(40-503)田中クンの恋愛事情 番外編 「If」



― さゆみの家、寝室。

深い眠りから覚めるとカーテンの向こうの世界はすでに太陽に照らされていて。
まだぼんやりとした意識のまま壁掛け時計を見ると10時を回ったところと教えてくれる。
さゆみにしては珍しく途中で起きることもなくグッスリ眠れたみたいで、いつもより頭がすっきりしている気がする。
奮発して買い換えた枕が良かったのかも…

って。そんなことより、だ。


昨日のあの夜は…

やっぱり夢だった…?


あまりに現実離れした夜だったからアレが現実だったのか夢だったのか、まだ寝起きの頭では判断がつかない。
そもそも夢じゃなきゃあんなことはあり得ないわけで……でも夢にしてはあまりにリアルすぎる体験で…。
そして今この部屋にはさゆみ一人しか生き物はいない。二度寝をする前は隣にいてくれたと思ったんだけど。
この難事件を解決するには、もうコナンくんでも呼ばなきゃだめかな。

…なーんて考えていたけど。
その答えは考える必要もなく、あっけなく出て来るもんで。

「あっ…」

起き上がろうと布団を剥いだら、そこにはパジャマどころか下着すらつけていないさゆみの身体。
…コナンくんの出番は無かったよ。


………


音を立てないように静かに立ち上がって、床に脱ぎ捨てられている下着とパジャマを慌てて身につける。
そして何だろうこの味わったことのない身体の気だるさ。
多分原因は昨日の夜。本当に夢じゃなかったら、の話だけど。
でもその答えはこの部屋を出ればきっと分かるとさゆみの勘がそう言っている。
空き巣に入る泥棒のように忍び足でリビングに繋がる扉に近付いて、ゆっくりドアノブを捻った。

ガッ、チャ…

誰もいないはずのリビングに、いやキッチンに誰かがいる…。
当然その後ろ姿はママやお姉ちゃんじゃなくて。

「ん? あっ、起きた?」

れいな だった。

「今起こそうと思ってたっちゃん。」

そう言葉を続けたれいな。
だけど想定していたとはいえプチパニックが起きているさゆみの耳に声が届いて言葉を理解するまでには十秒ぐらいのラグがある。
だって見慣れたガス台の前にれいなが立っていてお気に入りのフライパンを握っているんだよ?
しかもタンスに入ってるはずのさゆみのフワモコパジャマを着て…それにしても似合いすぎじゃない?その格好。

「ん?…あっ、勝手にパジャマ借りたけん。れーなの服まだ乾いとらんかったったい。」
「………えっ?あ、うん…いいよ…」
「あと冷蔵庫も漁って…怒っとらん?」
「ぜんぜん!全然良いし…!」
「なら良かったと。」

安心したように『ニヒヒッ』と笑うれいな。
笑顔が可愛いな…ってボーッとしてるとトースターが目覚まし時計みたいにチンッ♪と鳴った。
「アッツ!アッツ!」と騒ぎながら焼き上がったトースト×2にバターを塗るれいなを、さゆみは一歩も動けずに眺めていた。

「うっし出来た。突っ立っとらんと座り?」
「!…う、うん…」

れいなに言われて食卓の椅子に座ると、バターが染みた黄金色のトースト、目玉焼きと焼いたウインナー、かぼちゃのカップスープが運ばれてきた。
そしていつもは誰もいない食卓の向かい側にれいなが座る。
なんだろう…違和感がすごくて頭が追い付かない。

「…」
「さっ食お?」
「れーな…?」
「うん?」
「あの、ありがと…朝ごはん…」
「あぁいいとよ。これがれーなが作れる限界やけんねw ニシシw」

たしかにスープ用のお湯を沸かして卵とウインナーをフライパンに落としてトースターに食パンに突っ込んだだけの簡単な朝食。
それでも、こんなに幸せな気持ちになるのはやっぱりれいなが作ってくれたからだろうな。

