今より遥か昔、2世紀後半を迎えた古代ローマ帝国は暴君ドミティウスの圧政のもとで民衆達に野蛮な娯楽を提供していた。
決闘・・・そう言えば聞こえはいいが、その内容はほとんど公開処刑と変わらない。
奴隷に身を落とした者達が今日を生き残るため、あるいは腕に覚えのある闘士達が日銭を稼ぐため、巨大なコロシアムを埋め尽くした3万人を超える観衆の前で日々命を賭けた凄惨な戦いが繰り広げられるのだ。
ある時は鎧を身につけていない軽装の闘士達が剣と盾を打ち鳴らし、またある時は腹を空かせた獰猛なトラやライオンが憐れな挑戦者に牙を剥く。
戦いが終わる度に1つ、2つと命が燃え尽きていくその血腥い光景に、空気を震わせる歓声とどよめきが陽炎となって炎天下のコロシアムに燃え上がっていた。

「お兄ちゃん、今日も決闘を見に行くの?」
「いや、今日は仕事だよ、ローリア」
家を出ようとした矢先に妹に声をかけられ、俺はたった1人の家族に視線を向けた。
つい先月16歳を迎えたばかりの美しい娘の姿に、思わずそれが10歳も歳の離れた妹であるということを忘れそうになってしまう。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ。行ってくる」
不覚にも妹に見とれてしまったなどと言えるはずもなく、俺はそそくさと家を飛び出した。
滅多に仕事など入らないはずのうちの鍛冶屋に、突然大口の注文が入ったのだという。
婚礼に使用するための儀式用の銅剣を5本、それも急いで仕上げて欲しいとのことだった。
刃引きは向こうでやってくれるというので、原料の銅さえあれば1日で仕上げられるだろう。
久々の仕事で腕が鈍ってなければいいのだが・・・

「ごめん、待たせたかい?」
鍛冶場に入ると、いつも原料を調達してくれる初老の男が俺を待っていた。
「遅いぞアルウス。そら、言われた25リブラ(11.34kg)の銅はそこに用意しておいた。準備もできてる」
そう言われて近くのテーブルへと目を向けると、ごろりとした銅塊や折れた銅剣の類が山のように詰まれている。
「ああ、ありがとう。あとはまかせてくれ」
「さぼるなよ。奴さん、明日の昼には品物を取りに来るらしいからな」
彼はそれだけ言うと、俺を1人鍛冶場に残して外へ出ていった。
「さて、と・・・明日の昼までに5本か・・・こりゃ大仕事になりそうだ」
俺は大きく腕まくりすると、炉に銅を放り込みながら額に浮かぶ大粒の汗を拭っていた。

「あーあ、いつものことだけど暇だなあ・・・」
兄が出ていってしばらくすると、私は寝床から這い出して窓から明るい陽光の降り注ぐ外をじっと見つめていた。
何か暇を潰せるようなことでもあればいいのだが、皇帝がドミティウスに変わってからはほとんど町中での娯楽は消え去ってしまったように思える。
前は大通りにももっと活気があって歩いているだけで楽しかったものだが、今では香辛料とフルーツの叩き売りが連なっているだけのつまらない通りでしかない。
「そうだ、お兄ちゃんが仕事に行ってるんだったら・・・コロシアムに行ってみようかな」
兄はいつも"子供の見るようなものじゃない"と言って私をコロシアムには連れていってくれなかったけれど、確か16歳以上になれば1人でも入場が許されるはずだった。
もしかしたら、これはまたとないチャンスかもしれない。
私はそう心に決め込むと、手早く外出用の服に着替えて家を出ていった。

「わあ・・・」
通りの向こうにある巨大な建造物が近づいてくる度に、私は地を揺らすような激しい歓声の嵐を体で感じていた。
高い壁で囲まれているはずのすり鉢上の建物の外にまで、数万人の観客達の興奮と熱気が伝わってくる。
私も高鳴る胸を押さえながら入口を潜りぬけると、長い階段と回廊を渡ってようやく観客席へと辿りついた。
高さ7、8メートルはあろうかという高い壁で囲まれた楕円形の闘技場の中で、2人の男達が戦っている。
どちらの闘士も手足には胴剣で切り裂かれたと見える切り傷がいくつもついていて、そこから真っ赤な鮮血がポタポタと砂の地面に滴り落ちていた。
カン!ガキン!
支給された刃渡り40cmあまりの胴剣がギラギラと陽光を跳ね返し、剣戟の音が歓声の間を縫って私の耳にも届いてくる。
だがお互いの疲労の色は今初めて試合の様子を見た私の目にも明らかで、決着はかなり近いことだろう。

ガッ!
「ぐあっ!」
手の平にじっとりとかき始めた汗を握った瞬間、相手の闘士よりは多少やせ気味だった男が持っていた剣を弾き飛ばされた。
ドサリという重そうな音とともに剣が2人から離れた地面の上へと落ち、観客達の歓声が一層大きくなる。
だが最早勝負あったかに見えたその時、武器を失った男が盾を構えて敵の闘士にタックルを敢行した。
勝利の確信に油断した闘士の腹に全体重を乗せた体当たりが命中し、闘士の方も剣を地面に取り落としてしまう。
そして息を呑む斬り合いから一転して、2人の戦いは最後の力を振り絞った肉弾戦へと突入していた。
さすがに拳の当たる音までは聞こえてはこないものの、打ち据えられた男達の体から弾け飛ぶ汗の飛沫がその戦いの凄まじさを感じさせる。
今正に、彼らは己の命を賭けて戦っているのだ。
「あっ・・・」
フラフラとよろめきながら男が闘士に組み付いたかと思うと、そのままゴロゴロと砂の上を転がっていく。
だがそれが止まった時、何故か男の方が敵に馬乗りになられて窮地に立たされていた。
ロクに抵抗もできないまま顔面を幾度となく殴られ、次第に男の意識が薄れていくのが私にも感じられる。
だが投げ出された右手の甲に微かに金属の感触を感じ取った男は、素早く地面に落ちていた胴剣を拾い上げるとドスッという音とともに止めの一撃を大きく振り被った闘士の喉元へとその切っ先を叩き込んでいた。
誰もが予想だにしなかった意外な決着に全ての音が一瞬ピタリと止み・・・続いて猛烈な歓声がコロシアムの空気を波打たせていく。

