曇った夜空を照らす淡い満月の光が、奇妙な静寂に包まれた森を優しく照らしている。
自然の中で過ごすのが好きな者にとって、それは心安らぐ癒しの光景でさえあったことだろう。
だが大きく切り立つ岩肌に掘られた深い洞窟の闇の前で太い大木に手足を縛り付けられている俺にとって、それは人生の最後に見る終焉の景色以外の何物でもなかった。
何十年も昔・・・まだ俺が産まれるよりも以前から町を脅かしてきたある1匹の雌竜が、今夜もまた満月の晩の生け贄を人々に要求してきたのだ。
月に1度老若男女を問わず森へ送り出されて行った人々は当然の如く生きて帰ってくることは無く、時には夜の森から悲痛な叫び声や泣き声が響くことさえあるらしい。

生け贄となった彼らは・・・あの忌まわしい邪竜に嬲り殺しにされ食われる運命にあるのだろう。
そんな恐ろしい生け贄に選ばれてしまった時、俺は酷く茫然自失としていたそうだ。
まあ、それも当然だろう。
町の平和の為という大義名分があるとは言え、巨竜の玩具として甚振り殺されるくらいならまだ不当な裁判に掛けられて火炙りにされた方がマシな死に方というものだろう。
だがこうして禍々しい洞窟の前に磔にされてしまった今となっては、俺に出来ることは眠りから目覚めたドラゴンがその闇の奥から姿を現すのを絶望的な思いで待ち続けることだけだった。

ゴソッ・・・
「・・・!」
やがて徐々に弱っていく自身の心を必死に励まし続けながら待つこと1時間・・・
それまで周囲に低く響いていたドラゴンの寝息がぱったりと途絶え、代わりに重々しい何かが蠢くくような物音が洞窟から漏れ聞こえてきた。
いよいよ、あの恐ろしい雌竜が目を覚ましたのだ。
思わず反射的に縛られた手足を動かそうとしてみるものの、硬く結び付けられた麻縄が切れてくれる気配は微塵も無い。
そしてズシ・・・ズシ・・・というゆっくりとした足音が近付いて来ると、深い蒼鱗を纏ったドラゴンの頭が空から降り注ぐ銀色の月光に照らし出されていた。

「あ・・・うあぁ・・・」
その切れ長の白眼から微かな殺意を孕んだ鋭い視線を突き刺され、縛られているのとは関係無しにまるで蛇に睨まれた蛙のように全身が硬直してしまう。
後頭部からは湾曲した細い純白の双角が静かに天を衝き、蒼色の体色と見事なコントラストを演出していた。
それは確かに、雌竜としてみれば美しい姿だったのは間違い無いだろう。
だが僅かに開けられた口元から覗く鋭い牙の群れと地面を踏み締めている屈強な手足の先から生え伸びた鋭利な竜爪が、その獲物と看做された俺の心に残っていたか細い希望の欠片を無慈悲に削り取っていく。
口を塞がれているわけではなかったものの、確実な死の予感に俺は最早声すら失って項垂れていた。
「フフフ・・・今夜の贄は、また随分と上物のようだな・・・」
そんな上機嫌とも取れる雌竜の野太い声に、膨れ上がった恐怖が全身に飛び火する。

ガシッ
「た、助け・・・ひぃ・・・」
だが辛うじて喉から絞り出したその声が突然大きな手で首を掴まれたことで擦れた悲鳴に変わってしまうと、俺は人間の頭など軽く丸齧りに出来るであろう巨大なドラゴンと至近距離で目を合わせられていた。
「うっ・・・う・・・」
首を掴まれているお陰で顔を逸らすことさえ許されず、慈悲の欠片も感じられない無表情なドラゴンの放つ静かな殺気にあてられて俺は歯の根が噛み合わない程の震えをどうしても抑え切れなかった。
「この私が、恐ろしいのか・・・?」
当然だ・・・
流石にこいつが目の前で人に襲い掛かったところを見たことはないのだが、生け贄に出された人が誰1人として生きて帰ってこないことや森に響き渡る悲鳴を耳にすれば俺がこれからどうなるのかは嫌でも分かる。
いっそ一思いにその大顎で噛み殺してくれるならまだ気も楽になるというものなのだが、初めてドラゴンの顔を間近で見た俺にだってこいつが今何を考えているのかを想像するのは簡単なことだった。

やがて返事をすることも出来ずに怯えていた俺をしばらく眺め回すと、いよいよ雌竜がその凶悪な顎を俺の眼前でゆっくりと開いていく。
「や、止め・・・」
突如として目の前に広がっていく生暖かい湿気に包まれた赤黒い口内の様子に、俺は儚い抵抗と知りつつも首を掴まれたまま必死に身を捩じっていた。
もしかしたら彼女はさっき俺が望んだ通り一思いに頭を噛み砕いてくれるのかも知れないが、いざ無数の牙が立ち並ぶ巨大な顎を広げられると忌々しい生存本能がその死の覚悟に歯止めを掛けてしまう。
だがしばらく何時閉じられるかも分からないドラゴンの大顎に頭を咥え込まれたまま無力な獲物の立場を嫌と言う程に思い知らされると、おもむろに顔を離した雌竜が少しばかり意地の悪い表情を浮かべていた。

「フフフフ・・・酷い顔だな・・・そう心配せずとも、私にはお前を痛め付けるつもりは無い」
「え・・・?」
「若い男には、それ相応の役目というものがあるからな」
先程までその顔に浮かんでいた冷たい殺気を何処か安心の出来ない妖しい雰囲気に変えながら、雌竜が涙目で怯えていた俺の顔を長い舌先でペロリと舐め上げる。
若い男に、それ相応の役目・・・?
それが何なのかは想像も付かないものの、どうやら俺は死ぬまで痛め付けられるというわけではないらしい。
「一体・・・俺をどうするつもりなんだ?」
「フン、鈍い奴だ・・・これに決まっているだろう?」
そんな俺の問いを受けて、雌竜がその指先から生えた鋭い爪で俺の穿いていたズボンを切り刻む。
そしてその奥から恐怖に萎え切った小さなペニスがポロリと顔を出すと、彼女がその巨体をクルリと反転させて俺の方に向けた尻尾を高々と持ち上げていた。
やがて真っ直ぐに天を突いたその太い肉塊の付け根の辺りで、分厚い2枚の淫唇がヒクヒクと戦慄いている。

「まさか・・・お、俺と交尾でもするつもりか?」
「交尾だと?お前はただこの私を喜ばせれば良いのだ。交尾など・・・対等な立場にでもなったつもりか?」
そう言いながら、雌竜が長い尻尾の先を俺の首にクルンと巻き付けてくる。
「それに・・・万が一にも私を満足させられたら、無事に町へ帰してやっても構わぬのだぞ?」
「ほ、本当に・・・?」
もう絶対に助からないだろうと諦め掛けていたところに思わぬ希望の光が降り注ぎ、俺は歓喜の余り半ば上擦った声でそう彼女に訊き返していた。
「嘘は言わぬ。所詮、人間如きに私を果てさせることなど出来ぬだろうからな」
そしてその言葉と同時に雌竜が1歩後退すると、大きく花開いた禍々しささえ感じられる竜膣が俺のペニスを優しく包み込むかのようにゆっくりと呑み込んでいく。

クチュ・・・ズブ・・・ズチュ・・・
「は・・・ぁ・・・」
その瞬間熱く蕩けた愛液がペニスに纏わり付き、縮み上がっていた肉棒を見る見る内に膨らませていった。
ドクンドクンという心臓の鼓動に同期するかのような断続的だが強烈な刺激が張り詰めたペニスに注ぎ込まれ、入れているだけでどんどん絶頂に向けて追い詰められていくのが実感出来てしまう。
「く・・・う・・・」
「どうした・・・縛られていても、腰を動かすことくらいは出来るだろう?それとも、もう降参か?」
そんな嘲笑を含んだ声とともに雌竜の腰が軽く左右に振られ、無数の肉襞に揉みくちゃにされたペニスが更に激しい快感を俺の脳裏に送り込んでくる。

グチュ・・・ジュグ・・・ゴシュッ・・・
「うぁ・・・す、すご・・・いぃ・・・」
だが気紛れに腰を揺すられるだけで呆気無く果ててしまいそうな俺の情けない様子に業を煮やしたのか、首に巻き付いた彼女の尻尾がゆっくりと締まり始めていた。
「あぐ・・・く、苦し・・・」
「どうした、もう終わりか?お前が果てる度に、その尾を締め付けてやっても良いのだぞ?」
「そ、そんな・・・ふぁっ・・・!?」
ドスッ
やがてそんな脅し文句とともに雌竜が更に1歩後退すると、体が彼女と木の幹との間にきつく挟み付けられる。
と同時にペニスが根元まで一気に彼女の膣内へと押し込まれ、俺は逃げ場を失って地面から浮いてしまった両足をバタバタと暴れさせていた。

ギュウッ・・・
「うぅっ・・・」
雌竜のムッチリと発達した巨大な尻で大木に押さえ付けられながら根元まで呑み込まれた肉棒を分厚い襞の海でじっくりとしゃぶり上げられ、耐え難い快感に呻き声と荒い息が漏れ出してしまう。
「フン・・・雌の中に突き入れて腰すら振れぬとは、情けない限りだな」
そう言っている間にも波打つような無慈悲な蠕動が絶え間無くペニスを這い上がり、喉の奥に植え付けられた反論の声の種を容赦無く刈り取っていった。
グギュッ・・・グギュッ・・・
「ああぁっ・・・!」
優しく舐め上げられたかと思えばきつく締め上げられ、僅かに腰を引いたかと思えばまた木に押し付けられ、緩急の付いた責めにどうしようもない射精感がすぐそこまで込み上げてくる。

「フフ・・・もっと必死に耐えなくても良いのか?お前が果てる度、その首が絞まるのだぞ?」
やがてその言葉とともに俺の首へ巻き付いていた雌竜の尾が、肉棒の戦慄きに呼応するかのようにゆっくりと引き絞られていった。
「ひっ・・・あ・・・うわああぁ・・・」
だがどんなに泣き叫んでみたところでこちらを振り向いた雌竜の顔には獲物に対する同情や憐憫の色など微塵も浮かぶことは無く、寧ろ止めを急ぐかのように限界寸前のペニスをなおも締め付けてくる。
「それ、止めだ」
ゴキュキュッ・・・
「は・・・あ・・・ぅ・・・」
ビュビュッ・・・ビュル・・・ビュク・・・
一際強く肉棒を締め上げられた拍子に忍耐の箍が外れ、抑え切れなかった大量の白濁が次々と雌竜の秘所へと注ぎ込まれていった。
と同時に雌竜の尾の先がシュルリと滑り、硬い鱗の感触が喉元に深く食い込んでいく。

ミシ・・・ギリ・・・
「がっ・・・う・・・ぐ・・・」
まだ呼吸が出来ないと言う程ではないものの、もう1度締められたら間違い無く窒息してしまうだろう。
だが雌竜は十秒近くも続いた長い射精が終わるや否や、またしてもその腰を妖しく左右に振り始めていた。
「そ、そん・・・な・・・も・・・止めて・・・」
きつく首が絞まっているせいでロクに声を出すことも出来ず、俺は薄ら笑いを浮かべている雌竜の顔を見詰めながらジワリと涙を溢れ出させていた。
このままでは嬲り殺されてしまう・・・
まだ体を傷付けられたり耐え難い痛みを味わわされたわけではないというのに、逃れ得ぬ死の恐怖がいよいよ現実のものになりつつある。
そしてそんな絶望の底で打ちひしがれていた俺の様子に興味を持ったのか、雌竜が更にその顔を近付けて来た。

「何だその顔は・・・私の慰み者となって絞め殺されるなど、生け贄の最期としてはまだ幸せな方なのだぞ」
「く・・・ぅ・・・く、くそぉ・・・」
ドスッ・・・ミシミシ・・・!
「うあぁっ・・・!」
だが俺が暴れそうな予兆を感じ取ったのか、雌竜の屈強な脚が地面を踏み締めたかと思うと押し潰されそうな程の力で太い木の幹へと体を縫い付けられてしまう。
「五月蝿い奴だ・・・私に抗う気骨も無いのなら、せめておとなしく惨めな最期を受け入れるのだな」
ジュブッ・・・ゴギュッ・・・グシッ・・・
そして射精直後の敏感なペニスを荒波の如く荒れ狂う肉襞と熱い愛液の海に沈められると、俺は人生最後の絶頂とともに上げた甲高い断末魔の声を事も無げに絞め潰されたのだった。


「ねえ、今日から僕も採集に付いて行って良いんでしょ?」
「ああ・・・お前も今日で16歳か。まあ行くのは構わないが、ちゃんと大人の言うことを聞くんだぞ」
「はーい」
16歳の誕生日を迎えた今日、僕は毎日町の人達が共同で行う森での山菜採りについて行ってみることにした。
実際、それ程大きくもない上に平和な片田舎であるこの町では日々の刺激になるような楽しみは採集に行くことくらいしかない。
お父さんがまだ子供だった30年程前には森に棲む1匹の大きなドラゴンが毎月町の人々を生け贄にしていたそうなのだが、ある日竜使いを名乗る不思議な導師が現れたことでドラゴンは退治されたのだそうだ。
まあ本当にそんな御伽噺のようなドラゴンが実在していたのなら1度は見てみたいものなのだが、そう思ってしまうのも平和な時代に生まれたが故の反動なのだろう。
そしてしばらくそんな思考を巡らせると、僕は大急ぎで準備を整えてから家の外に飛び出していったのだった。

森での採集は、通常3人が1つのグループになって行うことになっている。
それはもちろん道に迷って遭難するのを避ける為でもあるし、獣などに襲われないよう警戒する為でもある。
僕は森へ入る前の集会でベテランの男達2人と一緒に回ることに決まり、大きな籠を背に彼らと合流していた。
「おう、坊主。山菜採りはこれが初めてか?」
「う、うん。僕、今日で16歳になったんだ」
「それならもう立派な大人だな。だが、ここの森は随分と深いからな。俺達から離れるんじゃないぞ」
そんな彼らの言葉に勢い良く頷くと、僕達は全部で15人程いた参加者の中で最初に森の中へと足を踏み入れた。
かつては大きなドラゴンが棲んでいたという、山の麓に広がる広大な深い森。
その何処かにはドラゴンの住み処だった洞窟と生け贄を縛り付けたという太い木があるそうなのだが、竜使いの導師がそのドラゴンを退治してからはそこに近付く人は誰もいないのだという。
まあ毎月町の人々が1人ずつ命を落としていった忌まわしい場所なのだから、人々がその場所を忌み嫌うのはある意味当然なのかも知れないのだが・・・

やがて何時まで経っても変わり映えのしない森の中をしばらく歩き続けると、ようやく目当ての山菜の姿がそこかしこに見られるようになってきた。
「よし、今日はこの辺りからだな。」
「坊主、山菜の見分け方は知ってるのか?」
「まあ・・・うちで食べてる物くらいなら見て分かるよ」
その返事を聞いて、男の1人が大きく頷く。
「よし、それじゃあ好きに集めて回るといい。何かあったら大声を出すんだぞ。俺達はすぐ近くにいるからな」
「え?でも・・・僕1人で大丈夫かな?」
「獣は近寄らないように俺達で警戒するし、この辺りなら地形もなだらかで安全だ。大丈夫さ」

