射精に導かれてしまうと、俺は立て続けに味わわされたその凄まじい快楽の波に呑まれて敢え無く意識を消し飛ばされてしまったのだった。

「アレス・・・おいアレスってば!」
誰かにガクガクと体を揺すられているかのような感覚に、俺は温かい湯の中でふと目を覚ましていた。
そしておぼろげな意識のまま周囲を見回してみると、どうやら神龍の泉の湯に浸かったまま意識を失っていた俺をロブが揺すって起こそうとしていたところらしかった。
「うっ・・・」
「アレス・・・大丈夫か?」
「あ、ああ・・・多分ね・・・エリザは?」
だがブンブンと首を振りながらそう言うと、ロブが何のことだとばかりに首を傾げる。
「エリザ?誰のことだ?」
「さっき、ここに赤い体毛の雌竜がいただろ?見てないのか?」
「いや、見てないな・・・それにもう出勤してから2時間近く経ってるから、多分もう出ちまったんじゃないか?」
2時間だって・・・?
そう言われて空を見上げてみると、確かにここへ来た時はまだ明るかった空がもう夕焼けの朱に染まっているらしい。
「取り敢えず、今日はそろそろ上がろうぜ。俺もジェーヌが待ってるだろうから余り長居は出来ないしな」
「そうだな・・・」
そして神龍の生気の溶け込んだ白いお湯のお陰ですっかり疲れの取れていたらしい体を湯船の外に出すと、俺はロブと一緒に温泉宿でのバイトを退勤したのだった。

やがて2時間分の給金を受け取って外に出て来ると、ロブがすっかり薄暗くなった空を見上げていた。
「それにしても・・・まだ片言だったけど、マローンがいきなり人の言葉を喋ったのにはビビったな・・・」
「ああ、フィンに教えて貰ってるらしいんだ。雌竜を口説き落とすように嗾けられて、彼も苦労してるみたいだけど」
「へぇ・・・フィンとマローンの仲も何時の間にか随分と進展してるんだな」
確かにここのところロブはジェーヌと一緒に過ごしてる時間が多かったことで、余りこの島で起こっている出来事には明るくなかったらしい。
まあ進展という意味では、もうすぐにでも結婚式を挙げようとしているロブとジェーヌの仲の方が俺には衝撃が大きかったのだけれど。

それから数十分後・・・
「じゃあな、アレス」
温泉宿から2匹の雄竜達に大学の寮まで送って貰うと、俺はそこで愛する彼女の待つ部屋へと急ぐ親友と別れていた。
「さてと・・・」
そして俺も寮の部屋へと戻ると、プラムが雌竜天国へ出勤しているお陰で誰もいない寂しいベッドの上へ寝転がって今日の出来事を頭の中に思い起こす。
エリザか・・・それにしても、随分と強引な雌竜だったな・・・
"決めたわ。あなたを、私の伴侶にしてあげるわね"
「あんな無茶苦茶な口説き文句なんてアリかよ・・・」
プラムという存在があるというのに、その逞しく磨き上げられた一切の無駄の無い純粋な肉体美だけでこの俺を魅了しようとした勝気な雌竜。
しかし一方的に俺を伴侶にするなどと宣言しておきながら、エリザはどうして気を失った俺を神龍の泉に漬けたまま姿を消してしまったのだろうか?
てっきりあのまま何処かへ連れ去られて有無を言わせずに手篭めにされてしまうのではないかと危惧していただけに、俺はロブに起こされたことに気付いて内心安堵しながらも何処か拍子抜けしてしまっていた。

ピンポーン・・・
「な、何だ!?うわっ!」
ドサッ
だが幾ら考えてもその意図が読めないエリザのことを思い起こしながら悶々としていた俺は、突然部屋の中に響き渡った甲高いチャイムの音に驚いてベッドから転げ落ちていた。
どうやら、今のは部屋に誰かが訪ねて来た時に押される呼び鈴の音だったらしい。
これまで寮の部屋にプラム以外の他の誰かが訪ねて来たことなど無かったからその機能があること自体を今初めて知ったのだが、それよりも考えなければいけないのは一体誰がこの部屋へ訪ねて来たのかということだった。
プラムは雌竜天国に行っていて朝まで帰って来ないはずだし、第一彼女なら学生証があるのだから普通に扉を開けて入ってくれば良いだけのはず。
それに、さっき別れたばかりのロブという線も薄いだろう。
ということは・・・まさか・・・
コンコン・・・コンコン・・・
「アレス君・・・いるんでしょう・・・?扉を開けて頂戴・・・」
「ひっ・・・!」
エ・・・エリザ・・・!?
ま、まずい・・・どうしよう・・・プラムもいないし今エリザを部屋に入れるわけには・・・
それに、彼女はわざわざ俺の部屋を訪ねて来て一体何をするつもりなのだろうか?

とにかく、今はここから逃げないと・・・!
「ちょ、ちょっと待ってて!今開けるから!」
俺は扉越しに大きな声でエリザにそう返事すると、そっと玄関から靴を持ってきて部屋の窓の方へと向かっていた。
「ここが1階で良かった・・・」
そしてなるべく音を立てないように静かに大きな窓を開けると、そこからそろりと部屋の外へ脱出する。
窓の鍵を開けっ放しにしてここを離れるのは些か不安ではあるのだが、貴重品は持っているしそもそもこの島では空き巣の心配などする必要も無いだろう。
それよりも、今はエリザから何とかして身を隠さないと・・・
彼女に捕まったら、一体何をされるか分かったものではない。
「そうか、人間専用の施設に逃げ込めば良いんだ。このままこっそり、雌竜天国に行っちまうとしよう」
やがてそう心に決めると、俺はエリザに見つからないことを祈りながら薄暗い夕闇の中を雌竜天国へと向かって駆けて行ったのだった。

それから10分程して・・・
エリザの姿が目に入らないようにという切実な思いを抱きながら、俺はここへ来るまでの間に一体何度後ろを振り返ったことか・・・
先週プラムと行ったあのラビリンスでミノタウロスにされたように、俺はまるで自身を付け狙う恐ろしい捕食者から逃げ惑うかのような気分に苛まれながらも何とか無事に大学の裏手にある雌竜天国の入口へと辿り着いていた。
そして人間専用に作られた竜にとっては小さな入口へ一目散に飛び込むと、取り敢えず危機は脱したという思いにふぅと大きな息を吐く。
とにかく・・・今夜はここで夜を明かすとしよう。
今の時刻はもう雌竜天国の開店から20分余りが過ぎた19時23分・・・
先に他の客に指名されてしまっていれば今日はプラムには会えないかも知れないが、それでも彼女が近くにいると思えば寮の部屋でじっとしているよりは遥かに気が楽だというもの。

やがて建物の中へ入ってロビーに辿り着くと、美しい真紅の髪を靡かせた店長のベルゼラが俺を迎えてくれていた。
「いらっしゃい!お一人様のご来店ね!歓迎するわ!」
相変わらず元気の良い店長だな・・・
だが彼女の正体が人間ではなく雌の龍であることを知っている今となっては、それも何だか無理にそう振舞っているだけのような気がしてしまうのは俺の気のせいだろうか?
「それじゃあ早速、お相手の雌竜を指名してね!」
まあ良いか・・・取り敢えず、店に入ったからには今夜はもうエリザのことはすっきり忘れることにしよう。
そしてそんな思いを抱きながら指名用のブースに入ってPCを起動すると、俺はまず真っ先にプラムの姿を探していた。
「くそ、もう誰かが指名済みか・・・仕方無い、別の相手を探すしかないな・・・」
だがそう思って以前よりも少し数が増えているらしい雌竜達のリストを繰っていくと、そこに確かに見覚えのある大きな龍の姿があった。

名前:ネイラ
体高:15.83メートル
体色:紫
眼色:黒
翼:無し
性格:受★★★★★攻
得意なプレイ:締め付け、圧迫、フェラチオ、鱗擦りなど
口調:古老
部屋:ノーマル
指名料金:銅貨1枚/2時間
過去指名回数:0回
コメント:その昔人間の女王に姿を変えてノーランド地方にあるマレーナ国を治めていた、長大な人喰い龍です。
憐れにも彼女の相手を務めることになった大勢の男達が一晩と持たずに敢え無く搾り殺されたというその圧倒的な重量を誇る巨体を駆使した責めを、安全な雌竜天国で是非存分に味わってみてください。

「これって・・・あのベルゼラのお母さんだよな・・・?」
先週末にプラムと訪れた島の北にある広大なスパリゾート施設で人間や獣人相手の整体を受け持っていた、凄まじい迫力を持つ紫鱗を身に纏った巨大な雌老龍。
かつて人間の国の女王をしていたという経験から"クイーン"という名前を使ってこの店で働こうとしたところ、店長であるベルゼラに強く反対されたせいで彼女は自分が娘から嫌われているのかと危惧したのだという。
だが今はこうして彼女も別の名前を使って普通に働いているところを見ると、やはりベルゼラはどういうわけか"クイーン"という名前の方に拒絶反応を示しただけなのだろう。
だが取り敢えず、俺もここで働くように彼女を誘ったわけだからここはまだ指名されたことが無いらしいネイラを選ぶのが筋というものだろう。
それに・・・整体と称して体を解されただけでもあれ程の目に遭わされたのだから、そんな彼女が本気で人間を責め立てたら一体どうなるのかに俺は純粋に興味があったのだった。

「これで良し、と・・・部屋番号は7番で解錠パスワードが8553だな」
やがてPCの画面に表示されたその情報を記憶すると、俺は早速ネイラが待つ7番の部屋へと向かっていた。
今回は前と違って開店直後の入店ではなかったから俺の他に通路を歩いている客の姿は無いのだが、それが却って巨大な雌龍の待つ部屋へ1人で向かうというある種の絶望的な状況を彩っているような感じがする。
そしていよいよ7番の部屋へ辿り着くと、俺は気分を落ち着けるように深呼吸してからパスワードを打ち込んでいた。
「えーと・・・8553、と・・・」
ピッピッピッピッ・・・ピーッ!
だが鍵が開いたことを確認してガチャッという音と共に部屋の扉を開けてみると・・・
どういうわけかその部屋の光景に奇妙な既視感を抱いてしまう。

「あれ・・・?」
前にローゼフを指名した時は、確か部屋の中央に5メートル四方の広いベッドが設置されていたはず。
だがその長大な龍の姿を現したネイラがとぐろを巻いていたのは、俺があのスパリゾート施設で彼女に整体を受けた時と同じような竜毛をたっぷりと詰め込んだという円形のベッドだった。
しかも、直径5メートル程もあったあの時のベッドよりもこちらは更に2周り程も大きいらしい。
一辺15メートルという正方形の部屋の実に半分近くを占める、直径7メートルを超える余りにも巨大なベッド・・・
しかしそんな人間には広大過ぎる白い平原も、体長15メートル以上の太い蛇体をくねらせるネイラにとっては些か手狭に感じられるものなのかも知れない。
そしてそっと首を持ち上げて部屋に入って来た俺の顔を確認すると、ネイラが聞き覚えのあるしわがれた声を漏らしていた。

「クフフフ・・・まさかこの妾を最初に指名してくれたのが、お前だったとはねぇ・・・」
そう言いながら、獲物を見据える彼女の漆黒の龍眼に何処か危険な輝きが宿る。
「妾に体を解されるだけじゃあ飽き足らずに、そんなに雄として嬲られたかったのかい・・・?」
「あ・・・ぅ・・・」
す、凄い迫力だ・・・
整体の施術の為にその正体を現した時とは違って、今の彼女は目の前の獲物に襲い掛かりその憐れな犠牲者を容赦無く弄ぶ冷酷で残忍な捕食者としての殺気をその全身に纏わせていた。
だが今にもその蛇体を撓ませて飛び掛かって来るのではないかという不穏な気配を滲ませながらも、彼女はあくまで広いベッドの上に身を横たえたまま俺が自ら近付いてくるのを待つつもりらしい。
あそこに・・・自分から近付くのか・・・
柔らかなベッドへずっしりと沈み込んでいる、人間の胴体よりも遥かに太い紫鱗を纏うネイラの重々しい蛇体。
それが幾重にもとぐろを巻いているところへ自ら足を踏み入れるなど、自殺行為以外の何物でもないだろう。
しかしそんな紛うこと無き命の危険を感じながらも、俺は何時の間にか自ら着ていた服をその場に脱ぎ捨てるとまるで操られるかのようにフラフラと彼女の許へ近付いていった。

「さあ・・・早くここへ来るが良いさね・・・」
まるで魂へ直接呼び掛けるかのようなその声に誘われ、期待と緊張に胸を昂ぶらせながらネイラの蛇体に囲まれたベッドの上にゆっくりと攀じ登っていく。
だがそのまま恐る恐るベッドの上へ仰向けに体を横たえてみると、ついに彼女がその凄まじい重量を漲らせた蛇体で俺の手足をゆっくりと踏み敷いていった。
ズッ・・・ズシィッ・・・
「うあっ・・・!」
下が何処までも沈み込むかのような柔らかなベッドだからこそ何とか怪我はせずに済んでいるものの、まるで手足をペシャンコに押し潰されそうな程の凶悪過ぎる重圧が俺の体ばかりか心までもを圧迫していく。
ミシ・・・メシィ・・・
「ぐぅ・・・ぅ・・・」
そして鈍い痛みに耐えながらもすっかり手足を彼女のとぐろの下敷きにされてしまうと、俺は愉悦の笑みを浮かべながらこちらの顔を覗き込んでいたネイラの表情に背筋を凍り付かせていた。

「クフフフ・・・ほぉら・・・捕まえたよぉ・・・」
「はっ・・・はぁっ・・・」
少しでも死から遠ざかろうとする生きとし生けるもの全てが持っている生存本能が、その窮地から逃れようと俺の手足に筋肉が悲鳴を上げるかのような自分でも信じられない程の力を漲らせていく。
だがそんな死に物狂いとも言える獲物の必死の抵抗を涼しい表情を浮かべたまま事も無げに捩じ伏せると、ネイラがまるで俺の絶望を煽るかのようにゆっくりと頬を舐め上げていった。
ペロォッ・・・
「ひっ・・・」
ギシ・・・ミシシッ・・・
どんなに暴れてもびくともしない蛇体に手足を押し潰されながら、無慈悲な巨龍の餌食にされる・・・
そんな自身の置かれている状況をはっきりと認識するにつれて、俺は胸の内に微かな痛みを伴う破滅的な期待感がじわりと湧き上がってきた感覚に呻いたのだった。

メキ・・・ギシィ・・・
「うぅっ・・・」
以前整体と称して彼女に体を解された時とは明らかにその目的が違う、獲物の身動きを完全に封じ込めようという邪悪とも言える意思の篭った凄まじい圧迫感。
いや・・・そればかりか、これだけ柔らかなベッドの上だというのにほんの少しでも気を抜けば手足の骨が砕け散ってしまいそうだ。
ペロ・・・チロチロ・・・
「くあぁっ・・・!」
だが鈍い苦痛に呻く俺の顔を愉しげに眺めながら、ネイラが俺の胸元へ無防備に露出していた両の乳首へ熱い唾液を纏った分厚い舌先を這わせていく。
その鋭い快感に身を捩ろうにも、手足を容赦無く押し潰した彼女の蛇体がミシリと微かに軋むばかり。

「クフフ・・・自ら妾の供物になることを望むだなんて、身の程知らずな人間だねぇ・・・覚悟おしよ・・・」
そしてそんな空恐ろしい声が聞こえるや否や、いよいよ彼女の舌先が絶望的な状況にもかかわらず大きく屹立してしまっていた俺の肉棒へと近付けられていった。
フゥ・・・
「ひ・・・ぃ・・・」
破滅的な興奮にギンギンに漲ってしまっているペニスへ間近から熱い吐息を吹き掛けられ、たったそれだけで背筋をザワリと冷たい漣が駆け上がっていく。
パクッ・・・
だがそのまま何の前触れも無く膨れ上がった怒張がネイラの口内に咥え込まれてしまうと、俺は煮え立つ唾液をたっぷりと纏う肉厚の舌先でその雄の弱点をじっくりと締め上げられていた。

ギュ・・・ギュウゥ・・・
「ぐああっ・・・!」
火傷しそうな程の熱さと目の粗い鑢のような凶悪なザラ付き、それに小動物を無慈悲に締め殺す冷酷な蛇の如き締め付けが相俟って、俺はもう幾度と無く無駄だということを思い知らされたというのに身を捩ってしまっていた。
ギシッ・・・メシィ・・・
そしてそんな俺の痴態に更に淫靡な龍眼を細めると、ネイラが敏感な鈴口を舌の腹でゆっくりと摩り下ろしていく。
「んぐうっ・・・!?」
だが一際強烈なその快感に甲高い悲鳴を上げようとした刹那、何処から伸びて来たのか突然紫鱗を纏った彼女の大きな手が俺の口を塞ぐようにガシッと顔を覆い尽くしていた。
「クフフフ・・・」
ギュッ・・・ジョリリリッ・・・
「んん〜〜〜〜〜っ!」
ほんの些細な抵抗ばかりか声を出すことも封じられた上に視界までもが奪われてしまい、暗闇の中で与えられる凄まじい快感に動かぬ体がビクビクッと静かに悶絶する。

き・・・気持ち・・・良い・・・
頭がどうにかなってしまいそうな程の、正に人智を超えた快楽・・・
ネイラがかつて大勢の人間の男達をこうして快楽に狂わせ搾り殺してきたというのは、恐らく誇張でも何でもなく全て本当のことなのだろう。
しかも恐ろしいことに、彼女はまだほんのお遊びのつもりで俺のペニスを舐め回しているだけなのだ。
その逞しい長大な蛇体に備わる龍膣が誇っているのだろう壮絶な威力を想像するだけでも身震いする程だと言うのに、こんな前戯の如き舌技だけで良いように弄ばれてしまっているようではまるで話にならない。
だがそこまで思考が及んだ正にその時、俺はある残酷な事実に気が付いてしまっていた。
今やその巨大な蛇体に手足を敷き潰された上に声を出すことさえ許されない状況だというのに、もし限界を迎えてしまったら俺は一体どうやってネイラに降参の意思を伝えれば良いというのだろうか?
"自ら妾の供物になることを望むだなんて、身の程知らずな人間だねぇ・・・"
ま、まさか彼女は・・・俺の意思など無視して、朝までこの地獄のような責め苦を続けるつもりなのだろうか?
ズリュッ・・・ジョリリィッ・・・
「んんぐぅ〜〜〜っ!」
やがて図らずも俺が辿り着いてしまったその無情な結論を裏付けるかのように、いよいよ肉棒に絡み付いた彼女の舌がその獰猛な本性を露わにするとじっくりと獲物を甚振るように蠢き始めたのだった。