「す、凄い・・・」
息絶えた闘士の亡骸が闘技場から運び出され、勝った男もまた2人の人間の手助けを借りて控え室へと戻っていく。
その血と砂と汗に塗れた逞しい背中に、観客達の惜しみない賞賛の拍手が注がれていた。
「諸君!静粛に!」
その時、突如皇族席の方から聞こえてきた声に歓声が静まり返る。
声の聞こえてきた方へと目を向けると、何時の間にか皇帝ドミティウスが演台の前に立っていた。
突然の皇帝の出現に何事かと訝る間もなく、闘技場に剣と盾を身に付けた新たな男が送り出される。
「素晴らしい戦いだった。先程の戦いの勝者バッススには、後世にまで残る栄誉と名声が与えられるだろう」
続いて巻き起こったオオオッという観衆達のどよめきを制するように、ドミティウスが右手を掲げる。
「だがしかし、諸君らを楽しませる素晴らしい男がいる一方で、ここに重大な罪を犯した男がいる」
その言葉に、数万人の視線が闘技場の中で狼狽えている1人の男に注がれた。
「そこにいるカルドゥスは、己の私利私欲の為に幾人もの若い娘を誘拐し、奴隷商人へと売り渡した男だ」
一体、これから何が始まるというのだろう?
ドミティウスの威厳も相俟って周囲に流れていた不穏な空気に、私は席に座ったまま胸に両手を当てていた。
「したがって、余はその男に死刑を言い渡した。しかしこの場で絞首台にかけたとしても、それは面白くない」
まるでその言葉が合図であったかのように、闘技場の壁の一部がゴゴゴっという音とともに左右へと開いていく。
その暗闇の奥に、私は何か恐ろしいものが潜んでいるのを本能的に感じ取っていた。
「諸君、楽しんでくれ給え。その男の死刑執行役は・・・ドラゴンだ」

「ド、ドラゴン・・・?」
まさかという思いに、私はぽっかりと口を開けた暗闇の奥を見つめていた。
やがてそこから、巨大な体躯を誇る恐ろしい生物が姿を見せる。
燃えるような赤い鱗に覆われた、異形の生物。
長い首と尾が滑らかに振られ、獲物を睨みつける2つの鋭い眼は金色の光を放っていた。
背に並ぶ幾本もの棘が見る者に恐怖を与え、どんな猛獣も敵わない凶悪な爪牙が獲物を絶望の淵へと叩き落とす。
「う、うわあああ!」
そのドラゴンが持つ圧倒的な威圧感に、カルドゥスと呼ばれた男は思わず腰を抜かして後退さった。
手にした剣を振り上げる勇気までもが殺ぎ取られ、ジリジリと迫ってくるドラゴンから目を離せないままでいる。
「た、頼む!助けてくれぇ!」
だが悠然と構えるドミティウスの方を向いて必死に助けを乞うカルドゥスに、ドラゴンが容赦なく襲い掛かった。
「ひぃっ!」
飛び掛かって来たドラゴンを間一髪避けた男の様子に、観客達が憤りを感じながらも息を呑む。
もはや戦うしかないと悟ったのか、カルドゥスは何とか剣を構えるとガクガクと震えながらドラゴンに相対した。

うねるドラゴンの尾が勢い良く振られ、カルドゥスの眼前でブンという音とともに空を切っていく。
「うわっ!」
あの尾撃の前では、盾など何の役にも立たないだろう。
男に打つ手がなくなったのを確信し、私はドラゴンの顔ににやりと不気味な笑みが浮かんだような気がした。
「く、くそ・・・来るな・・・うう・・・」
引け腰で剣を構えながら、カルドゥスが情けない顔でドラゴンに懇願する。
だが観客の中に、その臆病さを笑う者はただの1人もいない。
数万人の観衆の誰もが、カルドゥスの確実な死を予感していたのだ。
再び風切り音とともに硬い鱗を纏った鋼鉄の鞭が振られ、男の剣を弾き飛ばす。
ギィン!
まるでよく鍛えられた鋼同士が打ち鳴らされたような甲高い金属音が辺りに響き渡り、痺れた手を庇ったカルドゥス目掛けて返しの尾撃が叩き込まれた。
ガスッ
「ぐああっ!」
辛うじて盾で受け止めたものの、その激しい衝撃に男の体が盾もろとも吹き飛ばされる。
そして剣も盾も失って砂の地面の上に倒れたカルドゥスに、ドラゴンのとどめの一撃が振り下ろされた。

ズドッ!
「・・・っ・・・ぁ・・・」
無防備な腹に思い切り尾を叩きつけられ、カルドゥスは一声苦しげな呻きを上げてぐったりと地面に横たわった。
まだ息はあるようだが、すでに戦う力など残ってはいないだろう。
獲物が力尽きたのを確認し、ドラゴンがゆっくりと仕留めた男のもとへと近づいていく。
そして男の右足にグルリと尾を巻きつけると、そのまま闘技場に出て来た時の暗い穴へと向かって歩き出した。
「な、何を・・・」
力強い歩みが地面を踏み締める度に、命運尽き果てた男の体がズルズルとドラゴンに引きずられていく。
やがてドラゴンと男が日の当たらぬ暗がりへと消えると、恐らくはカルドゥスのものだろうと思われる悲痛な叫び声が辺りに響き渡った。
「よ、よせ!やめろ!う、うわあああああああああああ!!」
暗闇の中で起こったであろう悲惨な光景を想像し、いつもは残虐なショーを楽しむ観客達すらもが声を失う。
そしてしんと静まり返った闘技場に、再びドミティウスの声が響いた。
「では諸君、本日は閉場だ。気をつけて帰ってくれ給え」

