もはやジャングルと呼んでも差し支えのない険しい森の中を、俺は息を殺しながらゆっくりと進んでいた。
一生遊んで暮らせるほどの大金が手に入るという、稀少なドラゴンの卵を盗み出すためだ。
ドラゴンは年中卵を産むことができるが、中でもこの季節になると産卵が活発になる。
森の中には産んだばかりの卵を守る雌のドラゴンや、卵を狙って、あるいは肉欲を満たすために産卵後の弱った雌ドラゴンを襲う雄のドラゴンが出没することがあるという。

正直俺は武器を取ってドラゴンと戦えるような人間ではない。
それどころか虎やなんかの猛獣に出遭っただけでも一目散に逃げ出すことだろう。
だが、こっそり目的の物を盗んでくるというのなら話は別だ。
薄暗い木々のトンネルの中を進んでいくと、大きな木の根元にドラゴンの卵が5個産み落とされていて、そのそばに真っ黒い色をした母親のドラゴンがぐったりと蹲って眠っていた。
卵を守ることに疲れたのだろうか?何にせよ、滅多にないチャンスだ。
俺はドラゴンから死角になるようにそっと木の陰に回り込むと、その木の根元にあった赤い色の卵をゆっくりと拾い上げた。
ボウリングの球大の卵は大きさの割にずっしりと重く、孵化が近いのか卵の中でドラゴンの子供が動いた気がした。
後はこっそりこの場を離れればいいだけだ。大抵こういうときは小枝をペキッと踏んじまったりしてドラゴンに見つかるってのがベタなオチだが、俺はそんなに間抜けじゃない。
辺りに注意を払いながら、大きな岩の陰に一旦身を隠す。
一息ついて再び移動しようとした時、何か物音が聞こえた。
辺りを窺うと、緑色の鱗に覆われた雄のドラゴンが先程の黒いドラゴンの方へ向かっていくのが見えた。
そして、眠っていた雌のドラゴンを無理矢理地面にひっくり返して押し倒すと、その上に跨った。
「うわぁ・・・」
その様子を、俺は驚きのあまり口を半開きにしたまま見つめていた。
血気盛んといった印象を受ける若い雄のドラゴンに比べて、雌のドラゴンには長い年月を重ねてきた落ちつきと威厳が備わっていたが、彼女は仰向けにされたままほとんど無抵抗だった。
その股間に広がる真っ赤な膣の中に雄ドラゴンのいきり立った巨根が捻じ込まれ、ジュブッという湿った音が辺りに響く。

「アグガァッ!」
だが次の瞬間、雄のドラゴンが悲鳴を上げていた。
「よりによってこの私に襲いかかってくるとは・・・身の程知らずめが!」
黒いドラゴンがそう言い放つと、雄のドラゴンがさらに身悶える。
膣の奥深くまで突き刺さった雄ドラゴンの巨大な肉棒が、愛液をたっぷり含んだ肉襞の強烈な締めつけと愛撫に弄ばれていた。
「ア、アガッ・・・グアァッ!」
いつのまにか黒いドラゴンが起き上がり、雄のドラゴンがその下に組敷かれている。
黒いドラゴンの腰が前後に動く度に、無謀な戦いを挑んだ若いドラゴンが激しくのたうち回った。
ブシュっという音が辺りに響き、大量の精が肉棒から発射される。
ジュリジュリジュリジュリッ
射精中の快感に震える雄の肉棒を肉襞が根元から先端まで激しく、そして執拗にしゃぶり尽くした。
「ガ・・・アガガガ・・・」
抵抗する気力を根こそぎ剥ぎ取られ、雄のドラゴンが激し過ぎる快楽にピクピクと痙攣する。
「これでとどめだ」
グシャッと膣が収縮すると、精を搾り尽くされて燃え尽きた肉棒がひとたまりもなく押し潰された。
「ウ・・・グ・・・」
雄ドラゴンは顔に快感と苦痛がないまぜになった表情を浮かべたかと思うと、ガクッと力尽きて湿った地面の上に倒れ込んだ。

「め、めちゃくちゃ狂暴じゃねーか・・・」
雄のドラゴンは余りに度を越えた快楽と苦痛に、大きく口を開けたまま仰け反るようにして息絶えていた。
ぺしゃんこに押し潰された肉棒をズリュッと膣から引き抜くと、黒いドラゴンがフンと鼻息をついて再び蹲る。
あんなのに万が一見つかったら・・・いや、やめよう。想像するのも恐ろしい。
さっさと卵を持ってここから離れたほうがいいな・・・

