〜こんな説があることをご存知だろうか。
女性にとって気持ちの良いＳＥＸは、女性ホルモンを活性化させ、
女性の肌や髪を艶やかにする、という説である〜
・昼食
お祭りに行ったメンバーが全員戻ってくると、既に昼食の支度が広間にしてあった。
それぞれが朝食と同じところに座っていく。
ただ、朝食のときと違う点は、小田ちゃんがキチンと正座していたことだろう。
飯窪さんが、
「体調、大丈夫？」
「はい。すっかり良くなりました。温泉のおかげですね」
「……温泉の？」
「はい。温泉です」
ニコニコ笑顔を崩さない小田ちゃんに、心配そうに聞いてきた飯窪さんも笑顔で「そっか、温泉のおかげかぁ」と返答しているが、
瞳の奥で、「だれかのおかげじゃなくて？」と尋ねているが、小田ちゃんは変わらず目は笑っていない笑顔のままである。
そんな二人の後ろを通り過ぎようとした尾形クンと野中ちゃんは、不思議な悪寒に襲われたが、
追及すると恐ろしいことが待ち構えていそうなので、二人は目を合わせ、小さく頷いて、知らぬふりで自分たちの席に座った。
ぞろぞろと席が埋まり、最後に自分の部屋でタバコを一服し終えた吉澤さんが、どっかりと胡坐をかいて座ったところで昼食の開始である。
昼食は野鳥づくしだ。
マガモの煮物・山バトの香草焼き・ヤマウズラの丸焼き・ヤマドリのお吸い物・キジ飯、
自然豊かなシゲ山からの贈り物のようなメニューになっている。
仲居さんの朗らかに説明を交えながら、ワイワイとした食事になる。
「このカモ独特の香りが良いですね」と聖さん。
「コンフィというオイルでじっくり煮る製法ですので、歯応えもあってジューシーですよ」
「山バトは初めて食べましたが、あっさりと品の良い優しい味ですね」とさゆみさん。
「お吸い物のヤマドリ、鶏肉を上品にした味わいなんだろうね」と香音さん。
「ご飯のキジのお肉、噛むと弾力とうまみがあります」と飯窪さん。
「空っぽの腹にキノコ・野菜・ハムなどが詰まった丸焼きには……仲居さん、白ワインをお願いするＹＯ！」と吉澤さん。
女性陣は丁寧な感想を告げては仲居さんを喜ばせているが、男性陣はガツガツバリバリムシャムシャと怒涛の勢いで食べている。
「美味しいものには感想よりも、綺麗に平らげるほうが、よっぽど作り手を満足させます！」と石田クン。
「激しく運動したけんね、スタミナをつけんとあかんちゃ！」とれいなクン。
「田中さんの言う通りですばい！」と生田クン。
「この後は旅館の温泉プールじゃけえの！」と鞘師クン。
「旅行は楽しんだモン勝ちやしな！」と尾形クン。
「俺の第六感がしっかり食えと告げています！」と加賀クン。
女性陣が呆れて箸を止めるほどの速さで、全部の皿を綺麗に空にしていった。
腹を膨らませて完食した男性陣。石田クンはさっさと広間を出て行ったが、
残りは、パートナーがゆっくり味わいながら食事する姿を、満足そうに見届けて、一緒に部屋へと戻って行った……。
＊＊＊＊＊
・プール
この、シゲ山温泉旅館には二種類のプールがある。
一つは宿泊客や料金を払えばだれでも入れる屋内温水プール。
そしてもう一つは、松か鶴の宿泊客しか入れない、ロケーション最高の屋外温泉プールである。
屋外温泉プールは、温泉の源泉と、シゲ山から湧き出る、名水百選にも選ばれている天然水を混ぜた、贅沢なプールとなっている。
そんなプールの男性更衣室で、れいなクンは嬉々として自分の水着を着るのも、もどかしい思いだった。
今年のさゆみさんの誕生日に家族三人の新しい水着を買ったとき、さゆみさんはれいなクンが選んだマイクロビキニを買ったのだ。
それがいよいよお披露目されるとなれば、猫まっしぐら、ならぬ、れいなクンまっしぐらなのも仕方ないのだ。
さっさと着替えて、ぴょーん、という擬音が相応しい感じに更衣室からプールへと飛び出す。
キョロキョロと辺りを見回すが、お目当てのさゆみさんどころか女性陣は一人もいない。
まだ着替えとるっちゃろか、そう考えながら、女性更衣室のほうに熱視線を送る。
その女性更衣室から、ゆらり、一人の人影が現れる。
おおっ！？ と期待で目を輝かすと、れいなクンの期待は当たり、水着姿の優樹ちゃんを抱えたさゆみさんだった。
だがしかし。
「……さゆ？」
「れーな、すごい『ぽかーん』としてるけど、どうかした？」
「いやいや、ぽかーんもあぼーんも無かと。なんでパーカーをきっちり着てるっちゃ？ それじゃ泳げんばい」
そう、れいなクンの言う通り、さゆみさんはピンクのパーカーを着て、チャックを上までしっかり閉めていたのだ。
さゆみさんは自分の着ているものを見て、それから顔をれいなクンへと戻した。
「このパーカーはラッシュガードって言うの。水着と一緒に買ったやつね」
「うん」
「簡単に説明すれば、水着の上から着るパーカー。つまりこれを着たまま水の中に入っても平気なの」
「うん……って、えっ！？ ちょ、まさか……っ！？」
狼狽えるれいなクンに冷ややかな視線を向け、さゆみさんは言った。
「れーなが選んだ水着はちゃんとこの中に着てるわよ。けれどもその上にラッシュガードを着ない、とは言ってないの」
「ば、ばってん！ せっかくの新しい水着っちゃよ！？ だれにも披露しないのは……」
「披露？ したわよ、更衣室で、みんなに。ね？ 優樹？」
優樹ちゃんはさゆみさんの言葉にこくこくと頷き、それからニコニコと、
「ハハせくしー」
とだけ言った。
その言葉が合図だったかのように、女性更衣室から続々と女性陣がやって来た。
「はあ……とても素晴らしいものを見させていただきましたわ」頬を赤く染め、手を添えながらの聖さん。
「眼福、って言葉を身をもって体験させてもらったんだろうね」夢見心地の表情の香音さん。
「ありがたや、ありがたや……」熱心に拝む飯窪さん。
「女神降臨の瞬間を見ました！」興奮が冷めない小田ちゃん。
「あのさゆみさんのお姿を、私は日本語でも英語でも表現できません」片手を頭に当てて必死に考える野中ちゃん。
「男性が綺麗な女性に邪な思いを抱く気持ち、ちょっと分かった気がする」感心したような表情の横山ちゃん。
「っつーか、やっぱエロいわ、シゲちゃん」悠々と出てきた吉澤さん。
出てきた女性陣に、さゆみさんが、
「あの水着、れーなが選んだものなの」
と、説明すると。吉澤さん以外の全員がれいなクンのほうを向いて、
『田中さん、ありがとうございます』
と、深々と頭を下げて感謝した。
れいなクンは灰になって、プールサイドに倒れ込んだ。
優樹ちゃんはさゆみさんに抱えられたまま指を差し、
「ハハー、チチ、しんじゃった」
「放っておいても問題ないから。そのうち生き返るわよ。じゃあ優樹、プールで遊ぼっか」
「おみず、ぱしゃぱしゃ♪」
残りの男性陣も更衣室から出てきて、パートナーの水着姿に鼻の下を長くする者もおれば、ロケーションの見事さに圧倒されている者もいる。
「ＹＯ！ ここでは色んな浮き輪を無料で借りれるＹＯ！」
いつの間にかプールサイドにある、白く塗られた木製のビーチチェアに足を延ばして缶ビールのプルトップを開けて座っている吉澤さんが、隅にある露店を指して声高に言った。
「里保ちゃん、ベビー用浮き輪があったら借りてみようよ」
「そうじゃのう、真莉愛を水に慣れさせるなら早いほうがええわい」
「遥、泳ぐ練習、してみると？」
「おー！」
「僕はがっつり泳ぎます！」
「春水ちゃん、一緒に浮き輪を借りてぷかぷかしませんか？」
「そういうまったりしたのもええな。ほな、露店に行こか」
「ヨコはどうする？ 俺は泳いでも浮き輪で遊ぶのも、どっちでもいいけれど」
「んー、せっかくだから遊んで羽を伸ばそうよ」
早速プールに入る者、露店に浮き輪を借りに行く者、二手に分かれてそれぞれが好きな行動を取る。
一番に露店に到着した鞘師家が、女の子用の跨るタイプのベビー浮き輪を借り、せっかくだからとほかの浮き輪も見る。
「なんだか、面白そうな浮き輪が沢山あるね」
「そうじゃのう、三人で乗れるようなやつもあるぞい。これは後で借りてもええかのぉ」
その言葉に、浮き輪を借りにきた他のメンバーも興味津々に浮き輪を見る。
「春水ちゃん、私はこれがいいです！」
野中ちゃんの掲げた浮き輪は赤いハート形の大人二人が入れるやつで、
それを見た尾形クンは一瞬だけ絶句したが、小さく「ま、ええか」と言って、にこやかに、
「ほな、これ借りて一緒に入るか」
と二人仲良く浮き輪を持ってプールに入っていく。
横山ちゃんは浮き輪を色々見て吟味し、
「野中さんたちに負けないようなやつはなにかなー」
とか言って、加賀クンを呆れさせた。
「じゃあ、これにきーめたっ。楓、プールに入るよ」
横山ちゃんの借りた浮き輪は８の字型で、二つの穴の部分にそれぞれが入るタイプだ。
加賀クンは特に異論もなく、「ん、分かった」とだけ言って、二人手を繋いでプールに入る。
「さゆみさんは、どれにします？」
聖さんが朗らかに尋ねるが、さゆみさんは難しい顔をして、決めかねている様子である。
「ねー、れーなぁ、どれがいいー？」
プールサイドに倒れ込んだままのれいなクンに声をかけるが、未だに灰になったままだ。
その姿に呆れ、小さく溜め息をつき、ラッシュガードのジッパーに手をかけ、ぼそっと呟いた。
「やっぱり暑いからこれ、脱いじゃおうかなぁ」
ジ、と一ミリ程度下げた途端。
れいなクンは復活して、速攻でさゆみさんに駆け寄って、期待に目を輝かせた。
「はい。れーな、好きなの選んでよ」
「へ？ そのパーカー、脱ぐんじゃなかと？」
「なんか風が涼しくなったから、止めたの」
その言葉に落胆を隠せない様子だったが、さゆみさんが「ほらほら早く」と急かすから、渋々と浮き輪を選び始めた。
「お、これなんかカッコいいんじゃなか？」
れいなクンがウキウキと両手で掲げた浮き輪は、親子三人なら余裕に乗れる広さで、
前方に、その……ユニコーンの首がついた浮き輪（？）である。
さゆみさんは目を丸くして、それを見る。変な首が付いた、浮き輪というより空気の入ったイカダと呼ぶほうが相応しいそれに。
けれども、れいなクンの機嫌が直ったようなので、「それならいいや」と思い直して、
「じゃあ、それに決めようか」と笑顔で言った。
「チチ、かっこいー」優樹ちゃんも喜んでいる。
さゆみさんと優樹ちゃんがプールに行こうとすると。
「お、これなんかも面白いばい」
愉快そうなれいなクンの声に振り向くと、チェリーの形をし、果実部分に座る、二人用の浮き輪を掴んでいた。
さゆみさんは冷静にそれを見て、
「いい大人が乗るには、ちょっと派手じゃない？」と分析する。
「ま、そやけんね。それにこれだと二人乗りだから家族で乗れんっちゃ」
掴んだそれを、露店の人に返そうとすると。
「ＹＯ・ＹＯ！ おもしれーじゃねーかＹＯ！」
遠くのほうから声が聞こえ、振り向くと、反対のプールサイドにあるビーチチェアの周りをビールの空き缶だらけにした吉澤さんが愉快そうに、こっちを見ていた。
「ばってん、吉澤さん、これ二人用やけん、れなたち三人は乗れんばい」
「じゃあ二人組を乗せればいーんだＲＯ？ それなら石田とＯＤＡちゃん、はい決定だＹＯ」
吉澤さんの言葉に、飯窪さんと一緒に浮き輪を選んでいた小田ちゃん、
プールをクロールで何往復もしていた石田クン、二人とも驚いた表情で吉澤さんを見る。
泳ぐのを止めて石田クンは驚きの声を上げる。
「な、なんで小田と僕が乗るんですか！？」
「しゃーねーだＲＯ、残った二人組なんてオメーらしかいないじゃんＹＯ」
「べ、べつにはるなんと小田でもいいじゃないですか！」
「それじゃあ、つまらねーんだＹＯ」
石田クンは慌てて振り向いて露店を見たら、こっちを見ている小田ちゃんと、バッチリ目が合った。
二人、瞬時に顔が赤くなり、そっぽを向いて、乱暴に言う。
「だ、だれがコイツとっ！」
「その言葉、そっくりお返しします！」
険悪オーラを出す二人に、吉澤さんがゆらりと立ち上がる。
「んー？ オメーら、だれに逆らおうってんだＹＯ？」
怒気と殺気の混ざったオーラに、全員の背筋が凍る。
気迫に押されて、ぱくぱく口を開くも、言葉が出ない、石田クンと小田ちゃん。
二人、ぎこちなく作り笑いをして、
「「逆らうだなんて、滅相もゴザイマセン」」
声をハモらせて浮き輪に乗ることを快諾（？）した。
チェリー浮き輪を受け取って、仕方なくプールに入っていく小田ちゃん。
そんな姿を見つつも、聖さんは「聖たちはどれにしようかなぁ」と呑気に選ぶ。
「まりあちゃんが乗ってるようなベビー浮き輪は、朱音にはまだ早いし……寝っ転がれるやつがいいなぁ」
そうやって色々悩んで、ようやく決めたのは、大人二人が寝そべれる絨毯型だった。
「ね、朱音。これに乗って、えりぽんと遥の練習を近くで見ない？」
「する、するー！」
娘の承諾も得られたので、聖さんは優雅な足取りでプールに入っていく。
そうして。
「じゃ、私はこれにします」
一人取り残された飯窪さんは、黄色の一人用の浮き輪を借りて、プールへ入った。
田中家は、家族三人で浮き輪に乗り、
「これ結構面白いっちゃ」
「流れるプールだったら、もっと面白かったかもね」
「おみず、おみず♪」
れいなクンがユニコーンの首の付け根を足で挟み、さゆみさんは浮き輪の際で、
手をプールに浸しながら遊んでいる優樹ちゃんが落ちないように、捕まえている。
れいなクンは、ピン！ と閃き、ゆっくりと浮き輪の後方に移動して、プールに入った。
「れーな？」
「ちょっと面白いことを考えたけん。さゆ、優樹を落とさないように気を付けてほしか」
「？ うん」
さゆみさんが返事したのを確認してから、両手で浮き輪に掴まり、勢いよくバタ足で泳ぎ出した。
「あは、手動の動く浮き輪になったの」
「チチ、しゅごーい！」
笑顔で喜ぶ二人を見て、れいなクンの顔も綻び、更に加速をつける。
生田家はと言うと。
最初はプールの縁でバタ足の練習をしていた遥クンが、今度は生田クンの手を掴みながら、バタ足でプールをゆっくりと移動している。
「遥はいい筋してると。今度は顔を水につけてみるっちゃ」
「おう！」
遥クンが、ブクブクブク……プハッ！ ブクブクブク……プハッ！ のリズムで水に顔をつけ、息継ぎの練習をしていると。
「やっほー、えりぽーん♪」
「にーたん、にーたん」
浮き輪に朱音ちゃんを乗せて、聖さんがやって来た。
生田クンたちの傍まで近付くと、
「よい、しょっと」
浮き輪に乗るとき、本人はそのつもりは無いのだろうが、
ビキニから零れ落ちそうな胸が前方に強調されて、生田クンにしっかりと谷間を見せた。
生田クンは生唾を飲み込み、平静を装って尋ねる。
「なん？ 見学にきたと？」
「へへ。うん」
無邪気な笑顔で返事する聖さん。生田クンの心も知らず、「遥はどう？」と聞いてくる。
「ん、飲み込みが早いけん。教えたことはすぐ出来るようになると。水泳の才能があるかもしれんちゃね」
真剣に泳ぐ遥クンを、朱音ちゃんはハートマークをたくさん飛ばしながら笑顔で見ている。
聖さんは浮き輪にうつ伏せになって、息子の泳ぐ姿を見ていた。
すると。
「聖、」
いつの間にか正面に来ていた生田クンとばっちり目が合う。
聖さんは微笑みながら、目で「なに？」と問う。
生田クンは遥クンの手を離さずに首を伸ばし、聖さんに触れるだけのキスを二、三回する。
聖さんは花が咲いたような笑顔で、お返しとばかりに、生田クンにキスを交わす。
真剣に泳いでいた遥クンが「とーちゃん、つかれた」と言うまで、二人は周りを一切気にせず、軽いキスを交わし合っていた。
鞘師家は。
ベビー浮き輪に乗せられて、不安そうにしている真莉愛ちゃんを、香音さんは優しく頭を撫でる。
「大丈夫だよ真莉愛、お水は怖くないの。すっごく楽しいよ」
「まま、ほんと？」
「ママが嘘ついたこと、ある？」
「……ない」
「真莉愛、大丈夫じゃけぇの。パパもおるからのぉ」
「里保ちゃんがいると不安になるのは、あたしだけかな……」
「香音ちゃん、それはないんじゃ」
パパとママの会話で緊張がほぐれたのか、真莉愛ちゃんはおかしそうにクスクス笑う。
「浮き輪して、パパがしっかり支えてやるけぇ、真莉愛はお水を楽しんでおればいいんじゃ」
「うん！」
鞘師クンに抱っこされて、そろりそろり、とプールに入っていく。
浮き輪の浮力で下半身だけ水に浸かるが、怖そうな素振りは見せない。
「真莉愛、どう？ プールは」
「ぷかぷか」
「そーか、ぷかぷか、か。じゃあ後ろから押しても大丈夫かのぉ？」
「うん。まりあ、だいじょーぶ」
香音さんがゆっくり押し始めると、キャッキャッと黄色い声が真莉愛ちゃんの口から発せられる。
手をぱちぱち叩いて喜ぶ我が子の姿に、鞘師クンと香音さん、二人の顔も自然と綻ぶ。
「里保ちゃん」
「ん？ なんじゃ？」
「あたしね、真莉愛が喜んでいると、ああ、ここに来て本当に良かったなあ、って思ってる」
「そうか。うん、ワシもじゃ。香音ちゃんと真莉愛、二人が喜んでくれるなら、ワシも嬉しいんじゃ」
「それはあたしも同じだよ」
「なら、ワシと香音ちゃんは相思相愛じゃな」
「調子に乗らないの、パッパラ里保ちゃん」
照れ隠しのように、鞘師クンの頭を軽く小突くと、鞘師クンは輝くような笑顔を見せた。
尾形クンと野中ちゃんは。
二人で手を繋ぎながらハート形の浮き輪でぷかぷか浮かんで遊んでいた。
野中ちゃんが尾形クンの手を軽く引っ張って、
「春水ちゃん、春水ちゃん」と呼ぶ。
「なんや？ 野中？」
「加賀クンの首筋ですが……」
その言葉に視線を飛ばし、尾形クンは苦笑する。
「虫刺され……と言うにはバレバレの嘘やな。ま・二人も仲良くしてたんやろ」
「正直、羨ましいです」
「ん？ 野中もキスマーク、付けられたいんか？」
「少し違います。私も、付けたいんです、春水ちゃんに」
「……夜じゃ、ダメか？」
「叶うなら、今すぐにです」
「……。なら、ええよ。ほれ」
言って首筋を差し出す尾形クンに、野中ちゃんは驚いたように目を丸くする。
「本当に良いんですか？」
「野中に愛されとる、って証やん。それなら喜んで付けてもらうわ」
そう言うと、喜びを隠しきれないように野中ちゃんは抱きついてきた。
尾形クンの首筋に顔を埋め、
「春水ちゃん、大好きです」
「うん。俺もや」
慎重に付ける場所を選んで、そこに唇を当てて、軽く噛みついてから強く吸った。
「んっ……！ ……しっかり付いたか？」
