はじめに 
けもです。お久しぶりです。
今作は、かねてより予告しておりました、投稿祭3『ヘコリンピック』用に執筆したものです。
オリンピックの醍醐味のひとつといえば、聖火リレー！！
会場から遠く離れたところで灯された、オリンピックのシンボルとしての聖火を絶やさぬよう、聖火ランナーたちが繰り広げる熱いドラマには、胸を打たれるものがありますね！
今作は、そんな「聖火リレー」をモチーフにした小説です！ ぜひ、お楽しみください！
※この小説はフィクションであり、実在の人物･団体･事件とは一切関係ありません。また、特定の社会的立場の人々を揶揄する意図は一切ございません。
本編
それは、はるか昔のこと。
とある妖精の集落が、光を失いました。
原因は定かではありません。
「「「「ぶるぶるちゃ！ ぶるぶるぶるちゃ！！」」」」
妖精たちに活力を与えるはずの日光は全く届かず、妖精たちは寒さに凍え、次々に命を落としていきました。
「「「ふーりふーり………ふーりふーり…………」」」
生き残った妖精たちは身を寄せ合って、太陽があるはずの方角へお尻を向け、弱々しく振り続けます。
自分たちはここで生きていると、示すために。
それでも、太陽は顔を見せません。
「みなのずん…………よくきくのだ。おひさましゃんが、おかおしゃんをみせなくなった…………きっとこれは、ぼくたち“もりのけんじゃ”に、かみしゃまがおあたえくださった、“しれん”なのだ……」
この集落を治める「おさずん」も、低体温症によって一歩も動くことが出来なくなっていました。
胎動が徐々に弱まっていく中で、心配そうに見守る同族たちに語り掛けます。
「ぼくたちは……ぼくたちは、じぶんたちだけのちからで、おひさましゃんにかわる、“あたたかさん”を、てにいれなくては、ならないのだ……」
「おっ、おさずん！ その“あたたかさん”は、どこに、どこにあるちゃ！？」
「みなのずん、すまないのだ……ぼくには、わからないちゃ…………でも、きっと、このやまをおりていけば…………きっと、あるはずちゃ…………」
いよいよ、「おさずん」の呼吸が弱まっていきます。
「みなの、ずん………ぼくの、ぶんまで、いきて…………ほしい、のだ。 しあわせに、なって、ほしい…………の………………だ……………………」
言葉を失った「おさずん」の体色が褪せるまで、妖精たちは無言のままに、それを見守っていました。
やがて、皆が声をあげて、「おさずん」の死を悼みました。
「おさずんんんんん！！ おさずうううううううううううううううぅん！！」
「うっ…………うわあああああん！ おじーちゃ、おじーちゃあああああああああああ！！」
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ ひいおじーちゃあああああああああああああ！！」
「にょだーにょだあああああああ！！ ひいひいおじーちゃああああああああああああああ！！」
「ひいひいひいおじーちゃああああああああ！！」 「ひいひいひいひいおじーちゃあああああああああああああ！！」 「ひいひいひいひいひいおじーちゃああああああああああああ！！」
……………………
あんなに優しかった「おさずん」が、自分たちを残して死んでしまった。
これから先、どう生きていけばいいのか？
こんな絶望感が、妖精たちを支配していました。
しかし、泣いてばかりはいられません。このままでは、寒さによって全滅してしまいます。
「おじーちゃ…………おじーちゃは、いってたのだ！ ぼくたちには、“あたたかさん”が、ひつようだって！」
死んだ「おさずん」の孫にあたる1匹のオス妖精が、声をあげました。
「そ、そうちゃ、そうちゃ！ “あたたかさん”ちゃ！ “あたたかさん”！！」
「ぜったいに、みつけだすのだ！ “あたたかさん”！！」
「おさずん！ ぜったいに、ずんちゃたち、“あたたかさん”をみつけて、しあわせになってみせるのだ！」
「「「「のだのだのだのだ！ のだのだのだのだのだ！！」」」」
他の妖精たちも、それに勇気づけられたようです。
「ついてくるちゃ、ままずん！ おちびちゃんたち！」
「「「「のだっ！！」」」」
そこからは、あっという間でした。オス妖精は、自身のつがいであるメス妖精と、「おさずん」の曾孫にあたる3匹の子ずんを連れていくことにしたのです。
