ピ・・・ピピピピッ・・・
"Farth3 0900"
次の地球と目される未知の惑星Farthに環境調査団が降り立ってから3日目・・・
広い船室の壁掛けモニターに表示された文字列が、甲高い電子音とともに今日も任務の開始を告げる。
「皆おはよう!全員体調は問題無いか?」
やがて船室に入ってきたリーダーの男がそう声を上げると、モニターに向かってキーボードを叩いていた数人の船員達が皆揃って首を縦に振る。
Farthは確かにありとあらゆる環境が人類の故郷である地球のそれと酷似しているが、実際のところ彼らは全員がまだこの星に降り立って44時間程度の異星人に他ならなかった。
「よし・・・それじゃあ今日の調査開始だ。起動してくれ」
そして状況に問題の無いことを確認したリーダーの号令とともに、船室内の全員が慌しく作業を開始する。

「Farth3 0902、CIアウェイクニングフェーズを開始します」
「データ送受信用配線のリジェクト完了。起動用のショック用意」
「チャージしています。離れてください」
ほんの24時間前にも同様に繰り広げられたその光景に船員達の誰もがギュッと唇を固く引き結んでいる。
更にはドンッという音とともに体を跳ね上げたCIが目を覚ますと、船員達の視線が一斉に彼へと向けられていた。
「うっ・・・」
「おはようCI。体調はどう?」
「だ・・・大丈夫だ・・・うぅっ・・・」
一応言葉ではそう言いながらも、CIが何らかのショックを受けているように頭を抱える。
「恐らく前回の調査データが、CIの精神面に何らかの刺激を与えているんだろう。大丈夫だ、すぐに収まる」
しかし船員達はリーダーのその言葉に一応安堵の表情を浮かべはしたものの、昨日洞窟調査に向かったCIの最期を思い出したのか体の方は微かな緊張に震えていた。

「済まない・・・もう大丈夫だ・・・」
記録データとカメラの映像、それに音声データ・・・
人間である船員達は、その情報を基に昨日CIの身に起こった出来事を想像することは出来る。
しかし今し方目を覚ましたCIは昨日のCIが洞窟の中で体験した事象を全て余すところなく、実際に自分自身が体験してきたかのようなリアルな記憶としてその身に宿していた。
船員達もCIの内部で起こっている記憶の葛藤が自分達の想像とはまるで別次元の領域にあることを悟ったのか、あからさまに表情には出さなかったものの彼に対してある種の憐れみを感じていたのに違いない。
「CI・・・作戦は遂行出来そうか?」
「ああ・・・問題無い。今日の目的地は?」
「今日は水源の調査だ。ここからは少し距離があるが、西の方にある湖の調査に向かってくれ」
リーダーの男がそう言うと、CIがゆっくりと体を起こしながらベッドから降りていた。
「了解。FPモードでのデータ記録を開始します」

私は"昨日"と同じように、視覚神経回路に接続されたカメラと各種センサーの電源をオンにしていた。
現在日時はFarth3の0919、船室の床面積は約330平方メートル、気温は摂氏24.8度、船室内にいる男性3人、女性3人の船員はバイタル良好だが、女性1人に軽い心的外傷の兆候があるようだ。
恐らくは彼女が、昨日の私の最期を看取った船員なのだろう。
とは言え、センサー系の動作は良好のようだ。
「CI、今回は水中の調査になる。昨日と同じく翼は取り付けていないが、尻尾は水掻きのタイプにしておいた」
そう言われて自身の尻尾を見てみると、確かに先端が広い水膜を張った扇形の形状のものに取り替えられている。
「了解。動作も良好です」
「よし、移動用のローバーは自動操縦でもう回収してある。それじゃあ出発だ」

やがて船員の1人に連れられて船外へと送り出されると、私はすぐさま用意されていたローバーに乗り込んでいた。
「CI、通信の確認だ。今回はここから5キロ程西方にある湖が目的地になる。音声は聞こえるか?」
「音声受信状況は良好です。画像は問題ありませんか?」
「音声、画像ともにクリアだ。よし、調査開始だ。CIに人体情報をアップリンクさせろ」
そのリーダーの声が聞こえた直後、私の体に人間の感覚が同期していく。
しかしそれが何を意味するのかを、私は昨日以上に重く重く受け止めていた。
「CI、目的地はそこからほぼ真西の方角だ。コンパスは正常か?」
「問題ありません。西に向かいます」
それに続いて、昨日と同じように船の位置を中心とした相対マップ情報が送られてくる。
「よし、相対マップと目的地座標を送信する。距離がある内は縮尺を下げて使ってくれ」
「了解。相対マップ上に目的地座標確認。距離4630メートル」
私はその言葉とともに送られてきたマップに一通り目を通すと、船の着陸地点である砂地を抜けて西に広がる森へとローバーを走らせていた。

昨日と唯一違う点・・・
それは、リーダーが"帰還"という言葉を口にしなかったことだ。
確かにこの星は、環境だけを見れば有り得ない程に地球に酷似している。
その地球上でもスーパーセルやブライニクルなどといった珍しい自然現象が起こるくらいなのだから、この星も幾ら未知の惑星だとは言え通常の移動に伴うリスクという意味では地球のそれと大差は無いのだろう。
しかし、相手がこの星に巣食う原生生物達となれば話は変わってくる。
昨日洞窟で遭遇した巨大な群体蛭のように、未知の動植物達が持つ直接的な危険は人間にとって時にどんな大規模な自然災害よりも大きな脅威になり得るのだ。
つまり・・・今後この星の調査は確実な帰還を前提にしないなどという生易しい認識ではなく、寧ろ無事に帰還出来ないことを前提とした消耗戦の段階に進んだことを意味していた。

