(75-927)冬物語

枕上の常夜灯のほのかな灯りに、ぼんやりと香音の浴衣姿が浮かぶ。
浴衣姿が、こんなにそそられるものだとは思いもしなかった。
…いや、“香音ちゃんの”浴衣姿だからだろうか。
うなじから、目を離せない。
あのときに、痕を付けた場所も、くっきりと思い出せるほどに覚えている。

震える手を、うなじに添えた。
ビクッと体が撥ねるのが分かった。

「香音ちゃん……」

掠れる声で、名前を呼ぶ。
香音。
甘い、甘い響きだ。
頬に手を当てて顔をこっちに向けた。
潤んだ瞳が、半開きで何かを言いたげな唇が、鞘師君を吸い寄せる。
そっと、香音の目に掌をかざした。

「里保、ちゃ…」

香音が何かを言おうとしたが、続く言葉は鞘師君の唇に吸い込まれた…。




「あんた達、ちょっとモニターになって欲しいの」

みちしげ君の唐突な申し出に、呼び出された4人はきょとんとした。

「モニター?」
「ウチの温泉旅館をリニューアルして、露天風呂付きの個室を改装したの」
「へ?部屋に温泉が付いとるとですか?」
「そう。で、夕食のコースも若者向きのを取り入れてみたの」
「え?今までのコースも凄く豪華で美味しかったですけど。それとも、洋食のコースでも作ったんですか?」
「和食は和食だけど、洋食の雰囲気を取り入れた「ステーキ御膳」なの」
「へえ!美味そうじゃの、香音ちゃん」
「だから、夕食と部屋の感想を聞かせて欲しいの。勿論モニターだからお代はこっち持ちで」
「えぇ!良いんですかぁ!!」
「勿論なの。その代わり、アンケートには詳しく答えて貰わなきゃだけど」

これは、夢のような話だ。
みちしげ君の旅館は、露天風呂が広々としていてゆったりと堪能したのを覚えている。
それを個室の貸切風呂で堪能出来るとなると…。

(今度も聖のあれやこれやを堪能すると…)
(か、香音ちゃんのふんわりボディを…手も舌もあれやこれやフル回転で…)

「こら、えりぽん!」
「里保ちゃん!また何かヘンなコト考えてるんでしょ!スケベな顔して!!」

回想しながら鼻の下を伸ばした生田君と鞘師君は、聖と香音に怒られてシュンとした。

「じゃ、明日の5時にさゆみの家に集合なの。車を出すから遅れないように」
「はい!」

全員が元気よく答える。
朝が弱い鞘師君にしてみると、夕食メインのお泊りになる今回のような集合時間は実にありがたい。

「あ、りほりほ、あんたはちゃんと鈴木をお家まで迎えに行ってから来て」
「えー、あたし、別にお迎えなんて……」
「ダメダメ。この間のことを忘れたの?」

香音は、それを聞いてハッとした顔をする。

「そうだよ、香音ちゃん。偶には里保ちゃんに甘えちゃいなよ。聖もえりぽんに迎えに来て貰うし」
「うんうん。里保を荷物持ちにすれば良か。香音ちゃん、下手すると里保の分まで荷物持って歩くやん」
「…何かワシの方が香音ちゃんに甘えとるような言い方じゃのう」
「お前、否定出来るとや?」
「うっ……」

言葉に詰まった鞘師君を見て、香音以外の全員が笑う。

「何だかんだ言って、甘えてるの、あたしの方だと思うけどなぁ…」

香音がポツリと漏らした言葉は、本当に、鞘師君以外の誰にも聞こえないほど小さなささやきだった。
鞘師君だけが、香音を見詰めて嬉しそうな顔をした。

「あれ?そういえば、そういうのにうってつけな亀井さんと田中さんは行かないんですか?」

聖が不思議そうな顔でみちしげ君に尋ねる。

「れいなは量が食べられないでしょ?だから食事のモニターには不向きなの」
「でも、その分は亀井さんが食べるんじゃあ…?」
「男性向けと女性向けで量を調節するの。えりがれーなの分まで食べちゃったら意味ないでしょ?」
「はあ、そーゆーのもするっちゃんねぇ……」
「それにあのふたりのは……」
「何ですか?」
「あ、いやいや、何でもないの。じゃ、よろしくね」
「はーい!」

4人は、一斉に、元気よく答えた。



「いやあ、あのメシは美味かったのう」
「うん。前菜のイクラが乗った胡麻豆腐、美味しかったね」
「椀物の鯛しんじょうも軟らかかったしの」
「お出汁もゆずの香りが効いてて、味が濃かったよね」
「白身の魚の和風ポワレもバターが効いてて美味かったし」
「うんうん。あと、一緒に出てきたウチワエビもバターとお醤油の香りが良くって、噛むと甘いエビの味が広がって」
「肉もボリュームたっぷりじゃったのう。ワシはお代わりしたけぇ、フィレとサーロインとどっちも食べられた」
「あたしは1枚で充分だったけど。あと、デザートのイチゴのババロアと金柑のシャーベットも美味しかったよね」

香音は話しながらせっせとアンケートに記入する。鞘師君が思いつくまま喋り続ける言葉も一緒に。

「さて……これで良いかな?じゃ、お風呂入って来るね」
「えー!一緒には入ってくれんの?」

ボスッと、鞘師君の顔に座布団が当たる。

「な、何言ってんのよ!」
「どうせ全部脱ぐんじゃし………イテッ!」

香音のデコピンが鞘師君の額の中央にヒットする。

「馬鹿ばっかり言ってないの!里保ちゃんは後で!」
「わ、分かった。その代り………」

スッと香音の耳元に顔を寄せる。

「下着は着けんで、浴衣だけ着てきてな」

これには、顔を真っ赤にして、香音が言葉も無く、頷く。



洗い髪を優しく撫でながら、唇の隙間から、そっと舌を差し入れた。
ピチャリ、クチュリと、微かな音が漏れる。
頬の内側や歯の裏側に舌を這わせ、一旦動きを止めてから香音の舌に舌を絡ませる。

「ん…ふぅぅ……」

鞘師君の肩をギュッと掴んでいた香音の手から、徐々に力が抜けていく。
もう、今は、肩に手を添えているだけだ。

「良い?」

快感に頭がボーっとしながら、鞘師君は変わらぬ掠れ声で香音に尋ねた。
顔を赤くして、こくりと香音が頷く。
もう一度キスをして、浴衣の合わせ目から、香音の胸にゆっくりと手を差し入れた。
肌に手が触れた瞬間、香音の体がピクリと撥ねる。

「ふぅっ…」

掌に触れた、体が、アツい。
思い切って体重をかけ、布団に体を横たえた。
唇を離すと、我知らず、互いが味わっていた唾液がそれぞれの唇に橋をかける。
それが切れてしまうのも名残惜しいが、それよりも、もっと他のトコロも味わいたい。

スッと浴衣の帯に手をかけて、思い切ってぐっと解いた。
そのまま、浴衣を広げる。

「あ……」

ぼんやりとした灯りだが、香音の肌を浮かび上がらせるには十分だ。
ごくり、と、鞘師君の喉が鳴る。
そっと香音の腕を取って浴衣の袖から抜き、両手を、指を絡めながら顔の横に押し付けた。
生まれたままの、一糸纏わぬ香音の姿が目に飛び込んでくる。