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！！」 「ちゃむいにょだああああああああああ！！」 「おとーちゃ、おかーちゃ！ だっこ、だっこ！」
集落を離れるなり、子ずんたちは泣き始めました。
まだ耳も生えていない子ずんにとっては、過酷な旅であることは間違いありません。
「がんばるんちゃ、おちびちゃんたち。こんなしゃむいひは、おそらさんをとぶより、あんよさんであるいていったほうが、いいちゃ！」
「おちびちゃんたち！ “あたたかさん”をみつけたなら、おちびちゃんたちは、“えいゆう”に、なれるのだ！ そのために、がんばるんちゃ！」
「え、えいゆう？」 「えいゆう……いいひびき！」 「えいゆう、えいゆう！ ずんちゃたち、えいゆう？」
子ずんたちは、未知の言葉に目をキラキラと輝かせ始めます。
「そうちゃ、おちびちゃんたち。おちびちゃんたちは、“えいゆう”になれるのだ！ ずんだもちさんだって、たべほうだいちゃ！」
「じゅんだもちしゃん！ じゅんだもちしゃん！！」 「ほちい、ほちい、ほちい、ほちい！！」 「あたたかしゃん、ずんちゃがじぇったいに、みちゅけりゅにょだ！」
子ずんたちは機嫌を取り戻し、意気揚々と歩き始めるのでした。
しかし、ここで大きな課題が立ちはだかります。
死んだ「おさずん」が言っていた、「あたたかさん」とは具体的に何なのか、妖精たちは、知りませんでした。
太陽のように空に浮かんでいるものなのか？ それとも、地面の下にあるものなのか？
あてもなく彷徨っているだけでは、死を待つだけです。
「「のだのだのだのだ」」
「「「にょだにょだにょだにょだ」」」
山を下りていけば…………という「おさずん」の言葉を信じて、妖精たちは山道を歩き続けました。
♪Michael, row the boat ashore♪ ♪ Halleluja♪
♪Michael, row the boat ashore♪ ♪ Halleluja♪
夜が訪れたころ、妖精たちは奇妙な歌声を耳にしました。
♪Sister help to trim the sail♪ ♪Halleluja♪
♪Sister help to trim the sail♪ ♪Halleluja♪
「のだっ！？ あれは、なんなのだ……？」 「あ、あかるいのだ…………」
♪Jordan’s river is deep and wide♪ ♪Halleluja♪
♪Meet my mother on the other side♪ ♪Halleluja♪
丸太を積み上げた焚火を囲うようにして、人間たちが歌をうたっていたのです。
妖精たちは、闇夜を幻想的に照らす、そのきらめきに魅せられました。
♪Jordan’s river is chilly and cold♪ ♪ Halleluja♪
♪Chills the body but not the soul♪ ♪ Halleluja♪
おそるおそる、火に近づいていく妖精たち。
「あ…………あったかい、のだ………」
「ごくらく、なのだ……」
「「「にょだ、にょだ。あっちゃかい、あっちゃかい！」」」
……………………
妖精たちは、この焚火こそが、「おさずん」の言っていた「あたたかさん」であると、確信しました。
火の存在を、知らないのか？
いやいや、そんなことはないはずです。
子ずんならともかく、成体の妖精たちは、「山火事」の存在を恐れていました。
何もかもを焼き尽くす火ではなく、灯りと温もりとをもたらす火…………
妖精たちは、人間によって「制御された火」の存在を、知らなかったのです。
♪Michael, row the boat ashore♪ ♪ Halleluja♪
♪Michael, row the boat ashore♪ ♪ Halleluja♪
茂みから顔を出す妖精たちには目もくれず、人間たちは陽気に歌い続けます。
気づかれていないと知りながらも、妖精たちは、なかなか動くことが出来ずにいました。
それは、目の前の「あたたかさん」を囲むように座っている存在こそ、妖精たちの集落で先祖代々語り継がれるほどの、恐ろしい存在…………「くちょにんげん」であると、知っていたからです。
「くちょにんげんが……ぼくたちの“あたたかさん”を……」
「ど、どうするのだ？ ぱぱずん！」
「きまってるちゃ！ くちょにんげんから、“あたたかさん”を、とりかえすのだ！」
