#17 <<< prev





『ねえ。れいなもさぁ、友達いないの?』
『・・・』
『図星なんだ』
『・・・フン』
『えーじゃあさ、絵里達友達になろうよ。どうせれいなも男性恐怖症みたいなので同姓の友達作るの無理なんでしょ?
 絵里もできる見込みないしさぁ・・・。ちょうどいいじゃん絵里達。はぐれ者同士で』
『はぐれ者・・・』
『どう?』
『・・・ん』
『じゃ、これからよろしくね!』
『うん』

・・・。
なにかがおかしい・・・
けどなにがおかしいのかわからない・・・


*****


「・・・・・・・・・ふわ」
「おはよれいな。つってももう10時だけど。仕事はいいの?」
「・・・おそようさゆ。YHは今日は吉澤さんが通ってた幼稚園の創立記念日らしくて休みになった。今日の朝ご飯なん?」
「関係ないでしょそれ。朝ごはんはスクランブルエッグだよ。冷めない内に早く来てよ?じゃ、さゆみ先にご飯食べてるから」
「うん・・・」

・・・さゆのやつ最近ご機嫌だな。
ご機嫌といっても特別フィーバーしてるというわけでもないがれいなにゴルゴを彷彿とさせるあのキツそうな視線をくれなくなった。
歩き方も以前の地を踏む度に砂埃が舞うような通行人が黙って道を開けてしまう歩き方ではなく、
クリープを大さじ1杯入れたブラックコーヒーのようにそこはかとなくマイルドになっている(ように見える)

「・・・空が青か」

見上げた先は雲1つない快晴で少々肌寒い微風が寝起きの体には心地よく、寝ぼけた頭にささやかな刺激を与えてくれる。
朝が激烈に弱いれいなが最近の変な夢見のせいで目覚めが特によろしいこと。
夢見のせいだけではなく寝場所がコンクリの上っていう条件も多少は原因の内に含まれているのだろうが。
で、なんの親切心なのか義務感なのかれいなが目を覚ますと頭上に必ずさゆがいるのも日常茶飯事で最近慣れてきた。

さゆがれいなの家に居候として転がり混んでから今日でちょうど1週間。
ストーカーの影も形も気配も臭いもなく。
このまま何事もなくこの件は風化していくものだろうと思った。


*****


「はい」
「・・・なんこれ?」

少し遅い朝ご飯を食べ、腹も満たしたし暇だしさーて牛にでもなるかとソファーに寝転がったのも束の間、
皿洗いを終えたさゆが懐から半券らしきものをれいなに手渡してきた。

「・・・電車の乗車券?」
「金券ショップで安く買ったやつ。今日さゆみ遠出したいから付いて来てほしいんだけど」
「いいっちゃけど・・・どこいくと?」
「○○市に新しくできたデパートの地下に売ってるうさぎ肉まんが欲しいの。超〜美味しいらしくて食べログですごい評判なんだ」

そのうさぎ肉まんてのは形がうさぎなのか肉がうさぎなのかそこんとこハッキリさせてほしいな。
しかしたかが肉まんのために市外まで行くのか。
暇だし別にいいがボディーガード役ならそこで腹出して寝てるでかいやつのがまだれいなよりは役に立つぞ。
どちらもチワワよりは多少使えるって程度だが。

「れいなはボディガードじゃなくて盾役ね。久住くんにそんなことさせるわけにもいかないでしょ。何人の女の子が泣くと思ってんの」
「れいなだって・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」
「はい。大人しく行きましょうね」

絵里が泣いてくれるぞ。たぶん。


*****


朝のラッシュ時でもないのにやたら混んでいる電車にゲンナリしつつもさゆと共に乗り込み、ガタンガタンと揺られること数十分。
隣の美人の肩にもたれて爆睡こいてるハゲ頭のおっさんの観察に飽きた頃、さゆの様子がおかしいことに気付いた。

「・・・下向いて、どしたん?」
「・・・・・・」
「シカト?なんか応えりよ」
「・・・・・・」

こいつがれいなに無愛想な態度を取るのはいつものことだが、
目の前で人が呼んでるっつーのにこうあからさまに無視を決め込むほど嫌われてはいない・・・はず。
今に始まったことでもないし気にはしないけどね、とふと目線を下げるとさゆが不自然に股をもぞもぞさせていた。
なるほど、

「おしっこ漏れそうなんやろ」
「・・・・・・・・・」

ものっそい睨まれたので閉口する。
トイレに行きたくて股をこすり合わせているわけじゃないらしい・・・じゃあなんだよ。
下向いて黙ったまま耳まで赤くして股スリってトイレ以外になにが、

