「ま、待て、待ってくれ!た、頼む・・・うぅ・・・あ・・・」
初めてここへ来た時に比べると随分と力を失ったか弱い声が、地面に頭を押し付けられた男の口から細々と漏れてくる。
彼が身に付けていた重厚な剣や鎧は、巨大なドラゴンとの激しい戦いの末に既にボロボロの鉄屑の如き様相を呈して周囲の地面の上へと無残に転がっていた。
愚かな人間め・・・黙って町で幸せな人間生活を楽しんでいればいいものを、何を思ったのか私の命を狙おうなどという身の程知らずな考えを起こすからこうなるのだ。
大した苦もなく仕留めた腹下の獲物を見下ろしながら、ふとそんな思いが脳裏を過っていく。
キラキラと輝く金色の体毛を帯びた私の体には特に人間の武器を撥ね返す硬い鱗などが備わっているわけではないものの、岩を砕く同族の咬撃にも耐えられる私の分厚い皮膚と筋肉の前ではそれも結局用を為さなかった。

そんな私の大きな手に頭を踏み敷かれて、無謀な挑戦に敗れた男が苦しげな呻き声を上げる。
「ぐむっ・・・う・・・」
そして指の間から両目だけを覗かせている男の頭へ更にゆっくりと体重を掛けてやると、メキメキという骨の軋むような音とともにその顔が苦痛と恐怖を孕んで激しく歪んでいった。
口を封じられて命乞いの声すら上げられなくなったことで、明らかな絶望感がその瞳に満ちている。
だが、仮にもこ奴はこの私に殺意を持って剣を振り下ろした男だ。
とどめを刺してやる前に、己の犯した所業の報いをたっぷりとその身へ刻み付けてやるとしよう。

私はそう思って徐々に涙の滲み出した男の顔を薄ら笑いを浮かべながら覗き込むと、その眼前でもう一方の手の指先に生えた鋭い爪の先をこれ見よがしに舐め上げてやった。
「うぅ・・・むぅぅ〜〜!」
これから自分が引き裂かれることになる恐ろしい凶器をまざまざと見せ付けられて、男が押さえ付けられてピクリとも動かせぬ頭を必死に捩ろうともがいている。
その決して実を結ばぬ無駄な足掻きも、嗜虐的な陶酔に身を任せている今の私には何とも心地良い。
「フフフフ・・・恐ろしいのか・・・?私を殺しに来た時の貴様には、恐怖など微塵も見えなかったのだがな」
「ふぐぅ・・・あふ・・・むぐぅぅ・・・」
巨竜に組み敷かれたまま爪先を舐られる様を見せ付けられて、今やこの男の抵抗の気概は完全に砕け散っていた。
助かりたいという心の叫びとは裏腹にその体は強大な敵を前に屈服した獲物のそれとなり、両手足の先からじわじわと最後の力を奪い取られてしまっていることだろう。
やがて激しい後悔の涙を零しながらも、迫り来る死の瞬間を迎え入れようと彼が震えながらギュッと目を瞑る。
そしてもう幾度となく目にしたそんな敗者の覚悟を見届けると、私は大きく振り上げた爪を彼に向けて勢いよく振り下ろしていた。


それにしても、ここ最近になって急に私を殺そうとやって来る連中が増えたのは一体どうしたわけなのだろうか?
この森一帯は確かに昔から私が長らく治めている土地ではあるものの、私は少なくともこれまで自分から人間を襲ったことは1度としてない。
時折森の中で不意に人間達に出くわすことがないわけではなかったが、そんな時は争いに発展せぬように何時も私の方から静かに身を引いてきたのだ。
だがこんなことが起こるようになったのも、全てはあの一件以来のことのような気がする。
と言うのも数年前、何処か別の場所からやってきたらしい雌のドラゴンが突然この森の覇権を懸けて私に戦いを挑んできたことがあったのだ。

私の煌めくような金色の毛皮とは対照的に暗い濃紺の体毛を纏ったそのドラゴンは、何時も森の中で私と出遭うなり日がな1日取っ組み合いの争いを繰り広げていた。
もしも相手が雄であったのならこの私の魅力と恐ろしさをたっぷりとその体に叩き込んでやるところなのだが、雌のドラゴン同士の場合は単純に相手を捩じ伏せなければ真の勝利は得られない。
とは言え、巨竜同士の戦いは何時の場合も森の風景が一変してしまう程に凄烈を極めたものだった。
だが体格も私とほとんど同じだった彼女との決着は結局1年の歳月を費やしても着くことはなく、何時しかそのドラゴンは唐突に私の前から姿を消した。
あれから、もう2年近くが経つだろうか。
彼女のねちっこい老婆のような性格を考えればそう簡単にこの広大な森を諦めたとは思えなかったが、とにかくそれからは何事もなく何時も通りの平穏な日々が続いている。
もちろん、人間が私の命を狙ってやってくるようになったことを除けば、の話なのだが。

サク・・・サク・・・
昼下がりの比較的暖かい森の中を歩きながら、僕は今更ながらに己のしていることの重大さを噛み締めていた。
彼女と結ばれるためとはいえ、こんな大それたことを安請け合いしてしまった自分が情けなくなってしまう。
だがこの約束さえ果たせば、僕は彼女と、絶世の美女と言っても過言ではないあの娘と結婚できるのだ。
とは言え、一体何故彼女は僕にこんな奇妙な頼み事をしたのだろうか?
他にも結婚を言い寄っている男達へ同じようなことを頼んでいるのかもしれないが、もしかしたら彼女は無理難題を吹っかけて暗に結婚を断ろうとしているのかも知れない。
「・・・いや・・・それは考えないことにしよう・・・」
誰にともなくそう独りごちると、僕は新しく調達したばかりの剣と鎧を半ば引き摺るようにして鬱蒼と茂る木々の奥に顔を覗かせた洞窟へと静かに近付いていった。

結婚の条件に彼女から言い渡されたのは、森に棲んでいる金色のドラゴンを打ち倒してくること。
だが農家の家庭に生まれ育った僕には当然剣や槍を振るった経験などあるわけもないし、彼女に言われるまで町外れの森にドラゴンが棲んでいることすら知らなかった。
到底無理なことだとは思いながらも一応挑戦だけはしてみようと準備を整えてここまで来たのはいいものの、あの暗がりの奥深くにいるドラゴンというものが一体どんな相手なのかすらわからないのは流石に不安だ。
それでも何とか歩みだけは止めないようにと足を前に踏み出し続けていると、やがて真っ暗な洞窟の入口が僕の到来を待ち受けていたかのように眼前で大きな口を開けていた。
正直に言うと、僕は怖くてたまらなかったのだ。
だがここまで来てドラゴンの姿も見ずに逃げ帰ったりしようものなら、もう彼女はこんな僕になど見向きもしてくれないことだろう。
大丈夫・・・町でだってほとんど話を聞かないようなドラゴンなんだから、そんなに凶暴な奴じゃないはずだ。
そしてしばらくの間洞窟の入口で執拗に自分にそう言い聞かせると、僕は真新しい剣を構えながら恐る恐る洞窟の中へと体を滑り込ませていった。

「・・・?」
どうやら、またしても招かざる客が来たらしい。
全く・・・人間達の活動の時間に重なっているからなのかも知れないが、どうして彼らはこう私の昼寝を妨げるような最悪の頃合いを見計らってやってくるのだろうか?
だが今度は一体どんな愚か者が姿を見せるのかと地面に蹲ったまま待っていると、やがておどおどと辺りに視線を泳がせた何とも頼りない男が私の視界の中へと入ってくる。
まさか・・・この男が・・・?
生まれてこのかた剣を握ったこともないのであろうその酷い身のこなしに、私は張り詰めていた緊張が何だかプツンと音を立てて切れてしまったような気がした。
あれではわざわざ起きて相手をする程の事もないだろう。
何を思ってこんなところまでやってきたのかは知らないが、私の姿を見れば怖気付いて逃げ出すのに違いない。
私はそう思ってフンと小さく鼻息を吐き出すと、住み処にやってきた男を無視して眠りに就いた。

「・・・わっ・・・!」
ほとんど真っ暗闇と言っても差し支えのない洞窟の奥に目を凝らすと、やがて微かに金色に光っていると見える大きなドラゴンが眠っている様子が目に飛び込んできた。
想像以上に大きい。
今は地面の上に蹲っているからそれ程でもないように見えるが、きっと体を起こせば少なくとも目線の高さは僕と同じかそれ以上になることだろう。
それにあの指先から生えている大きな爪・・・もしもあんなもので殴り付けられたら、人間なんて一瞬の内に無惨な肉塊に変えられてしまうに違いない。
他にも僕の胴体と同じくらいの太さはありそうな長い尻尾や、ここからは体の陰になって見えないが大きな顎に生えているであろう恐ろしい牙など、僕の命を奪える凶器はいくらでもある。
どうしよう・・・眠っているようだからこれはもしかしたらチャンスなのかも知れないけど・・・もし仕留め損なったら今度は僕があのドラゴンの餌食にされてしまうのだ。
「うう・・・」
無防備な標的を目の前にしてもなおなかなか踏ん切りが付けられず、僕はきつく剣を握り締めたまましばらくその場で固まってしまっていた。

どうしよう・・・本当に、こんなことをしてもいいのだろうか・・・?
運よくドラゴンが眠っている今なら、まだ引き返すことができる。
もちろんそんなことをすればもう彼女には相手にもされないことだろうが、ここで自分の命を危険に晒してまでドラゴンに戦いを挑む必要などないのだ。
だがそんな良心の声とは別に、もう1つの甘い言葉もまた僕の脳裏に響いてくる。
一体何を恐れているんだ?あの怪物と正面から1対1で対峙するというのならいざ知らず、相手は硬い鱗すら持たないただ眠っているだけのドラゴンじゃないか。
あんな無防備な相手にすらビクビクと怖気付いているようでは、仮に今回何事もなく終えたところでこの先僕に明るい未来など望めないだろう。
やれ、やってしまえ!
そんな僕の蛮行を唆す声が、次第次第に大きくなっていく。