だが、先程見た光景が目に焼き付いていて、俺は知らず知らずのうちに膝が震えていた。
ドラゴンに背を向けるのが躊躇われ、卵を抱えたまま数歩後ずさる。
ペキッ
「!!」
あれほど注意していたつもりだったのに、足元を確認せずに後ろに下がった拍子に思わず小枝を踏み折ってしまう。
その不穏な音に気付いて、ドラゴンがこちらを振り返った。
「あ・・・」
言い逃れできない程しっかりと卵を腹に抱えた状態のまま、ドラゴンと目が合った。
途端にドラゴンの眼に怒気が宿る。
「貴様、そこで何をしているのだ?」
ああ、どうしよう・・・足が震えて・・・とても逃げられそうにない・・・
そ、そうだ、卵を返したら見逃してもらえたって話を誰かに聞いたことが・・・
頭の中で、一縷の希望と若いドラゴンに何の躊躇もなく冷酷にとどめをさした黒いドラゴンの残虐さが秤にかけられる。
「そこで何をしているのかと聞いておるのだ!」
「ひっ!」
ゴォッと空気が震えるほどのドラゴンの迫力に、俺は思わず後ろに転んで尻餅をついた。そして・・・
パキャッ
手に持っていた重い卵を思わず取り落としてしまった。
湿った砂の上に突き出していた石に直撃して、卵が砕ける。
割れた卵の中からまだ未発達のドラゴンの子供が顔を出し、数秒の間フラフラと砂の上を這い回ったかと思うと、クッと息を引き取った。

その一部始終を、俺だけでなくドラゴンまでもが呆然と眺めていた。
「あ・・・あは・・・あはははは・・・」
目の前の全てが崩れていく絶望感に、思わず乾いた笑いがこみ上げてくる。
もうだめだ・・・卵を返して助かった人の話はたまに聞くが、ドラゴンの目の前で卵を割って助かった人なんて聞いたことがない。
その証拠に、ドラゴンの黄色い瞳に背筋が凍りつくような冷たい殺気が含まれていた。
「貴様・・・自分が今何をしたかわかっておるのだろうな?」
子供を殺されて怒り狂うのかと思ったが、ドラゴンは射抜くような視線で俺を睨み付けたまま押し殺した声を絞り出した。
無理矢理押さえつけられているであろう怒りが今にも爆発しそうで、恐怖に全身が痺れる。
と、とにかく逃げなくては・・・
俺はロクに動かない手で地面を掻くと、ゆっくりとドラゴンから離れようとした。
だが、それを見たドラゴンは弾かれたように猛然とこちらに向かって突進してきた。
「う、うわあああああ!」
完全なパニックに陥り、視界がぼやけて息が詰まる。その数瞬後、俺は黒いドラゴンに組敷かれていた。
がっちりと手で肩を押さえつけられ、足の先に尻尾を絡み付けられる。もう逃げられない・・・
俺の顔を覗き込んだドラゴンの大きく見開かれた眼に、我が子を殺した憎き人間をどうやって処刑してやろうかという算段が巡らされているのが見て取れた。

「う・・・あ・・・た、助けて・・・」
体を捩ってドラゴンから逃れようとするが、巨体に押さえつけられた肩はピクリとも動かず、強靭な尻尾に巻き付かれた足がさらに締めつけられる。
「許さぬ・・・絶対に許さぬぞ・・・」
激しく憤っているのは確かだが、あくまで冷静さを保とうとしているのが逆に恐ろしかった。
恐怖に怯えた目でドラゴンを凝視していると、ドラゴンは鋭く並んだ大きな牙を俺の首筋にあてがった。
「あ・・・あ・・・」
ほんの少しドラゴンが顎を閉じれば、あっけなく首が噛み砕かれてしまうだろう。
たっぷり間を持たせて俺に恐怖を味わわせた後、ドラゴンは口を離して言った。
「貴様を食い殺すのはいつでもできるが、それでは私の怒りは収まらぬ!」
ビリッビリビリッ
言い終わるか終わらないかの内に、ドラゴンは俺の着ていた服を全て鉤爪で引き千切ってしまった。
一瞬八つ裂きにされるのかと思って目を閉じる。