ジョリジョリッ・・・ズズッ・・・
「んんっ・・・!」
人間をも軽く一呑みに出来る程の巨大な口だというのに、そこに備わったネイラの舌がその大きさからは想像も出来ない程に巧緻な動きでもって俺の雄を容赦無く責め立てる。
しかもその耐え難い快感にビクンと体を跳ね上げる度に強烈な吸引をも味わわされ、俺は塞がれた口からくぐもった悲鳴を漏らしながら激しくもんどり打っていた。
メキッ・・・
「んぐ・・・」
しかもそんな俺の微かな抵抗さえ捩じ伏せるかのように恐ろしい力で顔を握り締められ、頭蓋骨が軋む不気味な音と鈍い痛みが俺の恐怖心を更に煽り立てていく。
やがて俺の体から力が抜けると、再び魔性の舌が肉棒を無遠慮に摩り下ろすのだ。

た、助け・・・て・・・
「んんん〜〜〜〜っ!」
どんなに懸命に制止の声を上げようと力んでみても、獣の唸り声のような呻きが漏れ出すばかり。
しかも俺が泣き叫ぶ度に敏感な裏筋を舐め上げる舌の動きが更に激しさを増し、俺は半ば全身を痙攣させながらじわじわと込み上げてきた射精の予兆に身悶えていた。
そしてネイラもそんな獲物の絶頂の兆しを読み取ったのか、まずは味見とばかりに無造作な一撃が爆発寸前のペニスへと叩き込まれる。
ジョリリィッ!
「んごぉっ・・・!」
ビュビュッ・・・ビュルルル・・・

焼け付くような熱い唾液を塗されながらザラザラの舌で雄槍を扱き上げられて、俺は頭の中が真っ白になるような感覚を味わいながら盛大な白濁の噴火を彼女の口内に放っていた。
ジュルッ・・・ジュルル・・・
「ごっ・・・おぐ・・・んおおっ・・・!」
だが勢い良く精を吐き出すペニスを激しく吸い上げられて、天にも昇るようだった快楽が一気に気が狂うような地獄のそれへと変化する。
そして散々に溢れ出る精を吸い尽くされると、俺は萎びた肉棒をグリグリと舌の腹で舐め潰されながら尿道に残った精の最後の一滴までを根こそぎ搾り取られたのだった。

ズル・・・
「が・・・ふ・・・」
たった1度の射精とは思えない程の、壮絶な虚脱感・・・
俺は完全に力尽きた手足を更にズシリと極太の蛇体で押し潰されながら、ようやく枯れ果てて萎え切ったペニスを彼女の口内から解放されていた。
「あ・・・かはっ・・・」
それと同時に口と目を塞いでいた手も離して貰ったものの、もう意味のある声を出すことさえ途轍もない難行のように思えてしまう。
「おやおや・・・ほんの少ししゃぶってやった程度で、もう虫の息なのかい・・・?」
やがて何処からどうみても瀕死の様相を呈していた俺の弱り切った姿に、ネイラが少しばかり呆れた様子でそんな声を漏らす。

「う・・・うぅ・・・」
「フン・・・まあ良いさね・・・まだまだ時間はたっぷりあるんだし、休憩ついでに少し体を解してやるよ」
「えっ?」
だがボーッと霞の掛かったような頭の中にそんなネイラの声が聞こえてくると、俺はその言葉の意味を理解することは出来なかったもののそれが孕んでいた余りにも不穏な気配だけは敏感に感じ取ってしまっていた。
そして状況を理解するよりも早く弛緩した体をベッドの上でうつ伏せに引っ繰り返されると、その背中に重々しい彼女の尾が事も無げに振り下ろされてしまう。
ドズッ!
「ぐげぇっ・・・!」
数十・・・いや、恐らく100キロは下らないだろう凄まじい重量を誇る龍尾の一撃に体が背面へくの字に折れ曲がり、俺はボギボギッという骨の鳴る音と奇妙な快感を伴う強烈な痛みにぼやけた意識を覚醒させていた。
「ほぉら・・・効くだろう・・・?」
メキ・・・メギゴギッ・・・
「が・・・あぁ・・・」
重いローラーで全身をなめされるかのように太い尾を転がされ、その度にあちこちの骨や筋が思わず耳を塞ぎたくなるような恐ろしい音を掻き鳴らしていった。

「や・・・め・・・折れ・・・る・・・」
寧ろ全身からこれだけ盛大に骨の軋む音を聞いているというのに、まだ何処も怪我らしい怪我をしていないことが自分でも信じられない。
しかも先日彼女に体を解された時とは違って、今のネイラは無力な人間を容赦無く弄ぶ残忍な本性を曝け出しながら俺の上で余りにも荒々しくその身をくねらせていたのだ。
ズシッ・・・ゴギギッ・・・
「ひいぃっ・・・」
い・・・痛・・・過ぎる・・・このままじゃ・・・殺され・・・
だがどれ程本能的な危機感を感じて逃走を試みようとしたところで、既に力尽きた俺にずっしりと手足に圧し掛かる彼女の体を押し退けられる道理などあるはずも無く・・・
「う・・・は・・・ぁ・・・」
硬い龍鱗に覆われた蛇体に手足を敷き潰されて動くことも出来ないまま再び背後で高々と尾が振り上げられた気配に、俺は必死に歯を食い縛るとやがて襲い掛かってくるであろう衝撃に備えて胸の内に儚い覚悟を固めたのだった。

圧倒的な重量を誇る余りにも強大な龍尾が、ベッドに縫い付けられた無防備な俺の頭上でグネグネと揺れている。
だ、大丈夫だ・・・少なくとも身の安全は・・・ほ、保証されてる・・・はず・・・
必死で自分にそう言い聞かせてはみるものの、身動きを封じられた獲物の傍らで終始妖しげな笑みを浮かべているネイラの様子に俺は胸の内に尽き得ぬ黒い不安をムクムクと際限無く膨らませてしまっていた。
それに一口に身の安全を保証するとは言っても、それはあくまで怪我を負わされないという最低限の意味でしかない。
逆に言えば、怪我にまで至らない限りにおいてはどんなに凄まじい苦痛を味わわされてもおかしくないということ。
殊に人間の体を知り尽くし辛うじてその脆弱な身が壊れぬギリギリのところで獲物を嬲り痛め付ける手腕に関して、ネイラのそれは他の追随を許さぬ程に鋭く洗練されたものだった。
そしてたっぷりと時間を掛けて獲物の心を弱らせると、勢い良く振り下ろされるのかと思っていた恐ろしいネイラの尾が予想に反して静かに俺の背の上へと乗せられる。

ズシ・・・
「うっ・・・」
物凄い重さだ・・・ただそっと上に乗せられただけだというのに、もう背骨が悲鳴を上げているのが分かってしまう。
ミシ・・・ギシィ・・・
「あっ・・・うぐ・・・ぅ・・・」
そしてそのまま更に体重を浴びせるようにネイラの尾が強く押し付けられると、俺は徐々にベッドの上に沈み込みながら際限無く増していく重圧に呻いていた。
メリ・・・メキメキ・・・
「ぐ・・・ぐああああっ・・・!」
お、押し潰される・・・苦し・・・ぃ・・・
抵抗しようにも手足は既に長い蛇体の下敷きにされていて、俺にはもう指先が辛うじて震える程度の自由しか許されてはいなかったのだ。
「クフフフ・・・この程度でそんなに必死な顔をしてるようじゃ、先が思いやられるねぇ・・・」
そう言いながら、ネイラが俺の眼前で美味しそうな獲物を見つめるように眼を細める。
「かはっ・・・ぁ・・・」
「そぉら、もう1本追加だよぉ・・・」
「え・・・えぇっ・・・!?」
だが続いて聞こえてきたそんな耳を疑うようなネイラの声に精一杯首を曲げて背後へ視線を向けてみると・・・
あろうことかグニャリと折り曲げられた彼女の尾の一部がまたしても俺の頭上に妖しく浮かんでいた。

「ひっ・・・そ、そんな・・・駄目・・・だ・・・め・・・」
もう今でさえ全身が押し潰されそうな程の重圧に呼吸も怪しい状況だというのに、ここへ更に尾を乗せられたら今度こそ一溜まりも無いだろう。
ペロッ・・・
「うぶっ・・・」
「潔く覚悟をお決めよ・・・まあ妾も人間を嬲るのは久々だから、加減を誤っちまうかも知れないけれどねぇ・・・」
そして熱い舌先で俺の顔を舐め上げて抗議の声を黙らせると、ネイラがそんな不穏な言葉を口にしていた。
「う・・・うわあああああっ・・・!」
徐々に重圧の増す龍尾に押し潰された肺から、断末魔にも似た悲鳴と共に全ての空気が吐き出されていく。
しかしネイラはそんな獲物の必死な姿にもただ愉しげな微笑を浮かべると、力無くもがく俺の背の上に2本目の蛇体を事も無げに乗せていた。

ズシィッ・・・!
「がっ・・・は・・・」
一体、全て合わせたらどれだけの重量があるのか・・・
大の字でうつ伏せに寝かされた俺の上で、体長15メートル余りにも及ぶ巨龍がゆったりととぐろを巻いているのだ。
恐らくは世界一の柔らかさを誇るだろうという竜毛のベッドだからこそ俺もまだ辛うじて生きているものの、それでもミシミシという不気味な音を立ててじわじわと全身が押し潰されていくような確かな実感がある。
「た・・・すけ・・・て・・・」
ズ・・・ズシッ・・・
「があぁっ・・・」
まるで俺の命乞いの声を掻き消すかのように、背骨を圧迫した龍尾にまたもや凶悪な体重が上乗せされる。
ボギ・・・ゴギギッ・・・
「あっ・・・」
まるで何処かの骨が折れ砕けたかのような音と衝撃が激痛となって全身に跳ね回り、俺はカッと両目を見開きながらまた少し肺の空気を絞り出していた。

「おっと、大丈夫かい・・・?」
だ、大丈夫なわけ・・・な・・・い・・・
メキメキゴキッ・・・
「ひっ・・・!」
まるで体のあちこちが少しずつ壊れていくかのような、悪夢の如き痛みと衝撃・・・
巨龍に圧し掛かられてじわじわと押し潰されながら死ぬのかという絶望的な思いに、もうロクに声も出せなくなった俺の両目からじわりと涙が溢れ出していく。
プ・・・プラ・・・ム・・・
メギッ・・・!
「・・・!」
決定的な何かが壊れたと確信出来るような、これまでに比べても一際大きな破壊音・・・
だが苦痛と酸欠の余り意識が飛びそうになったところで、ようやくネイラがそっと俺の上からその重々しい蛇体を退けてくれていた。

「はっ・・・はぁっ・・・かはっ・・・」
その途端一気に呼吸が回復し、酸素の枯渇した肺が空気を求めるように荒々しく躍動する。
そしてそのまま数分程ぐったりとベッドに伏していると、全身に跳ね回っていた鈍い痛みがようやく引いてきた。
「うっ・・・うく・・・」
きっと、何処かの骨が折れているはず・・・
そう思うと体を動かすのは少し怖かったものの、俺の容態が落ち着いたと見たネイラがそんなこともお構い無しにその屈強な手で俺の体をゴロリと力尽くで引っ繰り返していた。
グイッ
「ひぃっ!」
しかし想像していたような激痛は特に無く、寧ろさっきまでよりも少しばかり体が軽くなったような感じさえある。

「ふぅ・・・どうやら、何処にも怪我はしてないようだねぇ・・・?」
「え・・・?」
け、怪我をしてないだって・・・?
あんなにあちこちの骨がメキメキゴキゴキと盛大な音を立てて鳴っていたというのに、本当にあれは体の凝りが解れたとか、そういう類の音だったのだろうか・・・?
そう思って自分でも恐る恐る体を動かしてみたものの、確かに今は体の何処にも異常は無いらしい。
「ほ、本当だ・・・嘘だろ・・・?」
「流石の妾も、客に怪我をさせて娘に怒られたくはないからねぇ・・・これでも相当に加減はしてたつもりなんだよ」
あれで・・・加減してたのか・・・
まあ確かに、彼女の超重量をもってすれば如何にこのベッドが柔らかかろうが1人の人間をペシャンコに押し潰すことなど造作も無いはず。
しかしそうはなっていないのだから、彼女が客に怪我をさせないよう気を遣っていたというのは事実なのだろう。

「さてと・・・それじゃあ、そろそろ本番と行こうかねぇ・・・?」
「ほ、本番って・・・?」
「クフフ・・・惚けるんじゃないよ。今のはただの休憩だと言ったじゃないか」
そう言いながら、ネイラがまだ疲労で余り十分に自由が利かない俺の体を再びベッドに踏み敷いていく。
「今度はこちらで味わわさせて貰うからねぇ・・・泣いて喜ぶが良いさね・・・」
そしてそんな淫靡な一言と共に彼女が身をくねらせると、俺の目の前に突き出された彼女の下腹部へ如何にも凶悪な威力を誇っていそうな深い割れ目が姿を現していた。
「あ・・・はぁっ・・・」
その光景は俺も事前に想像していたはずだというのに・・・
脳裏に思い描いていた"最悪"の想定を遥かに振り切った余りにも獰猛な雌の器官が、正に血に飢えた・・・いや、精に飢えた魔獣の如き禍々しさを漂わせながら躍動していたのだった。

ズチュ・・・ジュプ・・・
ねっとりといやらしく蠢く、とろりとした愛液に濡れる無数の襞の群れ・・・
真っ赤な秘肉がやがてそこに突き入れられるであろう雄を求めて虚空を咀嚼するその龍膣の様子は、正に獲物を丸呑みにしようと沸き立つ捕食者の体内そのものだった。
こ、こんなところへ・・・肉棒を咥え込まれたら・・・
ふとその状況を脳裏に思い浮かべただけで、身の程を知らぬ雄槍がムクムクとその身を擡げてしまう。
駄目だ・・・に、逃げ・・・ないと・・・
だが胸の内に芽生えてしまった破滅的な期待感を振り切った生存本能が微かに身を引いた瞬間、獲物を逃がすまいとネイラの蛇体がその巨大さに見合わぬ素早さで俺の体へシュルリと巻き付いて来た。

ギュッ・・・ミシ・・・ミシィ・・・
「う、うわあああっ・・・!」
余りにも強大過ぎる力を漲らせた龍尾に全身を巻き取られて四方からじんわりと締め上げられるという絶体絶命の状況に、今更もがいても無駄なことは分かり切っていながら必死に身を捩ってしまう。
「クフフ・・・幾ら暴れても逃れられやしないよ。ほぉら・・・妾の中を、心行くまで存分に味わうんだねぇ・・・」
そう言うと、一部だけとぐろを解いて俺の下腹部を露出させたネイラがまるで獲物の心を焦らし嬲るようにゆっくりとその秘裂を肉棒へと近付けてきた。
「あ・・・あぁ・・・」
太いとぐろの陰に隠れて直視することは出来ないものの、淫らな想像にギンギンに漲ってしまった雄が徐々に迫り来るネイラの肉洞が発する仄かな熱に当てられてヒクヒクと戦慄いている。
く、喰われ・・・る・・・
全身をミシリと締め上げられる鈍い痛みと微かな息苦しさに荒い息を吐き出しながらも、俺の意識はもう間も無く蕩けた肉洞へ呑まれるのだろう肉棒へと集中していた。
そして・・・

ジュプッ・・・
「んぐっ・・・!」
まるで焼け付くように熱い、高温の粘液にねっとりと満たされたネイラの火所。
幾重にも折り重なった分厚い襞の群れが四方からじんわりと肉棒を押し包み、絶望的な快感を送り込んでくる。
ギュッ・・・ギュウゥ・・・
「うあっ・・・ま、待って・・・あっ・・・」
だがそこへ咥え込まれただけでも身震いするような快楽が脳裏を焼き尽くしたというのに、ネイラはあろうことかこれから盛大に暴れ悶えるであろう獲物を押さえ付けるかのようにまた少し龍尾の締め付けをきつくしていた。
メキ・・・ミシシッ・・・
「ぐ・・・あぁっ・・・」
じっくりと・・・万力のように・・・
非力な人間には到底抗い難い壮絶な圧迫感が、微塵の容赦も無く襲い掛かってくる。
ほんの少しでも気を抜けば、このまま跡形も無く締め潰されてしまいそうな程だ。

「く・・・苦し・・・ぃ・・・」
ミシャッ
「ひあぁっ!」
逃れようの無い苦痛に喘ぐ獲物をまるで力尽くで黙らせるような、余りにも無慈悲な龍膣の圧搾。
柔らかな肉襞に押し固められた肉棒がギュグッギュグッと力強く揉み込まれ、火傷しそうな程に熱く煮え立つ愛液がどっぷりと結合部から溢れ出していく。
今の俺は正に、龍の女王へと捧げられた生け贄そのものだった。
制止の声も命乞いの叫びも涼しく聞き流されながら呼吸もままならぬ程に全身をきつく締め上げられ、無謀にもそそり立たせてしまった肉棒を徹底的にしゃぶり犯されるだけの活きの良い獲物。
「クフ・・・クフフフ・・・」
そんな思うがまま存分に嬲り尽くせる玩具を手に入れたネイラが、恐らくは久々なのだろう秘められていた蛮性の解放に愉しげな笑みを浮かべながらその長大な蛇体を躍らせる。
だが圧倒的な苦悶と快楽の狭間で悶え狂っていた俺は、屈強な筋肉を備えた膣壁で肉棒を挟み付けられた感触にいよいよ止めを刺されるのだという残酷な現実を思い知らされてゴクリと大きな息を呑み込んだのだった。