確かに、彼らがそう言うのならそうなのだろう。
それに薄暗い森の中を脇目も振らずに30分近くもただ歩いて来ただけに、そろそろ自由に辺りを歩き回ってみたいという思いが胸の内に膨れ上がっている。
「じゃあそうするよ」
僕はそう彼らに告げると、そこかしこに生えているたくさんの山菜を手当たり次第に集めて回り始めていた。
とは言っても、僕の知っている山菜の種類は精々が3種類か4種類程度だ。
彼らも僕が何を採っているのかをしばらく観察していてそのことに気が付いたのか、敢えて僕の知らない種類の山菜を優先的に集めることにしたらしい。
だが3人が3人とも採集に夢中になってそこらを歩き回っている内に、僕達は自然とお互いの姿を見失っていた。

「あれ・・・皆は何処だろう?」
鬱蒼と茂る深い茂みと無数に立ち並ぶ茶色い木々に視界を塞がれ、そよ風が揺らす茂みの音が他の2人の気配を冷たく掻き消していく。
いや・・・大丈夫だ・・・大声を出せばきっと2人の内のどっちかには聞こえるはずだ。
それに時間はまだ昼頃で空は十分に明るいし、そう慌てる必要も無いだろう。
だが頭ではそう思っていてもやはり深い森の中で1人取り残されてしまったという不安は拭い去れず、僕はまだ半分程しか埋まっていない籠を背負いながら他の2人の姿を探し始めていた。
同じような景色が続いているせいか方向感覚は既に狂ってしまい、辛うじて太陽のある方角から南が何となく分かる程度だ。
だが町の方向が大体分かったとしても、歩いて戻るのには最低でも30分以上は掛かってしまう。
それに他の2人と合流しようにも何処をどう歩いて来たのかなど覚えているはずもなく、僕は今自分が遭難しているという事実を受け入れなければならなかった。

「どうしよう・・・大声を出せば聞こえるかな・・・?」
あのベテランの2人のことだ。
案外、僕が思っているのよりもずっと近くにいるのかも知れない。
道に迷ったと思って大声を出したら、思わぬ恥を掻いてしまうかも知れない。
そんな希望的観測と若さ故の妙なプライドが未だ頭から抜け切らず、僕は取り敢えず町のある方角へと向かって歩き始めていた。
しかし数分歩いても仲間の姿が全く見当たらないことに焦りを覚え始めると、僕はついに意を決して大声で彼らを呼んでみることにした。
そして恥を掻くのを半ば覚悟の上で、両手を口元に当てながら大きく息を吸い込む。
だがいざ大声を出そうとした次の瞬間、僕は前方にある木々の向こうに何か青っぽい大きな影のようなものが過ぎったことに気付いていた。

「あれ・・・何だろう、今の・・・」
あれは獣だろうか・・・?
でも青い色をした獣なんてこの辺りでは聞いたことがないし、第一凄く大きかった。
まあ何れにしても、近くに獣がいるのだとしたら大声を出すのはまずいだろう。
それに、あの青い影の正体も気になるところだ。
僕はしばし迷った末に、さっき見た何かを追い掛けてみることにした。
そしてなるべく音を立てないように慎重に足を運びながら、先程の影が通ったらしいところを辿っていく。
やがてそんな追跡をほんの数分続けただけで、再び青い大きな影が前方の茂みの影にチラつき始めたのだった。
「あれ・・・何だろう・・・?」
まだ距離があるせいではっきりとは判別出来ないのだが、何となくその体の質感が鱗のようなザラ付いたものであることだけは何となく見て取れる。
それに、やはり思った通りかなり大きな生き物のようだ。
背後に何か引き摺っているように見えるのは、もしかして尻尾か何かなのだろうか?

だがそこまで考えた時、僕は脳裏にある1つの可能性を思い浮かべていた。
鱗に尻尾のある大きな生き物・・・もしかして、あれはドラゴンなんじゃないだろうか?
それにお父さんから昔のドラゴンの話を聞いた時、確か蒼い色をした雌竜だと言っていたような気がする。
まあそのドラゴン自体は竜使いの導師によって退治されたらしいから、あれが仮にドラゴンだとしても別の個体なのかも知れないが・・・
とは言え、ずっと一目見てみたかったドラゴンが目の前に実在しているかも知れないという思いに、僕はますますその正体を突き止めてみたくなっていた。

それからしばらく一定の距離を保ったまま青い影の後を追って行くと、突然前方に大きな岩肌に掘られた巨大な洞窟が姿を現していた。
更にはその暗がりの中へ消えていった影を追ってもう少し近付いてみると、洞窟の入口の近くに大きな木が聳え立っているのが目に入る。
木の根元には古い麻縄の残骸が幾本も散らばっていて、木の幹にもドラゴンのものらしき爪跡やまるで尾で締め付けでもしたかのように削れたり痛んだりしている部分が幾つも見受けられる。
ということは・・・これがきっと昔生け贄を縛り付けていた気なのだろう。
そしてその前にある洞窟に入っていったということは、やっぱりあれはドラゴンだったのに違いない。

「どうしよう・・・引き返した方が良いかな・・・」
目の前の暗闇に足を踏み入れること対する不安と恐ろしい人食いドラゴンに相対する恐怖、そして何よりも極限にまで膨れ上がった好奇心が、僕の中で激しい光と闇の大戦を勃発させていた。
危ないことをしているのは自分でも十分に理解しているし、黙って引き返して誰かを探しに行った方が良いことももちろん分かっている。
でも・・・それでも僕は、せめてあれがドラゴンだということだけでもこの目で確認しておきたかったのだ。
やがて精神世界で行われた世紀の大戦争の軍配がどちらに上がったのか・・・
僕はじっと息を殺すと、真っ暗な闇に覆われた洞窟の奥を静かに覗き込んでいた。
ゴオオオオ・・・ゴオオオオオオ・・・
唸りを上げる風の音のような寝息が、その遥か奥底から聞こえてくる。
都合の良いことに、どうやらドラゴンは昼寝を始めたらしい。
洞窟の中には風も流れ込まないし、大きな音を立てなければかなり近くまで近付くことができるかも知れない。
そしてそんな根拠の薄い自信を胸に、僕は四つん這いになってそろそろと洞窟の中に入っていったのだった。

奥に行くに従って辺りの闇がどんどんと濃くなって行き、同時にドラゴンの寝息が少しずつ大きくなっていく。
覚悟を決めたからか、それとももう引き返せない一線を越えてしまったという諦観からか、僕は不思議と恐怖らしい恐怖をほとんど感じていなかった。
まあそれは、実際に残酷なドラゴンの暴挙を目の当たりにしたことが無いからかも知れない。
そしていよいよ曲がりくねった洞窟の最後の角らしき場所を曲がってみると、僕はその先の広場で天井の隙間から薄っすらと差し込む光を浴びながら眠っている大きなドラゴンの姿を目にしたのだった。

「うわっ・・・」
何て大きいのだろうか・・・
地面の上に丸まっているにもかかわらず僕の身長と同じくらいの高さがあるこんもりとした蒼い巨体が、長い呼吸に合わせるようにゆっくりと上下している。
険しい表情を浮かべた細長い顔の端からは鋭い牙が数本覗いていて、湾曲した2本の双角が後頭部から背後にシュルリと伸びていた。
全身を覆った蒼い鱗は長年の年月を過ごして来たからか所々綻びが目立ちながらも美しい光沢を持っていて、ドラゴンを初めて見た僕にも一目で雌だと分かる程の奇妙な妖艶さをも醸し出している。

だが好奇心に駆られて一瞬ドラゴンへと近付きそうになった次の瞬間、僕はハッとして踏み出しかけた足を止めていた。
洞窟の前に生け贄を縛り付ける為の大木があったことやお父さんの話と一致することから考えても、このドラゴンがかつて町から生け贄を取っていた残酷なドラゴンである可能性はかなり高い。
竜使いの導師によって退治されたとは聞いていたのだが、この状況を見る限りドラゴンは死んだわけではなく30年前から人目に付かないようずっとこの森に棲んでいたのだろう。
昔何があったのか、その理由までは僕には想像も付かないものの、とにかくこの雌竜に見つかる前にここから離れた方が賢明なのは間違い無い。

やがてそう考えると、僕はドラゴンを見詰めたまま静かに後退さっていた。
だが後ろも見ずに下がったせいで、地面に転がっていた小石を踵で勢い良く蹴り飛ばしてしまう。
カンッ、コッ、コロコロ・・・
「あっ・・・」
しまったという思いとともに、僕は蹴り転がしてしまった小石を一瞥するとドラゴンへと視線を戻していた。
その僕の目の前で、目を覚ましたらしいドラゴンがゆっくりと長い首を持ち上げる。
そして少し離れた岩陰でどうして良いか分からずに立ち尽くしていた僕の姿を見つけると、ドラゴンがいきなり勢い良く立ち上がっていた。

「ひっ!」
次の瞬間自分では上げたつもりの無い甲高い悲鳴が洞窟内に響き渡り、獲物を見つけたドラゴンが凄まじい速さで僕に襲い掛か・・・るどころか反対側の壁まで飛び退いてしまう。
「よ、止せ!この私に近付くな!」
「え・・・?」
僕は一瞬何が起こったのか分からなかったものの、洞窟の隅で小さく身を縮めながらこちらを睨み付けているドラゴンからはどういうわけか明らかに僕に対する怯えが感じられた。
「ど、どうしたの?」
「く、来るなと言っているだろう!」
その大きな竜眼を一杯に開きながら、威嚇なのか懇願なのか分からない震えた声が彼女から発せられる。

「だ、大丈夫だよ。僕は何もしないから・・・」
彼女が一体何に怯えているのか分からなかったものの、まるで幻覚でも見ているのかと思うようなその異常な程の慌て振りに僕はまた一歩ドラゴンへと近付いていた。
「ああっ・・・」
だが絶望的な面持ちで震える彼女と目を合わせた次の瞬間、突然目の前の景色が一変する。
急に洞窟内が狭くなったように感じ、先程まで巨大なドラゴンが居た場所では僕が・・・今にも泣き出しそうな表情を浮かべてこちらを見上げていた。
「あ、あれ?僕、どうなったの?」
そして何が起こったのか分からずに周囲を見回してみると、蒼い鱗に覆われた自分の両手が目に入る。
更には首も長く伸びたのか驚く程自由に動かすことが出来、背後には重々しい尻尾の感触も感じられた。
僕が・・・ドラゴンになった?
いや、僕の姿をした人間が洞窟の隅で先程のドラゴンと同じように震えているのを見る限り、彼女と体が入れ替わってしまったのだと考える方が自然だろう。

「た、助けてくれ・・・」
壁際に逃げ込んでいたことが災いしたのか、完全に逃げ場を失ってしまった僕・・・いや僕の姿をした彼女が、必死に命乞いの声を上げる。
そうか・・・僕が近付くと体が入れ替わってしまうから、彼女はあんなに僕のことを恐れていたのだろう。
僕はそう理解すると、できるだけ彼女を怯えさせないようにゆっくりと彼女に近付いていった。
「あぁ・・・」
だがそれが却って彼女には恐ろしかったらしく、彼女が力無い嗚咽を漏らしながら俯いてしまう。
「大丈夫、そんなに怯えないで」
そしてできるだけ声を抑えながら目の前の人間にそう囁いてやると、ようやく多少は落ち着きを取り戻したらしい彼女が恐る恐る僕の顔を見上げたのだった。

「ほ・・・本当に、何もしないか・・・?」
僕の顔を見詰める彼女のその弱々しい瞳に、恐らくはこれまで幾度と無く同じような修羅場を味わってきたのであろう本物の恐怖が溶け込んだ涙が滲んでいる。
だが取り敢えず襲われることは無さそうな雰囲気に、彼女はフーッという長い安堵の息を吐いていた。
「これ、どうなったの?」
「私は・・・傍にいる人間と目を合わせるとその体が入れ替わってしまうのだ・・・」
「どうして?」
そんな単純な疑問を口にしながらほんの少し彼女に顔を近付けてみると、突然迫って来た無数の牙に恐れを成した彼女がビクッとその身を強張らせる。
「ああ、ごめん・・・」
「数十年前に、そういう術を掛けられたのだ・・・竜使いを名乗る、随分と年老いたある男にな」
竜使いを名乗る老人・・・多分、お父さんから聞いた導師のことだろう。
僕はそう思いながらも、やがて静かに語られ始めた彼女の身の上話に黙って耳を傾けることにしたのだった。

「た、助けて・・・うあああっ・・・!」
ミシ・・・メキメキメキ・・・
大木に縛られた憐れな生け贄の男に巻き付けた尻尾をほんの少し引き絞ってやると、全身を締め上げられた人間の悲痛な叫び声と骨の軋む鈍い音が静寂の森に響き渡っていく。
そして声も上げられぬ程の苦痛に歪んだ男の顔をしばらく眺めてから蒼い牢獄の責めを緩めてやると、グッタリと憔悴した表情が私のとぐろに凭れ掛かったのだった。
「う・・・あぅ・・・」
生け贄に選ばれて私の手に落ちた以上最早命は助からぬと諦めてはいるのだろうが、これからどんな苦痛を味わわされるのかという不安がその絶望に染まった顔にありありと浮かんでいる。
その証拠に荒い息を吐き出す彼の喉元に尖った指先の爪を押し付けてみると、空気を吐き出すような擦れた悲鳴とともにその体が硬直していた。

「お、お願いです・・・せめて、一思いに・・・」
多少尻尾で締め付けられただけでまだ体には掠り傷さえ負ってはいないというのに、男の口から早急な死を望む懇願の言葉が吐き出されていく。
だが私にとっても生け贄を嬲るのは月に1度の愉しみなだけに、そう簡単に止めを刺すわけにはいかないのだ。
まあ、痛め付けられるのが嫌だというのならその希望くらいは叶えてやっても良いのだが・・・
「フフ・・・残念だが、私にはまだお前を殺すつもりなど無いぞ」
「そんな・・・」
遠回しに惨たらしい最期を迎えることを宣告され、男が底無しの深い諦観の海に沈んでいく。
「だがこれ以上苦痛を味わいたくないというのなら、別の方法で奉仕してもらうとしようか」
「べ、別の方法って・・・?」
私は不安げに訊き返されたその男の質問には何も答えずに、彼の両手足を木に縛り付けていた麻縄を鋭い爪で断ち切っていた。
そして力無くその場に崩れ落ちた人間に再び尻尾を巻き付けて持ち上げると、そのまま漆黒の闇に覆われた洞窟の中へと入っていく。

「ど、何処へ・・・」
夜目の利かぬ人間にはほとんど何も見えぬであろう完全な暗闇の真っ只中へと連れ込まれて、彼が心中で膨れ上がる恐怖に震えている様子が尻尾を通して私に伝わってくる。
それだけでも私の内に眠る嗜虐心は大いに刺激されたものの、私は黙って人間を洞窟の最奥にある自身の寝床まで運んでいった。
そして天井の隙間から薄っすらと満月の月明かりが差し込む冷たい寝床の上に下ろした彼を太い両腕と腹でしっかりと組み敷きながら、涙の跡が付いたその顔を舌先でペロリと舐め上げてやる。
「うっ・・・」
やがて僅かに塩辛い涙の味が舌に感じられると、私は彼の両腕を地面に押し付けたまま硬い鱗でザラ付いた尻尾の付け根をその無防備な股間に押し当てたのだった。