薄暗くなったコロシアムからの帰り道、私は今日見た光景を何度も何度も頭の中で思い返していた。
確かに、2人の男達が繰り広げた戦いは手に汗握る素晴らしいものだった。
兄が毎日のようにコロシアムに入り浸るのも、わからない話ではない。
だがあの処刑劇は・・・正直、私には刺激が強すぎる。
ブラブラと歩いて日の沈む頃には家に着いたものの、兄はまだ帰ってきてはいないようだった。
もしかしたら、今日は帰ってこないつもりなのかもしれない。
明日は兄が帰ってくるのを大人しく待っているとしよう。
私は全身にじっとりとかいた汗を洗い流すと、薄着に着替えて寝床へと潜り込んだ。

翌朝、俺は叩き上げた銅剣の最後の仕上げに取りかかっていた。
いずれは刃引きをするために本当なら刃を研ぐ必要などあまりないのだが、念入りに研いで磨かないと綺麗な光沢が出てこないのだ。
婚礼用の剣というからには、半端な出来にはしたくない。
シャリッ、シャリッという刃物を研ぐ音が、徹夜で仕事に明け暮れた俺の眠気をくすぐってくる。
だが依頼人に出来上がった品を渡すまで、眠るのは我慢しよう。
「ふう・・・これでよし、と」
その時、まるで俺が剣を研ぎ終わるのを待っていたかのように1人の男が鍛冶場に入ってきた。
「できたか?」
「あ、あんたは?」
顔を黒いローブで覆った怪しげな男の風貌に、思わずそう聞き返してしまう。
「その剣を注文した者だ。剣はできたのか?」
「あ、ああ、今仕上がったところだ。刃引き前だけど、いいんだよな?」
「問題ない」
男は素っ気無くそれだけ言うと、テーブルの上に金貨の詰まった袋をドサッと置いた。
その袋の中身を確認し、思わず息を呑む。
「お、おい、儀礼用短剣5本に金貨50枚はもらい過ぎだよ」
「いいから取っておけ。剣はもらっていくぞ」
予め用意してあった皮の鞘に剣を収めながら、男がそう呟く。
どうにも怪しいが、これだけの金貨をもらってしまっては余計な詮索をする気にもなれなかった。

「世話になった」
「ああ・・・こちらこそ」
相変わらず無愛想なまま出ていった不思議な男を見送ると、俺は金貨の袋を持ったまま帰路についた。
さっきまでは酷く眠かったというのに、ずっしりと重い袋の感触が眠気を吹き飛ばしてしまったような気がする。
家に帰り着くと、ローリアが俺を出迎えてくれた。
「お帰りお兄ちゃん。大仕事だったの?」
「ああ、金貨50枚の仕事だ」
「5、50枚?そんなにもらえたの?」
妹の驚いた様子に、俺は改めて金額の高を実感した。
儀礼用の剣など、金貨が3枚もあれば十分によいものが買えるだろう。
手間賃を考えてもあの銅剣1本に金貨10枚の価値があるとはとても思えない。
「ちょっと変わった客でさ。あれだけの大金を惜しげもなくポンと放り出していったよ」
「もしかして大金持ちなのかな?」
「そうかも知れない。顔もローブで隠してたし、きっとこっそり買いたかったんだろうな」

それから数日の間、兄は例によって毎日コロシアムへと入り浸った。
まあお金のかからない娯楽だと思えば、酒や賭博に溺れるよりはずっとマシだろう。
だがある日の昼頃、いつものように服を洗濯していた私のもとに数人の役人らしき男達が押し掛けて来た。
「アルウスはいるか!?」
「な、何ですかあなたたちは・・・」
「アルウスを探している。ここにはいないのか?」
明らかにただ事ではないことを窺わせる男達の剣幕に怯えながら、私はやっとのことで声を絞り出した。
「あ、兄は今・・・コロシアムにいると思います」
「コロシアムだな?おい、急げ!」
私の返事を聞いて、バタバタと男達がコロシアムの方へ向かって走っていく。
「お兄ちゃん、一体何をしたの・・・?」
家の戸口に立ちながら、私は徐々に小さくなっていく男達の姿を見ていい知れぬ不安に駆られていた。

「グルルルル・・・」
ネコ科の猛獣が発する、威嚇の唸り声。
闘技場では今まさに大型のトラが軽装に身を包んだ2人の闘士達に襲い掛からんと身を屈めていた。
何やら作戦でも立てているのか、小声で何かを話し合いながら闘士達がトラを挟むようににじり寄っていく。
500リブラ(226.8kg)はあろうかというその巨体がどちらの獲物に狙いをつけるのか、観客達がゴクリと息を呑む。
やがてトラが一方の闘士の方へと顔を向けると、すかさずトラの背後に回ったもう一方の闘士が盾と剣をカン!と大きく打ち鳴らした。
その音に驚いて背後を振り向いたトラの正面から、今度はガッという音とともに盾が投げつけられる。
だが流石は野生の猛獣というべきか、トラは鉄でできた厚手の盾を頭に直撃されても声1つ上げることなく、怒りの表情を湛えたまま盾を投げつけた闘士の方へと向き直った。
それを合図に、両側から闘士達が一斉に銅剣を構えて突っ込んでいく。
「うおおおお!」
しかもトラの死角にいる闘士だけが雄叫びを上げていて、敵を混乱させるための統制が実によく取れていた。