あっという間に、俺は素っ裸にされていた。恐怖に限界まで縮んだペニスがペタッと倒れている。
「貴様にはあそこに倒れている若造と同じ運命を辿らせてやる」
若造というのがあの雄のドラゴンだということに気付き、俺はサッと血の気が引くのがわかった。
反射的に首を起こしてペニスを確認すると、先程1匹のドラゴンの命を奪った危険な膣が、今まさに俺のペニスに食らいつこうとしているところだった。
「うわああ!や、やめてくれぇ!」
ロクに声も上げられずに悶え死んでいった雄のドラゴンの苦悶の表情が頭を過ぎる。
パクッグチュグチュッ
「はうっ・・・」
左右に広がった真っ赤な花びらがペニスを押し包むと、そのまま根元まで飲み込むように吸い上げる。
「ククク・・・文字通り死ぬほどの苦しみを味わわせてくれる・・・」
「あ、あが・・・う、ぐ、あああっ!」
膣の中に入れているだけで快感にペニスが膨らんでしまう。
肉壁がペニスに擦り付けられる度に感電したかのように全身に衝撃が走り、肉襞がペニスをしゃくりあげる度に抵抗する気力がごっそり削り取られていく。
両手を固く握り締めてその快感を飛び越えた刺激に耐えようとしたが、肉襞が軽くペニスをしゃぶっただけでそんな抵抗は打ち砕かれた。
「か・・・あぐ・・・あっ・・・」
「声も出せぬほど苦しいか?・・・だが我が子を殺された私の苦しみはそんなものではないぞ!」
膣が収縮してペニスがミシャッと軽く押し潰されると、一瞬にして射精感がこみ上げてきた。
この状態で射精したら確実に悶絶死させられてしまう。
「く・・・くぅ・・・」
必死に射精を堪える俺の様子を見ながら、ドラゴンが時折弄ぶように肉襞を躍らせる。
「う・・・ひ・・・い、いやだぁ・・・」
激しく首を振って射精を拒絶するが、断続的に与えられる快感がそれを許さなかった。
「あ、ああああああ〜〜!」
ついに耐え切れず、俺はドラゴンの膣の中に精を放った。その瞬間、肉襞が激しく暴れ始める。
雄のドラゴンがそうされたように、蠕動する肉襞がペニスを根元からしゃぶり上げた。
「っ・・・!・・・・・・!!」
声も出せないほどの、苦痛と呼んでも差し支えのない殺人的な快楽が全身を蝕む。
せめて気を失えばまだ楽だというのに、次々と絶え間なく送られてくる刺激が気絶すら許さなかった。
涙を流しながらドラゴンの蹂躙に悶え続ける俺を、ドラゴンがなおも冷たい眼で睨み続けていた。

どれくらいの時間がたっただろうか。
激し過ぎる快感に脳髄を焼かれ、俺は雄のドラゴンがその最期を迎えた時のように口を開けて仰け反ったまま快感に震えていた。
すでに精は全て搾り尽くされ、俺を苦しめるためだけにドラゴンの膣が獲物を弄んでいる。
「ああ・・・お、お願い・・・や、め、て・・・はぁっ!」
膣の入り口がペニスの根元を思い切り締めつけた。
そしてその締めつけた部分がペニスの先端に向かってスライドする。
強烈なしごきに口を封じられると、俺はいよいよ死を覚悟した。
「最後に言い残すことはあるか?」
肉壁で少しずつペニスを押し潰しながら、ドラゴンが聞いた。そろそろとどめをさすつもりなのだろう。
「な、何でもするから・・・殺さないでぇ・・・」
「だめだ」
取りつく島もなく却下され、肉壁の圧搾が早まる。
「う、うわあああぁぁ・・・」
もうだめだ・・・殺されるぅ・・・

ピシッピキピキパキッ
その時、ドラゴンの背後で卵にヒビが入る音がした。
ドラゴンが振り向くと、残った4つの卵が割れ、中から小さなドラゴンの子供が這い出そうとしている。
それを確認すると、ドラゴンは膣の動きを止めて瀕死の人間に向かって話しかけた。
「何でもすると言ったな?」
唐突に降って湧いた延命のチャンスに、人間がコクコクと頷く。
「ならば、私の子供を育ててもらおうか」
「え?」
思いもかけないドラゴンの言葉に人間が惚けた顔をする。
「2ヶ月の間、子供が無事に自立するまで貴様が面倒を見るのだ」
「俺が子供の面倒を見る・・・?」
「嫌ならこの場で死ぬか?」
ドラゴンはそう言うとペニスを再び押し潰し始めた。
「わ、わかった!何でもする!」
反論する間もなく味わわされた恐怖に人間が必死で叫ぶ。