ゴリッ
「はあっ・・・」
恐怖で縮み上がった肉棒へ布越しに押し付けられたその不穏な感触に、人間がか細い息を漏らす。
だが反射的に暴れようとした男に凶悪な体重を浴びせ掛けてその身動きを封じると、私はゆっくりと彼の股間を尾で擦り上げていた。
ジョリジョリジョリジョリ・・・
「うあがっ・・・あ・・・は・・・」
無数の鱗による細かな振動と強烈な摩擦が敏感な肉棒へと叩き込まれ、彼がビクンと悶えながらも耐え難い快感にその雄を膨らませてしまう。
そして彼の身に着けていた衣服を上も下も全て爪先で力任せに引き千切ってやると、私はブルブルと震える人間の温もりを腹に感じながらそそり立った肉棒をそっと自身の股間へと誘っていた。

チュプ・・・
「ひ・・・ぃ・・・」
ひんやりとした洞内の空気に晒された肉棒の先に突如として熱い粘液を塗り付けられ、男が私の真意を問うような弱々しい視線をこちらに投げ掛けてくる。
だが私はその無言の命乞いを含んだ眼差しを涼しく見詰め返すと、膣口に捕らえた雄槍を更に熱く蕩けた膣内へと迎え入れていた。
ジュブジュブジュブッ・・・
それと同時に悲鳴を上げそうになった男の口を大きな手で塞いでやると、行き場を失った苦悶の声がくぐもった唸り声となって周囲に霧散する。
「んぐ・・・ぐむううぅ〜〜!」
そしてそのままじっくりと時間を掛けて根元まで漲る怒張を呑み込んでやると、灼熱の炎が燃え盛る炉の中で男の肉棒が地獄の熱さと天上の快感にのた打ち回っていた。

「が・・・ぐ・・・や・・・め・・・」
顔を掴んだ私の手から逃れようと必死に首を振りながら助けを求める人間が、言葉とは裏腹にその興奮の度合いを否応無しに高められていく。
「フフフ・・・どうした?お前の望み通り、痛みは感じぬだろう?」
更にはそう言いながら分厚い肉襞で軽く肉棒の根元を締め付けてみると、既に限界だったのか或いは暴発してしまったのか、大きな脈動とともに屈服の白濁が噴き上がっていた。
「ん、んぐぐ・・・う・・・」
成す術も無く恐ろしい巨竜の手篭めにされてしまったことが悔しいのか、それとも精を放つ度に己の死期が早まることを悟っているのか、男の両目から大粒の涙が溢れ出す。
だがつい半日前まで平和な生活を送っていたのであろう普通の人間に強固な死の覚悟を持ち続けることなど到底出来るはずもなく、彼はまだ快楽の余韻も引かぬ内から再び私の腹下で力無い抵抗を試みていた。

「フン、無駄な足掻きだな」
ズシッ
「う・・・えっ・・・」
肺が押し潰され呼吸が困難になる程の重圧に、苦しげな呻き声を上げながら男が私の腹を両手で掻き毟る。
圧倒的な巨体と力で無造作に捻じ伏せられるという雄としては屈辱的な無力感に、恐らく彼は私に対する底無しの怒りを糧として体ばかりか心にまで重く圧し掛かる絶望と戦っているのだろう。
まあ、それも何時まで続くか見物ではあるのだが・・・

ギュッ
「ひ・・・ぁ・・・」
やがて必死にもがき続ける人間の様子を観察しながら再び膣内に捕らえた無防備な人質を締め上げてみると、ようやく自分の立場を理解したらしい彼の抵抗がピタリと止んでいた。
ミシ・・・ギリリ・・・
「あ・・・ぁ・・・そ・・・れだけは・・・ゆ、許し・・・てぇ・・・」
脅迫に屈して大人しくなったにもかかわらず肉棒を握る襞の群れが緩む気配が無いことに、悲壮な表情を浮かべた人間が擦れた声で泣き叫ぶ。
そして雄を扱き上げるかのような蠕動を味わわせてやると、彼はあっさりと2度目の精を吐き出しながら気を失ってしまったのだった。

さてと・・・こ奴をどうしてくれようか・・・
雄の甲斐性無く無様に果てて気絶した男を前に、私はその処遇を考えあぐねていた。
せめてもの情けに意識の無い今の内にさっさと腹の中に収めてしまうか、或いは目を覚ますまで待って再び絶望的な責め苦を味わわせてやるのか・・・
だがそんな葛藤とも呼べぬような選択にしばしの沈黙を保っていた私の耳に、不意に洞窟の外からこちらに近付いて来る何者かの足音が聞こえてくる。
「・・・?」
恐らくは人間のそれだとは思うのだが、まるで老人か何かのように極端に遅いその断続的な音にわざわざ外に出て確かめるのも億劫な気がして私は思わず耳を欹てたまま動きを止めていた。
そして1分程待っていると、松明でも焚いているのかゆらゆらと揺れる炎の明かりが真っ暗な洞内をぼんやりと照らしている様子が私の目に飛び込んでくる。

「・・・誰だ、お前は?」
やがて私の前に姿を現した者・・・それは小さな松明と長い杖を手にした、70歳近いある年老いた男だった。
炎に照らし出された巨竜の姿を見ても怯えたり怯んだりする気配は一切無く、私とその足元に転がっている若者の姿を交互に見やりながら彼がその目をほんの少しだけ細めていく。
「町の者達から噂には聞いておったが・・・お前も、随分と残酷なことをするのだな」
「お前は誰だと訊いているのだ!私の住み処に足を踏み入れた以上、生かしては帰さぬぞ!」
「それを知ってどうなる?それに、お前には罰を与えねばならん。ワシの名など、知らぬ方がお前の為だ」
彼はそう言うと、小声で何やら奇妙な呪文を唱えていた。
それと同時に淡い光のようなものが私の体を包み込み、スッとそれが体内に染み込むように消えていく。
「な、何だこれは?私に一体何をしたのだ?」
「お前は、虐げられる弱き者の気持ちが分からぬと見える。だから、それが分かるように術を施したのだ」
そしてそう言った男と目を合わせた次の瞬間、私はそれまで見えていた風景がどういうわけか一瞬にして変わってしまったことに気付いていた。

「あ・・・な・・・何だ・・・これは・・・」
私の前に、突然蒼い鱗を身に纏う1匹の雌竜がその姿を現していた。
それも、私などよりも遥かに大きい。
だがその驚きに思わず後退さろうとした途端、足元の何かに躓いて転んでしまう。
ドサッ
「うぐ・・・う・・・?」
そしてその段になって、私はようやく何が起こっていたのかを理解した。
これは・・・私が人間になっている・・・?
いや正確には・・・先程私の前にいた男と体が入れ替わってしまったのだろう。
その証拠に私が今躓いた気絶した若者が、私と同じくらいの大きさになっている。

「どうかな?襲われる方の立場になった気分は?」
ガシッ
「ひ・・・ぃ・・・」
やがてそんな静かな声とともに最早見慣れた蒼い大きな手で首を掴まれると、私は生きた心地がせずに擦れた悲鳴を上げていた。
「う・・・うぅ・・・」
ほんの少し抵抗しただけで首をへし折られてしまうかも知れないという壮絶な恐怖に、ガタガタと震えながら情けなくも両目に大粒の涙を浮かべてしまう。

「それ、早く逃げねばこのまま縊り殺してしまうぞ?それとも、その手足を食い千切ってくれようかの?」
「た、助けてくれ・・・う・・・ぁ・・・」
だが命乞いも空しく呼吸が止まらない程度にじんわりと締め上げられると、私は無駄だと知りつつも硬い鱗に覆われた太い腕を両手で掴んで懸命に引き剥がそうと試みていた。
「そんな非力な抵抗しか出来ぬのか?どうやら、助かりたくはないようだな」
「うぐ・・・ぅ・・・ゆ、許し・・・て・・・くれぇ・・・」
ミキッ・・・
そして骨が不気味な軋みを上げる程にきつくその手を握り締められると、私はバタバタと暴れながらやがて酸欠の苦しみに力尽きたのだった。

「う・・・ぅ・・・」
それから、一体どのくらいの時間が経ったのだろうか・・・
私は瞼越しに薄っすらと感じる朝日の気配に、そっと閉じていた目を開けていた。
「い、一体・・・私はどうなったのだ・・・?」
そして心中から零れ落ちたそんな呟きとともに自分の体を見回してみると、それが蒼い鱗に覆われた元の雌竜の姿であることに大きな安堵の息を吐き出してしまう。
だが地面に倒れ込んでいた私の腹下では昨夜からずっと気絶しているらしい生け贄の若者が依然として苦悶の表情をその顔に貼り付けており、私は昨夜の出来事が夢なのか実際にあったことなのか判別できずにいた。
目の前にいた年老いた男と姿が入れ替わり、自分自身の姿をした恐ろしい巨竜に睨み付けられたあの絶望感。
たとえ記憶は曖昧でもあの時に感じた凄絶な死の恐怖だけは今も脳裏に鮮明に蘇り、全てが元通りになった今もまだ私の呼吸を僅かに乱している。
だがそんな虚実のおぼろげな悪夢の回顧に意識を向けている内に、長い眠りからようやく目を覚ましたらしい若者が微かな呻き声を上げていた。

「ん・・・」
恐らくは朝を迎えたにもかかわらずまだ自分が生きていることが信じられないのか、彼が目を開けぬ内から周囲の状況を探るように両手を動かしていく。
そして私の腕に触れてその硬い鱗の感触に気が付くと、彼が途端に表情を強張らせながらも恐る恐るその目を開いていた。
「う・・・あっ・・・」
死を覚悟しながらも精一杯の勇気を振り絞って手放したのであろう意識を再び現実に手繰り寄せてしまい、今度は一体どんな苦しみを味わわされるのかという不安がその弱り切った顔にありありと浮かんでいる。
だがそんな彼と目を合わせた次の瞬間、どういうわけか私は人間の姿となって何時の間にか仰向けで地面に寝そべる蒼い巨竜の腹の上にいた。
「え・・・あれ?」
「これ・・・は・・・?」
やがてお互いに何が起こったのか分からず短い沈黙と静寂が流れた直後、昨夜の経験のお陰か私の方が彼よりも一瞬早く状況の把握に成功する。
そして彼がまだ巨竜となったその体を動かそうとしない内に、私は素早く大きな腹の上から滑り降りると一目散に洞窟の外へと向かって走り出したのだった。

「はっ・・・はっ・・・」
まさか・・・また人間と姿が入れ替わってしまうとは・・・
やはり昨夜の出来事は、本当にあったことなのか?
普段は思う存分弄んで食い殺してしまう玩具のような存在としか認識していない人間と完全に立場が逆転してしまい、私は何とか森の中に逃げ込むと茂みの中へと身を隠して荒くなった息を整えていた。
あの若者の温厚で何処か弱々しい性格を考えれば仮に姿が入れ替わっても私を襲う可能性はそれ程高くはないのかも知れないが、私は昨日彼を気絶するまで容赦無く犯し嬲り抜いたのだ。
彼がそれを恨みに思っていたとしたら、やはりどんな目に遭わせられるか分かったものではない。
とは言えまたしても人間の姿になってしまった以上これからどうして良いのか分からず、私は正直深い茂みの陰で周囲の状況を窺いながら震えていることしか出来なかった。

やがてそれから10分程が経つと、再び周囲に見えていた景色が見慣れた竜の視点からのものに変わっていた。
「お、おお・・・戻った・・・のか・・・?」
どうやら、あの忌々しい老人に掛けられたこの奇妙な術はほんの短い間だけ私と目を合わせた人間の体を自分の体と入れ替えてしまうというものらしい。
だが巨竜の体を手に入れたあの老人が何の躊躇も無く自分の姿をした私の細首を握り締めたことを考えれば、体の入れ替わった相手を殺した場合は術が解けなくなるのかも知れない。
つまり私は・・・相手がどんなに弱々しい年寄りや子供であってもその人間と目を合わせた途端に自分の姿をした恐ろしい巨竜から命を狙われる非力な存在へと成り下がってしまうのだ。
そしてそれが一体何を意味するのかを何度も何度も頭の中で反芻すると、私はガックリと肩を落として自分の住み処へと踵を返したのだった。

「流石に逃げてしまったか・・・」
やがて重い足取りで辿り着いた洞窟には既に先程の男の姿は無く、何処か寂しい静けさが周囲を満たしていた。
貴重な生け贄を逃がしてしまったことに多少の後悔はあるものの、正直なところ今はそれどころではない。
全ての人間が私にとって危険な存在となった今、これからどうやって身を護るのか考えなくてはならないのだ。
それに・・・町から生け贄を取ることもこの際考え直す必要があるだろう。
長年人間達の生活を脅かし大勢の命を奪ってきただけに、今の私の置かれた状況を知ったら彼らがどういう行動に出るのかは分かり切っている。
だが私にこの術を掛けたあの老人や取り逃がしてしまった生け贄の男によって、それも早晩人間達に知れ渡ることは最早避けられなかった。
或いはこの地を離れて暮らすという選択肢も頭の中に無いわけではなかったものの、人間と接触することに危険が伴うのであれば何処に移り住んだところで状況が好転するわけでもない。
そんな出口の見えない迷宮に疲れ果て、私は取り敢えず地面に丸まって眠ることしか出来なかったのだった。

「それからどうしたの?」
至近距離で巨大なドラゴンに見詰められているという状況にも些か慣れてきたのか、そんな僕の問いに洞窟の隅に蹲っていた彼女がようやく完全にその緊張を解いてくれたのかその顔を少しばかりこちらに向ける。
と同時に体が入れ替わってしまうという奇妙な術も効果が切れたらしく、僕は十数分振りにようやく人間としての自分の体を取り戻していた。
「あ、戻ったみたい」
「ああ・・・」
彼女も自分の体を取り戻せて一安心というところなのだろうが、折角こちらに振り向けられた視線が僕と目を合わせないようにか再び奥の壁の方へと向けられてしまう。
それでも話は続けてくれるつもりらしく、今度は雌竜の野太い声が周囲の空気を震わせ始めていた。

人間に出くわしはしないかと怯えながら失意の底で過ごすこと1週間・・・
ある日、森での狩りを終えて住み処に戻ってくると洞窟の前に何と私にこの術を掛けたあの老人が立っていた。
「な、何だ!私に何か用か!?」
そして咄嗟に目を合わせぬように顔を背けながら上擦った声でそう誰何すると、彼が杖を突きながらゆっくりとこちらに近付いて来る。
「どうした?何故ワシの顔を見ようとせんのだ?よもやお前のような巨竜が、人間を恐れておるのかの?」
「う・・・ぅ・・・」
そんな空惚けた煽り文句に口惜しさの余り思わず爪を振り上げてしまいそうになったものの、今のところこの術を解くことが出来そうな人間はこ奴しかいないだけにその感情の発露を必死で押さえ込む。