「CI、方角を少し西北西に修正しろ。それと現在位置から190メートル南に複数の熱源がある。恐らく野生動物だ」
「了解。静粛性を保って方向を修正します。目的地までの距離3370メートル」
野生動物か・・・
この未知の惑星で暮らす恒温動物というものが一体どういう姿でどういう生態をしているのかは興味があるものの、今は湖の調査に万全を期す為に無用なトラブルの種は徹底的に避けなければならない。
そして時折珍しい花や実を付ける草木の姿に目を奪われながらもしばらく平穏に森の中を進むと、いよいよ前方に光の差し込む森の切れ間が見えてきていた。
「目的地へ接近。距離350メートル」
「よし、湖畔にも野生動物の姿は無い。到着したらまずは湖水の水質を調べてみてくれ」
「了解。森を抜けます」
バササッ!
やがて背の低い茂みを乗り越えて広い湖の畔に辿り着くと、私はローバーから降りてゆっくりと波の打ち寄せる湖に近付いていった。

調査用のシリンダーにサンプルの湖水を入れて検査器に掛けながら、エコーロケーションで湖の情報を測定する。
「湖の面積は約24.4平方キロメートル、最大水深は約440メートルか。貯水量は大体70億トンくらいだな・・・」
湖の中には大小様々な水棲生物が生息しているようだが、流石にそれが何なのかまではまだ判らなかった。
ピ、ピ、ピ・・・ピー・・・
「CI、水質検査の結果よ。pH値7.4の極普通の淡水湖ね。今のところ未知の毒素や汚染物質も検出されてないわ」
「了解。では、水中の調査に入ります」
「よし・・・気を付けろよ。酸素の供給方法は多い程良い。入水する前に装備を確認しておくんだ」
私はそのリーダーの声に、自身の装備を再確認していた。
長距離シュノーケル、酸素発生カプセル、小型酸素ボンベ、パーフルオロカーボン・・・
通常の水中調査であれば、使用後に破棄できる酸素ボンベを使用するのが最も現実的だろう。
私はそう判断して装備していた小型の酸素ボンベを体内気道に直結すると、湖畔からザバッと勢い良く深い湖中へと飛び込んでいた。

ゴボゴボゴボゴボ・・・
思っていた程水が濁っているわけではなかったが、それでも恒星から届く光が吸収される水中では水深が深くなるに連れて急激に周囲が暗くなっていく。
私は視認性を確保する為にアイライトを点灯すると、まだ何の水棲生物の姿も見えない静かな湖中を泳いでいった。
「CI、小型のもので構わないから、可能なら水棲生物のサンプルを何種類か捕獲して欲しいわ」
ピピン・・・
その指示に声で返事をする代わりに"了解"を意味するping信号を打つと、尻尾の先に備わった水掻きを翻して更に深い水中へと潜っていく。

それにしても・・・事前の調査ではそれなりに水棲生物の影があったはずなのに、何処を見回してみても全く何かの生き物がいるようには見えないのは何故だろうか?
試しに再度エコーロケーションを掛けてみると、やはりどういうわけか水中を動く物が一切見当たらなかった。
何という不気味さなのだろうか・・・
地球上には極端に高い塩分濃度の為に魚類の生息が困難になった湖なども存在するが、ここは極普通の淡水湖・・・
それに、一旦は存在の確認された水棲生物の姿が無いということは全ての生物が超音波の届かない何処か遠くへ隠れてしまったか、或いはじっと動かずに何かに擬態しているということを意味している。
確かに長らく平穏を保っていたのだろうこの湖に突然飛び込んだ私の存在は多くの水棲生物達にとって未曽有の脅威に映ったのだろうことは間違い無いが、それでもこの反応は極端過ぎるというものだ。

ゴボゴボ・・・ゴボ・・・
やがて酸素ボンベから供給した空気を吐き出しながら柔らかいヘドロに覆われた水深200メートル付近の湖底に降り立つと、私は相変わらず動く物の無い周囲を注意深く見回していた。
仕方無い・・・もう1度エコーロケーションを・・・
だがそう思って超音波を発射した刹那、私は自身の背後60センチの地点に何らかの生物の存在を検知していた。
「!?」
そして長ひょろい蛇かウナギのように見えたその生物の正体を確かめようと水の抵抗に逆らって背後を振り向こうとした瞬間、バシッという強烈な衝撃が私の全身を叩きのめしていく。
バチ・・・バチチ・・・
「ガッ・・・ゴボッ・・・」
「CI?音声と画像がかなり激しく乱れたみたいだけど、大丈夫?」
これは・・・電撃・・・?
つまり今・・・私は攻撃を受けたのだろうか・・・?
鋭い針で全身を突き刺されるかのような激痛と四肢の痺れ、そして複数の電子機器への異常を感じながら、私は船への返事をするよりもまず敵の姿を確認したいという意思の力だけでゆっくりと体を転回させていった。

