#20 <<< prev





『ああ田中?あいつなら保健室行ったぞ。昼休みなんかあったらしいな。それで気分が悪くなったとかで。
 行ってもいいけど5時間目の授業に遅れないようにしろよ道重ー』

昼休み終了10分前。
次の授業に遅れるのも構わずさゆみは保健室へ走った。

「れいな!」

冷静さを失うと人間ってのはここまで周りが見えなくなるものなのか。
中には保健の先生や体調不良の人がいるだろうに他人の迷惑などまったく省みず室内に響くほどの音を立てて扉を開くと、

「ん?あ、さゆ。やっぴぃ」

朗らかな笑顔が可愛い、不健康そうにはとても見えないヤンキー男が頭だけ起こした状態で寝ながらさゆみを迎え入れてくれやがった。
そしてれいなの寝ているベッドの横には・・・

「あなたが道重さゆみちゃん?れいなから話は聞いたよ。どうも初めまして、3年の亀井絵里です」
「!」

この学校に編入してきて2度目の衝撃がさゆみの脳天を貫いた。
かの世界三大美女、楊貴妃を例えた四字熟語がある。

"解語之花"。

言葉を理解する花という意味で要は美人ということ。
この言葉が実にピッタリ当てはまる。
花の種類は向日葵やハイビスカスといったところか、そこらの雑草とはわけが違う。
彼女こそ大物に例えるに相応しい。
さゆみは、自分が山の頂からガラガラと落ちていくのを実感した。
ファーストコンタクトで自己愛の強いさゆみをここまで堕とす亀井絵里に畏怖さえ覚える。
彼女には、勝てない。

「キモいホモ男から助けてくれよったんよ亀井先輩が」
「まっ、あれだけ騒いでりゃーねえ。超目立ってたしさあ、放っとけないよねえ。絵里の翔穹操弾でチョチョイのチョイだったよ」
「でも先輩、学校の生徒全員にパンツ晒しとったっちゃけどね」
「いやっ!言わないでっ!もうそれは絵里のメモリーカードから抹消されたの!今後その話題出したら亀パンチ喰らわせるからね」
「亀パンツ?」

既に未来を予見していたのか亀パンツの"パ"の部分で亀井先輩の回転の入った右ストレートがマッハ100でれいなへと解き放たれた。
れいなは『ぶふっ』なんて妙にリアリティのある痛感篭った悲鳴をあげた後、そのまま枕に顔をうずめたままピクリとも動かなくなった。

「あ、あの・・・れいなとは以前からの知り合いだったんですか?」
「んーん、今日初めて会話したんだよ。道重さんはれいなとは友達?でいいのかな?」
「さゆって呼んでください。そうです、れいなとは友達です・・・たった一人の」
「えーそうなんだ!れいな以外友達いないの?」

無言のまま頷くと亀井先輩はニパーっと後光が眩しすぎる1000ワットの笑顔を浮かべながら、

「じゃあ絵里とも仲良くしよっ!絵里もさあ、なぜか同じ学年の人達からビビられちゃってて友達あんまいないんだよねえ。
 道重さん・・・じゃないね、さゆ可愛いし仲良くしたいなあ絵里」
「えっえっ。そ、そんな、あの、恐縮です・・・。でも、嬉しいです・・・」
「携帯のアドレス交換しよ!敬語もやめてさあ、あと絵里って呼んでほしいな」
「で、でも先輩ですし!」
「固いこと言わないの。ただ1年早く生まれたってだけで偉そうにしたくないし」
「・・・」

この人は、きっと損得とか何も考えていない。
ただ純粋な気持ちでさゆみと友達になりたいんだ。
さゆみよりも年上というプライドが少しでもあったら、こんなこと言えない。
常にリスクや他人の腹の内を探ろうとする自分が、途端に矮小な人間に思えてきた。
せめてこの人と付き合う時だけは、自分も純白でありたい。
だから素直に、今自分がこうしたいって思ったことを実行することにした。