「少し不格好ですが、一応は」
自分が付けた、赤い華を、愛おしそうに撫でる。
「すぐに自分で確認できないのが難やな」
「春水ちゃんの白い身体に、とても似合ってます」
「そうか。なら、ええか」
二人、笑い合い、お互い恥ずかしさを隠すように、バタ足でプールを泳いだ。
加賀クンと横山ちゃんの場合。
横山ちゃんは生田夫妻や、尾形クンと野中ちゃんのカップル、交互に見て、
「どこもラブラブだねー」
と、素直な感想を述べる。
一人、バタ足で泳ぎながら８の字浮き輪を動かしていた加賀クンは。
「なに？ 羨ましかったりするの？」
「べっつにー」
横山ちゃんの回答に、泳ぐ足を止める。
「ヨコ、」
繋いでいた手を引っ張り、自分のほうに顔を向けさせる。
「なによ？」
加賀クンは問答無用でアゴを掴んで、素早く横山ちゃんの唇を自分ので塞ぐ。
触れるだけの、長めのキスをして。ゆっくり顔を離す。
間近で見る横山ちゃんの顔は真っ赤だった。
「か、かえ、でっ、いきなりなに……」
「さっきみたいな言い方をするときは、ヨコが拗ねている証拠だ、って知ってるから」
「……」
赤い顔のまま、唇を突き出し、納得がいかない表情をする、横山ちゃん。
「ヨコ、好きだよ」
「……それくらい、知ってるから」
照れ隠しのように、横山ちゃんは勢いよくバタ足で泳ぎ始めた。
繋いでいた手は、さっきより握る力を強くしながら。
映画『ジョーズ』のテーマソングが脳内に流れる。
気付かれないように、獲物に近づく。それだけだと、自分はジョーズと同じだな、と思う。
音を立てずに、背後からゆっくり、ゆっくりと近づき、ターゲットをロックオンする。
狙うは……チェリー浮き輪に乗っている、一組の男女。
そう。飯窪さんは、この二人をなるべく間近で観察したかったのだ。
黄色い浮き輪で身体をぷかぷかさせながら、興味津々で飯窪さんが見ていることを、全く気付かず、
二人はそっぽを向いて、浮き輪に乗っていた。ちなみに会話は一切ない。
まどろこしいですね、ほかの方々のようにキスでもしたら面白いですのに。
そんな飯窪さんの内心は露とも知らず、二人は無言で浮き輪の上にいる。
正直に言えば、お互いなにを話せばいいのか分からなかったのだ。
午前中、見舞いに行って仮病だと分かったのに「体調どうだ？」と聞くのも皮肉っぽい。
仮病だとバレているのに、「お見舞い品のおかげで回復しました」と言うのも恥ずかしい。
顔を見合わせるのもお互い照れくさい。
二人とも、飯窪さんと同じくらいには、モヤモヤしていたのだ。
そうやって三人がモヤモヤしていると、幸運の女神が絶好の機会を与えてくれた。
小田ちゃんがふと、自分の乗っている浮き輪を見ると、見たこともないような虫が一匹止まっていた。
「きゃあ！」
思わず悲鳴が上がり、石田クンも驚いて小田ちゃんのほうを見る。
「なんだよ？」
「む、虫がっ！ なんか気持ち悪いのがっ！」
「山だから虫ぐらい飛んできてもおかしくないだろ。いちいち騒ぐなって」
「だってこの虫！ ﾉd*・ ｡.・） みたいな人の顔が背中に！ きゃっ、近づいてきた！」
「ちょ、おい！ そんなに暴れるなよっ」
「イヤー！ 来ないでー！！」
「手で追い払えばいいだろ！ なんでこっちに来るんだよ！」
「アンタも虫を見なさいよっ。絶対にドン引きするから！」
「そんな訳ないだｒ……デケエッ！ キモッ！」
カサカサ、音を立ててやって来る虫に恐怖を覚えながら、二人は互いにしがみついて、浮き輪の上で暴れる。
大人二人が浮き輪の上で暴れたら、バランスを崩すのは当然のことで、石田クンが後ずさりした瞬間、
浮き輪はグラリと傾き、そして勢いよくひっくり返った。
頭から落ちたことに、小田ちゃんは軽くパニックになり、水中をもがもがと暴れる。
バランス感覚の良い石田クンは、すぐに身体を回転させて、上下を把握して、
暴れている小田ちゃんを問答無用に自分の腕の中に引き寄せて、二人で水面に顔を出す。
石田クンが天を見上げると、先ほどの虫は、ブーンと呑気に空まで飛んで行った。
ガタガタ震えながら自分にしがみついている小田ちゃんに気付き、強く抱き寄せ、身体を揺する。
「おい！ 大丈夫かっ？」
「はあ……はあ、……なんとか」
「でも唇が真っ青だぞ。少し休んだほうがいいんじゃないのか？」
「そ、そうですね……」
そこで小田ちゃんは少し顔を上げ。そのままキスでもできそうな近距離で石田クンと目が合う。
ボンッ！ と瞬時に顔を真っ赤にさせた小田ちゃんを不思議そうに見つめ、石田クンはようやく二人の体勢を思い出し。
やはり、ボンッ！ と顔を爆発させ、慌てて小田ちゃんと距離を取る。
「そ、その！ 助けるのに精いっぱいだったわけで！ やましいことは別にっ！」
「わ、分かってますよっ、それくらい！」
二人、真っ赤な顔を隠すように俯いて、もじもじモジモジ文字文字。
そんな雰囲気の二人に、見かねた独裁者が声を大にする。
「せっかく途中まで良かったのにＹＯ。はい、テイク２。二人とも浮き輪に乗りなおせＹＯ」
その言葉に、サッと動いたのが飯窪さんである。いそいそ、嬉々としてひっくり返った浮き輪を元に戻す。
「はい、お二人さん。どうぞ！」
「いえ……あの、飯窪さん。『どうぞ』と言われましても……」
「はるなん、もう浮き輪に乗る気分じゃないよ」
「そうなのですか？ でも先ほど、吉澤さんが、乗りなさいと仰りませんでした？」
「「…………」」
吉澤さんの命令は絶対、ということは二人にも分かっている。
先ほどの虫による大騒ぎで、他のメンバーも「なんだなんだ？」と二人に注目し始めた。
公開処刑ってこんな気持ち？
二人の思考が一致しながら、おとなしく浮き輪に乗った。
さて。
浮き輪に乗ったのはいいものの。正直、どうしたら良いのか分からないのが本音だ。
「うーん、二人の動きがぎこちないＮＥ、よし、手を繋いでみろＹＯ」
ええっ！？ 二人脳内で悲鳴を上げる。しかし命令は絶対である。
恐る恐る腕を伸ばし、相手の指先に触れた途端、慌てて引っ込め、また恐る恐る腕を伸ばすこと計五回。
なんとか手を繋ぐことはできたものの、全員の好奇の目に晒され、互いに恥ずかしさで死んでしまいそうである。
相手の手の温もりが、自分と同じくらい高く感じるのは気のせいだろうか。
とてもじゃないが、相手の反応なんて見れず、二人とも俯いたまま手を繋いだ。
他のメンバー全員がニヤニヤﾆﾔﾆﾔ2828（・∀・） しているのが身体中に突き刺さる視線で分かる。
「二人には悪いけれど、すっごく面白い展開なの」はさゆみさん。
「初々しくて良いですわね」は聖さん。
「ピュアな少女マンガみたいですねぇ」は飯窪さん。
「小田ちゃんにソフトクリーム持ってもらって、石田クンにアーンしてほしいんだろうね」は香音さん。
「私はハイビスカスを飾ったトロピカルドリンクのグラスが一つ、ストローが二つ、です」は野中ちゃん。
「もっとこう、腕を組んでも良いんじゃないかな」は横山ちゃん。
好き勝手に感想を述べ、楽しく鑑賞しているメンバーたちを、初めて恨めしく思った。
「よっしゃ、もう一段階上げるＹＯ。オイ二人、俯いてねーで顔を上げて相手を見ろＹＯ」
ガギガギガギ、油を差していない機械のように首が音を立てて、ゆっくりと頭を上げる。
ギリギリギリ、首を回して相手を見る。目が合うと、顔の熱がますます上がる。
きっと、今の自分は、相手と同じくらい、茹でタコのように顔が真っ赤なんだろうと、回らない頭でそんなことを思った。
相手の瞳に、自分の顔が映っている。きっと自分の瞳にも相手の顔が映っているんだろう。
そんなことを考えていると、頭がぼんやりしてくる。
ぼんやり……霞がかかったように。
ぼーっと……。
「あの、吉澤さん」
「飯窪なんだＹＯ」
「二人の顔、真っ赤を通り越して紫色になっていませんか？」
「ん？ ってゆーか、アイツら呼吸しているのかＹＯ？」
「はうっ！？ ちょ、ちょっと二人とも、呼吸すること忘れてますよーっ！」
慌てて他のメンバーが駆け寄って、二人の背中をドンドン激しく叩き、
ぶはあっ！ と息を吐き出させ、なんとか蘇生に成功したのだった……。
二人は一応の大事を取って、ビーチチェアに寝かせ、他のメンバーは夕方近くまで、プールで遊び倒した。
＊＊＊＊＊
・夕食
全員、プールから出て、ラフな私服に着替えて食事の用意がしてある広間に集まると、
真っ白の清潔な制服に身を包んだ男性が一人、恭しく頭を下げた。
「わたくし、この旅館の料理長を任されている者です。
今回は趣向を変えて、このシゲ山で採れた素材を素に、薬膳料理とさせていただきました。
ですので、一品ずつ解説させていただきたく存じます。
まず食前酒は回春作用のある、鹿茸（ろくじょう）、クコの実、高麗人参、氷砂糖をホワイトリカーに１ヶ月漬け込んだ品でございます。
そして主菜は月経不順、ほてり、冷え性、貧血、母乳の出を良くする働きのある、鹿肉のハンバーグ。
もう一つの主菜が疲労回復効果のある麦門冬（ばくもんどう）の餃子。
副菜に消化器の働きをよくし、不眠症、神経症に良い青紫蘇を使った夏野菜の塩もみ。
汁ものは冷え性、不眠、胃弱に良い薬用人参と鶏のスープ。
ご飯は栄気をつける、人参強精不老粥。
水菓子として美肌効果のある亀の腹甲などを用いたゼリー。こちらは角切りして生クリームの中に浮かせております。
以上の品々となっております。
どうぞ、ごゆるりとご賞味くださいませ」
料理長は再び恭しく頭を下げ、そろりと広間から出て行った。
みんな、顔を見合わせ、料理をまじまじと見たり、匂いを嗅いでみる。
「食前酒は普通にアルコールの匂いがするけん」
「餃子も普通の見た目ですのぉ」
「聖、オレのハンバーグは食えっちゃ」
「なんで？ えりぽんお肉大好きじゃない」
「母乳の出を良くする、って言ってたばい。朱音のためにも聖が食うと」
「まあ、この旅館のお料理が美味しいのはみんな分かってることだし、安心して食べていいんじゃないの？」
「シゲちゃんの言う通りだＹＯ。不味けりゃ文句言えばいーんだＹＯ。ほい、かんぱーい！」
吉澤さんの音頭で大人たちは食前酒を、子どもたちはジュースを掲げて『かんぱーい！』と復唱した。
お猪口で二杯程度の量の食前酒だったから、大人全員がスルッと胃に収める。
「もっと漢方薬っぽい味かと思いましたが、普通に美味しいです」と野中ちゃん。
その感想にみんなが頷き、安心して料理に箸を伸ばす。
「んっ、餃子も普通に美味いねん」と尾形クン。
「ハンバーグがすっごいジューシー！ えりぽん、本当に食べちゃっていいの？」と聖さん。
「青紫蘇を使った塩もみ、家でもやれそう。レシピ教えてもらえないかなぁ」と香音さん。
「胃弱に良いとだけあって、スープが優しい味っちゃ。なんか身体が温まるばい」とれいなクン。
「お粥もあっさりとした味付けで、スルスルと胃に入りますよ」と加賀クン。
「ゼリー自体は黒いけれど、生クリームに浮いてるとコーヒーゼリーのような見かけだし、味も美味しいの。
これで美肌になれるなら一石二鳥よね」とさゆみさん。
結局は全員が皿を綺麗に空にして食事を満足げに胃に収めたのであった。
＊＊＊＊＊
・露天風呂
れいなクンは男性陣を集結させて、大浴場の内風呂には入らず、露天風呂に全員で浸かりながら腕組みをしていた。
「古代の人間は言ったと。『目には目を歯には歯を』と……」
「はあ……それはオレでも知ってる言葉ですったい。ばってん田中さん、それがこの露天風呂に入ることと、なんの関係がありますと？」
「ははーん、ワシには分かったぞい。田中さん、昨日の露天風呂のリベンジですじゃろ？」
「リベンジ？ なにかありましたか？ なんだか昨日の出来事が二ヶ月近く前のように遠く感じるんですけれど」
「石田さん、それを言ったらアカンですねん。せやけどリベンジって言うたら……あのことですか？」
「リベンジ、ということは俺たち対だれか、ってことですよね？ 俺たち……男性陣と対になるのは……あっ！」
加賀クンが察し、れいなクンの計画が分かった途端、背筋を凍らせる。
ブルブル怯えてる加賀クンをよそに、れいなクンは不敵な笑みを見せた。
「加賀、お前の導かれた答えの通りばい。つまりっちゃ！」
ザバアッ！ 勢いよく風呂から上がり、堂々と宣言した。
「昨日れなたち男性陣は女性陣に覗かれたばい！ だから今ここにっ、『目には目を歯には歯を、ノゾキにはノゾキを作戦』を決行するったい！」
拳を握りしめて、真っ裸のまま決意表明をしたが、それに賛成するように激しく拍手したのは、生田クンと鞘師クンだけだった。
「田中さん！ 素晴らしい作戦ですと！」
「露天風呂を覗くのは男のロマンですけぇのぉ！」
「そーっちゃ、そーっちゃ。もっとれなを称えると。……って、尾形と加賀、お前らはなんで拍手せんと？」
「ノゾキがバレたときのリスクが怖いですねん。野中はああ見えて、本気で怒るとめっちゃ怖いですわ」
「ヨコが激怒しようものなら、俺、血まみれのボコボコにされます」
「黙りんしゃい！ 怒られて血まみれのボコボコにされても女湯を覗く価値のほうが大きいと！
っつーかお前ら下っ端二人に拒否権はなか、今ここでれなにボコボコにされたくなかったら、
とっとと早く、あの階段状になっているベンチを移動させんかいっ！」
「「は、はいっ！」」
れいなクンの気迫に押されて、慌てて湯船から出てベンチの端と端を持って移動させる尾形クンと加賀クン。
生田クンと鞘師クンは、ベンチが女湯との境の壁に設置されるのが待ち遠しいらしく、そわそわと境の壁近くをうろついている。
れいなクンは、最後の一人、まだ湯船に浸かっている人物に目を向ける。
「石田、お前も参加しろっちゃ」
「いやいや、パートナーがいる人は楽しいですけれど。残念ながら僕には覗く対象者がいませんから。
いいじゃないですか、一人くらい不参加がいても」
「いーや。全員で覗くことに意味があるばい。と・いうわけで石田、ここだけの話があると」
「なんですか？」
「作者は前編で読者サマの意表をつこうと女性陣に男湯を覗かせたと。
ばってん、そのときに男湯の描写を『誰得パラダイス』と書いたっちゃけん、
その名の通り誰も得しない男湯の描写で気分が萎えに萎えて、ここで書くのを止めようかと思ったくらいやけん。
だからこそ！ 作者のテンションを上げるためにも、れなたちはノゾキを決行しないとあかんたい！」
「元々、万年情緒不安定な作者じゃないですか、そんな作者のテンションを上げるためだけなんて、僕には得がありませんね」
「じゃあ石田、作者がこう言ったらお前はどうすると？ 『石田クンもノゾキに参加しないと、ここで筆を折る』と」
「それも僕の知ったこっちゃありませんね」
「ちょっと待つと。おい、目を閉じて耳を澄ませてみろっちゃ」
「はあ……こうですか？」
石田クンが目を閉じると、ぼんやりとパソコンのディスプレイが映りだし、さわさわと人々の声が聞こえてくる。
「……なんですか、これ？ 名無しさん＠おーぷん『石田クン覗け！』
……名無し募集中。。。『石田クン覗いてくださいやがれお願いします』
……名無し『小田ちゃんの裸をガン見しろー！』
……ってなんで小田の名前が出てくるんですかぁ！？」
「これで分かったっちゃろ、石田？ お前がノゾキに参加することを沢山の方々が切望しているってことをばい」
「んー……分かったような分からないような。でも作者以外の方々にも迷惑がかかるのなら仕方ないですね……参加します！」
「よく言ったばい石田、それでこそ男ったい！」
れいなクンと石田クンが固い握手を交わしていると。
「あのー、メタ会話をなさっている田中さんと石田さん。もうベンチの設置が終わって、
生田さんと鞘師さんは段に上がって早速覗いていますよ」
加賀クンのハキハキとした報告に、れいなクンは我に返って速攻で湯船から出て階段状のベンチを駆け上がる。
「おい、生田。お前の野生の目で見えると？」
「見えはしますっちゃ。ばってん、露天風呂にはだれもおらんですたい」
「まあ女性ですから内風呂も堪能してますんじゃろぉ」
しじみ目を細くしながら鞘師クンが答えた。
そんな三人の端に尾形クンと加賀クンが威勢よくベンチを登ってノゾキに参加する。
そして石田クンも端に登って参加して。
すると。
全員が覗くのを待っていたかのように、女湯の内風呂と露天風呂を繋ぐドアが開いた。
「やっぱり締めは露天風呂だＹＯ」と吉澤さん。
「森林に囲まれてるから、なんだか落ち着くの」とさゆみさん。
「お風呂がこれで終わりなのも、なんだか寂しいですね」と聖さん。
「聖ちゃん、明日の朝も入ればいいんだろうね」と香音さん。
「すごく贅沢な二日間でしたね」と飯窪さん。
「ここの温泉は本当に美肌の湯ですね。すごくツルツルになった気がします」と小田ちゃん。
「小田さんの言う通りですね。触ると来たときと全く違います」と野中ちゃん。
「肌触り良くなったの、楓は気付くかなあ」と横山ちゃん。
ぴっちりタオルを巻いている飯窪さんを除けば、残りはほぼ全裸に近い姿である。
（おおっ！）
男性陣の心の歓声が一致する。そして、先ほどまでとは打って変わったように凝視し始めた。
「くっ、さゆ！ 前を隠しているタオルが邪魔っちゃ！ 早くどかすと！」
「聖は遠くからでもエロいと」
「香音ちゃんは、たまらないムチムチ感があって、良いのぉ」
「おっぱい、いっぱい、おっぱい、いっぱい、ぱいぱいぱーい……」
「ノゾキ、という背徳感が良い味付けをしてますねん」
「やべ……ヨコ見てたら、ちょっと勃った」
女性陣は内風呂を楽しみすぎたのか、肩まで湯船に浸かる人は吉澤さんしかおらず、
風呂の縁の石に座って足だけお湯に浸かり、おしゃべりに興じている。
それは覗いている男性陣には好都合だが。
「今夜はお月さまが綺麗ですねぇ」
聖さんが空を見上げながら、うっとりと言う。
「うん、聖ちゃん、そのこととあたしに寄っかかるのは、なんの意味があるんだろうね」
香音さんが、聖さんの体を支えるように、二人で座り続けている。
「香音ちゃん、こういうスキンシップ、嫌いだったっけ？」
「嫌いじゃないけど、今は裸だから……」
「いーじゃーん、これが本当の裸の付き合い、ってやつだもーん」
そう言ってさらに寄っかかり、二人の大きな胸が横に並ぶ。
大きなπが四つ揃ってトリプルπである。
「「うおおぉぉぉ！！」」
生田クンと鞘師クンが声にならない声を出す。
