「ロブ、そろそろ飯に行かないか?」
週末の差し迫った金曜日の昼・・・
ぽっかりと講義の無い2限目の空白の時間を何時ものようにロブ達と図書館で過ごしていた俺は、少しばかり空腹を訴え始めた自分の腹を摩りながらそう漏らしていた。
「ああ、もうこんな時間か。そうだな、食堂に行こうぜ、ジェーヌ」
「ええ、分かったわ」
相変わらず、ロブとジェーヌの仲は順調に進展しているらしい。
この前大学の裏に新しく出来た雌竜天国という風俗店に行ったことで、ロブは普段ジェーヌがどれ程自分に対して気を遣ってくれているのかを理解したと言っていた。
かく言うこの俺もお相手として指名したドラゴンとケンタウロスの混血種であるローゼフと一晩過ごしたことで、人間と異種族が付き合うということがどんなに難しいバランスの上に成り立っているのかを思い知ったのだ。
まあそういう意味では、俺もロブも自分にピッタリな相手が見つかったことは僥倖だったというべきだろう。

やがて図書館を出て既に大勢の学生達で賑わっている食堂へ辿り着くと、俺は例によって大型の学生用の席で鹿の丸焼きをたっぷりと堪能している真っ赤な雌竜へと視線を向けていた。
「はは・・・もう見慣れちまった光景だけど、プラムって何時も凄い食欲なんだな」
「正直に言うと、俺も何時か彼女に取って食われちまうんじゃないかって内心ヒヤヒヤしてるよ」
そしてそんなことを話しながら食事を注文してもう定位置となった感のある窓際のテーブルに腰を落ち着けると、何時もは寡黙なことの多いジェーヌが珍しく真っ先に口を開く。
「ところでロブ・・・この週末は、私を何処に連れて行ってくれるのかしら?」
ああ・・・そう言えばロブは、雌竜天国へ行かせて貰う代わりにジェーヌに島内旅行を約束してたんだっけ・・・
「うーん・・・そうは言っても、俺はこの島のことには全然詳しくないからなぁ・・・」
「ジェーヌは、何処か自分で行きたいところとか無いのかい?」
「私はロブと居られれば十分なんだけど・・・彼が寂しい夜の埋め合わせをどうしてくれるのか、興味があるのよ」

だがそれを聞いたロブの顔に、微かにだが苦い表情が浮かんでいた。
ジェーヌへのプロポーズの時もそうだったように、一見してプレイボーイ然としているにもかかわらずこれまで恋愛感情というものに疎かったロブは女の子との付き合い方が良く分かっていないのだろう。
まあその点に関して言えば俺も全くロブと同じ立場なのだが、どちらかというと豪放な性格のプラムに対しては余り余計な気遣いをしないで済んでいるのが俺にとって幸いだったというべきだろうか。
「う・・・あ、明日までに考えておくよ」
「それじゃあさロブ・・・この後3限目の講義が終わったら、温泉宿に行く前にちょっと付き合わないか?」
「付き合うって、何処に?」
そんな俺の言葉を聞いて全く食事の手が進んでいなかったことに気付いたらしいロブが、そう言いながらようやく手にしていたパンを口へと運ぶ。

「ほら、月曜日の"竜と人間"の講義で、アイザック教授がアディっていう竜使いの導師の話をしてただろ?」
「ああ・・・そう言えば、あの後その講義に出てきたアメリアって雌竜を訪ねようかって話になったんだっけな」
「だから、行ってみないか?アメリアのところに」
俺がそう言うと、ロブもようやくパンと一緒に話を飲み込んだのか少しばかり明るい表情を浮かべていた。
「そうだな。それに数十年もこの島で暮らしてる雌竜なら、観光名所とかも知ってるだろうし」
「それじゃあ、期待してるわ。アレスの方は、何か週末の予定は決まってるの?その・・・彼女と」
やがてそう言ったジェーヌが、チラリとプラムの方へと視線を振り向ける。
あ・・・何時の間にか食べてる物が豚の丸焼きに変わってる・・・
その視線を追ってどうでもいいことに気が付いた俺は、ふと週末の予定をどうしようかと今更ながらに悩んでいた。
「そういや俺も何も予定を決めてなかったな・・・旅行は前にプラムに連れて行って貰っちまったしさ」
「旅行って・・・その時はどんなところに行ったんだ?」
少しでも情報収集がしたいということなのか、旅行という言葉に反応して突然ロブが食い入るようにそう訊いてくる。
「んー・・・まあ大方が食べ処巡りだったな。少なくとも、ロブが想像してるようなロマンチックな旅行じゃないよ」
「そ、そうか・・・」
だがプラムのあの喰いっぷりを目にしてそんな俺の言葉に納得したのか、彼が何処か消沈気味に肩を落とす。
「取り敢えず、早いとこ飯を食って講義室に移動しようぜ」
そして話に夢中になっている内に何時の間にかもう15分しか昼休みが残っていないことに気が付くと、俺達は今度は猪の丸焼きにも手を出し始めた向こうのプラムと同じように全員で黙々と食事に集中したのだった。

やがて何とか講義開始の5分前に食事を終えて食堂を出て来ると、俺は次の講義室に向かいながら横にいたロブに話し掛けていた。
「次は確か、"竜語と爪文字"の講義だったよな?」
「ああ・・・正直に言うと俺、ちょっとあの講義は苦手なんだよな・・・」
「どうして?」
だが俺がそう訊くと、ロブがポリポリと頭を掻きながら言い難そうに答える。
「だって、あの講義だけは歴史とかそういうのじゃなくて、完全に知識を付ける為の講義だろ?」
「ああ・・・そういやお前、暗記が必要な科目は高校の時から苦手だったもんな」
そんな俺達の会話に、シュルシュルと長い尾を波打たせながら後ろからついて来たジェーヌが少しだけ眉を顰める。
「そんなに嫌なら、講義を休んで3限目は図書館で過ごしましょうよ。私とロブの2人っきりでね・・・」
俺は一瞬ジェーヌにしては珍しいことを言うと思って背後を振り返ったものの、彼女の顔に浮かんでいた何処か安心の出来ない意地悪そうな表情にそれがロブを焚き付ける為の演技なのだということをすぐに悟っていた。
遅れて後ろを振り返ったロブも一目でそんなジェーヌの意図を察したのか、慌てて前へと視線を向けたのが視界の端にチラリと映る。

「い、いや・・・ちゃんと受けるよ!」
はは・・・ジェーヌも、随分とロブの扱いが上手くなったもんだな・・・
「俺は結構あの講義好きなんだけどな・・・ほら、竜語って結構ドラゴンの名前に使われてることが多いだろ?」
「まあ確かに・・・そう言えば、プラムの名前も"羽"って意味なんだよな?飛ぶのが得意だからって」
「ああ・・・じゃあ何で"飛ぶ"って意味にしなかったんだって訊いたら、"ボーラ"だと可愛くないでしょってさ」
俺はそう言うと、ふと背後のジェーヌの方を振り返っていた。
「そう言えば、ジェーヌはどうしてジェーヌって名前を付けられたんだ?」
「さあ・・・でも西洋の方ではメリュジーヌっていう蛇女の伝承があるみたいだから、そこから来てるのかもね」
成る程・・・そう考えると、様々な幻獣達の集まるこの半月竜島はある意味で世界中の神話や伝説、或いは伝承などといったものの集大成とも言えるのかも知れない。
そして話している内に講義室へ辿り着くと、俺達は部屋の中段の席に着いて講義の開始を待ったのだった。

それから少しして・・・
やがて講義開始のチャイムが鳴ると、それを見計らったかのように講師のロイ教授が部屋の中へと入ってきた。
「こんにちは諸君。それじゃあ、今日も竜語の講義から始めていこうか」
ふと横を見ると、ロブが何となく渋い顔をしているようだ。
まあ確かに詰め込み型の授業や講義はそれが苦手な者にとっては苦痛に感じることもあるのかも知れないが、この大学では特に試験があるわけでもないんだしそんなに苦手意識を持つことも無いと思うのだが・・・
だがもう少し注意深くその様子を観察していると、ロブの奥にいたジェーヌが真剣に講義の内容に耳を傾けている様子が目に入ってくる。
まあ根が真面目な彼女にとっては何時ものことなのだが、もしかしたらロブはジェーヌに何らかの形で後れを取ってしまうかも知れないという漠然とした不安と戦っているのかも知れない。
何時もは彼女の無言の圧力に何処か怯えているような印象のあるロブも、彼女に負けてはいられないというようなある種の男としてのプライドのようなものがあるのだろう。

だがそんなロブの静かな葛藤をよそに、ロイ教授による竜語の講義は淡々と進んでいった。
これまではドラゴンという種がその日常の生活の中でよく見聞きする事象を示す単語が多かったのだが、今回はそれらよりも後に作られた比較的新しい概念を示す単語を中心にした内容らしい。
ただ面白かったのは、同じような意味を持つ言葉でもそれが名詞か動詞か形容詞かなどによって小さな変化に留まるものもあれば全く別の言葉になってしまうものもあるということだった。
例えばラム(悪)、ラモ(悪い)というのは特に変化が少ない例で、その対義語であるバッドン(善)、ボウエン(良い)などは典型的な変化の大きい言葉になるらしい。
一方でガロル(長い、長く、長め)、コロット(短い、短く、短め)のように特定の概念を示す単語は複数の形態を一語で表すらしく、比較的単純な言語に分類される竜語もその完全な習得にはやはり時間が掛かるのだろう。
そういう意味では、須らく長寿であることが多いドラゴン達だからこそ扱えた特殊な言語だったという見方も出来るかも知れない。

やがて講義の内容が爪文字の方へ移ると、今回はドラゴンが自身の住み処を訪れた同族向けの案内などに使うようなより実用的な文字が数多く登場した。
Vのように左右から中央に向けて斜めに降ろした直線を下でくっつけると、これがそのまま"竜"を示す文字になるのだという。
ということは、恐らくは長く伸びたマズルを正面から見た時の象形文字のような意味合いも含んでいるのだろう。
他にもTのように直線の上に横棒を引くと直進、横棒を左右にずらして鍵型にすることでその通り左や右を表し、反対に下側で横棒を引くと後退や引き返せというような意味になるという。
「ああ・・・これは結構分かりやすいな」
「これなら、ドラゴンの住み処の場所なんかを木に彫って案内出来るってわけか」
だがそんな俺達の会話に、ふとジェーヌが小さな声で割り込んでくる。
「でも余りに記号が単純過ぎるのも、別の記号と見間違えそうで不安よね。ガサツなドラゴンだっていただろうし」
「はは・・・それは確かに・・・」
そう言いながら頭の中に思わずプラムを思い浮かべてしまったのは、永遠の秘密にしておこう・・・
そしてそんな講義の時間もあっという間に終わってしまうと、俺とロブは5限目の講義を待つ為に図書館へ向かったジェーヌを見送ってから大学を後にしたのだった。

「ふぅ・・・今週もやっと終わったな・・・」
「ああ・・・楽しいことばかりで時間なんてあっという間に過ぎてくような気がしてたけど、1週間は1週間なんだな」
「それで、取り敢えずはアメリアを訪ねてみるんだろ?角笛で呼んだ足でも行けるかな?」
確かに幾ら従業員の送迎の為にこの島をあちこち飛び回っているとは言っても、温泉宿から迎えに来てくれるドラゴン達も普段は極普通のこの島の住人なのだ。
彼らにだって当然これまで行ったことの無い場所はあるだろうし、ましてや目的地であるアメリアの住み処というのが森の中なのであれば正確な場所を知っていないとそこへ辿り着くのは難しいのに違いない。
「まあ取り敢えず、呼んでみるか。竜王様の住み処の近くだって言ってたから、最悪歩いて探せるだろうし」
俺はそんな楽天的なロブの考えに一応同調すると、温泉宿の社員証である角笛で迎えのドラゴンを呼んだのだった。

そして、それから数分後・・・
「お、来た来た・・・」
不意に空を見上げながらそう呟いたロブの視線を追ってみると、黄土色の鱗に身を包んだ2匹の雄竜がこちらに向かって飛んできているのが目に入る。
あれは多分、前にも俺達を迎えに来てくれたことのある2匹だろう。
そしてそのまま俺達の目の前へそっと降り立つと、彼らがどちらからともなくこちらに背を向けてくる。
「さあ、乗るが良い」
「行き先は何処にするのだ?」
それを聞いて、ロブが少しばかり自信の無さそうな声で彼らに訊ねていた。
「その・・・アメリアっていう雌竜の住み処って知ってるかい?」
「アメリア?」
やはり行ったことの無い場所は知らないのか、ロブに訊かれた雄竜が微かに首を傾げる。
「ああ、それなら我が知っている。竜王様の住み処に程近い森に居を構える、赤竜のことだろう?」
だがもう1匹の雄竜がしばしの沈黙の後にそう言うと、途端にロブの顔に歓喜の色が広がっていた。
「本当に?詳しい場所が分かるのかい?」
「ああ・・・我が案内しよう。お主は我についてくれば良い」
「うむ、分かった」
そして彼らの間でも話が纏まると、俺は先に銅貨を2枚支払って雄竜の背中へと攀じ登ったのだった。

「こっちだ」
それからしばらく心地良い風を受けながら空を飛んでいると、竜王様の住み処の方へ向かっていた案内役の雄竜が不意に向きを変えて微かな森の切れ間へと向かって急降下していった。
そして周囲に比べて僅かに木々の疎らな広場のような場所へ降り立つと、そこで地面の上に降ろしてもらう。
「ここが・・・?」
「いや、アメリアの住み処はもう少し森の奥に入ったところにある洞窟だ。我についてくるが良い」
だがそう言われて静かに歩き出した雄竜の後について深い森の中へ足を踏み入れると、俺は周囲の木の幹に昼間習ったばかりの方向を示す爪文字が刻まれていたことに気付いていた。
「もしかしてこれ・・・アメリアの住み処への目印かい?」
「そうだ・・・お主ら、この文字が読めるのか?」
「ああ・・・大学の講義で、本当についさっき習ったばかりでね・・・」
そう言うと、雄竜達が驚いた様子でお互いに顔を見合わせる。
「それならば、我の案内が無くともアメリアの住み処へは辿り着けるだろう」
「そうだね、ちょっと試してみるよ。ここまで送ってくれてありがとう」
「では、また用があれば呼ぶが良い」

それから数分後・・・
そう言って森から飛び立っていった雄竜達を見送ると、俺達は再び深い森の中へと進んでいった。
「えーと・・・まずは直進か・・・この細い道なりに進めば良いのかな・・・」
「それにしても、いきなり大学で習ったことが役に立つだなんて思ってもみなかったよ」
「ちゃんと講義受けといて良かっただろ?お、ここを左だな」
やがて幾度か表れる爪文字に従って森の中の回廊を進んでいく内に、ついに黒い岩壁に掘られた大きな洞窟が唐突に俺達の目の前にその姿を現す。
「ここ・・・だよな?」
随分と深い洞窟だ・・・地面は比較的平坦なようだが、奥の方は完全な暗闇に覆われていてとても明かり無しで中に入ろうという気にはなれそうにない。
しかしそこは無鉄砲なロブのこと・・・
彼は一寸先も見えない闇にも全く怯むこと無く洞窟の中へ入っていくと、手探りでその暗がりの中を進み始めていた。

「お、おいロブ・・・気を付けろよ」
ロブを見失ってはならぬとばかりに俺も慌てて中へ入ってみたものの、曲がりくねった道のせいで外の光が中まで届かずに視界一面が暗黒に覆われてしまう。
だがそろそろ一端引き返した方が良いのではないかと思い始めたその時、突然洞窟の奥から低くくぐもった誰かの声が聞こえて来た。
「おんや・・・このワシに客人とは、珍しいこともあるものじゃのぉ・・・?」
「え・・・?」
今のは・・・アメリアの声なのだろうか?
「人の身に闇の中は歩きにくかろうて・・・お主ら、そのまましばし待っておれ。今明かりを点けてやるでの・・・」
そしてそんな声が聞こえると、奥の方で火を焚いたのかポッという仄かな明かりが漆黒の闇に沈んでいた洞内を優しく照らし出したのだった。

「お・・・明るくなったぞ」
ほんのりとした薄明かりとは言え周囲の岩壁の輪郭が見えるようになったことで、先を行くロブが少しばかりその足を速める。
俺もそれについて小走りで駆けて行くと、やがて洞窟の奥まったところにある少し広めの空間に予め用意されていたかのような大きな薪床が組まれていて、そこに今は煌々と焚き火の炎が燃えていた。
そしてその隣りに、炎に映える真紅の鱗を身に纏う体高3メートル程もある巨大な雌の老竜がゆったりと蹲っていた。
「おうおう・・・よう来たのぅ・・・ワシに何ぞ、用向きかえ・・・?」
「あ、あなたが・・・アメリアですか・・・?」
「そうじゃよ・・・お主ら、あの学び舎でアディの話でも聞いてここへ来たのかの?」
俺達の姿を一目見ただけでそれを言い当てたということは、きっと同じようにしてここを訪れる人間は少なからずいるのだろう。
だがそれにしても・・・アディが竜遣いとして旅立った時にはまだ生まれたばかりの仔竜だったと聞いていたのに、ある意味であのロンディやジェロム以上に老竜らしい彫りの深い皺だらけの彼女の顔が俺の目には意外に映っていた。

「そうなんだけど・・・正直こんな老竜だとは思ってなかったよ。アディって、そんなに昔の人じゃなかっただろ?」
「ワシはアディと共に旅をする内に、彼から様々な秘術を受けてのぅ。それで、歳の割りに老けてしもうたのじゃ」
様々な秘術・・・ということは、アディはアメリアを実験台にして自身が身に付けたそれらの効果を確かめていたとでも言うのだろうか?
いや・・・確かにアディは凶暴なドラゴンばかりを相手に調伏行為のようなものを行っていたのだから、秘術が本当に有効なのかを事前に確かめておくのはとても重要なことだったのだろう。
でもそれを、一緒に旅をしていたアメリアに対して行っていただなんて・・・
「でも、一体どんな秘術を・・・」
「何、お主らが想像しておるような酷いことはされてはおらんよ」
そう言いながら、アメリアがフゥと小さな息を吐く。
「ただ恐らくはアディも気付かぬ内に、ワシの体には小さな負担が積み重なっていったんじゃろう」
「じゃあ、それは秘術そのものの影響じゃないってことか?」
「そうじゃ。アディもそれに気が付いてからは、ワシの体で秘術を試すことは無くなったからのぅ」
そうだったのか・・・
人と竜を結び付ける為に世界各地を渡り歩きながら旅をしていたアディにとって、自分の行動がアメリアの体に想像以上の負担を掛けていたことを知った時はきっとショックを受けたことだろう。
それでなくても、アディは彼女の母親であるロメリアをその手に掛けてしまっていたのだから。

「まあ、ワシの体を気にすることは無いぞ。別に寿命が縮んだわけではないからの」
「寿命が縮んだわけじゃないって、どうして分かるんだ?」
「実際に測ってみたからじゃよ。命数の儀と言ってのぅ・・・残された寿命を知る特殊な秘儀があるのじゃよ」
そう言うと、不意にアメリアが少しばかり不気味な表情を浮かべて俺達の顔を覗き込んでくる。
「試しに、お主らの寿命も測ってみるかえ・・・?」
「い、いや、俺は遠慮しとくよ」
「俺も・・・何時死ぬか分かっちまうのはちょっと嫌だな・・・」
普段は無鉄砲で切り込み隊長な感のあるロブも、流石にこれには難色を示すらしい。
「ところでちょっと訊きたいんだけどさ・・・アメリアは、この島に来てから長いのかい?」
「そうじゃのぅ・・・かれこれ、もう50年近くはここに住んでおるかの?」
「それじゃあ・・・何処かお勧めの旅行先とか、知ってたりしないかな?」
だがそんなロブの質問に、恐ろしく勘が鋭いらしいアメリアがニヤリとした笑みを浮かべる。

