ロブ達と彼らの結婚式場の下見に出掛けた翌日の日曜日・・・
俺は大学が休みだというのに朝早くから目を覚ますと、相変わらずベッドの隣で悠長に大鼾を掻いているプラムの姿を目にして何故か安堵の息を吐いていた。
初めてこの島に来てからまだそれ程日も経っていないというのに、昨日幸運にも2軒目にして良い式場を見つけたロブはもう次の土曜日にはジェーヌとの結婚の予定を固め、その影響で俺もまたプラムとの結婚を意識し始めている。
何もかもがほんの数ヶ月前まで暮らしていた人間社会とは違っている別世界だというのに、俺は今やこの半月竜島での奇妙だが刺激的な生活を心の底から楽しんでいた。
俺の伴侶となった雌竜のプラムは体こそ少々小柄なもののこの島を統べる偉大な竜王様の独り娘だし、唯一人間の親友であるロブの彼女は長い蛇体を揺らめかせる美しいラミアの娘。
他の知り合いと言えば年老いたグリフォンのフィンや最近ようやく人語を覚え始めた雄竜のマローン、先日出会ったばかりの狼獣人のブライトに強引な関係を迫って来た雌竜のエリザなど、実に多種多様だ。
だがそんな異種族達に囲まれたこの島での暮らしは、正に平和そのものだったと言っても良いだろう。

「ん・・・アレス・・・?」
やがて何とはなしにプラムの可愛い寝顔をじっと見つめている内に、俺の視線を感じたのか彼女が静かに目を覚ます。
「おはようプラム」
「どうしたの?そんなに私のこと見つめて・・・顔に何か付いてる?」
まだ若干寝惚けているのか、プラムがそう言いながら僅かに首を傾げて見せる。
「いや・・・何でもないよ。それより、今日はどうしようか?」
「今日・・・?特に予定は決めてなかったけど・・・アレスは何処かに行きたいの?」
「まあ、行きたいところがあるにはあるんだけどさ・・・その前に、プラムに訊いておきたいことがあるんだ」
俺はそう言うと、ようやく眠気を振り払ったらしいプラムと正面から見つめ合っていた。

「来週ロブ達の結婚式が終わったらさ・・・その次の週末に、俺達も式を挙げないか?」
「その次の週末・・・?そ、それは良いけど・・・準備とか、その・・・大丈夫なの?」
寝起きに突然重い話を振られたからか、プラムが少しばかり動揺しながら弱々しい声を漏らす。
「まあその辺はロブにも相談してみるよ。招待状だってたくさん出さなきゃいけないしね」
「そ、そうね・・・それで、それを私に訊いて何処に行きたかったの?」
「服屋だよ。プラムも俺も結婚式の衣装・・・選ばなきゃいけないだろ?」
プラムはそれを聞くと、眼をパチクリとさせながら微かに首を傾げていた。
自分が服を、それも結婚式の衣装を着るという事実につい今し方思い至ったのか、硬直した彼女が頭の中でその言葉を何度も何度も反芻しているかのような静寂が部屋の中に流れていく。
「わ、わわ私も・・・衣装を着るの・・・?」
「そりゃ当然だろ?晴れの舞台なわけだしさ・・・」
「で、でも私・・・服だなんて今まで1度も身に着けたこと無いのよ・・・?」
そんなプラムの反応に、俺は思わず苦笑を浮かべてしまっていた。
普段はある意味で全裸のまま開けっ広げに過ごしているプラムが服を着るという極々ありふれた行為に対してまさかここまで狼狽えるとは思ってもみなかったものの、これも人と竜の文化の違いと言えるのかも知れない。

「この前ロブと衣装を見繕いに行った時、良い服屋があったんだよ。きっとプラムにも似合うのが見つかると思うよ」
「そ、そう思う・・・?」
プラムは恥ずかしそうにそう言いながらベッドから降りると、まずは俺とともに朝のシャワーを浴びていた。
そして出掛ける支度を整えて部屋の外に出てみると、雲1つ無い快晴の空が広がっているのが目に入る。
「それで、その服屋って何処にあるの?」
「ああ、"エリス服飾店"って言うんだけど、ちょっと町中の方まで歩かないといけないんだよ」
「エリス・・・?それって、レンスがやってるところかしら?」
そんなプラムの言葉に、俺は驚いて彼女の顔を見返していた。
「知ってるのか?」
「まだ私がお父さん達と暮らしてた頃に、彼が私達の住み処に入島の挨拶をしに来たことがあったから覚えてたのよ」
「それ・・・どのくらい前のこと?」
俺がそう訊くと、プラムが歩きながら少しばかり首を傾げる。
「そうね・・・正確には思い出せないけど、少なくとも10年以上は前だったと思うわよ」
「そんなに?だって彼、まだ20代くらいの若者だったぞ?」
「ああ、レンスは普段は人間に化けてるだけで、正体は雄の黒竜なのよ」

プラムの話によれば、レンスは産まれて間も無い頃に森で空を飛ぶ練習をしていた際に翼を怪我してしまい、たまたま近くを通り掛かったエリスという名の幼い王女にその怪我の手当てをして貰ったのだという。
翼の怪我のせいで空を飛ぶことは出来なくなってしまったものの、手当てのお陰で何とか一命を取り留めたレンスはやがてエリスに恩を返そうと人間に化けて彼女専属の召使いとなり、ひたすら献身的に主人に尽くしたのだという。
だがある時エリスが山間の川に架かっていた吊り橋から転落してしまい、レンスはずっと秘密にしていた竜としての正体を目の前で現して必死に彼女を救おうとしたのだそうだ。
そして雨で増水した川に落ちたレンスは片翼をもぎ取られた上に全身に酷い大怪我を負い、血溜まりの中で意識を失った彼を見て死んでしまったのだと思ったエリスはそれから8年もの長い間失意と悲しみの底に沈んでいたらしい。
最終的にはレンスも自身が生きていることをエリスに伝えて彼らは無事に結ばれたということなのだが、今も彼の竜の体には無数の消えぬ傷痕が深々と刻み付けられているということだった。

「きっと彼にとっては・・・体中の傷痕は愛しい女性を身を挺して護り抜いたっていう大切な勲章なんでしょうね」
「それで店にもエリスって名前を付けたんだな・・・それに、彼の振る舞いが妙に丁寧な理由も分かった気がするよ」
「それじゃあ、背中に乗って。彼の店の場所なら分かるから」
そう言われてプラムの背の乗ると、俺達はものの数分で先日ロブと一緒に訪れたエリス服飾店へと辿り着いていた。
そして少し狭く作られている店の入口をプラムと通り抜けると、それに気付いたレンスが早速声を掛けてくる。
「いらっしゃいませ、エリス服飾店にようこそ。ああ、お久し振りです、プラム様」
「ええ、あなたも元気そうね、レンス」
「それで、今日はどのような物をお探しでしょうか?」
やがてその質問を受けてプラムが答えに窮したのを見て取ると、俺はプラムの頭を撫でながら代わりにレンスに答えていた。

「実は俺達、近々結婚するつもりなんだ。だからその為の衣装を見繕って欲しくてさ」
それを聞いて、レンスが些か驚いた表情を浮かべる。
「それはそれは・・・おめでとうございます。婚姻用の衣装とのことですが・・・プラム様はドレスにされますか?」
「ドレス以外にもあるのかい?」
「体色の映える雌竜用であれば、最小限のアクセントになるアクセサリーや手足だけの衣装などもご用意出来ます」
そう言えば、確かに前回ロブとこの店に来た時も竜用のドレスなどは展示されていなかったような気がする。
この島では竜の結婚式だって当然のように行われているというのに竜用のドレスが無かったのは、サイズなどの問題というよりはどちらかというと大仰なドレスの需要そのものが乏しいのかも知れない。
「私はそれでも良いわよ」
「ああ・・・プラムがそうしたいなら俺も異論無いよ」
「では、採寸致しますので奥の方へどうぞ」

やがてプラムが奥の方で必要な部位の寸法を測って貰っている間、俺は人間用に用意されていたタキシードの展示品を見回していた。
ロブがジェーヌとの結婚式でタキシードを着ると聞いた時は何だか意外な気もしたのだが、いざこうして自分がパリッとしたタキシードに身を包んでいる光景を想像すると不思議な高揚感が湧き上がってくる。
だがものの10分も経たない内にプラムの採寸が終わったらしく、レンスが今度は俺を呼びに来る。
「アレス様、採寸致しますのでこちらへどうぞ」
「ああ・・・はい」
何だか・・・こうしていると目の前の若者が齢数百歳の雄竜だなんてとても思えないな・・・
慣れた手付きでメジャーを操りながらウエストや肩幅などを測っていくその手際の良さは、余程腕の良い師について長年献身的に誰かに仕えた経験が無ければ到底身に付かない類の洗練された技術だった。
そしてそれから2分もしない内に必要な採寸を終えてしまうと、カタログの作成の為に奥へ引っ込んだレンスを見送った俺はプラムとともに広い店内を歩き回っていた。
「レンスのお店に来たのはこれが初めてだけど、こうして見ると凄いわね」
「この島で暮らしてる多種多様な種族に合うように、色んな種類の衣装を取り扱ってるんだもんな」
服屋1つとってもこれだけ大規模な商品展開をしなければならないのだから、無数の種族が入り乱れるこの島を平和裏に取り纏めている竜王様の偉大さが骨身にしみて感じられる。
だがそれは、将来他の誰でもないこの俺自身にも課せられることになることになる大きな課題なのだ。

それから15分後・・・
「お待たせ致しました。こちらがアレス様、こちらがプラム様の衣装のカタログです」
俺はそう言ったレンスから2冊のカタログを受け取ると、その中身に素早く目を通していた。
「へえ・・・プラムの衣装、ワンポイントだっていうのに随分種類が豊富なんだな」
「それらは全て、デザイナーのヒヨク様によるオーダーメイド品になります」
「ヒヨク様?有名なのかい?」
俺がそう訊くと、レンスが恭しく頷いて見せる。
「この半月竜島では、装飾品を作る雄の赤竜サンドロ様と服飾品を作る赤翼の雌竜ヒヨク様が二大巨匠なのです」
「二大巨匠が両方とも赤竜なのか・・・」
そう言えば前にフィンとマローンが逢引きしてる現場に遭遇した時、彼らもこのカタログにあるようなワンポイントの衣装を身に着けてたっけ・・・
もしあれらもこのヒヨクという雌竜による作品なのだとしたら、きっとその界隈ではかなり存在感のあるデザイナーなのだろう。

「これ、オーダーメイドってことは納期はどのくらいなんだ?」
「注文にもよりますが概ね5日程になります。挙式は何時の予定になりますか?」
「一応、再来週の土曜を予定してるんだけど・・・」
俺がそう言うと、レンスが一瞬考えてから再びこちらに顔を向けてくる。
「それでしたら、次の日曜日までに注文を頂ければ式場へ直接お届け致します」
「ああ・・・ありがとう。そうするよ」
そうしてレンスの店を後にすると、俺は再びプラムの背に乗って寮への帰路に就いたのだった。

「ねえアレス、私にもさっきの見せて」
やがて寮の部屋に帰り着くと、プラムが俺の持っていたカタログを床に広げてそれをまじまじと覗き込んでいた。
「へぇ・・・結構種類が豊富なのね」
「ざっと見ただけでも70点くらいはあるよな・・・これが全部手作りだって言うんだから凄いことだよ」
レンスに訊いてみたところによると、ヒヨクは今から30年程前からこの半月竜島に住んでいるらしい。
かつてはシルクレア島という単一部族の住む島で暮らしていた彼女は竜でありながら元々手先が器用だったらしく、地元の人間達とも良好な関係を築いていたことで部族の伝統的な手芸の技術や縫製の手法を学べたのだそうだ。
竜という長命な種族がその生涯のほとんどをそうした技術の錬磨に注いだことによって、彼女の作る服飾品はまるで魔力でも込められているのかと疑う程にその素材や見た目に比べても非常に丈夫なのだという。
特に人間以外の種族が服を身に着けることのあるこの島では、それが殊更重宝される理由になっているらしい。

「これ、値段はどのくらいなのかしら?」
「どれでも1つ銅貨10枚、手足に着ける物は1組で銅貨12枚だってさ」
学生が結婚したら毎月大学から銅貨100枚の支援があるということだから、その辺りを勘案すればこの値付けはある意味で破格の安さと言えるかも知れない。
「うーん・・・私は余りこういうのに詳しくないから、アレスが選んでくれない?」
「良いのか?」
「うん・・・アレスが選んでくれたのだったら、何でも着てみるわ」
そういうことなら・・・
俺はそんなプラムの言葉に頷いて衣装のカタログを一旦引き下げると、今度は自分が着る為のタキシードのカタログを開いていた。
「ん・・・こっちは極々普通のタキシードだな・・・」
まあ当然と言えば当然なのだろうが、人間が普通に身に着ける衣服は他国からの輸入もしているのかも知れない。
幻獣ばかりが暮らしているこの島にいると何だか感覚が麻痺してしまう気がするものの、ここは決して外の人間社会から隔絶された世界ではないのだから、必要な物資は当然のように輸出入もしているのだろう。
それに今慌てて衣装を決めなくても、幸い注文の締め切りは来週の日曜日・・・
それなら今度の土曜日にロブの結婚式の様子を見てから衣装を選ぶのも悪くはないはずだ。

「よし・・・それじゃあ衣装選びは後にするとして、まずは飯でも食いに行こうか」
「うん!」
飯という単語を聞いてまだ朝食を食べていなかったことを思い出したのか、プラムが勢い良く伏せていた身を起こす。
そして再び晴れ渡った空の下に出ると、既にゴロゴロと腹を鳴らした彼女が俺の顔を見つめていた。
「それで、何処に行くの?大学の食堂にする?」
確かに無料で幾らでも飯が食える大学の食堂の存在は学生にとっては非常にありがたいのだが、休みの日くらいはやはりもう少し変わった外食をしたいというのも本音というもの。
「食堂でも良いんだけどさ、何か他に美味しい飯が食えるところがあればそっちにも行ってみたいな」
「そうねぇ・・・そう言えば、ちょっと離れたところに果物をたっぷり食べられるお店があったと思うけど・・・」
「果物か・・・何か珍しいものもありそうだし、試しに行ってみようか」
俺はそう言ってプラムの背中に乗ると、町から北東へ15キロ程離れた場所にある広大な果樹園の中心にポツンと建っているという大きなフルーツパーラーへと向かったのだった。

「ほら、ここよ」
やがて店の前に降り立つと、周囲の視界一面を覆った多種多様な果物達が発する何とも言えない甘い香りが優しく鼻腔を擽ってくる。
そして店に入ってみると、何とこの前博物館で出会った狼獣人のブライトがカウンターの奥に立っていた。
「いらっしゃい!あ、アレス!わざわざこんなところまで来てくれたのか!」
「ブライト?ここって、ブライトのやってるお店なのか?」
「いや、俺は大学の無い週末だけの手伝いだよ。普段は知り合いがやってるんだけど、休みが欲しいらしくてな」
確かに、この島にある店の多くにはそもそも定休日という概念がほとんど無いように思える。
活動が活発になる時間の違いから夜にしかやっていない店などもあるくらいだし、多種多様な種族の生活リズムに合わせた営業をするのなら決まった休みというのは案外取り難いものなのかも知れない。

「ここって、何が美味しいの?」
「何でも美味いぜ!でかいスイカやメロンだってあるし、バナナも一級品だしな」
「じゃあ、取り敢えず一通り全部頂戴」
そう言いながら、プラムがドサッと銅貨の詰まった袋をカウンターの上に置いていた。
流石のブライトもそれを見て少々驚いたらしいものの、食欲の権化のようなプラムの様子を見て何かを悟ったのかせっせと大量のフルーツを調理し始める。
そして15分程掛けてようやくメニューの全てを出し切ると、彼がフゥと安堵の息を吐いていた。
これだけの量があってもプラムならあっという間に平らげてしまいそうなものなのだが、ブライトの言う通り味は確かなのか珍しく彼女が1つ1つのフルーツを味わうようにゆっくりと食べているらしい。
「確かにどれも美味しそうだな・・・俺は何にしようか・・・」
「そういや、アレスには1つとっておきの果物があるぜ」
「え?」
そんなブライトの言葉に顔を上げてみると、彼が今まで見たことの無い、柘榴に似た真っ赤な果実を手にしていた。