鋭い爪の生えた手が横薙ぎに振られた瞬間トラの前方にいた闘士がサッと身をかわし、背後から振り下ろされた剣がトラの背にドスッと一筋の傷を刻みつけた。
真っ赤な鮮血が辺りに飛び散り、観客達のどよめきが高まる。
だが手傷を負ったトラは素早く身を翻すと、己を傷つけた闘士に勢いよく飛びかかった。
「う、うわあっ!」
そして凶悪な体重で獲物を組み敷いて動きを封じると、口の両端から生えた恐ろしい牙を一気に振り下ろす。
相棒の助けも間に合わず、トラの牙は悲鳴を上げる間もなく深々と獲物の首筋に食い込んでいた。
「ああっ!」
観衆の興奮が辺りに弾け、とどめを刺された闘士の体から力が抜ける。
獰猛なトラと残った闘士との戦いは、すでに結果が見えていた。

その時、俺は突然背後から何者かに肩を掴まれた。
「刀剣鍛冶のアルウスだな。我々とともに来てもらおうか」
「な、何だあんたら?」
わけもわからず役人と思しき数人の男達に取り囲まれ、嫌な予感が背筋を駆け上がっていく。
「いいから来るのだ。お前には皇帝暗殺未遂の疑いがかかっている」
「何だって!?」
反論する間もなく、俺は両側から取り押さえられるとそのままコロシアムの外へと引きずり出された。
「くそ、やめろ!これは誤解だ!離せ!俺が何をしたっていうんだ!?」
その質問に、役人の1人が慇懃に答える。
「一昨日、決闘を観覧されていたドミティウス皇帝に観客席から剣を投げつけた者達がいる」
「一昨日だって?確かに俺はコロシアムにいたが、そんな事件なんてなかったはずだ」
「早朝、お前が来る前の話だ」
一体これはどういうことだ?
俺が現場にいなかったのなら、なおさら俺に暗殺の疑いがかかる理由がわからない。
「皇帝は辛うじて腕に怪我をされた程度で済み、剣を投げつけた5人の者達は後に斬殺された」
「そ、それで、俺にどうして疑いをかけるんだ?」
「皇帝に投げつけられた銅剣が、いずれもお前の造りによるものだったからだ」

役人のその言葉に、俺は数日前に受けた銅剣の注文を思い出していた。
"婚礼用の銅剣を5本、急いで仕上げてほしい"
"こちらで手配するから、刃引きは不要だ"
"報酬は金貨50枚"
「くそっ・・・そういうことか・・・」
「何か思い当たることでもあったのか?」
訝しげな顔で、役人が尋ねてくる。
「確かに数日前、俺は5本の銅剣を叩き上げた。婚礼用に急いで仕上げてほしいと・・・」
「婚礼用ならなぜ刃引きをしていない?見たところ、お前の剣は実によく切れるよう磨き抜かれていたそうだぞ」
「必要ないと言われたんだ!こんなことに使われると知っていれば引き受けなかった!」
だがそれを聞いても、役人は顔色1つ変えずに言い放った。
「ならば、50枚の金貨を受け取った時にそう申し出るべきだったな」
「頼む、ドミティウス皇帝に会わせてくれ」
「暗殺者の一味を皇帝に会わせるわけにはいかぬ。それに、お前如きの希望で会うことのできる方ではない」

諦観にガクリと肩を落とした時、俺は視界の中に妹の姿を認めて顔を上げた。
「ローリア・・・どうしてここに・・・」
「私、お兄ちゃんが心配で・・・全く身に覚えのないことなんでしょう?」
返事をする気力も湧かず、俺はゆっくりと頷いた。
それを見て食って掛かろうとしたローリアを、役人が言葉で押し留める。
「残念だが娘、皇帝はこの男の死刑を所望しておられる」
「なっ・・・」
兄妹ともに顔色が変わったのを見届けて、役人の1人が俺に囁いた。
「お前なら、死刑を宣告された者がどうなるかは知っているだろう?」
「ド、ドラゴンと・・・戦わせるつもりなのね・・・」
だが意外にも、その言葉に反応したのは妹の方だった。
何故知っている?ローリアをコロシアムに連れていったことはないはずなのに・・・
「そうだ。2日後、お前の兄はドラゴンの餌食になる。観客席から、その様子をじっくりと眺めていることだな」
「そ、そんな・・・ああ、神様・・・」
その場に泣き崩れた妹を尻目に、俺は刑の執行まで罪人を閉じ込めておくための牢獄へと引き立てられていった。

結局何もできずに家へと引き返すと、私は寝床に突っ伏して声を立てずに泣いていた。
あと2日で、たった1人の家族である兄が死んでしまう。
それも数万人の観衆が見守る闘技場の中で、あの恐ろしいドラゴンに嬲り殺されるのだ。
「うう・・・う・・・」
一体どうすればいいというのだろう?
皇帝ドミティウスは、その残酷さで民に知られている。
あのコロシアムすらもが、ドミティウスが皇帝の座についたあとに建設されたものなのだ。
その皇帝に私のような一庶民が許しを乞うたところで、聞き入れられるはずなどない。
絶望の淵に沈む私の心を映すかのように暗く暮れていく空を見つめながら、私は一晩眠れぬ夜を過ごしていた。