「何じゃ?お主は思い人との旅先にでも悩んで、ワシのところへ相談に来たのかえ?」
「う・・・あ、ああ・・・実はそうなんだ・・・」
それを聞くと、アメリアが何かを思い出すように洞窟の天井へとしばし視線を向けていた。
「ふむ・・・ならば海じゃな。この島の東端に、小さな入り江があるのじゃ」
「入り江?」
「純白の砂浜の周囲が岩壁に囲まれておっての・・・まるで箱庭のような入り江なのじゃ。隠れた穴場じゃよ」
海、か・・・
確かに言われてみれば、海外旅行へ行くというわけでもないんだからこの島の中にある既存の施設を巡ったところで特別感など出せるわけが無い。
それならいっそ、普段足を運ばないような自然の風景を見に行く方が思い出作りの旅行としては順当というものだろう。
ロブもその事実に気が付いたのか、さっきまで不安げな表情を浮かべていたその顔がパッと明るく輝いていた。
「ありがとう!それでいってみるよ!」
「良かったなロブ。ジェーヌに締め殺されなくて済んでさ」
「ああ、アメリアは命の恩人・・・いや、恩竜だよ」
そこまで言うのか・・・まあ、確かにあのジェーヌを怒らせたらどうなるのかは想像するまでもないけどさ・・・

「それじゃあ、そろそろ行こうかロブ?」
「そうだな。それじゃアメリア、良い情報をありがとう。また機会があったら遊びに来るよ」
「ふむ・・・待っておるよ。気を付けて帰るのじゃぞ」
やがてそんなアメリアの声を背に浴びながら外へ出てみると、既に空には薄っすらと夕焼けが掛かり始めていた。
「ん・・・もうこんな時間か。どうするロブ、温泉宿に寄ってくか?」
「いや、俺は明日の旅行の計画立てないといけないから先に帰るよ。例の入り江って奴の下見もしたいしさ」
「そうか。じゃあ、俺は仕事に行くよ。プラムは今日も例の店に出勤らしいから、一晩暇だしな」
そして木の幹に刻まれた爪文字の案内を頼りに元の広場のような場所まで戻ってくると、俺達は帰りの足を呼ぶ為に角笛を高らかに吹き鳴らしたのだった。

「じゃあなロブ」
「ああ、また来週な」
そう言って迎えに来てくれた2匹の雄竜達の背にそれぞれ跨ると、俺は例の入り江の下見にでも行くのか東の方へと飛んで行ったロブと別れて温泉宿へ向かっていた。
何時もよりも出勤時間は遅めだが、今夜はプラムも仕事で帰って来ないからゆっくりと気の済むまで働くとしよう。
だがそれはそれとして、明日の予定はまた別に考えなければならないだろう。
別に島内旅行で楽しい思い出を作りに行くロブとジェーヌ達に触発されたというわけではないのだが、この貴重な大学生活は1日たりとも無駄にはしたくないという思いが心の何処かにあったことは間違い無い。
そしてそんなことを考えている内に温泉宿に着いてしまうと、俺は取り敢えず仕事に集中することにした。
脱衣室で服を脱いでから出勤の打刻をして、大勢のドラゴン達が湯船に浸かる大浴場へと足を踏み入れる・・・
幻想と近代科学が融合したこの島で体験する出来事はその全てが新しく、そして奇妙な刺激に満ち満ちている。
だが真っ白な湯煙の中を歩きながら周囲を見回していると、俺はやがて2匹の大きな赤竜が心地良さそうに並んで白い湯の中に体を浸している場面に遭遇していた。

「ほう・・・ようやく来たか・・・待っていたぞ。先に良いか?」
俺の姿を見つけるなりザバァッという音と共に湯船から這い出して来た赤竜が、不意にもう一方の方を振り返りながらそんな声を掛ける。
「構わぬぞ。我はゆっくり湯に浸かれればそれで満足だからな」
「フン・・・私に湯浴みをするなど人間のようだなどと抜かしておいて、今や貴様の方がすっかり湯の虜ではないか」
「仕方無かろう?人間のお陰で我も湯浴みの心地良さを知ってしまったのだ。その件については済まぬと思っておる」
話し方を聞く限りではどちらもそれなりに歳を経た雄のようにも感じられるのだが、意外なことに彼ら・・・いや、彼女らは2匹とも雌の竜らしかった。
今し方湯船から上がってきた方は背も腹も体が全て真っ赤な体毛に覆われていて、それがまるで水に濡れた犬のようにだらりと情けなく垂れ下がっている。
だがまだ湯船に浸かっている方の雌竜は、顎の下から微かに灰色掛かった白毛が腹の方まで伸びているらしい。
ということは彼女達は母娘や姉妹などではなく・・・単なる湯浴み仲間といった関係なのだろうか?

「フフフ・・・何を呆けておるのだ。早く背中を擦ってくれぬか?」
そしてそう言いながら、目の前にゆったりと蹲った赤竜がその広大な背中を俺の方へ突き出してくる。
「あ、ああ・・・」
取り敢えず、彼女は俺に背中を擦って貰いたいだけらしい。
きっと長い体毛のお陰で、体のあちこちが痒いのだろう。
ガリガリ・・・ゴリ・・・ゴシゴシ・・・
「おお・・・心地良い・・・もっと上の方も頼むぞ」
「ちょっと訊きたいんだけどさ・・・その・・・あんたは、あっちの雌竜とは一体どういう関係なんだ?」
「ただの幼馴染よ。だが奴は、住み処の近くにあった温泉で湯浴みするのが好きだった私を人間のようだと嘲ってな」
そう言いながら、彼女が俺の手の場所へ痒い場所を押し付けるかのように微かにその背を動かす。
「それが、何時の間にか彼女の方も風呂好きになっちまったのかい?」
「まあ、そういうことだ。尤も、奴の場合はもっと間抜けな話があるのだがな」
彼女によると、どうやらあの雌竜は峻険な岩山の中腹に住み処を構えてそこに無数の財宝の山を築き上げ、それに釣られて最初に住み処へと入ってきた雄竜を自身の夫に迎え入れるつもりでいたらしかった。
しかし意外なことに最初に住み処を訪れた雄は翼を持つドラゴンなどではなく・・・1人の人間の男だったという。
そして結局その人間を伴侶に選んだあの雌竜は、風呂に入りたいという夫の要望を叶える為にかつて人間のようだと馬鹿にした幼馴染の雌竜が愛用している秘湯へと彼を連れて行ったのだそうだ。

「まあかく言う私も、たまたまその場に居合わせた人間と共に湯に浸かって湯浴み仲間の大切さを学んだのだが」
「じゃあ、今は仲直りしてお互いが湯浴み友達になったんだな」
そんな俺の言葉に、赤竜が気持ち良さそうに顔を綻ばせながら小さく頷く。
「だが私に対する負い目か気恥ずかしさからかは分からぬが、奴は私の体を掻いてはくれぬのだ」
「成る程、それで今回は人間が奉仕してくれるこの温泉に入ってたってことか」
だがそこまで聞いてから、俺はふと彼女にある疑問をぶつけていた。
「あれ?それじゃあ、あんたは普段は何処で風呂に入ってるんだ?」
「島の北の外れに、ここよりも遥かに大きな湯浴み場があるのだ。人間が羽を伸ばすにも、なかなか良い場所だぞ」
町の北に、ここよりも大きな温泉があるだって・・・?
それに彼女の口振りから察するに、そこはこの宿のようなドラゴン専用の温泉などではなく人間を含めたその他大勢の種族が同時に利用出来る場所なのだろう。
いわゆる、スパリゾートという類の施設なのに違いない。
それじゃあ明日は、プラムとそこへ遊びに行ってみるのも良いかも知れないな・・・
そして週末の予定が固まったことで俺も気兼ね無く仕事に打ち込むと、十分に満足したらしい雌竜が再びその大きな体を揺らして仲間の待つ湯船へと戻っていったのだった。

それからしばらくして・・・
「大分体もふやけちまったなぁ・・・そろそろ上がろうかな・・・」
あちこちで大勢のドラゴン達に呼び止められては一緒に風呂に入ったり背中を流したりしている内に何時の間にかもう4時間程も経っていたらしく、俺は美しい星々が煌く夜空を見上げるとそう思って脱衣所に戻っていた。
プラムがいないから初めの内は一晩中でも働こうかと思っていたのだが、流石にそんなに長く風呂にいるのはそれだけでも疲れてしまうものらしい。
そして体を拭いて服を身に着けると、俺は帰りの挨拶の為に受付へと戻っていた。

「おお、ご苦労じゃったのぉ・・・ほら、給金じゃ」
相変わらず優しそうな笑みを浮かべた大きな老竜が、そう言って息子のマローンに銅貨の山を持って来させる。
「コレ・・・キュウ・・・キン・・・」
「マ、マローン・・・あんた・・・人の言葉が喋れるのか?」
「フィ・・・フィンガ・・・オシエテ・・・クレテル・・・」
これまで唸り声しか聞いたことが無かった茶色い雄竜のマローンが片言ながらも人間の言葉を話したという衝撃の事実に、俺は驚きの表情を浮かべながらもすぐに気を取り直して笑みを浮かべていた。
「そうだったのか・・・彼女とは上手くいってるのかい?」
だがそれに答える言葉は知らなかったのか、彼が無言のままうんうんと長い首を縦に振る。
「ありがとう。フィンにもよろしくな」
そしてマローンから銅貨を受け取ると、俺はそのまま彼の背に乗せて貰って大学の寮へと帰って来たのだった。

「ただ今・・・と言っても、プラムはいないんだよな・・・」
やがて自室に戻ると、俺はもう夜の10時過ぎだというのに誰もいない寂しい部屋を見回して小さく息を吐いていた。
これが・・・プラムのいない生活か・・・
今日は朝早く揃って部屋を出た時以外にプラムとは言葉を交わしていないのだが、それでも講義の合間に食堂で彼女の姿を見掛けるだけで俺は寂しさなどまるで感じなかったものだった。
常に目の前でいちゃついているロブやジェーヌ達と一緒にいてさえそうなのだから、俺にとってプラムという存在はこの島で暮らしていく上で本当に心の支えになっていたのだろう。
試しに広いベッドに横になってみるものの、風呂上りで火照った体に心地良い布団に包まっているはずだというのにどういうわけか一向に眠気が襲ってくる気配が無い。
「う〜ん・・・先週は1人でも寝付けたんだけどなぁ・・・」
だがもぞもぞと布団の中が温まるまで数十分程寝転がっていた俺は、ふと思い立ってガバッと体を起こしていた。

何処かに出掛けてみようか・・・
考えてみれば俺はこの島に来た最初の日の夜からプラムと一緒に過ごしていたから、これまでにまだ1度も夜遊びをしたことが無いのだ。
この町は昼間でさえ人間社会では見たことも無い世界が其処彼処に広がっているというのに、夜は夜でまた別の顔を持っていたりしないのだろうか・・・?
不意に胸の内に湧いたその好奇心に満ちた疑問に、俺は考えるよりも早くベッドから這い出すと服を着替えていた。
そしてもう眠りに就いているのだろう他の住人を起こさないようにそっと寮を後にすると、深夜の闇に覆われた静かな町へと繰り出していく。
幸い手元にはついさっき仕事で稼いだ銅貨が沢山あることだし、まずは歩いてその辺を散策してみるとしよう。
俺はそう思って既に半数程は明かりの消えている建物を見回すと、様々な幻獣達に混じって通りを歩き始めていた。

太陽が出ていないから日傘を差さずに歩いている吸血鬼の一行がいたかと思えば、反対に月を見ると凶暴化でもしてしまうのか"月傘"を差して歩く狼男が何処と無くシュールな雰囲気を放っている。
普通の烏は鳥目じゃないはずなのに大烏は夜目が利かないのか空を飛ばずにフラフラと地面を歩いているし、昼間に見ても特に違和感を感じなかったデュラハンもこんな暗い夜に目にすると思わずドキッとする程に怖かった。
そんな初めて目にする夜の町を当ても無く歩いている内に、ふと通りの向かい側にある竜卵食の専門店が目に入る。
「あれ・・・こんな店あったんだ・・・って、夜10時から朝7時までの営業なのか。そりゃ気付かなかったわけだ」
取り敢えず、丁度腹も減ってきていたところだしまずはここで夜食と洒落込むことにしよう。
そして相変わらず大きな入口を潜って店の中へ入ってみると、俺はそこに広がっていた余りにも想像と懸け離れた店内の様子に思わず目を丸くしたのだった。

21、22、23・・・
20メートル四方はありそうな広い空間の中に、ざっと数えてみただけでも25名程の客がいるようだ。
だが大学の講義室と同じように体のサイズに合わせた数種類の大きさのテーブルが設置された座敷部分には、4名の吸血鬼グループと何だか良い感じの雰囲気になっているゴブリンとフェアリーのカップルの2組しかいないらしい。
その他の大勢の客達は、店内の4箇所に設けられた直径3メートル余りの分厚い透明な円筒の部屋の周囲に集まって何やら騒ぎ立てているようだ。

とそこへ、恐らくは店主なのだろう真紅の鱗を身に纏った長身の竜人が奥の方からやって来た。
「ふむ・・・こんな夜更けに人間の客とは珍しいな。歓迎するぞ。私が店主のメリカスだ」
メリカスというのは、確か"真紅"という意味の竜語だったはず。
それに以前"竜人の生態"の講義で講師をしていた青鱗の竜人ラズとその印象が似通っているのは、やはり竜人という種族そのものがもつ共通の雰囲気によるものなのだろうか?

「あ、ああ・・・よろしく」
「とにかく、食事をしていくのなら席へ案内しよう。それとも、産卵の見学だけにしていくか?」
「産卵の見学?じゃあ、あの透明な円筒の周りに集まってる連中って・・・」
俺がそう言うと、メリカスが少しばかり呆れた様子でワイワイと賑わっているその集団を一瞥する。
「ああ、そうだ。あの中で、今正に竜が卵を産んでいる。それを調理して提供するのがこの店の主旨というわけだ」
「腹が減ってるから何か食べたいんだけど、メニューは何があるんだい?」
「そこに品書きが展示されている。決まったら私に教えてくれ」
そんなメリカスの言葉に彼が指差した背後を振り向くと、入口の横に設置された分厚いガラスケースに10種類程の卵料理のレプリカが展示されていて、それぞれの料理の横に数枚の銅貨が積み上げられている。
あの銅貨の枚数が、その料理の値段を示しているというわけか・・・
確かに彼が言った通り店内に人間の客が見当たらないことや営業時間を考えると、この店のメインターゲットは主に夜行性の住人なのだろう。
言われてみればこの島に暮らしている幻獣達の中でも恐らくは夜行性なのだろう種族は相当数いるだろうから、こういう形態の店は探せば他にもあるのかも知れない。

「それじゃあ・・・このオムライスなのかな・・・これにするよ」
「承知した。料理が出来るまで席で待っているか、竜の産卵の様子でも見て時間を潰していてくれ」
俺はそう言って奥へと引っ込んでいったメリカスの後姿を見送ると、試しに集まっている客が少し疎らな円筒の部屋へと近付いていった。
「どれどれ・・・」
そして彼らの間からその中を覗き込んでみると、1匹の大きなドラゴンが円筒の壁に背を預けるようにして座り込んでいるのが目に入る。
だが深い緑色の鱗を背に纏い腹側には真っ白な皮膜を張ったそのドラゴンは俺の予想に反して・・・
驚くべきことにどうやら雌ではなかったらしい。

「あれ・・・?」
見れば股間の部分には確かに雌の竜膣らしき深くて長いスリットが走っているのだが、尻尾の先が何処からどう見ても雄の肉棒のような歪な形状になっている。
「これ・・・雌竜、なんだよな・・・?」
だが俺がふと漏らしたその呟き声に、隣にいた若い獣人が答えてくれた。
「こいつは雌雄同体の竜なんだよ。1匹だけでも無精卵なら幾らでも産めるってぇ特殊な種族らしいぜ」
「へぇ・・・」
成る程・・・だから両性具有になっているというわけか。
本来は恐らく雌雄を問わず別の誰かとまぐわってちゃんとした子を生す種族なのだろうが、どうせすぐに食べられてしまうのだから自家発電で手っ取り早く卵だけ産んでしまおうということなのだろう。
そしてそんな想像に身を任せながらそのドラゴンの様子を窺っていると、やがて彼女(?)が俺の見ている目の前でゆっくりと自身の尻尾を持ち上げたのだった。

恐らくは雄竜の肉棒を模しているのだろう捩れた円錐型の粘膜に覆われた尻尾の先端が、まるで先走りの汁のようにピュピュッと透明な粘液を分泌する。
そしてウネウネとまるで彼女のものとは別の意思が宿っているかのようにその身を躍らせると、自ら太い両脚を左右に開いて無防備な姿を晒した主の股間に向けてゆっくりと近付いていった。
ズ・・・ズグッ・・・
そしてその尖った穂先が膣口の狭いスリットを捉えた次の瞬間、何の躊躇いも無く尻尾の先がその肉洞へと突き入れられる。
分厚い壁のせいで彼女の声や内部の音は外には聞こえないようになっていたというのに、俺はその激しい挿入の様子にくぐもった水音や彼女の上げた甲高い嬌声が直に聞こえたような気がした。

グチュ・・・グッチュ・・・グリリッ・・・
そんな実際には聞こえないはずの音が、容赦無く膣内を抉り掘り進む尻尾の躍動に合わせて脳内に再生されていく。
その度に彼女の顔が強烈な快楽に歪み、力無く地面の上に垂れていた両腕がその体諸共ビクンビクンと跳ね上がる。
「う、うわっ・・・」
膣内で尻尾が暴れる度に苦しげにきつく目を閉じながら何かを叫んでいるような彼女の姿は余りにも痛々しく・・・
それと同時に周囲でその光景を見守っていた者達の胸に倒錯的で背徳的な凄まじい興奮をも呼び起こしていた。
自分自身で動かしているのか、それとも本当に彼女とは別の意識のようなものが乗り移ったのか、傍目には自身の尻尾を秘所に突っ込んでいるだけだというのにその責めが更に苛烈に激化していく。
ジュブッ!ジュブッ!と雌の最奥を突き上げながら愛液を弾けさせる容赦の無い肉棒の暴虐に、彼女は半ば白目を剥きながらそれでもなお自らを抉り貫く雄槍を止めようとはしなかった。

ズン!グリグリグリッ!ジュップ・・・ドシュッ!
実際の肉棒では決して再現出来ないような強烈な抽送に無慈悲な捻りが加えられ、深々と彼女を貫いた尻尾が敏感な膣肉をこれでもかとばかりに摩り下ろしていく。
口の端から涎を垂らしながら半狂乱になって泣き叫んでいるように見える雌竜の姿には同情の念も湧き上がってくるものの、俺はそれ以上に背筋を駆け上がっていく熱い疼きに何時の間にかテントを張ってしまっていた。
ズグッ!ビュピュッ・・・ビュルル・・・
やがて幾度と無く膣を突き上げていた尻尾がその内部に勢い良く熱い分泌液を放出すると、絶頂を迎えたらしい彼女がまるで痙攣したかのようにその全身をガクガクと震わせる。
そしてしばらくそんな快楽の余韻にヒクヒクと蕩けた表情を浮かべていると、やがて力尽きたかのように彼女ががっくりとその場に項垂れていた。
「終わった・・・のか・・・?」
一体・・・なんて激しい自慰なのだろうか・・・
気絶はしないまでも意識が朦朧とするまで自身の秘所を責め嬲るその彼女の様子に、俺はただ傍でその光景を見ていただけだというのに何時の間にか全身にぐっしょりと汗を掻いてしまっていたらしい。

だが流石にもう体を休めるのだろうと思って見ていると、やがて彼女が虚ろな瞳で宙を見つめたままゆっくりと自身の膣から尻尾を引き抜いていた。
そして静かに体をうつ伏せに引っ繰り返しながら起き上がり、地面の上に四つん這いで蹲る。
もしかして、これから更に卵を産もうというのだろうか・・・?
ただでさえ立っているのもやっとのように見えるその疲弊し切った体で、この上産卵の負担を掛けるだなんて正気の沙汰とは思えない。
しかし彼女は霞んだ意識の中でもまるでそれが自分の使命だとでもいうように震える両脚へ力を込めると、膣口を背後に押し出しながらゆっくりと力強く力んでいた。

