(79-33)ifマンションの夏の小旅行 前編 その2へ戻る。
『シゲ山温泉旅館』に泊まって翌朝。
早めに起きて、食事前の朝風呂をそれぞれの個室にある天然温泉で楽しんでいる人もいれば、ギリギリまで寝ている人もいたり。
それでも朝ご飯の支度がしてある広間には、全員が時間前に揃った。
……全員？
石田クンはキョロキョロ辺りを見回し、飯窪さんに声をかける。
「なあ、はるなん。……アイツ、見当たらないけど」
「アイツ、ってだれのこと？」
全てを見透かしているような笑みを浮かべながら聞き返す。
「アイツはアイツじゃん」
石田クンは面白くなさそうに、ぶっきらぼうに言うが、飯窪さんの笑顔は変わらない。
「アイツじゃ分からないよ。あゆみん、ちゃんと名前を言ってあげないと」
「その、だから、えっと…………小田」
最後のほうはとても小さい声だった。
「小田ちゃんなら具合が悪いから、部屋でご飯を食べるってさ。ＬＩＮＥにそう書いてあったよ」
「ふーん、そうか」
呆気なく引っ込む石田クンだったが、飯窪さんは食いついてくる。
「なに？ 心配？」
「……別に」
「小田ちゃんとＬＩＮＥの番号交換しないの？」
「……しない」
「ふ〜ん？」
「はるなん、その含み笑いはなにを期待しているんだよ……あ、ほら、小鍋に仲居さんが着火し始めたから！ ご飯食べよう、ご飯！」
無理やりの話題替えに、飯窪さんはまだなにか言いたそうだったが、素直に「そうだね」とだけ言って引っ込んだ。
小鍋がクツクツと可愛い音を立てて煮えたところで、広間にいるメンバー全員で『いただきます！』
炊き立てのご飯を大盛りによそっては配っている仲居さんが、
「今日は周囲の山村集まってのお祭りですから、お食事も祭り仕様なんですよ。
『朝のまる御膳』というんです、お客様がた、宜しければお祭りに行ってみませんか？ 昼前から始まっていますので」
にこやかに言う。
唐揚げを大きく頬張っていた香音さんが、
「なんだか面白そうだね。ね、里保ちゃん行ってみようよ」
唐揚げを畳に落として「３秒ルールじゃ！」と手で拾って口に入れた鞘師クンも、
「ほうじゃのう、真莉愛も連れて、行ってみるかの」
と賛同する。
鍋が煮え、フタを開けて早速中身を口に入れた生田クンは、しばらく咀嚼して、
「なあ聖、この肉、家でよく食べるやつじゃなかと？」
煮つけを丁寧に味わっていた聖さんは、頷き、
「そうだよ。聖が料理するけれど、やっぱり一流の板前さんは凄いね、こんなに美味しくできるなんて」
感心したように食べている。
山盛りのご飯に食らいついていた石田クンが、
「生田さんのお家で出るってことは高級なのかな？ はるなん、いらなかったら僕にちょーだい！」
「ダメですー。こんなに美味しいもの、分けないよ。あーお鍋の汁がお肉から出汁が出て、すっごく美味しい」
小鉢にあった鶏卵を手に取り、加賀クンが不思議そうに、
「この玉子、ご飯用かな？」
と横山ちゃんに尋ね、
「んー……もしかしたらご飯をお鍋に入れて雑炊でも作る？ のかな？」
憶測で答える横山ちゃん。
そんな会話が聞こえ、
「雑炊……ってなんですか？ 春水ちゃん、それは美味しいものですか？」
「Rice porridge や。俺が自分のを作るときに、野中のも作ったるわ」
尾形クンと野中ちゃんが微笑ましい会話をして。
「珍しいものを見てる……あの食の細いれーなが凄い勢いで朝ご飯を食べてるなんて」
目を丸くし、箸を止めてれいなクンを見るさゆみさん。
「いや、なんか、れなの野生の勘が告げとるばい。旅館の朝メシを全部食え、って。さゆの作るメシには及ばんちゃけど、確かにうまかっちゃん」
ガツガツと音が鳴るように食べていくれいなクン。
さて。
一人悠々と日本酒の冷やを、お猪口で呑んでいた吉澤さんがクルリと後ろを振り返り、悪い笑みを浮かべた。
「はい、ここで種明かしだＹＯ。仲居さんが言った『まる御膳』の、まる、はスッポンの意味だＹＯ。