「まあ良い・・・ワシがここに来たのは、お前を退治する為よ。町の者達に、そうせっつかれておるのでな」
「わ、私を・・・殺すのか・・・?」
自分自身の姿だとはいえ鋭い爪の生えた大きな手で首根っこを掴まれたあの時、私は生まれて初めて感じた死の恐怖に心底恐れ戦いたものだった。
それは抵抗さえ許されないという絶望的な状況はもちろんのこと、巨竜の姿を借りたこの男の殺意が本物だったことが何よりも大きかったのだろう。
だが彼は震える声で呟かれたその問いに、高圧的な雰囲気をほんの少しだけ緩めていた。

「そうではない。ワシはこれでも、竜使いを自称しておるのでな」
「竜・・・使いだと?」
「左様・・・故に秘術を用いて邪竜に改心を促すことはあっても、その命まで奪うつもりは毛頭無いのだ」
ではあの時私に向けられた身の竦むような殺意は、ただ私を脅かす為だけのものだったとでも言うのだろうか?
確かにこうして話している今も彼から私に対する敵意を感じ取ることはできないものの、間違い無く1度は殺され掛けた相手を信用することなど私には出来そうもない。
「まあ、お前が信じられぬのも無理は無いが・・・その術を解きたいのだろう?」
「と、解けるのか!?」
「無論だ。だが、それはワシの役目ではない。その術は、お前自身が解くしかないのだ」
私が・・・自分自身に掛けられたこの忌まわしい術を解くことが出来ると言うのか?
だが特に嘘を言っているわけでもからかっているわけでもなさそうな男の誠実な様子に、私はようやく緊張を和らげると相変わらず目は伏せながらも彼の方へと顔を振り向けたのだった。

「どうすれば・・・この術を解くことが出来るのだ?」
「簡単なことよ。お前が人間に対して心の底から慈愛の念を抱くことが出来れば、すぐにでも解けるはずだ」
「慈愛の念だと?この私が・・・人間に・・・?」
これまで人間など精々が思う存分甚振り弄ぶことの出来る玩具か或いは単なる食料としてしか見たことのない私に、人間に対する慈悲を抱けというのだろうか?
人間と体を入れ替えてしまうというこの術の解き方がそんな抽象的なものだとは正直考えにくいのだが、邪竜に改心を迫るという彼の目的を考えればその言葉を憶測と感情だけで否定するのは難しいのも確かだった。
「尤も、お前のように残虐さが性根に染み付いた者にその術を解くのは難しいだろうがな」
「ううぬ・・・い、言わせておけば・・・」

術の解き方を知った以上、最早この男を生かしておく理由は何も無い。
目を合わせさえしなければ体が入れ替わることも無いようだし、一息に飛び掛かればこんな年老いた人間を八つ裂きにするなど造作もないことだろう。
だが・・・これまでにも多くの竜を相手にこんな挑発的な態度を取ってきた人間だとするならば、当然反撃された場合の対抗策を用意していると考えるのが自然というものだ。
命を奪われる心配は無いにしてもまた何か得体の知れない他の術を掛けられては厄介なだけに、私は悔しさに牙を食い縛りながらもその場は何とか必死に怒りの感情を押し殺すことに徹したのだった。

「さて、後はお前次第だ。町の者達には、もう生け贄を出す必要は無いとワシから伝えておこう」
やがてそう言いながら静かに町の方へと歩き出した男が、呆然とその場に立ち尽くしていた私にもう一言だけ言い残していく。
「そう言えば先日の若者だが・・・町の者達に真相が伝わらぬようにワシが上手く誤魔化しておいたからな」
成る程・・・私が改心する為に必要なことに関しては至れり尽くせりということか。
だがそうは言っても、人間との接触が私にとって危険なことには変わりない。
私が生きていることが人間達に伝わることくらいまではまあ問題無いにしても、目を合わせれば体が入れ替わってしまうという秘密を知られては復讐にやってくる人間が現れないとも限らないのだ。

「そうしてそれから数十年間・・・私はこの森で人目を忍んで暮らして続けてきたのだ・・・」
「そっか・・・でもずっと同じ場所に棲んでるのに、よく今まで誰にも生きてることを知られなかったね」
「人間達は、私という脅威さえ消えればその他のことはどうでも良かったのだろうな」
確かに生け贄を出す必要が無くなったのであれば、大勢の人々が命を落としたこの場所にやってきてわざわざドラゴンの生死を確認しようなどとするのは余程の物好きだけだろう。
そこまで好奇心旺盛な連中がこれまでいなかったのは、彼女にしてみればある意味僥倖だったのかも知れない。
「でもさ・・・その人の言葉が本当なら、人間を避け続けてたらずっと術が解けないままなんじゃないの?」
「な、何・・・?」
「だって慈愛の念を抱かなきゃいけないのに、人間を避けてるってことは敵視してるのと同じことでしょ?」

私はそう言われて、確かに彼の言葉にも一理あるような気がしていた。
生け贄という過去の罪があるせいで、術を掛けられてからの私は人間を恐ろしい敵として認識していたのだ。
だが彼が言うように、本当に必要なのは人間に怯えなくても済むよう彼らに心を開くことなのかも知れない。
「確かにそれはそうだが・・・どうすれば良いと言うのだ・・・?」
「そうだなぁ・・・まずは、体が入れ替わることに慣れてみるのはどう?その・・・僕で試してさ」
「そ、そんなことを言って・・・私を襲うつもりではないのか?」
無論、彼にそんな魂胆が無いことは私にも分かっている。
少なくとも頭ではそう理解しているのだが、これまでの経験が・・・特にあの老人に殺され掛けた時の記憶が、今も私の心の奥底へ強烈な恐怖とともに深く刻み付けられていたのだ。
「大丈夫だよ。ほら、こっちを見て・・・」
それでもそんな穏やかな声に誘われるようにして彼の方へ顔を向けながら、真っ直ぐに私を見詰めているその視線を両の瞳で受け止めてみる。
「あっ・・・」
そして巨大な竜の体が一瞬にして小さな人間のそれに入れ替わってしまうと、私は目の前に出現した蒼い巨竜の存在に脅威を感じながらも早鐘のように打ち続ける心臓の鼓動を必死に押さえ付けたのだった。

「大丈夫・・・?」
「あ、ああ・・・」
出来るだけ彼女を怖がらせないようにそう訊いた僕の声に、何処か震えの混じった嘆息のような返事が聞こえてくる。
自分の姿をした人間が目の前で怯えている光景というのは何とも奇妙なものなのだが、彼女はそれだけ過去に人間達に対してしてしまった残虐な行為を後悔しているのだろう。
「ほら、乗ってよ」
それでも何とか彼女に歩み寄る方法を考えている内に妙案が思い付くと、僕は彼女に背を向けてそっと地面にしゃがみ込んでいた。

「の、乗れとは・・・お前の上にか?」
「そうだよ。自分の背中に乗ったことなんて、無いでしょ?」
「確かに・・・それはそうだが・・・」
だが彼女も現状の克服の為に多少は勇気を出さなければならないと決心したのか、しばらく迷った末に思い切って僕の背中へとその手を掛けてくる。
そして背中を覆った滑らかな鱗のせいか少しばかり攀じ登るのに苦労しながらも何とか首の付け根の辺りまで登ることに成功すると、僕はゆっくりと彼女を乗せたまま体を持ち上げていた。

「おお・・・」
体高2メートルの巨竜の背中に跨った彼女の心境を推し量ることは僕には出来ないが、思わず漏れた声の様子から察するにきっと恐怖よりも興奮の方が僅かに上回っているのだろう。
「それじゃ、少し歩くよ」
そんな僕の言葉に彼女は一瞬ビクッと震えたものの、それでも制止の声が聞こえないところを見ると彼女が懸命に巨竜との触れ合いに慣れようとしている様子が伝わってくる。
そしてゴツゴツした岩の天井に彼女をぶつけないように気を付けながら薄暗い洞内を少し歩くと、僕は美しい朱に染まり始めた空の下へと出て行った。

この若者は、どうして私の為にここまでしてくれるのだろうか・・・?
年齢から考えて彼は私が町から生け贄を取っていた時期を直接は知らぬのだろうが、それでも自分より遥かに巨大な竜に自ら歩み寄ろうなどと考えるのは単なる命知らずか余程の変わり者だけだろう。
この私でさえ人間の魂を宿し自分の姿をした1匹の竜の存在をこれ程までに恐れているというのに、恐らくは今日初めて竜の姿を見たのであろう彼が何故私に声を掛けようなどと思ったのか・・・
脳裏に渦巻くそんな素朴な疑問が、私の中から彼に対する恐怖心を薄めていくような気がした。
それと同時に彼に対する好奇心が胸の内に芽生え始め、何時の間にか彼の背中にそっと体を預けてしまう。
だがお互いに黙りながら夕焼けに染まる森の中をしばらく散策している内に突然術の効果が切れてしまい、巨大な竜の体を取り戻した私は地面に四つん這いになっていた彼を危うく押し潰してしまうところだった。
「わっ!」
「うおっ!」
一応咄嗟に地面に手を付いて体を支えることには成功したものの、図らずも彼に背後から覆い被さるような体勢になってしまったことで気まずい沈黙が辺りに流れてしまう。

「だ、大丈夫だった?」
だが本来心配されるべき立場なはずの彼から先にそんな声が聞こえてきて、私はハッと我を取り戻すと慌てて彼の上から体を退けていた。
「あ、ああ・・・お前こそ、怪我は無いか?」
「うん・・・僕は大丈夫」
全く・・・ようやく少しは心が休まったかと思えば何とも忌々しい。
術を掛けられてからというものもうしばらく人間の姿のままでいたかったなどと思ったのはこれが初めてだったものの、お陰で私の心中からは彼に対する恐れや不信感はすっかりと消え去ってくれたらしかった。

「ところで、お前はそろそろ町へ戻らなくても良いのか?もう日も暮れるところだが・・・」
「ああ、うん・・・そうなんだけど・・・実は道に迷っちゃってさ」
お互い意識的に目を合わせないようにしながらも何となく切り出したそんな話題に、彼がはにかみながらも少しばかり困った様子でそう漏らす。
「では、今度はお前が私の背に乗ってはどうだ?町までなら、私にも連れて行けるからな」
「本当に?ありがとう!」
長年この山で暮らしてきたばかりでなくかつて人間達の町から生け贄を取っていただけに、如何に広大な山中といえども流石に町まで行く道くらいは私も良く知っている。
だが彼はそんな後ろ暗い背景には気付かなかったのか、それとも最初から大して気にもしていないのか、素直に嬉しそうな声を上げると地面に身を低めた私の背中へ器用に登り始めていた。

それにしても不思議なものだ・・・
つい30年程前まで、人間は私にとって毎月当たり前のように届けられる嬲り甲斐のある玩具であり、森の獣達とはまた違った旨味のある食料以外の何物でもなかったはず。
それなのにあの老人に奇妙な術を掛けられてからというもの、私は森で見かける人間達の姿に異常なまでに怯えて生きてきた。
尤も彼以外にこれまで何度か森の中で出くわした人間達は、その多くが若者故かかつて私が人間達にした蛮行を知らないかもしくは私がその当事者だということには気付かなかったらしい。
それなのに肉体が入れ替わり強大な竜の姿を手に入れた者達の約半数は、目の前で怯えている自分自身の姿をした人間に嬉々としてその爪牙を剥いたのだ。
目を血走らせた巨竜に追われながら慣れない人間の手足で険しい森の中を十分以上も逃げ惑うあの悪夢は、きっとこれから先何度経験しても慣れることは永遠に無いだろう。

だが彼には・・・この心優しい人間にだけは、何故か私も気を許すことが出来るらしかった。
それは彼が私の素性を知りながら、そして巨大な竜の姿になりながらも何処にも逃げ場の無い洞窟の隅で絶望に怯えていた私を気遣ってくれたからかも知れない。
にもかかわらず私に掛けられたこの術が解ける様子が無いということは、私自身が本当の慈愛の心を持つにはまだ至っていないということなのだろう。
それも、あの男の言葉を本当に信じるならばの話なのだが・・・
そんなことを考えながら、私はますます橙色の度合いを深めていく空の下を人間達の町へ向かって歩き続けた。

「あ、この辺りで良いよ」
それから十分後・・・彼女に町に程近い森の中で背中から下ろしてもらうと、僕は相変わらず顔を背けている彼女の大きな顔を両手で抱き締めていた。
「送ってくれてありがとう。また会いに行っても良いかな?」
「そ、それはまあ構わぬが・・・私の住み処までの道は分かるのか?」
「うーん・・・誰かに聞けば多分分かるよ。お父さんとかにさ」
そして嬉しいのか不安なのか微妙な表情を浮かべていた彼女に別れを告げると、僕は朝に採集に出掛けた人々が何やら騒いでいるらしい町の中へと入っていった。
「あっ!坊主!よく無事に帰ってきたな!」
「お前が突然いなくなったから、何かあったのかと皆で心配してたんだぞ」
「ご、ごめん・・・ちょっと道に迷ってさ・・・大声を出そうとしたんだけど気が動転しちゃって・・・」

実際に道に迷っていたわけだからそれ自体は嘘でも何でもないのだが、僕は彼らの森で出遭った雌竜のことを気取られないように慎重に言葉を選んでいた。
彼女も昔は町の人々に酷いことをしたのかも知れないが、こんな僕にさえ酷く怯えて許しを乞わざるを得ないその不憫な境遇を考えればこれ以上彼女を怖がらせたり怯えさせたりする必要は無いだろう。
「全く・・・夜になれば昼は大人しい獣達も空腹で凶暴になるし、この時期は毒蛇だっているんだからな」
「とにかく無事に戻ってきて何よりだ。早く家に帰ってやれ。親父さんが大層心配してたからな」
「う、うん、分かった。ありがとう」
そして彼らにそう言い残すと、僕は急いでお父さんの待つ家へと走っていった。

「ただいま・・・」
他の大人達と逸れた上に遅い時間まで帰って来なかったことで、きっとお父さんは心配を掛けた僕にカンカンに怒っていることだろう。
だがやがて家の奥から姿を現したお父さんは、僕の姿を見て心底安堵したらしく怒る気力も失ってヘナヘナとその場に崩れ落ちてしまっていた。
「お、お前・・・良かった・・・無事だったのか・・・」
「うん・・・心配掛けてごめんなさい。ちょっと、森の中で迷っちゃってさ・・・」
「いや・・・無事に帰ってきたならもう良い。それより、初めての採集はどうだったんだ?」
採集・・・そう言えば、僕は元々採集が目的で森に入ったんだった。
山菜を入れるのに使っていた籠はドラゴンと体が入れ替わった時にあの洞窟へと置いて来てしまったから、後でまた彼女に会いに行く時にでも取って来るとしよう。

「ああ、その・・・迷った時に大きな洞窟を見つけてさ・・・そこで休んだ時に籠を忘れて来たみたいなんだ」
「洞窟?ドラゴンが昔棲んでたっていう洞窟か?」
「多分・・・洞窟の前に生け贄を縛る為の大きな木があったから、多分そうだと思う」
お父さんはそれを聞くと、少しばかり不安そうな表情をその顔に浮かべていた。
「どうかしたの?」
「いや・・・お前、その洞窟に入ってみたか?」
「え?う、うん・・・どうして?」
だが僕からの返事が望み通りのものではなかったのか、お父さんが何処か渋い顔をしながら先を続ける。
「実は昔、例の導師がドラゴンを退治した後も何度かドラゴンの目撃が噂されたことがあったんだ」
「退治されたはずのドラゴンが、実はまだ生きてるかも知れないっていうこと?」
何も知らぬ振りをして会話の調子を合わせながらも、僕の額には何故か理由の分からない冷や汗が滲んでいた。

