生贄・・・時に縄張り意識の強いドラゴンが近隣にある人間達の町や村に対して、己の力を誇示するかのように理不尽な人身御供を要求することがある。
その生贄の多くはまだ成人も迎えていないような若い処女であり、不幸にもドラゴンに供された彼女達にはその残忍な捕食者の餌食となる運命が待っているのだ。
だがそこが人間の弱さというべきか、或いは逆に子孫を残そうとする生物としての強さなのか、大概の人々は大勢の安全の為に1人の若い命を差し出すという苦々しい決断を下して今日まで存続している。
だが中には、長年にわたるドラゴンの脅威にすっかり衰弱しきってしまった村もあった。
これはそんな滅びの時を間近に迎えた村に生を受けてしまった男の子の、奇妙な人生の一節である。

「長老、今年もまたこの村から生贄を出すおつもりですか?」
「もうこの村には若い女子など1人も残ってはおりませんぞ」
夕暮れの闇の中、村で1番大きな長老の家に集まった男達が口々に意見を交わしていた。
この村は周囲を広大な山と森に囲まれているのだが、その山中に棲むある凶暴なドラゴンが、毎年12月31日の年の暮れに若い娘を1人生贄に寄越すよう迫るのだという。
「そうは言っても、いずれ誰かは生贄に捧げねばなるまい・・・」
おもむろに重々しい長老の言葉が発せられると、それまで騒いでいた男達が不意に静まり返った。
「こんな年寄りばかりの村に、あの忌まわしい悪竜と戦う力などないことは皆もわかっているじゃろう・・・?」
「し、しかし・・・」
「今この村で1番若い娘はアンナですが・・・彼女はつい先日男の子を出産したばかりなのですよ?」
子を産んで数日のまだ寝床から起き上がることもできない娘を恐ろしいドラゴンへの生贄に捧げるという愚行を想像して、その場にいた男達は皆一様に押し黙ってしまっていた。

「あぎゃぁ・・・はぎゃっ・・・ふぎゃぁ・・・」
「ふふ・・・可愛い子ね・・・あたしの小さかった頃にそっくりだわ」
「そうだな・・・俺達の子供だ、大事に育てよう」
決して広いとはいえない寝室の中で、泣き喚く赤ん坊が両親に優しく見守られている。
赤子の父親はそろそろ中年に足がかかろうかという落ち着きのある男で、妻のアンナを心の底から愛していた。
そしてそれ故に、彼は2日後に迫った大晦日に妻が生贄に選ばれるかもしれないことを真剣に危惧していたのだ。
「どうしたの、あなた?」
「ん・・・いや、何でもないよ。もうお休み・・・」
彼は妻に不安を悟られまいと慌ててその場を取り繕うと、彼女の頬にそっと口付けして部屋を出ていった。

コンコン・・・
翌朝、俺は誰かが家の扉を叩く不穏な音で目を覚ました。
「誰だ・・・こんな朝っぱらから・・・」
何となく嫌な予感はしていたものの、案の定扉の外にあったのは人目を憚るように辺りを見回している長老の姿。
「ちょ、長老・・・一体こんな時間に何を・・・?」
「お主に話があるんじゃ・・・すぐにワシの家へ来てくれんか?」
いかにも弱々しい、しかし逼迫した長老の声。
俺は取り敢えず1度だけ頷くと、まだ子供とともに寝室で眠っている妻の姿を確認してから家を出ていった。

「一体何の話ですか、長老?」
ドラゴンに捧げる生贄を誰にするかでいつも揉めるこの時期だ、長老にこっそりと家へ呼び出された時点で、一体何の話かなどと聞くこと自体が馬鹿げているに違いない。
つまり、長老は俺の妻を・・・アンナをドラゴンへの生贄に出すつもりなのだ。
だが、俺はあくまで何故自分がここへ呼び出されたのか皆目わからないという態度を崩すつもりは毛頭なかった。
「実は、竜の生贄のことについてなのじゃがな・・・」
「誰を出すか決まったんですか?昨晩、何やら遅くまで協議していたようですが・・・」
その問に長老の口から妻の名が出るであろうことを半ば予想していた俺はじっと唇を噛みながら返答を待っていたものの、彼から返ってきた答えは意外なものだった。
「今年は、生贄を出さぬことにした・・・いや、もうこれからも2度と出すことはあるまい」
「え・・・?そ、それじゃあ、奴がこの村を襲ってくるのでは・・・?」
あのドラゴンは、生贄を出すことを条件にこの村には手を出さないでいてくれているのだ。
もしその要求を突っぱねれば、怒りにまかせてあの恐ろしい怪物がここへやってくるのは目に見えている。
「そうじゃ・・・皆のためにも、あの悪しき竜からこの村を守らねばならぬ」

俯いていた長老はそこまで言うと、不意に俺の顔に向き直って先を続けた。
「そのために、お主に戦いの指揮を取ってもらいたいのじゃ」
「俺が・・・?どうして?」
「村で1番皆から信望が厚いのはお主じゃろう?それにもし戦えぬとなったら、アンナを生贄に出すより他にない」
そう言われてしまっては、俺に断ることなどできるはずがない。
だが方法はどうあれ、長老は妻を守る道を選択してくれたのだ。
あんな巨竜に真っ向から立ち向かう術などまるで浮かんでこないが、なんとかやってみるしかないだろう。
「ああ・・・長老がそう言うなら、俺、やるよ」
「そうか・・・皆にはワシから話しておこう。恐らく、元旦の朝には彼奴が襲ってくるだろうからな」

俺は長老の家を後にすると、無言のまま家へと入っていった。
そして寝室の中で息子に乳をやっている妻の姿を目にして、何としてもこの2人の命だけは守ろうと心に誓う。
「アンナ・・・」
「あらあなた・・・どこかへ出かけていたの?」
「ああ、長老の家に呼び出された」
その返事を聞いて、アンナの顔がサッと蒼褪めた。
「やっぱり、私が生贄に選ばれたのね・・・?」
「そうじゃない。長老にはもう生贄を出すつもりはないんだ。俺が呼ばれたのは・・・あの悪竜と戦うためさ」
別の意味で顔色を変えるだろうという俺の予想に反して、妻が冷静に言葉を紡ぐ。
「そう・・・あなたが1番村で頼りにされているものね。私とこの子のためにも、頑張って」
「もちろんだ。何があっても、お前達だけは守ってみせるよ・・・」
授乳を中断されて不機嫌そうな我が子をよそに、俺と妻はしばらくの間お互いを固く抱き締めていた。

それから2日間、俺は村の中でも比較的体力のありそうな男達を10人ばかり集めては、畑を耕す鋤や鍬、鋸や鉈といった手近にある刃物をできるだけ鋭く研ぐことに力を注いだ。
たった2日では狡猾なドラゴンを出し抜くための知恵など浮かぶはずもなく、ましてや年寄りの多いこの村では敵に対抗するための真っ当な戦力を揃えることさえ困難なのだ。
ならば残る方法は、結局のところこの少数の若者達による力押しでしかない。
だがそれでも、より強い武器があるという安心感は幾許かではあるが人々の心の助けになる。
これが例えどれほど望みの薄い作戦であったとしても、今の俺にできることはか弱い村人達をやがてくるドラゴンの恐怖から遠ざけるために滑稽な1人芝居を演じることだけだった。

シャリ・・・シャリ・・・
「本当に、こんなことであの悪竜を追い払うことなどできるのか・・・?」
いよいよ生贄を出さなければならない期限が差し迫った大晦日の夕刻、俺は不意に背後からかけられた長老の声に斧を研ぐ手を止めていた。
「それは、わかりません・・・でももしここで皆の心が折れたら、この村なんて一晩で消えてなくなるでしょう」
そしてその言葉に視線を落とした長老から再び眼前の砥石へと目を戻し、独り言のようにぼそりと続きを呟く。
「それだけのことです・・・」
「そうか・・・そうじゃな・・・ワシも覚悟を決めた身じゃ・・・後は、運を天にまかせるとしよう」
そう言い残して深い黄昏の中に長老が消えていくのを見送ると、俺は1度だけ大きく息をついて再び斧を滑らせた。

