任侠の男

俺は今日…兄貴を越える。
この日の為に、悪魔に体も魂も全て売っ払っちまった。
残されたのはこの腐れた未練だけ……。

もう 後戻りはできない


「来たか………この面を、またアンタの前に晒すことになるとはな……」
荒れ果てた荒野に一人、ボロボロに裂けたコートに汚れた包帯の、みすぼらしい姿をした男が佇んでいた。
男の名は九頭文治。彼が、死神に挑戦状を叩き付けた張本人らしい。
「俺は狗だ。狗畜生だ。どこまで墜ちてもいい…… ただ」
「ただ、何だら?」
「俺は、アンタを越え………」
「…………」
「……………って誰だテメェ!!」

文治の目の前に立っているのは、死神―ビヨンド・ザ・グレイヴとは似ても似つかぬマッチョであった。
「グレイヴは昨日から皿洗いの派遣に出かけてるだっち。だからジャンケンで負けた俺様が代わりに相手をしてやるだら!」
彼の名はヨアヒム・ヴァレンティーナ。どうやらグレイヴが不在のため、代理でここに来たらしい。

「……アイツと戦えねぇ以上、ここにいるだけムダって話だ。俺は帰るぜ」
「逃げる、だっちか?」
期待外れとばかりにその場を去ろうとする文治を止めたのは、ヨアヒムの一言だった。
「……何だと?」
「漢なら、いつ、誰の挑戦でも受けて立つものだっち!」
ヨアヒムはあくまでも決闘を続けるつもりらしい。
「言ってくれるじゃねぇか。ご自慢の筋肉に風穴通される覚悟はできてんのか?」
文治からじわりと漂う殺気に、ヨアヒムは一瞬狼に喰い殺されるような威圧感を覚えた。
しかし彼も一人の漢。それしきの事で引き下がるつもりなど全くない。
「ふ…ふははははっ!そう易々とやられる程、貧相な体はしてないだっち!!」
「面白ぇ……なら、本気で来い!」


汚れた狼と黄金の蝙蝠、未練の塊と筋肉の塊。
二人の「漢」の戦いが幕を開けた―――



ガァン! ガァン! ガァン!

文治は銃を構えると、ヨアヒムに狙いを定めてショットを連発する。
「まっ、待つだっち!!」
始まった側からの容赦ない攻撃に、素手のヨアヒムは逃げ回るだけで精一杯だった。

「(まさか銃を使うとは想定外だら……)」
スライディングしながら岩陰に身を潜めると、無い知恵を絞って相手に近付く方法を考える。
「(まだリアライズするには気力が足りないだっち…。しかもこんな荒野じゃ、利用できるのは岩くらいなもんだら…)」
こんな時、頼れるのはやはり己の肉体しかない。
「そ、そうだっち!!」
ヨアヒムは気がついた。自分には、元から特殊な能力が幾つか備わっていることを。


文治は銃弾を再装填しながら、ゆっくりとヨアヒムの隠れた岩へ近付いてゆく。
「所詮、口だけらしいな」
じわじわと距離を詰め、とうとう1,2メートルちょっとの所まで到達する。
「これで終いだ…」
銃を構えて岩の裏を覗き込む―――が、誰もいない。

「がーっはっはっはぁっ!!」
「………ッ!?」
突然、何もないはず四方から、ハンマーで叩き付けられたような勢いの攻撃が飛んできた。
「どおりゃぁぁああぁぁっ!おらおらおらおらーーーっ!!」
前後左右から連続で繰り出される攻撃を防御できず、文治はその全てをまともに食らってしまう。
「ぐおぉぉぉあっ!!」
ゴーストラッシュの最後の一発で先程の岩に強く叩き付けられ、その拍子に砕けた岩の下敷きとなる。
「どうだら!この攻撃は誰にも見切れはしないだっち!!」
外見はただの変態レスラーだが、彼は吸血鬼であって人間ではない。
その能力の一つとして、このインビジブル(透明人間化)が使えるのだ。

「意外とやるじゃねぇか…」
「結構打たれ強いみたいだらな…」
文治は岩の下から這い出てくると、目視できないはずのヨアヒムの方を見上げてニヤリと笑みを浮かべた。
2008年03月05日(水) 02:48:38 Modified by chaoswars




スマートフォン版で見る