カツーン・・・カツーン・・・
「はぁ・・・」
豪奢な装飾に彩られた広い城の廊下を歩きながら、私は深い溜息をついていた。
私の治めているこの小国がここよりずっと西方に位置するノーランド王国の属国だったのは、もう4年も前の話。
無事に独立を果たした後の私の生活は、この上もなく贅沢で明るいものになるはずだった。
いや確かに、私がこの国の誰よりも優雅で安寧な生活を送っていたのは間違いない。
そう、あの日までは・・・

暗い面持ちで廊下の角を曲がると、やがて突き当たりに淡い燭台の明かりに照らされた寝室の扉が見えてくる。
こんな生活を、私は一体何時まで続けなければならないのだろうか?
遠いようで近かった寝室の扉に手をかけながら、1度だけゴクリと大きく息を呑む。
こうでもしないと、私はとてもこれから味わうであろう恐怖の前に正気でいられる自信がなかったのだ。
そうしてじっとりと汗ばみ始めた手に力を込めると、ゆっくりと重い扉を押し開けていく。
ギイイィ・・・
「クフフフ・・・遅かったじゃないか。妾を待たせるなんて、お前も随分と肝が据わってきたようだねぇ・・・」
薄暗い寝室の中から聞こえてくる、ねっとりとしたしわがれ声。
私は顔を上げるのも恐ろしくて、頑なに下を向いたまま部屋の中央に置かれた大きなベッドの方へと恐る恐る近づいて行った。

だがやがて、自分の足しか見えていなかった視界の端に太い紫色の先端が入り込んでくる。
そしてその尾の先が不意に音もなく持ち上げられたかと思うと、私の顎先を力強く掬い上げてきた。
グイッ
「う、うう・・・」
「顔をお上げよ・・・クフフ・・・今更そんなに怯えることもないだろう・・・?」
半ば強制的に前を向かされた私の目の前に、一気にそいつの姿が飛び込んでくる。
5メートル四方はあろうかという特注の巨大なベッドの上で狭そうに身をくねらせている、禍々しい大蛇。
いや、艶のある幅広の鱗に覆われたその蛇体から伸びる大きな四肢が、彼女の真の正体を示している。
そこにいたのは、体長15メートルは軽くあろうかという毒々しい紫鱗を纏った1匹の雌龍だった。
そして返事もできずに怯えていた私の体をその人間の胴よりも太い尾でグルリと巻き取りながら、私の顔を見て今宵の愉しみを想起でもしたのかその龍の顔に老婆が見せるような嗜虐的な笑みが浮かんでいく。
樹齢1000年の大木ですら締め潰せそうなその恐ろしい力には到底逆らう術などあるはずもなく、私は幾重にも折り重なったとぐろという名の牢獄に囚われたまま広大なベッドの上へと引きずり上げられていた。

「どうしたのさ?今日は何時になく元気が無いじゃないか・・・」
やがて完全に獲物と化した私の体をベッドの上に横たえながら、龍が怪訝そうな面持ちでそう聞いてくる。
「わ、私は一体・・・何時になったらこんな生活から解放されるのだ・・・?」
「こんな生活とはまた随分とご挨拶だねぇ・・・この国の誰よりも裕福で自由に暮らせているくせに・・・」
そう言いながら、龍が全く身動きのできなくなった私の顔をその分厚い舌でゆっくりと舐め上げる。
ベロォ・・・
「これ以上、一体何が不満だというんだい・・・?クフフフフ・・・」
「あぅ・・・そ、それは・・・」
私が何を言いたいのかなどとうに知っているというのに、龍が白々しく惚けた様子で私の顔を覗き込んでくる。
だがそれを口にすればどうなるかは、ほんの少しだけ強く締め付けられた体の方がよく知っているらしかった。
思えばあの時、私が妻を狩りの見物などに連れ出さなければ、こんなことにはならなかったというのに・・・
口答えする気力も消え失せた私の様子を面白げに眺めている龍を力無く見つめ返しながら、私は運命が変わってしまったあの日のことを脳裏に蘇らせていた。

元々この国があの大国から独立することができたのは、他でもない妻の助力があったからこそのことだった。
とは言っても、決してそこに何かしらの争い事があったわけではない。
ノーランドは強大な兵力を有してはいたものの、彼ら兵士を束ねる王は実に慈悲深く、他国を武力で制圧したというようなことは少なくとも私の知る限り1度としてなかったように思う。
彼の王が国を守る以外の目的で武力の矛先を国外へ向けた唯一の例外は、当時周囲の森に巣食っていた凶暴なドラゴン達の退治だけだった。
この森に埋もれてひっそりと存在していた小国がノーランド兵達の目に留ったのも、そのドラゴン退治の行軍の最中でのことだと聞いている。
彼らはドラゴンどもに怯えて森へ入ることもできなくなっていた我々を保護する代わりに、ノーランドとの交流をより深める目的で両国の間を繋ぐ大きな街道の開発を提案してきた。
その頃の私はまだ10歳くらいの幼い子供だったが、願ってもない大国の提案に当時は壮健だった私の父が手放しで喜んでいたのを覚えている。

やがて森からドラゴンどもの脅威が消えて待望のノーランド街道が開通を迎えた頃、40歳の誕生日を迎えていた父は重い病に倒れてしまっていた。
かくして王の1人息子だった私は16歳という若さで王位を継ぎ、その翌々年には城下町に住んでいた美しい娘と結ばれることになる。
妻は、私よりも1歳年下だというのに実に聡明な女性だった。
曲がりなりにも王妃の身でありながら毎週のようにノーランドへ出向いては、もうドラゴンの脅威は去ったし街道を作る約束も果たしたと言って我が国に常駐していたノーランド兵達を退かせるよう説得したものだ。
丹念に染め上げたその透き通るような黒髪を靡かせて私に微笑みかけてくれる彼女を思い出すだけで、幸せだったかつての日々が蘇ってくるような気さえしてしまう。

だが国が独立してから1年ほど経ったある晴れた日の朝、私は前日に大きな鹿を仕留めることができた嬉しさから日に焼けるから嫌だと言ってきかない彼女を半ば無理矢理に狩りへと連れ出してしまったのだ。
つばの広い麦わら帽子を被ったまま馬で私の後をついてくる妻は初めこそ不機嫌そうにしていたものの、やがて森を走る内に大きな湖を見つけると、彼女が楽しげに笑いながらそちらの方へと走って行ってしまう。
「私、あの湖で泳いでくるわ。その間、あなたは狩りの方を楽しんでいらっしゃったら?」
「あ、ああ・・・そうだな。そうしよう」
今思えば、どうして私はあの時妻を1人にしてしまったのだろうか?
きっとようやく扱いに慣れ始めた狩猟用の弓を早く振いたくて、私は妻の安否よりも手近な獲物を探すことの方に神経を傾けてしまっていたのだろう。
馬に乗ったまま茂みを掻き分けて綺麗に澄んだ湖へと駆けて行く妻の後姿を見送ると、私はそれが彼女を見る最後になるなどとは夢にも思わずに森の中へと馬を走らせていった。


厚く立ち並ぶ木立にも邪魔をされない、涼しげな清風。
森の中にひっそりと広がっていた広大な湖が、晴れ渡った空を映して美しい水色に輝いている。
私は念のため誰かが、特に夫がこちらを覗いていないことを確かめるように森の方を一旦振り返ると、その場で着ていた服をいそいそと脱ぎ始めた。
大きな麦わら帽子や薄いシルクのドレスが、パサパサと乾いた音を立てながら短い草の上に降り積もっていく。
やがて大胆にもすっかり全身の生白い肌を露わにすると、私は胸を両腕で隠しながらそっと冷たそうな水に足先を浸していた。

チャプ・・・ザブ・・・
「あら・・・それほど冷たくもないのね・・・」
ギラギラと照り付ける太陽のせいなのか、湖の水温は少し温く感じる程度には温められている。
私はその心地よさに満足して一気に水の中へと飛び込むと、しばしの間水面に浮かんで眩い太陽を見つめていた。
そう言えばノーランド王の許しを得て国が独立を果たしてから、近頃の私は滅多に外へ出掛けなくなっていたような気がする。
たまにはこうして夫について森へ繰り出しては、ゆっくりと1人で羽を伸ばすというのもいいかも知れない。
だが青い空を見上げながらぼんやりとそんなことを考えていた私には、正に今その水面下で恐ろしい存在が身を躍らせていることには全くもって気付くことができなかった。

ズ・・・ズズズ・・・
「きゃっ!?」
不意に下半身に感じた、硬い鱗の撫でる感触。
慌てて太腿に絡み付いてきたその何者かを引き剥がそうと身を捩ったものの、私は手を伸ばす間もなく一瞬の内に両足をギュッと何かに締め付けられてしまっていた。
そして何が起こったのかもわからず狼狽えていた私の前に、深い紫色に染まった龍がゆっくりと顔を出していく。
「ひっ・・・」
普段は国民の前でなくても気丈に振舞っていたはずの私が不覚にも短い悲鳴を上げてしまったのは、その水に濡れた龍の顔が極上の獲物を捕らえることができた捕食者の愉悦に満ち満ちていたからだろう。
だが一時の恐怖に駆られて必死に暴れようとしたその間際、私は自分が置かれている絶望的な状況を否応なく思い知らされて抵抗を諦めていた。

「あ・・・あぁ・・・」
「ふぅん・・・なかなかに賢い娘だねぇ・・・己の立場をよく弁えているじゃないか・・・クフフフ・・・」
龍の尾に巻かれた私がいる場所は、底すら見えぬ程に深い湖の真っ只中。
この龍にしてみれば、自らの尾で捕らえた私を締め殺すことも溺れさせることも朝飯前なのに違いない。
そしてなによりも私が本能的な恐怖を感じたのは、終始龍の顔に浮かべられていたその不気味な笑みがいざとなればそんな獲物への制裁を全く厭わないであろうことを無言の内に示していたことだった。