グ・・・グググッ・・・
例によって円筒の中の音は全く聞こえないというのに、必死に牙を食い縛って大きな異物を体外に排出しようとしている彼女の喘ぎがまたしても頭の中に聞こえてくるようだ。
メキ・・・メリメリ・・・ミキ・・・
「あ・・・見えた・・・」
やがてほんの1分程も力んでいると、彼女の膣から粘液に塗れた灰白色の大きな球体が少しずつ顔を出していく。
だがどう見ても膣口の径よりも大きく見えるその卵を押し出すのはやはり至難の業らしく、彼女は苦悶の表情を浮かべて必死に力んでは時折荒い息を吐いて体を休めているようだった。
頑張れ・・・頑張れ・・・
無音の中で繰り広げられるその産卵劇に、心の中で彼女にエールを送ってしまう。
そして半ば涙目になった竜眼が再びきつく閉じられると、いよいよ彼女が下腹部に渾身の力を込めたらしかった。

ミシ・・・ミキミキミリミリ・・・グポォッ!
そしてついに大きな卵が彼女の膣から勢い良く押し出されると、激しく円筒の中を跳ね回ったそれが割れることも無くコロリと地面の上に転がっていた。
更にはそれを、彼女が床の隅に開けられていた小さな穴の中へと静かに放り込む。
恐らくはあれで、卵を調理場へと移送しているのだろう。
「待たせたな。注文の品が出来たぞ。席の方に置いてあるから熱い内に食べると良い」
やがてそんな凄まじい自慰と産卵の一部始終を眺めていると、何時の間にか背後に立っていたメリカスがそんな声を掛けてくる。
「え?あ、ああ・・・ありがとう」
俺は突然声を掛けられたことに一瞬驚いたものの、人間用の席に用意されていた美味しそうなオムライスを目にすると取り敢えず気を取り直して食事を摂ることにしたのだった。

「へぇ・・・・美味しそうだな・・・」
人間1人分の量としてはやや大盛りな感のある楕円半球型に固められたチキンライスの上に、濃い黄色が映える大きなオムレツが真っ直ぐに乗せられている。
一緒にナイフが添えられているということは、まずはこれで切り目を入れろということなのだろう。
そしてそんな想像に従ってゆっくりとナイフの先でオムレツを縦に切り裂いてみると、綺麗に左右に割れたその中からドロリと半熟になった卵がチキンライスの上に広がっていた。
「凄いな・・・これ・・・」
まるで一流のレストランで出されるような完璧と言っても良いそのオムライスの完成度に、一瞬本当にこれをあのメリカスという無骨な竜人が作ったのかと疑ってしまいそうになる。
もちろん濃厚な竜の卵という上質な素材を使用していることからくる高級感というのもあるのだろうが、単純な料理の見た目だけでも彼がかなり高度な料理の技術を備えているのだろうことは容易に想像が付いた。

「とにかく・・・食べてみるか・・・」
これが先程あの雌雄同体のドラゴンが俺の目の前で産んで見せた、本物の竜の卵。
その卵黄は香りだけでも濃厚さが伝わってくる程に深みのある黄色をしていて、後から掛けられたケチャップの赤色と明瞭なコントラストを放っている。
そしてやや大きめのスプーンでそれを掬って口の中へ入れてみると、熱々の半熟卵とパラッと解けるチキンライスの食感が口の中で奇跡的なハーモニーを奏でていた。
美味い・・・!
たった一口食べただけで、その想像以上の美味さに食事の手を進めるどころか思わず全身を硬直させてしまう。
これは間違い無く、俺がこれまでの人生で食べてきたどのオムライスよりも圧倒的に美味いと断言出来るだろう。
だがそれと同時に、俺はあのメリカスと名乗った竜人の料理の腕にも素直に舌を巻いていた。
これ程の料理を作れる程に手先が器用だというのなら、竜人がこの島の中でありとあらゆる人間の役割を兼任出来るほぼ唯一無二の存在であるという事実にも納得出来るというものだ。

ぱくっ・・・はむ・・・もぐもぐ・・・
やがてようやくスプーンを持つ手が動き始めると、俺は一瞬たりとも休むことなく大盛りのオムライスをあっという間に完食してしまっていた。
「ふぅ・・・美味しかった・・・」
そして一杯になった腹を両手で摩りながら長い息を吐き出すようにそう言うと、まるで食事が終わるのを待っていたかのように再び俺のところへメリカスがやってくる。
「料理はどうだったかな?何分人間の客は珍しい故、口に合えば良かったのだが・・・」
「ああ、凄く美味しかったよ。またその内食べに来ても良いかな?」
「もちろんだ。見ての通り何時も何時も騒がしい店だが、何時でも歓迎するぞ」
やがてそんな遣り取りの後に料理の代金を支払って店の外に出てみると、俺は早いものでもう深夜の12時を回っていることに気付いていた。

「さてと・・・次は何処へ行こうかな・・・」
すっかりお腹が一杯になったことで少しばかり眠気が出てきたような気がしないでもないのだが、どうせ寮に帰ってもまた寂しいベッドに潜り込むだけなのであればもう少しこのまま夜の町を散策してみても良いだろう。
とは言え、この幻想的な島の中でさえ食べ処以外でこんな深夜にやっている店はやはり限られてしまうものらしい。
「ん・・・あれは何の店だろう・・・?」
ふと見ると、通りの向こうに他の営業中の店に比べるとややおとなしめな淡い光の漏れてきている店があるようだ。
入口の作りを見るとプラムの勤めている雌竜天国と同じように人間かそれ以下の体格の客を想定しているかのようなこじんまりとした印象で、他に内部を覗けるような窓の類は無いらしい。
だがそうかといって誰かの家というわけでもないらしく、試しに近付いてみると入口の傍に人語で書かれた看板が掲示されていた。

「えーと・・・人間専用の夜間休憩所・・・入場は無料・・・休憩コース課金制、か」
初めてこの島に来た日に立ち寄った別の休憩所では、九尾の狐の尻尾に包まれながら優しく耳を擽るセイレーン達の歌声を聞いてゆっくりと疲れを癒すことが出来たものだった。
確かあの時の入場料金は銅貨3枚だった記憶があるのだが、あれ程までに心地良い一時を過ごせた経験は後にも先にも無かったように思える。
それにどうやら、この休憩所は午後9時から翌朝9時までという夜間のみの営業形態をとっているらしかった。
ということは、つまりここはこの町で一晩を過ごす為のある種の簡易ホテルのような扱いなのだろう。
大学の寮に住む学生以外にも観光などの理由で外からこの島を訪れる人間は少数ながらもいるらしいし、確かにそういう人達向けの宿泊施設があったとしても不思議ではない。
だが・・・果たして本当にそれだけなのだろうか・・・?
休憩コース課金制ということは、コースによっては相応の銅貨を払って豪華に休むことが出来るのだろうが・・・
「う〜ん・・・試しに入ってみようか・・・」
取り敢えず中に入るだけならお金も掛からないようだし、どんな休憩コースがあるのかを確かめてみたいという欲求もあるのは確かだ。
そして入口の前でしばらく逡巡した挙句に結局入ってみることに決めると、俺は3階建てらしいその建物の中にゆっくりと足を踏み入れていったのだった。

やがて人間専用の入口を潜って少し通路を進むと、受付らしいホテルのフロントのような場所が見えてくる。
従業員は・・・これもまた高級なホテルのようなきっちりと黒服で正装した2人の人間の男性と、その後ろの方で雑用をこなしている少し長身の青い鱗を身に纏った竜人の姿もあるようだ。
いや・・・あれってもしかして・・・ラズ教授か・・・?
余り竜人の姿を多く見たことが無いので鱗の色くらいでしか個体差を判別出来ないのが歯痒いところではあるのだが、少なくとも俺の目には水曜日に"竜人の生態"の講義を受け持っているラズ教授のように見える。
そしてそんな疑問を胸にそっとフロントのカウンターへ近付いていくと、応対の男性が深々と頭を垂れていた。
「いらっしゃいませ。ご来館は初めてでいらっしゃいますか?」
「え、ええ・・・そうです」
「当館は人間専用の休憩所兼宿泊所となっております。休憩のコースに応じて、料金が変動する仕組みでございます」

そう言うと、彼がメニューらしき大きな壁掛けのパネルを指し示していた。
そちらに視線を向けると丁度その近くにいた青鱗の竜人とも目が合ったのだが、俺の顔に見覚えがあったのか無言のまま彼が小さく頷いたのが目に入る。
ということは、やはり彼はラズ教授なのだろう。
昼間は大学で講義を受け持つ傍ら、夜は夜でこの休憩所で働いているというわけだ。
まあ"交配の極意"の講師であるサキュバスのリリガンも恐らく夜は娼館絡みの仕事をしているのだろうし、診療所のバートン教授の例もあるから案外ダブルワークをしている大学の講師は珍しくないのだろう。

だが取り敢えず休憩のコースに何があるのかを確認しようとパネルへ近付いてみてみると、どうやらこの休憩所では4つのコースを選ぶことが出来るらしかった。
最も安価な素泊まりは銅貨1枚・・・ベッドはセミダブルサイズのものらしく、先着で20名が利用出来るようだ。
その次が先着3名で九尾の揺り篭、セイレーンの子守唄付きか・・・銅貨3枚ということは、恐らく以前別の休憩所で俺が体験したものと同じようなコースなのだろう。
で、その次が先着2名・・・銅貨5枚で長毛龍の寝袋というコースがあるらしい。
長毛龍というのは、文字通り長くて柔らかい体毛を纏った龍のことだろうか?
確かにそんな龍に巻かれて眠れたら、どんなに心地が良いか想像も付かない。
そして最も高い最後のコースは銅貨10枚の先着1名で・・・仙竜の体内という名のコースらしかった。
「人間の疲労を糧にする仙竜に呑まれて一晩過ごすことで、どんな疲労やストレスも完璧に回復する・・・か」
確かに面白そうなコースではあるが、今はそれ程疲れているというわけでもないし単純に一晩過ごす為の料金として考えれば少し高過ぎるような気がする。
まあ実際はそれだけ良いコースということなのかも知れないが、取り敢えず今夜はこの長毛龍の寝袋というコースを選んでみることにしよう。

「それじゃあ、このコースは空いてますか?」
「長毛龍の寝袋ですね。現在はお部屋が空いてございます。料金は銅貨5枚となりますが、よろしいでしょうか?」
「はい・・・じゃあこれで」
俺はそう言って5枚の銅貨を支払うと、フロントから続いていた階段を上がって大きな部屋の前へと案内されていた。
「こちらがご指定の部屋になります。ご起床のお時間は何時になさいますか?」
そうか・・・営業時間は午前9時までだけど、起きる時間も指定出来るというわけか。
仕事を終えたプラムが朝の7時過ぎには帰って来るだろうから、それまでには寮の部屋に戻っていた方が良いだろう。
「それじゃあ・・・6時半とかでも大丈夫ですか?」
「かしこまりました。それでは明日の朝6時半にお迎えに上がります。ごゆっくりどうぞ」
そして丁寧に頭を下げてフロントへと降りていった彼の後姿が見えなくなると、俺は少しばかり緊張した面持ちを浮かべたまま部屋の扉をゆっくりと引き開けたのだった。

「ん・・・中は結構暗いんだな・・・」
まあ休憩所とは言っても実際には宿泊するわけだから、部屋が明るいのもそれはそれで困るというものだろう。
細長い12畳程の広さの部屋の中は特に目立った装飾があるわけでもなく全ての壁に濃紺の壁紙が張られていて、照明は天井一面と壁際の床から30センチ程の高さにずらりと取り付けられている小さな豆電球のようなランプだけらしい。
それらのランプもカバーのお陰で白色光ではなく落ち着いた青紫色の淡い光を放っていて、それ程広い部屋ではないはずだというのに奥まではっきりとは見通せない程に薄暗く感じてしまう。
バタン・・・
やがて部屋の中に入って扉を閉じると、俺は部屋の奥側半分に少し厚手のラグのようなものが引いてあることに気が付いていた。
そして更によくよく目を凝らしてみると、そのラグの上に横たわっているらしい優に体長7、8メートル程はありそうな1匹の龍のシルエットが薄っすらと浮かび上がる。

「いらっしゃい坊や。来てくれて嬉しいわ」
「わっ・・・」
だが突然闇の中からそんな透き通った声を掛けられると、俺は思わず驚きの声を漏らしてしまっていた。
「ふふ・・・驚かせてしまってごめんなさい。さあ、こっちへ来て・・・」
溌溂とした若々しい、しかし幼くは感じないその声に、まだ完全に彼女の姿を捉えられてはいなかったというのに何故だか吸い寄せられるように足を前に出してしまう。
そしてラグの段差に躓かないように気を付けながら更に彼女の許へ近付いていくと、俺は突然足先に触れた柔らかい綿のような感触にビクッと全身を硬直させていた。
「大丈夫よ坊や・・・ほら・・・もう少し・・・」
闇の中で自分の置かれている状況を掴めないでいる俺を安心させようとしてか、そんな穏やかな声がなおも俺の意識を引き込んでいく。
もしかしてこの綿のようなフワフワの感触は・・・彼女の体・・・いや、体毛の感触なのだろうか・・・?
そんなある種の期待を孕んだ想像が、更に1歩、2歩と足を進める度にやがて確信へと変わっていったのだった。

やがて闇の中に浮かぶ2つの桃色の龍眼と完全に視線が絡み合うと、俺はようやく彼女の全貌をその目に捉えていた。
全身にもっさりとモフモフの白い体毛を纏う美しい顔立ちをした1匹の雌龍が、俺の周囲を取り囲むようにその長い蛇体でゆったりととぐろを巻いている。
「さあ、服を脱いで坊や・・・裸の方が気持ちが良いわよ」
「あ、ああ・・・」
そしてそんな耳を擽る妖艶とも言える彼女の声に、俺は言われるがままに服を脱ぎ去るとその場に寝そべっていた。
その途端サワサワとした心地良い感触が全身を包み込み、たったそれだけで背筋がざわりと粟立つような快感が駆け巡っていく。
白い体ということは、彼女は神龍・・・いや、もしかして氷龍の一種なのだろうか?

「ふふふ・・・歓迎するわ・・・私はフリジア・・・一晩よろしくね・・・」
そう言うと、彼女がゆっくりと俺の体にその尻尾の先を絡み付けてくる。
モフ・・・モフモフ・・・
「あぁっ・・・な、何これ・・・気持ち・・・良い・・・」
彼女の全身をたっぷりと覆った、数十センチはあろうかという長い毛足をもつ細く白い体毛。
だがその手触りはまるで絹のように滑らかで、正に真綿で出来た龍と言っても過言ではない程に毛玉や引っ掛かりなどが全く無い完璧な毛皮の感触を有していた。
しかもやはり俺の想像通り彼女は氷龍の一族だったらしく、その体毛1本1本が涼やかな冷気をも放っているらしい。
そんな極上の冷たい毛皮を全身に巻き付けられて、俺はまるで分厚い繭の中に包み込まれたかのような心地良い感触を味わっていた。

サワ・・・サワワッ・・・
「くあっ・・・は・・・ぁ・・・」
裸の皮膚を毛皮が優しく撫でる度に、ゾクゾクする程の快感と高揚感が湧き上がってくる。
別に体を擽られたわけでも肉棒を刺激されたわけでもないというのに、俺はその心地良い体毛にきゅうっと軽く締め付けられただけで余りの気持ち良さに大きく雄をそそり立たせてしまっていた。
「あら・・・ふふふ・・・こんなに大きくしちゃって・・・そんなに気持ち良かったのかしら・・・?」
優しく蛇体を巻き付けられているだけで拘束らしい拘束は一切されていないというのに、まるで意識そのものを宥められるかのようなその甘い声と体中を余すところ無く包み込む体毛の感触が俺の体の力を吸い取っていくのだ。
しかも彼女の体毛から発する程良い冷気のお陰で分厚い毛皮に包み込まれているというのに暑苦しさも全く無く、完全にストレスから解放された俺の体が急速に眠気を感じ始めていた。

サワワ・・・
「はうっ・・・」
だが次の瞬間、ギンギンに漲っていた肉棒をとぐろの中に差し込まれてきた彼女の大きな手が優しく摩り上げていく。
フカフカの体毛に覆われた4本の長い指先が敏感なペニスに絡み付き、俺はそのたった一撫でで情けない喘ぎ声を漏らしてしまっていた。
「ふふ・・・坊やは、こっちの方も好きなのかしら・・・?」
サワサワ・・・クシュシュ・・・
「く・・・ふぁ・・・」
あくまでも優しく・・・無力な雄を愛でるように、彼女の指先が肉棒を艶かしく弄ぶ。
その度にビクッと体を跳ね上げてしまい、俺は正に彼女の手の上で遊ばれていた。
「坊やが望むのなら、このまま気持ち良く昇天させてあげても良いのよ。それとも、もう眠りたいかしら?」
「そ、そんな・・・」
彼女は、そんな残酷な選択を俺にさせようというのだろうか?
こんなに雄の本能を容赦無く焚き付けておいて最後は俺に止めを刺してくれるよう懇願しろと言っているに等しいというのに、スリスリと裏筋を摩る彼女の指に早くも俺の心が屈服しかけてしまっているのが分かる。

「あ・・・も、もっと・・・」
そんな俺の情けない声に、やがて彼女の龍眼が微かに細められたのが目に入った。
「ふふふ・・・良いわよ・・・」
ザワワワッ・・・
「ひいぃっ・・・」
次の瞬間指先どころか彼女の掌全体が俺の肉棒を睾丸ごと豪快に捉えると、その魔性の手にゆっくりと雄の存在そのものを摩り潰すかのように撫で上げられてしまう。
「か・・・かは・・・ぁ・・・」
こ、こんなの・・・む・・・り・・・
そんな軽い一撫でであっという間に絶頂の際にまで追い詰められてしまい、頭の中が真っ白になるような快楽の炎に全身が焼き尽くされていく。
だが辛うじて射精にまでは至らなかったことに微かな安堵と失望を感じる間も無く、既に虫の息の肉棒に再び彼女の手が優しく添えられていた。

サワ・・・
「は・・・はひ・・・」
もう1度あんな凄まじい撫で方をされたら、今度こそ間違い無く果ててしまうだろう。
彼女もそれは十分に分かっているらしく、後は惨めな止めを刺されるのを待つばかりとなった瀕死の肉棒がじっくりと甚振るように掌でグリグリと踏み躙られていた。
「ふふ・・・ほら坊や・・・気持ち良く果てる覚悟は出来たかしら・・・?」
優しそうなその声の裏に微かに嗜虐的な色を滲ませながら、フリジアが俺の耳元で冷たい息をフッと吐き出していく。
ギュッ・・・
そして盛大に暴れるであろう俺の体をその蛇体で少しきつめに締め付けて身動きを完全に封じると、彼女が微かに潤んだ俺の目を真っ直ぐに見つめながらその4本の指先で舐めるようにペニスを掬い上げたのだった。

サワサワサワサワァッ・・・
「うああっ!」
あくまでも優しげな、それでいて我慢など出来るようはずも無い壮絶な快感がペニスの裏筋に塗り込まれ、俺は柔らかな蛇体で締め上げられた体をビクビクッと痙攣させながら一気に彼女の手の中へ屈服の白濁を放っていた。
そしてそんな雄の甘露を1滴残さず手で受け止めると、それをとぐろの中から引き抜いた彼女がうっとりと眼を細めながら自らの掌をペロリと舐め上げる。
「はぁ・・・ぁ・・・」
だが俺の方は全身を駆け巡る快楽の余韻で身動ぎどころか声を上げることもままならず、柔らかな毛尾に包まれたまま息を荒げてヒクヒクと震えていることしか出来なかった。

「坊やの精、なかなか美味しかったわよ・・・ふふ・・・それじゃあ、そろそろ寝かし付けてあげるわね・・・」
やがてべっとりと精に塗れていた手を綺麗に舐め清めると、彼女がそう言いながら俺に巻き付けていた尾を優しく左右に揺すり始める。
「ああっ・・・これ・・・気持ち・・・良い・・・」
射精直後で敏感になっていた全身の感覚神経が、サワサワ、モフモフと心地良い愛撫に晒されていく。
脳の奥から多幸感が溢れ出してくるかのようなその余りの心地良さに、俺はだらしなく顔を蕩けさせながら自ら彼女の体に擦り付けるようにその身を震わせていた。
白いとぐろから唯一外に飛び出していた頭にも彼女の手が優しく添えられて、サワサワとまるで赤子を綾すかのように撫でられていく。
「ふふ・・・お休みなさい・・・坊や・・・」
そしてそんな母親の懐に抱かれているかのような甘い声と本能が落ち着くかのような極上の安らぎに、俺は徐々に意識が深い深い眠りの世界へと落ち込んでいく感覚を味わったのだった。

