#36 <<< prev





ピンポーン、と待ち侘びていた呼び鈴の音が部屋に響いた。
吉澤さんの『小春出ろー』といういつものセリフも聞かずに玄関へ飛び出す。
ドアを開けるとそこには、

「あーー!小春ぅー!」
「に、新垣さぁーーーんっ!」

この2年ですっかり髪が伸び、大人の色気が増した新垣さんがいた。

「お久しぶりですぅ〜そしてお帰りなさぁ〜い!髪伸びましたねぇ!めっちゃ綺麗ですよぉ〜」
「ありがと。あんたはあんま変わってないねぇ」
「そですかぁ?」

久しぶりの再会を2人で喜んでいると、奥から苦い煙のにおいと気だるそうなスリッパの音が聞こえてきた。
新垣さんがそっちに目線を移す。

「吉澤さんも。ご無沙汰です」
「おかえりー。にしても、な〜んかえらいべっぴんになってるじゃないの。なにかあった?男でもできたか?」
「あはは・・・」
「んん?これはなーんかありそうだねぇ。ま、深い話はよしざーのウチでしよっか。今日はもう予約も入ってないし閉めるから」

吉澤さんが部屋の鍵を持って玄関を出る。
仕事場に置いていた荷物を慌ててまとめ、それに伴った。


*****


「ええっ!?結婚!!!?」

持っていたグラスを落としそうになる。中に入っていたオレンジ色の液体が少し跳ねた。
小春の対面に座る新垣さんはバツの悪そうな顔で頬を掻く。
隣に座っていた吉澤さんも珍しく切れ長の目からポロっと瞳を落としそうなほど驚いていた。

「といっても、まだ正式に決まったってわけじゃないんだけどね」
「どゆことですかぁ!?」
「お見合いして何度か会ったってだけで恋人らしいこともしてないのよ」

あはははー、なんて軽そうに笑っているだけの新垣さん。楽天家なのかただのアホなだけなのか。
新垣さんが言うには。お見合い相手はポリネシアに別荘を持つ日本のボンボンだそうだ。
そのボンボンが別荘でバカンスを楽しんでいた際にたまたま見た新垣さんに一目惚れしてしまったそう。
そして金の力でお見合いを取り付けた、というわけだ。
もちろん、新垣さんからの恋心とかそういう想いは一切ない。

「でもプロポーズされちゃったんだよねぇ」
「ブーーーーっ! まままマジっすかぁ!」

せっかちというかなんというか・・・。金持ちってみんなそうなのかな?

「・・・で?ガキさんはそれ、受けるの?」

今まで沈黙を守っていた吉澤さんが紫煙と一緒に小春が一番気になっていた問いを新垣さんに投げかけた。
新垣さんは下を向いて自嘲的な笑みを零しながら、

「・・・・・・う〜ん・・・」
「えっ!?ま、まさか・・・受けるんですかぁ!?」
「あはは・・・さぁ・・・でも私ももう24だし・・・どうしようかなって感じ?」

新垣さんの応えに小春も吉澤さんもなんのリアクションも取れないまま驚くのみだ。
オレンジジュースを喉に流し込み乾いた喉を潤す。
それでも冷たい汗が額から流れてきてますます体は乾いていくのであった。

「新垣さん・・・高橋さんや田中さんのことは・・・もう、いいんですかぁ・・・?」

小春の問いにガキさんは、

「あはは・・・」

と、笑っているだけだった。


*****


「まだ日が高い内からこんなとこで何してんですかぁ・・・」
「なんだよまたおまえかよ・・・もう来んなよ放っとけよ俺のことなんて」

ガランと静まり返った暗い店内にネグリジェ姿の風俗嬢とその太ももを枕に寝るジャージ姿の男がいる。
男の方はいわずもがな、高橋愛である。女の方は聖だっけかな。
聖さんに会釈をしてからソファーに座らせてもらった。
まだ開店時間でもないのに迷惑なことこの上ないがこの際それは無視だ。