「実際に生け贄は出さなくても良くなったから、本当かどうかは分からんがな・・・」
「僕は、ドラゴンが生きてる方が良いと思うな」
「どうして?かつては大勢の人々を食い殺した恐ろしい奴なんだぞ?」
確かに、お父さんの世代から見ればそうなのだろう。
だが僕にしてみれば、あんな怯えた姿を見せられては凶暴なドラゴンだと言われてもどうにもピンと来ない。
それに帰る時間にまで気を遣って町の近くまで送ってくれたことを考えても、もう生け贄を取っていた当時の彼女とは違うことくらい僕にだって分かる。
「だってかの・・・そのドラゴンが生きてるのに誰にも迷惑を掛けてないのなら、改心したってことでしょ?」
「それは・・・確かにそうかも知れないが・・・」
「とにかくさ・・・籠を取りに行かなきゃならないから、洞窟までどうやっていくのか教えてくれない?」
僕はそう言って何とかお父さんからあのドラゴンの洞窟への行き方を教えて貰うと、今日はもう夕食を食べてお風呂に入ってから早めに寝ることにした。
森の中を歩き回って疲れてしまったのも理由の1つだが、何より明日はまたあのドラゴンに会いに行く為に出来るだけ早く起きたかったのだ。

翌日、僕は首尾良く早起きすることに成功するとすぐに服を着替えてこっそりと家を脱け出していた。
別に森へ行くのにお父さんに内緒にする必要性は無いはずなのだが、昨日の今日なだけに今度は1人で森へ行くなんて言い出したら何を言われるか分かったものではない。
まあ昨日あれだけしつこく洞窟への行き方を訊いてしまったから、朝起きて僕の姿が見えなかったところでお父さんにも行き先の見当はすぐに付くことだろう。
やがてまだ人の姿が疎らな町の中を通り抜けて森に入ると、僕はお父さんの話を思い出しながら静かな木々の回廊の中を歩き始めていた。

もう数十年も前のことだとはいえ、毎月生け贄を出す為に幾人もの人々が往来した1本の小道。
今もまだ人の手で切り開かれた跡が微かに残っているその道を歩きながら、周囲の風景が徐々に見覚えのあるものに変わっていく感覚を確かめる。
そして10分程歩いた末にようやく例の洞窟に辿り付くと、僕は真っ暗なその巨洞の奥から昨日と同じような彼女の寝息が聞こえてくることを確かめながら静かに闇の中へと滑り込んでいったのだった。

何処か寂寥感の漂う朝日に薄っすらと照らされた洞内を歩きながら、次第に大きくなっていく彼女の寝息にじっと耳を欹てる。
昨日は無謀にも完全に興味本位で巨大なドラゴンである彼女に近付いたものだったが、今日はどちらかと言うと親しいながらも少し変わった友達を訪ねる感覚に近いものが僕の心中を満たしている。
そしてようやく暗がりの奥で体を丸めながら眠っている彼女を見つけると、僕は彼女が目を覚ますまで少し離れたところで待つことにした。
人間に対してあれ程までに警戒心を露わにする彼女のことだ。
たとえ相手が顔見知りの僕だったとしても、寝ているところに突然近付かれては流石に驚くことだろう。

それに、こうして寝ている姿を眺めている限りでは彼女が人間を恐れる臆病なドラゴンだとはとても思えない。
険しく引き締められたその表情や鋭く研ぎ澄まされた手足の爪、屈強な太い尻尾、口の端から覗く大きな牙、妖しい光沢に濡れる滑らかでいて堅牢な竜鱗、ゆったりと上下する圧倒的な巨躯・・・
町を襲い大勢の人々を恐怖で支配し、毎月生け贄を出させては泣き叫ぶその憐れな犠牲者を嬉々として嬲り殺しにし食い殺す残酷で恐ろしい雌の邪竜。
昨日の一件が無かったら、確かにそんなお父さんの説明もすんなりと理解出来たかも知れない。
だが町を救った例の導師に奇妙な術を掛けられて以来、彼女は人間がドラゴンに対して感じる脅威をそっくりそのまま自分に対する脅威として感じる生活を送っているのだ。
「う・・・ん・・・」
やがて彼女の寝姿を見つめながらそんな物思いに耽っていると、目を覚ましたらしい彼女の眠そうな声が静寂の中に零れ出していた。

心地良いまどろみの中に不意に何者かの気配を感じて、私はふと閉じていた眼を開けていた。
これは・・・人間の気配だろうか?それにどうやら、息遣いから察するに私のすぐ背後にいるらしい。
しかし私の姿を見ても逃げるでもなくただ静かに佇んでいるらしい様子から察するに・・・
私はそこまで考えると、顔を伏せながらも恐る恐る首を回して気配の主を確認していた。
そしてその視界の中に予想通りの存在が飛び込んでくると、深い安堵の溜息を漏らしてしまう。
「お前か・・・余り私を脅かさないでくれ・・・こんなに朝早くから一体どうしたのだ・・・?」
「ああ、その・・・昨日忘れてった籠を取りに、さ・・・」
そうは言うものの、キョロキョロと周囲を見回して洞窟の隅に置かれていた籠の存在に今初めて気付いたらしい彼の様子から察するに、早く私に会いたくて早朝から家を脱け出してきたのだろうことは容易に想像が付く。

「それにしても、ここへ来るまでに森で迷わなかったのか?」
「ああ、お父さんに道を聞いてきたからね。昔使っていた道がまだ残ってたし」
昔使っていた道・・・恐らく、生け贄を送り出す為に人間達が往来していた道のことだろう。
不意に罪深い過去を思い出してしまい、私は暗い面持ちを浮かべながらもう1度深い息を吐いていた。
「僕さ・・・本音を言うと、あなたに友達になって欲しいんだよ」
「な、何だと・・・!?」
だがそんな余りにも予想だにしていなかった彼の一言に、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。
一瞬彼の顔を見つめてまた目を合わせてしまいそうになるのを寸でのところで思い留まると、私は俄かに激しくなった心臓の鼓動を静めるように大きく深呼吸していた。
この人間は・・・一体何を言っているのだ?
彼とこの私との間には人と竜という厳然たる種族の壁があるばかりか、かつて大勢の人間達の命を摘み取った私は彼らにとって恐ろしくも忌むべき不倶戴天の敵であるはずなのだ。
それなのにこの私に友になって欲しいなど、過去の私の蛮行を知らぬ身だとは言えとても正気とは思えない。

「お、お前は、自分が一体何を言っているのか分かっているのか?」
「もちろん。確かに町にはまだ昔のことを覚えている人もいるけどさ・・・僕には関係無いもの」
それを聞いた彼女の顔に浮かんだのは、激しい困惑と不安・・・そして微かな喜びの表情だった。
友達になって欲しいと言う僕の言葉に彼女が素直に頷けないのは、きっとその昔町の人々に対してしてしまった自分自身の行動を心から恥じているからなのだろう。
彼女が導師に術を掛けられてから人間と出遭うことを極端に恐れているのは、詰まるところ体の入れ替わった人間からの報復を恐れているということに他ならない。
そんなつもりなど毛頭無い僕には顔を伏せながらも普通に接してくれていることから考えても、この提案が彼女にとって全く興味の無いものでないことくらいは僕にも簡単に分かっていた。

彼女の内で繰り広げられている葛藤の様子が、伏せたままの顔に多彩な表情となって表れていく。
導師の術を解く為には人間に対して真の慈愛の心を持たなくてはならないというのに、彼女は自身の過去の蛮行を悔いる余りに人間を遠ざけることしか出来ないでいた。
だがそこに初めて互いに心を開くことの出来そうな人間が現れたことで、それまで出口の見えなかった暗い迷宮に一筋の光が差し込んだように感じたのは間違い無い。
もちろん僕もそんな彼女を辛い呪縛から解き放ってやりたいと思っているのだから、どんなに迷おうとも彼女がどんな返事をするのかは最初から分かり切っていたことだった。

「そ、それでお前は・・・私の友になって、お前には一体どんな得があるというのだ?」
「得だとか損だとかなんて・・・そんなの考えたことも無いよ」
とても嘘を吐いているようには見えない、それどころかそんな私の質問に些か衝撃を受けたかのような彼の様子に、何だか酷く失礼なことを口走ったかのような気分になってしまう。
いや・・・人間に対してそんな感情を覚える程、私はこの若者を特別な存在として受け入れているのだろう。
「でも僕みたいな小さな人間にも怯えるドラゴンのあなたが、何だか可哀想だと思ったんだ」
そんな些細な理由で、大勢の人間達に恨まれ恐れられているこの私と友になりたいというのか?

だがもしかしたら、こんな彼のように何の打算も無い自己犠牲とも言える献身の姿勢こそが、あの忌まわしい老人が言った真の慈愛というものなのかも知れない。
まだ成人すらしていないだろうこんな人間の若者でさえ私には理解し難い崇高な慈愛の精神を有しているのだとしたら、図体ばかり大きくとも物言わぬ獣と同じ私は一体何と愚昧な存在なのか。
「そうか・・・」
私は大きな溜息にも似た長い息を吐くと、寝床の上にゆったりと身を沈めていた。
それを了承の合図と受け取ったのか、彼がそっと私の傍らに座ってその背を預けてくる。
硬い鱗越しにも感じるその微かな人間の温もりが何とはなしに心地良く、私は何時しかそのままウトウトと転寝の世界へと落ちていったのだった。

その日から、僕は毎日のようにドラゴンの棲む洞窟へと出掛けていくようになった。
初めの頃は決して目を合わせないよう頑なに顔を伏せたままだった彼女も、数日が経つ頃にはたとえ体が入れ替わっても危険は無いと思うようになったのか多少は僕の方へも視線を向けてくれるようになったのだ。
「それにしても、お前は随分と物好きな人間なのだな。毎日毎日私の傍にいるだけで、退屈ではないのか?」
「全然退屈じゃないよ。あなたみたいなドラゴンと一緒にいられて、寧ろ興奮してるくらいだし」
「一緒にいたいというのなら別に構わぬが、私はお前には何もしてやれぬのだぞ?」
巨大なドラゴンと一緒にいたいという僕の心境をどうしても理解出来ないのか、彼女がその美しい顔に困惑の表情を貼り付けながらそう漏らす。
だが僕の身を案じてくれているかのようなその言葉を聞く限り、やはり彼女も本心では初めて身近な関係になった人間の僕を大切に扱おうとしてくれているのだろう。

「じゃあさ、もし良かったら・・・昔の話を聞かせてよ」
「昔というのは・・・私が町から生け贄を取っていた頃の話か?」
「うん。僕、もっとあなたのことが知りたいんだよ」
かつて生け贄として差し出させた人間達に行った数々の惨い仕打ち・・・
彼は、本当にそんなことを知りたいのだろうか?
もし仮に単純な好奇心からそう言っているだけなのであれば、私の残酷な所業を聞いて恐れを生してしまうかも知れない。
だが本当に話しても良いものかどうか迷っている内に彼も私の心配事に気が付いたのか、脇腹に預けられていたその小さな温かい背中が微かに揺すられる。
「大丈夫、何を聞いたってあなたを嫌いになったりなんてしないからさ」
「あ、ああ・・・」
そしてそんな彼の心強い後押しに私もようやく覚悟を決めると、最早自分でも思い出すのを躊躇っていた過去の記憶を遡り始めたのだった。

眩い銀光が夜空を照らす満月の夜・・・
私は一時の転寝から目を覚ますと、ゆっくりとその重い体を持ち上げていた。
そして住み処の外から漂ってくる人間の気配を頼りに曲がりくねった洞窟の中を少し歩くと、やがて太い木に手足を縛り付けられた人間の若者の姿が目に入ってくる。
町の連中が一体どういう方法で生け贄を選んでいるのかは分からないものの、大抵の場合は20歳前後の若い男女であることが多かった。
私は別に町の連中を脅した際に若い人間を寄越せと言った覚えは無いから、これは恐らく彼らなりにドラゴンに対する生け贄として相応しい人物像を考えての選択なのだろう。
まあ最終的に腹に入れば同じことなのだが、人生の最盛期に不運にも死の運命を与えられてしまった彼らには最期に些かの喜びというものを与えてやるべきだ。

そして大きな物音を立てぬようにゆっくりと洞窟から出て行くと、私の姿を目の当たりにした人間の男が今にも泣き出しそうだったその顔に恐怖の表情を浮かべながら必死に身を捩る。
ガタガタと全身を震わせる彼の絶望がやがて大粒の涙となってその両目から溢れ、息を呑むような微かな嗚咽が静寂の森に霧散していく。
地面を踏み締めている私の両手の爪や、口の端から覗いているであろう唾液に濡れ光る牙。
過去に大勢の人間達の命を奪ってきたそれらの凶器を目の当たりにして、ただ死を待つより他に無い彼の心境は正に俎上の鯉といったところなのだろう。

「た、助けて・・・」
やがて自分でも決して聞き入れては貰えぬと分かっているのであろう力無い命乞いの言葉が、逃れ得ぬ死の予感に震えるその口元から微かに漏れ出していく。
触れただけで壊れてしまいそうな程に弱り切ったその心が、彼の最後の矜持さえをも打ち砕いてしまったのだ。
私はそんな彼の目の前まで歩を進めると、その左足に長い尾の先をクルリと巻き付けていた。
「ひっ・・・」
突如として体に触れた硬い鱗の感触に、彼がビクッとその身を強張らせる。
ガチガチと歯の鳴る音が聞こえてくる程の怯え振りには些か憐憫の念を覚えないでもないものの、私は尻尾で彼の足を絡め取ったまま指先の爪でその縛めを断ち切ってやった。

プツッ・・・ドサッ
「うあっ・・・!」
その瞬間木に括り付けられていた体が突然離れ、土の地面に倒れ込んだ彼がくぐもった呻き声を上げる。
だが折角自由の身を取り戻したというのに、力強く足に巻き付いた竜尾の感触に彼は動けないでいた。
私の尻尾に人間の足の1本や2本軽く締め潰せる力があることくらいは彼にも直感的に理解できるだろうし、下手に逃げようと暴れれば私が容赦無くそうすることも容易に想像が付いたのだろう。
まあそれは良いのだが、こうも従順なばかりでは私も今一つ面白くないというものだ。
「どうした・・・縛めを解いてやったのだぞ?私に食われぬ内に、早く逃げぬのか?」
そう言って口内にずらりと並んだ牙を剥き出しにしてやると、彼が悲壮な表情を浮かべて後退さる。
だがやはり足に巻き付いた尻尾を振り解く程の力は無かったらしく、彼は私を必要以上に刺激せぬよう数回足を引いただけでもう逃げるのを諦めてしまったらしかった。