それからしばらくして・・・
「お客様・・・お客様・・・お目覚めくださいませ。ご起床の時間ですよ」
俺はユサユサと体を揺すられる感触でふと意識を取り戻すと、依然として無上の心地良さに包まれたままそっと目を開けていた。
見れば壁に取り付けられていた照明がその光量を増したのか最初に入ってきた時より大分明るくなった部屋の中で、白い毛尾に包まれて眠っていた俺の体をフロントにいた男性が起こしにきたところらしい。
「ん・・・も、もうそんな時間か・・・」
更に辺りを見回してみると、優しげな眼差しを湛える桃眼で俺の顔を見つめていたフリジアの姿が目に入っていた。
「ふふふ・・・随分と気持ち良さそうに眠っていたわよ坊や・・・私の懐は気に入って貰えたかしら?」
「ああ・・・正直、時間が許せば一生でもこうしていたいくらいだよ・・・」
そう言いながら、ついモフモフの毛皮の中でグリグリと身を捩ってしまう。
「それは良かったわ。気が向いたら、また寄って頂戴ね・・・」
そしてそんな彼女の甘い声を聞きながら完全に脱力していた体を何とか起こして貰うと、俺は服を身に着けて早朝の町へと足を踏み出したのだった。

「とにかく、プラムが帰って来る前に寮に戻らないとな・・・」
時間はもう朝の6時50分・・・
7時まで雌竜天国で働いているプラムが帰って来るまでには多少時間があるものの、昨夜思った以上に長い距離を歩いていたのか寮に辿り着くにはまだしばらく掛かりそうだ。
それにしても・・・フリジアと過ごした一晩は正に異次元の心地良さに満ちたものだった。
銅貨5枚であんな文字通りの天国が味わえるというのであれば、その内最高級コースである仙竜の体内というのも試してみたくなってしまう。
だが取り敢えず今日の予定はプラムと島の北にある大きな温泉に行くと決まっているだけに、まずはそちらの方を楽しみにするとしよう。

やがてそんなことを考えている内に何時の間にか寮へ辿り着いてしまうと、俺は7時2分を指している時計に目をやってから自分の部屋へと入っていた。
プラムは・・・やはりまだ帰って来てはいないようだ。
目を覚ます為にも今の内にシャワーを浴びておきたい気分ではあったものの、これから風呂に入りに出掛けるというのにそれも何か違うような気がする。
そして結局ベッドに潜り込んでしばらくダラダラと過ごしていると、それから10分程遅れてようやく仕事を終えたプラムが帰って来たらしかった。
「アレス、おはよう・・・もう起きてる?」
「ああ、プラム・・・待ってたよ」
俺はそう言うと、今日は眠そうには見えないプラムを見てふとある疑問を感じていた。
「あれ・・・今日は何か何時もより元気そうだな。何かあったのか?」
「うん・・・私ね、昨日初めてお客さんとちゃんとした交尾が出来て・・・夜もゆっくり寝られたのよ」
「へ、へぇ・・・それじゃあ、随分と上達したんだな」
プラムと初めてちゃんと交尾出来た人間が俺ではなかったという事実が少しばかり胸を打ったものの、まあそれもこれも俺との一夜に備えて懸命に努力を続けてくれている彼女の成果だと考えるべきなのだろう。

「それで・・・私を待ってたって言ったけど、どうかしたの?」
「ああ・・・いや、折角の週末だしさ・・・一緒に温泉にでも行かないかと思って」
それを聞くと、プラムが小さく首を傾げる。
「温泉って・・・アレスが働いてる宿のこと?」
「そうじゃなくて、島の北の方に大きな温泉があるって聞いたんだよ。人間にもお勧めの場所らしいんだ」
「ああ、あそこのことね!良いわよ。でも本当に行くんだったら、先に銀行に寄ってからにしましょ」
銀行に・・・?
「どうして?そんなに料金の高い温泉なのか?」
「別にそういうわけじゃないんだけど・・・とにかく、行けば分かると思うわ」
「?・・・まあ、良いけどさ」
確かに俺としても夜食と休憩所で半分くらいしか残っていない昨夜の稼ぎだけでは手持ちのお金としては心細かったところだから、それは別に構わないのだが・・・
「そうと決まったら、すぐに出発しましょ。ほら、行くわよアレス」
何だか理由は良く分からないが、どうやら何時の間にかプラムの方が俺よりも乗り気になっているらしい。
そしてそんなプラムに半ば引き摺られるようにして外に出ると、俺は何だかしばらく振りな気がする彼女の背中にそっと攀じ登ったのだった。

バサッ・・・バサッ・・・
心地良い朝の風に吹かれながらプラムの背にしがみ付いている内に、やがて眼下に銀行の建物が見えてくる。
この町の凄いところは、昨夜行った竜卵食の専門店や休憩所、或いは雌竜天国などのような営業時間を特別に定めているところを除いて、その他の大半の店や施設が24時間開いているという点だ。
普通であればお役所仕事の銀行など日中にしか開いていないというのに、ここではこんな土曜日の早朝でも当たり前のように営業してくれている。
まあ町の住人の多くが夜行性の種族であることを考えれば、昼に活動し夜は眠るという人間の常識など当て嵌める方に無理があるということなのだろう。
やがて銀行の前へ静かに降り立つと、プラムが俺を引っ張るようにしてその中へと入っていった。
どうやら、早く例の温泉に行きたくて仕方が無いといった様子だ。

取り敢えず、俺も少し銅貨を出しておこうか・・・
後になって知ったのだが、意外なことにこの半月竜島でも仕事の給料を直接銀行の口座に振り込んで後からそれを引き出せるという制度が確立されているらしい。
まあ通貨が銅貨なこともあって確かに大金を直接手渡しされるのは特に体の小さな者達にとっては大変だろうから、これも様々な種族が暮らすこの島では無くてはならない制度の1つなのに違いない。
かく言う俺もそれを知ってからは、手持ちの金が無い時を除いて温泉宿の給金を銀行に振り込んで貰っていた。
あのマローンの父親である大きな老竜が銀行への送金手続きをしている光景は何ともシュールな感じがしてしまうが、そこはやはりこの島における人間の文明による影響と恩恵が絶大なものだということの裏返しなのかも知れない。

「お待たせ致しましたアレス様。銅貨30枚のお引き出しでお間違い無いですね?」
「はい、ありがとうございます」
俺はそう言って銅貨のたっぷり詰まった袋を受け取ると、向こうで相変わらずの大金を自身の爪と交換しているプラムへと目をやっていた。
それを見て、何となく彼女の目的に察しが付いてしまう。
だがまあ、その答え合わせは実際に温泉に行ってみてからのお楽しみということにしておくとしよう。
そして何処かウキウキとした様子でこちらにやって来た大きな雌竜と共に銀行の外へ出ると、俺達はいよいよ北を目指して晴れ渡った空へと飛び立ったのだった。

「プラム・・・まだ着かないのかい?」
あれから、もう数十分は飛んでいるだろうか・・・
確かにこの半月竜島は比較的広い島ではあるのだが、これまでこんなに遠くまで出掛けたことは無かっただけに思わずそんな質問を彼女に投げ掛けてしまう。
「もうすぐ着くわ。ほら、見えてきたわよ」
そしてそんな彼女の言葉を聞いて風に逆らいながら前方へと目を移してみると・・・
そこに俺が想像していた以上の広大な温泉施設が広がっていた。
いや・・・これは最早温泉施設というよりも、ある種の巨大な複合テーマパークといった方が正しいだろう。
奥の方には実際に俺が勤めている温泉宿の倍以上はありそうな無数の露天風呂が広がっているのだが、その周辺にも恐らくは何らかの娯楽施設と思われるような建物が乱立しているらしい。
そんな見る者の子供心を否応無く擽り倒す光景に俄かに興奮が湧き上がってきてしまうと、俺はプラムが施設の入口へと降りるのをじれったい気分でひたすらに待ち続けたのだった。

「うわ・・・凄いな・・・これ・・・」
「ほら、早く入りましょ!ここの料理、何もかもがすっごく美味しいんだから!」
ああ・・・やっぱり・・・プラムは例によって腹一杯何かを食べたくてあんなに大金を両替してたんだな・・・
とは言え、そう言われては俺も食べ物には期待せざるを得ないだろう。
そして広い入口を潜って施設の中へ入ってみると・・・
俺はとても1日では回り切れない程に無数の施設がそこに詰め込まれていたことに、改めて驚きを隠せないでいた。
「えーと・・・それで、何処から行こうか・・・?」
「まずはお風呂に入りましょうよ。どの施設もお風呂から繋がってるから、アレスも裸のまま歩き回って大丈夫よ」
「いや・・・裸のままは流石に・・・周りが良くても俺の方が恥ずかしいよ」
まあ、そこはタオルでも体に巻き付ければ何とかなるか・・・
俺はそんな自己解決に取り敢えず満足すると、プラムと一緒に大浴場へと通じるゲートに向かったのだった。

やがてゲートの前に辿り着くと、そこに設置されていたカウンターでまずは入場の手続きをする必要があるらしい。
とは言え実際にやることは入場料である銅貨1枚を支払うことと、手首等のサイズを測ってそれにあった識別バンドを受け取ることだけのようだ。
「入場料が銅貨1枚って、何でこんなに安いんだ?温泉宿だって3枚は必要なのに」
「ここは施設を利用する毎にそれぞれお金が必要だから、お風呂に入るだけなら格安なのよ」
「へぇ・・・」
とそこへ、俺達の受付を担当してくれていた男性店員がカウンターの奥の方から識別バンドを持って戻ってくる。
「お待たせ致しましたアレス様。こちらが適合サイズのバンドになります」
俺はそう言われて極普通の腕時計くらいのバンドを受け取ると、それを左腕の手首に嵌めていた。
アンバーメタルで出来た細かなチェーンの内部にゴムが仕込まれているらしく、特に複雑な操作をしなくても腕を通しただけでピッタリと手首に吸い付くようなフィット感だというのに締め付けられるような感覚は全く無い。

「こちらがプラム様の適合サイズのバンドになります」
そしてそんな不思議なバンドからプラムの方へ視線を移してみると、彼女が俺のよりも直径が3倍以上ありそうな巨大なバンドを受け取っているのが目に入っていた。
まあ彼女の腕の太さを考えれば当然のことなのかも知れないが、そんな巨大な雌竜が俺の伴侶なのだという事実に改めてこの島での生活の特異さを思い知らされてしまう。
「施設の利用料金はバンドを利用してお支払いが出来ます。退出時に一括請求となりますのでご了承くださいませ」
成る程、つまりこの施設内にいる間はバンドだけ身に着けておけば余計な荷物は持たなくても良いということか。
「ゲートを入って正面が脱衣所、左手側に銀行がございます。館内のご利用については都度係員がご説明致します」
「あれ、銀行も中にあるのか。それじゃあ、最初に銀行に寄ってくる必要なんて無かったんじゃないか?」
「確かに銀行はあるんだけど、ここはお客さんの数に対して窓口が少ないから凄く混んでるのよ」

プラムにそう言われて、俺はゲートを潜った後に試しに銀行があると言われた方の通路を覗いてみた。
するとそこに、遥か向こうまで長蛇の列が続いているのが目に入る。
銀行の窓口は5つ程あって何処もスムーズに流れているように見えるのだが、それでも100名以上の待ち客が何時まで経っても途切れる気配が無い。
確かにこれでは、銅貨を引き出すのにも長時間待たなくてはならないだろう。
「ほ、本当だ・・・」
「ね、分かったでしょ?ほら、早くお風呂に行きましょ」
そしてそんな待ち惚けの連中を尻目に脱衣所へやってくると、俺は意外にも鍵の掛かる人間サイズのロッカーがずらりと並んでいるその光景に首を捻っていた。

「これって、人間用の脱衣所か?プラム達はどうするんだ?」
「私は別に服なんて着てないけど・・・大型の種族はあっちの大棚の方に衣服を入れてるみたいね」
そう言われてプラムの視線を追ってみると、壁際に設置された押入れのような大きな棚に巨人や鬼が身に着けているような巨大な腰巻や無骨な首飾りなどが無造作に置かれているらしい。
「そっか・・・服とか貴重品を持ってるのは大体人間だけだし、小さい種族の連中はこのロッカーでも十分てことか」
そう考えると、この島では様々な種族に対してオールマイティに対応しながらもその手法は極めて効率的に考えられているように思える。
きっとこの島が発展を続けてきたこの数十年の間に、度重なる試行錯誤によって島の中のあらゆるシステムが洗練され最適化されていったのだろう。
そしてそんなことを考えながらいよいよ識別バンド以外の持ち物と着ていた服を全てロッカーの中に仕舞い込むと、俺はプラムと一緒にまずは広大な露天風呂へと向かったのだった。

やがて露天風呂の前に備え付けられていた洗い場で一通り体を洗って外に出てみると、そこに見渡す限りのお風呂天国が広がっていた。
「うわっ!広っ!何だこれ・・・これ本当に全部風呂なのか?」
空から見た時も確かに広くは見えたものの、いざ実際にその場へ降り立ってみると想像を絶する程に広大な湯殿が視界の限りを埋め尽くしているように見えてしまう。
「ええそうよ。あ、アレス!あそこに入りましょう!」
やがて白い湯気に包まれた露天風呂を見回していたプラムが、丁度空いていた近くの白湯を見つけて指を差していた。
「ああ、良いよ」
そう言ってプラムとともに熱い温泉の中へゆっくりと身を沈めると、まるで体中の疲れが溶け出しているかのような長い息を吐き出してしまう。

「ふぅーーー・・・気持ち良いな・・・」
「アレスと寮の部屋以外で一緒にお風呂に入るのって、これが初めてよね」
「ん・・・確かにそうだな・・・たまにはこういう旅行も悪くないだろ?」
そんな俺の言葉に頷くように、プラムがうっとりと目を閉じたまま小さく頷く。
「そうね・・・大学だとあんまり一緒に講義も受けられないし、私も週末くらいはアレスとのんびり過ごしたいわ」
だがそこまで言ってから、不意にプラムが閉じていた目を開ける。
「でも、どうして急に旅行に行きたいだなんて言い出したの?」
流石にその質問は予測していなかっただけに俺は一瞬ドキリとしたものの、大きく息を吸って少し自分を落ち着かせると本当のことをプラムに打ち明けていた。
「実はさ、ロブとジェーヌもこの週末に旅行に行ってるんだよ。ほら、雌竜天国へ行った件での埋め合わせでさ」
「ああ・・・そう言えばそんなこと、言ってたものね」
「それで俺も、プラムと過ごす時間を大切にしたいと思ったんだよ。大学なんて、たった4年間しかないんだからさ」
俺がそう言うと、プラムが納得したとばかりに再び目を閉じる。
「そうね・・・」
プラムも何か思うところがあったのか、彼女はそれだけ呟くとそれからしばらくは静かに熱い湯の中で心地良さに身を任せていたのだった。

「さてと・・・大分体が温まったな・・・何処か別の場所にも行ってみようか?」
「そうね。私もまだここには数えるくらいしか来たことがないから、行ったことのないところも見てみたいし」
「プラムが行ったことのないところって・・・ああ、いや・・・何となく想像が付くよ」
そんな俺の独り言に、プラムが横で小さく首を傾げたのが視界の端にチラリと映る。
やがてプラムと一緒に風呂から上がると、俺は濡れた体に心地良い陽光を浴びながら温泉の敷地内にある高い建物へと向かっていた。
この島では建物の高さからその階層の数を予想するのが凄く難しいのだが、窓も無く極めて簡素でありながら地上15メートル以上はありそうなその建物が一体何の為に建てられているのかは俺にも一目で想像が付いていた。
そして開きっぱなしの広い入口から中へ入ってみると、予想通り滑り止めの付いた幅広で傾斜の緩やかなスロープが建物の壁に沿って螺旋状に最上階まで続いている様子が見て取れる。
「アレス・・・これって・・・」
露天風呂には来たことがあるのにまだここが何の建物なのか判っていなさそうなプラムの様子に、やはり彼女がこれまで行ったことのある施設というのがほとんど何らかの食べ処なのだろうという予想が確信へと変わっていた。

だが困惑顔のプラムとともに最上階までスロープを昇り切ってみると、プラムもようやくそこでこの建物が何なのかを理解する。
そこにあったのは目も眩むような高さの最上階から建物の外へ向かって伸びる、直径3メートルはあろうかというアンバーメタルで作られた巨大な半円状の滑り台。
その根元の部分からは大量の温水が流されていて、グルグルと円を描くように湾曲した長大なウォータースライダーが遥か眼下の大きな深い浴槽にまで延々と続いていた。
「ちょ、ちょっとアレス・・・まさかこれ・・・滑り降りるの・・・?」
「ん?そうだよ。プラムもやるだろ?」
「あ・・・う、うん・・・」
そう返事はしたものの、プラムの顔に明らかな怯えの表情が浮かんでいる。
もしかして・・・プラムはこういうのが苦手なのだろうか?
遥かな高空を自由自在に飛び回る彼女がまさか高所恐怖症ということはないのだろうが、明らかに弱みを見せまいと虚勢を張っているプラムの様子に俺の胸の内にはちょっとした悪戯心が芽生えてしまっていた。

「それじゃあ、俺から滑るからな」
そう言って彼女の返事も聞かない内から轟音と共に大量のお湯が噴出している滑り台へと飛び乗ると、俺は両手足を大きく広げた体勢で勢い良く巨大なスライダーを滑り降りていった。
「う、うわああああああああ!」
そしてすぐさま上で待っているプラムにも聞こえるような大きな声で、歓声とも悲鳴とも付かない雄叫びを上げる。
だがほんの10秒程でスライダーを滑り終えると、俺は水中へそのまま滑り落ちていくという予想に反して上向きに反り上がった出口から激しく中空へと放り投げられていた。

シュバッ!
「わわわっ・・・」
バッシャアアアン・・・
そのまま深いお湯の中に背中から落下し、盛大な水飛沫が周囲へと飛び散っていく。
「う・・・うぶ・・・」
まさか・・・最後は空中に射出されるとは思ってなかったな・・・
だが底に足が着かない程に深いお湯の中から何とか浮き上がったその数秒後、俺は何処からとも無く甲高い悲鳴のようなものが聞こえてきたことに気付いていた。
「きゃあああああああああっ!!」
やがてその金切り声があのプラムの声だと理解した瞬間、彼女が俺と同じようにスライダーの出口から派手に射ち出されていく。
「わあああっ!」
そして体重数百キロは下らない雌竜が頭上の空を覆い尽くしたかと思うと、俺はそんな彼女の巨体を真上からもろに叩き付けられて再び水の底へと沈められたのだった。

ドッパアアアアアアアン・・・!
浴槽中のお湯が無くなるのではないかと思える程の凄まじい水柱が上がり、完全に目を回したらしいプラムとその下敷きにされて溺れ掛けた人間がプカリと水面に浮かび上がる。
「ぐっ・・・げほっ・・・ごほっごほっ・・・」
し、死ぬかと思った・・・
水深が深かったお陰でどうやらプラムには潰されずに済んだらしいが、彼女の方はまだ天地の区別が付いていないのかフラフラとその眼を泳がせている。
「お、おいプラム・・・大丈夫か?」
「ん・・・あ・・・あれ・・・?アレ・・・ス・・・?」
そして何度かプラムの大きな顔を叩いたり揺すったりしている内に意識がはっきりしてきたのか、ようやく彼女がその青い竜眼で俺の姿をしっかりと捉えていた。
「あっ!アレス・・・その・・・何処も、怪我とかしてない?」
目を回したままでも後の方に上げた俺の悲鳴はしっかり聞こえていたらしく、彼女がガバッと俺を掴まえてその体を隅々まで眺め回していく。