「聖がスキンシップ好きなことは知っとるばい……いつもなら面白くないけれど、今回は許すっちゃ！」
「なんじゃろうのぉ、この二人のアヤシイ雰囲気は」
二人が興奮していると、まるで煽るかのように、女性陣同士での『裸の付き合い』が始まりだす。
「小田さんも大きいですよね、羨ましいです」
「そんなことないってば。美希ちゃんもちゃんと良いもの持ってるじゃない」
「あの、小田さん。ちょっとお願いがあるんですけど」
「なに？ 玲奈ちゃん」
「ご利益ありそうなんで、触らせてもらえませんか？」
「は？」
「玲奈ちゃんズルいです。それなら小田さん私にも触らせてください」
「いや、あの……ってＯＫ出してないのに、二人して触ってるし！」
「むぅ……香音ちゃん、聖たちも負けていられないよ、おいで、ハグしてあげる！」
「聖ちゃんの思考回路はときどきおかしくなるんだろうね！
勝ち負けもない……って、言いかけてるのに、結局正面からハグされちゃうし……」
「なんだか皆さん、テンションが高いですね。というわけで、さゆみさん。私、飯窪もお願いがあるのですが」
「……まさか、胸を触らせろ、って？」
「はい！ ご明察です」
「でもさゆみ、大きくないんだけど」
「なにを仰りますか。プールの更衣室でも見させていただきましたが、すごい美乳じゃないですか！
ですので、私もご利益をあやかりたいのです。というわけで触りますね」
「あっ！ ちょ、飯窪っ、そんなトコロまで触らないで……」
いつの間にか湯船の上にお銚子とお猪口を乗せたお盆を浮かべ、クイクイ日本酒を呑んでいる吉澤さんが、
「なんだかすごい光景だＹＯ。これ、男性陣が見たら、ぶっ倒れるんじゃねーかＹＯ？」
と、女性陣だけの酒池肉林状態を楽観している。
男性陣はというと。
吉澤さんの予想はおおむね当たり、全員が壁に必死にしがみつき、
鼻血が出るのを押さえている者もいれば、早速とばかりに己の股間を擦っている者もいる。
「なんか、俺ら、見ちゃいけないものを見てませんか？」
鼻血を必死に押さえている加賀クンに、股間を擦っている生田クンが答えを返す。
「なにを言っとるばい。これはある意味、神さまからのご褒美っちゃ」
「生田の言う通りと。報われないれなたちに、ようやく神さまも気付いてくれたっちゃ」
さゆみさんから目を離さず、ギラギラさせながらドラゴンを擦るれいなクン。
男性陣は、鼻血が出るのを押さえていた者も手を移動させ、ハアハアと野獣のような吐く息で、全員が股間を擦りだす。
しかし、世界はそんなに甘くはない。
天罰、というのはしっかり下されるのである。
吉澤さんに見守れながら、温泉をぱちゃぱちゃ泳いでいた優樹ちゃんが、泳ぐことに飽きたのか、
トコトコと母であるさゆみさんに近づいてきた。
ちなみにさゆみさんは、まだ飯窪さんに胸を揉まれている。
「ハハ、ハハ」
「え……優樹、なに？」
「どぅーとあそんでいい？」
「？ 遥クンは男の子のお風呂にいるでしょ、遊べないの」
「いるもん」
「？？ どこに？」
「あそこ」
優樹ちゃんの幼い指が差した先には。遥クンが壁に生田クンに支えられつつも、しがみつきながら、女湯を見ていた。
もちろん男性陣は勢ぞろいである。
「どぅー！ あそぼー！」
「いーぞー、まーちゃん！」
そんな子ども特有の大声で会話したものだから、女性陣全員が声の方向を見るのは当然のことで。
ばっちりと。それぞれの男女は目が合う。
かけ流しの源泉がとぷとぷと風呂を満たし、森の奥から慌てたようにセミがビーンと鳴く。
そんな静かな音が、はっきりと聞こえるくらい、露天風呂には沈黙と凍った空気があった。
最初の犠牲者は加賀クンだった。
「っの、バ楓ー！！」
横山ちゃんが近くにあった湯桶をひっつかみ、加賀クンの顔面に恐ろしい球速（桶速？）で投げる。
投げられた湯桶は加賀クンの顔真正面にバッカン！ と当たった瞬間に破壊され、
そんな勢いで湯桶を投げつけられた加賀クンは、声も出せずに、鼻血が弧を描き、スローモーションのようにゆっくりと飛び落ちていった。
加賀クンの体がドサッと風呂の床に落ちた音を全員が聞いたとき。
戦いの火ぶたは切って落とされた。
「春水ちゃん！ ノゾキは犯罪です！」
「なに見てるのよ！ バカ石田！！」
「里保ちゃん！ 今回という今回は許さないんだろうね！」
「あほたれーなぁー！！」
湯桶という湯桶が、もの凄い速さと勢いで投げられる。
男性陣は命の危険を感じながら湯桶を避け、それでも女湯から目を離せないのは、悲しい男の性だろうか。
いったいどれだけあるのか、女性陣の湯桶攻撃は終わらない。無数とも言えるほどに湯桶は投げつけられる。
湯桶が飛び、男湯と女湯の狭間の壁で攻撃をかわしている。これぞ本当の『桶狭間の戦い』である。なんちゃって。
「なにが『なんちゃって』やけん！ 地の文に腹が立つと！」
「田中さんの言う通りですじゃ！ ワシらは必死に戦っとるけぇのぉ！」
「でも戦術的撤退、という方法もありますが！？」
「石田さん、なに言うてはります！ ここで引いたら男が廃りますわ！」
尾形クンの言葉にカチンときたのが女湯側の一人。
「ノゾキのほうが男が廃ります！ Be blown away！」（吹っ飛ばす！）
野中ちゃんの渾身の一球！（一桶？）
ドガゴン！ かなり痛々しい音が響き、尾形クンも先述の加賀クンのように顔面湯桶破壊で倒れ、崩れ落ちた。
「あーあ。僕は撤退します！」
ベンチから降りかけようとする石田クンへ、キラリと鋭い眼光が飛んだ。
「あんただけ無事で済ませるか！ 死ねっ！！」
小田ちゃんが大きく振りかぶって一球！
ガゴーンッ！ と桶が石田クンの眉間に当たって破壊し、石田クンは眉間から血を噴き出させながら、床へと崩れ落ちた。
「これで戦没者は三人たい。プライドをかけて散った命の為にも、オレたちはノゾキを続けんとあかんちゃ。なあ里保！」
「その通りじゃが！ じゃけん！ えりぽん、お前だけフクちゃんが笑顔で手を振ってるからそんな余裕があるんじゃろが！！
ワシの命は寸前の灯じゃけぇの！」
鞘師クンは大声で叫びながら、香音さんから絶え間なく投げられ続ける湯桶を懸命にかわす。
それでも時折「うほおっ」と声を上げながら、バッチリ見ているのが鞘師クンのスケベ心である。
「も〜っ！ しつこい里保ちゃんは嫌いなんだろうね！」
「き、嫌い！？」
香音さんの言葉にひるんだその一瞬。鞘師クンの動きが止まり、それを見逃す香音さんではなかった。
香音さんの片手には、脱衣所にあったはずの業務用体重計を軽々と持ち、それをぶん投げる！
メコォッ！
顔面全体で体重計の熱烈なキスを受け、鞘師クンもベンチから吹っ飛び、哀れ戦没者の一人となった。
「えりぽぉ〜ん♪」
聖さんは恥じらいながら隠す、という様子もなく、両手を振り、生田クンも笑顔で片手を振り返している。
「やっぱり大胆なほうが聖らしか。ほれ、遥も手を振るっちゃ」
「かーちゃーん、あかねー」
「遥もやっぱり男の子だねっ♪」
「にーたん、にーたん」
子どもたちが手を振っているのをにこやかに眺めながら、生田クンは何気なく視線を他の女性陣にもやり、
飯窪さんに、少しだけ目を止め、それから聖さんを改めて見、顔をデレッとさせる。
その瞬間だった。
メキョオッ！
やはり脱衣所にあるはずの業務用金属製扇風機が、生田クンの横顔に凄まじい衝撃でめり込み、
さすがの生田クンも、これには耐えきれず、ベンチから崩れ落ちた。……なんとか遥クンを守りながら。
業務用扇風機を投げた人物が全身に赤黒い殺気を纏いながら、低い声で言った。
「生田さん、今、私と奥さまを比べましたよね？ 女性の魅力は胸が全てではありません」
普段の明るくて穏やかな雰囲気とは違う飯窪さんに、全員が背筋を冷たく震わせる。
「……これで生き残りは田中さんだけですけど、さゆみさん、湯桶一斉攻撃でいきますか？」
聖さんが額の冷や汗を拭いながら尋ねると。さゆみさんは冷たい笑顔をして黙っていた。
「あの、さゆみさん？」
無言で湯船から出て、スタスタと淀みない足取りで砂風呂のほうへと歩いていく。
そして。砂風呂の傍に立てかけてあった金属スコップを掴んだ。
れいなクンの体に戦慄が走る。
「ちょ、さゆ、冗談っちゃよね？ いくられなでも、それは本気で死ねけん」
れいなクンの言葉に耳を貸さず、冷たい笑顔のまま、槍投げのポーズを取るさゆみさん。
その完璧なポーズは、まるで古代オリンピックの壁画のように凛々しい。ただし、手に持っているのは槍ではなくスコップだが。
「さ、さゆ！ れなが悪かったばい！ だからそのスコップを下ろすと！」
「どうせノゾキもれーなが言い始めたんでしょ。そんな人間にかける慈悲は持ってないの」
標準をしっかり定め、右腕に全身の力を込めて。
さゆみさんは冷たい笑顔のまま。スコップを放った。
風を切りながらスコップは緩い弧を描いて飛び。
ザシュッ！
金属スコップの鋭い先端は、れいなクンの顔を左右対称に分けて刺さった。
豪快に血を噴き出しながら、言葉も出ず、スローモーションで後ろに倒れていくれいなクン。
ずどど！ べちっ！ と男湯のほうから聞こえたが、さゆみさんは一切気にしていない様子で、
晴々とした気分で、改めて湯船に浸かったのだった……。
圧倒的勝利を収めた女性陣だが、それでも戦場、風呂場は燦々たる状況になっている。
湯桶はほとんど男湯のほうに投げ入れてしまったし、女湯と男湯を隔てる壁近くの床には、男性陣の返り血が点々と付いている。
吉澤さんは面倒くさそうに頭をバリバリ掻いて、
「これ、いくらなんでも旅館の人間に伝えたほうがいいＹＯ。っつーわけで、ちょっくら従業員に言ってくるＹＯ」
徳利に入っていた日本酒を全部飲み干し、湯船から出る吉澤さん。
「では私は、荒れたお風呂場を少し片づけておきますね」
飯窪さんがテキパキと片づけ始めたので、小田ちゃん・横山ちゃんは「飯窪さん、手伝います」と申し出たものの、
「二人は戦って疲れたでしょ。先に上がってていいよ」
と、断られたので、二人はお言葉に甘えて、他の女性陣と一緒に露天風呂から出ていくことにしたのだった。
浴衣を身に纏い、ぷんぷんと風呂の湯気ではない、怒りの湯気を出しながら女湯から出てくる、
さゆみさん・香音さん・小田ちゃん・横山ちゃん、と別に怒ってはいない聖さんの五人。
「ほんっとーに男ってスケベですね！」
まだ怒りの収まらない様子の小田ちゃんに、聖さんが「まーまー」と声をかけて、他の女性陣の怒りも、なんとか収めようとしている。
なにか気を紛らわすもの、ないかな？ と考えながら、男湯と女湯の出入り口から真正面にある、小さな売店に目を走らす。
そこで聖さんは、とあることを思い出し、みんなを売店に連れていく。
「みんな、喉乾いてない？ 聖オススメのジュースがあるんだけど」
オススメ、と言われて興味を持ちだす面々。
ドリンクコーナーで少しだけ探し、「あ・これこれ」と嬉々としてビンのジュースを手に取る聖さん。
「以前、この山の温泉に入ったときに、えりぽんが買ってくれたの。この山で採れた、山ブドウのジュースなんだって」
「へえ、それは珍しいの」とさゆみさん。
「普通のブドウジュースより黒い色をしているけれど、美味しそうなんだろうね」と香音さん。
「みんなで買って、勝利の乾杯でもしましょうか？」と小田ちゃん。
「あ、それいいですね。ちょっと値段が高いですけど、そのほうが特別感もありますし」と横山ちゃん。
各々、ビンのジュースを手に取り、レジでお金を払って購入する。
全員が買え終えたところで、売店前に円を作って、勢いよくビンのフタを開ける。
「それじゃあ、無事にスケベ男たちを殲滅できたことに、かんぱーい！」
「「「「かんぱーい！！」」」」
さゆみさんの音頭でジュースを掲げ、ビン同士をカチーンと鳴らしてから飲み始める。
「あ、普通のジュースより濃い感じなの」とさゆみさん。
「ちょっと野性味のある感じなんだろうね、でも美味しいや」と香音さん。
「きっと人工甘味料とか使っていない、本当に山ブドウ100％なんですね。余計な甘さがなくて、それが美味しいです」と小田ちゃん。
「山ブドウの美味しさをぎゅっとビンに詰めた、って感じです。値段の価値はありますね」と横山ちゃん。
みんなが美味しいと言いながら飲んでいき、機嫌を直す姿に、聖さんは心で安堵しながら、自分もぐっと勢いよくジュースを飲む。
空になったビンを売店に返し、みんな気分よく、自分の部屋へと帰って行った。
さて。
読者の方々は覚えていらっしゃるだろうか？ 作者は半分忘れているが。
聖さんが「美味しいから」と勧めて飲んだ、山ブドウのジュース。
拙作の『紅の葉と朱のキミと』の末尾に書いた、シゲ山で採れた山ブドウのジュースの効能を、ここに引用したい。
『この山で採れた山ぶどうのジュース、という説明に嘘はない。
ただ、この周辺の山村では大人誰もが知っているほどの、強い催淫効果のあるラブジュースなのである』
そして、その結果がどうなったのかは、『温泉の効能〜生田クンと聖さん〜』に書いた。
あと。
敢えて詳しく解説していなかった、夕飯の薬膳料理。
食前酒と、ご飯ものの二つは、実際に強力な精力をつける作用のある食品なのである。
以上のことを踏まえて。
今回の各々の夜がどうなるかは、これからじっくりと書いていこうと思っている……。
＊＊＊＊＊
・鶴の一の間
優樹ちゃん、遥クン、真莉愛ちゃん、朱音ちゃん。四人の子どもたちは、布団にくるまって、スヤスヤと夢の中に入って遊んでいる。
現在、深夜２時。
この部屋をあてがわれた飯窪さんは、疲弊した表情を隠せずに、目の前で真剣な表情でカードを選んでいる人物に、ある提案をする。
「あの……もう私たちも休みませんか？ オバケも出る時間帯ですし」
「オバケがどうしたって言うんだＹＯ、まだだ…まだ終わってねぇ！」
「ですけれど、私はもう眠いです……」
「ＤＡ・ＫＡ・ＲＡ？」
「……鬼ですね、吉澤さん。でもですねえ……夜の８時から私たち！ ずっとババ抜きをしているんですよ！？」
「最初に『しよう』と言い出したのは飯窪だＲＯ、自分の言葉に責任もてＹＯ」
「ええ、そうです、私が言い出しっぺです。必ずお子さんたちを預かる夜はあるだろうから、とトランプを持参したのも私です、
最初はまーちゃんやどぅーも一緒になってみんなで楽しんでいました、私やまーちゃんとどぅーは、勝ったり負けたりと楽しく遊んでいました。
ですけど、一人だけ必ずビリになって、大人のプライドを捨てた人物がいたことは想定外でした……」
「オメー、さり気なくよしざーのことdisってるだＲＯ」
「disってはいませんが、麻雀もポーカーも無双なのに、吉澤さんはババ抜きが異常に弱いことに、私は驚きを隠せません。
そしてムキになって、子どもたちが寝てしまっても『よしざーが勝つまでやるからＮＡ』と、
こんな時間まで付き合わせられることにも驚きを隠せません」
「こんな時間、じゃねーよ。徹夜覚悟だＹＯ」
「はうっ！ ひどいです……」
「ひどくねー、よしざーのババ抜き相手に任命されたことを光栄に思えＹＯ」
「全然光栄じゃありませんよ……」
そこで一度、会話は途切れ、黙々とババ抜きをやっては必ず吉澤さんが負けていたが。
吉澤さんと、と言うより眠気と戦っていた飯窪さんが、ポツリと言葉を発した。
「なんか、眠気覚ましに話しませんか？ またメタ話でもいいですので」
「そうだＮＥ……メタだと二つネタがあるＹＯ。
�� 作者絶賛の玉子かけご飯
�� グダグダ作者による小説の書き方講座」
「うわぁ……どちらもすごくくだらないですねぇ」
「あの作者だから仕方ないＹＯ」
「そうですね……一応、両方ともお願いして宜しいですか？」
「ＯＫ。じゃあ『作者絶賛の玉子かけご飯』からＮＥ。クッ〇パッドで偶然見つけて実行したら、激ウマで感激したらしいＹＯ。
用意するもの：玉子・ご飯・食べるラー油・ポン酢
�� 最初に器に玉子を割り入れて、食べるラー油をお好みの量を入れるＹＯ。
�� ポン酢も回しかけて、箸でよくかき混ぜるんだＹＯ。
�� 最後にご飯を入れて、これまたよく混ぜて完成ＮＥ」
「うわ、簡単すぎますね。でもズボラな作者には、これで丁度いいかもしれませんね」
「そうそう。筆が乗ってきた、けど腹減った、という修羅場モードのときに何度もお世話になった料理ＮＥ。
はっきり言って、この『夏の小旅行』の半分は、この玉子かけご飯で構成されていると言っても過言じゃないＹＯ」
「そう言われますとなんだか複雑な気分です。それでは、次の『グダグダ作者による小説の書き方講座』をお願いします」
「これも簡単だＹＯ。まず一つ目は『起承転結を守ること』ＮＥ」
「起承転結って、小学校の作文の時間に習ったあれですか？」
「そう。『始まりがあって』、『話が流れ』、『大きな展開があって』、『最後に纏める』。
この作者の書く話は大概がこれを守って書くようにしているんだＹＯ。
小話なら一つの起承転結、長めの話なら、いくつもの起承転結を繰り返して話を作っているんだＹＯ」
「はあ……単純ですね」
「でも、意外と知らない人がいるんだＹＯ。実際、とある小説の書き方本を読んだら、
『起承転結で話を書くと理解されやすい』と書いてあって驚いた、っつー実話が作者には最近あったらしいＹＯ」
「へえ……。じゃあ、あながち間違っているわけではないんですね。ほかにも小説の書き方のテクニックはあるのですか？」
「ＹＯ！ 二つ目は『自分が知っていることを書くこと』だＹＯ。これは作者がＮ木賞受賞歴を持つ、本物の小説家先生に教わったんだＹＯ」
「へ！？ なんで田舎者の貧乏人の低学歴の作者がそんな先生に教わることができたのですか？」
「うーん、話すと長いけどＹＯ、高校生時代に高校生を対象にしたコンクールがあったわけＮＥ。
そのときに作者は深海に住むチョウチンアンコウを主人公にした話を書いて、佳作を受賞したわけＮＥ。
で・東京の授賞式のときに選考したその先生に実際に言われたんだＹＯ、
『深海の世界なんてキミの空想だろう？ 知っていることを書けば、話に深みとリアリティが増す』って。
それで作者、一年間、考えに考えて、女子高生が主人公の、当時普及し始めていた携帯電話をキーワードに話を書いて、
次の年に同じコンクールで大賞受賞したから、かなり効果的だったんだＹＯ」
「へー、人に歴史あり、ですねぇ」