翌日、朝早くから入口の戸を叩く者があった。
いつも兄の仕事を手伝っている、あの初老の男だ。
名前は聞いたことがないものの、私は彼と兄が親しくしているのを何度も見たことがあった。
「ローリア、いるか?」
「ええ、ちょっと待って・・・」
私は顔についていた涙の跡を素早く拭き取ると、努めて冷静を装って扉を開けた。
「ローリア、一体何があったんだ?アルウスが役人に引き立てられていくところを見たぞ」
「兄は濡れ衣を着せられたのよ。婚礼用だと偽って造らされた剣で皇帝の暗殺を企んだ人達がいて・・・」
「この前入った仕事のことか?」
力なく頷いた私を見て、男は憤りを露わにしていた。
「くそ、なんてことだ!・・・それで、お前は何か言われたのか?」
「あ、兄は死刑だって・・・ああ・・・私どうしたら・・・」
「死刑だと!?無実のアルウスを衆目の中でドラゴンに殺させる気か、あの悪魔め!」
改めて兄を待っている運命の恐ろしさを再確認させられ、私は男の胸に縋りついていた。
「ああ・・・」
「何か助ける方法はないのか?」
「方法があるなら私の方が聞きたいわ・・・でももう無理よ・・・刑の執行は明日なのよ」

それから数分の間、私達はお互いに押し黙っていた。
だがやがて、男が躊躇いがちに口を開く。
「1つだけ、アルウスを救う方法があるかも知れん」
「え・・・?」
「とても危険な方法だ。ともすればお前が命を落としかねん」
私は男の顔に、微かだが希望を見据える小さな光が宿っているのが見えた。
「兄を救えるなら何でもするわ。教えて!どうすれば兄を助けられるの?」
「お前が直接、アルウスの命を救ってくれるように頼むのだ」
「頼むって・・・一体誰に・・・?」
一瞬、沈黙が流れた。
続きを言ってもいいものかどうか迷っている男の様子に、私も救いを求めるべき相手に思い当たる。
「まさか・・・ドラゴンに・・・・・・?」
「・・・そうだ」
あのドラゴンのもとへと出向いて、兄を救ってくれるように頼む・・・?
その様子を想像しただけで、体中がブルッと震えてしまう。
「怖いのはわかっている・・・だがローリア、これはアルウスの妹であるお前にしかできないことなんだ」
先日見たカルドゥスの断末魔が脳裏に蘇り、私は恐怖に言葉を失ってその場にくず折れた。
その力の抜けた私の体を、男が優しく支えてくれる。
「やるとすれば今夜しかない。守衛の注意はワシが引く」
「・・・・・・わかったわ」
「では、日が暮れたらまた会おう」
男が出ていくと、私は緊張に胸を押さえながら着替えを用意して日が暮れるのをじっと待っていた。

もう間もなく日没かという頃合になって、私は入口の戸を叩く音に意識を振り向けた。
そして人目を忍ぶように扉を開け、男を家の中へと招き入れる。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか・・・」
「とにかく、そこへ座って・・・気持ちはできるだけ落ち着かせたほうがいい」
私は男に促されるままに木の椅子へと腰をかけると、暗い面持ちで俯いた。
「闘技場の皇族席と反対側、つまり西側の客席の下に、猛獣達を飼っている部屋があるはずだ」
「どうやってそこまで行くの?」
「南側に一般の観客は入ることのできない大きな入口がある。皇族や関係者だけが使っている入口だ」
コロシアムの周りの様子を思い浮かべながら、私は小さく頷いた。
それを見て、男が先を続ける。
「入口には常に守衛が1人ついているが、そこからコロシアムの中へ入ってしまえばもう邪魔者はいない」
「ドラゴンはどこかの部屋で檻に入っているのね?」
「それはワシにもわからん。人目を避けるために松明は使えないから、後は暗闇の中を手探りで行くしかない」
暗闇の中を手探りで・・・そのあまりの不安に声を失った私に、男が静かに声をかけてくる。
「ローリア、気を強く持て。もしドラゴンの前で弱気を見せれば、その場で殺されてしまうかも知れんのだぞ」
「ええ、分かってるわ・・・行きましょう」
すでに太陽は西の端に姿を隠し、空には眩いばかりの星座の群れが輝いている。
町の誰もが家の中に引き篭って家族の団欒を楽しんでいる頃、私と初老の男は兄を救うためにひっそりとコロシアムへ向かって歩き始めた。

夜の闇の中に沈んだコロシアムは、見るからに不気味な雰囲気を醸し出していた。
目印代わりに外周に添って掲げられた松明の灯かりがゆらゆらと揺れ、南の入口を守る守衛の姿を浮かび上がらせている。
「ワシがあの守衛を引き離したら、すぐに中に潜り込むんだぞ」
「分かったわ」
それだけ言って物陰から出ていった男の様子に、私はじっと聞き耳を立てていた。
男が道に迷った風を装ってコロシアムに近づき、入口に立っていた守衛に気さくな様子で話しかけている。
「やあご苦労様。昼間は汗だくだというのに、夜はめっきり冷えて困るな」
「どうかしたのか?」
手馴れた様子で、守衛が返事を返している。
こんな仕事をしていると、きっと浮浪者や酔っ払いの類によく声をかけられるのだろう。
「何、ちょっと酒が回って道に迷っちまってな。水が飲みたいんだが、近くの水飲み場まで案内してくれんか?」
「仕方ない爺さんだな・・・ついて来な。すぐそこだ」
一応辺りを見回して他に誰もいないことを確認すると、守衛は男と一緒に通りの向こうへと歩いていった。
そして2人が建物の陰に入って見えなくなったのを見計らって、素早く入口からコロシアムの中へと忍び込む。