「あ、ああ・・・大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけどさ・・・」
「よ、良かった・・・」
それを聞いた彼女が、心底ほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。
「そう言うプラムの方こそ大丈夫なのか?何だか凄い悲鳴を上げてたみたいだけど・・・」
「私、凄く小さい頃に川で溺れ掛けたことがあったから・・・こういうの、本当はちょっと怖かったのよ・・・」
「そ、そうなのか・・・何だか、悪いことしちまったな・・・」
だがそんな俺の言葉に、プラムが満面の笑みを浮かべる。
「でも、実際にやってみたら凄く面白かったわ。今度は一緒に滑りましょうよ」
「あ、ああ・・・それは別に良いけどさ・・・そろそろお腹も空いてきたし、何処かに飯でも食べに行かないか?」
そう言うと、食べることへの欲求が全てに優先したらしいプラムが無言のまま5回も首を縦に振る。
そしてプラムとともに食事処がありそうな建物の方へ向かう途中、俺は貸し出し用に備え付けられていた大きなタオルを1枚手に取るとそれをガウン代わりに体へと巻き付けたのだった。

「それにしても馬鹿でかい施設だな・・・敷地だけで言ったら大学より広いんじゃないか?」
幅広の通路をプラムと歩きながら、ついそんな声が漏れてしまう。
「ここはこの島の中でも最も大きい娯楽施設なのよ。ちょっと町から遠いのが難点だけどね・・・」
まあ確かにこれだけ無数の施設が密集していればそれだけ莫大な雇用も生まれるだろうし、町から離れていることによって案外バランス良く消費が分散しているのかも知れない。
「そう言えばさっきから気になってたんだけどさ、ここの壁には青いドラゴンの絵が一杯飾ってあるんだな」
「ああ・・・これ全部、2人の人間によって描かれた同じ雌竜の絵だっていう話よ」
「え・・・?」
2人の人間によって描かれた同じ雌竜の絵だって?
「ほら、こっちの通路の左側に並んでるのが、確かえーと・・・エ、エルス何とかっていう人間が描いた奴で・・・」
「エルストラか・・・そう言えば中学校の時の美術の時間に習った気がするな・・・」
「右側の絵を描いた人間が、確かタラントとかっていう名前だったと思うわ」
そう言われて、俺は右側の壁に並んでいた絵を眺めるとその中からふと目に付いた1枚をじっと見つめていた。

"初めての出会い"と題されたその絵には、雌竜の長い尻尾に捕らわれて締め上げられた人間が徐々に近付けられる凶暴な竜の殺意から逃れようと儚く宙を掻き毟る様が見る者を圧倒するような迫力で描かれているらしい。
巨大な捕食者である雌竜に今にも命を摘み取られてしまうという獲物の恐怖と絶望がこの上も無くリアルに表現されていて、まるでその額縁の中から本物の青い雌竜が飛び出してくるのではないかと思える程だ。
「何でエルストラとタラントの2人は、同じ雌竜をこんなに沢山描いたんだ?」
「さあ・・・そこまでは私にも分からないわ。でもきっと、2人は師弟みたいな関係だったんじゃないかしら?」
「タラントが、エルストラの弟子だったってこと?」
確かエルストラは重病でこの世を去るまで、弟子どころか妻すら娶らなかったって聞いたような気がするけど・・・
「気になるなら、大学の図書館とかで調べられると思うわ。私にはまだ人間の文字が読めないから無理だけど・・・」
「そうだな・・・後で時間のある時にでも調べてみるよ」

だがそこまで言うと、プラムが何かを見つけたかのように唐突にその青い眼を輝かせていた。
「あ!アレス!あれ食べましょう!」
そしてそんな彼女の視線を追ってみると、どうやら長い鉄串に刺した大きな羊の肉をとろ火でじっくり焼きながらその上に胡椒やチーズをたっぷりと掛けた不思議な食べ物が売っているらしい。
色々な種族が買いに来るのかどうやら肉の大きさも5段階に分かれているらしく、俺は取り敢えず味見ということで最も小さいサイズの肉を注文してみた。
「じゃあ・・・このSSサイズって奴をくれないか」
「はい、ありがとう。料金は銅貨1枚よ。リストバンドで支払ってね」
するとそう言いながら、店主らしい雌の獣人が明るい笑みを浮かべながら鉄串に刺したままの肉を手渡してくれる。
「それじゃあ私はこれ!これを頂戴!」
だが間髪入れずに早くもだらだらと涎を垂らし始めているプラムが食って掛かるようにLLサイズの肉を指し示すと、自分が取って食われるとでも思ったのか獣人がその桃色の体毛をザワッと逆立てながら微かな悲鳴を漏らしていた。
「ひっ・・・」
「ああ・・・大丈夫だから・・・落ち着いて・・・」
「あ・・・は、はい・・・その・・・りょ、料金は銅貨5枚です・・・」
そう言って彼女が恐る恐る最大サイズの肉の塊を差し出すと・・・
勢い良くバンドを突き出したプラムが、眼を爛々と輝かせながら美味しそうな食事に舌を舐めずったのだった。

それから数分後・・・
「さっきの子・・・完全にプラムに怯えてたよな・・・」
通路を歩きながら俺がそう言うと、あの大きな肉の塊をあっという間に平らげてしまったプラムが少しばかりその顔に反省の色を滲ませる。
「ご、ごめんね・・・あんまり美味しそうだったから・・・私ったらつい・・・」
「まあ確かにこれは凄く美味しかったけどさ・・・チーズと肉が良い感じに絡み合って、十分に食べ応えがあったよ」
刺さっていた肉をすっかり綺麗に食べ尽くした鉄串を通路脇のゴミ箱へ放り込みながら俺がそう言うと、気を取り直したらしいプラムが元の調子に戻って地面に落としていた視線を上げる。
「それじゃあ、今度はアレスの行きたいところへ行きましょ。何処でも良いわよ」
「なら、俺はちょっとあれが気になるんだよな・・・」
俺はそう言いながら通路脇にあった"龍の整体"という看板へ目を向けると、淡い照明に照らされた薄暗い店内をそっと覗き込んでみたのだった。

するとそんな俺の気配を感じ取ったのか、店の奥から美しい人間の女性がチラリと顔を出す。
「いらっしゃい・・・歓迎するわ」
「あの・・・ここってどういう店なんだい?」
「ここは人間や獣人なんかの整体を請け負っているの。興味があるなら案内するわ」
やがて色白で端正な顔立ちに深い紫色に染まる長い髪、それに落ち着いた熟年の風格を漂わせるそんな彼女の言葉に大いに興味を掻き立てられてしまうと、俺はふと後ろにいたプラムの方を振り返っていた。
「どうやらここはプラムは入れないみたいだ」
「それなら、アレスだけ入ってても良いわよ。私はその間、もう少し食べるところを探してみるから」
「ああ・・・それじゃあ、1時間後にまたここで待ち合わせようか」
俺がそう言うと、プラムが分かったとばかりに頷く。
だが既にその視線は俺ではなく周囲に点在していた幾つかの店に向けられていて、俺はさっきの大きな肉の塊でも彼女が全く満足していなかったのだろうことを思い知らされていた。

そして溢れ出す食欲を漲らせながらプラムが通路の奥の方へ消えていったのを見送ると、俺も入口に"利用中"と書かれた看板を出していた女性の案内に従って店の中へと足を踏み入れる。
1人の客が利用している間は他の客が入らないようにということなのだろうが、そうすると例の整体というのは彼女がしてくれるのだろうか?
「へえ・・・中はこうなってるのか・・・」
やがてそんな疑問を感じながらも少し奥まったところにある部屋へ辿り着くと、俺はそこに置かれていた凄まじい大きさの円形のベッドに思わず目を奪われていた。
直径は4・・・5メートルはあるだろうか?
だがそんな俺の感想は、試しにベッドを手で押してみた瞬間にあっさりと塗り替えられていた。
ふかっ・・・
「うわ・・・このベッド、凄い柔らかいんだな・・・」
まるで底が存在していないのではないかと思える程に際限無く沈み込む、分厚い雲のような手触りだ。
「これはお客さんの安全の為よ。極上の竜毛をたっぷりと詰め込んだ、世界一大きくて柔らかな寝床だと思うわ」
確かにこんな柔らかさと大きさを兼ね備えたベッドだなんて、この島はもとより世界中探したって見つけられないことだろう。

「それじゃあ、裸でそこの真ん中へうつ伏せに横になって頂戴」
「あ、ああ・・・」
そう言われて、俺は体に巻いていたタオルを部屋の隅に備え付けられていた小さな簡易棚へとしまっていた。
やがてズブズブと溺れそうになる程にフカフカなベッドの中を文字通り泳ぐようにして何とか中央まで辿り着くと、指示通りうつ伏せになって両手足を広げてやる。
「はぁ・・・」
ベッドの柔らかさと上質なシルクにも似たシーツの感触のお陰で、こうしているだけでも相当に気持ちが良い。
だが確かこの店の看板には、"龍の整体"という文字が書かれていたはずだ。
店員が彼女1人しかいないらしいことを考えれば彼女が処置をしてくれるのだろうが、それならば龍というのは一体何を指しているのだろうか?
そしてそのことを訊ねようと彼女の方へ顔を向けようとした次の瞬間、俺は突如として周囲を明るく照らし出したピカッという眩い閃光に目を焼かれていた。

「うあっ!」
だが辺り一面を真っ白に塗り潰したその視界が回復するよりも先に、背中の上に凄まじい重量を誇る何かを載せられた感触に呻いてしまう。
ズシィッ・・・
「ぐ・・・あっ・・・」
お、重い・・・何だ・・・これ・・・
下が柔らかなベッドでなければ体が潰れていたのではないかと思える程のその重圧に、何とか呼吸だけでも確保しようとほんの少しだけ体を捩る。
「体の力は抜いといた方が良いさね・・・無理に抵抗なんてすると、怪我をしちまうかも知れないからねぇ・・・?」
「え・・・?」
これは・・・彼女の声・・・?
さっきまで聞こえていた若々しい女性の声が一転して酷くしわがれた老婆の如きそれに変わってしまい、俺は事態を飲み込むまでに相当に長い時間を費やしてしまっていた。
そして何とか声の聞こえてきた方へ目を向けてみると、体長15メートル以上はあろうかという先程の女性の髪の色と同じ紫色の鱗を身に纏った長大な雌龍がその極太の蛇体を俺の背の上に載せていたらしい。
「あ・・・う、うわああっ・・・!」
そんなある意味で絶望的な状況に、思わず恐怖の悲鳴が迸ってしまう。
だが咄嗟に暴れさせようとした両手足が更にズシッと浴びせ掛けられた重い蛇体でベッドに押し潰されてしまうと、俺は浅い呼吸を漏らしながら必死に歯を食い縛って恐ろしい程の重圧に耐え忍んだのだった。

「それじゃあ、まずは体を解してやるとしようかねぇ・・・」
やがてそう言うと、俺が動かなくなったことを確認した彼女が背中に載せていた重々しい尾の向きを微かに調整する。
そしてまるで巨大なローラーで俺の体をなめすかのように、硬い鱗に覆われた蛇体がゆっくりと背の上を足の方へ向けて転がっていった。
ミシ・・・メシ・・・ズシィッ・・・
「く・・・あっ・・・はあぁ・・・」
ボキッ・・・ゴキゴキッ・・・
たったそれだけでフカフカのベッドに沈み込んで海老反りになっていた背骨が小気味良い音を鳴らし、痛みとも快感とも区別の付かない刺激が全身を駆け巡っていく。
そして足先までもが丹念に彼女の尾で敷き潰されると、今度はそれが再び背中の方へと戻ってきた。
メキッ・・・ゴギッ・・・ボギッ・・・ボギッ・・・
「ぐ・・・はああぁ・・・」
い・・・痛い・・・でも・・・気持ち良い・・・?
凝り固まっていた体がボキボキと音を立てて解されていくようなその奇妙な感覚に、俺は苦悶の入り混じった呻き声を漏らしながらも何時しか全身の力を抜いて完全に身を任せてしまっていた。

「そら・・・もう1本追加だよぉ・・・」
そして肩口の辺りまでが凄まじい重量を誇る尾に圧迫されると、そのまま足先に別の尾がズシンと載せられる。
「そ・・・んな・・・2本・・・も・・・」
ズシッ・・・メリメリ・・・ゴギギッ・・・グキッ・・・
「あが・・・があぁ・・・」
い・・・痛・・・気持ち良い・・・
人の身には有り余る壮絶な圧迫感に圧倒され、ある種の破滅的な快感が体中に広がっていく。
ドンッ・・・メキャッ!
「げはぁっ」
更には転がった2本の尾が俺の尻の辺りで纏まると、俺は先程までの2倍の重さを一気に浴びせ掛けられた腰の骨が恐ろしい音と共に解れたような気がした。

「は・・・あぁ・・・」
やがて彼女が俺の上から尾を除けてくれると、俄かに回復した呼吸を貪るように荒い息を吐いてしまう。
「クフフフ・・・どうだい・・・癖になりそうだろう・・・?」
確かに、かなりの苦痛を伴うような気はするものの、それ以上の不思議な爽快感が余韻のように残る気がする。
そして俺の返事を待たずに今度は彼女の蛇体を全身に絡み付けられてグルグル巻きにされてしまうと、俺は締め付けられているわけでもないというのにその凶悪な重さが生み出す圧迫感に喘いでいた。
しかしそんな俺の気を知ってか知らずか、彼女がゆっくりと俺を巻き上げたとぐろを折り曲げ始める。
それも、俺の背中側の方向へ・・・
「わっ・・・ま、待って・・・そっちに曲げた・・・ら・・・あがぁっ!」
ゴギィッ・・・ボキボキボキ・・・メキッ・・・
人間には到底抗い難い力で彼女のとぐろに捕らわれた体を背面に反り返されてしまい、またしても盛大に骨の鳴る音が心地良い痛みとなって全身に飛び火していく。

ミシ・・・ミキ・・・
「ひっ・・・そ、それ・・・以上・・・は・・・」
足先と後頭部が触れ合ってしまうのではないかと思える程に体を折り曲げられるという未曾有の事態に、恐怖と不安の滲んだ涙が両目から溢れ出してくる。
だが本当に背骨が折れ砕けてしまうのではないかという限界にまで体を反らされると、彼女がゆっくりと俺の体を元に戻してくれていた。
「ふっ・・・ふぅ・・・ふぅ・・・た、助かった・・・」
「クフフ・・・それじゃあ、息が整うまで少し休憩しようかねぇ・・・」
「あ、ああ・・・そうしてくれ・・・」
毒々しささえ感じる紫色の鱗に覆われたとぐろの中で、俺はそんな彼女の言葉にほっと胸を撫で下ろしていた。
「それにしても、お前はなかなかに良い反応をしてくれるねぇ・・・何だか、かつての妾の夫を思い出しちまうよ」
「あ、あんたの夫って・・・人間だったのか?」
「妾にはその昔、とある小さな国の王妃をしていた時期があってねぇ・・・」

とある小さな国の王妃・・・?
国というからにはもちろん人間の国を指すのだろうが、彼女はその国の王様の妻だったとでも言うのだろうか?
「どうしてそんなことに?」
「最初はただの退屈凌ぎのつもりだったんだけどねぇ・・・本物の王妃を食い殺して、そいつに成り代わったのさ」
「で、でもそれって・・・夫にはバレたんだろ?」
俺がそう言うと、彼女が懐かしい思い出に浸っているかのように高い部屋の天井へと視線を投げ掛ける。
「もちろん、その日の夜に打ち明けたさね。あの時のあの男の怯え切った顔は、今でも忘れられないねぇ・・・」
恐らくは相当な修羅場だっただろうその時の様子を想像しながら、俺は続く雌龍の言葉を静かに待っていた。
彼女がかつて一国の王妃を食い殺した・・・その事実は僅かながら俺の心を不安に波立たせたものの、外からこの島へ渡って来た者達は皆、それぞれの故郷では恐ろしい怪物と看做されていた連中ばかりなのだ。
ドラゴンに限らずとも、かつて大勢の人間の命を奪っていたという黒い歴史を持つ住人は少なくないのだろう。
「そしてそいつの命を保障する代わりに、妾は裁きの名目で週に1度部屋に呼び出した罪人を犯し喰らっていたのさ」

何と恐ろしい話なのだろうか・・・
一国の王妃が何時の間にか凶悪な人喰い龍に入れ替わっていたばかりか、それが毎週のように罪人という名の生贄を取っていただなんて・・・
「そ、それから・・・どうしたんだ・・・?」
「だけどある日、その罪人の中に妙に肝の据わった男がいてねぇ・・・妾は、そいつが気に入っちまったのさね」
彼女の話によると、どうやらかつての夫というのはその罪人だった男の方を指していたらしい。
そして彼女は3年間にも及ぶ仮面生活に疲れ果て面白みの無くなっていた元の国王に見切りを付けると、彼までもを食い殺し自分の気に入ったその男を新たな王として自らの夫に据えたのだという。
「それで、よく国が崩壊しなかったな・・・」
「政治に関しては全部妾が取り仕切っていたからねぇ・・・まるで絵に描いたような善政だったって話さ」
まあ、人間としてのしがらみの無い彼女にしてみれば、政治の理念なんていうのは如何にその国を安定的に栄えさせるかという点に絞られていたことだろう。
そう考えれば、それが国民にとっては非の打ち所の無い善政に映ったのだろうことは想像に難くない。

「だけど流石に何十年も経つと、妾の見掛けが歳を取らないことに気付く連中が出てきちまってねぇ・・・」
まあ、それはそうだろう。
夫である国王がどんどん老けていくのに王妃だけが変わらぬ美しさを保っているなんていうのは割と良くある怪談の類でしかなく、その理由は人間ではない何かが王妃に化けていたか取り憑いているというのがお約束の結末だ。
「それであんたが人間じゃないってことがバレちまったのか・・・よく殺されずに済んだね・・・」
「まあ、長年国を栄えさせた功績の賜物って奴さね。お陰で妾は、穏便に追放されただけで済んだのさ」
「それで行き場を無くして、この島に辿り着いたってわけか・・・」
そう考えると、彼女は一時的にとは言え十分に人間達から受け入れられ、理解を示されていた存在なのだろう。
それならば、たとえ大勢の人間を食い殺した経歴のある彼女でもこの島での生活を許されたのには納得が行くというものだった。

それにしても・・・ただ体を解されるだけでもこんなにも激しいのに、こんな彼女にあっちの方面でも責められたら一体どうなってしまうのだろうか・・・?
「そう言えばさ・・・あんた、大学の裏に新しく出来た店のことを知ってるかい?」
「"雌竜天国"のことかい?妾も興味はあるんだけれどねぇ・・・ちょいと理由があって、あそこには行きずらいのさ」
「どうして?」
そう言うと、彼女がシュルリと俺の体に重い蛇体を巻き付ける。
「あそこは妾の娘がやっているからねぇ・・・何となく気まずさってのもあるし、それに・・・」
「え・・・娘?あそこの店長は確かベルゼラって若い女性で・・・」
「そのベルゼラが、妾の娘なのさ。お前も行ったことがあるのなら、何も違和感を感じなかったのかい?」
そう言われると、確かにベルゼラは文明の利器であるPCの名前や使い方を知らなかったりと人間にしては少し不自然なところがあったような気がする。
第一大勢の雌竜達が働いている店を取り仕切っているのだから、それを考えれば極普通の若い人間の娘には荷が重い仕事なのに違いない。