仕方無い・・・捕食者に襲われて逃走を諦めた獲物がどんな末路を辿るのか、思い知らせてやるとしよう。
私は動かなくなった彼を尻尾で力任せに手前へ引き寄せると、精一杯の嗜虐的な笑みを浮かべながら仰向けに転がる彼を見下ろしてやっていた。
「ひ・・・ひぃ・・・うぶ・・・」
そして彼の両手を柔らかい地面に踏み敷くと、既に涙と鼻水でグシャグシャになっていたその顔を舐め上げる。
更には彼の着ていた服に牙を突き立てて上も下も食い破ってやると、その若々しい肉体が露わになっていた。
「お、お願いです・・・どうせ殺すなら・・・せ、せめて一思いに・・・」
「一思いに・・・その頭を噛み砕かれたいのか・・・?」
グバッ・・・
「う、うわああああっ!」
そう言って彼の眼前に大きく開いた顎を近付けてやると、余程恐ろしかったのか悲痛な叫び声が喉から迸る。
「フン・・・その覚悟も無いか・・・軟弱者め」
だが必死に目を瞑って歯を食い縛りながら顔を背けた彼を尻目に、私はその股間にある小さな肉芽へと視線を移したのだった。

恐怖に小さく縮み上がっているその情けない雄の象徴が、彼が力無く身を捩る度に右へ左へと揺れ動く。
私はその余りに無防備な肉棒の様子にジュルリと舌を舐めずると、ゆっくりと彼の股間に口を近付けていった。
ジョリッ
「ふあっ!」
そしてたっぷりと唾液を纏った舌先で睾丸諸共小さな肉棒を力一杯舐め上げてやると、予想外の快感を叩き込まれた人間が短い嬌声を上げながらその身を仰け反らせる。
それと同時にそれまで私の指先程の大きさも無かった人間の雄槍がむくむくと膨張し、死を待つ主の心境に反して元気一杯に天を衝いてしまっていた。
「は・・・あ・・・な、何を・・・」
やがて自分の意思とは無関係に屹立させてしまった肉棒を見つめる私の視線に隠された意図を汲み取ったのか、彼が悲痛な表情を浮かべながら賢明に拒絶の意思を伝えようと首を左右に振り始める。

「フフフフ・・・」
「そんな・・・や、止め・・・止めて・・・あ・・・あぁ・・・」
だが懇願の声を漏らす内にも再び小さく開けられた私の口が肉棒に近付けられると、彼は何とか私から逃れようとその抵抗の度合いを強めていた。
ズシッ・・・グリグリ・・・
「あが・・・うあ・・・ぅ・・・」
それを捻じ伏せるように自身の両手に凶悪な体重を浴びせ掛け、今にも潰れてしまいそうな彼の手を容赦無く左右に踏み躙ってやる。
更にはそれまで左足にだけ絡み付いていた尻尾も両膝から下を余すところ無く蒼いとぐろ中に収めてやると、彼はいよいよ抵抗の術を完全に失ってガタガタと震えることしか出来なくなってしまったらしかった。

愚かな奴め・・・恭順を装えば、私が手心を加えるとでも思っているのだろうか?
私はその心中で膨れ上がる恐怖心を必死に押し殺しながら悲鳴だけは上げまいと歯を食い縛っている若者の肉棒へ向けて、溢れ出す嗜虐心を隠そうともせずにゆっくりと舌先を伸ばしていた。
そしてその張り詰めた雄槍を赤黒いとぐろの中に包み込むと、パクッと口内に咥え込んでやる。
「ひ・・・ぃ・・・」
肌を焼く熱い唾液の感触か、それとも無数の牙が生え並ぶ竜の口内に自身の弱点を捕らわれた恐ろしさからか、彼が短い悲鳴を上げながら私の手を握り返すように一瞬だけその身を硬直させる。
ジュル・・・ギュウッ・・・
「う・・・ああっ・・・!」
だが突如として引き絞られた舌の牢獄の中で敏感な肉棒が締め上げられると、彼はついに耐え切れなくなって再び動かぬ手足を暴れさせていた。

幾ら暴れても無駄だと言うのに、愚かな奴め・・・
私はチロチロと舌先で肉棒の先端を舐りながら悶え狂う男の様子をしばらく観察していたものの、やがてもがく体力も底を突いたのか彼が荒い息を吐き出しながらグッタリとその身を弛緩させてしまう。
「あぐ・・・ぅ・・・」
そして両手の拘束を解いても最早微かな身動ぎさえできない程に弱っていることを確認すると、私は先程からずっと解放の時を待ち侘びている彼の雄をいよいよ味わってみることにした。

ねちっこい舌責めを長時間味わわされて唾液塗れとなった射精寸前の雄槍が、すっかり衰弱した主の姿とは対照的にその太い肉の塔を真っ直ぐに聳え立たせている。
私は口内から吐き出したその獲物に視線を定めたまま、自身の股間に走った長い割れ目をゆっくりと左右に押し開いていった。
グ・・・パァ・・・
ねっとりとした桃色の粘液を滴らせる雌の器官が、間も無く与えられる贄の気配に妖しい躍動を見せる。
激しい憔悴に意識も朦朧としていた男も鼻を突く甘い愛液の匂いに少しばかり正気を取り戻したのか、今にも巨大な竜膣に呑まれ掛けている自身の肉棒を目にして驚愕の表情を浮かべたのだった。

じっくりと迫り来る、しかし決して逃れ得ぬ脅威を目の当たりにして、ゴクリと大きく息を呑んだ男が無言のまま雌雄の結合の様子を凝視している。
ズ・・・グブ・・・
「ぐ・・・う・・・」
そしてドロリとした濃厚な粘液に押し包まれた肉棒がゆっくりと熟れた柔肉の海に押し沈められると、その人間には耐え難い焼け付く熱さに彼が苦しげな喘ぎ声を上げながら身を捩っていた。
ズブ・・・ジュブジュブジュブ・・・
「うああぁっ・・・!」
だが悶える男の様子を眺めながらも更に根元まで肉棒を呑み込んでやると、ついに堪え切れなくなったのか悲鳴とも嬌声とも付かない甲高い叫び声が上がる。
先程までの舌責めで既に我慢も限界だったはずなのだが、最初の挿入にだけは何とか耐えようとするその儚い努力に私はついつい容赦無く捕らえた雄を締め上げていた。

グジュッ!
「がぁっ・・・た、助け・・・」
今にもペニスを押し潰されてしまうのではないかと思えるような強烈な圧搾に、微かな痛みを伴った凄まじい快感が背筋を駆け上がってくる。
灼熱の愛液を纏った無数の襞が根元から先端へと蠕動し、膣に備わった屈強な筋肉が力任せに敏感な肉棒を握り締めるのだ。
その乱暴でいながら雄の弱点を的確に突いてくる野生的な責め苦に耐え切れず、既に限界の近かった射精感が一気に膨れ上がっていく。
だが助けを求めたところでこの雌竜が聞き入れてくれるはずもなく、俺は少しばかり自由が利くようになった両手で視界を埋め尽くしている巨竜の腹を必死に掻き毟っていた。

グシュッ・・・グシュグシュッ・・・
「ひいぃぃ・・・」
与えられているのは苦痛とは程遠い、気が遠くなるような快楽の嵐。
にもかかわらず、俺はこのまま男として屈服の証を放ってしまうことことだけはどうしても避けたかった。
もちろん体力が尽きれば後は食い殺されてしまう運命が待っていることもその理由の1つではあったのだが、この残酷な邪竜が自らに平伏した雄への情けを微塵も持ち合わせていないことが何よりも恐ろしかったのだ。
しかしそんな俺の抵抗も空しく、体内を競り上がる熱い奔流がその噴出の予兆を雌竜に伝えてしまう。
「フフフフ・・・最早限界のようだな・・・」
「は・・・ぁ・・・や、止めて・・・た、頼むから・・・」
そして意地の悪い笑みを浮かべて俺を見下ろしていた雌竜の表情が徐々に酷薄なそれに変わっていく様子を見せ付けられて、俺は無駄だと分かっていながら彼女から逃れようと両手でその巨大な腹を押し返していた。

「何だ?この期に及んで、まだ私に抗うつもりなのか?」
柔らかい脂肪に包まれた腹を幾ら押しても突いてもその巨体が動くことなどあるはずも無く、雌竜が動きを止めてそんな俺の最後の悪足掻きを愉しげに見つめている。
だが疲労のせいで抵抗の勢いが弱まった次の瞬間、俺は彼女の手で顔を掴まれて地面に押し付けられていた。
ドスッ
「むぐっ・・・う・・・うぐぐ・・・」
辛うじて呼吸だけは出来るように一応力の加減はされているものの、頭をすっぽりと覆い尽くしてしまう程の巨掌に圧倒的な力の差を思い知らされてしまう。
そして・・・

グギュッ!
「んんっ・・・!」
指の間から見える雌竜の顔に冷たい微笑が浮かんだのと同時に、暴発寸前だったペニスが周囲から押し迫る熱い膣壁で一気に締め付けられていた。
ビュビュッ・・・ビュルル・・・
その止めの一撃に射精を堪える忍耐力など残っているはずも無く、散々に焦らされて溜まりに溜まった大量の白濁がまるで噴火の如く肉棒から噴出する。
「が・・・あ・・・」
更には止め処無く白濁を吐き出すペニスを何度も何度も蠕動する肉襞で扱き上げられると、俺はたった1度の射精だというのにその未曾有の快楽に耐え切れず2度と目覚めぬであろう闇の中へと堕ちていったのだった。

「その人、結局食べちゃったの・・・?」
惨たらしい拷問のような責め苦を味わわされて意識を失った男に憐憫の情を感じているのか、呻くように呟いたそんな彼の言葉が私の胸に深々と突き刺さる。
「・・・そうだ」
他の人間達から私の過去の噂くらいは聞いたことがあるにせよ、人間を恐れる弱気な雌竜という印象を抱いていたであろう私がかくも残酷な性格の持ち主であることを知って、彼は些か衝撃を受けたようだった。
だがそうかと言って彼の中に私に対する忌避感が芽生えたわけでもないらしく、相変わらず彼の温かい背中が私の横腹に強く押し付けられている。
その感触が不安に駆られていた心に幾許かの勇気を与えてくれた気がして、私はホッと安堵の息を吐きながら持ち上げていた頭を再び地面の上に横たえたのだった。

その日からというもの、僕は空が晴れる度にドラゴンの棲む洞窟へと出掛けていくようになった。
もちろん30年前に町から生け贄を取っていたドラゴンがまだ生きていて彼女に逢いに行っているなど誰にも言うわけにはいかないから、一応お父さんには町中に遊びに行くと言って家を出て来ている。
彼女の語る過去の話はどうにも暗い雰囲気のものが多かったのだが、それは多くの人々が命を落としたという事実よりも寧ろ、彼女が過去の行いを心から後悔しているが故の苦しみが滲み出しているのだろう。
まるで懺悔のように僕にそんな苦い思い出を語ることで彼女の心が少しでも軽くなるのなら、ただ黙って彼女に身を寄せながら話を聞いているだけでも僕達はお互いに満足だったのだ。
それにもっと森のことを良く知る為に、僕は週に1度の採集にも出来るだけ同行を志願するようにした。
もちろん前のように勝手な行動を取ったりはしないのだが、それまで知らなかった山菜や薬草などの種類をベテランの人達から教わったりして広大な森の中に知っている場所を増やしていくのが楽しかったのだ。
そうして初めてドラゴンと出会った日から1ヶ月程が経ったある晴れた日・・・
僕はもう大分慣れた足取りで彼女の待つ森の洞窟へと向かったのだった。

町から10分余り歩いたところにある大きなドラゴンの洞窟・・・
しかし今日は、何時もここに来るのと大体同じ時間だというのに洞窟の中から彼女の寝息が聞こえてこない。
まあこれまでにも彼女が僕の訪問を待って眠らずにいたことは何度かあったのだが、中に入っても寝床が空だったことから察するにどうやら今日は狩りにでも出掛けているらしかった。
仕方無い・・・少し森の中を散策でもして、彼女が帰ってくるまで時間を潰すとしよう。
僕はそう思い立って一旦誰もいない静かな洞窟の前から離れると、採集でもまだ歩き回ったことの無い洞窟よりも奥の森へと足を延ばしてみることにした。

この30年間彼女が森で狩りをして普通の生活を送ってきたにもかかわらずほとんど人間と出くわさずに済んでいるのは、きっと誰も足を踏み入れないような森の奥深くを狩り場にしているからだろう。
そしてその想像が正しければ、もしかしたら何処かで彼女に出逢うことも出来るかも知れない。
それに未知の領域とはいえどうせこの森には彼女以外のドラゴンは棲んでいないのだから、迷わないようにさえ気を付ければ大した危険も無いはずだ。
だがそれが油断に繋がったのか・・・僕は彼女を探してキョロキョロと周囲を見回す余り、状況を良く確かめもせずに深い茂みの中へと足を突っ込んでしまっていた。

ガブッ!
「痛っ・・・!」
不意に右足に走った鋭い痛み・・・
一瞬何が起こったのか判らずに視線を地面に落としてみると、右足の脛に体長70センチ程の黒っぽい鱗で覆われた蛇がその牙を突き立てていた。
更にはその事実を認識した次の瞬間、咬まれた傷口から何か痺れるような危険な感触が広がっていく。
まさか・・・毒・・・蛇・・・?
そう言えば・・・初めて彼女に逢った日の夜、町に帰った時に僕を探していた人達にこの時期は毒蛇が出るっていう話を聞いたような気がする。
今まで1度も森の中でその姿を見掛けたことが無かったから、僕はそのことをすっかり忘れていたのだ。
「う・・・ぁ・・・」
そして自身の置かれている極めて危機的な状況を理解したのと同時に、どういうわけか突然全身の力が抜けてその場に崩れ落ちてしまう。
蛇に咬まれた傷口は大きく腫れ上がり、僕はほとんど声を出すことも出来ないままドサッと仰向けに地面の上へと転がったのだった。

「あ・・・あぅ・・・」
傷口から全身に広がろうとしている激痛と重々しい倦怠感・・・
それにまるで窒息するかのような息苦しさ・・・
にもかかわらず、僕は全くと言って良い程に自由の利かない自分の体を恨んでいた。
だ、誰か・・・助けて・・・
声にならないそんな叫び声が、喉まで出掛かっては消えていく。
冷たい汗の滲む手足をそよ風が撫でる度に、僕はゆっくりと死の運命を受け入れ始めたのだった。

ズ・・・ドサッ・・・
「ふう・・・そろそろ戻るか・・・」
私はなかなか獲物が見つからなかったお陰で何時もより随分と長引いてしまった狩りをようやく終わらせると、つい今し方仕留めた大きな猪を背中の上に担ぎ上げていた。
普段は仕留めたその場で獲物を平らげて腹を満たしてから住み処に帰るのが常なのだが、今日は空も晴れていることだし、狩りが遅れたこともあってあの人間がもう住み処へとやって来ているかも知れない。
わざわざ私に逢いに来てくれている彼を余り待たせても悪いし、とにかく今は一刻も早くあの洞窟に戻ることが先決だろう。
だがそう思って重い戦利品を背負ったまま足早に住み処へと向かう内に、私は周囲に微かな血の臭いが漂っていることに気が付いていた。
まあそれだけなら別に大して気に留めることでもないのだが、かつて大勢の人間達を手に掛けた私はどうしても足を止めざるを得なかったのだ。