「なんの用だよ・・・せっかくの至福の一時をおまえ・・・後で覚えてろよ」
「高橋さん・・・そんなんでいいんですかぁ?」
「あぁ?」

顔だけ起き、すっかり濁ってしまったヤクザのような眼を向けてくる。

「今朝、新垣さんが帰って来たんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・あっそう」
「新垣さん、ポリネシアである男性からプロポーズ受けたそうですよぉ」
「な!?」

ガバっと跳ね起きる高橋さん。
肩を掴まれ、勢いに気圧される。

「なんの話だそれ。ガキさんがプロポーズ受けたってどういうことだよ」
「ぼ、ボンボンに一目惚れされたらしいです。お見合いもして何度か2人きりで会ったみたいで〜・・・」
「・・・なんだそりゃ」
「新垣さんって?」

今まで黙っていた風俗嬢の聖さんが小首を傾げながら聞いてきた。
不機嫌な表情のまま押し黙る高橋さんに代わり小春が応える。

「高橋さんの片想いの相手ですよ」
「んなこと教えんなバカ小春っ!!」
「ひぇぇすいません」
「へえ〜。高橋さんにも好きな人がいたんですね。聖にばっかかまかけてるからちょっと心配してたんです。
 まともな恋愛もしてたなんてちょっと安心しました」

何気に失礼なことを言う聖さんに高橋さんは項垂れて閉口するのみだ。
その姿に悲しい感情しか沸かない。なんて情けないんだ。
初めて見た時はカッコよくて洒落ててキザなセリフもサマになってたのに。・・・田中さんにボコボコにされてたけど。
恋は人を狂わせるってこの人のことを言うんだろうな。
本当に腑抜けになってしまったんだろうか。このまま怠惰な生活を送ったまま元に戻らないつもりなんだろうか。

「高橋さん・・・新垣さんのことどうすんですかぁ?」
「・・・」
「このまま何もしなかったら新垣さん結婚しちゃいますよぉ?」
「・・・ぐぬぬぬ・・・」
「高橋さぁん・・・」
「うるせーーーーーーっ!!俺のことはもう放っとけってんだバカヤロー!!」

雄叫びをあげながら店から出て行く高橋さんになんの反応もできないままその場に取り残される。
深い溜め息が零れた。
現実から逃げ続けるだけで何も進まない高橋さんは自分とよく似てる。
彫り師という名の茨の道にいつまでも進めない自分に・・・。

「大丈夫」
「へ?」
「高橋さんってあれでやる時はやる男だから」
「・・・・・・そう、だといいんですけど・・・」


 **********


繁華街の大通りから分岐する寂れた通りに酒の種類もロクにない小さな居酒屋がある。
看板は傾いていて今にも倒れそうなほどボロい店だ。
絵里行きつけの店である。

「オヤジー!生中おかわり」
「絵里それ5杯目・・・そんなに飲んでよく平気でいられるね」
「うん全然平気。さゆもどんどん飲めばいいのに」

さゆは最初に頼んだカルーアミルクの氷がすっかり溶けているのも構わず枝豆ばかり摘んでいた。
一方絵里の方はというとこれでビール5杯目。しかも間に焼酎とかも頼んでいるので結構な量のアルコールを摂取している。
それでもまったく酔いは訪れない。たぶんあと10杯飲んでも意識保ってられるね。

「さゆみはあんたみたいにガバガバ飲むわけにはいかないんだよ。あの子のことがあるからね」
「あ・・・」

さゆの向いた方向に目を向ける。
小さな赤ん坊がハイハイしながら店員と一緒に遊んでいるのが見えた。

「ごめん。さゆが自制してるのに絵里がこんなんじゃ駄目だよね。ごめんね"れいな"〜・・・」
「何言ってんの。たまの休みだもん飲めばいいじゃない。ほら、さゆみはフリーターだしいつでもくつろげるから」
「ほんとごめんねさゆ。迷惑ばっかかけて・・・」
「絵里が謝んなくてもいいって。本当に謝るべきはあの馬鹿でしょ」