そうだ・・・僕は何も、あのドラゴンと戦う必要なんてないんだ。
僕はただあの大きくて柔らかそうなドラゴンの背中に、この剣を力一杯叩き付けるだけでいい。
たったそれだけのことで、僕はあの美しい彼女を手に入れることができるのだ。
冷静に考えてみれば、こんなにおいしい話になどきっともう死ぬまでお目には掛かれないことだろう。
やがて必死に僕を制止しようとする微かな良心を思考の隅に退けると、僕は音を立てないように剣を振り上げたままソロソロとドラゴンに近付いていった。
距離が縮まるにつれて地面に蹲ったドラゴンの姿がドンドンと大きく見えてきたものの、後はもうこの剣を現前の巨体に振り下ろすだけで事は済むのだ。
そして2度3度と大きく深呼吸すると、僕は渾身の力を込めて眠れるドラゴンの背中に剣を振り下ろしていた。

ドッ!
硬い剣先が肉に叩き付けられた確かな手応えが、僕の両手にじんわりと広がってくる。
だがやがてきつく閉じていた両目を恐る恐る開けてみると、予想に反して剣の先はドラゴンの厚い体毛と皮膚に撥ね返されてその体には傷1つ付けられていなかった。
「そ、そんな・・・」
「グ・・・ゥ・・・」
「ひっ・・・ひぃ・・・!」
しくじったという絶望的な思いとともにドラゴンが漏らしたのであろう低い唸り声を聞き取って、僕は半ばパニックに陥りながら何度も何度も剣を振り下ろしていた。
ドスッ!ドン!バフッ!
とは言え全力を込めた最初の一振りですらがこのドラゴンには全く通じなかったというのに、滅茶苦茶に振るった力の無い剣が傷を負わせられる道理などあるはずもない。
そしてもうほとんど涙目になりながら思い切り剣を振り上げたその瞬間、ドラゴンのものらしい低く抑えた声が僕の耳に届いてきた。

「そのくらいにしておけ・・・取るに足らぬ羽虫でも、あまりに煩く飛び回れば叩き落される運命なのだぞ」
それは恐らく、ドラゴンからの最後通告だったのだろう。
だが殺らなければ殺られるという強迫観念に囚われていた僕には、ドラゴンが目覚めているという恐ろしい事実だけが鋭い白刃のように突き付けられていた。
「う、うわあああああっ!」
やがて雄叫びとも悲鳴ともつかない叫び声を上げながら頭上に掲げた剣を振り下ろした瞬間、それまで静かな沈黙を保っていたドラゴンの尾が素早く左右に振り回される。
その屈強な太い肉の鞭が、再びドラゴンに剣を弾き返されて体勢を崩した僕の足元を力強く薙ぎ払っていた。
ドッドサァッ
「ぐあっ!」
更には無様に地面の上へと仰向けに転がった僕の上へ、体を起こしたドラゴンがその巨体に見合わぬ素早さであっと言う間に覆い被さってくる。
「わっ・・・わっ・・・」
そして岩の地面へ強か打ち付けた僕の背中からジンジンとした痛みが引き始めた頃には、既にドラゴンが自らに楯ついた愚かな人間をその巨大な体の下へと組み敷いていた。

ズシッ・・・
「あう・・・ぅ・・・」
胸板を手で押さえ付けるようにして重い体重を掛けながら、ドラゴンが僕の顔をじっとりと覗き込んでくる。
そしてもう一方の大きな手で僕の頭を後ろから鷲掴みにすると、ドラゴンは恐ろしさに背けようとしていた顔を無理矢理にその牙の生え揃った顎の正面へと振り向けていた。
だが思わず反射的に剣を持った手を振り上げようとした次の瞬間、ミシッという嫌な音を立ててドラゴンに軽く頭を握り締められてしまう。
「ひぃっ・・・」
カラァン・・・
やがて頭を握り潰されるのではないかという恐ろしさにビクッと硬直した右手から剣が零れ落ち、岩床に金属の跳ねる奇妙に乾いた音が静まり返った洞窟の中に響き渡った。

「はっ・・・はっ・・・はぁっ・・・」
唯一の武器も失った挙句に眼前へ鋭い牙の森を見せ付けられ、呼吸すらままならない程に胸が締め付けられる。
大きく見開いた両目からは次々と大粒の涙が滲み出してきたものの、たった今殺そうとしていた相手に命乞いをすること程虫のいい話もないだろう。
それにじっと僕の顔を見つめているドラゴンの眼に浮かぶ様々な感情の中には、明らかに昼寝を邪魔されたことに対する激しい怒りの色も混じっていた。
今にもその強大な顎が襲い掛かってきそうな危険な雰囲気に、全身がカタカタと震え出している。
だがそれ以上は特に動きを見せないところを見ると、このドラゴンは何かを待っているのだろう。
それが僕の最期の言葉か、或いは自らの空腹を告げる腹の音なのかはわからないが、今にも消えてしまいそうな風前の灯火の心境に長らく耐えられる程僕の心は強くなかった。

「た、助けて・・・」
決して僕が言ってはいけない言葉だということは十分に承知していたものの、やがて恐怖に耐え切れなくなった頭がそんなか細い声を漏らしてしまう。
それに反応して、ドラゴンが再び口を開いていた。
「それを・・・私が聞き届けると思うのか・・・?」
まさか・・・そんなことなどあるはずがない。
もし立場が逆だったなら、きっと僕だって昼寝を妨げたこんな不届き者を生かしてはおかないだろう。
とは言えドラゴンから遠回しに死を宣告されて、僕はゴクリと大きく息を呑んでいた。
「フン、覚悟の上か・・・だがお前を引き裂く前に、どうしても1つ聞いておきたいことがある」
「・・・え・・・?」
「お前は、今日まで剣を触ったこともなかったのだろう?なのに何故突然、この私を殺そうなどと考えたのだ?」

そんな私の質問に、人間が涙でクシャクシャになった顔をこちらに振り向ける。
「か、彼女に言われたんだ・・・僕と結婚してくれる代わりに、あなたを殺してこいって・・・」
「何・・・?何故そんな事を?」
「わからないよ・・・でも、彼女は凄く綺麗なんだ・・・紺色の髪に真っ白な肌・・・黒子だって1つもない」
彼女に言われたから、結婚の条件に私を殺しに来ただと・・・?
ではここ最近私の命を狙ってやって来た男達は皆・・・?
「そんな彼女が、僕と結婚するって言うんだ。もちろんドラゴンを殺すなんて僕には無理だと思ったけど・・・」
そこまで言うと、今頃になって罪悪感を覚えたのか人間が再び泣き出していた。
「あなたが眠ってたから・・・きっと簡単にできると思って・・・うぅ・・・ごめんなさい・・・」
やがてボロボロと顔の横を伝って私の手を濡らしていくその熱い涙をペロリと舐め上げてやると、人間がビクッと身構えるように全身を縮込まらせる。
「もう少し詳しく話すのだ・・・まだしばらく、生きていたいと思うのならな・・・」
そして絶え間なくしゃくり上げ始めた人間を落ち着かせるように努めて穏やかな声でそう囁いてやると、彼は私の手の中で数回小さく頷いてからズズッと洟を啜り上げていた。

「彼女は、2年くらい前に僕の町に越してきたんだ。名前はアリア。ここからずっと遠くの・・・」
やがてそう言いながら、人間が何処かの名前を思い出そうとしてか少しだけ言葉を切る。
「確かそう、ノーランドっていう国の出身なんだ。それで僕・・・彼女と偶然町で会った時に声を掛けたんだよ」
「フン、この私に何度も斬り掛かってきたことといい、お前は見た目よりも案外と度胸が据わっているのだな」
「そ、そんなことないよ・・・その時は彼女を前にして僕、おどおどしちゃって・・・あ・・・」
そこまで言い掛けて、彼は私に咎められていると思ったのか不意に不安げな表情を浮かべて私を見つめてきた。
「いいから、先を続けるのだ」
「そ、それで彼女は・・・こんな僕との結婚を承諾してくれたんだ。ただその条件にあなたを・・・その・・・」

先に続く言葉を吐き出すのに抵抗があるのか、彼が申し訳なさそうに視線を落とす。
まあ、聞かなくてもわかることだ。
だが問題は、何故そのアリアとかいう娘がこれ程執拗に私の命を狙っているのかということだ。
これまで自ら人間を襲ったことのない私には人間に恨みを買う云われなど当然ないし、2年前と言えば丁度人間達が私の命を狙ってやってくるようになり始めた頃だ。
それまでは遠く別の国にいたというのだから、ますますその娘が私を殺そうとする理由がわからない。
第一長年あの町に住んでいる人間達ですら、私がこの森にいることを知っているのは直接私と出くわした者かその話を聞くことのできる近親の者に限られていることだろう。
いずれにしても、外からやってきた娘が容易に知り得るような情報でないことは明らかなのだ。

「それで・・・もし仮に私を殺すことができていたらお前はどうするつもりだったのだ?」
不意にドラゴンの口から予想外の質問を浴びせられて、僕は一瞬声を詰まらせてしまっていた。
もしドラゴンを殺せていたら・・・多分僕は、何らかの証拠を持ち帰ったに違いない。
爪でも牙でも何でもいいから、ドラゴンの体の何処かを・・・
「そ、それは・・・」
だが流石に当のドラゴンを目の前にしてそんなことが言い出せるはずもなく、僕は上手く声が出てこなかった。
「私を殺した証拠に、何かを持って帰るつもりだったのではないのか?」
「う・・・うん・・・」
やがて迷っているうちにドラゴンから答えを言われてしまい、僕はそのまま頷くしかなかった。

「だろうな・・・それで、お前の話は終わりか・・・?」
大体の事情はわかった。俄かには信じられないことだが、もう考えられる可能性は1つしかない。
そして私がそう聞くと、彼は無言のまま心臓の鼓動を早めていた。
自らその言葉を認めてしまえば、私にとってこの人間はもう用済み・・・いよいよ殺されてしまうのかと思って、冷たい死の恐怖に震えているのだろう。
だがしばらくすると何とかおぼろげな覚悟の欠片を握り固めたのか、彼が涙を溢れさせながらギュッと目を瞑る。
「せ、せめて・・・あんまり苦しくないように・・・ね・・・」
「いや・・・」
「そ・・・そんな・・・」
そんな私の否定の言葉に嬲り殺されるとでも勘違いしたのか、彼の口から今にも消え入りそうな弱々しい呻き声のようなものが漏れ聞こえてきた。