眠れぬ夜・・・深い山林の中から、微かにだがドラゴンの咆哮と思しき不穏な声が聞こえてくる。
明日の朝には、生贄にありつけなくて腹を空かせた巨大なドラゴンがこの村を襲ってくることだろう。
俺は緊張と興奮でいつまで経っても訪れぬ眠気に見切りをつけると、そろそろと寝床から這い出して妻と息子の様子を見にいった。
木製のベッドの上で静かに眠る2人の様子に、多少は心が落ち着いていくのが実感できる。
そのベッドのすぐそばには赤子を入れて持ち運ぶための小さな籠が置かれていて、いざとなれば息子だけでもどこか安全な所へという妻の願いが表れているようだった。
「アンナ・・・」
もう、妻のこんな幸せそうな寝顔を見ることができるのも最後かもしれない。
そんなある種の予感のようなものが背筋をザワザワと駆け上がってくるのを感じて、俺は思わず妻を起こさぬように小声で囁きかけていた。
と、その時・・・

ドオン・・・ドオン・・・
「な、何だ・・・?」
静まり返った深夜の村の静寂を破る、不吉な震動と足音。
「ん・・・あなた・・・どうしたの?」
一変した周囲の気配に目を覚ました妻が、落ち着いた表情以上に不安げな声を上げる。
「まさか・・・もう村を襲いにやってきたのか・・・?」
ドオン・・・ドオン・・・
その圧倒的な脅威の接近を告げる音が、目覚めた妻の耳にもはっきりと聞き取れたようだった。
「た、大変・・・!あなた、早く村の皆を起こして!この子は、私が安全な所へ隠すから」
「あ、ああ、わかった!」
戦いの指揮をまかされているはずの俺よりも的確な妻の指示に勢いよく頷くと、俺はほとんど寝巻姿のまま漆黒に覆われた家の外へと飛び出していった。

カァン!カァン!カァン!
誰もが寝静まった村中に響き渡る、甲高い警鐘の音。
本来は山火事や大風に見舞われた時などに村人達に避難を呼びかけるために設置されていたものだが、こうして実際に人々へ危機を告げるために鳴らされたのは恐らく初めてのことだろう。
だが反応が鈍いのではという俺の予想を裏切り、思いの外素早く大勢の男達が家から飛び出してきた。
その中にはすでに磨き抜いた斧を手にしている者までおり、彼らも俺と同じく不安と興奮に眠れぬ夜を過ごしていたに違いない。

ドオオン・・・ドオオン・・・
「く、くるぞ・・・」
皆思い思いの武器を構えて足音の聞こえてくる方向を見つめている光景は、ある種異様な雰囲気を放っていたことだろう。
だが大地を揺るがすような巨大な足音はなおも近くなり、俺達は闇に覆われた森の中からドラゴンがその姿を現すのを今か今かとひたすらに待ち続けていた。
そしてその数分後・・・
突然、ゴオオオオッという音とともに真っ赤な炎が黒い森を切り裂いた。
激しく燃え上がった木々がバチバチと爆ぜる音が聞こえ、乾燥した冬の空気が熱を帯びて村人達の頬を叩く。
「おお・・・!」
そして次の瞬間、燃え落ちた2本の木の間から恐ろしい怪物がぬっとその首を突き出していた。

「ほおう・・・贄の姿が見当たらぬからと来てみれば、貴様ら・・・揃いも揃って血迷ったと見えるな・・・」
ひどく落ち着いた、それでいて聞く者を震え上がらせる威圧的なドラゴンの声。
炎に照らされたその体は一面まるで鎧のような厚い黒色の鱗に覆い尽くされていて、鋭く湾曲した牙を覗かせた巨口からは今もチロチロと無数の舌先のように炎が漏れ出していた。
人間の顔よりも大きな2つの紅い眼は鈴口のように縦長の瞳を湛え、目の前に雁首揃えた身の程も弁えぬ愚か者達をどうやって料理してやろうかという愉悦に満ち満ちている。
一時は村を守らなければという使命感に酔って恐怖を忘れようとしていた村の若者達も、一瞬にして燃え尽きた大木やドラゴンの放つ凄まじい殺気に完全に気圧されてしまったようだった。

「だ、黙れ!」
だがその時、そんなドラゴンの余裕の笑みを一喝した者がいた。
見れば、微かに曲がった腰を無理に引き起こすようにして若者達とドラゴンとの間に村長が立ち塞がっている。
彼は武器も持っていない空手のままキッとドラゴンの顔を睨み付けてはいたものの、腰から下は自分ではどうしようもないという恐怖にカタカタと音を立てて震えていた。
「何だ貴様は・・・?」
静かにそう呟きながら、村長を威嚇するかのようにドラゴンがおもむろに足を前へと踏み出す。
そして森の中に半分隠れていた大蛇のような長い尾がその全貌を現したかと思うと、それがヒュンという鋭い風切り音を立てて村長の足元を掬っていた。

ドサッ
「ひあっ!」
不意に足元を払われてその場に尻餅をついた村長が驚きと痛みに悲鳴を上げた次の瞬間、ドラゴンがすかさず村長の片足を掴んでその痩せた体を中空に吊り上げる。
そして数人の人間を1度に丸呑みにできるような巨口の上で逆さ吊りにされた獲物を見上げると、ドラゴンが紅眼を細めながら愉しげな笑い声を漏らした。
「ククククク・・・どうやら、最初に死ぬのは貴様からのようだな・・・?」
「ひっ、ひいぃ・・・だ、誰か・・・助けてくれえぇ・・・」
大きく開けられた暗い肉洞の上で揺らされながら顔を舌先で舐め上げられて、村長が悲痛な叫び声を上げる。

「お、おい、村長を助けるぞ!」
だが、俺が慌てて他の若者達に突撃を呼びかけた時にはもう手遅れだった。
足を掴んでいたドラゴンの手がパッと離され、村長が声を上げる間もなくドラゴンの口の中へと落ちていく。
そしてバクンと巨竜の口が閉じられると、一噛みも咀嚼することなく膨れた喉が腹の方へと消えていった。
「ああっ・・・!」
「そ、村長!」
「ククク・・・さて、次に死にたいのは誰だ・・・?」
十数人の武器を持った男達を前にしても余裕の表情で歩を進めながら、ドラゴンが嘲るように長い首を傾げる。
「く、くそ・・・かかれぇ!」
深夜の村中に響いたその声に、数人の若者達が刃物を振り上げてドラゴンに飛び掛っていった。
「うおおおおおっ!」
「わあああっ!」
続いて雄叫びというよりは悲鳴に近い声が重なり合い、黒鱗を纏った竜にいくつもの白刃が投げつけられる。

カン!カキン!ガッ!
だが鋼のように硬い竜鱗にただの鉄の刃が通るはずもなく、鱗の鎧に弾かれた無力な武器が金属質な音とともにゴロゴロと地面の上へ転がった。
「あ、ああ・・・」
「そんな・・・」
第2波の備えに新たな武器を構えていた他の若者達も、その光景に一気に戦意を殺がれてしまったらしい。
「クククク・・・大層意気込んで我を待ち構えていたというのに、これで終わりとはつまらぬな」
ドラゴンはそう言いながら長い首を仰け反らせるようにして大きく息を吸い込むと、武器を失って狼狽える数人の男達をギラリと見下ろした。
そして次の瞬間、ゴオオオオッという轟音とともにドラゴンが激しく燃え盛る炎の息を彼らに吐きかける。

「うわああああっ!」
「ぎゃああっ!」
一瞬にして火達磨になった2人の若者達は数十秒もの間悲鳴を上げながら辺りを悶え転げ回った挙句、突然糸が切れたかのようにバタッと地面の上に倒れ込んで動かなくなってしまった。
真っ黒に燃え尽きた犠牲者達の亡骸から、ブスブスという音とともに香ばしい香りが広がっていく。
「だ、だめだ・・・こんな化け物に勝てるわけない!」
「に、逃げよう・・・!」
やがて目の前で消し炭と化した仲間達の姿に怯え、その場から数人の男達が逃げ出し始めた。
こんな総崩れの状態では、最早ドラゴンとの戦いなど望むべくもない。
今この瞬間に俺達はドラゴンにとっての敵などではなく、ただの邪魔な虫けらに成り下がったのだった。