「いただきます…」

サクッ

トーストの良い音がしてから食パンの芳醇な香りとバターのコクが口に広がる。
まだ寝起きの状態なのに早速食欲が湧いてきた。

「やばっ!んまっ。れーなもトースター買うかなー。さゆ良いの知らん?」

『さゆみは電気屋さんじゃないから』っていつもの憎まれ口も思い浮かんだけど、
今のさゆみはトーストをかじるれいなの口元に目と脳を奪われていてそれどころじゃない。

昨日あの唇とキスしたんだよね…何回も。
記憶は曖昧でも唇にはまだれいなの感触が残ってる気がする。
そしてトーストを持つ小さな手は何度も何度もさゆみの身体のあちこちをまさぐって…

「ん?なんか顔についとう?」
「えっ?あっ、ううん大丈夫、大丈夫!」
「そう。」
「…サクッ」

ってか、なんでれーなは平気なの?
昨日あんなことがあったのにいつも通りじゃん。
昨日までは手だって繋いだことなかったし、それ以上のことは当然……そもそも単なる友達だったのに。
まるで何も無かったみたいに自然体で余裕そうにしてるその感じ?なんか少し苛つく。
これが経験者と未経験者の差なの?こっちは異世界に迷いこんだぐらいの感覚だよ…

「なんかあったと?」
「…えっ、なんで?」
「さゆがジロジロ睨んできようもん。」
「き、気のせいだよ。」
「ふーん…」

さゆみは慌てて視線を逸らして目玉焼きに塩コショウをかける。
そしたら今度はれいなの視線を感じた。

「…」
「なに…?」
「うん。やっぱすっぴんのさゆもいいなって。」
「うえぇっ?!」

よく考えたら化粧もしてないのにれいなの前にいるさゆみ。
いや今は塀の向こうにいるアレから守ってもらうために一緒に住んでた時もすっぴんだったし、
昨日の夜なんかもっと色んなところも見られちゃったんだけど…あぁ、思い出しただけで失神しそう。
でもでも、すっぴんだって恥ずかしいもんは恥ずかしい。

「や、やめてよ…珍しいもんじゃないでしょ…?」
「そうやけどこんなに正面からじっくり見たことなかったやん?」
「じっくりなんて見ないでよ。…むくんでるかもしれないし…」
「そんなことなかよ?化粧せんでも十分可愛か。」
「か、可愛いとか!ヤメてよ…!」

はい嘘。もっと言って。

「おっw 照れとうと?w」
「違う!お世辞が嫌なだけ!」

今のさゆみは顔から耳から首までたぶん真っ赤。

「れーなはお世辞とか言うの向いてないけん。本当のことしか言えんばい。」
「ハイハイ、ありがと!おわりっ。」
「素直やないっちゃねー。」

…やばい、超やばい!さゆみ超喜んでる…!
めちゃめちゃ恥ずかしいのに、めちゃめちゃ嬉しい…!

ニヤケ顔を見られないように俯いてトーストや目玉焼きを無理やり口一杯に放り込んだ。
頑張って咀嚼しながらもドキドキで頭がおかしくなってるのか、お皿に乗ったこんがりウインナーもれいなのアレに見えてしまう。
いや違うっ!昨日のれいなはこんなもんじゃない大きさで色も白とピンクで可愛くって…そろそろヤメとこうねさゆみ。食事中だよ?

喉につまらないようにかぼちゃのスープで流し込んだのは良いんだけど、
せっかくれいなが作ってくれた朝ごはんの味がしなくなっちゃってるのは何かもったいない。
落ち着け。深呼吸だよ深呼吸。

「なぁなぁ。」
「な、なに…?」
「さゆは今日は仕事あると?」
「え、…ないけど…」

スケジュール帳に書かれている予定では今日はお休み。
それは昨日が長年の初恋が見事に敗れる記念日の予定で次の日はまともな状態ではいられないだろなって思っていたから。

「れーなも今日は休みやけん、午後どうする?」
「えっ…一緒にいて欲しい…」

さゆみの言葉にスープを掬っていた手が止まるれいな。
さゆみはさゆみで『らしくない』素直すぎる言葉がスッと出てきたことに心臓がバクバクするほど驚いていた。

「それだけ?」
「うん。変?」

必死に平静を装うさゆみに不思議そうにしていたれいなだったけど、すぐに笑顔になって。

「…ま、いっかw 」

その無邪気な笑顔反則。
つい「可愛い…」って心の声まで口走りかけた。


………


食後。

「ふい〜腹いっぺーちゃんったい。」と満足そうにお腹を擦るれいな。
さゆみも同じぐらいに食べ終わって「ごちそうさまでした」してから一旦寝室に引っ込み、着替えを持ってれいなの元へ。