つまりはスッポン料理尽くしＮＥ。スッポン鍋、スッポンの煮つけ、スッポンの唐揚げ、そしてスッポン雑炊。
れいなの、野生の勘のお告げ、どう出るのかＮＥ。ｹｯｹｯｹ」
「吉澤さん、なん黒い羽と角を生やして、誰もおらんところで喋ってますと？ れなたちも祭りに行くけん、吉澤さんはどうしますと？」
吉澤さんが振り返ると、〆の雑炊をホフホフさせながら食べている田中一家が不思議そうに聞いてきた。
吉澤さんが他のメンバーを見ると、大方は皿を綺麗に空にしている。
「全員で行くのかＹＯ？」
「まあ、そうですばい」
れいなクンが言って頷くと、
「あの、すみません。僕は辞退します」
おずおずと手を上げた人物に全員の視線が行く。
そこには、石田クンが申し訳なさそうにしていた。
「ちょっと、その、用事があるんです……」
「ふ〜ん、用事ＮＥ……」
「はい……」
「ＨＥ〜……」
「……」
突き刺さるような厳しい眼光を飛ばす吉澤さん。石田クンは怒られたように体を小さくして固まる。
「……ま、それならしゃーないＮＥ。じゃあ、他のメンバーで行くＺＯ」
その一言に、石田クンは肺の中の空気を全て吐く。
他のメンバーは食事を終え、三々五々と散っていく。
石田クンの『用事』には大して気にも留めずに。
ご飯粒一粒すら残さず、綺麗に平らげた石田クンが立ち上がるのを見計らったかのように、同時に立ち上がった飯窪さん。
「じゃあ、あゆみん、小田ちゃんのことは頼んだから」
石田クンにしか聞こえない程度の声で、それだけ言うと足取り軽く広間を出ていく。
自分の言葉で固まった石田クンには、まるで興味がないかのように鼻唄を歌いながら……。
＊＊＊＊＊
仲居さんが「当館では浴衣の貸し出しも行っておりますが、今回のお祭りはラフな格好で行ったほうが楽ですよ」
と、教えてくれたので、お祭りに行くメンバーは男性陣はＴシャツと短パン、女性陣はキャミソールの上に軽い羽織り物とサマースカートという出で立ちだった。
地図を持った吉澤さんを先頭にぞろぞろと歩いていく。
野中ちゃんがふと気づき、不思議そうに尋ねる。
「春水ちゃん、顔がとても赤いです。日焼けですか？」
隣を歩いている尾形クンは、額の汗を腕で拭いながら、
「いや、なんか……カラダが熱いねん。奥から熱がフツフツしてるっちゅーか」
「体調が悪いのでしたら、すぐに言ってくださいね」
「ああ……すまんな野中」
尾形クンは野中ちゃんと繋いでいる手を固く握ったが、そうすると余計に熱が高まることを不思議に感じながらもそのまま歩く。
その後ろを二人で同じように手を繋いでいた加賀クンと横山ちゃん。加賀クンはハッハッ、と短い呼吸をしている。そんな加賀クンを上から下まで眺めていた横山ちゃんは。静かに笑い、
「ねえ、楓、どんなお祭りなのかな？」
片腕に体を絡みつかせて耳元で尋ねる。
そんな行動に両肩を跳ね上げさせて反応する加賀クン。
「わ、分からないけれど、その、珍しい祭りなら、世界観も広がって舞台の演技に深みも出るかも、な」
「ふーん、そうだと良いね」
カラダから滾ってくるものを必死に抑えながら無難な答えをする加賀クンを、横山ちゃんは見透かしたように、だが、ただ同調しただけだった。
他のメンバーはと言うと。
女性陣は、今朝はお化粧のノリがすっごくよかったの、だとか、温泉の美肌効果ですかね、だとか、素肌でも大丈夫なくらいだった、とか話しているが。
男性陣は、生田クンが抱いている遥クンの、
「とーちゃん、ﾁｿﾁｿがムズムズする」
困ったように言う、その言葉に大きく頷きたいのを堪えていた。
「はっはっは、遥も立派に男たいねー。それはﾁｿﾁｿが元気な証拠たい、悪いことじゃなか」
生田クンはカラカラ笑って息子の頭を撫でて慰める。
平気な生田クンとは対照的に、
ワシら大人も元気になってしまっとるから始末が悪いんじゃ！ このボケえりぽん！ うう……今すぐにでも香音ちゃんを押し倒したい気分で仕方ないわい。
心の中で怒りと欲望をぐるぐるさせる鞘師クンと。