月や星の明かりさえも入り込む余地のないコロシアムの回廊は、まさに暗黒の様相を呈していた。
ほんの一寸先すらも見えない完璧な闇の中に、猛獣達の息遣いや足音が混ざって聞こえてくるような気がする。
やがて闇に目を慣らしながら石の壁に手をつけて西側へと進む内に、いくつかの部屋が見つかった。
扉代わりに嵌め込まれた鉄格子の間から部屋の中を窺うと、微かに血の香りと獣臭が漂ってくる。
「・・・ここじゃないわ・・・」
確かに部屋の中には何か生物のいる気配がするが、それはトラやライオンといった"ごく普通"の獣の気配だった。
とても同じ部屋の中に、あの恐ろしいドラゴンがいるとは思えない。
だがいくつもの部屋を通り過ぎて先へと進んだ私の眼前に、突き当たりとともに最後の部屋が見えてきた。
「ここが最後ね・・・」
他の部屋と同じように鉄格子の間から部屋の中の様子を窺ってみるが、これまでと打って変わって全く生物の気配を感じ取ることができない。
試しに軽く鉄格子を押してみると、扉はいとも簡単に開いてしまった。
キイイ・・・
まるで地獄への門が開いたかのような錯覚に思わずゴクリと唾を飲み込んだものの、私は意を決するとそっと部屋の中へと身を滑り込ませていった。

部屋の中は、冷たい風の吹く外に比べて思いの外暖かかった。
真っ暗な広い部屋の中をドラゴンが入れられているだろう檻を探して手探りで歩いていく。
だがいくら探してみても、この部屋にそんな大きな檻がある様子はなかった。
部屋を間違えたのだろうか?
仕方ない・・・隣の部屋からもう一度順番に探していこう。
そう思って引き返そうとした、その時だった。
「ほう・・・これはまた美味そうな夜食の差し入れだな・・・一体どういう風の吹き回しだ・・・?」
突如背後から聞こえてきた低くくぐもった声。初めて聞いた声だが、その主の正体はすぐに想像がついた。
しまった・・・道理で檻など見つかるはずがない。
この部屋が・・・この部屋そのものが、ドラゴンの住み処になっていたのだ。
一瞬にして辺りの空気が恐怖と緊張で凍りつき、足が竦んでしまう。
恐る恐るゆっくりと背後を振り向くと、漆黒の闇の中にあの金色に輝く2つの瞳が浮かんでいた。

「あ・・・ああ・・・・・・」
瞳の動きとゴソリという音で蹲っていたドラゴンが起きる気配を感じ取り、恐ろしさのあまりにじりじりと後退さる。
「待って・・・わ、私は・・・」
カラカラに乾いた喉と口が、私の声を封じ込めていく。
誰か・・・誰か助けて・・・!
だが上げようとした悲鳴は喉の手前で掻き消され、私はその場にペタンとへたり込むとゆらゆらと近づいてくるドラゴンの瞳を凝視していた。
そして身動きできぬまま巨大な舌で頬を舐め上げられると、固く冷たい地面の上へと組敷かれてしまう。
「ひっ・・・」
「フフフ・・・よい味だ・・・お前のような娘が、なぜ夜中にこんな所へくるのだ?」
「あ、あなたに・・・お願いがあってきたんです・・・」
その言葉にドラゴンが私の顔を覗き込むと、私は恐怖にガタガタと震えながらもその瞳をじっと覗き返した。
「願いだと・・・?なぜ我がお前の願いなどを聞かねばならぬ。お前はこれから我に食われるのだぞ?」

その言葉はうら若き小さな娘を絶望に追いやるには十分なもののはずだった。
だがそれでもなお我の瞳を力強く見据える娘の様子に、思わず心を動かされてしまう。
「フン・・・まあいい。聞くだけは聞いてやろう。お前は何が望みなのだ?」
「私の兄を助けてほしいの・・・」
「なぜそんなことを我に頼む?」
我がそう尋ねると、突然娘の顔に様々な感情が溢れ出した。
怒り、悲しみ、無念、そして憎しみ・・・
そうして交じり合ったいくつもの負のうねりが、やがて涙となって娘の目から零れ落ちていく。
「兄は、皇帝の命を狙ったという濡れ衣を着せられて死刑を宣告されたわ」
自分の命も風前の灯だというのに、時折小さく嗚咽を漏らしながらも娘が必死で後を続ける。
「私に残ったたった1人の家族なのに・・・明日にはあなたに殺されてしまう・・・」
「それで己の命も顧みず、我に兄の命乞いをしにきたというのか?」
「兄のいない世界を独りで生きていくなんて私には耐えられない・・・兄が助からないのなら、私も死ぬ覚悟よ」

きっぱりとそれだけをドラゴンに告げると、私は静かに目を閉じて返答を待った。
もう私にできることは何もない。
もしこのままドラゴンに殺されてしまったとしたら、それは私も兄もそれまでの運命だったということだろう。
「・・・面白い」
「え・・・?」
「兄妹の味比べに興味がないといえば嘘になるが・・・お前のその勇気に免じて、願いは聞き届けてやろう」
兄が・・・助かる?今、ドラゴンは確かに私の願いを聞いてくれると言った。
「ほ、本当に?」
耳を疑ってそう聞き返した私に、ドラゴンが静かに囁く。
「だがもちろん、タダでとは言わぬぞ」
「私にできることなら・・・何でもするわ」
「フフフフ・・・そうか。では、服を脱ぐがいい。その身を我に捧げることが、お前の兄を助けるための条件だ」
そう言って私の上からどけたドラゴンの様子で、私はドラゴンが何を望んでいるのかを理解した。

