注意【】内の会話のほとんどが野中氏でも使わない、かなり下品な英語です



「チーフ、またあの方々が来店されています。」

フロアースタッフからの報告を聞いて、横山ちゃんは顔をしかめた。
時計を確認すると、オーダーストップの時間に近く、この騒ぎで他のお客様は慌てるようにそそくさと出て行ってしまっている。
ここは横山ちゃんがフロアーチーフとして勤務するイタリアレストランである。
このところ二人組の在日軍人らしき男が来店しては、ワインなど大量に飲んでは、大騒ぎするので、フロアーチーフとしての横山ちゃんにとってもかなり頭の痛い問題だった。
そうしているうちに連中はワインをらっぱ飲みし、ワインをもっと持ってこい!と騒ぎ出した。
実はこの連中、3回目の来店で、どちらも閉店間際に来店しては、ワインをがぶ飲みし、大騒ぎした上に『お金がない』の一言で料金を踏み倒している。
そういうときばかり『日本語が全くわからない』ふりをするのだ。
前回も前々回も英語の他にイタリア語等堪能なコックに説明をお願いしたこともあったが、殴られそうになり、大騒ぎになっている。
警察も呼んだことがあるが…在日軍人のため、日本の法律や警察が全く役にたたないことだ。
今回も同じような流れになりそうだったし、店長も『触らぬ神に祟りなし』状態で、身を隠して遣り過ごそうとしている。
連中と店長、そして…ホールスタッフの顔を見渡した横山ちゃんは小さくため息をついたが、顔を上げたときにはいつもの気の強い横山玲奈に戻っていた。
ポケットから小さな手帳を取り出して、あるページを開くとそこには英文が記載してあった。
これはいつか言ってやろうと、英文を考えていたが、うまくいかず、野中氏に手伝ってもらい、発音もレクチャーしてもらった物だ。
何度も声に出して暗記はしたつもりだが、実戦は初めてだ。
それでも横山ちゃんは固くなっている表情を相手に対して背中を向けて、己のほっぺたを引っ張ったり、上下左右に動かしたり、両手で頬を2、3回軽く叩いて、完全な営業モードにすると、過去の請求書を手にして、相手のテーブルに向かった。

「ギブミーワイン!!」
「モアワイン!!」

【今までのお支払をしていただかない限り、これ以上のサービスはできません。】
【Why?何を言っているんだ?俺達はワインを持ってこいと言っているだけだ!】
【ですから、今でのお支払をしてもらわない限り、ワインの提供はできません。】
【俺達は最強の軍隊の中でも命知らずのMarine所属だぜ。日本の警察なんて全く怖くない!】

横山ちゃんは野中氏のように英語をペラペラには話せるわけではないが、野中氏の特訓を短期間でも受けていたり、映画などは字幕版を見るようにして、字幕を見ないようにしていたため、多少なら理解できた。
中学や高校時代、留学生が来ていて、交流していた経験も役にたっていた。
横山ちゃんの宣言に在日軍人の二人は『この小娘は何を言っているんだ?』という表情で横山ちゃんの顔のそばまで己の顔を近付け、圧をかけようとしたが、負けじと横山ちゃんも表情では接客モードを保っていたが、その目は真剣だった。
仕方なく二人は投げつけるように領収書にかかれた金額を投げつけるように払うと、席を立った。

【もう二度と来ねえぞ!】
【こちらからも来店しないように申し上げます。】

中指を立てて、悪態をつきながら二人は店を出ていった。
しばらくは誰も一言も動くこともなかったが、いきなり横山ちゃんの身体がふらついて、ヘナヘナと座り込んでしまった。
責任感と意地で対応していたが、終わったとたんホッとして、腰が抜けたのた。

「チーフ!」
「横山さん!」
「あ〜ぁ、正直言って怖かったぁ〜。」

ようやく横山ちゃんの表情に笑顔が戻ったところでスタッフ全員からの拍手につつまれて、本人は照れまくっていた。



「では、お先に失礼します。」

横山ちゃんは残っているスタッフに声をかけて店を出た。
本来なら閉店の作業もあるのだが、この騒動でみんなに先に帰るようにいわれ、その言葉に甘えることにしたのだ。
店を出て、横山ちゃんは慣れた夜道を一人ぐったりして歩いていると、いきなり腕をつかまれ、細道に引きずり込まれた。
引きずり込まれたとたん、大きな手で口を塞がれ、声が出ない。その目に見えたのはついさっき、店を追い出したあの二人組だ!

【さっきは世話になったな。その分、身体で払ってもらおう。】
【俺達に逆らうからこういうことになるんだぞ!!】

横山ちゃんは恐怖に怯えそうになったが、半分本能的に身体を捕まえている腕を引っ掻き、それに驚いて押さえていた口から手を緩めたところで手加減なしに思いっきり噛みついた。
予想外の反撃に驚いた男は横山ちゃんの束縛を緩めると、横山ちゃんは脱兎の如くその場から逃げ出たが、細道から飛び出した時に恐怖のためか足が思うように動かず、つい転んでしまった

「あっ!」

慌てて後ろを振り向くと、すぐ側まで連中がいて、横山ちゃんの腕を乱暴につかみ無理やり起こした所で、その横から掴んでいる手首を掴む手があった。

「女の子を乱暴に扱うんじゃなか!」

そう相手に対して強めに言ったが、相手のわめいている言葉と、服装に着いている軍章でその正体を察した青年は得意ではなく、かなり乱暴だが、実践て鍛えた口調で声を発した。

【てめえら!女の子に何をしようとしてるんだ!!その汚ねえ手を離せ!】
【邪魔をするな!そんなにひどい目に合いたいのか?】
【ほ〜ぅ。俺をヤルつもりなんだ?なら逆にやられても文句はないわけだな。】

その青年は掴んでいる手首にさらに力を込めていくと、メキメキと異様な音が鳴り出したので、男が痛みで横山ちゃんから手を離すと、青年はあっという間に相手の腕を背中に回し、地面に転がした。
それでも手を緩めず、関節の逆の方向に平気な顔で力を込める。

【オゥ!!ノー!!!】

最後に骨をへし折ろうかとも考えたようだが、後々がめんどくさいと思い、右肩の関節を外すだけで、その場に転がした。
それを見ていたもう1人は頭に血が昇ったのか、隠し持っていたかなり大型のサバイバルナイフを構えると、突っ込んでくる!
しかし青年は涼しい顔でナイフを避けると、相手の手首をつかみ、グギッと大きな音を立てて、手首の関節を外した後、足払いで地面に転がす。

【覚えていやがれ!】
【誰が覚えているか!】

男二人は痛みをこらえながらも、捨て台詞を残してその場を立ち去った。

ようやくホッとした青年が恐怖で地面に座り込んで震えている横山ちゃんに緊張をほぐすように笑顔を見せる。

「怪我はないと?」
「その声…生田さんですか?」
「え?横山?!」

お互い薄暗い中だったため、相手が誰だかわからないまま、生田クンは在日軍人から横山ちゃんを助けた結果となった。
生田クンは心配そうに横山ちゃんに近づいたがすぐには立ち上がれない感じだったので、生田クンは何も言わずに左腕を横山ちゃんの膝下に、右腕を脇に差し込んで、難なく持ち上げる。
俗に言う…『お姫様抱っこ』だ。

「あの連中が何かやらかすかわからんけん。とにかくここから離れるっちゃ。」

生田クンはそのまま横山ちゃんを抱えたまま、平気な顔で歩いていく。

「そう言えば、加賀は?」
「もうじき舞台が初日のはずなので、しばらくは芝居を煮詰めるために帰ってこないかと…」

横山ちゃんは顔をほんのりと赤らめたまま答えた。
すると、生田クンは何か考えていたが、右手をお尻のポケットに手を伸ばそうとする。

「わるいっちゃけど、俺の首に両腕を回して、しっかりと抱き付いてくれん?電話するけん。」
「は、はい!」

横山ちゃんは生田クンの首に両腕を回して、しっかりと密着した。
こんなこと加賀クン以外では初めてだし、加賀クンでさえも滅多にこんなことしてくれない。
しかも、生田クンの体つきは思っていたよりもゴツくはなく、どちらかと言えば、細マッチョで無駄のない鍛えられた筋肉だが、その胸から感じられる心音が落ち着きをくれる。

「モシモシ、みじゅきぃ〜エリやと。うん、色々とあって、横山を家にしばらく泊めたいと思っちょる。理由は帰ったら話すと。うん…頼むっちゃ。」

生田クンは奥さんの聖さんとの電話を切ると、スマホをポケットにしまった。

「じゃ、帰ると。」
「で、でも…生田さんの家に泊まるなんて…送ってもらえば充分です。」

下から見上げる感じで横山ちゃんは生田クンを見つめたが、生田クンは首を振った。

「ちょっと急ぐけん、おんぶに変わってもよか?」
「え?そ、それは構いませんが…」
「じゃ…舌を噛まんように、しばらく口を閉じてもらってよかと?」

そう言いながら、横山ちゃんは一回、降りようとしたが、生田クンは横山ちゃんを首にぶら下げたお姫様抱っこからあっという間に自分の背中に回してしまった。
そして、軽く背負い直すと、即座に走り出した。
生田クンはなるべく人が通らないような狭い道や建物と建物の間などを凄いスピードで駆け抜けていく。
そして時々わざと障害物を超え、立ち入り禁止で裂け目があるような危ない所や少し広目の水路などを平気で飛び越えていった。
横山ちゃんも一体何処を通っているのかわからないまま、いつの間にか見慣れた風景が見えてきたと思ったら、ifマンションの玄関までたどり着いていた。