今のれな……もしかしたらドラゴンを超え、竜王も超え、竜神と化したんじゃなかと？ つまりこれは……フラグばい！
さゆとの超濃厚こってりな時間を過ごせるフラグに決まっとると！ じゃないと作者が許しても読者さまが許さんばい！
……ん？ 作者や読者さま、って、れなはなにを言っとると？
不思議なことが頭をよぎって首を捻るも、この後に起こるであろう、ムフフタイムを想像しては一人にやけるれいなクン。
＊＊＊＊＊
そんな一行が、山の樹々に囲まれた神社まで歩き。
「ここが会場らしいＹＯ」
広く切り開かれた、人々の賑わう境内の前にある看板を指した。
その看板には大きく堂々とした書体で、
『男根みこし祭り』
と書いてあった。
看板の文字に、顔を引きつらせるさゆみさん、と、香音さん。
「さゆみさん、あたし帰りたいです」
「うん、帰ろう。今すぐに」
体を180度回転させた二人の腕を掴んで離さないのは……それぞれの愛しいはずの旦那様。
が、すごく顔をにやつかせている。
「さゆ、優樹は手を叩いて笑って喜んどると。子どもが楽しんでいるのなら、それに付き合うのが親の役目ばい。というわけで参加すると♪」
「真莉愛も、ばっとばっとー♪ って喜んどるわい。田中さんの言う通りじゃわい、な、香音ちゃん♪」
そうして二人は、引きずられるように、境内の中へと入っていった……。
「えーとなになに……『子宝成就・子どもの健康・子孫繁栄を願って三百年前から当地方
で行われ続けている祭りであり……』だとＹＯ、オメーら」
吉澤さんがもらったパンフレットを読んで伝えると、
「ほら、さゆ♪ 優樹が健康に育ってほしいっちゃろ？ だからお参りしていくばい」
「聖はあと何人かは欲しいし、お参りするけれど、香音ちゃんはどうする？」
「うーん、田中さんのように真莉愛の健康を願ってのお参りなら……って里保ちゃん、さっきから、二人目二人目えりぽんたちには負けんのじゃ、ってブツブツうるさいよ！」
「子宝成就なら俺らもお参りしていくか？ 野中？」
「ほら楓、私らもお参りに行くから。なによ？ なんで今さら照れてるのよ」
「あ・皆さん、お参りをなさっている間、お子さんたちを預かっておきましょうか？ 私はここで待っていますから」
「よしざーもここにいるＹＯ、大人二人でなら子ども四人の面倒もみやすいしＹＯ」
吉澤さんと飯窪さんの好意に甘えて子どもは預け、お参りに行く夫婦三組とカップル二組。
社（やしろ）に行く途中、お守りなどが売られている場所を横切ったが、絵馬にも破魔矢にもお守りにも男根が描かれていたので、さゆみさんは見なかったふりをして、通り過ぎた。
＊＊＊＊＊
一方その頃。
『シゲ山温泉旅館』の一室で、小田ちゃんは布団に入りながら、スマホで無料コミックを読んでいた。
顔色も悪くないし、寒気も頭痛もない。それどころか、起きてすぐに部屋の個室温泉で長湯を楽しんだくらいだ。
飯窪さんには具合が悪い、とＬＩＮＥで伝えたが、真っ赤な嘘。つまりは、仮病だ。
なんとなく、だけれども、今日はアイツに会いたくなかった。
今まで通り、なんでもないかのように顔を見ることが、上手くできそうになかった。
意識的にではないにしろ、胸に顔を埋められ、強く抱き締められたのだ。平静でいろ、というほうが無理である。
「でもアイツはバカだから、なんとも思っていないのでしょうね……」
呟き、それが空気の中に霧散したところで、スマホのボタンを押して切る。
「ずっとこうして一人でいるのもヒマですし……お昼にはみんなと合流しようかなあ」
独り言で今後の方針を決めたところで。
ピン・ポーン♪
部屋のチャイムが鳴らされた。
布団から起き上がり、軽快にドアまで小走りする。
「はいはーい、今開けまーす」
さっき朝のお膳を下げてくれた仲居さんが、
「熱があるのでしたら後ほど布団を替えさせていただきますね」
と、言ってくれたので、きっとそれだろう、と思ってドアを開けると。