「勘違いするな。もし私の頼みを聞いてくれるというのなら、もう少し生かしておいてやると言っているのだ」
「ほ、本当に・・・?」
「この状況で、私がお前に嘘をつく必要があるのか・・・?」
それを聞いて、人間が私に掴まれたままの頭を必死に左右に振る。
この人間をここで殺すのは簡単なことだが、それでは今の現状は何も変わらないだろう。
寧ろ彼の協力を得て、かつての平穏な生活を取り戻すことの方が先決というものだ。
そして徒に彼を怯えさせぬようにそっと人間の上から体を退けると、私は地面に落ちていた剣を静かに持ち上げていた。

「な、何をするの?」
突然の私の不可思議な行動を訝しんで、人間が少し上ずった声でそう訊いてくる。
だがそれには答えずに鋭い剣の切っ先へ自分の舌を巻き付けると、私は覚悟を決めて勢いよく剣を引き抜いた。
スパッ
「グッ・・・!」
その瞬間舌があちこち切り裂かれた耐え難い激痛とともに大量の血が剣の先に付着し、真っ白だったその刀身を一瞬にして鮮やかな深紅色へと染め上げる。
「どうして・・・こんなことを・・・?」
「い、いいから・・・お前は黙って私の言う通りにすればよいのだ」
やがて痛みに顔を顰めながらそう言って血に染まった剣を人間に返すと、私は左手の指先に生えていた長い爪を1本、根元の方からボキリという音を立てて力一杯に折り取っていた。
よし・・・これでいいだろう・・・
もし私の想像が正しければ恐らくこの人間には大層辛い思いをさせてしまうことになるだろうが、彼も真実を目の当たりにすればきっと私の行動をわかってくれることだろう。
そしてその鋭い鏃にも似た爪を人間の手に握らせると、私はようやく一息ついて彼に願いを託すことにした。

一体・・・あのドラゴンの目的は何だというのだろうか・・・?
もう夕方近くになってしまった薄暗い森の中を歩きながら、僕はずっとそんなことばかり考えていた。
だが仮にどんな狙いがあったとしても、あのドラゴンを裏切ることだけはできないだろう。
本来ならば、僕はあのままドラゴンに八つ裂きにされてしまっていてもおかしくなかったのだ。
それに先程も、裏切りの代償については幾度となくドラゴンから聞かされた。
詳しく何をどうこうという話ではなかったものの、それが死よりも恐ろしい結末であることは容易に想像がつく。
まあとにかく、取り敢えずはあのドラゴンの言う通りにしてみるとしよう。

やがて町へと帰り着くと、僕は何をおいてもまずアリアに会いに行った。
彼女が何処に住んでいるのかは知らなかったが、夜には必ず町の中心部にあるバーで働いているのだ。
だが裾長の黒いドラスを揺らして酔っ払った客達を相手にグラスを運ぶその優雅で妖艶な仕草には、とてもただのウェイトレスには見えない不思議な魅力が備わっている。
しかも年齢はほとんど僕より1歳か2歳上くらいにしか見えないのに、まるで酸いも甘いも知り尽くした豊富な人生経験の持ち主であるかのような落ち着きがあった。
恐らくは酷い奥手と言っても過言ではない僕なんかが声を掛けることができたのも、その人々を惹き付けて離さない一種の魔力のようなもののお陰だったのだろう。
そして日の暮れた頃を見計らって件のバーへと足を踏み入れると、普段と変わらず店内を所狭しと駆け回っている彼女の姿が目に入った。
今日も気が付けば1人、2人と若い男達に声を掛けられているようだが、その度に彼女が足を止めて彼らと何やら楽しげに話し合っている。
そんな彼女の様子を窺いながら、僕はドラゴンの爪をギュッと握り締めてそっと喧噪の中へと埋もれていった。

「やぁ、アリア」
「あら、久しぶりね。どうしたの?そんなに物々しい格好しちゃって・・・」
バーには不釣り合いな鎧と剣で身を固めた僕の姿を一目見て、彼女がクスクスと可笑しそうに笑う。
「ああ・・・この前君と交わした約束なんだけど・・・ほら、これ・・・」
だが僕はそれに構わず、ドラゴンから言われた通りに持ってきた大きな爪を彼女の前に振って見せていた。
その瞬間、彼女の顔から先程までのにこやかな笑みが一瞬で吹き飛んでいく。
「まさか・・・あなたが・・・?」
そしてまるで独り言のようにそう呟くと、彼女が人気のないワイン蔵の方まで僕の腕を引っ張っていった。
「ど、どうしたの?」
「これ・・・あの森に棲んでるドラゴンの爪でしょう?本当に、あなたがあのドラゴンを倒してきたの?」
まあ、彼女のこの反応はわからないでもない。
僕だって、これが八百長でなければきっと興奮してロクに何かを喋ることもできなかったことだろう。
「も、もちろんだよ。森に棲んでる金色のドラゴンを倒したら、僕と結婚してくれるって言ってたじゃないか」
「確かにそう約束したけど・・・あなたが・・・一体どうやって・・・?」
やがて彼女から返ってきたその予想通りの言葉に、僕はホッと安堵すると同時に微かな違和感を感じ始めていた。

"もしその娘にどうやって私を殺したのかを聞かれたら、こう答えるのだ"
洞窟でドラゴンから言われたその一言が、急速に僕の脳裏へと浮かび上がってくる。
「洞窟に行ったらドラゴンが昼寝していたから、その口の中へ力一杯剣を突き刺してやったんだよ」
そして台本通りにそう言うと、アリアはほんの少し何かを考えているかのように壁際のワイン棚を見つめていた。
"ほ、本当にそんなのでいいの?"
"ほとんどのドラゴンにとって、眼と口は脳を刺し貫くことのできる最も弱い急所の1つなのだ"
やがてそれがドラゴンの急所であることを知っていたのか、ややあって成る程とばかりに彼女が小さく頷く。
「でもこう言うのも変な話だけど、あなたによくそんな大胆なことができたわね」
「もちろん、ドラゴンが眠っていなかったらとても無理だったよ。でも、あのドラゴンは確かに僕が殺したんだ」
そう言ってドラゴンの血で真っ赤に染まった剣を鞘から抜いて見せた瞬間、僕は何だか彼女の顔に奇妙な笑みが浮かんだような気がした。

「いいわ。私、あなたと結婚してあげる。でも一応、明日そのドラゴンの亡骸を見せてくれないかしら?」
「あ、ああ・・・君がそう望むのなら・・・」
「よかった。明日の昼前にバーの入口で待っているわ。それじゃあ私、仕事に戻るわね」
アリアはそう言うと、何処からか彼女を呼んでいる客の声に応えるようにして足早にワイン蔵から出て行った。
それにしても、彼女は何故あれ程までにドラゴンの生死に対して妙な拘りを見せるのだろうか?
ドラゴンの亡骸を見せてくれという一見無茶な要求にも僕が淀みなく応じられたのは、予めドラゴンから恐らくそうなるだろうと聞かされていたからに過ぎないのだ。

"でも・・・もしそれでも彼女が納得しなかったらどうするのさ?"
"というよりも、恐らくその娘は自分の目で私の死を確認したいと言うはずだ。その時はここへ連れてくるがいい"
それを聞いた当時は僕もドラゴンの言葉に思わず頷いてしまったものの、今考えると彼女をとても危険な目に遭わせようとしているのではないかという思いが湧き上がってきてしまう。
何しろ、あのドラゴンにとっては自分を殺そうと考えている人間が目の前に現れるのだ。
どう考えたって、僕にはアリアとドラゴンの関係が万事穏便に済むとは到底思えない。
とは言えアリアの頼みを受け入れてしまった手前今更どうすることもできず、僕は彼女に見つからないようにそっとバーを抜け出すと真っ直ぐに自分の家へと帰っていた。


翌朝、僕はまだ朝食を摂ったばかりの時間だというのに例のバーへと向かっていた。
早く彼女に会いたい・・・でもドラゴンの洞窟へは行きたくないという矛盾した感情が、僕の正常な思考を妨げながらもせっせとその足を動かしている。
そしてまだ早いかと思いながら待ち合わせの場所へと顔を出すと、驚くべきことに彼女が既に僕を待っていた。
「あら、思ったより早かったわね。あまり待たなくて済んでよかったわ」
どうやら彼女はとにかく早くドラゴンの死を確認したくて仕方がないらしい。
流石にここまでくると、いくら鈍感な僕だって彼女の行動には疑問を感じざるを得ない。
まあ、いずれにしても全てを成行きに任せるしかない僕にとっては考えるだけ無駄なことなのだが・・・
「それじゃあ、行きましょう」
「う、うん」
やがて意気揚々と彼女が歩き出したのにつられて、僕もあたふたとその後へついていった。

「ふぅ・・・そろそろか・・・」
あの人間がもし私の想像通りのシナリオを展開しているとするならば、彼と例の娘がこの洞窟へとやってくるのはもう時間の問題だろう。
そして洞内によそよそと涼しげな風を運んでくる外の森に意識を向けていると、しばらくして2人の人間がこちらへ近付いてくる微かな気配が私のもとへと届いてきた。
いよいよか・・・尤も、何もかも私の思い過ごしであってくれればよいのだがな・・・
心の何処かではある種の確信めいたものが執拗にそれはあり得ぬことだと耳元で囁き続けていたものの、私は何よりも深く傷付くであろうあの男の心に思いを馳せて密かに胸を痛めていた。

アリアとともに明るい森の中を歩き続けること数十分・・・
ようやくドラゴンの棲む洞窟が深い木々の向こうに姿を現すと、僕は何とも言いようのない不安に襲われていた。
本当に、アリアをこのままあの洞窟へと連れて行ってもいいものなのだろうか?
もしドラゴンが生きていることを知ったら、果たして彼女がどういう反応を示すのか僕には想像すらつかない。
いやそれどころか寧ろ、ドラゴンが彼女に一体何をするつもりなのかさえ僕は知らないのだ。
そうしてそわそわと行き場所を求めてあちらこちらへと彷徨う僕の手には、まるでお守りか何かのようにあのドラゴンの長い爪が握られている。
今日は昨日とは違って当然剣や鎧などの物騒な物は身に着けていないものの、何故かこれだけは持ってきた方がいいような気がして密かにポケットの中へと忍ばせておいたものだ。