「た、助けて・・・」
決して龍を刺激しないように、それでいて精一杯の慈悲を請うように、私は今にも恐怖に擦れてしまいそうな声でそう懇願していた。
「助けて、だって・・・?クフフ・・・残念だけど、そいつはできないねぇ・・・」
巨大な龍の口から静かに告げられた、逃れようのない死の宣告。
だがすぐに私にとどめを刺そうとしないのは、きっとまだ何か私に用があるからなのだろう。
「い、一体・・・何がお望みなの・・・?」
「さあてねぇ・・・お前には知る必要のないことさ・・・ほら、黙って妾によく顔をお見せ・・・」
そう言いながら、龍が更に一巻き自慢の太い尾を私の体に巻き付けてくる。
そうして私の両腕の自由をも奪い去ると、その巨大な龍の鼻先が私の顔に近付けられていた。

「な、何をするの・・・?」
「なぁに、お妃様の美しい顔を、ほんの少し拝見させて頂くだけさね・・・クフフフ・・・」
「ど、どうして私が妃だと・・・」
自らの身分をズバリと言い当てられて、私はそれまで何とか抑え続けてきた心臓の鼓動が急激にドクンドクンと激しく暴れ出したのを感じていた。
私を一国の王妃と知って襲っているのだとしたら、この龍の目的は恐らく単に縄張りを荒らした人間に対する粛清だけではないのに違いない。
「知らなくていいことだと言っただろう?いい加減に黙らないと、冷たい水底に引きずり込んじまうよ・・・」
「・・・!」
その穏やかな口調とは裏腹に、龍の顔に一瞬背筋が凍りつくかのような暗い殺意が過ぎる。
私はそれに驚いてビクッと身を強張らせると、なおも近づけられる龍の顎から顔を背けるように俯いていた。

「クフフ・・・いい子じゃないか・・・」
そう言いながら突然生暖かく湿った舌先で顎をペロリと舐め上げられ、思わず小声で夫に助けを求めてしまう。
「あ、あなた・・・助けてぇ・・・」
だがその声も湖面に揺れる波と風の音に空しく掻き消されてしまうと、ついに全身に巻き付いた太い龍の尾が少しずつ私の体を締め上げ始めていた。
ギ・・・ミシ・・・
「あ・・・い、いや・・・やぁぁ・・・」

殺される・・・!
俄かに全身の骨が軋みを上げながら息が苦しくなっていく恐ろしさに、私は最早首と足先だけしか動かなくなった体を必死に暴れさせていた。
更に無力な獲物が悶えるのを楽しむように、激しくもがいていた私の首にシュルリと長い舌が巻き付けられる。
「お前の顔はしっかりと覚えたからねぇ・・・ほぉら、楽におなり・・・」
そう聞こえた次の瞬間、メキッという音とともに背に食い込んだ龍の尾が更にきつく引き絞られていた。
ギリリ・・・ギシ・・・ミシシ・・・
「か・・・は・・・」
やがて白く霞んでいく意識の中に、龍の楽しげな声が微かに聞こえてくる。
「さぁて・・・妾の正体を知ったお前の夫が一体どんな顔をするのか、今夜が楽しみだよぉ・・・クフフ・・・」
その龍の言葉が終るや否や、私は全身の砕ける鈍い音とともに2度と目覚めぬ眠りの世界へと落ちていった。

サク・・・サク・・・
草を踏む馬の足音が、静かな森の中に響き渡る。
私は妻と別れてから程なくして見つけた小さな仔鹿に矢を射かけてみたものの、やはりまだ狩りの腕は未熟なせいかまんまと狙いを外して逃げられてしまっていた。
その後も何度か獲物の気配を見つけることはできたのだが、どうにも放つ矢に気分が乗らないのはきっと妻がそばにいないからなのに違いない。
「ふう・・・仕方ない・・・今日は諦めるか・・・」
多分、こんな調子でこれ以上狩りを続けても目立った成果は上がらないだろう。
私は早くも底を突き始めてしまった軽い矢筒を一瞥すると、湖で泳いでいるであろう妻を迎えに行こうと来た道を引き返し始めていた。

湖へと駆けていく妻を見送ってから、1時間程も経った頃だろうか。
私が森の小道から茂みの奥に広がっている湖の方へと視線を向けると、丁度妻が馬に乗ってこちらへとやってくるところだった。
城を出てきた時以上に目深に被った麦わら帽子が何かを隠しているようで些か不自然に見えたが、彼女からかけられた明るい一言にそんな疑問も何処かへと吹き飛んで行く。
「ごめんなさい、待たせたかしら?」
「いや、私も今来たところだ。狩りの方はさっぱりだったよ」
「それは残念だったわね・・・じゃあ、早く城へ戻りましょう」
そう言いながらくるりと踵を返した彼女の様子にはやはり何処かさっきとは違う妙な違和感があったものの、私はそれが何なのか自分でもよくわからないまま黙って彼女の背後をついて行った。

「それじゃあ私、先に着替えてくるわね」
しばらく2人で森の散歩を楽しんだ末にようやく城へと辿り着くと、妻は私にそれだけ言い残してそそくさと城の中へ入って行ってしまっていた。
だが彼女が乗り捨てた馬を連れて馬小屋へと向かおうとしたその時、ようやくそれまで彼女に対して感じていた違和感の一端が目に入ってくる。
彼女がいつも乗っていた栗毛の愛馬が、何故か酷く怯えきっていたのだ。
フラフラと目を泳がせながらハッハッと荒い息をついているその馬の様子に、微かな不安が込み上げてくる。
森で妻と別れてからのあの短い時間の内に、一体彼女に何があったというのだろうか?
私は取り敢えず背を摩って何とか馬の気分を落ち着かせてやると、そのまま小屋の中へとそっと入れてやった。
何だか嫌な予感がする。
私は続いて自分の馬も大きな小屋の中に入れてやると、夕焼けに赤く染まり始めた城の壁を見上げながらしばらくの間その場に立ち尽くしていた。


人間の城に入るのはもちろん初めてだったものの、王妃の部屋を見つけることは思った以上に簡単なことだった。
衛兵すらもが立ち入りを禁じられているらしい上階の一角にある部屋と言えば、これはもう王族の部屋以外には考えられないだろう。
やがて重い扉を開けて入った寝室と思しき部屋の中でまず最初に目に入ったのは、4、5人の人間がまとまって眠れそうな程に巨大な1台のベッド。
更には豪華な服飾品の飾られた棚や姿見のついた化粧台が所狭しと部屋の隅に並べられており、ここが寝室としてだけではなく王妃自身の部屋としても使われていることは容易に想像がついた。

「クフフフ・・・まずはこの姿を、しっかりとあの娘に似せないとねぇ・・・」
次の瞬間、とてもうら若い娘が発したものとは思えぬようなしわがれ声が王妃の口から漏れてくる。
そしてパサリという音とともに取り去られた麦わら帽子の下から覗いたのは、王妃の特徴である漆黒の黒髪とは似ても似つかぬ深い紫色に染まった長い髪だった。

やがて西日の差し込む晩餐の場に姿を現した妻は、外出用のドレスから室内用の薄着に着替えていた。
だがいつもなら色調の整った収まりの良い服を着てくるというのに、今日に限っては何だか上も下もちぐはぐな着合わせになっているような印象がある。
何十着とある色とりどりのドレスは毎日召使い達が用意しているはずだから、よもや丁度いいものがなかったというわけではないだろう。
しかも丹念に染め上げられた黒髪を揺らす彼女の小さな2つの眼には、今までの爽やかな輝きとは打って変わって微かな妖艶さが滲み出していた。
「何だか、雰囲気変わったね・・・?」
「そう・・・?きっと気のせいよ」
気のせいか・・・本当にそうならいいのだが・・・

妙な雰囲気の中で始まった食事の間中、私はほとんど妻と言葉を交わそうとはしなかった。
元々広い部屋での食事なだけに普段も何かを話しながら食事に手をつけることはあまりないとはいえ、今日の妻は湖で別れた時からやはりどこかがおかしいような気がするのだ。
妻に懐いているはずの馬が怯えていたのもおかしかったし、ともに食事を楽しんでいるはずの今も彼女が決して私と目を合わせようとしないのは、まるで何かが露呈することを恐れているようにすら見える。
そしてもしその想像が正しければ、きっと彼女は食事が終わるや否や自らの部屋に帰ってしまうことだろう。
「ごちそうさま。なかなかおいしかったわ」
やがてそんな妻の様子に意識を傾けている内に、彼女は早くも自分の分を平らげてしまっていた。
「もう部屋に戻るのか?」
「ええ、今日は何だか疲れちゃったし・・・先に寝室で待ってるわ」
そして予想通りと言うべきなのか、そう言い残した妻が私の返事も待たずにさっさと部屋を出て行ってしまう。

一見いつもと同じように見える妻の一挙手一投足に、僅かな綻びが見え始めていた。
あれは・・・本当に私の妻なのだろうか・・・?
森で別れてからのあの1時間程の間に、彼女はすっかり変わってしまった。
普段それほど王妃と接する機会の多くない周りの衛兵や召使い達は疑問にも思っていないようだが、いつも彼女とともに過ごしている私の目から見れば朝とは明らかに様子が違い過ぎている。
まあ、その理由もあと数時間で真相がわかることだろう。
私は妻の消えて行った部屋の入口からそっと視線を外すと、早くも冷め始めた自分の食事に向かっていた。

カツーン・・・カツーン・・・
ようやく晩餐と兵士達への激励を終えて寝室へと向かう途中、私は誰もいない廊下に響き渡る己の足音にじっと聞き入っていた。
寝室の中で待っている妻は、いつもの朗らかな笑みを湛えるあの妻でいてくれるのだろうか・・・?
そんな不思議な不安が、廊下の奥に姿を現した寝室の扉へと近づく度に膨れ上がっていく。
ゆらゆらと揺れる燭台の明かりが薄暗い廊下を照らし出しているそのいつもの光景が、私には何となく怪物の住み処へと続く帰らずの道のように見えた。

