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真冬のこの季節、日本ではインフルエンザというウイルスが発情期の雄猫よろしく活発に活動する時期である。
こいつは蟻にも負けず劣らずの働き者で、毎年数多くの犠牲者が出るのが常であり、
もちろん今年も例に漏れず感染者の範囲は拡大していく一方であった。
そしてさゆみの周りでもそれは流行していて、2週間休み無しというブラックカラーでもここまでしないだろうという
鬼畜極まりない二次被害をモロに受けたのである。
その2週間の地獄の勤労ウィークを昨日ようやく終え、久しぶりの休みを"一人こっくりさんごっこ"なる新種の、
とっても明るくて画期的で一人でも十分暇を潰せるコストのかからない優雅な遊びを満喫していると、インターフォンが鳴った。

「はーい・・・ってあれ。久しぶりじゃん絵里。どうしたの」
「やほー。あがっていい?」

どうぞ、と言って絵里を部屋に入れ、キッチンに行きお茶を入れてあげる。
今日は気分的にアッサムかな。

「ていうか来るならアポ入れてよ。突然来てさゆみいなかったらどうするつもりだったの。はいお茶」
「どうせいつも暇してるじゃん」

さゆみが上司から鞭打たれながらも愚痴一つこぼさず馬車馬のように働かされていた事実を今ここで延々と語ってあげようか。
2週間分の一大巨編で全米が涙するほどのヒューマンストーリーだよ。映像は自分らの頭の中で勝手に作ってね。

「用ってのはまぁ、なにもないんだけど。たださゆと話したかっただけー」
「えーなにそれ。まぁいいけどね」

おそらく用がないってのは嘘だろうなあと思う。
絵里は本当に悩んでる時は素直に相談しにくるけど、もしかしたら大したことないんじゃないかと思った時は、
だいたい最初は笑って誤魔化して相手がふってくれるのを待つタイプだ。
仕方ない、今回もさゆみからふってやるか。

「れいなと最近どう?」
「えっ、れ・・・れいな?」

あれ、これじゃなかったかな?
なんか予想外の反応なんだけど。

「れいなとは・・・最近プチ喧嘩して、仲直りした」
「・・・。もしかしてその喧嘩ってあの馬鹿がマンション中に聞こえる声で絵里絵里叫びながら走ってたやつ?
 住民のおばちゃんたちから"女の尻を追いかける不良男"とか噂されてたよ」
「うわー・・・信じらんない・・・超恥ずかしい・・・」

喧嘩の内容とかあんまり深く聞かない方がいいかなと自重する。
絵里が自分から話さないってことはあまり他人には言いたくない内容なんだろうし。
それに、なんとなく予想がつく。おそらく新垣さん絡みだろう。
あの日に来日してきたし、れいなの間の悪さってのは一級品なので鉢合わせしていざこざになったんじゃないかな。
さゆみでもあれには心底ムカついたので絵里なんて腸煮えくり返って腹の中で煮物ができるほどだったんじゃないの。
絵里を放置しておいて自分は別の女と一つ屋根の下でイチャコラしてたら・・・そりゃ元彼女は怒って当たり前だろう。
あの人が側にいたからこそれいなは4年間もの間、絵里と離れていても平気でいられたんだ。
対して絵里にはあの時、側にいてくれる人間がいなかった。さゆみにその役目が出来ていたなら・・・いつも後悔する。

「このアッサム美味しい・・・」
「でしょ。駅前で買ったんだけど超高かったんだよ。
 なんか知らん間に茶葉が減ってて残り少なかったから全部使っちゃったんだけどまた買わなきゃ」
「そうだね・・・」
「・・・。あのさ、なんかあったの?」

れいなのことじゃないとしたらおそらくはあの高橋って男のことで悩んでるんじゃ・・・。

「うん・・・ふふっ、あのね。高橋さんから連絡さっぱり来なくなっちゃったー」

やっぱり高橋のことだった。

「そうなの・・・でもなんでよ?喧嘩でもしたの?」
「喧嘩・・・ってほどでも、ない・・・いや、ある?かな?喧嘩はしてないんだけど」
「どっちよ。絵里からメールとかした?」
「したよ〜でも返って来ない・・・。ついに捨てられちゃったのかな」
「さぁ・・・」