「よろしく・・・絵里」


 *******


それでもさゆみはやっぱり汚れた人間だ。

純白なんて程遠い。
だって絵里が"れいな"って、れいなのことを既に呼び捨てにしていることに、
まるで胸が茨で絞めつけられるような苦しい痛みを覚えるほど、醜く嫉妬しているんだから。


 *******


夏も終わり、本格的な秋を迎える暦上では10月の今日この頃。
いつも通りすっかり約束の場所となった屋上で昼食を食べていると珍しくれいなが遅れてやって来た。

「さゆー」
「あ、れいな。遅かったね」
「突然っちゃけど今週の土曜さぁ美術館行かん?○○市のあのでっかいとこ」
「え?」

れいなはさゆみの隣に座り、手に持っていた野菜スティックの封を開けてきゅうりをポリポリ食べながら、

「れいなの好きな画家さんが個展やるんよ。それ行きたいけん、けど1人で行くのはなんか寂しいやん?」
「・・・」
「だけん一緒に行かん?」
「・・・うん。行く」
「じゃあ駅で13時に待ち合わせな」
「うん」

れいなはさゆみの返事にこれといって嬉しいとかホッとしているなどのリアクションは無く、ポリポリポリポリと
無感動に野菜スティックを齧っていた。
さゆみもそんなれいなを見て顔に出さないよう頑張っていたが顔の筋肉がどうしても緩んでしまいだらしない顔になる。
それをれいなに見られるのが嫌で、地面にお金が落ちているわけでもないのに下を向いてそのままお弁当を食べた。
これってデートなのかな?れいなはそんなつもりじゃないだろうけどでも2人きりだからデートみたいなものだよね?
せっかくのお母さんお手製のたらこスパゲティだったのに味がよくわからない。
でもたらこスパゲティを食べている時よりも胸の中が嬉しくてくすぐったいような、幸せな気持ちに包まれていて、
昼休みが終わるまでずっと顔の赤みとニヤケは収まらなかった。


 *******


あーもう最悪っ。もう少し早起きすればよかった。
腕時計を確認すると13時10分過ぎ。まごうことなき遅刻だ。
気合い入れすぎて初めてお化粧なんてしたせい。最初は1人で頑張ってはみたものの何からやればいいのか、この道具は何に使うのか、
全くちんぷんかんぷんでそこで時間をロスしてしまい、急いでお母さんに手伝ってはもらったものの気が付けばもう13時になるところだったという。
自分以外の誰のせいでもないがとりあえず化粧という文化を作った過去の偉人を呪いながられいなとの待ち合わせ場所へと急いだ。

「はぁ、はぁ・・・。あ!」

あれだけ切れ切れ言ったのに人の忠告を無視してすっかり伸びきったロンゲをキャップからだらしなく出し、
背中にキングギドラのような双頭の龍が描かれているスカジャンを羽織り、
サルエルパンツを履いた派手な格好のチビが改札口で携帯をいじりながら突っ立っているのを発見して自然と足が軽やかになる。

「れいなー!れい・・・、な」

かけた声は途中でしぼんだ。

「あ、さゆーやっぴぃ」
「さゆー!こんにちわんこそばぁ。あ!お化粧してる〜可愛いねえ」
「・・・・・・お待たせ」

絵里も一緒だったんだ。

「10分くらいの遅刻は不問にしてあげよう。では、者共、行くっちゃよー」
「しゅっぱーつ!」
「・・・」

既にれいな達が買っておいてくれた切符を改札に通し、ガラガラの電車に3人で固まって座るとすぐに扉が閉まって
電車がその重い車輪をゆるく動かし始めた。
動き始めた電車は一定のスピードを保ちながらアナウンス通りに各駅で停車を繰り返しつつ、さゆみ達を目的地へと案内してくれる。
ガタンガタンという眠気を誘うリズミカルな音と揺れがなんとなく病院で流れるクラシック音楽のようで、3人の間に沈黙を生んだ。
会話が無いと自然、頭の中が黒い靄に覆われていく。さゆみは被っていたキャスケット帽を目深に降ろした。
・・・2人きりじゃなかったんだ。
絵里も一緒だって、言ってくれればよかったのに。
こんな頑張って化粧なんかしちゃって、しかもれいな気付いてないし、バカみたい。
あんなに喜んで・・・ほんとバカみたい。
ほんと、さゆみって惨めだ・・・。