「里保ちゃん…そんなに見ちゃ…恥ずかしいよ……」

ギュッと目を瞑り、顔を逸らしながらささやく香音の言葉に、鞘師君は思わず勃然とした。
片手を外して、自分の掌に余る香音の乳房に手を伸ばし、優しく擦る。

「ん…ふっ、んぅぅ…」

唇を噛んで声を殺しながら、それでもいつもよりも高い啼き声を上げて、香音が首を反らす。
すかさず、剥き出しの喉にかぶりつき、うなじに回ってちゅっちゅっと吸い、ぺろっと舐め上げる。
同時に、膨らみを擦る手に力を入れて指を沈ませながら、固くなってきた頂を掌でクリクリと捏ねた。

「んっっ!」
「ね、気持ち良い?」
「わ、わかんない、よぉ…」
「じゃ、止める?」

悪戯っぽい笑みを浮かべながら、鞘師君が手を引きかけると、香音は慌てて鞘師君の手を掴んだ。

「どうした?」
「………いじわる………」

潤んだ眼で、ひた、と視線を当てられる。
うわ、僕の方が我慢出来ん。
頭を撫でてキスをしながら、掌で体中を撫で回し、時折指を立てて刺激する。
脇腹、背中、太股を擦っていくと、その度に、香音の躰がピクンと撥ねる。
掌に伝わる熱が嬉しかった。
僕の掌で感じてくれとるんじゃな、香音ちゃん………。

「愛してるよ…」

耳元でささやいてピンと張りつめた頂を食むと、香音は、ひときわ高い声で啼いた。
部屋のぼんやりした灯りでは、香音の凹凸のある影がくっきりと見える。
それこそ、おっぱいの光があたっ取らんところは陰になってしもうとるのう。
……って、これ、痣になっとるんか?

「香音ちゃん」
「……ん?」
「これ……痣、この間のときのか?」

ハッとした顔で、香音は、鞘師君を見る。

「力加減……分からんでのう……痛かったんじゃな。ごめん」
「……ううん、違うよ。ぶつけただけ、だよ」

それが嘘なのは分かっている。
痣は、指の形にくっきりと残ってしまっているのだから。
そう、力任せに揉みしだかれたかのように。
でも、そう香音が言うのなら。今は、そういうコトにして、後でもう一度しっかり謝れば良え。
鞘師君は、香音の頭を撫でて、軽く触れるだけのキスをする。
香音は、目を閉じ、キスを受け入れて、うっとりした表情になる。

鞘師君は、また、躰をそろっと擦り始めた。
香音の、息が、上がっていく。

「里保ちゃんは、浴衣、着たままなの?」
「あ……ああ」

自分が脱ぐのをすっかり忘れていた鞘師君、急いで不器用に結んだ帯を解いた。
………帯が絡まって解けない、などという状態にならなかっただけでも、鞘師君としては上等な方だろう。
パンツを穿いていなかったから気付いていたけど、鞘師君のモノはもうすっかり大きくなって勃ち上がっている。
香音は、頬を赤らめて、そっと視線を外す。
鞘師君は、再び香音に覆い被さり、横を向いた香音のうなじに唇を這わせた。
少しだけ、強めにヂュウッと吸い付き、ささやかな痕を刻む。

「僕の……僕だけの、香音ちゃん」

掠れ声で、そう、そっと呼びかけた。
香音の眼が潤み、それを堪えるかのように、そっと、目を閉じた。

うなじから、喉へ。首から、肩へ。鎖骨へ。
少しずつ、少しずつ舐めるところを、下へ下へと、下ろしていく。
キュッと結ばれていた香音の唇が徐々に綻んだ。そこから、アツい吐息が漏れてきた。

「ん……ふうぅぅ………くぅぅぅん……………」
「我慢、せんでな……僕も、香音ちゃんの声、聞いてると、キモチイイけんのう………」

そう言うと、先刻食んだ頂に唇を寄せて、チュッと吸い上げた。

「あっ!りほ、ちゃ………」
「イイ、の?」

目を閉じたまま、切なげな表情で、こくんと、頷く。
嬉しそうな笑みを浮かべ、鞘師君は、頂をチュウチュウと吸う。
痣のところを触らないように気を付けながら、膨らみをペロペロと舐め回す。
頂の周りのざらりとしたところを舐めると、香音は切なげに息を吐いた。
それに気付き、同じところを幾度となく舐める。

太腿を撫で回すと、そっと力を緩めてくれた。
スルッと手を秘唇に差し入れ、割れ目に指を滑らせる。

「あんっ!」
「我慢はせんでな。もっともっとキモチイイ顔、見せて………」

少しずつ、秘唇の奥に指が入る。クチクチと秘唇が音を立てだす。
僅かに指先に力を込めると、クチュッと、指が埋まった。

(確か、この辺じゃったかのう)

以前、香音が珍しく乱れたトコロを指先で探る。あのときの、コリッとしたものを、探り当てる。
顔を歪め、すすり泣くような声を、香音は立てる。いつもとは違う、トーンの高い声を聞くと、鞘師君も益々昂ってくる。

「香音ちゃん。僕、もう………」
「イイ、よ。きて……………」

すっかり慣れた手つきでゴムを付け、香音の躰を大きく開いて入っていく。
グシュグシュと音を立てながら挿入する。ナカがうねり、キュウッと締め付けてくる。

「あ!ぁあん!んぁぁぁ……」
「うあ………」

決して、大きなモノではないと自覚している。
なのに、香音は、大きく声を上げ、背中を反らして悦がってくれている。
背を反らす所為でより一層存在を主張する膨らみに手を伸ばす。指を沈ませると、一際切なそうに、香音は啼く。
躰を倒して抱き締める。背中から抱き締めるようにピタリと密着は出来ないが、膨らみの柔らかさを体で堪能できる。
背中に手を回してギュッと抱き締めると、首に手を回してすがり付いてくる。
震える掌が肩に当たる。それが何とも愛おしい。
始めは、ゆっくりと、そおっと。蜜で滑りがよくなってきたら、大きく、激しく。
鞘師君は、必死で、それでも乱暴にならないように、香音のナカに出入りする。

「り、りほちゃんっ!も、もう、ダメッ!」
「ぼ、僕も、もう!」

香音が背を震わせて体を反らし、ナカがギュッと締まる。
鞘師君の躰がアツくなり、同時に欲望を吐き出した。



荒い息を吐きながら、それでも、頭が冴えてくる。
目の前の靄がすうっと晴れて、軽く体を震わせながら夢の中を漂っている香音の姿を認めた。
綺麗だ。誰よりも。
そして、誰にも渡したくない、僕だけの香音ちゃんじゃ。
ゴムを抜いて捨て、香音と自分の後始末をすると、香音の肩を抱き寄せ、腕枕をしながら横たわる。
髪をゆっくり撫でると、ぼんやりと夢から覚めたように、香音がうっすらと目を開けた。

「里保ちゃん……………あのね」
「うん?」

暫く待つが、見詰めるばかりで何も言わない。どうやら言葉を探していたようだが、見つからなかったのだろう。
代わりに香音は、鞘師君の首に両腕を回し、唇を押し付けるだけのキスをした。
腕枕はしているが、香音の躰に手を回そうとする。が、何だか、カラダが、ダルい。