ギュブッ・・・
「ひっ・・・」
限界一杯に膨れ上がった肉棒へ熱い肉襞が殺到し、その柔らかな弾力に満ちた感触からは想像も付かない程の凄まじい力でじんわりと締め上げてくる。
決して止めを急がない、しかし逃げ場の無い獲物をじわじわと苦しめるようなねちっこい責めに、俺はまだ微かに自由の利く首を左右に振りながら悶えていた。
「うああっ・・・!」
だがそれを見たネイラが、そんな些細な抵抗も許さぬとばかりにその極太の尾を少し引き絞って俺の首の動きまでもを封じてしまう。
ギュッ
「う・・・ぐ・・・」
「クフフフ・・・」
そして俺の顔に絶望の滲んだ苦悶の表情が浮かんだことに気を良くすると、漲った肉棒が更にミシャッと押し固められていた。

「かはっ・・・」
肉棒を締め上げられると同時に体に巻き付いた尾の方もその圧迫感を少し増したお陰で、俺はまたしても叩き込まれた鋭い快感に上げた悲鳴を擦れた息の漏れる音へと変えられていた。
ネイラは・・・こうしてゆっくりと俺を弱らせながら成す術も無く屈服の証を噴き上げるのを待つつもりなのだろう。
それが最も生物の、そして雄としての尊厳を手酷く踏み躙る方法なのだということを、彼女は知り尽くしている。
だがそんな性悪な巨龍の思惑がたとえ透けて見えたとしても、俺は徐々に引き絞られる龍尾のとぐろの中で際限無く増していく快楽を伴った苦痛に必死に歯を食い縛る以外に出来ることなど何も無かったのだ。

ミシ・・・ミシギシ・・・
「はぁっ・・・」
また少し、締め付けが強くなった。
獲物に怪我だけは負わせぬように最低限の加減はしながらも、呼吸の自由を蝕む程度のことは厭わぬとばかりに想像を絶する程の圧力が四方八方から押し迫ってくる。
こんな店の中だからこそこれ程の目に遭っていても何とか耐えることが出来るものの、かつて彼女の犠牲となった大勢の男達は最後には殺されてしまうことを自覚しながらこんなにも永く残酷な地獄を味わわされたのだろう。
それが一体どれ程の恐怖と絶望に満ちたものだったのかは俺には想像も付かないが、そんなものを極上の甘露として飲み干していたこのネイラがどれ程危険な雌龍なのかは良く分かるというもの。
そして俺は今正に、その恐ろしい彼女の懐に深く深く抱かれてしまっているのだ。

メキッ・・・ギリリ・・・
「く・・・ぐああっ・・・」
容赦無く背骨を押し潰される地獄の苦痛と、肉棒を揉み拉かれては摩り下ろされる天上の快楽。
その2つの相反する感覚に脳を焼き尽くされて、俺はゆっくりと自分の意識が遠のいていくのを感じていた。
「おやおや・・・どうやら、お前ももう夢見心地のようだねぇ・・・」
耳元へ静かに吹き込まれるそんなネイラの声までもが、ほんのりとぼやけているような気がする。
「まあ良いさね・・・これ以上甚振ると、先に心が壊れちまうかも知れないからねぇ・・・そろそろ楽にしてやるよ」
ら、楽・・・に・・・?
その言葉が意味することは辛うじて理解出来たものの、俺はもう制止の声を上げることも助けを求めることも出来ないままただ覚悟を決めて全身の力を抜いたのだった。

ギュグッ!ゴシュシュッ!
「ひあぁっ・・・!」
その瞬間それまで肉棒を握り締めていた襞の群れが激しく暴れ、敏感な雄槍を煮え滾る柔肉の津波で押し流していく。
だが一瞬にして込み上げてきた射精感に思わず反射的に腰へ力を入れると、それを俺の抵抗と感じ取ったのかネイラの尾が一層激しく俺の体を締め付けていた。
メキメキメキィッ・・・!
「っ・・・ぁ・・・」
ビュピュッ・・・ビュルル・・・
そして屈強過ぎる龍尾の抱擁に断末魔の悲鳴までもを虫けらのようにあっさり締め潰されてしまうと、俺は肺の中に微かに残っていた最後の一息を吐き出しながら意識を闇の中へと引き摺り込まれたのだった。

それから、どのくらいの時間が経った頃だろうか・・・
ペロペロ・・・レロッ・・・
「んっ・・・ぅ・・・」
分厚い舌で頬を舐め上げられるような感覚に遠い世界を漂っていた意識を現実へ取り戻すと、俺は依然として毒々しい紫鱗に覆われたネイラのとぐろに抱かれたままそっと目を開けていた。
そして視界の端に見えた壁に表示されている現在時刻が6:57を指していることに気が付くと、そのままグルリと首を回して間近から俺の顔を覗き込んでいたらしいネイラの方へと視線を向ける。
「気が付いたかい・・・?」
「あ、ああ・・・」
昨夜彼女の顔に貼り付いていた獲物を嬉々として冷酷に弄ぶかのような残酷で無慈悲な捕食者としての表情は既に鳴りを潜めていて、今は一夜を共にした雄を慈しむような何処か柔和な笑みがその大きな顔に浮かんでいた。
だが再三に亘ってこっ酷く締め上げられた体は何処にも怪我をしていないにもかかわらずあちこちがギシギシと軋みを上げていて、枯れ果てるまで精を搾り抜かれた疲労の方もまるで癒えてはいないらしい。

だがそれでも何とか体に巻き付いていた長大な蛇体を解いて貰うと、俺は随分と軽くなったような気のする体をベッドの上で盛大に伸ばしていた。
ミシ・・・ミシミシッ・・・
「うっ・・・」
長時間の拘束で凝り固まっていた筋肉が一気に解れ、心地良い痛みがまだ微かに残っていた眠気を吹き飛ばしていく。
「それで・・・妾との一夜は、満足出来たのかい?」
そんな俺の姿に、広いベッドをグルリと取り囲んだネイラが妖艶な微笑を向けてくる。
「ああ・・・期待以上だったよ・・・まだちょっと、体が痛いけどさ・・・」
「妾も人間とまぐわうのは随分と久し振りだったからねぇ・・・年甲斐も無くちょいと力が入っちまったのさね」
確かに、彼女の締め付けは本当に命の危険を感じる程に凶悪で容赦の無いものだった。
しかしそれも、無事に朝を迎えられた今となっては良い思い出というものだろう。
「とにかく・・・凄く良かったよ。機会があれば、またその内指名させて貰っても良いかな?」
「クフフ・・・もちろんさ・・・愉しみにしているさね」
俺は心底嬉しそうにそう呟いたネイラに見守られながら脱いであった服を身に着けると、依然として広大なベッドの上にとぐろを巻いている彼女を一瞥してからそっと部屋を後にしたのだった。

それから数分後・・・
やがてまだ少し軋みの残る体を引き摺りながら受付まで戻ってみると、俺は丁度店長のベルゼラが入口から入って来たらしい若い人間の女性に声を掛けられているところに出くわしていた。
「て、店長・・・!?どうしてここへ・・・?」
だがベルゼラにとっては予想外の来客だったのか、彼女の上げた素っ頓狂な声が俺のところにまで聞こえてくる。
店長だって・・・?この店の店長は、確かあのベルゼラだったはずじゃ・・・
そう思って女性の方へ目を向けてみると、深みのある濃紺の長い髪を揺らした彼女が通路の方にいた俺の存在に気付いたのかチラリとこちらを振り向いたのが目に入る。
少し青紫掛かった両目を湛える色白な彼女の顔は正に息を呑む程の美貌を溢れさせていたものの、俺は同時にその温厚そうな表情の裏側に潜んだ極めて危険な雰囲気を半ば本能的に感じ取っていた。

「あら・・・このお店も私が管理を担当しているんだから、視察に来るのは別におかしなことじゃないでしょう?」
「で、でも・・・その・・・わざわざこんな島にまで・・・」
「それにねベルゼラ・・・あなたがちゃんと安全な店舗運営が出来ているか、私は少し心配だったの」
そう言うと、不意に彼女が俺の方へとその美しい顔を振り向ける。
「ところであなた・・・さっきから少し辛そうにしてるみたいだけど・・・何処も怪我とかはしてないかしら?」
「えっ?」
だが突然振られたその会話に思わずベルゼラの方へ目を向けると、彼女が悲愴とも言える切羽詰まった表情で祈るように俺の顔を見つめていた。
「あ、ああ・・・多分・・・問題無いと思う・・・けど・・・」
「そう、それなら良かったわ。でも、これからもちゃんとあなたのことは見てるわよ、ベルゼラ。店長、頑張ってね」
そしてそれだけ言い残すと、女性はクルリと踵を返して店を出て行ってしまっていた。

「はああぁ・・・」
やがて俺の耳へと届いたその深く長い溜息にベルゼラの方へ視線を戻してみると、彼女が今にも泣きそうな程の怯えた表情で荒い息を吐いているのが目に入る。
「やあベルゼラ・・・今の女の人って、一体誰なんだい?」
「彼女・・・私が昔働いていた雌竜天国の店長だったの。でも私、よくお客さんに怪我をさせちゃってたから・・・」
そこまで言ってから、ベルゼラがハッとした様子で口を噤みながら俺の顔を見つめ返してくる。
「はは・・・隠さなくても大丈夫だよ。ネイラ・・・お母さんから、君の正体が龍だってことはもう聞いてるからさ」
「そ、そう・・・良かった・・・それで私、彼女には何度も怒られたから・・・今もまだ、彼女のことが凄く怖いの」
「怖いって・・・彼女の正体も竜なのかい?」
俺がそう言うと、ベルゼラが神妙な面持ちを浮かべたままうんうんと首を縦に振る。
「彼女自身も時々クイーンっていう名前でお客さんを取ってたんだけど・・・」
クイーン・・・?
じゃあやっぱり・・・ネイラがその名前を使ってこの店で働こうとした時に難色を示したのは、それが彼女のトラウマになっていたからだったのか・・・
「よっぽど彼女が恐ろしかったのか、朝になってから恐怖の余り泣きながら部屋を出てくる人が多かったみたいよ」
「そうだったんだ・・・」
「彼女が雌竜天国の店舗を統括する部門に昇進したことは知ってたけど、このお店も彼女の担当だったのね・・・」

かつての鬼上司との突然の再会で随分と弱り切ってしまったらしいベルゼラを気の毒に思いながらも、俺は取り敢えず料金の銅貨を彼女に支払っていた。
本音を言えばエリザの件があるからプラムとは一緒に帰りたかったのだが、1限目の講義がある彼女と違って俺の講義は2限目からだから今となっては時間をずらしてプラムより後に帰った方が寮は安全かも知れない。
「でも・・・あなたが怪我をしてないって言ってくれたお陰で本当に助かったわ・・・」
「まあ、実際のところ怪我らしい怪我は本当にしてないしね・・・ちょっと体があちこち軋んでるけどさ・・・」
「それでもよ。逃げ場の無い部屋で見上げるような巨竜に迫られて何時間も詰られるなんて・・・ああっ・・・」
彼女は一体、過去にどれ程恐ろしい体験をさせられたというのだろうか・・・
あのネイラの娘だというからにはベルゼラもきっとその真の姿は立派な雌龍なのだろうが、その彼女がこれ程までに怯えるだなんてとても尋常なことではないように思える。
だがそれでいながら、俺は幾人もの客が泣きながら部屋を出てきたというクイーンの責めというものにも何時しかある種の無謀な興味を抱いてしまったのだった。

「じゃあ・・・俺はそろそろ行くよ」
その声にベルゼラも一応は気を取り直したのか、彼女が元の明るい笑顔で俺を送り出してくれる。
「え、ええ・・・ありがとう。また来て頂戴ね」
「ああ、もちろん」
やがて一応エリザの存在を警戒しながら外へ出ると、俺はキョロキョロと辺りを見回しながら寮へと向かっていた。
昨夜はエリザから逃げる為に部屋の窓を開けっ放しにして来てしまったのが少しばかり不安の種ではあったのだが、まあプラムが先に帰っているだろうから取り敢えず問題は無いことを祈るとしよう。
そしてそんな微かな不安を胸に秘めながらも首尾良く無事に寮の部屋へ帰り着くことに成功すると、俺は大学へ向かう為に丁度部屋から出て来たプラムと鉢合わせしていた。

ガチャッ
「わっ!プ、プラム・・・!」
「あら、おはようアレス。帰っても部屋にいなかったから不思議だったんだけど、昨夜は何処かに行ってたの?」
それを聞いて、俺は何だか全身の力が抜けていくような気分を味わっていた。
流石の彼女も、まさか俺が別の雌竜に付け狙われて雌竜天国に逃げ込んでいたなどとは夢にも思っていないのだろう。
「あ、ああ・・・そのことなんだけどさ・・・ちょっとプラムに相談したいことがあるんだ」
「え?」
「大学に行く支度をしてくるから、少しの間ここで待っててくれないか?」
俺がそう言うと、プラムが怪訝そうな表情を浮かべながらも取り敢えず頷いてくれる。
「え、ええ・・・良いわよ」
そしてそんな彼女の返事を聞いて部屋に入ると、俺は開けたままにしてあった窓をしっかりと閉めてから大学の講義を受ける為の荷物を用意していた。

それから数分後・・・
「お待たせプラム」
「アレス、大丈夫?何だか、凄く疲れた顔をしてるみたいだけど・・・」
まあ、ネイラにあれだけ散々嬲り者にされたのだから疲れた顔をしているのはこの際仕方が無いだろう。
「実はさ・・・昨日の夜は、雌竜天国へ行ってたんだよ」
「ああ、そうだったのね。やっぱり私がいないと、寂しかった?」
俺の抱えている問題を知らないのだから仕方が無いのだが、相変わらず何処か気の抜けたそのプラムの言葉が今だけは何とはなしに苦しく感じてしまう。
「まあそれもあるにはあるんだけど・・・昨日温泉宿で働いていた時に、厄介な雌竜に目を付けられちまったんだよ」
「厄介な雌竜?」
一緒に大学への道を歩きながら俺がそう切り出すと、プラムがほんの少し首を傾げながらこちらに視線を向ける。
「大学2年生のエリザっていう雌竜なんだけど・・・彼女が、俺のことを自分の伴侶にするって言い出してさ・・・」
「はん・・・りょ・・・」
その言葉の意味を脳裏で反芻しているのか、プラムが半ば呆けたような表情を浮かべながらそう呟いていた。
だがその数秒後、ようやく事態を理解したらしいプラムが突然大きな叫び声を上げる。

「伴侶ですって!?」
「わっ・・・!」
周囲を歩いていた他の学生達が驚いて飛び上がった程の、激しい怒りの咆哮にも似たプラムの声。
それを間近で叩き付けられた俺は、口から心臓が飛び出すのではないかと思える程の驚きに一瞬息を詰まらせていた。
「ねえアレス。それ、どういうこと?」
「どうもこうもないよ。凄く強引な雌竜でさ・・・昨日の仕事が終わった後も、寮の部屋まで押し掛けて来たんだよ」
"それで!?"とでも言いたそうなこれまでに見たことが無い程の怒気を滲ませるプラムの様子に内心怯えながらも、恐る恐るその先を続ける。
「だからこっそり部屋の窓から抜け出して、雌竜天国に逃げ込んだんだよ。それに、プラムの傍にも居たかったしね」
「ああ・・・それで誰もいないのに窓が開いたままだったのね・・・」
窓が開いたままだったということは、きっとエリザは俺が逃げたことに気が付いて外から窓を開けてみたのだろう。
まあ人間の俺が潜るので精一杯のあの小さな窓からじゃエリザには狭過ぎて部屋の中に入ることは出来ないだろうが、それでも空っぽの部屋の中を覗いたというエリザの行動自体が今の俺には酷く不気味に感じられてしまっていた。

「と、とにかくさ・・・エリザに捕まったら何をされるか分からなくて・・・ずっと不安だったんだ」
「取り敢えず、事情は分かったわ。まあ学年が違うなら大学にいる間は平気だと思うけど・・・」
「でも、昼飯の時間は全学生が食堂に集まるだろ?だから、俺もしばらくはプラムと一緒に飯を食いたいんだよ」
そう言うと、プラムが嬉しいのか困惑しているのか微妙な表情をその顔に浮かべる。
「それはもちろん全然構わないけど・・・大学が終わった後はどうするの?」
確かに、それが今最も俺の頭を悩ませている問題だったのだ。
雌竜天国は18時から19時までの準備時間を除いて23時間の営業形態だからその気になれば何時でも逃げ込むことは可能なのだが、プラムと一緒でなければおちおち寮の部屋にいるのも危険だというのはどうにも気分が落ち着かない。
「俺も、まだそこまでは考えてないんだけどさ・・・」
やがてそんな会話を交わしている内に大学へ辿り着いてしまうと、俺は取り敢えずプラムの講義がある部屋の前まで彼女についていくことにした。
「それなら、後でまた考えましょ。幸い今日は後半の講義が全部アレスと一緒だから、話す時間もあるでしょうし」
「そ、そうだな」
そしてそう言いながら講義の為に部屋へ入って行ったプラムを見送ると、俺はプラムと一緒に受けられる2限目の講義が始まるまでの時間を図書館の個室でひっそりと息を潜めて待つことにしたのだった。

それから、30分程が経った頃だろうか・・・
まだ朝早いからか学生の姿も疎らな図書館で時間を潰しながら、俺は時折個室から首を出して外の様子を窺っていた。
とそこへ、何か予定でもあったのか普段よりも早い時間だというのにロブとジェーヌがやって来たのが目に入る。
「ロブ!ジェーヌ!」
そして思わず静かな図書館中に響くような大きな声でそう叫んでしまうと、こちらに気付いた彼らが少し驚いたような表情を浮かべながら俺の方へと近付いてきた。
「おうアレス、おはよう。お前も早かったんだな。どうかしたのか?」
「い、良いから、2人ともとにかく部屋に入ってくれ」
俺はそう言いながら近くに誰かの・・・特にエリザの姿が無いことを慎重に確認すると、相当に不審だったのだろう俺の様子に困惑するロブ達を個室の中へと引き込んでいた。