 *******


美術館は有名所なだけあってまるで中世ヨーロッパに出てくるお城のようなデザインをしていた。
といっても凄いのは外見だけで中に入ると美術にさして興味もない日本らしく質素な作りをしていて、
ただ均等に絵を並べてあるだけなので絵の良さが全くわからないさゆみは来て早々飽き始めていた。
瞳をキラキラさせながら食い入るように1つ1つの絵画を見ていくれいなにバレないよう欠伸を噛み殺すと同じく堂々と欠伸をかます絵里と目があった。
絵里は絵に夢中で気付かないれいなを置いてさゆみの腕を掴むとそのままトイレへとさゆみを連行しようとする。
あそこに居てもつまらないので絵里のなすがままにしていた。

「れいなとさゆと遊ぶの初めてだったから結構ドキドキしてたけど美術館ってぶっちゃけつまんないね〜」

来館者数が少なかったためトイレは広いわりに人っ子一人おらず、手洗い場はさゆみと絵里の独占状態だった。

「れいなは楽しそうだけど」
「絵、好きだもんね。美術専行で朝陽に入学してきたくらいだし。れいなの抽象画もわけわかんないけどここの絵もわけわかんないよ〜」
「・・・れいなって美術で朝陽入ったの?」
「うん。そうらしいよ。ジャンルがジャンルなだけに上手いのか下手なのかよくわかんないけど」
「そう、だったんだ・・・」
「あ、さゆ知らなかったの?でもあんまりれいなの前で絵のこと口に出さない方がいいかも。長いウンチク聞かされるからね」
「そっか・・・」

そんな話一回もされたことない。
さゆみの方がれいなと付き合い長いのに絵里の方がれいなのことをよく知っている気がして胸がチクリと僅かに痛んだ。
暗い考えばかりが浮かぶさゆみの心中を察したのか絵里が下からさゆみの顔を覗き込みながら、

「元気ないね。なんかあったの?」
「ううん。別になにもないよ。気のせい」
「そ〜お?まぁ絵里の気のせいならいいんだけど・・・なんか悩みあったら絵里に相談してね」
「え・・・」
「だって〜友達でしょ?友達は友達に遠慮とかしちゃだめなんだよ?」
「・・・」
「絵里はさゆの味方だからね」

そう言ってニパーっと悪しき心を浄化させる力を持ってそうなを笑みを見せる絵里。
その笑顔を見て罪悪感に苛まれた。
絵里はとてもいい子だ。
れいなのことで絵里に嫉妬なんてしたくない。
絵里は何も悪くない、悪いのは勝手に嫉妬するさゆみだ。
れいなのことが好きなさゆみが全部悪いのに・・・。


 *******


その後はずっと絵里と手を繋いで遊んだ。
1人だけ除け者にされて拗ねるれいなをからかいつつ夕陽が沈むまで遊んだ。
れいなと絵里の関係とか考えないように、バカみたいに笑いながら。


 *******


「寒っ!寒ぅ〜〜〜〜〜!!」

真冬の寒空の下で食べるご飯のなんと不味いことか。
さすがにここ最近は屋上で昼食を摂るのをやや避けてたんだけど、こうして久しぶりに来てみると
やっぱり冷たい風がびょうびょうと吹きすさぶシベリア寒気団が働きすぎなこの時期は自ら外に出るべきじゃないなって改めて思う。
それも新年明けて1月の絶賛真冬真っ盛りの時期に好んで外に出て日光浴をするやつなんざさゆみ以外にいないんじゃないだろうか。
と、思っていたがどうやらその考えは甘かったらしい。