自然公園で見た感じでは高橋の方は絵里のこと好きなように見えたんだけど。
絵里は既に空になっているティーカップの縁を指でなぞりながら、

「でもね、そのことであまり悩んでない自分に気付いて、絵里って最低だなぁって。そっちで悩んでる」
「・・・」
「絵里は・・・高橋さんと、なんとなくで付き合ってただけなのかな。好きじゃなかったのかな」

そりゃ、そうだろう。
だってハタから見れば絵里が好きなのは高橋ではなく・・・

「なんか暗い雰囲気になっちゃったね。ごめんね。話変えよっ」
「ん、うん」
「そろそろバレンタインじゃん?絵里、材料とか買ってきたんだけど一緒に作らない?」
「いいけど、あの話の後でバレンタインって・・・あげるアテはあるの?まぁさゆみも人のこと言えないんだけどさ」
「・・・・・・・・・さゆにあげようかな」
「さゆみたちってマジで悲しいね」

絵里は持っている鞄から板チョコやら生クリームのパックを取り出しキッチンに向かった。
さゆみもエプロンに着替えながらそれに続く。
あまり気合入れずに適当な、簡単に作れるトリュフあたりでいいか。


*****


バレンタインデー。
どこの菓子会社の陰謀か知らないがいつの時代からか
このようなくだらない記念日が日本にすっかり定着してしまったのは実に嘆かわしいことである。
そりゃれいなだって学生時代はこの日は特別な日だったさ。
だがそれは彼女がいたからこそであって。
今はどうなのかと言うともちろんお一人様、ソロなので全くワクワクしない、ただ不快なだけの日になってしまった。
モテない男共と一緒にされるのは嫌だが義理チョコなるものも全く期待できないので、
下手すりゃれいなはモテない男ゾーンの中の最下層の中くらいの位置に分類されるかもしれない。
蛇足ですまんが最下層の下の下の位置には自分で買って他人に自慢しちゃう人たちが当てはまる。こうはなりたくない。
今年は厄年だな、とスーパーからの帰り道、道往くカップルを視界の端にとらえつつ思う。
うわっ外でチョコ食べさせあってる。人の目っちゅーもんを気にしないのか今時のやつらは。別れろ。
・・・カップル見て呪詛を吐くようになるとは、れいなも堕ちたなぁ。

「・・・ん?」

カップルモンスターを視界から消しつつ移動しながらやっとこさマンションに着き、ポストを確認したところだった。

「・・・おいおい」

この可愛らしい花柄の、ピンクの包装紙で綺麗にラッピングされている四角い箱状の物体はもしや。

「マジかよ」

どっからどう見てもチョコレートである。おまけにご丁寧に"田中れいな様へ"と名指しのメッセージカード付きだ。
今更引越しのご祝儀ってオチはないよなと警戒しながらエレベーターに乗り込む。
しかし一体誰が?とメッセージカードを何度も確認するが肝心の送り主の名前が書かれていない。
そりゃないだろうとありがたさ半分、まさか毒入りじゃないだろうなと疑念も出てきた。
いやいや。こんな可愛く、丁寧にラッピングされてあるチョコレートにまさかそんな。毒だなんて。
れいなそんな人から怨まれるようなこと・・・してるな。
などと考えているとエレベーターが11階に着いた。

「田中っち〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「うわっガキさん。テンション高いっちゃね」

エレベーターから出た瞬間、ガキさんが闘牛のようにれいなにつっこんできたので、どうどうと落ち着かせる。
ずっと部屋の前で待ってたんだろうか?

「なんかれいなに用があると?」
「うん。あのねえ、これあげる」
「こっ、こいつぁ・・・」

チョコじゃないか。
まさか2つ目とは・・・今年はどうやら厄年ではなかったらしい。

「田中っちチョコ好きでしょ?たっくさん作ったからねー。ふふ。バレンタインなんて久しぶりだわ」
「そやねえ。向こうじゃそんな文化なかったけんね。ガキさん、ありがとぅ」
「どういたしまして。なんか私すごく乙女になった気分♪味に自信ないけど不味かったらごめんね。
 あ、食べさせてあげようか?」
「いや別にい」
「まぁまぁそう言わずに。ね?」

なんて言って半強制的にガキさんがチョコを食べさせてきたので条件反射でついあーんなんてアホみたいに口を開けてしまう。
味は・・・ビターか。中にマシュマロが入っていて、中々だ。
もういい、と手で合図をしてなんとかやめさせる。いやこれは確かに悪かないんだがこの後、飯なんだよな。