「里保ちゃん…眠っちゃっても良い?」
「うん、僕も…ちょっと眠い」

香音が目を瞑ったのを見て、鞘師君もすうっと夢の中に入っていった。



鞘師君が寝息を立て始めたところで、香音は目を開いた。
そっと体を起こして、鞘師君を見詰める。
みるみる目が潤み、熱いものが鞘師君の側にぽたっと落ちた。

「ごめんね、里保ちゃん……」

眠る鞘師君に、そっと呟く。
これからのことを考えると、胸がつぶれるほどに痛む。
だけど、躰の奥に残る疼きは、嘘じゃ、ない。

「あたしの、我儘、だけどさ…里保ちゃんとの、最後の思い出が、欲しかった、から………」

だから…今だけは、我儘を許して。
そう続けたかったが、声が言葉にならない。
涙が止まるのなんか待っていられる時間は無い。
手で幾度も涙を拭いながら、声を殺して、身仕舞いを済ませた。
荷物はもう、纏めてある。
未練だとは解っていたが、もう一度だけ、鞘師君の顔を覗き込んだ。
よく寝てる。出ていくまで、起きないでね。
そして、里保ちゃんは、ちゃんと幸せになってね。

「さよなら………」

想いを振り切るように、それだけ言って、立ち上がろうと手を付いた。



その瞬間、鞘師君はぱちっと目を開けて、香音の手首をぎゅっと握った。

「どこへ行くんじゃ?香音ちゃん」

香音の顔が蒼ざめる。

「お、起きて、たの…?」
「先刻、起きた。…で、香音ちゃん、何で黙って出て行こうとしてるんじゃ?」

鞘師君の声は震えていた。
香音は歯を食いしばって黙ったままだ。

「何も言うてくれんのか?」
「……」
「訳も聞かせて貰えんのか」
「……」
「そんなに僕は頼りないんか」
「ちが……」
「もしかして、やっぱり、僕が嫌いか?僕じゃ、嫌じゃったん……」
「嫌じゃない!嫌いなんかじゃ、無いよ!」
「じゃ、何で…」
「この間、里保ちゃん家から帰るとき、ウチの前に、校門のトコに居た、あのときのやくざが、居たの……」

血の気が、引いた。

「前のときは女のひとが一緒に居たんだけど、そのときはあのやくざだけで……」
「おんなの、ひと?」
「うん。里保ちゃんがダンスのコンテストに出たとき、里保ちゃんの周りに居たうちのひとりのひと。
 里保ちゃんを満足させられない役立たず、って………」
「………そんなの、初めて、聞いた」
「言わなかったから………」

だから、あの日の香音ちゃんは、おかしかったんか。

「やくざから逃げたけど捕まっちゃって…あ、あたしがひとりであの人達のところに行けば…他の人達は見逃してくれるって……」
「そんなことが、あったんか……」
「ムネの痣も、そのときに掴まれて出来たの……」
「……………」
「あたし……汚れちゃったから……もう、里保ちゃんの側には居られない………」
「そんなこと無い!香音ちゃんは………」
「だから、せめて、ひとつだけ、里保ちゃんの役に立てることを、って、思って……………」
「……それで、香音ちゃんは、どうなる?」
「………考えたくも、無い………」

鞘師君の脳裏には、何人もの男に嬲られる香音の姿が映った。
服をナイフで切り裂いて、何人もの女性に乱暴をしていた連中だという話も回覧板で読んだ。
だから、そのくらいは、容易に想像がつく。

「これから…どんな目に、あっても、耐え切れる、思い出が、欲しかっ…………」

それ以上は言葉にならなかった。香音は、唇をぐっと噛み、嗚咽を殺していた。

鞘師君の頭の中が、静かに醒めていった。

「じゃ、ちょっと待ってて」
「…え?」
「僕も行く」
「だ、ダメだよ!殺されちゃう!!」
「覚悟の上じゃ」
「絶対ダメ!里保ちゃんには、あたしの分まで幸せになって貰うんだから!」
「香音ちゃんが居なきゃ、僕の幸せは、無い」

鞘師君の言葉は静かだが、威圧感を秘めていた。
それに気圧されて、香音は、言葉が出ない。
鞘師君は、スッと、外の露天風呂を指差した。

「もし香音ちゃんがひとりで行くなら、僕は、露天風呂のあの岩に、頭を打ち付けて死ぬ」
「里保ちゃ……………」
「どうせ死ぬなら、一緒に行かせてくれんか?」

香音は、その場に、座り込んで、泣き出した。
鞘師君は、静かな表情で、悠々と身支度をする。

「さ、香音ちゃん。準備できたぞ」
「どうして、どうして……里保ちゃ………」
「もう決めた。荷物は置いて行こう。身ひとつで十分じゃろ」

鞘師君と香音は、足音を殺して暗い廊下を歩いた。
同時に、生田君達の部屋を除いた旅館中の空気が揺れた。
そのうちの、隠し部屋のふたつの影が電話を手に取っている。

「もしもし、夜分遅くに申し訳ありません、小父様……」
「そっちの準備はどう?気付かれないように、手筈を確認して……」

「ひとりで来いって言うたんを忘れたんかァ、コラァ!」
「家族やダチを嬲り殺しにされても良えんかァ!」
「しかもワシ等のところには来ん、じゃとぉ!」
「ナメとるんかぁ!おんどりゃぁ!!」

旅館からしばらく歩いた先の空き地で、待っていた男は3人。
1人は腕を組んでにやにや笑いながら立ち、その前に居る2人の男が鞘師君と香音に向かって凄む。

「まあま、待て、待て」

下卑た笑い声を立てながら、腕を組んでいた男が前に出て、凄んでいたうちの1人の肩をポンと叩いた。
こいつが多分兄貴分で、2人はその下のチンピラなのだろう。

「嬢ちゃん、ワシのことを覚えとろうが」
「あ…」

覚えている、どころでは無い。香音を脅した張本人ではないか。

「嬢ちゃんが大人しくワシ等んとこに来ればな、そこの坊ちゃんや嬢ちゃんの周りに手出しはせん」
「ふざけるな!香音ちゃんをお前等に渡せるかァ!」
「あぁん?」

男は、傍らのチンピラに、くいっと顎で鞘師君の方を示した。
すかさず鞘師君の脇腹に膝蹴りがめり込む。

「ぐっ………」
「里保ちゃん!」

鞘師君は体を曲げて噎せた。が、香音を抱き締める腕は離さない。

「ほぉ?良え度胸じゃ」

チンピラ達は手に何かを持って構えた。街灯の光をキラリと反射するそれは、幾人もの女性を襲ったナイフだろうか。

「女は傷つけるなよ。大切な商品だ」
「し、商品?」
「こんだけおっぱいが大きい若いオナゴじゃったら、ソープでよぉけ指名も付くじゃろ」
「その前に思う存分味見させて貰うがな。最初っからハゲ散らかして脂ぎった狒々爺じゃ可哀想じゃけんのぉ」

グヒヒヒ、と、下卑た笑い声が一層その場にこだまする。
鞘師君の体が、カッと熱くなった。

「お前等なんかに、絶対に、香音ちゃんは渡さん!」
「何ぃ!こん餓鬼ゃあ!」

声の方に振り向いた鞘師君のこめかみに、ゴツッと固いものが当たった。
思わずよろけて、香音から手を離す。

「鬱陶しいんじゃあ!」

腹に重い蹴りがめり込む。

「うぐっ!」

胃が潰れて何かがせり上ってくるその感覚に、たまらずに膝を付き、その場に倒れ込んだ。

「もういい!この餓鬼の息止めて、その辺に捨てて来い!」

誰かが、体を押さえつけ、這いつくばらせる。
両腕をねじ上げられて身動きが取れない。
目の前で、ナイフが、もう一度、街灯の光を反射してキラリと光った。

「待って!」

倒れ込んだ鞘師君の前に香音が立ちはだかった。

「あたし、行きます!行きますから…だから…里保ちゃんはこのまま帰して!」
「ほぉ?」
「何でもしますから、だから…」
「何でも、ねぇ」
「香音ちゃん、ダメ……」
「うるせぇ!そいつは押さえとけ!」