「うっ・・・」
そしてやっとのことでその生物の姿を視界に捉えると、今し方私が受けた攻撃の正体に即座に思い当たる。
これは・・・電気ウナギ・・・だろうか?
地球に生息するそれとは若干フォルムに違いはあるものの、その長ひょろくぬめった黒色の体の後部8割が発電器官になっているのだろうことは一目で見て取れる。
だがそうだとすると、余りにも電圧が強過ぎるような気がする。
地球上の電気ウナギは精々700W前後の電力を1ミリ秒発生させる程度だというのに、今私が感じた衝撃は体内の測定器の結果から見ても優に2000W以上、放電時間は10ミリ秒にも達していた。
体の基本構造が地球の電気ウナギと同じであれば発電にはATPを消費するはずだから連続して大放電をすることは無いかも知れないが、敵を気絶させる分には十分過ぎる威力があるのも確かだろう。

ピン、ピピン、ピン、ピピピン・・・
幸いマイクとカメラは内蔵型のバッテリーを使用して対外的には絶縁されているから故障はしていないが、私の体に内蔵された電子機器の多くは今の一撃で半数が機能不全に陥ってしまったらしい。
とにかく、安全の確保の為にも一旦この場を離れた方が良いだろう。
やがてping信号で船に状況を報告しながら浮上しようとした次の瞬間、私は先程の電気ウナギがそれまで何処に隠れていたのかを否応無しに理解させられていた。

ドン!・・・バッ、バババッ!
柔らかなヘドロに覆われた湖底を蹴った瞬間、数十匹もの電気ウナギ達が私の周囲を取り囲むようにヘドロの中からまるで跳躍型地雷の如く一斉に飛び上がってきたのだ。
そして突然の事態にパニックに陥り掛けた獲物に追い打ちを掛けるように、その内の半数以上が前後左右からワラワラと群がるようにして私の体へと密着してくる。
「ま・・・待っ・・・」
バリバリバリバリバリィッ!
「がっ・・・」
だが思わず水中でそう声を上げてしまった私は、視界一面が真っ白に輝くような凄まじい電気責めに一瞬にして意識を消し飛ばされたのだった。

「CI、バイタル信号消失。意識を失ったようです」
「一体何があったんだ?」
ある程度不測の事態に対する心構えがあったからか、CIの機能が一時的に停止したにもかかわらずリーダーの男が努めて冷静な声でCIをモニターしていた女性船員にそう問い質す。
「多数の放電性の水棲生物から攻撃を受けたようです。電子機器の8割が軽微もしくは重大な損傷を受けています」
「通信は問題無いのか?」
「通信機器は電磁的にシールドされているので無事ですが・・・CIの意識が戻らなければコンタクトが取れません」
彼女はそう言うと、アイライトに照らされた薄暗い湖中を漂っていくCIのカメラを目で追っていた。
「・・・移動してる・・・?」
やがてカメラの端を過ぎった岩壁の一部や泥の塊が一方向に動いていることに気付いた彼女が、他の誰にも聞こえない程の小さな声でそんな呟きを漏らす。

深い湖の底では水面近くとの水温差によって多少の対流は起こるにしても、CIのように水よりも遥かに密度が高く大きな物質を高速で押し流す程の水流は生まれないはず。
泥の塊が移動しているだけなら水棲生物達の作り出した水流の乱れが原因という説明が出来るのだが、岩壁の一部が視界を過ぎったということはCI自身が何処かへと移動していることを示していた。
「CIが移動しています。ですが、泳いでいるわけではないようです」
「速度と方向は?」
「電撃で機器が損傷した為現在地の測位が出来ず方向は不明ですが、秒速約1.5メートルの速度です」
その船員の報告に、リーダーの男がぽつりと漏らす。
「水棲生物達に、何処かへ運ばれているんだ・・・」
それは論理的な推測から導き出された極々当然の帰結でありながら・・・
船員達の脳裏には昨日のCIの無残な最期が再びフラッシュバックしていたのだった。


「う・・・ゴボッ・・・ガバッ・・・」
それから、どのくらいの時間がたったのだろうか・・・?
私は冷たい水中で息を吹き返すと、気管に入り込んだ水を吐き出すように激しく咳き込んでいた。
ここは一体何処なのだろうか・・・?
依然としてアイライトは点灯しているものの、より深度の深い場所なのか周囲はほぼ完全な暗闇に包まれていてほんの1メートル先も見通すことが出来なくなってしまっているらしい。
とにかく・・・早く船に私の無事を伝えなくては・・・
ピン・・・
「CI!無事なの?意識を取り戻したのね!?」
ピピン・・・ピピン・・・ピン・・・ピピピピン・・・
音声による通信が出来ないのは歯痒いが、取り敢えず現在の状況の報告はこれで良いだろう。
「CI、通信途絶から214分経っている。電撃で機器が故障しバイタルがモニター出来ないが、無事なんだな?」

ピピン・・・
私はそのリーダーの質問に肯定の返事を返すと、状況を確認しようと周囲を見回していた。
だがいざ体を動かそうとしてみても、どういうわけか手足がまるで動く気配が無い。
まだ、電撃による痺れが残っているのだろうか・・・?
仮に駆動補助用のモーターが故障したとしても、生体の部分が無事であれば体を動かすのに問題は無いはず・・・
あの電気ウナギの電撃は確かに強力だったものの、抵抗の小さな水中に電流の大半が拡散したことと感電時間が短かったお陰で生体部分には火傷を初めとしてさして大きなダメージは無かったことは確認が取れている。
それに・・・体が言うことを聞かないというよりは寧ろ、動かそうとしてもまるで何かで物理的に固定されているかのように両手足に奇妙な抵抗を感じるのだ。
「CI、どうしたの?」
ピン、ピピンピン、ピピピン・・・
分からない・・・どうして動けないんだ?
両手足ばかりか尻尾や首までもに、軽く締め付けられるような感触がある。

