資金難から満足に興行を開催できないK-1に代わり、2011年の立ち技格闘技戦線はIT'S SHOWTIME(以下ITS)が覇権を握っています。
実質2階級しか存在しなかったK-1と異なり、ITSは階級を細分化しているため、それぞれの階級で日の目を見られなかった選手たちが活躍しています。

新たな階級の中で、とりわけ戦線が白熱しているのが61キロ級です。
61キロ級は2009年9月にセルジオ・ヴィールセンが初代王者となっており、山本真弘がそのヴィールセンに挑戦したことで話題となりました。
そして山本の次にヴィールセンに挑戦したのが、今回紹介するカリム・ベノーイです。

<セルジオ・ヴィールセンVSカリム・ベノーイ 動画>


ベノーイは戦前の知名度が低かったこともあってか、ヴィールセンが有利かと思われていました。
しかしベノーイは予想以上の実力を見せつけ、ヴィールセンを終始圧倒し、見事タイトル奪取に成功します。

61キロという階級自体の歴史が浅く、いまだ多くの競争がされていないものの、立ち技格闘技界の覇権を握るITSの王者ということもあり、現時点では同階級で世界トップという位置づけになるでしょう。
先日にはIT'S SHOWTIME JAPANカウントダウン興行にて、61キロ級の挑戦者決定戦につながるカードも組まれており、このベノーイを考察する気運は高まっています。



解説の魔裟斗が言っていたようにカリム・ベノーイの戦いは、ジョルジオ・ペトロシアンを彷彿とさせます。
サウスポーからアップライト気味に、そしてガードを高く構える様や、そのリズムの取り方までペトロシアンを感じさせます。

ただベノーイがサウスポースタイルとなったのは近年のことであり、以前にはオーソドックスで戦っていました。
その名残からサウスポーの選手には珍しく、オーソドックスにスイッチすることも度々見られます。
このことから右利きのサウスポーであり、サウスポーとしての経験値自体はさほど高くないと考えられます。

サウスポースタイルでは相手がオーソドックスの場合、前手のパンチ、前足のキックの軌道が相手の構えに沿って抜けやすく、奥手のパンチ、奥足のキックの軌道が垂直にぶつかるため、奥の手足による攻撃が有効になります。(オーソドックスなら前が左、奥が右となる)
その一方で奥手・奥足側の攻撃が肩の前後分だけ遠くなるという特徴があります。

例えばオーソドックスVSオーソドックスの場合、右ストレートを繰り出すと、相手の左肩側へぶつかります。
するとオーソドックスでは左肩は前に構えられているため、相対的に距離が近くなります。

反対にオーソドックスVSサウスポーで、オーソドックスの選手が右ストレートを繰りだすと、相手の左肩側へぶつけます。
サウスポーでは左肩は後ろに構えられているので、今度は相対的に距離が遠くなります。

この「肩の前後分」の間合いが、サウスポーの戦いを決定づけるといっても過言ではありません。

数年前の試合を見るとベノーイは実は激戦型のファイターであるかのような印象を受けます。
しかし現時点で「ペトロシアンらしさ」を醸し出しているのは、サウスポーにスイッチし、「肩の前後分の間合い」によるものでしょう。

ベノーイ最大の長所は、この肩前後分の間合いで相手を空転させることができる上に、激戦タイプにもなりうるという、相反するかのような二面性を持っていることです。

例えばペトロシアンは、前者の「空転させること」は徹底していても、攻め込まれると意外に脆いのです。
2010年MAX決勝トーナメントのクラウス戦では、2Rに右ボディーで大きなダメージを負っているように、押し込まれてから攻撃を貰うと(先天的なタフネスとは別に)ダメージを負いやすいスタイルだからです。
それはペトロシアンが全身を脱力し尽くし、相手が前進すれば上体を仰け反らせて距離を取ろうとすることが原因で、そのような状況で強打を浴びれば顔面・ボディーともに簡単に効かされてしまいます。

一方ベノーイは接近戦でもガードを固めつつ、自ら積極的に打ち合いに持ち込み、そして打ち合いにも強い。
これはペトロシアンほど相手をいなすことに重きを置いていないことが要因でしょう。