懸命に上げた頭に重い力が掛かり、その場に押さえつけられた。声が出ないように何かを噛まされる。

「じゃあな、着てるものを自分で脱いでこっちに来い。下着も全部だ」
「うぅーっ!」

声にならない声で、首をブンブンと振りながら、鞘師君が叫ぶ。
香音は、ふっと、鞘師君の方を振り向いた。

……………何もかもを諦めた生気のない目をしているくせに口元には微笑みが浮かんでいる……………

鞘師君と目を合わせた香音は、目を伏せて、静かに、かぶりを振った。
そして、男に向き直ると、ブラウスのボタンに手を掛けた。



「しまった!クロ!!」
「はっ!みんな行くぞ!」

未だブレーキも掛かり切っていないリムジンから、数人の男が飛び出した。
何人かは、鞘師君のもとへ駆け寄り、チンピラ達を引き剥がし、抱き起こす。
香音とやくざの間に入った男は、香音の肩に手を置き、サングラス越しにニッコリと、生気を失った香音に笑いかける。

「申し訳ありません、鈴木様。怖い思いをさせてしまいましたね」
「あ、あの…クロ、さん?」
「はい、若の執事でございます。もう大丈夫ですよ」
「……ふ、あ、あ、うああああぁぁぁぁっ!」

香音は、クロさんにしがみ付いて大声で泣き出した。
彼は、しがみ付かれた香音の頭を撫で、そっと肩に掛けた手に力を込めた。

「何じゃ、てめえは!」
「何、と言われても困りますが…」

と答え、フッと屈んで香音のブーツの金具から何かを取り出した。

「お話はこちらのチップに録音させていただきました」
「何だとぉ!」
「いずれ、役に立つことでしょう」

香音は、驚いて涙に濡れた顔を上げた。
履いていた自分すら分からぬチップを、いったいいつブーツに隠したのか。

「舐めるんじゃねぇぞ!ワシは○○組のモンじゃあ!」
「それが何か?」
「てめぇらのことは組を上げて………」

先に停まった黒いリムジンに並ぶように、もう一台、白いリムジンが来た。
リムジンから、ゆっくりと、1人の人物が降りてくる。

「これは何の騒ぎだ!」

やくざの顔がさっと蒼ざめ、強張った。

「お、親父…」
「おう、そこにいるのはこの間盃をやったばっかりの下っ端じゃねぇか」
「……」

言葉を失ったやくざに、畳みこむように怒鳴りつける。

「俺の面を汚しやがって!」
「……」
「素人さんの、しかも年端もいかない子どもに手ェ出しやがるなんざ、極道の風上にも置けねぇ!」
「……」
「もういい!手前は破門だ!さっさと去ね!」
「お、親父、それだけは…」
「あぁん?それとも簀巻きにされて魚の餌になりてェか?!」

更に遅れて到着した黒塗りのベンツから、屈強な幾人もの男たちが降りたつ。
やくざとチンピラ達は、それを見ると、ぎくしゃくと後退りし、一散に走り去った。
鞘師君と香音は、やくざを追い払った人物よりも、後ろからゆっくり歩いてくるふたつの人影を呆然と見詰めていた。


「鈴木さん」
「はる……なん?」
「どうして脅されたときに話をしてくださらなかったんですか?」
「あ、あの…」
「話をしてくださってさえいれば、どうにでも出来ましたのに。それにしても…」

春菜は香音に歩み寄り、そっと両手を回して抱き締めた。

「大事にならなくて、良かった……」
「ごめん、なさい……………」

香音は、春菜の胸に顔を埋めて、再び泣き出した。
春菜は、香音を抱き締めながら

「小父様。今日はお手数をおかけしまして申し訳ありませんでした」
「いえ、私の不手際で、お嬢様とこちらの方々には大変なご迷惑を…」
「それで、鈴木さんと、そちらの鞘師さんにはこれ以上?」
「あの者達は破門して廻状を回します。奴らの居場所は無くなりますから、今後顔を出すことはありません」
「…他には?」
「幹部会を開いて、二度とこのようなことが無い様に、組内の綱紀粛正を致します」
「…他には?」
「ほとぼりが冷めるまでガードさせます。お嬢様を含めた学校の方々にも、無論ご家族にも、指一本触れさせません」
「頼みます」

「鞘師」

みちしげ君は、いつになく厳しい表情で鞘師君の前に立った。

ぱん。

鞘師君の頬に平手打ちが飛ぶ。

「まだ一人前にもならない若造が命を粗末にするんじゃない!」
「あ…」
「鈴木の様子がおかしかったんで目を配ってたから気が付いたけど」
「……」
「さゆみ達が気付かなかったらどうするつもりだったの!」

俯いた鞘師君の目から、涙がぽたぽたと溢れた。
みちしげ君は、鞘師君の両の肩をグッと掴んだ。

「もしあんたが死んでたら、鈴木だって、無事じゃいなかったでしょ」
「う……」
「下手すりゃあんたの後を追ってた。それも分かってるんでしょうね」
「……」
「あんた達は野良犬みたいな死に方をする人じゃ無いんだから!」
「……」

鞘師君は奥歯をぐっと噛んで、声を上げて泣くのを堪えた。
みちしげ君の言葉がじんわりと沁みてくる。が、何と答えて良いのか解らない。
涙を堪えきれぬまま顔を上げると、みちしげ君は、厳しい声音とは裏腹に、鞘師君を優しく見詰めている。

「どうやらあんた達にはお仕置きが必要なようね」
「え……?」
「罰として、ウチにもう1泊して頭を冷やしなさい。荷物は置いてあるんでしょ?」

ふたりをみちしげ君のリムジンに押し込んで送り出すと、春菜がそっとみちしげ君の傍らに来た。

「悪かったわね」
「え?」
「ここまで、手を汚させてしまって……」

春菜は、驚いてみちしげ君の横顔を見詰めた。

「無かったことには出来ないけど、今ならまださゆみが被ることが出来るから」
「……小父様のことですか?」
「そう。幸いあそことは道重も縁があるし、今ならあんたとの関りを黙っておいて貰うことも…」

「……………私の、意思です」
「……………え?」
「大事なものを守るためには、この手などいくら汚れても構いません」
「でも、あんたは女なんだから、今なら“世間知らずのまま”で過ごすことも出来るでしょ!」
「それを今さら望むとでも?」

今度は、みちしげ君が驚いて春菜の方に振り返った。
春菜は、強い意志をその眼に宿していた。
それを見たみちしげ君は、場の空気を換えるように頭を振り、再び春菜に向きやった。

「じゃ、こうしてても仕方が無いし、帰ろうか」
「そうですね」
「さゆみのリムジンはあの子たちが乗ってっちゃったし、あんたのリムジンに同乗させて貰える?」
「勿論です。残られているクロさんもご一緒に」
「そうそう。あんたん家のアレ、ふたり分手に入る?随分人気商品になっちゃっていつも品切れみたいだけど…」
「道重さんのお望みなら幾らでもご用意します!早速能登の工場から運ばせますので、お昼前には…」