「それ、何なんだ?」
「こいつはドラゴスの実っていうちょっと変わったヤツでさ・・・焼いて食べるんだよ」
「果物なのに焼くのか?」
確かにフルーツの中にはリンゴやパイナップルのように火を通して食べても美味しい種類もあるのだが、ブライトによればこのドラゴスの実というのは生で食べると一種の麻薬のような症状が出てしまうらしい。
加熱することでその麻薬成分が不活性化する為に普通に食べられるようになるそうなのだが、そうするとその果汁が今度は竜に対してのみ強い毒性を帯びるようになってしまうのだという。
「じゃ、じゃあ・・・試してみようかな・・・」
俺がそう言うと、ブライトがよし来たとばかりに鉄串を刺したドラゴスの実を炎の中へと翳していた。
柔らかそうな果実の外皮が焼ける度に内側からたっぷりと果汁が溢れ出して来て、何とも香ばしい香りが店の中へと充満していく。
確かに桃のようなジューシーな果肉が焼けていく様は俺には非常に美味しそうに見えたものの、隣で同じようにその光景を見つめていたプラムは少しばかり警戒の表情を浮かべていた。

「ほら、出来たぜ。あんたには毒になっちまうから、手を出したら駄目だぞ」
しっかりプラムにそう釘を刺しながら、ブライトが熱々に焼けたドラゴスの実を俺の前に出してくれる。
だがわざわざそんなことを言わなくても、プラムは俺の目の前に置かれた果実が溢れさせているドロリとした果汁が自身にとって猛毒であることを本能で感じ取っているらしかった。
「ア、アレス・・・本当にそれ、食べても大丈夫なの・・・?」
普段は食い物を見れば俺の物でも遠慮無く掠め取っていってしまうようなプラムが、珍しいことに少し身を引いているのが分かる。
やがてそんな彼女の様子に若干の不安を感じながらもフォークで小さく切り分けたドラゴスの実を口に入れてみると、まるで糖を極限まで煮詰めたようなマンゴーの如き濃厚な甘さが口一杯に広がっていた。
桃のように柔らかく頼り無い果肉を包んでいた少し張りのある皮が熱でふやけていて、焼きリンゴのような不思議な食感をも楽しめるようだ。
「ん・・・美味しいなこれ・・・物凄く甘くて・・・許されるならキンキンに冷やして生で食べてみたいくらいだよ」
「まあ生で食っても死にやしないらしいけど、しばらくは幻覚とか見えてやたら狂暴になっちまうらしいぜ」
「そいつは確かに困るな・・・ああそうだ、追加でメロンとオレンジも貰えるかい?」

俺は僅か銅貨1枚という信じられない程に安価なメロンと好物のオレンジを腹一杯食べると、プラムと併せて30枚近い銅貨を料金としてブライトに支払っていた。
「それじゃブライト、美味しかったよ。またその内来るって、知り合いの店主にも伝えといてくれ」
「ああ!またなアレス!」
やがて店の外に出ると、何時の間にかもう夕方近くになっているらしい。
「ふぅ・・・フルーツだけでお腹一杯にしたのは初めてだな・・・プラムはまだ食べ足りなかったりするのか?」
「そうね・・・正直私には量も少なかったし、やっぱりお肉が食べたいわ」
「じゃあもう1軒くらい回ろうか。付き合うよ」
俺がそう言うと、プラムが嬉しそうに身を低めて俺を背中に乗せてくれる。
そして薄っすらと夕焼けの架かり始めた空に飛び上がると、どういうわけか彼女が大学のある南西の方角ではなく真っ直ぐに西へと向かっていた。

「何処に行くんだ?」
「確かこっちの方に、美味しい焼き肉を出してくれる酒場があったと思うの」
「酒場って・・・俺はまだ18なんだぞ?酒なんて・・・」
だがそこまで言ってから、俺はふと言葉を切っていた。
よくよく考えれば、この半月竜島には人間が成人するまで酒を飲んじゃ駄目だなんていう法律は無いだろう。
少し飲むくらいであれば多分問題無いだろうし、ロブには悪いが一足先に酒の味を知っておくのも悪くないかも知れない。
そしてそんなことを考えている間に眼下の町並みの中に大きな酒場が見えてくると、俺は未知の体験への期待に密かに胸を高鳴らせたのだった。

それから少しして・・・
大型の種族も頻繁に出入りするのか随分と広く取られた入口の前に降り立つと、俺は既にガヤガヤと喧騒に満ちている店の中へと恐る恐る足を踏み入れていた。
「うわ・・・結構広いな・・・」
18時から営業しているらしくまだ店が開いてからそれ程時間は経っていないはずだというのに店内は満席に近く、鬼や巨人といったかなり大柄な酒飲み連中が入口から遠い奥の方で小さな卓を囲みながら騒いでいるのが見える。
手前側では人間やサキュバスといった人型に近い種族達が独りで、カップルで、或いは数名のグループで寄り集まりながら各々ビールやワインを楽しんでいるようだ。
酒を運ぶ従業員達にはやはり手先の器用さが求められるのか人間や獣人がそのほとんどを占めていたものの、意外にも広いカウンターの奥でカクテルを作っているのは全身に真っ赤な鱗を纏った雄の竜らしかった。

「思った以上に随分と混んでるみたいね・・・」
「そうだな・・・でもカウンターの辺りは空いてるから、あそこに座ろうか」
俺はそう言ってプラムと同じ体高1.5メートルくらいの赤竜がカクテルを作っているカウンターへ向かうと、広く取られた床に蹲ったプラムの隣で椅子に腰掛けていた。
「いらっしゃい!注文はどうするね?」
その瞬間、カウンターにいた雄竜がその小柄な見た目に比して野太い声を掛けてくる。
「ここって、お肉も食べられるんでしょ?何でも良いからたくさん食べたいんだけど・・・」
「ああ、それじゃあちょっと待ってな嬢ちゃん」
そう言うと、雄竜がカウンターの奥の倉庫らしき場所から大きな豚を取り出して来た。
そしてそれを広いグリルの上に乗せると、彼がその下にあった薪床に勢い良く炎を吐き掛ける。

ゴオオオオッ!
「うおっ・・・豪快だな・・・」
「そっちの兄ちゃんはどうする?」
「あ、じゃあ俺は・・・その・・・ビールを貰えるかな」
それを聞いて俺が初めて酒を飲むのだと悟ったのか、彼が気を利かせて普段使っているのだろう大きなジョッキの半分程のサイズのグラスに黄金色に輝くビールを注いで出してくれていた。

「はいよ!」
これがビールか・・・
それ自体は子供の頃から何度も何度も目にしたことのある特段何の変哲も無いただの飲み物でしかないというのに、いざ初めてこれを飲むという状況を迎えると何だか不思議な高揚感と背徳感が湧き上がって来てしまう。
やがて恐る恐るグラスに口を付けると、俺は微かに苦みのある分厚い泡を少しだけ啜っていた。
ズズッ・・・
そしてそのままグラスを傾け、泡の奥に隠れている冷たい炭酸をゴクリと喉の奥へと流し込む。
キンキンに冷えた炭酸が食道を流れ落ちる感触が妙に心地良く、俺は更にもう一口ビールを飲み込んでいた。
「うっ・・・美味しい・・・」
「おう、初めてにしちゃあいい飲みっぷりじゃねえか」
そう言いながら、彼がナッツの盛り合わせを小皿に入れて出してくる。
「こいつは俺からの奢りだ。あんまり一気に飲むとぶっ倒れちまうから気を付けろよ」
「ああ・・・ありがとう」
口調はまるで荒っぽいおっさんのようだというのに、随分と気の良い雄竜だな・・・
だがそんなことを考えている間に豚の丸焼きの方も出来上がると、彼がこんがりと焼き上がったそれに塩と胡椒、そして何かの香草のようなものを振り掛けてからプラムの前に出していた。

「そら、味わって食べなよ嬢ちゃん」
「あら、美味しそう」
普段大学の食堂で食べているのよりも2回り程も大きな豚の丸焼きが、振り掛けられた香草のお陰で実に美味しそうな香りを放っているらしい。
「ん・・・んぐ・・・」
やがて料理に口を付けたプラムが、余程美味しいのか無我夢中でモグモグと口の中で肉を咀嚼し始める。
「この酒場って、どのくらい前からやってるんだい?」
「20年くらい前からだな。大学の講師やってるだけじゃあ飽きちまって、こっちにも手を付け始めたんだ」
「え・・・大学の講師もやってるのか?」
俺がそう訊くと、彼が静かに頷く。
「"薬毒学"って講義なんだがよ、選択科目な上に同じ時間に人気のある別の講義があるもんで学生が少ねえのさ」
薬毒学と言えば、俺が木曜日に"交配の極意"を受けている裏でロブ達が取っていた講義だったはず。
ということは、ロブやジェーヌならこの雄竜と面識があるのかも知れない。

「あんた、名前は何て言うんだ?」
「俺はソリオってんだ。ああ、口が悪いのは気にしないでくれ。育ての親譲りなんでな」
「育ての親って、もしかして人間なのかい?」
だがそんな俺の質問に、ソリオ教授が何とも言えない複雑な表情を浮かべる。
「ああ・・・まあ産まれて間も無い頃は俺も人間を本当の親だと思って、結構な無茶もやらかしたんだがな」
そしてそう言いながら彼がこちらに背中を向けて見せると、そこに随分昔に付けられたものらしい4条の平行な爪痕が真っ赤な鱗を断ち割るように刻まれていた。
「うわ・・・酷い傷だな・・・」
「"母親"を守ろうとして、雄竜の爪から彼女を庇ったんだよ。今思い出しても、あの時は本当に死ぬかと思ったぜ」

しかしそう言う割には、彼の口調は何処か誇らしげなように感じられた。
広い街で便利屋のような仕事をしていたというハンターの母親リタと、幼い頃に両親を竜に殺されたリタの育ての親となっていた武器屋のアイバンの2人が、このソリオの事実上の両親なのだという。
自分の本物の両親がどうなったのかについては彼らに直接訊ねたことは無かったものの、時折竜殺しの仕事も請け負っていたというリタの仕事を考えれば過去に何があったのかはソリオにも概ね想像が付いているらしかった。
それに、武器屋であるアイバンは副業として丁度この店のような酒場を経営していたのだという。
当然ソリオが酒場の経営を副業に選んだのも、幼い頃からそのノウハウを見聞きしていた父親の影響なのに違いない。
"薬毒学"の講義で学生達に教えているような知識はもちろんハンターであった母親から受け継いだものなのだろうし、今の彼の生活は間違い無く両親から齎された遺産の上に成り立っているのだ。
そう考えれば、ソリオが育ての親である2人に相応の感謝を抱いて生きているのだろうことは容易に想像が付く。

「ふぅ・・・ありがとう、凄く美味しかったわ」
そうこうしている内に大きな豚の丸焼きを食べ終わったプラムが、でっぷりと膨らんだ腹を摩りながら満足そうにそう漏らす。
「うお、あの量をもう食っちまったのか・・・ったく、とんでもねえ嬢ちゃんだな」
それを見て俺もグラスに残っていたビールの最後の一口を飲み込むと、静かに席を立っていた。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか・・・お題は幾らだい?」
「ビールと豚の丸焼きで、併せて銅貨5枚だ」
「本当に?随分と安いんだな」
まあ本来は銅貨2枚らしいビールは半分の量だったし、豚の丸焼き1頭で銅貨4枚と考えれば妥当な値段なのだろうか?
「ありがとよ!また来てくれよな!」
そして各々料金を支払うと、酒場を出ようとした俺達の背後からソリオの威勢の良い声が聞こえてきたのだった。

「さてと・・・うっ・・・」
やがて寮に帰るべくプラムの背中に乗ろうとしたその時、俺は今頃になって酔いが回って来たのか急に足元をふら付かせてしまっていた。
「ちょ、ちょっとアレス・・・大丈夫?」
「あ、ああ・・・平気だよ・・・少し頭がクラクラするけど・・・」
正直アルコールの量だけで言えば大して飲んではいないはずなのだが、初めて酒を飲んだことで少しばかり体の方が驚いてしまったのかも知れない。
そして何とかプラムの背中に攀じ登ると、俺は温かい彼女の体を両手でしっかりと抱き締めていた。
「ちょっとだけ・・・ゆっくり飛んでくれないか?」
「う、うん・・・本当に大丈夫?」
体中がポッと温かくなったような心地良い感覚に、そんなプラムの声が染み渡ってくる。
だが俺のことを気遣うように優しく翼を羽ばたくプラムの背中に体を預けていると、俺は寮へと辿り着く前に何時しか吸い込まれるように眠りへと落ちていったのだった。

それから、どのくらいの時間が経った頃だろうか・・・
ふと深夜に目を覚ますと、俺は何時の間にか寮の部屋のベッドに寝ていたらしいことに気付いてそっと体を起こしていた。
そんな俺の隣で、プラムがその巨体を端に寄せたままスースーと静かな寝息を立てているのが目に入る。
俺は・・・酒場から帰って来る途中で、プラムの背中にしがみ付いたまま酔いのせいで眠ってしまっていたのだろう。
それを、プラムがベッドへと運んでくれたのだ。
見た目は大きな雌竜だというのに、彼女はもう俺の伴侶・・・妻としての働きを十分にしてくれている。
仮に将来同じ夢を誓い合った者同士だったとしてもそれがプラムとの結婚を遅らせる理由にはならないのだから、やはりロブにも結婚を急かされた通り善は急げということなのかも知れない。
そして温かいプラムの体にそっと背中を押し付けると、俺はもう1度心地良い夢の世界へと落ちていったのだった。

次の日の朝、俺はハッと目を覚ますなり目覚ましをセットし忘れていたことを思い出すと慌てて枕元に置かれていた時計へと目を向けていた。
「良かった・・・まだ7時4分か・・・」
中途半端な時間に目を覚まして2度寝した割には、体の方が普段起きる時間を覚えていてくれたのだろう。
今日は俺だけ1限目の講義があるから、先にシャワーを浴びてしまうとしようか・・・
俺はそう思ってまだベッドで心地良さそうに眠っているプラムを一瞥すると、彼女を起こさないようにそっと風呂場へと駆け込んでいた。

シャアアアアアアア・・・
「ふぅ・・・それにしても、酒ってのはちょっと飲んだだけでも眠くなっちまうんだな・・・」
単に俺が酒に極端に弱い性質なだけなのかも知れないが、体中が心地良く痺れていくような甘い感覚が今も記憶の中に薄っすらと残っている。
体験としてはしておいて良かったと思うものの、一応まだ未成年なわけだし少なくとも今はまだ濫りに酒に手を出すのは止めておいた方が良いだろう。
そしてそんなことを考えながら体を洗っていると、例によって目を覚ましたらしいプラムが風呂場に姿を現していた。

「おはようアレス」
「ああ、おはよう。昨日は俺、帰る途中で寝ちまったんだな。プラムがベッドまで運んでくれたんだろ?」
「え、ええ・・・急にアレスが眠っちゃったから、落としたら大変だと思ってあの後歩いて帰ったのよ」
そう言いながら、プラムが何時ものように俺の背中を鱗でゾリゾリと流し始める。
「そうだったんだ・・・ごめんよ、手間を掛けて」
「良いのよ・・・アレスを酒場に連れ込んだのは私の方なんだし・・・」
そうしてお互いに何処か気まずい入浴を終えると、俺は体を拭きながらまだ少しばかりしゅんとしているらしいプラムに声を掛けていた。
「それで、今日はどうする?一緒に大学へ行こうか?」
「そうね、やっぱり食堂でお腹一杯お肉が食べたいし」
やはり、プラムには美味しい物をたくさん食べさせてやるのが最も簡単で効果のあるご機嫌取りの方法なのだろう。
そして彼女と並んで大学へ向かうと、俺は講義室の前で何時ものように俺達の到着を待っていてくれたロブ達を見つけてからプラムと別れたのだった。

「ようアレス!」
「ああ、おはようロブ。それにジェーヌも。式場、あっさり決まって良かったな」
「まあどっちかっていうと俺よりジェーヌの方が式場を気にしてたんだけどな。ほら、友達とか大勢呼ぶからさ」
そう言いながら、ロブが隣にいたジェーヌの方へと視線を向ける。
「ロブも知り合いを呼んだら良いじゃない。招待状はタダで作って貰えるんだし、遠慮しなくて良いのよ」
「ああそうだ、そのことなんだけどさ・・・実は俺とプラムも、来週末に結婚式を挙げることにしたんだよ」
だがそれを聞くと、ロブが驚いた表情を浮かべながら少しばかり声を低める。
「え・・・?何だアレス、プラムとは卒業まで結婚はしないって言ってたのに、気が変わったのか?」
「まあ色々あってね・・・正直、ロブ達に触発されたってのもあるし・・・式場ももう決めてあるんだ」
「式場は何処にしたの?」
やはりジェーヌとしては俺とプラムの結婚よりも式場の方が気になるのか、何かを言い掛けたロブを遮って不意に彼女がそんな質問を投げ掛けてくる。