あの馬鹿の顔が一瞬思い浮かんだ。泣きそうになったので無理矢理打ち消す。

「れいな・・・まだ帰って来ないね」

さゆが呟き、ぬるくなったカルーアに口を付ける。
明るい雰囲気が一気に暗くなってしまった。けどこの話題は避けては通れない。今はなおのこと。

「そうだね・・・けどまぁいつかひょっこり帰ってくるでしょ!」
「うん・・・刺されても死なないようなやつだしね」
「必ず帰るって言ってたから。絵里は信じて待つよ」

そうカッコよく言い、5杯目のビールを喉に流し込んだ。


 **********


さゆと別れ、タクシーで自宅までの道のりを走っていると今更弱音が脳内を支配した。
タクシーの運ちゃんのどうでもいい世間話に生返事で応えながら頭の中はれいなのことばかり。

『いつかひょっこり帰ってくるでしょ!』
『絵里は信じて待つよ』

自分が一番心配してるくせに何都合のいいことを・・・。
さゆの手前、強がり言っただけだ。本当はれいなが絶対帰ってくるなんて信じてなんかいない。
もしも火事に巻き込まれていたら・・・もしも死んでいたとしたら・・・もしも・・・もしも・・・。

「フッ」

これじゃ4年前と一緒だ。あの時から絵里はなにも成長していない。
こうして猜疑心に苛まれ、いつかはまたあの時みたいに逃げるんだ。
れいな以外の・・・別の男性に・・・

「お客さーん、着きましたよー」
「あ、はい」

ボッタクリレベルの高い料金を払いタクシーから降りる。
運ちゃんはまいどーと言い、さっさとその場を後にした。
真っ暗な闇に街頭だけがポツンと光を放っている。まだ20時前のはずなのに随分暗い気がした。

「月が隠れてるせいか・・・」

夜空を見上げながら一人で呟き、階段を上る。
少し足元がおぼつかない。意識はハッキリしているのに体には酔いが回っていたらしい。
絵里の部屋は2階の階段から見て一番奥。いつもなら大した距離じゃないのに今日は随分と遠い。
一歩、二歩・・・フラフラとブレる足を引きずりながら歩を進める。
するとボヤっとした影が絵里の部屋の前にあるのに気がついた。
手前まで来てようやくその存在をハッキリと認識する。

「・・・・・・・・・ぇ」

真っ暗でシルエットしかわからないが誰かが絵里の部屋の扉を背に、膝を立てて座っている。
寝ているのだろうか?目の前に絵里が立ってもなにも気付かない。
暗くて外見が見えない。でも・・・でもこのシチュエーションは・・・過去に何度も経験した・・・、

「れいな・・・?」

声が震える。
その人物は絵里の声に反応し、顔を上げ、慌てて腰を上げると、

「あ、亀井絵里さんですか?宅配便です」
「え・・・」

白い箱と明細書を絵里に手渡してきた。

「・・・」

赤い帽子を目深にかぶった宅配マン。
その人は絵里の期待した人物ではなかった。

「そう・・・だよね・・・ハハ」
「? ここにサインお願いします」
「あ・・・はい。ハハ・・・」
「どうして泣いているんですか・・・?」
「いえ・・・なんでもないです。すいません・・・あはは・・・」
「・・・」

宅配マンは明細書を絵里に渡すと、お邪魔しましたと告げ絵里の脇を通り過ぎていく。
闇の中には絵里以外誰もいなくなった。

「ぅぅぅ・・・ぅぅっ・・・グスッ・・・」

今改めて思った。
絵里は相当れいなに会いたかった。
死ぬほど。


 **********


「よっしゃー!一発ツモ!親の満貫で12000点じゃー!」

オーラス奇跡の大逆転に場にいたその他三人の雑魚共が舌打ちやら溜息を吐く。
しっかり点棒と現金を頂戴しさっさと店を出た。後から聞こえる高橋死ね!の言葉が心地良い。

「さて、次はっと・・・この稼いだ金でソープでも、」
「愛ちゃん」
「行・・・ってわぁぁぁああああぁああ!!?!?」

雀荘の立て看板の横に立っていた女性に声をかけられる。

「が、ががががガキさん!?」
「あははは!久しぶりー!」
「ひ、久しぶりって、」

俺の視線が忙しなくガキさんの右や左をいったりきたりする。
2年しか経っていないというのにあまりの変わりようにまともに顔を合わせることができない。
セミロングほどだったガキさんの髪はこの2年で腰まで届くほどの長さに伸び、雰囲気もどこか大人びていて、
俺の知っているガキさんではなくなっていた。