「生田さん、有難うございます。もう歩けますので下ろしてください。」
「んにゃ、奴らはしつこそうやけん。なるべく尾行されんように道を選んだつもりやけど、このまま横山の家まで行ってしまうと、暗いから電気つけるやん。
 すると…横山の家がわかってしまうけん。このまま聖の待つ部屋に向かうっちゃ。」

生田クンの平然に放った言葉に横山ちゃんは恐怖心が蘇って来る。
生田クンは平気な顔で階段を二段飛ばしてかけ上っていく。これもストーカー対策としての1つで、何階に住んでいるのかを分かりにくくさせる方法だそうだ。
エレベーターを使うなら、目的の階と異なる階で降りて、後は階段を使う方がいいと、階段を上りながら生田クンが説明してくれた。

10階に到着すると、生田クンは周りの気配を確認してから自分の家の前に立つ。
それと同時にドアが開いて、中から心配そうな聖さんが姿を表した。

「みじゅきぃ〜ただいまぁ〜」
「えりぽん、お帰りなさい。」

ついついお帰りのキスをしそうになったが、背中にいる横山ちゃんの顔色が良くないことに気がついた聖さんが、素早く離れ、二人を部屋に招き入れた。

「聖さん…せっかくのところ申し訳ありません。」
「いいのよ。とにかく座って。」
「俺はシャワー浴びてくるけん。横山に何か落ち着くような飲み物でもお願いするっちゃ。」
「わかった、任せて!」

生田クンと聖さんに座らせてもらった横山ちゃんは先ほどの恐怖がまだ残っているのか、顔色は青いままだ。
生田クンは、そのままスタスタとシャワーを浴びに行ってしまった。

「どうぞ…」

聖さんが出したのは少しぬるめのホットチョコミルクだった。横山ちゃんはそれを口にすると、落ち着きを取り戻してきたのか、少し笑顔を見せ始める。

「美味しいです!聖さん、有難うございます。」
「いえいえ、私はえりぽんの言われた通りにしただけですわ。とにかく、リラックスしてね。」

横山ちゃんが少しずつ落ち着きを取り戻してきたころ、生田クンがシャワーから上がってきた。

「横山、少しは落ち着いたか?」
「はい。」
「じゃ…どげんする?先にシャワーを浴びてきてから本題に入るか、それともまだ一人でシャワーを浴びて来るのはキツイやろう?」
「でも、着替えが…」

横山ちゃんが戸惑っていると、聖さんがふと席を外したかと思うと、すぐに戻ってきた。

「もし横山ちゃんが良ければ、聖が身体を洗うのをお手伝いするわ。ifマンションの女子会メンバーなら何時でもお泊まりできるように、下着も含めて新品を用意してありますし…」

聖さんは笑顔でパッキングしてある着替えを目の高さに上げて、横山ちゃんに見せる。

「それに、私は遥・朱音を一緒にお風呂に入れるのもいつものことだから、横山ちゃん1人なら全然問題ないし…」
「聖はマッサージも得意やけん、是非横山にも体験してくればいいやん!」
「え?え???」

二人の予想外の言葉に横山ちゃんは戸惑いMax状態だったが、そんな横山ちゃんを聖さんはわが子を抱えるように右腕でガッチリと抱え込むと、
平気な顔でバスルームに連れて行き、その横山ちゃんが我にかえった時には、すでに裸でバスルームの椅子に座らされていた。

「聖さん…後は大丈夫ですから、自分で洗いますから…」
「今さら何遠慮なんてしているの!何回も一緒にお風呂にはいった仲じゃないの!」

聖さんはそう言いながら、後ろから首の辺りをそっと触れるようにさすり、後頭部の首の辺りを軽く押す。
押された横山ちゃんは気持ちよさを感じた。聖さんの手は首もとから両肩にと軽く押しながらマッサージを続けていく。

「かなり緊張していますね。お客様(笑)」
「本当に気持ちいいです。全身の力が完全に抜けそうです…」
「気にせずに寄り掛かってもいいのよ。」
「そんな!畏れ多くて…」

そんな会話をしながらも、聖さんは両肩から両二の腕のあたりを優しくさするようにマッサージをしていたが、いきなり背後からそっと抱き締めた。

「えりぽんも何も言わないから、聖は何もわからないけど…あんなにピリピリしている彼を見るのは久しぶりだわ。
 常時戦闘体制になっている…と言うことは、恐らく、横山ちゃん…あなたを守りたいからだと聖は思うわ。そう言うことなら、聖も出来る限り横山ちゃんを守ってあげたい。」
「聖さん…」

抱き締められたその暖かさと、優しい言葉についに我慢の限界となり、涙が溢れ出す。聖さんは頬に流れた涙をそっと顔を近付けると、舌でキレイに舐め取った。

「泣いた方がスッキリすると思うから、泣いてもいいわよ。音はシャワーでかき消すし、その間は髪を洗っているからね。」

流石に聖さんが頬に流れた涙を舌で舐め取ったのには驚いたが、その後の優しい言葉にもう涙が止まらない。
声も出さないように我慢していたが、聖さんか髪をシャカシャカ洗うのと、シャワーの流れる音でかき消されてしまっていた。

「じゃ、一回シャンプーを流すから、目を閉じてね。ついでに顔や体にもかけて濡らしてしまうから。」

聖さんはそう言うと、なるべくシャンプーが顔に流れないように、丁寧に洗い流すと、次は豪快に頭からシャワーで顔や体にもかけていく。
これならば洗い流したシャンプーが顔に流れにくい。もし、顔に付いても頭からのシャワーで流れる。
実はこれは建て前で、本当の目的は横山ちゃんの涙を全て洗い流すことだった。
横山ちゃんも落ち着いてきたのか、涙も止まり、少しずつ笑顔が見えつつある。
それを確認した聖さんは、自分がいつも使っているコンディショナーを丁寧に横山ちゃんの髪に付け始める。

「髪の毛は浸透するまでしばらくこのままでいて…その間に身体を洗ってあげる。」
「もう大丈夫です!自分で洗えます!!」

横山ちゃんの抗議に『いいからいいから』と言いながら、顔を洗うときに使う泡を作成するタオルで手早く大量の泡を作り上げると、それを両手に分けた。

「じゃ…マッサージも兼ねるから、手で洗ってあげるね。」
「え?え??」

戸惑っている横山ちゃんに対し、聖さんは両手の泡の固さや具合を確認すると、まずは首もとに手を滑らせた。それがまた凄く気持ちがいい…

「ぁっ…」

横山ちゃんの声が思わず小さく漏れる。それをしっかりと聞き取った聖さんはちょっと口角を上げると、横山ちゃんの左耳元に唇をそっと近付ける。

「さっき言ったでしょ?声を出してもシャワーの音でかき消されるから安心して。でも、やっぱり横山ちゃんって…子犬みたいでかわいぃ〜。ちょっとイタズラしたくなっちゃった。」

そう呟くと、聖さんはカプッと左の耳たぶを甘噛みした。
横山ちゃんは身体中に電流が流れたかのように激しく反応して喉をさらし、背中を反らす。すると聖さんの胸に当たった。その感触は柔らかく、気持ちがいい。

『えっ!?今当たったの聖さんの胸???』

当たってすぐは気がつかなかったが、それが聖さんの豊満な胸とわかった瞬間、慌てて背筋を伸ばし、聖さんから離れた。

「聖はそのまま、横山ちゃんと密着してもよかったんだけどな…とりあえず両腕からで、次は背中を洗うね。」
「は、はぃ…お手柔らかにお願いします。」

横山ちゃんがすでに背中まで真っ赤になっているのを見た聖さんは再び大量の泡を作ると、今度は肩から腕や手に両手を滑らした後、今度は背中に両手を動かしていく。
泡の感触と聖さんのしなやかな指の動きが横山ちゃんの快感の感度を上げていく。
横山ちゃんの背中がほぼ泡で包まれた後も聖さんのマッサージは続き、何気なく背骨と首の境目辺りから骨の数を数えるかのようにゆっくりとなぞっていく。

「ひゃん!」
「ふ〜ぅん。横山ちゃんはここが感じるんだ…加賀クンに開発されたのかな?」
「だ、誰がバ楓の奴なんかに…ァン!」

我慢しきれなくなった横山ちゃんが悲鳴をあげ、身体をガクガクし始めると、力が完全に入らなくなったのか、再び聖さんに寄りかかった。
しかし、今回は完全にグッタリしており、椅子に座っているのも厳しそうだったので、慌てて聖さんは横山ちゃんの胸をしっかりと掴んでしまった。

「ぁん…」

『ちょっとやり過ぎたかしら?』なんて、チラリと頭の片隅で考えた聖さんだったが、すぐに『小悪魔』聖さんが顔を出し、
そのまま横山ちゃんの胸をマッサージするように洗い続けていくうちに、胸の尖端が立ち上がってきたので、円を書くように優しくさするように触れていく。

「ぁっ…ぁん」

これには横山ちゃんも小さいながらも声は出しっぱなしだ。
聖さんはそのまま一回、鎖骨の部分まで上がると、デコルテの部分を丁寧に洗い、その後、胸の頂点をそっと触れ、そこからお腹やウエスト辺りに手を動かしていく。
その手の動きが横山ちゃんの性感をグングン上げていき、我慢できなくなってきたのか、顔はすっかり惚けてしまい、涙目でトロ〜ンとしている。