「ああ、土曜に一緒に下見に行った1軒目の式場だよ」
「あそこか・・・あそこも雰囲気は悪くはなかったんだけど、ちょっと俺達には広過ぎたんだよな」
「そうね・・・私の友達や知り合いを呼ぶって言っても、精々多くても100名くらいだと思うし・・・」
確かに、ロブ達が選んだ2軒目の式場は人間のサイズで収容者数が約150名程という比較的小規模の式場だった。
参列者に対して式場が広過ぎると閑散としたイメージが出来てしまうから、ジェーヌはきっと招待客の数に合わせたサイズの式場を選びたかったということなのだろう。
「ああ、成る程・・・まあ俺達の場合は招待客も大型の種族が多くなりそうだったし、広いに越したことはないよ」
「確かに、竜王様達とかも参列するんだもんな・・・それで、何か俺に訊きたいことでもあるのか?」
だがロブにそう言われて、俺は反射的に時計に目を落としていた。
時刻はまだ8時40分・・・講義の開始まではまだ10分程時間があるし、先に講義室の中に座ってからゆっくり話した方が良いだろう。

「まあ幾つかね・・・取り敢えず、先に席取っちまおうぜ」
俺はそう言ってロブ達とまだガランとしている部屋の中に入ると、3人揃って中段の席に静かに腰を落ち着けていた。
「さっき言ってた招待状の発送とか大学への手続きとかって、何をどうすれば良いのか教えて欲しいんだよ」
「招待状は、ここの学生なら大学の事務室でやってくれるんだよ。毎月の銅貨の支援の申し込みも一緒にね」
「じゃあ、取り敢えず事務室に言って聞いてみりゃ良いのか」
そんな俺の言葉に頷きながら、ロブが更に先を続ける。
「銅貨の支援は結婚した月から支払われるから、衣装とかの費用もそっちから掛け払いしてくれるんだぜ」
「凄いなそれ・・・至れり尽くせりじゃないか」
「それに招待状も、文字を読めない住民には直接式場の場所と日時を伝えてくれるそうなの」
成る程・・・確かにこの島の住民は、人語を話すことは出来ても文字までは読めない場合が少なくない。
そんな連中にどうやって招待状を出すのかは少し疑問だったのだが、そういう伝達事を請け負う仕事があるのだろう。

「それじゃあ、今日の講義が終わったら事務室に行ってみるよ。それと、もう1つ訊きたいんだけどさ」
「何だ?」
「ロブ達は木曜日に、"薬毒学"っていう講義を受けてるだろ?あれって、どういう講義なんだ?」
それを聞いて、予想していた質問とは懸け離れていたのかロブが少し意外な表情を浮かべる。
「ああ・・・ソリオっていう赤い雄竜が講師なんだけど、色んな毒や薬についての話を聞けるんだよ」
「他にも、麻薬とか媚薬なんかにも詳しいわね。ドラゴスの実の話とかも面白かったわ」
「ドラゴスの実なら、丁度昨日食べる機会があってさ・・・変わった味だったけど凄く美味しかったよ」
だが俺がそう言うと、ロブがギョッとその表情を一変させていた。
「え・・・あれって食べても大丈夫なのか?」
「焼いたら麻薬成分が壊れて食べられるようになるって言ってたわよ。ロブ、ちゃんと講義聞いてたの?」
「う・・・あ、そ、そうだったっけ・・・?」
そんなジェーヌの詰るような声に、ロブが思わずその身を縮込める。

「他にも、黒竜天樹の話なんかもあったわね」
「黒竜天樹?」
「竜に対してだけ猛毒を発揮する黒い無葉樹で、複数の竜の死骸を1ヵ所に集めると発芽することがあるそうなの」
竜に対してだけ猛毒を発揮するだって?
何だか、ドラゴスの実も焼いた時の果汁がそんな特性を持っていたような気がするけど・・・
「余りに毒気が強過ぎて、黒竜天樹が1本生えてるだけで周囲10キロ以内から竜が1匹残らず居なくなるそうよ」
「物騒だな・・・この島には、もちろんそんなの無いんだよな?」
「いや・・・黒竜天樹を燃やした煙を吸い込むと強力な解毒作用があるらしくて・・・炭だけは売ってるらしいんだ」
そんなロブの言葉に、ジェーヌが"よく覚えてるじゃない"とでも言いたげな妖しい笑みを向けている。
「炭って・・・そんなの、何処に売ってるんだ?」
「確か娼館の売店にあるって言ってたっけ?」
「そうね。この島には薬を売ってる店が無いらしくて、そういう医療品も娼館で扱う決まりになってるそうよ」
そう言えば確かに、以前娼館の売店を訪れた時にも抗生物質やら麻酔薬やらがたくさん売っていたような気がする。
ということはあの売店は、医薬品など購入時に取り扱いの説明が必要な物品を売っている場所ということなのだろう。
そしてロブ達とそんな会話をしている内に講義の開始時間になると、講師のロンディがゆっくりと部屋の中へと入って来たのだった。

「ふむ、今日も無事に揃っておるようじゃな」
席の埋まり具合でLクラスのほとんどの学生が出席していることを即座に読み取ったのか、ロンディが意外にも少しばかりほっとした様子でそんな声を漏らす。
だがよくよく考えてみれば、ロンディもソリオもラズもバートンもリリガンも、人間以外の種族で大学の講師を務めている者達はそのほとんどが夜や休日に別の仕事を請け負っているのだ。
そんな二足の草鞋で講師を務めている彼らにとって、講義を受けるか否かさえ究極的に自由化されているこの大学で自分の講義に学生達が出席してくれるかどうかはもしかしたら大きな心配事の1つなのかも知れない。

「さて、今回の話じゃが・・・人間が竜に姿を変えた話について、少々掘り下げてみようかのぅ」
「おっ、面白そうだな」
「そういや人間が竜になっちまう話って、結構色んなパターンがあるんだよな」
その俺達の声が聞こえたのか、ロンディがちらりとこちらに視線を振り向ける。
「確かにそうじゃな。簡単に思い付くだけでも数十はある程じゃ」
「そ、そんなに?」
そんなロブの反応に、ロンディが淡々と先を続けていた。
飲むだけで竜に姿を変えられる竜化薬を始めとして、血を飲む、爪で傷付けられる、口や膣で丸呑みにされる、竜化の果実、神竜の奇跡、禁術、特殊な竜と三日三晩体を重ねる、角の欠片を煎じて飲む、竜化の詩を詠む・・・
他にもかつて世界に2つだけ存在したという漆黒の王竜玉の力によって石像の竜と体を入れ替えたり、実在の竜に自身の意識を移し替えた例など、挙げ始めればキリが無いのだという。
例の中にもあった竜化の詩というのは、先日博物館に行った際にリジーという雌竜に紹介して貰ったあの古代の爪文字で石板に刻まれていた詩を指しているのだろう。
決して失われた歴史の中だけではなく、実際にこの目で見た物の中にもそんな夢のような力を備えた遺物がある・・・
そう考えるだけでも、この半月竜島がどれ程貴重で特殊な場所なのかということを痛感させられてしまうのだ。

「このように竜化の手段は様々なのじゃが・・・その方法によっては、変身に多大な苦痛を伴うことがあるのじゃ」
「苦痛か・・・人間でも竜になれるってのは夢のある話だけど、痛いのは嫌だな・・・」
ロブはそう言うものの、ある種の生物を全く別の種族に作り替えるという文字通りの奇跡が起こる過程で体に全く変調を来さないのだとしたら、そちらの方が寧ろ不自然なような気もする。
だが苦痛の有無はともかくとして、竜に姿を変えた者達はその方法によっては体にある特徴が現れるらしかった。
「その特徴というのが、手足の指の数じゃ」
「指?」
「本来竜の手足の指は4本なのじゃが、人間の体を作り替えて竜となった場合は指が5本となる場合があるのじゃ」
ということは、指が竜と同じ4本になるのは完全に竜という種そのものに生まれ変わった場合なのだろう。
「まあ、指は多いに越したことはないがの・・・人間の器用さが備わっているという点では、利点と言えるじゃろう」
「他に変わった特徴があったりはしないんですか?」
「そうじゃな・・・特徴という程ではないが、多くの場合人間だった時の記憶を受け継いでおるの」

ロンディによると、例えば竜の口や膣に呑み込まれて新たに同族として生まれ変わったりしたような場合でも、何故か生前の人間だった時の記憶が残っていることがほとんどなのだという。
記憶を司っている脳も完全に作り替えられているはずだというのに記憶が残っているということは、竜化の過程でやはり元の人間が持っていた何らかの情報や特徴を保全するメカニズムがあるわけだ。
生態も歴史も何もかもが全くの別物であるはずの人間と竜がある意味で奇妙な親和性を有しているのは、高等な知性を持ち言語を話すという数少ない共通点以上に根源的な深層の繋がりがあるのかも知れない。
そして90分もあるはずのそんなロンディの講義があっという間に終わってしまうと、俺達は次の"竜装具"の講義がある部屋へと移動を始めていた。

「そういやロブ、結婚式で着る衣装って、もう決めたんだろ?」
「ああ、ジェーヌがばっちり選んでくれたよ。まあ、ドレスも彼女が選んだから俺は実際何もしてないんだけどな」
そんなロブの言葉に、背後にいたジェーヌが少しばかり渋い顔をしているのが目に入る。
「あ、それじゃあちょっとジェーヌに相談があるんだけどさ・・・」
「私に?何かしら?」
「俺も日曜までに結婚式の衣装を決めなきゃならないんだけど、どういうのを選べば良いのか分からなくて・・・」
それを聞くと、自分のファッションセンスを褒められていると受け取ったらしいジェーヌが途端に表情を一変させる。
「良いわよ。そういうことなら、今日の講義が終わった後にでも図書館で話しましょう?」
「良かった」
だがジェーヌとそんな話が纏まると、完全に自分が蚊帳の外に置かれたと思ったのか今度はロブの顔に何とはなしに悔しそうな表情が浮かんでいたのだった。

その日の夕方・・・
4限目の"竜と人間"の講義を受け終わった俺達は、独り5限目の講義を受けに行くプラムを見送っていた。
「それじゃあプラム、俺達は図書館にいるから」
「ええ、終わったら私も行くわ」
やがてそう言いながら通路の奥に消えて行った彼女を見送ると、俺達も図書館へと移動する。
そして奥の方にある静かな個室に陣取ると、俺は寮から持って来ていた結婚式で着る衣装のカタログを広げていた。
「ん・・・このタキシードのカタログ、俺が貰った奴とはちょっと中身が違うな」
「そうなのか?」
「多分身長とか体の肉付きを見てレンスがその都度合いそうなものを選んでるんだろうな」
そんなロブの言葉に、隣にいたジェーヌが頷く。
「そうね。アレスはロブよりも少し肩幅があるし、腰の辺りが少し締まってる衣装の方が見栄えが良いと思うわ」
「俺とアレスの肩幅ってそんなに違うか?よくそんなのすぐに分かるな」
「あら、当然でしょ?何時もあなたに巻き付いてるんだから・・・体重や胴回りだって分かるわよ」
そう言いながら、ジェーヌの尾の先がシュルリとロブの体に絡められる。
「あ・・・そ、そうだな・・・」
口調は至って穏やかなのだが、良いから今は黙っていろとばかりの静かな圧力がジェーヌの微笑から滲み出していた。

「それじゃあ、俺の衣装はこれで良いかな。それで問題は、プラムの衣装の方なんだけど・・・」
俺はそう言うと、隣に広げてあったプラム用の衣装のカタログをジェーヌ達の前に移動していた。
「へぇ・・・ドラゴン用の衣装って、こういう感じなのか」
「一応ドレスとかも作ることは出来るらしいんだけど、プラムはそういうワンポイントの衣装の方が良いらしくてさ」
「ねえちょっと待って。これって、もしかしてヒヨク氏の作品じゃない?」
やがてカタログをしばし覗き込んでいたジェーヌが、不意にそんな驚きの入り混じった声を上げる。
「え?そ、そうらしいけど・・・ジェーヌも知ってるのか?」
「ヒヨク氏は凄く有名なのよ。この島で人間以外の種族が身に着けてる服飾品は、大抵が彼女の作品なんだから」
「そうなんだ・・・確かにレンスにも、サンドロ氏とヒヨク氏はこの島の二大巨匠だって聞いたけどさ」
そんな俺達の会話に、ロブがおずおずと割り込んでくる。
「あれ?それじゃあジェーヌが着る予定のドレスも、そうなんじゃないのか?」
「私が着るのは普通の人間用のドレスだから、彼女の作品じゃないわよ」
それを聞いて、ロブがしまったとばかりに少しばかり顔を顰めたのが目に入る。

「もちろん品質が良いから、ヒヨク氏の衣装はそれなりに値も張るんだけどね」
「確かに1つ銅貨10枚って聞いた時は安いようなイメージあったけど、冷静に考えたら1日の食費より高いもんな」
「1つ銅貨10枚もするのか!?確かジェーヌのドレスは銅貨8枚ってぐえっ!」
あ、黙らされた・・・
「ドレスでも銅貨8枚で済むのか」
「私のは1日限りの貸し出しだから安いのよ。でもこっちは、特注の購入だから高いんでしょうね」
「ジェ・・・ヌ・・・くるひ・・・」
呼吸が出来なくなる程思い切り胴を締め付けられて、ロブが如何にも苦しそうにそんな助けを求める。
別に彼が何か悪いことをしたわけではないのだろうが、ジェーヌはジェーヌでちょっと胸の内に湧き上がってしまったある種の嫉妬のような感情を何処かに吐き出したかったのだろう。

「こういう衣装だと1つだけじゃなくて何種類か身に着けると思うんだけど、どのくらい選ぶつもりなの?」
「そうだなぁ・・・3、4種類くらいは選んであげたいと思ってるんだけど」
「それなら、これはどうかしら?丁度プラムの柄が入ってて、彼女にはぴったりだと思うわ」
そう言うと、ジェーヌが尻尾に着用するレース地の衣装を指差していた。
確かに表面に美しいプラムの柄が刺繍されていて、可愛らしいアクセントになりそうだ。
恐らくは使用者の名前に合わせた色々な柄が予め用意されていて、レンスが気を利かせてプラム用にプラム柄の物をカタログに入れてくれたのだろう。

「他にも首巻きと手足に身に着けるような物があった方が良いわね」
「正直、プラムは派手過ぎる衣装は好みじゃないと思うんだよ。ドレスを着るのも少し抵抗があるみたいだったし」
「それじゃあ、シックな黒か白系統に合わせてみるのが良いんじゃないかしら」
そんなジェーヌの助言を参考に、全部で78種類もある衣装の中からプラムに似合いそうな衣装を選んでいく。
カタログに載っている衣装は基本的には柄や形を選ぶ為の物で、同じデザインの衣装でもそれぞれに数色のカラーバリエーションがあったりする為に実際の掲載数は実に500点近くにも上るのだ。
この辺はオーダーメイド故の自由度の高さなのだろうが、それ故に相応のセンスが無いと見栄えのする衣装の組み合わせを作るのは至難の業だろう。
そして完全に発言権を奪われたロブがぐったりと項垂れている横であれやこれやと1時間以上掛けて何とかプラムの衣装を選び終わると、俺は肩の荷が下りたとばかりにふぅと大きな息を吐いたのだった。

それから少しして・・・
5限目の講義を終えてプラムが図書館にやってくると、俺は彼女に結婚式の衣装が決まったことを伝えていた。
「あら、もう決めてくれたの?」
そう言って印を付けたカタログを覗き込むと、プラムも納得したのかうんうんと小さく頷いている。
ほとんどジェーヌの助言で選んだ衣装だっただけに、そんなプラムの様子を見て彼女もホッと安堵の息を吐いていた。
「それじゃあ、俺達は帰ろうか」
「そうね。アレス、また何かあったら相談に乗るわ」
「ああ、ありがとう。助かったよ。それじゃまた明日」
俺はそう言って満足気に帰路に就いたロブとジェーヌを見送ると、プラムの方へと顔を向けていた。

「無事に衣装も決まったことだし、この後大学の事務所で手続きして、そのまま服屋にも行っちまわないか?」
「ええ・・・それは良いけど、今夜はお店に出勤の予定なのよ」
そんなプラムの言葉に時計に目を落とすと、もう既に18時を回っている。
19時から雌竜天国に出勤しなきゃいけないなら、流石に今から服屋まで行っている余裕は無いだろう。
「そっか・・・それじゃあ、俺は事務所で手続きだけしていくから、プラムは先に店に行ってなよ」
「アレスも来るの?」
「やることさえやっちまえば今日はもう暇だし、プラムがいないと独りで寮で過ごすのはやっぱり寂しいしさ」
そう言うと、プラムが分かったとばかりに静かに頷く。
そして一緒に大学の事務室まで歩くと、俺はそこでプラムと別れていた。