リムジンで旅館に送って貰い、着替えて手や顔の汚れを拭うと、ふたりは、敷いてあった布団に倒れ込んだ。
そのまま、ふたり共、泥のように眠ってしまったので、その後の記憶は無い。
目を覚ますと、既に日は高くなっていた。
隣の部屋の生田君達は、どうやらみちしげ君が上手く丸め込んで、先に帰ったらしい。
朝昼兼帯の食事が運ばれてきた。
ふたりの体調を考慮したのか、土鍋に入った雑炊や白和えなど、食べやすいものばかりだ。

「里保ちゃん、食べられる?」
「うん、食べやすいモンばっかりじゃけぇ」

香音はほっとしたように息を吐く。

「良かった…」

膳のものをすっかり食べ終えると、鞘師君は、箸を置いて居住まいを正した。

「香音ちゃん」
「は、はい」

香音も慌てて座り直す。

「これから、昨日のやり直しじゃ」
「え?」
「食べたら、先ず、一緒に風呂に入ろう」
「あ…の……?」

驚いた顔をした香音だったが、鞘師君の言葉を理解したのだろう、みるみる顔に、耳に、首筋に、血の色が上った。

「昨日までの僕らはな、悪いけど、ノーカウントじゃ」
「里保ちゃん……」
「僕、ちゃんと向き合って、香音ちゃんと一緒に居たいんじゃ」

香音は、しばらくもじもじしていたが、すっと立ち上がると、鞘師君の隣に行き、横座りに座った。
昨夜、自分を守って抱き締めてくれていた、鞘師君の手を取る。
しばらく、迷うように手を弄んだ後、大事そうに両手で押し頂き、手の甲にそっとキスを落とした。
掌を自分の頬に押し当てて、目を閉じて頬擦りをする。

「良いよ。もう少し、休んだら、お風呂、行こ」

今度は、鞘師君が真っ赤になって硬直する番だった。




ぴちゃり。
鞘師君が手を動かす度に、湯船のお湯が水音を立てながら溢れる。

「…ふ…んぅ…はぁん…」

水音に香音の掠れたような啼き声が交じる。


風呂に入って真っ先に、鞘師君は、手で石鹸を泡立てて、香音を隅々まで洗った。
それこそ、頭から、爪先まで。乳房から、乳首の先端まで。秘唇から、お尻まで。
ありとあらゆるところに手を、指を這わせて、気が済むまで香音を洗った。
擦るだけでエッチな触り方はしなかったつもりだが、香音は顔を真っ赤にして俯き、声を殺している。
徐々に荒くなる呼吸の度に、微かに上下しながら揺れる乳房が艶めかしい。
お湯をかけて石鹸を流した。襞が多い秘唇は、足を開かせて丹念に流した。

「やあ…こんな、こと……」
「香音ちゃん、濡れてる…。お湯を汚してしまいそうじゃのう」
「ヤだ…里保ちゃんの、バカッ!」

両掌で顔を隠して言う、切羽詰まった香音の声に、それ以上言うのを止めた。
少し冷えた香音の躰を横抱きにして湯に沈め、急いで自分の体を洗って、ザバリと湯に浸かった。

並んで座っていた香音を促して、膝の上に乗せた。
もう、鞘師君のモノはすっかり固くなり、大きさを増していきり立っている。
それを香音の腰に押し当てると、真っ赤になりながら、

「里保ちゃん…固いのが…」
「うん、僕、もう、香音ちゃんが欲しい」
「ヤだ…」
「でもな、先ずは、こうしたい。香音ちゃん、膝立てて」
「?」

膝を立てさせて、グッと力を入れて両足を開かせた。
そこに右手を割って入れ、秘唇を包むように掌を当てて、やわやわと指を動かす。

「ああっ!り、りほちゃ…」

トン、トン、と指先で叩くように刺激すると、プチュ、と音がして、閉じていた秘唇が開いた。
割れ目を指でそっと擦ると、香音の啼き声が高くなった。指の腹でプックリ膨れた蕾に触れ、コリコリと弾く。
左手で掌に余るほどの膨らみを揉む。まだ痣が残る膨らみを、痛くないように、優しく。
目の前にあるうなじを、肩を、チュッチュッと吸い、ペロペロと舐め回す。
鞘師君の手が膨らみを、秘唇を嬲り、お湯がぴちゃぴちゃと音を立てる度に、香音は甘い啼き声を上げる。

「あぁん!はぁっ、はあぁぁん………」

香音の声のトーンが、徐々に上がっていく。
指は、お湯ではないヌルッとしたものを感じ続けている。

香音の躰から、すっかり力が抜けている。もう、鞘師君の躰にもたれてハアハアと喘ぐばかりだ。
膨らみを揉んでいた手を頬に当ててこちらを向かせ、チュッと触れるだけのキスをする。

「ね、このまま…」
「な、なに?」
「…入れても良い?」
「ヤ、ヤだ。それは、ちゃんと、おふとん、で…」
「ん、分かった」

鞘師君にしても、何も着けずに行為に及ぶことは、ちょっとばかりためらいがある。
腰が砕けてよろよろしている香音を支え、自分も少々歩きにくさに悩まされながら、部屋に戻った。
体を拭き、浴衣を羽織って戻ると、部屋の布団は、シーツやカバーまでもが替えて整えてあった。
座卓の上に、盆が載っている。
そこには、2本のビンと2包の薬らしきものが鎮座している。
傍らに置かれた2枚のメモ書きを、ふたりして覗き込んだ。

『オレンジの薬は鈴木用、黄色の薬はりほりほ用です。りほりほは、安心してそのままで鈴木を抱きなさい。』

『ビンの中身を召し上がると眠くなりますが心配はありません。眠って起きればちょうどが効くころになります。』

「えっと…こ、これって……」

香音が真っ赤になりながら口籠る。

「そ…そうなんじゃ、ろう、な……」

鞘師君も、少々どもりながら言う。
みちしげ君の字で書かれたメモの“そのままで”というのは…つまり……。

「何も着けんでも…シても大丈夫ってことなんじゃろうか……」
「た、多分、そうなんだろうね……」

思わず見詰め合ったふたりの顔は、お湯にのぼせるよりも、さらに赤い。
もしも、財閥の御曹司と令嬢が、手ずから布団の乱れを直してシーツを替え、
盆とメモを置いて行ったことを知ったならば、ふたりはどんな顔をするのだろう?

「と、とにかく、これをいただこうか?」

鞘師君がビンを手に取る。

「そ、そうだね」

香音もそれに倣い、ビンをそっと持つ。
ふたりで目を合わせ、薬を口に含んでから、ぐっとビンの中身を呷った。
途端に、ふうっと、眠気がふたりを襲う。
鞘師君は香音を抱き寄せ、香音は鞘師君にすがり付き、そのまま何も言わずに眠りに落ちた。



1時間ほどした頃だろうか?ふたりが同時に目を覚ましたのは。
躰が、アツい。相手から目が離せない。
何よりも、香音の甘い香りが、鞘師君の香ばしい香りが、脳の奥をクラクラさせる。
香音は、鞘師君の手を取った。そのまま親指の爪を擦る。