「ど、どうしてここに?」
「小春から聞いたのよ。夜は高橋さんはだいたいここかパブにいるって」

あんの野朗余計なことを・・・

「なんか雰囲気変わったわねー?トレードマークのスーツはどうしちゃったのよ?年中着てたじゃない」
「ああ・・・まぁ、いろいろあって・・・」
「いろいろねえ?フフン。全部聞いたわよー?会社を鬱だって嘘こいて休んでるんだってー?」
「う・・・」
「しかもギャンブルやら風俗に毎日通ってるって。まるでニートじゃないの。しょうがないやつねー」
「うう・・・」

好きな女に言われるとぐうの音も出ない・・・。
ガキさんはババくさい説教を10分ほど続けると、ふと思い出したように、

「あ、そういえば私ねー・・・もしかしたら結婚するかもしれないのよ」
「・・・ああ。聞いたよ」
「相手は日本人なんだけどね。ポリネシアに別荘持ってるお金持ちでねえ」
「・・・ああ」
「結婚したらアメリカ行くんだ。もしかしたら田中っちに会えるかも!」
「そか」

雀荘から出歯亀共が身を乗り出し、俺とガキさんの様子を覗き見している。
ガキさんは全く気付かずに独白を続ける。俺は心をがんじがらめにして聞くことに徹するだけ。
苦しい。結婚するなよって言いたい。けど100回もフられた俺がガキさんの恋路を止める権利なんて1ミリもない。
それに怖かった。ガキさんがそいつにもしも本気で惚れていたとしたら・・・俺は今度こそ・・・
けど結婚もしてほしくない・・・けど言えない・・・けど・・・でも・・・

「ねえ」
「へ・・・?」

いつの間にか俺に背を向けて立っていたガキさんが搾り出すような声で、

「止めてくれないの?」
「え・・・?」

そう呟いた。

「私が日本に帰って来たのは、愛ちゃんに止めてほしかったからなんだけどな」
「はへ・・・?」
「愛ちゃんとっくに心変わりしちゃった?まぁ2年も経ってるもんねえ。そうなるのも当然、」
「し、してねーよっ!」
「・・・」
「してないけど・・・でも・・・ガキさんの恋愛に俺が口出す権利も・・・ないし・・・ゴニョゴニョ」
「・・・」
「俺がどうのこうの言うのは変じゃないかなーって・・・ハハハ」

情けなー・・・。情けないオリンピック日本代表だなこりゃ。
けどこう言うしかないんだ。だって俺は100回もガキさんにフられた駄目野朗で・・・
俺の情けなさすぎMAXの言葉にガキさんの雷がついに落ちたかとこちらを振り返る。

「愛ちゃんの意気地なし・・・」

その目には今にも流れ落ちそうなほど涙の粒が溜まっていた。

「ガ、」

ガキさんがこの場から早く消えようと信号も無視して車道を渡り、走り去ろうとする。
何をしているんだ俺は。何言ってるんだ俺は。
ここで、ここで止めなきゃ男失格だろうが!!

「ガキさああああああああああああああああんっっ!!」

走るタクシーの目の前に飛び出す。
俺の叫びに振り向いたガキさんが悲鳴を上げる。
信号待ちしていた人達の目が一斉にこちらを向く。
全てがスローモーションで再生された。
タクシーは急ブレーキの音を響かせながら俺の鼻先三寸で停車し、そこで俺の中の世界も通常の速度に戻る。

「バカヤロコラァ!!死にたいのかおめえ!!!」

タクシーの運転手がそう吐き捨て、逃げるようにその場から去る。
運転手の罵詈雑言も周りの目も、このときだけは全く気にならなかった。
口を開けたまま、しまうのを忘れたガキさんに向かって俺は大声で、