「うげ！」
「お前なぁ……人の姿を見てゲジゲジでも見つけたみたいな声を出すなよな……」
見たくない、会いたくない人物が、ドアの前で面白くなさそうに立っていた。
「まだゲジゲジのほうがマシかも……」
つい、呟いた言葉は、相手に聞こえていたらしい、その顔が引きつる。
ぱくぱく、金魚のように口を開閉させたかと思うと、むっつりと黙り込んだ。
「なにか用ですか」
「…………」
「用がないのでしたら閉めます」
ゆっくりドアを閉め、シャットアウトさせようとしたら。
がしっ！
強い力でドアノブを掴まれ、強引に開けられる。
「な、なんですかっ！ もうっ！」
「具合が悪いにしては元気そうな声じゃん」
「アンタの顔を見たら、熱が47度まで上がりました。というわけで私は体調不良です」
「その体温だと死んでるだろ、くだらない嘘をつくな」
「あ・今の言葉で49度まで上がりました。だから用がないのでしたら帰ってください」
ドア板を隔ててドアノブの引っ張り合い。
まるで小学校の運動会の綱引きのようである。赤、勝て。白、勝て。負けるな負けるな。
しかしそこは男女の力差、すぐにドアは外へと開いた。
肩で息をしながら、
「ほん、っと……なんですかぁ」
眉を八の字にして顔を上げると。
ぼすっ。
なにか、押し付けられた。
「それ、やる。見舞い品だぞ」
無意識にビニール袋に入ったそれを、抱え持つ。
「それでも被って、49度の熱を下げろよ。じゃあな」
素っ気なく言って、そのままスタスタ廊下を歩いて行った。
一人、取り残されて。
部屋の前で突っ立っているのもなんだから、中に入ってドアを施錠する。
ロールケーキ状に巻かれた大判の布。布団の近くまで行って、ビニール袋を開けた。
「……わあ！」
思わず黄色い声が上がる。
それは、今ハマっているアニメのタオルブランケット（カラーバリエーション：青ver.）だった。
なんでアイツがこんな物を……と考え。
自分の家のリビングに大きく、このアニメのポスターを貼っていたこと。
そして昨日、女性陣でゲームコーナーに入ったときに、これが景品になっていた筐体があったこと。
青色とラベンダー色の二種類の景品があったけれど、どちらも取れそうにない位置にあったので、諦めたこと。
ゲームとかに興味がないから、ゲームセンターに行ったりしないアイツ。
どれだけの金額をつぎ込んでゲットしたのか……。
色んなことが頭の中を駆け巡る。
「……どうせなら私の好きな色のほうを取ってきなさいよ。
……こんな風に優しくしないでください……」
拗ねた口調でそれだけ言って。
泣きそうになるのを、ぐっと堪えて、丁寧に畳んで枕元に置いた……。
＊＊＊＊＊
場所は祭り会場に戻り。
お参りを済ませた五組の男女は、境内のあちらこちらのお店を冷やかしで覗いていく。
「北海道なら木彫りの熊、なところ、ここは木彫りの男根像が多く売っとるばい」
「買ったら一生お小遣いなしだからね、れーな」
「田中さーん！ このお店、大中小、ミニマム、ごんぶと、と色んなサイズの像が売ってますと！」
「あ！ えりぽんくらいのがある♪」
「香音ちゃん、ワシがおらん間の慰めに買っていくかのぉ？」
「里保ちゃん、よっぽど空のお星さまになりたいようだね」
「んー……春水ちゃんのsizeはどれくらいでしょうか？」
「こら、買わんでええ、買わんでええから」
「楓って、こういうの使いたい派？」
「いやっ、俺はっ、えっと……ヨコが悦ぶなら、別に……ﾓﾆｮﾓﾆｮ」
境内の中には、しめ縄が結ばれた小学生くらいの大きさの男根の石像があり、撫でると子宝成就のご利益があると、近くにいた巫女さんがにこやかに言ったので。
一応、の者もいれば、熱心に、という者もいて、とにかく全員で撫で回した。
「なんか食べ物が売ってるお店はないのかなあ」
香音さんがぼやいたので、鞘師クンは周囲に目を光らせた。
「なんか、あっちのほうから甘い匂いがすると」
れいなクンが鼻をひくひく動かせる。