「まーＮＥ。実際、これは作者が飼育時代やエロッキに書いている話にも影響しているＹＯ。
例えば、ifマンションは都内にある設定だけども、このバカ作者の東京の描写、見たことないだＲＯ？」
「あ……言われればそうですね」
「そう。それは作者が地方民だから東京を知らないわけＹＯ。
複雑な電車の路線や雑踏の雰囲気、そう言ったものが描写、表現できないわけ。
大体さ、作者は年を経て不動産にも詳しくなったんだけどＹＯ、『恋愛事情』からのマンションの家賃、不思議だったんだとＹＯ。
最後のほうに小春とシゲちゃんがメシ食ってるときに、シゲちゃんが小春にホストの給料をいくら貰ってるか聞いたときに
『だいたい月100万くらいですかねぇ』の返答にシゲちゃんは『さゆみの10倍の給料じゃない』と言ったのＹＯ。
つまりシゲちゃんの月給は10万くらいなわけＮＥ。
シゲちゃんは実家が金持ちだから親に家賃とか色々を負担してもらってる可能性はあるけど、
普通に考えたら月10万で一人暮らしして車も持ってるって、地方でもありえねーじゃん。
だからこれを書いているバカ作者は、東京住まいの人が読んでも違和感を覚えない、控えめな描写をしてるってＹＯ。
それに家賃を考えたら、ifマンションの周囲の環境が良すぎるから東京の地価を考えると億ションでもおかしくない、ってことで。
だから深く考えることは止めたんだＹＯ。
その代わりに、自分が知っていることは充分に描写して、読者サマを話に夢中になれるよう、頑張ってはいるってＹＯ」
「へえー……バカ作者ですが、バカはバカなりに考えているんですね」
「そーいうことだＹＯ」
「で、ほかにもなにか小説の書き方テクニックはあるのでしょうか？」
「ん？ これだけＮＥ」
「……は？ たった二つですか？」
「んー、あとは敢えて言うなら『萌え』だとＹＯ。つまり、バカ作者は、
�� 起承転結を守ること
�� 自分が知っていることを書くこと
�� 萌え
これだけで書いてるＹＯ」
「そ、それだけで話が書けるんですかぁ！？」
「飯窪の言う通り。だから例文を見せるってＹＯ。
これは前スレで作者が萌えまくった小ネタをバカなりに話に仕立てたものだＹＯ。んじゃ、スタート」
＊＊＊＊＊
【冷やし中華始めました、仲良し家族通常運行中】
太陽が寝ることを惜しむように、ゆっくりゆっくりと沈んでいく。
公園の木々や街路樹でヒグラシが鳴き始める時刻。
さゆみさんはベランダの窓を網戸にしたまま、電灯のスイッチを点けた。
「さゆ、今日の夕メシはなにっちゃ？」
優樹ちゃんのおままごとに付き合っていたれいなクンが、振り返って問いかける。
「そうねぇ……」
エプロンを締めながら冷蔵庫の中にあるものを思い出す。
お肉は……豚肉とハムがあったっけ。
魚は冷凍庫にストックしてあるシーフードミックスがあるけれど……。
あ、玉子の賞味期限が近かったの。
「暑いから、お夕飯は冷やし中華にしよっか」
さゆみさんが笑顔で提案すると、れいなクンと優樹ちゃんは笑顔が伝染したかのように、
「ちゅるちゅるー」
「ちゅるるるー」
笑いながら麺を啜る音を立てて喜んだ。
さゆみさんが冷蔵庫から材料を取り出すと、優樹ちゃんがトコトコとやって来て、
「まー、ハハのおてつだいする。まー、おねーしゃんだもん」
誇らしげに宣言する姿に口元を緩め、さゆみさんはしゃがんで同じ目線になる。
「今日もお手伝いしてくれるの？ 最近はたくさんお手伝いしてくれて優樹は偉いね」
「うん！」
柔らかい髪の毛を愛おしく撫でると、優樹ちゃんはくすぐったそうに笑った。
「じゃあハハは優樹に甘えちゃおうかな。お手伝い、お願いね」
「はーい！ ｲﾋﾋ」
「お料理のお手伝いの約束、覚えてる？」
「えっとー、えぷろんをして、おててきれいきれいにして、ほうちょうとがすこんろにきをつけること！」
「うん、ちゃんと覚えてるね。待ってて、すぐに優樹のエプロンを出すから」
さゆみさんが立ち上がって、棚に入れていたエメラルドグリーン色の子ども用エプロンを取り出すと、
「さゆ、さゆ！」
れいなクンが呼びかけながら近づいてきた。
「れなも手伝うと。優樹がやって、チチがだら〜んと待っとうのはアカンたい」
優樹ちゃんの背後に立って肩に手を置くと、優樹ちゃんは不思議そうに見上げ、
「チチもおてつだい？」
と聞いてきた。
「そうやけん。優樹を見習ってチチもハハの手伝いすると。優樹、二人でハハの力になってあげると！」
「うん！」
笑い合う二人を微笑ましく思いながら、さゆみさんは静かに棚から水色の大人用のエプロンも取り出した。
全員がエプロンを着け、優樹ちゃんは踏台を使って、三人揃ってシンクで液体せっけんをプッシュして手を丹念に洗う。
手拭きタオルで綺麗に水気を取ってから、さゆみさんは調理器具を入れている場所から小さなまな板と子ども用の包丁を取り出した。
「では優樹には重要な使命をお願いするの。ハムさんとキュウリさんを、この間教えた千切りに切ってほしいの。できる？」
「でっきるー！」
「さゆ、れなはなにすればよかと？」
「あ、中華麺を茹でて」
「……素っ気なくなか？ 優樹との温度差を感じるばい」
「気のせいでしょ。さゆみは薄焼き卵を焼くから、れーなは奥のコンロを使ってね」
「……へーい」
茹でるための鍋と、ついでにフライパンも取り出してから、れいなクンは鍋に水を入れ始めた。
とん・とん・とん、ゆっくりしたリズムで包丁の音が鳴る。
玉子を割り入れたボウルをカチャカチャと手際よく菜箸でかき混ぜる音も鳴り始める。
れいなクンは鍋のお湯が沸くまで、静かに立って待つ。
油を引いて熱したフライパンに、溶き卵を流し入れて火を弱火にして、焦げないようにフライパンを見つめるさゆみさん。
鍋のお湯が沸いて、れいなクンが中華麺をほぐしながら入れると、
黙って調理していることに飽きたらしいさゆみさんが「そういえばね、」と話し出した。
「この間、フクちゃんと香音ちゃんと井戸端会議をしていたときに、冷やし中華の話題になって。
聞いた話だと、香音ちゃんのご両親の実家の地方だと、冷やし中華にマヨネーズをつけるのが普通なんだって」
「は？ 冷やし中華にマヨネーズ？」
「うん。さゆみもフクちゃんも、今のれーなのようなリアクションをして『ありえないよ』とか言ったんだけど、
香音ちゃんは『すっごく美味しいんですよ！
騙されたと思ってやってみてくださいよ』ってムキになっちゃって、それが面白かったの」
「いやいやいや、ないない、なかと」
「さゆみも『本当に美味しいの？』って聞いたら、香音ちゃんは自信満々に『里保ちゃんも真莉愛も、美味しい、
って絶賛して食べてくれます』って言ったの」
「……鞘師の場合、嫁の作るものならなんでも美味いって言いそうやけん。てか、確実に」
「さゆみもそう思うけど、その場では黙っておいた」
それが限界だったらしい。二人、同時にプッと吹き出す。
「で、さゆは今日やると？ マヨ中華を」
「またの機会にしておく。れーなは？」
「れなもまたの機会っちゃね、来年の夏に覚えていたら、やけん」
れいなクンの答えに笑いながら、さゆみさんは薄焼き卵をフライパンから出してまな板に置いた。
れいなクンは素早く冷凍庫から氷を大量にボウルに入れ、シンクで水を入れて氷水を作る。
セットしていたキッチンタイマーが鳴り、れいなクンは鍋を持ってシンクで中華麺をザルに開け、
チャッチャッと水切りしてから氷水にザルごと入れた。
「さゆー、れなは手が空いたと。次はなにすればよか？」
「じゃあ、お皿を用意してくれる？」
「ん、分かったと」
食器棚から皿を三枚出し、それからちらりと調理台を見ると、優樹ちゃんはゆっくりとした手つきでハムを切り、
さゆみさんは手際よく錦糸卵を作っている。
妻子のそんな光景に、幸せな気分で頬を緩め、カウンターに皿を置いた。
シンクにある氷水の中の中華麺を箸でぐるぐるかき混ぜてからザルを出し、
麺がしっかり冷たくなっているのを指で確認し、ザッザと勢いよく水切りをしてから皿に麺を三等分にする。
さゆみさんも切り終えたらしい、れいなクンと交代して麺の小山に錦糸卵を登らせる。
「でっきたー！」
キッチンに元気で明るい声が響く。
声の出どころである優樹ちゃんを見ると、少し誇らしそうな顔をしており、
不揃いながらも千切りにされたハムとキュウリがあったので「優樹、ありがとうね」笑顔でお礼を言ってから、
さゆみさんはハムとキュウリも盛り付ける。
「さゆ、タレをかけてもよか？」
「うん、付属のふりかけもお願いね」
小袋を持ったれいなクンが聞いてきたので、ついでのお願いもして、タレをかけ、
ふりかけも上からぱらぱらとふられた冷やし中華のてっぺんにヘタを取ったプチトマトを乗せて完成させるさゆみさん。
れいなクンが器用に皿を一度に三枚全部持って、リビングテーブルに運ぶ。
優樹ちゃんが三人の箸を持って、トコトコ歩いて「はい、チチ」とテーブルに皿を置いているれいなクンに渡した。
「優樹は本当に賢いっちゃ」
笑顔で箸を受け取り、優樹ちゃんを椅子に座らせ、れいなクンも椅子に座ってさゆみさんを待つ。
包丁やまな板を洗っていないことが一瞬だけ気になったが、二人が笑顔で待っているので、
後でいいや、と思い直してさゆみさんもエプロンを外して椅子に座った。
三人仲良く手を合わせ、
「「「いただきまーす」」」
声を揃えて言ってから箸に手を伸ばし冷やし中華を食べ始める。
さゆみさんがチュルッと麺を口に入れて、丁寧に咀嚼する。
「麺にコシがあって美味しいの」
その言葉にれいなクンはニシシと笑う。
「さゆに褒めてもらったばい。しっかり氷水で締めたけんね」
「れーなにしてはやるじゃない」
「さゆの作った錦糸卵もうまかっちゃん」
麺と一緒に錦糸卵を頬張りながられいなクンは言う。
すると、優樹ちゃんが「ねーねー」と割り込む。
「ハムとキュウリもたべてー」
愛娘のキラキラ期待に満ちた瞳で見られ、れいなクンは笑顔でキュウリを摘まむ。
ふと、違和感を覚え、試しにやや太い千切りキュウリを一本だけ持ち上げてみると。
「あれ？ 千切りキュウリが全部繋がっとう」
まるで万国旗のようなキュウリにれいなクンが苦笑いすると、その姿が面白かったらしい、
「「あはははは♪」」
さゆみさんと優樹ちゃんが声を揃えて笑う。
さゆみさんは笑いつつ、自分の皿のキュウリを箸で摘まむ。
「れーな、さゆみのお皿のキュウリはちゃんと切れてるの」
「まーのもー」
優樹ちゃんも自信満々にキュウリを箸で掲げると、
「なん？ 万国旗キュウリはれなだけかいと？」
情けなさそうな声を出すと、さゆみさんと優樹ちゃんはまた愉快そうに笑った。
田中家では食事中にテレビをつけない。
三人とも、今日あった出来事を話したり聞いたりするほうがテレビより何倍も楽しいからだ。
れいなクンは万国旗キュウリを全て口に頬張りながら、念のため、ハムを箸で摘まむ。
こちらは万国旗にはなっていなかったので一安心した。
あの赤ん坊だった優樹が、ハムやキュウリを切ったりご飯を炊いたりして、どんどん大人になっていくと……。
多分、否、確実に優樹がウェディングドレスを着たときには号泣するったい。
……。
ま、まあ、その頃には生田んちの息子に優樹を任せてもよかばい。
れいなクンがそんなことを考えているとは露知らず、優樹ちゃんはテーブルにヒジをつけながらチュルチュルと冷やし中華を食べている。
チュルッと啜ったとき、錦糸卵がぴたっとついた。
「優樹、ほっぺに玉子焼きがついてるよ」
「ハハとってー」
甘えた声を出す優樹ちゃんに、れいなクンは愛娘がまだお嫁にいかないと感じて胸を撫で下ろす。
「甘えん坊なんだから……」
口ではそう言いながらも笑顔で優しく錦糸卵を取って、躊躇いもなくそれを自分の口に入れるさゆみさん。
「ｲﾋﾋ、ハハにたべられちゃった」
嬉しそうに言う優樹ちゃんと、何事もなかったかのように冷やし中華を食べているさゆみさんを交互に見て、
れいなクンの頭にピカ！ と電球が点いた。
いそいそと自分の唇と頬の境目に錦糸卵を貼りつけ、
「さゆさゆ！」
はしゃいだ声で呼びかける。
そんなれいなクンとは対照的に、
「なに」
素っ気なく返事するさゆみさん。
「れなのも取ってほしか！」
「自分でつけたでしょ」
冷たい視線に負けることなく、れいなクンは笑いながら、
「いいからいいから」
と催促する。
さゆみさんは渋々、と言った感じに、
「もぉ……」
本当に呆れた声を出しながら指を伸ばした。
ゆっくりと近づいてくるさゆみさんの指を。素早く狙ってぱくっ、と咥えた。
そしてそのまま指を舌でレロレロと舐め回したり。ちゅーっと吸ったりする。
「ちょっ！ ちょっと！」
焦った声を出すさゆみさんを意に介さず、れいなクンは指を離そうとしない。
「さゆのゆひうまー」
ねっとり、いやらしく舌を這わせると、
「バカ怒るよ！」
さゆみさんが本気で怒った声を出したので、れいなクンはちゅぱっ、と指を離した。
「ニシシ、ごっつぉさん」
「なに考えてるのよ、全く……」
「冷やし中華よりうまかっちゃん」
「本物のバカでしょ、れーな」
憎まれ口を叩きながらも、咥えられた指を反対の手の平で包んでいるさゆみさんに向かって、
ツッコミを入れたのは、意外にもれいなクンではなかった。
「ハハおかおまっかっか」
優樹ちゃんが笑顔で指摘したものだから、さゆみさんの顔の温度はますます上がる。
耳まで真っ赤にしながら、
「親をからかわないの」
と注意するが、その声は小さくて弱い。
「さゆ照れとぉ」
イタズラが大成功したことと、さゆみさんが恥じらう姿に、れいなクンはニヤニヤ笑いながら満足そうに言った。
「もー……。れーな！ お夕飯の皿洗いはアンタが全部やってよね！」
さゆみさんは怒った声で言うが、れいなクンは余裕しゃくしゃくに、
「はいはーい」
と返事する。
顔を赤くしたまま、食べることを再開するさゆみさんをニヤニヤと見ながら、れいなクンも残りを食べる。
また指を食べさせてくれるなら、皿なんて何枚でも洗うばい♪
それならマヨ中華にして、マヨネーズをつけたほうがいやらしくてよかとぉ♪
そんなことを心の中で言いつつ、ちゅるっと麺を啜る。
田中家の真上の屋上の柵に掴まって鳴いていたセミが呆れたようにミーンと一鳴きしてから、夕暮れの空の中に舞い飛んで行った……。
冷やし中華始めました、仲良し家族通常運行中 終わり。
＊＊＊＊＊
「……と、こんな感じになるＹＯ」
「はあ……。またバカ作者は、まとめ管理人サマが編集に困るようなことをしましたね」
「呆れてる飯窪に問題だＹＯ。今の話、起承転結、四つに分割するならどこだＹＯ？」
「へ？ えーと……『記』は最初から全員で冷やし中華を作ることになるまで、ですね。
『承』は調理をしている場面。それと楽しく食べ始めている部分ですね。
『転』は、えっと……田中さんがさゆみさんの指を口に入れるまで、
そして『結』は……屋上のセミが呆れて飛んでいくところですか？」
「んー、『結』だけ不正解だＹＯ。正しくは『優樹ちゃんがシゲちゃんにツッコミを入れたところ』から最後までが『結』になるＹＯ。
元ネタになった小ネタを見ると分かりやすいＹＯ、この小ネタは綺麗に起承転結ができてるから参考にするといいＹＯ、
前スレの>>812->>815だＮＥ」
「あ、本当ですね。小ネタを見ると確かに起承転結が分かりやすいです」
「もう一つ問題ＮＥ。この話の中で『作者が知っていること』はなんだと思うＹＯ？」
「え？ えーっと……『冷やし中華を作る過程』は他の方々でも知っていますから、もっと限定的？ ですよね？
そうなりますと……あ、もしかして『香音さんの地方では冷やし中華にマヨネーズをかける』ですか？」
「正解ＮＥ。作者は日本海側のド田舎出身で、ズッキの地方に来たときに、あまりにも独特な食文化に凄く驚いたんだＹＯ」
「なるほどですね……。ですが、正直、そういう経験のない方はどうすれば宜しいのでしょうか？」
「経験のない人間、なんて存在しないＹＯ。あまりにも自分では当たり前すぎて気付いていないことがほとんどだＹＯ。
例えば通勤や通学。自転車の人なら今日は風が強く感じる、とか、車の人なら帰宅ラッシュのうんざりさ、
電車の人なら、周囲の人間を観察してみるといいＹＯ。
そのときに自分が考えたことを『あのキャラならどう思うだろうか』と思考の転換をすればいいだけＮＥ。
それ以外にもマンガや小説とか、そういうものから刺激をもらうことは多々あるから、常にアンテナを張っておけＹＯ。
もうちょっと詳しく真面目に小説を学びたい方にバカ作者がオススメするのは、
三田誠広著 天気の好い日は小説を書こう ワセダ大学小説教室シリーズ 全３冊 集英社文庫
だとＹＯ。やや古い本だから現在の状態をぴったり当てはめるのは難しいけれど、
小説の書き方本だとサクサク読みやすくて理解しやすいＹＯ。尼で中古購入することをオススメするＹＯ。
最後に、最初から読む人全員を感動させる話を書く！ とは思わないほうがいいＹＯ。
『いつかそういう話を書きたい』と望むのならＯＫ。
料理だってド素人がいきなりフランス料理のフルコースを作ることは無理だＲＯ？
最初はそれこそ玉子かけご飯でもいーんだＹＯ」
「はー……なるほど。ところで吉澤さん」
「なんだＹＯ？」
「小説講座をしている間にも私たち、ババ抜きをしていましたが、その間に私、35連勝しているのですが……」
「あっそ。飯窪が100連勝しても、よしざーが１回勝てばいーんだＹＯ。ほら、続けるＺＯ」
「吉澤さんの辞書には『諦める』というお言葉はないのですか！？」
「ネバーギブアップ、って良い言葉だＮＥ」
「ネバーを取ってください、お願いします」
「やだＮＥ」
「はうぅ〜っ！」
「まーまー落ち着けＹＯ。飯窪に朗報をあげるＹＯ」
「今の私の朗報は眠ってもよいことだけです……」
「そー言うな。ここから先は、職場の昼休みや電車の中、つまり周囲に人がいる状況では読んではいけないシーン満載だＹＯ！」
「つまり……前回のオマケの中編で言っていた『快感デスマーチ』が始まるのですね？」
「そうだＹＯ！ という訳で、よしざーと飯窪の話はこれで終わるＹＯ、でも裏ではババ抜きをやってるＹＯ」
「それでしたら……前編のように一度〆ますか？」
「ＹＯ！」
「本当に私たち、無益なことにページを使いましたね……。コホン、それでは……」
「「ぐっちゃお〜♪」」
女性にとって気持ちの良いＳＥＸは、女性ホルモンを活性化させ、