「これは・・・人間の血か・・・?」
この辺りは私の住み処から見て町とは反対方向だから普段森に採集に入る人間達でもまず足を踏み入れることは無いはずの場所なのだが、近くに怪我をした人間でもいるのだろうか?
数週間に亘ってあの人間と共に時間を過ごしたお陰で人間に対する恐怖心は既に大分薄れているものの、そう思った途端に今度はそれとは別の不安が私の心に重く圧し掛かってくる。
もしやこの血の臭いを発しているのは、彼なのでは・・・
そしてそんなあって欲しくない事態を頭の中から完全に追い出すことが出来ないまま、私は深い茂みの中から若い人間の足が突き出している光景を目にして思わず息を呑んでいた。

やがてピクリとも動かないその人間の様子に言い知れぬ不安を感じながらも恐る恐る近付いてみると、右足から血を流したあの人間が蒼白な顔で虚ろな目を中空に泳がせている。
その足の傷口には深々と突き立てられたのであろう2本の毒牙の痕がくっきりと残っていて、痛々しい程に大きく腫れ上がった傷の周囲が濃い赤紫色に染まっていた。
ドサッ・・・
「ど、どうしたのだ!?」
そんな予想外の驚きの余り背負っていた獲物を取り落としながら、毒蛇に噛まれたのだろうことは一目で分かるというのに思わずそう叫んでしまう。
しかし返事も出来ぬ程に酷く衰弱している彼の様子に、私は意を決して彼の顔を間近から覗き込んだのだった。

「う・・・ん・・・?」
ふと気が付くと、僕は地面に横たわって苦しげに喘いでいる自分自身をその視界に捉えていた。
一体何が起こったのかと周囲を見渡してみると、自分の体が蒼鱗を纏った巨大な雌竜になっている。
これはまさか・・・毒蛇に噛まれて虫の息だった僕を見つけた彼女が、導師に掛けられた術を利用してその体を入れ替えたとでも言うのだろうか?
だが今にも呼吸が止まってしまいそうな彼女の様子に僕はハッとして立ち上がると、周囲に生えている無数の草木へとその視線を移していた。

毒蛇に噛まれた際の治療薬である血清は、町に行けば十分に用意されている。
だがここからでは町に辿り着く前に手遅れになってしまうかも知れないし、彼女と体が入れ替わっていられる時間は精々長くても15分足らずだ。
それよりも、今は先に探すべき物がある。
前に採集に同行した時にたまたま教えて貰ったある種の薬草を使えば、完全な治療にはならないものの毒を中和して多少はその回りを抑えることが出来るらしいのだ。
そしてつい数日前の記憶を辿りながらも時間が経つに連れて次第に焦燥に駆られていく僕の目の前に、ようやく探していた薬草がその姿を現してくれたのだった。

「良かった・・・見つかった・・・」
大きなドラゴンの姿となった僕の手には余りにも小さくて頼りないその草を慎重に指先で摘み上げると、僕は急いで毒の苦しみに喘いでいる彼女の許へと取って返していた。
そして取って来た薬草の葉を口に含んで何度か咀嚼しながら、溢れ出した苦い汁を蛇に噛まれた傷口にそっと擦り込んでやる。
更には茎の部分を指先の爪で細かく切ってから彼女の口に押し込むと、僕はグッタリと弛緩しているその体を静かに揺すっていた。

「ほら、薬だよ・・・早く飲んで・・・」
そんな僕の声が通じたのか、或いは口に含んだ物を無意識に飲み込んだだけなのか、彼女の喉がゴクリという音とともに確かに小さな嚥下の動きを見せる。
良かった・・・これで少しは彼女の体力も持つはず・・・
だがいよいよ彼女を町へ運ぼうとその体を持ち上げようと思った次の瞬間、間の悪いことに術の効果が切れてしまったらしく僕は再びその意識を混濁させてしまったのだった。

「む・・・ぐ・・・」
一体、私はどうなったのだ?
蛇毒に苦しむ人間の姿を黙って見ていられずに思わず彼の目を見つめたところまでは覚えているものの、どういうわけか彼と体が入れ替わったのであろうそこから先の記憶がほとんど残っていない。
だが口の中に微かに残る苦い味や彼の足の傷口に塗られた薬らしき草の汁の跡を見る限り、彼はきっと体が入れ替わっている間に自分で出来る限りの応急処置をしたのだろう。
たった十数分間という短い時間でもこれだけの機転を利かせられるというのなら、もう1度体を入れ替えることが出来ればもしかしたら彼を助けることが出来るかも知れない。
正直に言えば何時命を落としてもおかしくない猛毒に侵された人間と入れ替わるのは些か勇気の要る行動だったものの、彼はそうしてでも護りたいと思える程の特別な人間だったのだ。
そしてさっきまでよりも更に生気の薄れてしまった彼の体をゆっくりと抱き起こし、最早意思の光が感じられぬその両目をしっかりと凝視する。

「どうした・・・早く・・・私の眼を見るのだ・・・」
だが既に意識が無いのか、或いは目の前にあるものを全く認識出来ていないのか、彼とはしっかりお互いに視線を絡ませ合っているはずだというのに何故か体が入れ替わる気配が無い。
「しっかりしろ!頼む・・・し、死なないでくれ・・・」
人間に対する恐怖と孤独の狭間で生きてきたこの30余年・・・
私はその暗黒の時代の中で初めて心を通わせることの出来た愛しい人間がもうすぐ尊い命の炎を完全に消してしまうという残酷な事実に、涙を流しながらそう呻いていた。
どうすればこの人間を救うことが出来るのだろうか・・・私に出来ることは一体・・・
そんな出口の見えない思考の迷宮に嵌り込み、まるで底無し沼に沈んでいくような絶望感が胸を満たしていく。
それでもやがて両眼から流れ出した悲しみの結晶が舌の上に塩辛い余韻を残したその時、私はずっと無意識に辿り着くことを避けていたある1つの・・・いや、たった1つの結論を見出していた。

彼を、町に連れて行こう・・・
町に住む人間達が私の存在を知れば、そして死に瀕した若者を連れて行ったとしたら、そこに一体どんな混乱が巻き起こるかくらい私にも容易に想像が付く。
しかしそれでも、彼の命を繋ぎ止めることができる可能性があるのなら私には他に選択肢など無い。
今こうして私が重大な決断を僅かに逡巡している間にも、彼の命は少しずつ削り取られているのだ。
そして余計な刺激を与えぬように彼の体を両手で静かに抱き上げると、私は意を決して人間達の町へと昼下がりの森の中を急いだのだった。

それから10分後・・・
私は深い森の中を突っ切ってようやく町の目の前までやって来ると、そこかしこにいる大勢の人間達の姿に内心怯えながらも思い切ってその姿を人々の前に曝け出していた。
「な、何だあいつは!?」
「ドラゴンだ!ドラゴンが出たぞ!」
その途端それまで静かな空気が流れていた町中が突然蜂の巣を突いたような激しい喧騒に包まれ、大勢の殺気立った男達が木の棒や農耕具など思い思いの武器を持ちながら私の周囲を取り囲んでいく。
しかし私はそんな危機的な状況にも何とか精一杯の平静さを装うと、両手に抱いていた若者をそっと地面の上に下ろしてやったのだった。

「た、頼む・・・」
若者が多いせいか過去の私の蛮行を知っている人間はこの場にはいないらしいものの、警戒心も露わに私を取り囲んだ大勢の男達の前でなかなか喉から出て来ようとしない固い言葉を懸命に絞り出す。
「この男を・・・助けてやってくれ・・・毒蛇に噛まれて・・・最早虫の息なのだ・・・」
突然町に姿を現した巨竜の頼みを聞いてくれる人間が、果たしているのかどうか・・・
私は彼らと目を合わせぬように地面に視線を落としながら、同時に頭も深々と垂れていた。
私の存在に脅威を感じた彼らに一斉に襲われる可能性も考えないわけではなかったが、そんなことよりも目の前で愛しい人間を失ってしまうことが私は何よりも恐ろしかったのだ。

「蛇だと・・・?」
だがその場に流れる緊張を伴った沈黙の時間が僅かに人間達の熱を冷ましたのか、些か冷静さを取り戻した数人の男達が私の目の前に横たえられている人間にその興味の目を向け始める。
そして彼の右足に浮き上がっている痛々しい腫れを伴う毒牙の痕を目にすると、途端に人間達が目の前にいる私の存在も意に介さず慌しく動き始めていた。
「大変だ、すぐに水と血清を持って来てくれ!噛まれてから30分は経ってるぞ!」
「わ、分かった!」
その声に呼応して薬を取りに行った男達の背を見送りながら、どうして良いのか分からずに思わずその場に立ち尽くしてしまう。
こんな私の・・・かつて大勢の町の人間達の命を奪った邪悪な怪物の言葉を信じて、彼らは今私にとって大切な存在を助けようとその力を合わせてくれているのだ。

「それにしても、良くここまで持ったな・・・薬草が塗ってあるようだが、あんたがやったのか?」
「い、いや・・・私は・・・」
やがてどう説明して良いものか分からずに目の前の人間から視線を逸らすと、たまたま口の端に付いていた薬草を噛んだ跡が彼の目に留まったらしい。
「ありがとうよ」
えっ・・・?
全く予想だにしていなかったその人間の言葉に、私は耳を疑って思わず顔を上げていた。
その私の視界の中に、届けられた血清を打ってそれまで苦痛に歪んでいた顔をほんの少しだけ緩ませた彼の姿が飛び込んでくる。

「あんたが助けてくれなかったら、今頃あいつの命は無かったところだ」
違う・・・私は・・・何もしていない。
ただ彼を助けたい一心で彼の瀕死の身を引き受け、その運命を人間達の手に託しただけなのだ。
それなのに、彼らは昔人間達に残虐な仕打ちをした私に感謝の視線を向けてくれるというのか・・・
そしてそんな私にとっては信じ難い彼らの反応を目にしている内に、私は大勢の人間達と目を合わせているにもかかわらず体が入れ替わっていないことに気が付いていた。

まさか・・・術の効力が消えた・・・?
自身の安全も省みずに1人の人間を助けようとこの身を擲ったから・・・
それが、あの老人の言う真の慈悲だとでも言うのだろうか?
「済まない・・・」
「え?」
「私はかつて・・・町の人間を生け贄に差し出させ、大勢の命をこの手に掛けた・・・狂った獣なのだ・・・」
喉から漏れ出す懺悔の言葉・・・だがそれを聞いていた人間達の中に、どういうわけか私に向かって憎悪の念を吐き出す者は誰もいなかった。
たった1人の人間の命を救ったところで罪滅ぼしなど出来るはずも無いというのに、何故彼らはこんなにも慈悲深い眼差しを私に投げ掛けられるのだろうか・・・
そしてそんな私には到底理解の及ばぬ人間達の優しい視線に耐えられず、私はクルリと彼らに背を向けると逃げるように森へと飛び込んで行ったのだった。

「ん・・・あ、あれ・・・?」
気が付くと、僕は何時の間にか町にある診療所のベッドの上で寝かされていた。
最後の記憶にあるのはあの雌竜と体が入れ替わった時に薬草を取って来て僕自身の手当てをしたことだが、そこから先を覚えていないということはきっと術の効力が解けてそのまま人事不省に陥っていたのだろう。
でも町にいるってことは・・・もしかして彼女が僕をここまで運んでくれたのだろうか?
そう思って少し体を起こしてみると、毒蛇に噛まれた足に何重にも白い包帯が巻かれているのが目に入る。
他に特に具合の悪いところも見当たらないし、きっと手遅れになる前に誰かが血清を打ってくれたのだろう。
そして取り敢えず命は助かったのだろうという想像に安堵の息を吐いて再びベッドの上に寝転んでいると、やがて診療所の先生が扉を開けて部屋の中に入って来ていた。

「やあ、気が付いたかい?」
「あ、う、うん・・・僕、どうなったの?」
「それがね・・・信じられないことに、大きな蒼い雌のドラゴンが君を町へ運んで来たんだよ」
やっぱり・・・でも未だに僕と逢う時でさえ顔を俯かせている人間恐怖症の彼女が、一体どうやって大勢の人々で賑わう真昼間の町にやってくることが出来たのだろうか?
それに30年程前まで生け贄と称して大勢の人々の命を奪っていたドラゴンが町に現れたのだから、周りがもう少し大騒ぎになっていてもおかしくはないはずなのだが・・・
「そうなんだ・・・でもその割には、余り騒ぎになってないみたいだけど」
「まあ以前この町から生け贄を取ってた奴にそっくりなドラゴンだったから、一旦は大騒ぎになったけれどね」
そう言うと、僕の額に手を当てて熱を計った先生がふぅと小さな息を吐いて先を続ける。
「あいつはとっくの昔に導師が退治したはずだし、きっと別のドラゴンがいたんだろうって結論になったんだ」

そうか・・・どうやら町の人々にとって彼女は、既に退治されたものだと完全に信じられているらしい。
彼女がこれまでにも何度か森の中で人間に出遭ったようなことを言っていた割には余りその話が町中で聞かれないのも、きっと昔の彼女とは別の個体だと思われていたからなのだろう。
「それで・・・そのドラゴンはどうしたの?」
「さあ・・・私はその場にはいなかったからね・・・でもきっと、森に帰ったんだと思うよ」
やがて一通り診察をしてもう僕の体には特に何処にも異常が無いらしいことを確かめると、先生はもう少し休んでいきなさいと言い残して静かに部屋を出て行った。
窓から外を見る限り今は夕焼けに染まっている空も大分夜が近いらしいから、僕はあれから最低でも5、6時間くらいは眠っていたのに違いない。
噛まれてほんの数分もしない内に全く動けなくなって意識も失ってしまったことから察するに相当危険な毒蛇にやられたのは確かなのだが、彼女が必死に僕を助けようとしてくれたのだろうことには何故か確信が持てる。
とにかく、体力が戻ったら彼女にはお礼を言いに行かなければならないだろう。
だが取り敢えず死にそうな目に遭った上に両親も心配しているだろうことに思い至ると、僕は先生の言った通り1時間程ベッドの上で体を休めてから家に帰ることにしたのだった。

その翌日、僕はまたしても朝早くから家を脱け出していた。
昨夜は家に帰った後にお父さんからこっ酷く叱られたのだが、もちろん昨日の出来事の顛末については既に詳しく伝えてあるし、僕が森の中で逢っているのがあの心優しいドラゴンだと知って寧ろ安心したらしい。
僕としてもお父さんに隠し事無く彼女に逢いに行けるようになったことで、何だか胸の閊えが取れたかのような清々しさを感じてしまう。
まあそれでも、足元の良く見えない茂みに入る時は流石に用心するようになったのだが・・・

やがて15分程の徒歩の末に何事も無く彼女の住み処へ辿り着くと、僕はその暗がりの奥から感じる巨竜の息遣いに耳を欹てながら静かに洞窟の中へと入って行った。
「やあ・・・」
だが天井から薄明かりの差し込む寝床に蹲っていた彼女の暗く沈んだ様子に、元気な声を掛けても良いものか悩んだ挙句何とも尻すぼみな挨拶が喉から漏れ出してしまう。
「ああ・・・お前か・・・」
「どうしたの?何だか元気無さそうだけど」
「別に、何でもないのだ。喜ばしいことがあったはずなのに、何故か気分が優れなくてな・・・」
喜ばしいこと・・・僕の命が助かったことの他に、何か彼女にとって良いことがあったのだろうか?
そしてそんな疑問が口を突いて出そうになったその時になって初めて、僕は普段顔を俯かせている彼女が真っ直ぐに僕の顔を見つめていたことに気が付いたのだった。