「おいテメーなんしとーと」
「えっ・・・俺?」
「おまえだよ。さゆのケツ触ったっちゃろ今」
「はぁ?」
「しらばっくれんなよ。見てたけんね」

変態男の首根っこを掴んで引き寄せた。途端にざわめき出す車内。
痴漢ですって。やーねえ。世も末だな。最近多いのよねえ。ああやりそうな顔してるわ。あのロンゲの子勇気あるなあ。
さゆが慌ててれいなの腕を掴んで止めに入ってくる。

「ちょっと、れいな!」
「なんで大人しく揉まれるがままになっとーとさゆ!こいつやろ例のストーカーは!今ここで警察に突き出せばもう悩む必要ないやん!」
「で、でも」
「でももヘチマもあるか!おいおまえれいなと一緒に来い。言っとくけど絶対逃がさんけんね。次の駅で降りてもらう」
「なに勝手なことを・・・触ったという証拠もないのに」
「れいなが見た!そのきたねー手でさゆのケツむにむに触っとうとこ。いいから来い!」

ざわざわざわ。
目的地より4つほど前の駅で、逃がさないようにその男と腕を組んだままさゆと共に電車を降りた。
まさか、手を出してくるとは。
ストーカーの気持ちなんて全くわからないがこんなあっさりと馬鹿なことしでかして自爆するなんて今までさゆが悩んでたのはなんだったんだ。
ショボい結末だがもうなにも言うまい。とにかくこれでさゆがこいつから開放されるなら万々歳だ。れいなもこれでやっとまともに寝れる。
そう、思った。


****


唐突だが俺、高橋愛は優秀でなにをやらせてもソツなくこなして、女性にも優しく、文武両道で質実剛健、
冷静沈着、背が低い以外には弱点なぞない、あのヤンキーバカとは正反対の完璧な男である。自画自賛じゃない。これほんと。

「500円のお返しです。ありがとうございましたー」
「ましたー」
「ふぅ」

昼休み終了10分前。約束通り俺はガキさんのバイトの手伝いをしていた。
主な業務はレジ。なぜレジなのかというとガキさんは俺の想像以上にアッパラパーな頭をしていて、レジがあるというのに
自分で勝手に指を使って計算しようとするせいで一人の客を捌くのに5分以上もの時間を要するからだ。
俺がレジならじゃあ俺の隣にいるガキさんは何をしているのって話になるが・・・何もしていない。
しいていうなら薬局によく置いてあるケロヨン人形みたいなマスコット的存在だなガキさんは。そういえばここの責任者は誰だっけ。

「愛ちゃんのおかげでレジが随分スムーズになったわ。今日はまだクレームも来てないしほんと助かる。昼休みだけじゃなくて
 もうずっとここにいてほしいんだけどね〜」
「冗談じゃない。つかレジぐらいはできるようになってくれよ。高校生でもできることだぞこんなの。
 発注も在庫の確認もガタガタだし言っちゃ悪いがアホすぎるだろガキさんって」
「そうねえ。よく言われるわ。やっぱり私ってちょっとパーみたいね」

ちょっとどころじゃない。

「よく面接通ったなほんと。これじゃいつまで手伝うことになるのやら」

ペリペリと500円玉の束のフィルムをはがしながらガキさんが一人で購買を切り盛りしているところを想像してみる。
そこにはキビキビとなんでも仕事を完璧にこなす女、キャリアウーマン新垣がいた。ありえなさすぎてブフッと失笑する。
それのせいで手が滑って真下へ落下していく500円玉たち。しまったと思った時にはもう遅い。

「あっやべ。俺としたことが・・・くそっ」
「あらあら焦ると拾いづらいわよ?私も手伝うから。あ、お客さん来ちゃった」
「なにっ・・・すみません、少々お待ちください。あっ棚の下に潜んでやがる。取れねー!」

短い腕を精一杯伸ばして、スーツが床の埃まみれになっても気にしている暇もなく、光速で500円玉を回収していった。

「お待たせしました申し訳あ、」
「・・・もうどっか行っちゃった」
「・・・・・・」
「どんまいどんまい。気にしない方がいいわよ」
「・・・ぅっ」

まずい・・・涙腺が・・・こんなことで・・・
ガキさんの前で泣くなんて絶対に嫌だ。高橋愛、末代までの恥になる。耐えろ俺。耐えろ・・・

「・・・ぐぅぅぅうううぅうっ・・・!くくっ・・・!くそぉ・・・」
「・・・・・・ふふっ」
「なに笑ってんだよぉ・・・見んなよ・・・」
「あはは。愛ちゃんってさぁ・・・私の知り合いの男の子に似てる、なんか」
「誰だよ・・・」
「不器用で意地っ張りで感情豊かで結構単純。人に弱いって思われたくないのかヤンキーみたいな格好して強がってる」
「・・・それだけ聞くと全然似てないように感じるんだけど」
「でもなんか似てるのよ。どこが?って聞かれるとあまり詳しくは応えられないんだけどそうね・・・」