『このままでは足を洗うのもまならないわ。』

そう考えた聖さんは今は立て掛けているが、子供達を洗うときに使うバスマットを引っ張り出すと、お風呂場に敷いて、そこに横山ちゃんを座らせると、背中を支えながらゆっくりと寝かせた。

「ちょっとやり過ぎたみたい。後は足だけだからもうちょっと我慢してね。」

そう言いながら聖さんは泡をまた作り、今度は右足の指から洗い始めようとしたが、横山ちゃんの全身が性感帯になってしまったらしく、
聖さんが少し触れたただけでも、既に快感のピークになってしまったらしく、動きも声も大きくなってきている。
『これはまずい!』と思った聖さんはシャワーの水量を全開にし、わざと音を反射させて響かせるようにすると、急ピッチで横山ちゃんの両足を急ぎながらも丁寧に足の指先から付け根まで洗い上げた。
最後は一番敏感な場所であったが、流石の聖さんも洗わない訳にもいかず、泡越しではあるが、すでな蜜がかなり出ている蜜壺の入り口をそっと触れた。

「ヒャン…ァン!もう…おかしくなりそう…ぁん…」
「もうシャワーで泡を流すだけだから、もう少し我慢してね。」

聖さんはそう伝えると、慌ててシャワーを手にしようと視線を横山ちゃんから離した時、横山ちゃんが力が入らず、動かない右手を何とか動かして、聖さんの手に触れる。

「ん?」
「ぉねがぃします…このままではおかしくなりそうです。どうか…最後まで…」

横山ちゃんの目は虚ろで完全に呆けている。全身も真っ赤で、ちょっとした刺激で我慢しきれない声と腰が跳ね上がる。
流石の小悪魔聖さんも加賀クンに悪いとかなり困っていた。
確かに最後に足などの付け根などを泡越しとはいえ直接触れたときは、声はもちろん、身体中痙攣に近いほど動いていたし、口からは泡も少し出ている状態だった。
まさか…横山ちゃんがここまで敏感だったことが予想外だったのだ。

「これ以上は流石に加賀クンに悪いわ。」
「バ楓は…ァン…帰って…来ないから…もうこれ以上は…と言ってもう自分…でする…力がもう…」

これを聞いて、ここまでやってしまった聖さんも『自分に責任がある』と考え、横山ちゃんを楽にしてあげることを決心した。

「じゃ…今でのことは加賀クンやえりぽんにも内緒で二人だけのひ・み・つ!」

人差し指で『し〜っ』と聖さんがすると、横山ちゃんも力はないが、小さくコックリとうなずいた。


「ちょっとごめんね。」

そう言いながら聖さんは横山ちゃんを座らせて、風呂場の壁に寄りかからせた。
それから横山ちゃんの右足を軽く曲げ、膝や太腿に空間を作ると、そこに自分の左足を膝を曲げたまま入れ込んで、足を固定するのと、利き手である左手が横山ちゃんの蜜壺に触れやすくなる。

「本当はもっとソフトにやってあげたかったけど、あまり時間がないから一気にいくわね。」

聖さんは耳元でそう呟くと、横山ちゃんの背中に右腕を回して、しっかりと抱き締めると、左手は何も躊躇なく、入り口に触れた。
そこは既に蜜がコンコンと湧き出しており、指が2本でも受け入れそうである。
横山ちゃんはと言うと、待ちに待っていた刺激に悲鳴に近い大きな声を出しそうだったので、聖さんは慌てて己の唇でその声を封じた。
その間も聖さんの左手の指はゆっくりとではあるが確実に中に入っていく。
聖さんも舌を絡ませるような濃厚なキスの方が一気に登り詰めるのはわかっていたが、とにかく横山ちゃんを楽にするのが先決なので、声が漏れないように唇同士を合わせるキスだけにしている。
そして左手の2本の指は的確にここが感じるであろう場所に触れていくと、中はうねうねと動き、いきなりグッと収縮すると同時に横山ちゃんは全身を硬直したかと思うと、グッタリと聖さんによりかかる。
もう息も切れ切れで、意識もボンヤリしているようだ。

「お疲れ様…」

聖さんは横山ちゃんの頬に軽くキスをすると、シャワーで綺麗に流し、バスタオルで水分を拭き取ってから、用意していた下着やTシャツとハーフパンツを着せてあげた。


聖さんも濡れてしまった髪を上で纏め挙げ、ラフな服を着ると、半分意識がない横山ちゃんをわが子のように抱き上げて、生田クンが待つ部屋に戻ってきた。

「ベッドのシーツと枕カバーは変えてあるっちっゃ…俺は子供達と寝ると。聖は横山と寝るといいっちゃ。」
「えりぽん…ごめんね。やっぱり横山ちゃん、かなりの緊張と疲れでもうグッタリしちゃったから、先にベッドに連れていくね。それから話を聞くわ。」

そう生田クンに告げた聖さんはいつも二人で寝ているベッドに運んでいくと、その間に生田クンはスポーツドリンクをテーブルに二つ運んできた。

「聖もこれ飲んで落ち着くっちゃ。」
「ありがとう…」

聖さんは生田クンが用意してくれた物を立ったまま一気に飲み干すと、既に座っている生田クンに相対して座った。

「それで、横山ちゃんに一体何があったの?」
「きっかけは本人にも聞ける状態じゃなかったけん…わからんが、細道から飛び出してきた女性に絡むような二人組の外人がおって、
 そいつらが着ていたジャケットの軍章から『Marine』つまり『海兵隊』所属の軍人だとわかったから助けたら、それが横山だっただけやと…」
「『海兵隊』?」
「あそこの軍隊は大きく分けて4つの隊がある、陸海空…そして海兵隊。簡単に言えば『斬り込み隊』のような物で、死傷者も一番多い隊のため、荒くれ者が多いとも言われておるたい。
 基地が多い地域では色々とあるとも聞いておる。じゃけん…横山を守るために家まで連れてきたと。」
「そうだったのね。」
「キチンとした相談なく、連れてきてゴメンちゃ。」

そう言って、生田クンは頭を机にぶつけそうな勢いで下げたが聖さんは怒らずに、生田クンの頭を『えらいえらい』と笑顔のまま撫ぜてあげていた。

「それでしばらくの間、ボディガードとして、横山をここと店との往復の付き添いをしたい。」
「それがえりぽんの判断なら、聖はそのサポートをするだけですわ。朝、起きたら横山ちゃんと二人で部屋に行って、必要なものを取りに行くのと、横山ちゃんが仕事に行っている間に洗濯や掃除、風通しもしてきます。」

聖さんの言葉に生田クンはちょっと考えていたが、真剣な表情で聖さんを見つめる。

「もしかしたら…連中はヘビみたいにしつこいかもしれんけん。慎重に注意して行動しょぉと。俺は聖や子供達に何かあったら生きていけんたい。」
「わかった。慎重に行動するわ。」

こうして生田クンは子供達の部屋に、聖さんは横山ちゃんを安心させるため、自分達のベッドがある部屋に向かった。



翌朝…横山ちゃんは今で感じたことのないほどの柔らかさに包まれて気持ちよく目が覚めた。
始めは自分が一体どこで寝ているのか全く理解できなかったが、後ろから抱き付いているのが聖さんであることに気がついた直後、昨晩聖さんとのことを思いだし、思わず顔どころか全身が真っ赤になる。

「横山ちゃん、おはよう…よく眠れたかな?」

横山ちゃんが目覚めて動いたことで、その横山ちゃんの背中から抱き枕のように抱き付いていた聖さんも目を覚まし、微笑みと共に声をかけた。

「はい!思っていた以上にぐっすりと眠れました!!」

お風呂場からいつの間にベッドに運ばれたのかは全く覚えはないが、おそらく…聖さんがあの後、着替えもしてくれて、ベッドまで運んでくれたのだろう…『母は強し』である。

「本当!良かった!一時はどうしようか…とも思っていたのよ。」

聖さんは横山ちゃんの言葉を聞いて、思わず心の底からホッとしていた。
いくら『小悪魔的』な聖さんでも、流石にそこまではやったことのない領域に入ってしまったとはいえ、心の奥底では本人は満足してはいなかったのである。
まあ…そんな事思っても絶対に言えないし、悟られてもいけないことなので、その思いはさらに奥底まで沈める。

「じゃ、朝御飯の用意をするから、手伝ってくれるとありがたいんだけどな…」
「そんな事、言われなくても当たり前です!」

そう言いながら、二人はベッドから這い出して、ダイニングにと向かった。



「「「「「ご馳走さまでした!!!!!」」」」」

生田クンと聖さん、遥クンに朱音ちゃん…それにゲストの横山ちゃんの5人はみんなで手伝いながら朝御飯をじ準備すると、全員があっという間に平らげてしまった。
よく考えてみれば、大人3人は昨晩、夕食を取っていなかったことに改めて気がついたのだった。

「横山ちゃんの出勤は今日は何時ぐらい?」
「今日は遅番なのでランチタイムが始まる開店直前までに到着すれば大丈夫です。」
「なら、コッソリ部屋に戻って、必要なものを取ってくればいいっちゃ。聖、一緒に行ってやりぃ。」
「わかった。注意して、なるべく早く戻ってくるね。行くついでに昼間の間にやるべきことも確認してくるから。」
「え?聖さんに洗濯やら掃除なんてお願いできませんよぉ〜」
「横山、お互い様じゃけん。今度何かの形で返してくれればいいやけん。しばらくは俺が店まで送り迎えすると。」