「じゃあアレス、また後でね」
「ああ」
そして仕事に遅刻しないようにプラムがドスドスと荒々しい足音を響かせながら急いで走って行ったのを苦笑しながら見送ると、俺も少しばかり緊張した面持ちを浮かべながら事務室の中へと足を踏み入れる。
「し、失礼します」
「はい、どうされました?」
やがてすぐさま応対に出てくれた女性を見て気分を落ち着けると、俺は何となく長丁場になりそうな気がしてカウンターに用意されていた椅子へと腰掛けていた。

「実は同じ部屋に住んでいる学生と・・・その・・・来週結婚式を挙げることになりまして・・・」
「ご成婚ですか?おめでとうございます!」
「そ、それで・・・学生の結婚だと大学から補助が受けられると聞いたんですが」
彼女はそれを聞くと、すぐに傍にあったPCに何かの情報を打ち込み始めていた。
「学生がご結婚された場合、挙式の月から卒業まで毎月末に銅貨100枚の金銭的支援の制度があります」
確かに、ロブが言っていた通りだ。
「その他挙式に掛かる費用の建て替え、招待状の発送や伝達、移動手段の手配なども無償で承っております」
「その招待状って言うのは、誰にでも出せるんですか?」
「お相手のお名前や住み処、或いは身体的特徴等から島内住民のデータベースで検索して発送が可能です」
成る程・・・確かにこの島は外界と行き来する玄関口が高速船の出入りする港1つしかないから、島にいる住民は基本的にそのほぼ全員がデータベース化されて管理されているのだろう。

「招待状は挙式の前々日までに依頼頂ければ発送可能ですが、先方のご予定もあるので早めの手配を推奨しています」
まあ、そりゃそうだよな・・・
「それじゃあ、招待客のリストは後で連絡します。費用の建て替えとかはどうすれば?」
「ご結婚されるお相手の名前は同室のプラム様ですね。その情報があれば、式場や衣装店からの連絡で対応可能です」
ということは、こっちの方はもう完全に大学に任せてしまって大丈夫ということだろう。
「挙式の日取りと場所は決まっておりますか?」
「ああ、ええと・・・式は来週の土曜日です。式場は確かこの辺にある・・・」
俺は一昨日ロブ達と下見で回った道を思い出しながら、用意されていた町の地図を指差していた。
「こちらは・・・セロレット大祭事場ですね。では使用予約はこちらでお取りします」
成る程、そんなことまでしてくれるのか・・・まさに至れり尽くせりだ。

「当日のプランや式次第の打ち合わせを当日までに行いたいのですが、都合の良い日取りはありますか?」
「あ・・・それじゃあ次の日曜日でも大丈夫ですか?時間は何時でも良いので」
「では次の日曜日、午前11時より式場にてお待ちしております。可能であればプラム様も御同伴をお願いします」
これで良し・・・
何だかんだで30分近くも掛かってしまったが、後は招待状を送る相手を決めてレンスに決まった衣装を連絡し、日曜日に式場で打ち合わせをするだけで事前の準備はほぼ終わりだろう。
「では、お願いします」
俺はやっと肩の荷が下りたとばかりに深く息を吐くと、そう言って事務室を後にしたのだった。

それから少しして・・・
開店時間に間に合うように急ぎ足でプラムの待つ雌竜天国へと向かった俺は、同じく開店待ちをしていたらしい2人の男達とともに店内へと入っていた。
見た目からして40代と思われるその2人は明らかに大学の学生ではなかったから、この島で働く人達なのだろう。
まだここが開店してからそれ程日数が経っているわけではないものの、もう既に色々な人達にこの特殊なお店が受け入れられ始めているのはこの半月竜島ならではの現象なのかも知れない。
そしてカウンターで待っていたベルゼラを一瞥してから雌竜指名用のPCへ向かうと、俺は何とはなしにリストの中にいるプラムのプロフィールを確認していた。

「へぇ・・・ちゃんと指名回数が増えてるんだな・・・」
日に日にプラムと体を重ねる人間の数が増えていくのを見ているようで何とも心中に歯痒い感情が湧き上がってきてしまうのだが、彼女がこの店で働くことを決意した経緯を考えればこれも俺が受け入れるべき現実なのだろう。
そしていよいよ自分で指名する雌竜を探そうとリストを繰ってみると、ふと異質なプロフィールの写真が俺の目に留まっていた。
「何だ?これ・・・」

名前:ヴィステレス
体高:2.24メートル
体色:赤紫
眼色:黒
翼:有り
性格:受★☆☆☆☆攻
得意なプレイ:脱衣プレイ、マーキングなど
口調:優しいお姉さん
部屋:ノーマル
指名料金:銅貨1枚/2時間
過去指名回数:2回
コメント:極めて美しいその肢体を、ゴスロリ調の派手な衣装で着飾った雌竜です。
当店の雌竜には珍しく服を着ている為、1枚1枚その衣装を脱がせていくという少し変わったプレイが楽しめます。
基本的には恥ずかしがり屋で奥手な性格ですが、衣服の下に隠れた本性にはご注意を。

見れば薄っすらと赤紫色に染まった肌理細やかな鱗を身に纏う比較的スレンダーな美しい雌竜が、その体にまるで中世のメイドが着ていたようなフリルの付いた大きな白黒のドレスのようなものを着ている。
この衣装もまた・・ヒヨク氏がデザインした物なのだろうか・・・?
結婚式で衣装を身に着けたプラムのイメージを固める為にも、この雌竜は是非実物を生で見てみたい気がする。
そしてしばし迷った末に彼女を指名してみると、俺は指定された番号の部屋を探しに店の奥へと進んだのだった。

「4番の部屋ってことは・・・ここだな。解錠パスワードは8352・・・と」
やがて指定された部屋を見つけ出すと、俺は緊張を抑えるように一旦深呼吸してからそっと部屋の中へと入っていた。
すると広い部屋の中央に設置されていた直径4メートル余りの円形のベッドの上に、プロフィールの写真で見たのよりずっとずっと妖艶な魅力を醸し出す赤紫色の雌竜がこちらに背を向けるように伏せているのが目に入る。
「いらっしゃい坊や・・・歓迎するわよ」
「あ、ああ・・・」
綺麗な雌竜だな・・・
スラリとした華奢な印象を受ける中世ヨーロッパの絵画に見られるような肢体と銛のように先端に小さな返しの付いた鏃状の先細りした尻尾が、これまで見慣れた雌竜達とはまた一風変わった魅力を醸し出している。
その身に纏っているゴシック調の大きなドレスは何の素材で出来ているのか嫋やかさと力強さを同居させたままさわさわとフリルを揺らしていて、それがまた妙に扇情的に見えてしまう。
彼女の腹側は柔らかな皮膜ではなく滑らかな褐色の蛇腹に覆われていて、秘部を隠すようにこちらも白黒の可愛らしい貞操帯のような布を身に着けているらしい。
上半身に比べれば若干肉付きの良い両脚も、体色に合わせた濃褐色のストッキングを穿いているようだ。
そして短くも湾曲した体色よりも若干濃い赤茶色の角と後頭部へと伸びる鬣が、そんな奇抜な衣装に引けを取らない程に彼女の顔を麗しく彩っていたのだった。

「ねぇ・・・早くこっちに来て・・・」
やがて物珍しい恰好をした雌竜の姿に面食らっていると、彼女が少しばかり焦れたような声を投げ掛けてくる。
「あ、ああ・・・」
そしてそれに誘われるようにして服を脱ぎながら巨大なベッドに攀じ登ると、彼女が相変わらずこちらに背を向けたまま首だけを俺の方に振り向けていた。
「私はヴィステレス・・・ヴィスって呼んでくれる・・・?」
プロフィールで見た彼女の性質は最も穏やかな星1個・・・
2メートルを超える体高を誇るその巨躯の割には、やはりどちらかというと奥手な性格なのだろう。

「ヴィス・・・」
俺はそう呟くと、まるで脱がせてくれとばかりにこちらに差し出されている背中のホックに目を吸い寄せられていた。
この尻尾も翼もある巨竜の体に複雑な衣装を纏わせる為に、その全てがアンバーメタル製の丈夫なホックを用いて背中側で留められているようだ。
そして試しにその内の1つをパチンという音を立てて外してみると、彼女の上半身を包み込んでいた黒い服がパサリとベッドの上に揺れ落ちていた。
「んっ・・・」
次の瞬間、突如として露わになったヴィスの胸元から、たわわに実った乳房のような2つの膨らみが顔を覗かせる。
乳首は無く腹側と同じ蛇腹状の皮膜に覆われているところから察するに胸筋の一部が盛り上がっているような印象を受けるのだが、嫋やかな彼女の印象と相俟って俺にはそれが途轍もなく強烈な色気を醸し出しているように見えた。
しかも乳首が無いはずの彼女の胸を、その大きさに比して余りにも頼りない細さのブラジャーがキュッと締め付けながら持ち上げているらしい。
その光景を俺に見られるのが恥ずかしいのか、ヴィスは片手で胸を隠すように添えながらほんの少しだけ俺から黒い瞳を泳がせる顔を背けていた。

取り敢えず、ブラジャーは後で外そうか・・・
服を着ているということは、ヴィスはきっと裸の姿を見られることに羞恥を感じるタイプなのだろう。
そんな雌竜の服を脱がしているという状況に、これまでこういうシチュエーションなど想像すらしたことが無かった俺は今自分の感じている奇妙な興奮の理由をどうしても見つけられないでいた。
普段服など身に着けもせずおおっぴらに全裸の姿をありのままに晒しているプラムとは正反対の、ある意味で人間に近い感覚を持った雌竜の服を剥ぐという行為・・・
そこには本来人として背徳感を感じることはあっても、欲情に任せた興奮を感じることなどあるはずが無い。
それなのに、恥じらいながらも恭順を貫こうと俺に身を任せているヴィスの存在が、これまでその存在すら自分の中で認知出来ていなかった新しい扉を開いたかのような不思議な感覚を全身に呼び起こしていた。

パチッ
やがて導かれるままにヴィスの背中を這った手が、2つ目のホックを小気味の良い音とともに弾き飛ばす。
そしてその余韻がまだ消えもせぬ内に腰回りを覆っていた黒いスカートがファサリとベッドに零れ落ちると、淫靡な貞操帯を身に着けた彼女の秘部が殊更にその存在を強調し始めていた。
「はあっ・・・」
胸元に着けたブラジャーと股間を覆う黒布にストッキングを穿いた雌竜・・・
その想像以上の淫靡さに、顔を上気させながら羞恥に悶える彼女の様子が拍車を掛けていく。
何故だろう・・・彼女に乞われて服を脱がせているだけだというのに、指先が震える程の罪悪感が背筋を振るわせていくのだ。

やがてベッドに落ちたスカートに繋がっていたストッキングのホックも全て外すと、丈夫な繊維で編み込まれたそれをゆっくりと引き下ろしていく。
その下から滑らかな竜鱗に覆われたヴィスの脚が露わになっていく様が、またしても強烈な欲情を掻き立てていく。
まるで彼女の体そのものが、それを見る雄を狂わせる媚薬か何かのようだ。
うっとりと目を閉じてされるがままになっているヴィスの顔を見つめながらストッキングを脱がせていく自身の姿に理性が揺らぎ、その下に押さえ付けられていた激しい感情が沸々と零れ始めている。
このまま彼女の服を全て脱がせてしまったら、俺は一体どうなってしまうのだろうか・・・
そうしてそんな最早葛藤とさえ呼べぬ一方的な堕落に身を任せながら左脚からストッキングを取り去ると、俺は何時の間にか興奮の余り自身のペニスをはち切れんばかりに大きくそそり立たせてしまっていたのだった。

徐々に徐々にその生身が露わになる毎に、奇妙な興奮が熱い疼きとなって体の内から込み上げてくる。
羞恥に顔を赤らめながらも扇情的にこちらに振り向けられているヴィスの視線を受け止めながら、俺は震える指先をもう一方の右足のストッキングへと伸ばしていた。
シュルルルッ・・・
滑らかな衣擦れの音とともにまたしても彼女の艶めかしい太腿が目の前に現れ、抑え切れない情欲の炎がまた一層その火勢を強めていく。
一体、これは何なのだろうか・・・?
彼女の体から発散されているフェロモンのようなものが、服を脱がせる度に濃厚に匂い立っていくかのようだ。
だが、もう残っている服は大きな胸を支えているブラジャーと股間の秘所を覆い隠している小さなパンツだけ・・・
際どい下着だけを身に着けた雌竜がこんなにも淫靡な雰囲気を放つものなのかという思いが、無意識の内に俺の手を彼女の胸元へと近付けていく。

ズズッ・・・
そして彼女の背後から抱き付くようにしてブラジャーを胸の下へとずり降ろすと、想像以上に柔らかい双丘を思わず両手で思い切り揉んでしまう。
むにゅぅっ・・・
「うあっ・・・柔らかい・・・」
「はぁん・・・」
ヴィスもそんな俺の行動は予想外だったのか、熱い喘ぎが口元から零れ出していく。
その声に釣られるようにして背中側で留められていたブラジャーのホックも外してやると、パサリという柔らかな音とともに黒いブラジャーがベッドの上に揺れ落ちていた。

「ねぇ・・・こっちも早く・・・」
やがてそんな彼女の言葉で、最後に残った白黒の刺繍が施された貞操帯のような三角形をしたパンツが俺の意識を吸い寄せる。
この下に、一体どんな雌穴が隠されているというのだろうか・・・?
早く脱がせてくれとばかりに大きく持ち上げられた彼女の尻尾を肩に乗せながら、俺は2つのホックで尻尾の付け根に固定されているパンツもそっと脱がせていた。
「うあっ・・・」
その下から顔を覗かせたのは・・・
ヒクヒクと蠱惑的な脈動に震えている真っ赤な総排出口。
肛門と膣口が明確に分かれている他の雌竜達とは違い、中世の西洋竜の面影を色濃く残すヴィスは性器もどちらかというと爬虫類のそれに近い構造になっているらしかった。

「舐めて・・・くれる・・・?」
やがてそんな物珍しいヴィスの股間をじっと見つめていると、彼女がそう言いながら全裸となったその体を仰向けに横たえる。
性器を舐める・・・たとえ雌竜のそれだったとしても普通なら多少の抵抗を覚える行動のはずなのだが、既にヴィスの不思議なフェロモンにたっぷりと漬け込まれていた俺は何の迷いも無く彼女の股間に顔を近付けていた。
ペロッ・・・
「はっ・・・あっ・・・」
その瞬間、突如として与えられた鋭い快感に彼女がビクンとその身を跳ね上げる。
そして彼女の両脚を手で広げるようにベッドへ押さえ付けると、俺は更にその熱い秘所の中へ舌先を捻じ込んでいた。

「ん・・・?」
その内部で、肉穴が幾つかに枝分かれしているらしい。
恐らくは膣と尿道と肛門が、総排出口のすぐ内側で合流しているのだろう。
だとすれば、正面に感じる激しい羞恥と興奮に分泌された粘液で蕩けている肉洞が彼女の膣なのに違いない。
それじゃあ、こっちは・・・?
俺は甘酸っぱい愛液の味を感じていた舌先を少し動かして別の肉洞を探ってみると、いきなりヴィスが弾けるようにその腰を浮かせていた。
「ひゃんっ!」
「うわっ!」
そんな突然のヴィスの強烈な反応に驚きながら、なおもその敏感な肉洞へ舌を押し込んでみる。
「はっ・・・はぁ・・・」
恐らく、滑らかな肉壁の感触からしてこっちは尿道なのだろう。
もしかして彼女は・・・膣よりも尿道の方が著しく感度が高いのだろうか?
そう思って更に固く尖らせた舌先を尿道の奥に突っ込んでみると、俺は突如として煮え立つ灼熱の奔流が舌先を押し返して来た感触に何が起こったのかを瞬時に理解してしまっていた。

ブシャアアアッ!
「うわばっ・・・!」
次の瞬間、熱い湯気を上げる黄金色の液体がヴィスの肉穴から勢い良く噴き出していた。
その奔流を顔面にまともに浴びて、焼け付くような熱さが意識をぐらりと揺らがせる。
これはまさか・・・彼女の尿・・・?
いや・・・でもこれは・・・
尿道に舌を突っ込んでいたせいで思わず口一杯に含んでしまったヴィスの尿を、俺はまるで操られるようにゆっくりと飲み下していた。

「はっ・・・ああっ・・・!」
彼女の服を脱がせる度にその美しい肢体からほんのりと匂い立っていた、雄を惑わせる濃厚な雌のフェロモン・・・
今俺がその全身に浴びて飲み干した彼女の尿こそが、そんな強烈な媚薬の原液だったのだ。
尿を飲んだというのに不思議と不快な感じは全くしない代わりに、体中が強烈な熱さと到底抑え切れない激しい疼きに見舞われていく。
そしてそんな自身の様子に狼狽えていた俺をベッドの上へ仰向けに組み敷くと、ヴィスがその大きな尻を俺の顔へずっしりと押し付けていた。