「うわああああっ!」
「助けてくれええっ!」
呆然とその場に立ち尽くしていた俺の目の前で繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図・・・
若者達の中には猛るドラゴンに捕まって抵抗する間もなく一呑みにされてしまった者もいれば、逃げ遅れて巨大な体躯を支えるその手足に原形を留めぬほどペシャンコに踏み潰される者もいた。
巨大な口から吐き出される炎は幾人もの人々を巻き込んで木造の小さな家々を次々と焼き尽くし、灼熱の火の海から命からがら逃げ出してきては敢え無くドラゴンの餌食になる子供達の姿も見て取れる。
だがやがてドラゴンの破壊と殺戮の矛先がアンナと息子のいる我が家へと向けられると、俺は弾かれたように大声を上げながらその場を飛び出していた。

「や、やめろおおおお!」
無我夢中でそう叫びながら、手にした斧をドラゴンの背中に向かって力一杯投げつける。
だがその全身を覆った堅牢な鱗の前には何度やっても同じこと、風を切ってドラゴンに襲いかかった斧はカァンという甲高い音とともに背中に弾かれると天高く舞い上がって乾いた地面の上にドサリと転がった。
「ほう・・・この期に及んでまだ我に楯突く気概のある人間が残っていたとは・・・」
蚊に刺されたほどにも感じなかったであろう斧の衝撃に、ドラゴンの放つ身の縮むような殺意が背後にいた俺へと向けられる。
「うっ・・・あっ・・・」
ドサッ・・・
何とかドラゴンの目を妻子から逸らせることには成功したものの、俺はあまりの恐怖にその場にへたり込んでしまっていた。
視界一面を埋め尽くすのは轟々と火柱を立てて燃え上がる家々と、無残にもドラゴンに殺されてしまった村人達の痛ましい屍の数々・・・
そしてその終末の背景に俺を加えようと、鋭い瞳で俺を真っ直ぐに睨みつけたドラゴンが肉薄してくるのだ。

「クク・・・クククク・・・」
ドスッ・・・ドスッ・・・
最早俺に逃げる気力など欠片も残っていないことを知っているのか、ドラゴンはじっくりと獲物に恐怖を植え付けるかのようにゆっくりと近づいてきた。
シュルッ・・・シュルルッグルルルッ・・・
「うああっ!」
そして少しでも後退さろうと突っ張った足へと素早く尻尾の先を巻きつけられ、一瞬にして逃げ場のない黒いとぐろの牢獄の中へと捕らえられてしまう。
「そぉら捕まえたぞ・・・クク・・・貴様が、この村での最後の生き残りというわけだな・・・」
ドラゴンにそう言われて尻尾にグルグル巻きにされたまま辺りを見回すと、確かに揺らめく炎の他にはもう村の中で動くものは何1つとして残っていなかった。

俺の家からだけは偶然にもまだ火の手は上がっていなかったものの、ドラゴンにはあの家だけを見逃してくれるつもりなどないに違いない。
最後の最後に無駄な抵抗を示した俺の命をいとも容易く吹き消したその後で、あの家も他の家々と同じく紅蓮の業火に包まれてしまうであろうことは想像に難くなかった。
「さて・・・最後の獲物だ・・・どうしてくれようか・・・ククク・・・」
息苦しい程度に俺の体を尻尾でゆっくりと締め上げながら、ドラゴンがその顔に不気味な笑みを浮かべる。
ギリ・・・ギリ・・・メキッ・・・
「く、くそぉ・・・ア、アンナ・・・かはっ・・・」
尻尾による締め付けはなおもジワリジワリと強くなり、圧迫された肺が否応なしに空気を押し出されていった。

「断末魔なら今のうちに上げておけ・・・じきに声も出せぬようになるぞ・・・ククククク・・・」
ミシッ・・・メキキッ・・・ボギボギッ・・・
「ぐああっ・・・た、助け・・・は・・・あ・・・ぅ・・・」
全身の骨が砕けていく鈍い音・・・痛みとも苦しみともつかない熱さが体中を駆け巡り、酸素の供給を遮断された頭がただでさえぼやけた意識の上に幾重にも白いベールを重ねていく。
「クククク・・・我に楯突いた代償だ・・・苦悶と後悔の内に果てるがいい・・・!」
ギッ・・・ギリリリリ・・・ゴキッ・・・
「がっ・・・・・・ぁ・・・」
やがてとどめとばかりにドラゴンが一際強く尻尾を引き絞ると、俺は全身を貫いた激しい衝撃とともに2度と目覚めぬ永遠の眠りへと落ちていった。

騒々しかった夜が明け、私は燦燦と明るい日差しの降り注ぐ洞窟の外へと歩き出していた。
昨晩眠りにつく前に見た東の空は山火事でもあったのか煌煌と燃え上がる炎が天を焦がしていて、微かにではあるが同胞の咆哮のようなものも聞こえてきたような気がする。
まあ、人間達の暦が変わるこの時期に何かと森が騒がしくなるのは今に始まったことではない。
私は淡い橙色に輝く鱗にキラキラと陽光を反射させると、背から生えた1対の翼を大きく左右に広げた。
一応、私もこの広大な森の住人には違いない。
昨晩森の中で一体何があったのか、この目で見ておくのも悪くないだろう。
そして心の内でそう呟きながら夜通し明るかった東の空へと視線を向けると、私は勢いよく地面を蹴っていた。

バサァッバサァッ
次の瞬間激しい音ともに大きな乳白色の翼膜が大気を叩き、洞窟を飛び立った雌竜の体が大空へと舞い上がる。
2本の白い角を生やしたその後頭部からは強い向かい風に靡く美しい赤髪が伸びていて、優雅に空を飛ぶその煌く橙色の大きな体は見る者にまるでもう1つの小さな太陽を想起させることだろう。
彼女は産まれてから数十年もの間、この森でひっそりと暮らしてきた翼を持つ竜族の末裔だった。
だがこれまでは活動範囲の違いから他の仲間達ともさして深い交流など結んだこともなく、ましてや人間などにはこれまで1度も出遭ったことがないのだ。
だが昨晩村の人々に振りかかった惨劇の余波が、そんな彼女を偶然にも1人の人間と引き合わせることになる。

力強く翼を羽ばたいて冬特有の乾いた風を駆け登るように高度を上げてみると、やがて昨夜の喧騒の大元が視界の中へと入り込んできた。
今もまだ細々と黒い煙を上げて燻っているいくつもの瓦礫の山・・・
そこにあったのは、徹底的に焼き尽くされた人間達の村の跡だった。
「これは・・・気の荒い仲間の仕業か・・・?」
強大な何者かに蹂躙され尽くした人間の村の悲惨な姿に、思わずそんな考えが頭を過ぎる。
私は風に乗ってゆっくりと滑空すると、香ばしい匂いの立ち込める村の真ん中へと静かに着地した。
「酷いものだな・・・」
いくら辺りを見回してみたところで、目に映るのは真っ黒な消し炭の山と化した住居の残骸と無残に踏み潰され、引き裂かれて死んでいった村人達の名残だけ・・・

「・・・ぁ・・・ゃぁ・・・」
だが一頻り壊滅した村を見物して住み処に帰ろうと翼を広げた正にその時、私の耳に何か小さな声のようなものが聞こえた気がした。
「・・・?誰かいるのか・・・?」
ただの聞き違いかと思ってじっと耳を澄ませてみると、やはり微かに小さな声が聞こえてくる。
「ぎゃ・・・ゃぁっ・・・」
声の聞こえてくる方を何とか特定して視線を向けたその先には・・・
やはり他のそれと同じように炎で燃え落ちた家の残骸が佇んでいた。
「ふぎゃ・・・ぎゃぁ・・・」
だが1歩、また1歩とその残骸に近づいていく度に、よりはっきりと声が聞こえてくる。

ガラッ・・・ガラガラ・・・
瓦礫の元に辿り着いて数本の焼け焦げた木材をどかしてみると、やがてその下から人間の娘の体が覗いていた。
天井から崩れてきた梁の下敷きになって、身動きもできぬまま火に弱って死んでしまったのだろう。
その娘が、何やら籠のようなものを両手で大事そうに抱え込んでいる。
「ふぎゃあ・・・おぎゃあっ・・・」
そして先程から絶えず聞こえてくる謎の声は、どうやらその籠の中から聞こえてきているらしかった。
ガサッ・・・
私は息絶えた娘の体をそっと脇へどかせると、丹念に編み込まれた籠の蓋を爪先で持ち上げてみた。
その中で、まだ産まれて間もないと見える小さな小さな人間の子供が激しく泣きじゃくっている。