その返事を聞くと、ドラゴンは俺を解放してくれた。あわやペシャンコにされかけたペニスが、大量の愛液と共に膣から引き抜かれる。
「夜は体を温め、昼は私が獲物を獲ってくる間外敵から守るのだ」
完全に卵から這い出た子供を見せながら、ドラゴンが続ける。
「もし逃げようとしたり子供が死んだりしたら・・・」
振り返ったドラゴンの眼を見て、俺は心臓が握り潰されそうになった。
「あんなのとは比べ物にならぬほど恐ろしい死に方をさせてやる」
「わ、わかった」
その返事を聞いて、ようやくドラゴンの顔から怒りが和らいだように見えた。

子供が産まれてから初めての夜になった。
森の中は木々が昼間の太陽の熱を押さえ込んでくれるため特別寒くはならなかったが、俺は服を全てドラゴンに引き千切られてしまっていたため、裸で夜を過ごさねばならなかった。
まあ、俺はいい。まだ残暑の残るこの季節なら風邪をひくことも凍死することもないだろう。
だが、ドラゴンの子供はそうはいかなかった。
母親のドラゴンの黒い体は、フサフサの短い毛がびっしりと生え揃っていたためにそう見えただけで、実際には母親も子供も灰色がかった皮膚をしていた。
だが、子供にはまだ毛が生えていないため、夜は体で温めてやらないとすぐに寒さに動けなくなってしまうらしい。
産まれたばかりでまだ目も開いていない4匹の仔竜を包み込み、そのまま体を丸める。
数匹の仔竜が腹に顔をグリグリと擦りつけてきて、なんとも気持ちがいい。
そんな俺の様子を、母親のドラゴンが辺りを警戒しながらもじっと見つめていた。

時折脱走をはかる仔竜をハラハラしながら捕まえているうちに、俺はほとんど寝ることができずに朝を迎えた。1匹でも仔竜を見失えば俺の命がない。
幾分明るくなった森の中で眠気眼を擦っていた俺に、ドラゴンが口を開いた。
「私は狩りにでかける。わかっているな?」
皆まで言わなかったが、俺はその声に脅迫めいたものが込められているのをひしひしと感じた。

ドラゴンが行ってしまうと、俺は森の真ん中に4匹の仔竜とともに取り残された。
今なら逃げられるかもしれないが、ドラゴンがどこで見張っているかもわからない。
それに、仮に見つからなくても匂いでわかるのかもしれない。
しかたなく、俺は仔竜が逃げ出さないように捕まえたまま辺りに気を配った。
外敵から守るといっても、ドラゴンの子供を狙う奴がいるのだろうか?
人間にしても、卵を盗むのはわかるけど子供を狙ったという話は聞かない。
それじゃ一体・・・
「グルルルルル・・・・・・」
その時、背後で嫌な唸り声が聞こえた。猫科の猛獣が威嚇する時に発する低い獣声。
バッと後ろを振り向くと、ほんの数メートル離れた所の木の陰で大きなトラがこちらに向かって身構えている。さらにまずいことに、いつのまにか俺の手元を抜け出した仔竜が1匹トラのいる方へ向かって弱々しく這っていた。
「ま、まずい・・・」
急いで脱走した仔竜を捕まえるべく木の陰から飛び出すと、トラが驚いて飛びかかってきた。
200キロ以上ある巨体に体当たりされ、俺はあっけなく地面に押し倒された。
仔竜よりボリュームのありそうな獲物を捕らえて、トラが組み敷いた俺を見ながらペロリと舌を出す。
「う、うわああぁぁぁ・・・」
当たり前だ。素っ裸の俺が武器も持たずにどうやってトラと戦えっていうんだ。
獲物にとどめをさすべく、トラが大きく口を開けた。恐ろしい牙がいくつも並んでいるのが見える。
「く、くそーーーー!」
折角ドラゴンに見逃してもらったというのに、こんなところでトラに食われるのか。
悔しさに歯軋りしながら必死で身を捩ったが、体は全く動かせなかった。
次の瞬間、俺の弱々しい首を目掛けて凶悪な牙が振り下ろされた。