だがその数秒後、私は前方から何か複数の小さな光源が近付いてきたことに気が付いて動きを止めていた。
やがてその正体を探ろうとじっと目を凝らしていると、やがて地球の深海に生息するチョウチンアンコウのような発光器官を頭上に掲げた黒色の奇妙な魚の群れが視界のなかに入ってくる。
そしてあっという間にその魚達に周囲を取り囲まれると、私はふんわりと辺りを包んだその淡い明かりで自分の置かれていた状況をようやく理解出来ていた。
私の両手足に、まるでイソギンチャクのような奇妙な触手状の軟体生物が何重にも絡み付いていたのだ。
カメラを通してその光景を見ていた船員達も私が得体の知れない触手で拘束されていることを見て取ったらしく、少しばかり動揺した様子のリーダーの声が耳に飛び込んでくる。
「CI!それは一体何なんだ!?」
ピン・・・ピピン・・・
そうは言っても、これは流石の私にも何が何だか理解出来る状況ではない。
とは言え、水中で拘束されているという一事だけを考えてみてもこの状況がかなりまずいことは確かだろう。

とにかく・・・この拘束を早く解かなくては・・・
私の周囲を取り囲んだ魚達は今のところ特に私に対して何か敵対的な行動を取るような素振りは見受けられず、ただただその発光器官の放つ明かりで闇に包まれた湖底を照らしながらゆっくり辺りを回遊しているだけらしい。
そして現状は差し迫った危機が無いことを確認すると、私はまだ無事に使用出来そうな武装を確認していた。
電子機器を用いた銃器やエネルギー兵器の類は軒並み先の電撃で故障してしまっているようだが、電力を使わずに原始的な弦を用いて矢を発射する特製の水中銃はまだ使えるらしい。
小型故に威力は小さいし弾数も4発と少ないが、この手足に絡み付いた触手を攻撃する分には寧ろ丁度良いだろう。
そして右腕に装備されたハープーンのセーフティをアンロックすると、私は先端の発射角を調整しながら右手首に絡み付いている触手に向けて勢い良く矢を発射していた。

シュバッ!ドスッ!
だが思っていた以上に丈夫な組織で出来ていたのか、ほんの数十センチという至近距離からの射撃にもかかわらず貫通出来なかった矢が触手に小さな傷を残して弾き返されてしまう。
そしてその結果に些かショックを受けながらも次弾の発射準備を整えようとしたその時、突然眠りから目覚めたかのように私の手足を絡め取っていた触手が途端に大きく膨張していった。
ギュッ・・・ミシ・・・メキキッ・・・
「がばっ・・・ご・・・ぼっ・・・」
まるで空気を入れて膨らませたかのように太く力強くなった触手が、両手足だけと言わず私の首までもを凄まじい力で締め付けていく。
その気道を押し潰すかのような恐ろしい怪力に酸素ボンベからの空気の供給が物理的に途絶えてしまうと、私は即座に代替の呼吸確保として充分な酸素の溶け込んだ液体であるパーフルオロカーボンで肺を満たしていた。

「か・・・がばっ・・・」
く・・・苦し・・・ぃ・・・
酸素の供給はこれでしばらく持つとはいえ、太い首の骨が軋みを上げる程の触手の締め付けにまるで全身の力がゆっくりと吸い取られていくような気がする。
だがそれでも諦めずに何とかハープーンに次の矢を装填すると、私は首を絞められたお陰で目視で狙いを付けられない代わりに先程と同じ射角で矢を発射していた。
バシュッ!ブチィッ!
第一射目の傷と同じところに命中したのか、それとも膨張させたことで強度が脆くなっていたのか、今度は触手を貫通して断ち切ったらしい矢が見事に右腕の自由を取り戻すことに成功する。
そしてまずは首を締め上げている触手に鋭く尖った爪を突き立てて必死に引き剥がすと、私は残りの触手も振り払おうと左手首へと右手を伸ばしていた。

バシバシッ!
「ぎゃっ!」
だがもう少しで爪先が左手首の触手に届きそうになったその時、一体何処から現れたのか私の首筋に纏わり付いてきた2匹の電気ウナギが強烈な放電を敢行する。
その一撃で一瞬にして抵抗の力をもぎ取られると、私は再び背後から伸びてきた別の太い触手に右手を巻き取られた上にそのまま四肢と水掻きの付いた尻尾を大きく広げられていた。
ミシ・・・メリ・・・ギリリリ・・・
「が・・・ばっ・・・」
何という力なのだろうか・・・手足が・・・もぎ取られそうだ・・・
首を絞められているわけではないから先程までよりはまだ若干心の余裕があったものの、ハープーンの発射口諸共両腕を完全に触手で覆われてしまい、僅かな抵抗の術さえもが完全に封じ込められてしまう。
そして・・・それまで私の自由を奪うことだけに専念していた奇妙な触手達が、いよいよ捕らえた獲物に恐ろしい牙を剥くことにしたらしかった。