「なんと・・・こんなにも無力な人間の赤子が、母親に護られてただ1人生き残ったというのか・・・?」
どこにも怪我や火傷をしている様子はないものの、放っておけばまず間違いなく死は免れないだろう。
このまま飢えと渇きに弱ってゆっくりと死んでいくよりは、いっそ私が一思いに・・・
だがいくら地を這い回る下等な人間とはいえ、こんな罪もない赤子を手にかけられる程私は残酷にはなり切れぬ。
そんな私がこの子を見つけたのは、何かの運命だとでもいうのだろうか・・・
「ならば・・・救ってやるとしよう・・・」
私はまるで腫れ物を扱うかのような手つきで慎重に赤子を籠から掬い上げると、キョロキョロと辺りを見回してから住み処に向かって飛び上がっていた。

「やれやれ・・・住み処へ連れてきたまではよいが、これからどうすればよいのか皆目見当もつかぬな・・・」
「きゃっ・・・はぎゃっ・・・ふぎゃっ・・・」
ううむ・・・腹が減っているのかそれとも寒さに震えているのか、泣いている理由がさっぱりわからぬ。
流石に固い岩の地面へ転がしておくわけにもいかないので尻尾を丸めて作った即席の寝床に寝かせているのだが、尻尾で揺すってやっても硬い皮膚に覆われた指先で頬を撫でてやっても赤子は一向に泣き止む気配がない。
「ええい、一体どうして欲しいのだ!泣いてばかりおらずにはっきり言わぬか!」
「ふ、ふぎゃああああ!ふぎゃあああっ!」
だがつい業を煮やして赤子を怒鳴りつけると、負けじと大きくなった赤子の泣き声が洞窟中に反響する。
しまった・・・私としたことがこんな産まれたばかりの人間の子供に思わず大声を出してしまうとは・・・

「わ、わかったから・・・そう騒ぐな・・・」
大泣きしてしまった赤子を何とか宥めようと頬を舌先でペロリと舐め上げてやると、心なしか少しばかり泣き声が小さくなったような気がした。
「ふ、ふぐ・・・うぶぅ〜・・・」
薄っすらと唾液のついた頬を小さな手の平でバシッバシッと叩きながら、赤子が不機嫌そうに顔を顰めて尻尾の寝床の上を左右に転がっている。
「ふぅ・・・実の母親から引き離されて寂しいのか・・・?」
私は小声でそう呟くと、この上もなく脆いその赤子をそっと両手で抱き上げた。
そしてポッと温もりを持った柔らかい腹の上に赤子を乗せて優しく揺らしてやると、さっきまであれほど大騒ぎしていたのが嘘のように突然赤子の泣き声が止む。
「あ・・・あはっ・・・きゃはっ・・・」
「そうか・・・ふふ・・・私の硬い尾の上では、寝心地が悪かったのだな」
彼と出遭ってから初めて見せてくれたその屈託のない笑みに、私はホッと胸を撫で下ろしていた。

しかし今は泣き止んでくれたからよいものの、いずれは必ず食事の問題が出てくることだろう。
この森には乳の代わりになるような果汁の豊富な果物の類は全くと言っていいほど存在しないし、人間の村へ食べ物を探しにいこうにもあそこはすでに燃え尽きた廃墟と化してしまっている。
水だけは近くに湧き水があるから何とかなるだろうが、このままでは赤子が弱ってしまうのは間違いなかった。
たかが人間とはいえ、1度は救おうとした命が消えてしまうのは私としても忍びない。
どこか別の場所にある人間達の集落に預けることができればそれが1番なのかもしれないが、流石にそれは無理のある話というものだろう。
それに・・・私は既にこの見知らぬ赤子に愛着のようなものを感じ始めていた。

「仕方ない・・・こんなことをするのは私も気が引けるのだが・・・お前のためだ・・・待っていてくれ」
私はスースーと寝息を立て始めた可愛い赤子をそっと洞窟の地面の上に寝かせると、彼を起こさないようできるだけ静かに住み処を飛び出した。
まずは、彼の寝床を確保する必要があるだろう。
天高く昇った太陽の下、私は逸る気持ちを抑えながら人間の村へと向かって力強く翼を羽ばたき続けた。
そしてあの赤子を見つけた家の残骸の前へと降り立ち、黒ずんだ材木の中に埋もれていた籠を壊してしまわぬよう慎重に引っ張り出す。
ガラガラ・・・ズ・・・ズズ・・・
「ふふふ・・・後先を考えぬ愚か者とは、正にこの私のことをいうのだろうな・・・」
そうして自虐的な苦笑を浮かべながらも首尾よく目的の籠を手に入れると、私は一旦住み処に戻るべく再び大きな翼を広げていた。
今日は、忙しい日になりそうだ。

バサッ・・・・バサッ・・・
出発した時以上に音を立てぬよう気を遣いながら住み処の前へと着地すると、私は手にした小さな籠を2本の指で摘み上げながらそっと洞窟の中を見回した。
そしてあどけない顔をこちらに向けて静かに寝息を立てている赤子の無事を確認して、ふぅと安堵の息をつく。
「ふふ・・・人間になど初めて出会ったというのに、今や私もすっかり子煩悩か」
相変わらず無力なはずの存在に振り回されている己の情けなさに顔に貼り付いた苦笑はなかなか消えなかったが、それでも心の中ではなんだかんだで今のこの状況を楽しんでいる自分がいるのが感じられる。

私は籠を地面の上に置くと、短い時間とはいえ岩床に寝かされてしまった可哀想な赤子をそっと抱き上げた。
そして籠の内に敷き詰められた柔らかな布の上へ、すっぽりとはめ込むように赤子を寝かせてやる。
「ふっ・・・ふぐっ・・・」
バシッ
「うぐっ」
眠りを邪魔するなとばかりに寝惚けた赤子の渾身の張り手が見事に顎の先へと命中したものの、私は何とか牙を食い縛ってそれを耐えると籠を風の当たらぬ岩壁のそばへと置いてやった。
可愛いものだ・・・この子になら、たとえ何をされても許せるような気さえしてしまう。
そんなことを考えながら、私はしばらくの間突然目の前に現れた天使のような人間の子供をうっとりと蕩けた表情を浮かべて見守っていた。

「さて・・・そろそろ行くとしようか・・・」
無邪気な寝顔に魅入っている内についつい自らもフラッと意識を失いそうになって、私はブンブンと首を振って洞窟の外へと顔を向けた。
今度は、この子のために食料を手に入れなければならない。
それについては全く当てが無いわけではないのだが、私にもある種の覚悟が必要なのだ。
そして出かける前にもう1度だけ赤子の顔を覗き込むと、私は再び昼下がりの太陽が輝く森の上空へと舞い上がっていった。

乾いた風に赤髪を靡かせながら空を飛ぶこと30分、私はようやく地平線の彼方に見えてきた目的地に身を引き締めた。
そこにあったのは、眼下一面を覆い尽くす深緑の絨毯の中に広がる人間の集落。
人の町の規模についてはよくわからぬが、あの燃え尽きた村に比べれば生きている人間達の姿があるせいか幾分は大きく活発な場所であることが窺える。
私は徒に彼らを驚かせぬよう集落から少し離れた場所に着地すると、翼を折り畳んでそっと森の中を歩き始めた。
そして木々の間から集落の中を覗き込み、慣れぬ人語を操って近くを通りかかった若い男に穏やかに声をかける。
「済まぬが、そこの・・・」
「えっ・・・?」
だが森の中からかけられた不思議な声に、こちらを振り向いた人間の顔が見る見るうちに恐怖で蒼褪めていった。
「う、うわぁ〜〜〜〜!ドラゴンだ〜〜!」
「あっ、ま、待て!待ってくれ!」
慌てて人間を引き止めようと腕を伸ばしたものの、その指先にあるのはどう見ても凶器でしかない鋭い爪。
命からがらといった様子で必死に逃げていく人間の後姿を成す術も無く見送りながら、私は早くもがっくりと肩を落としてその場にうな垂れていた。