「アレス、大丈夫?何だか、凄く怯えてるみたいだけど・・・プラムと何かあったの?」
「いや・・・プラムとは問題無いんだけどさ・・・俺、別のしつこい雌竜に付け狙われてるんだよ」
「雌竜?それって、昨日温泉宿で言ってたエリザっていう雌竜のことか?」
軽く流された割にはしっかり俺の話を覚えていたのか、ロブが急に真面目な顔をしてそう訊き返してくる。
「あ、ああ・・・昨日温泉宿から帰った後・・・そのエリザが寮の部屋まで押し掛けて来てさ・・・」
「寮の部屋までって・・・プラムはいなかったのか?」
「プラムは例の店で働いてたから、俺だけだったんだよ。だから、捕まったら何をされるか分からなくてさ・・・」
まあ実際のところ俺のことを伴侶にしようとしているエリザには捕まったところで特に危害を加えられたりするようなことは無いのかも知れないが、それでもあの病的とも言える強引さと押しの強さには身の危険を感じてしまうのだ。
「それで、どうしたんだ?その雌竜・・・部屋に入れなかったんだろ?」
「気付かれないようにこっそり窓から抜け出して、朝まで雌竜天国に避難してたんだよ」
それを聞いたロブが、成る程とばかりに頷く。

「でも、別にこんなところでまでビクビクする必要無いだろ?ここは大学なんだからさ」
「エリザは、この大学の学生なんだよ。2年生だから講義は被らないと思うけど・・・食堂にも行き難くてさ・・・」
「その雌竜に、プラムのことは説明したのか?」
プラムのことか・・・
そう言えば温泉宿ではいきなりだったし、ロクに説明する時間も与えて貰えないまま気を失ってしまったからエリザは単純に俺にプラムという許婚がいることを知らないだけなのかも知れない。
だがわざわざ温泉宿から帰った俺を尾行でもして突き止めたのだろう寮の部屋にまで押し掛けて来た彼女の性格を考えれば、仮にプラムの存在を知ったところで黙って引き下がるような物分りの良いタイプとも思えなかった。
「それはまだ・・・ちゃんと伝えてはいないんだけどさ・・・」
「だったら、もし今度そいつに会ったら取り敢えず言うだけ言ってみたら良いんじゃないか?」
全くロブってば・・・所詮人事だと思って、気軽に言ってくれるよ・・・
とは言え、何時までも逃げ回っていたところで事態が解決しないというのもまた事実。
それに俺1人ではエリザには対抗すべくも無いだろうが、少なくともロブ達が傍にいてくれる限りこの大学の中であれば流石の彼女とて無茶なことはしないだろう。

「そ、そうだな・・・そうしてみるよ」
ロブ達が一緒にいてくれたお陰か幾分か気分が落ち着いた俺は、そう言って大きく息を吐くとゆっくりと椅子の背に凭れ掛かっていた。
「ところで、ロブ達の方はどうしてこんなに早くから図書館に来たんだ?まだ2限目の講義まで1時間近くもあるのに」
「ああ・・・俺達、近々結婚式を挙げるって言ってただろ?それで、会場探しとか事前に色々準備したくてさ」
「今日の講義が終わったら、ロブが町に私の着られるドレスを探しに行ってくれるそうなの。楽しみにしてるわよ」
普段は寡黙な印象のジェーヌも、結婚のことで些か興奮しているのか今日はかなり饒舌な気がする。
「あ、それじゃあさ・・・そのロブの買い物に、俺も付き合って良いかな?」
「え?それは構わないけど・・・プラムは放っておいて良いのか?」
「プラムは今夜も仕事でいないからさ・・・身の安全の為にも、少しでも長くロブ達と一緒に居たいんだよ」
そしてそんな俺の返事を聞くと、ロブはその顔に一瞬大袈裟な奴だというような呆れた表情を浮かべたのだった。

それからしばらくして・・・
何やら楽しげに話し合いながら結婚式の会場や内容について話し合っているロブ達を横目に、俺は個室の隅に隠れるようにして独りの時間を過ごしていた。
そろそろ、1限目の講義も終わる頃だろう。
流石にこの広い大学の構内では食堂以外の場所でエリザとばったり出くわすという可能性は低いだろうが、それでも確実に遭遇の可能性が無い講義室の中に比べれば移動中も全く危険がないわけではない。
だとすれば、学生達の往来が盛んになる休み時間になる前に早めに次の講義室へ移動しておいた方が良いだろう。
「2人とも、そろそろ移動しないか?」
「ん・・・もう10時15分か・・・そうしようか」
そして借りて来た本を返し終えて3人で図書館を後にすると、俺はキョロキョロと周囲を見回しながら次の講義室までのなるべく他の学生の往来が少ない経路を慎重に選んでいた。

「おいおいアレス・・・幾らなんでも少し気にし過ぎじゃないか?」
「そうかも知れないけど、相手はわざわざ寮の部屋にまで押し掛けて来た雌竜なんだぞ?油断は出来ないよ」
「でも、これから先ずっとそうやって怯えてるわけにもいかないんだろ」
もちろん、ロブに言われるまでもなくそんなことは分かっている。
それにもう少し時間が経てば俺にも多少の心の余裕は生まれるのかもしれないが、今はまだ昨夜の恐怖がまるで鉛の錘のように俺の心を縛り付けていたのだ。
だがやがて目的の講義室の近くで1限目の講義を終えてきたらしいプラムと合流すると、ようやく俺も張り詰めていた緊張が解けて人心地付いていた。
「プラム!良かった・・・」
「あらアレス、どうしたの?そんなに息を荒げて・・・」
「こいつ、エリザっていう雌竜に怯えて朝からずっとこんな調子でさ。プラムからも何か言ってやってくれよ」
そんなロブの言葉に、プラムが俺の方へと顔を振り向ける。
「大丈夫よアレス・・・私が付いてるから。ほら、早く講義室に入りましょう」
「あ、ああ・・・」
プラムももしかしたら内心では俺の過剰なまでのビビり様に呆れているのかも知れないが、それでも自分から俺という存在を奪い取ろうとしているエリザに対して彼女も並々ならぬ感情を抱いているのは俺にも見て取れたのだった。

やがて講義室の中へ入ると、俺達は揃って中段の席に腰掛けて講師のモイラ教授が入ってくるのを待っていた。
そして講義開始のチャイムが鳴るのとほぼ同時に、モイラ教授が部屋の中へと入ってくる。
「おはよう、皆さん。それじゃ、今日も講義を始めていくわね」
「先週は確か、この島に移住して来た人間が建物を作り始めた頃の話だったよな」
「ああ・・・力持ちの竜人も大活躍して、それでこの島での竜人達の地位が上がったんだっけ」
そんな俺達の会話が聞こえたのか、モイラ教授がそっとこちらに視線を向ける。
「ちゃんと前回の話を覚えてるようで良かったわ。それじゃあ今日は、それよりももう少し後の時代の話をするわね」
もう少し後の時代というと・・・恐らくは生活の基盤が確立され始めたこの島に、大勢の幻獣達の移民が増え始めた頃の話だろう。
あの竜使いの導師アディと共に世界を旅したというアメリアもこの島に移ってきたのは今から大体50年近く前だと言っていたから、その辺りから島の人口が急速に増えていったのに違いない。

「これは今から大体40年から50年くらい前の時期のことなんだけど、この島に集中的に移民が増えた時期があったの」
そう言いながら、モイラ教授が演壇から周囲の学生達の顔を見回す。
「だから多くの住民は、この島で暮らし始めてから長くてもまだ50年くらいしか経っていないということになるわね」
確かに・・・老齢の竜王様が治めていたり人間に比べて遥かに高齢の種族達が多数暮らしているからまるでここが非常に歴史の長い島のように錯覚してしまいがちなのだが、実際には世界的に見てもかなり歴史の浅い島なのだろう。
「そこで質問なんだけど、その移民最盛期の中でも初期の頃に島へ渡って来たのはどんな種族か知っているかしら?」
「初期の頃か・・・島の噂を聞き付けてわざわざ渡って来たわけだから、多分かなり知能の高い種族だよな」
「それにもし自力で海を渡ったんだとしたら、きっと空を飛べる種族だったんじゃないかしら?」
やがてロブとジェーヌがそんな会話をしているのを聞いている内に、俺もふとある1つの考えが脳裏に過ぎる。
いや・・・恐らくその種族というのは、アメリアの例を出すまでもなくドラゴンに違いないのだ。
ただ分からないのは、基本的に他の種族と関わることなく気の遠くなるような永い年月を孤独に過ごすことも多かっただろう竜族がどうしてわざわざこの島へ移り住むことを決めたのかという点についてだった。
もちろん人間達に命を狙われていてそれまでの住み処から逃げ出したかったという事情があったのかも知れないし、或いは単純に幻獣達の集う島というものに興味を引かれてやって来ただけなのかも知れないのだが・・・
そしてその答えを聞こうとしばらく沈黙を決め込んでいると、やがてモイラ教授がある意味で予想を裏切る想像通りの答えを口にしたのだった。

「結論から言うと、その種族というのはかつて人間と深い関わりのあったドラゴンだったの」
かつて人間と深い関わりのあったドラゴン、か・・・
「竜学コースの学生なら知っていると思うけど、"辺境の竜族"の講師をしているバートン教授もその例になるわ」
そう言えばバートン教授は元々人間で、一緒に暮らしている黒竜レグノの秘儀によって竜に姿を変えたんだっけ・・・
確かにそういう意味では、バートン教授やレグノも人間と深い関わりのあったドラゴンということになるのだろう。
それに、当然ながらアメリアもその例には漏れていないことになる。
他にも探せば人間と関わりの深かったドラゴンというものはたくさん居るのだろうが、それらが特定の時期に集中してこの島に渡って来たというのは何だか意外な気もした。
「そのドラゴン達は、どうやってこの島にやって来たんですか?」
「翼がある種族は自分で飛んで来ることが多かったけど、普通に人間の船に乗って来た例もあるのよ」
ドラゴンが人間の船に乗ってこの島にやって来たというのは何だか俄かには信じ難い話だが、まあそれだけ異種族の交流というのは初期の頃から成立していたということなのだろう。

「バートン教授以外に、当時島に渡って来たドラゴンは誰が居るんですか?」
そんなロブの質問に、モイラ教授が少しばかり首を捻る。
「そうね・・・島の西にある大きな稽古場で剣術の師範をしている、黒竜のグラム氏なんかもそれに当たるかしら」
ドラゴンが、剣術の師範をしてるのか・・・正に鬼に金棒といった感じだな。
「他には町で人間向けにアンティークの家具屋をやっている、赤竜のミロス氏もそうね」
「何だか、人間と関わりが強かっただけあって皆意外なところで意外な仕事をしてるんだな・・・」
「それなら、今度暇を見つけて町にそういうドラゴンを探しに行ってみるのも面白そうじゃないか?」
だがその俺の提案に大きく頷いたロブを、彼の隣りにいたジェーヌがジロリと睨み付けていた。
「それも良いけど、その前に私達にはすることがあるでしょう。ねぇ、ロブ?」
何処と無く不穏な詰問口調でそう言いながらロブの足に巻き付けた尾の先をきつく締め付けたジェーヌの迫力に、何故か俺の方が気圧されて少し身を引いてしまう。
「うっ・・・ジェ、ジェーヌ・・・分かったから・・・い、痛いってば・・・」
メキッという骨の軋む音が聞こえてくる程の締め付けに、ロブが顔を顰めながら必死に制止の声を上げたのだった。

「それじゃあ、今日の講義はここまでにしましょうか」
やがて90分という講義時間があっという間に過ぎ去ってしまうと、俺達は昼飯を食べる為に揃って食堂へと向かうことにした。
そして大勢の学生達が犇く食堂へ辿り着くと、半ば本能的に周囲へと視線を巡らせてしまう。
だがパッと見渡した限り、エリザは近くには居ないらしかった。
「じゃあ俺、プラムと一緒に飯を食べてくるよ」
「え?ああ・・・分かった」
ロブも最初はその俺の言葉に一瞬怪訝そうな表情を浮かべたものの、エリザの件を思い出したのか相変わらずの苦笑を浮かべたまま二つ返事を返してくる。
まあ彼らは彼らで結婚式についての予定を詰めるという仕事が残っているわけだし、寧ろ俺がいない方がそれも捗るというものだろう。

「お待たせ」
「んっ・・・」
それから数分後・・・人間用のカウンターで注文したパンとオレンジジュースを持って大型の学生達が食事に勤しんでいる席へと向かった俺は、早くも2頭目の豚の丸焼きに突入していたプラムの傍にそっと腰を下ろしていた。
何時何処でエリザと遭遇するか分からないという状況は朝と比べて何も変わっていないというのに、ただプラムが傍に居るというだけでこんなにも安心感が違うものなのだろうか・・・
そしてお互いに特に言葉を交わすことも無く黙々とパンを口に詰め込むと、俺は時折おかわりを注文しにカウンターへと走っていくプラムを見つめながら今後のことに思いを馳せていた。
次の3限目と4限目は体育・・・ロブ達は相変わらず結婚式の打ち合わせをするらしいから、彼らには恐らくは昼寝してしまうだろうプラムと一緒にグラウンドで集まろうという話をしてある。
Lクラスの講義中なわけだからそこまで神経質になる必要は無いことなど自分でも分かっているのだが、まるで姿無き暗殺者に付け狙われているかのような拭えぬ不安がどうしても俺の胸にこびり付いていたのだった。

やがて何事も無く昼の休憩も終わりを迎えると、俺はロブ達と合流して満腹になったらしい大きなお腹を満足気に揺らしながら歩くプラムを先頭にグラウンドへとやってきていた。
そして講師であるテノン3姉妹が何時もと同じように号令を掛けると、180名程の学生達が体育館とグラウンドに別れて各々思い通りに体を動かし始める。
快晴の空から降り注ぐ心地良い春の陽気にプラムはもう随分と眠そうにしていたが、一応講師の目は気にしているのかフラフラとよろめきながらもグラウンドの隅へと歩いていくのが何とも愛らしい。
そしてようやく安心したのか豪快に仰向けになって昼寝を始めたプラムの温かい横腹に背を預けて俺も地面に座ると、一緒に付いて来てくれたロブとジェーヌもその傍に揃って身を沈める。
「それでさ・・・ロブはこの後、ジェーヌのドレスを見繕いに行くんだろ?何処かに当てはあるのか?」
「当てっていう程でも無いんだけど、前にジェーヌと町を散策してる時に見つけた服屋が結構品揃え良かったんだよ」
「へぇ・・・」

ジェーヌと町を散策してる時に見つけたということは、ロブ達は結構一緒に出掛けたりしているんだな・・・
プラムとは履修コースの違いで大学から一緒に帰るという機会が少ないから、四六時中一緒に過ごしていられる彼らが時折羨ましくなってしまう。
「時期とか会場はもう決めたのか?」
「色々準備期間もあるし、挙式は来週の土曜日にしようかってロブと話してるの」
「会場については幾つか候補があるんだけど、どうしてもまだ1つには決め切れなくてさ・・・」
そう言いながら、ロブがポリポリと頭を掻く。
「そう言えば会場もだけどさ・・・式には、ロブの両親とか友人も呼ぶのか?」
「まさか・・・流石にそれは無理だよ」
「あら、私は呼ぶつもりよ。両親はこの島には居ないけど、友達はそこそこいるわけだし」
だがそんなジェーヌの言葉に、ロブが驚いたような表情を浮かべて彼女の方を振り返る。
「え・・・ジェーヌの友達って・・・誰が居るんだ?」
「ラミアの仲間は大体友達よ?それに・・・この前ロブが例の店で指名したっていうバザロもね・・・」
「うっ・・・」
余りジェーヌには知られたくなかったのだろう情報が実は彼女に筒抜けだったことに気が付いて、俺はロブの顔から急激に生気が抜けていく様子を目の当たりにしていた。

「彼女から、ちゃんと聞いたわよ?あの晩彼女があなたとしたコト・・・事細かにね・・・」
そんな何処か不穏な雰囲気を滲ませたジェーヌが、ロブの背後から彼の首に両腕を絡み付けて抱き付いていく。
「いや・・・あ、あれは・・・その・・・」
まるで不倫の証拠を押さえられた夫が妻に詰られているような修羅場の気配に、俺は慌ててその場を取り繕っていた。
「ま、まあまあ・・・ロブもあれでジェーヌの愛に気付いたって言うんだから・・・もう責めなくても良いだろ?」
「あ、そ、そうだよ!だからその・・・お、お手柔らかに・・・」
だがジェーヌはそんな情けない懇願の声にも表情を変えないままロブの体に太い尾を2巻き程絡み付けると、逃げ場を失った彼の頬にそっと口付けしていた。
「それじゃあ、早く会場も決めちゃいましょう・・・?」
「わ、分かった・・・分かったから・・・」
はは・・・今から既にこうだってのに、正式に結婚なんてした日にはどれだけジェーヌの尻に・・・
いや、尻尾に敷かれる生活になるんだろうな・・・
俺は顔に冷や汗を浮かべながらも何だかんだで幸せそうなロブを見つめながら、背後で大きな寝息を立てているプラムの方へと意識を振り向けていた。

プラムとの結婚・・・
俺にとってそれは決してゴールなどではなく、寧ろより大きな将来の目標へと向かう為のスタートなのだ。
その為には、まずはこの大学で勉学に励み異種族に対する理解というものを深めなければならない。
新たに幻獣達の安心して暮らせる国を作るという夢を実現するのには、まだまだ多くの解決すべき障害が山積しているのだ。
そしてその障害の中には、一方的に俺を伴侶にすると決め付けて強引に関係を迫って来たあのエリザも入っている。
今後も安心して大学生活を送る為にも、遅かれ早かれエリザとの件は何処かで解決しなければならないだろう。
そしてそんな思索に耽りながらあっという間に3時間余りという体育の時間も終わりを迎えてしまうと、俺は目を覚ましたプラムにロブと出掛けることを伝えて大学を後にしたのだった。