シュル・・・シュルシュルシュル・・・
やがて背中から腹の周りを這い回るようにして2本の触手が姿を現すと、まるで獲物を焦らすかのように私の股間に向かってゆっくりと近付いていく。
手足を絡め取っているものとは違ってその触手は先端がまるで口のように開いており、中は無数の細かな触手、うねるような肉襞、小さなイボのような柔突起でびっしりと覆い尽くされていた。
「ん・・・ぐっ・・・」
そしてそれが一体何の為の触手なのかを理解させられると、もう既に力では敵わないことを十分に思い知らされていたにもかかわらず何とかその場から逃れようと必死に手足を暴れさせてしまう。
だが当然のことながら幾重にも巻き付いた屈強な触手を振り解くことなど出来るはずも無く、私は股間を覆う装甲の隙間にじわりじわりと触手の先端が捻じ込まれていく光景を絶望的な面持ちで見つめていることしか出来なかった。
グリッ・・・ミシ・・・メリリ・・・
細く収縮した先端が可動性を確保する為に開けられていた僅かな隙間を縫って装甲の内側に入り込み、その膨張力で頑丈なはずの金属板を力任せにこじ開けていく。
カメラを通してその光景をはっきりと見ているのだろう船員達もこれから私が何をされるのかに思い当たったのか、通信は確保されていたにもかかわらず誰もが声を言葉を失って奇妙な静寂を保ち続けていた。

メキ・・・メキメキ・・・メキャッ・・・
やがて股間部を覆っていた装甲が完全に引き剥がされてしまうと、いよいよ2本の触手がそこに姿を現した私のペニスへと狙いを付ける。
だが目が見えているわけではないからなのかいきなりその開口部でペニスを呑み込むようなことはせず、まずはその形状を確かるかのように触手の先端がペニスの周りをじっくりと撫で回していった。
シュル・・・シュルル・・・
「うぅ・・・」
それは獲物の不安と、恐怖と、そして破滅的な期待感を煽るような、残酷なまでに優しいタッチ。
1分、2分と切ない愛撫の時間が過ぎる度に、微かな快感がやがてどうしようもない苦痛に感じられ始めてしまう。
早く・・・早く・・・楽にしてくれ・・・
散々に焦らしながらも一向にペニスを呑み込もうとしてくれない性悪な触手の動向にグネグネと身を捩りながら、何時しか私は胸の内にそんな懇願の声を満たしてしまっていた。
このままでは・・・頭がおかしくなりそうだ・・・

チュッ・・・
やがてたっぷりと10分も焦らされると、私はようやく1本の触手が片方のペニスの先端に軽く吸い付いた感触に思わず涙を流してしまっていた。
あぁ・・・や・・・やっと・・・
そしておぞましい触手に犯される運命を獲物が自ら受け入れたことを確かめると、それまで静観を決め込んでいたもう1本の触手もやっとのことでペニスへと吸い付いてくる。
チュブ・・・チュ・・・ジュブ・・・
「かはっ・・・ガバッ・・・」
決して急がず、まるで大蛇が大型の獲物を丸呑みする時のように、無数の突起に埋め尽くされた二股の太くて歪な私の肉棒を2本の触手がじわり、じわりと時間を掛けて呑み込んでいく。
まだ半分程しか呑まれてはいないというのに、グチュグチュと蠢く無数の触手がペニスに絡み付き、断続的に波打つ襞の群れが敏感な雄を扱き上げ、高出力のバイブのように微細に振動する突起の森が先端を執拗に責め嬲っていた。

ジュブ・・・ジュブ・・・ジュブブ・・・
シャワシャワシャワ・・・ザワワッ・・・ヴヴヴヴヴッ・・・・
「ぐ・・・バッ・・・ガバゴバッ・・・!」
肺の内部をパーフルオロカーボンで満たしているとは言え、徐々にその苛烈さを増していく脳天を焼き尽くすかのような快楽の嵐に私は激しく悶絶していた。
いっそ一切の酸素供給を絶ってこのまま溺れてしまった方が楽になるのかも知れないと考えたのだが、調査の目的に照らせばそれは紛れも無く任務の放棄を意味するだけに選べる道ではないだろう。
ジュブッ・・・グブグブグブ・・・
「あがばっ・・・グバッ・・・ゴババッ・・・」
気持ち・・・良い・・・
脳がスパークするような凄まじい快楽刺激に、私はまるで感電したかのように全身を激しく痙攣させていた。
このまま根元までペニスを呑み込まれてしまったら、一体どれ程の快楽を味わえるのだろうか・・・
理性では一刻どころか一瞬でも早くもこの場から逃れたいと思っているというのに、生物としての本能が完全にこの絶望的な快楽を受け入れてしまっている。

ピピン・・・ピン・・・ピピン・・・
「CI・・・無理よ・・・救援は送れないわ」
分かっている・・・
私はこのまま、この得体の知れない生物に生命活動の続く限り嬲り者にされて果てる運命なのだろう。
そしてそのデータを船に送り届けることが、私の唯一無二の使命なのだ。
グブブ・・・ジュブブブ・・・
「ガボガバッ・・・ゴボッ・・・」
しかしそうは言っても・・・これは余りにも気持ち良過ぎる・・・!
歪なフォルムのペニスを余すところ無く包み込みながら、触手がありとあらゆる甘美な刺激を送り込んでくるのだ。
た・・・助け・・・て・・・
声を出すことも出来ないまま、ペニスが2本の触手に丸呑みにされていく様を見せ付けられるという残酷な拷問。
だがやがて枝分かれしたペニスの根元にまで触手が達すると、信じられないことにまるでそれまでの責めがただの遊びだったのではないかと思えるような無慈悲な搾動が開始されていた。