女性の肌や髪を艶やかにする、という説である〜
・昼食
お祭りに行ったメンバーが全員戻ってくると、既に昼食の支度が広間にしてあった。
それぞれが朝食と同じところに座っていく。
ただ、朝食のときと違う点は、小田ちゃんがキチンと正座していたことだろう。
飯窪さんが、
「体調、大丈夫？」
「はい。すっかり良くなりました。温泉のおかげですね」
「……温泉の？」
「はい。温泉です」
ニコニコ笑顔を崩さない小田ちゃんに、心配そうに聞いてきた飯窪さんも笑顔で「そっか、温泉のおかげかぁ」と返答しているが、
瞳の奥で、「だれかのおかげじゃなくて？」と尋ねているが、小田ちゃんは変わらず目は笑っていない笑顔のままである。
そんな二人の後ろを通り過ぎようとした尾形クンと野中ちゃんは、不思議な悪寒に襲われたが、
追及すると恐ろしいことが待ち構えていそうなので、二人は目を合わせ、小さく頷いて、知らぬふりで自分たちの席に座った。
ぞろぞろと席が埋まり、最後に自分の部屋でタバコを一服し終えた吉澤さんが、どっかりと胡坐をかいて座ったところで昼食の開始である。
昼食は野鳥づくしだ。
マガモの煮物・山バトの香草焼き・ヤマウズラの丸焼き・ヤマドリのお吸い物・キジ飯、
自然豊かなシゲ山からの贈り物のようなメニューになっている。
仲居さんの朗らかに説明を交えながら、ワイワイとした食事になる。
「このカモ独特の香りが良いですね」と聖さん。
「コンフィというオイルでじっくり煮る製法ですので、歯応えもあってジューシーですよ」
「山バトは初めて食べましたが、あっさりと品の良い優しい味ですね」とさゆみさん。
「お吸い物のヤマドリ、鶏肉を上品にした味わいなんだろうね」と香音さん。
「ご飯のキジのお肉、噛むと弾力とうまみがあります」と飯窪さん。
「空っぽの腹にキノコ・野菜・ハムなどが詰まった丸焼きには……仲居さん、白ワインをお願いするＹＯ！」と吉澤さん。
女性陣は丁寧な感想を告げては仲居さんを喜ばせているが、男性陣はガツガツバリバリムシャムシャと怒涛の勢いで食べている。
「美味しいものには感想よりも、綺麗に平らげるほうが、よっぽど作り手を満足させます！」と石田クン。
「激しく運動したけんね、スタミナをつけんとあかんちゃ！」とれいなクン。
「田中さんの言う通りですばい！」と生田クン。
「この後は旅館の温泉プールじゃけえの！」と鞘師クン。
「旅行は楽しんだモン勝ちやしな！」と尾形クン。
「俺の第六感がしっかり食えと告げています！」と加賀クン。
女性陣が呆れて箸を止めるほどの速さで、全部の皿を綺麗に空にしていった。
腹を膨らませて完食した男性陣。石田クンはさっさと広間を出て行ったが、
残りは、パートナーがゆっくり味わいながら食事する姿を、満足そうに見届けて、一緒に部屋へと戻って行った……。
＊＊＊＊＊
・プール
この、シゲ山温泉旅館には二種類のプールがある。
一つは宿泊客や料金を払えばだれでも入れる屋内温水プール。
そしてもう一つは、松か鶴の宿泊客しか入れない、ロケーション最高の屋外温泉プールである。
屋外温泉プールは、温泉の源泉と、シゲ山から湧き出る、名水百選にも選ばれている天然水を混ぜた、贅沢なプールとなっている。
そんなプールの男性更衣室で、れいなクンは嬉々として自分の水着を着るのも、もどかしい思いだった。
今年のさゆみさんの誕生日に家族三人の新しい水着を買ったとき、さゆみさんはれいなクンが選んだマイクロビキニを買ったのだ。
それがいよいよお披露目されるとなれば、猫まっしぐら、ならぬ、れいなクンまっしぐらなのも仕方ないのだ。
さっさと着替えて、ぴょーん、という擬音が相応しい感じに更衣室からプールへと飛び出す。
キョロキョロと辺りを見回すが、お目当てのさゆみさんどころか女性陣は一人もいない。
まだ着替えとるっちゃろか、そう考えながら、女性更衣室のほうに熱視線を送る。
その女性更衣室から、ゆらり、一人の人影が現れる。
おおっ！？ と期待で目を輝かすと、れいなクンの期待は当たり、水着姿の優樹ちゃんを抱えたさゆみさんだった。
だがしかし。
「……さゆ？」
「れーな、すごい『ぽかーん』としてるけど、どうかした？」
「いやいや、ぽかーんもあぼーんも無かと。なんでパーカーをきっちり着てるっちゃ？ それじゃ泳げんばい」
そう、れいなクンの言う通り、さゆみさんはピンクのパーカーを着て、チャックを上までしっかり閉めていたのだ。
さゆみさんは自分の着ているものを見て、それから顔をれいなクンへと戻した。
「このパーカーはラッシュガードって言うの。水着と一緒に買ったやつね」
「うん」
「簡単に説明すれば、水着の上から着るパーカー。つまりこれを着たまま水の中に入っても平気なの」
「うん……って、えっ！？ ちょ、まさか……っ！？」
狼狽えるれいなクンに冷ややかな視線を向け、さゆみさんは言った。
「れーなが選んだ水着はちゃんとこの中に着てるわよ。けれどもその上にラッシュガードを着ない、とは言ってないの」
「ば、ばってん！ せっかくの新しい水着っちゃよ！？ だれにも披露しないのは……」
「披露？ したわよ、更衣室で、みんなに。ね？ 優樹？」
優樹ちゃんはさゆみさんの言葉にこくこくと頷き、それからニコニコと、
「ハハせくしー」
とだけ言った。
その言葉が合図だったかのように、女性更衣室から続々と女性陣がやって来た。
「はあ……とても素晴らしいものを見させていただきましたわ」頬を赤く染め、手を添えながらの聖さん。
「眼福、って言葉を身をもって体験させてもらったんだろうね」夢見心地の表情の香音さん。
「ありがたや、ありがたや……」熱心に拝む飯窪さん。
「女神降臨の瞬間を見ました！」興奮が冷めない小田ちゃん。
「あのさゆみさんのお姿を、私は日本語でも英語でも表現できません」片手を頭に当てて必死に考える野中ちゃん。
「男性が綺麗な女性に邪な思いを抱く気持ち、ちょっと分かった気がする」感心したような表情の横山ちゃん。
「っつーか、やっぱエロいわ、シゲちゃん」悠々と出てきた吉澤さん。
出てきた女性陣に、さゆみさんが、
「あの水着、れーなが選んだものなの」
と、説明すると。吉澤さん以外の全員がれいなクンのほうを向いて、
『田中さん、ありがとうございます』
と、深々と頭を下げて感謝した。
れいなクンは灰になって、プールサイドに倒れ込んだ。
優樹ちゃんはさゆみさんに抱えられたまま指を差し、
「ハハー、チチ、しんじゃった」
「放っておいても問題ないから。そのうち生き返るわよ。じゃあ優樹、プールで遊ぼっか」
「おみず、ぱしゃぱしゃ♪」
残りの男性陣も更衣室から出てきて、パートナーの水着姿に鼻の下を長くする者もおれば、ロケーションの見事さに圧倒されている者もいる。
「ＹＯ！ ここでは色んな浮き輪を無料で借りれるＹＯ！」
いつの間にかプールサイドにある、白く塗られた木製のビーチチェアに足を延ばして缶ビールのプルトップを開けて座っている吉澤さんが、隅にある露店を指して声高に言った。
「里保ちゃん、ベビー用浮き輪があったら借りてみようよ」
「そうじゃのう、真莉愛を水に慣れさせるなら早いほうがええわい」
「遥、泳ぐ練習、してみると？」
「おー！」
「僕はがっつり泳ぎます！」
「春水ちゃん、一緒に浮き輪を借りてぷかぷかしませんか？」
「そういうまったりしたのもええな。ほな、露店に行こか」
「ヨコはどうする？ 俺は泳いでも浮き輪で遊ぶのも、どっちでもいいけれど」
「んー、せっかくだから遊んで羽を伸ばそうよ」
早速プールに入る者、露店に浮き輪を借りに行く者、二手に分かれてそれぞれが好きな行動を取る。
一番に露店に到着した鞘師家が、女の子用の跨るタイプのベビー浮き輪を借り、せっかくだからとほかの浮き輪も見る。
「なんだか、面白そうな浮き輪が沢山あるね」
「そうじゃのう、三人で乗れるようなやつもあるぞい。これは後で借りてもええかのぉ」
その言葉に、浮き輪を借りにきた他のメンバーも興味津々に浮き輪を見る。
「春水ちゃん、私はこれがいいです！」
野中ちゃんの掲げた浮き輪は赤いハート形の大人二人が入れるやつで、
それを見た尾形クンは一瞬だけ絶句したが、小さく「ま、ええか」と言って、にこやかに、
「ほな、これ借りて一緒に入るか」
と二人仲良く浮き輪を持ってプールに入っていく。
横山ちゃんは浮き輪を色々見て吟味し、
「野中さんたちに負けないようなやつはなにかなー」
とか言って、加賀クンを呆れさせた。
「じゃあ、これにきーめたっ。楓、プールに入るよ」
横山ちゃんの借りた浮き輪は８の字型で、二つの穴の部分にそれぞれが入るタイプだ。
加賀クンは特に異論もなく、「ん、分かった」とだけ言って、二人手を繋いでプールに入る。
「さゆみさんは、どれにします？」
聖さんが朗らかに尋ねるが、さゆみさんは難しい顔をして、決めかねている様子である。
「ねー、れーなぁ、どれがいいー？」
プールサイドに倒れ込んだままのれいなクンに声をかけるが、未だに灰になったままだ。
その姿に呆れ、小さく溜め息をつき、ラッシュガードのジッパーに手をかけ、ぼそっと呟いた。
「やっぱり暑いからこれ、脱いじゃおうかなぁ」
ジ、と一ミリ程度下げた途端。
れいなクンは復活して、速攻でさゆみさんに駆け寄って、期待に目を輝かせた。
「はい。れーな、好きなの選んでよ」
「へ？ そのパーカー、脱ぐんじゃなかと？」
「なんか風が涼しくなったから、止めたの」
その言葉に落胆を隠せない様子だったが、さゆみさんが「ほらほら早く」と急かすから、渋々と浮き輪を選び始めた。
「お、これなんかカッコいいんじゃなか？」
れいなクンがウキウキと両手で掲げた浮き輪は、親子三人なら余裕に乗れる広さで、
前方に、その……ユニコーンの首がついた浮き輪（？）である。
さゆみさんは目を丸くして、それを見る。変な首が付いた、浮き輪というより空気の入ったイカダと呼ぶほうが相応しいそれに。
けれども、れいなクンの機嫌が直ったようなので、「それならいいや」と思い直して、
「じゃあ、それに決めようか」と笑顔で言った。
「チチ、かっこいー」優樹ちゃんも喜んでいる。
さゆみさんと優樹ちゃんがプールに行こうとすると。
「お、これなんかも面白いばい」
愉快そうなれいなクンの声に振り向くと、チェリーの形をし、果実部分に座る、二人用の浮き輪を掴んでいた。
さゆみさんは冷静にそれを見て、
「いい大人が乗るには、ちょっと派手じゃない？」と分析する。
「ま、そやけんね。それにこれだと二人乗りだから家族で乗れんっちゃ」
掴んだそれを、露店の人に返そうとすると。
「ＹＯ・ＹＯ！ おもしれーじゃねーかＹＯ！」
遠くのほうから声が聞こえ、振り向くと、反対のプールサイドにあるビーチチェアの周りをビールの空き缶だらけにした吉澤さんが愉快そうに、こっちを見ていた。
「ばってん、吉澤さん、これ二人用やけん、れなたち三人は乗れんばい」
「じゃあ二人組を乗せればいーんだＲＯ？ それなら石田とＯＤＡちゃん、はい決定だＹＯ」
吉澤さんの言葉に、飯窪さんと一緒に浮き輪を選んでいた小田ちゃん、
プールをクロールで何往復もしていた石田クン、二人とも驚いた表情で吉澤さんを見る。
泳ぐのを止めて石田クンは驚きの声を上げる。
「な、なんで小田と僕が乗るんですか！？」
「しゃーねーだＲＯ、残った二人組なんてオメーらしかいないじゃんＹＯ」
「べ、べつにはるなんと小田でもいいじゃないですか！」
「それじゃあ、つまらねーんだＹＯ」
石田クンは慌てて振り向いて露店を見たら、こっちを見ている小田ちゃんと、バッチリ目が合った。
二人、瞬時に顔が赤くなり、そっぽを向いて、乱暴に言う。
「だ、だれがコイツとっ！」
「その言葉、そっくりお返しします！」
険悪オーラを出す二人に、吉澤さんがゆらりと立ち上がる。
「んー？ オメーら、だれに逆らおうってんだＹＯ？」
怒気と殺気の混ざったオーラに、全員の背筋が凍る。
気迫に押されて、ぱくぱく口を開くも、言葉が出ない、石田クンと小田ちゃん。
二人、ぎこちなく作り笑いをして、
「「逆らうだなんて、滅相もゴザイマセン」」
声をハモらせて浮き輪に乗ることを快諾（？）した。
チェリー浮き輪を受け取って、仕方なくプールに入っていく小田ちゃん。
そんな姿を見つつも、聖さんは「聖たちはどれにしようかなぁ」と呑気に選ぶ。
「まりあちゃんが乗ってるようなベビー浮き輪は、朱音にはまだ早いし……寝っ転がれるやつがいいなぁ」
そうやって色々悩んで、ようやく決めたのは、大人二人が寝そべれる絨毯型だった。
「ね、朱音。これに乗って、えりぽんと遥の練習を近くで見ない？」
「する、するー！」
娘の承諾も得られたので、聖さんは優雅な足取りでプールに入っていく。
そうして。
「じゃ、私はこれにします」
一人取り残された飯窪さんは、黄色の一人用の浮き輪を借りて、プールへ入った。
田中家は、家族三人で浮き輪に乗り、
「これ結構面白いっちゃ」
「流れるプールだったら、もっと面白かったかもね」
「おみず、おみず♪」
れいなクンがユニコーンの首の付け根を足で挟み、さゆみさんは浮き輪の際で、
手をプールに浸しながら遊んでいる優樹ちゃんが落ちないように、捕まえている。
れいなクンは、ピン！ と閃き、ゆっくりと浮き輪の後方に移動して、プールに入った。
「れーな？」
「ちょっと面白いことを考えたけん。さゆ、優樹を落とさないように気を付けてほしか」
「？ うん」
さゆみさんが返事したのを確認してから、両手で浮き輪に掴まり、勢いよくバタ足で泳ぎ出した。
「あは、手動の動く浮き輪になったの」
「チチ、しゅごーい！」
笑顔で喜ぶ二人を見て、れいなクンの顔も綻び、更に加速をつける。
生田家はと言うと。
最初はプールの縁でバタ足の練習をしていた遥クンが、今度は生田クンの手を掴みながら、バタ足でプールをゆっくりと移動している。
「遥はいい筋してると。今度は顔を水につけてみるっちゃ」
「おう！」
遥クンが、ブクブクブク……プハッ！ ブクブクブク……プハッ！ のリズムで水に顔をつけ、息継ぎの練習をしていると。
「やっほー、えりぽーん♪」
「にーたん、にーたん」
浮き輪に朱音ちゃんを乗せて、聖さんがやって来た。
生田クンたちの傍まで近付くと、
「よい、しょっと」
浮き輪に乗るとき、本人はそのつもりは無いのだろうが、
ビキニから零れ落ちそうな胸が前方に強調されて、生田クンにしっかりと谷間を見せた。
生田クンは生唾を飲み込み、平静を装って尋ねる。
「なん？ 見学にきたと？」
「へへ。うん」
無邪気な笑顔で返事する聖さん。生田クンの心も知らず、「遥はどう？」と聞いてくる。
「ん、飲み込みが早いけん。教えたことはすぐ出来るようになると。水泳の才能があるかもしれんちゃね」
真剣に泳ぐ遥クンを、朱音ちゃんはハートマークをたくさん飛ばしながら笑顔で見ている。
聖さんは浮き輪にうつ伏せになって、息子の泳ぐ姿を見ていた。
すると。
「聖、」
いつの間にか正面に来ていた生田クンとばっちり目が合う。
聖さんは微笑みながら、目で「なに？」と問う。
生田クンは遥クンの手を離さずに首を伸ばし、聖さんに触れるだけのキスを二、三回する。
聖さんは花が咲いたような笑顔で、お返しとばかりに、生田クンにキスを交わす。
真剣に泳いでいた遥クンが「とーちゃん、つかれた」と言うまで、二人は周りを一切気にせず、軽いキスを交わし合っていた。
鞘師家は。
ベビー浮き輪に乗せられて、不安そうにしている真莉愛ちゃんを、香音さんは優しく頭を撫でる。
「大丈夫だよ真莉愛、お水は怖くないの。すっごく楽しいよ」
「まま、ほんと？」
「ママが嘘ついたこと、ある？」
「……ない」
「真莉愛、大丈夫じゃけぇの。パパもおるからのぉ」
「里保ちゃんがいると不安になるのは、あたしだけかな……」
「香音ちゃん、それはないんじゃ」
パパとママの会話で緊張がほぐれたのか、真莉愛ちゃんはおかしそうにクスクス笑う。
「浮き輪して、パパがしっかり支えてやるけぇ、真莉愛はお水を楽しんでおればいいんじゃ」
「うん！」
鞘師クンに抱っこされて、そろりそろり、とプールに入っていく。
浮き輪の浮力で下半身だけ水に浸かるが、怖そうな素振りは見せない。
「真莉愛、どう？ プールは」
「ぷかぷか」
「そーか、ぷかぷか、か。じゃあ後ろから押しても大丈夫かのぉ？」
「うん。まりあ、だいじょーぶ」
香音さんがゆっくり押し始めると、キャッキャッと黄色い声が真莉愛ちゃんの口から発せられる。
手をぱちぱち叩いて喜ぶ我が子の姿に、鞘師クンと香音さん、二人の顔も自然と綻ぶ。
「里保ちゃん」
「ん？ なんじゃ？」
「あたしね、真莉愛が喜んでいると、ああ、ここに来て本当に良かったなあ、って思ってる」
「そうか。うん、ワシもじゃ。香音ちゃんと真莉愛、二人が喜んでくれるなら、ワシも嬉しいんじゃ」
「それはあたしも同じだよ」
「なら、ワシと香音ちゃんは相思相愛じゃな」
「調子に乗らないの、パッパラ里保ちゃん」
照れ隠しのように、鞘師クンの頭を軽く小突くと、鞘師クンは輝くような笑顔を見せた。
尾形クンと野中ちゃんは。
二人で手を繋ぎながらハート形の浮き輪でぷかぷか浮かんで遊んでいた。
野中ちゃんが尾形クンの手を軽く引っ張って、
「春水ちゃん、春水ちゃん」と呼ぶ。
「なんや？ 野中？」
「加賀クンの首筋ですが……」
その言葉に視線を飛ばし、尾形クンは苦笑する。
「虫刺され……と言うにはバレバレの嘘やな。ま・二人も仲良くしてたんやろ」
「正直、羨ましいです」
「ん？ 野中もキスマーク、付けられたいんか？」
「少し違います。私も、付けたいんです、春水ちゃんに」
「……夜じゃ、ダメか？」
「叶うなら、今すぐにです」
「……。なら、ええよ。ほれ」
言って首筋を差し出す尾形クンに、野中ちゃんは驚いたように目を丸くする。
「本当に良いんですか？」
「野中に愛されとる、って証やん。それなら喜んで付けてもらうわ」
そう言うと、喜びを隠しきれないように野中ちゃんは抱きついてきた。
尾形クンの首筋に顔を埋め、
「春水ちゃん、大好きです」
「うん。俺もや」
慎重に付ける場所を選んで、そこに唇を当てて、軽く噛みついてから強く吸った。
「んっ……！ ……しっかり付いたか？」
「少し不格好ですが、一応は」
自分が付けた、赤い華を、愛おしそうに撫でる。