「な、何しとるんじゃ?香音ちゃん」
「えへ……これ、気持ちイイんだもん」

手を顔に持っていく。そっと掌を頬に当てながら、爪を擦り続ける。

「あったかいよ。りほちゃん………」

鞘師君は、僅かに頬を緩め、顔を寄せた。
香音の長い睫が伏せられる。
自分も目を閉じて、そっと唇を重ねる。
啄むような軽いキスを繰り返し、そっと舌を差し入れて唇を、歯を割り開いた。
香音の舌をつつき、口中を這い、舌を絡める。
ピチャピチャと、水音が静かに響く。
香音が弄んでいる左手は好きにさせながら、右手をそっと躰に滑らせる。
ピクッと、躰が撥ねる。
鞘師君の頭の中に、香音の僅かな嬌声がダイレクトに反響する。
唇を離して香音の顔を見た。潤んだ瞳が、僅かに乱れる息を吐く唇が、鞘師君を引き付ける。
色っぽ過ぎて、我慢なんて出来ない。
耳元に顔を寄せ、息をフゥッと吹き付けて、耳朶を食む。

「爪と、今のと、どっちがキモチイイんじゃ?」
「ど、どっち、も……」

掠れ声で、香音が答える。

「じゃ、これは?」
「きゃん!」

ふいに右手を滑り下ろし、内股を撫で上げ、秘唇を掠める。
同時に、たわわな膨らみの頂に唇を寄せ、チュッと軽く吸い、舌で周りを舐め上げ、頂をコロコロと転がす。
秘唇を指で掠めるように撫でると、既に潤っているソコは、鞘師君の指をピタリと呑み込んだ。
蕾も既に熟れきっている。指で掠め、捏ね、弾く度に、香音は甘い声で啼く。
啼きながら顔を逸らす。目の前に曝されたうなじに、唇を這わせる。

「や、やぁぁん!りほちゃん、い、イッちゃうよぉっ!」
「良えよ、イって!」
「ふぁ、ああぁぁぁん!」

香音の躰に力が入る。爪先までピンと反り、転瞬、脱力したように布団に沈み込む。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐く香音の耳元に口元を近付ける。

「もう僕も、限界じゃ。入れても、良い?」

ぼんやりと、焦点の定まらない眼差しながら、こっくりと、頷く。
いつものように、モノを香音にあてがい、腰を沈めた。
ゴムを着けているときとは違って、モノとナカがピタッと貼りつくように、入り込んでいく。
うねる香音のナカに合わせて、奥へ奥へとモノが進んでいく。

「熱ぅい!いつもより、里保ちゃんが熱いよぉっ!」
「か、香音ちゃんこそ!」

想いが熱になり、互いにそれを伝え合う。
薄過ぎるくらいのゴムなのに、あるとないとではまるで感覚が違う。
引き抜くときにまとわりついてくる。入れるときにキュッキュッと包み込んでくる。
それなのに、たっぷりの蜜が、鞘師君の抜き差しを、滑るように、スムーズにサポートする。
ぱんぱんぱん………と肌がぶつかり合う音が、ふたりの感情を昂らせ合っていく。

「り、りほちゃん、りほちゃんっ!」
「かのんちゃんっ!」

香音が体を震わせ、同時に、ナカがギュウっと締まる。
鞘師君は、それに絞られるように、一滴も残さずに香音に欲望を放った。



ズルリ、とモノを引き抜き、崩れるように香音の隣に倒れ込む。
香音は、ハァ、ハァ、と荒い息を吐く。目を閉じ、まだ夢の中を彷徨っているようだ。
いつもなら、ゴムを捨てた後、すぐにモノを拭いて後始末をするのだが、今は、香音の名残を拭うようで、何だか惜しい気がする。
だから、後始末はしないで、香音を抱き寄せた。
腕枕をして抱き締め、軽く触れるだけのキスをする。
まだまだアツい香音の躰が、火照っているはずの自分の肌に心地良い。
香音が、うっすらと目を開いた。

「香音ちゃん……大丈夫か?」

こっくりと、頷く。

「……拭こうか?」

静かに、かぶりを振る。

「里保ちゃんが、まだ、ここにいるみたい……熱いのが、まだここにいるよ………」

香音は、そっと、下腹を押さえた。鞘師君は、ちょっとだけ赤くなる。
目が合った。ふたりで、はにかんだ笑顔を見せた。どちらともなく唇を合わせると、睡魔が襲ってきた。




香音は、ふと目を覚ました。
夜の闇に、音がすべて飲み込まれたように、静かだ。
そう言えば、あんなに激しく愛し合った後だというのに、体がもう冷たい。
……どうやら、夜の冷気に抱きすくめられてしまったようだ。

なんだか体がダルくて、思うように動かない。
それでも、意思を決したように、頭を上げ、鞘師君の腕から抜け出す。……そう、いつものように。
常夜灯の灯りすら無い、暗い部屋の中を手探りで探る。
鞘師君が脱ぎ捨てた浴衣は、どこに放り出したのか、手には当たらない。
だから、自分の下敷きになっていた、自分の浴衣を鞘師君に着せ掛けた。
何とか鞘師君の体を包んだものの、帯までは結ぶことが出来ない。
足元に丸まっていた掛け布団を引っ張り上げて、鞘師君に掛けた。
体をぐるりと包み込んだ。鞘師君の体は布団にすっぽりと入ったようだ。

「パンツも穿かせたいんだけど……」

独りごちて、枕を鞘師君の頭の下に押し込み、その横にコロン、と横になる。
少し動いた所為だろうか。体が温かく感じる。
掛け布団の端をキュッと掴んだ。

「これくらいは、許して貰えるよね……」

そういって目を閉じた。そのまますうっと寝入ってしまった……………。


寝返りを打とうとして、何かが背に当たった。それに違和感を感じた。

(あれ……?)

なんだか体が妙に温かい。手に、掛け布団と浴衣が当たる。
それより、どうして寝返りが打てるんだろう?

(今……香音ちゃんとシて……腕枕で寝てた筈じゃ……………)

そこまで思い当たった鞘師君は、ガバッと、体を起こし、常夜灯を灯した。
纏っている浴衣は、赤い柄の女物の浴衣だ。
そして、その浴衣の主は、一糸纏わぬ姿で掛け布団を握り締めて横になっていた。
鞘師君の背に当たったのは、布団を握り締めている香音の手だった。
白く浮かび上がって見えるその手が、鞘師君の目に痛いほど焼きついて……………。

月光の所為か?いや、本当に頬の赤みがなくなっている。
あわてて香音に手を伸ばす。触れる肌は、氷のように冷たい。
顔がカッと熱くなった。熱が涙になって零れそうなのをなんとか堪えた。
布団を跳ね除け、浴衣を剥ぎ取り、香音を担ぎ上げて部屋の露天風呂へと駆け出した。
香音と触れている肩が冷たい。冷たさを感じる度に、心臓が同じように冷えていく。
頭は、目頭は、それとは逆にますます熱を帯びてくる。
ドブン、と大きな音を立てて風呂に飛び込んだ。
相当響く音だったのに、香音はぐったりとしてピクリとも動かない。そして、目を覚ますことも無い。
湯の中で、必死になって香音の体を擦った。
バシャバシャと跳ね散らかす湯が、髪を、顔を、ビシャビシャにするけど気にしない。
熱い湯の中でも冷たい肌の上を、鞘師君の手が何度も何度も往復する。



「ん………」
「香音ちゃん?香音ちゃん!香音ちゃん!!」

香音が、不快そうに、ほんのわずかに眉根を寄せ、少しだけ身じろぎした。
それと気づいた鞘師君は、大声で香音を呼んだ。
うっすらと、香音がその眼を開ける。
鞘師君を見とめると、香音の眉が、フッと泣き出しそうに下がった。
そのまま、口元に笑みを浮かべて