「さゆ!屋上来るの久しぶりやないと?」

寒さが全く気にならない馬鹿が元気良く屋上の施錠されたドアからするりと入ってきた。
馬鹿は風邪をひかないので自分の体調に気を遣わなくてもいい分余裕があるみたい。
れいなはねずみのおもちゃを与えられた子猫のようにテンションMAXでさゆみの側に走り寄って来てそのまま隣に腰を降ろした。

「最近屋上であんま見んけん寂しかったと。まぁ帰り一緒に帰っとぅけど。なんで来んくなったんよ?」
「寒いから。れいなよく平気でいられるね・・・きっと女だったら年中、生足出してるんだろうね」
「生足はわからんっちゃけど、そんな寒かないやろ〜」
「寒いよ!1月だよ?ツンドラだよツンドラ!う〜寒い〜お手々ちべたい」

寒いせいで全く味わえなかったお弁当をさっさと仕舞い、教室に戻ろうかなと迷ったがせっかくれいなと2人きりなのでそのまま屋上にいることにした。
れいなは相変わらず好物の野菜スティックをポリポリ齧っていて、それだけでお腹いっぱいになるのかと常に疑問に思う。
女子のさゆみより食べる量が少ないってどういうこと?育ち盛りなのに。

「そっか、1月か。早いな〜もう3年になるやん」
「うん。結構あっという間だったね」
「・・・絵里も、高等部に進学やし・・・」
「うん・・・」
「高等部って近いようで遠いけんね〜」
「今みたいに一緒に帰れるのかもわかんないしね」
「・・・寂しくなるっちゃね」
「はぐれ者同士3人で固まってたのにね」
「はぐれ者・・・」
「その通りじゃん?1人はホモに追いかけられてばっかの男性恐怖症の泣き虫男、
 2人目は学校中で暴れまくりのマイペース暴走列車、
 3人目は無能だけど世界一可愛いちょっぴり自己愛の強い女の子。
 みーんな周辺の人からドン引きされてるでしょ」
「・・・ちょっと待ち。世界一可愛い??さゆが?・・・。・・・・・・。・・・・・・・・・う〜ん・・・」

れいなはまるで眼鏡を取られた近視の人みたいに眉間にシワを寄せながらさゆみの顔を凝視してきた。
見つめられただけでちょっとドキドキする単純な自分が憎い。ムカつくこと言われているだけに。

「れ、れいなってさゆみのこと一度も可愛いって言ってくれたことないよね。初めて会った時からずっと!」
「お世辞は得意じゃないって言ったやん。本当にそう思った時しか言わんて」
「あっそーですか。フン」
「で、なんの話やったっけ?」
「さゆみとれいなと絵里の話!変人同士だからこそ簡単に友達になれたんだよってこと言いたかったのさゆみは!
 もう!れいなが茶々入れたせいで台無し」
「あーごめんごめん。そうっちゃね。2人がいたけんれいな今めっちゃ楽しいし学校」
「・・・」

さゆみだって、れいなと絵里という友達がいたからこそ中学2年生の青春ライフは充実してたと胸を張って言える。
この2人は、さゆみの宝物だ。

「・・・」

友達・・・か。
もし、さゆみがれいなに告白したら友達だった関係が崩れたりしちゃうのかな?
絵里ともぎくしゃくして、修復できない関係になったらさゆみは・・・

『友達は友達に遠慮とかしちゃだめなんだよ?』

・・・。
・・・・・・うん。そうだったね。


「れいな。2月のバレンタインさ、チョコ欲しい?」

突然話題が180度変わったことに、れいなは細い眉毛をUの字に曲げて、

「バレンタイン?・・・っていつやったっけ。チョコくれると?」
「うん。あ!ほっ本命じゃないから!・・・どんなチョコが好きなの?」
「めちゃくちゃ甘いやつ。舌が溶けるくらい甘いやつ。超甘いやつ」
「女みたいだよねれいなってホント。わかったよ、砂糖ドバドバのミルクね」
「マジでくれると?やったーそれなりに楽しみにしとくっちゃん」
「一言余計」