「俺は死しましぇん!!俺は死にましぇん!!!」
「あ、愛ちゃん、」
「あなたが好きだから!!俺は死にましぇん!!!」
「・・・」
「俺が!!幸せにしますからぁっ!!!!・・・・・・・・・結婚しないでください」

今更恥ずかしくなり、湯気どころかボロボロと涙まで流れてきやがった。
ガキさんはポカーンと開いた口が塞がらないまま。
世界が俺を中心に一時停止している。
1分ほど経った頃だろうか、突然ガキさんが堰が切れたように笑い出した。

「あっはっはっはっはっは!!な、なにそれ愛ちゃ〜〜ん!」
「う・・・」
「どっかで見たことあるような気がするんだけどアハハハ!パクっちゃ駄目でしょぉ〜!」

ほっとけ。
見ればガキさんだけでなく街の通行人達も必死に口を押さえて笑いをこらえてやがる。
フン。笑いたきゃ笑え愚民共。

「あはは・・・あ、ありがと愛ちゃん・・・はは・・・」
「・・・う、おう」
「こんな私を好きになってくれてありがとう。101回も告白してくれてありがとう・・・はは・・・」
「い、いやそんな」
「プロポーズ、断るよ」
「!」
「こんな熱い告白されちゃったらそうするしかないよね」
「え・・・ってことは・・・今の告白の返事は・・・」

まさか・・・
握った拳に力が入る。まさか・・・まさか?101回目の正直がついに・・・!?

「あ、それはごめんね。まだ愛ちゃんのこと友達としか見れないの。だから友達からでよかったら」
「・・・」

俺は盛大にズッコけた。
脳内に流れたBGMはSA○ YESなどではなく、太○と埃の中での1フレーズだった。
追いかけて追いかけてもつかめないものばかりさ・・・


 **********


「ぅぅぅ・・・ぅぅっ・・・グスッ・・・」

闇夜に自分の泣き声だけが響く。
近所迷惑だってわかっていてもそれは止まらない。止まれない。
涙と一緒にれいなの思い出も流れてくれたらいいのに・・・。
そう思ったら余計涙が流れてきて、この涙で池でも作れるんじゃないかと思った。

「あぅう・・・グスグス・・・ううう〜〜〜・・・ヒック」

絵里の涙声と合わせて背後からカツン、カツンとローファーのかかとが鳴る音が微かに聞こえた気がした。

「・・・なんてな」
「え?」

その時、
背後から誰かに思いっきり抱きしめられた。

「!!・・・え?」
「・・・・・・」

誰かの腕が絵里の胸の上を交差する。
この匂いと感触・・・久しく体感していなかった懐かしいこの感じ・・・

「誰・・・?」
「・・・・・・ニシシ」
「!」

特徴的な笑い声を聞き、確信した。
すぐに背後を振り返る。
雲からまんまるいお月様が顔を出し闇夜を照らすとその人物の顔や姿格好が影からスーっと浮かび上がった。
彼は帽子のツバを持ち上げ八重歯を見せた笑みを浮かべながら、

「す〜ぐ騙されるっちゃねえ絵里は」

正体を現した。

「・・・れい・・・な・・・?」

唇と声が震える。
目の前に長い間待ちわびていた田中れいなその人がいた。

「やっぴぃ。久しぶりっちゃん絵里」
「・・・れいな・・・嘘・・・本物・・・?」
「こんな格好してるっちゃけど本物よ。宅配業者に変装して驚かそうと思ってずっと待ってたっちゃけど
 なかなか来ないっちゃもん絵里。待ちくたびれて寝てしまったと」
「・・・嘘・・・れいな・・・れいな・・・」
「でもすっかり騙されてくれて待った甲斐があったってもん、うぉっと」

2年でほんのちょびっとだけ逞しくなったような気がする胸に飛び込んだ。
れいなは少しビックリしてから小さく笑い、あやすように絵里の頭を何度も撫でる。

「ずっと・・・ずっとこうしたかった・・・!」
「うん・・・」
「おかえり・・・!」
「ただいま・・・」

れいなの腕が絵里の背中に伸び、2人の間に隙間がなくなる。
月明かりだけが絵里とれいなを白く照らしていた。





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