「やっぱり……ここでも、シたい?」
「……………え?」
「先刻、ワガママ言っておふとん行っちゃったもんね」

呆然として、言葉が出ない鞘師君に、香音は抱き付く。
そして、唇を鞘師君の躰に押し付けながら

「ね、どうする?先ずは、お湯の中で、手で、スる?それとも、そこに座って、おくちで………」

何も言わず、鞘師君は香音を抱き締めた。
そのまま、口を耳元に寄せて言う。

「覚えて、無いんじゃろ」
「何を?」
「香音ちゃん、冷たくなってしもうて、ぐったりしとって……」
「え?」
「じゃけぇ、お湯でやっと、ちょっとだけ温めたんじゃ。今も、まだこんなに冷たい……」
「それじゃ、里保ちゃんはダブルであたしの命の恩人じゃん」
「そんなことは……」
「なら余計にお礼しなきゃさ………」

腕の力が、緩んだ。
同時に、ぽたぽたっと、香音の豊かな胸に落ちる、熱い滴。

「のう、香音ちゃん」
「ん?」
「僕と、一緒に、居るのは辛いか?」
「……え?」
「くつろげんか?安心、出来んか?」
「いや……」
「ギブアンドテイクじゃ無きゃ、一緒には居られんのか?」

香音の体に、強張るように力が入った。
鞘師君は、次の言葉を発するのに、少しの間、逡巡した。
それでも、言わにゃならんじゃろ。僕は、男じゃけぇ。

「………………のう、香音、ちゃん」
「何?」
「もし………僕と居るのが辛いなら、離れても、構わん、ぞ」
「え………?」
「辛い思いして、我慢ばっかりしとる香音ちゃんは見たくないんじゃ」
「……………」
「もし……もしも、な。安心、出来て……………」

声が、震えて、言葉が、止まる。
本当は、言いたくない言葉なのは、重々判っている。
それでも……それ、でも………。

「……安心、出来て、くつろげる、男が居たら、そいつと一緒に、居たら良え」
「……………」
「でも、昨夜みたいに、香音ちゃんが危ないときは、助ける手伝いくらい、させてくれんか?」
「……………」
「香音ちゃんには、いつも、笑ってて、欲しいから」
「……………」
「笑いかける相手が、僕じゃなくても、遠くからでも、香音ちゃんが、笑ってるのを、見たい、からっ!」

唐突に、鞘師君の頭の中に、閃光のように言葉が浮かんだ。
もしかして“守る”っていうのは、こういうことなんか?
光井さんとか、えりぽんとか、部長とかが言うとったんはこのことだったんか?
いつだって安らいで欲しい。くつろいで欲しい。笑ってて欲しい。
そして、その笑顔を“守る”ことが…自分の腕の中に笑顔があることが“幸せ”なんだ、と……………。

鞘師君の背に回された腕に力がこもった。
豊かな膨らみの所為で体をぴったりとは付けられなかったが、香音は、鞘師君の胸に額をくっ付けて、顔を埋めた。

「……馬鹿里保」
「……え?」
「あたしが、他の誰に向かって笑うのよ」
「かの……」
「あたしが欲しいのは、里保ちゃんだけだよ」
「……………」
「一緒に手を繋いで歩くのも、抱き締めて貰うのも、だ、抱いてえっちして貰う、のもさ………」
「……………」
「里保ちゃん以外のひとは、絶対に嫌なんだから、ね………」
「うん……ごめん……………」

鞘師君は、ようやく、自分の肩と香音の体が冷えかけていることに気が付いた。

「香音ちゃん」
「ん?」
「体が、冷える。温まろうよ」

そう言って、香音に座るよう促した。
ふたり、同時に、湯に浸かる。

「空を、見なよ」
「うん」
「星が、綺麗じゃ」
「そうだね」
「それとも“美味しそう”じゃったか?」
「へ?」
「ほれ、いつだったかのはるなんのトコのホテルで………」
「あ……………」

香音が俯く。耳朶とうなじが、ほんのりとピンクに染まる。
鞘師君は、そっと香音の肩を抱き寄せた。

「のう、香音ちゃん」
「ん?」
「大人になって、結婚、したらじゃな」
「うん」
「新婚旅行はこういうところでのんびりしたいのう」
「こんなゴーカなトコ、道重さんのこの旅館じゃなきゃ無理じゃない?」

それを聞いた瞬間、鼻をグスグス言わせながらみちしげ君が即座に特別室の設計を命じたのは言うまでもない。

「あ、でもさ、はるなんのホテルでもゆっくりしたいよね」
「うん。あそこも綺麗でメシも美味かったのう」
「そうそう。雪が降るのを眺めたりさ、やっぱりこうやってお星さま見てたりとかさ」

それを聞いた瞬間、目を真っ赤にした春菜がスイートルームのインテリアとアメニティの特別仕様デザインを指示したのは言うまでもない。

「さ、そろそろ湯冷めせんうちに、上がろうか」
「うん」

ザバリと湯から上がり、脱衣所で体を拭く。
部屋に入り、香音に浴衣を着せかける。自分が放り出した浴衣を拾い、拡げてバサッと羽織る。

「パンツも、穿いとかんとな。寒いけんのう」

そう言って、並べてあるふたりの荷物を引き寄せる。自分のバッグを開け、パンツを取り出す。
少しだけ気恥ずかしくなって、香音に背を向けて、急いでパンツを穿いた。
背中越しに布がこすれる音がするのは、香音が下着を着けているのだろうか?
浴衣の前を合わせていると、くすっと笑う声が聞こえた。

「それじゃ左前だよ。こっち、向いて」
「うん」

素直にくるりと振り向くと、香音は既に、浴衣の帯を、体の横で蝶結びにして着ていた。
浴衣の前を合わせて貰い、帯を結んで貰う。

掛布団を引き寄せながら横になり、腕を伸ばした。

「香音ちゃん」
「……うん」

僅かに頬を赤らめながら、香音が横になる。
抱き寄せて腕に頭を乗せ、足をしっかりと絡める。

「なるべくこっちに寄って。背中が出てしまう」
「でも里保ちゃん……」
「ぴったりすれば、ふたり共背中は出んじゃろ」

そう言いながら、更に香音を抱き寄せる。

「ほれ、こっちの方が暖かいじゃろうが」
「そう、だね」
「じゃ、おやすみ、香音ちゃん」
「うん、おやすみ………」

常夜灯を消すと、そのまま寝入った。ふたり分の寝息が、静かに星空に舞い上がっていった。




夢を、見た。
鞘師君は、廊下を必死で走っている。
目的のドアを見つけて立ち止まる。荒い息を、ほんの少しだけ整える。
ドアを開ける。そこには、愛しいひとが、愛すべき小さなものをじっと見詰めていた。
横から、もどかしげで、切なげな視線を感じる。
大丈夫だよ。焦らなくても、ゆっくり向き合えば、手放さずに済むよ。
そう思いながら、愛しいひとの元へ、そっと歩を進めた。

「よく、頑張ったの。香音ちゃん」
「里保ちゃん……来てくれたんだ」
「当たり前じゃろ。僕と香音ちゃんの大事な子どもじゃ」

頭をそっと撫でる。

「ね……抱っこして、あげて」
「うん」

腕に抱えるようにして、壊れ物を扱うように、そっと抱き上げる。
キョトンとして見上げるかのような、小さな瞳。

「初めましてだね。ほぉら、パパ、だよ」

鞘師君の眼に、熱いものが溜まった。

「ありがとうな、香音ちゃん。こんな可愛い子のパパになれて、嬉しいよ」

そう言いながら、手を伸ばして香音の頭を撫でた。
くすぐったそうに、それでも、幸せそうに、鞘師君の大好きな笑顔をこちらへ向ける、愛しくてたいせつなひと……。




「ん………」

眩しい光に目を細める。パチパチとまばたきをし、大きな欠伸をする。
くすくすと笑う声が聞こえる。
……ハッとして、腕の中を見る。

「おはよ、里保ちゃん。食べられちゃいそうな欠伸だねぇ」

そこには、ちょっと照れたようにはにかんで笑顔を向ける“たからもの”が居た。
目が潤みかかるのを誤魔化すように、鞘師君は香音をギュッと抱き締めた。
何も言わなくても、香音がびっくりして大きな瞳を見開いているのが分かる。

「おはよう。香音ちゃん」

そう、震え声で言いながら、香音に頬擦りをする。

……………ん?