暗くて周りは何も見えないというのに、ドラゴンの金色の瞳が服を脱ぐ私の体を見つめているのが感じられる。
兄の命を救うためとはいえこんな得体の知れない怪物に処女を奪われるという事実から、私は歯を食い縛って必死に目を背け続けた。
「い、いいわ」
身に纏っていた衣服を上も下もすっかりと脱ぎ去り、生まれたままの姿を冷たい石の地面の上へと横たえる。
それを見届けると、ドラゴンはゆっくりと私の股間へ向けてその長い首を近づけた。
ペロッ
「・・・っ!」
産まれてからまだ誰にも明かしたことのない秘裂を舌先で掬い上げられ、初めて味わう快感に身を震わせる。
「どうだ・・・?」
ペロッ・・・ピチャ・・・ペチャ・・・
「あっ・・・くっ、はぁ・・・」
徐々に秘裂から溢れ出した愛液がドラゴンの舌に触れ、唾液と混じり合っていやらしい水音を辺りに響かせた。
やがて花びらを舐めていただけの舌に力がこもり、固くしこった舌先が私の中へとじれったい侵入を始める。
「フフフフ・・・」
「はぅん・・・あぁ・・・ふぅっ・・・」
少しずつ少しずつ、未開発の膣をやわやわと押し広げるように舌先がグリグリと捻じ込まれ、私は荒い息をつきながら拳を握り締めるとさらに激しさを増していく快感に身を捩った。
時折訪れる強い刺激で膣が無意識の内に収縮し、ドラゴンの屈強な舌を締めつける。
だがザラザラとざらつくその肉塊はそんな抵抗にも怯むことなく、更にグチュグチュと卑猥な音を立てて私の最奥を蹂躙した。

「ああっ!」
嬌声とともに娘の体が一瞬ビクンと跳ね上がると、絶頂を迎えたその秘所から甘酸っぱい愛液が止めど無く溢れ出してきた。
度重なる快楽の刺激と愛撫に初めはきつかった娘の肉洞はわずかながらもその径を増し、辛うじて我の怒張を受け入れられる程度にはなったことだろう。
我は快楽の余韻に震える秘所からそっと舌を引き抜くと、ペロリと舌なめずりをして娘の顔を覗き込んだ。
「力を抜くがいい・・・苦しく感じるのは最初のうちだけだ。やがて、お前は身も心も我にまかせるようになる」
我の言葉に、娘は大きく息をつくとフッと体の力を抜いた。
その目は閉じられていたものの、我に対する恐れはほとんど消え去っているように見える。
娘の体が動かぬように両手で腰を押さえ、我はすでに十分に濡れそぼった膣へと己の肉棒を近づけていった。
チュプ・・・ズッ・・・ズズズズ・・・
「う・・・あっ・・・」
小さな肉洞が裂けぬように、我は次々と溢れ出す愛液の導くまま少しずつ娘を貫いていった。
それでも柔らかに形を変える舌とは違い、固くそそり立って膣壁を摩り下ろしていく肉棒の感触に娘が身悶える。
ズブ・・・ズブ・・・
あくまで優しく、しかし容赦なく、我は再び娘の最奥を自らのその槍で突き上げた。
ズン、ズンという体内に響く鈍い音が、少し遅れた快感と興奮になって波紋のように広がっていく。
「あっ・・・ああっ・・・!」

2度目の絶頂に向けて追い込まれていく娘の顔は真っ赤に紅潮し、その小さな体はもはや力なく我の抽送に合わせて揺すられるだけになっていた。
無意識に翻る娘の肉襞が我の肉棒を燃え上がらせ、全身から沸き立つような熱さが股間に向けて集まっていく。
「クッ・・・ウヌ・・・」
何とか射精を堪えようと満身の力を注いだものの、我は膣壁のきつい締めつけに気力を削り取られてしまった。
「ヌ、ヌア・・・ウゥ・・・こ、これ以上・・・は・・・グ、グアアアアアー!」
「あああ〜っ!!」
ついに快感に耐え切れず勢いよく肉棒から放たれた精の熱さと刺激に、娘もまた限界を迎えていた。
そのままお互いに力尽き、しばらく荒くなった息を整える。
「フゥ・・・フゥ・・・だ、大丈夫か?」
「はぁ・・・は・・・ぁ・・・ええ・・・なん・・・とか・・・・・・」
娘の無事を確認し、我はゆっくりと快楽に戦慄く肉棒を引き抜いた。
精と愛液の混ざり合った白濁がゴボゴボと娘の肉洞から滴り落ち、石の地面にその跡を広げていく。
だがゆっくりと起き上がろうとした所を娘に抱きつかれ、我はその柔肌をそっと受け止めると夜が明けるまでともに眠りについた。

翌朝、私は闘技場へと続く石の扉の隙間から漏れてくる朝日の光に瞼をくすぐられて目を覚ました。
衣1つ身に着けていなかった私の体を赤い鱗に覆われた巨大なドラゴンが抱え込んでいて、ほんのりと心の落ち着く温もりを与えてくれている。
薄く眼を開けていたドラゴンは私が目覚めた気配に気付くと、私の背中に回していた腕をそっと引っ込めた。
「目覚めたのなら、早く服を着るがいい。お前のその姿は食欲をそそり過ぎるのでな・・・」
そう言って私から視線を外したドラゴンに、初めて見た時のような恐ろしさなどは微塵も感じられなかった。
急いで脱ぎ捨ててあった服を身に纏い、ドラゴンの背にそっと手をかける。
「兄を・・・お願いね・・・」
その言葉に返事はなかったものの、ドラゴンは満更でもないという様子でゴロゴロと喉を鳴らしていた。

カン・・・カキン・・・
それからしばらくすると、決闘を見に来た観衆達の声が騒音となって石室の中にまで聞こえてくるようになった。
盾と剣が打ち鳴らされる音とともに、歓声やどよめきが大波のようにコロシアムの中を駆け巡っていく。
やがてワッという一際大きな歓声とともに甲高い剣戟の音が聞こえなくなると、突然辺りがしんと静まり返った。