とは言え、このドラゴンの爪も所詮は不安と緊張に暴れ狂って今にも口から飛び出しそうになる僕の心臓を気休めに宥める程度の役にしか立ってはくれないことだろう。
だがそんな僕の胸中を知ってか知らずか既に早歩きに近いアリアに続くようにして洞窟の中へ足を踏み入れると、しばらくしてその暗がりの奥に地面へと突っ伏しているドラゴンの姿が見えてきた。
地面に広がっている真っ赤な血溜まりの中に顔を埋めるようにして、ドラゴンがぐったりとその全身を弛緩させている。
やがて僕でさえもが一瞬本当に死んでいるのではないかと疑った程に真に迫ったドラゴンの痛ましい様子を一瞥すると、僕の隣にいたアリアが突然彼女らしくない奇妙な含み笑いを漏らしていた。

「フ・・・フフ・・・フフフフ・・・」
「ア、アリア・・・?」
「アーハッハッハ!」
ピカッ!
「うわっ!」
その瞬間真っ暗だったはずの狭い洞内全体が凄まじい閃光に照らされ、すっかり闇に慣れてしまっていた僕の視界が突然眩いばかりの白光に焼き尽くされる。
そして真っ白に塗り潰された僕の両目が何とかおぼろげな視力を取り戻した時には、何時の間にか僕の眼前にもう1匹の巨大なドラゴンが姿を現していた。
その禍々しい巨体全体を覆った深みのある濃紺の体毛が、アリアの美しい紺色の髪を彷彿とさせている。

「も、もしかして・・・アリア・・・なのか・・・?」
「まぁ、そういうことさね・・・だけど、まさかお前みたいな小僧がこいつを葬ってくれるとはねぇ・・・」
アリア・・・いや紺色のドラゴンは実に愉しそうにそう呟くと、ズイッとその首を僕の方に突き出してきた。
「うわっ!」
ドスッ
そんなドラゴンの突然の肉薄に驚いて、思わず地面に尻餅をついてしまう。
「お陰で後始末が楽に済みそうで何よりだよぉ・・・」
「あ、後始末って・・・一体何をするつもりなんだ・・・?」
「決まってるじゃないか・・・あたしの正体を知っている人間を、永久にこの世から消してやるのさ・・・」
あ、ああ・・・そんな・・・だ、誰か助けて・・・

だが早くここから逃げなければという焦燥に駆られながらも、僕は1歩もその場から動くことができなかった。
到底太刀打ちできない強大な敵から剥き出しの殺意を叩き付けられて、全身がビリビリと痺れていく感覚がある。
逃れ得ぬ死への恐怖心を和らげるためなのか、深い絶望という名の麻薬が僕の心身をじっくりと侵していった。
あの金色のドラゴンに組み敷かれた時はまだ持てていた心の余裕が、今や完全に消し飛んでしまったらしい。
そしていよいよその凶悪な爪が僕に届く所までやってくると、ドラゴンがニタッという不気味な笑みを浮かべる。
い、嫌だ・・・こんなの・・・うわああああ・・・
やがて微かな悲鳴を上げる気力すら残らず奪い取られてしまうと、僕は何もできない悔しさを噛み潰しながら必死に両の拳を握り固めていた。

「フフフ・・・安心しな・・・邪魔者を消してくれた礼に、すぐ楽にしてやるからねぇ・・・」
そう言いながら、紺色のドラゴンが4本の長い爪が生え伸びた手を静かに振り上げる。
まるでスローモーションのようにやけにゆっくりと見えるその凶器から、僕は目を背けることができなかった。
だが僕を殺そうとドラゴンの手に一瞬力が漲った次の瞬間、ドン!という大きな音とともに僕の視界から紺色の巨体が一瞬にして消え去ってしまう。
やがて何が起こったのかと辺りを見回すと、死んだ振りを止めて起き上がった金色のドラゴンがアリアに向けて勢いよく突進していったところだった。
その拍子に2匹のドラゴン達が激しく縺れ合い、暗い洞窟の中に大地を揺るがすような轟音が響き渡る。

私は人間を殺そうと爪を振り上げていた憎き宿敵を力任せに突き飛ばすと、そのまま全身で圧し掛かるようにして彼女の体を地面の上へと押し倒していた。
「やはり貴様が黒幕か・・・人間達を操って私を殺させようとするとは・・・今日という今日は許さぬぞ!」
「なっ・・・お、お前・・・生きていたのかい!?」
「貴様を誘き出す為に、彼と一芝居打ったのだ。まさか貴様が人間に姿を変えられるとは思わなかったがな」
それを聞いて自らが策略に嵌まったことに気付いたのか、紺毛に覆われた彼女の顔に悔しそうな表情が浮かぶ。
「よ、よくもこのあたしを騙してくれたね!こうなったら力尽くでもこの森を奪ってやるよ!」
だがそう叫んで体を起こそうとした彼女の顔を、私は思い切り手で踏み付けていた。
ドシャッ!
「グゥ・・・!」
「黙れ!それができなかったからこそ、貴様はくだらぬ姦計などに走ったのではないか!」
そして眼前に晒されていた無防備な彼女の首筋にガブリと噛み付くと、その厚い体毛と筋肉の奥に隠れた気道を潰すべく渾身の力を込めて締め付けてやる。

地面に組み敷いたアリアへと噛み付いた金竜の姿を、僕は唖然とした表情で見守っていた。
そうか・・・あのドラゴンは、アリアの正体がドラゴンであることを知っていた・・・いや、気付いたのだ。
揉み合うドラゴン達から漏れ聞こえてきた会話から察するに、恐らく彼女達は以前から対立していたのだろう。
とは言え、2匹の巨竜の戦いはもうほとんど決着が見えていた。
喉をきつく噛み締められたアリアの体から、少しずつだが暴れる力が失われてきているのが僕にもわかる。
だがあと少しで相手を気絶させられるという段になって、金竜が突然その顔に辛そうな表情を浮かべていた。

「グ・・・ウグ・・・」
おかしい・・・何だか、全身から奇妙な気怠さが噴き出してくる感覚がある。
全力で彼女を噛み締めているはずの顎からも、私は何故か少しずつ力が抜けていくような気がした。
こ奴を欺くためとはいえ、少し血を流し過ぎてしまったのだろうか・・・?
やがてフラリとバランスを失い掛けた体を立て直した拍子に、彼女が幾許か回復した体力で悪足掻きを始める。
唯一自由の利く尻尾を滅茶苦茶に振り回しては、私の背中をバシッバシッと弱々しく叩き始めたのだ。
"逃がすものか・・・!"
だが再び顎に力を入れようと思っても、全身を蝕む倦怠感がそれを阻んでしまう。
更にはなかなか彼女にとどめを刺せずにいた私の股間に、不意に予想外の攻撃が加えられていた。

ズリュッ
「グアッ!?」
突如として全身に走ったその激しい快感の正体を突き止めようと視線を落としてみると、先程まで暴れ狂っていた彼女の尻尾が私の秘部へ深々と突き入れられている。
ドン!
やがて私が一瞬怯んだその隙に、彼女が私の体を力一杯撥ね退けていた。
そして跳ね飛ばされてよろめいた私の前でゆっくりと体を起こしながら、彼女が何処か勝利を確信しているかのような挑発的な笑みを浮かべる。
「お、おのれ・・・貴様・・・」
「フン・・・子供騙しの浅知恵のせいで大分弱っているようだねぇ・・・調子に乗るんじゃないよ小娘が・・・」
彼女と同じように体力的に何時の間にか形勢が逆転してしまったことを感じ取ったのか、私達の戦いを洞窟の隅で見守っている人間の顔には対照的に微かな不安の色が見え隠れしていた。

早くこんなところから逃げ出したい・・・
それが、その時の僕の正直な気持ちだったのは間違いない。
だが途端に旗色の悪くなった金竜の様子に、僕は辛うじて震える体をその場に踏み留まらせていた。
もしあの金竜が敗れれば、アリアが次に標的にするのは間違いなくこの僕だろう。
そうなれば仮にこの場は何とか上手く彼女から逃げ果せたとしても、もう僕には安心して暮らせる場所が無くなってしまうということになる。
何しろ、相手は自在に人間に姿を変えることのできるドラゴンなのだ。
もし町中で彼女と遭ってしまったとしたら・・・そして人気の無い場所で彼女と僕だけになってしまったら・・・ふとそんな状況を想像しただけで、背筋にひんやりと冷たいものが流れ落ちていく。
だからたとえどんなに身の危険を感じたとしても、僕にはこの戦いの行方だけは見届ける必要があるのだ。

「グオアアアアァァ!」
やがて出血のせいかハァハァと荒かった呼吸を少しばかり整えた金竜が、今度はとても雌とは思えぬ程の激しい雄叫びを上げながらアリアへと襲い掛かっていく。
ドドォッ!
だがアリアはその凄まじい迫力を前に微塵も動じた様子を見せることなく、あっさりと金竜の突進を押し留めた。
いくら必死に虚勢を張ってはいても、既にその体力が限界に近いことを確信しているのだろう。
そしてお互いにお互いの首筋を噛み合うようにして洞窟の中を所狭しと暴れ回っている内に、突然巨大なドラゴン達が僕のいる方へと怒涛の勢いで突っ込んできていた。

「う、うわああああっ!」
ドオーン!ガラガラガラ・・・
思わず咄嗟にその場から飛び退いた次の瞬間、さっきまで僕がいた洞窟の壁に向かって金と紺の巨塊が激突する。
その衝撃で粉々に砕け散った岩壁の破片や砂煙が辺りに舞い上がり、僕は地面に座り込んだまま咳き込んでいた。
「ゴホッ・・・ゴホッゴホッ・・・」
あ、危なかった・・・万が一にもあんなのに巻き込まれたら、僕なんて一瞬でペシャンコにされてしまうだろう。
だがそんな僕を尻目に、再び瓦礫の中から無傷のドラゴン達が這い出してくる。
ドラゴン達が恐ろしく強靭な体をしていることは金竜にこの手で剣を叩き付けた僕にもよくわかっていたものの、あれだけ派手に暴れても小さな怪我すらしないのでは彼女達の戦いが長引くのは火を見るより明らかだった。
しかも僕にとってまずいことにそれは、まず間違いなくアリアの有利に働くということだろう。
同じドラゴンであるアリアさえもが一目で死んでいると判断した程のあの大きな血溜まりを見れば、人間の僕にだって金竜が失ってしまった血の量が決して少なくないことは容易に理解できる。
いやもしかしたら、彼女はもう真っ直ぐに立っているのもやっとという状態なのかも知れない。
その証拠に、崩れた瓦礫から出てきた金竜の顔には最早虚勢でも隠し切れぬ程の激しい疲労の色が浮かんでいた。