グジュッ!ギュボッ!ズチュッ!ゴシュッ!ジュップ!
「グバアアアアアアッ!」
ペニスを咥え込んだ触手がブンブンと唸りを上げるような勢いで激しく振り回され、微細な触手の締め付けが、ペニスごと引き抜かれるのではないかと思える程の吸引が、そして柔突起の振動が一気に数段強化される。
ビュグビュグビュググッ!
その地獄の責め苦に耐えることなど出来るはずも無く、私はそれまではまだ何とか必死に耐えていた盛大な精の奔流を半ば強制的に解放させられてしまっていた。
ジュルジュルジュルジュルジュル・・・
「あばばばば・・・ぁ・・・」
一瞬にして体内の精の貯蔵量を枯渇させるかのような勢いで、太く大きく漲った2本のペニスから凄まじい量の白濁が吸い出されていく。
そしてそんな過激な搾精が数分程も続くと、私はぐったりと全身を弛緩させていた。

「か・・・ゴボ・・・」
これだけの責め苦を味わわされてもまだ息があるのは私の体が半分機械で制御されているお陰なのだが、それが却ってこの地獄を長引かせてしまっているような気がする・・・
だが恐らく、このイソギンチャクのような奇妙な生物も一時的にとは言え精の枯れた私にはもう用は無いのだろう。
その証拠に、まだ手足の拘束は続いていたもののペニスに吸い付いていた2本の触手はまるで私に興味を失ったかのようにゆっくりと離れていった。
ピン・・・ピピピン・・・ピピン・・・
「CI!大丈夫?そこから脱出出来そうなの?」
脱出か・・・
この手足の拘束さえ外すことが出来れば水面まで浮上することは恐らく出来るだろうが、ハープーンが使い物にならない以上今はこの触手が自ら私を解放してくれることを祈るより他に無い。

しかしそこまで考えた時、私は視界の中に何時の間にか数匹の電気ウナギ達が泳いでいることに気付いていた。
またこいつらか・・・
先程私の抵抗を封じた時と言い、この電気ウナギ達は一体何処から姿を現しているのだろうか?
しかしその論理的な考察は、やがて1匹の電気ウナギがこちらに向かって近付いてきたことで中断されていた。
「うっ・・・」
また・・・私に電撃を浴びせるつもりなのだろうか・・・
尤も、既に通信機器を除く大半の電子機器が故障している今の私には彼らの電撃など多少の苦痛にはなれど直接的に生命に危険が及ぶ程の脅威ではないだろう。
だが近く訪れるであろう瞬間的な激痛に身構えていると、やがてその電気ウナギが装甲を失った私の股間に興味を示していた。
そして搾り尽くされたペニスの周りを何度か周回したかと思うと、放電するという予想を見事に裏切ってあろうことか私の尻穴へとその身を捻じ込み始める。

グリッ・・・グリグリリッ・・・
「ぐあっ・・・!?」
な、何を・・・
しかしその間抜けな疑問を脳裏に浮かべてしまった次の瞬間、電気ウナギが私の体内で強烈な放電を敢行していた。
バリリィッ!
「ぎゃばっ!」
直接接触した部分から放出した電気の一部が流れただけでも2000Wを計測した程の、Farthに棲む電気ウナギの放電。
それを体内から一切の無駄無く浴びせ掛けられて、私は全身をビクビクと痙攣させながらも短時間の感電故に意識を失わない自身の体を呪っていた。
だが・・・
やがて体内からの放電が有効だと気付いた他の電気ウナギ達が、我先にと争うように私の股間に群がってくる。
そんな・・・ま、待って・・・うわああああっ・・・!
大声で叫びたい衝動を今にも砕け散ってしまいそうなヒビだらけの理性で押さえ込みながら、次々と尻穴から体内に潜り込んでくる電気ウナギ達の感触に暗い絶望をたっぷりと味わわされてしまう。

バリッ!
「ぴぎゃっ!」
バリバリッ!
「あぎゃぁっ!」
バリバリリィッ!
「あびゃびゃぁっ!」
私が気絶してしまわないように敢えて一斉放電を避けているのか、時間差で味わわされる体内からの断続的な電気責めに私は最早呼吸のことも忘れて泣き叫んでいた。
「し・・・CI・・・」
「何て惨い・・・」
無数の電気ウナギ達による生かさず殺さずの拷問で悶え狂う私の様子に、状況をモニターしている船員達から私を心配するというよりも寧ろ憐れんでいるかのような呟きが漏れ聞こえてくる。

それからしばらくして・・・
たっぷり5分以上にも及んだ電撃責めでようやくATPが枯渇したのか、私の腹が膨れる程大量に潜り込んでいた電気ウナギ達が1匹残らず再び尻穴から這い出してきた。
ズリュッ・・・ズリュズリュッ・・・
「んっ・・・はぅっ・・・」
その排泄の感触までもが耐え難い程の快感に感じてしまい、完全に疲弊し切った私の精神を摩り下ろしていく。
もう・・・放してくれ・・・
このままでは、体よりも先に心の方が壊れてしまいそうだ・・・
だがそんな獲物の様子など何処吹く風と言った様子で、先程私の精を搾り尽くしたあの不気味な口の付いた触手がどういうわけか1本だけ再び私の眼前にその姿を現していた。