「ドラゴンだと!ドラゴンが襲って来たのか!?」
「皆を集めろー!ドラゴンなんぞ叩き出してやれぇー!」
怒号にも似た不穏な叫び声とともに、視界の中へ集まってくる幾人もの武器を構えた男達。
過去に他のドラゴンに襲われた経験でもあるのか、明らかにこうした事態を予め想定していたかのような迅速な対処だ。
農耕に使うような生活道具ではない本物の刀剣がギラリと陽光を跳ね返し、数十人の男達の殺気が一心に森から顔を出した私に向けて注がれている。
「ま、待ってくれ・・・私は別にお前達に危害を加えるつもりでは・・・」
「黙れ!」
「そうだ!とっととここから消え失せろ!でないと痛い目に遭うことになるぞ!」
これまで心の内でどこか見下していた人間達から浴びせられる、容赦のない罵声と剥き出しの敵意。
初めからこんな調子では、彼らに赤子のための食料を分けてもらうことなど到底望むべくも無いだろう。

だがそうかといって、私はこのままおめおめと引き下がるわけにもいかなかった。
私の問題ではない。
この困難な交渉に懸かっているのは、他でもない彼ら人間の赤子の命なのだ。
事情を説明するのにも相当に骨が折れるであろうことは目に見えていたものの、私は敢えて頭を低くしたまま武器を構えた男達の輪の中へと進み出た。
「てめぇ、殺されてぇのか!?」
理性で抑えようとしても首をもたげてしまう、屈辱への本能的な反抗。
私は硬く閉じた口の中で牙をきつく噛み締めながら、ともすれば今にも長く生え伸びた爪を振り上げてしまいそうになる衝動を必死で堪えていた。

「私を斬りつけたいのならやるがいい・・・だがその前に・・・少しだけでも私の話を聞いてくれぬか?」
勢いで強気を装っている彼らも、一応はドラゴンを敵に回すことに対して恐れを感じていたのだろう。
喧騒の隙をついて漏らしたその声に、1人の男が片手を上げて周囲を静める。
「待て!何が言いたい?」
「今私の住み処に、1人の人間の赤子がいる。昨夜私の同胞によって滅ぼされた、西の小さな村で拾った子供だ」
予想通りというべきか、ドラゴンによって村が滅んだという事実に1度は収まったざわめきがぶり返す。
「何だと!この町も滅ぼすつもりか!?」
「まあ待て。黙って最後まで聞いてやれ」
「その赤子を育てる為に、私に幾許かの食べ物を分けてもらいたいのだ」
私がそこまで言うと、この血気盛んな群集を率いていると見える例の男が当然の疑問を口にする。

「どうしてドラゴンのお前が、人間の子供なんぞを育てようとしてるんだ?」
「それは・・・」
何故だろう・・・何故私は、あの赤子の為にこんな恥辱を味わってまで人間に媚び諂っているのだろうか?
それに食料など、この目の前の有象無象どもを血祭りにでも上げて強引に奪うこともできるはずだ。
だが、何故かそれはしたくない・・・
そんなことをしてまで手に入れた汚れた食料で、あの赤子を育てたくはなかったのだろう。
「私にもよくわからぬ・・・私はただ、あの子を死なせたくないだけなのだ・・・」
そして言いたいことを言い終えると、静かに眼を閉じて人間達の前に自らの頭を差し出す。
「さぁ・・・好きにしろ・・・」
その呟きに、私は薄い闇に染まった世界の中で男が高々と片手を振り上げた気配を捉えていた。

爪を振り翳すことも牙を剥き出すこともせずに無防備な姿を晒したそのドラゴンの様子に、俺は武器を持った腕を振り上げたまましばらくの間硬直していた。
人間の言葉に不慣れなせいなのか物言いにはどこか高圧的な態度が見え隠れしているものの、このドラゴンの言った言葉が嘘でないことだけは直感的に信じられる。
今朝方に出遭ったあの禍禍しい黒竜に比べれば、従順に人間の前に傅いたこの橙色に輝くドラゴンにはある種の正義のようなものすら感じられた。
そしてゆっくりと振り上げた腕を下ろし、周りにいた他の男達に指示を出す。
「よし・・・いいだろう。おい!こいつに新鮮な果物を持てるだけ持たせてやれ!それにミルクもだ!」
「な、何だって?食料を差し出すのか・・・?」
「そうだ。いいから早く持ってこい。人の子の命が懸かってるんだろう?」
驚きとともに目を開けた私がコクリと頷くと、首領に反論した男も渋々ながら町の方へと走っていく。

「何故・・・思い留まったのだ?」
目をきつく閉じてはいたものの、1度は確かに私を斬りつけようと手にした武器が振り上げられたはずだ・・・
私はその心変わりの理由が読めずに、恥ずかしながらも目の前の人間にそう尋ねていた。
「今日の朝、お前とは別のドラゴンがこの町にやって来たのさ」
首領のその言葉に、周囲に残っていた別の男達も急に神妙な顔つきで朝の出来事を脳裏に思い浮かべたらしい。
「全身真っ黒な、山のようにでかい奴だったよ。しかもそいつは、この町に姿を見せるなりこう言ったのさ」
「生贄か・・・?」
「ああ、そうだ。今月の末に1度、その後は半年に1度、若い娘を我に差し出せときたもんだ」
成る程・・・恐らくそれは、あの住み処の近くにあった人間の村を滅ぼしたドラゴンに違いない。
新たな生贄を求めて、焦土と化した村の代わりに遠くこの町にまで魔の手を伸ばしたといったところだろう。
そういう事情があったのであれば、彼らがドラゴンという存在に対して過敏なまでの反応を示したのも頷ける。
「だが・・・生贄を出すつもりはないのだろう?」
「当たり前だ!あの野郎、今度町に来やがったらただじゃおかねぇぞ!」
「おお!そうだそうだ!」

どこか無理をしてでも盛り上がろうとしている彼らの様子に、私は暗い未来を想像していた。
同族の中でも決して大柄な方ではない私にすら内心の恐れを抱いていた彼らが、悠久の齢を重ねた猛る巨竜を前にしてもこの虚勢を保っていられるとは到底思えなかったのだ。
たとえ強情に生贄の提供を拒否してみたところで、彼らの言葉で言えば"痛い目に遭わされて"、絶対的な暴力への服従を余儀なくされてしまうに違いない。
だがそうこうしている内に、美しい光沢を放つ林檎を山ほど詰め込んだ大きな籠とミルクの入った細長い透明な容器が数本、次々に私の目の前へと運び込まれてきた。
「さぁ、持って行け。だがもしまた新たな食料が必要になったら、その赤ん坊をここへ連れてこい。いいな?」
「あ、ああ、わかった・・・礼を言うぞ・・・」
私は差し出された食料の籠を両手でそっと掴み上げると、小さく畳んでいた翼を大きく広げて夕暮れの迫った空へと身を翻していた。

食料の入った大きな籠を両手一杯に抱えて空を飛ぶ私の姿を、群れを成した小鳥達が遠巻きに眺めては何かを囁き合っている。
快く人間に協力してもらえたお陰か、私は奇妙な清々しさを胸に森の切れ間に覗く住み処へと降りていった。
薄暗い洞窟の中では赤子が相変わらず泣き声1つ上げることもなく眠っていて、またしても愛らしいその寝顔に視線を引き寄せられてしまいそうになる。
「さてと・・・後は、この子が腹を空かせて目を覚ますのを待つだけか・・・」
だが小声でそう呟いた次の瞬間、眠っていた赤子が手の甲で瞼をゴシゴシと擦りながら空腹を訴えるように甲高い泣き声を上げ始める。
「ふ、ふえぇぇっ・・・ふぎゃああ・・・」
「ああ、わかったわかった・・・少し待ってくれ・・・」

私は町の人間が持たせてくれた籠の中の林檎を1つ手に取ると、それを尖った爪の先で細かく刻み始めた。
そして甘酸っぱい果汁の溢れる林檎の欠片を切り出すごとに、赤子の小さな口の中へとそれを押し込んでやる。
シャクッ・・・シャリッ・・・
「あむ・・・はむ・・・うむ・・・」
やがてまだ歯も生えていない口の中で咀嚼された林檎が、赤子の顔を甘い幸福で満たしていった。
「ふふふ・・・どうだ、美味いか?」
その問に赤子からの返事はなかったものの、笑顔に蕩けた顔を見れば答えなど聞くまでもない。
そんな楽しげな一時に時間を忘れ、私はとっぷりと日が暮れるまで赤子に食事を与え続けていた。