「フフフ・・・随分と苦しそうだねぇ・・・ほら、さっきまでの威勢はどうしたんだい?」
「だ、黙れ・・・グ・・・ゥ・・・」
こんなはずではなかったというのに・・・私は、己の策に溺れてしまったとでもいうのだろうか?
気を抜くとフラフラとよろめきそうになる体を必死に支えながら、私は極めて不遜に、それでいて慎重に間合いを詰めてくる憎たらしい悪竜の姿をキッと睨み付けていた。
果たして、私に勝ち目はあるのだろうか・・・?
体力の消耗とともに弱った私の心が、時折そんな呟きを漏らしてしまう。
かつて森で戦いを繰り広げていた時でさえ決着が着かなかった程、彼我の力量に大きな差は無いに等しいのだ。
だとすればこのまま疲弊した体で戦い続けることが愚かな選択であることは自明の理なのだが、たとえ敗北の予感があったとしても今日ここでこ奴の息の根を止めなければどちらにしろ私に明日はない。
やがて彼女がある程度こちらへ近付いてきたのを確認すると、私は思い切り体を反転させて太い尾を薙ぎ払った。
バシィッ!
だが全身に伝わった確かな手応えとは裏腹に、振り回した尻尾が彼女にいとも容易く受け止められてしまう。
そしてそのまま尻尾を掴んで私を懐に引き寄せると、彼女が素早く私の背後から躍り掛かってきていた。

ドドッ・・・ドザァ・・・
「ウ・・・ガ・・・」
不覚にも敵に背後を取られてしまったことに気付いて慌てて後ろを振り向こうとした次の瞬間、私は飛び掛かられた勢いと彼女の凄まじい体重に押し潰されるようにして地面の上へと叩き付けられた。
ただでさえ出血のせいでロクに力が入らないというのに、これではもうささやかな反撃すらままならないだろう。
やがて暴れようともがいていた私の両腕を掴んで固い岩床に縫い付けると、確実な勝利を確信したらしい彼女がゆっくりと無防備な姿を曝け出していた私の首筋を口に咥えていた。
「フフフフ・・・どうやら、あたしの勝ちのようだねぇ・・・ほぉら、ジワジワと嬲り殺してやるよぉ・・・」
そしてそんな愉しげな声とともに、喉元へと押し付けられた凶悪な牙の森がゆっくりと閉じられていく。

ミシ・・・ミリ・・・メキィ・・・
「ガァ・・・ア・・・ウァ・・・」
背後から圧し掛かられて抵抗を封じられたまま首を噛み締められていく金竜の姿を、僕はどうすることもできずにただただ見守ることしかできなかった。
ギシギシと骨が軋むような無気味な音とともに息の漏れるような金竜の力無い呻き声が聞こえ、次は僕がああなる番だという逃れられない恐怖心が全身をまるで猛毒のように蝕んでいく。
「あ・・・ああ・・・」
か、彼女が・・・殺されてしまう・・・僕の・・・唯一の希望が・・・

「ウ・・・アグ・・・ガアアァ・・・」
アリアが時折咥え込んだ金竜の首をブンブンと振り回す度に、気道を締め潰された金竜の苦悶の表情が更に険しくなった。
いくらドラゴンでも、一旦気を失ってしまえばとどめを刺す方法などいくらでもあることだろう。
だが気絶寸前でほんの少しだけ首を締め付ける力を弱められるという残酷な拷問を幾度も味わわされるうちに、先程まで幾分か跳ね回っていた金竜の手足から徐々に力が失われていく様子が僕にも伝わってきた。
アリアは・・・本当にあの金竜を時間を掛けて嬲り殺すつもりなのだ。
彼女が指先すら動かせなくなるまで徹底的に弱らせた後に、意識のあるままじっくりと甚振る魂胆なのだろう。

「ガ・・・フ・・・ァ・・・」
しばらくするともう声を上げる気力も失ってしまったのか、金竜はグッタリとその体を地面の上に横たえていた。
まだ辛うじて意識はあるようだが、あの様子では最早抵抗など夢のまた夢というものだろう。
やがて獲物が完全に力尽きたことを確信すると、アリアがそっと金竜の上から退けて彼女の顔を覗き込む。
「おやおや・・・随分と惨めな姿だねぇ・・・」
そして弾んだ声でそう呟きながら、アリアが苦しげに歪められていた金竜の顔を無慈悲に踏み付けた。
ドシャッ!
「ガッ・・・」
「アーハッハッハ!なんていい気味なんだい!ほらほら、もっと鳴いとくれよぉ!」
ミシャッ!ズン!メシッ!ズドッ!
「グッ・・・ア・・・・・・・・・」

なんて酷いことを・・・
初めの方は踏み付けられる度に何度か微かな悲鳴を上げていた金竜も、今はもうビクッビクッとその体を小さく痙攣させるだけになっている。
そしてすっかり静かになってしまった玩具に怒りを覚えたのか、アリアが地面に投げ出されていた金竜の右手をその巨大な足で思い切り踏み潰した。
グシャァッ!
「ギャッ!」
「フフフ・・・まだまだいい声が出るじゃないか・・・それじゃあ、そっちの手も潰してやろうかねぇ・・・」
やがて粉々に砕けた岩床の中に埋もれる金竜の右手をグリグリと踏み躙りながら、アリアが今度は残っていたもう一方の手へと狙いを付ける。
くそ・・・だめだ・・・もう見ていられない!
眼前で展開されるあまりに凄惨な拷問に、僕は激しい怒りを覚えて走り出していた。

今更僕が出て行ったところで、この絶望的な状況が好転するはずがないことはわかりきっている。
だがいずれにしても、あの金竜が殺されてしまえば僕もまた遅かれ早かれアリアの手に掛かる運命なのだ。
それに彼女が自らに屈した敗者を痛め付ける愉悦に浸っている今なら、僕にだって多少なりとも虚を衝くことができるはずだ。
尤も、ただの人間である僕が巨竜を相手に何かをしたところで全くの無駄かも知れないのだが。
やがてこちらに背を向けていたアリアの背中を勢いよく駆け上がると、僕は背後から彼女の首に抱き付いていた。
そして必死にその太い首を左腕で締め付けながら、右手で彼女の頭を何度も殴り付けてやる。
ガッ!ガッ!
「このっ!このっ!彼女を放せ!」

だが鋭く研がれた剣の切っ先すら通さぬ丈夫な体毛と筋肉の前では、そんなひ弱な攻撃など蚊に刺された程度にも感じなかったのだろう。
その証拠にアリアは今にも金竜の手を踏み潰そうと振り上げていた足をそっと地面に下ろすと、僕の殴打などまるで意に介した様子もなく長い尻尾の先をシュルリと僕の体に引っ掛けていた。
グイッ
「うわっ!」
そして有無を言わせぬような凄まじい力で抱き付いていた首から引き剥がされると、そのままグルリと腹の辺りに尻尾を巻き付けられてしまう。
やがてゆっくりとこちらに振り向けられたアリアの顔には・・・先程までと打って変わって激しい憤怒の形相が貼り付いていた。
「うるさい人間だねぇ・・・あたしの愉しみを邪魔するなんて、随分といい度胸じゃないか・・・ええっ!?」
メキィッ
「あ・・・ぐ・・・ああぁっ・・・!」

次の瞬間、尻尾を巻き付けられている胸や腹の辺りがメキメキと嫌な音を立てて締め上げられた。
何とかその禍々しい濃紺のとぐろから逃れようと身を捩ってみても、その度に大蛇の抱擁のような容赦のない締め付けを味わわされて苦悶の声を上げさせられてしまう。
ギリ・・・ミシミシィッ・・・
「うあぁ・・・た・・・すけ・・・」
そして苦痛に耐えられずにダラリととぐろに凭れ掛かるようにして全身の力を抜くと、アリアが不気味な笑みを浮かべたまま僕に顔を近付けてくる。
「フン・・・そんなに慌てなくとも、お前はこいつを始末してからゆっくりと可愛がってやるからねぇ・・・」
「あ・・・はぁ・・・う・・・」
そんな殺し文句とともに顔に生暖かい息を吹き掛けられて、僕はもうだめだという暗い諦観に身を任せていた。
その時、力無く垂れ下がっていた僕の右手の指先が不意に何か細くて硬い物に微かに触れる。
「・・・?」
一体何かと思ってアリアに気付かれないようにそっとポケットの中へ手を入れてみると、ここへくる道中でも弄っていたあの金竜の爪がコロリと手中に転がり込んできた。

これは・・・こんな武器があったのか・・・
だが、今更こんな物を見つけても到底何かの役に立つとは思えなかった。
扱いに慣れていないとは言え、長剣ですら太刀打ちできなかったドラゴンという怪物にこのナイフのような小さな爪を突き立てたところで徒労に終わるのは最初から目に見えている。
あの金竜だって幾度となくこの爪でアリアの体を引っ掻いていたというのに、現にアリアの巨大な体はいまだに全くの無傷を保っているのだ。
しかしそんな僕の頭の中に、何故か突然あの金竜の言葉が蘇ってくる。

"ほとんどのドラゴンにとって、眼と口は脳を刺し貫くことのできる最も弱い急所の1つなのだ"

その天啓にも似た閃きに沿うようにして視線を上げてみると、僕の苦しむ顔を見ようとしてかアリアがほんの目と鼻の先にまで顔を近付けてきていた。
これが、最後のチャンスかも知れない。
もし失敗すれば今すぐにでもアリアに殺されてしまうかも知れないが、このまま何もせずにただ座して死を待つよりは幾らかマシというものだろう。
そして胸の内に死を受け入れる確かな決心を固めると、僕はそっと手に握り込んだドラゴンの爪を眼前でニヤついているアリアの顔目掛けて勢いよく突き出していた。