決めた。
バレンタインにれいなに告白する。


 *******


待ち遠しかったんだか、一生来てほしくなかったんだか。
寝て起きたらバレンタイン当日になっていた。
いや実際はそりゃいろいろ経過を経てバレンタインを迎えたわけだけど、それぐらい閃光のように時が過ぎていったということ。
それこそ文字通りあっという間に。

「れいな、今日の放課後屋上に来て欲しい」

朝のホームルーム前の人が忙しない時間帯に騒ぎに乗じてさりげなくれいなのクラスにお邪魔すると、
1人でボーっと外を眺めていたれいなが眠そうな顔のままさゆみの方に視線を向けてきた。

「ん?なんで?」

予想通り、女の子に全然モテないれいなはバレンタインにも縁が無いため今日がその日だってことに全く気付いていなかった。
たぶん、以前さゆみがチョコあげるって言ったこともサッパリ忘れてると思う。

「話したいことがあるの」
「別にいいっちゃけど、大事な話なん?」
「あ、ううん。そんなでもないよ。結構、うん。どうでもいいことだから。そんな緊張しなくてもいいよ。
 ほんと、どうでもいいから」
「んー行けたら行く」

低血圧のれいなは朝はとことん弱いようで、さゆみの会話を無理矢理区切ろうと再び窓の方に視線を向け始めた。
これ以上しつこくするのも可哀相だし恥ずかしいし、自分の教室に戻ることにする。

「うん・・・待ってる」

さりげなく念押ししてから。


 *******


「も〜!」

こういう時に限って日直だったりするんだからさゆみは!
日直の仕事って黒板消すだけで十分なんじゃないのと独りで愚痴りつつ、屋上へと続く階段を急ぎ足で上っていく。
さぁ、もうすぐそこだ。

「・・・」

段差がなくなって、足が止まる。
屋上と学校内を隔てるこのドアを開けばリテイク無しの本番。
片手に持ったれいなへのチョコレートを確認する。昨夜、悪戦苦闘しながら作った努力の一品だ。
ラッピングに生花を施し、メッセージカードも目に汚く映らないよう苦労して明朝体で書いた。
中身のミルクトリュフもれいな以外にはくどすぎてウヘァってなりそうな程甘く作った。
右手中指に巻いてある絆創膏は努力の証。ヘタクソなりに火傷しながら頑張った自分の名誉ある勲章と思いたい。

「・・・ふぅ〜」

心音はアップテンポを刻んでいて臓器ごと外に飛び出しそうなほどの勢い。真冬だというのに緊張で額から汗まで滲んできた。
大丈夫、さゆみなら言える。
例えフられてもれいななら今まで通り友達として付き合ってくれる。だからそんなに臆する必要はない。落ち着け。
手のひらに人という字を書いて飲み込んでからキリスト信徒でもないのに神のご加護を〜と胸で十字を切る。
そしてドアノブに手をかけ、一回だけ深呼吸をしてから扉を開いた。
そこには───、