生田クンと聖さんの優しい言葉に横山ちゃんは感謝の念で、ただ頭を下げるしか出来なかった。



遥クンを幼稚園に見送った聖さんは、急いで横山ちゃん達の部屋に行き、聖さんと横山ちゃんは必要なものを鞄に移し、今日の昼間にやるべきことを打ち合わせしたのち、生田家へ戻ってきた。
横山ちゃんも既に出勤できる準備は万端だ。

「じゃ…聖、ちょっと出掛けてくるけん。後は任せたちゃ!」
「二人とも行ってらっしゃい。」

聖さんの言葉の色がいつもと違うことに気がついた生田クンは聖さんのすぐそばまで近付くと、耳元にそっと呟いた。

「俺のような輩が店のなかにずっとおると、営業妨害になるやろうから、横山を送り届けたら帰って来るけん。そうしたら骨の髄までドロドロにするけん。それまで大人しく待ちんしゃい。」

この言葉に聖さんは頬を赤らめてコックリと頷いた。
生田クンは横山ちゃんをヒョイと背負うと、あっという間に外に出ていってしまった。
聖さんは玄関のドアをそっと開け、あたりを見渡したが、既に生田クンと横山ちゃんの姿はもうなかった。
そこにご近所さんの尾形クンが朝のトレーニング帰りだろうか…呆気にした表情で階段の方向を見ていた。

「尾形クンおはよう!朝のトレーニングかしら?」
「聖さんお早うございます。俺はトレーニングの帰りや…で、また不思議な光景を見たんやけど…一体あれは?」
「まぁ…色々あってね。これから女子LINEで流すけど、加賀クンにはナイショね。」
「かなりの事情がありそうですが…わかりました。かえでぃには黙っておきましょう。ほな…」

尾形クンが自分の部屋に入ってから、聖さんも部屋に戻り、スマホを取り出すと…横山ちゃんが変な連中に目をつけられてしまったため、
生田クンがボディガードがわりに横山ちゃんの送り迎えをしていることと、このことは横山ちゃんの希望で心配かけたくないため、加賀クンには秘密にしておくこと。
加賀クン以外の男性陣には伝えて、協力をお願いしたいこと、更にマンションの近所に変な連中を見かけたらLINEで教えて欲しいことを連絡したら、
即座に吉澤さんも含めた女性陣から『了解!』やら『OK!』との返信が戻ってきたので聖さんもホッとした。

その後、香音さんからLINEで『聖ちゃんも色々とやることあるんでしよ?朱音ちゃんを預かるよ。』という、ありがたい連絡が来たので、御言葉に甘えて、
まりあちゃんがいる鞘師家に朱音ちゃんを預け、自分は約束通りに横山ちゃん達の家に借りた鍵を使い、中に入った。
持ってきたエプロンを身に付けた聖さんは洗濯機を回し、窓を全開に開けて空気の入れ換えをしながら洗濯物を干したり、掃除機をかけたりしていた。
しかし…その部屋を少し離れた場所から双眼鏡で観察する二人の外人が聖さんを見て、薄ら笑いしていることは誰にも見られていなかった。



少し時間は戻り…お昼少し前のこと、生田クンは横山ちゃんを背負ったまま、またもや道とは言えない通路を走り抜け、横山ちゃんの勤めるイタリアンレストランの裏口に到着した。

「凄く揺れて大変やったろ?お疲れ様っちゃ。」
「いいえ…生田さんこそ重かったのでは?」
「横山じゃ、軽すぎて全然トレーニングにもならんよ。やけん…まともな道を選んでないんやが…せいぜい、ウォーミングアップ位やけん。心配することなか。また店が終わる頃に迎えに来るけん。連絡くれっちゃ。」
「ありがとうございました。」

横山ちゃんが頭を下げると、生田クンは気にするな…といった感じで手を振りつつ、その場を離れた。

「お早うございます。」
「横山さん、お早うございます。」
「チーフ、お早うございます。」

横山ちゃんが従業員専用入り口から開店前の店舗に挨拶の声をかけながら入ると、中から元気な声が帰って来る。みんな、昨日の騒動で心配していたのだった。

「昨日はご迷惑をおかけしました。」
「いいって、いいって!昨日のチーフは本当にかっこ良かったです!でも…心配していたんですよ。」
「あ…店長が何だか階段から落ちたと言うことで、しばらくはこられないと連絡がありました。」

店長の怪我は初耳だ。まあ、とりあえず店は大丈夫だろう…そう横山ちゃんは考えた。

「じゃ…その分、みんなで協力すれば大丈夫か。団体様の予約もしばらくはなかったしね。」

そう言いながら、横山ちゃんは制服と黒いエプロンに着替える。
開店して、すぐランチタイムのはずなのに、お客様が誰一人入ってこない。おかしいと思った横山ちゃんは入り口から外をみるが、別にいつもと変わりはないように思えた。


時間的にランチタイムも終わり、店は夜に向けて一時的に閉めたが、本当に誰一人も来なかったのだ。
電話も一回も鳴らなかったので、試しに受話器を手にして、耳に当ててみたが、全くの無音である。
スタッフの一人が自分の携帯から店舗にかけてみたが、何も反応はなかった。

「チーフ、もしかして…あいつらが昨日の仕返しに…」

スタッフの一人の言葉に横山ちゃんは生田クンに言われた言葉を思い出していた。

「何かかなりしつこそうな連中だったからね。もし、夜もこんな感じならば、もう一度警察に行った方がいいんじゃないかな…この付近の監視カメラの画像を確認してからになるけど…」

そんな風にスタッフ全員が集まってそんな話をしていたところ、入り口から『ごとり』と言う小さな音がしたので、ふと…横山ちゃんが入り口まで向かい、ドアの隙間から入れられた封筒を手にする。
その封筒を開き、中を見た横山ちゃんは顔が真っ青に変わった。

「ごめん!よくこの店を打ち上げなどで使っている劇団があるよね!そこの劇団員の加賀楓と言う奴に大至急連絡を取って、生田さんに伝えるように言って!これを見せればその二人にはわかるはずだから!!」
「チーフはどうするんですか?」
「私は…この手紙に書いてある場所にこれからすぐに行ってくる!!」

横山ちゃんは差し出した封筒の中身である手紙と数枚の写真をスタッフの一人に押し付けると、あっという間に店を飛び出して行ってしまった。



横山ちゃんが封筒を開ける数時間前のこと、聖さんは横山ちゃん達の部屋の片付けや風通し、それに洗濯物を干し終わり、自分達の部屋を掃除し、ホッと一段落したところでスマホが着信を知らせた。
聖さんが慌ててスマホを確認すると、相手は生田クンからで『心当たりがあるから確認して来るけん。少し遅くなると。』と言う連絡だった。
いくら生田クンが格闘家で、海外では非合法に近い戦いをしていることは聖さんも知ってはいたが、相手は兵士である。恐らく…人を手にかけることも平気な連中のであろう。

「どうか…えりぽんと横山ちゃんが何もなく、全てが無事に終わりますように…」

しばらく、聖さんは両手を組んで祈っていた。
しばらく祈りをしているうちに、幼稚園から遥クン達が帰って来る時間になっていた。幼稚園のバス停車場はこのifマンションの真ん前だ。
さゆみさんがコンビニ仕事の時は、バスの迎えだけ店長の許可があって、一緒に到着を待つが、優樹ちゃんがバスから降りると、直ぐコンビニに戻らなければならないので、そういう場合は生田家で預かることになっていた。
今日は朱音ちゃんを香音ちゃんに預かってもらっているので、鞘師家に直接向かって、生田クン達が帰って来るまで待つつもりだった。


聖さんが慌ててifマンションの下まで降りていくと、もう少しで幼稚園のバスが到着する時間だったため、ほぼ同じタイミングでさゆみさんがコンビニから出てきた。

「さゆみさん、お疲れ様です」
「フクちゃんもお疲れさま。ところで…話はLINEで読んだけど、大丈夫?さゆみはこの後すくコンビニに戻らなければならないけれど、優樹をお願いしていいの?」

さゆみさんは心配そうな表情で聖さんを見つめていたが、聖さんは微笑んでいた。

「既に朱音を香音ちゃんに預かって貰っているので、そのまま二人を連れて鞘師家で誰が帰って来るまでお邪魔させていただくようにお願いしてありますわ。」

そんなように二人が話していると、カラフルな幼稚園のバスがやって来て、二人の目の前で止まった。そのドアが開くと同時にまずは遥クンが勢いよく飛び降りてきて、その直後、優樹ちゃんが降りてくる。

「はは、ただいまです!」
「かーちゃん、ただいま!!」
「「二人ともお帰りなさい。」」

子供達が元気に『ただいま』の声に二人の母親は笑顔で答える。

「じゃ…フクちゃん、申し訳ないけど、優樹のこと、よろしくね。」
「さゆみさん…いつものことじゃないですか!それに、遥も何度も預かって貰っていますし…お気を使わないで下さい。」

さゆみさんは慌ててコンビニにと戻っていった。
聖さんは二人の子供達と同じ目線になるようにしゃがんだとき、変な視線を感じたので、何気なくそっと鏡を出して、後ろを確認すると、中が見えない黒のボックスカーに寄り添う外人がチラチラとこちらを伺っているのかわかった。
そこで、自分の息子である遥クンの耳元にちょっと強めの口調で告げた。

「遥!もし…お母さんに近付いてくる知らない人がいたら、あなたは優樹ちゃんを連れて、吉澤さんの所まで逃げなさい。お母さんは置いていっていいから…まずは男として優樹ちゃんをしっかり守りなさい!わかった?」

聖さんの小さく低いトーンの声でもその中にある極度の緊張感を感じとり、無言で頷き、優樹ちゃんの手をしっかりと握りしめた。


聖さんが二人を先に行かすように、ifマンションの入り口に向かわせると、先程の黒いボックスカーの側にいた外国人とその仲間かと思われる二人連れが、ニヤニヤしながら片言の日本語で聖さんに語りかけてくる。

「スミマセン…コノヒト、シッテイマスカ?」

聖さんは相手が持っていた横山ちゃんの写真を見るなり、大声で叫んだ!