この期に及んでまだ・・・私を責めたりないとでも言うのだろうか・・・
とは言え、抵抗する気力や体力はもうとうの昔に尽き果ててしまっている。
そして虚ろな表情を浮かべたまま触手が股間に近付いていく様子をじっと見守っていると、何故かその先端がペニスを無視して私の尻穴の方へと近付いていく。
ズブッ・・・
「ぐ・・・ぅ・・・!?」
電気ウナギ達よりも二回り程も太い触手がグリグリと力尽くで尻穴へと捻じ込まれていく感触に、私は何となく心中に嫌な予感を募らせていった。
この触手は、明らかに大型の動物の雄から精を搾り取る為の器官なのだろう。
ということはつまり・・・このイソギンチャクのような奇妙な軟体生物の生殖器なのに違いない。
だがもしこんな深い湖の底に連れ込まれたら、私のように水中での酸素の供給方法を持っていない陸上の動物などはあっという間に溺れてしまうはず。
エコーロケーションの結果でも流石にそこまで大型の水棲生物の存在は見つけられなかったからこいつが陸上の動物を標的としていることに疑いの余地は無いのだが、それだけがどうにも腑に落ちない。

そしていよいよ尻穴に突っ込まれた触手の先端が腸内に届くと、私は嫌な予感が現実になったことに戦慄していた。
グポ・・・グポグポ・・・
微かに体内から響いてくる、触手が何かを排出しているかのような音と振動・・・
更にはそれに従ってゆっくりと腹が膨れていく感触もあり、私は体内に何らかの卵を産み付けられていることを悟ってしまっていた。
あ・・・あぁ・・・そんな・・・
その瞬間昨日洞窟調査に向かって群体蛭達の餌食となったCIの記憶が鮮明に脳裏に甦り、恐らくはこれから自身が辿ることになるのだろう悲惨な運命を予見してしまう。
それでも、昨日のCIは蛭の体液に含まれていた麻痺毒の影響で実際には身体的な苦痛はほとんど感じずに機能停止を迎えられただけ幸福だったと言える。
だが私には・・・そんな救いなど一切無い。
一応こういう場合に備えて安楽死用の麻酔薬は体内に装備されているものの、放電による電子機器の故障でそれを摂取する機構がもう用を成さないのだ。

「ぐ・・・がはっ・・・!?」
更に悪いことに、肺を満たしていたパーフルオロカーボンの効力がそろそろ切れ掛けてきたらしい。
私は肺胞内から液体を排出して酸素ボンベによる呼吸に切り替えたものの、ボンベの残量ももう残り少ないようだ。
ゴボ・・・ゴボゴボゴボ・・・
この深さではシュノーケルも使えないし、一応まだ酸素カプセルはあるにしても精々呼吸が確保出来るのは5分が関の山といったところだろう。
結局私には、酸素切れで溺れて死ぬかこの得体の知れない生物に腹を食い破られて死ぬかの2つに1つの道しか残されていないのだろうか・・・

コポポ・・・コポ・・・コポポポポ・・・
やがて私の腹がはち切れんばかりに大きく膨らむ程の大量の卵を産み付けると、役目を終えた触手が尻穴から出て行くのと同時にボンベに残っていた酸素が枯渇していた。
「ぐ・・・うぅ・・・」
苦しい・・・息が・・・もう・・・
だが儚い延命措置にしかならないだろう酸素カプセルの使用を逡巡していると、それまで闇に包まれた湖底を照らす為だけに周囲を泳いでいたチョウチンアンコウのような魚が突然私の口内にその発光器官を突っ込んできた。
バグッ!
「むぐっ!?」
そして思わず口を閉じてその発光器官を茎の部分から噛み千切ってしまうと、発光器官を失った黒い魚が何事も無かったかのように何処かへと泳ぎ去っていく。
シュウウウウウッ・・・
「う・・・ぐ・・・?」
しかし次の瞬間、口の中に含んだその発光器官から大量の酸素と窒素の混合気体が溢れ出してきたらしかった。
突然の事態に私も一瞬何が起こったのか理解出来なかったものの、俄かに回復した呼吸を味わっている内にようやく状況が飲み込めてくる。

あのチョウチンアンコウ達は・・・恐らく水中に捕らえた陸上の獲物に空気を供給する役割を担っているのだろう。
だが私が自発呼吸をしている姿を見て、今の今まで周りを回遊しながら様子を伺っていたのに違いない。
ということはつまり、このイソギンチャクも電気ウナギもチョウチンアンコウも、生殖、獲物の制圧や運搬、空気の供給というそれぞれ異なる役割を持って狩りを行う1つのユニットなのだろう。
だがもしそうだとすると、1つだけ疑問が残ることになる。
これがこのイソギンチャクによる単なる生殖行為なのだとしたら、それを手伝う電気ウナギにもチョウチンアンコウにも実質的なメリットが全く無いのだ。
サイズや体の構造から考えても彼らが自分達よりも大型の動物を捕食するとは考えにくいし、地球上で類似の生態を持つ生物達のことを考えれば主食は小型の水棲生物なのだろうことは容易に想像が付く。
それでもなお彼らにこのイソギンチャクの生殖を手伝う理由があるのだとしたら、問題は私の中に産み付けられた卵から一体何が孵るのかということだった。

それから数分後・・・
「CI、大丈夫なの?何か応答して頂戴!」
やがて何かを思い出したかのようにそんな通信が入ると、私は返事をするべくping信号を打とうと試みていた。
だが先程の体内から浴びせ掛けられた電撃で信号を発する機器も故障してしまったのか、どれだけ信号を試そうとも空しい沈黙だけが辺りを支配している。
駄目だ・・・どうやら、唯一の通信手段も失ってしまったらしい。
幸い昨日の結果を基に人体情報のアップリンクに絡んだ調査データはリアルタイムで船に送信していたから、後はカメラとマイクのデータを吸い上げ終われば何時私が死んでも明日のCIの起動には特に問題は無いはずだ。
「ぐ・・・がば・・・がばがぼっ・・・」
バグッ!シュウウウゥ・・・
「ん・・・ぐ・・・」
やがて5分程の時間で口内の発光器官が空気の供給を止めてしまうと、すかさず別のチョウチンアンコウが私の口内に救いの光を投げ込んでくれていた。