 *******


「さゆのやつ遅いっちゃねー」
「そうだねえ」
「どうでもいい用って言っとったし、寒いし、帰ろっかな」
「あ、待ってれいな。・・・これあげる」
「なんこれ?」
「バレンタインチョコだよ。れいなもしかして知らないの?」
「あ、あーあーあー!もちろん知っとぅよ!そっかぁ今日だったのか〜なんも貰わんけん気付かんかったと」
「マヌケすぎ!うへへへ〜、あのねえ・・・そのチョコ本命だよ?」
「えっ!?」
「うへへへ〜。あのね、絵里、れいなに言いたいことがあるの」
「な、なん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・好き」
「・・・、」
「れいなのこと大好き!」
「えっうそ、えっ」
「嘘じゃないよ〜・・・。結構前から好きだったんだから」
「ま、マジかぁ・・・」
「マジだよ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・で、返事は?」
「れ、れいなも・・・」
「!」
「れいなも、絵里のこと、好いとぅ」
「・・・ほんと?」
「・・・ほんと」
「嬉し〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「わっ」
「れいな〜!好き!大好き!やったぁ〜!!絵里、嬉しいよ・・・!」
「れいなも嬉しか。こんな可愛い彼女できて」
「可愛いって・・・もぅやだぁ〜!れいなったらぁ!お世辞なんて言っても何も出ないからね!」
「ぐふっ!お、お世辞じゃな・・・!絵里、く、苦し」


 *******


・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。


 *******


屋上に出ると、うら寂しい殺風景なコンクリートの大地が広がっていた。
夜の帳が下りて、人工的で温かみのない灯が僅かに灰色の大地を白く照らしている。
うるさい運動部の連中もとっくに活動を終えて家に帰宅し、今頃は疲れた体を癒すためお風呂にでも浸かっているんだろう。
風の音しか聞こえない。

「・・・」

れいなは、いなかった。

「・・・」

そりゃそうだ。だってもう21時だし、帰ったに決まってる。
何時間粘ったのかわからないけど5時間も6時間も待ち続けるなんて聖人君子か激烈なお人好し以外、普通しないだろう。
切り替えの早いれいなのこと、もう明日には忘れているんじゃないかな。

「・・・」

馬鹿でアホで愚鈍で頭が回らないれいなのことだから、さゆみから告白される可能性なんて微塵も考えなかったに違いない。
なんか知らんっちゃけどさゆに呼ばれたから一緒に屋上行かん?って軽いノリで絵里を誘って一緒にさゆみのことを待ってたんだ。
単純すぎるれいなの行動なんて2006年の有馬記念の勝ち馬以上に簡単に予想できる。

「・・・」

なんとなくわかってはいたけど、やっぱり絵里はさゆみのライバルだったか。
あんな泣き虫のチビヤンキーに惚れるなんて、お互い男の趣味悪いよね。
だってさ、超小さい虫にもひぃ〜とか叫び声あげちゃうくらいビビリだし、腕相撲も絵里より弱いし、
運動音痴だし馬鹿だし鈍感だし自分勝手だし性格良くないしデリカシー0だし。
なんであんなの好きになっちゃったんだろう。
なんでれいなが絵里のこと好きだったって今まで気付かなかったんだろう。
絵里のこと、可愛いだってさ。
さゆみには1回も言ってくれたことないくせにね。

「・・・あはは」

無駄になってしまったチョコレートの封を開けて一粒口に入れてみる。

「・・・くそマズ」

くどすぎてウヘァってなった。


 *******


後日談。
れいなと絵里は性格上、さゆみに気を遣うとか遠慮するとかそんな気配りはいっさいなく、隠しもせず堂々とラブラブ宣言してくれた。
2人共超ニブチンでさゆみの気持ちに気付くことなんて一切なく、まぁここまで見せ付けてくれると逆に清清しい。
れいなが顔に似合わずドエロ野朗で、付き合って早々・・・確か2日後ぐらいで絵里に手を出したとか。
絵里もセックスの内容とかキスを1日で200回やったとかいちいちさゆみに報告してくるので聞いているさゆみも笑顔の仮面を貼り付けるのに必死だった。
愚痴っぽくなってしまったが2人はとても幸せそうで、さゆみはそれだけで胸が湯たんぽになったみたいに暖かくなる。

あ、そうそう。言うまでも無いけど、
れいなはもちろんバレンタインの約束なんて綺麗さっぱり忘れていた。

・・・。

それでも。
待っていたら来てくれるんじゃないかって
さゆみは今日もあの場所で彼を待つのだ。





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