「遥!」

聖さんの叫びに遥クンは優樹ちゃんの手をしっかりと握りしめたまま、全速力でマンションの入り口に飛び込み、泣きながら『吉澤さぁ〜ん!助けて!』と叫んで階段を上っていく。
二人の子供達がマンションに入ったのを確認した聖さんはマンションに連中が入り込まないように、大きく立ち塞がると、相手を睨み付ける。

「横山に何をするつもりなの!」
【いい身体しているじゃねえか…一緒に楽しむことにしようぜ!】

一人がもう一人にニヤニヤしながら話していたが、あっという間に聖さんに接近すると、何もためらいもなく首筋に何かを当てる。
すると聖さんは一瞬、痙攣するように身体が跳ね上がったが、すぐに意識を失ったのか、ぐったりしてしまった。

【えへへへ…この大きな胸と柔らかい身体、たまらねえぜ、】
【お楽しみは後だ!さっさと行くぞ!】

二人は意識を失い、動かない聖さんを車に乗せようとしていた。


聖さんが叫んだ直後、新垣マートにはいつもの店長や店員たちの他に尾形クンが買い物をしていた。
その声を聞いた全員がすぐに聖さんの声と判断し、特にさゆみさんは真っ青な表情になり、優樹ちゃんを心配してすぐに店を飛び出そうとしたが、それは尾形クンに止められた。

「さゆみさんはこの店から出ないで下さい。その代わり、俺が外を見て来るさかい。店長さんは何かあったときのために、直ぐに警察を呼べるようにしてください。」
「わかったのだ、お願いするのだ。」


そう言い残して、尾形クンが飛び出して、見たその風景は…おそらく、意識を失ったと思われる動かない聖さんを無理矢理車に乗せようとする二人組の男性だった。
運転席にも既に座っている人物がいる。
慌てた尾形クンは駆け寄ろうとしたが、間に合わず、車は発進しようとしたので、とにかく変わったナンバープレートや車種だけでも記録しようと、急いでスマホを取り出し、車を連続で写真に納めていた。
そうしていると、すぐ横に青と白の車が止まり、運転手がヒョイと窓から顔を出して声をかけた。

「尾形、何かあったのか?」
「あ!石田さん!ナイスタイミング!!あの車に聖さんが拉致されました!!」
「わかった!すぐに追いかける!お前は110番しろ!」

石田クンは少し先を走っていく車を確認すると、アクセルをベタ踏みして急発進したが、先行する車の窓から黒い物が出てきたかと同時に3発の銃声があたりに響き渡って、石田クンの車の両前輪とフロントガラスに命中した。
慌てた石田クンは何とかテクニックで転倒させずに車を止めることができたし、自分も幸運にも怪我はない。しかし…もう追跡は不可能だ。
まだ配達の途中だった石田クンはセンターの上司に指示を仰ぐため、携帯電話で連絡を取っている。

しばらくして店長と尾形クンが呼んだパトカーが数台、ifマンション前に到着し、何人もの警官が出てきたが、尾形クンが撮ったスマホの写真と、石田クンの業務用の車についているドライブレコーダーの映像、
そして…店長が提供したコンビニの監視カメラの画像を確認していた警官達はこの事が事件にもならないことをその場にいる全員に告げた。
相手が在日軍人であるため、国際的な協定により、日本の法律が適応できないのだ。

「なら…こっちも何やってもいいということじゃんかYO!」

そう言いながら姿を表したのは吉澤さんだった。そして、青い顔のままのさゆみさんに向かって、ウインクすると、言葉を続ける。

「そうそう、チビッ子二人はれーなが面倒見ているから、シゲさんは安心しろYO!」

それを聞いたさゆみさんはホッと一息つく。

「それより、問題は生田の奴だ!フクちゃんが拐われたと聞いたら相手がどうなるかは皆も想像つくよNA」

吉澤さんの言葉にその場にいるメンバーは手分けして生田クンと横山ちゃんに連絡を取ろうとしている。吉澤さんもまた別の人に連絡を取ろうとして、携帯をかけていた。


「え!聖が!!で、横山は?わかったちゃ…これから横山の店に向かうけん。何かあったら連絡してしてくれっちゃ。」

尾形クンからの連絡でifマンションでの出来事を聞いた生田クンは声はなるべく冷静を保つようにしていたが、持っていた携帯は握り潰しそうだったし、何も持っていない左手は握り締め過ぎて血が一滴、また一滴と地面に落ちている。
携帯をポケットに突っ込むと、一声大きく吠えて、急いで横山ちゃんの勤めるイタリアンレストランに全速力で向かった。


横山ちゃんが飛び出して、少したった頃、スタッフに呼び出された加賀クンが店に到着したのと同時に鬼の形相の生田クンも飛び込んできた。

「え?生田さん?どうしてここへ?」
「そういう加賀こそ…」

お互いがそうやって顔を合わせていたが、店の中からスタッフの一人が二人の騒ぎを聞いて、ドアから顔を出したところ、加賀クンの顔はスタッフに知られていたので、直ぐに二人とも中に入れてもらえた。

「玲奈はどこに行った!」
「チーフはこの写真と地図を見るなり、飛び出して行かれました。」

加賀クンがその写真と地図を手にしようとした時、横から生田クンが奪い取った。

「聖…」

倉庫のようなあまり綺麗ではない床に、意識を失い、横たわっている聖さんの写真を一目見るなり、生田クンはその写真をぐしゃぐしゃに握りしめた。
その全身から出る気配はもう…激怒を超越して、凄まじい殺気が放たれていた。

「生田さん…俺も連れていってください!」
「ダメじゃ!足手まといになる。相手は海兵隊の連中が何人もおる!加賀まで守る余裕はなかとよ。」

ドアに向かった生田クンの背中に加賀クンが叫んだが、生田クンは即座に一蹴した。それでも加賀クンは叫び続ける。

「聖さんが生田さんの大切な人と同じように、俺にとっても玲奈はとても大切な俺の女です!命を懸ける覚悟は出来ています!」
「二度と舞台に立てなくなるかもしれんとよ。」
「俺は今のifマンションに来てから、先輩達の大切な人やものを守るために、身体を張る姿を見てきました。さゆみさんを守るために田中さんは背中に今でも残る傷がありますし、
 鞘師さんは肩を壊しても、努力して、今ではメジャーリーグの選手。石田さんだって絶対に口には出しませんが、小田さんを大切にしていますし。尾形さんは身体がボロボロなのに、金メダルどころか世界初の四回転半ジャンプを成功させました。
 あのちいくんだって、優樹ちゃんや遥クンをいじめっ子から守ったと聞いています。俺だって男として大切な人やものは自分で守りたい!自分だけかやの外はゴメンです!それに生田さん…舞台には寝たきりの役や死体の役だってあるんですよ。」

加賀クンの言葉に生田クンは『この強情めが!』と、呟き、大きくため息をついたが、鋭い視線を加賀クンに向けた。

「ならば…俺が連中のアジトに飛び込んで、奴らを引き付けるけん…その間に横山と聖を連れて帰れ!加賀、聖をお前に託すっちゃ!命懸けでやり遂げるくれると!」
「しかし…生田さん一人で全てを相手する気ですか?!」

加賀クンの言葉に生田クンは加賀クンから視線を外すと、少しうつむき加減になった。

「そん時の俺は、おそらく…あまり人には見せられない姿になるけん…やけん、加賀も二人を確保したら、直ぐに離れんしゃい。」
「わかりました…」

加賀クンは少し小さな声で返事をすると、二人は店を出て、地図に書かれた場所に向かった。



同じごろ、横山ちゃんが地図に書かれた場所に到着していた。

「ここに聖さんが…」
「どこにも連絡せず、たった一人で来るとは思わなかったが、まあ…こっちにすれば2倍楽しめるからありがたい。」

横山ちゃんの後ろから、イントネーションが異なる日本語が聞こえてきたので、慌てて振り返るのと同時に横山ちゃんの右腕を取り、抵抗できないようにあっという間に背中に締め上げると、そのままボロボロの建物へと入っていく。

【おい!バカな奴だぜ!ノコノコと一人で来やがった。店から尾行していたが、例の写真などの手紙を入れてからの時間を考えると、どこにも連絡していないようだ。】
【タイプが違うから色々と楽しめそうだぜ!考えただけでもヨダレが出てくる。】