目を瞑って頬を若干桜色に染めながらその男の子について語るガキさんは正直、結構、可愛かった。

「優しいのよね、すごく」
「・・・・・・」
「愛ちゃんそっくり」
「俺優しいか?これはただの気まぐれさ。親切心からくるものじゃない。ただちょっと心配なだけで」
「ほら意地張ってるじゃない。そういうとこ似てるわ。優しいって言われて素直にありがとうって言えないのよね」
「・・・」

確かに・・・だが本来の俺はあまのじゃくじゃないし意地っ張りでもない。ただガキさん相手だとこうなるだけだ。
他の女性相手だったらもう少し紳士的にふるまうぜ?絵里さんと付き合っていた頃は自分で言うのもなんだがスマートだった、と思う。
そう、こんなのはガキさんだけ・・・

「え」
「? どうしたの」
「い、いや・・・なんでもない」
「ふふっ。そういえば背丈も同じくらいね〜。顔は全然似てないのにね。不思議ねえ」
「・・・・・・」

昼休みが終わってもその場から動くことができなかった俺は部署に戻ってから部下から若干白い目で見られた。
だがそんなこといちいち気にも留めないぐらい俺は打ちのめされていた。
ガキさんだけ。
それってつまり・・・特別ってことじゃないか。


*****


コンビニって本当に日本の宝だよな。
近くて便利で何でも揃っていて年中無休の24時間営業、売ってる食べ物は面倒な作業一切無しですぐ食べれてしかも全て美味しい。

「特にコンビニの肉まん!これは日本の財産といっても過言じゃない!さゆもそう思うやろ?」
「・・・」
「最高!コンビニ!」
「・・・・・・」
「・・・いい加減機嫌直してほしいっちゃけど」

ぴゅう、と乾いた風がさゆの長い黒髪をなびかせた。
れいな達が今いる場所はデパ地下でもコンビニでもなく、マンションの屋上である。
電車の痴漢騒動からこっち、さゆはずっとダンマリのぶーたれ状態で、
そろそろれいなは人間と話しているのか空気と話しているのかわからなくなってきた。
あれだけ騒いで目立って、警察署に何時間も拘束された挙句、例のデパートに行ったはものの
既にデパ地下は閉店時間を迎えていて、何も買わないままこうしてのこのこと帰ってきたので機嫌を悪くするのはわからなくもないが。
しかしこれでストーカー事件は解決したしお詫びの肉まんも奢ってやったんだしいい加減口ぐらいは聞いてほしいものなんだが。

「・・・さゆみはうさまんが欲しかったのに」
「うさぎの肉使ったまんじゅうなんて腹壊すっちゃよ?こっちはコンビニの正統派肉まんっちゃけんこっちの方がよか」
「うさぎの肉なんて使ってないから!うさぎの形してるだけで普通に豚肉だから!グロいこと平気で言わないでよれいなのバカ!」
「んなこと言うなら食わなきゃいいと!ったく人がせっかく付き合ってやってしかも肉まんも奢ってやったっちゅーのに・・・没収!」
「ちょ!たっ、食べるけど!」
「・・・最初から大人しくそう言えばよか」

ふん、と言ってから仕方なく食べてやろうなんて表情を作って小さい口に肉まんを運ぶさゆ。
冷めない内に完食するには大口開けて食べるスピードを早くするのが絶対条件であるが、なにをするにも人より倍遅いさゆが
そんなことできるはずもなく、租借と嚥下の時間を短縮してもやはり肉まんはさゆの努力無視でその熱を放出していく一方なのであった。
原因は一口の大きさがパチンコ玉2個分程度にあるということにお気づきだろうか。
それでも頑張って冷めていく肉まんを休まずはむはむと食べ続けているさゆのその様はまるでレタスを齧るうさぎみたいで、