やがてロブとともに町中へ入ってから数分程が経った頃・・・
幾度か広い通りの角を曲がりながら歩くロブに後ろから付いていくと、俺はずっと向こうの道の突き当たりに大きな服屋らしき店があることに気付いていた。
遠くからでも読み取れるその看板には、"エリス服飾店"という店の名前が大学での公用語にもなっている3ヶ国語で書かれているらしい。
「あれがロブの言ってた服屋か?」
「ああ・・・結構大きいところだろ?それに、俺達とそう歳も変わらないってのに店主がまた丁寧な人でさ・・・」
俺達とそんなに歳が離れていないということは、まだ20歳そこそこの人間がこの幻獣達の暮らす島で人間向けの服屋をやっているのか・・・
わざわざこんな不思議な島の大学へ通っている俺が言えた義理ではないのかも知れないが、探せば世の中にはそんな奇特な人が幾らでも居るものなのだろう。

「それにしても、店にちゃんと名前が付いてるってのもなかなかに珍しいな」
「そういやこの島で店名ってのは余り見た記憶が無いな・・・まあ同じ業種の店が少ないから必要無いんだろうけど」
そんなロブの言葉に、俺も深く頷く。
確かに、近くに同じ業種の店が無いのであれば個店名などは必要無いのかも知れない。
服屋のような比較的同業の多い業種だけが、店を識別する為に敢えて店名を付けているということなのだろう。
そしてそんなことを考えている内に何時の間にか店の前へ辿り着くと、俺はもう慣れた様子で人間向けに作られている少し小さめの扉を潜ったロブに続いて店内へと足を踏み入れていた。

「いらっしゃいませ、エリス服飾店にようこそ。私が店主のレンスと申します」
やがて店に入るのとほぼ同時に、まるで執事のような白と黒のシャキッとした衣装に身を包んだすらりとした細身の男性が俺達を出迎えてくれる。
美しい光沢を放っているかのような短めの黒髪に、微かに紫掛かっている宝石のように透き通った瞳。
年齢は確かに20代前半のように思えるのだが、その一切の無駄の無い完璧とも言える立ち居振る舞いはまるで熟年のメイドや召使いのように長年人を持て成す仕事に人生を捧げて来たかの如く洗練されていた。
「本日はどのような物をお探しでしょうか?」
「ああ、その・・・ラミアが着られるドレスを探しにきたんだけど・・・」
「かしこまりました。ドレスの用途は、婚姻用でよろしいでしょうか?」
そんなレンスの言葉に頷いたロブを横目に周囲を見渡してみると、店の片隅にあるドレスを展示しているコーナーだけでも実に数百着に及ぶサンプルがズラリと飾られているらしい。
その上それぞれの用途も婚姻用からパーティ用、ダンス用、普段使い用などに細かく分けられていて、人間だけでなく人間に体型の近い他の種族にも着られるよう工夫の施された特殊なドレスも用意されているようだ。
とは言え、上半身は人間のラミアには普通の人間用のドレスでも十分に着られることだろう。

「へぇ・・・一口にドレスと言っても、色んな種類があるんだな・・・」
俺は予めジェーヌから聞いて来たのだろう体のサイズや特徴をレンスに伝えているらしいロブから離れると、80メートル四方はありそうな広い店内をフラリと覗いてみることにした。
恐らくは吸血鬼などの陽光に弱い種族が着るのだろう遮光性の高いフードの付いた純白のドレスや、背面に尻尾を逃がす為の穴が開いたドレス、それにゴブリンやフェアリーが着るらしいミニチュアのようなドレスまである。
流石に巨人やドラゴンが着られるような物は置いていないようだが、ドレスだけでもこれだけ多種多様な品揃えなのだから普段着や寝巻きのような汎用性の高い服に至っては推して知るべしと言ったところだろう。
「アレス、終わったぞ」
だがしばらくあちこち服を見て回っている内にレンスとの遣り取りが終わったらしいロブがやってくると、彼がその手に何かファイルのようなものを2冊持っているのが目に入っていた。

「ん・・・ロブ、それ何だ?」
「ああ、これは彼に見繕って貰ったジェーヌ用のドレスの見積もりとカタログだよ」
そう言いながら、ロブが1冊のファイルを掲げながら奥の方に居たレンスを親指で指し示す。
「まあ、ここから更にジェーヌと相談して1着に絞らなきゃならないんだけどな」
「もう1つのファイルもそうなのか?」
「こっちは俺用のタキシードのカタログだ」
ロブが、タキシードか・・・
同い年だからというのもあるが、こいつがパリッとした正装をしてる姿はちょっと想像が付かないな・・・
「俺は正直こういうのちょっと苦手だからさ・・・こっちの方は完全にジェーヌに選んで貰おうかと思ってるんだよ」
「ああ・・・それが良いと思うよ。それじゃ、帰ろうか」
「そうだな」
そう言ってロブとともに店を出ようとすると、背後からレンスの元気の良い見送りの声が聞こえてきたのだった。

「それで・・・ロブはこの後はどうするんだ?」
「俺は取り敢えず寮に戻ってまたジェーヌと打ち合わせだな・・・アレスは温泉宿に行くのか?」
「そうだなぁ・・・」
ロブに付き合っている内に何時の間にか意識から外れてしまっていたのだが、俺はふとエリザの存在を思い出すとこれからどういう身の振り方をしようかと頭を悩ませていた。
寮に帰ってもプラムは居ないだろうから温泉宿に行くというのは確かに1つの手ではあるのだが、エリザと初めて出会ったのが温泉宿だっただけにあそこも決して安全な場所とは言えないだろう。
それに時刻ももうすぐ18時・・・頼みの雌竜天国も日に1時間だけある短い休業時間に入ってしまうから、後はもう他の人間専用の施設へ転がり込むくらいしかエリザから身を隠す方法が無いのだ。
前に行った人間専用の休憩所も店が開くのは夜からだし、新しく避難場所を探すのは容易なことではなさそうだ。

やがてそんな思索に耽りながら何時の間にか前を歩くロブとの間に数メートル程の間隔が開いていたことに気が付くと、俺は先に曲がり角を曲がって姿が見えなくなってしまった彼に追い付こうと少しばかり足を速めていた。
ガッ!
「むぐっ!?」
だが次の瞬間、フサフサの真っ赤な体毛を纏った大きな竜の手が背後から無造作に俺の顔を鷲掴みにする。
そして視界と呼吸を一気に塞がれてしまうと、咄嗟にその手を振り解こうと持ち上げかけた両腕までもがもう一方の竜の腕でガッチリと押さえ込まれてしまう。
これはまさか・・・エ、エリザ・・・!?

「んんっ!んぐぅ〜〜〜!」
やがて背後から伸びて来たそれが一体誰の手なのかを理解した次の瞬間、俺は半ば恐慌状態に陥ってすぐ近くに居るはずのロブに助けを求めるように大きな唸り声を上げていた。
グギュッ
「んぐっ・・・うっ・・・」
だがそんな獲物の反抗の兆しを感じ取ったらしいエリザが、無言のまま俺の顔をきつく握り締める。
く、苦しい・・・息・・・が・・・
口と鼻を同時に塞がれて呼吸の術を失った俺は、何とか一息だけでも酸素を吸おうと必死に首を左右に捩っていた。
だがそんな死に物狂いとも言える抵抗さえもが事も無げに捩じ伏せられてしまうと、俺は酸欠の苦しみに喘ぎながらフッと意識を失ってしまったのだった。

「あれ?アレス・・・?」
早く寮に帰ってジェーヌとあれこれ相談しようと無意識の内に速足になっていた俺は、さっきまで微かに聞こえていたはずのアレスの足音が消えたことに気付いてふと背後を振り向いていた。
しかしすぐそこにいるはずの友人の姿が何処にも見当たらず、気付かない内にそんなに引き離してしまったのかという思いが脳裏を過ぎる。
いや・・・そんなはずは無い。
ほんの十数秒前まで俺は確かにアレスと会話をしていたし、道幅が10メートル以上もあるようなこんな大通りではどう考えてもお互いの姿を見失うはずが無い。
ということは、もう考えられる可能性はたったの2つしかない。
アレスは俺がほんの少し目を離した隙に自ら姿を隠したか・・・或いは密かに何者かに連れ去られたのだ。

「アレス!何処に行ったんだ!?」
やはり、幾ら呼び掛けてみても彼からの返事は無い。
だがもし本当にアレスが何者かに攫われたのだとしたら、恐らく相手は彼が言っていたエリザという雌竜だろう。
「まずいな・・・」
アレスからエリザのことを聞いた時には何であんなにも神経質に怯えているのか理解に苦しんだものだが、今となっては彼の危惧が正しかったということなのだろう。
「とにかく、アレスを捜すにしてもまずはプラムとジェーヌに知らせないとな・・・」
そしてそんな思いを胸に温泉宿の社員証である角笛を取り出すと、俺はそれを夕焼けの朱に染まった空に向けて思い切り吹き鳴らしたのだった。

「う・・・うぅ・・・」
それから、一体どのくらいの時間が経った頃だろうか・・・?
微かな呻き声と共に意識を取り戻した俺は、柔らかなベッドのようなものの上に寝ている感触を確かめながら自分の身に起こった出来事をそっと脳裏に思い起こしていた。
確か俺はロブと一緒に寮へ帰る途中で・・・何者かに突然連れ去られたのだ。
いや、顔を掴まれる前に一瞬見えたあの毛むくじゃらの真っ赤な竜の手は、間違い無くエリザのものだろう。
それに一瞬ロブと逸れたあの僅かな隙に襲ってきたということは、きっと彼女は密かに俺を連れ去ることの出来るタイミングを何時の頃からかずっと計っていたのに違いない。
つまりこれは・・・明らかに計画的な拉致なのだ。
そしてそんな極めて危機的に思える自身の置かれた状況を理解すると、俺は恐る恐る目を開けていた。

「・・・?」
最初に見えたのは、自分の寮の部屋のような景色。
だがこれは俺とプラムが何時も寝ているあの広大な特注のベッドではなく、通常支給されているクイーンサイズのベッドのようだ。
ということは、ここは寮の中の何処か別の部屋ということだろう。
だが体を起こそうと手足に力を入れた瞬間、俺は左の足首にフサフサの赤い体毛に覆われた尻尾のようなものが巻き付けられていたことに気付いていた。
そしてそれが背後にいたエリザの尻尾なのだと理解するより先に、妖しい艶のある彼女の声が俺の耳元へと吹き込まれてくる。

「アレス君・・・やっと気が付いた?」
「エ、エリザ・・・?」
俺を襲ったのがエリザだということには予想が付いていたものの、いざこんな何処とも知れない場所に連れ込まれてしまうと本能的な危機感が頭を擡げてしまう。
「こ・・・ここ・・・一体何処なんだ・・・?」
やがて恐ろしさの余り背後を振り向くことも出来ないままそう訊ねてみると、その屈強な両腕で俺の体を抱き竦めながら彼女が弾んだ声を上げる。
「ここは私の住んでいる寮の部屋よ・・・ふふふ・・・分かってるんでしょう?そんなこと・・・」
まあ同じ大学に通っているのだから、エリザにも寮の部屋が与えられているのは別におかしいことではないだろう。
確か彼女はGクラスだと言っていたから、きっとここはG棟の建物の何処かの部屋なのに違いない。
「エ、エリザは俺を・・・一体どうするつもりなんだ・・・?」
「そんなの決まってるでしょ?アレス君はこの私の伴侶になるんだから・・・することなんて1つしかないじゃない」
「だ、駄目だよ・・・俺にはプラムっていう婚約者の雌竜が・・・むぐっ!?」
だが拒絶の声を漏らした次の瞬間、彼女の大きな手が俺の口を塞ぐようにまたしても顔を鷲掴みにする。
「あら、口答えだなんて生意気よ・・・ほら、こっちを向きなさい」
そして口を塞がれたまま半ば力尽くでグイッと体を反転させられると、俺はその純黒の竜眼を爛々と輝かせたエリザの顔に正面から睨み付けられていた。

「う・・・うぐ・・・」
「プラムって、昼間アレス君と一緒に食堂にいたあの赤い雌竜のことね?」
昼間・・・ということは、エリザはきっと俺が気付かなかっただけで広い食堂の何処からか俺達の動向を窺っていたのだろう。
「この私からアレス君を奪おうだなんて、幾ら竜王様の娘とは言っても許せないわねぇ・・・」
プラムが竜王様の娘だということを知っていながら、エリザはそんなことなどまるで関係無いと言わんばかりにその顔へ明らかな怒りの表情を浮かべていた。
そして何処か遠くを見つめていたその視線が再び俺の顔へと戻ってくると、険しい表情が一転して不穏な微笑へと変化する。

「まあ良いわ・・・早い話が、アレス君が私を選べば全て丸く収まるってことよね」
「うぐっ・・・ううぅ〜〜〜!」
その瞬間反論は許さぬとばかりに鷲掴みにされていた顔の締め付けが増すと、頭蓋骨が鈍い痛みを伴いながらメキメキと恐ろしい軋みを上げていた。
た、助け・・・て・・・
「もう・・・まだ文句があるのかしら?アレス君ってば、随分と強情なのね・・・」
有無を言わせぬ力で捩じ伏せられるという男としては極めて屈辱的な状況にいるというのに、俺は今にも頭を握り潰されそうな程のエリザの膂力にすっかりと恐れをなしてしまっていたのだろう。
「口で言っても聞けないって言うのなら・・・その身も心も、徹底的に堕としてあげるわね・・・」
そしてそんな背筋が凍り付きそうな程の冷たい感情の込められた声が聞こえると、俺はいきなりガバッとエリザに正面からきつく抱き締められたのだった。

ギュウゥッ・・・
「うあぁっ・・・!」
屈強な筋肉を纏う太い両腕で上半身を力一杯締め上げられながら、下半身にもエリザの逞しい両脚と長い尻尾が巻き付けられていく。
ミシ・・・ミシギシ・・・
「は・・・ぁ・・・」
地面に這った状態でも体高1.4メートル程のエリザとはかなりの体格差があるせいで、俺は乳房ではないが豊満な膨らみを持った彼女の胸筋の間に力強く顔を埋められてしまっていた。
「う・・・んんっ・・・」
全身の骨が軋むような激しい抱擁が、微かな息苦しさと鈍い痛みを伴いながら奇妙な快感をも齎してくる。
手も足も全く動かせない上にギリギリと絞り上げられながら彼女の凄まじい体重をまともに浴びせ掛けられて、俺は苦悶に喘いでいるはずだというのに何故か顔を蕩けさせてしまっていたのだ。

「どう、アレス君・・・気持ち良いでしょう・・・?」
ギュウッ・・・
「あっ・・・あぅ・・・」
フサフサの体毛の奥に隠れた、みっちりと鍛え上げられた筋肉の弾力。
その力強さと何故か心安らぐ温もりに、抵抗しようとしていた意思までもがじっくりと溶かされていく。
顔にぷっくりとした双丘をグリグリと押し付けられながら暴れようとした手足が絶望的なまでの力で締め付けられ、俺は完全にエリザの懐の中でその身も心も支配され始めていた。
「うぶ・・・んぐ・・・ふ・・・」
そして何時しか彼女の胸元に自ら顔を擦り付けてしまうと、全身を襲う心地良い圧迫感が更に一層強くなる。
「ふふふ・・・強情なアレス君も、大分素直になったみたいねぇ・・・」
メキメキッ・・・
「うぐ・・・ぅ・・・」
これはまるで調教だと言わんばかりに、全身が締め潰されそうな程の圧迫感と心地良い快感が海岸に打ち寄せる波の如く交互に押し寄せてくるのだ。

ドサッ・・・
「あ・・・ぅ・・・」
やがてたっぷり5分程にも及ぶ熱い抱擁を味わわされると、俺はぐったりと力尽きてベッドの上に崩れ落ちていた。
「さぁ・・・服を脱ぎましょうね・・・」
そしてまるで過去に幾度も同じ状況を経験しているかのように器用な手付きであっという間に着ていた服を全て脱がせられてしまうと、素っ裸になった俺の体を彼女が再び抱き締めてくる。
「ほぉらアレス君・・・今度はもっと気持ち良いわよ・・・」
グギュゥッ・・・
「は・・・ああっ・・・!」
すっかり露わになった全身の肌に押し付けられる、筋肉質だが微かな弾力を併せ持つエリザの肢体。
そんな彼女の抱擁は、それだけで雄を篭絡し骨抜きにしてしまう程の威力を持っていた。
抵抗しようなどという意思は形になる前に押し潰され、体中で直に感じるエリザの温もりが疲労や恐怖とは全く別の理由で俺の呼吸を荒くしていく。

「エ、エリ・・・ザ・・・」
「なぁに、アレス君・・・?」
ミシ・・・メキキ・・・
「うあっ・・・は・・・」
まるで俺がそうして欲しいと思ったことを見透かしたかのように、返事を聞く前に彼女が更に強く俺の体を抱き締めていく。
だ・・・駄目だ・・・ただ・・・だ、抱き締められている・・・だけなのに・・・気持ち・・・良い・・・
「ふふ・・・大丈夫よ・・・言わなくても分かってるわ・・・もっと、こうして欲しいんでしょう?」
ガシッ・・・
そしてそう言いながら俺の後頭部を片手で掴むと、彼女が自身の胸にギュッと俺の顔を押し付ける。
「んぶっ・・・ぐ・・・んぐぐ・・・」
い、息が・・・苦しい・・・のに・・・もっ・・・と・・・