香音の顔が、熱い?
恥ずかしそうにしてたから?………いや、こういうコト、前にもあったぞ!

「香音ちゃん、熱、あるんじゃ?」
「んー?ちょっと、ダルい気もするけど……」

額をこつんと押し当てる。焼けそうな熱が、鞘師君の額で感じられる。

「や、やっぱり、熱、ある!お医者さん、呼ばにゃ!」
「そんな大げさな………」

香音は体を起こそうとするが、少し頭を上げただけで、また、ダルそうにコテンと横になってしまう。
唇から僅かに漏れる息は、いつもよりも僅かに荒い。

「待ってて!」

鞘師君は、急いで動きにくい浴衣を剥ぎ取るように脱ぎ、トレーナーを着て、デニムを穿く。
そして、部屋を飛び出し、廊下をドタドタと駆け出した。


「み、道重さぁん!」


鞘師君が香音の熱を額で感じていた、丁度そのとき。

「りほりほの着替えが拝めないのは残念だけど、そろそろさゆみはスタンバっとかなきゃね」
「ええ。鈴木さんの様子はここで見てます」
「うん、お願い。いざとなったらあんたも動けるよう準備しといてね」
「もちろんです」

そう言うと、みちしげ君は床のふたを開け、地下道への階段を下りた。
隠し部屋からは、地下道を通って、離れの茶室兼みちしげ君の居室と、駐車場脇の休憩所へ出られるようになっている。
逆に言うと、少し離れたそこからしか、隠し部屋へ出入りする術は無いのだ。
みちしげ君は早足で離れへと移動し、クロさんが自分を呼びに来るのを待った。
程無くして、急ぎ足のクロさんが、泣きべそをかきながら走る鞘師君を、離れへと案内してきた。

「どうしたの?りほりほ」
「香音ちゃんが……香音ちゃんが、熱、出したんです!凄く、おデコが熱くなってて……」
「あら、大変!じゃ、お薬用意する?」
「それよりお医者さん!」
「ああ、そうね。じゃ、さゆみの侍医を呼んであげる。ヘリで移動させるから、30分もしないで着くでしょ」

間髪入れず、鞘師君の手が、みちしげ君の腕を掴む。

「ど、どうした?」
「ね…道重さん」
「何?」
「そのお医者さん、男のひと………?」
「はぁ?」

結局、その場に呼んだのは“伝手をたどって”という体にした、春菜の侍医だった。
【国境の無い医師団】に10年以上所属した経歴を持つ《女医》だ。
隠し部屋で連絡を受けた春菜が、急いでシロさんに連絡を取らせ、渋滞を考慮してやはりヘリコプターで呼んだ。
駐車場の隅に作ってあるヘリポートにヘリコプターが降りたち、医師が降りる。
ダレスバッグ2つに入れた道具は、シロさんと、ヘリコプターに同乗した、もうひとりの春菜のお付きが受け取った。
春菜は、急いで離れに医師を案内し、べそをかく鞘師君を伴って、鞘師君達の部屋に駆け込んだ。
無論のこと、道具を持った春菜のお付き達も、みちしげ君とクロさんまでもが一緒に部屋に駆け込んだ。
その大人数と勢いに、流石の香音も驚いて、飛び起きてしまったほどの大騒ぎだった。

「ま、ただの“風邪”でしょうね。インフルエンザには罹患っていないようです」

鞘師君は、ホッと息を吐く。

「ただ、ちょっと熱が高過ぎますね。38℃をゆうに超えているようでは」
「では……」
「とりあえず、もう1日安静にしておいたほうがよろしいでしょう。37℃台になったところで家に帰しては?」
「そうね。そうしなさい、鈴木」
「すみません、道重さん。じゃ、里保ちゃんはうつると困るから先に………」
「ん?りほりほは残した方が良いんじゃない?」
「そうですね。若様の仰るとおり、様子を見る人間をひとりつけた方がよろしいでしょう」
「もちろん!ワシ、残ります!」
「で、でも………」
「鈴木。りほりほが残らなきゃ、あんたの世話をするのはさゆみ付きの男ばっかりだよ」
「でも里保ちゃんに迷惑……」
「あんたの汗拭いたり、着替えさせたりもしなきゃいけないんだから」
「それは……」
「先刻ね。りほりほ、さゆみの侍医を男性だから、って拒んだんだよ。だから飯窪に連絡してこちらに来ていただいたんだから」

香音は、呆れたように鞘師君を見る。
鞘師君は、ちょっとだけ赤くなってそっぽを向く。

「じゃ、さゆみ達は行くから。りほりほ、後はよろしく」




目を覚ますと、少しだけ体が楽になっていた。

「お、香音ちゃん、起きたか」

鞘師君は、嬉しそうにそう言うと、体温計を持って来た。
ピピッ、ピピッ、という音に合わせて、香音の腋から体温計を引き抜く。

「えーと…37,6℃………だいぶ下がってきたのう」
「良かった。じゃ、そろそろおいとまして……」
「いくらなんでもそれは早過ぎじゃ」
「でも……」
「それより汗びっしょりで気持ち悪いじゃろ。汗拭いて着替えたら良え」

傍らには、春菜が提供してくれたパジャマが数組置かれていた。

「そっちでお湯汲んでくるけんの。香音ちゃん、寝てて」

鞘師君は立ち上がり、足取りも軽く露天風呂に向かった。



木桶にお湯を汲み、戻ってくる鞘師君は、何故かそろりそろりと歩いている。

「何してんの?里保ちゃん」
「香音ちゃん、静かに」

とささやくように言い、そろっと枕辺に置いた木桶には、何故かトンボがとまっている。

「へ?何で冬にトンボ?」
「温泉じゃけぇ、地熱が高い所為かのう」
「あ、それで季節勘違いしたかな?」
「多分な」

季節外れのトンボを優しい眼で見詰める香音は、ふと、ささやくように言葉を発した。

「ね、トンボさん」
「……」
「あたし、大好きなひとがいるの」
「……」
「ちょっとどころじゃなくおっちょこちょいでドジだけどね」

鞘師君は、ちょっぴり、頬を膨らませる。
悪戯っぽい笑みを浮かべ、香音は言葉を継ぐ。

「……でもね、誰よりも、世界中の誰よりもね、優しくて頼りになるひとなんだよ」

鞘師君は、今度は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「あたし、一生里保ちゃんと一緒に居たいな」
「……」
「もう絶対に迷わないから。そして、絶対に離れないから」

やってられるか、とでも言いたげに、トンボは、すうっと飛び立っていった。





不器用な花        了
 

(76-757)フィフス・エスコート〜〜『不器用な花』外伝 其の壱〜〜
 

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