「さゆみシャワーするね。」
「おーいってらー。」

あっ、さすがにいきなり一緒に入るってことはないんだ。
…それじゃあさゆみが期待してたみたいじゃん。別に期待してないし。それに、ね…。

「さて皿洗いすっかー。ふわぁ〜あ…」
「あのさ」
「んぅ?…なん?」

涙を流すぐらいの大あくびをしているところを申し訳ないんだけど、さゆみはまだ大事なことを聞いてないんだよ。

「…」
「?」
「…」
「なにモジモジして、さゆらしくないっちゃね。いつもみたいにハッキリ言い?」
「じゃ、じゃあ聞くけど…」
「うん。」

「…さゆみ達、付き合うってことでいいんだよね…」

この確認だけはどうしてもしておきたかった。
キスしてえっちして一緒に寝て朝ごはんを食べる『トモダチ』だって世の中には存在するかもしれないし…

「ぷっw 当たり前やろw わざわざ聞くかそれw」
「で、でもっ!」
「れーなはバカかもしれんけど、付き合うつもりのない子に手ェ出したりは絶対にせんよ。」
「そ、そっか…そうだよね…ははは」

よかった…
もし遊びって言われたら目の前の食器でれいなの頭かち割ってさゆみも一緒に……もちろん冗談だよ?

「…嫌やった?」
「嫌なわけないっ!……ごめん大きい声だして…」

滅多に出ないさゆみの大声に驚いた顔をしたあと、すぐに『大丈夫』ってうなづいてくれるれいな。
無神経でおバカなところもあるけど意外と優しいんだよね…好き。

「あのっ、えっと…道重さゆみです、不束者ですがよろしくお願いします。」ペコリ
「これはこれはご丁寧に、田中れいなです…」ペコリ
「…」
「…」
「ってなにこれぇ!w」
「お見合いじゃないんだからねw うふふふっw」
「ウケるーw」

れいなと一緒にいると、さゆみは自然と笑顔が溢れる。


………


脱衣所でパジャマを脱ぎながら、ふと目線が洗面台の鏡に行って見慣れた顔が映った。
気にしていた”むくみ”は無く安堵したものの、不思議と昨日までの自分との変化を感じた。

妙に肌つやがいい。
長い間悩まされたクマも行方不明。
真顔のつもりなのどうにも口角が上がってニヤついてしまう。

きっと自分自身にしか分からない些細な変化かも知れないし、何ならさゆみの精神状態でそう見えてるだけかもしれない。
でも、さゆみってこんな顔するんだって23年生きてきて今さら気付いた気がした。…大袈裟かもね。

「よしっ、今日も可愛いぞっ。」

生まれたままの姿で鏡の中の自分に気合いを入れたら、洗面所のすりガラスの窓から太陽の強い光が差し込んできて。
少しだけ開けて見上げたら、昨日のどしゃ降りが嘘みたいな青い空がどこまでもどこまでも広がっていた。





田中家になる前の日常 Episode:After The Rain おわり





【オマケ】

さゆみさんシャワー中…

川*- 。.-)フフン フンフン〜♪


∩c|;` -´) …

外で聞き耳を立てるれいなクン

ノc|;` ロ´) よし今のうちっ!
  つ□O
   ↑
朝一番で買いに言った検査薬

説明書を熟読中…

ノc|;` ロ´) えっ!さゆにお○っこちょうだいって言えと?!
  つ□O   


ちゃんちゃん♪



(45-367)田中クンの恋愛事情 番外編 「If...続」



あとがき

原作者様の書かれた素晴らしい作品の後日談を書くというのは私なんかがおこがましい限りなのですが、
恋人同士だった頃の話をまだまだ掘り下げたいなと思って無謀にも挑戦してみました。
さゆみさんの今以上に素直に言葉に出来ない性格や、地に足がついてないようなフワフワとした高揚感が伝わって貰えたら幸いです。
ただ勢いで書いたので原作との多少の矛盾は許してください><

タイトル元ネタ
THE UNCOLOURED 『AFTER THE RAIN』

ではまた。
 

ノノ*^ー^) 検索

メンバーのみ編集できます