ドガッ!
恐怖にきつく目を閉じた俺の体に強烈な衝撃が走ったが、不思議と痛みは感じなかった。
体の上に圧し掛かっていた重圧が消え去り、恐る恐る目を開けてみる。
俺を組み敷いていたはずのトラが、いつのまにか近くにあった木に激しくぶつかって倒れていた。
傷ついた体をフラフラと持ち上げたトラの前に、不埒な敵に体当たりを敢行した母親のドラゴンが怒りに満ちた表情で立ちはだかる。
フラつくトラの首を掴んで地面に引き倒すと、ドラゴンはその頭を粉々に噛み砕いた。
小さな断末魔を残して、あれほど獰猛だったトラがあっさりと息絶える。
トラに組み敷かれた姿勢のままその光景を眺めていた俺は、こんな恐ろしい生物から卵を盗もうとしたのかと思って心底震えた。

トラが息絶えたのを確認すると、ドラゴンは真っ赤な血が滴った牙を覗かせながらこちらを振り向いて妖しい笑みを浮かべた。
「よく逃げ出さなかったものだな」
やはり、ドラゴンはどこからかこちらの様子をうかがっていたのだ。
もし逃げ出そうとしていればたちまち捕まって、ドラゴンの言う"恐ろしい死に方"をさせられていたことだろう。

だが、その憶測が間違っていたことはすぐにわかった。
後ろを振り向くと、ドラゴンが狩ってきた大きな鹿が2匹と大小の果物が置かれていた。
ドラゴンは、"たまたま"俺の窮地に間に合っただけなのだ。
それはつまり、俺がこれから先同じような危機に瀕したとしても、ドラゴンが助けにきてくれるとは限らないということだった。
かといってもし狙われている仔竜を見殺しにしたりすれば、今度はドラゴンに殺されることになる。
俺はこの時になって初めて、仔竜を育てることの難しさと自分が置かれている立場の危うさを再認識していた。

数分後、ようやく落ち付いた俺はドラゴンが取ってきた果物を食べながら仔竜の頭を撫で回した。
母親とよく似た尖った頭から、まだ細くて頼りない首が伸びている。
小さいながらも手足にはすでに硬い爪が生えており、腹の下から伸びた尻尾が元気よく跳ね回っていた。
巨大な母親とは比べるべくもないほど小さな体だが、すでに姿態はドラゴンそのものだ。
死ぬまで成長を続けるという蛇と同様、この仔竜達はこれから数百年という長い年月をかけて大きく育っていくのだ。
もうすでに一生分の恐ろしい体験をし、その上まだ命の危険に晒されているというのに、俺は仔竜を眺めながら何とはなしに明るい気分になっていた。

それからの1週間ほどは、特に危険な目に遭うこともなく無事に過ぎて行った。
ようやく仔竜の目が開き始め、這い回る動きにも活発さと目的意識が見て取れる。
体毛も薄っすらとだが生え始めていて、体の灰色が少し濃くなった気がした。
次第に慣れてきたもので、夜寝る時は仔竜に逃げられないように尻尾をしっかりと掴んで抱き抱える。
毎朝起きる度に恐る恐る子供の数を数えるが、今のところ仔竜が姿を消したことはなかった。
もっとも、万が一そんなことがあれば俺の命が消し飛ぶのだが。

早いもので、ドラゴンの子供を育て始めてからすでに1ヶ月が過ぎようとしていた。
幸いにしてあのトラ以来ドラゴンの子供を狙ってくるような危険な輩は姿を見せず、俺は毎晩どうやって仔竜を温めるかということに神経を使うようになっていた。
秋も深まり、次第に厳しくなる寒さに震えながら朝の訪れを首を長くして待ちわびる日が続く。
仔竜は産まれた時よりも一回り大きくなり、毛もそれなりに生え始めていた。
だが今晩も仔竜を抱いている腹は暖かかったが、露出した背中から夜風が容赦なく俺の体温を奪っていった。