「で、そこの吉澤さんはなんで黄昏てるんです?」

ガキさんの向こう、廊下で手すりに肘を置きながら煙草をパカパカ吸っている人物に視線を向けた。

「ああれいなか・・・。まったくねえ、モテすぎるってのも考えもんだわ」
「世のモテない男共が聞きよったら嫌味にしか聞こえないセリフですね」
「ハッ。だってさーこれ見てよ?」

と言って右頬を見せてきた。

「・・・。綺麗な紅葉が咲いてますね」
「それねー、吉澤さんの彼女がやったの。吉澤さんがたくさんチョコ貰ってるの見てこう、バチーン!って」

ガキさんが思いっきりスイングして再現してくれる。
肘がピンッと伸びていてとても痛そうなビンタだったということがよくわかった。
・・・・・・ん?彼女?吉澤さんって女性なんだから彼女ってのはおかしいのでは。
・・・あまりここらへんは突っ込まない方がよさそうだ。

「梨華ちゃんってほんと容赦ないんだよね。いっつも全力でやってくれるからホント痛いほど愛情感じるよ」

文字通り・・・。
モテる人はモテる人なりの苦労があるのね。

「ところで吉澤さん、今日なんでYH休みにしたんですか。見るからに吉澤さん暇そうに見え」
「寒いしそろそろ中入るかぁ。ガキさーん飯にしよー」
「はいはーい」

どこまで適当なんだあの人は。
さすが、店の名前に自分のイニシャルを使ってそれでよしとさせちゃうだけあるな。
2人揃って部屋に戻っていくのを見届けてかられいなも自分の部屋に入る。
最初はどうなることかと思ったがあの2人、うまくいってんだな。


*****


で。
結局あのチョコは誰からなのだろうかと送り主を推理しながらカレーに入れる野菜を炒めているのだが、
やはり何度考えても犯人はあいつしか思い至らない。
頭の片隅にあったガキさんからという可能性は今さっき潰れたばかりで、となると2人に絞られてくる。
さゆって可能性はまず無いだろう。あいつとは長い付き合いだが今まで一度も、義理チョコすら貰ったことがない。
いや、一度だけバイトの売れ残りだっつって5円チョコを貰ったことがあったか。
その時は嬉しいという感情が波風一つ立つこともなかったが。チロルチョコ以下のもの渡してくる乙女がどこにいるっつーんだよ。
なので、さゆは無し。

「となると、絵里・・・か」

絶対にない、とは言い切れない。だが可能性は高くはない。
名無しであるということがますます絵里からではないかという期待を膨らませる。
しかし絵里には高橋という恋人がいる。恋人がいる絵里が元彼氏であるれいなにチョコなんてくれるか?
それとも2人に何かあったとか。まさか別れた?ついにか。やった。

「田中さーんなんか焦げ臭いっすよ〜」
「あっやば」

思考に夢中になりすぎて鍋の中が黒炭のインフェルノになっているのに気付かなかった。
・・・。まぁいいか。具無しカレーってのも新鮮なのでそれに変更。
と、後ろで人の気配がしたので見ると小春がテーブルの上に置いてあったチョコをマジマジと観察していた。

「チョコレートじゃないですかこれ。バレンタインもらったんですか田中さん。しかも2個も!」
「嫌味か?どうせおまえはこれの倍もらっとぅのやろ?」
「まだもらってませんよ〜。店でお客さんからもらえると思いますね。毎年そうですし」

ナンバー1だからさぞかしモテることだろう。
朝にはこの部屋がチョコの泉になってそうだな。
そうそう、小春は実は現役ホストマンでこっちが本職なのだ。夜遅い時間に出て行くのはこれのせいだ。
後から知ったことなのだがれいなと違ってYHではバイト扱いで雑用をこなしながら吉澤さんから彫りを教えてもらっているとのこと。
将来は彫り1本で食べていきたいらしい。今は生活費を稼ぐためにホストをやっているんだとか。
そんな至極どうでもいい小春の内部事情でした。

「このチョコ開けていいですか?って聞く前にもう開けちゃいましたけど」
「おいテメー!何勝手に開けとーと!これから飯っちゃけど!」
「あ、トリュフですよ。美味しそ〜。この匂いは・・・ミルクっすね。男宛てはだいたいビターが多いのにあえてのミルクか〜へぇ〜」
「・・・」