「お、飴が売っとるばい。聖、香音ちゃん、それでもいいっちゃろ？ ヤロー共で買いに行くと！」
生田クンが野生の勘で察知し、三パパ同盟が率先して人ごみの中を入って、尾形クンと加賀クンは慌てて後を追いかけた。
残された女性陣は、
「飴ってリンゴ飴かな？」とさゆみさん。
「お祭りですから多分そうだと思います」と聖さん。
「炭水化物系が良かったけれど、ま、いいか」と香音さん。
「姫リンゴ飴はcuteですよね」と野中ちゃん。
「吉澤さんと飯窪さんの分も買ってこさせたほうが良かったかも」と横山ちゃん。
そうやって楽しく談笑していると。
「さゆー！ 買ってきたとー♪ ﾁｭﾊﾞﾁｭﾊﾞ」
自分用の飴を舐めながら、意気揚々とれいなクンが帰ってきた。……勃起した男根の形と色を正確に模した飴を堂々と掲げて。
さゆみさんが顔を引きつらせて全身固まっていると、他の男性陣も次々に戻ってくる。
「香音ちゃん、男根飴と女性器飴の二種類が売っておったぞい」
「ﾍﾟﾛﾍﾟﾛ……味は普通の飴っちゃけど、形は聖のほうが綺麗ばい」
「ちゃうわ、加賀。もっとここの大陰唇部分を舌先でくすぐるようにやなぁ……」
「こ、こうですか？ ﾁﾛﾁﾛ……」
つまりは。男性陣は自分たち用に女性器飴を、女性陣には男根飴を買ってきたわけである。
「ほい、さゆ♪」
れいなクンが目の前まで来て、男根飴を差し出したとき。
さゆみさんの怒りが爆発した。
「へんなものを買ってくるな！ 清々しいほどのセクハラにも程があるわよ！ れーなが買ってきたんだから、れーなが咥えて舐めて食べなさい！」
れいなクンはさゆみさんの怒りに動じることもなく、
「れなは別の飴を舐めとると。仕方なかとね、これは優樹にやるばい」
その言葉に慌てるさゆみさん。
「ちょ、ちょっと優樹にそんなもの食べさせないでよっ！ 〜〜〜っ、分かったわよ、食べればいいんでしょ！」
受け取って、渋々口に運ぶさゆみさんをニヤニヤと見つめるれいなクン。
「ほれ、聖」
生田クンから差し出された男根飴を嬉々と受け取って、大輪の笑顔を見せる聖さん。
「ありがとう！ ん、おいしー♪ でも……えりぽんサイズが欲しかったなぁ」
「オレくらいの大きさは無かったと。しかし……飴を舐め上げているだけっちゃのに、聖の艶めかしさが、ばりすごか。今すぐにでも押し倒したいっちゃ」
「うふふ、それは後からのお楽しみ♪」
「はい、香音ちゃん♪」
鞘師クンが嬉々として、無表情になった香音さんに飴を差し出す。
「……」
無言で受け取り、そして。
「……ありがとう、里保ちゃん♪」
ヒマワリのような笑顔を見せ、鞘師クンが喜んだ瞬間。
ガリンッ！ ボキボキッ！！
飴に思い切り歯を立てて噛み砕いた。
バリボリと激しい音を立てて飴を全て噛み砕き、飲み込む。
「あー美味しかった、里保ちゃん♪ もう一本買って来てくれる？」
香音さんの行動を見ていた鞘師クンと、周りにいた祭りの参加者の男性陣が、全員、痛そうに股間を押さえている。
「い、いや……飴も食べ過ぎたら体に悪いけぇ、ちっとばかし買ってこれんのぉ……」
辛そうに声を出す鞘師クンに、
「ふーん、そっかー」
と気の抜けた返事をして、香音さんは鞘師クンに背を向けた。
「えーと、……野中、これ」
一応、みたいに差し出した飴を野中ちゃんに渡す尾形クン。
野中ちゃんは笑顔で受け取り、飴をしげしげと見る。
「Cool ですね、こういうの。食べるのが勿体ないくらいです」
「オレには野中がそういうモン持ってるのがシュールすぎるわ。はよ食べや」
「はい、いただきまーす。……。……春水ちゃんのほうが美味しいです」
「そういうことは平気で人前で言うなや……」
それでも飴を舐めていく野中ちゃんと、思い切り脱力した尾形クンだった。
「よ、ヨコ……買ってきたけど……」
恐る恐る差し出された飴を、横山ちゃんは素直に受け取る。
「えっと、その、先輩方が全員買ってたからで……」
無言のままの横山ちゃんに、加賀クンは早口で弁明する。