私の影に怯えながらも必死で子供を守ろうとしている人間の背中を見ながら、私は自分を情けなく思った。
毎年秋から冬にかけて子供を育てるというのは、さすがに大変なことだ。
狩りに出かける時は子供が襲われないように素早く戻ってこなければならないし、夜は尻尾まで使ってしっかり抱き込んでやらないと子供が逃げ出してしまう。
私はその子育ての大変さから逃避するために、あの人間に子供を託したのだ。
だがその人間も、連日厳しくなっていく夜の冷え込みには苦心しているようだった。
しかたない・・・あの人間に体調を崩されても困るからな・・・
そう自分に言い訳すると、私は横たわったままもぞもぞと動く人間に近寄った。

フワッ・・・
突然、今まで冷たく冷やされていた背中が暖かくなる。
何事かと思って振り向くとドラゴンが俺の隣に寝そべっていて、体毛に覆われた温かくて柔らかい大きな腹を俺の背中に押し付けていた。

「黙って子供の面倒をみておれ」
声は力強かったが、そう言ったドラゴンの顔は俺から背けられていた。
人間如きを温めてやるなど、ドラゴンとしてプライドが許さないのだろう。
その微妙な心理を読み取って、俺は何か言おうとして開きかけていた口を閉じた。
とても暖かい・・・ドラゴンの腹が波打つ度に、柔らかい毛先が背中を撫で上がりこの上ない温もりを送り込んでくる。
「あはぁぁ・・・」
その気持ちよさをもっと味わおうと、俺は知らず知らずのうちにドラゴンの腹に背中を擦りつけていた。
「む!?貴様、何のつもりだ?」
突然の刺激に驚き、ドラゴンが俺を睨みつける。
「え?い、いや、暖かくってつい・・・」
まずい・・・怒らせたのだろうか・・・?
すると、次の瞬間ドラゴンはいきなり俺の首に両腕を回してきた。
「ひっ・・・!」
一瞬殺されるのかと思って思わず身を縮める。
だが、ドラゴンは俺の体を背後から優しく抱き締めると、暖かい腹をさらにグリグリと背中に擦りつけてきた。
「フン・・・そんなによいのならいくらでも味わうがいい」
それを聞いて、俺は心の底から安堵の溜息をついた。体の前後を大小のドラゴンに挟まれて、仔竜を温めていたはずの俺が一番心地のよい温もりを感じていた。

その日から、ドラゴンは毎晩俺を背後から抱いて寝るようになった。
もしかしたら、いつもは我が子を抱いて寝るために気がついていないだけで、ドラゴンも夜の寒さに身を震わせていたのかもしれない。
5匹のドラゴンとお互いにお互いを温め合いながら、俺はいつしか夜がくるのを楽しみに待つようになっていった。

仔竜を育て始めてから1ヶ月と3週間が経とうとしていた。
朝目が覚めると、ドラゴンが何事もなかったかのように起きだし、無言のまま狩りにでかける。
仔竜達は大分大きくなったようで、足取りもしっかりとしていた。
体毛もさらに伸び、体の大きさを除けば母親のドラゴンとほとんど見かけは変わらない。
前のように勝手に辺りを這い回ることもなくなり、4匹とも俺に懐いてそばを離れることはなくなっていた。
「はは、かわいいな」
後10日もすれば、俺はドラゴンの子育てから解放されて自由になるはずだ。
だが、50日もの間必死で面倒を見ているうちに愛着がわき、俺にはこの仔竜達がまるで自分の子供のように可愛く思えてきていた。
いつものように仔竜を撫でてやると、気持ちよさそうに小さな鳴き声を上げながら仔竜が俺の手にスリつく。

ヒタ・・・ヒタ・・・
だがその時、俺は背後にまたしても危険が迫っていることには全く気がつかなかった。

突然、1匹の仔竜が何かを見て騒ぎ出した。
ひどく怯えているようで、俺も鼓動が早くなる。
仔竜が見つめている先を見ようと背後を振り返ると、低く身を屈めたトラが今にもこちらに飛びかかってこようとしているところだった。
しかも、前に襲ってきたトラよりも一回り大きい。体重は250キロ以上もあるだろう。
急いで辺りを見回すが、母親のドラゴンは遠くへ行ってしまったのか、助けにきてくれる様子はない。
「お、お前らはここにいろ!」
戦うしかない。仔竜を4匹とも大きな木の根元に集めると、俺はそばに落ちていた木の枝を掴んでトラと向き合った。
こんなものが武器になるとは思えないが、素手で立ち向かうよりはいくらかマシだ。