2週間後、私はすっかり空になった大きな籠と赤子の眠る小さな籠を手に再びあの町に向けて翼を羽ばたいていた。
近くに綺麗な水場があるお陰で、竜の子供すら育てた経験のない私にも一応はこの子の命を繋ぎ止めることができているらしい。
しばらくして眼下に見えてきた例の町中に慌しく動き回る大勢の人々の姿を確認すると、私は今度は堂々と町の入口に向かって真っ直ぐに滑空していった。
そしてフワリと風を受けて静かに着地した私の元に、大勢の人間達がワラワラと集まってくる。
どうやら先日の一件以来、生贄を要求する悪竜とはまた別に、人間の赤子を育てている不思議な竜の噂も町中に広がってしまっているらしかった。
「おお、今度は子供を連れてきたんだな!」
「俺にも見せてくれ!」
「私も!私にも見せて!」
やがて予想外の反応に困惑顔を浮かべた私の手から籠を奪い取ると、集まった大勢の人々が可愛い顔で眠っている赤子に群がり始めていた。

「これは・・・一体どういうことなのだ・・・?」
竜の子の話題で盛り上がる人々の輪から少し離れた所に取り残されてしまった私は、あの血気盛んな群集を率いていた首領の男を見つけるとそっと歩み寄って小声で語りかけた。
「なぁに、皆ドラゴンが育てているっていう子供に興味津々なだけさ」
常日頃から身に着けているかのような小振りの斧の柄で肩を軽く叩きながら、男が楽しそうな苦笑を浮かべる。
「それに、2週間後にはこの町を襲ってくる奴もいることだしな」
「ではやはり・・・お前達は戦うつもりなのだな?」
「当然だろ。人の子を育ててるあんたは別にしても、ここにはドラゴンにくれてやるものなんぞ1つもないからな」
一夜にして村を1つ灰にしてしまうほどの巨竜が町を襲ってくるというのに、何故彼らはこうも明るい顔をしていられるのだろうか?
それが彼ら人間の人間たる部分であるというのならそれまでの話なのだが、私はどうしてもこの町の人々が同胞の手によって傷つけられるのを見たくはなかった。

「それなら、私もお前達と共に戦うとしよう」
「何・・・?どうしてあんたが?」
相手は私と同じドラゴンなのにといった様子で、男が疑問の声を上げる。
だが、そんなことは関係ない。
もし理由があるとすれば、くだらぬ先入観で愚かしいと思っていた人間達の同族を想う気持ちの強さに私も魅せられてしまったというべきだろう。
だからこそ、私は力を誇示して己の利益の為だけに他者を傷つけようとする仲間に腹を立てていた。
それに、あの赤子だけはどうしても私の手で育ててみたいのだ。
だがこの町が血の気の多い仲間のドラゴンによって痛手を被ってしまったなら、それは少なからず町の人々に私への忌避感を植え付けてしまうに違いない。

「私もそこに集まっている大勢の人間達と同じように、赤子の成長を無事に見守りたいのだ」
人間に対する心情の変化を悟られまいと言葉を選んだ私の返事に、男は納得したとばかりに頷いた。
「それなら今日から16日後、またこの町へ来てくれ。恐らく、奴は夜中の内にここへやってくるだろうからな」
同感だ。ドラゴンは、夜に人間達の力が衰えることを知っている。
暗き闇は人の心を脆弱にしてしまうし、ドラゴンの口から吐き出す灼熱の炎を更に眩く引き立てることだろう。
「わかった・・・私の力が役に立つかはわからぬが、必ず来ると約束しよう」
するとまるでその返事を待っていたかのように、林檎が山と盛られた新たな籠が私の前へと運ばれてきた。

「よーしお前ら、もういいだろう?彼女が困ってるぞ。子供を返してやれ」
男の言う彼女とは、もしかして私のことを指しているのだろうか・・・?
とても人間がドラゴンに対して使うとは思えぬ意外な言葉に呆けた表情を浮かべていると、ようやく人だかりの中から解放された赤子の籠が若い娘の手から直接私に手渡される。
「はい!きっとまた来てくださいね!」
「あ、ああ・・・」
弾けるような明るい娘の声と、その後ろに並んだ人々の期待に満ちた朗らかな表情。
体の大きさでは私の半分にも満たぬ程に小さい人間達の行動にたじろぎながら、私は来る時にもそうしたように重い2つの籠を手にして町を後にしていた。


新たな年を迎えてから早くも1ヶ月・・・
深まる冬の寒気に更に寒さの厳しくなった森の上空を飛びながら、私は来るべき悪竜との戦いよりも籠の中の赤子が凍えたりはしないかという不安を胸に人間の町へと急いでいた。
やがて地平線の向こうに見えてきた町を空から見下ろすと、決戦を迎えた男達が忙しなく動き回っている。
「成る程・・・彼らにも、一応は危機感というものがあるのだな・・・」
夕焼けに赤く染まり始めた空の下、私は村の入口に着地すると例によってその場に集まってきた人々に赤子を預けることにした。
そして悪竜と戦うために武装していた男達のもとへ歩いていくと、あの首領の男が声をかけてくる。
「おお、本当にあんたが来てくれるとは!」
初めて会った時は武器を振り上げて一触即発の状態にまでなったというのに、人間とはたった数度の邂逅でそんな深い溝すら埋めてしまえるものらしい。
まるで10年来の友とでも語り合うかのように親しげな彼と何度か言葉を交わすと、私は町の外れにある広場に蹲って静かに喧騒の夜を待つことにした。

すっかり陽の落ちた漆黒の夜空に浮かぶ、宝石の如く眩く輝く無数の星々。
いよいよ生贄を差し出さなければならないという期限が過ぎ去り、暗い森の奥から件のドラゴンのものと思われる怒りの咆哮が轟いてきた。
1ヶ月前にあの小さな村が壊滅した前夜にも聞いた、不穏な大気の震え。
私は凍て付く夜の寒さのためか、それとも無謀な戦いの前の緊張のためか、ブルッと大きく身を震わせた。
私が連れてきたあの赤子も含めて女や子供達は頑丈な(と言っても、荒らぶる巨竜の前には無意味だろうが)建物の中へと既に身を潜めていて、外に出ているのは皆思い思いの武器を持った男達だけになっている。
きっとあの村の最期となった夜も、こうして絶望的な戦いを前に人間達が身を寄せ合っていたのに違いない。

ドオン・・・ドオオン・・・
それからしばらくして耳に届いてきた死神の足音に私は静かに地面から起き上がると、強敵の出現を今か今かと待ち構えている男達の群れに加わった。
ガサッ・・・ガサガササッ
心の中にピンと張られた緊張の糸を切らすことなく待つこと数分後、やがて町と森の境界にある深い茂みを掻き分けて巨大なドラゴンが衆目の前にその首を突き出す。
「クククク・・・これはこれは・・・近頃の人間どもは身の程も知らぬ愚か者どもが多いとみえるな・・・」
そして眼前に立ち塞がっているちっぽけな人間達の姿を目にすると、ドラゴンが愉快そうな笑い声を漏らした。

「たった1人の犠牲でその他大勢が救われるなら、貴様らに選択の余地などないと思っていたのだがな・・・」
「ふざけるな!この町のものはそこらの石ころ1つ、貴様なんぞにくれてやるものか!」
「・・・何だと・・・?」
首領の男が精一杯声を張り上げて挑発すると、ドラゴンは思いの外その声に激しい憤りを滲ませていた。
そして黒々しい腹が膨らむほどに鼻から大きく息を吸い込み、紅蓮の炎を空に向かって勢いよく吹き上げる。
ゴオオオオオッ!
「うわっ!」
「ひいぃっ!」
まさか炎を吐くなどとは夢にも思っていなかったのか、夜空が紅く照らされた途端にその場にいた数人の男達が情けない悲鳴を上げながら腰を抜かしていた。
別に町を滅ぼさなくとも、強大な力をもって威圧すればまだ己の命令に従う目があると思っての行動なのだろう。
その証拠に、既に戦意を喪失してしまったと見える男達がじりじりと後退さり始めている。