「すぐに自分で確認できないのが難やな」
「春水ちゃんの白い身体に、とても似合ってます」
「そうか。なら、ええか」
二人、笑い合い、お互い恥ずかしさを隠すように、バタ足でプールを泳いだ。
加賀クンと横山ちゃんの場合。
横山ちゃんは生田夫妻や、尾形クンと野中ちゃんのカップル、交互に見て、
「どこもラブラブだねー」
と、素直な感想を述べる。
一人、バタ足で泳ぎながら８の字浮き輪を動かしていた加賀クンは。
「なに？ 羨ましかったりするの？」
「べっつにー」
横山ちゃんの回答に、泳ぐ足を止める。
「ヨコ、」
繋いでいた手を引っ張り、自分のほうに顔を向けさせる。
「なによ？」
加賀クンは問答無用でアゴを掴んで、素早く横山ちゃんの唇を自分ので塞ぐ。
触れるだけの、長めのキスをして。ゆっくり顔を離す。
間近で見る横山ちゃんの顔は真っ赤だった。
「か、かえ、でっ、いきなりなに……」
「さっきみたいな言い方をするときは、ヨコが拗ねている証拠だ、って知ってるから」
「……」
赤い顔のまま、唇を突き出し、納得がいかない表情をする、横山ちゃん。
「ヨコ、好きだよ」
「……それくらい、知ってるから」
照れ隠しのように、横山ちゃんは勢いよくバタ足で泳ぎ始めた。
繋いでいた手は、さっきより握る力を強くしながら。
映画『ジョーズ』のテーマソングが脳内に流れる。
気付かれないように、獲物に近づく。それだけだと、自分はジョーズと同じだな、と思う。
音を立てずに、背後からゆっくり、ゆっくりと近づき、ターゲットをロックオンする。
狙うは……チェリー浮き輪に乗っている、一組の男女。
そう。飯窪さんは、この二人をなるべく間近で観察したかったのだ。
黄色い浮き輪で身体をぷかぷかさせながら、興味津々で飯窪さんが見ていることを、全く気付かず、
二人はそっぽを向いて、浮き輪に乗っていた。ちなみに会話は一切ない。
まどろこしいですね、ほかの方々のようにキスでもしたら面白いですのに。
そんな飯窪さんの内心は露とも知らず、二人は無言で浮き輪の上にいる。
正直に言えば、お互いなにを話せばいいのか分からなかったのだ。
午前中、見舞いに行って仮病だと分かったのに「体調どうだ？」と聞くのも皮肉っぽい。
仮病だとバレているのに、「お見舞い品のおかげで回復しました」と言うのも恥ずかしい。
顔を見合わせるのもお互い照れくさい。
二人とも、飯窪さんと同じくらいには、モヤモヤしていたのだ。
そうやって三人がモヤモヤしていると、幸運の女神が絶好の機会を与えてくれた。
小田ちゃんがふと、自分の乗っている浮き輪を見ると、見たこともないような虫が一匹止まっていた。
「きゃあ！」
思わず悲鳴が上がり、石田クンも驚いて小田ちゃんのほうを見る。
「なんだよ？」
「む、虫がっ！ なんか気持ち悪いのがっ！」
「山だから虫ぐらい飛んできてもおかしくないだろ。いちいち騒ぐなって」
「だってこの虫！ ﾉd*・ ｡.・） みたいな人の顔が背中に！ きゃっ、近づいてきた！」
「ちょ、おい！ そんなに暴れるなよっ」
「イヤー！ 来ないでー！！」
「手で追い払えばいいだろ！ なんでこっちに来るんだよ！」
「アンタも虫を見なさいよっ。絶対にドン引きするから！」
「そんな訳ないだｒ……デケエッ！ キモッ！」
カサカサ、音を立ててやって来る虫に恐怖を覚えながら、二人は互いにしがみついて、浮き輪の上で暴れる。
大人二人が浮き輪の上で暴れたら、バランスを崩すのは当然のことで、石田クンが後ずさりした瞬間、
浮き輪はグラリと傾き、そして勢いよくひっくり返った。
頭から落ちたことに、小田ちゃんは軽くパニックになり、水中をもがもがと暴れる。
バランス感覚の良い石田クンは、すぐに身体を回転させて、上下を把握して、
暴れている小田ちゃんを問答無用に自分の腕の中に引き寄せて、二人で水面に顔を出す。
石田クンが天を見上げると、先ほどの虫は、ブーンと呑気に空まで飛んで行った。
ガタガタ震えながら自分にしがみついている小田ちゃんに気付き、強く抱き寄せ、身体を揺する。
「おい！ 大丈夫かっ？」
「はあ……はあ、……なんとか」
「でも唇が真っ青だぞ。少し休んだほうがいいんじゃないのか？」
「そ、そうですね……」
そこで小田ちゃんは少し顔を上げ。そのままキスでもできそうな近距離で石田クンと目が合う。
ボンッ！ と瞬時に顔を真っ赤にさせた小田ちゃんを不思議そうに見つめ、石田クンはようやく二人の体勢を思い出し。
やはり、ボンッ！ と顔を爆発させ、慌てて小田ちゃんと距離を取る。
「そ、その！ 助けるのに精いっぱいだったわけで！ やましいことは別にっ！」
「わ、分かってますよっ、それくらい！」
二人、真っ赤な顔を隠すように俯いて、もじもじモジモジ文字文字。
そんな雰囲気の二人に、見かねた独裁者が声を大にする。
「せっかく途中まで良かったのにＹＯ。はい、テイク２。二人とも浮き輪に乗りなおせＹＯ」
その言葉に、サッと動いたのが飯窪さんである。いそいそ、嬉々としてひっくり返った浮き輪を元に戻す。
「はい、お二人さん。どうぞ！」
「いえ……あの、飯窪さん。『どうぞ』と言われましても……」
「はるなん、もう浮き輪に乗る気分じゃないよ」
「そうなのですか？ でも先ほど、吉澤さんが、乗りなさいと仰りませんでした？」
「「…………」」
吉澤さんの命令は絶対、ということは二人にも分かっている。
先ほどの虫による大騒ぎで、他のメンバーも「なんだなんだ？」と二人に注目し始めた。
公開処刑ってこんな気持ち？
二人の思考が一致しながら、おとなしく浮き輪に乗った。
さて。
浮き輪に乗ったのはいいものの。正直、どうしたら良いのか分からないのが本音だ。
「うーん、二人の動きがぎこちないＮＥ、よし、手を繋いでみろＹＯ」
ええっ！？ 二人脳内で悲鳴を上げる。しかし命令は絶対である。
恐る恐る腕を伸ばし、相手の指先に触れた途端、慌てて引っ込め、また恐る恐る腕を伸ばすこと計五回。
なんとか手を繋ぐことはできたものの、全員の好奇の目に晒され、互いに恥ずかしさで死んでしまいそうである。
相手の手の温もりが、自分と同じくらい高く感じるのは気のせいだろうか。
とてもじゃないが、相手の反応なんて見れず、二人とも俯いたまま手を繋いだ。
他のメンバー全員がニヤニヤﾆﾔﾆﾔ2828（・∀・） しているのが身体中に突き刺さる視線で分かる。
「二人には悪いけれど、すっごく面白い展開なの」はさゆみさん。
「初々しくて良いですわね」は聖さん。
「ピュアな少女マンガみたいですねぇ」は飯窪さん。
「小田ちゃんにソフトクリーム持ってもらって、石田クンにアーンしてほしいんだろうね」は香音さん。
「私はハイビスカスを飾ったトロピカルドリンクのグラスが一つ、ストローが二つ、です」は野中ちゃん。
「もっとこう、腕を組んでも良いんじゃないかな」は横山ちゃん。
好き勝手に感想を述べ、楽しく鑑賞しているメンバーたちを、初めて恨めしく思った。
「よっしゃ、もう一段階上げるＹＯ。オイ二人、俯いてねーで顔を上げて相手を見ろＹＯ」
ガギガギガギ、油を差していない機械のように首が音を立てて、ゆっくりと頭を上げる。
ギリギリギリ、首を回して相手を見る。目が合うと、顔の熱がますます上がる。
きっと、今の自分は、相手と同じくらい、茹でタコのように顔が真っ赤なんだろうと、回らない頭でそんなことを思った。
相手の瞳に、自分の顔が映っている。きっと自分の瞳にも相手の顔が映っているんだろう。
そんなことを考えていると、頭がぼんやりしてくる。
ぼんやり……霞がかかったように。
ぼーっと……。
「あの、吉澤さん」
「飯窪なんだＹＯ」
「二人の顔、真っ赤を通り越して紫色になっていませんか？」
「ん？ ってゆーか、アイツら呼吸しているのかＹＯ？」
「はうっ！？ ちょ、ちょっと二人とも、呼吸すること忘れてますよーっ！」
慌てて他のメンバーが駆け寄って、二人の背中をドンドン激しく叩き、
ぶはあっ！ と息を吐き出させ、なんとか蘇生に成功したのだった……。
二人は一応の大事を取って、ビーチチェアに寝かせ、他のメンバーは夕方近くまで、プールで遊び倒した。
＊＊＊＊＊
・夕食
全員、プールから出て、ラフな私服に着替えて食事の用意がしてある広間に集まると、
真っ白の清潔な制服に身を包んだ男性が一人、恭しく頭を下げた。
「わたくし、この旅館の料理長を任されている者です。
今回は趣向を変えて、このシゲ山で採れた素材を素に、薬膳料理とさせていただきました。
ですので、一品ずつ解説させていただきたく存じます。
まず食前酒は回春作用のある、鹿茸（ろくじょう）、クコの実、高麗人参、氷砂糖をホワイトリカーに１ヶ月漬け込んだ品でございます。
そして主菜は月経不順、ほてり、冷え性、貧血、母乳の出を良くする働きのある、鹿肉のハンバーグ。
もう一つの主菜が疲労回復効果のある麦門冬（ばくもんどう）の餃子。
副菜に消化器の働きをよくし、不眠症、神経症に良い青紫蘇を使った夏野菜の塩もみ。
汁ものは冷え性、不眠、胃弱に良い薬用人参と鶏のスープ。
ご飯は栄気をつける、人参強精不老粥。
水菓子として美肌効果のある亀の腹甲などを用いたゼリー。こちらは角切りして生クリームの中に浮かせております。
以上の品々となっております。
どうぞ、ごゆるりとご賞味くださいませ」
料理長は再び恭しく頭を下げ、そろりと広間から出て行った。
みんな、顔を見合わせ、料理をまじまじと見たり、匂いを嗅いでみる。
「食前酒は普通にアルコールの匂いがするけん」
「餃子も普通の見た目ですのぉ」
「聖、オレのハンバーグは食えっちゃ」
「なんで？ えりぽんお肉大好きじゃない」
「母乳の出を良くする、って言ってたばい。朱音のためにも聖が食うと」
「まあ、この旅館のお料理が美味しいのはみんな分かってることだし、安心して食べていいんじゃないの？」
「シゲちゃんの言う通りだＹＯ。不味けりゃ文句言えばいーんだＹＯ。ほい、かんぱーい！」
吉澤さんの音頭で大人たちは食前酒を、子どもたちはジュースを掲げて『かんぱーい！』と復唱した。
お猪口で二杯程度の量の食前酒だったから、大人全員がスルッと胃に収める。
「もっと漢方薬っぽい味かと思いましたが、普通に美味しいです」と野中ちゃん。
その感想にみんなが頷き、安心して料理に箸を伸ばす。
「んっ、餃子も普通に美味いねん」と尾形クン。
「ハンバーグがすっごいジューシー！ えりぽん、本当に食べちゃっていいの？」と聖さん。
「青紫蘇を使った塩もみ、家でもやれそう。レシピ教えてもらえないかなぁ」と香音さん。
「胃弱に良いとだけあって、スープが優しい味っちゃ。なんか身体が温まるばい」とれいなクン。
「お粥もあっさりとした味付けで、スルスルと胃に入りますよ」と加賀クン。
「ゼリー自体は黒いけれど、生クリームに浮いてるとコーヒーゼリーのような見かけだし、味も美味しいの。
これで美肌になれるなら一石二鳥よね」とさゆみさん。
結局は全員が皿を綺麗に空にして食事を満足げに胃に収めたのであった。
＊＊＊＊＊
・露天風呂
れいなクンは男性陣を集結させて、大浴場の内風呂には入らず、露天風呂に全員で浸かりながら腕組みをしていた。
「古代の人間は言ったと。『目には目を歯には歯を』と……」
「はあ……それはオレでも知ってる言葉ですったい。ばってん田中さん、それがこの露天風呂に入ることと、なんの関係がありますと？」
「ははーん、ワシには分かったぞい。田中さん、昨日の露天風呂のリベンジですじゃろ？」
「リベンジ？ なにかありましたか？ なんだか昨日の出来事が二ヶ月近く前のように遠く感じるんですけれど」
「石田さん、それを言ったらアカンですねん。せやけどリベンジって言うたら……あのことですか？」
「リベンジ、ということは俺たち対だれか、ってことですよね？ 俺たち……男性陣と対になるのは……あっ！」
加賀クンが察し、れいなクンの計画が分かった途端、背筋を凍らせる。
ブルブル怯えてる加賀クンをよそに、れいなクンは不敵な笑みを見せた。
「加賀、お前の導かれた答えの通りばい。つまりっちゃ！」
ザバアッ！ 勢いよく風呂から上がり、堂々と宣言した。
「昨日れなたち男性陣は女性陣に覗かれたばい！ だから今ここにっ、『目には目を歯には歯を、ノゾキにはノゾキを作戦』を決行するったい！」
拳を握りしめて、真っ裸のまま決意表明をしたが、それに賛成するように激しく拍手したのは、生田クンと鞘師クンだけだった。
「田中さん！ 素晴らしい作戦ですと！」
「露天風呂を覗くのは男のロマンですけぇのぉ！」
「そーっちゃ、そーっちゃ。もっとれなを称えると。……って、尾形と加賀、お前らはなんで拍手せんと？」
「ノゾキがバレたときのリスクが怖いですねん。野中はああ見えて、本気で怒るとめっちゃ怖いですわ」
「ヨコが激怒しようものなら、俺、血まみれのボコボコにされます」
「黙りんしゃい！ 怒られて血まみれのボコボコにされても女湯を覗く価値のほうが大きいと！
っつーかお前ら下っ端二人に拒否権はなか、今ここでれなにボコボコにされたくなかったら、
とっとと早く、あの階段状になっているベンチを移動させんかいっ！」
「「は、はいっ！」」
れいなクンの気迫に押されて、慌てて湯船から出てベンチの端と端を持って移動させる尾形クンと加賀クン。
生田クンと鞘師クンは、ベンチが女湯との境の壁に設置されるのが待ち遠しいらしく、そわそわと境の壁近くをうろついている。
れいなクンは、最後の一人、まだ湯船に浸かっている人物に目を向ける。
「石田、お前も参加しろっちゃ」
「いやいや、パートナーがいる人は楽しいですけれど。残念ながら僕には覗く対象者がいませんから。
いいじゃないですか、一人くらい不参加がいても」
「いーや。全員で覗くことに意味があるばい。と・いうわけで石田、ここだけの話があると」
「なんですか？」
「作者は前編で読者サマの意表をつこうと女性陣に男湯を覗かせたと。
ばってん、そのときに男湯の描写を『誰得パラダイス』と書いたっちゃけん、
その名の通り誰も得しない男湯の描写で気分が萎えに萎えて、ここで書くのを止めようかと思ったくらいやけん。
だからこそ！ 作者のテンションを上げるためにも、れなたちはノゾキを決行しないとあかんたい！」
「元々、万年情緒不安定な作者じゃないですか、そんな作者のテンションを上げるためだけなんて、僕には得がありませんね」
「じゃあ石田、作者がこう言ったらお前はどうすると？ 『石田クンもノゾキに参加しないと、ここで筆を折る』と」
「それも僕の知ったこっちゃありませんね」
「ちょっと待つと。おい、目を閉じて耳を澄ませてみろっちゃ」
「はあ……こうですか？」
石田クンが目を閉じると、ぼんやりとパソコンのディスプレイが映りだし、さわさわと人々の声が聞こえてくる。
「……なんですか、これ？ 名無しさん＠おーぷん『石田クン覗け！』
……名無し募集中。。。『石田クン覗いてくださいやがれお願いします』
……名無し『小田ちゃんの裸をガン見しろー！』
……ってなんで小田の名前が出てくるんですかぁ！？」
「これで分かったっちゃろ、石田？ お前がノゾキに参加することを沢山の方々が切望しているってことをばい」
「んー……分かったような分からないような。でも作者以外の方々にも迷惑がかかるのなら仕方ないですね……参加します！」
「よく言ったばい石田、それでこそ男ったい！」
れいなクンと石田クンが固い握手を交わしていると。
「あのー、メタ会話をなさっている田中さんと石田さん。もうベンチの設置が終わって、
生田さんと鞘師さんは段に上がって早速覗いていますよ」
加賀クンのハキハキとした報告に、れいなクンは我に返って速攻で湯船から出て階段状のベンチを駆け上がる。
「おい、生田。お前の野生の目で見えると？」
「見えはしますっちゃ。ばってん、露天風呂にはだれもおらんですたい」
「まあ女性ですから内風呂も堪能してますんじゃろぉ」
しじみ目を細くしながら鞘師クンが答えた。
そんな三人の端に尾形クンと加賀クンが威勢よくベンチを登ってノゾキに参加する。
そして石田クンも端に登って参加して。
すると。
全員が覗くのを待っていたかのように、女湯の内風呂と露天風呂を繋ぐドアが開いた。
「やっぱり締めは露天風呂だＹＯ」と吉澤さん。
「森林に囲まれてるから、なんだか落ち着くの」とさゆみさん。
「お風呂がこれで終わりなのも、なんだか寂しいですね」と聖さん。
「聖ちゃん、明日の朝も入ればいいんだろうね」と香音さん。
「すごく贅沢な二日間でしたね」と飯窪さん。
「ここの温泉は本当に美肌の湯ですね。すごくツルツルになった気がします」と小田ちゃん。
「小田さんの言う通りですね。触ると来たときと全く違います」と野中ちゃん。
「肌触り良くなったの、楓は気付くかなあ」と横山ちゃん。
ぴっちりタオルを巻いている飯窪さんを除けば、残りはほぼ全裸に近い姿である。
（おおっ！）
男性陣の心の歓声が一致する。そして、先ほどまでとは打って変わったように凝視し始めた。
「くっ、さゆ！ 前を隠しているタオルが邪魔っちゃ！ 早くどかすと！」
「聖は遠くからでもエロいと」
「香音ちゃんは、たまらないムチムチ感があって、良いのぉ」
「おっぱい、いっぱい、おっぱい、いっぱい、ぱいぱいぱーい……」
「ノゾキ、という背徳感が良い味付けをしてますねん」
「やべ……ヨコ見てたら、ちょっと勃った」
女性陣は内風呂を楽しみすぎたのか、肩まで湯船に浸かる人は吉澤さんしかおらず、
風呂の縁の石に座って足だけお湯に浸かり、おしゃべりに興じている。
それは覗いている男性陣には好都合だが。
「今夜はお月さまが綺麗ですねぇ」
聖さんが空を見上げながら、うっとりと言う。
「うん、聖ちゃん、そのこととあたしに寄っかかるのは、なんの意味があるんだろうね」
香音さんが、聖さんの体を支えるように、二人で座り続けている。
「香音ちゃん、こういうスキンシップ、嫌いだったっけ？」
「嫌いじゃないけど、今は裸だから……」
「いーじゃーん、これが本当の裸の付き合い、ってやつだもーん」
そう言ってさらに寄っかかり、二人の大きな胸が横に並ぶ。
大きなπが四つ揃ってトリプルπである。
「「うおおぉぉぉ！！」」
生田クンと鞘師クンが声にならない声を出す。
「聖がスキンシップ好きなことは知っとるばい……いつもなら面白くないけれど、今回は許すっちゃ！」