「彼女はそんなことを気にするようには思えなかったけど・・・別に娘の店だって構わないんじゃないか?」
「それだけじゃないのさ・・・前に娘にあの店で働きたいって言った時に、随分と渋い顔をされちまったんだよ」
何か、ベルゼラには母親と一緒に働きたくない理由でもあるのだろうか?
比較的同族意識が強いイメージのある龍の母娘なら、寧ろ率先して一緒に働いていそうなものなのだが・・・
「それとも、妾が"クイーン"って名前で登録しようとしたのが何か娘の気に障ったのかねぇ・・・?」
「何か、その名前に苦い思い出でもあるんじゃないのか?昔恐ろしい目に遭わされたとか何とかさ」
「本当にそれだけなら良いけどねぇ・・・ところで、何故そんなことを訊くんだい?」
だが突然何の前触れも無くそう訊き返されて、俺は何時しか胸の内に芽生えてしまった彼女にあの手この手で嬲られてみたいという秘められた欲求を必死に飲み込んでいた。
「あ、いや・・・その・・・ちょっと訊いてみただけでさ・・・」
「ふぅん・・・そういやお前はさっき、竜王様の娘を連れていたねぇ・・・もしかして、そっちの気もあるのかい?」
しかしそんな俺の誤魔化しなどお見通しとばかりに、彼女の漆黒の瞳を湛える龍眼に妖しげな光が宿る。
「あ・・・は・・・ぁ・・・」
まるで心の中まで丸裸にされてしまいそうなその鋭い眼光に殺意や敵意は無かったものの、代わりに自身のとぐろの中に捕らえた無力な獲物を弄ぶ黒々とした嗜虐心が溢れ出していた。

ギュウゥ・・・
「う・・・うぐ・・・」
「クフフ・・・それじゃあ、そろそろ再開しようかねぇ・・・」
そう言いながら、彼女がゆっくりとその尾を引き絞っていく。
「ほぉら・・・妾の懐がどんなに恐ろしいところなのか、その身を以ってじっくりと味わうが良いさね・・・」
ギ・・・ギリ・・・メキィ・・・
「う、うわああっ・・・」
人間には到底抗い難いその恐ろしい膂力でじんわりと背骨を締め上げられ、微かな息苦しさと心地良い痛みが俺の心までもをきつく締め付けていく。
ミシ・・・ボギボギゴキッ・・・
「あがあぁっ・・・!」
ゆっくりと反り返されて伸び切った全身の骨がそんな盛大な音を立てて鳴り響き、全身が砕け散りそうな程の衝撃が跳ね回る。
まるで何処までなら締め付けたり捻ったり押し潰しても人間の体が壊れないのかを知り尽くしているかのように、限界ギリギリまで伸ばされたり折り曲げられた骨や関節がその度に不気味な軋みと悲鳴を上げていた。

ゴギゴギ・・・ボキ・・・
「あぐ・・・ぁ・・・は・・・」
い、痛い・・・痛過ぎ・・・る・・・でも・・・く・・・癖になり・・・そう・・・
これだけ長大な尾にあの手この手で潰され、なめされ、締め上げられ、伸ばされ、捻られ、折り畳まれ・・・
その凄まじい力と重量を生かして体中をまるで粘土の如く捏ね繰り回されているというのに、凝った筋肉や骨が解れる音とそれに伴う痛み以外には一切の怪我を負っている気配が無い。
「クフフフ・・・そぉら・・・今度はここを解してやるさね・・・」
ググッ・・・ゴキッ・・・ゴギギッ・・・
「ぎゃああああっ!」
ドサッ・・・
そして一頻り全身を丹念に解されてしまうと、完全に力尽きた俺は柔らかなベッドの上にぐったりと倒れ込んでいた。
「あ・・・あぅ・・・」
「おっと・・・久々のお客だったから、つい気合が入り過ぎちまったかねぇ・・・?」
そう言いながら、彼女が薄っすらと汗ばんでいた俺の背中をペロリと舐め上げる。
「す・・・少し・・・や・・・休ませ・・・て・・・」
「クフフ・・・心配しなくても、もう終わったさね・・・」
「ほ、本当に・・・?」
俺はそんな彼女の言葉にふぅと長い息を吐き出すと、ギシギシと鈍い痛みを訴えながらも何故だかさっきまでより随分と軽くなったような気がする体を仰向けに引っ繰り返していた。

「例の店の件は考えておくさね。もし妾を見掛けたら、是非指名しておくれよ」
「あ・・・ああ・・・そうするよ・・・」
かつて人間の国の王妃を演じていたという経歴故なのか、彼女がその全身にまるで見る者を平伏させてしまうかのような奇妙な迫力と威厳のようなものを纏っているのが分かる。
その彼女に、じっくりと自由を奪われて恐ろしい脅し文句を耳へ吹き込まれながら成す術も無く蹂躙されたら・・・
そんな屈辱的かつ被虐的な光景を脳裏に思い浮かべるだけで、激しい興奮が背筋を駆け上がってくる。
「それじゃあ、料金は銅貨3枚さね。そいつで払っとくれよ」
そしてしばらくベッドの上で体を休めてから再びタオルを腰に巻き付けて店の外へ出てみると、俺は丁度今が待ち合わせの時間だったのか遠くから大きく膨らんだ腹を揺らしたプラムが歩いてくるのを見つけたのだった。

「あ、アレス!待ってた?」
やがて俺の姿を見つけたらしい彼女が、ドタドタとその巨体を揺すって俺の方へと駆けて来る。
「ああ、いや・・・俺も今出てきたところだよ。その様子だと、随分食べ歩いたみたいだな」
「もう何を食べても美味しくって・・・アレスはもうお腹が空いてないの?」
暗に俺を誘ってまた何処かへ食べに行こうというプラムの並外れた食いしん坊振りに、俺はただただ苦笑を浮かべることしか出来なかった。
「俺はさっきの肉で大分お腹が膨れたから、本格的な昼食は少し時間を空けてからにするよ」
「それじゃあ、あっちの方でまた少しお風呂に入りましょうよ」
「そうだな・・・」

そんなプラムに誘われて、俺は最初の露天風呂エリアとはまた別の浴場へと足を踏み入れていた。
ここは温泉というよりはどちらかというとウォーターパークに近い趣で、一風変わった入浴設備が揃っているらしい。
そろそろ昼時ということもあってか、朝方には比較的疎らだった客の数も随分と増えてきたようだ。
とその時、俺は奥の方にある打たせ湯のコーナーで滝のようなお湯をたっぷりと浴びているらしい見覚えのある赤毛のグリフォンの姿に目を奪われていた。
あれは・・・フィン・・・?
だが奇妙なところで出会った彼女に声を掛けようかどうか迷っていると、意外なことにプラムの方が先にフィンの許へと近付いていく。
「あらフィンったら、お久し振りね」
やがて水浴び中に突然そんな声を掛けられると、フィンが驚いた様子でこちらを振り返っていた。

「むむ!?これはこれはプラム殿・・・ついでにアレスも一緒かの?」
「ついでって何だよ・・・プラムは、フィンとは親しいのか?」
「フィンは昔からこの島に住んでるから、私とはたまに遊んでくれてたのよ」
たまに遊んでくれてた・・・か・・・
竜王様の娘というだけで何とはなしに恐れられ親しい友達がほとんど出来なかったというプラムの境遇を考えると、たまにとはいえ自分に親しく接してくれるフィンのような存在はとても大切なものに映るのだろう。
「フィンは、今日は独りなのか?何時もマローンと一緒にいる印象が強いんだけど・・・」
「マローンならあそこにおるぞ。人語の練習ついでに、若い雌竜を口説いて来いと嗾けてやったのじゃ」
そう言ったフィンの視線を追ってみると、向こうの方で浅い風呂に蹲って心地良さそうに日光浴をしているらしい小柄な雌竜にマローンが随分と困った様子で何やら話し掛けているのが目に入る。
「若い雌竜を口説いてって・・・彼はフィンの伴侶なんだろ?それで良いのか・・・?」
「なぁに・・・ただでさえ片言な上にあんなにおどおどしておるようでは、どうあがいても実など結ぶまいて」
そして何処か面白がっているようにも聞こえるそんなフィンの言葉を裏付けるように、雌竜のナンパに失敗したらしいマローンがバシッと彼女の尻尾ビンタを食らって涙目になっていた。

「あ、フラれた・・・」
「クフ・・・クフフ・・・」
やがてトボトボと落胆した様子でこちらに戻ってくる彼の姿に、フィンが必死に笑いを噛み殺しているらしい。
「あんまり彼を虐めちゃ可哀想よ」
「そうは言うが、あれはあれでなかなか効果があってのぅ・・・口説き文句の上達だけは早いのが笑えるわ」
マローンは戻ってくる途中で俺達の存在に気が付いたらしく若干気恥ずかしそうに顔を歪めたものの、そのまま黙ってフィンのところまでやって来ると暗く沈んだ声でボソリと呟いていた。
「ダメ・・・ダッタ・・・」
「良い良い・・・どれ、傷心の雄竜は妾が慰めてくれようぞ」
そう言うと、ブルンと体を震わせて水滴を弾き飛ばしたフィンがマローンを連れて何処かへと歩いていく。
「何処に行くんだ?」
「妾達は今夜はここに泊まるでの・・・伴侶とまぐわうには良い宿じゃぞ。お主らも泊まっていったら良かろうて」
そうしてフィン達の姿が見えなくなると、俺とプラムはどちらからとも無くお互いに顔を見合わせていた。

「アレス・・・その・・・私達も今夜は泊まっていく・・・?」
「お、俺は別に構わないけど・・・」
何だかフィンの言葉のせいで妙にお互いを意識してしまい、俺とプラムはしばらく無言のまま広い浴場を特にこれといった当ても無く彷徨っていた。
そしてまるで示し合わせたかのように深い風呂の中へ身を沈めると、次に相手に掛けるべき言葉を探して殊更に黙り込んでしまう。
だが意外にも、その重苦しい沈黙を先に破ったのはプラムの方だった。

「ねぇアレス・・・」
「え・・・?」
「私ね・・・ずっとアレスに訊きたいことがあったの」
図らずも今夜のことで頭が一杯だった俺はそんなプラムの言葉に一瞬どう反応して良いか分からずに固まってしまったものの、お互い同じ方向を見ていて顔を見られていなかったお陰で彼女はそれに気付かなかったらしい。
「何を?」
「前に大学でロブ達と私の食欲の話になった時のこと、覚えてる?」
そう言えば、そんなこともあったっけ・・・
「ああ・・・覚えてるよ」
「あの時、アレスは私が美味しそうに食事してるのを見てると幸せだって言ってくれたわよね?」
「それがどうかしたのか?」
さっきまで想像していたのとは余りにも懸け離れた話題だったことに若干拍子抜けしつつも安堵すると、俺は温かい湯船に浸かったままそっとプラムの方へと顔を向けていた。

「私・・・あの時のアレスの言葉、凄く嬉しかったわ。誰かにそんなこと言われたの、初めてだったから・・・」
そう言うと、プラムも俺の顔を見つめるようにその真っ赤な鱗に覆われた大きな顔をこちらに向ける。
「他にも、私の怠眠症を心配して医者に連れて行ってくれたり、こんな旅行に誘ってくれたり・・・」
「それは・・・俺がそれだけプラムのことが好きだからだよ・・・」
その俺の言葉にプラムが若干顔を赤らめたのが見えたものの、彼女が変わらぬ調子で先を続ける。
「でもアレスは、この島に来てから私を含めて人間以外の住人に初めて出会ったんでしょう?」
一体、彼女は何を言いたいのだろうか?
どうにも彼女の話の真意を掴めないまま、俺は取り敢えず頷いていた。
「それなのに、どうしてアレスはこんなに私のことを喜ばせてくれるんだろうって・・・ずっと不思議だったの」
「だからそれは・・・」
「ううん・・・アレスが私のことを好きだからっていうのは分かってるわ。私が言いたいのはそうじゃなくて・・・」
そんな彼女の言葉と共に、真っ白なお湯の中で彼女の大きな手が俺の腕を優しく握った感触が伝わってくる。
「アレスは、どうすれば私が喜ぶかをどうして知ってるの?私はアレスを喜ばせる方法を何も知らないのに・・・」
そうか・・・きっとプラムは、一方的に俺が彼女に気を遣っているかのようなこの関係性に悩んでいたのだろう。
お互いを対等なパートナーとして認めているにもかかわらず、プラムはただ自分が尽くされるだけの存在に留まっていることが心苦しかったのだ。

「実を言うとさ・・・俺、どうやったらプラムが喜んでくれるのかなんて全然知らないんだよ」
「え・・・?」
「俺はこの島に来るまで彼女も作ったことが無くてさ、正直異性ってのとどう付き合えば良いか分からなかったんだ」
そう言いながら、浴槽の縁に預けた背中をゆっくりと伸ばす。
「だから、本当は毎日悩んでたんだよ。人間の女の子を喜ばす方法も知らないのに、相手はこんな大きな雌竜だろ?」
プラムはそれを聞いて心底意外そうな表情を浮かべたものの、特に口を挟むこと無く静かに俺の言葉を待っていた。
「でもずっと一緒に過ごしている内に、俺にも色々とプラムのことが見えてきたんだよ」
「例えば、どんなこと?」
「食いしん坊!」
突然俺が上げたその大きな声に、プラムが思わずビクッとその身を強張らせる。
「それに臆病で、寂しがり屋で、一途に俺のことも想ってくれてる」
「・・・うん・・・」
「だからさ・・・俺はそれを踏まえた上で、色々プラムが喜ぶことを試してるだけなんだよ」

だがそれだけではプラムの悩みを解決するには至らなかったのか、彼女が相変わらず何処か腑に落ちないといった様子で食い下がってくる。
「でもそれじゃあ・・・私は、どうやったらアレスを喜ばせられるの?」
「簡単だよ・・・プラムが喜んでくれたら、俺も嬉しい。それじゃ駄目かい?」
「本当に、それだけで良いの・・・?」
俺はそんな自信無さ気な彼女の言葉に頷くと、再び遠い景色を見やっていた。
「多分、これも人間とドラゴンの文化の違いなんだと思うよ」
「どう違うの?」
「ドラゴンの番いはさ、子育てとか狩りとかでお互いにしっかり役割分担して暮らすのが普通だろ?」
それには納得したのか、俺と同じく視線を外したプラムが微かな唸りを上げる。
「でも人間はさ・・・往々にして男性が女性に尽くすものなんだよ。不思議なことに、それでお互いが満足するんだ」
その言葉にプラムからの返事は無かったものの、俺の腕を掴んでいた彼女の手にじんわりと力が篭る。
「それじゃあ、そろそろ上がろうか」
「そうね・・・」
そして長時間の入浴で十分に温まった体にタオルを巻き付けると、俺とプラムは再び新たな目的地を探して大きな建物の方へと足を向けたのだった。

ガッシャアン・・・ガッシャアン・・・ガッシャアン・・・
「ん・・・あれ、何の音だ?」
やがて建物の中を歩いている内に、何処からとも無く金属質な音が耳に届いてくる。
「あれは向こうにある訓練場ね。人間とか獣人とか・・・後は竜人なんかが体を鍛えるのに使ってる場所よ」
そんなプラムの言葉に、俺は少し先の方にあった広いトレーニングジムのような施設へと目を向けていた。
およそ300坪近い敷地に人間社会でも見慣れたベンチプレスやトレッドミルといったトレーニングマシンがずらりと並んでいて、その他にも人間にはとても持ち上げられなそうな大きな岩の塊などが置かれているらしい。
そしてさっきから凄まじい音を立てて200キロもの重量を載せたスクワットマシンを動かしていると見える真紅の鱗を身に纏う1人の竜人の姿が目に入ると、俺はまたしてもその背中に見覚えがあったことに微かに苦笑を浮かべていた。

「あら、メリカスじゃない。あなたってば、相変わらず毎日律儀に訓練を続けてるのね」
「ん・・・おお、プラム殿か。それに君は昨夜の・・・」
それを聞いて、プラムが俺の方へと顔を振り向ける。
「あら、アレスはメリカスと知り合いなの?彼、深夜にしか店を開けてないのに・・・」
「あ、ああ・・・実は昨日の夜、どうしても寝付けなくてね・・・ちょっと夜の町に繰り出したんだよ」
お陰でひっそりと夜遊びしたことがプラムにバレてしまったものの、まあ彼女は彼女で雌竜天国で勤務していたのだから特にそれについて文句は無かったらしい。
「でも朝には部屋にいたから、その後は帰って寝たんでしょ?」
「いや・・・人間専用の休憩所ってところを見つけたから、朝方までそこで休んでたんだ」
「人間専用の休憩所?ああ、ラズが従事しているあの宿のことだな」
そんな俺の言葉に、何故かプラムよりも先にメリカスが反応を返してくる。
「メリカスはその・・・ラズ教授のことを知っているんですか?」
「もちろん知っているとも。この島にいる竜人で、私が知らぬ者は1人もおらんのだからな」
「す、凄いな・・・それ・・・」

この島に一体どれくらいの数の竜人が住んでいるのかは分からないものの、人口比率で言えば人間の数が最も少ない部類だというのだから恐らくは人間と同等かそれ以上の数の竜人がいるのだろう。
「メリカス達竜人はね、全員同じ国の出身なのよ」
「そうなのか?」
「その通り。我々はとある小さな人間の王国で暮らしていたのだが、ある時全員でこの島に移り住んできたのだ」
メリカスの話によると、その王国では人間が為政を、竜人が兵士や肉体労働などの力仕事を請け負っていて、厳正な役割分担の下で人間と竜人が平和裏に共存していたのだという。
しかしとある事件が切っ掛けで国を放棄せざるを得なくなってしまい、そこに住んでいた竜人達と一部の人間が一斉にこの島へと移住してきたのだそうだ。
「国を放棄って・・・一体何があったんだ?」
「人間や竜人を襲う奇妙な植物が繁殖してしまってな・・・国を囲む森中に、そいつが広まってしまったんだ」

人間や竜人を襲う奇妙な植物・・・虫を捕まえるとかなら分からないではないけど、植物が能動的にそんな大きな生物を襲うなんてことが本当にあるのだろうか?
「そいつのせいで、私も大勢の部下を失った。マリアロ、ベレッド、ギース・・・皆良い兵士だったのだがな・・・」
「で、でも、国の中にまでそいつが襲ってきたわけじゃないんだろ?」
「根本的解決の為には森を焼き払う他に無かったが、その国は生産活動の多くを森での狩猟と採集に頼っていたのだ」
成る程・・・確かに森の何処に巣食っているか分からない脅威を完全に排除する為には森ごと焼いてしまうのが最も簡単で手っ取り早い解決手段だったのだろうが、その森が無くなったのでは生活が維持出来なかったのだろう。
「メリカス達は初期の頃にこの島に渡ってきて、今の町を作り上げるのに随分と貢献してくれたのよ」
「我々をこの島に受け入れてくれた竜王様には、今も変わらずに感謝している。それに、プラム殿も大きくなられた」
そう言われて、プラムが少し恥じらうように顔を背けたのが目に入る。
だが確かにそういう経緯があったのであれば、この島で竜人達が随分と優遇されている理由としては十分だろう。
「その時一緒に島へ渡ってきた人間も、まだいるのか?」
「もう随分と昔の話だから当人達は生きていないだろうが、彼らの子孫の多くは今も町で働いているぞ」

やがて意外なところで聞けたこの島の歴史に思いを馳せていると、ふとプラムが俺の方へと顔を振り向ける。
「そう言えばアレス、さっきラズ教授って言ってたけど、彼って大学で講師もしているの?」
「ああ、水曜日の"竜人の生態"っていう講義の講師をしてるんだよ」
「奴が大学の講師か・・・昔は何処か気弱で頼りない性格だったが、戦友だったベレッドの死で変わったのかもな」
ラズ教授が、気弱で頼りない性格だったって・・・?
少なくとも講義で目にした彼の印象はこのメリカスに勝るとも劣らない極めて厳格で溌溂としたものだったのだが、昔はそうではなかったということか・・・
「じゃあ私達、そろそろ行くわ。訓練の邪魔をしちゃってごめんなさいね」
「うむ。竜王様にもよろしく伝えておいてくれ。私の店にも顔を出してくれると嬉しいのだがな」
「ええ・・・それじゃあ、今度アレスと一緒に寄るわね」
だが俺はそんなプラムの言葉に、彼女の顔を見つめていた。

「プ、プラム・・・彼の店は竜卵を使った料理を出してるんだぞ?プラムって、竜の卵も食べるのか?」
「あら、私は美味しければ何でも食べるわよ?」
「あ・・・そ、そうだよな・・・」
聞いた俺が馬鹿だった・・・
「ねえアレス、今度はあっちの方に行ってみましょう。何だか迷路みたいなのがあるようだし」
「あ、ああ・・・」
やっぱり、俺も何時かプラムに食われちまうのかも・・・
半ばプラムに引き摺られるようにして歩きながら、俺は胸の内にふとそんな思いを抱いたのだった。