「諸君!静粛に!」
闘技場を挟んで反対側にあるはずの皇族席から、ドミティウスの声が微かに聞こえてくる。
「数日前、余は今立っているこの場所で、何者かに剣を投げつけられて命を狙われた」
その言葉に、観客席を埋め尽くした数万人の視線が闘技場に送り出された兄に向けて集中していることだろう。
「余に剣を投げつけた不届き者はその日の内に処刑したが、ここにもう1人、余を殺すために剣を作った男がいる」
自信と期待に満ちた様子で声高に叫ぶその皇帝の声に、ドラゴンまでもがじっと耳を傾けていた。
「それ故これまでの例にしたがい、余はその男アルウスに死刑を言い渡した」
「お兄ちゃん・・・」
「今日もまた、諸君はドラゴンの暴威を目の当たりにすることだろう!」
その言葉を合図に、闘技場へと続く石の扉がゴゴゴゴゴっという地響きを伴って左右に開いていく。
「我にまかせておけ、娘よ・・・」
ドラゴンは観客達から見えないよう物陰に姿を隠した私の方をチラリと一瞥すると、ぼそりとそう呟いてから砂塵の吹き荒れる闘技場へと出ていった。

目の前にぽっかりと口を開けた暗い石室から姿を現したドラゴンに、俺は背筋を凍りつかせた。
獲物の魂を射抜く恐ろしげな眼光、背に立ち並ぶ鋭い棘の森、銅剣どころか鋼の刃すら通さぬ堅牢な鱗・・・
何度も傍観者として観客席から眺めてきたこのドラゴンが、今度は俺の命を奪うために襲ってくるのだ。
決して信用はできないが、運良くこのドラゴンを倒すことができれば俺の罪は免除されるという。
だがそのためにと渡された銅剣と盾を持つ俺の両手は、圧倒的な敵を前にしてブルブルと震えてしまっていた。
「う・・・く、くそ・・・」
辺りを取り巻く観衆のどこからか、妹が俺の姿を見ているのだろうか?
絶対に敵わぬとわかりきった敵を前にして怯える俺を、一体どんな気持ちで見つめていることだろう・・・
なおもゆっくりと迫りくるドラゴンにジリジリと壁際に追い詰められながら、俺は2度と見ることのできぬであろう妹の顔を思い出して目に涙を浮かべた。
鋭利な爪の生えたドラゴンの右手が、ブンという音とともに逃げ場を失った俺に向けて振り下ろされる。
なぜか狙いが外れて肩を掠めた爪を辛うじてかわすと、俺はドラゴンの側面に回り込もうと飛び出した。
だがその瞬間、横薙ぎに振られていたドラゴンの尾に足を掬われて砂の地面の上へと倒れ込んでしまう。
ドスッ
そして慌てて起き上がろうとしたその時には、背中をドラゴンの巨大な足で踏みつけられていた。

「ううっ・・・あ・・・」
何とか足の下から逃れようともがいてみるが、尖った足の爪を背に押しつけられ抵抗を封じられてしまう。
少しずつ少しずつ焦らすように背に食い込んでいく爪の鈍い痛みに、俺は剣も盾も遠くに投げ捨てるとドラゴンに向かって叫んでいた。
「た、助けてくれ・・・うああっ・・・」
手足をばたつかせて悶える俺の体に、ドラゴンの尾がゆっくりと巻きつけられていく。
ああ・・・俺はこのままあの暗い石室へと連れ込まれて・・・ドラゴンに食い殺されるんだ・・・
これまで幾人もの死刑囚が辿ることになった恐ろしい運命をまざまざと思い出しながら、俺は死の恐怖にボロボロと泣いていた。
やがて手も足も口までもをその長い尾でグルグルと巻き取ると、ドラゴンがゆっくりと石室へ向かって引き返し始める。
にやけた顔で俺を見つめるドミティウスの顔が遠ざかり、俺は成す術もなく死の待つ石室の中へと引きずり込まれていった。

「お兄ちゃん!」
私はドラゴンが物陰へと降ろした兄に駆け寄ると、絶望にぐったりと弛緩したその体をゆさゆさと揺すった。
「ロ、ローリア・・・?どうしてここに・・・?」
何故ドラゴンの石室の中に私がいるのか理解できないといった様子で、兄がブンブンと頭を振る。
「話は後よ。早くここから逃げましょう」
「に、逃げるってお前・・・」
「それなら早くするのだな・・・回廊の窓から外へ飛び降りれば、守衛の目にもつかぬだろう」
その言葉に、私はドラゴンのもとへと近づくと大きな鼻先にそっと口付けをした。
「ありがとう・・・兄を助けてくれて・・・」
「フン・・・これはただの気紛れよ。さあ、我の腹が鳴らぬうちにさっさと行くがいい」
私はそう言って顔を背けたドラゴンの頬に感謝を込めてもう1度口付けすると、兄を連れて石室を後にした。

憐れな兄妹が石室から出ていくと、我は再び戻って来た心休まる静寂にそっと身を委ねていた。
「ありがとう、か・・・」
再び激しい揺れとともに閉まっていく石の扉を見つめながら、ぼそりと呟いてみる。
「美味そうな娘を逃して惜しいことをした気もするが・・・案外、それも悪くない・・・」
不思議な満足感に我は今にも空腹で鳴き出しそうな腹を抱えたまま地面の上に蹲ると、静かに目を閉じて次の獲物を辛抱強く待つことにした。


これは、血で血を洗う古代ローマ帝国の剣闘史に起こった奇跡の物語。
誰にも見咎められることなく無事にローマを脱出した2人の兄妹は、今もどこか遠く離れた見知らぬ土地で、尊い平和の祈りをドラゴンに捧げていることだろう。

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