チッ
「グァッ!?」
僕が全身に力を込めた予兆が尻尾を通して伝わってしまったのか、アリアの眼に爪が届く寸前で彼女が咄嗟に身を捩ってしまう。
それでも完全には僕の攻撃を避け切れなかったらしく、鋭い爪先が彼女の眼球を少しだけ掠っていた。
周囲に飛び散った真っ赤な血が、確かに彼女に傷を負わせたことを物語っている。
だが辛うじて彼女の右目の視界を奪うことには成功したものの、やはり致命傷には程遠いことに変わりない。
それどころか怯んだ拍子にこの凶悪な縛めから解放してくれるかも知れないという淡い期待は見事に裏切られ、すぐさま僕の両腕を抑え込むように極太の尻尾による肉の牢獄が更に一巻き積み重ねられていた。
そして片方の眼からポタポタと鮮血を滴らせたアリアが、抵抗を封じた獲物の顔をギリッと睨み付けてくる。
その筆舌に尽くし難い怒気を孕んだ恐ろしいドラゴンの形相に、僕は彼女と視線を合わせただけで恐怖のあまり思わず心臓が止まりそうになった。

「よくも・・・やってくれたじゃないか・・・」
「あ・・・あぁ・・・」
剣呑極まるその怒りの表情とは裏腹に、努めて低く抑えられた彼女の声が僕の不安と恐れを更に煽り立てる。
半端に傷を負わせてしまったことで、今やアリアの怒りの矛先は完全にあの金竜から僕へと向いていた。
すぐにでも牙や爪を剥いて襲ってこようとはしないところを見れば、僕もあの金竜以上に悲惨な目に遭わされるであろうことは想像に難くない。
隻眼で僕を射抜きながら凄惨な処刑の算段を立てていると見えるアリアの様子に、僕は先程まで確かに固めていたはずの死の覚悟が跡形もなく砕け散ってしまったのを感じていた。

ミシッ・・・
「ひっ・・・」
だが結末がどうであれ、この状況で一体何をされるのかなど大蛇に捕えられた鼠の頭でも理解できることだろう。
そして何の前触れもないままに、僕を絡め取っていた濃紺のとぐろがゆっくりと締まり始めた。
「い、いやだ・・・う・・・ああぁ・・・」
ドラゴンの尾がまるで万力のようにジワジワと少しずつ引き絞られ、徐々に押し潰されて中の空気を吐き出させられていく肺が早くも最初の悲鳴を上げてしまう。
メ・・・キ・・・ギリ・・・ギリリ・・・
「かはっ・・・ぁ・・・ぐぅ・・・う・・・」
声が出ない・・・息もできない・・・
激しい酸欠の苦しみが、僕の意識と視界にそっと白いベールを幾つも覆い被せていく。
まさか彼女がこの程度の責めで僕を楽にしてくれるとは到底思えなかったものの、やがて肺に残っていた最後の空気を締め出されると僕はそのままガクリと意識を失ってしまっていた。

グ・・・ウ・・・
私は・・・一体どうしたのだ・・・?
あ奴に右手を踏み砕かれたところまでは辛うじて覚えているものの、そこから先の記憶が何故かプッツリと途切れてしまっている。
どうやら私は・・・あの激しい衝撃と痛みのお陰で今の今まで気絶していたらしい。
だがあ奴の前に長時間無防備な姿を晒していた割には、体の何処にも他に異常は感じられなかった。
彼女の極めて嗜虐的な性格を考えればたったこれしき私を痛め付けたところで到底満足するとは思えぬのだが、そうかと言って私をここにそのまま放置しておく理由が他にあるとも考えにくい。
そして解けぬ疑問を胸にそっと薄目を開けて周囲の様子を窺ってみると、意外なことに彼女があの人間をその屈強な尾で容赦なく締め上げているところだった。
「かはっ・・・ぁ・・・ぐぅ・・・う・・・」
余程時間を掛けて念入りに締め付けられているのか、苦悶に喘ぐ人間の顔が微かに赤く腫れ上がっている。
一体何故、あの人間を・・・?
そう思って彼には悪いと思いながらも少しばかり彼女の様子を静かに観察していると、私はその大きな顔の端からポタリと真っ赤な滴が地面に垂れ落ちたことに気付いていた。

あれはまさか・・・あのドラゴンの血・・・?
ということは、もしやあの人間が彼女に傷を負わせたということなのだろうか?
この私ですら彼女には傷1つ負わせることができなかったというのに、一体どうやって・・・?
だが方法はどうであれ、ここからチラリと見えた彼女の左目は確かに血に染まったまま塞がれている。
恐らく彼は、私を助けようとしてあの巨大なドラゴンに飛び掛かっていったのに違いない。
そして驚くべきことにその片目を潰して視界を奪ったばかりでなく、彼女の注意を完全に私から引き剥がすことにまで成功したのだ。
体はまだ動くはず・・・いや、動かさなければならないだろう。
ほんの数分とは言え、彼の与えてくれたこの貴重な一時の休息を無駄にするわけにはいかぬ。
やがて極力音を立てぬようにそっと痛む体をその場に引き起こすと、私は気絶した人間を叩き起こそうと腕を振り上げていた彼女に全力で飛び掛かっていった。

「おやおや・・・この程度でもう気を失っちまうなんてねぇ・・・ほら起きな!まだまだ寝かせやしないよ!」
バシィッ!バシィッ!
もう少しで憎き紺竜の背に手が届きそうになったその時、彼女の遠慮を知らぬ強烈な張り手がグッタリと項垂れた人間の顔を左右に跳ね飛ばす。
それを見た途端に何故か理由のわからぬ怒りが込み上げてきて、私は飛び掛かった勢いもそのままに彼女を地面に押し倒していた。
ドガッ・・・ドオオォン!
「グアァッ・・・!」
全く予想だにしていなかった突然の不意打ちに余程面喰ったのか、彼女が咆哮にも似た大きな声を上げながら地面の上に倒れ込む。
その瞬間尻尾で幾重にも絡め取られていた人間が跳ね飛ばされて岩床の上に投げ出されたものの、私はそれには構わず彼女の頭をしっかりと抑え込んでいた。

「なっ・・・お前・・・まだ動けたのかい・・・!?」
「生憎と、貴様如きに屈する程軟弱な矜持は持ち合わせておらぬのでな!」
そしてそう叫びながら、傷付いていた彼女の眼に背後から左手の爪を怒りに任せて思い切り突き刺してやる。
ドシュッ!
更にはとどめを刺すべくその指先をグリッと捻ってから勢いよく引き抜くと、凄まじい量の鮮血がその痛々しい傷口から噴き出していた。
ズバッ!
「ギャアアァッ!!」
次の瞬間、耳を劈くような巨竜の断末魔が昼下がりの静寂に包まれた森中へまるで雷鳴のように轟いていく。
だがしばらくしてドドォンという地響きとともに地面の上に倒れ込むと、彼女はゴロリと仰向けに転がって真っ赤な鮮血に彩られた死に顔を私の方へと向けていた。

3年間にも及んだこの雌竜との因縁が、これでようやく終わりを迎えたのだ。
激しい戦いだったのも確かだが、恐らくはあの人間の存在がなければこんな結末は迎えられなかったことだろう。
やがて地面の上へと投げ出された人間の安否が不意に気に掛かると、私は疲弊しきった体を引き摺るようにして倒れている人間のもとへと近付いていった。
そして人間の胸の上にそっと手を乗せながら、トクントクンという暖かい心臓の鼓動を確かに感じ取る。
「・・・ふぅ・・・」
これまでの長い生涯の中でも、私は人間などの無事をこれ程嬉しく思ったことはなかっただろう。
さて、と・・・では私も、彼に倣って少し休ませてもらうとしようか・・・
度重なる戦いの連続にピンと張り詰めていた緊張感が突然緩んだせいか、胸の内でそう呟きながら人間の隣に腰を下ろした途端に急激な眠気が襲ってくる。
だが、こんなに穏やかな気分で眠りに就けるのは数年振りのことなのだ。今更、逆らう理由などあるはずもない。
そして私のために体を張ってくれた人間を労わるように金毛に覆われた尻尾をそっと彼の体に巻き付けてやると、私は静かに体を丸めて重くなった眼を閉じていた。

夜の闇に沈んだ森から届いてくるひんやりとした心地よい冷気が、深い眠りに落ちていた私の頬を優しく撫でる。
試しに薄っすらと目を開けてみると、もう見慣れてしまった真っ暗な洞窟の光景が眼前に広がっていった。
あの紺竜に踏み潰された右手はまだしばらく痛むだろうが、どうやら失血による消耗は回復してくれたらしい。
やがてしんと静まり返った洞窟の中に響く人間の穏やかな寝息に気が付くと、私は金色の尻尾に包まれて眠っている人間の顔へと視線を向けていた。
手酷く痛め付けられて気を失っただけにそこには激しい苦悶に歪んだ表情が貼り付いていたものの、あの巨竜に挑み掛かっていって何処にも怪我らしい怪我をしていないのは正に奇跡というより他にないだろう。
とその時、ようやく意識を取り戻したのかグッタリと弛緩していた彼の体がピクリと震える。

「う・・・うぅ・・・」
唐突に感じた全身の骨がギシギシと軋むような鈍い痛みに、僕は長い間迷い込んでいた夢の世界からようやく現実への帰還を果たしていた。
体にはまだドラゴンの尾が幾重にも巻き付けられている感触があるものの、先程まで確かにあった獲物を締め殺さんばかりの禍々しい殺意はすっかりと何処かへ消え去ってしまっている。
僕は・・・まだ生きているのだろうか?
だが確実な死を覚悟していたはずの自分の無事を不思議に思って辺りに耳を澄ましてみても、聞こえてくるのはゆったりとした大きなドラゴンの息遣いだけ。
そして思い切って閉じていた目をそっと薄く開けてみると、何時の間にか僕を絡め取っていた尻尾のとぐろが暗闇の中でもそれとわかる程の明るい金色に変わっていた。