「ここは何の施設なんだ・・・?」
やがて先程の浴場エリアとは反対側に広がっていた屋外の敷地に出てみると、そこに高さ3メートル程の石垣で形作られた巨大な迷路が作られていた。
通路幅が2メートル程度しか無い為余り大型の生物は利用出来ないようだが、迷路の何処かにある牛の頭を模った金の像に渡される剣を突き刺して時間内に戻ってくることで宿泊料の割引チケットが貰えるというイベントのようだ。
「面白そうじゃないアレス。私はちょっと狭くて入れそうにないけど、今夜ここに泊まるならやってみましょうよ」
「そうだな・・・参加料は銅貨1枚か・・・」
俺は迷路の入口で受付をしていたのが極普通の人間の女性だったことが少し意外な気がしたものの、まるで神聖さを象徴するかのような白いローブを纏っているところから察するに、恐らくは女神に扮しているのだろう。
そしてプラムとともに彼女の前に歩いていくと、俺はバンドで参加料金を支払って剣のレプリカを受け取っていた。
「ん・・・結構重いなこれ」
安全の為にもちろん刃は付いていないものの、剣自体は銅製で40センチ程の長さがある本格的なもののようだ。

「これ、時間はどのくらいあるんだ?」
「制限時間は2時間になります。迷路内に現在時刻を示した時計が点在していますので、それでご確認ください」
「じゃあ、私はここで待ってるわね」
だがプラムがそう言うと、受付の女性がプラムの方へと向き直っていた。
「もしご希望でしたら、パートナーの方はここから参加者のサポートも出来ますよ」
「え?私にも何か出来るの?」
既に先程お腹一杯食べたから空腹の心配は無いにしてもこれから2時間近くもここで待ち惚けするつもりでいたらしいプラムは、そんな彼女の言葉にパッと顔を輝かせていた。
「はい。こちらの糸束をお持ち頂いて参加者に持ち込んで貰うことで、帰り道の案内が出来ます」
「ああ、成る程・・・いわゆる、"アリアドネの糸"って奴だな」
「知ってるの?アレス」
この島の歴史に明るいプラムもどうやら他の神話の類などは余り知らないらしく、彼女が些かびっくりした様子で俺の顔を覗き込んでくる。

「これって多分、ギリシャ神話でいうラビリンスっていう迷宮をモチーフにした迷路なんだよ」
「じゃあ、牛の頭の像って言うのも関係があるの?」
「神話では、迷宮に閉じ込められていたミノタウロスっていう牛の怪物をテセウスっていう英雄が倒すんだよ」
それを聞いて、プラムも何となく話の概要は掴めたらしい。
「牛の頭の像に剣を突き刺すと牛の角を模ったオブジェが出て来ますので、それを持ち帰ると攻略成功になります」
「へえ・・・結構凝ってるんだな」
「ただし、剣や角を無くされてしまったり時間内に戻って来れなかった場合などは失敗となりますのでご注意を」
俺はその説明に頷くと、両手で一抱えもあるような大きな糸束を受け取ってプラムへと手渡していた。
途中で切れたりしないようにということか見た目は赤色の太い毛糸のように見えるのだが、その芯には丈夫なワイヤーが通されているらしい。
それが恐らくは数百メートル分も纏まっているせいで、かなりの重さだ。
「私はこれを解しながらアレスに送っていけば良いのね」
「ああ・・・それがあれば帰り道が分かるから、帰りは早く戻って来れると思う」
「分かったわ」
俺はそんなプラムの返事を聞き届けると、入口に設置されていた大きなボタンを押してスタート時刻の書かれた別のリストバンドを腕に嵌めたのだった。

「ん・・・想像はしてたけど、かなり深い迷路だな・・・」
通路幅は十分に余裕があっても、高さ3メートルもの石垣で囲まれているというのがかなりの圧迫感だ。
それにプラムの大きな手であの糸玉を解すのにもそれなりに時間は掛かるだろうから、走って中を探索するというのも難しいというのが逆に足枷になっているような気がする。
まあ折角目的の角のオブジェとやらを手に入れられても帰り道が分からずに迷って失敗なんてことになったら本末転倒だから、これはこれで後々重要になってくるのだろう。
「おっ、分岐だな・・・」
やがて入口から50メートル程続いた1本道が終わりを迎えると、俺は正面と左右に道が枝分かれしている十字路に差し掛かって初めて足を止めていた。
とは言え、迷っている時間は無い。
とにかく手当たり次第に歩き回って、牛の頭の像を見つけ出さなければならないのだ。
だが取り敢えず左の道へ進もうとそちらへ顔を向けたその時、俺は何処からとも無くゴリッ・・・という何か重い物を引き摺っているかのような奇妙な音が聞こえたことに気が付いたのだった。

「何だ・・・今の音・・・?」
今はもう聞こえないが、さっきは確かに聞こえた。
迷路の周囲には大勢の客がいてそこから微かな喧騒も聞こえてきてはいるのだが、先程の音は明らかに迷路の奥の方から聞こえてきたような気がしたのだ。
今は迷路内に足を踏み入れているのは俺1人だけのようだから、他の参加者が出した音でないとするなら・・・
俺はそんな想像に少しばかり胸の内に不安が芽生えてしまったものの、単純に気のせいだったという可能性もゼロではないだけにここで足を止めるのは流石に臆病過ぎるというものだろう。
それに、この広大な迷路の中から目的の物を探し出すのが容易でないことは俺にも一目で分かる。
だとすれば、もしかしたらさっきの音は例の牛の頭の像が何処にあるのかを示すある種の隠れたヒントのようなものである可能性だってあるのだ。

「とにかく・・・進んでみるか・・・」
俺はそう呟いて気を取り直すと、先の見えない迷路の奥へ向かってそろそろと進んでいった。
「くそ、行き止まりか・・・」
だが更に幾度かの分岐を経て数分程歩いていくと、突き当たりが行き止まりになっているのが目に入る。
まあ行き止まりがあるのは迷路なのだから当然なのだが、プラムが送り出してくれているこの赤い糸があるだけに来た道を引き返す場合は一旦ここまで引っ張った糸を手繰って別の道へと持ち込まなければならないのが少し面倒だ。
とは言え、この手の広大な迷路というのは大抵正解の道が1本だけではなく、複数のルートで目的地へ辿り着けるようにコース設定が緩くされていることも珍しくない。
もしこの迷路もそうなのであれば、時間を掛けて全ルートを虱潰しに調べなくても目的の牛の頭の像を見つけ出すこと自体は難しくないはずなのだ。
そして最後に道を誤った分岐まで引き返すと、俺は別の道へと駆けて行ったのだった。

「はぁ・・・はぁ・・・ここも行き止まりか・・・」
早いもので迷路に入ってからもう1時間が経ち、俺は随分と長い距離を歩き回ったはずだというのに依然として目的の像を見つけることが出来ないでいた。
大体の位置感覚としてはほぼ迷路の中央に近い場所にいるはずなのだが、相変わらず俺の視界に映るのは高い石垣の壁ともう手繰り寄せるのが面倒で雑多に周囲へと散乱してしまっている赤い糸の群れだけ・・・
だが半ばフラフラになりながらもふと角を曲がると・・・
俺は何時の間にか鈍い金色に輝いている大きな牛の頭の像が置かれている小さな部屋に辿り着いていた。
「あ、あった・・・」
想像していたよりも大きな高さ1メートル程の牛の頭が、地面から30センチ程伸びている石の台座に安置されている。
そしてその額の部分に剣を差し込めるよう深いスリットが開いているのを目にすると、俺はもう随分と重く感じる銅の剣をそこへゆっくりと押し込んでいた。

ズズ・・・ガコン!
そしてスリットの奥にあったらしいボタンのようなものが押し込まれると、牛の口が突然ガバッと開いてそこから30センチ程の長さを持つ湾曲した角のようなオブジェが姿を現す。
「これを持って帰れば成功か・・・思った以上に大きいんだな・・・」
裸の体にバスタオルを巻き付けただけのこの格好では、腰の部分に差し込んで持つ以外に無いだろう。
そして首尾良く目的を達成すると、俺は両手で赤い糸を持ち上げていた。
後はこれを手繰って入口まで引き返せば良いだけだ・・・
制限時間はまだ40分近くもあるし、真っ直ぐ向かえば余裕で間に合うだろう。
だがそう思って糸を手繰り寄せながら5分程歩いたその時・・・
俺は最初に迷路へ入った時にも聞いた、ゴリッという奇妙な音を再び耳にしていた。
ゴリ・・・ゴォリ・・・ゴォリ・・・
今度ははっきりと、それも断続的に聞こえてくる。
しかも、音の出所はかなり近いように感じる。
恐らくは、この石垣1枚向こう側から聞こえてきているような感じだ。

一体何が・・・
だがそう思って隣の通路と連結しているらしい角を曲がってそっと向こう側を覗き込んでみると・・・
俺はそこに居たモノに思わず悲鳴を上げそうになったのを必死に押さえ込んでいた。
そしてこちらに背中を向けていたそれから見つからないように壁の裏へ身を潜めると、恐怖の余り荒くなってしまった息を懸命に落ち着かせる。
あれは・・・ほ、本物・・・?
俺の目に映ったのは、片足に直径40センチはあろうかという大きな鉄球付きの足枷を嵌められた身長2メートルを優に超える恐ろしい牛頭の怪物。
恐らく重さ100キロは下らないだろう巨大な両刃の斧を片手で軽々と持ち上げる筋骨隆々のその姿は、正に俺が想像していたミノタウロスそのものだった。
それが重々しい鉄球を引き摺りながら、迷路の中をゆっくりと徘徊していたのだ。
「な、何であんな奴が・・・」
そして様子を窺おうと恐る恐る壁から顔を出してみると・・・
俺はあろうことか丁度こちらを振り向いていたその屈強な迷宮の番人と思わず目を見合わせてしまっていた。

「ブモオオオオオッ!!」
「う、うわああああああっ!」
次の瞬間、明らかに獲物を見つけた猛獣のような野太い咆哮を上げたミノタウロスがその大きな鉄球の存在を感じさせない程の凄まじい力強さでノシノシと俺の方へと向かってくる。
「ひいっ・・・!」
それを見た瞬間、俺は全身の血の気が引くような気分を味わいながら脱兎の如くその場から逃げ出していた。
もうプラムの糸を辿っているような余裕は無い。
それどころか、糸なんか持っていたら俺が何処にいるかをあの怪物に教えているようなものだろう。
ゴォリ・・・ゴォリ・・・
「ひっ・・・ひぃ・・・」
一応は鉄球の拘束が効いているのか猛然と走ってくるようなことはないのだが、それがまたじわじわと追い詰められているようで余計に恐怖を掻き立てていく。
あんな大きな斧を振り下ろされたら、人間など間違い無く真っ二つにされてしまうだろう。
それでなくとも、万が一にもあの怪力に捕まったら抗う術などあるはずも無い。

「ブモオッ!ブモッ・・・ブモオオオッ!」
荒々しい雄叫びにも似た唸り声を上げながら徐々に肉薄してくる怪物から、深い迷宮の中を必死に逃げ惑う・・・
それは俺の人生の中でもかつて経験したことの無かった、本物の死の恐怖だった。
「た、助けて・・・誰か・・・」
石の地面を鉄球が擦れる音が、振り回された斧が石垣の壁を削る音が、断続的に漏れ聞こえてくる呼吸の音が・・・
まるで心臓を直接締め上げられるかのような壮絶な恐ろしさとなって俺の心を痛め付けていく。
だが帰り道も分からないまま滅茶苦茶に逃げている内に、ついに袋小路となっている通路へと逃げ込んでしまう。
「ああっ・・・!」
そして完全に逃げ場を失ってしまうと、俺は背後からゆっくりと迫ってくる余りにも強大な怪物の姿にゴクリと息を呑んだのだった。

ゴォリ・・・ゴォリ・・・
まるで死神の足音のようにも聞こえる、重々しい鉄球が引き摺られるくぐもった音。
巨大な斧を手にしたままじりじりと近付いてくるミノタウロスの赤黒い両眼にはついに獲物を追い詰めたという歓喜の色が滲んでいて、俺は行き止まりの壁に背を預けたままペタンと腰を抜かして座り込んでしまっていた。
「あ・・・あぅ・・・」
恐怖の余りに喉が痺れてしまい、助けを求める声までもが力無い喘ぎとなって漏れ出していく。
「助け・・・助け・・・て・・・」
「ブモ・・・ブモォ・・・」
既に彼我の距離は僅か10メートル・・・
背筋が凍り付く程の殺気を撒き散らしながら迫る怪物の姿を見上げる俺の目には、何時しか絶望の涙が滲んでいた。
ゴリ・・・ゴォリ・・・
そして逃げることも抵抗することも出来ずガタガタと震えていると、ついに勝利を確信したミノタウロスが人間の頭程度ならすっぽりとその掌中に収めてしまえる程の大きな手を俺の方へと伸ばしてきたのだった。

「う、うわあああああああああっ!」
「・・・アレス・・・?」
私は迷路の奥の方から微かに聞こえて来たそんな誰かの悲鳴のような響きに、半ば寝惚け始めていた意識をハッと覚醒させていた。
既に手元にあった赤い糸束は完全に解けていて、弛んだ糸の山が迷路の入口に積み上がっている。
だがさっき見た時からその状況がほとんど変わっていないことから察するに、恐らく迷路の内部ではアレスがもう糸を手放してしまったか、或いは手繰り寄せることを放棄してしまったのだろう。
でも・・・その理由は・・・?
まだアレスが迷路に入ってから2時間という制限時間には20分以上もあるし、もし彼が目的の牛の角とやらを手に入れられたのであれば多少時間が掛かっても糸を辿った方が確実に出口まで戻れるはずだ。
もしそれをしない理由があるのであれば、まだ彼が牛の頭の像を見つけられていないか・・・
或いは迷路の中で何かあったのだろう。
さっき聞こえたのが本当にアレスの声だったのなら、まさか何かに襲われて・・・?
私はそんな一抹の不安に途端に胸が締め付けられたものの・・・
その場を動くことが出来ない歯痒さにただギリッと牙を食い縛ったのだった。


ズッ・・・
「ひぃっ!」
盛大な断末魔の悲鳴を迸らせた直後・・・
俺はきつく目を閉じた暗闇の中で、何かをタオルの間から引き抜かれた感触にビクッと全身を跳ね上げていた。
だがそれ以上は何も起こらなかったことに疑問を感じて恐る恐る目を開けてみると、俺から角のオブジェを取り上げたミノタウロスがさっきまでの恐ろしげな雰囲気を解いてその場に佇んでいるのが目に入る。
「グフフ・・・そう怯えるな少年よ・・・これはこのラビリンスの迷路を盛り上げる為のただの演出だ」
「え・・・?」
「だが、残念ながらワシに捕まってしまったからにはこれは取り上げさせて貰うぞ」
そう言いながら、彼が手にした角のオブジェを軽く左右に振って見せる。
ああ・・・そうか・・・だからわざわざ、剣や角を無くしたら失敗っていう条件があったわけだ・・・
「あ、あんた・・・その為だけにずっとこの迷路の中を歩き回っているのか・・・?」
「それがワシの仕事だからな・・・島の中でもこの役だけはワシにしか出来んから、なかなかに高給なのだぞ」
確かに、ラビリンスの番人役だなんてミノタウロス本人以外の誰にも務まらないのに違いない。
「それにしても、お主は随分とワシを怖がってくれたな。近頃の客はなかなかそんな反応を見せぬ故、楽しかったぞ」
そんな彼の言葉に、必死に迷路の中を逃げ惑った挙句泣きじゃくりながら命乞いまでしてしまった自分が何だか急に恥ずかしくなってしまう。

「では、出口まで送るとしよう。ワシについて来るが良い」
俺はそう言われて腰の抜けてしまった体をゆっくり起こすと、足枷の鉄球を外してそれを持ち上げたミノタウロスの後へとついていった。
あんなに大きな鉄球と斧をそれぞれ片手で軽々と持ち上げて運んでいるその怪力振りには驚かされるばかりだが、冷静に考えてみれば広大な迷路で突然客を脅かし追い詰めるこの仕事はそれはそれで楽しいものなのかも知れない。
まあ何にせよ、任務には失敗してしまったものの迷路自体は今にして思えば楽しい経験だったのは間違い無いだろう。
そして出口へと続く最後の分岐にまで案内してもらうと、俺はぐったりと疲労の溜まった体を引き摺るようにして外へと出て行ったのだった。

「あ!アレス!お帰り・・・大丈夫だった?何かさっき悲鳴みたいなのが聞こえた気がしたけど・・・」
「ああ・・・平気だけど、角は無くしちまったから、迷路の攻略は失敗だったよ」
「そう・・・それじゃ仕方無いわね・・・何か凄く疲れてて汗も掻いてるみたいだけど、またお風呂に入る?」
俺はそんなプラムの言葉に頷くと、最初に行った広い露天風呂のエリアまで戻ることにしたのだった。
「それにしても・・・本当に色んな施設があるんだな、ここって・・・」
「私も随分前に遊びに来たことがあるけど、その時はまだこんなに店や設備が充実はしてなかったわよ」
「そうなんだ。それじゃあ、最近になって賑わってきたんだな」
そう考えると、比較的人間やそれに近い種族向けの施設の割合が多いのはもしかしたら後になって人間の誘致を目指して施設を拡大した結果なのかも知れないな。

やがて先程も歩いた長い通路を引き返して再び露天風呂にまでやってくると、プラムがあのウォータースライダーの建物の方へと俺を引っ張っていく。
「ほらアレス、あれやりましょ」
「あ、ああ・・・」
もしかして、プラムはまたあれが滑りたくて風呂に入ろうなんて言い出したのかな・・・
まあ迷路の中を走り回って汗を掻いてしまったのも事実だし、風呂に入りたかったのは確かなのだが。
そしてプラムとともに螺旋状の坂道を登って長いウォータースライダーの滑り口に辿り着くと、彼女がおもむろに俺の体を抱き上げて大量のお湯が流れるチューブへと仰向けに寝そべっていた。
「それじゃあ、行くわよアレス」
「あ、ああ・・・良いけど、ちゃんと俺を掴まえといてくれよ」
そんな俺の言葉に、プラムがその太い腕で俺の体をガッシリと左右から抱き抱えていた。
温かくて柔らかいプラムのお腹の感触が背中に当たってこれはこれでかなり気持ちが良いのだが、このまま滑り台を滑るのだと思うと胸の内に一抹の不安も過ぎってしまう。
だがそんな俺の心境を知ってか知らずか、いよいよプラムがお湯の流れに身を任せて大きなチューブ内にその身を投げ出したのだった。

ゴオオオオオオオオッ!!
「きゃああああああああっ!」
「うわああああっ・・・ぐえっ!」
さっきも聞いた盛大な悲鳴と共に、人間を抱いた巨大な雌竜が猛然と太いチューブ内を滑り落ちていく。
だが俺の体を離すまいとしてか、或いは緊張と興奮でつい力んだだけなのか、俺は凄まじい力でプラムに抱き締められて苦悶の呻きを漏らしていた。
「ちょ・・・プラ・・・ム・・・苦し・・・」
ダッパアアアアアアアアンッ・・・!
だがそんな抗議の声を上げている途中で空中に投げ出され、盛大な着水音と水柱が俺の世界の全てを真っ白に染め上げたのだった。


「・・・レス・・・アレス・・・大丈夫・・・?」
大きな手でゆさゆさと体を揺すられるようなその感触にふと目を覚ますと・・・
俺は何時の間にか30畳程もある何処かの部屋の中に置かれた、広いベッドの上に寝かされていたらしかった。
「ん・・・プラム・・・?」
「あ、気が付いた?アレスってば、あれから5時間近くも気を失ってたのよ」
そう言われて窓の外へと目を向けてみると、確かにもう時刻は夕方らしく何処か幻想的な橙色の夕焼けが空を美しく染め上げているのが目に入る。
「そっか・・・もうこんな時間か・・・ここは何処なんだ?」
「宿泊用の客室よ。今日はもう疲れちゃったから、今夜はここに泊まっていきましょう?」
そう言いながら、プラムが俺の隣りにその巨体をゆったりと沈み込ませていく。
「そうだな・・・何だか、今日1日で色んなことを経験したような気がするよ」
「そうね・・・でも、まだ美味しい食事は全然経験してないでしょ?ほら、夕食を食べに行きましょうよ」
俺はそんなプラムの食いしん坊振りに思わず微かな苦笑を浮かべてしまったものの、素直に彼女に連れられてベッドを降りると食堂へと向かったのだった。