ギィ・・・
そしていよいよ、いつも以上に重く感じる寝室の扉をゆっくりと押し開けていく。
その向こうで待っていた妻は・・・広すぎるベッドの上でこちらへ背を向けて静かに座っていた。
「待たせたかい・・・?」
「ええ・・・ずっと待ってたわ」
相変わらず私の方に背を向けたまま、妻の小さな声が聞こえてくる。
「早くこっちへ来て・・・あなた・・・」
「あ、ああ・・・」
私は誘われるがままにベッドの方へ歩み寄ると、そっと妻の背後に近付いて行った。
だがその次の瞬間、全く予想だにしていなかった事態が起こる。

ピカッ!
「うわぁっ!」
突如として視界を焼き尽くした、眩いばかりの激しい閃光。
更には目が眩んでよろめいた私の体に、何やら重々しく太い物が素早く巻き付けられる。
「な、何だ・・・一体・・・?」
だが何が起こったのかもわからぬままよく見えぬ目で周囲の状況を確かめると、私は自分が思った以上に深刻な危機の中にいたことを悟っていた。

「おやおや・・・随分あっさりと信用してくれたものだねぇ・・・?」
不意に聞こえてきた、ねっとりと絡み付くような老婆の声。
その声とともに、全身が何か巨大なものにギュッと締め付けられるような息苦しさが襲ってくる。
そして閃光にやられた視力がようやく回復すると、私は思わず喉まで出かかった悲鳴をグッと堪えていた。
「う、うあっ・・・!」
激しい閃光とともに突如として私の眼前に姿を現したのは、あまりに巨大な1匹の紫龍。
その長い長い胴の1部が私の体に幾重にも巻き付けられており、私は早くも恐ろしい怪物の前で一切の身動きを封じられたままベッドという名の俎上に横たえられてしまっていた。
「な、何だお前は!?つ、妻を一体どうしたんだ!」
「さぁ・・・お前の妻なんて知らないねぇ・・・」
だがそう言いながらもこれ見よがしにペロリと舌をなめずった雌龍の様子から、妻の辿ったであろう末路を推測するのは至極簡単なことだった。

「く、くそぉ・・・何てことを・・・う、ううぅ・・・」
彼女はきっと、湖でこの龍に襲われて命を落としたのに違いない。
そしてあろうことかこいつは、妻そっくりに姿を変えてこれまで私を欺いていたのだ。
「クフフ・・・化粧道具なんてものを使ったのは初めてだったけど、なかなか上手く誤魔化せていただろう?」
そうか・・・そう言えばかつてこの近くの森に棲んでいたドラゴン達は人間に姿を変える能力があったそうだが、その髪の色だけは元の姿の名残なのか体色と同じ色になってしまうという話を聞いたことがある。
それ故にまだドラゴン達が森に蔓延っていた時期には、黒髪でない人間を見る度にその正体を疑ってかかる人が多かったらしい。
妻に化けたこの龍が森で深々と麦わら帽子を被っていたのも、不慣れな手つきで黒く染め上げた髪をあまり私に長く見せようとはしなかったのも、きっと髪の色で正体がバレることを恐れてのことだったに違いない。
だが今こうして私の前にその真の姿を見せているということは、最早正体を隠しておく必要はなくなったということなのだろう。

ギュ・・・
「う、うぁ・・・」
やがてしばしの静寂を挟むと、凄まじい力を宿しているであろう龍の尾が突然私の体を軽く締め上げていた。
「ほぉら・・・女房の心配をしている場合じゃないんじゃないのかい・・・?」
その気になれば人間1人など軽く握り潰せるであろうその圧倒的な力の差を前にして、必死に身動ぐ勇気さえ跡形もなく何処かへ吹き飛んで行ってしまう。
「わ、私を殺すつもりなのか・・・?」
「そうして欲しいというなら、望み通りにしてやろうかねぇ・・・」
グ・・・グギュ・・・
「あ・・・わ・・・ま、待て!待ってくれ!」
「クフフフ・・・冗談さ・・・そんなに必死になって、面白い子だねぇ・・・」



慌てて否定する私の様子を楽しんでいるかのように、老龍の顔に意地悪な笑みが浮かぶ。
そうだ・・・もしこいつの目的が私を殺すことだとしたら、わざわざ妻になりすますなどという面倒なことをしなくとも森の中でいくらでも私を襲うことができたはずだ。
「じゃあ・・・一体何が目的なんだ?」
「なぁに、ただの退屈凌ぎだよ・・・お前は知らなくてもいいことさね」
退屈凌ぎだって・・・?
そのために・・・そんなことのためにこいつは、私の妻を殺したっていうのか?

ふざけるな・・・・・・!
理不尽極まりない仕打ちに対する怒りが、胸の内でグツグツと煮え滾っていた。
だがそれを今この憎たらしい邪龍にぶつけてみたところで、虫ケラのように捻り潰されてしまうだけに違いない。
何しろ今の私は、龍のとぐろの中で悶え喘ぐことしかできない無力な存在なのだ。
例えどんなに屈辱的な目に遭ったとしても、妻の死を無駄にしないために今は静かに耐え忍ぶしかない。
「そ、それで・・・私は一体何を・・・?」
そう言った途端にまるで物分かりの良いペットを見つめるような視線を向けられて、私は微かにブルブルと震えながら雌龍の返事を待っていた。

「そんなに身構えるんじゃないよ・・・お前はただ、何も知らない振りをしていればいいのさ」
「し、知らない振りって・・・一体何を・・・?」
「今この国で妾の正体を知っているのはお前ただ1人・・・この意味はわかるだろう・・・?」
つまり、国の王妃がこんな化け物と入れ替わってしまったことを、誰にも漏らすなということなのだろうか?
「昼間は王妃に姿を変えた妾といつも通りに生活し、夜はお前の体を妾に捧げるのさ・・・簡単なことだろう?」
「それで・・・お、お前は一体何を得るってい・・・う・・・うぐぅ・・・」
ギリ・・・ギリリ・・・
「まだ妾の話は終わってないよ・・・途中で口を挟むなんて無粋な子だねぇ・・・」
突如として声も出せぬ程にきつく締め付けられた胸が、ミシミシと嫌な音を立てる。
こいつがこうして私を痛めつけるのは、決して自分に逆らえぬよう恐怖心を植え付けることが目的なのだろう。
今はまだ多少苦しい程度の制裁で済んでいるものの、もし本気でこの龍を怒らせたとしたら・・・
脳裏に浮かんだ決して有り得ないとは言い切れぬその恐ろしい想像を、私は軽く頭を振って追い払った。

「もう1つ・・・週に1度、妾に贄を寄越すのさ」
「贄・・・?まさか・・・人間か?」
「そのまさかさね・・・なぁに、誰でもいいじゃないか・・・例えば牢獄に捕えてある罪人とか、ねぇ・・・」
雌龍の口から飛び出したその言葉に、私は心の底から震え上がっていた。
こいつは、こうやってじわじわとこの国を食い潰していくつもりなのだ。
まずは罪人を、次いで家を持たぬ浮浪者や旅人を、そして最後には・・・この私も・・・?
「誰がそんな・・・そ、そんなこと・・・」
人として許し難いその不条理な要求に、私は精一杯の勇気を振り絞って雌龍を睨み付けていた。
だがその龍の顔からは、さっきまでの薄ら笑いがすっかりと消え去っている。
もし断ればこいつは・・・あっさりとこの私を食い殺して夫を失った悲劇の妃を演じることだろう。
どちらに転ぼうとも、これは所詮この龍にとっての退屈凌ぎに他ならないのだ。

「何か言ったかい・・・?」
私が決してその要求を断れないと確信しているのか、とぐろの上に両肘をついた体勢で龍がじっとりと私の顔を覗き込んでいる。
その気になればほんの少し私を締め上げて無理矢理肯定の返事を引き出すこともできるだろうに、この性悪な怪物は私の心が折れる瞬間をこのまま辛抱強く待ち続けるつもりらしい。
「わ、わかった・・・わかったから・・・もう放してくれ・・・」
その返事を聞いた龍の顔に実に嬉しげな満面の笑みが浮かぶと、私は拘束を解かれた後もぐったりとベッドの上に横たわったまま今後のことについて思案していた。


あの日から3年、今夜も私は誰もが寝静まった城の寝室で紫龍の懐に抱かれている。
奇跡的にというべきか、それとも人間としての生活にもうすっかり慣れてしまったのか、見事に不自然さの消えた王妃の振る舞いにその正体が龍であることを看破した者は誰もいない。
まぁ仮に気付いた者がいたとしても、もしかしたら知らない内にあの龍に消されていたのかも知れないが・・・
「フン、文句がないのなら早く服を脱ぎな・・・それとも、今夜は妾に剥ぎ取ってもらいたいのかい・・・?」
「あ、ああ・・・待ってくれ・・・」
やがて私の沈黙に痺れを切らしたのか、龍がとぐろの縛めを緩めながらそう命令する。
私は言われるままに震える手で着ていた服をベッドの外へ脱ぎ捨てると、少し肌寒く感じる全裸の体をゆっくりとベッドの上に広げた。
その上に、うねうねと重い蛇体をくねらせながら巨大な紫龍がのしかかってくる。
そして屈強な手で私の両腕を柔らかなベッドに押し付けると、雌龍がいつものように眼を細めながら含み笑いを漏らしていた。