オス妖精は、言葉とは裏腹に、初めて見る人間の姿に怯えた表情をしています。
「ううぅ、うううううううううぅ！！」
その後ろで、ぶるぶると震える子ずんの姿。
「ずんちゃは………ずんちゃは、えいゆうなにょだああああああああああああああああああああ！！」
ばっ！
「お、おちびちゃん！？」
メス妖精の制止も間に合いません。勢いよく飛び出した1匹の子ずんが、焚火めがけて真っすぐに突っ込みました。
ぼうっ！！
「にょだあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”！！」
「うおっ！？」 「何だっ！？」 「あちっ、あちちっ！」 「しまった、ギターが……」
あっという間に、子ずんに火が燃え移ります。
それでも、子ずんは止まりません。
まるで、マグマに落ちた後、南国にいる鳥のような雄叫びを上げて走り回る64マ×オのように、火の周りをぐるぐると回り続けます。
「よっ……妖精だ！！」 「“飛んで火にいるずんだ虫”ってか！」 「とんでねェ〜よ！ 走ってる！」 「ギターが………焦げた………こいつめええええええええええっ！」
人間たちは目を白黒させていましたが、ひとりの人間が、怒りに燃えて立ち上がります。
「あぢゅいあぢゅいあぢゅいあぢゅい”い”い”い”い”い”い”い”い”い”い”！！」
「死ねやあああああああああああっ！！」 ぐじゅっ！！
「じゅびゅうぅ……」
あまりの熱さに地面でのたうち回る子ずんを、ギターを持った人間が踏みつけます。
「お、おちびちゃあああああああああん！！ おいくちょにんげん！ よくも、かわいいおちびちゃんを！」
次に飛び出したのは、メス妖精です。
「まっ、また出た！」 「今度は飛んでるぜ！」 「あぶねェ〜！ 燃えるって！」 「何しに来やがったああああああああああっ！？」
「くちょにんげんども！ おまえらは、ぼくたちの“あたたかさん”をうばったばかりか、たいせつな、おちびちゃんまで……」
「「「「わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ！！」」」」
メス妖精の怒号をさえぎるように、笑い始める人間たち。
「何だよ、“あたたかさん”って！？」 「バカみてえな呼び方だぜ！」 「しかも“奪った”ってなんだよっ！？ この火は、誰のものでもねェ〜んだよ！！」
「な、なにいってるちゃ、くちょにんげん…………」
呆然とするメス妖精に、松明を持って近づく人間。
「いいか？ 俺たちは楽しく、ここでキャンプファイヤーをしていただけだ…………それを勝手にブチ壊しておきながら、何キレてやがる！？」
「ぼ、ぼくたちはただ、“あたたかさん”を……」
「キレたいのは、こっちだああああああああああああああああああああああああああっ！！」
ぶおんっ！ ぼしゅっ！
「おぎゅえああああああああああああああああっ！！ あちゅいあちゅい、あちゅいよおおおおお！！」
「いいぞおっ！ もっと燃やせ！」 「こっちはギター焦がされてんだ！」 「ガキけしかけて、キャンプファイヤーめちゃくちゃにしやがって！！」
人間たちは嬉々として、メス妖精を燃やし始めます。
「ま、ままずん……た、たすからないちゃ…………そしたら………もう…………」
茂みの中で、オス妖精の決心が固まりました。
メス妖精を見捨てて、「あたたかさん」を持ち帰ることを。
「のだっ！」
オス妖精は茂みを飛び出し、こちらには気づいていない人間たちに向かって突進し、ひとりの腕を思いきり蹴り上げます。
「えい！！」 ばしっ！
「うおっ！？ ああぁっ！ 松明が………」 「くそっ、まだいたのか！」 「構わねェ〜！ こいつだけでも殺せェ〜！」 「死ねええええええええええええ！！」
首尾よく、オス妖精は「あたたかさん」を手に入れました。
「ほら、はしるのだ！ おちびちゃんたち！」
「お、おとーちゃ！！ おかーちゃも、おかーちゃも！！」 「きょーだいずん、きょーだいずん……」
「あきらめるちゃ！ “あたたかさん”が、なによりも、だいじちゃ！ いそがないと、おちびちゃんたちも、ころされちゃうのだ！」
「「う、ううう………うぇーんうぇーん！ うぇーんうぇーん！！」」
子ずんたちは、オス妖精のあとを追って、必死に走ります。
「ああああああああああああああああああ！！ ぱぱずうううううううううううん………おちびちゃあああああああああん…………」