それから少しして・・・
やがて食堂に辿り着くと、俺は余りにも広大なその空間にある種の既視感を覚えていた。
「何か、大学の食堂にそっくりなんだな」
見たところ様々なサイズの住民用に設けられた大小のテーブルや座敷が延々と向こうまで広がっていて、食事を注文出来るカウンターもサイズ毎にそれぞれ階段状に並んでいるらしい。
まあこの島の多種多様な種族に対応した公衆食堂を作ろうと思ったら、どうしたってこういう形にならざるを得ないというのが現状なのだろう。
「ここは90分の時間内なら、何を幾ら食べても良い食堂なの」
そう言うと、早速プラムが入場開始の時間をバンドに読み込ませる。
成る程・・・入口の脇に設置されている説明用の看板によると、宿泊者に限り1日1回、最初の入場から90分間は完全な食べ放題方式になっているようだ。
それを過ぎた後は、10分延長毎に銅貨1枚の追加料金が発生するらしい。
この島の物価を考えれば少し高めの料金設定のような気もするのだが、まあこれはプラムのような大食いの住民にずっと居座られることを防ぐ為の措置なのだろう。

「じゃあ、分かれて食べようか?プラムはあっちの方でたっぷり食べたいんだろ?」
俺も入場開始の手続きをしながらそう言うと、既に口の端から涎を垂らし掛けていたプラムが爛々と眼を輝かせながらバッと凄まじい勢いでこちらを振り向いていた。
「わっ・・・」
「良いの!?ありがとうアレス!」
そしてそう言うなり、彼女が猛然と奥にある大型種用の注文カウンターへと駆けて行く。
その後姿を目で追いながら、俺は少しばかり跳ね上がった心臓の鼓動を必死に静めていた。
何か・・・今にもプラムに取って食われそうな雰囲気だったな・・・
全開の食欲を解き放った巨竜の恐ろしさを目の当たりにしてしまい、改めて彼女が俺の伴侶であるという事実が極めて稀有なことのように思えてしまう。

「取り敢えず・・・俺も何か食うか・・・」
そして人間サイズ用のカウンターで美味しそうな牛肉のハンバーグを注文すると、俺は大勢の客で賑わう食堂の中に空いている席が無いか見回していた。
あれ・・・あんな所にドラゴンの集団がいるな・・・人間サイズの席なのに、狭くないのか・・・?
桃色の体毛に身を包んだ大小2匹の雌竜と、美しい青い竜眼を湛える真っ赤な体毛を纏った雌竜、そしてそれらとは対照的に真紅の鱗を煌かせている・・・あれも雌竜なのだろうか・・・?
やがてどういうわけか人間サイズ用の席で仲が良さそうに談笑しているその雌竜達へ近付いていくと、向こうも俺の存在に気付いたらしく8つの竜眼が一斉にこちらに振り向けられる。
その光景には流石に俺も一瞬たじろいだものの、特に敵意があるわけでもないのか4匹の中でも最も小さい桃色の雌竜が俺を手招きしてくれていた。
「あ、人間さん!ねぇ、こっちで一緒に食べない?」
もしかして彼女達は、人間と一緒に飯を食べる為にあそこの席に陣取っていたのだろうか?
まあ、単純に人間用の席が最も空いていたからというのもあるかも知れないが・・・
「あ、ああ・・・良いよ」
だが取り敢えず誘われたからには無碍に断るのも悪い気がして、俺はハンバーグの載ったトレイを手にしたまま大きな雌竜達の真ん中へと恐る恐る足を踏み入れていた。

「あらいらっしゃい・・・歓迎するわ」
「よ、よろしく・・・」
「フフフ・・・こんな怪しげな連中の中にノコノコ入ってくるとは、随分と物好きな人間もいたものだな」
4匹の中で唯一真紅の鱗を身に纏った雌竜が、そんな何処かドスの効いた声を俺の耳元に吹き込んでくる。
だが取り敢えず、彼女達は随分と人間慣れしているらしい。
大きな桃色の雌竜だけは余り人間に興味が無いのか、それとも単純に眠いだけなのか、他の3匹の輪から少し外れて欠伸を噛み殺しているだけのようだ。
多分彼女は、この小さい桃色の雌竜の母親なのだろう。
「それで・・・あんた達は、どうしてこっちの席に集まってるんだ?向こうにもっと広い席があるのにさ」
「あたしはただ人間が好きなだけよ。こっちのお姉さんもね」
「お姉さんって・・・姉妹なのか?」
しかしそんな俺の問い掛けに2匹が揃って首を横に振る。
「別に本当に血が繋がってるわけじゃないわ。私とこの仔は、とある事情で昔一緒に暮らしていたことがあるの」
「でも、あたしにとってはお姉さんだったわよ。知らないこと、一杯教えてくれたし」

どうやら話を聞くと、彼女達はかつて人間の運営するとある動物園で見世物にされていたのだという。
特に桃色の仔竜の方はまだ物心付いて間も無い頃に無理矢理人間達に攫われてしまった上に何も分からぬまま藁の敷き詰められた広い部屋の中へと放り込まれ、恐怖と不安に満ちた半日を過ごしたのだそうだ。
だがやがてそこへ戻ってきた赤竜に宥められて実際に大勢の人間達の目に晒された彼女は、意外にもその生活を楽しく感じられるようになっていったのだという。
「最初はあたしもお母さんと引き離されて心細かったけど・・・この島に来てやっとお母さんと再会出来たのよ」
「そうね・・・私も一緒に人間達に攫われて以来生き別れてた友達と再び出会えたし、こんなに嬉しいことは無いわ」
「フン・・・」
不機嫌なのか、それとも単に照れているだけなのか、その言葉を聞いて赤鱗を纏った雌竜が荒い鼻息を吐く。
「でも・・・人間達に攫われたってのに人間が好きだなんて意外だな。恨んだりはしてないのか?」
「恨む理由が無いとは言わぬが・・・今となっては私も人間が嫌いではない。それに・・・味も悪くないしな・・・」
そう言いながら、ジロリと俺を睨み付けた鱗の雌竜がペロリと見せ付けるように舌を舐めずったのが目に入っていた。

「あ、味って・・・あんた、人間を食ったことがあるのか・・・?」
「過去に1人だけ、止むを得ずにな・・・だが、こちらの方では数え切れぬ程に味わったぞ・・・?」
クチュ・・・
不意に聞こえてきたその不穏な水音に、"こちら"の意味するものが俺にもはっきりと理解出来てしまう。
「フフフ・・・何だその顔は?お前も興味があるのか、小僧・・・」
「あ、いや・・・その・・・な、無いわけじゃ・・・ないけどさ・・・」
「ちょっと、余り彼をからかっちゃ駄目でしょう?そういうの、あなたの悪い癖よ」
一応赤毛の雌竜が仲裁には入ってくれたものの、俺は相変わらず何処か妖艶な笑みを浮かべながらこちらを見つめている鱗竜の視線から逃れるように冷め掛けていたハンバーグへと手を付けたのだった。

長い年月を掛けて生き別れていた大切な誰かと再会する・・・
それは人間で言えば長くても数十年という感覚なのだろうが、人間などとは桁違いの長寿を誇る彼ら竜族にとってはそんなありきたりな言い回しもまた別の意味を持って捉えられるのに違いない。
実際桃色の仔竜の話を聞く限りでは彼女が人間に攫われて動物園へと入れられたのは、もう今から200年近くも前の出来事なのだそうだ。
この島に外部から住民がやってき始めたのがここ数十年の出来事なのだと考えれば、少なくとも彼女は100年以上自分の母親と出会えなかったいうことになるだろう。
まだ物心付いて間も無い仔竜が人間にとっては正に一生と言える程の長い日々を無事に生き延びてこれたのは、人間が彼女をぞんざいに扱わなかったということ以上にあの赤毛の雌竜の存在が大きかったことは容易に想像が付く。
それを考えれば、たとえ血は繋がらなくても彼女があの赤毛の雌竜を姉として慕っているのは当然のことなのだろう。
そしてそれと同時に、彼女達を再び引き合わせたこの島の存在意義がどれ程大きなものなのかについても改めて痛感させられてしまう。
世界各地で行き場を失った幻獣達を受け入れるだけではない、もっともっと大切な役割が、この島にはあるのだ。
それに気付いただけでも、彼女達との会話は実りあるものだったと言えるかも知れない。
だがそれに夢中になっている内に90分があっという間に過ぎてしまうと、俺は最初ここへ来た時よりも一回り大きくなったような気がするプラムが一杯に膨れた腹を満足気に揺らしながらこちらへ歩いてくるのを見て取っていた。

「ごめん。連れが来たから、俺はもう行くよ」
「うん、ありがとうね!」
「気が向いたら、また来てくれると嬉しいわ」
俺はそんな彼女達の言葉に手を振ると、何処か荒い息を吐いているような気がするプラムを連れ立って食堂を後にしていた。
「プラム・・・一体どんだけ食べたんだ・・・?」
「もう何もかもが美味しくって・・・あんまり私が食べるもんだから、料理を作ってる方が悲鳴を上げてたわ」
まあ確かに、大きな獣の丸焼きが多い大学とは違ってもう少し凝った食事を提供しているらしいここの食堂ではプラムの食欲に対抗するには時間と人手が足りな過ぎるのかも知れないな・・・

「それで、これからどうするんだ?」
「後は部屋に戻って少し休憩しましょうよ。その後は・・・」
「・・・その後は・・・?」
俺は敢えて言葉を濁したらしいプラムを追い詰めるように、そう反復していた。
「そ、その後は・・・分かるでしょ?」
「さあ・・・何か予定があったっけ?」
「もう!アレスの意地悪!」
俺はプンプンと可愛らしい怒気を撒き散らしながらこちらを睨み付けたプラムの顔を見て思わず苦笑を漏らすと、彼女と部屋に戻って広いベッドの上に並びながら静かに高い天井を見つめていた。

何故だろう・・・プラムとまぐわうのはこれが初めてではないというのに、何時もの寮の部屋ではないからなのか不思議な緊張と高揚感が体中に漲っているような感覚がある。
それはプラムも同じなのか、彼女は先程から仰向けになったまま真っ直ぐに天井の一点を見つめているようだった。
「なあ、プラム・・・」
「何?」
「今日はさ・・・俺が下でも良いかな・・・?」
だがふと漏らしたその声に、少し時間を空けて意味を読み取ったらしい彼女が何処か怪訝そうな眼差しをこちらに振り向けてくる。
「下って・・・大丈夫なの・・・?私、自分で言うのもなんだけど重いのよ?」
「ああ・・・何だか、今夜はそんな気分なんだ。良いだろ?」
「それは・・・アレスが良いならその・・・別に構わないけど・・・」
どうやら彼女は、以前寝惚けて俺を押し潰した時のことを思い出したらしい。
だが昼間味わった龍の整体のお陰で、どうやら俺にも本格的にある種のMっ気が芽生え始めてしまったらしい。
そして彼女をその気にさせるようにベッドの真ん中へ仰向けのまま大の字に寝そべってやると、ようやく覚悟を決めたのかプラムがずっしりと重そうなその巨体を静かに持ち上げたのだった。

ズッ・・・
「うっ・・・」
一応口ではそう言ってみせたものの・・・
俺はいよいよ自身の上に圧し掛かって来ようとしている大きな雌竜の姿に、内心の不安を必死に押し殺していた。
柔らかなベッドをミシリと踏み締めた逞しい両手が、タプンタプンと艶めかしく揺れている腹が、そして何処か心配そうでありながらも雄を篭絡せんと情欲に燃えている青い竜眼が・・・
広い閨の上で無力な獲物と化した俺の心をじっくりと締め上げていくのだ。
そしてついにプラムの手で唯一身に纏っていたタオルをそっと剥ぎ取られると、俺はそのまま彼女の大きな腹でずっしりとベッドに押し付けられてしまっていた。

ギッ・・・ギシィッ・・・
「く・・・ぁ・・・」
優に数百キロは下らないプラムの体重がブニュブニュと揺れる餅のような腹を通してゆっくりと浴びせ掛けられ、俺の体をじわじわとベッドの中へ埋め込んでいく。
だが自分で言い出した手前今更止めてくれなどと言うわけにもいかず、俺は成す術も無く彼女の巨体で静かに敷き潰されていた。
ミシッ・・・ズシィ・・・
「うぐ・・・お・・・もい・・・」
肺が直接的に圧迫され、壮絶な息苦しさが五感の全てを支配していく。
与えられているのは耐え難い程の純粋なる苦痛・・・であるはずなのに、それでも俺はどういうわけかそこに例えようもない心地良さをも感じてしまっていた。

「アレス・・・大丈夫・・・?」
苦悶に歪んでいたのだろう俺の顔を覗き込みながら、やがてプラムがそんな声を掛けてくる。
「だ・・・大丈夫・・・うぐ・・・」
ズブズブと柔らかなベッドとプラムの腹に挟み潰されていく自身の身を案じながら、やがて湧き上がってきた被虐的な興奮が雄の象徴をゆっくりと持ち上げていった。
プラムもそんな肉棒の隆起を感じ取ったのか、既に俺よりも先に潤っていたらしい秘所がまるで歓喜の声を上げるかのようにヌチュリと卑猥な水音を漏らす。
「じゃ、じゃあ・・・入れるね・・・?」
そして自身の腹下で苦しげに顔を歪めている俺の耳元にそんな何処か遠慮がちな声を吹き込むと、プラムは熱く燃え滾る竜膣を俺の雄槍目掛けてゆっくりと下ろしていった。

ズ・・・クチュ・・・ズン!
「ぐえぇっ!」
加減を間違ったのか、それとも雌雄の結合の喜びに体を支える四肢の力が抜けてしまったのか、俺の肉棒を一気に根元まで呑み込んだプラムが突然その全体重で以て俺を押し潰していた。
ギュ・・・グチュブ・・・
「は・・・あぁ・・・か・・・」
だがギシギシと骨の軋むような凄まじい圧迫感に喘ぐ間にも、雄を丸呑みにしたプラムの肉洞が激しく蠕動する。
焼け付くように熱いドロリとした愛液をたっぷりと溢れさせた無数の柔らかな肉襞がこれでもかとばかりに敏感なペニスを舐めしゃぶり、小刻みに震えながら巧緻なうねりまでもを叩き込んできたのだ。

「うあっ・・・うああああっ・・・!」
その余りに気持ち良さに思わずバタ付かせようとした手足が、更にギュッと恐ろしい程の重圧でベッドの上へと捻じ伏せられていく。
グシュ・・・グッチュ・・・ミシャッ・・・
「ひいぃっ・・・」
その巨体で完全に雄を制圧しながら容赦無く弄ぶ圧倒的な雌の暴力に、俺は微かな身動ぎさえ許されぬまま盛大に悶絶したのだった。

「プ・・・プラ・・・ム・・・はぁっ・・・!」
圧倒的な柔肉に下敷きにされた四肢をヒクヒクと戦慄かせながら、辛うじて漏らした彼女を呼ぶ声が掠れた嬌声へと変えられていく。
その熟れに熟れた竜膣に根元まで呑み込まれた肉棒は正に獰猛な巨獣の前に転がる無力な獲物の如くにじわじわと甚振られ、徐々に徐々に絶頂という名の終焉へと押し上げられていった。
以前プラムとまぐわった時には交尾に不慣れであるが故の荒っぽさのようなものがあったのだが、雌竜天国に通う内に雄を責める手腕も上達したのか敏感な肉棒に異次元の快楽が叩き込まれていく。
ゾロリと鎌首を擡げた無数の肉襞がまるで雄槍を磨き上げるかのように左右から互い違いに舐め上げてきて、俺は歓喜とも苦悶とも付かない涙を両目一杯に浮かべながら悶え狂っていた。

先程まで俺の身を案じていたプラムも既に雄を貪ることに夢中になっているのか、腹下でもがく獲物を容赦無く捩じ伏せながら熱い肉洞を更に激しく躍動させる。
グシャッ!ゴギュッ!グシッ!グギュ!
「ひっ・・・た・・・助け・・・」
まるでペニスそのものを押し潰されるのではないかと思える程の強烈な圧搾と、精巣の奥から精の雫を根こそぎ搾り尽くそうという意思を感じるかのような激しい吸引。
それらが絶え間無く限界寸前の肉棒へと襲い掛かり、獲物に微かな身動ぎさえ許さぬ見上げるような巨竜の全体重が俺の意識をもゆっくりと押し潰していく。
し・・・下で良いなんて・・・言わなきゃ・・・良かったかも・・・
グギュウッ・・・!
「かはっ・・・ぁ・・・」
そして止めとばかりにギンギンに漲った肉棒が強大な竜膣の崩落に巻き込まれて一際強烈に握り締められると、俺はまるで魂までもが搾り取られるかのような未曾有の快楽に盛大な白濁を噴き上げながら意識を失ったのだった。

ドシャアッ!
「ああっ・・・!」
自身の体内を一気に満たした、熱く滾ったアレスの精の感触。
私はその幸福に甲高い喜びの声を漏らしながら、気を失ったのか唐突に全身を弛緩させた彼を思わずベッドの上に思い切り押し潰してしまっていた。
その瞬間内心しまったという思いが胸の内を駆け抜けたものの、体中を駆け巡る心地良い快楽の余韻が私の手足の力をも奪ってしまったらしい。
彼には悪いけど・・・もう少しこのままで・・・
腹の下でヒクッヒクッと微かな痙攣を繰り返している彼の感触を味わいながら、私は完膚なきまでに雄を制圧した雌としての達成感のようなものに酔い痴れていたのだろう。
そして数分の間を置いてようやく荒い息が整うと、ぐったりと力尽きたアレスの上からようやく重い体を退けてやる。

「あっ・・・ちょっとアレス・・・大丈夫・・・?」
だがいざ姿を現したアレスの様子を見た瞬間、私はそれまで感じていた陶酔感が一気に吹き飛んだのを感じていた。
ベッドの上に大の字に敷き潰されたまま1滴残らず精を搾り尽くされて萎びた肉棒を垂れ下がらせている、余りにも無残な雄の末路がそこにあったのだ。
薄っすらと汗を掻いた彼の顔には様々な感情が入り混じった複雑な表情が浮かべられていて、ほんの微かに息をしていることを除けば文字通り昇天してしまっているようにも見えてしまう。
「ねえ・・・アレス・・・目を覚まして・・・」
そして数十分程掛けて何度も何度も彼の頬を舌で舐め上げていると、ようやく意識を取り戻したらしいアレスが薄っすらと目を開けたのだった。

「うっ・・・うぐ・・・」
「アレス・・・良かった・・・体、大丈夫・・・?」
あれから、一体どのくらいの時間が経ったのだろうか・・・?
長い長い眠りから醒めたような気分で目を開けた俺は、目の前にあった心底心配そうな表情を浮かべたプラムの顔を見て安堵の息を吐いていた。
「あ、ああ・・・最高・・・だったよ・・・でも、しばらく動けそうにないな・・・」
「私も凄く良かったわ・・・それじゃあ、今夜はこのままもう寝ましょう?」
「そうだな・・・旅行、来て良かっただろ?」
やがて俺がそう言うと、俺を心配してなのか、それともそれとは全く違う別の感情なのか、微かにその眼元へ涙を浮かべていたプラムがそっと俺の頬へ大きなマズルを擦り付けてくる。
「うん・・・ありがとう、アレス・・・」
そして大きな愛しの雌竜とお互いに抱き合うと、俺は再び心地良い眠りの世界へと深く深く墜ちていったのだった。

このページへのコメント

プラム編待ってました。
クロスオーバー作品は読んでて楽しいです。
特に、全部好きな作品だったのでニヤニヤしながら読ませて頂きました。

また楽しい作品を心からお待ちしてます。

今度は何処の龍or竜が出るかな笑

0
Posted by ナチュ 2018年06月10日(日) 10:10:45 返信

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