「でも私の分の飴の代金は楓が払ったんでしょ？」
「うぐっ」
「またこんなもの買ってきて……」
「怒って、る？ よね……」
二人の間に無言の時間が数分間だけ流れる。
持っているアニメＤＶＤのボックス、全部売られてしまうかな……、加賀クンが悲観の思いで俯いていると。
「楓」
名前を呼ばれ、顔を上げると、横山ちゃんは妖しく微笑んでいた。
「楓は……こう舐められたい？」
男根飴の裏スジを舌先でツーッと舐め上げる。
「うっ」
「それとも、こう？」
男根飴の亀頭を咥え込む。そして前後に出し入れする。
「ぐ……よ、ヨコ。飴は普通に舐めて……そういう舐め方はしなくていいから……」
へっぴり腰で懇願する加賀クンを、横山ちゃんは面白そうに見つめながら飴をエロ舐めし続けた。
吉澤さんたちのところに戻ると、子どもたちは、村の子らしい子どもたちと鬼ごっこをしたり、
キャッチボールをしていたり、吉澤さんの腕の中で寝ていたりと、フリーダムだった。
飯窪さんが優樹ちゃんを捕まえて、優しくハグしていると、どうやらこちらに気付いたらしい。優樹ちゃんと一緒に手を振ってきた。
「チチ、ハハ、おかえり〜」
「優樹、いい子にしてた？」
「まーはいいこ！」
我が子の頭を優しく撫でるさゆみさん。……食べきれなかった男根飴を左手で背中に隠して。
「遥はどこにおると？」
「あ、えりぽん。あそこで村の女の子たちに囲まれてる」
遥クンは囲まれながら「わたしとあそぼー」「ちがう、あたしとあそぶのー」と言われまくり、ほとほと困り果てた様子だった。
そんな遥クンを引っこ抜いて自分の腕に抱き、
「遥、もうちょっと一途な男にならんとあかんとよ」
と、生田クンは説教している。
「村の男の子とキャッチボールしている女の子は……当然、真莉愛だろうね」
「真莉愛は年の割にはキャッチボールが上手じゃのう」
二人が我が子に近づくと、両親の存在に気付いた真莉愛ちゃんが、笑顔で、
「ぱぱー♪ ままー♪」
と大きく手を振った。
腕の中ですやすや眠っている朱音ちゃんを意に介さず、
「そろそろ神輿が出てくる時刻だＹＯ」
と吉澤さんが言った。
「パンフレットには、子孫繁栄を願って女性が五人一組になって神輿に乗って、境内を練り歩く、と書いてありますよ」
飯窪さんが言葉を継ぐ。
「五人一組ＮＥ……」
�，気罎澆気�
�∪擦気�
�９甓擦気�
�ぬ鄰罎舛磴�
�ゲ�山ちゃん
全員の頭の中で、そんな順番が割り振られた。
「ぴったり五人でちょーどじゃん、神輿に乗っていけＹＯ」
「お子さんたちはまた預かっておきますから」
ほれほれ、と促す吉澤さんと、笑顔の飯窪さん。
「子孫繁栄のためなら、さゆ、是非乗っていくと」
「聖も乗るっちゃろ？」
「香音ちゃんにも当然乗ってほしいのじゃ」
「俺も未来を考えたら、野中に乗ってほしいねん」
「まあ、俺も……ヨコとのことを考えたら、乗ってほしい、かな」
男性陣の、この次々の言葉に。
「もちろん、えりぽん♪」
「仕方ないんだろうね」
「お神輿に乗るだなんて初体験ですから、ワクワクします」
「なんだ、楓もちゃんと考えてんじゃん。いいよ、乗ってあげる」
と、女性陣も乗ることを賛同する。
……あれ？
一人……足りない？
返事しなかった人物に全員の視線が行く。
その人物は顔を引きつらせて首を横に振る。
「なんで一斉にさゆみを見るのよ……。だってこのお祭り、奇祭にも程があるわよ。お神輿も、もう嫌な予感しかしないし。だからさゆみはパス」
断固拒否の姿勢を辞さないさゆみさんに。
お神輿に乗るメンバーが周りを囲んだ。
「聖にはお神輿は素敵な予感がします！」
「みんなで乗れば楽しいですよ」
「古来からの風習を受け継ぐことは素敵なことだと思います」
「さゆみさんが乗ったら、絶対に盛り上がりますって」
これがれいなクンが「乗って」とせがんだら、顔面にめり込みパンチで黙らせることができるものの、女性だといくらなんでもそれはできない。