「・・・大丈夫か?」
「あ・・・あれ・・・アリアは・・・?」
まだ状況が掴み切れていないのか何処か呆けたような人間の声を聞いて、彼の視線を誘導するようにそっと背後を振り向いてやる。
やがてその先に転がっている紺竜の変わり果てた姿を目にすると、彼が心の底からホッとしたような表情を浮かべていた。
今になって考えれば、彼女を殺した瞬間をこの人間に見られなかったのは不幸中の幸いだったというべきだろう。
そうでなければ、彼はこの私に対してもここまで警戒心を緩めてくれることは決してなかったに違いない。
「そうか・・・じゃあ・・・全部終わったんだね・・・」
確かに、私とあのドラゴンとの戦いはこれで全て終わったと言ってもいいだろう。
だがそれとは別に、私にはもう1つやり残していることがある。
「いや・・・もう1つ、やるべきことが残っている」
そして私はそう言うと、彼の体をそっと地面の上に組み敷いていた。

「な、何をするの・・・?」
「お前のお陰で、ようやく邪魔者が消えたのだ・・・わかるだろう・・・?」
いきなりそんなことを言われても、僕には一体何のことなのかさっぱりわからない。
だがそれでも何とか昨日からの彼女とのやり取りを思い出しているうちに、僕はふとある事実に気が付いていた。

"もう少し詳しく話すのだ・・・まだしばらく、生きていたいと思うのならな・・・"
"勘違いするな。もし私の頼みを聞いてくれるというのなら、もう少し生かしておいてやると言っているのだ"

そうだ・・・そう言えば彼女は、僕のことを見逃してくれるとは一言も言わなかったような気がする。
じゃあ彼女が最後にやり残したことっていうのは・・・まさか・・・
「ああ・・・そんな・・・ま、待ってよ・・・だって・・・」
あまりにも突然に降って湧いたその予想外の危機に、僕は上手く言葉が出てこなかった。
そしてそんな僕の様子を面白がっているのか、彼女が何処か嗜虐的な笑みを浮かべながら更に淡々と先を続ける。
「心配するな・・・お前はただ黙っておとなしくしていればよいのだ・・・そうすれば、すぐに済む・・・」
「い、嫌だ・・・お願いだから・・・あぁ・・・ぅ・・・」
やがて細々とした声で命乞いの言葉を紡ごうとした途端に眼前でペロリと大きな舌を舐めずられると、僕はもうどう足掻いても決して己の運命が変えられないということを否応なく思い知らされていた。

今度こそ・・・僕は助からないのだ。
彼女の太い毛尾からフワリと柔らかな、それでいて決して獲物を逃がそうとはしない力強いうねりが感じられ、1本だけ爪の欠けた彼女の左手がいよいよ僕の眼前で静かに持ち上げられていく。
だが流石にその絶対的な凶器だけは正視することができず、僕は力一杯歯を食い縛ると彼女から顔を背けていた。
ゴソッ・・・
「・・・・・・!」
闇の中に聞こえたその微かな物音が、死の予感を僕の全身へと叩き付けてくる。
そして悲鳴を堪えるように硬く身を強張らせていると・・・不意に彼女の手が僕の穿いていたズボンに掛けられていた。

パサッ・・・ズル・・・ズルル・・・
え・・・?も、もしかして僕・・・服を脱がされてる・・・?
あまり苦しまないよう一息にとどめを刺されるだろうという予想を見事に裏切って、彼女はどうやらまず最初に僕を裸にしようとしているらしい。
だが彼女がもし僕を食い殺すつもりだったのなら、先に皮剥きをするのは別に不思議なことではないだろう。
やがて上も下もすっかりと着ていた服を剥ぎ取られると、彼女が僕の顔をその大きな舌でベロリと舐め上げる。
「あふ・・・ぅ・・・」
唐突に生暖かいドラゴンの唾液をたっぷりと頬に塗り込められて、僕は思わず妙な声を漏らしてしまっていた。
そしてきつく閉じていた目をゆっくりと開けてみると、その視界の中で彼女がクスクスと笑っている。

「フフフフ・・・お前は相変わらず、随分と思い込みの激しい人間なのだな」
「ど、どういうこと・・・?」
「あれ程必死になって私に尽くしてくれたお前を、よもやこの私が手に掛けることなどあるはずがなかろうが?」
彼女はそう言うと、妖しい微笑を浮かべたその顔をそっと僕へと近付けてきた。
「やり残したことと言うのは、お前への礼のことなのだ。あ奴の手から、私を助けてくれたことへのな・・・」
助けただなんてとんでもない・・・僕は、ただ自分の命が惜しくて必死だっただけなのだ。
「だが、ドラゴンである私が人間のお前にしてやれることなどそう多くはない。だから・・・」
サワッ・・・
「はぅっ・・・」
その瞬間、フサフサとした体毛に覆われていたドラゴンの手が露出していた僕の股間を優しく擦り上げた。
鋭い剣すら通さぬ程に強靭なはずの金色の毛が、敏感な僕の雄を余すところなく撫で上げていく。
そしてそんな愛撫というのにも程遠い一撃の前に、僕は敢え無く体中の力を抜かれてしまっていた。
「今は何も言わず・・・黙ってこの私を受け入れてくれ・・・」

スリ・・・ショリショリ・・・サワワッ・・・
「あっ・・・くぅ・・・き、気持ち・・・いいぃ・・・」
そう言って僕の返事も待たずに開始された彼女の艶めかしい指遣いが、雄としての興奮に張り詰めていた小さな肉棒に容赦無く絡み付いていく。
だがあまりの気持ち良さに耐えかねてグネグネと身を捩った途端に、獲物を弄ぶ4匹の金色の蛇達が更にいやらしく肉棒の周囲を這い回り始めていた。
そして一瞬のうちにペニスの各所に存在する快感を呼び起こすツボを的確に刺激されると、あっという間に彼女の手の中へねっとりと粘つく白濁を放ってしまう。

ショリッ・・・シュル・・・シュルッ
「うああっ・・・!」
ビュビュッ・・・
更には大量の精に塗れた射精直後のペニスの裏筋へその太い指の腹を押し付けると、彼女はそのまま1番敏感な性感帯を磨り潰すかのように僕の雄をグリグリと激しく扱き上げた。
「ふあぁ・・・そ、そんなの・・・だ・・・めぇ・・・」
ピュウゥッ
「あはぁん・・・」
なんという凄まじい指技なのだろうか・・・
こんな責めを味わわされたりしたら、仮に相手が雄のドラゴンだったとしても瞬殺なのに違いない。
やがて息をつく間もなく迎えさせられた2度目の射精に短い嬌声を上げてしまうと、彼女がほんのりと顔を上気させながらいかにも雌らしい慈愛のこもった視線を僕に注いでいた。

「もし嫌だというのなら・・・止めてもいいのだぞ・・・?」
だが口ではそう言いながらも、彼女の手が再び僕のペニスを包み込んでいく。
そして白く濁った粘糸を引くその大きな掌中に熱く燃え上がる雄を捕らわれてしまうと、僕は本能的な期待と興奮を抑え切れずに思わず大きくゴクリと息を呑んでいた。
ここまでされてしまっては、今更止めてくれなどと言えるはずもない。
何時の間にか僕は、それ程までに彼女の虜にされてしまっていたのだろう。
やがて僕からの返事がないことを承諾の証と受け取ったのか、彼女が僕の体に尻尾を巻き付けたまま今以て萎える様子の無いペニスへと静かに口を近付けていった。
今度は、あの分厚い舌で僕を可愛がってくれるというのだろうか・・・?

私は眼前に聳え立つ決して大きいとは言えない肉棒と人間の顔を交互に見比べると、その双方に浮かんでいた密やかな興奮の戦慄きを確かに感じ取っていた。
そしてゆっくりと彼のモノに長い舌を這わせながら、広い口内へとその赤きとぐろを引き摺り込んでやる。
ズルッ・・・ジュルジュルッ・・・
「ああっ・・・はあぁ・・・」
肉棒にザラザラとした舌を擦り付けられる感触に、或いは煮え湯のように熱い唾液を塗り込められた快感に、人間の体がまるで高圧電流にでも触れてしまったかのようにビクンと大きく跳ね上がる。
それでも恍惚の表情を浮かべながら尻尾の外に飛び出した拳を握り締めて快楽に耐えようとしている彼を見て、私は咥え込んだ雄を何の遠慮も無く舌で締め上げていた。

ギュウゥ・・・ペロペロッ・・・ギリリ・・・
「はひぃ・・・い、いいよぉ・・・」
チュッチュッという音とともにペニスを睾丸ごと激しく吸い立てながら、ドラゴンの舌による熱烈な抱擁がその根元から先端に向けてゆっくりと駆け上っていく。
そして舌の外に辛うじて顔を出していた敏感な鈴口が、ついに細く尖った舌先にチロチロと舐られ始めていた。
そのあまりにも切な過ぎる甘美な刺激に、射精を堪えていた最後の牙城がまたしても瓦解の危機を迎えている。
僕を責めているせいで声は出せないでいるものの、彼女は次々と喜びの声を上げる僕の顔をペニスをしゃぶり上げながら妖艶な上目遣いでじっと見つめ続けていた。
人間とは決して相容れぬはずのドラゴンだというのに・・・彼女はなんて魅力的な存在なのだろうか・・・
あの何処か意地悪そうな、それでいてうっとりとした潤いのある視線をこちらに向けられるだけで、僕の中にあるオスの部分が何だか正体の掴めない強烈な誘惑に屈服してしまいそうになるのだ。

時には激しく、時には緩やかに・・・緩急の付けられた舌による極上の愛撫を味わわされて、早くも我慢の限界を迎えた彼の肉棒は既に先程から解放を求めて小さく震えて続けていた。
後はこの私がほんの少し後押ししてやるだけで、再び彼の口から歓喜に満ちた嬌声が上がることだろう。
そして偶然目を合わせてしまった彼から何かを訴えるような視線を受け取ると、私は肉棒を包み込んでいたとぐろを解いて大きく足を広げている彼の股間を思い切り舐め上げてやった。
ジョリジョリジョリジョリリッ!
「ひゃあぁっ!」
ビュビュルルッ!
次の瞬間勢いよく噴き出した精の飛沫が私の顔へと大量に降り掛かり、フサフサとした金毛を淫靡に汚していく。
だが肝心の彼の方は屈強な雄のドラゴンすら狂わせる私の舌責めがあまりにも気持ち良かったのか、金色の尻尾のとぐろの中で大きく背筋を仰け反らせたままピクピクと小刻みな痙攣を繰り返していた。