「なんじゃろうのぉ、この二人のアヤシイ雰囲気は」
二人が興奮していると、まるで煽るかのように、女性陣同士での『裸の付き合い』が始まりだす。
「小田さんも大きいですよね、羨ましいです」
「そんなことないってば。美希ちゃんもちゃんと良いもの持ってるじゃない」
「あの、小田さん。ちょっとお願いがあるんですけど」
「なに？ 玲奈ちゃん」
「ご利益ありそうなんで、触らせてもらえませんか？」
「は？」
「玲奈ちゃんズルいです。それなら小田さん私にも触らせてください」
「いや、あの……ってＯＫ出してないのに、二人して触ってるし！」
「むぅ……香音ちゃん、聖たちも負けていられないよ、おいで、ハグしてあげる！」
「聖ちゃんの思考回路はときどきおかしくなるんだろうね！
勝ち負けもない……って、言いかけてるのに、結局正面からハグされちゃうし……」
「なんだか皆さん、テンションが高いですね。というわけで、さゆみさん。私、飯窪もお願いがあるのですが」
「……まさか、胸を触らせろ、って？」
「はい！ ご明察です」
「でもさゆみ、大きくないんだけど」
「なにを仰りますか。プールの更衣室でも見させていただきましたが、すごい美乳じゃないですか！
ですので、私もご利益をあやかりたいのです。というわけで触りますね」
「あっ！ ちょ、飯窪っ、そんなトコロまで触らないで……」
いつの間にか湯船の上にお銚子とお猪口を乗せたお盆を浮かべ、クイクイ日本酒を呑んでいる吉澤さんが、
「なんだかすごい光景だＹＯ。これ、男性陣が見たら、ぶっ倒れるんじゃねーかＹＯ？」
と、女性陣だけの酒池肉林状態を楽観している。
男性陣はというと。
吉澤さんの予想はおおむね当たり、全員が壁に必死にしがみつき、
鼻血が出るのを押さえている者もいれば、早速とばかりに己の股間を擦っている者もいる。
「なんか、俺ら、見ちゃいけないものを見てませんか？」
鼻血を必死に押さえている加賀クンに、股間を擦っている生田クンが答えを返す。
「なにを言っとるばい。これはある意味、神さまからのご褒美っちゃ」
「生田の言う通りと。報われないれなたちに、ようやく神さまも気付いてくれたっちゃ」
さゆみさんから目を離さず、ギラギラさせながらドラゴンを擦るれいなクン。
男性陣は、鼻血が出るのを押さえていた者も手を移動させ、ハアハアと野獣のような吐く息で、全員が股間を擦りだす。
しかし、世界はそんなに甘くはない。
天罰、というのはしっかり下されるのである。
吉澤さんに見守れながら、温泉をぱちゃぱちゃ泳いでいた優樹ちゃんが、泳ぐことに飽きたのか、
トコトコと母であるさゆみさんに近づいてきた。
ちなみにさゆみさんは、まだ飯窪さんに胸を揉まれている。
「ハハ、ハハ」
「え……優樹、なに？」
「どぅーとあそんでいい？」
「？ 遥クンは男の子のお風呂にいるでしょ、遊べないの」
「いるもん」
「？？ どこに？」
「あそこ」
優樹ちゃんの幼い指が差した先には。遥クンが壁に生田クンに支えられつつも、しがみつきながら、女湯を見ていた。
もちろん男性陣は勢ぞろいである。
「どぅー！ あそぼー！」
「いーぞー、まーちゃん！」
そんな子ども特有の大声で会話したものだから、女性陣全員が声の方向を見るのは当然のことで。
ばっちりと。それぞれの男女は目が合う。
かけ流しの源泉がとぷとぷと風呂を満たし、森の奥から慌てたようにセミがビーンと鳴く。
そんな静かな音が、はっきりと聞こえるくらい、露天風呂には沈黙と凍った空気があった。
最初の犠牲者は加賀クンだった。
「っの、バ楓ー！！」
横山ちゃんが近くにあった湯桶をひっつかみ、加賀クンの顔面に恐ろしい球速（桶速？）で投げる。
投げられた湯桶は加賀クンの顔真正面にバッカン！ と当たった瞬間に破壊され、
そんな勢いで湯桶を投げつけられた加賀クンは、声も出せずに、鼻血が弧を描き、スローモーションのようにゆっくりと飛び落ちていった。
加賀クンの体がドサッと風呂の床に落ちた音を全員が聞いたとき。
戦いの火ぶたは切って落とされた。
「春水ちゃん！ ノゾキは犯罪です！」
「なに見てるのよ！ バカ石田！！」
「里保ちゃん！ 今回という今回は許さないんだろうね！」
「あほたれーなぁー！！」
湯桶という湯桶が、もの凄い速さと勢いで投げられる。
男性陣は命の危険を感じながら湯桶を避け、それでも女湯から目を離せないのは、悲しい男の性だろうか。
いったいどれだけあるのか、女性陣の湯桶攻撃は終わらない。無数とも言えるほどに湯桶は投げつけられる。
湯桶が飛び、男湯と女湯の狭間の壁で攻撃をかわしている。これぞ本当の『桶狭間の戦い』である。なんちゃって。
「なにが『なんちゃって』やけん！ 地の文に腹が立つと！」
「田中さんの言う通りですじゃ！ ワシらは必死に戦っとるけぇのぉ！」
「でも戦術的撤退、という方法もありますが！？」
「石田さん、なに言うてはります！ ここで引いたら男が廃りますわ！」
尾形クンの言葉にカチンときたのが女湯側の一人。
「ノゾキのほうが男が廃ります！ Be blown away！」（吹っ飛ばす！）
野中ちゃんの渾身の一球！（一桶？）
ドガゴン！ かなり痛々しい音が響き、尾形クンも先述の加賀クンのように顔面湯桶破壊で倒れ、崩れ落ちた。
「あーあ。僕は撤退します！」
ベンチから降りかけようとする石田クンへ、キラリと鋭い眼光が飛んだ。
「あんただけ無事で済ませるか！ 死ねっ！！」
小田ちゃんが大きく振りかぶって一球！
ガゴーンッ！ と桶が石田クンの眉間に当たって破壊し、石田クンは眉間から血を噴き出させながら、床へと崩れ落ちた。
「これで戦没者は三人たい。プライドをかけて散った命の為にも、オレたちはノゾキを続けんとあかんちゃ。なあ里保！」
「その通りじゃが！ じゃけん！ えりぽん、お前だけフクちゃんが笑顔で手を振ってるからそんな余裕があるんじゃろが！！
ワシの命は寸前の灯じゃけぇの！」
鞘師クンは大声で叫びながら、香音さんから絶え間なく投げられ続ける湯桶を懸命にかわす。
それでも時折「うほおっ」と声を上げながら、バッチリ見ているのが鞘師クンのスケベ心である。
「も〜っ！ しつこい里保ちゃんは嫌いなんだろうね！」
「き、嫌い！？」
香音さんの言葉にひるんだその一瞬。鞘師クンの動きが止まり、それを見逃す香音さんではなかった。
香音さんの片手には、脱衣所にあったはずの業務用体重計を軽々と持ち、それをぶん投げる！
メコォッ！
顔面全体で体重計の熱烈なキスを受け、鞘師クンもベンチから吹っ飛び、哀れ戦没者の一人となった。
「えりぽぉ〜ん♪」
聖さんは恥じらいながら隠す、という様子もなく、両手を振り、生田クンも笑顔で片手を振り返している。
「やっぱり大胆なほうが聖らしか。ほれ、遥も手を振るっちゃ」
「かーちゃーん、あかねー」
「遥もやっぱり男の子だねっ♪」
「にーたん、にーたん」
子どもたちが手を振っているのをにこやかに眺めながら、生田クンは何気なく視線を他の女性陣にもやり、
飯窪さんに、少しだけ目を止め、それから聖さんを改めて見、顔をデレッとさせる。
その瞬間だった。
メキョオッ！
やはり脱衣所にあるはずの業務用金属製扇風機が、生田クンの横顔に凄まじい衝撃でめり込み、
さすがの生田クンも、これには耐えきれず、ベンチから崩れ落ちた。……なんとか遥クンを守りながら。
業務用扇風機を投げた人物が全身に赤黒い殺気を纏いながら、低い声で言った。
「生田さん、今、私と奥さまを比べましたよね？ 女性の魅力は胸が全てではありません」
普段の明るくて穏やかな雰囲気とは違う飯窪さんに、全員が背筋を冷たく震わせる。
「……これで生き残りは田中さんだけですけど、さゆみさん、湯桶一斉攻撃でいきますか？」
聖さんが額の冷や汗を拭いながら尋ねると。さゆみさんは冷たい笑顔をして黙っていた。
「あの、さゆみさん？」
無言で湯船から出て、スタスタと淀みない足取りで砂風呂のほうへと歩いていく。
そして。砂風呂の傍に立てかけてあった金属スコップを掴んだ。
れいなクンの体に戦慄が走る。
「ちょ、さゆ、冗談っちゃよね？ いくられなでも、それは本気で死ねけん」
れいなクンの言葉に耳を貸さず、冷たい笑顔のまま、槍投げのポーズを取るさゆみさん。
その完璧なポーズは、まるで古代オリンピックの壁画のように凛々しい。ただし、手に持っているのは槍ではなくスコップだが。
「さ、さゆ！ れなが悪かったばい！ だからそのスコップを下ろすと！」
「どうせノゾキもれーなが言い始めたんでしょ。そんな人間にかける慈悲は持ってないの」
標準をしっかり定め、右腕に全身の力を込めて。
さゆみさんは冷たい笑顔のまま。スコップを放った。
風を切りながらスコップは緩い弧を描いて飛び。
ザシュッ！
金属スコップの鋭い先端は、れいなクンの顔を左右対称に分けて刺さった。
豪快に血を噴き出しながら、言葉も出ず、スローモーションで後ろに倒れていくれいなクン。
ずどど！ べちっ！ と男湯のほうから聞こえたが、さゆみさんは一切気にしていない様子で、
晴々とした気分で、改めて湯船に浸かったのだった……。
圧倒的勝利を収めた女性陣だが、それでも戦場、風呂場は燦々たる状況になっている。
湯桶はほとんど男湯のほうに投げ入れてしまったし、女湯と男湯を隔てる壁近くの床には、男性陣の返り血が点々と付いている。
吉澤さんは面倒くさそうに頭をバリバリ掻いて、
「これ、いくらなんでも旅館の人間に伝えたほうがいいＹＯ。っつーわけで、ちょっくら従業員に言ってくるＹＯ」
徳利に入っていた日本酒を全部飲み干し、湯船から出る吉澤さん。
「では私は、荒れたお風呂場を少し片づけておきますね」
飯窪さんがテキパキと片づけ始めたので、小田ちゃん・横山ちゃんは「飯窪さん、手伝います」と申し出たものの、
「二人は戦って疲れたでしょ。先に上がってていいよ」
と、断られたので、二人はお言葉に甘えて、他の女性陣と一緒に露天風呂から出ていくことにしたのだった。
浴衣を身に纏い、ぷんぷんと風呂の湯気ではない、怒りの湯気を出しながら女湯から出てくる、
さゆみさん・香音さん・小田ちゃん・横山ちゃん、と別に怒ってはいない聖さんの五人。
「ほんっとーに男ってスケベですね！」
まだ怒りの収まらない様子の小田ちゃんに、聖さんが「まーまー」と声をかけて、他の女性陣の怒りも、なんとか収めようとしている。
なにか気を紛らわすもの、ないかな？ と考えながら、男湯と女湯の出入り口から真正面にある、小さな売店に目を走らす。
そこで聖さんは、とあることを思い出し、みんなを売店に連れていく。
「みんな、喉乾いてない？ 聖オススメのジュースがあるんだけど」
オススメ、と言われて興味を持ちだす面々。
ドリンクコーナーで少しだけ探し、「あ・これこれ」と嬉々としてビンのジュースを手に取る聖さん。
「以前、この山の温泉に入ったときに、えりぽんが買ってくれたの。この山で採れた、山ブドウのジュースなんだって」
「へえ、それは珍しいの」とさゆみさん。
「普通のブドウジュースより黒い色をしているけれど、美味しそうなんだろうね」と香音さん。
「みんなで買って、勝利の乾杯でもしましょうか？」と小田ちゃん。
「あ、それいいですね。ちょっと値段が高いですけど、そのほうが特別感もありますし」と横山ちゃん。
各々、ビンのジュースを手に取り、レジでお金を払って購入する。
全員が買え終えたところで、売店前に円を作って、勢いよくビンのフタを開ける。
「それじゃあ、無事にスケベ男たちを殲滅できたことに、かんぱーい！」
「「「「かんぱーい！！」」」」
さゆみさんの音頭でジュースを掲げ、ビン同士をカチーンと鳴らしてから飲み始める。
「あ、普通のジュースより濃い感じなの」とさゆみさん。
「ちょっと野性味のある感じなんだろうね、でも美味しいや」と香音さん。
「きっと人工甘味料とか使っていない、本当に山ブドウ100％なんですね。余計な甘さがなくて、それが美味しいです」と小田ちゃん。
「山ブドウの美味しさをぎゅっとビンに詰めた、って感じです。値段の価値はありますね」と横山ちゃん。
みんなが美味しいと言いながら飲んでいき、機嫌を直す姿に、聖さんは心で安堵しながら、自分もぐっと勢いよくジュースを飲む。
空になったビンを売店に返し、みんな気分よく、自分の部屋へと帰って行った。
さて。
読者の方々は覚えていらっしゃるだろうか？ 作者は半分忘れているが。
聖さんが「美味しいから」と勧めて飲んだ、山ブドウのジュース。
拙作の『紅の葉と朱のキミと』の末尾に書いた、シゲ山で採れた山ブドウのジュースの効能を、ここに引用したい。
『この山で採れた山ぶどうのジュース、という説明に嘘はない。
ただ、この周辺の山村では大人誰もが知っているほどの、強い催淫効果のあるラブジュースなのである』
そして、その結果がどうなったのかは、『温泉の効能〜生田クンと聖さん〜』に書いた。
あと。
敢えて詳しく解説していなかった、夕飯の薬膳料理。
食前酒と、ご飯ものの二つは、実際に強力な精力をつける作用のある食品なのである。
以上のことを踏まえて。
今回の各々の夜がどうなるかは、これからじっくりと書いていこうと思っている……。
＊＊＊＊＊
・鶴の一の間
優樹ちゃん、遥クン、真莉愛ちゃん、朱音ちゃん。四人の子どもたちは、布団にくるまって、スヤスヤと夢の中に入って遊んでいる。
現在、深夜２時。
この部屋をあてがわれた飯窪さんは、疲弊した表情を隠せずに、目の前で真剣な表情でカードを選んでいる人物に、ある提案をする。
「あの……もう私たちも休みませんか？ オバケも出る時間帯ですし」
「オバケがどうしたって言うんだＹＯ、まだだ…まだ終わってねぇ！」
「ですけれど、私はもう眠いです……」
「ＤＡ・ＫＡ・ＲＡ？」
「……鬼ですね、吉澤さん。でもですねえ……夜の８時から私たち！ ずっとババ抜きをしているんですよ！？」
「最初に『しよう』と言い出したのは飯窪だＲＯ、自分の言葉に責任もてＹＯ」
「ええ、そうです、私が言い出しっぺです。必ずお子さんたちを預かる夜はあるだろうから、とトランプを持参したのも私です、
最初はまーちゃんやどぅーも一緒になってみんなで楽しんでいました、私やまーちゃんとどぅーは、勝ったり負けたりと楽しく遊んでいました。
ですけど、一人だけ必ずビリになって、大人のプライドを捨てた人物がいたことは想定外でした……」
「オメー、さり気なくよしざーのことdisってるだＲＯ」
「disってはいませんが、麻雀もポーカーも無双なのに、吉澤さんはババ抜きが異常に弱いことに、私は驚きを隠せません。
そしてムキになって、子どもたちが寝てしまっても『よしざーが勝つまでやるからＮＡ』と、
こんな時間まで付き合わせられることにも驚きを隠せません」
「こんな時間、じゃねーよ。徹夜覚悟だＹＯ」
「はうっ！ ひどいです……」
「ひどくねー、よしざーのババ抜き相手に任命されたことを光栄に思えＹＯ」
「全然光栄じゃありませんよ……」
そこで一度、会話は途切れ、黙々とババ抜きをやっては必ず吉澤さんが負けていたが。
吉澤さんと、と言うより眠気と戦っていた飯窪さんが、ポツリと言葉を発した。
「なんか、眠気覚ましに話しませんか？ またメタ話でもいいですので」
「そうだＮＥ……メタだと二つネタがあるＹＯ。
�� 作者絶賛の玉子かけご飯
�� グダグダ作者による小説の書き方講座」
「うわぁ……どちらもすごくくだらないですねぇ」
「あの作者だから仕方ないＹＯ」
「そうですね……一応、両方ともお願いして宜しいですか？」
「ＯＫ。じゃあ『作者絶賛の玉子かけご飯』からＮＥ。クッ〇パッドで偶然見つけて実行したら、激ウマで感激したらしいＹＯ。
用意するもの：玉子・ご飯・食べるラー油・ポン酢
�� 最初に器に玉子を割り入れて、食べるラー油をお好みの量を入れるＹＯ。
�� ポン酢も回しかけて、箸でよくかき混ぜるんだＹＯ。
�� 最後にご飯を入れて、これまたよく混ぜて完成ＮＥ」
「うわ、簡単すぎますね。でもズボラな作者には、これで丁度いいかもしれませんね」
「そうそう。筆が乗ってきた、けど腹減った、という修羅場モードのときに何度もお世話になった料理ＮＥ。
はっきり言って、この『夏の小旅行』の半分は、この玉子かけご飯で構成されていると言っても過言じゃないＹＯ」
「そう言われますとなんだか複雑な気分です。それでは、次の『グダグダ作者による小説の書き方講座』をお願いします」
「これも簡単だＹＯ。まず一つ目は『起承転結を守ること』ＮＥ」
「起承転結って、小学校の作文の時間に習ったあれですか？」
「そう。『始まりがあって』、『話が流れ』、『大きな展開があって』、『最後に纏める』。
この作者の書く話は大概がこれを守って書くようにしているんだＹＯ。
小話なら一つの起承転結、長めの話なら、いくつもの起承転結を繰り返して話を作っているんだＹＯ」
「はあ……単純ですね」
「でも、意外と知らない人がいるんだＹＯ。実際、とある小説の書き方本を読んだら、
『起承転結で話を書くと理解されやすい』と書いてあって驚いた、っつー実話が作者には最近あったらしいＹＯ」
「へえ……。じゃあ、あながち間違っているわけではないんですね。ほかにも小説の書き方のテクニックはあるのですか？」
「ＹＯ！ 二つ目は『自分が知っていることを書くこと』だＹＯ。これは作者がＮ木賞受賞歴を持つ、本物の小説家先生に教わったんだＹＯ」
「へ！？ なんで田舎者の貧乏人の低学歴の作者がそんな先生に教わることができたのですか？」
「うーん、話すと長いけどＹＯ、高校生時代に高校生を対象にしたコンクールがあったわけＮＥ。
そのときに作者は深海に住むチョウチンアンコウを主人公にした話を書いて、佳作を受賞したわけＮＥ。
で・東京の授賞式のときに選考したその先生に実際に言われたんだＹＯ、
『深海の世界なんてキミの空想だろう？ 知っていることを書けば、話に深みとリアリティが増す』って。
それで作者、一年間、考えに考えて、女子高生が主人公の、当時普及し始めていた携帯電話をキーワードに話を書いて、
次の年に同じコンクールで大賞受賞したから、かなり効果的だったんだＹＯ」
「へー、人に歴史あり、ですねぇ」
「まーＮＥ。実際、これは作者が飼育時代やエロッキに書いている話にも影響しているＹＯ。