ムギュッ・・・
「うっ・・・うぶ・・・」
「ほら坊や・・・もっと舐めて頂戴・・・んふふふふ・・・」
そう言いながら、むっちりとした弾力を誇るヴィスの尻が俺の顔をグリグリとベッドに磨り潰す。
熱い媚薬を垂れ流す総排出口を俺の口へ擦り付けながらじんわりとした凶悪な体重を預けられ、俺はほとんど無我夢中で彼女の秘部を舐め回していた。
ペチャ・・・ピチャピチャ・・・ズリュリュ・・・
「あはっ・・・あぁ・・・良いっ・・・良いわっ・・・坊や・・・!」
膣と尿道を行き来しながら這い回る俺の舌の感触を存分に味わいながら、ヴィスがうっとりと熱を帯びた喘ぎを漏らしていく。
だがそうこうしている内に俺も何時の間にか自身の肉棒をギンギンにそそり立たせてしまうと、目敏くそれを見つけた彼女が俺の股間へゆっくりと口を近付けていった。

シュルルル・・・
「うおっ・・・お・・・ぶ・・・」
まるで蛇のそれのように先端が二股に割れた肉厚の長く青い舌が、これでもかとばかりに漲ったペニスへ素早く巻き付けられていく。
そのザラ付いた感触と器用に動く2つの舌の先端に亀頭を擽られる凄まじいこそばゆさに、俺は何とか彼女の尻を退けようと両手を突っ張っていた。
ズシッ・・・ギュムゥッ
「おっ・・・うっ・・・」
「あらあら駄目よ坊や・・・逃がさないわ・・・心配しなくても、ちゃんと坊やのも慰めてあげるわね」
ペニスに舌を巻き付けた状態で一体どうやって声を発しているのか、ヴィスがそう言いながら無防備な肉棒を舌でじっくりと締め上げていく。
それと同時に彼女の尻も俺の顔へ一層強く押し付けられ、俺は呼吸器を塞がれながら媚薬漬けにされるという地獄と敏感なペニスを丁寧にしゃぶり舐られるという天国を同時に味わわされていた。

「ほぉら・・・気持ち良いでしょう・・・?」
グギュ・・・チロチロチロ・・ジョリリッ・・・
「ふごぉっ・・・あっ・・・ばっ・・・」
「んふふ・・・私の蜜・・・もっと飲ませてあげるわ・・・身も心も、メロメロにしてあげるわね」
ジョバババアァ・・・
絶え間無くペニスに叩き込まれる殺人的な快楽に悶える俺の顔に、なおも大量の熱い尿が浴びせ掛けられる。
ただその香りを嗅ぐだけで理性がグラ付く程のフェロモンに心身をたっぷりと漬け込まれ、俺はバタバタと悶えながら快楽の波が怒涛のように自身のペニスへと押し寄せていく感覚を味わっていた。
「それじゃあ坊やの精、頂くわね・・・」
そして射精の前兆にヒク付くペニスをその口内へ咥え込まれると、まるで雄そのものを引っこ抜かれるのではないかと思えるような激しい吸引とともにドバッと溢れ出した大量の尿が俺の意識を深い水底へと引き摺り込んだのだった。

ビュググッ!ドプッ・・・!
大量に飲まされた特濃のフェロモンに酔わされて、一気に込み上げてきた大量の精がペニスを咥え込んでいたヴェスの口内へと熱い飛沫となって噴き上がる。
ジュッ!ズジュッ!ズルルッ!
「ぎゃばっ・・・ひっ・・・やばばっ・・・」
まるで悲鳴さえをも押し流すかのように次々と顔に注がれる雄殺しの小水に溺れながら、俺は射精中のペニスへと容赦無く叩き込まれた強烈な吸引に悶絶していた。
精巣から直接精を吸い上げられているかのような激しい白濁の奔流が、絶え間無く飲まされる禁断の媚薬によって途切れることなく彼女の口内へと溢れ出していく。

ズ・・・ズズズ・・・ゴクッ・・・
やがて永遠にも感じられた地獄のような数十秒が過ぎ去ると、ヴェスが口内に溜まった大量の精をゴクリと喉を鳴らしながら飲み下していた。
撥水性のシーツが敷かれていたらしい大きなベッドに溜まった黄金色の媚薬の海に沈みながら、朦朧とした意識が辛うじて現実の切れ端をその手に掴む。
そしてようやくペニスからヴェスの口が離れると、俺はバハッと呼吸器を詰まらせていた彼女の尿を吐き出していた。
「んふふ・・・大丈夫?」
初めて彼女の姿を見た時とは対照的に、荒ぶる雌の本性を露わにした妖艶な雌竜が危険な微笑を浮かべながらゆっくりと俺の顔を覗き込んでくる。

「は・・・はぁ・・・」
「あら・・・残念だけど、まだ終わりじゃないわよ?」
スリッ
「あはぅっ!」
だがもう文字通り一滴残らず枯れ果てて萎れてしまったと思っていた肉棒をその指先で軽く摩り上げられると、俺は依然としてギンギンに漲った雄の巨塔がそこにそそり立っていたことに気付いて戦慄を覚えていた。
「あっ・・・な・・・んで・・・」
「私の蜜をたっぷり飲んだんですもの・・・そう簡単には枯れないわ・・・んふふふ・・・」
そう言いながら、ヴェスが敏感なペニスを指先でスリスリと弄ぶ。
そして疲労の余りもう俺の手足にほとんど力が入らないことを見て取ると、体勢を入れ替えた彼女が今度は自身の総排出口を俺のペニスへと近付けていった。

「ま・・・待っ・・・て・・・」
体中が熱く火照るような激しい興奮状態のまま、敏感なペニスからドクンドクンという大きな脈動が脳にまで響いてくる。
こんな状態で彼女に責められたら、幾ら何でも正気を保っていられる自信が無い。
だが当の彼女はそんなこともお構い無しに俺の両肩を大きな手で掴むと、そのまま凶悪な体重を掛けながら大量の尿が溜まった柔らかなベッドへと押し付けてきた。
ズブブ・・・
「うばごっ・・・ごぼぼ・・・」
それによって出来た深い尿溜まりに顔を沈められ、息苦しさにもがく俺の両足に彼女の細長くも力強い尻尾がシュルリと巻き付いていく。
そして何とか呼吸を確保しようと顔を上げた次の瞬間、張り詰めた怒張が熱く煮え滾るヴェスの肉穴へと押し込まれていった。

ズブブブ・・・グチュッ
「うあぁっ・・・!」
ドロリと蕩けた柔らかな肉壁がペニスに絡み付き、淫らな音を立ててしゃぶり上げてくる。
その余りに気持ち良さに思わず腰が浮いてしまい、俺はますます深い黄金色の水底へと顔を押し込まれていた。
「あっ・・・んっ・・・あはぁっ・・・!」
歓喜の喘ぎを上げながらその巨体を揺らして腰を振るヴェスの下で、成すがままに弄ばれ振り回されるだけの無力な雄。
だが呼吸困難と疲労の極致で今にも吹き飛びそうなはずの意識はいよいよ鮮明になり、脳髄を焼き切りそうな程の快楽が全身をネズミ花火のように跳ね回っていく。
そして一際大きく持ち上げられたヴェスの腰が再び落とされると、俺は肉棒の先が先程までの無数の襞と柔突起に覆われた膣内とは明らかに異質な感触の肉洞へと潜り込んだことに気付いたのだった。

ズプッ
「あぁん!」
敏感な尿道に張り詰めた肉棒が潜り込んだ感触に、ヴィスが甲高い矯正を上げながらその巨体を弾ませる。
それと同時に凄まじい重量が下半身へ預けられると、総排出口に根元まで深々と突き刺さった雄槍がミシリと締め上げられていた。
グギュゥッ・・・!
「うあっ・・・!」
まるでペニスを押し潰されるのではないかと思えるようなその恐ろしい圧迫感に、甘い媚薬に溺れ掛けた口から苦悶の声が迸る。
だが肝心のヴィスはゾクゾクと背筋を駆け上がる背徳的な快感に我を忘れているらしく、両肩を押さえ付けていた大きな手で俺の顔を鷲掴みにするとそのままたっぷりと尿の溜まったベッドに深く押し付けていた。

メシッ・・・
「うごぼっ!?がばっ・・・ぼっ・・・」
液体に溺れるばかりか直接的に視界と呼吸器を塞がれて、パニックに陥った体がバタバタと痙攣するように暴れ回る。
そしてそんな俺の悶絶をもうっとりと蕩けた表情で受け止めると、槍のように細く尖ったヴィスの尻尾の先が縛り付けられた俺の足の間を縫って尻穴へと突き入れられていた。
グッ・・・ズブッ・・・
「おごっ!?ばっ・・・」
最早何が何だか分からない状況で新たに注ぎ込まれた鋭い快感に、全身がビクンと激しく跳ね上がる。
だがそのまま尖った穂先で前立腺を抉るように突き込まれると、俺はあっという間に限界を迎えて熱い白濁をヴィスの尿道へと注ぎ込んでいた。
ビュクッ・・・ビュルルッ・・・
「はぁっ・・・!」
その感触が更に強烈な刺激となったのか、理性を失った彼女がなおも激しく腹下の無力な獲物を蹂躙する。
そうしてほんの数十秒の間に幾度か精を放ったような恍惚感を味わうと、俺はベッドの上に溜め池のようになった黄金色の媚薬の底で意識を失ったのだった。

その翌朝・・・
俺は終了時間である7時の20分程前にヴィスに起こされると、相変わらずの尿溜まりの中で目を覚ましていた。
不思議と臭気の類は感じられないが、やはり雄を酔わせ狂わせる媚薬だからなのか疲労はある程度癒えているはずだというのにまだ頭がクラクラして視界も陽炎のように揺れているらしい。
「坊や、大丈夫・・・?」
「あ・・・ああ・・・多分ね・・・」
「早く体を洗ってくると良いわ。あんまり私の蜜に漬かってると、興奮が収まらなくなっちゃうから」
そう言われて少し頭を上げてみると、昨夜あれだけ派手に搾り尽くされたはずのペニスがまるで何事も無かったかのように元気一杯にそそり立っているのが目に入る。
そして彼女の助言通り熱いシャワーを浴びてくると、俺は自身の雄が枯れ果てて萎びた本来の姿を取り戻したことに一抹の安堵と虚しさを覚えたのだった。

「あんた・・・見掛けによらず結構激しいんだな・・・」
初めて彼女を見た時は服を脱がされるのを恥ずかしそうにしていたというのに、いざ纏いを解かれた後は雌の本能と欲望を露わに目の前の雄をしゃぶり尽くすという際立った二面性。
それが彼女の本来の魅力でもあるのかも知れないが、余りの豹変振りに頭がついていかなかったというのが正直なところだろう。
「でも・・・満足してくれた・・・?」
「あ、ああ・・・それはもちろん・・・お陰で、色々と何だか新しいものに目覚めそうだったよ」
「んふ・・・それじゃあ、また指名して頂戴ね」
そしてそんなヴィスに別れを告げて部屋を後にすると、俺はまだギシギシと軋む体を伸ばすようにしながら受付で待つベルゼラの許へと向かったのだった。

「ふぅ・・・何だか凄い目に遭ったような気がするな・・・」
受付でベルゼラに料金を支払って店の外に出て来ると、俺は昨夜の記憶を思い出して大きく息を吐いていた。
よくよく考えれば相当に変態なプレイをしてしまったような気がするのだが、相手が雌竜だったということもあって特にその時は何も意識していなかったというのが正直なところだろう。
だがしばらくして仕事を終えたプラムが出て来ると、俺は何だか急に恥ずかしくなって思わず顔を伏せていた。
「おはようアレス。どうしたの?」
「え?い、いや、何でもないよ」
そして怪訝そうな表情を浮かべてこちらを覗き込むプラムから顔を背けると、そう言いながら足早に寮の方へ向かって歩き出す。
「あ、ちょ、ちょっと待ってよアレスってば」
プラムもそれを見て慌ててついて来たものの、結局俺は部屋に辿り着くまで彼女の顔を直視することが出来なかった。

「昨日、何かあったの?」
やがて自室に戻った俺は、そこでようやくプラムと正面から顔を見合わせていた。
「べ、別に何かあったってわけじゃないけどさ・・・ただちょっと、色々と想像しちゃってね・・・」
「想像って・・・何を?」
「い、いや・・・・だからさ・・・大したことじゃないんだってば・・・」
このプラムに、あのヴィスのような可愛らしい服を着せたら一体どんな反応をするのだろうか?
慣れない格好をして恥じらうプラムの姿が脳裏に過ぎり、目の前にいる彼女とのギャップが奇妙な興奮となって心臓の鼓動を速めていく。
いや・・・これはきっと、俺の体の中に飲み込んでしまったヴィスの媚薬がまだ残っているんだ。
だからプラムに対しても、変な想像をして独りで興奮してしまっているのに違いない。
だが幾らそう自分に言い聞かせてみても、俺はゾクゾクとした疼きが背筋を駆け上がって来るのをどうしても止めることが出来なかった。
「アレスってば変なの・・・まあ良いわ。私は1限目の講義があるからもう大学に行くけど、アレスはどうするの?」
「ああ、俺も行くよ。ロブ達も多分早く来てるだろうしね」
そしてプラムとともに8時過ぎに大学へ着いてみると、案の定ロブとジェーヌが朝早くから図書館で週末の予定を練っていたらしかった。

「おはよう、ロブにジェーヌ。今日も早いんだな」
「おお、アレス。丁度お前に相談があったんだよ。こっちに来てくれ」
個室で何やら真剣に話し込んでいた2人にそう声を掛けると、ロブが急にパッと顔を輝かせて俺を手招きする。
「ああ・・・それじゃあプラム、また後で」
「ええ、2限目の講義で待ってるわね」
そしてプラムが講義室へ向かったのを見送ると、俺もロブ達の待つ図書館の個室に足を踏み入れていた。
「何だ?相談したいことって」
「結婚式に呼ぶ招待客の選定をしてるところなんだけどさ、この前知り合ったブライトも呼ぼうと思ってるんだよ」
「ああ、あの博物館で会った狼の獣人か。良いじゃないか」
だが俺がそう言うと、ロブが少しばかり言い難そうに声を潜める。
「それでさ・・・彼と一緒に、エリザも招待しようかと思ってるんだ」
「エリザを?そ、それは良いけど・・・どうして彼女を?」
「あいつ、前にエリザに告白したことがあるって言ってただろ?」
ああ・・・そう言えばそんなことを言ってたっけ・・・

「ああ・・・でもエリザは雄は人間にしか興味が無いからって、彼の告白を断ったんだよな」
「だけどアレスと和解した今なら、エリザもブライトのことを少しは受け入れてくれるんじゃないかって思ってさ」
「成る程・・・お前の結婚式で、そのお膳立てをしてやりたいってわけか。ジェーヌも構わないのか?」
そう言って向かいにいたジェーヌに顔を振り向けると、彼女が澄ました顔で小さく頷く。
「私は招待客が増えるなら歓迎だもの。それに彼女の身の上話を聞いて、幸せになって欲しいとも思ってるしね」
「じゃあ決まりだな。他には誰を呼ぶつもりなんだ?」
「俺の方はマローンとフィンと・・・後はお前とプラムくらいかな・・・」
そんなロブの言葉に、俺は思わず苦笑を漏らしてしまっていた。
「おいおい、どんだけ交友関係狭いんだよ・・・まあ、それだけジェーヌ一筋ってことなんだろうけどさ・・・」
「そういうアレスは、誰を呼ぶつもりなんだ?」
「竜王様夫妻にメリカスとかジェロムとかローゼフとか・・・この島で知り合った連中は皆呼びたいなぁ」
俺がそう言うと、ロブとジェーヌが些か驚いたように顔を見合わせる。
「ロブ、私達ももうちょっと他に誰か招待出来ないか考えましょう?」
「そ、そうだな」
どうやらジェーヌは、冷静さの割に盛大な結婚式にしたいようだ。
そうして完全に2人の世界に入り込んでしまったロブとジェーヌの隣で適当に借りて来た本を読んで時間を潰すと、俺達は揃ってプラムの待つ2限目の講義へと向かったのだった。