後方から人間たちによって焼き殺されるメス妖精の悲鳴が聞こえてきますが、それもだんだんと小さくなっていきました。
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………に、にげられた、のだ…………？」
荒く息を吐くオス妖精。
人間たちは、追ってきませんでした。
「お、おぎゃ、おぎゃ…………」 「きょ、きょーだいずん…………おか、ちゃ…………」
生き残った2匹の子ずんたちは目の前で兄弟と母親を失ったことで、もはや歩く気力すらないといった様子でした。
「げんきだすんちゃ、おちびちゃんたち。ままずんと、あのおちびちゃんは、ぼくたちに、たくしてくれたのだ。この、“あたたかさん”を！！」
オス妖精は、何とか子ずんたちを元気づけようと、松明を高く高く掲げます。
その灯りに照らされた子ずんたちの顔が、みるみるうちに期待に輝き始めました。
「あ、あたたかしゃん、あたたかしゃん！！」 「あっちゃかいにょだ！ まるでずんちゃのように、うつくしいにょだ！」
「さあ、きをとりなおして、むらにもどるのだ！」
3匹にまで減った、妖精たちの行進が始まります。
「おとーちゃ、おとーちゃ！ ずんちゃ、そりぇ、もちゅにょだ！」
「ずんちゃも、ずんちゃも！！」
やがて、興奮した2匹の子ずんは、松明を持ちたいとせがむのでした。
「じゅんばんこ、なのだ！ あちゅいから、きをつけて、もつのだ！」
「はーいにょだ！ はーいにょだ！」 「じゅるいにょだ！ おみゃえが、さきなんて……」
1匹目の子ずんは、山々を見渡せる高い切り株の上に登って、松明を掲げました。
「おとーちゃ！ みて、みて！ ずんちゃ、えいゆうなにょだ！ ずんだもちしゃん、もらえりゅにょだ？」
「ああ、おちびちゃん………なんて、ゆうかんなすがたちゃ！ きっと、たべきれないほどのずんだもちさん、もらえるのだ！」
「うれち、うれち！ ずんちゃ、えいゆ”っ…………」 ずびしゅっ！
……………………
子ずんの声が、途切れました。
その首は、跡形もなく弾け飛んでいました。
急降下したハヤブサが、子ずんの首を跳ね飛ばして飛んで行ったのでした。
切り株の上に立って松明を掲げている子ずんは、格好の的だったわけです。
「のだのだのだのだのだのだのだのだ！！」
首を失ったその体がゆっくりと落ちる前に、オス妖精が松明をキャッチし、飛び始めます。
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おとーちゃ、おとーちゃ！ まっちぇ、まっちぇ！！」
飛べない子ずんは、必死にオス妖精を呼び止めましたが、オス妖精は二度と、振り向きませんでした。
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！」
最後に1匹、取り残された子ずんの泣き声が、山道に響き渡るのでした。
「にょだ……にょだ…………おとーちゃ、おとーちゃ…………」
子ずんは、あてもなく山道を登り続けます。
「おっ………おとーちゃ！」
「あぅ……お…………おちび、ちゃん…………？」
ややあって、山道の真ん中で倒れているオス妖精の姿を見つけました。
「おとーちゃ、どうちたにょだ！？ おとーちゃ！」
「やられ………たのだ。くちょ……いのししに…………」
イノシシの鋭いキバによってオス妖精の腹は破れ、体液と臓物とが山道にまき散らされていました。
松明は、地面に突き刺さって、無事でした。
「おとーちゃ……どうちて、どうちて、ずんちゃをみすてたにょだ！？ さびちかったにょだ、つらかったにょだ！」
「ぼくは………おちびちゃんを、みすてた、わけじゃ、なかったのだ…………それでも、いっこくも、はやく、あたたかさんを、とどけないと…………」
再会の喜びも束の間、イノシシの強烈な一撃を浴びたオス妖精の命は、もはや風前の灯火でした。
「おちびちゃん…………やって、やってくれるのだ？」
「ど、どういうことちゃ？ おとーちゃ！」
「あ、“あたたかさん”を、“あたたかさん”を………ぼくのかわりに、むらまで、とどける、のだ……」
「で、できないにょだ！ ずんちゃは、まだちいさいにょだ！ おとーちゃも、おとーちゃも！」
「ぼくは……もう、むりちゃ…………くちょいのししに、であわなければ…………」
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ にゃんで、にゃんでええええええええええええ！！」