「あれ・・・?その・・・もしかして、術が解けたの!?」
初めて彼女に逢った時以来見た記憶の無いその美しい竜眼をまじまじと見詰め返しながら、ふと胸の内に浮かんだそんな疑問が既に答えを知っているにもかかわらず漏れ出してしまう。
「お前のお陰でな・・・どうやら私にも、真の慈悲の心というものが宿ったらしい」
それでも彼女はまるで自分自身に言い聞かせるかのように大きく頷きながらそう言うと、ずっと暗く沈んでいたその顔にほんの少しばかり笑顔を浮かべていた。
「じゃあ、もう人間を怖がらなくても良いんだね。でも、だったら何で落ち込んでるの?」
「私が姿を現したことで、町は大騒ぎだったろう?また、彼らに忌避の目を向けられるのかと思ってな・・・」
「そんなこと無いよ。他の皆は、町から生け贄を取ってたドラゴンはもう退治されたって思ってるみたいでさ」
だがそんな僕の返事に、彼女が怪訝そうな表情を浮かべる。
「な、何だと?そんなはずは・・・私は彼らの前で、かつて生け贄を取っていたと自ら打ち明けたのだぞ?」
「本当に?もし本当にそうなら・・・きっと町の人達はあなたのこと、許してくれたんじゃないかな・・・?」

人間達が私を・・・許してくれた・・・?
かつて町を襲って月に1人の生け贄を強要し、その悉くを無惨に嬲り殺した悪魔のようなこの私を・・・
たった1人の人間の命を救っただけで拭い去ることなど到底出来るはずもない大罪を、私自身は今でも毎晩夢に見る程に深く悔やんでいるというのに・・・
「そんなことが、お前はあると思っているのか・・・?」
「昔、導師に言われたんでしょ?人間と体が入れ替わる術を掛けたのは、あなたを改心させる為なんだって」
「ああ・・・」
遠い昔の記憶を掘り起こしているのか、彼女が洞窟の天井へと視線を向けたままそんな力無い呟きを漏らす。
「その術のお陰で、あなたは僕の友達にもなってくれたし、僕の命を助けてもくれた」
「・・・・・・」
「それだけでも、あなたは僕にとってもう十分に良いドラゴンだよ。自分でも、そうは思わない?」
確かに、彼からしたら私はとても善良で人間を襲うような凶暴なドラゴンには見えないのだろう。
そしてそれは、あの町で私の周りに集まって来ていた大勢の若者達にとっても同様だったのだ。
たとえ昔は多くの人間達を脅かしていたのだとしても、命の危機に瀕している彼を必死に助けようとした私に暗い過去を知らぬ若い人間達がさして負の感情を抱かなかったのはある意味で当然の結果なのかも知れない。

「私には他の人間の心など読み解くことは出来ぬが・・・お前が言うのならきっとそうなのだろうな・・・」
果たして納得したのかそうでないのか、彼女が依然として渋い表情を浮かべたまま深い溜息を吐く。
「まあ、折角あの忌まわしい術が解けたのだから、悩むのはもう止めにするとしよう」
やがて僕はそんな解放の言葉に吸い寄せられるように彼女へ近付くと、温かい蒼鱗に覆われたその大きな横腹へ何時ものように背中を預けていた。
「全く、お前も随分と物好きな人間なのだな・・・術の効力が消えた今、私に襲われるかもとは考えぬのか?」
「えへへ・・・実を言うとさ・・・あなたの昔の話を聞いてる内に、ちょっと興味が湧いて来ちゃったんだよ」
「興味が湧いただと?一体何にだ?」
だが流石の僕もその問いに正直に答える勇気だけは持ち合わせていなかったらしく、言葉を詰まらせたまま視線だけを彼女の下腹部へと滑らせてしまう。

「まさか、よりによってこの私とまぐわいたいなどと言うのではないだろうな?」
「だ、だってほら・・・その・・・駄目・・・かな・・・?」
さっきまでの穏やかというか少しばかり弱々しかった彼女の語気が急に強まり、その有無を言わせぬ巨竜の迫力に本能的な震えが僕の背筋を駆け上がっていった。
「フフフフ・・・愛しいお前が相手なら私は別に構わぬが・・・ここは・・・加減が出来ぬのだぞ・・・?」
クチュッ・・・
やがて長い首をグルリと巡らせながら艶掛かった声で僕の耳元にそう囁くと、耳の奥に残る淫靡な水音が彼女の下腹部から漏れ聞こえてくる。
更には彼女の蒼鱗を纏った大きな手で腕を掴まれると、僕はゆっくりと優しくながらも抗い難い力で地面の上にその体を横たえられたのだった。

薄暗い洞窟の天井を映していた僕の視界の中に、30年振りの"生け贄"を見つめる彼女の微笑が揺れる。
かつて大勢の人間達を蹂躙していた時にもそうであったのだろう嗜虐的に緩んだ口元と恐らくは僕に対して芽生えてしまったのだろう愛しい雄を見つめる慈愛に満ちた澄んだ瞳。
それらの相反する心情を胸の内に押さえ込みながら、彼女が僕の身に着けていた服をそっと引き剥がしていく。
鋭い爪先を器用に使って上着を捲くったりズボンを引き下ろしたりするその彼女の珍しい仕草に、僕は何故か目を奪われたまま黙って身を任せていることしか出来なかった。
そして数分の静寂を挟んでいよいよ獲物の皮剥きが終わると、全裸で冷たい岩の地面に寝かせられた僕の姿に彼女がジュルリという水音とともに大きな赤い舌を舐めずっていく。
もしかして僕・・・本当に彼女に食われてしまうんじゃないだろうか・・・
理性的な彼女の印象からは掛け離れた野性味の溢れる竜眼の煌きにそんな本能的な危機感が一瞬脳裏に過ぎったものの、僕は何故かその想像に恐怖よりもある種の興奮を覚えてしまっていた。

「あ・・・ぅ・・・」
何故だろう・・・彼女にじっと見つめられるだけで、まるで声が出なくなってしまう。
余りにも圧倒的な彼我の力量差に、僕の体はその思考を差し置いて既に屈服してしまっているらしかった。
きっと蛇に睨まれた蛙も、こんな絶望的な、それでいて奇妙な高揚感を伴う痺れに侵されてしまうのだろう。
やがて無防備となった僕の肉棒が自身の命の危機を感じ取ったようにムクムクと大きく膨れ上がってしまうと、彼女がその敏感な雄の象徴へと静かに口を近付けていった。
パクッ・・・
「ふ・・・あっ・・・!」
熱い唾液をたっぷりと纏った分厚い舌が、そのザラ付いた感触を裏筋にじっくりと擦り付けられていく。
それと同時に肉棒の根元を口先で力強く数回扱き上げられると、僕は生まれて初めて味わうその余りの快感にビクッと背筋を仰け反らせていた。

だがそんな僕の悶絶も意に介さず、長い舌先が肉棒にクルンと巻き付けられる。
ジョリ・・・ジョリジョリジョリ・・・
「ひぁっ・・・そ、それ・・・ああぁっ・・・!」
更にはペニス全体をじんわりと締め上げられながら舌で乱暴に摩り下ろされると、僕はバタバタと手足を暴れさせながら彼女の口内から逃れようと身を捩っていた。
き、気持ち良い・・・でもこんなの・・・と、とても我慢できない・・・!
やがてそんな声にならない僕の叫び声と抵抗を押し潰すように、彼女の大きな手が僕の胸を力強く地面の上に押さえ付ける。
グッ・・・
「あ・・・は・・・た、助けてぇ・・・」

ビュビュッ・・・
そしてロクにもがくことも許されないままペニスを思う存分しゃぶり尽くされると、僕はついに我慢し切れなくなって熱い白濁を彼女の口内に盛大に放ってしまっていた。
ジュッ・・・ジュルル・・・
「ひいぃ・・・」
思わず上げてしまった命乞いの声も空しく、そんな雄の敗北の証を彼女が容赦無く吸い上げていく。
頭がどうにかなってしまうのではないかと思えるような暴力的な快感の嵐に、彼女がようやくペニスを解放してくれた時には既にグッタリと力尽きた雄の抜け殻が地面の上に転がっていた。

「は・・・ぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
最早、手足の指先にさえ全く力が入らない。
これが本当に彼女に供された生け贄だったとしたら、後は男としての尊厳を根こそぎ奪い尽くされたまま彼女に食い殺されてしまうという惨めな最期を迎えるだけなのだろう。
「どうだ・・・?」
「す、凄いよ・・・凄いけど・・・もう・・・動けないや・・・」
「お前の望みは、私とまぐわうことなのだろう?こんな前戯で、もう満足してしまったのか?」
そう言いながら、彼女が自身の股間に走った大きな割れ目を僕の眼前に近付けてくる。
グチュ・・・ジュブ・・・
「ほぉら・・・ここに呑まれてみたいのだろう・・・?」
「あ・・・そ、それ・・・は・・・」

ゴクリと息を呑む大きな音が彼女に聞こえてしまったのではないかという思いに、僕は言葉を詰まらせながらもどういうわけか拒絶の意思を示すことが出来ずにいた。
目の前で妖しく蠢く巨大な竜膣・・・そこに自身の肉棒が呑まれる様子を想像しただけで、一旦は萎えてしまったはずの雄が再び天を衝いて勃ち上がってしまう。
「フフフフ・・・どうやら、体の方は正直なようだな・・・」
そしてそんなどうやっても言い逃れの出来ない無言の返答を彼女に見られてしまうと、僕はすっかり観念して緊張に強張っていた体の力を抜いたのだった。

やがて完全に従順な獲物と化した僕の両手を地面の上に踏み敷くと、いよいよ彼女が左右に花開いた自身の秘所をいきり立つ肉棒へと近付けていく。
ゆっくりと焦らすように迫り来る熱く蕩けた巨大な竜膣の気配に、僕はゾクゾクと背筋を粟立たせながらもじっと雌雄の結合の瞬間を待ち続けることしか出来なかった。
愛しい存在と体を重ねることへの興奮か、或いは数十年振りに雄を蹂躙できる雌の喜びか、煮え滾る愛液を滴らせた肉洞の熱気がペニスをそっと撫でていく。
「さて・・・覚悟は良いのだな・・・?」
こんな巨大な雌のドラゴンとまぐわったら一体どうなってしまうのかという不安と恐ろしさに、僕の中に残った理性の欠片が懸命に拒絶の声を上げようと奮闘する。
だが彼女の巧みな口淫によって味わわされた未曾有の快楽の記憶が、それ以上の圧力となって僕の雄としての矜持をあっさりと圧し折ってしまったらしい。
そして僕からの返事が無いことを肯定の証と受け取ったのか、彼女の腰が何の前触れも無く落とされると大口を開けた雌孔がギンギンに張り詰めていた雄槍を容赦無く一呑みにしてしまっていた。

ズブブブッ・・・!
「は・・・あっ・・・」
突如として灼熱の竜膣に肉棒を焼き尽くされ、擦れた悲鳴が洞内に響き渡る。
そんな快感とも苦痛とも呼び難い強烈な刺激に、僕は渾身の力を込めて彼女の手を握り返しながら今にも飛びそうになっている意識の切れ端だけは離すまいと歯を食い縛っていた。
グ・・・ギュウゥ・・・
「うあああぁっ・・・!」
彼女にしてみればほんの少し膣を締め付けただけなのだろうが、まるでペニスを握り潰されるのではないかと思えるような凶悪な圧迫感が殊更に僕の恐怖心を煽っていく。
更には膣内にぞろりと連なる分厚い襞が艶かしく波打つと、僕はあっと言う間に2度目の射精を予感していた。

約30年振りに味わう、懐かしい人間の雄の感触・・・
私はやり過ぎて彼を失神させてしまわぬよう最大限に気を遣いながらも、時折暴力的な本能に任せて雄を滅茶苦茶にしてしまいたくなる欲求を必死に堪え続けていた。
最早限界が近いのかビクンビクンと微かな戦慄きを見せる彼の肉棒を無数の肉襞と膣壁で扱き舐め上げる度、彼が引き攣った悲鳴を上げながら大きく目を見開いて私の顔を見つめ返してくる。
かつて私の生け贄として供されることになった大勢の屈強な男達でさえ、命の危機を感じながらも私と交わることを心の底から拒否出来た者は唯の1人としていなかった。
小さな人間にしてみれば巨竜と体を重ねることにはある種の破滅的な期待を抱くものなのかも知れないが、今も暴発寸前の肉棒を気力だけで押さえ込みながら私の腹下で悶絶している彼も恐らくは同じなのだろう。
そしてそんな彼の弱り切った顔を見つめながら軽く左右に腰を振ってやると、一瞬にして我慢という名の堤防が決壊した彼の肉棒から熱い雫が溢れ出したのだった。

「ああああぁ〜〜っ!」
肉棒を咥え込んだ腰を彼女にほんの少し揺すられただけで、僕は成す術も無く2度目の精を搾り取られていた。
彼女にとっては、人間の男を手篭めにすることなど文字通り朝飯前なのだろう。
その昔生け贄に出された大勢の人々も、きっとこんな風に男としての誇りと尊厳を跡形も無く踏み躙られてから彼女の腹に収められていったのに違いない。
だが・・・本来なら男として悔しさの1つでも感じるべきだというのに、僕は何故か満足していた。
その最大の理由は、彼女の顔に浮かんでいた心底嬉しそうな満面の笑みだろう。
この30年間失われていた彼女の本当の素顔を目の当たりにして、僕はますます彼女を好きになったのだった。

それから半年後・・・
かつて町の人々を脅かし大いに恐れられた蒼き雌竜は、今や森で捕まえた獣を手土産に町へと遊びに来るようになっていた。
「あ、ドラゴンさん!今日は猪を獲ってきたの?」
「ああ・・・後で村の者達で食べると良い」
「じゃあ今夜は町の広場で猪鍋だね。ところでさ・・・今日もまた、良いかな?」
やがて僕達の間ではもう馴染みとなってしまったその何時もの問いに、彼女が些か呆れたような表情を浮かべながらも口元だけは正直に綻ばせていく。
「またそれか・・・近頃のお前は、私の顔を見る度にそれしか言わぬではないか」
「そ、そうかな・・・でもほら、あなたも本当は嬉しいんでしょ?口元、緩んでるよ」
だがそんな僕の指摘には流石の彼女も多少は動揺したらしく、照れ隠しに少しばかり彼女の語気が尖っていた。
「う・・・全く生意気な小僧め・・・今日は気を失っても起こしてやらぬぞ」
「それじゃあ、猪鍋を食べそびれちゃうね」
「フン・・・暢気なものだな。私は獲物を町の連中に届けてくるから、先に洞窟で待っていろ」
そしてまるで吐き捨てるようにそう言いつつもやはり愉しげに尻尾を振りながら歩いていく彼女を見送ると、僕はすっかり彼女の虜になってしまったことに苦笑しながらも意気揚々と森に飛び込んで行ったのだった。

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