これが本当の四面楚歌？ ん？ やっぱり違うかな？
自分に縋るような目でお願いする四人に無下に断ることもできなくて。
「……分かったの。さゆみも乗るの……」
諦めたように頷いた。
喜ぶ女性陣の間を割って、吉澤さんがやって来る。
「神輿に乗る女性の受付場所はあの白い簡易テントだＹＯ。シゲちゃんが一番の年長者なんだから、みんなをしっかり引率しろＹＯ」
「はーい……分かりました。それじゃあ、みんな行こうか」
「「「「はーい！」」」」
元気のよい返事を聞いて、さゆみさんは足取り重く受付まで向かった。
受付場所
簡易テントの下に簡単な折り畳み机とパイプ椅子が玉砂利の上に置かれている。
パイプ椅子には宮司さんらしき恰好をした細身の初老の男性が、眼鏡を拭いて、かけ直していた。
「すみませーん……ここでお神輿に乗る受付をしていると聞いたのですが」
さゆみさんが控えめに声をかけると、男性はにこやかに顔を上げた。
「ハイハイ、受付場所はここですよ。……ん？ 村では見かけない方々ですな、もしかして観光かなにかでこちらに？」
「はい、一応そうです。旅館の方に今日はお祭りがある、と聞いたのでやって来ました」
「そうですか、それはそれは、ようこそ。それでは、こちらにお名前の記入をお願いします。
……はい、田中さゆみさん、生田聖さん、鞘師香音さん、野中美希さん、横山玲奈さん、以上五名様ですね。
せっかくの観光に来られた方ですので特別サービスとして、一番に乗っていただき、境内を一周するところを二周させていただきます。
神輿に乗って回る回数が多いほうがご利益もありますので」
さゆみさんとしては、あまりお得なサービスには思えなかったが、まあ、こういうのは縁起物だし、と思って納得する。
神輿が収められている社務所の荷物扉の近くで、神輿に乗る他の女性陣に混ざって少しの時間だけ待った。
定刻になったのだろう、先ほどの宮司さんが恭しく礼をして荷物扉の閂を外す。両扉が開かれたその先にあった物は。
「げげっ」
「うわぁ♪」
「……なんだろうね、これ」
「Wao,surrealism！」（あら、シュール！）
「あっはっは！ なんか一周回って面白い！」
大人の男性が両腕を回してようやく指先同士がくっつくくらいの太さの、５メートルはあろうかという、超巨大な木彫りの男根像が鎮座していた。
その男根像の下には担ぎ棒がいくつも組まれており、村の若い男衆がわらわらと中に入って担ぎ棒の下に肩を当てる。
『セーヤ！』
掛け声を上げて一斉に男根像を持ち上げる。
つまり。
まあ。
これが。
……神輿なのだ。
そろ〜……と後ろ足で歩き、遠ざかろうと試みるものの。
ガシッ！
「どちらに行かれるんですか？ さゆみさん？ それと、香音ちゃんも？」
逃げようとしていた二人の間にいた聖さんが、想像以上の強い力で二人の腕を掴んで引き止める。
「いやいや、フクちゃん、これに乗って境内を練り歩くのよ？ それって恥以外のなにものでもないじゃない」
「聖はさっき横山ちゃんが言った『さゆみさんが乗ったら、絶対に盛り上がる』という言葉通りだと思いますが」
「あのさ、聖ちゃん。これに乗って子孫が繁栄しても、子孫は絶対に喜ばないんだろうね」
「香音ちゃん、さっき自分で言ったじゃない『みんなで乗れば楽しい』って。聖もそうだと思うけど」
乗る気満々の聖さんの目が光り、二人を絶対に逃すまいとしている。
こうなれば、残る二人を味方につければ……！ と思ったが。
「Wonderful！ こんなアトラクション、なかなかありません！」
「あっはっはっはっは！ だめ、笑い過ぎてお腹痛い……ヤバい、ちょー楽しそう！」
……この二人もノリノリである。
「それでは一組目の方々、神輿に乗ってくださーい」
宮司さんのおっとりとした声も恨めしく思いながら、ドナドナの子牛の気分でさゆみさんと香音さんは、残る三人は足取り軽く、神輿に跨った。
