(77-12)夏の華



「えりぽーん起きてー」
「んがっ……ふぇーーい……」

聖さんの声で目を覚ました生田クン
いつもは遥クンが身体の上で「とうちゃんあそんで!」とピョンピョン跳ねて起こしてくるのだが今日はそれがない

「あー、田中さんちに泊まっとうったい」

家に帰ることが少ないので帰る度に重くなってくるその衝撃から成長を感じていただけに少し寂しい
朝食も済ませ二人で田中家に向かう
インターホンを鳴らすと「はーい」とさゆみさんの声が聞こえてきた

「おはようございます、聖です。遥を迎えに来ましたー」
「おはよう、いま開けるね」

パタパタと足音が聞こえてきてドアが開くとさゆみさんと優樹ちゃんが迎えてくれた

「すみません、ご迷惑をおかけして…」
「ううん、うちは平気だから大丈夫だよ。生田もおかえり」
「ただいまです。いつも二人の面倒を見ていただいて感謝しとうとです」
「ま、お互い様だしね。…あれ、遥クンが来ないな…遥クーン」
「遥ぁー迎えに来たよー」

さゆみさんと聖さんが呼ぶが遥クンは一向に来ない

「どうしたんだろ?」
「あ、連れてきます。お邪魔しまーす。遥ぁ〜?うち帰るとよ〜?」

生田クンに続こうと聖さんも中へ入ろうとするがさゆみさんに止められる

「ちょっといいかな、フクちゃん」
「あ、はい」
「昨日の遥クンなんだけどね…」

不思議そうな顔の聖さんにさゆみさんは一人で田中家にやってきた時の遥クンの様子を語る


ーーー


リビングにて洗濯物を畳んでいるさゆみさんとその傍で寝そべってお絵描きをしている優樹ちゃん
玄関の方からバンバンバンバン!とドアを叩く音がしてきた
過去のトラウマから思わず優樹ちゃんを抱き寄せて体を硬くしたが叩いた音の後に「まーちゃぁーーん」と幼い声が聞こえてきた
不審に思いながら恐る恐る覗き窓を確認しに行くと玄関先に遥クンが一人で立っていた
インターホンに手が届かない遥クンがドアを叩いた音だったのかと納得する
しかしなぜ彼は一人なのだろうと新たな疑問が湧いた

「どぅー!!」

ドアが開くとともに遥クンに飛び付く優樹ちゃん

「どうしたの遥クン?お母さんは?」
「かあちゃんはとうちゃんといっしょ…」

抱きつかれてよろけながらもさゆみさんの問いに上目遣いでおずおずと答える遥クン
生田クンが帰ってきたことを知り合点がいく
きっと帰ってきたと同時に二人の世界に突入してしまったのだろう
そして遥も二人の邪魔にならないようにと幼いながらも気を遣って抜け出して来たのだと

「そっかぁ、じゃあ今日はうちで遊ぼっか。ねぇ優樹」
「あしょぼー!きてー どぅー!」
「うん!」

不安げだった表情がパァッと明るくなり優樹と一緒にドタバタと駆け出していく遥クン
さゆみさんは遥クンがいなくなって聖さんたちが心配するだろうと思い、聖さんのスマホにLINEで連絡を入れた


夕方になっても聖さんから返事がない
二人とも会えなかった時間を埋めようとしてるんだろうと
帰ってきたれいなクンと相談して遥クンはこのまま田中家に泊まらせる事にした
遥クンがいることで優樹ちゃんはずっとハイテンション
れいなクンも元気な二人を相手にしなくちゃならなくて大変
遊び疲れた子供たちは風呂から上がって布団に入るとすぐに寝てしまった
聖さんへの連絡も済ませ、二人目が男の子でもいいかもねとさゆみさんとれいなクンと微笑み合った


真夜中…ふと目を覚ました遥クン
体を起こして周りを見渡す
いつも遊んでいる田中家の子供部屋だけど電気も消えて暗いせいか
不気味で自分の知らないところのように見えて怖くなってきた
堪えきれずに泣き出す遥クン

「ふぅっんぐっ…かあ、ちゃぁん……とおちゃっ……ううっ…」
「んん〜……どぅー??」

遥クンの泣き声で優樹ちゃんも目を覚ました

「どぅー ないてるの?」
「うう〜…かあちゃん……ぅわぁーんん……」
「なかないで…」

優樹ちゃんは泣きじゃくる遥クンの頭を撫でてあげる

「ねーんねーーんーー ころーりーよー おこぉろーりーよーーー」

頭を撫でながら子守唄を歌う優樹ちゃん
その声はさゆみさんとれいなクンが寝ている寝室にも聞こえてきた
飛び起きたさゆみさんはれいなクンを叩き起こして子供部屋へ

「優樹、どうしたの?遥クン?」
「ははー、どぅー ないちゃった」

優樹の言う通り泣いている遥クンを抱き上げるさゆみさん

「怖い夢でも見たのかな…みんなで一緒に寝よっか、ね?そしたら怖いのどっかいっちゃうもんね」
「優樹もおいで」

優樹ちゃんもれいなクンに抱っこされて4人で一緒に寝る事にした
トン、トン、と体を弱く叩いてあやしているとグスグス泣いていた遥クンは安心したのか寝息を立て始めた
優樹ちゃんも寝た事を確認してさゆみさんとれいなクンも眠りについた