その日の夕方・・・
体育とは名ばかりの3時間に及ぶ休憩時間を何時ものように晴れ渡った空の下でプラムと共に過ごすと、俺は講義終了のチャイムが鳴ったことに気付いて体育館へとロブ達を迎えに行った。
今朝からずっと暇さえあれば結婚式の招待客の選定に腐心しているらしい2人は微かに薄暗い体育館の中でも隅の方に座って何やら相談していたらしく、傍に行くまで俺の存在にも気が付かない程だった。
「2人とも、もう体育の講義は終わったぞ」
「ああ、アレス・・・もうそんな時間か」
「取り敢えず80名くらいは候補に挙がったけど、後はその中でどれくらい来てくれるかよね・・・」
ジェーヌは相変わらずうんうんと何かを考え込んでいるらしく、普段冷静な印象のある彼女にしては珍しい表情をその顔に浮かべているらしい。

「ロブはこの後何か予定あるのか?」
「いや、特に何も無いけど・・・どうかしたのか?」
「それならさ、ちょっと付き合わないか?レンスのところに寄ってから、ついでに装飾品も買いに行きたいんだよ」
俺がそう言うと、ロブがジェーヌの方をちらりと一瞥する。
「ジェーヌ、ちょっとアレスの買い物に付き合って来ても良いかい?」
「え?え、ええ、良いわよ。それじゃあ、私は先に部屋に帰ってるわね」
そうしてその場でジェーヌと別れて体育館から出て来ると、俺はまだグラウンドの隅で大鼾を掻いているらしいプラムを遠目に見やっていた。
「それにしても、ジェーヌのああいう姿って初めて見た気がするな」
「何だかんだ言って、俺以上に結婚に入れ込んでるんだよな。まあ、女の子はそう言うものなのかも知れないけどさ」
「はは・・・そう言われると、あのプラムの方が逆にお淑やかなんじゃないかって思えてくるよ」
やがて気持ち良さそうに寝ているプラムの許までやって来ると、俺は彼女の腹をゆさゆさと揺すっていた。

「プラム、もう起きろって。講義はとっくに終わってるぞ」
「ん・・・んにゃ・・・ア、アレス・・・?」
余程熟睡していたのか、妙な声を上げながらプラムがそっと目を覚ます。
「俺達、これからちょっと買い物に行くからさ、先に帰っててくれないか?」
「う、うん・・・それは良いけど・・・何処に行くの?」
「結婚式の準備で幾つか入用の物があるんだよ。それに、ロブにも相談に乗って貰いたいしね」
そう言うと、プラムがまだ眠そうな眼を瞬かせながらも分かったとばかりにゆっくりと頷く。
「それじゃ、行こうか」
やがて温泉宿の笛を吹いて足代わりの2匹の雄竜を呼び寄せると、俺達はまずレンスの服屋へと向かったのだった。

「そういやロブは、もう衣装の選定は済んでるんだったよな?」
「ああ・・・まあレンタルの安い奴だったけど、ジェーヌが着られるドレスって人間用のだから案外種類が無くてね」
それからほんの数分で服屋に辿り着くと、俺はそんな話をしながら店の入口を潜っていた。
「確かに、この島だと人間用の服とかは輸入品の扱いになっちまうからなぁ・・・」
「例のヒヨク氏だっけ?ジェーヌ用に、彼女のオーダーメイドの装飾品が何か追加出来れば良いんだけどなぁ・・・」
「それなら、丁度良いからレンスに相談してみれば良いんじゃないか?」
そんな俺達の会話を聞き付けたのか、店の奥の方にいたらしいレンスがすぐさま俺達の前に姿を現していた。
「いらっしゃいませ、ロブ様、アレス様」
「この前貰ったカタログで衣装を選んだんで、注文をお願いしたいんだけど・・・」
「畏まりました。ではこちらで手続きさせて頂きます」
俺はそう言われてレンスとともにカウンターへ移動すると、そこに用意されていたPCに直接カタログで選んだ衣装の品番を入力していった。

「これとこれと、後はこれか・・・合計金額は銅貨32枚で支払いは・・・ちゃんと大学助成金ってのがあるんだな」
直接PCを操作出来るお陰かほんの3分程で衣装の注文が完了すると、俺は傍にいたレンスに声を掛けていた。
「これで良いのかい?」
「はい、こちらで注文は完了となります。注文の衣装は結婚式当日に式場へお届け致します」
「良かった・・・あ、それと相談なんだけど、ロブにもオーダーメイドの衣装を用意することって出来ないかな?」
それを聞くと、レンスが特に困惑した様子も無く小さく頷く。
「もちろん可能です。ただ納期の関係上、今週の土曜日までとなると1、2点が限界となってしまいますが・・・」
「本当に?良かった・・・ジェーヌが結構アレスのこと羨ましがってたからさ・・・」
「ジェーヌ様用ですね。ただ今品書きを作成致しますので、すぐに選んで頂ければ当日に間に合うよう手配致します」
レンスはそう言うと、大急ぎでカタログの作成に取り掛かってくれたらしかった。
確かにオーダーメイド品は通常の納期が5日程度だと言っていたから、火曜日の今日これから発注しても今週の土曜日にはギリギリ間に合うかどうかというタイミングだろう。
まあ結婚式という一大イベントの為ならば、少しくらい無理をしてでも顧客の要望を叶えるというのがレンスやヒヨク氏の持つプロ意識というものなのかも知れないが・・・
だがそんなことを考えている内にほんの5分程でざっくりと作成されたカタログをレンスが持ってくると、ロブが食い入るようにその内容へと目を通し始めたのだった。

「この中から選ぶのか・・・」
そんなロブの言葉に俺も横からカタログを覗いてみたのだが、やはり品物の内容は納期やそれを身に着ける者に合わせてその都度レンスが選んでいるのか俺がプラム用に貰ったカタログとは全くの別物になっているようだ。
それにロブは衣装の選定を全てジェーヌにやって貰ったらしいから、彼が自分で衣装を選ぶのは恐らくこれが初めてなのだろう。
まあジェーヌならロブが選んだ物を拒絶したりはしないだろうが、それでも完全に自分のセンスだけで花嫁が身に着ける物を選ぶという重責に彼は随分と狼狽してしまっているらしかった。

「な、なあアレス・・・ジェーヌには何が似合うと思う?」
「そうだなぁ・・・ジェーヌって、あんまり蛇の体の方に何か身に着けるの好きじゃないんだろ?」
これまでの彼女の言動から察するに、装飾品や衣装を人間用の物で統一しているのは自由な動きが制限されるような装飾品を着けたくないという心理が働いているのだと見るのが妥当なはず。
腕にはロブから貰った腕輪をしているわけだし、指には結婚式で指輪を嵌めることになるのだからドレスで隠れない部分に身に着ける物と言ったら・・・
「例えば、髪に着ける物が良いんじゃないか?彼女、緑色の長髪だから後ろで上手く纏めたりしてさ」
「この赤と白の花をあしらった髪飾りとかか・・・垂れてる緑色の蔓が絡み合って、パイソン柄にもなってるんだな」
流石にレンスのチョイスというべきか、ラミアという種族に合わせた品のピックアップにも抜かりは無いらしい。
ロブもそれで満足したらしく、すぐに注文を終えるとまるで重い肩の荷が下りたとばかりに爽やかな顔で戻って来た。

「あれ1点だけなら式に間に合うそうだ。これでジェーヌが喜んでくれれば良いけどな」
「お前の選んだ腕輪だって喜んでくれたんだろ?大丈夫だって」
「本当にそう願うよ。それで、もう1軒寄るんだろ?」
俺はそんなロブの言葉に頷くと、恭しく頭を下げるレンスに見送られながら服屋を後にしていた。
そして再び足となる雄竜達を呼ぶと、今度は前にプラムに指輪を買ったあの装飾品の店へと向かう。
以前は俺もロブもプロポーズの為の贈り物を買ったのだが、今回は結婚式で身に着ける物を品定めするのだ。
やがて乗っていた雄竜に店の前へ降ろしてもらうと、俺は例によって奥のカウンターで暇を持て余しているらしい大きな赤い雌竜を目にして思わず苦笑を浮かべてしまっていた。
ここで装飾品を作っているのはサンドロという名の雄竜らしいのだが、ヒヨク氏と並ぶ二大巨匠とはされていても四六時中店内が客で賑わっているわけではないというのがこの半月竜島の特異な客層事情を表しているのだろう。
「おやいらっしゃい2人とも・・・また来てくれて嬉しいねぇ」
前回俺達が来たことを覚えていたのか、やがて来客に気付いた雌竜が何処と無く柔和な表情を浮かべながらそんな声を掛けてくる。
「お前さん方、婚約の方は上手く行ったのかい?」
「ああ、お陰様でね。それで今度結婚式を挙げるんだけど、何か彼女に似合う物が無いかと思って探しに来たんだ」
「成る程ねぇ・・・ちょいとお待ちよ」
それを聞くと、彼女が前にも見せてくれたラミアと竜用の装飾品が入ったケースを出してきた。

「ああ、これこれ・・・前に来た時にちょっと気になってたんだよな」
俺はそう言いながら、ケースの中にあった翼爪に着けられる飾りを手に取っていた。
「それ、骨付き肉か?」
「プラムってば食いしん坊だからな。こういうの、結構好きだと思うんだよ」
「確かに、何時も何かの丸焼き食ってるイメージだもんな」
そんな彼の言葉に苦笑を浮かべながら、俺は対になる飾りとして無難にイエローサファイアの付いた物を選んでいた。
「俺はこれとこれにするよ」
「それじゃあ、俺はジェーヌに耳飾りでも選んであげようかな」
服飾品と違ってこちらにはジェーヌが身に着けられそうなものがたくさんあるお陰か、ロブが明るい調子で品定めに掛かっているらしい。
「よし・・・これに決めた」
そしてロブも首尾良くジェーヌに似合いそうなカドゥケウスの意匠を施した金と銀のピアスを選ぶと、俺達は各々の戦利品を片手に意気揚々と帰路に就いたのだった。

それから数日が経ち・・・
いよいよ、ロブとジェーヌが挙式する土曜日がやって来た。
火曜日に一緒に買い物に行ってからというもの、日を追う毎に緊張と興奮で落ち着きを失っていくロブの姿を見続けたせいか俺までもが今日は何だか妙に胸が高鳴っているような気がする。
一方のジェーヌの方はというと一見して特に普段と変わりないようには見えていたものの、やはり心の中では何処か上の空なのか今週は彼女に呼び掛けても気付かなかったり反応が遅れることが目立ったような気がする。
とは言え俺も1週間後にはプラムとの結婚式で同じような立場を経験することになるのだから、今の内にこの雰囲気にも慣れておかないといけないのだろう。
「ん・・・もうこんな時間か。プラム、そろそろ行くぞ」
「ええ、もう準備出来てるわよ」
やがて時計が11時半を回ったのを目にすると、プラムと共に部屋を出た俺はロブが式場に選んだというドノゲス祭事場へと向かったのだった。

「お、もう結構招待客が集まってきてるな・・・」
やがてほんの数分で目的地の前に降り立つと、俺は先週もロブ達と足を運んだ大きな祭事場へと足を踏み入れていた。
式は12時から始まる予定なのだが、まだ開始時間までは20分近くあるというのに既に60名以上もの客の姿が見える。
ジェーヌの親族や友達が大半を占めているからかラミア種やナーガ種の客が多く目に付くのだが、その中に紛れるようにしてフィンとマローンが隅の方で何やら話しているようだ。
「あ、お父さん!」
だが不意に背後にいたプラムが上げたその声に驚いて振り返ってみると、竜王様とその妻が巨体を揺らしながらのしのしと祭事場へ入ってきたのが目に入る。
「おお、プラムや・・・しばらく会わぬ内にまた随分と色気が増したのぅ・・・」
ベシッ!
やがて娘と顔を合わせるなりそう言った竜王様の背中に、隣にいた妻の尻尾が痛烈な音と共に叩き込まれていた。
「うぐっ・・・な、何をするのだ!?」
「お前さん、他に言うことは無いのかい?」
そんな彼女の夫を責めるような鋭い眼差しに、俺は何だか少し懐かしいものを感じていた。
前にエリザに無理矢理連れ去られた時に、俺もプラムにあんな感じで詰め寄られたんだよな・・・

それにしても、ロブとジェーヌの結婚式にも竜王様達は呼べば来てくれるというのが少々意外だったというのが正直なところだろう。
竜王様達にとっては、この島で暮らす全ての住民がある意味で家族のようなものなのかも知れないな・・・
だがそんなことを考えていると、俺は突然プラムに掴まれて竜王様達の前に押し出されていた。
「そう言えば、お父さん達にはまだ紹介してなかったわね。彼が、来週私と結婚式を挙げるアレスよ」
「おお、そなたは前に我らに挨拶に来た人間ではないか」
あれ・・・これってあの・・・"お宅のお嬢さんを自分にください!"っていうお約束の儀式の場面か・・・?
あっけらかんとしたプラムの様子とは裏腹に、目の前に佇む巨大な2匹の竜の視線がもう間も無く愛娘の夫となろうとしている小さな人間へと真っ直ぐに注ぎ込まれる。
こ・・・怖い・・・もし俺がプラムの夫として認められなかったら、この場で食い殺されちまったりするんじゃ・・・
「ふむ・・・あれ程周囲から距離を置かれて孤独だったプラムが惚れた人間なら、間違いは無かろうて」
「そうだねぇ・・・あたしらの方こそ、娘をお願いするよぉ・・・」
「えっ・・・あっ・・・は、はい!」
何だか、拍子抜けする程にあっさりと認めて貰えたらしい。

「それじゃあお父さん、また後でね。ほらアレス、そろそろ式の始まる時間よ」
そして竜王様達への挨拶もそこそこにプラムに引っ張られながら式場の奥の方へと移動すると、70名以上の招待客で犇く広い会場の照明が突然暗転していた。
そして恐らくは式場の方で手配してくれたのだろう司会者らしき若い男性にスポットライトが当たると、大きく息を吸い込んだ彼がゆっくりとマイクに声を吹き込み始める。
「それではお時間となりましたので、ロブ様とジェーヌ様の婚姻の儀を開始させて頂きます」
開会の挨拶の中でマルキスと名乗った彼は、場内にいた大勢の視線が自身に集まったことを見て取るとやがてその視線を花道へと通じている大きな扉の方へと誘導したのだった。

「新郎新婦の入場です!」
そんなマルキスの高らかな宣言とともに、白いスモークの焚かれた大扉がゆっくりと左右に開いていく。
そしてその奥から、パリッとした漆黒のタキシードに身を包んだロブと純白のウェディングドレスを身に纏った美しいジェーヌが緊張した面持ちを浮かべながら姿を現していた。
「はは・・・ロブの奴、ガッチガチに緊張してるな・・・」
やや伏し目がちに視線を落としながらゆっくりと尾をくねらせるジェーヌの隣で、ロブがぎこちない笑みを浮かべながら微かに震えているらしい両足を1歩、また1歩と前に踏み出している。
「ジェーヌ、凄く綺麗ね」
そんなプラムの言葉にそっとロブからジェーヌへ視線を移してみると、確かに思わず目を奪われる程の凄まじい美貌が白いベールに隠れたその色白の顔から溢れ出していた。

場内にいる招待客の半数近くは半人半蛇の種族なのだが、特にラミア種の上半身はその全てが男なら誰でもうっとりと見惚れてしまう程に美しい女性の姿をしているのだ。
だがそんな大勢の美女達の中にあってさえ、ジェーヌの煌びやかな魅力は明らかに群を抜いていた。
身に纏ったドレスの印象か、腕に巻かれたロブからの贈り物の腕輪の存在か、或いは尖った両耳から垂れ下がったピアスや紅白の花が踊る髪飾りの効果だろうか・・・
彼女の存在の全てが、場内の誰よりも強烈な光を放っているように感じられる。
隣を歩くロブもそれは同じだったのか、彼は時折ジェーヌの顔に視線を吸い寄せられてはハッと慌てた様子でまだ遥かに遠く感じられるのだろう小上がりの壇上へと顔を向けていた。

そう言えば・・・この広場には20人以上ラミアがいるのだが、彼女達のほとんど全てが隣に夫らしき雄を伴っていた。
その多くは人間の男だったのだが、中には獣人やナーガ、或いはゴブリンや小柄な雄竜なんかもいるらしい。
ロブが以前雌竜天国で指名したというバザロも招待客の中にいたのだが、彼女もやはり屈強そうな雄の竜人を夫として同伴させていた。
もしかしたらジェーヌは・・・数少ない未婚のラミアだったのかも知れない。
ここにいるのは当然ながら彼女の親族や友達なわけだから、ジェーヌはきっと自分だけが夫を得られていないことにある種の負い目を感じていたのだろう。
そこへロブという理想の男性を見つけたことで、彼女はようやく結婚出来るという希望に胸を躍らせたのに違いない。
そんな彼女の心中に渦巻く底知れぬ歓喜の波動が、輝くばかりの美貌となって表出しているのだ。