神輿には（巨大な男根像、とは決して思いたくない）、小さくだが乗っている間に掴まる鉄の棒が打ち込んであった。
それと本当に長年使われてきたのだろう、五人の女性がそれぞれ跨る部分はすり減っていて、正直、座りやすい。
これで神輿の形が普通なら……と、まで思って。さゆみさんは突然気が付いた。
「って、なんでさゆみが先頭なの！？」
「そこはほら、さゆみさんはマンションの女性たちのリーダー的存在ですから」
「さゆみさん・聖ちゃん・あたし・野中ちゃん・横山ちゃん、妥当な座り順だと思いますよ」
「私はこれで問題ありませんよ」
「あ、私もです」
四人に先頭を譲られても、ちっとも嬉しくない気分だったが仕方ない。
『ソイヤ！』
男衆の掛け声で神輿は持ち上がり、境内を練り歩き、が始まった……。
神輿と、それに乗っている女性たちの姿は境内ではものすごく目立った。
「なんやと？ あの卑猥神輿は」
「ハハがいちばんまえ♪」
「お、聖がおるばい。おーい聖ー♪」
「かーちゃん、かっけー」
「みょーん！」
「ままがおっきなばっとにのってる……ぱぱ、まりあものりたい！」
「あれは夜のバットじゃから真莉愛にはまだ早すぎるのぉ。ほれ、ママに手を振ってあげるんじゃ」
「野中……なんつーモンに乗っとるんや……」
「ヨコ……なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」
「皆さん素敵です！ お素敵すぎます！ これは撮らずにいられません！！」
「飯窪が高速でシャッター押してるＹＯ。よしざーも撮ってやるかＮＥ」
顔を両手で覆いたいけれども、意外と揺れる、神輿の上。
さゆみさんは顔を真っ赤にして先頭に乗り続ける。
こっちに満面の笑顔で手を振る優樹ちゃんには見てほしくないし、ニヤニヤ笑いながらスマホで写真を撮るれいなクンには、今すぐにでも思いっきりビンタしたい気持ちだった。
後ろから聞こえる、
「あ・えりぽーん♪」という明るい声や、
「里保ちゃん、真莉愛には見せないで……ってなに撮ってるんだろうね！？」という焦った声や、
「Hi！ 春水ちゃん！」という陽気な声や、
「やっほー、楓ー♪」というのんきな声や、
なんだかもう、全てが夢の中のようである。
さゆみさんは意識を半ば飛ばしながら、『エイサ！ ヨイサ！』の掛け声で動いていく神輿に乗り続けた……。
そして楽しく見ていた男性陣にも変化が訪れた。
「なんか……腹が立ってきたと」
「聖が乗っていいのは、オレのやつだけばい」
「奇遇じゃのう、えりぽん。ワシも同じ気持ちじゃわい」
「あそこまで楽しそうだと、男として嫉妬しますねん」
「俺も……なんだか面白くないです」
男性陣が嫉妬の炎を燃やしていると、どうやら練り歩きが終わったらしい、次の女性陣が神輿に乗り、境内を練り歩き始めた。
鞘師クンがしじみ目を鋭くして、
「あそこで降りたようじゃ」
と指さし、生田クンが素早く人ごみの中へと紛れ込んで行った。
他の男性陣も生田クンに続けと言わんばかり、次々と人ごみに紛れ込み、それぞれのパートナーの元へと急ぐ。
飯窪さんが、他の女性陣も神輿に乗って練り歩きしている姿をスマホで写真に収めていると。
爆笑しながら写真を撮っていた吉澤さんが、ふと気づき、辺りを見回す。
「あいつら、どこに行ったんだＹＯ？」
吉澤さんの言葉に、飯窪さんも写真を撮るのを止めて、周囲を見る。
「そういえば姿を見かけませんね」
「女性陣も戻ってこないしＹＯ、子どもたち預けたままだＺＥ？」
「「…………」」
「このまま帰るＹＯ」
「正しい判断だと思います。後で連絡を入れれば充分ですね」
「ぜってーそれぞれでヤッてるＹＯ」
「……はい」
吉澤さんと飯窪さんは、遊んでいる子どもたちを集めて、旅館に戻ることにしました……。
(79-123)ifマンションの夏の小旅行 オマケの中編 その2へ続く。
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