ズ・・・ズズ・・・
「う・・・く・・・」
まずは挨拶代わりとばかりに、雌龍が露出した私の肉棒をその腹でゆっくりと磨り潰していった。
鱗に覆われていない腹の皮膜は何とも言えないしっとりとした湿り気を含んでいて、小さく縮込まった雄の先端に絶え間なく切ない快感を送り込んでくる。
「これは妾を待たせた罰だよ・・・今夜はゆっくりと焦らしてやるから覚悟するんだねぇ・・・」
スリュ・・・ズルル・・・
「は・・・あふ・・・ぅ・・・」
巨大な体をゆらゆらと揺らしながら、龍が私のペニスを右へ左へと弄んでいた。
だが押し寄せる快楽に自らその腹へ滾る先端を押し付けるべく腰を浮かせると、龍がひょいと腹を持ち上げて愛撫を止めてしまう。
「あ・・・そ、そんな・・・」
「クフフ・・・だめさ・・・まだまだたっぷりと時間を掛けて可愛がってやらないとねぇ・・・」
実に愉しそうな顔でそう言うと、龍が生殺しの快楽に身を捩る私の様子をクスクスと笑いながら眺め回す。

シュル・・・スス・・・
あくまで優しく撫でるようにペニスの先を捏ね繰り回され、再び絶頂の疼きが背筋を駆け上っていく。
だがいよいよそれが熱い迸りとなって噴き出そうとした瞬間、またしても雌龍の腹が遠ざかってしまう。
「ひぅ・・・た、頼む・・・も、もっと・・・」
「もっと・・・何だい?よく聞こえなかったねぇ・・・クフフフ・・・」
一国の王である私の口から屈辱的な懇願の喘ぎを絞り出そうと、妃が艶めかしくその身をくゆらせていた。
だがもし私がこいつに屈しなければ、この拷問のような甘い責苦は朝まで続けられることだろう。
抵抗しようにもきつくベッドに組み敷かれた両手は言うに及ばず、それまで投げ出されていた両足にも長い龍尾の先端がシュルリと巻き付いて完全に身動きを封じられてしまっている。

スル・・・スル・・・シュルル・・・
「うああっ・・・も、もう許して・・・う、うぅ・・・」
果てたくても果てられない限界ギリギリの快感が、私の人としての理性を打ち崩していく。
「ほぉら、妾にどうして欲しいのか言ってみな・・・これまでだって、お前の望みは叶えてきてやっただろう?」
つかず離れずペニスを責め嬲るその龍の腹が、まるで私を嘲るようにフルフルと左右に震えていた。
そして既に先走りを始めた先端にその狂おしい程のバイブが微かに触れ、僅かに残っていた王としての、人間としての、そして雄としての矜持を溶かしていく。
「はぐっ・・・あ・・・も、もっと・・・う、ふぐぅ・・・」
やがて目からボロリと大粒の悔し涙が溢れると、私はもう何度目になるかわからぬ龍への屈服の声を上げていた。

「た、頼むから・・・もっと激しく・・・してくれ・・・」
「ふぅん・・・本当にいいのかい・・・?」
そう言った龍の顔に、か弱い獲物を袋小路に追い詰めた残忍な肉食獣の愉悦が漂っている。
正直、私は頷くのが恐ろしかった。
だが強者に捕えられた弱者の宿命とでも言うべきか、たとえそこに待っている結末を知っていたとしても、私には涙ながらにゆっくりと頷く以外なかったのだ。

かくして私の首が上下に振られたのを見て取ると、雌龍は突然私の体をそのとぐろの中へと引きずり込んでいた。
唯一両腕だけは相変わらず龍に掴まれたまま外へと出ているものの、胸から下はすっぽりと足先まで紫色の筒の中にはまり込んでしまっている。
「クフフ・・・よぉく言ったじゃないか・・・それじゃあ望み通り、枯れ果てるまで頂くとしようかねぇ・・・」
そう言いながら、龍が私を巻き込んだとぐろを微かに滑らせる。
そしてクチュリという水音が丁度私の雄槍の真上に来たのを見計らうと、龍が一気に私の腰の辺りを締め上げていた。
ギュ・・・ズリュゥ・・・!
「あふぁっ!?」
勢いよく尾が引き絞られた拍子に、張り詰めた肉棒がたっぷりと潤っていた熱い雌龍の蜜壷へ深々と突き刺さる。
そしてペニスを根元まで咥え込んだ龍膣が捕らえた獲物をぎゅうっと力強く締め付けると、私は溜めに溜め込んだ白濁を成す術もなく搾り取られてしまっていた。

グジュッ・・・ギジュッ・・・
「う・・・くうぅ・・・」
燃えるように熱い柔肉が寄せては返し、私のモノを容赦無く扱き上げていく。
だが背骨を抜き取られるかのような射精の快感に身を捩ろうにも、全身にぎっちりと巻き付いた強靱な龍尾はそれすらも許してくれそうになかった。
「んん〜・・・お前もなかなか可愛い顔を見せてくれるじゃないか、ええ?」

週に1度与えられる生贄にこいつが一体どのような仕打ちをしているのかは知らなかったものの、この様子だと恐らく彼らにはもっと悲惨な責苦を味わわせてその命の雫を搾取しているのだろう。
ギシギシとあちこちの骨が軋む程にきつく抱き締められたままペニスをしゃぶり上げられて、私は力一杯歯を食い縛って押し寄せる快楽の波を耐え忍んでいた。
まあ仮に気絶してしまったとしてもこいつに叩き起こされてまた続きを強要されるだけなのだが、逃げ場のないこの状況で気を失ったら2度と目覚めないのではないかという不安はどうしても拭えそうにない。
だが龍の方はそんな私の葛藤を知ってか知らずか、必死に声を押し殺している私の様子を窺うように幾重にも折り重なった肉襞をゆっくりと翻していった。

グ・・・グリュ・・・
「ぐああ・・・あふ・・・うふぅ・・・」
さっき射精したばかりだというのに、なおも私の肉棒を吸い込んでは揉みしだく艶めかしい龍膣の蠢きに再び白濁が競り上がってくる。
更には私の両腕を押さえつけている龍の手から時折フッと力が抜けることがあるものの、いざもがこうとした時には再びギュッとベッドの上に磔にされてしまうのだった。
「クフフ・・・どうしてそんなに暴れるのさ・・・?これはお前が望んだことだよぉ・・・」
やがて抗議の声も上げられずにただひらすら首を振って悶えるだけの私に、雌龍が頻りにそう話しかけてくる。
ジュプ・・・ニュル・・・グチュグチュッ
「むぐ・・・ぅ・・・」
ドプ・・・ビュルルル・・・
そして2度目の精を啜り上げようと凄まじい吸引の快楽を味わわされたその瞬間、私はついに耐え切れずに龍のとぐろの中で気を失ってしまっていた。

「おやおや・・・もう終わりかい?こんな程度じゃあまだまだ足りないねぇ・・・」
妾はぐったりと弛緩した男の顔をベロリと舐め上げると、お楽しみの最中に気絶してしまった奴隷に仕置きを与えるべく徐々にとぐろをきつく締め上げていった。
だがすっかり弾力を失った男の体に自らの尾がギリリと食い込んだその時、不意に思い留まって力を抜いてやる。
よくよく考えてみれば、今夜は確か金曜日。
明日の夜には、週に1度妾に捧げられる生贄をたっぷりと味わうことができるではないか。
それならば、今日はこの疲弊しきった王を休ませてやった方がまた次にも繋がるというものだろう。
いや寧ろ妾の言いなりになるだけで何の面白味もないこんな男よりも、まだ反骨精神のある囚人どもの方がよほど捻じ伏せ甲斐があるというものだ。

「クフフ・・・3年間連れ添ったこの人間も・・・もうそろそろ用済みになる日が近いかもねぇ・・・」
ふと脳裏に浮かんだその黒い想像に独り密かに興奮すると、妾は激しい閃光を発して人間の王妃へと姿を変えた。
そして存分に弄ばれて力尽きた王をベッドの端に寝かせ、自分もその隣へと横になる。
「まあいいさ・・・今日くらいは、精々ゆっくりとお休みよ・・・クフフフフフ・・・」
やがてそんな物言わぬ男への睦言ともただの独り言とも取れる呟きを漏らしたのを最後に、妾は1人の人間の女性として淑やかに眠りについていた。

「ん・・・うん・・・」
瞼の上から突き刺さる眩しい陽光の刺激に、私はゴロリと体を転がして目を覚ましていた。
キョロキョロと辺りを見回すと既に昼近い時間になっていたらしく、燦々と輝く太陽が窓から金色の光を寝室の中に投げ込んでいる。
龍に締め付けられたせいか体のあちこちが鈍い痛みと骨の軋みに悲鳴を上げているものの、どうやら昨夜は気を失ってしまった私をあのまま寝かせてくれたらしい。
明け方まで隣に寝ていたであろう王妃は既に起きて行ったらしく、部屋の隅に置かれた化粧台にはかつて私の妻が使っていた髪染めが置かれていた。
あの龍はこうして毎朝、深い紫色の髪を黒く染めて城の者達に姿を見せているのだ。

「そうか・・・今日は土曜だったな・・・」
今頃彼女は、地下の独房に捕えられている今宵の"食事"の選別にでも行っていることだろう。
囚人の生贄が捧げられる毎週土曜日は、唯一私があいつから解放されてゆっくりとした夜を過ごせる日なのだ。
尤も、眠る場所は私の書斎にある小さなベッドになってしまうのが情けないところなのだが・・・
私は床に脱ぎ捨てたままになっていた自分の服を全裸の体に軽く羽織ると、新しい服に着替えるべく重い扉を開けて寝室を後にした。

くそ・・・なんてことだ・・・俺としたことが・・・
薄暗い燭台の明かりが揺らめく地下の独房で、俺は自分の軽はずみな行動が生んだ最悪の結果を呪っていた。
辺りを見回せば、いかにも犯罪に手を染めそうな凶悪な面をした奴からどうしてこんな若者がと思ってしまう程に邪気のない顔をした精悍な男達が、1人ずつ鉄格子で隔てられた檻に繋がれている。
そしてその自分勝手な基準で見るならば、俺は正に後者に当たる男だった。
俺がこの独房に繋がれることになった罪状は、小さなパン切れを1つ盗んだこと。
俺は産まれたときからこの国に住んでいるから、どんな罪がどんな裁かれ方をするのかは大体知っている。
そして少なくとも3〜4年くらい前までは、こんな軽微な罪で牢屋に繋がれるなんてことは絶対に有り得なかった。
なのに・・・ここ数年、この国は何処かが変わってきているような気がする。
所詮一般庶民の俺には政治や城の内部情勢のことなど知る由もないのだが、それでも急に罪に対する罰則が厳しくなったり、王や王妃の外出が減ったりしたことは無関係ではないだろう。