ミルクのトリュフって・・・。

「れいなの大好物・・・」

一つつまんで食べてみるとミルクの甘い味が口の中に広がって、嬉しくてニヤけそうになった。
もちろん毒なんて入っていない。当たり前だ。
れいなの好みを把握している人物・・・絵里が作ったチョコなのだから。


*****


なんとなく。
夜空に輝く星を見て感動しちゃうってタチでもないし、都会の夜景には興味ないし、夜歩くのが毎日の日課ってわけでもない。
ただ本当になんとなく。暇潰しに散歩でもするかって、眺めたら首が痛くなりそうなビルばかりのオフィス街を歩いている。
なぜ娯楽施設が少なく、見ておもしろくもないオフィス街かというと・・・なんでだ。
とにかく目的もなにもないただの散歩をしてるってことだ今。

「あ」
「あなたは・・・」

高橋愛が交差点で信号待ちしていた。
いつも通りのスーツ姿で手にはなにも持っていない。こいつも散歩か?しかしスーツ姿で散歩ってどうなんだ。
持っている服がスーツしか無いんじゃないだろうな。

「奇遇ですね。・・・れいな?さん」
「ん」

奇遇って言葉は変だと思った。
オフィス街を歩けばこうして嫌いなやつに会う可能性があることは予想できたはずだ。
なのになんでここに来たんだろう。これは、必然じゃないのか。

「少し歩きませんか?これからご飯なんです私。こんな深夜に食べるのもあれですけど・・・奢りますよ?」
「じゃあ行きます」
「ふふ。わかりやすいですね」

男2人、むさ苦しく連れ立って歩いて着いた先は回らない寿司屋だった。生魚は苦手なんだが文句が言える立場ではない。
中に入ると寿司屋でよく見る冷蔵ケースの中にまぐろの頭と胴体がどーんと入っていて、
もしかして三ツ星料理店とかそんな感じの高級なお店なのかと思ったのだが、あいにくれいなは回転寿司しか経験したことがない、
ごく普通の一般ピープルだったので、憶測だけでしか語れないのは禁じ得なかった。
しかし客がれいなたちしかいないにもかかわらず店内の雰囲気と店主のこの道30年ですオーラがすごいので、
やはりこの店は一般人の財布では到底入ることすら叶わないような店なんだろうな。
そしてこんな時間に店を開けてくれるのだ。おそらく高橋はこの店のVIP客だと予想できる

「一見さんは入れない店なので客は私達だけですよ」
「れいなには縁のない店っちゃん・・・なんか緊張します」
「親方さん。いつも通りネタあるだけ全部出してください。あ、もちろんニギリで」
「!?」

頭おかしいのかこいつ。
・・・ま、奢りだしいいか。

「何飲みます?ビール、焼酎、日本酒、清酒からウイスキー、ワイン、ブランデーまでなんでも揃ってますよ」
「オレンジジュース」
「・・・・・・。ははっ!れいなさん、あなたって人はユーモアセンスがありますね。
 親方さん、こちらの方にオレンジジュースと私は生を」

あいよー!と、江戸っ子気質満載な受け答えをしてからドンっとカウンターに置かれる瓶とコップ2つ。
自分で注げってか。

「ん〜〜〜!仕事の後の1杯はいいですね。といってもこれからまた仕事なんですが」
「こんな時間まで働いとったんですか。ようやりますね」
「ちょっとヘマやらかしちゃったので・・・家にいる時間より会社にいる時間の方が長くなっちゃってます」
「へー」

と、適当に相槌を打ちながらカウンターにどんどん置かれていく寿司を消化していく。シャリは高橋にやるか。

「仕事はなにをしていらっしゃるんです?」
「彫師」
「珍しい職業ですね。彫師。アーティストですね。素晴らしい」

なにが素晴らしいのかようわからんが彫師って言うとだいたいの人間が偏見の目で見てくるので、
それがない高橋は大らかな人間なんだなぁとわかった。

それからも他愛のない話を適当に続けていく。その頃には時計の針が24時を回っていた。
アルコールが回ってきたのかだんだんと饒舌になっていく高橋にいちいちリアクションを取るのも面倒になってきて、
今は勝手にこいつが一人で喋っている。れいなは専ら食べる専門で、そろそろお腹がいっぱいになってきた。
ところでこいつ、この後仕事って言ってたのにこんなに飲んで大丈夫なのだろうか。