ほんの数分・・・いや、もしかしたら数十秒だったのだろうか・・・
俺はただエリザに裸の体をきつく抱き締められていただけだというのに、最早彼女に逆らおうという意思そのものを完全に粉砕されてしまっていた。
この身の全てを彼女の懐に預けてしまいたくなるような底無しの包容力に、俺はきっと心が折れ掛けていたのだろう。
「良いわ、アレス君・・・素直になったご褒美に、もっと気持ちの良いことをしてあげるわね・・・」
そう言うと、エリザが俺の下半身に絡み付けていた両脚と尻尾を解いていた。
更には俺の股の間にフサフサの体毛に覆われた太い脚を差し込むと、逞しい筋肉に覆われた彼女の腿が肉棒へギュッと押し付けられる。
グ・・・グリッ・・・
「はぁっ・・・!」
「ふふふ・・・ほぉら・・・アレス君の大事なところ、ゆっくりと磨り潰してあげるわ・・・」
優しく耳元へと吹き込まれていく、背筋が粟立つような魅力と恐ろしさを伴った悪魔の囁き。
そしてその声に釣られるようにして胸の間からエリザの顔を見上げてみると、彼女の黒い竜眼に何時しか凄艶な雌の情欲が燃え上がっていたのだった。

ギュウッ・・・グリグリ・・・
「うあぁっ・・・!」
なおもきつく俺の体を掻き抱きながら、股間へ押し付けられたフサフサのエリザの太腿がゆっくりと左右に捻られる。
たったそれだけで敏感な肉棒がむっちりとした弾力と肌触りの良い体毛に磨り潰されて、俺は余りの気持ち良さに動かぬ体を必死に捩っていた。
「ふふふふ・・・」
ゴリッ・・・ゴリリ・・・
だがそんな俺の抵抗をまるで鼻で笑うように力で捩じ伏せながら、半ば強制的に勃ち上がってしまった雄がまたしても毛むくじゃらの温かい肉塊に蹂躙されてしまう。
「ひっ・・・や、止め・・・ぐあああっ・・・!」
何とか足を閉じてエリザの腿を引き離そうと試みてはいるのだが、俺の胴体程もありそうな極太の筋肉を纏うエリザの脚を人間の力で撥ね退けられる道理などあるはずも無く・・・
抵抗へのお仕置きとばかりに更に激しくエリザが肉棒を踏み躙っていた。

「気持ち良いでしょう・・・?アレス君・・・あのプラムって雌竜は、こんなことしてくれないんじゃないかしら?」
「そ、そんな・・・こと・・・んぐっ・・・」
何とかその言葉を否定しようと声を上げた強情な口を塞ぐように、エリザが再び俺の頭を自身の胸元へ押し付ける。
と同時にズシッとその全体重で俺をベッドの上に敷き潰すと、呼吸器を塞がれて息苦しさにもがく獲物に止めを刺すかのように肉棒へ擦り付けられている彼女の脚が小刻みに震わされていた。
グリグリグリグリグリグリ・・・
「ん〜〜〜〜〜!んぐっ・・・んごぉっ・・・!」
ビュグ・・・ビュルル・・・
容赦無く肉棒を摩り下ろすその暴力的な刺激に、くぐもった悲鳴を迸らせながら半ば暴発気味に精を放ってしまう。
だがエリザはそんなことなどお構い無しに射精中のペニスをフサフサの腿でギュッと押さえ付けると、尿道に残った微かな精の残滓まで搾り取るかのようにゆっくりと脚を捻りながら股間を擦り上げていった。

「んが・・・ぁ・・・」
ピュピュッ・・・
「あらあら・・・一杯出したわねぇ・・・アレス君・・・」
俺の吐き出した白濁でべっとりと汚れた自身の腿をチラリと見やりながら、エリザが支配欲に妖しく染まった不穏な視線を有無を言わせぬ抱擁と射精で疲れ切った俺の顔へと注いでくる。
「もう・・・や・・・めて・・・」
「ふふ・・・止めて欲しいのね・・・それじゃあ私の伴侶に、なってくれるわよねぇ・・・?」
だが否定は断じて許さないというような冷たい殺意さえ感じられるその危険な声に、俺の中に辛うじて残っていた理性と矜持が懸命な抵抗を見せる。
「そんな・・・そ・・・それだけ・・・は・・・」
ゴリゴリゴリゴリッ!
「あぐわあぁっ・・・!」
先程までの心地良い愛撫とは次元の違う、明らかの怒りの篭った苛烈な責め苦。
これ以上否定すれば命さえ奪われかねないという本能的な危機感が、俺の両目からボロリと熱い雫を溢れさせていく。
そして必死に歯を食い縛ってその刺激に堪えていた俺の様子にますます激昂すると、エリザが股間から離した腿の代わりに温泉宿で俺を瞬殺したあのモサモサの手で肉棒を捉えていた。

サワワ・・・
「はぁっ・・・!」
「もう1度だけ訊くわよ、アレス君・・・どう答えれば良いのか・・・もちろん分かってるわよねぇ・・・?」
そう言いながら、太い4本の指先がサワサワとペニスの裏筋を擽っていく。
たったの一撫でで果ててしまった温泉宿でのあの責めでさえ、彼女にとってほんのお遊びでしかなかったのだろう。
その証拠に、俺はそんなゆっくりとした指遣いにさえ早くも耐え難い疼きが競り上がってきたことを感じていた。
だが俺がエリザの望む返事をしない限り、その切ない快楽に終わりが来ることは無いのに違いない。
つまり俺は今、彼女にペニスではなく心臓を握られてしまっているに等しかったのだ。
彼女の伴侶になるという返事をしなければ、きっと俺はこのまま・・・彼女に・・・

「ふふ・・・それじゃあ訊くわねアレス君・・・私の伴侶に・・・」
その瞬間、明らかな殺意の込められた鋭い眼光がいきなり俺の胸を貫いていた。
「なってくれるわよねぇ・・・?」
だ、駄目だ・・・プラムを・・・裏切るわけには・・・
「ん・・・んんっ・・・」
喉元に突き付けられた凶悪な刃の如きエリザの手が、やがてそう漏らしながら微かに左右へ首を振った俺の股間をじんわりと鷲掴みにしていく。
こ・・・殺され・・・る・・・
そう確信出来るだけの黒く熱い怒気が、今やエリザの全身から湯気のように発散されていた。
俺は・・・雄を握り潰されるのだろうか・・・或いは、気が狂うまで生殺しの責め苦を味わわされるのだろうか・・・
もう今にも襲い掛かってきそうな濃厚な死の気配に、手足の指先が、歯の根が、ガクガクと激しく震え出してしまう。
だがせめて悲鳴だけは上げまいと今にも壊れそうな覚悟を固めてきつく目を閉じていた俺の様子をしばし見つめると、エリザは何を思ったのか突然俺の胸を片手でドスッとベッドに押し付けていた。
「うぐっ・・・」
そしてもう一方の手を離した俺の股間の上に跨ると、その凶悪な体重がズシリと下腹部に預けられていく。
やがて一体何が起こったのかという思いにそっと目を開けてみると、彼女は相変わらずの怒りの表情を浮かべたままベッドに組み敷いた俺の肉棒に自らの股間をグッと押し付けていたのだった。

ズリッ・・・
「くあっ!?」
次の瞬間、エリザが無言で俺を睨み付けたまま体毛の隙間から微かに見える縦長の秘裂で俺の肉棒を磨り潰す。
だが先程までの素股とはまた違った強烈な快感にビクンと跳ね上がった俺の体を、彼女がまるで突き飛ばすようにして荒々しくベッドに押し付けていた。
ズシッ
「あぐ・・・ぁ・・・」
「私にこれだけ迫られても堕ちなかった雄は、あなたが初めてよ・・・アレス君・・・」
見る者の背筋を凍り付かせるかのような冷たい殺気と、熱く燃え上がる内なる激情を無理矢理に押さえ付けているかのような危うい暴虐の気配。
そんな恐ろしい視線を俺に突き刺しながら、エリザがなおも左右に腰を振って俺のペニスを蹂躙する。
グリグリッ・・・ズリリッ・・・
「や、止め・・・て・・・エリ・・・ザ・・・」
与えられているのは苦痛ではなく、まるで天にも昇るかのような気持ち良さ・・・にもかかわらず、俺は彼女が発する黒々とした感情に魂を焼かれ始めていた。

グッ・・・
そして何時の間にか性懲りも無く屹立してしまった肉棒の裏筋に固く閉じた膣口を押し当てながら、エリザが交差させた両腕で俺の肩を組み敷くようにその重々しい体重を預けてくる。
「はぁっ・・・な、何を・・・」
「私・・・本当はこんなことしたくなかったのよ・・・アレス君が素直に私の伴侶になってくれれば・・・」
そう言いながら、磨き上げられた黒曜石の如き妖しい煌きを帯びた黒眼が俺の顔を真っ直ぐに捉えていた。
「でも仕方無いわね・・・強情なアレス君が悪いのよ・・・あなたは私の心を・・・踏み躙ったんだから・・・」
「そ・・・そんなつもりじゃ・・・」
あくまでも静かで落ち着いた、しかし危険な雰囲気を漲らせるエリザの声。
しかしそれを否定しようとした瞬間、俺は両肩を押さえ込まれたまま鋭利に研ぎ澄まされた白刃のような指先の爪をスッと喉元に突き付けられていた。

チクッ・・・
「ひっ・・・」
雌竜天国で出会った雌竜達はあのローゼフやネイラでさえ客を傷付けないようにか手足の爪は丸く削られて念入りに手入れされていたというのに、エリザのそれは確実に獲物の息の根を止める為の凶器そのものだったのだ。
俺はこの半月竜島に来て以来、人間とは異なる種族を幾つも幾つも目にしてきた。
それは人間から見れば所謂怪物や化け物と称されるような異形の者達ばかりだったものの、彼らとの付き合いの中において身の危険を感じたことはあっても死の恐怖を感じたことは1度も無かったはず。
だが首筋に押し当てられた凶悪な竜爪の感触に、俺は今紛れも無い死の気配を味わっていた。
これ以上彼女の機嫌を損ねたら・・・いや・・・もしかしたら、もう既に手遅れなのかも・・・
恐ろしさの余り声を出すどころか指先さえ動かせず、俺はただ両目一杯に涙を溜めて震えることしか出来なかった。

いや・・・もしかしたら俺は、死そのものを恐れていたのではないのかも知れない。
こんな絶体絶命の状況で俺が真に恐れていたのは・・・
きっとプラムへの愛を手放すことを迫られることだったのだろう。
そしてそれは、自らの伴侶になれと言われても俺がそれを拒絶することを確信しているが故の恐怖でもあった。
だがそんな無力な俺の姿をしばし眺め回すと、エリザがその致命的な質問を俺へ投げ掛ける代わりに自らの秘所をゆっくりと開いていく。
クチュッ・・・
「う・・・」
恐らくは凄まじい威力を誇っているのだろうエリザの割れ目がまるで獲物を呑み込むように口を開ける感触をペニスへ直に味わわされて、俺は思わずゴクリと息を呑んでいた。
「大丈夫よアレス君・・・こんな風に喉元に爪を突き立てたまま、私の伴侶になれなんて残酷なことは言わないわ」
相変わらず全く大丈夫そうに見えない不穏な雰囲気を滲ませながら、エリザが俺の耳元へゆっくりとそのマズルの先を近付けてくる。
「アレス君は口で言っても聞いてくれないようだし・・・後はもうあなたの体に直接教えてあげるしか無いみたいね」
「な、何を・・・」
「あら・・・決まってるでしょう・・・?私を拒絶した雄がどんな末路を辿るのか・・・じっくりと教えてあげるわ」

ズブブッ・・・
次の瞬間、俺は固くそそり立った自身の雄槍がエリザの秘裂へ押し込まれた音と感触に意識を塗り潰されていた。
ジュブ・・・ジュグブ・・・
「はあぁっ・・・!」
あつ・・・い・・・いや、それ以上に・・・し、締め付け・・・が・・・
ギュウウゥ・・・
彼女の膣内を満たしていたのは、まるで触れただけで火傷しそうな程の内なる怒りに煮え滾った高温の愛液。
だがそんな耐え難い熱さに喘ぐより先に、俺は屈強な筋肉そのもので出来ているかのような力強い襞の群れに肉棒をみっちりと締め上げられていた。

ミシ・・・ミチッ・・・
「ぐああっ・・・止め・・・潰れ・・・る・・・」
「言ったはずよ、アレス君・・・これは私を拒絶した雄へのお仕置き・・・まだまだ、もっと辛くなるのよ・・・」
苦悶の悲鳴を迸らせながらも喉元に突き付けられた爪の感触にロクに身動ぎさえ出来ない俺の姿を見つめながら、エリザが余りにも無慈悲な言葉を突き刺してくる。
そして深い竜膣へ根元まで俺の肉棒を押し込むと、彼女が再びその太い両手脚で俺の体を抱き締めていた。
更にはエリザ自身と俺を纏めて縛り上げるかのように長い尻尾もシュルリと2巻き程巻き付けられると、勢い余って俺を押し潰さないようにか彼女がゴロリと体を転がして俺を抱き締めたままその身を仰向けに反転させる。
お陰で全身に圧し掛かっていた息苦しい程の重圧は幾らか緩和されたものの、俺はこれから何をされるのかを既に嫌と言う程思い知らされていたのだった。

ギッ・・・ギシ・・・
「う・・・あっ・・・」
ついに始まった、じっくりと雄を甚振り捩じ伏せる悪夢の抱擁。
全身の骨が軋みを上げながら圧縮されていくかのような鈍い痛みに、俺はくぐもった悲鳴を上げていた。
ギュウウゥ・・・
だがそんな俺の声を封じるように、豊満な膨らみを持つ彼女の胸筋が俺の顔に押し当てられていく。
それと同時に彼女の中へ押し込まれたペニスにも断続的な圧搾が加えられ、俺はその苛烈な責め苦に必死に身を捩っていた。
メキメキメキィ・・・
「ぐあ・・・がっ・・・」
ゆっくりと、万力のように背骨を締め上げる太い腕。
じんわりと、心までもを縛り付けるかのように絡み付いてくる屈強な脚。
弱り切った雄を受け止め蕩かそうとする、微かな弾力を孕んだ暖かい胸。
そして雄の象徴を呑み込み徹底的に蹂躙する、灼熱の愛液に満ちた柔肉の海。
どれ1つ取っても人間の俺には手に負えない程の威力を持ったそれらが、一体となって俺という存在を容赦無く責め立ててくるのだ。

ジュブ・・・ギュグッ・・・
「はあぁっ・・・!」
き、気持ち・・・良い・・・
こんなにきつく抱き締められて・・・息も苦しくて・・・体中が痛い・・・はずなのに・・・
プラムを裏切れないという理性の訴えと、このままエリザに全てを委ねてしまいたくなってしまう本能の疼き。
それらが俺の中で激しく葛藤し、切ない痛みとなって胸を焦がしていく。
「ふふ・・・心地良い痛みと、辛く苦しい快楽・・・その両方を味わって、何時まで持つかしらね・・・アレス君?」
耳元でそう呟きながら、彼女の抱擁がさらに一段と激しさを増す。
ギシ・・・メキメキ・・・
「がはっ・・・ぁ・・・」
辛うじて窒息しないように最低限の手加減はされているらしいものの、ピクリとも手足を動かせないまま延々と締め上げられる責め苦に俺は早くも体中の力を奪い取られてしまっていた。
そして耐え難い程の鈍痛に顔を顰める度に、肉棒がグギュリと握り締められてしまう。

「さあ・・・もう分かったでしょう?早く素直になりなさい、アレス君・・・そうすれば、楽になれるわよ・・・」
あくまでも俺の口からプラムを諦める言葉を絞り出そうということなのか、やがてそんな悪魔の囁きがすぅっと脳の奥にまで入り込んできた。
「い・・・嫌・・・だ・・・」
メリメリッ・・・メキ・・・
「あが・・・は・・・」
「アレス君・・・これ以上はどうなっても知らないわよ・・・」
そう言いながら、彼女が自身の胸に押し付けた俺の頭をゆっくりと撫で回していく。
「それとも、竜の本気の抱擁に耐えられる人間がいるとでも思ってるのかしら?」
それは明らかに、彼女の意に沿う返答をしなければ俺を殺すという宣言に等しかった。
これまではその雰囲気を滲ませることはあっても敢えて明言を避けてきたのだろう俺に対する殺意を初めて露わにされて、いよいよ極限の淵へと追い詰められてしまう。
「ほら・・・まだ辛うじて口が利ける内に言いなさい・・・あなたの本心を・・・よく聞こえるようにね・・・」
「う・・・うぅ・・・」

嫌だ・・・たとえここでエリザに殺されることになったとしても・・・俺にはプラムを裏切ることは出来ない。
プラムは俺の伴侶であるということだけではなく、この半月竜島のような幻獣達の楽園を作るという将来の夢を誓い合った仲でもあり、同時に俺という存在そのものでもあったのだ。
そんな彼女を否定することは、自分で自分を殺すようなものだろう。
だが今のエリザに、そんな理性に従った説得などしても無意味なことは良く分かっている。
ならばもう俺に出来ることは・・・ただ自分の心に嘘を吐かずに悲壮な沈黙を守ることだけだった。
やがて覚悟を決めるように無言を貫いたままそっと両手の拳を握り締めると、それを拒絶の返事と受け取ったらしいエリザがその全身に恐ろしい力を漲らせたのが伝わってくる。
「そう・・・残念だわ・・・アレス君・・・」
そしてそんな言葉とは裏腹に何の感情も読み取れないエリザの声が静かに耳の中へ吹き込まれると、俺は自分という存在が跡形も無く押し潰されるような衝撃と共に昏い闇の中へと意識を吹き飛ばされたのだった。

ドンドン!
「プラム!いるんだろ!?早く出て来てくれ!」
服屋へ行った帰りにアレスの姿を見失った俺は角笛を吹いて迎えに来てくれた黄土色の雄竜に大学の寮まで連れて行って貰うと、部屋で待っていたジェーヌを伴ってアレス達の部屋を訪れていた。
そして何度か部屋の扉を叩いていると、大学から帰るなり夜の仕事までの間に仮眠でもしていたのか何処か眠そうなプラムがゆっくりと顔を出す。
「ん・・・ロブに・・・ジェーヌ・・・?どうかしたの?」
「アレスがいなくなったんだよ。一緒に服屋へ行った帰りに、角を曲がったらもうあいつがいきなり消えてて・・・」
だが捲し立てるようにそう言った俺の言葉を理解するのに数秒の時間を有したのか、しばし固まっていたプラムが突然ガバッと俺の眼前にその大きな鼻先を突き出していた。