カツン・・・カツン・・・
とその時、誰かが地下牢へ向かって降りてくる足音が聞こえた。
1時間に1回程度の衛兵の見回りはついさっき来たばかりだから、もしかしたら新しい罪人でも連れて来られたのかもしれない。
だがじっと息を殺して階段から聞こえてくる甲高い足音に耳を澄ませていると、やがてその暗がりから思いもかけなかった人物が姿を現す。
「お、王妃様・・・」
そしてぼそりとそう呟いた瞬間、途端に他の檻に入れられていた罪人達が喧しく騒ぎ始めていた。
「王妃様〜!ぼ、僕を出してください!」
「お、俺も!俺も出してくれぇ〜!」

一体何が起こっているんだ・・・?
つい昨日ここに入れられたばかりの俺にはさっぱりわからなかったが、もしかして王妃に釈放を懇願すればそれが受け入れられるとでもいうのだろうか?
「おい、教えてくれ。どうして皆あんなに必死になって騒いでいるんだ?」
どうしても疑問が拭い切れず、思わず隣の独房で疲れ切った体を横たえていた別の男に小声でそう訊ねてみる。
「週に1度、王妃様が我々の中から1人だけ選んで解放してくれるのさ」
「1人だけ・・・?」
「ああ・・・あいつらは先週も先々週もそれに漏れちまったからな。そろそろ必死なんだろうさ」
それもまたおかしな話だ。
どうせいずれは解放するというのに、軽罪で次々と男達ばかりを独房に繋ぐことに一体何の意味がある?
だがそんなことを考えている内に、大勢の男達を見回ってきた王妃がいよいよ俺の檻の前へとやってきていた。

「あらあなた・・・新顔かしら・・・?」
「あ・・・あ、ああ・・・」
それまでずっと沈黙を保っていたはずの王妃から突然声を掛けられて、一瞬ドキリと胸の鼓動が跳ね上がる。
いや・・・だがこれは、ひょっとして釈放されるチャンスなのだろうか?
俺は思わずおかしな返事を漏らしてからそれに気づいてしまったと思ったものの、王妃の方はそんなことなどまるで気にしていないという様子で静かに独房の前にしゃがみ込んでいた。
「ふふふ・・・なかなかよさそうね・・・」
「え・・・?」
あまりにも小さな声だったために王妃が何と言ったのかまでは上手く聞き取れなかったが、どうやら彼女の興味は完全に俺1人に対して注がれているらしい。

「あなたは、ここから出たいのかしら?」
「も、もちろんだ。誓って言うが、俺は断じて地下牢に繋がれるような大罪は・・・」
だがそこまで言ったその時、王妃がそっと自らの口に人差し指を当てる。
静かにしろということなのだろう。
「いいわよ・・・出してあげる。でも1つだけ、私の頼みを聞いてもらえないかしら・・・?」
「あ、ああ・・・ここから出られるんだったらどんな頼みでも聞くよ」
「そう、よかった・・・それじゃ夜にまたあなたを呼びに来るから、それまでもう少しここで待っていなさい」
王妃はそれだけ言うと、俺の返事も待たずにクルリと踵を返していた。
「あ・・・」
そしてまだ顔を見ていない他の独房の男達には一瞥もくれずに、薄暗い階段の上へと消えて行ってしまう。

「俺・・・助かるのか・・・?」
「ふふふふ・・・くっくっく・・・あんた、随分と運が良いみたいだな」
ポツリと呟いたその独り言に、隣の独房にいたさっきの男が押し殺した笑い声を上げる。
「何がそんなにおかしいんだ?」
「見ろよ、あいつらの顔・・・ありゃあもうあんたが羨ましくて羨ましくて仕方がないって顔だぜ」
そう言われてさっきまで盛大に騒ぎ立てていた他の男達に目を向けると、男の言う通り彼らから向けられた視線はこの上もない羨望の色に染まっていた。

「そう言うあんたは、王妃様に選ばれなくて落胆しているってわけじゃなさそうだな」
「なぁに、慌てるこたぁねぇさ。確かにここは薄暗くってせせこましいとこだが、食い物だけはマシだからな」
まぁ確かに日に2度ある食事は、罪人に与えるにしては割とまともな物が出されているような気がする。
一言で言えば、この地下牢は独房でありながらさほど居心地の悪さを感じないのだ。
「だからよ、俺ぁその時が来るまでゆっくりここで過ごすつもりなのさ」
「そうか・・・」
彼はそこまで言うと、そのまま間もなくして寝息を立て始めていた。
まあいい・・・あの王妃から一体何を頼まれるのか知らないが、今はとにかく夜を待つしかないだろう。
俺は隣の男に倣ってそっと冷たい壁際の床に体を横たえると、全く姿の見えぬ太陽が西の稜線に沈むまで静かに眠りにつくことにした。

カツン・・・カツン・・・
しんと静まり返った地下牢の中に、甲高い王妃の足音が再び響き渡る。
俺はその音で首尾よく目を覚ますと、徐々に牢の前へと近づいてくる王妃をじっと待ち続けていた。
そして・・・
カチャ・・・ギイイィィ・・・
王妃の手にしていた鍵で、鉄格子でできた扉があっけなく解き放たれる。
俺は寝起きの体をフラフラとよろめかせながらもゆっくりと持ち上げると、妖艶な表情を浮かべた王妃の手招きに誘われるようにして開かれた門を潜っていた。
「ふふ・・・さぁ、いらっしゃい・・・」
甘い囁きにも似たその王妃の声に、何だか体中の力が抜けていくような気がしてしまう。
だが何とか王妃の願いとやらを叶えようと足腰に力を入れると、俺は彼女の後について1歩1歩地上へと続く階段を上って行った。

「ここは・・・?」
王妃に連れられるがままに広い城内を歩き回った末、ようやく目的地と見える1つの部屋が見えてくる。
城の最上階にある燭台に照らされた廊下の奥にあったその部屋は、城の構造をよく知らないこの俺でも一目で寝室だということが見て取れた。
まさか王妃の願いというのは・・・夜のお相手・・・?
いや・・・いくらなんでも流石にそれはないだろう。
第一そんなことは王が黙ってはいないだろうし、ましてや今の俺は犯罪者として扱われている身だ。
一国の王妃ともあろう人が、わざわざ地下牢から引っ張ってきた男と一夜を過ごすことなどあるはずがない。

ギイィ・・・
だがそんな俺の疑問をよそに、重々しい音を立てて内開きの扉が開かれていく。
そして王妃とともに部屋の中に入ると、俺は部屋の中央に置かれた馬鹿でかいベッドに座るよう促されていた。
「そこに座りなさい・・・」
「あ・・・ああ、わかった」
ポフッという柔らかな音がして、腰かけたベッドが緩やかに沈み込む。
「それで・・・俺は一体何をすれば・・・?」
「ふふふふ・・・すぐにわかるわ。すぐにね・・・」
そう言いながら、彼女が着ていた服をその場に脱ぎ始める。
「お、王妃様・・・まさか・・・」
有り得ないとは思いながらも薄々想像していた通りの展開に、思わず王妃に向かって制止の声を掛けてしまう。
だがその瞬間、俺の視界は一面眩いばかりの白一色に塗り潰されていた。

ピカッ
「うあっ!」
まるで雷が落ちたのかと思った程の激しい閃光が、寝室の中を明るく照らし出す。
そしてようやく視界が元に戻った時、ついさっきまで王妃がいたはずの場所に全く予想だにしていなかったモノが突如として姿を現していた。
「う、うわああああ!!」
凄まじい恐怖に彩られた俺の悲鳴にゆっくりと眼を細めた巨大な紫色の雌龍が、幾重にもとぐろを巻いて眼前の獲物を睨め降ろしていたのだ。
「な・・・な、何だお前は・・・」
あまりの驚きに腰が抜けてしまい、ベッドから腰を上げることもままならない。
だが龍はその俺の言葉にクスクスとした哄笑を浮かべると、突然大きな顎を俺の前に突き出してきた。

「ひっ・・・!」
半開きになったその龍の口から鋭い牙の群れが覗いていて、一瞬食われるのかと思って咄嗟に身構えてしまう。
そしてベッドの上に倒れ込んだ俺の上に、紫色の鱗と白い皮膜に覆われた極太の龍の体がドスンと乗せられた。
そのずっしりとした龍尾に押し潰され、柔らかなベッドの上に腹部を縫いつけられてしまう。
「う、うぐ・・・ぅ・・・」
「クフフフフ・・・いくらあがいても無駄さ・・・妾から逃げられるとでも思うのかい・・・?」
やがてバタバタともがく俺の両腕をベッドの上に押し付けると、龍がねっとりとした老婆の声でそう囁いてきた。
「お、お前が・・・お前が王妃の正体なのか・・・?」
「そうさ・・・なかなか察しがいいじゃないか」
「い、いつからなんだ・・・?」
俺がそう言うと、龍がいささか驚きを含んだ視線を俺へと向ける。

「そんなに気になるのかい・・・?」
絶体絶命の窮地にもかかわらず妾のことを訊いてくるこの人間に、妾は少しだけ興味を抱いていた。
王妃と入れ替わってからこの3年間、実に百数十人もの男達をこの身の糧としてきたものだが、その全てがほぼ例外なく妾に捕えられただけで泣き叫んでは無益な命乞いを始める腑抜けどもばかりだったのだ。
なのにこの男は、これから自分が辿るであろう結末をもう既に悟っているらしい。
「ど、どうせ俺を食い殺すつもりなんだろ・・・?だったら・・・その前に教えてくれ」
「3年程前からさ・・・クフフ・・・王妃の生活っていうのも、なかなかやめられなくなっちまってねぇ・・・」
そう言いながら、荒々しく組み敷いた男の顔にペロリと分厚い舌を這わせてやる。
「何しろ毎週のように人間が味わえるんだからねぇ・・・願ったり叶ったりというところさ・・・クフフ・・・」
だが軽い脅しのつもりで言ったその言葉に、男は何故か納得の表情を浮かべていた。