男達は横山ちゃんにも理解出来ないような下品な会話をしながら、乱暴に横たわっている聖さんの側に転がした。

「きゃっ!え?聖さん!聖さん!!」

横山ちゃんは床に半分投げられるぐらいの勢いで転がされたので、つい悲鳴をあげてしまったが、すぐ側にいるのが意識がないのか、身動き一つしない聖さんだと気が付いて、必死になって声をかけた。

「あれ?横山ちゃん?ここはどこ?確かifマンションの前で声をかけられて…その直後、身体が硬直して…」
「ごめんなさい!私のせいで聖さんまで巻き込んでしまって…首筋に火傷のような痕がうっすら見えますから、恐らく…スタンガンを首筋に当てられたのでしょう。聖さんは私が守ります!」
そう言って、横山ちゃんは聖さんの前にかばうように、両手両足を大きく広げ、何時でも噛みついたり、ひっかけるように口を開け、爪を立てていた。

【こいつ、まだ抵抗する気だぜ。】
【気が強い女も嫌いじゃねえぜ!】

連中が二人に襲いかかろうと、一歩、また一歩、近付きずつあったその時、入り口の大きな扉がいきなり大きな音と同時に木っ端微塵に吹き飛んだ。
その時の扉だったものや地面の砂が巻き上がり、煙幕状態の中に一人のシルエットが浮かび上がった。
見た目は小柄だが、その全身から発せられる怒気を遥かに越えた殺気をその場にいた数人はヘラヘラした雰囲気を一気に戦闘モードに変えた。

【この女がどうなってもいいのか?】
【二人を少しでも傷つけたら…お前たちどうなってもいいと覚悟は出来ているんだろうな!!】

煙幕が薄くなり、そこに立っているのは生田クンだった。
チラリと二人の方を見るが、放つ殺気は変わらないので、横山ちゃんは初めて見る生田クンに恐怖を感じていた。

「大丈夫…えりぽんは私たちを助けようと本気になっているだけ。」

その時、連中の一人が軍用の大きめな銃を構え、横山ちゃんに向かって撃った!
それと同時に聖さんが横山ちゃんを押し倒して弾丸を避けたが、その弾丸は聖さんの右肩をかすり、わずかだが血が飛び散る。

「聖さん!」
「聖!!」
「大したことはないわ。私は大丈夫…」

聖さんが撃たれ、わずかだが血が空中に舞うと、それを見た生田クンは大型のハンティングナイフを振りかざして襲ってくる一人を簡単に避け、
ナイフを持っている右手手首、右肘、右肩の三点の関節を手加減なく逆に決めると、一瞬、骨がきしむ音がしたのと同時に、3ヶ所の関節をへし折ってしまった。
そいつは生田クンが手を緩めると同時に、あまりの痛みで地面を転がっていたが、冷静な生田クンは地面を転がっている男の首を踏んづけて、沈黙させてしまった。
また別の連中が二人同時に襲いかかって来たが、生田クンは一人はアッパーで顎をわざとかするようにして、脳味噌を揺らして、フラフラにさせる。
続けてもう一人を今度も顎を狙い、蹴り上げて脳を揺らしたかと思うと、足は蹴り上げた勢いのまま、踵落としを脳天に食らわし、そのまま地面に踏みつけた。
恐らく鼻の骨か歯が折れたのだろう…相手の顔の下から血が流れている。今度はつい先程アッパーカットで未だにフラフラになっている奴を首を狙った回し蹴りでぶっ飛ばす。

「玲奈…聖さん。俺です!加賀です。」
「楓?」

生田クンのあまりにもの攻撃にいくら気の強い横山ちゃんも、恐怖で動くことが出来ない。
そんな時…加賀クンが生田クンと見つけていたボロボロな壁に開いていた穴から加賀クンが中に入ってきたのだ。

「今のうちにここから逃げ出すぞ!」
「で、でも…生田さんは?」

横山ちゃんは、自分達のために一人で闘っている生田クンを見捨ててなんて出来ない。

「あの人は大丈夫だ。それに手加減はしないし、手段も選ばない…と、言っていたから、あまり身内にはそんなシーンを見せたくないようだった。聖さんは大丈夫ですか?」
「これぐらいなら何でもないわ。えりぽんに比べたらかすり傷よ!」

聖さんはそう言いながら立ち上がろうとしたが、まだスタンガンの影響が残っているのか、少しふらつく。

「玲奈!今だけ何も言うな!聖さん、失礼します!」

そう呟くと、加賀クンは聖さんをお姫様抱っこして、入ってきた壁の穴から建物を脱出すると、なるべく建物から遠くに離れようと急ぐ。

「ねえ…楓?嫉妬はしないけどさ、聖さんをおぶった方が速いんじゃない?どうして『お姫様抱っこ』なの?」
「あぁ、聖さんは右肩に怪我しているだろ。それで右肩に負担がかからないように持ち上げているんだけど、おぶると右肩に力が入らないから、紐とかがあればべつだけど、上半身が固定出来ない。
 落ちそうになってしまいそうで怖いんだ。だからちょっとキツいけど、聖さんの安全を考えると…この方がいいかな?と、思った。だから今は嫉妬するな。」

この言葉に横山ちゃんは黙って頷いた。
聖さんは加賀クンの言葉はきこえているが、かすったとはいえ銃の衝撃と、右肩の痛み、そして…スタンガンの影響がまだ残っていて、自分の意思どうりにはあまり動けないことを実感していた。
そのため、大人しく加賀クンのされるがままでいた。

「加賀さん!皆様もお乗りください!」

突然、目の前に白い高級車が止まると、まだ未成年と思われる、長髪の少女が後ろのドアを明けて、大声で叫ぶ。
加賀クンはその姿を見て、彼女が以前出演したことのある舞台影のプロデューサーだったことを思い出した。

「貴女は確か以前、舞台のプロデュースしてくださった、飯窪財閥のご令嬢様…でもどうしてここに?俺たちを?」
「まだ追いかけて来るかもしれません。どうかお急ぎくださいませ!」
「でも…私、怪我で出血しているから、せっかくのお車のお席が汚れてしまいますわ。」
「そんな小さな事、構いません!まずは病院にご案内いたします!」

飯窪財閥のご令嬢の言葉に聖さんはこの車の価値をよく知っているため、乗車も拒否しようとしたが、かえって強引に乗せられてしまった。
加賀クンは前の助手席に、後ろには飯窪財閥のご令嬢、聖さん、横山ちゃんの順で乗車した。

「シロ!どちらでも構わないから、腕のよい形成外科の医師が在籍している病院に向かって下さい。」
「お嬢様!恐れ入りますが、医療関連ではあちらの系列の方が腕のいい医師がいらっしゃいますが、そちらでよろしいでしょうか?」
「この件はあの方との共同作戦になりますので、全く構いません!まずは、彼女の怪我の痕が残らないようにするのが最優先になります。」

飯窪家のお嬢様は、聖さんの怪我を一目見るなり、運転手に指示を出してから、改めて車に常備している救急セットを取り出した。

「とりあえず、傷口を消毒させていただきます。少し滲みるかもしれませんが、我慢してください。失礼します!」

お嬢様は聖さんの肩にそっと触れ、切れた服の下の傷口に消毒薬を浸したガーゼで汚れを取り除こうとしたが、消毒薬が傷口に滲みて、聖さんの表情が変わったが、声を出さないように我慢している。

『そう言えば…いつもお世話になっている譜久村さんではなく、別の譜久村様のご息女が高校卒業と同時に後輩と駆け落ちした…と風の噂で聞いたことはありますが、彼女がそうなのでしょうね。』

飯窪財閥のお嬢様は聖さんに傷口の洗浄と消毒をしながら、そう心の奥底で悟られないように想いを巡らせていた。
一方…聖さんも怪我や傷口の消毒による痛みなどに耐えながら、思い出した事があった。
自分より年下の学生でありながら、飯窪財閥のご令嬢である彼女はアパレル会社や洋菓子関連など自らプロデュースしているという話は聞いたことがあった。
以前の加賀クンのオーディションがあった舞台にも関わっていたことは加賀クン本人から聞いていた。

「譜久村様…いえ、今は生田様でよろしかったかしら?後、もう少しで病院に到着いたしますので、それまでこれで我慢してください。」

彼女はそういいながら、使ってしまって、無くなってしまったガーゼの代わりに包帯を重ねた物を傷口に当て、自分が使っていたスカーフを躊躇なく細長く裂くと、傷口に当てた包帯の上から動かないように固定した。
その作業中に首筋の火傷のような痕を見つけた彼女はそれが何によって出来たのかを瞬時に理解し、その場所を切り裂いて、残ったスカーフで優しく覆って隠す。

仮の処置を終わらせた飯窪財閥のお嬢様は自分より年上の聖さんを傷に差し障りないようにソッと身体を引き寄せ、抱き締めると、聖さんもホッとしたのか、そのまま意識を手離してしまった。
その横では横山ちゃんが不安そうな表情をしていたので、彼女は聖さんの背中越しに左腕を伸ばし、横山ちゃんの左手を優しく触れたかと思うと、しっかりと握りしめた。
それは…『もう心配することはないから…大丈夫よ。』と、言われているような気がして、横山ちゃんも徐々に落ち着いていき、ずっと気を張っていたため、疲れがたまっていたのか、いつの間にか目を閉じて眠ってしまっていた。