「アレスが!?どうして!?何処へ行ったの!?」
「わっ・・・」
流石にプラムのような大きな雌竜にいきなり迫られて、俺はビクッと身を引くとその青い竜眼を爛々とギラ付かせているらしい彼女に完全に恐れをなしてしまっていた。
「ロブの話だと、エリザっていう雌竜に連れ去られたんじゃないかって・・・」
だが驚きの余り一瞬声を失ってしまった俺の代わりに、ここにいる者達の中では最も落ち着いていたらしいジェーヌが状況を説明してくれる。
「彼、今日ずっとその雌竜に怯えてたみたいだし」
「そんな・・・」
「何処か、エリザがアレスを連れ去るような場所に心当たりは無いのか?」
やがて何とか気を取り直してそう言うと、プラムが相変わらず険しい表情を浮かべながらも首を捻っていた。

「エリザって、確かこの大学の学生なのよね?だとしたら多分、自分の寮の部屋に連れ込むんじゃないかしら?」
成る程・・・確かに寮の部屋があるのなら、学生証を持っていなければ入れないエリザの自室は真っ先に調べる必要があるだろう。
ただ・・・問題はそれが一体何クラスの何処の部屋なのかということだった。
アレスからエリザのクラスについては聞いていなかったし、仮にクラスが分かったとしても俺達のLクラスだけでも180名近い学生がいるのだ。
今年入学した学生は全部のクラスを合わせると約540名程で例年よりも少なめだということだから、もしかしたら2年生のエリザが属しているクラスの学生はLクラスのそれよりも更に多いという可能性だってある。
それに・・・結局エリザの部屋が特定出来たところで、彼女に居留守を使われたら俺達に打つ手は無いだろう。

「くそ・・・それじゃあ・・・どうしようもないじゃないか・・・」
「彼・・・無事だと良いんだけど・・・」
「とにかく、やれることからやってみましょう?誰かが、そのエリザの部屋を知っていれば良いんだけど・・・」
だがふとプラムが言ったその言葉に、俺はハッと顔を上げていた。
「そうだよ!大学の事務室に行けば、きっとエリザの部屋を教えてくれるんじゃないか?」
「そうね!じゃあ、ロブが訊きに行ってくれないかしら?あなたが多分状況を一番正確に伝えられると思うし・・・」
「プラムはどうするんだ?」
そう訊くと、部屋から出て来たプラムが沈痛な面持ちを浮かべて周囲に視線を振り向ける。
「私はその間、一応空からアレスを捜してみるわ。アレスが必ずしもエリザの部屋にいるとは限らないわけだし」
「それなら、私は他の友達に町で彼を見てないか訊いてみるわね」
やがてあっという間にお互いの役割を分担すると、俺達はアレスを見つける為にそれぞれ三方へと散ったのだった。

それから数分後・・・
俺はジェーヌ達と別れて大学の事務室へ駆け込むと、応対に出た女性に事情を話していた。
そして学生名簿を調べて貰うと、ほんの数十秒で返答が返って来る。
「2年生のエリザさんの部屋ですね。"G-0408"になります。ただ、こちらでは中へ入ることは出来かねますが・・・」
「ああ、それは大丈夫です。取り敢えず部屋の番号だけ分かれば、後はこっちで何とかしますから」
やがてそう言いながら足早に事務室を出ると、俺は急いでG棟の寮へと取って返していた。
途中で大学から飛び出して来た俺の姿を見つけたプラムが空から降りて来て合流したものの、ジェーヌはまだ聞き込みの方を続けてくれているらしい。

「それで、部屋の場所は分かったの?」
「ああ・・・G棟の4階、0408だ」
「ロブ、乗って!」
やがてエリザの部屋の番号が分かった途端、プラムはその場に身を低めると切羽詰った声で俺にそう叫んでいた。
そんな突然のプラムの行動に面食らいながらも言われた通りに背中へ攀じ登ると、彼女がバサッと大きな翼を羽ばたいて空へと舞い上がる。
成る程・・・寮の建物には屋上に棟の文字が書かれているから、空から捜した方が手っ取り早いのは確かだ。
それに部屋の扉がある通路は外に露出しているから、プラムは直接G棟の4階に乗り込むつもりなのだろう。
そして案の定G棟の建物を見つけたプラムが真っ直ぐに4階の通路へ飛び込むと、俺は"G-0408"と書かれている部屋の扉を力一杯叩いたのだった。

「エリザ!エリザ!大変なんだ!すぐ開けてくれ!」
「んもう・・・何よ、これからが大事だって言うのに・・・五月蝿いわねぇ・・・」
私はつい今し方渾身の抱擁に抱き潰されてぐったりと気を失ったアレス君の苦痛に歪んだ顔を一瞥すると、部屋の外でがなり立てている何者かへと怨嗟の視線を向けていた。
「まあ良いわ。どうせ中には入って来られないんだし・・・さっさと済ませましょうね、アレス君・・・」
そして相変わらず荒々しく扉を叩いては何かを叫んでいるらしい招かれざる訪問者の声を無視すると、力無く弛緩したアレス君の手足をベッドの上へ大の字に広げてやる。
命の危険を感じていたはずの彼になおも拒絶されてしまったという怒りに任せてつい必要以上の力を込めて締め上げてしまったが、取り敢えず見た限りは何処も骨が折れたりといった怪我をしている様子は無さそうだ。

「ふぅ・・・取り敢えずは良かったけど・・・これはあなたが強情だから悪いのよ・・・」
やがて小さく安堵の息を吐き出しながらそう独りごちると、薄っすらと汗を掻いているアレス君の胸元へと静かに舌を這わせてやる。
そして気絶した主とは裏腹にまだ与えられぬ絶頂の気配を待ち侘びて屹立していた彼の肉棒をグボッという音と共に膣から引き抜くと、私はねっとりとした桃色の愛液に塗れたそれを右手で優しく握り締めていた。
サワサワサワ・・・
「ぅ・・・」
更にはピンと天を衝いてそそり立った肉棒をフサフサの体毛を纏った掌で軽く撫で回してやると、意識を失っているはずのアレス君がピクンとその身を跳ねさせる。
「大丈夫、すぐに終わるわ・・・どんなに卑怯な手を使ってでも、絶対にあなたを堕としてあげるからね・・・」
まるで睦言のように意識の無い人間の耳元へそう囁きながら、肉棒を弄ぶ手を更に激しく躍動させていく。
流石に刺激に敏感な反応をする覚醒時とは違って私の手淫にもすぐに果てるというようなことは無いらしいものの、彼は自分でも全く意識することなく確実に絶頂へと向かって押し上げられているのだ。

シャワシャワシャワワッ・・・
「ぁっ・・・」
ビュルッ・・・ピュルル・・・
そしてじっくりと磨り潰すように肉棒を捏ね繰り回してやると、ついに限界を迎えたらしい雄槍がまるで断末魔のように一筋の精を放ってからぐったりと萎びてしまっていた。
「良く出来たわアレス君。それじゃあ私との本番は、承諾の返事を聞いた後のお楽しみにしましょうね・・・」
私はそう言って自身の掌をべっとりと汚したアレス君の白濁を予めベッドの下に隠してあった透明なガラスの容器へ移すと、依然として遠い夢の世界を彷徨っている愛しい伴侶の頬を一舐めしてから共に深い眠りへと落ちたのだった。

「駄目だ・・・多分中にいるとは思うんだけど・・・やっぱり出て来るつもりは無いみたいだ」
「それなら、力尽くで破りましょうよ」
「それは無理だと思うよ・・・ほら、この扉も周囲の枠も、壊れないようにアンバーメタルで出来てるみたいだ」
これまで余り注意して見たことは無かったのだが、どうやら寮の外装は壁や扉、それに転落防止の柵なども含めてそのほとんどがアンバーメタルで作られているらしかった。
プラムとアレスの出会いはプラムがアレスの部屋の天井をブチ抜いて落ちて来たからだと聞いたから恐らくは基礎を含めた建物内部は通常の建築物と同様に木材をベースにしているのだろうが、流石に外側だけは頑丈なのだろう。
「じゃあ、どうするの?」
「取り敢えず、ここにいても何も出来ないなら一旦引き揚げよう」
「引き揚げるですって!?」
そんな俺の言葉に、プラムが何て事を言うのかといった物凄い剣幕で迫ってくる。
「エ、エリザだって、ずっとアレスを監禁しとくわけにはいかないだろうし・・・」
「でも・・・」
「それに、余りエリザを刺激すると却ってアレスの身が危ないかも知れないだろ?」

そう言うと、やがてプラムが葛藤を滲ませた眼で俺をじっと見つめたままか細い声を漏らしていく。
「・・・分かったわ・・・」
流石のプラムもアレスの身が危ないかもと言われてしまっては意地を張るわけにはいかなかったのか、ワナワナと怒りに身を震わせながらも何とかこの場は矛を収めてくれたらしい。
「私、今日は仕事を休むようにベルゼラに言って来るわ。何時アレスが帰って来るか分からないし」
「ああ・・・俺は後でジェーヌが戻って来たら何か情報が無かったか聞いてみるよ」
「ええ、ありがとう・・・」
そして失意と焦燥を胸にG棟の建物を後にすると、俺は傍から見ているだけでも痛々しい程にがっくりと項垂れているプラムと別れて自室へと引き返したのだった。

「う・・・ぐ・・・」
体中に感じる倦怠感と鈍い軋み・・・そして芯の奥に残るような重い疲労感に、俺はくぐもった呻き声を上げながら目を覚ましていた。
そして薄っすらと目を開けてみると、見覚えのある景色が眼前に広がっていく。
ここは・・・エリザの部屋・・・?
そしておぼろげな意識の中でその事実に思考が行き当たると、俺は気怠い体をゆっくりとベッドから起こしていた。
俺は・・・まだ生きてるのか・・・
"そう・・・残念だわ・・・アレス君・・・"
それは記憶の片隅に微かに残っている、エリザの冷たい最後の言葉。
俺はあの時、文字通り死を覚悟していた。
あの逞しく鍛え上げられた屈強な竜の四肢で全身を締め上げられ、抱き潰された確かな感覚。
だがまたこうして意識を取り戻せたということは、エリザも何とか俺が気を失う程度で最後の一線を越えるのを思い留まってくれたということなのだろうか?

やがてそんな想像の世界から半ば無理矢理に意識を現実へ引き戻すと、俺はふとベッド以外には特にこれといって家具の類が見当たらない広い部屋の中を見回していた。
「エリザ・・・?」
そう言えば先程目を覚ました時から気になっていたのだが、その肝心のエリザは何処にいるのだろうか?
水音が聞こえないから風呂に入っているような様子も無いし、外が明るいことから察するにもしかしたらエリザは俺を部屋に残したまま大学へ行ってしまったのかも知れない。
「とにかく・・・ここから出ないと・・・」
突然独りぼっちの世界で目を覚ましたことに漠然とした不安を覚えながらも、俺はエリザに脱がされてそこらの床に散乱していた服を拾って身に着けると恐る恐る玄関へと向かっていた。
「あ、開いてる・・・よな・・・?」
まさか俺が出られないように部屋に監禁されているのではという不安が一瞬脳裏を過ぎったものの、そっと扉を触ってみると意外な程にあっけなく外界への出口が開いてしまう。
そして周囲にもエリザの姿が無いことを確かめると、俺は半信半疑になりながらも彼女の部屋から脱出していた。

今の時間は・・・まだ8時過ぎといったところだろうか・・・
恐らくはG棟なのだろう寮の4階から見下ろすと、まだ大学へ向かう学生の数も疎らな程の早い時間帯らしい。
取り敢えず、プラムが心配しているだろうからまずは寮の自室へ向かうことにするとしよう。
だがそう思ってL棟に向かってみると、俺は自分の部屋の前で喧嘩しているらしい2匹の赤竜の姿を遠目に捉えていた。
あれは・・・プラムとエリザ・・・?
まだ100メートル近くも離れている俺のところにまで微かに届いて来る程の大声で、彼女達が何かを言い合っているらしい。
そして一応姿を見られないように隠れながら更に寮へ近付いてみると、ようやくただの喧騒のように感じられていた彼女達の声が鮮明に聞こえてくる。

「ふざけないで!アレスを何処にやったの!?彼は私の許婚なのよ!」
「あら、アレス君はもう私の物になったのよ。あなたが、今更しゃしゃり出て来ないでくれるかしら?」
どうやら、声量的に言い合っているように聞こえていた声の大半はプラムの物だったらしい。
「アレスに・・・怪我なんかさせたりしてないでしょうね!?」
「そんなことするわけないでしょう?でもアレス君が余りに強情だったから、ちょっとお仕置きしちゃったけれどね」
それがプラムの中でどういう意味に捉えられたのか、彼女が数十メートル離れたここからでもはっきり分かる程の激昂した表情をその顔に浮かべていた。
「何てことを・・・許さないわよ!」
「とにかく、話はもう終わりよ。じゃあね、アレス君に振られた"元カノ"さん」
待て待て待て・・・そんなこと言ったら俺の方が迂闊にプラムと顔を合わせられなくなるだろ・・・
俺はプラムに致命的な誤解をされては敵わないという思いに足を速めると、悠々と立ち去ろうとするエリザの背中を憎々しげに睨み付けている怒れる赤竜の前に飛び出していた。

「アレス!」
「あらアレス君。昨日は楽しかったわよ。また今度ね?」
だが2匹から向けられた正反対の反応に、正直どういう返事をして良いのか混乱してしまう。
そしてエリザの言葉を否定出来なかった俺をクロだとでも思ったのか、プラムは荒々しく俺を捕まえると部屋の扉へ追い詰めるようにドンッという音を立てながら大きな手を叩き付けていた。
「アレス・・・どういうことなの・・・!?」
「い、いや・・・俺は何も・・・」
そんなプラムから発せられていたのは下手な返答をすればその場で食い殺されると確信出来る程の、昨日のエリザから向けられたそれよりも遥かに濃厚で黒々とした殺気。
「俺・・・いきなりエリザに寮の部屋に連れ去られて・・・自分の伴侶になれって脅されたんだよ・・・」
その心中に沸き上がる怒りを炎のように熱い呼気に変えながら口の端から漏らしているプラムを前に、俺はビクビクと怯えながらも何とか事情を説明していた。

「だけどそれを断る度に俺・・・こっ酷く痛め付けられて・・・最後は思いっきり彼女に抱き潰されたんだ・・・」
「それで・・・あなたはエリザの伴侶になるって言ったの・・・!?」
「い、言ってないよ!だから俺・・・昨日はもう彼女に殺されるんだと思って・・・うぅ・・・」
そこまで言ってからようやく昨日の恐怖がぶり返して来て、俺は力無くその場に崩れ落ちていた。
プラムも最後まで俺が折れなかったことを理解してくれたのか、その体をそっと支えてくれる。
「じゃあ、エリザがああ言ってたのは・・・勝手にアレスを自分の伴侶にしたって決め付けてたってこと?」
「あ、当たり前だろ!何で俺があんな強引な雌竜に迫られて、プラムを裏切ると思ったんだよ!」
ほとんど涙目になりながら放ったその声にプラムも多少の罪悪感を感じたのか、俺はさっきまでの彼女の怒りが急激に萎んでいくのが見て取れた。

「ご、ごめんなさいアレス・・・私、突然あなたがいなくなって・・・その・・・気が動転してたの・・・」
もちろん、そんなことは俺だって分かっている。
そしてお互いにフラフラとよろめくように部屋の中へ戻ると、俺達はどちらからともなくベッドに倒れ込んでいた。
「プラム・・・俺は今日の1限目は休むよ・・・今は、一緒に居てくれないか?」
「ええ・・・もちろんよアレス・・・あなたが無事で良かった・・・」
やがて広いベッドの上でプラムと抱き合うと、フカフカの彼女の腹にそっと顔を埋めてやる。
だがそんな心休まる安寧の一時も残酷なまでにあっという間に過ぎ去ってしまうと、俺達は10時過ぎになってから一緒に部屋を出て大学へと向かったのだった。

それからしばらくして・・・
「アレス!無事だったのか!」
大学に辿り着くなりプラムと別れて今日2限目の講義である"ラミアの生態"が行われる部屋へ向かうと、俺はその途中で同じく講義室へと向かっていたロブとばったり出会っていた。
「あ、ああ、ロブ・・・心配掛けちまったな・・・」
「心配掛けたどころじゃないぞ。もうプラムなんて気の毒な程に落ち込んでてさ・・・とにかく、無事で良かったよ」
そしてそんなロブと一緒に講義室へ入ると、講義開始のチャイムとともに講師のゾーラが部屋に入ってくる。
「こんにちは皆さん・・・今日もよろしくね」
初めて見た時はその美しくも毒々しげな蛇体をくねらせる彼女の心情を読み取ることは全く出来なかったものの、何度かこの講義を受けた今なら相変わらず無表情なゾーラが何を考えているのかがおぼろげに理解出来る気がする。
その感覚はロブも同じだったらしく、加えてジェーヌへの理解も深まるという実利も伴って彼は何時に無く真剣に講義へと意識を集中しているらしい。
だがそんな彼とは対照的に・・・俺はゾーラの話を聞いていながらも意識は全く別のことへと向けられていた。

プラムが落ち込んでた・・・か・・・
あの何時見ても明るく食欲旺盛な彼女が落ち込んでいるという状況が、一体どれ程特殊で珍しいことなのか・・・
それ程までに、プラムは俺のことを心の底から大切に思ってくれているのだろう。
つい今朝方彼女が俺に見せたあの凄まじい怒りの表情も、裏を返せば俺の身を心配してくれていたからこそのもの。
エリザに無理矢理に連れ去られたという不可抗力の側面はあったにせよ、プラムに心配を掛けてしまったことについては後でちゃんと謝っておくべきだろう。
それに、今後のエリザがどういう出方をしてくるのかも依然として不明なのだ。
そうしてまだまだ解決はしそうにない様々なことが頭の中を駆け巡っている内に90分もあったはずの講義時間が何時の間にか終わりを迎えてしまうと、俺はロブとともにプラムが待っているのだろう食堂へと足を向けたのだった。