「大丈夫か・・・?」
完全には受け止め切れなかった快楽の嵐に打ちのめされた体を休めていると、不意にそんな彼女の心配そうな声が僕の耳に届いてくる。
だがそこに秘められていた肯定の返事を欲しがっているような気配を感じ取って、僕は大分荒くなってしまった呼吸を何とか整えながら小さく頷いた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・う、うん・・・だいじょう・・・ぶ・・・」
「では・・・続けてもよいのだな・・・?」
その問いに、今度はドラゴンにもよく見えるように無言で大きく頷いてやる。
ただの前戯にしては随分と激しいものになってしまったような気がするものの、彼女ももう自分の欲情を抑え切れなくなっているのだろう。
命を救ってくれた礼というのは言わばドラゴンである彼女が人間の僕に体を許すことへの大義名分であり、本当のところは彼女が自分自身を納得させるために考えた仮初めの理由でしかないのに違いない。
だがたとえどんな理由であったとしても、僕はただ黙って彼女に従っていればいいのだ。
何故なら彼女の寝込みを襲った罪を許されて落とすはずだった命を救われたのは、寧ろこの僕の方なのだから。

私の中に、この人間に対する深い感謝の念があったことは確かだった。
何しろこの2年近くもの間、私がゆっくりと平和な時間を楽しむことができたのは数える程しかない。
昼寝をしていれば物騒な武器を持った人間達に力尽くで叩き起こされ、狩りに疲れた体で住み処へ戻ってきたところを待ち伏せされたこともある。
もちろん人間など幾ら群れようとも所詮私の敵ではないのだが、それでも気が休まらないことに変わりはない。
だがこの人間は、そんな私の生活に元の平穏を取り戻す一助になってくれたのだ。
そしてその愛しい彼が、今や私の全てを受け止めようと腹下で生まれたままの姿を曝け出してくれている。
やがて度重なる快楽の奔流に疲れ切った表情を浮かべている彼の顔を踏み砕かれた右手で優しく擦り上げると、私はあの雌竜の尾に抉られて以来ずっと疼いていた己の秘所をそっと左右に花開いていた。
それを目にした彼の顔に、微かな不安と大きな期待がない交ぜになった何とも形容し難い表情が浮かんでいく。
私と交わろうとした雄が決まって見せることになる、私の1番好きな表情だ。
尤も、人間のそれを目にしたのはこれが初めてのことなのだが。

美しい金色の体毛に覆われていた彼女の下腹部に突如として口を開いた真っ赤な肉洞。
その妖しい魅力を誇る熱い肉壷がヒクヒクと快感の余韻に戦慄いている僕のペニスへ徐々に近付いてくると、体を絡め取っていた彼女の毛尾がシュルリと解かれて僕の左足へと巻き付けられていた。
両足に尻尾を巻き付けなかったのは、僕に対して必要以上に拘束されているという印象を与えないためだろう。
それはあくまでも、彼女の責めを受けるのは僕の意思に委ねられているという無言の主張なのに違いない。
やがて脹脛から太腿へウネウネと這い上がってきた柔らかい尻尾の先端が、僕の尻穴を優しく撫で上げる。
「はふっ・・・」
更には睾丸をその金色の筆の穂先でクシュクシュと擽られたのに驚いて少しだけ腰を浮かせてしまうと、その拍子にペニスの先端が目前にまで迫ってきていた彼女の膣口に軽く舐め上げられていた。

ニュリッ・・・
「ふ、ふわぁ・・・」
ねっとりとぬめるような、それでいて熱湯のように熱い愛液をたっぷりと肉棒へ擦り付けられて、3度の射精に勢いも幾許かの陰りを見せていた雄槍が再び元の固さを取り戻していく。
そしてまだ真っ白な精に塗れている顔を僕に向けると、彼女がもう1度僕の意思を確かめるように小さく呟いた。
「では・・・行くぞ・・・」
「う、うん・・・」
そんな僕の声に呼応して、ペニスがゆっくりと彼女の中へ飲み込まれていく。
と同時に、先程まで睾丸を弄んでいた尻尾の先がグリグリと僕の尻に捻じ込まれていった。
ジュブッ・・・ズブブブ・・・
「う・・・あはぁっ・・・あっ・・・」
全く異なる2つの挿入の感触を1度に味わわされて、そのめくるめく桃色の快感に耐えようと彼女の胸に生えている柔らかな体毛を必死に両手で力一杯握り締める。

ズブリ・・・ズブリ・・・といやらしい音を立てて人間の肉棒がパックリと裂けた割れ目の中へ埋もれる度に、切なく刺激された膣壁が熱く滾った喜びの涙を溢れさせていた。
「ああっ・・・い・・・いい・・・よぉ・・・」
そんなトロリと蕩けた無数の肉襞に舐め回されて、彼の口から断続的な喘ぎが漏れ聞こえてくる。
グリリッ
「んんっ!」
だがちょっとした悪戯心で彼の尻を責めている尻尾の先を軽く捻ってやると、息の詰まるような声とともにその小さな体がピクンと跳ね上がった。

「どうだ、私の体は・・・?天にも昇る心地だろう?」
「す、凄いよ・・・入れてるだけなのに・・・はあぁ・・・もう・・・で、出ちゃうぅ・・・」
「心行くまで楽しむのだ・・・人間にこの身を許すのは、これが初めてなのだからな・・・」
そしてそう呟きながら、肉欲を煽るように彼のモノを根元から優しく締め付けてやる。
キュウゥ・・・
「うあぁっ・・・も、もうだめ・・・あ、あぁ〜〜〜・・・」
ドクッ・・・ドクッドクッ・・・
やがてその慈愛に満ちた緩やかな愛撫に彼の我慢も限界を迎えてしまったのか、煮え滾る愛液に負けず劣らずの熱い飛沫が私の中を満たしていった。

「は・・・ぁ・・・」
なんという気持ち良さなのだろうか・・・
4度にも亘る立て続けの射精に、これまで何とか怒張を保っていた僕のペニスがゆっくりと萎んでいく。
ジュ・・・グブッ・・・
そしてその愛液に茹で上げられてすっかりふやけてしまった情けない肉棒を、彼女が何処か名残惜しそうな表情を浮かべながらもそっと熱い肉洞から解放してくれていた。
「フフフ・・・あまりの快楽に、もう足腰も立たぬといった風情だな」
「うん・・・もう、しばらく動けないや・・・」
やがて荒い息をつきながらそう言うと、僕は何故か彼女の顔に不意に微かな笑みが浮かんだような気がした。

「そうか・・・では、今夜はここで共に夜を明かすとしようか・・・」
私はそう呟きながら雄としてこの上もない幸福を味わって力尽きた人間の体を再び尻尾で巻き上げると、彼の返事も待たずにその小さな裸体を懐に掻き抱いていた。
そして手と鼻先に付いていた人間の精を綺麗に舐め取りながら、まるで赤子のようにおとなしく抱かれている人間の顔を間近からじっと見つめてやる。
そんな彼の顔には、私に対する警戒心など微塵も感じられぬ穏やかな笑みにも似た表情が浮かんでいた。
つい昨日までこの人間は私の腹下で死の恐怖に怯えていた憐れな獲物だったというのに、今では力一杯抱き締めて2度と放したくなくなってしまう程に彼が愛おしいのは何故だろう。
これまで交わったどんな雄のドラゴンにもこんな感情を抱いたことはないというのに、何とも不思議なものだ。
短い間だったとは言え、誰しも生死を共にした者に対してはこんな感情を抱いてしまうものなのだろうか?

「苦しくはないか・・・?」
どうせ疲れ切った体では何もできないと割り切ってされるがまま身を任せていた僕に、しばらくの間を置いてようやく彼女の心配そうな声が掛けられていた。
「う、うん・・・ちょっとだけ息苦しいけど・・・このままでいいよ・・・」
彼女の毛尾で全身をグルグル巻きにされた挙げ句に巨大な竜の膂力でギュッと抱き締められて、グッタリと弛緩し切った体中がミシミシと軽い軋みを上げている。
だがほんのりとした温もりと肌触りのよい彼女の体毛に裸体を余すところなく包まれているのは、まぐわいの快楽とはまた違ったじんわりとした心地良さを生み出し続けていた。
そしてそんな僕の緩んだ顔を興味深げに覗き込みながら、彼女が何かを迷っているかのように言葉を濁す。
「そうか・・・・・・もし・・・お前がよければなのだが・・・」

そこまで言い掛けてから、私は思わずハッとして口を噤んでいた。
私は今、彼に一体何を言おうとしていたのだろうか?
たとえ私が何を望もうとも、彼はただの人間・・・所詮、ドラゴンなどとは住む世界の違う生物なのだ。
成り行きで今夜は寝床を共にしたとしても、明日になれば彼は元の人間の生活へと戻っていくことだろう。
元はと言えば、私の手に掛かって命を落としていった大勢の人間達の人生を狂わせてしまったのはこの私自身だ。
それなのに今また私の勝手で彼の人間としての生活を脅かすことなど、到底できるはずもない。
だがそんな私の葛藤を如何にして看破したのか、彼から投げ掛けられた言葉に私は大きく目を見開いていた。

「ここで一緒に暮らさないかっていう提案なら・・・僕は大歓迎だよ」
「なっ・・・何・・・?」
「皆まで言わなくたってわかるよ。だって、僕も同じ事を考えていたんだもの・・・」
まさか、彼の口からその返事が聞けるとは・・・
「ほ、本当に・・・良いのか?」
「僕には元々身寄りもないし、町だってすぐに行けるところにある。ここで暮らしたって、何の問題もないよ」
だがそう言うと、彼が気持ち良さそうに閉じていた目を開けて私の顔を見つめ返してくる。
「でも、約束してくれる?」
「何をだ?」
「あなたが今、頭に思い浮かべたこと」

そんな彼の返事を聞いて、私は危うく笑いを堪えられずに噴き出してしまうところだった。
「いいだろう・・・だがこの次は、私の責めに耐えられずに気を失ってしまっても知らぬからな」
「ふふふ・・・僕はそこまで言ってないよ・・・でも、楽しみにしてるね」
しまった・・・私としたことが、どうやらまんまと彼に乗せられてしまったらしい。
「この・・・生意気な人間め」
グギュッ
「あうっ・・・」
そしてそう言いながらからかわれた腹いせに人間の体をきつく締め上げてやると、私はなおも彼の顔に幸せそうな表情が浮かんでいるのを見届けてから静かな夜の眠りに落ちていった。

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