「・・・。れいなさん。私は、あの時からあなたのことが忘れられませんでした。ずっと頭の中はあなたのことばかりで、
 仕事も全く手につかずミスばかり。でも今日ここで偶然にもあなたに会えた。話す機会ができた。この偶然に大変感謝しています。
 私は、どうしてもあなたに会いたかった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

何も言わず距離を置いた。

「?? あっ!そういう意味じゃなっ、ないんですよ!私はノーマルです!安心してください!そういう意味ではなくてですね・・・」
「わかっとりますよ。冗談です。れいなもあなたに会って一度話しをしてみたかったんで」
「・・・、そうですか。れいなさんも・・・。もちろん、話題は同じですよね。
 単刀直入に聞いてしまいますが、あなたは絵里さんとはどういったご関係なんです?正直申しまして、ただの友達には見えませんでした」

雰囲気的に、嘘はつけないなと悟ったので、

「ぶっちゃけると元恋人です」
「・・・絵里さんの・・・元、恋人・・・。あなたがあの・・・」

そう言うと高橋は下を向いて自嘲気味にふふっと笑った。

「私は絵里さんに、あなたのことを忘れさせてほしいと言われました。だというのに・・・忘れさせるどころか、
 絵里さんの中であなたの存在は大きくなるばかり。絵里さんは私と一緒にいても私の向こう側で、あなたをを見ています」
「・・・・・・」
「私はそんな絵里さんを見るたびに力づくでもこちらを向かせてやりたいと、そう思うんです」
「おい力づくっておまえそれどういう」

高橋は真っ直ぐにれいなを見ながら、

「絵里さんにプロポーズします」
「はぁ!?」

ぷぷぷぷろぽおずって、

「ここ最近、絵里さんとあなたのことをずっと考えていました。絵里さんとも全く会っていません。
 仕事が忙しいからと言い訳はしたくない。半端な気持ちで会いたくなかった。あなたと絵里さんのあの現場を見て、
 こんな関係のまま、不完全な恋人関係のまま、なあなあで終わらせたくないと」
「おいこらおま」
「焦りすぎて、いろいろすっ飛ばしてますがもう後には引けないんですよ。ホテルの予約もしました」
「!!」

ホテルだとぉ・・・!?
思わず立ち上がる。

「そんなもん許すと思っとぅのか。テメー今すぐそれ取り消し、」
「勘違いしないでくださいよ。これは宣戦布告です。嫌なら止めてみせればいい。
 でも、家で椅子に座って笑いながらテレビでも見るような、そんな余裕はないのですか?自信がないのですか?
 これで怒り出すということは君は絵里さんがもしかしたら身も心も自分以外の男のものになってしまうかもしれないと不安があるのですね?
 違いますか?田中れいな君」

「なんだと・・・!」

この青二才が・・・気絶するまで殴ってやろうか。
いけすかねえ気にいらねえ。こんなやつにこんなやつに・・・こんなやつに絵里を!

「・・・・・・」

カウンターの上にはいつの間にか所狭しと寿司が置かれていて、
やっとにぎり終わったーと親方がタオルで額の汗を拭きながら好奇の目でれいなたちを見ていた。
親方の目が語っている。『青春っていいなあ』と。
そんな親方の、この場の空気にそぐわないのん気な姿を見ていたら、なんだか力が抜けた。

「・・・。帰る」

言って、寿司のネタの部分だけ無理矢理全部口の中につめこみ、店を出ようとする。

「一度フられた男がいつまでも同じ女を追いかけるのは非常にみっともない。
 周りから笑われてもなお、あなたはそれを続けるつもりですか?」

口の中にものが詰まっていたので言い返す言葉が出ず、代わりに中指を立ててから今度こそ店を出た。


*****


深夜のオフィス街、ポツポツと電気がついているビルがあるものの、
こんな時間に外を歩いているような物好きはれいなと残業帰りのリーマンぐらいしかいなかった。
ほとんどの人と車が活動を休止しているこの時間、この場所でれいなは思った。
負けたくない、と。
ああ、自信なんてもちろんないさ。そんなもんあいつがれいなの元から離れた瞬間に紙屑のように消えたよ。
女の尻必死になって追いかけてるんだから今更、自信も恥も外聞もプライドもあるわけがないんだ。
だから、泥すすってでも行動しないと。
しかし、

「そのホテルとやらの場所も日にちもわかっとらんけん・・・」

前途多難だった。





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