それでいて「肩前後分の間合い」を上手く利用することで、相手は半歩分の遠さを感じ、見合いから上手く攻撃をあてられない。
本来矛盾するはずである「相手を空転させる柔らかさ」と「懐に入られたときに受け止める固さ」を、サウスポーゆえに同時に保持しているという究極的にバランスのとれた選手なのです。

もともと激戦型のオーソドックス構えの選手が、サウスポー構えへ。
そしてムエタイをバックボーンとするために、サウスポーによる間合い調整の上手さがあります。
ベノーイの安定したスタイルは、ITSルールに適応しながらも、このような特殊な境遇を過ごしてきたゆえに生まれたのだと推測されます。


ではベノーイの欠点は、というとスタイルそのものではなく、サウスポーとしての基本スキルにあるでしょう。

全体的に高い水準にまとまってはいますが、例えば左ストレートはやや稚拙です。
具体的には右半身、特に右肩の締めが非常に甘く、それゆえ右側に流れるようなストレートになっています。
これでは上体が右側に倒れこんでしまい、右ガードが自ずと下がり、相手を一発で倒すような威力は望めません。

またサウスポーVSオーソドックスでは、右のパンチで効かせづらいものの、肩の前後分近くなっているので、相手を止める、あるいは誘うような右ジャブが効果的です。
ペトロシアンはこの右ジャブの使い方が非常に上手く、右でストッピング・ドローイングしつつ左ストレートまで繋げることが見られるものの、サウスポーとしてのキャリアが浅いベノーイは、このようなサウスポー特有のテクニックを十分に使えていません。

現時点では大舞台での試合経験が少なく、明確にどのレベルの選手であるかということは評価しづらいものがあります。
ですが敢えて個人的な考えを書かせていただくと、ベノーイはまだ安定王者といえるほどの実力はないと思います。
しかし21歳と若く、特に近年急激に成長を遂げているので、この先順調に成長を続けるのであれば、ペトロシアンのような絶対的な王者になれるでしょう。

若くして日本の選手からも狙われるようになったベノーイですが、果たして長期政権を築けるのか見物です。



仮の話ですが、K-1 63キロ級に出場した場合、ベノーイの強さが半減する可能性が強いと考えています。

ベノーイは「61キロ級にしては体が分厚い」のですが、これが63キロになれば標準的な体格になるでしょう。
となると間合いで空転させる間もなく、パワーで押し切られてしまう恐れがあり、2キロの差が命取りになるかもしれません。
(これは現実味もなく、単なる憶測に過ぎないので、あくまで参考意見と捉えてください。)

このページへのコメント

【リクエスト変更】
確かにレヴィンは面白い論評の切り口が無いかもしれませんね。それより技術的イノベーションの可能性を感じたのが、先日カヤバシを完封したゼベン・ディアスです。評価しない人が多そうですが、これはちょっと異質ではないでしょうか。ご興味があれば、いつか採り上げていただけると面白そうです。

http://fightnext.com/video/3WG7A6MSU8NG/Yavuz-Kayabasi-vs-Zeben-Diaz--Its-Showtime-51

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Posted by ゆずマシュマロ 2011年06月21日(火) 00:38:52 返信

>ゆずマシュマロさん

レヴィンは今ひとつ迫力にかけるので、傍から見ていてそれほど強さを感じさせないのですが、今のところ完全に磐石ですね。
なかなか考察が難しい選手ですが、次の題材候補としておきます。

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Posted by ruslan 2011年06月19日(日) 13:18:12 返信

> ベノーイの欠点は、というとスタイルそのものではなく、サウスポーとしての基本スキルにあるでしょう。

いつもながら的確な評価で勉強になります。ベノーイが以前はオーソドックスで戦っていたとは知りませんでした。ショータイムの王者で、個人的に一番納得性があるのが77kgのアーテム・レヴィンだと思います。情報の少ない選手ですが、次回防衛戦の後にでも論評して頂ければ嬉しいです。

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Posted by ゆずマシュマロ 2011年06月18日(土) 00:12:09 返信

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