――カカオペースト。
 ――ココアバター。
 ――カカオケーキ。

 ……なんだこれは。
 "彼女"の差し出したメモを見た時、私の思考はその一言でしばし停止した。

 【その材料で練成したいモノがあるんです】

 こちらを見上げるのは一匹、いや生物ではないから一体と言うべきだろうか……とにかく小
さな竜……の容をした魔導のアーティファクト。俗に言うゴーレム。
 その顔には素晴らしい思い付きとばかりに無邪気な笑み、らしきもの。粘土で成型したとは
思えない生物的な所作。全く誰だか知らないが、芸の細かい表現を仕込んだものだ……って私
かそれは。

 「練成、ってお前は何を造ろうとしているんだ? だいたいこれは」
 【"チョコレート"ですよご主人様。"バレンタイン"のね】

 ……なんだそれは。
"彼女"の回答を耳にした時、私の思考はまたもや停止した。
 

 ――バレンタイン。年中行事。たしか今月。
 ――チョコレート。洋菓子。異性にあげる。
 ――ソレ即ち厚意、じゃない行為ってナンのだ違う。好意の証。

 ちょっと待て。
 
 「……時刻設定が狂ってるのか? それは当の昔に終わっているイベントだぞ」
 【ボクは正常に機能していますよ? 今月は終わってませんから、まだ誤差の範疇です】

 あー言えばこう言う……並のゴーレムにはありえない高度な応答機能。こんなモノを付けた
覚えは無いと言うか、自分にそこまでの才能は無い、と思っていたのだが。
 
 錬金術師としては何とか及第点の能力、時には違法スレスレの薬物合成などしながら日々食
い繋いでいた時、運良く手に入った竜の鱗で完成したゴーレム。
 業界では一流の証を練成したおかげで仕事も増え、人並みの暮らしが出来る様になった途端、
それはそれで欲が出てくる。
 一人身の寂しさに負けてしまい、ペット代わりにと"彼女"にお粗末な人格設定を与えたのが
間違いだったのだろうか。よくて高価な玩具程度になる筈が、想定を遥かに超える性能を発揮
している。


 「バレンタインなんて俗世の商業的陰謀だ。そもそもお前はお菓子作りの道具じゃない。チ
ョコなんて造ってどうする気だ」

 相手のペースに飲まれそうになるのを感じた私は、苦し紛れの正論を盾としたものの。

 【んもー。"あげる"為に決まってるじゃないですか……ご主人様に】

 短めの前足で頬を押さえて頭を振るゴーレムの図、の前にあっけなく粉砕された。
恥じらい、か恥じらいなのだろうかこれは。そんな設定はしていない筈だ。いや断じて。
ペットはあくまで癒しを求める対象であって、恋人や妻ではない。年頃の娘が如き仕草など在
り得る筈が無い。
 
 「人間の真似をしても駄目なものは駄目だ。お前はゴーレムなんだからな。判ったら大人しく
仕事に戻」

 私は最後まで言い切れなかった。何故ならば。

 【ボクは……所詮ご主人様の"モノ"以上にはなれないんですね】

 こちらを見上げる彼女の瞳。涙腺など無いそこに、潤んだものが見えたのは気のせい、だっ
たかどうか自信が無い。
 
 「何も、そこ……までは」

 失言を私は後悔した。
 否、失言だと思ってしまった事を後悔した。
 
 ――錬金術の禁忌が一つ、創造物に心を寄せてはならない。
 
 私は、超えてはいけない境界線を気付かぬ内に過ぎていたのだ。
だからといって己が造ったこの健気な存在を、もはやモノとして扱う事は出来無かった。

 ――ならば。後悔すら踏み越えて進むしかない。

 「おいで」

 無言でこちらに寄ってくる竜をいつもより優しく、それでいてきつく抱きしめる。
一瞬緊張したものの、安堵したかの様に身を委ねてくるその体は、ほんのりと暖かかった。
 
 【ご主人様……】
 「お前は、私の……家族だ。ゴーレムだろうと関係無い。大切な存在なんだよ」

 嬉しそうに身を震わせると、彼女は私に何度も何度も首を擦り付ける。

 【一緒にお風呂に入ってくれますか? ボクと体……洗いっこしてくれますか?】
 「……ああ」
 【お布団に入って、一緒に寝てもいいですか?】
 「寝相が悪いかもしれないが、そこは勘弁してくれよ?」
 【他にも……いろんな事をご主人様とシたいです……どうしよう。どれからしていいか、わ
からなくなっちゃいました】
  
 恍惚の呟きを漏らす彼女の背中を軽く叩くと、私はゆっくりと立ち上がった。
とりあえず最初の予定は決まっている。

 「まずは、買い物に行くとしようか」
 【え……? 今日の買出しは終わってますけれど】
 「もう忘れたのか? お前のチョコレートの材料だよ」
 【……ご主人様のです。ボクの……初めてあげるチョコレートです】

 私達は仲良く足並み揃えて、玄関から外へと踏み出した。
いつもなら退屈な道のりも、何故か楽しいモノになりそうな予感がする。

 ――いやおそらくは、これから先の時間はずっと。
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Posted by 名無し 2012年03月01日(木) 13:34:14 返信

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