"待て!この竜族の恥晒しめ・・・この町の人々には手を出すな!"
私は小さく畳んでいた翼をバサッと大きく広げながら人間達と悪竜の間へ踊り出ると、口の端から漏れる炎を得意げに見せつけようとしていた黒竜に向かって大声を張り上げていた。
その後押しの甲斐あってか、その場から逃げ出そうとしていた数人の男達の足が止まる。
"何だ小娘・・・貴様・・・まさか同胞のくせに人間どもに味方するというのではあるまいな・・・?"
明らかな侮蔑を伴った、それでいて鋭い視線を黒竜からグサリと突き刺され、私は思わずゴクリと息を呑んだ。
"それがどうしたというのだ!己の欲のためだけに人間の町を襲うなど、恥を知れ!"
人間のそれとは異なる竜族の間でのみ交わされる不思議な言葉に、男達が頻りに聞き耳を立てている。
だが言葉の意味はわからなくとも、そこに流れている意識のやり取りは彼らにも伝わることだろう。
"黙れ!身の程を弁えろ小娘が・・・そこをどかぬと言うのなら、貴様も痛い目に遭うことになるぞ!"
"やれるものならやってみるがいい!"
まるで自らを奮い立たせるように大きな声でそう叫ぶと、私は精一杯の威嚇のために広げていた翼を翻して目の前の巨竜へと飛び掛っていった。

牙の大きさも、爪の鋭さも、そして心に染みついた残忍さも、私はこの巨竜の足元にすら及ばないことだろう。
だが人間達が早くも戦う気力を失いかけてしまっている今、もし私が敗れてしまえば、この町もあの村と同様に長い時間をかけてゆっくりとこの暴君に食い潰されていくに違いない。
私は唯一の強みである翼を大いに羽ばたいて空高く舞い上がると、黒竜の爪が届かぬ上空から急降下していった。
あまり長い間地を離れていては、地上にいる人間達が危険に晒されるだろう。
両足の先から生えた鉤爪に精一杯の力を込めながら、奢りきった悪竜に天誅を下すべくそれを一気に振り下ろす。
"フン・・・貴様なんぞの鈍らな爪が我に通じるとでも思っているのか?"
だが黒竜は微塵も慌てる様子を見せることなく鼻で笑うと、硬い鱗に覆われた頭を自ら私の爪に向けて突き出していた。

ガッ!
そして次の瞬間、岩と岩がぶつかり合うような重く鈍い音が辺りに響き渡る。
"うあっ!"
全身を襲った激しい衝撃に悲鳴を上げたのは・・・攻撃を仕掛けたはずの私の方だった。
永きに渡る年月が張り重ねた巨竜の厚い鱗は私の爪を弾き返し、砕けて折れた数本の爪の欠片が星明かりにキラリと輝きながら宙を舞う。
ドサッ
"ぐ・・・うぅ・・・"
更にバランスを失って地面に落ちた私の片翼の上へ、ブゥンという風を切る音とともに丸太のような巨竜の尾が勢いよく振り下ろされた。

ズン!
"ガアァッ!"
醜く叩き潰された翼の痛みに悶える私の上に、勝ち誇ったような笑みを浮かべた巨竜がのしかかってくる。
そして圧倒的な巨腕で両腕を押さえつけられると、私はいつしか地面の上に仰向けに組み敷かれてしまっていた。
"くっ・・・は、離せっ・・・離さぬか!"
"クククク・・・口ほどにも無いわ・・・貴様のような生意気な小娘には、少しばかり仕置きが必要なようだな"
そう言いながら、黒竜が真っ赤な舌をペロリと舐めずる。
"な、何をするつもりなのだ・・・"
"なぁに・・・2度と我に逆らおうなどと考えられぬように、恥辱の沼の底へと引きずり込んでくれるまでよ"

黒竜はそう言うと、私を組み敷いたままほんの少しだけ身を引いていた。
そしてフワリと広がった視界の端に、信じられないものが飛び込んでくる。
"なっ・・・そ、それは・・・!"
"ククク・・・何をそんなに驚いておるのだ?雄のモノを間近で見るのは初めてか?ククククク・・・"
そこにあったのは、全身を覆った鱗と同じく禍禍しい黒光りに満ちた巨大な雄の象徴・・・
その歪な形をした醜悪な肉の槍が、私の眼前でビクビクと断続的な脈動に戦慄いている。
"さぁて・・・大勢の人間どもが見守る前で、精々無様な痴態を晒してもらうとしようか・・・?"
黒竜に言われて初めて、私はその光景を周囲を取り囲んだ数十人の人間達に見られていたことに気がついた。
ま、まさか・・・こんなに大勢の人間達が見ている目の前で・・・犯される・・・?
"あっ・・・なっ・・・よ、よせっ・・・よさぬかぁっ・・・!"
私は今更ながら改めて事態の深刻さに気が付いて必死に身を捩ったものの、こんな巨大な雄竜に力でなど到底敵うはずもない。
やがて息を荒げた私の顔に絶望の色が浮かんだのを見て取ると、黒竜が固くそそり立った肉棒を私の膣に向けて真っ直ぐに構えていた。

"ククク・・・観念したようだな・・・"
最早どう抵抗したところで無駄だということを思い知らされ、ザワザワという奇妙なざわめきが全身を跳ね回る。
武器を持った男達はいつの間にか一定の距離を保ちながら周囲をグルリと取り囲んでいたものの、あのうねる黒竜の尾に阻まれては誰1人私達に近づくことはできそうになかった。
ズ・・・ズブゥ・・・
"ぐっ・・・あっ・・・あぁっ・・・!"
自分よりも2回りは大きな雄竜のモノがすんなり受け入れられるはずもなく、下腹部の皮膜に隠れていた秘裂が太い肉棒によって無理矢理に押し広げられていく。
私はできるだけ声は上げないようにと堪えていたものの、初めて侵入を許した雄から与えられる未知なる刺激につい艶のかかった喘ぎ声を上げてしまっていた。
その稀有な光景に、周囲の人間達から不安と困惑の入り混じったどよめきが湧き上がる。

ズッ・・・ズズッ・・・ズン!
"ああぁ!"
やがて固くしこった肉棒を強引に根元まで突き入れられると、私の全身を電流にも似た激しい快感が突き抜けた。
ズリュッ・・・ドスッ・・・グブッ・・・
必死に拒絶しようとする私の意思とは無関係にトロリと桃色がかった愛液が一瞬にして膣内を満たし、雄竜の激しい抽送に更に拍車をかけていく。
"あっ・・・あがっ・・・うああ・・・!"
地面に押さえつけられた全身が揺れるほどに力強く腰を叩きつけられ、私は意識が徐々に真っ白な霧に覆われていくのを感じていた。

"クククク・・・どうだ、人間どもの前で惨めに犯される気分は?案外、貴様も興奮しているのではないのか?"
"ふ、ふざけ・・・うあっ・・・や、やめ・・・がぁっ・・・!"
本来は雄を搾るためにあるはずの幾重にも重なった分厚い肉襞が巨竜のモノに容赦なく摩り下ろされ、逆に私の中へと耐え難い快楽の奔流を送り込んでくる。
辺りを取り囲んだ人間達の顔には流石に愉悦の色は見えなかったものの、誰もが皆呆然と眼前の痴態を傍観し続けていた。
"もう限界のようだな・・・そろそろとどめを刺してやろうか・・・?"
残忍で巨大な雄竜に成す術もなく一方的に犯され、嬲られる屈辱・・・
そしてその極限状態の最中にあっても感じられてしまう、漲った肉棒の限界。
大勢の人間達に見られているというこの上もない羞恥は絶頂の予感を前に興奮へと変わり、雄の前に平伏した情けない雌の表情を浮かべた私に熱い精を注ぎ込むべく肉棒が躍動する。
"そぉら、我の滾りを、たっぷりと貴様の中に注いでくれるわ・・・!"
黒竜がそう叫ぶと同時に、激しい鼓動のようなドクンという音が全身に響き渡った。

「やめろおおおぉ!」
だが体内を満たすであろう雄竜の飛沫を受け入れようと全身の力を抜いた次の瞬間、聞き覚えのある人間の声が静寂の闇の中に響き渡る。
ドスッ
「グッ・・・ガアアッ!」
続いて聞こえてきた野太い悲鳴。
何事かと思って薄れかけた意識に喝を入れて目を開けると、あの首領の男が隙を見て投げつけた小振りの斧が見事に黒竜の右目に深々と突き刺さっていた。

「お、おのれ・・・許さぬぞ人間どもめ・・・!」
激しい痛みか、それとも片目を失った動揺からか、黒竜が反射的に目に突き刺さった斧へと手を伸ばす。
その瞬間フッと体が軽くなり、私は身動き1つできなかったはずの拘束が解かれたことにようやく気がついた。
恍惚の淵からハッと我に返って辺りを見回せば、眼を潰されて怒り狂った黒竜の注意が完全に私から逸れている。
私は素早くもう片方の腕の自由をも取り戻すと、抽送の途中で半分ほど膣から突き出していた黒竜の巨大な肉棒目掛けて両手の爪を思い切り突き立てていた。