さて、小屋では生田クンが暴れまくっていた。
ふと視線を別のところに移すと、つい先程まで聖と横山ちゃんがいた場所は誰もいなくなっていた。
加賀クンが二人と上手く脱出することに成功したようだ。これで限界なく暴れる事ができる。
そうは言っても、生田クンの猛獣…と言ったら、猛獣に失礼とも思えるぐらい暴れっぷりは、正に鬼神か破壊神そのものであり、たとえ相手が軍人だろうが、もう勝負にならなかった。
そんなように荒くれ者とも言われる海兵隊と何人も闘い続け、地面にのたうち回る相手がほとんどになった状況で、軍用の大型銃を生田クンにむけるが、生田クンは全く気にもせず、相手に向かってゆっくりと歩を進めていく。

【止まれ!撃つぞ!】

生田クンはその言葉も無視し、止まらなかった所、相手は恐怖に怯え、数発撃ったが、生田クンの全身から発せられる殺気で、銃が安定せず、発射された弾丸は全て生田クンをかすりもせず、明後日の方向に飛んでいった。
それでも生田クンの歩みは止まらない。
相手の銃口のすぐそばまで間合いを狭めた生田クンは全く躊躇なく、自分の左手小指を銃口に突っ込むと、不適な笑みを相手に向けた。

【お前が撃ったら俺の指も吹っ飛ぶが、同時にこの銃も破裂するから、銃を支えているお前の両手首も吹っ飛ぶ…さて、どうする?】

生田クンの殺気とそのあり得ない行為に、いくら軍人である相手もどうすることも出来ず、ただ時間だけが過ぎていく。

【MPだ!ホールドアップ!】
【えっ!MP(憲兵:Militarypolice)?!】

二人がそのまま動くことが出来ない所に、いきなり大勢のフル装備して、銃を構える軍人達…MPが生田クンと不良軍人に一斉に銃口を向けた。
相手はMPと言う言葉に怯えて、銃から手を離し、崩れるように座り込んでしまった。
一方…生田クンは全く動こうともしなかったので、銃は左手小指が差し込まれたままぶら下がっていたが、銃の重さで自然落下して、地面を転がっていった。
幸いにも暴発はしなかったが周りのMPまでもが慌てて生田クンから離れた。

【ヘイ!お前…エリナじゃないか?おい!俺だ!ラスベガスの地下格闘場でお前がリングに出てきた時、なぶり殺しにされると誰もお前に賭けなくて、俺の一人勝ちだった!最高にクレイジーだったぜ!おもいっきり儲けさせてもらって今でも感謝してるぜ!】
【あぁ…思い出した!そうだったな…完全にアウェイで、あんただけが俺に賭けてくれて…勝った後、飛び付いて来たからつい顔面に一発入れてしまって…あの時はすまなかった。】
【ところで何であんたがこんなところで場外乱闘をしているんだ?しかも相手はうちの軍の札付き野郎ばかりだし…】
【俺の仲間と一番大切な人を傷つけられた。奴等はバラバラにしても気がすまない。】
【わかった…俺は憲兵の小隊長として日本に赴任しているから、ある程度の権限は持っている。こいつらはもう日本にはいられない。帰国なんてもってもほか…恐らく、中東の最前線か東アジアの対海賊対応に投げ出されるだろう…二度と日本にはこさせないことを約束しよう。それと、お前はこの場から立ち去れ!後の始末は俺がやっておく。】
【すまない…】
【なに、気にするな。次回もお前に賭けるから、そこで儲けさせてくれればそれでいい。ベガスに行くときには教えろよ!】
【あぁ、わかった。なるべく早めに行くよ。】

そんな会話をしながら、憲兵の小隊長は何かカードに連絡先を走り書きすると生田クンに渡し、建物の出入り口まで送ってくれた。


生田クンがifマンションに戻って来ると、いつものメンバーが戻ってくるのを今か今かと外で待っていた。
小田ちゃんなんかは珍しく、石田クンの背中に心配そうに泣きそうな表情のまましがみついていた。
そんな小田ちゃんを石田クンは時々振り向いて、小田ちゃんの顔を見ると、頭をなぜて落ち着かせようとしている。

「あっ!生田!大丈夫ちゃか?」
「俺はなんともないけん…それより聖や横山はまだ戻ってないと?」

生田クンはifマンションのいつものメンバーを見渡したが、聖さんに加賀クン・横山ちゃんペアーの姿がなかった。

「生田!さっき加賀クンから『病院寄ってから帰る』という連絡をもらっていて、二人とも大した怪我はないって。」

さゆみさんが説明してくれたが、生田クンの姿にさゆみさんを始めとして女性陣がやや怯えていた。
それは生田クンからの殺気が未だ強く放たれたままであること、それに服に血がかなり付いていることも一因だった。
生田クンに怪我をした形跡はない。恐らく…相手の反り血であることは予測がついた。

「おい!生田!お前の気持ちはわかるけどYO!みんながお前を怖がっている。もう少し落ち着けNA!」

吉澤さんの言葉に、生田クンはハッとして、あわてて周りを見回したが、女性陣はほぼ全員、男性陣でさえかなり引いている。それでも自分のパートナーを庇い、緊張の色が強い。

「すまんちゃ…」

生田クンは力なくお詫びの言葉を口に出すと、そっと皆に向かって右手を伸ばしたが、右手が血塗れなことにきがついてあわてて引っ込めて、改めて己の姿を確認した。


その時…大型の白いリムジンがゆっくりと近付いてきて、みんなの目の前で止まった。そして…車のドアが静かに開くと、一番始めに加賀クンが、その次に横山ちゃんが…最後に加賀クンと横山ちゃんに支えられて聖さんが降りてきた。

「えりぽん…」
「聖!大丈夫か?!」

生田クンは聖さんの姿を見たとたん、すぐに抱き締めたかったが、己が血塗れなことを思い出し、動くことが出来なかったが、聖さんは全く気にせずに生田クンに抱き付くと、口づけした。生田クンもそれに応じる。

「ただいま…」
「お帰り…傷はどうなっとると?」
「撃たれた場所は痕が残らないように縫って下さいましたし、スタンガンの痕も残らないと言われましたわ。」

そこまで聞いて、生田クンはようやくホッとして、聖さんから離れて崩れ落ちそうになる。それを何とか自力で支えると、ようやく横山ちゃんの顔を見た。

「横山…怪我はなかったと?」
「生田さんと聖さんのおかげで私はなんともありません。逆に聖さんに怖い目と怪我をさせてしまって申し訳ありません!私を殴って下さい!」

生田クンの言葉に横山ちゃんは生田クンに迷惑かけたことと、何と言ってもその大切な人である聖さんを巻き込んでしまった上、自分をかばって撃たれたのだ!謝っても謝りきれない。
許して貰えないかもしれない。生田さんの気が済むなら、殴られても構わないし、怪我も覚悟の上での言葉だった。この言葉には加賀クンはもちろん、聖さんを始めとして他のメンバーも驚いていた。

「女性に拳を向けたり、蹴るわけにはいかん。気にしないで構わんと…」

横山ちゃんの言葉に流石の生田クンも目を見開いて驚いたが、小さな声でそう答えた。だがその血塗れの右拳はグッと握り締められ、今度は己のであろう…血が一滴、また一滴地面に落ちる。

「あ、あのぅ…玲奈の代わりに僕が殴られます。力の加減無く、思いっきり殴っても構いません!」
「ちっちょっと!楓!」

加賀クンの言葉には流石の横山ちゃんも驚いて止めようとしたが、加賀クンは緊張しているものの、意思は固く、生田クンの真っ正面に迫ると、その視線は生田クンから外すことはなかった。

「あのな加賀、お前の身体は普通の人と違って商品であることをわかってないと?」
「僕だって、あまり売れていない舞台専門の役者とは言え、人前に立つ人間ですから生田さんの言いたいことはよくわかります。
 でも!玲奈の件で生田さんと聖さんを巻き込んでしまった上に、聖さんに怪我をさせてしまいました。玲奈がしたことの責任は俺にもあります!だから俺の事を殴っても蹴っても構いません!好きにやってください!」

加賀クンの言葉を聞いて、慌てて聖さんが二人の間に入って止めようとしたが、生田クンに手で止められた。

「加賀…きさんは俺の暴れるところを見ていたやろ?一発でも大怪我するけん…止めとけ。」

生田クンの静かだが、圧のある言葉に加賀クンは先程の小屋での生田クンの闘いを思い出した。
それはいつもの聖さんに甘える生田クンではなく、冷酷に相手を人と思わずに壊していくという、まるで『破壊王』とか『鬼神』と呼ぶに相応しい様子だった。
怖くない…と言えば嘘になるが、加賀クンも男である。
己の大切な人を自分自身で守りたい想いはあるが、今回の事は自分は全く知らず、知った時には生田クンの一番大切な人である聖さんを危険な目に遭わせており、あげくの果てには己の大切な玲奈を庇って撃たれている。
知り合いでなければ許してもらえるはずはない…そう加賀クンは考えて、人生初の一大決心を決めた。

「ならば、俺は…生田さんに決闘を申し込みます!」
「な…正気か?」
「正気ですし、本気です!これなら俺も生田さんに殴っても蹴ってもいいと言うことでするからね。」
「バ楓!何考えているのよ!」
「そうよ!生田に殴られたら骨折だけじゃすまないわよ!」

加賀クンの言葉に横山ちゃんやさゆみさんなど、皆が止めようとしたが、以外に聖さんは何も言わず、ただ生田クンの横顔を見ていた。
その視線に気がついた生田クンは表情を変えないまま聖さんを見ると、すぐに視線を加賀クンに戻す。その一瞬だけで聖さんは生田クンの考えていることが分かり、ただ二人を見守るだけだった。