ーーー


「朝にはもうケロッとしてたけど、やっぱ一人で寂しかったんだと思うよ」

さゆみさんから聞かされた事実に聖さんはショックを受ける

「愛する人に久しぶりに会えた嬉しさはさゆみもよくわかるけど、
 それは遥クンも一緒なんだよね。お父さんなんだもん」
「はい…」
「もちろん二人の時間も大切だからその時は遥クンをこれからも預かるよ。
 でもまず親子での時間を過ごしてからの方がいいんじゃない?今回はちょっと順番が逆だったかな」

幼い子供に気を遣わせてしまうとは
しかも今回は遥クンのことを忘れてしまっていただけにその時の遥クンの心中を思うと涙が溢れる


生田クンがリビングに行くと遥クンがブロックで遊んでいた

「遥ぁ〜?おっいたいた、おーい帰るとー」

生田クンの呼びかけに遥クンは反応しない
生田クンは遥クンの傍でしゃがみこむ

「帰るとよ、遥」

やはり遥クンは反応せず、ガチャガチャとくっついたブロックを外している

「遥?」
「おれは いえでちゅー」

顔を覗き込むと思いがけない言葉が返ってきた

「は?家出?」
「とうちゃんは かあちゃんと イチャイチャしてればいーでしょ」
「なん、お前いっちょ前に拗ねよーとかー?」

そう笑いながら座り、一緒になってくっついたブロックを外しだす生田クン
遥クンはなかなか外れないブロックの塊と格闘している

「一人にして悪かったって、遥、な?」
「おれだって…とうちゃんとあそびたい…」

顔を赤くして力を入れる遥クン
生田クンは遥クンの手からブロックの塊をヒョイと取るとピンッといとも簡単に外した

「我慢せんでいいと。とうちゃんも遥と遊びたいけん」
「ほんと?」
「とうちゃんとかあちゃんがイチャイチャしだしたら俺と遊べ!って邪魔しに来よったらいいったい」
「そしたらあそんでくれる?」
「遊んじゃる」
「やったー!」
「うおっと…」

嬉しくて抱きついてきた遥クン
生田クンは体勢を崩しそうになるが首にぶら下がった遥クンを支えながら立ち上がる
そしてそのままグルンと持ち上げて肩車をした

「うわーっ!あははは!」
「へへへ……帰るとよ」
「うん!」

機嫌が直った遥クンを肩に乗せたまま聖さんが待つ玄関へ向かう


「親としての未熟さ、反省してます…」
「ってさゆみも偉そうなこと言えないんだけどね」
「はは、ちちのことだいしゅきー」

優樹ちゃんからの茶々入れにさゆみさんはニッコリ笑ってくすぐる

「んー?優樹のことも大好きだよー??」
「イヒヒヒ!まーもしゅきー!」

微笑ましい光景に聖さんも涙を拭って笑顔になる

「ふふふっ……私たちも親子で笑い合う事を増やします」
「うん、みんなで笑ったほうが楽しいもんね」

微笑み合ってると廊下の奥から声が聞こえてきた

「あーでもやっぱとうちゃんはかあちゃんとイチャイチャしたかー。
 なぁちょっとだけイチャイチャする時間くれん?」
「だめーー」
「えーいいやんかーちょっとだけ!ちょっとだけやけん!」
「だーめーおれとあそぶのー」
「くっそー」

遥クンを肩車をして生田クンが戻ってきた

「かあちゃん!」
「遥、ごめんね…おうち帰ろ」
「このまま連れてくけん、聖は遥の靴持って。さゆみさん、ありがとうございました」
「田中さんにもよろしくお伝えください」
「うん、伝えとく」
「まーちゃんもありがとうな」
「うぃくたさん、まーにもかたぐるましてね!」

深々と頭をさげる聖さんと遥クンを落とさないようにしながら会釈をする生田クン

「まーちゃん、さゆみさん、ばいばーい!」

そして嬉しそうに手を振る遥クンにさゆみさんと優樹ちゃんも手を振り返す

「どぅー ばいばーい!」
「またね遥クン」

幸せそうな三人の後ろ姿を見送ってさゆみさんは「うん、大丈夫そう」と微笑んだ





『夏の華 〜その時、遥クンは〜』 おわり
 

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