ガリッ
「グワアアアッ!?」
いくら鈍らな爪だとて、それで無防備な肉棒を引っ掻かれては流石の巨竜も一溜りも無いことだろう。
不幸にも最も大事な部分に痛手を負った黒竜は思わず私の膣から傷ついたモノを引き抜くと、苦悶の声を上げながら激しく地面の上をのた打ち回った。
雄にしかわからぬ身を引き裂かれるような苦痛はそれでも限界を間近に迎えていた黒竜にとってはとどめになってしまったのか、バタバタと巨大な体で転げ回りながらブシュッという音とともに白濁を吐き出し始める。

ビュビュッビュルルルルッ!
「アッガァッ・・・ウアァッ!!」
あ奴に一矢報いるとしたら、今をおいて他に無いだろう。
私はギシギシと軋む体に最後の気力を注ぎ込むと、射精しながら悶え苦しむ巨竜に飛び掛かって無事に残っていた左目へと尖った爪先を抉り込んでいた。
ズッ・・・ブシュッ!
「ギャアアアアアアッ!」
その途端まるで人間が上げるかのような甲高い断末魔にも似た悲鳴が上がり、真っ赤な鮮血の噴き出した両目を押さえながら黒竜が闇に包まれた森の中へと消えていく。
そしてあまりにも突然に訪れた勝利の瞬間を、その場にいた人間達全員が唖然とした表情で見つめていた。

「や、やったのか・・・?」
ハァハァと息を切らして黒竜の消えていった森の方向を睨みつけていた私に、背後から震える声がかけられる。
後ろを振り返ってみれば、救いの斧を投げてくれたあの首領の男がガタガタと体を震わせながら立っていた。
きっとあの隻眼の黒竜に激しい殺意の視線を叩きつけられて、あまりの恐怖に心底震え上がってしまったのに違いない。
「ああ・・・あ奴もあれだけの痛手を負っては、もう人間の町を襲おうなどという気は起こさぬだろう・・・」
光を失った挙句に雄の象徴まで傷モノにされてしまった同胞に一抹の同情の念は浮かんだものの、私はすぐにそれを忘却の彼方へと振り払っていた。
今の私には、守るべきものがある。
他でもないあの赤子の命と、それを手助けしてくれるこの町の人間達の命だ。

ズキッ
「ぐっ・・・う・・・」
だが母性的な力強さを胸に体を起こそうとした次の瞬間、黒竜の尾で叩き潰された翼に激痛が走った。
翼膜は傷ついていないようだったが、翼の付け根の骨は完全に砕けてしまっているらしい。
「おい、大丈夫か?」
「フフ・・・この翼では・・・当分の間は空を飛ぶことなどできぬな・・・」
だが無謀な戦いに身を投じた己の浅はかさを笑いながらそう呟いた私の耳に、若い娘の声が聞こえてくる。
「あの・・・大丈夫ですか・・・?」
「何・・・?」
何事かと思って周囲を見回すと、黒竜という最大の脅威が去ったことを知った大勢の女や子供達がぞろぞろと家の中から出てきては私の周囲に集まって黒山の人だかりを作り出していた。

「こ、これは一体・・・?」
「皆あんたに感謝してるのさ。俺達なんて、あいつがちょっと火を吹いただけで皆びびっちまったからな・・・」
誰かが言ったその言葉に、大勢の男達がうんうんと頷く。
「し、しかし・・・私は・・・」
衆人環視の中で曝け出してしまった己の淫らな一面が脳裏に蘇り、思わず言葉に詰まってしまう。
首領の男も私が何を考えているのかを悟ったらしく、急に子供を諭すような柔らかな口調で語りかけてきた。
「大丈夫さ・・・あんたが思うほど、人間は不義理じゃない。誰もあんたを貶めたり、蔑んだりなどするものか」
その言葉に俯いていた視線を恐る恐る上げてみれば、視界に広がるのは子供や娘達の屈託の無い笑顔。
あの現場を見ていた当の男達でさえもが顔に満面の笑みを浮かべ、私を、そして救われたこの町を祝福している。

「なあ、あんた・・・いっそのこと、この町に住んでみないか?」
「な・・・何だと・・・?」
やがて幾許かは落ち着いたところに投げかけられた思いもよらぬ提案に、私は首領の男の顔を見上げていた。
「その怪我じゃ、住み処に帰るのは無理だろう?それに、獲物だって獲れるかどうか不安なんじゃないのか?」
「それは・・・確かにそうだが・・・」
「ああ、そいつはいい考えだ!それにまたあんなバケモンが襲ってきたりしたら、俺達じゃ何もできないしな」
彼らはそう言うものの、竜と人間が同じ所に共存することなど果たしてできるのだろうか?
だがそんなことを考えていると、人ごみの中を割ってあの赤子の入った籠が私のもとへと送り届けられる。
「それにほら・・・この町なら、あんたも安心してこの子を育てられるだろう?」
ガヤガヤとした喧騒の中でも聞き取ることができた、スースーという赤子の静かな寝息。
私は籠の中で眠る小さな命を慎重に両手で掬い上げると、誰にも見られぬように心の内で苦笑した。
フフ・・・何を馬鹿なことを・・・竜と人間の共存など、私の住み処の中で既に実現していたことではないか。
両手で作った揺り篭の中で赤子を揺すってやりながら、私はようやく笑顔を浮かべると男の問に答えていた。
「そうだな・・・では、お言葉に甘えさせてもらおうか・・・」

その日から、私は人間の町の片隅にある納屋に住まわせてもらうことになった。
彼らは痛めた翼のせいで狩りにも行くことのできなくなった私に毎日新鮮な肉や魚を届けてくれるし、時折私ではどうしようない程に激しく泣き喚く赤子の不満を解消してくれたりもしている。
そして何より、大勢の子供達が赤子ではなく私を目当てに頻繁に納屋へと遊びにきてくれるようになったのだ。
朝から晩まで楽しそうにはしゃぐ子供達の相手をしていると、不思議と傷の回復も早まるような気がしてくる。
いつしかこの赤子もこんな腕白坊主に育つのかと思うとたまに溜息が漏れてしまうものの、それでも彼に"お母さん"などと呼ばれることを想像すると私は楽しくて仕方がなくなってしまうのだった。

3年後・・・
竜が住んでいるという噂が立ったおかげでますます活気に満ち溢れた人間の町の上を、橙色の鱗を纏った大きな雌竜が優雅に飛び回っていた。
すっかり翼の傷も癒えた彼女の腕の中にはようやく言葉を覚え始めた小さな男の子が抱かれていて、大空から見下ろす町や森の壮大な景色にキラキラと目を輝かせている。
バサッ・・・バサッ・・・
「どうだ・・・怖くはないか?」
「うん!お母さん、空を飛べるなんて凄いんだね!」
「フフフフ・・・お母さん、か・・・まるで、不思議な夢を見ているような気分だな・・・」

そう呟きながらふと町の方に目をやると、あの首領の男がこちらに向けて大きく手を振っていた。
どうやら、昼食の用意ができたらしい。
私では子供の食べられる食事を用意することができないため、この子が固形食を食べるようになってからはいつもこうして人間達が食事を作ってくれているのだ。
「おっと、そろそろ食事の時間のようだ。お前もお腹が空いただろう?」
だがそう言うと、まだ遊覧飛行に満足していないのか子供が不満そうな声を上げて反抗する。
「え〜・・・僕、もうちょっと飛んでいたいな・・・」
「それなら、食事の後に今度はもう少し遠い所を見に行ってみるか?」
「ほんと?ほんとに?うん!それじゃあ、早くご飯食べようよ!」
全く・・・私も何時の間にか、随分と子供の扱いに慣れてしまったらしい。
私は胸の内に湧き上がる幸福感を噛み締めると、眼下の賑わいに向けて清々しい空を滑り降りていった。

このページへのコメント

分かり合えることはそう多くないし、人間と仲良くしているのは色々と快く思われないものだけど・・・
こういうの、個人的には好きだ

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Posted by   2010年08月11日(水) 23:04:21 返信

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