「ふはっ。・・・可愛いやん」

れいなも食べるかな。
さゆの食べ方見てたらあまりにも美味しくなさそうに食べるものだからそのまま冷凍しようかなとも考えたのだが、
・・・うん。やっぱりコンビニの肉まんはいいね。嫌いな人なんて絶対いないだろ。カレーと同じポジションに立たせても遜色ないな。
こんな片手サイズの食べ物は7口ほどで食べ終わるのが普通の人で、さゆのやつまだ食べてら・・・と思いきや。

「・・・ど、どしたん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

肉まんを食べることを忘れ、目の前で手品のタネ明かしでも見たような顔をれいなに向けて固まっていた。
額に驚愕と書いてありそうなほどベタな顔で、開いた口に肉まんを押し込みたい衝動にかられる。
大丈夫か〜?と手を仰ぐとハッとしてれいなから顔が見えない位置にそっぽを向いた。

「急いで食べたせいで具が喉につまったっぽい」
「だいじょぶと?水持ってくる?」
「自分で買ってくるから大丈夫」

冷めた肉まんを手に持ったままコンビニ行く気か。止めはしないが。

「一応ついてった方がよか?」
「一人で大丈夫だから。部屋、先帰ってていいよ」

恐々と梯子を降りてクールに去って行った。
春先のこの季節、日没前のこの時間帯はまだ少し肌寒い。
そろそろ部屋に戻るか、とれいなも梯子を降りた。


*****


おかしい。
たかがコンビニ行って飲み物を買ってくるだけにしては遅い。

「なにやっとーとさゆのやつ・・・」

ここで気のせいだと割り切って待つという選択肢もあったのだろうが、
あいにくれいなはせっかちな性格をしていて、待つということが大嫌いなのだ。
思い立ったら即行動なれいなはその性格通りすぐに携帯を取り出しさゆの番号をコールした。

「・・・・・・・・・・・・くそ」

おかけになった電話番号は電波の届かない場所にあるか電源が入っていないためかかりません。
靴を履くのも億劫なほど急いで部屋を飛び出した。


*****


「どこ行ったとさゆのやつ・・・!」

あの時れいながついて行けば・・・後悔が胸中をうずまく。
もうマンションからだいぶ離れてしまっている。全く違う場所にいたら無駄足以外のなにものでもない。
何かないか、何か手がかりが・・・。

「はぁ、はぁ・・・あ・・・」

マンションから1kmほど直進した先の道幅の狭い歩道・・・れいなの目じゃないと確認できないほど小さい白いカケラが・・・
肉まんだった。
10m先にも同じようなものが落ちていて、これは目印、だろうか。
これを辿ったら、さゆがいる?
考える時間なんてない。信じて行くしか今のれいなにはできない。
いや、でもわかる。さゆはきっとそこにいる。こういう緊急事態でも知恵の働く女だあいつは。

「さすが道重さゆみ様・・・」

てんてんと落ちている肉まんを辿りながら進んでいくとどんどん人通りが少なくなっていった。
街頭もロクにないような場所まで進み、そこで突然目印が途切れる。
そして・・・

「!! さゆみいいいいいい!!!!」

今まさに襲われるって寸前。危機一髪。すんでのところ。
こけたのか地べたに座っているさゆ目掛けて一目散に翔けた。

「! れい、」

もう少し冷静になるべきだったと思う。
とにかくさゆが危ないという事実で頭がいっぱいになって無我夢中でさゆに覆いかぶさった。
れいなの小さい体でなんとかさゆを隠すことができれば、と思って抵抗しないようその体を思いきり抱きしめる。
ストーカーの影が見えた、というだけでナリなんて見ちゃいなかった。

「れっれいな!だめ!離れて!やめてよ!こんな、」
「うるさいうるさいうるさい!ちょっと黙り!おとなしくしてればいいっちゃん!大丈夫、小春がじきに来るけんね・・・」
「そうじゃないの!だっだめ!!やめて!!!!」

なんでよ?
言葉になることはなかった。
腰のあたりに違和感を感じた後すぐに襲ってくる痛み。

「いっ、た・・・」
「!!いやあああ!!れいな!れいな!!」
「うわ・・・」

なるほど。
ものすごい痛いな、と思ったら、どうやら刺された、らしい。
すごいな。こんなこと、実際にあるんだ。

「れいな!しっかりして!死んじゃやだよ!やだあああ!!!」
「・・・」

れいなからは見えないが、液体のようなものがズボンに垂れて気持ち悪い。
しかも視界が急速に狭まってきやがった。周囲の音も景色も、守りたかった女の子もなにも見えない。

消えていく意識の中、最後に思った。
死ぬ前に絵里とセックスしたかったな、と。





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