やがて大勢の祝福と若干の嫉妬や羨望が滲んだ視線を受けながらも無事に壇上へ辿り着くと、司会のマルキスがロブ達をそっと向かい合わせる。
普通なら新郎新婦の入場時には招待客に対して彼らの紹介が入るものなのだが、この半月竜島ではこれから2名の雌雄が結ばれるという事実だけが唯一にして最大の重要事項なのだろう。
そしてザワザワとしていた客席が静かになったのを見計らって、マルキスが厳かな調子で式を進める。
「それでは誓いの言葉を」
「は、はい・・・」
そんなマルキスの言葉に緊張が収まるどころかピークに達したらしいロブが、聞いているこっちの胸が締め付けられるような上擦った声を上げる。
だが静かにロブを見つめるジェーヌの顔を見ている内に幾許かの落ち着きを取り戻したのか、彼はふぅと大きく息を吐くとマルキスに先を促すように小さく頷いていた。

「新郎ロブ、あなたはジェーヌを妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も・・・」
何時か何処かで聞いたことのある、結婚式での誓いの言葉。
マルキスの若々しい声がしんと静まり返った場内に響き渡り、厳粛な空気が周囲を満たしていくような気がする。
「・・・慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい・・・誓います」
カタカタと緊張に震えながらもそう言い切ったロブの言葉に、ジェーヌが微かに感情の揺らぎを見せていた。
「新婦ジェーヌ、あなたはロブを夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も・・・」
やがて同じようにマルキスに誓いの言葉を問われたジェーヌが、胸の前で合わせた両手をギュッと強く握り締めながら凛とした声で応える。

「・・・その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「では、指輪の交換をどうぞ」
それを聞くと、ロブは徐にジェーヌの生白い手を取っていた。
そして手にしていた指輪を、そっと左手の薬指へと嵌めてやる。
ドレスの下から覗いているジェーヌの蛇尾がまるで荒れ狂う感情を押さえ付けるようにヒクヒクと戦慄いていたものの、彼女は何とか平静を装うと今度はロブの左手を取って指輪を嵌めたのだった。

その直後に訪れたのは、互いに互いを愛し合う雌雄による長く深い口付け。
壇上の2人の様子を見つめていた大勢の客達が思わず揃って息を呑む程の熱烈なキスに、普段彼らの熱愛振りを身近で見ているはずのプラムまでもが驚きの余りかその両眼を大きく見開いている。
今この広い式場の中において、平時と変わらぬ冷静さを保っていたのはこんな光景などとうに見慣れているのだろう司会のマルキスだけだった。
そして何処か蕩けた表情の2人が顔を離したのを見計らって、マルキスがそっと口を開く。
「では、こちらの結婚証明書に押印を」
やがて彼が取り出したのは、アンバーメタルで作られたA3サイズ程の板だった。
そこにロブとジェーヌの名前が既に彫られているらしく、その下に朱墨を塗った指を押し付けて押印するようだ。

厳かな雰囲気の中で行われるその儀式の様子を見つめながら、俺はもう来週に迫ったプラムとの結婚式の様子を頭の中に思い描いていた。
ロブとジェーヌが恐らくそうであるように、俺とプラムもきっと結婚の前後でその生活振りはそう大きくは変わらないのに違いない。
これまでと同じように1つの部屋で生活し、同じベッドを共にして大学へと通う毎日。
にもかかわらず、俺がこれ程までに結婚という儀式を特別視してしまうのは一体何故なのだろうか・・・?
プラムとの結婚を決めた日から漠然と頭の中にあったその素朴な疑問には今もまだ明確な答えが見つからず、ロブ達の結婚式を見れば何かが見えてくるかも知れないという思いもあったのだが・・・

結局のところ、俺はただ単純に不安だっただけなのかも知れない。
エリザに自身の伴侶となるよう強引に迫られてプラムとの仲を引き裂かれるかも知れないという窮地に陥った時、俺の心を支配していたのはプラムと交わした約束ではなく、単純にプラムを失いたくないという強い渇望だったのだ。
プラムと結婚することで彼女との結び付きを強めたいというある種の支配欲に近いものが、見様によっては極めて形式的なものに過ぎない結婚という儀式に向かう俺の原動力だったのだろう。
そしてそれは・・・もしかしたらプラムも同じだったのかも知れない。
俺やロブ達のような友達も出来てプラムももう以前のような孤独感や疎外感からは解放されているはずだというのに、彼女が俺との結婚を希求する理由を考えれば考える程に、そんな結論が色濃く導き出されていくのだ。

やがてそんなプラムの心情を推し量ろうと隣にいた彼女へと目を向けた次の瞬間、フサフサの赤毛に覆われた大きな手が突然反対側から俺の肩を強く抱き寄せていた。
「アレス君、久し振りね」
「エ、エリザ・・・?」
見れば何時の間にか隣にブライトを伴ったエリザが、満面の笑みを浮かべながら俺の横に立っていたらしい。
「エリザ・・・その・・・ブライトと仲良くなったのか?」
「ええ・・・アレス君のお陰で、私も目が覚めたの。それで改めて、彼からの求愛を受けることにしたのよ」
エリザがそう言う横で、ブライトが嬉しいのか恥ずかしいのか判別の付かない表情でモジモジと身を揺すっていた。

「それは良かった」
「アレス君も・・・ついに彼女と結婚しちゃうのね」
やがてそう言いながら、エリザがプラムの方へと視線を向ける。
だがそこに滲んでいた感情はプラムに対する嫉妬でも羨望でもなく・・・
純粋に俺という人間が自分の物にはならなかったという自らに対する微かな失望だけだった。
「ああ・・・でも、そんなに気を落とす必要も無いんじゃないか?」
そう言ってブライトに目配せすると、彼がハッとした様子で慌ててエリザを引っ張る。
「そ、そうだぞエリザ。お前には俺がいるだろ?」
うわぁ・・・凄いなブライト・・・あんなセリフ、きっとロブだって自信満々には言えないぞ・・・
「んもぅ、分かってるわよブライトったら。じゃあねアレス君、また後で」
「あ、ああ・・・」

俺はエリザ達が離れていったのを見送ると、それまで終始無言を保っていたプラムの方へと再び視線を向けていた。
「彼女、随分印象が変わったわね」
「確かに・・・何だか憑き物が落ちたっていうか、丸くなった感じがするよな」
幼い頃の記憶に残った強烈な印象から人間の男に固執する余りに、それ以外の物を周囲から遠ざけ続けていたエリザ。
その生き様はある意味で、彼女の生涯をきつく縛り付けていた呪いだったのかも知れない。
その長年の悪しき楔から解放された彼女は、本来の美しさと快活な性格も相俟って明らかに以前までよりも数倍は魅力的に見えていた。
少しばかりシャイな部分はあるもののある意味でロブ以上にプレイボーイなイメージのブライトとなら、きっと良いカップルになるのではないだろうか?
そしてそんな想像に身を任せている内にロブ達の結婚式もいよいよ佳境に突入すると、マルキスが場内に響き渡るような大きな声でロブとジェーヌが正式な夫婦となったことを高らかに宣言したのだった。

「それでは、これより披露宴となります。皆様、美味しいお食事とご歓談をお楽しみくださいませ」
やがて新たに結ばれた2人を前に会場内の熱気も最高潮に達した頃、マルキスはそう言って係の者達に料理を運ぶよう指示すると恭しく退場していった。
「料理!?料理が出るの!?ねえアレス、料理だって!」
「分かった、分かったってばプラム・・・今日は良いけど、俺との結婚式の時はそんなに燥がないでくれよ・・・」
これまで結婚式というイベント自体に参加した経験が無いのだろうから無理も無いのだが、プラムは料理という言葉を聞くとパッと顔を輝かせながらその巨体を揺らしていた。
ああ・・・そう言えば、今日は朝から外出の準備ばかりしててまだ何も食べてないんだったっけ・・・
式の間中妙にプラムの口数が少なかったのは、単純にお腹が空いていただけだったのかも知れない。
そして奥にあるバックヤードの扉が開いてそこから様々な料理が会場内のテーブルに運び込まれてくると、プラムはもう居ても立ってもいられないと言った様子で駆け出していったのだった。

「やれやれ・・・」
「クフフフ・・・プラム殿の食欲は相変わらずのようじゃのぅ」
目聡くも早速豚の丸焼きに目を付けたらしいプラムが豪快な食事を開始した光景を遠目に見つめていると、背後から唐突にそんな聞き慣れた声が聞こえてくる。
その声に釣られるように後ろを振り向いてみると、もうすっかりこなれたカップルといった風情のフィンとマローンがそこに佇んでいた。
「フィン、それにマローンも・・・」
「お主らももう来週には式を挙げるのじゃろぅ?プラム殿も、ようやく念願が叶うのじゃな」
「そういうフィン達は、結婚はしないのか?」
ふと好奇心でそう訊いてみると、フィンがチラリとマローンの顔を一瞥する。
「妾は、こういう祝い事は正直性に合わぬでのぅ・・・」
「オ、オレハ・・・フィント・・・シキ、アゲタイ・・・」
「な、何じゃと!?」
そんなマローンの言葉に、フィンが驚いた様子で再び彼の顔を見つめていた。
「フィント、ミンナノマエデ・・・エイエンノアイ、チカイタイ・・・ダメ、カ・・・?」
これも例のナンパ特訓の成果なのだろうか、マローンってば本当に口説き文句だけは饒舌なんだな・・・
「む・・・お、お主がそう言うのなら・・・考えぬでもないが・・・のぅ・・・」

本当に心底迷っているらしいフィンの様子に、俺は思わず苦笑を浮かべてしまっていた。
「良いじゃないか、たまにはこういう祝い事も。マローンだって、フィンの為に必死に人語を覚えてるんだろ?」
本来であれば古い竜語しか話せないマローンは、同じく竜語の通じるジェロム辺りとの方が付き合いはしやすいはず。
それなのに今になって複雑で不慣れな人語をわざわざフィンに教えを乞うてまで覚えようとしているのは、ひとえに彼女に対して本気でプロポーズしたいからなのだろう。
フィンだって、そんなマローンの気持ちは十分に理解しているはずなのだ。
「ソ、ソウ・・・アレスノ・・・イウトオリ・・・」
「ふぅむ・・・妾が・・・式をのぅ・・・」
大勢の招待客で賑わう花道をマローンと並んで歩いている自身の姿を想像しているのか、フィンの顔に何とも言えないむず痒い表情が浮かんでいく。
「アレス、ここにいたのか」
やがてそんな声に振り向いてみると、ようやく緊張が解けて元の明るさが戻ったらしいロブが着慣れないタキシードを気遣うようにしながら立っているのが目に入っていた。

「ロブか・・・お前、滅茶苦茶緊張してただろ?」
「ああ、まあな・・・花道を歩いてる時なんてもう頭の中真っ白だったよ。ジェーヌも隣でちょっと涙ぐんでるしさ」
「そのジェーヌは何処にいるんだ?一緒じゃないのか?」
俺がそう言うと、ロブが右手の親指で肩越しに後方を指差していた。
「彼女なら今向こうで挨拶回りしてるよ。俺の知り合いはここには少ないからさ・・・暇を持て余してるとこなんだ」
「そういや、さっきエリザ達が来てたぞ。お前の目論見通り、彼女もしっかりブライトとくっ付いてたよ」
「本当か?そりゃ良かった。それで、フィンはさっきから何してるんだ?何かうんうん唸ってるみたいだけど」
そう言われてフィンの方へ視線を戻すと、彼女がまだブツブツとマローンとの結婚式について考え込んでいるらしい。
「マローンとの結婚式になかなか踏ん切りが付かないみたいでさ・・・"経験者"のお前からも何か言ってやれよ」
「経験者ねぇ・・・」
ロブはそう言われて少し得意げに胸を張ると、鼻息荒げにフィンの許へと近付いていった。
「なあフィン、何迷ってるんだよ。結婚は良いぞ。一生の思い出になるんだからさ」
「ソ、ソウダゾ、フィン」
ロブとマローンに挟まれながら説得されて、フィンがますます苦悩の表情を色濃くする。
だがややあってようやく決心を固めたのか、彼女はマローンの顔を間近から見つめるとおずおずと了承の言葉を口にしたのだった。

「わ、分かった・・・じゃ、じゃが、すぐにというわけにはいかぬぞ」
マローンはそれを聞くと、珍しくその顔に明らかな歓喜の表情を浮かべて大きく頷いていた。
口下手な彼も、ことここに至って無事にフィンへのプロポーズ成功ということだろうか。
ロブもその結果に満足したのか、フィンに見えないように俺の方へ向かって親指を立ててくる。
エリザとブライトの件と言い、もしかしてロブは周りの連中をくっつけることの方が上手いんじゃないのか・・・?
「それじゃあ、式の日取りが決まったら教えてくれよ」
「う、うむ・・・」
「カナラズ、オシエル・・・ロブ、アリガト・・・」
ウキウキとしたマローンとは対照的に何だか重い悩みを抱えてしまったかのようなフィンの姿には一抹の罪悪感のようなものを覚えたものの、彼女が心配しているのは単に結婚式というものを無事に乗り切れるかどうかなのだろう。
まあ、フィンがそう思った最大の原因は、もしかしたらガチガチに緊張したまま花道を歩いていたロブの姿を目の当たりにしたからなのかも知れないが・・・

「と・・・そう言えばプラムは・・・?」
俺はさっきまでプラムがいた方向へ視線を向けると、依然として美味しい食事に舌鼓を打っているらしい彼女の様子に安堵と呆れの混じった表情を浮かべていた。
まあ会場にいる客の多くを占めている美しいラミア達はそのスレンダーな体付きが示すように皆比較的少食なのか、プラムが多少ドカ食いしても料理が不足する心配は無いらしいことが救いと言えば救いなのだろう。
もう少しすれば披露宴も終わるだろうし、後はジェーヌにでも挨拶して今日は帰るとしようか・・・
そして大勢の親族や友達のテーブルを巡り歩いて疲れ気味に歩いていたジェーヌを見つけると、俺は彼女を驚かさないようにそっと声を掛けていた。

「結婚おめでとう、ジェーヌ」
「あらアレス、ありがとう」
「その恰好、凄く似合ってるね」
俺の眼前に佇んでいる、純白のウェディングドレスを身に着けた見目麗しい絶世の美女。
確かに普段大学で目にしているジェーヌも十分に美しい女性なのだが、そこに花嫁という新たな属性が加わるだけでこんなにも見え方が違ってくるものなのだろうか。
「嬉しいわ。今朝になって、ロブが元々の予定に無かったはずのヒヨク氏の作った髪飾りを届けてくれたの」
「ああ、ジェーヌがヒヨク氏の衣装を羨ましがってたからさ、この間ロブと服屋に行った時に捻じ込んで貰ったんだ」
「そうだったの・・・ロブに、色々と苦労掛けちゃったわね・・・」
そう言いながら、ジェーヌが件の髪飾りを愛おしそうに指先で撫で上げる。
「ロブも、何とか君に喜んで貰いたいんだよ。あんなに一途な奴だったってのは、俺としても意外だったんだけどさ」
「そうね・・・今日からは私達も正式な夫婦なんだし、もっと彼のこと、尊重してあげないといけないわよね」

正式な夫婦か・・・
それが結婚という儀式の持つ意味なのは重々理解しているのだが、いざそう言われてみるとやはり多少なりとも感じ方が変わってくるものなのだろう。
もう後1週間もすれば、俺もプラムと正式な夫婦となるのだ。
そうなれば俺は島中の住民達から竜王様の娘婿という立場で見られることになるし、その竜王様夫妻は俺にとって義理の両親に当たることになる。
何だかそれだけでもとんでもないことのような気がするのだが、紛れも無くそれが・・・俺の選んだ人生なのだ。
そうしてやがてジェーヌとも別れると、俺はそろそろ満腹が近いのか料理を口へ運ぶ手が鈍り始めたプラムの許へと近付いていった。
「プラム、もうじき披露宴も終わりだぞ。そろそろ帰らないか?」
「ん・・・じゃ、じゃあ、あともう1皿だけ・・・」
全く・・・これじゃあ来週が思いやられるな・・・
俺はあくまでも食い意地に正直なプラムの姿に苦い表情を浮かべながらもその食事を見届けると、最後にロブに声を掛けてから大勢の客達よりも少し早めに式場を後にしたのだった。

「プラム、どうだった?」
やがて寮へと向かう途中、俺は満腹になったらしい腹を満足気に摩っていた彼女にふとそんな質問を投げ掛けていた。
「料理、凄く美味しかったわ。もうお腹一杯よ」
「いや・・・そうじゃなくてさ・・・」
何となく頭では予想出来ていたその返事に苦笑いを浮かべながら、プラムの背中にそっと手を這わせる。
「来週は俺達も、あんな風に式を挙げるんだぞ」
「もちろん、分かってるわよ。ジェーヌも凄く綺麗だったし・・・私も、彼女みたいになれるのかしら」