「そうか・・・道理で国の様子が変わっちまったわけだ・・・王妃が、こんな化け物と摩り替ってたんだからな」
「クフフフ・・・妾を面と向かって化け物と呼ぶなんて、なかなか面白い男だねぇ・・・」
ドシッ・・・
妾はそう言うと、更にとぐろを一巻き男の上に重ねてその全身を広いベッドの上に押し付けていた。
「う・・・はぁ・・・」
巨大な蛇体に容赦なく押し潰された男の口から、息苦しげな喘ぎが漏れる。
だがそれでもなお、最早完全に無力と化したはずの男の顔に絶望の影は見当たらなかった。
両の手足を封じられて無防備となったその首や頭にはすぐにでも妾の牙が届くというのに、この不思議な余裕は一体どこからくるのだろうか・・・?
そんな妾の疑問の色を感じ取ったのか、男の方が先にその心中を口にする。

「何だ・・・あんた、俺が今までの獲物と違うっていう顔をしてるな・・・?」
「おやおや・・・人間に考えを見透かされちまったのは初めてだよ。お前は、妾が怖くはないのかい・・・?」
「怖いさ・・・本当はこうしてる今だって、必死に体が震えちまうのを我慢してるんだ。お前らが・・・」
その瞬間、男の顔に深い悲しみの伴った激しい憎悪が一瞬だけ顔を出す。
だがそれもすぐに消えると、彼は1つ大きな息をついて先を続けていた。
「俺の両親は・・・お前のような人間に化けるドラゴンどもに殺されたんだ・・・今から8年前にね・・・」
そう言ってそっと妾から視線を外した男の目に、苦い過去の溶け込んだ熱い雫がジワリと溢れ出す。
「それ以来、俺はずっと独りで生きてきたんだ。パン切れを盗んじまったのだって、それが苦しくて・・・」
「ふぅん・・・それでお前は、妾を憎んでいるのかい・・・?」
「お前には恨みなんてないよ・・・両親を殺したドラゴンどもはノーランドの兵士達が仇を討ってくれた」

そこまで言うと、どこにそんな力が残っていたのかすっかりベッドに縫い付けられて動けぬはずの男が妾の尾の下でギュッと拳を握り締める感触が伝わってくる。
「でも・・・俺はもうドラゴンどもに弱みを見せるつもりはない。たとえこのままお前に食われたって・・・」
成る程・・・つまりこの男は、妾の正体を知ったその瞬間にもう生き延びることを諦めたのだろう。
死に対する恐怖は、生きることへの渇望から生まれるもの。
最初から死を覚悟した者に、どんな苦痛や脅しも用を成すはずがなかったのだ。
だがこの男なら・・・或いは妾の伴侶としてはより相応しいのかも知れない。
あんな妾の顔色を窺ってばかりいる腰抜けの王などとよりも、もっと刺激的な生活ができるような気がするのだ。

「でも・・・お前も本当は助かりたいんだろう・・・?」
その龍の言葉には、どこかさっきまでとは違う雰囲気があった。
生を求めて無駄なあがきに懸命になる無様な獲物を嘲るような口調から、まるで俺の心を覗き込むような静かで落ち着いた声へと変わったのだ。
「・・・・・・ああ・・・」
思いの内を吐き出した俺は全身の力を抜いて眼前の龍に体を預けると、虚空を見つめながらそう返事を返した。
「もしお前にその意思があるなら・・・助けてやるよ」
「ほ、本当か?」
「もちろんさ・・・ただその時は・・・一生妾の傍にいてもらうことになるけれどねぇ・・・」
一生こいつの傍に・・・?一体どういう意味だ・・・?
いや・・・そんなことはどうでもいい。
決して表に出すつもりはないが、生きる望みがあるのならそれに縋りたいのは誰でも同じだ。

「どうすればいいんだ・・・?」
「クフフフ・・・お前も所詮は人の子さね・・・なぁに、簡単なこと・・・朝まで生きていればいいだけさ」
朝まで生きていること・・・?
それじゃあこの龍には、当面俺を殺すつもりはないということなのだろうか・・・?
だがその時、どこからともなくクチュリという小さな水音が聞こえてきた。
「でもお前を食い殺す代わりに・・・クフフ・・・こちらの方をたっぷりと頂くことにするさね・・・」
俺はその言葉を聞いて、初めてこの雌龍の目的を理解していた。

やがてゴクリと息を呑んだ俺の下半身に雌龍が体を揺らす感触が伝わってくると、股間の辺りに何か先の尖った物が数本押し当てられる。
これは・・・こいつの脚の爪だろうか・・・?
ビ・・・ブチッ・・・ビリリリッ
だが次の瞬間、雌龍はその脚で下に履いていた俺の服を鷲掴みにすると力任せにそれを引き千切っていた。
「うああっ・・・な、何を・・・」
激しい衝撃の割に大した痛みは感じなかったものの、その凄まじい龍の膂力の前に恐怖で体が震えてしまう。
そして散り散りの布切れと化した服の残骸をポイッとベッドの外に投げ捨てると、破れた服の間から顔を覗かせた俺のペニスに体をうねらせた雌龍の秘所がぬらりと滑り込んできた。

ヌル・・・ニュルル・・・
「くっ・・・あっ・・・こ、これ・・・は・・・」
ペニスを押し付けられた淫唇がまるで喜んでいるかのようにペロリとその先端を舐め上げ、ジュクジュクと煮立った熱い粘液がたっぷりと敏感な部分に塗り込められる。
その極上の媚薬のような雌龍の愛液がペニスの先端を覆った途端に、俺はそれまで小さく縮み上がっていた雄槍がムクムクと急速な成長を遂げていく感触を味わっていた。
「想像以上の心地良さだろう・・・?そぉら・・・もっともっと、たっぷりと味わわせてやるさね・・・」
「う・・・ふ・・・くあぁっ・・・」
そしてそう言いながら、雌龍が未知の快楽に仰け反って悶えている俺の顔を眺め回す。
「でもこの程度で音を上げているようじゃ、妾の中なんて到底耐え切れないよぉ・・・」
だがそんな脅し文句などわざわざ言われなくとも、ペニスの先端が触れているその秘裂の中が一体どれほどの威力を持っているのかはその片鱗を味わっている俺が1番よくわかっていた。
雌龍がもうほんの少し体を捻れば、固くしこった俺の雄槍がいとも容易くその熱い坩堝を貫くことだろう。
自力ではどうすることもできずに両手を力一杯握り締めながら、俺はやがて訪れるであろうその瞬間をじっと待ち続けていた。

「なかなか我慢強いじゃないか・・・あの男なら、今頃はとっくに妾に泣き付いている頃だろうにねぇ・・・」
あの男・・・?もしかして、王のことを言っているのだろうか・・・?
もしそうだとすれば、王もまた毎夜のようにこの恐ろしい妃に弄ばれながらもその秘密を誰にも打ち明けられないままこの数年間を過ごしてきたのだろう。
立場上王妃を遠ざけることのできない王にとって、秘密の漏洩は即座に死に直結するはずだ。
だがふとそんな思いに耽っていたのも束の間、雌龍はいつの間にかその両手を自らのとぐろの隙間に差し込んでいた。
そしてその鋭くも冷たい爪先が、衣服の上から俺の両の乳首に添えられる。

「クフフ・・・さぁて・・・そろそろお前のモノを搾らせてもらうとするよ・・・」
「あ・・・ああ・・・」
クリクリと胸の蕾を軽く弄ばれる快感に顔を歪めながらも、俺はキッと龍の顔を見返しながらそう返事を返した。
その眼前で、雌龍がククッと不気味な笑みを浮かべていく。
ズ・・・ジュブ・・・ニュブ・・・グブブブ・・・
「はぁっ・・・あぅ・・・ぐ・・・くは・・・」
その瞬間、何の予兆もなしにいきり立った俺の肉棒が燃え上がる柔肉の海へと沈められていった。
蕩けた肉壺がペニスを扱き下ろすその挿入の刺激に、背筋がビクンと跳ね上がる。
そして抵抗する間も無く根元まで丸呑みにされた肉棒の根元がキュッときつく締め上げられると、いよいよ雌龍が捕らえた獲物を嬲り尽そうとその巨体を躍らせていた。

ギュッ!グチュッ!ヌチャ・・・グギュゥ・・・!
「うあああ・・・こ、こんな・・・あ・・・はあぁぁ・・・」
ペニスを激しく吸い上げられては膣を満たした熱い愛液と肉襞に勢いよく揉み潰され、俺の精を根こそぎ搾り取ろうと雌の野性が暴れ狂う。
入れているだけでも果ててしまうのではないかと思える程の熱い肉洞が、まるでそれ自体意思を持った別の生き物のように捕らえた雄をしゃぶり尽していた。
「ほぉら・・・とどめだよぉ・・・」
クリクリ・・・ギチュ・・・ヌチュウウウゥ・・・
だ、だめだ・・・こ、こんなの・・・人間に耐えられるわけない・・・!
「あ・・・わ・・・うあああああああ・・・!」
ドク・・・ビュビュビュ〜〜・・・
爪先で乳首を転がされるこそばゆい快感と本当にペニスがペシャンコされてしまうのではないかと思える程の激しい圧搾を同時に叩き込まれ、俺はついに雌龍の前で屈服の嬌声を迸らせながら熱い精を搾り取られていた。