卵の孵化まで・・・一体どれくらいの時間があるのだろうか・・・
そしてぼんやりとそんなことを考えている内にふとあることを思い付くと、私は何とはなしに周囲を泳いでいるチョウチンアンコウの数を数えていた。
1、2、3・・・7・・・8、9・・・どうやら、今この場には9匹のチョウチンアンコウがいるらしい。
既に私に発光器官を食わせた連中も合わせれば、合計11匹という事になる。
もしこれが卵の孵化まで獲物を生かしておく為に必要最低限の酸素量なのだと仮定すれば、空気供給の効果時間を考えると、約1時間弱と言ったところだろうか・・・
そして私がこの場所で目を覚ましてから、もう既に50分が経過しようとしていた。
つまり私の仮定が正しければ、もう数分の内に卵の孵化が始まることになる。

プツ・・・プツプツ・・・
「うっ・・・!?」
だがその絶望的な事実を理解した正にその時、私は腹の中で何かが弾けた小さな音と振動を感じ取っていた。
やがてそれから1分と経たない内に、私の尻穴から目の前のチョウチンアンコウをそのまま小型化したかのような何処か可愛らしい何千匹もの稚魚がまるで黒い霧のようにワラワラと溢れ出していく。
とは言え、現状私は特にこれと言った苦痛の類を一切感じてはいなかった。
無数の稚魚達が尻穴から排出されていく感触は少しくすぐったいものの、昨日のCIの最期のような最悪の状況を想定していただけにこの程度で済むのなら寧ろ僥倖とさえ言えそうだ。
そして恐らくは数万匹もの稚魚達が残らず私の中から出て行くと、私はまるでそれが合図になったかのように両手足に絡み付いていたイソギンチャクの拘束が解けたことに気が付いていた。

シュルッシュルルッ・・・
お・・・た・・・助かった・・・
そしてフラフラと暗い海中に泳ぎ出して背後を振り向いて見ると、正しく淡水性のイソギンチャクとも言えるヒドラのような巨大で奇妙な軟体生物が淡い明かりの中で海底にしっかりと根を下ろしている。
だがよくよく見てみると、それは姿形の似た2種類の異なる軟体生物達がまるでお互いに寄り合うようにして体の一部を結合させているというような不思議な形をしていた。
成る程・・・だから生殖用の触手が2本あったのか・・・
しかし体の一部が結合しているのだから、実際には1本の触手で事足りそうなものなのだが・・・

いや、待てよ・・・
そう言えば私の体内に卵を産み付けられた時、2種類の異なる感触があったような気がする。
それにチョウチンアンコウの卵は全て孵化したはずなのに、私の腹は産卵直後とほとんど変わらない程にまだ大きく膨らんでいる。
もし・・・もしあの時・・・別々の2種類の生物の卵を体内に産み付けられたのだとしたら・・・?
そう思った瞬間、私はどうしてあのイソギンチャクがあっさりと解放したのかを理解していた。
プチプチッ・・・プチプチプチプチプチッ・・・
と同時に、体内に残っていたもう1種類の卵が孵化を始めた奇妙な音が体内に響き渡っていく。
「う・・・うあっ・・・うわあああああっ・・・!」
そしてどうして良いか分からないまま滅茶苦茶に水を掻いた次の瞬間、私は体内に一瞬だけピリッという小さな痛みを感じていた。

バリバリバリッ!バリバリバリバリバチバチバチィッ!
CIの体内で孵化した数万匹の電気ウナギ達による、まるで自身の誕生を祝うかのような容赦の無い一斉放電。
その過電流に耐え切れず、一瞬にして膨張した様々な回路基盤がCIの体ごと激しく爆発する。
たった一条の光も届かない深い湖の底で、眩い閃光が一瞬だけ漆黒の闇を切り裂いたのだった。

「Farth3 1454、通信信号完全途絶・・・CI、機能停止しました」
「調査データの吸い上げは?」
「全て完了しています」
その女性船員の報告に、リーダーの男はふぅ・・・と小さな息を吐いた。
またしても悲惨な最期を迎えたCIの死を無駄にしたくないという思いだけが、皆一様に悲痛な面持ちを浮かべる船員達の心を辛うじて支え続けていたのだ。
「では、明日の準備に取り掛かろう。明日は陸上調査になる予定だから、ウィングを取り付けておいてくれ」
「了解。後継CIのプリパレーションフェーズに移行。基本バックアップデータをロード中です」
やがて船室の中央に翼の取り付けられたCIの素体が運ばれてくると、再び船内が慌しく活動を始める。
「続いて本日の調査データをオーバーロードします。完了後、アウェイクニング待機フェーズに移行します」
「よし・・・空腹だったろうが、皆良く頑張った。少し遅いが、今日は飯にして明日の調査に備えるとしよう」
リーダーの男はそう言って仕事を終えた船員達を全員食堂に行かせると、独り残されたCIの傍に近付いていった。
「今日はご苦労だった・・・」
その言葉は、恐らくCIには聞こえていないのだろう。
だがこの危険な惑星Farthにおける環境調査の成否は全て、今も静かに目覚めの時を待つCIに託されているのだった。
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