「わかったちゃ。なら二人だけで屋上に行こう。そこなら誰にも邪魔されんけん…」
「わかりました。どうか皆さん、二人っきりにさせてください。」

加賀クンはその場にいるメンバーに深々と頭を下げると生田クンの後をついて、屋上に向かった。


ifマンションの屋上まで来た二人はお互いに睨み合っていたが、生田クンが自分の両手に反り血が付いていることを思い出すと、まず着ているTシャツを脱ぎ、そのTシャツで手や顔に付いた返り血を拭き取って、そのTシャツを投げ捨てた。
その上半身は古傷は多いが、無駄なぜい肉も筋肉もなく、完全に闘うための体つきだ。

「加賀、待たせてすまんちゃ。じゃけど…俺と決闘なんて正気の沙汰ではないぞ!」
「生田さん…それは俺も承知の上です。こうでもしなければ、あなたは受けてくれませんから。」
「まぁ…それもそうちゃ。じゃが、戦力の差がありすぎるけん。俺は拳は使わんつもりやと。お前が一発有効打撃を俺の身体に当てたら加賀の勝ち…でよか?」
「わかりました…一発当たればいいんですね。」
「まぁ…実際はかすりもしないと思っとるけん。早めにギブアップした方が己のためじゃぞ。」
「俺…生田さんが思っている以上にしつこいかもしれませんよ。」

お互いに顔を見合わせると、どちらからと無くニヤリとした直後、生田クンはウォーミングアップがわりに軽くステップを踏みながら、右手の指でクイクイと加賀クンを挑発する。
流石の加賀クンもやや頭に血が上っているのか、生田クンの挑発にのって、顔やボディーめがけて何発もパンチを振るうが、
生田クンは始め公言した通り、己の拳を使わず、ジーンズの後ろポケットに両手を突っ込んだまま、加賀クンのパンチを楽々と避ける。
生田クンが加賀クンのパンチを避けているうちに、段々そのパンチが大振りにるなり、身体も徐々に前のめりになり、安定感が無くなり、ふらついてきてきた。
それを見逃さない生田クンは一番前のめりになったのを軽くではあるが、加賀クンを狙って右足で顔めがけて蹴りを入れた。渾身の蹴りではなかったが、顎にかするようにヒットする。
加賀クンにとっては大したことではないと判断し、さらに攻撃を続けようと足を動かそうとした時、バランスが崩れ、後ろ向きに受け身も取れずに倒れるというその刹那、
生田クンが足の甲でなるべくそっと加賀クンの首を支え、地面にぶつけない様にゆっくりと下ろした。

「あのな、加賀…人間の脳ミソっな、柔らかい豆腐の様なもんなんじゃ。それを頭蓋骨で覆っているんじゃが、顎をアッパー等で狙うとその衝撃で頭蓋骨の中にある脳ミソが揺れて、バランスが取れずに立てなくなってしまうんじゃ。
 やけん…しばらく立つどころか動くのも難しいと思うけん、落ち着くまでそこで横になってたほうがいいっちゃ。今、横山を呼んでくる。」

そう言いながら生田クンは加賀クンの彼女である横山ちゃんを呼んでくるため、加賀クンに背を向けた所、いきなり足が動かずに転びかけたが、上手く身体をひねり、顔がコンクリートに叩きつけられる事だけは避けられた。
背中は当たったが、受け身を取ったため大したことはない。その受け身を取る際に、加賀クンが必死の形相で生田クンの足首を掴んでいるのが見えた。

「言ったでしょ?俺はしつこいって…」
「お前…」

加賀クンは口角を上げて、生田クンを挑発する。

『しつこいとは思っていたけんど、ここまでとは思わなかったバイ。』

生田クンは大きくため息をつくと、少しだけ己の足首を捻り、相手の手を外すと、加賀クンの背後にすばやく回り込み、己の足を相手の足に搦めた瞬間、加賀クンの脳天まで激痛が襲った。
いわゆる『4の字固め』だ。

「いい加減にせんと骨が折れると!ギブアップせい!」
「いやだ!絶対に諦めないぞ!」

いくら足を締め上げても、加賀クンは全身の激痛に耐えながらも、決して諦めようとはしないことは、技をかけている生田クンにもはっきりとわかった。

『これは加賀の心まで折らんといけんな…』

生田クンの表情が今まで以上に冷酷に変わり、4の字固めのまま身体を起こし、両腕で加賀クンの背中を押さえつけてから4の字固めを外し、加賀クンの太もも辺りに座り、
動けないようにしてから、加賀クンの喉の辺りに指をそっと触れると、背中を逆海老ぞりしながら、じわりじわりと力を入れていく。

「加賀、最後の警告だ!俺は簡単にお前を落とすことができるが、それはしない。諦めるなら地面か俺の体に2回続けてタップしろ!そうしたらすぐに止めて解放する。」
「No!ネバーギブアップ!」

背骨がギシギシ鳴り、息苦しく、声も出すのも厳しい状況だったが、それでも加賀クンはそれにも耐え、出せる限りの大きな声で決して諦めない事を宣言する。
それを聞いた生田クンは顔色も変えず、ゆっくりとではあるが徐々に力を込めていく。やがて、加賀クンの表情が変わっていき、口からは泡が出始めている。

そんな時、凄まじい殺気を感じたので、生田クンの指は少し緩み、その首はまるで油の切れた機械のようにギギギギと音が聞こえそうな感じで振り向いた。
そこには全身から殺気を放ちながら両腕を組んで睨みつけている聖さんの姿があった。


「エ・リ・ポ・ン…何やっているのかな?」
「みじゅきぃ〜これは…」
「問答無用!」

聖さんは勢い良く生田クン達に近づくと、身体を起こして慌てている生田クンの首に怪我をした方とは逆であるそのたくましい左の二の腕でウエスタンラリアートを決めて、地面に転がすと、その背中の上に座り込む。

「そんなに人をいたぶるのが好きならば、聖がえりポンをいたぶってア・ゲ・ル!」

そう言いながら聖さんは生田クンの顎に両手を組み、背骨の反対側に身体を反らせる。いわゆる『キャラメルクラッチ』だ。

「イタタタタタ…みじゅきぃ〜ギブギブ!」

突然自由になり、ようやく息も出来るようになって、喘ぐように呼吸をしていた加賀クンの側に横山ちゃんが泣きそうな表情で駆けつける。

「楓…大丈夫?」
「あぁ〜生田さん…かなり手加減してくれたからまだ意識もある。大丈夫だ。」

横山ちゃんはまだかすれ声の加賀クンを心配して、ノドに軽く手をあてたり、海老ぞりされた背骨をさすったりしているうちに、他のifマンションのメンバーか屋上まで駆けつけてきた。

「加賀クン!大丈夫?」
「何とか大丈夫です。」

さゆみさんの言葉にかすれた声ではあったが、ハッキリ答えたので、その場にいた全員がホッとした。
そして大リーガー選手の妻で多少医療にも心得のある香音さんが、加賀クンの側に近寄り、足を曲げ伸ばしさせたり、赤くなっている喉や背骨の辺りを触ったりしていたが、喉が赤くなっている以外は大丈夫そうだと判断した。

「でも何か気になることがあったら、直ぐに医者にかかるんだよ。」
「香音さんありがとうございます。」

その後、加賀クンや横山ちゃん含めて生田クンに対する聖さんのお仕置きに視線を移した。

「最強を誇る生田でも譜久村には敵わんか…」
「あれ…もしかしたらリカちゃん以上に強いかもしれないよNA」

田中クンと吉澤さんの呟きにその場にいた全員が無言の中、大きく頷いて同意した。

「ヘルプミー〜〜〜〜」

背骨の軋む音と生田クンの悲しい悲鳴がifマンションの屋上に響き渡った。





生田クンと加賀クンの「男のプライド」 終

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あとがき
本来ならばえりぽんの誕生日記念にと書いたのですが、7月どころかフクちゃんの誕生日も過ぎ、気がついたら最後まで書ききったのは…秋ツアーラストの代々木第一体育館当日!
で、一体誰が主役なのかわからない話になってしまいましたw

しかも血だらけだし、聖さんは別の意味で暴走するし(笑)
横山ちゃんに何があったか全て加賀クンが知ると大変な事になるだろうなぁ〜
(皆様、覚えていらっしゃるでしょうか?生田クンのお姫様抱っこに聖さんとのお風呂…)

ある意味R15(暴力的だから)のですが、誰かさんのせいでエロにw
英語ができないから、かっこを別にして、誤魔化すし…(英語苦手なので許してください。)
しかも12月後半から1月はクリスマスや年末年始のイベントがあったりして、この内容はふさわしくないかも…
と、思いまして、令和2年2月22日の誰かさんの誕生日ごろに公開することになりました。w
(ある意味主役級なので…)
手直しするべき点はたくさんあったし…w
>特に自分の場合は間違って書いてしまうことが多いので…大反省です

加賀温泉郷にも行ったので、またネタは出来てしまったし、薬者としてのネタになりそうな資料も手に入りました。

現実ではあゆみんと小田ちゃんがくっつくようになってしまったしw
(あんな話書いたけど自分の責任ではないと信じたい。(オイ))

少しずつでも溜まっている作品を進めて行きます。長い目で見てやってください。

あいも変わらずとんでもない話を読んで下さり。ありがとうございます。大変感謝します。

薬者
 

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