グブ・・・グシュ・・・
「かは・・・ふあぁっ・・・」
辛うじて尿道に留まった精の残滓までもを啜り上げようというのか、射精の刺激に痙攣しているペニスがなおも力強く揉み上げられる。
その容赦のない雌龍の蹂躙に、俺はロクにもがくこともできぬまま弱々しく首を振って息を吐き出していた。
快楽に弛緩した体に鱗を纏った蛇体の重量がメシメシという音とともに預けられ、ベッドの底が抜けてしまうのではないか思う程に柔らかな褥の中へと塗り込められてしまう。
ピュッ・・・ピュルッ
「うっあっ・・・あぁ・・・」
そして勢いよく肉棒を扱き上げた肉襞の波とともに尿道に残っていた数滴の精が搾り出されると、龍が酷く憔悴した俺の頬を満足げに舐め回していた。
「クフフフ・・・可愛い顔だね・・・まるで屈辱が滲み出しているようじゃないか・・・ええ・・・?」
「うぅ・・・く、くそ・・・」

かつてこの龍の餌食となった数多の男達も、きっとこうしてジワジワと嬲り尽くされては深い絶望と耐え難い恥辱に塗れて命を落としていったのだろう。
もしこんな責苦を朝まで続けられたとしたら、たとえ死ななかったにしてもまず正気は保っていられそうにない。
それに・・・これ以上体の力が抜けたらこの龍の巨体にペシャンコに押し潰されてしまいそうだ。
両の手足はもうどこもすっかりと余すところなく暖かい尾の下敷きにされていて、何とか自力で動かすことができるのはベッドととぐろの間から僅かに飛び出している頭だけ・・・
しかも胸の上へと載せられた龍の胴体はまるで俺の胸骨を残らず圧し折らんとばかりに肺を圧迫し、それでいて敏感な乳首を弄ぶ龍の腕を巧みに避けながら呼吸とともにゆっくりと上下している。

「ほ、本当に俺を助けるつもりがあるのか・・・?」
「さぁねぇ・・・流石の妾も、一旦燃え上っちまったら獲物に加減なんてできやしないのさ・・・」
「お、おいっ・・・そ、それじゃ約束・・・が・・・あっ・・・」
そう言い掛けた途端に胸にかけられた龍の体重が少しだけ増し、詰まった息が抗議の語尾を切り落とす。
「お黙り・・・夜が明けるまではお前も妾の生贄・・・力尽きたが最期、妾の糧になるだけなんだからね・・・」
「そ、そんな・・・」
「クフフフフ・・・随分と饒舌になってきた所を見ると、そろそろ続きを再開してもいいのかい・・・?」
もう既に精も根も尽き果てかけた俺へ更なる追い打ちをかけるように、ニヤついた紫龍がベロリと大きな舌舐めずりをする。
もしこの龍が先程俺に言った救いの言葉を今までの生贄とやら全員に掛けていたとしたなら、憐れな犠牲者達は皆その到底叶うべくもない希望に縋ったまま無残な死を迎えていったことだろう。
だがたとえこの溢れんばかりの嗜虐心を剥き出しにする雌龍の言葉がどれほど信じ難いものであったとしても、俺にはもう風前の灯火となった命の炎を踏み消されぬよう必死に死守する以外道はないのだ。

クチュ・・・ニュブ・・・
やがて微かに聞こえ始めた淫らな音が、1度は過ぎ去ったはずの快楽の嵐が再び吹き返し始めたことを告げる。
「あはっ・・・は・・・はぁ・・・」
俺は今にも潰れてしまいそうな肺に辛うじてハッハッという短い息を吸い込みながら、股間に叩き付けられる甘すぎる暴力に必死に抗っていた。
何よりも恐ろしいのは、この雌龍に俺に対する殺意が全くないということだ。
完全に欲情し切っている今のこいつは、ただ自らの本能の求めるままに身をくねらせながら腹下に捻じ伏せた雄からその精を奪おうとしているだけに過ぎないのだろう。
だが同じドラゴンが相手であるならいざ知らず、脆弱な体と薄弱な心しか持たぬ小さな人間がその巨大な体躯から発散される激しい欲求の捌け口にされて無事で済むはずがない。

グシュッ・・・ジュル・・・ジュルル・・・
「うあっ・・・あがああぁ・・・」
「クフ・・・クフフフ・・・なんていい声なんだろうねぇ・・・そぉら、もっと盛大に出しな・・・!」
クチュクチュクチュクチュクチュクチュ・・・
「・・・・・・っ・・・!」
やがて早くも底をつきそうな薄い白濁が雄槍の先端からピュッと小さな雫を飛ばしたその直後、トロトロに蕩けた極上の膣壁が限界一杯まで張り詰めた俺の怒張を勢いよく摩り下ろす。
そしてその想像を絶するあまりの気持ちよさにほんの一言の声も上げることができないまま肉体と意識を繋ぐ糸をぷっつりと断ち切られ、俺はようやく雌龍の支配する苛烈な快楽の泥沼から引き上げられていった。

ズ・・・プツ・・・
「う・・・あっ・・・い、痛・・・」
「ほら、さっさと起きな・・・一体いつまで寝てるつもりだい・・・?」
突然喉元に感じた鈍い痛みに驚いて目を覚ますと、俺の喉元に鋭く尖った龍の爪先が押し付けられていた。
そして危うく永遠の眠りにつかされそうだった俺が恐る恐るゴクリと唾を飲み込むと、ようやくその切っ先が取り除かれる。
咄嗟に辺りを見渡すと既に夜明けを迎えていたようで、寝室の大窓から差し込む明るい朝日が部屋中を爽やかに照らし出していた。
気を失う直前まで俺を下敷きにしていた幾重もの重い龍尾は既に退けられていて、どこから取り出してきたのかほとんど全裸に近い体が冷えぬように暖かい毛布まで掛けられている。
そして広大なベッドの中央で眠る俺をグルリと取り囲むように、龍がその長い体を器用に積み重ねていた。

「お、俺は・・・助かったのか・・・?」
つい数分前の意識が記憶していたのとはあまりに違うその光景に、思わずそんな馬鹿げたことを訊いてしまう。
「クフフ・・・助かったと思うかどうかはお前次第さ・・・そら、さっさと服を着な」
そう言われた俺の毛布の上に、龍がひょいっと豪華な装飾の施された男性用の服を放り投げる。
「何だこれ・・・これを着ろっていうのか?」
「何さ・・・嫌なのかい・・・?」
俺はふとその服の本来の持ち主について考えを巡らせようとしたものの、妖しく細められた雌龍の鋭い眼差しに恐れを成して素直に従うことにした。
折角命が助かったのだから、今またこいつを挑発するような真似はすべきではないだろう。
そして意外な程にピッタリとサイズの合った上下の皇族衣装を身に付けると、俺は再び龍から下されるであろう次の命令を静かに待っていた。


「うう〜ん・・・」
誰にも見られていないのをいいことに、私は寝室へと続く廊下を歩きながら大きく背を伸ばしていた。
昨晩は実に心地よい、そして深い深い眠りについたものだった。
まぁこの3年間ぐっすり眠れる日はたったの週に1度だけという過酷な生活を送っているのだから、貴重な休みによく眠れないことの方がどうかしているというべきなのだが・・・
そんなことを考えながら角を曲がると、やがてその突き当たりに例の寝室が見えてくる。
昨夜は、一体どんな男があの怪物の餌食になったのだろうか?
きっと残酷さを露わにした雌龍に想像するのも恐ろしい責苦を味わわされては、無残に泣き叫びながら暗い腹の底へと呑まれていったのに違いない。
生贄候補として今も地下牢に捕えられている男達には気の毒なことをしたと思ってはいるものの、彼らの命が私の束の間の安息を支えているのだと思うとその憐憫が感謝の念へと摩り替わってしまう。
そしてようやく寝室の重い扉へと手が掛かると、私はいつもの儀式のように大きく息を呑んでいた。

ギイイィ・・・
軋んだ扉が開く音とともに、部屋の中の光景が少しづつ切り取られて視界の中に飛び込んでくる。
そしてその途中ベッドの上で静かに佇んでいた雌龍の姿を目にして、私は思わずビクリと体を震わせた。
「ど、どうした・・・まだ準備ができていないのか・・・?」
いつもの龍ならとっくに妃の姿に化けては姿見の前で紫色の髪をせっせと黒く染め上げている頃のはずだ。
来る時間を誤ったのだろうか・・・?
「ああ、そうさ・・・生憎、まだ1つだけやることが残っていてねぇ・・・」
雌龍はそう言うと、その長い尾の先を音もなくそっと私の方へと伸ばしてきた。
そのいつもとは違う雌龍の様子に一瞬本能的な身の危険を感じたものの、そうかといって逃げるわけにもいかずされるがままその屈強なとぐろの中へと誘われてしまう。
だが本当はその時・・・私は何が何でもその場から逃げ出すべきだったのだ。

ややあって、カタン・・・という耳慣れない物音が私の背後から聞こえてくる。
一瞬衛兵か誰かが何用かあって寝室に入ってこようとしたのかとも思ったが、龍のとぐろに巻かれたまま背後を振り向いた私の目に飛び込んできたのはもっと予想外のものだった。
「だ、誰だ!?」
今まで内開きの扉の陰にでも隠れていたのか、見たところ私と大して歳の変わらぬ若者がふらりと立っている。
だが何よりも私の目を引いたのは、その男が煌びやかな皇族衣装を纏っていたことだった。
「あの男は・・・昨夜の生贄か・・・?一体どういうことだ?」
突然の闖入者にもかかわらず雌龍が全く慌てたような反応を見せていないことを考えれば、昨晩この怪物と共に過ごした人間なのだと考えるのが自然というものだろう。
「クフフフ・・・お前は相変わらず鈍い人間だねぇ・・・」
楽しんでいるのか呆れているのか、私に逃げられぬように手足を絡め取った龍の顔が微かに綻ぶ。