例えば、ifマンションは都内にある設定だけども、このバカ作者の東京の描写、見たことないだＲＯ？」
「あ……言われればそうですね」
「そう。それは作者が地方民だから東京を知らないわけＹＯ。
複雑な電車の路線や雑踏の雰囲気、そう言ったものが描写、表現できないわけ。
大体さ、作者は年を経て不動産にも詳しくなったんだけどＹＯ、『恋愛事情』からのマンションの家賃、不思議だったんだとＹＯ。
最後のほうに小春とシゲちゃんがメシ食ってるときに、シゲちゃんが小春にホストの給料をいくら貰ってるか聞いたときに
『だいたい月100万くらいですかねぇ』の返答にシゲちゃんは『さゆみの10倍の給料じゃない』と言ったのＹＯ。
つまりシゲちゃんの月給は10万くらいなわけＮＥ。
シゲちゃんは実家が金持ちだから親に家賃とか色々を負担してもらってる可能性はあるけど、
普通に考えたら月10万で一人暮らしして車も持ってるって、地方でもありえねーじゃん。
だからこれを書いているバカ作者は、東京住まいの人が読んでも違和感を覚えない、控えめな描写をしてるってＹＯ。
それに家賃を考えたら、ifマンションの周囲の環境が良すぎるから東京の地価を考えると億ションでもおかしくない、ってことで。
だから深く考えることは止めたんだＹＯ。
その代わりに、自分が知っていることは充分に描写して、読者サマを話に夢中になれるよう、頑張ってはいるってＹＯ」
「へえー……バカ作者ですが、バカはバカなりに考えているんですね」
「そーいうことだＹＯ」
「で、ほかにもなにか小説の書き方テクニックはあるのでしょうか？」
「ん？ これだけＮＥ」
「……は？ たった二つですか？」
「んー、あとは敢えて言うなら『萌え』だとＹＯ。つまり、バカ作者は、
�� 起承転結を守ること
�� 自分が知っていることを書くこと
�� 萌え
これだけで書いてるＹＯ」
「そ、それだけで話が書けるんですかぁ！？」
「飯窪の言う通り。だから例文を見せるってＹＯ。
これは前スレで作者が萌えまくった小ネタをバカなりに話に仕立てたものだＹＯ。んじゃ、スタート」
＊＊＊＊＊
【冷やし中華始めました、仲良し家族通常運行中】
太陽が寝ることを惜しむように、ゆっくりゆっくりと沈んでいく。
公園の木々や街路樹でヒグラシが鳴き始める時刻。
さゆみさんはベランダの窓を網戸にしたまま、電灯のスイッチを点けた。
「さゆ、今日の夕メシはなにっちゃ？」
優樹ちゃんのおままごとに付き合っていたれいなクンが、振り返って問いかける。
「そうねぇ……」
エプロンを締めながら冷蔵庫の中にあるものを思い出す。
お肉は……豚肉とハムがあったっけ。
魚は冷凍庫にストックしてあるシーフードミックスがあるけれど……。
あ、玉子の賞味期限が近かったの。
「暑いから、お夕飯は冷やし中華にしよっか」
さゆみさんが笑顔で提案すると、れいなクンと優樹ちゃんは笑顔が伝染したかのように、
「ちゅるちゅるー」
「ちゅるるるー」
笑いながら麺を啜る音を立てて喜んだ。
さゆみさんが冷蔵庫から材料を取り出すと、優樹ちゃんがトコトコとやって来て、
「まー、ハハのおてつだいする。まー、おねーしゃんだもん」
誇らしげに宣言する姿に口元を緩め、さゆみさんはしゃがんで同じ目線になる。
「今日もお手伝いしてくれるの？ 最近はたくさんお手伝いしてくれて優樹は偉いね」
「うん！」
柔らかい髪の毛を愛おしく撫でると、優樹ちゃんはくすぐったそうに笑った。
「じゃあハハは優樹に甘えちゃおうかな。お手伝い、お願いね」
「はーい！ ｲﾋﾋ」
「お料理のお手伝いの約束、覚えてる？」
「えっとー、えぷろんをして、おててきれいきれいにして、ほうちょうとがすこんろにきをつけること！」
「うん、ちゃんと覚えてるね。待ってて、すぐに優樹のエプロンを出すから」
さゆみさんが立ち上がって、棚に入れていたエメラルドグリーン色の子ども用エプロンを取り出すと、
「さゆ、さゆ！」
れいなクンが呼びかけながら近づいてきた。
「れなも手伝うと。優樹がやって、チチがだら〜んと待っとうのはアカンたい」
優樹ちゃんの背後に立って肩に手を置くと、優樹ちゃんは不思議そうに見上げ、
「チチもおてつだい？」
と聞いてきた。
「そうやけん。優樹を見習ってチチもハハの手伝いすると。優樹、二人でハハの力になってあげると！」
「うん！」
笑い合う二人を微笑ましく思いながら、さゆみさんは静かに棚から水色の大人用のエプロンも取り出した。
全員がエプロンを着け、優樹ちゃんは踏台を使って、三人揃ってシンクで液体せっけんをプッシュして手を丹念に洗う。
手拭きタオルで綺麗に水気を取ってから、さゆみさんは調理器具を入れている場所から小さなまな板と子ども用の包丁を取り出した。
「では優樹には重要な使命をお願いするの。ハムさんとキュウリさんを、この間教えた千切りに切ってほしいの。できる？」
「でっきるー！」
「さゆ、れなはなにすればよかと？」
「あ、中華麺を茹でて」
「……素っ気なくなか？ 優樹との温度差を感じるばい」
「気のせいでしょ。さゆみは薄焼き卵を焼くから、れーなは奥のコンロを使ってね」
「……へーい」
茹でるための鍋と、ついでにフライパンも取り出してから、れいなクンは鍋に水を入れ始めた。
とん・とん・とん、ゆっくりしたリズムで包丁の音が鳴る。
玉子を割り入れたボウルをカチャカチャと手際よく菜箸でかき混ぜる音も鳴り始める。
れいなクンは鍋のお湯が沸くまで、静かに立って待つ。
油を引いて熱したフライパンに、溶き卵を流し入れて火を弱火にして、焦げないようにフライパンを見つめるさゆみさん。
鍋のお湯が沸いて、れいなクンが中華麺をほぐしながら入れると、
黙って調理していることに飽きたらしいさゆみさんが「そういえばね、」と話し出した。
「この間、フクちゃんと香音ちゃんと井戸端会議をしていたときに、冷やし中華の話題になって。
聞いた話だと、香音ちゃんのご両親の実家の地方だと、冷やし中華にマヨネーズをつけるのが普通なんだって」
「は？ 冷やし中華にマヨネーズ？」
「うん。さゆみもフクちゃんも、今のれーなのようなリアクションをして『ありえないよ』とか言ったんだけど、
香音ちゃんは『すっごく美味しいんですよ！
騙されたと思ってやってみてくださいよ』ってムキになっちゃって、それが面白かったの」
「いやいやいや、ないない、なかと」
「さゆみも『本当に美味しいの？』って聞いたら、香音ちゃんは自信満々に『里保ちゃんも真莉愛も、美味しい、
って絶賛して食べてくれます』って言ったの」
「……鞘師の場合、嫁の作るものならなんでも美味いって言いそうやけん。てか、確実に」
「さゆみもそう思うけど、その場では黙っておいた」
それが限界だったらしい。二人、同時にプッと吹き出す。
「で、さゆは今日やると？ マヨ中華を」
「またの機会にしておく。れーなは？」
「れなもまたの機会っちゃね、来年の夏に覚えていたら、やけん」
れいなクンの答えに笑いながら、さゆみさんは薄焼き卵をフライパンから出してまな板に置いた。
れいなクンは素早く冷凍庫から氷を大量にボウルに入れ、シンクで水を入れて氷水を作る。
セットしていたキッチンタイマーが鳴り、れいなクンは鍋を持ってシンクで中華麺をザルに開け、
チャッチャッと水切りしてから氷水にザルごと入れた。
「さゆー、れなは手が空いたと。次はなにすればよか？」
「じゃあ、お皿を用意してくれる？」
「ん、分かったと」
食器棚から皿を三枚出し、それからちらりと調理台を見ると、優樹ちゃんはゆっくりとした手つきでハムを切り、
さゆみさんは手際よく錦糸卵を作っている。
妻子のそんな光景に、幸せな気分で頬を緩め、カウンターに皿を置いた。
シンクにある氷水の中の中華麺を箸でぐるぐるかき混ぜてからザルを出し、
麺がしっかり冷たくなっているのを指で確認し、ザッザと勢いよく水切りをしてから皿に麺を三等分にする。
さゆみさんも切り終えたらしい、れいなクンと交代して麺の小山に錦糸卵を登らせる。
「でっきたー！」
キッチンに元気で明るい声が響く。
声の出どころである優樹ちゃんを見ると、少し誇らしそうな顔をしており、
不揃いながらも千切りにされたハムとキュウリがあったので「優樹、ありがとうね」笑顔でお礼を言ってから、
さゆみさんはハムとキュウリも盛り付ける。
「さゆ、タレをかけてもよか？」
「うん、付属のふりかけもお願いね」
小袋を持ったれいなクンが聞いてきたので、ついでのお願いもして、タレをかけ、
ふりかけも上からぱらぱらとふられた冷やし中華のてっぺんにヘタを取ったプチトマトを乗せて完成させるさゆみさん。
れいなクンが器用に皿を一度に三枚全部持って、リビングテーブルに運ぶ。
優樹ちゃんが三人の箸を持って、トコトコ歩いて「はい、チチ」とテーブルに皿を置いているれいなクンに渡した。
「優樹は本当に賢いっちゃ」
笑顔で箸を受け取り、優樹ちゃんを椅子に座らせ、れいなクンも椅子に座ってさゆみさんを待つ。
包丁やまな板を洗っていないことが一瞬だけ気になったが、二人が笑顔で待っているので、
後でいいや、と思い直してさゆみさんもエプロンを外して椅子に座った。
三人仲良く手を合わせ、
「「「いただきまーす」」」
声を揃えて言ってから箸に手を伸ばし冷やし中華を食べ始める。
さゆみさんがチュルッと麺を口に入れて、丁寧に咀嚼する。
「麺にコシがあって美味しいの」
その言葉にれいなクンはニシシと笑う。
「さゆに褒めてもらったばい。しっかり氷水で締めたけんね」
「れーなにしてはやるじゃない」
「さゆの作った錦糸卵もうまかっちゃん」
麺と一緒に錦糸卵を頬張りながられいなクンは言う。
すると、優樹ちゃんが「ねーねー」と割り込む。
「ハムとキュウリもたべてー」
愛娘のキラキラ期待に満ちた瞳で見られ、れいなクンは笑顔でキュウリを摘まむ。
ふと、違和感を覚え、試しにやや太い千切りキュウリを一本だけ持ち上げてみると。
「あれ？ 千切りキュウリが全部繋がっとう」
まるで万国旗のようなキュウリにれいなクンが苦笑いすると、その姿が面白かったらしい、
「「あはははは♪」」
さゆみさんと優樹ちゃんが声を揃えて笑う。
さゆみさんは笑いつつ、自分の皿のキュウリを箸で摘まむ。
「れーな、さゆみのお皿のキュウリはちゃんと切れてるの」
「まーのもー」
優樹ちゃんも自信満々にキュウリを箸で掲げると、
「なん？ 万国旗キュウリはれなだけかいと？」
情けなさそうな声を出すと、さゆみさんと優樹ちゃんはまた愉快そうに笑った。
田中家では食事中にテレビをつけない。
三人とも、今日あった出来事を話したり聞いたりするほうがテレビより何倍も楽しいからだ。
れいなクンは万国旗キュウリを全て口に頬張りながら、念のため、ハムを箸で摘まむ。
こちらは万国旗にはなっていなかったので一安心した。
あの赤ん坊だった優樹が、ハムやキュウリを切ったりご飯を炊いたりして、どんどん大人になっていくと……。
多分、否、確実に優樹がウェディングドレスを着たときには号泣するったい。
……。
ま、まあ、その頃には生田んちの息子に優樹を任せてもよかばい。
れいなクンがそんなことを考えているとは露知らず、優樹ちゃんはテーブルにヒジをつけながらチュルチュルと冷やし中華を食べている。
チュルッと啜ったとき、錦糸卵がぴたっとついた。
「優樹、ほっぺに玉子焼きがついてるよ」
「ハハとってー」
甘えた声を出す優樹ちゃんに、れいなクンは愛娘がまだお嫁にいかないと感じて胸を撫で下ろす。
「甘えん坊なんだから……」
口ではそう言いながらも笑顔で優しく錦糸卵を取って、躊躇いもなくそれを自分の口に入れるさゆみさん。
「ｲﾋﾋ、ハハにたべられちゃった」
嬉しそうに言う優樹ちゃんと、何事もなかったかのように冷やし中華を食べているさゆみさんを交互に見て、
れいなクンの頭にピカ！ と電球が点いた。
いそいそと自分の唇と頬の境目に錦糸卵を貼りつけ、
「さゆさゆ！」
はしゃいだ声で呼びかける。
そんなれいなクンとは対照的に、
「なに」
素っ気なく返事するさゆみさん。
「れなのも取ってほしか！」
「自分でつけたでしょ」
冷たい視線に負けることなく、れいなクンは笑いながら、
「いいからいいから」
と催促する。
さゆみさんは渋々、と言った感じに、
「もぉ……」
本当に呆れた声を出しながら指を伸ばした。
ゆっくりと近づいてくるさゆみさんの指を。素早く狙ってぱくっ、と咥えた。
そしてそのまま指を舌でレロレロと舐め回したり。ちゅーっと吸ったりする。
「ちょっ！ ちょっと！」
焦った声を出すさゆみさんを意に介さず、れいなクンは指を離そうとしない。
「さゆのゆひうまー」
ねっとり、いやらしく舌を這わせると、
「バカ怒るよ！」
さゆみさんが本気で怒った声を出したので、れいなクンはちゅぱっ、と指を離した。
「ニシシ、ごっつぉさん」
「なに考えてるのよ、全く……」
「冷やし中華よりうまかっちゃん」
「本物のバカでしょ、れーな」
憎まれ口を叩きながらも、咥えられた指を反対の手の平で包んでいるさゆみさんに向かって、
ツッコミを入れたのは、意外にもれいなクンではなかった。
「ハハおかおまっかっか」
優樹ちゃんが笑顔で指摘したものだから、さゆみさんの顔の温度はますます上がる。
耳まで真っ赤にしながら、
「親をからかわないの」
と注意するが、その声は小さくて弱い。
「さゆ照れとぉ」
イタズラが大成功したことと、さゆみさんが恥じらう姿に、れいなクンはニヤニヤ笑いながら満足そうに言った。
「もー……。れーな！ お夕飯の皿洗いはアンタが全部やってよね！」
さゆみさんは怒った声で言うが、れいなクンは余裕しゃくしゃくに、
「はいはーい」
と返事する。
顔を赤くしたまま、食べることを再開するさゆみさんをニヤニヤと見ながら、れいなクンも残りを食べる。
また指を食べさせてくれるなら、皿なんて何枚でも洗うばい♪
それならマヨ中華にして、マヨネーズをつけたほうがいやらしくてよかとぉ♪
そんなことを心の中で言いつつ、ちゅるっと麺を啜る。
田中家の真上の屋上の柵に掴まって鳴いていたセミが呆れたようにミーンと一鳴きしてから、夕暮れの空の中に舞い飛んで行った……。
冷やし中華始めました、仲良し家族通常運行中 終わり。
＊＊＊＊＊
「……と、こんな感じになるＹＯ」
「はあ……。またバカ作者は、まとめ管理人サマが編集に困るようなことをしましたね」
「呆れてる飯窪に問題だＹＯ。今の話、起承転結、四つに分割するならどこだＹＯ？」
「へ？ えーと……『記』は最初から全員で冷やし中華を作ることになるまで、ですね。
『承』は調理をしている場面。それと楽しく食べ始めている部分ですね。
『転』は、えっと……田中さんがさゆみさんの指を口に入れるまで、
そして『結』は……屋上のセミが呆れて飛んでいくところですか？」
「んー、『結』だけ不正解だＹＯ。正しくは『優樹ちゃんがシゲちゃんにツッコミを入れたところ』から最後までが『結』になるＹＯ。
元ネタになった小ネタを見ると分かりやすいＹＯ、この小ネタは綺麗に起承転結ができてるから参考にするといいＹＯ、
前スレの>>812->>815だＮＥ」
「あ、本当ですね。小ネタを見ると確かに起承転結が分かりやすいです」
「もう一つ問題ＮＥ。この話の中で『作者が知っていること』はなんだと思うＹＯ？」
「え？ えーっと……『冷やし中華を作る過程』は他の方々でも知っていますから、もっと限定的？ ですよね？
そうなりますと……あ、もしかして『香音さんの地方では冷やし中華にマヨネーズをかける』ですか？」
「正解ＮＥ。作者は日本海側のド田舎出身で、ズッキの地方に来たときに、あまりにも独特な食文化に凄く驚いたんだＹＯ」
「なるほどですね……。ですが、正直、そういう経験のない方はどうすれば宜しいのでしょうか？」
「経験のない人間、なんて存在しないＹＯ。あまりにも自分では当たり前すぎて気付いていないことがほとんどだＹＯ。
例えば通勤や通学。自転車の人なら今日は風が強く感じる、とか、車の人なら帰宅ラッシュのうんざりさ、
電車の人なら、周囲の人間を観察してみるといいＹＯ。
そのときに自分が考えたことを『あのキャラならどう思うだろうか』と思考の転換をすればいいだけＮＥ。
それ以外にもマンガや小説とか、そういうものから刺激をもらうことは多々あるから、常にアンテナを張っておけＹＯ。
もうちょっと詳しく真面目に小説を学びたい方にバカ作者がオススメするのは、
三田誠広著 天気の好い日は小説を書こう ワセダ大学小説教室シリーズ 全３冊 集英社文庫
だとＹＯ。やや古い本だから現在の状態をぴったり当てはめるのは難しいけれど、
小説の書き方本だとサクサク読みやすくて理解しやすいＹＯ。尼で中古購入することをオススメするＹＯ。
最後に、最初から読む人全員を感動させる話を書く！ とは思わないほうがいいＹＯ。
『いつかそういう話を書きたい』と望むのならＯＫ。
料理だってド素人がいきなりフランス料理のフルコースを作ることは無理だＲＯ？
最初はそれこそ玉子かけご飯でもいーんだＹＯ」
「はー……なるほど。ところで吉澤さん」
「なんだＹＯ？」
「小説講座をしている間にも私たち、ババ抜きをしていましたが、その間に私、35連勝しているのですが……」
「あっそ。飯窪が100連勝しても、よしざーが１回勝てばいーんだＹＯ。ほら、続けるＺＯ」
「吉澤さんの辞書には『諦める』というお言葉はないのですか！？」
「ネバーギブアップ、って良い言葉だＮＥ」
「ネバーを取ってください、お願いします」
「やだＮＥ」
「はうぅ〜っ！」
「まーまー落ち着けＹＯ。飯窪に朗報をあげるＹＯ」
「今の私の朗報は眠ってもよいことだけです……」
「そー言うな。ここから先は、職場の昼休みや電車の中、つまり周囲に人がいる状況では読んではいけないシーン満載だＹＯ！」
「つまり……前回のオマケの中編で言っていた『快感デスマーチ』が始まるのですね？」
「そうだＹＯ！ という訳で、よしざーと飯窪の話はこれで終わるＹＯ、でも裏ではババ抜きをやってるＹＯ」
「それでしたら……前編のように一度〆ますか？」
「ＹＯ！」
「本当に私たち、無益なことにページを使いましたね……。コホン、それでは……」
「「ぐっちゃお〜♪」」
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