その日の夕方・・・
もう間も無く迎える繁忙時間帯を目前にますます活気付く町の娼館へ、1匹の雌の赤竜が訪れていた。
「あらいらっしゃい。今日はどんなご用件かしら?」
やがて娼館の前で客引きをしていたサキュバスの1人が、そんな新たな訪問者へも早速声を掛ける。
「実は、ちょっと欲しいお薬があってね・・・これで"ジェラの誘惑"の調合をお願いしても良いかしら?」
そして全身毛むくじゃらの赤竜が手馴れた様子で透明なガラス容器に入った精液を見せると、了解したとばかりに頷いたサキュバスが赤竜を伴って娼館内の売店へと入って行った。
「それじゃ、ちょっと味見させて貰うわね」
ややあって売店の奥に設けられた薬の調合室へ客を招き入れると、サキュバスが赤竜から受け取った容器の精をほんの少しだけ指先で掬い取って口へと運ぶ。
ペロ・・・
「んっ・・美味しい・・・20歳未満の若い人間の精ね」
流石は性を司るサキュバスと言ったところだろうか・・・
僅かな精の雫を一舐めしただけで、サキュバスがその主を正確に言い当ててしまう。
「調合料と"ジェラの涙"の料金を合わせて銅貨40枚になるけど、大丈夫かしら?」
「もちろんよ。これで良いかしら?」
そして赤竜がつい先程銀行から引き出してきたばかりなのだろう袋に入ったままの大量の銅貨を取り出すと、サキュバスがその顔にニヤリとした笑みを浮かべる。
「結構よ。"ジェラの誘惑"の調合には少なくとも12時間程度は掛かるから、明日また寄ってくれるかしら?」
「ええ、楽しみにしてるわね」


「ふぅ・・・今日は何事も無く終わったな・・・」
お互い別々の4限目の講義を終えて無事にプラムと合流した俺は、ようやく安息の地である寮の自室に帰って来るとそう言いながら大きな息を吐いていた。
「私も変に気が張ってたせいか、何だか疲れちゃったわ・・・」
「それじゃあさ・・・今日はもう風呂に入って何処かに飯を食いに行ったら、早めにベッドに入っちまわないか?」
「そうね・・・そうしましょう」
そしてプラムと共に広い風呂場で緊張と疲労の溶け込んだ汗を流すと、もう随分と薄暗くなってしまった町へと繰り出していく。
だが俺がロブと歩いていてエリザに攫われたという話を聞いたからなのか、隣りを歩いているプラムが常に俺の腰の辺りへ尻尾の先を一巻きだけ軽く巻き付けていたのだった。

「それで、何処へ行こうか?」
「そうねぇ・・・たまには海の方に行ってみない?海竜と龍の姉弟がやってる焼き魚の専門店があるみたいなの」
「へぇ・・・何だか美味しそうだな。でも、あるみたいってことはまだ実際に行ったことはないのか?」
俺がそう聞くと、身を低めたプラムが俺の方へ背中を向けながら小さく頷く。
「一緒に働いてるマリンって子に聞いたのよ。彼女は今日も天国の方に出勤してるから店にはいないと思うけどね」
「じゃあ、取り敢えず行ってみようか」
やがてそう言いながらプラムの背に攀じ登ると、彼女がバサッと大きく翼を広げて美しい星々の煌く空へ舞い上がる。
「初めて行くところなのに、空から見つけられるのか?」
「大体の場所は聞いてあるから多分ね。それよりも、お腹が空いてるんだから急ぐわよ」
「あ、ああ・・・」
そしてそんなプラムの声に慌てて彼女の体にしがみ付くと、俺は冷たい夜風を全身に浴びながら猛烈な勢いで近付いてくる海岸線の気配を眼下の闇の中に捉えていたのだった。

「あっ!あれじゃないか?」
大学の寮からほんの7、8分程・・・
少し高度を落として島の南側の海岸沿いをしばらく飛んでいると、やがてそれらしき店が見えてくる。
申し訳程度に薄い壁で周囲を覆っただけのオープンな感じの野外店舗といった様子で、遠目からでも分かる程にひょろ長い緑色の鱗を全身に纏った雄龍が、黒い雌竜の吐き出す紅蓮の炎でたくさんの魚をこんがりと焼いていた。
「何か・・・あの黒いドラゴン何処かで見た覚えがあるな・・・」
だが美味しそうな焼き魚の匂いにもう食欲が収まらないといった風情のプラムが少しばかり乱暴に店の前へ着地すると、ようやく魚を焼いていたその雌竜の正体に思い当たる。
「あれ・・・ロンディ教授・・・?」
「む?おお、お主は確か月曜日に妾の講義を受けておる学生の1人じゃったな・・・名は確か・・・」
「俺はアレスです。ロンディ教授は、夜はこのお店で働いているんですね」
そんな俺とロンディの遣り取りに、隣りにいたプラムが少しばかり首を傾げている。

「久し振りねロンディ。アレスとは知り合いなの?」
「ああ・・・彼女は、"竜の体構造"の講義を担当してる講師なんだよ」
「妾も人間の姿で生活をしておった時期が長い故か、特に食べ物には舌が肥えてしまってのぅ・・・」
そう言いながら、ロンディが隣りの雄龍から差し出された魚達へ再び炎を吐き掛けていく。
「お主も知っての通り、何かしら副業をこなさねばどうにも腹が膨れぬのじゃよ」
そのロンディの言葉に、プラムも同調したのか大きく頷いたのが目に入る。
俺はそんな大喰いの雌竜同士の切実な会話から少しだけ身を引くと、ロンディの隣りにいた雄龍へと顔を向けていた。
「それじゃあ取り敢えず、何か貰えないかな?」
だが大量に積み上げられている大小様々な魚達を短い両手でロンディの前に送り込むことに必死になっていたからなのか、どうやら彼は俺が話し掛けたことに気が付かなかったらしい。
「ほれリド!お客が呼んでおるぞ!」
バシッ!
「わっ!え?何?」
そしてロンディに力強く背中を叩かれてようやく俺の存在に気付いたらしいリドと呼ばれた雄龍が、驚きの声を上げながらあたふたとこちらに向き直っていた。

「あ・・・その・・・や、焼き魚の盛り合わせで大丈夫・・・かな?」
「ああ、うん・・・それで良いよ」
見た目は少なくとも100年以上生きているのだろうしっかりした雄龍だというのに、声の若々しさといい何処と無くおどおどとした雰囲気といい何だかちょっと頼り無げな印象だ。
「それじゃあ、銅貨5枚ね」
銅貨5枚か・・・焼き魚にしては割と値が張るんだな・・・
だがそう思いながらもリドに料金を支払うと、俺の目の前にとてもではないが自分1人では食べ切れなさそうな程の焼き魚の山が積み上げられていた。

1、2、3・・・全部合わせれば10匹分くらいはあるだろうか?
しかも魚の種類もやや小振りなものからずっしりとした大きなものまで様々で、どれも塩で軽く焼いただけの簡単な料理だというのに物凄く豪華なご馳走のように見えてしまう。
「あら美味しそうね。それじゃあ私には、取り敢えず3つ分貰えるかしら?」
だがプラムはというと、俺の目の前に積まれた焼き魚の凄まじいボリュームを目にしておきながら事も無げにそう言いつつ15枚の銅貨をリドに支払っているらしい。
「お、おいプラム・・・俺は流石にこれ全部は食べ切れないぞ・・・?」
「分かってるってば。アレスが残した分も私が貰うから、心配しなくて良いわよ」
ああ・・・そっちもちゃんと計算に入ってるのね・・・
俺は何時も大学の食堂でプラムの食事の光景を目にしていたはずだというのに、改めて見せ付けられた彼女の底無しの食欲にただただ声を失ったのだった。

はむ・・・もぐ・・・
「ん・・・味付けは簡素だけど、新鮮だからなのか滅茶苦茶美味いな・・・」
「おかわり!おかわり頂戴!6つくらい!」
「むぐっ!?」
俺がやっとのことで中くらいの大きさの魚を1匹食べ切った頃、30匹程もあった焼き魚の山をあっという間に平らげたらしいプラムが口の端から涎を垂らしながらそんな大声を上げる。
「プ、プラム・・・あんなに魚があったのに、もう食べたのか?」
そんな俺の言葉にこちらを振り向いた彼女の視線は、俺ではなく俺の前の魚へと向けられていた。
あ・・・なんか今プラムの気を引いたら、その勢いで俺の分まで持っていかれそうだな・・・
だが何かを言おうとしたらしいプラムが口を開いた瞬間、再び彼女の前にさっきより更に倍程もある大量の魚が山と積まれていた。

それを見て結局何も言わないまま食事を再開したプラムの様子に、何故かホッと胸を撫で下ろしてしまう。
全く・・・相変わらずプラムの食欲には驚かされてばかりだな・・・
俺は何とか2匹目の魚も食べ終わると、少し腹休めに店の中を見回していた。
俺達の他には大烏やハーピーといった魚を主食にしていそうな鳥系の連中が何匹か食事をしているだけで、設けられている席数に対して今日はかなり空いている方らしい。
そのお陰で収穫した魚のストックが何時も以上にあるからなのか、猛烈な勢いで食事を進めるプラムの姿にもリドとロンディはどちらかというと安堵の表情を浮かべているようだ。

「そう言えばロンディ教授・・・さっき人間の姿で生活してたって言ってましたけど、あれはどういう意味ですか?」
「妾は、人間に姿を変えられるのじゃよ。その昔、アディという導師に人の身に化ける秘術を教わってのぅ」
どうやらロンディはベルゼラやネイラのような元々人間に姿を変えられる種の竜なのではなく、竜使いの導師アディによって後天的にその能力を授けられたということらしい。
「ロンディ教授が人間として暮らしていた頃は、どういう生活をしていたんですか?」
俺がそう訊くと、もう今夜は他に客も来ないだろうと判断したのかこの後おかわりされるだろうプラムの分のストックを残して魚を焼くのを中断したロンディが焼き場から出て来て俺の傍の地面へと蹲っていた。
「人間の姿となった妾は、とある村で人間の夫婦に里子として拾われてのぅ・・・彼らには今も感謝しておるよ」
「どうしてそんなことに?」
「なぁに、森での単調な暮らしに飽いてしまったのじゃよ」
森での暮らしに飽きた、か・・・
確かに、竜のような知能の高い生物が何百年も森の中で野生の獣を狩ってその日暮らしをするというのは相当に退屈なものなのかも知れない。
多くの竜が自ら積極的に人間と関わろうとするのも、元を辿れば恐らくはそういう理由があるからなのだろう。

「じゃがその親切な里親達は、妾を引き取ってから6年程で病の為に他界してしまったのじゃがな」
「じゃあ、それからはずっと独りで・・・?」
「いや・・・妾には、村で知り合った想い人がおってのぅ・・・」
言いながら、ロンディが遠い昔を思い出しているように美しい星空へと顔を向ける。
「ラマルという名の精悍な若者だったのじゃが、彼の為に"ジェラの誘惑"という薬を作ったこともあるのじゃよ」
「ジェラの誘惑?それって、ジェラの涙っていう媚薬と何か関係があるんですか?」
「ジェラの涙と雄の精を交えて精製することで出来る、一種の惚れ薬のことじゃ」
そう言えば、"交配の極意"の講義でリリガンがジェラの涙の説明をした時にそんなことを言っていたような気がする。
「じゃがラマルにそれを使う前に、ある事件が切っ掛けで妾の正体が彼に知られてしまってのぅ・・・」
「え・・・?」
「一時は恋破れたかと随分と思い詰めての・・・ジェラの誘惑を大量に服して、自ら命を断とうとまでしたのじゃよ」
まさか・・・ロンディに、そんな過去があったとは思いもしなかった。
ジェラの誘惑とは言っても、その主成分は基本的にジェラの涙と変わらないはず。
ということは、特に雌竜であるロンディは一撮みの粉末を服しただけで恐らく発狂死してしまっていたに違いない。
「で、でも・・・それはしなかったんですよね?」
「寸でのところでラマルが訪ねて来て、妾の全てを受け入れてくれたのじゃよ。まあ、愚かな回り道だったのじゃな」

何だか、凄い話だな・・・
だがそれも見方を変えれば、竜使いのアディが1匹の竜を幸福へと導くことに成功した1つの例なのかも知れない。
「リド!もう2つくらい頂戴!」
だがそんなある意味感動的な話の余韻をぶち壊すように、既に90匹以上魚を平らげていたプラムがまたしてもおかわりの声を上げたのが聞こえてきた。
しかも、何時の間にか俺の前にあったはずの魚の残りも何処かへ消えてしまっている。
どうやらロンディと話すのに夢中になっている隙に、プラムに横取りされてしまったらしい。
まあ俺はもう大分お腹も膨れてたから別に構わないけど・・・まだ食べるつもりなのが少し恐ろしくも感じてしまう。
「くふふ・・・プラムは相変わらずの食欲じゃのぅ・・・どれ、また少し焼かねば足りなくなりそうじゃな」
俺はあんなにあったはずの焼き魚のストックがもう底を突きそうなことに些か困り顔を浮かべていたリドの姿を認めて焼き場へ戻ったロンディを見送ると、プラムの隣りに座って食事に勤しむ彼女にそっと背中を預けたのだった。

「ふぅ・・・流石にもうお腹一杯だわ・・・」
咀嚼の振動に心地良く揺れるプラムの腹に寄り掛かったまま、彼女の食事を待つこと十数分・・・
結局銅貨80枚分にも及ぶ大量の焼き魚をペロリと完食してしまうと、プラムが大きな手で満足気に腹を摩りながら深い息を吐く。
「じゃあ、寮に帰ろうか」
「そうね・・・リド、ロンディ、凄く美味しかったわ。また近い内に寄らせて貰うわね」
「う、うん!また来てね!」
プラムを満足させられたからなのか、或いは客の少ない夜にもかかわらず大口の売上が入ったからなのか、リドが満面の笑みを浮かべて俺達を見送ってくれていた。
「くふふ・・・良い食べっぷりじゃったのぅ・・・どれ、妾も何処かで腹拵えしてくるとしようかえ・・・」

やがて今日はもう店仕舞いにするのか片付けを始めた彼らを尻目に再びプラムの背に乗ってもう随分と暗くなってしまった夜の空に飛び立つと、真っ直ぐに寮の部屋を目指す。
だがお腹一杯食べたせいなのか、プラムは重そうな腹を揺らすようにしながら来た時に比べるとかなりゆっくりと飛んでいるらしかった。
「プラム、大丈夫か?」
「久し振りにお腹一杯になるまで食べた気分だわ。大学の食堂でも、こんなに食べたことはなかったもの」
俺の目には普段から鹿やら猪やらの丸焼きをたらふく食べているように見えるのだが、合わせて170匹近くにも上る焼き魚は彼女にとってそれ以上のボリュームだったらしい。
それでも何とか無事に寮へ帰り着くと、俺達は部屋に入るなりどちらからとも無く広大なベッドにその身を横たえていた。

ドサッ、ズシィッ・・・・・・
「はぁ〜・・・疲れた・・・今日はもう寝るだけだな・・・」
「ねぇアレス・・・今朝のことなんだけど・・・あのエリザ、このままアレスを諦めて引き下がってくれると思う?」
だがようやく落ち着いて寝床に入ったことで今まで余り考えないようにしていたのだろうエリザのことが脳裏に思い起こされたのか、不意にプラムがそんなことを訊いてくる。
「いや・・・多分諦めないと思うよ。それに今日は彼女の姿を見掛けなかったから、多分何かを企んでるんだと思う」
「そうよね・・・でもアレスが折れないことは分かっただろうから、今度はどんな手を打ってくるのかしら・・・?」
そんなプラムの問いに対しては何と答えて良いものか分からなかったものの、俺は何故か先程ロンディに聞いたジェラの誘惑の話を脳裏に思い浮かべていた。

惚れ薬という名前から察するに、恐らくは雄を特定の誰かに惚れさせるという効能があるのだろう。
もし本当にそんなものがあるのだとしたら、そしてもしエリザがそんなものを俺に対して使用したりしたら・・・
俺は、それでもエリザを拒むことが出来るのだろうか・・・?
たとえ薬の力を借りてでも自身の伴侶になれという問い掛けに対して承諾の言質を取り付けたなら、きっとエリザは何の躊躇も無くプラムから俺を力尽くで引き剥がしてしまうことだろう。
そんなことが実際にあるのかどうかはさておいて、自衛の為にも惚れ薬に対しての知識は身に付けておくに越したことは無いだろう。
幸い明日は木曜日・・・昼食後の3限目に"交配の極意"の講義があるから、リリガンに惚れ薬について訊いてみるとしようか・・・

「アレス・・・どうかしたの?」
俺からの返事が無かったことを不審に思ったのか、数十秒の間を空けてプラムがそんな声を投げ掛けてくる。
「いや、何でもないよ・・・明日はプラムも2限目から大学に行くってことで良いんだよな?」
「ええ・・・何だか考えれば考える程、アレスを独りにはしておけないもの」
「まあ、その内に何とかなるさ。それじゃあプラム・・・お休み・・・」
そう言いながらプラムのフカフカの横腹に顔を押し付けると、彼女もまた俺の体を抱えるように大きな腕で背中を抱き寄せてくれる。
そしてその心が安らぐような心地良さにすっかり全身の力を抜いて身を委ねると、俺はプラムと共に静かな夢の世界へと落ちていったのだった。

このページへのコメント

早く続きが読みたいです。

2
Posted by 名無し(ID:NJk+Wa5+HA) 2020年02月23日(日) 10:00:59 返信

エリザ怖って思ったけど中々いい…(´・∀・`)
これからどうなるか気になる

4
Posted by 匿名 2018年09月22日(土) 01:15:34 返信

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