「お前にはもう愛想が尽きたのさ。その男の方が、似非の王を気取ってるお前なんかよりずっと骨があるしねぇ」
「ふ、ふざけるな!あの男は生贄だろう?生かしておけばお前の正体も皆に知られることになるんだぞ!」
「おやおや・・・まだわからないのかい・・・」
そう言うと、雌龍が王に巻き付けた自らの尾を軽く引き絞った。
ギュッという音とともに寝間着姿の体が締め上げられ、こちらを向いた王の顔に苦しげな表情が浮かぶ。
「う・・・あ・・・ま、まさか・・・よ、よせぇ・・・」
まるで巨大な紫色の寝袋に収まっているかのように、王は不気味に嗤う雌龍の下で必死でもがき続けていた。
だがやがてその抵抗が無意味であることを悟ったのか、暴れるのを止めた憐れな獲物が恐怖に震え始める。
それを見届けると、龍がとぐろの端々から覗く王の寝間着をその鋭い爪で引き裂いていった。
パラパラと細かな布切れが辺りに舞い、まだ辛うじて威厳を保っていた王が全てを剥ぎ取られていく。
そして・・・皮むきを終えた食事を前にした龍がガバッという音とともに大きくその顎を開けていた。

「う、うわああああ・・・!」
やがて龍がとぐろから突き出していた王の上半身をパクリと咥えた瞬間、凄まじい恐怖に彩られた悲鳴が上がる。
そしてその首に長い舌をクルリと巻き付けると、驚くべきことに龍がベッドに寄りかかったまま王を捕らえているとぐろの方を頭上へと持ち上げていた。
15メートルもの長大な巨龍の体重が全て大きなベッドへと預けられ、メキメキという軋みが王の悲鳴と重なって寝室中に響き渡る。
「や、やめろ・・・やめてくれぇ・・・わあああぁぁ・・・」
俺の眼前で、稀に見る龍の捕食の光景が展開されていた。
すっぽりと肩口まで龍の口内へと押し込まれてしまった王が、今度はとぐろの上から突き出した両足をバタバタと暴れさせている。
だが龍の方は何ら表情を変えることもなく、一巻き、また一巻きととぐろを解きながら王を呑み込んでいった。

あ、熱い・・・誰か・・・助けて・・・
舌と顎と尾の巧みな締め付けに、私は成す術もなく龍の口内へと押し込められてしまっていた。
力強く蠢く舌で熱湯のように煮え滾る唾液を全身へと余すところなく塗りたくられ、ジンジンとした不思議な痺れが私のあらゆる感覚を少しずつ奪っていく。
そして足の方からバクンという顎の閉じられた音が聞こえてくると、私はついに逃れようのない完全な闇の中へと囚われてしまっていた。
ズルッ、ズルッとぬめる食道を少しずつ滑り落ちるうちに、次第に死の恐怖すらもが薄れていってしまう。
皮膚の灼けるような粘液が痛みとも快感ともつかない奇妙な感覚を呼び覚まし、ゆったりとした龍の脈動と早鐘のように打ち続ける私の鼓動が静寂の中で不規則な旋律を奏でていた。
早く意識を失いたいと思っても龍の呼吸とともに腹の中にも幾分か新鮮な酸素が送られてくるらしく、ただただいつ果てるとも知れぬ闇に覆われた狭い肉洞の中を飲み下されていくばかり・・・

「クフフフフ・・・」
あっという間に人間1人をペロリと呑み込んだ龍が、満足げな顔で俺を眺め下ろしていた。
そのただでさえも太い胴体の一部はまるで大きな獲物を丸呑みにした大蛇のように不自然に膨れていて、今もなお俺の代わりに生贄となった王がその腹の底に向かって落ちていく様が見て取れる。
まだ息があるのか時折その膨らみがもぞもぞと小さく揺れ動くものの、それは寧ろ王にとっては不運なことだったに違いない。
何故なら、彼はこれから数時間もの長い時間を掛けてじわじわと溶かされていく恐怖を、一条の光も差し込んでこない完全な闇の中で味わい続けることになるのだ。
だがこれで・・・この国は一体どうなってしまうというのだろうか?
「お、王を殺しちまって・・・大丈夫なのか・・・?」
「なぁに・・・お前が次の王になるのさ。妾が一体何のために、お前にその服を着せたと思っているんだい?」
「なっ・・・」
やがてあっさりと言い放たれたその雌龍の言葉に、俺は初めてあの時言われたことの意味を理解していた。

「俺に一生傍にいてもらうっていうのは・・・こう言うことだったんだな・・・」
だがそうは言っても、いきなり王が変わるなどということが民衆に受け入れられるのだろうか・・・?
この雌龍が一体どんな企みを抱いているのかは知らないが、少なくともそうすんなり事が運ぶとは思えない。
「お前は黙って妾の言うことを聞いていればいいのさ・・・逆らえばどうなるか・・・わかるだろう・・・?」
そう言いながら、龍がもう腹の中程まで移動した不気味な膨らみをその手で摩る。
まあ・・・1歩間違えば今頃は俺があの暗い腹の中で喘ぎながら死を待っていたのだと考えれば、王妃に化けた雌龍の傀儡として生かされている方がまだマシというものなのだろう。
「それで・・・俺はどうすればいいんだ?言っておくが、俺は政治のことなんて何も知らないんだぞ?」
「妾が教えてやるよ・・・クフフフ・・・もう3年もこの国を治めてきたんだ・・・簡単なものさ・・・」
まさか俺がこの国の王になってこんな雌龍から人間の国の政治を教わることになるとは・・・
それはそれで人間の俺としては複雑な気分なのだが、それよりももっと重大な疑問がふと頭をもたげてしまう。

「でもそれって・・・俺・・・必要なのか?」
「必要さ・・・お前がいなかったら、妾は毎晩一体誰から搾り取ればいいと言うんだい・・・?」
「ああ、そうか・・・あんたにとって必要だってことなんだな」
思わず諦め顔でそう漏らしたその瞬間、長い龍の尾が不意に俺の体へクルリと巻き付けられる。
そしてグイッと力任せにベッドの上へと引き寄せられると、俺は白い皮膜に覆われた龍の腹に寄りかかるようにしてその顔を見上げさせられていた。
「自惚れるでないよ・・・お前の代わりなんて、そこらにいくらでもいるんだからねぇ・・・」
ベロリという音とともに分厚い舌で頬を舐め上げられ、そのザラザラとした熱い感触が俺の心を縛ろうと恐怖という名の鎖を持ち上げる。

だがここで負けてしまっては、結局いつかはあの王と同じように見限られて食われてしまうのに違いない。
俺は歯を食い縛って今にも消えてしまいそうだった精一杯の勇気を掻き集めると、勝ち誇ったかのように笑っている雌龍に一矢報いるべく声を絞り出した。
「へっ・・・そ、そういうあんただって、もし周りに正体がバレた時は俺が直々に引導を渡してやるからな」
「おやおや・・・この妾に向かって、また随分と生意気な口をきいてくれるじゃないか・・・」
その言葉とともに、俺の体を巻き取った龍の尾が少しだけきつく締められる。
「うっ・・・」
「クフフ・・・だけど、妾はお前のそういう所が気に入ったのさね・・・」
そう言ってもう1度俺の頬を舐め上げた雌龍の仕草に、俺は少しだけ心を落ち着けていた。


王が行方不明になったという噂は、その日の内にまるで山火事の如く国中へと広がった。
もちろん、情報の出所があの王妃であったことは言うまでもないだろう。
俺はその王妃から騒ぎが収まるまでのしばらく間、前王の書斎で暮らすようにと言い渡されていた。
ここには既に前王の捜索の手が入っていたため、たとえ1日中篭っていても時折俺の様子を見に来る王妃以外にやってくる者はいないのだ。
今は国中が蜂の巣を突いたような騒ぎになっているのだろうが、やがて民衆の関心も王の後継者の話題へと切り替わっていくに違いない。
そうしていざ誰か新たな王を立てねばならないとなった時、最も発言力が大きいのは他でもないあの王妃だ。
彼女はその席で、俺をこの国の王として民衆に認めさせようと考えているのだろう。
全く・・・冷静になって考えれば余りに荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい計画だが、どうにも状況を窺っている限りでは情けないことにあの怪物の思惑通りになってしまいそうな雰囲気がある。
いかに小国とはいえ仮にも国の中枢で働いてきた城の人間達までもがたった1匹の老獪な雌龍に手玉に取られているのだから、案外彼女の言う通り国を治めることなど造作もないことなのかも知れない。
ぼーっとした頭でそんなことを考えながら、俺は書斎の窓から覗く城下町の様子におぼろげな意識を傾けていた。

かくして前王の失踪から2週間後、王妃の希望により1人の男が新たな国の指導者として国民に紹介された。
前王と同じくまだ年若いその男に民衆は初め様々な疑惑や好奇の目を向けることになるだろうが、所詮王族や城内の事情など一般庶民には手の届かぬ話。
やがては彼らの関心も、またとりとめのない日常へと戻っていくことだろう。
そして夕焼けに染まる大きな城の中では、どことなく落ち着かぬ様子で玉座に身を預ける王に美しい黒髪を揺らす王妃がそっと寄り添っていた。
「本当に・・・これでいいのか?」
やがて不安げな面持ちで、王が傍らの王妃にそう問い掛ける。
それを聞くと、王妃は周囲を見回して誰もいないことを確認してから新たな夫の耳元に口を近づけた。

「クフフフ・・・そんなことより、お前は今夜の心配でもしていた方がいいんじゃないのかい・・・?」
「今夜・・・?どうして?」
今夜・・・一体何があるというのだろうか?
「なぁに・・・この2週間、妾も贄を取らずに随分と飢えちまってたからねぇ・・・今夜は覚悟おしよ・・・」
「あ、ああ・・・そういうことか・・・」
今晩閨の中で味わわされるであろうその容赦のない龍妃の宴に不安と期待の入り混じった息を呑む俺の隣で、王妃がその顔にねっとりと絡み付くかのような妖艶な笑みを浮かべて佇んでいた。

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