突然目の前に現れた人間に、トラが鼻息を荒くした。
「カロロ・・・」
喉を鳴らしながらゆっくりとトラがにじり寄ってくる。
なんとか時間を稼げばドラゴンが戻ってきてくれるかもしれない。
再び辺りに視線を走らせた瞬間、トラが不意にそのしなやかな体を跳躍させた。
「うわぁ!」
反射的に身をかわしたもののトラの鋭い爪が肩をかすり、激痛と3条の赤い筋が走る。
もし体当たりを食らって押し倒されたらそれまでだ。
その上仔竜を取られないように常にトラと仔竜の間に陣取る必要がある。
幸い傷口から血はほとんど流れなかったが、早鐘のように打ち続ける鼓動に肩が疼く。
再びトラが飛びかかってきた。今度は予測していたため、かわしながらその横腹に木の枝を叩き込む。
「グッ!」
多少のダメージはあったものの、トラは何事もなかったように着地してこちらを睨み付けた。
やはりこんな枝じゃあの大きなトラにとどめをさすことなんて無理だ。
次の手を思案しているうちに、トラが再び飛びかかってきた。
今度は正面からトラの顔に思い切り木の枝を振り下ろしてみた。
バキッという音とともに枝が途中から折れ、俺はそのまま飛びかかってきたトラの下敷きになった。
「ぐあっ!」
ずっしりと重量感のあるトラの体に押し潰され、息が詰まる。顔を殴られて怒ったトラが起き上がり、動きを封じようと両腕で俺の体を押さえつけようとしてきた。
「くそっ!この野郎!」
俺は無我夢中で手に持っていた棒キレを下から突き上げた。
折れたために鋭く先が尖った槍が、トラの柔らかい腹に何度も突き刺さる。
「グアアッ!」
ガッ
突然、頭がガツンと揺れた。俺の抵抗に耐えかねたトラの渾身のパンチを食らい、脳震盪を起こす。
ま、まずい・・・今気を失ったら・・・
視界がぼやけ意識が薄れていく中、俺は最後の力を込めて血に染まった木の枝を思い切り
トラの首筋に打ち込んだ。その瞬間、苦痛に悶えたトラに今度は反対側から頭を殴られる。
ガッという音とともに鋭い爪が皮膚を切り裂き、俺は自分の顔から血が飛び散ったのを感じたままガクッと気を失った。

数分後、3頭の鹿を獲って戻ってきたドラゴンは驚いた。
人間の上に大きなトラが覆い被さり、どちらも血に塗れている。
その人間の右手に、小さな先の尖った木の枝が握られていた。
「これは・・・」
辺りを見回すと、4匹の子供達は皆トラからは見えない安全な木の陰に避難していた。
トラを人間から引き離してみると、トラの腹と首にいくつもの傷があり、真っ赤な鮮血が滴っている。人間も体中にトラの爪跡が刻まれ、頭から血を流していた。

ペロ・・・ペロ・・・
妙なくすぐったさに、俺は突然意識が戻った。
目を開けると、ドラゴンが心配そうな眼差しで俺の顔を覗き込んでいた。
体中にかかった血はドラゴンがきれいに舐め取ってくれていたようで、肩にできた傷が生々しく浮き出ている。
「あ・・・ト、トラは?」
ドラゴンが顎で指し示した方向を見ると、首筋にできた傷から血を流しながら息絶えたトラがその巨体を横たえていた。
「よくぞ子供を守ってくれたな」
ドラゴンの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。
ふと横を見ると、4匹の小さなドラゴン達がちょこんと並んで座っていた。
目が合うと、仔竜達が俺の腹に一斉に顔を埋め始める。皆無事でよかった。
「なあ・・・」
「ん?何だ?」
「これから先も、俺に子供を育てさせてくれないか?」
その提案に、ドラゴンがニヤリと笑った気がした。
「貴様がよければそれでも構わぬぞ」
言葉がわかるのか、仔竜達がワッとはしゃぎ出した。この子供達をもう手放したくない。
ドラゴンの返事に安心すると、俺は疲れた体を休めるために再び目を閉じた。

「やれやれ・・・子供より手のかかる人間だな」
ドラゴンはそう言うと、いつものように人間の体に抱き付いた。
仔竜達も昼寝のために人間の腹に身をスリ寄せる。
晩秋の明るい太陽の下、5匹のドラゴンと1人の人間は幸せそうな表情を浮かべたまま、森の中で心地よい眠りについたのだった。

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