確かに元々ロブが一目惚れするような飛び切りの美貌の持ち主だということは別にしても、純白のドレスを身に纏い数々の装飾品で着飾ったジェーヌは息を呑む程に美しかった。
そしてそれは、恐らくあの会場にいた数十名の招待客全員が抱いた共通の感想だったのに違いない。
新婚の花嫁というものが持つ特別な力を目の当たりにしたような気分を味わった反面、プラムはプラムで自分に自信が持てなくなってしまったのだろう。
「大丈夫だよ。プラムにはプラムの魅力があるんだからさ・・・それに、招待客だってたくさん呼ぶだろ」
「ええ・・・そうね」
やがて寮の部屋に帰り着くと、まだ興奮冷めやらなかった俺達は夕飯の時間まで特に何をするともなくただボーッとベッドに横たわったまま時間を潰したのだった。

それからの1週間は、俺がこの半月竜島に来てから・・・
いや、これまで生きてきた20年近い人生の中でも最も長く感じた1週間だったように思う。
先週はロブも・・・そしてもしかしたらジェーヌも、今の俺と同じように連日眠れぬ夜を過ごしたのかも知れない。
プラムだけは毎晩満腹になったお腹を満足そうに抱えながら普段と変わらぬ大鼾を掻いて眠っていたものの、それでも日中彼女と顔を合わせた時には時折期待と不安が綯交ぜになったようなほろ苦い表情を浮かべていた。
そしていよいよ俺達の挙式が明日へと迫った金曜日の夜・・・

「いよいよ明日ね・・・」
「ああ・・・明日は朝の8時には式場へ行って色々と準備しなきゃならないからな。眠れるかは心配だけどさ」
「招待したお客さん、皆来てくれるかしら・・・?」
まだ午後の10時過ぎだというのにもう広いベッドに潜り込んでいた俺達は、お互いに高い天井を見上げながらそんな会話をぽつりぽつりと交わしていた。
「ちょっとでも絡みのあった連中を手当たり次第に集めて140名近くも招待したからな・・・でも、心配無いだろ」
「本当にそう思う?」
「前にも言っただろ?竜王様の娘の結婚式なんだぞ。そこんとこ、もうちょっと自信持っても良いんじゃないか?」
そんな俺の言葉に、プラムは何かを考え込むように押し黙ってしまっていた。
普段の明るい調子の彼女とは明らかに様子の異なる沈黙に、俺も何故か一緒になって口を噤んでしまう。
だがやがてドサリとベッドにその巨大を横たえると、プラムは俺の体をそっと大きな手で抱き寄せていた。
「確かにそうね。それに、今更考えたって仕方無いことだし・・・今日はもう寝ましょう」
「ああ・・・そうだな・・・今週は何だかずっと緊張しっ放しだったけど、今だけは何も考えずに眠りたいよ」
そうしてプヨプヨと柔らかい横腹へ顔を埋めるようにして彼女に身を寄せると、俺はそのまますぅっと深い眠りの世界へと落ちていったのだった。

そして翌朝・・・
「プラム、もうとっくに7時過ぎてるぞ。早く起きろって」
6時半にセットしていた目覚ましで目を覚ました俺は、一足先にシャワーを浴びて来てからもまだベッドで寝ていたらしいプラムの体を揺すっていた。
「ん・・・アレス・・・もう朝・・・?」
全く・・・結婚式の前日でも普段と変わらず熟睡出来るんだから、大したメンタルの持ち主だな・・・
まあそう言う俺も、プラムの懐が心地良かったこともあって昨夜は珍しく1度も起きること無く朝を迎えられたのだが・・・
「ほら、8時前に式場に行かなきゃならないんだから急げって」
「う、うん」
やがて寝惚けた頭でようやく時間が押してることに気付いたらしいプラムがベッドから起き出してくるのをヤキモキしながら見届けると、俺達は急いで結婚式場へと向かったのだった。

「アレス様にプラム様、お待ちしておりました」
プラムの背に乗って今日の式場であるセロレット大祭事場へ辿り着くと、先週ロブとジェーヌの結婚式で司会をしていたあのマルキスが俺達を出迎えてくれていた。
「あ、あなたは先週の・・・」
「はい、私マルキスは、当地区の祭事全般の司会を任されているのです」
成る程、つまり彼は特定の団体に属しているのではなく、あくまでもこの周辺で行われる祭事を回って仕事をするフリーランスの司会者なのだろう。
当然それだけ場数を踏んでいる訳だから、まだ20代後半に見える若さだというのに大勢の前で話すことに手慣れているのも理解出来るというものだった。

「ああ、それじゃあよろしく・・・それで、俺達はどうすれば良いんですか?」
「まずは式次第に沿って簡単な予行をした後、新郎新婦各々に分かれてお召し替えをして時間まで待機となります」
俺はそんな彼の言葉に頷くと、まだ誰も招待客の入っていないガランとした広い式場へと足を踏み入れていた。
前にここを下見に来た時にはそこまで明確に意識していなかったのだが、改めてこうしてみるとここがとてつもなく広い空間なのが分かる。
ロブ達が式を挙げたドノゲス祭事場は規模で言えばここの半分くらいの広さだったのだが、それでも80名近い招待客に対してまだまだ広さに余裕があった。
俺達は大型の種族も含めて140名程に招待を出してはいるのだが、その全員が来たとしてもやはりこの広さが埋まるのかと言われると心許無いのは厳然たる事実だろう。
竜王様の娘の結婚式という特性を考えて一応招待客以外の者でも式には出入り出来るようにはして貰う予定だが、満席の会場で花道を歩くというプラムの希望が叶うかどうかは今のところ大きな賭けのように感じられていた。

そしてそれから2時間後・・・
マルキスの誘導に従って一通りの予行練習を終えると、俺はプラムと別れて新郎用の待機室へと向かっていた。
注文していた衣装や先週買った装飾品は全てプラムの許へと送り届けられ、彼女はそこで初めて花嫁衣装を身に着けるのだ。
一方で俺もパリッと整ったタキシードに袖を通すと、ようやくプラムと結婚するのだという確かな実感が胸の内に湧き上がってくる。
今の時刻は午前10時半過ぎ・・・
式が始まるまでにはまだまだたっぷり2時間以上もあるというのに、この強烈な高揚に満ちた時間を一体どう過ごせば良いというのだろうか・・・
先週のロブもきっとこんな風に落ち着かない時間を過ごしたのだろうと思うと、彼が入場の時にガッチガチに緊張していたのも何となく理解出来るような気がする。
だが椅子に座ったままひたすら時計を見つめ続けるだけの苦行のような時間が何とか過ぎ去ると、いよいよ式の始まる15分前になってようやくマルキスが俺を部屋へ呼びに来たのだった。

「アレス様、そろそろお時間になります。入場用ゲートの前にお越しください」
「は、はい」
そうしてマルキスについてしばらく歩いていくと、俺はガヤガヤと喧騒の聞こえてくる大扉の前で花嫁衣装に着替えたプラムを初めて目の当たりにしていた。
「あ、アレス!その・・・どう・・・?」
両脚と首に巻かれた呪術的模様の描かれた黒いバンドと、尻尾に巻かれたプラム柄のレースの飾り。
天を衝いた2つの翼爪には俺が買った骨付き肉とイエローサファイアのチャームが取り付けられていて、それがプラムの真紅の竜鱗をより煌き立たせているように感じられる。



普段の食いしん坊なプラムの姿ばかり目にしていたせいか、俺は美しく着飾った眼前の雌竜の姿に思わず声を失っていた。
「あ、ああ・・・凄く・・・綺麗だよ」
やがて何とか喉から押し出したその声を聞くと、プラムが少し気恥ずかしそうに俯いてしまう。
「それでは、入場の声が掛かりましたら演壇までゆっくりとお進みください」
そんな俺達の様子に、マルキスはそれだけを言い残して会場へと入っていったのだった。

それから少しして・・・
「それではお時間となりましたので、アレス様とプラム様の婚姻の儀を開始させて頂きます」
大扉の奥からそんなくぐもったマルキスの挨拶が聞こえてくると、それまでガヤガヤと耳を擽っていた周囲の喧騒がスーッと波が引くように静まり返っていた。
分厚い扉越しにも感じる数百の視線が、今正に俺達の方へと向けられているのだろう。
「新郎新婦の入場です!」
そして一呼吸置いていよいよ入場の声が掛かると、ロブ達の結婚式の時もそうだったように何処からともなく白いスモークが足元をゆっくりと煙らせていった。

やがてそれが合図になったかのように目の前の大扉が静かに開くと、だだっ広いはずの会場を一杯に埋め尽くした招待客達の姿が目に飛び込んでくる。
「う・・・ぁ・・・」
その瞬間、俺は何度も何度も想像し、心の中で強く望んでいたはずの光景が目の前に展開されていることに微かな違和感を感じていた。
ロブ、ジェーヌ、フィン、マローン、竜王様夫妻、ブライト、エリザ、メリカス、ラズ、エルダ、ロンディ、レグノ、バートン、ソリオ、ゾーラ、テノン、アレー、メーサ、コロット、リリガン、ロイ教授、マライア教授、モイラ教授。
更には雌竜天国で指名したローゼフやヴィステレス、娼館で知り合ったジェロム、博物館のリジー・・・
これまで少しでも絡みのあった者達に手当たり次第に招待状を送り付けた結果、信じ難いことにそのほとんどが今この会場に集まっているらしい。
だがそれでも、仮に招待客が全員集まったところでまだまだ会場の広さには余裕があったはずなのだ。
なのに今俺が目にしている光景は・・・正に足の踏み場も無い程に大勢の客達が犇めき合って、その全てが俺とプラムの結婚を祝福してくれているようだった。

「凄い・・・な・・・」
「本当に・・・こんなことって・・・」
花道で隣を歩くプラムもその光景が信じられないのか、ゆっくりと歩は進めながらもその体が抑え切れない感情に昂ぶり震えているのが伝わってくる。
中でも一際プラムに熱い視線を向けていたのは、当然と言えば当然かも知れないが彼女の両親である竜王様達だった。
「お主、少々周りに声を掛け過ぎたのではないのか・・・?会場の外にまで客が溢れておるぞ」
「おや、あたしは20名も呼んでないはずだけどねぇ・・・お前さんの方が集め過ぎたんじゃないのかい?」
「う・・・む・・・そうかも知れんな・・・」
一体何を話しているのか、微かに眼を潤ませながらプラムを見つめている竜王様夫妻がその陰で小さく小突き合っているのが目に入る。
だが明らかに招待を出した覚えの無い客達が会場内に大勢いるらしいことに気が付くと、俺は彼らがプラムの為に島の住民達を呼び集めてくれたのだろうと理解していた。

それにしても・・・
予行練習ではあっという間に辿り着いていたような気がする演壇が、何故だかまだまだ遥か遠くに感じられる。
少しでもこの時間を長く味わっていたいという内なる感情が知らず知らずの内に歩みを遅くしていたのか、或いは幸福に麻痺した脳が時間の感じ方をゆっくりにしているのか・・・
少しずつ少しずつジリジリと近付いてくる演壇に視線を注いだまま、俺はまるで体が燃え上がりそうな程の激しい緊張に焼かれていた。
きっとあそこで見ているロブも・・・正に先週の俺がそうだったように俺がガッチガチに緊張しているのをニヤニヤと見つめているのに違いない。
だが何分にも何時間にも感じられたほんの数十秒を乗り越えて演壇に辿り着くと、俺達はマルキスに誘導されてそこでお互いに向き合っていた。

「それでは誓いの言葉を」
「はい・・・」
もう喉がカラカラだ・・・
そんな唾も上手く飲み込めない程に渇いた喉が、辛うじて承諾の声をマルキスの耳へと届けていく。
「新郎アレス、あなたはプラムを妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も・・・」
予行で何度も聞いた、プラムへの誓いの言葉。
だがマルキスの声を聞きながらも、俺の視線と意識は完全に目の前にいる美しい赤竜の顔へと向けられていた。
なんて綺麗なんだろう・・・彼女の顔が・・・いや、その全身が・・・まるで光り輝いているかのように感じられる。
「・・・助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
やがてマルキスの声が途切れた気配を感じると、俺はプラムの顔を見つめながらゆっくりと口を開いたのだった。

「はい・・・誓います」
声が震えてしまいそうになるのを懸命に堪えながらしんと静まり返った会場内に聞こえる程の声量でそう答えた俺は、プラムの青い竜眼に薄っすらと溜まっていた涙がポロリと落ちた瞬間をその眼に捉えていた。
「新婦プラム、あなたはアレスを夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も・・・」
マルキスの声を聞きながらも既に口元をヒクヒクと震わせているプラムの顔を正面から見つめながら、俺も"その瞬間"が訪れるのをただじっと息を殺すようにして待ち続ける。
「・・・その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい!誓います!」
「では、愛の口付けを・・・」
その瞬間、俺はプラムの大きな両腕で荒々しく抱き寄せられると大きな口先を顔へと押し当てられていた。

俺とプラムの結婚に、指輪は必要無い。
今ここにいる一対の雌雄は心の底から湧き上がる伴侶への愛と・・・
将来の夢の実現を誓い合ったパートナーへの信頼によって既に固く結ばれていたのだから。
「ん・・・んむ・・・」
巨大な竜と人間の熱い口付けの様子を、会場内に犇めく大勢の招待客達が固唾を飲んで見守っている。
200名近い客がいるというのに水を打ったように静まり返った会場の中で、俺は激しく暴れ回る自身と・・・
そしてプラムの心臓の鼓動を全身に感じ取っていた。

やがて数十秒に亘って続いた永い永いキスが終わると、数秒の間を置いてマルキスがそっと結婚証明書を取り出してくる。
「では、こちらの結婚証明書に押印を」
招待客達はまだ感動に声を失っているのか辺りは静寂を保っていたものの、彼らの中に昂ぶり始めたある種の熱が俺とプラムの周囲をゆっくりと温めていった。
そして最後の儀式である結婚証明書への押印も無事に終了すると、マルキスがそれを大きく頭上に掲げながら宣誓の声を発する。
「以上を持ちまして、ここに新郎アレスと新婦プラムが正式な夫婦となったことを証明致します!」
その瞬間、正に会場内が割れんばかりの歓声と拍手に包まれていた。

万雷の拍手というのは、正にこういうものを言うのだろうか・・・?
会場内に集まった大勢の人々が、竜や竜人達が、獣人達が、巨人達が、一斉にその両手や前脚を打ち付けて俺達の結婚をただただ一心に祝福してくれている。
そんな身に余る幸福の波に押し流されて、俺は遂に堪え切れなくなった涙をボロリと両目から零してしまっていた。
「アレス・・・」
そんな俺の様子に気付いたのか、自身も既にボロボロと大粒の涙を溢れさせているらしいプラムが再び俺の体を抱き締める。
「アレス・・・ずっと一緒よ・・・」
「ああ・・・俺達、ずっと一緒だ」
竜王様夫妻も、幸福の絶頂に登り詰めた愛娘の姿にその身を震わせているようだ。
先週新婚夫婦となったロブとジェーヌも、異常とも言える程の会場内の盛り上がりに圧倒されているらしい。

それから始まった披露宴は、それはそれは盛大に盛り上がるものだった。
次から次へと祝福の言葉を投げ掛けられ、あのプラムでさえもが料理にありつく暇も無く方々を駆けずり回っている。
かく言う俺も総勢で数百名にも上る客達の相手をしている内にあっという間に披露宴の終了時間である18時を迎えてしまい、色々な後始末を終えてプラムと寮の部屋へと帰って来たのはそれから更に2時間を過ぎた頃だった。

その日の夜・・・
ヘトヘトに疲れ切った俺達は風呂から上がって大きなベッドに潜り込むと、どちらからともなくお互いに顔を見合わせていた。
「これで私達・・・夫婦なのね・・・」
「ああ・・・今日の結婚式・・・凄く綺麗だったよ、プラム」
そんな俺の言葉に昼間のことを思い起こしているのか、彼女がうっとりとその両眼を潤ませる。
「ありがとう・・・でも、これが私達の夢の始まりなのよね」
「そうだな・・・ちょっと順番が入れ替わっちまったけど、これからが大変だよ」
だが俺がそう言うと、プラムが突然ガバッと身を翻して俺の上へと圧し掛かってくる。
ズシッ・・・
「うっ・・・」
「そうね・・・でも今夜だけはそういうもの、全部忘れましょう?」
「あ、ああ・・・俺達の、初夜だもんな・・・」
何時に無く積極的なプラムの様子に若干の不安と身の危険は感じつつも、俺は今日という日が幸福の象徴として永遠に記憶の底へと刻み込まれるであろうことを激しい期待感とともに確信したのだった。

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