「おねがいなのだ…………おちびちゃんは、えいゆうとして………これから…………しあわ…………せ……………………に……………………」
オス妖精の見開かれた眼球から、ついに光が失われました。
「おぎゃ、おぎゃ……おとーちゃ……おとーちゃ…………」
愛する「おとーちゃ」の死を信じたくないとばかりに、子ずんはオス妖精の死骸を揺さぶり続けます。
しかし、その体はどんどん色褪せていきます。子ずんの「ひいおじーちゃ」……つまり、「おさずん」が死んだ時と、同じ現象でした。
「ぺーりょぺーりょ！ ぺーりょぺーりょ！」
子ずんは必死で舌を伸ばして、オス妖精の体を舐め始めました。
こうすれば、また「おとーちゃ」が立ち上がり「おちびちゃん」と呼んでくれると信じて。
子ずんがこの旅の目的を忘れてから20分ほどが経過したころ。
松明に塗られていた燃料が尽き、あっけなく火が消えました。
「にょだっ！？ うぇーんうぇーん！ うぇーんうぇーん！」
突如訪れた真っ暗闇に、子ずんはひっくり返り、手足をばたつかせて泣き喚きます。
ここまで多くの犠牲を…………リレーを続けて、繋いできた「あたたかさん」も、ついに消えたのです。
同時に消えたのは、妖精の集落の未来。
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ ずんちゃ、なにも、わるくないにょだ！ すべて、すべて、くちょにんげんの、せいなにょだああああああああああああああ！！ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！！」
父親の死骸のそばで、子ずんは喚き続けました。
それから、どのくらい経ったでしょうか。
ざすっ、ざすっ、ざすっ…………
何かの足音です。
「にょだっ！？」
「妖精の子どもと、消えた松明………そして腹を破かれて死んだ妖精………どういう状況だ、これは」
やってきたのは、何やら重そうな荷物を背負った、ひとりの人間でした。キャンプファイヤーをしていた人間たちとは、別の人間です。
子ずんはずっとひっくり返っていたので、逃げることも出来ませんでした。
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！」
あれほど危険だと言われた「くちょにんげん」が、目の前にいる。
子ずんに出来ることは、ただ泣き喚くことだけでした。
「おいおい、怯えなさんな…………まだ私は、君に何もしていないじゃないか」
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ くちょにんげん！ きょわいにょだああああああ！！」
「“くちょ”は、余計じゃないかね？ 私は、ただの人間だよ…………」
そう言いながら、子ずんを掴み上げる人間。
「くちょにんげん」が自分に何も危害を加えて来ないことに、子ずんは驚きました。
「おぎゃ、おぎゃ…………にんげん……にんげん、しゃん……？」
「そうそう。私は、君に危害を加えるつもりはない」
子ずんは、呼び方を変えます。
「…………どうしたのかね？ 見たところ、君の親父さんは殺されているみたいだが」
「にんげん、にんげんしゃん！ たちゅけちぇ！ たちゅけちぇほちいにょだああああああああ！！」
「だから、どうしたのかね？ 君が困っている理由を知らなければ、どうにも助けられんのだよ」
慈愛に満ちた目で、人間は手に乗った子ずんと目を合わせます。
その様子に安心して、落ち着いた子ずんは、語り始めました。
「ずんちゃたちは……あたたかしゃんをさがして……むらからでてきたにょだ。そしたら、くちょにんげんどもが、あたたかしゃんを、ひとりじめしていたにょだ……」
「待て待て。その“あたたかしゃん”とは、何のことかね？」
「そりぇ！ そりぇのことちゃあああああああ！！」
子ずんは、もう消えてしまった松明を指さして叫びます。
「松明……つまり君たちは、火を…………君の言うところの“あたたかしゃん”を求めて、山を下りてきたのだね………そして、何とか松明を奪ってきたはいいものの、その火が消えてしまったと…」
「うばってないちゃ！ おとーちゃが、おとーちゃが、とりもどちてくれたにょだ！」
「そうかそうか。しかし、親父さん……“おとーちゃ”も、野生動物に殺されてしまったようだね」
「おぎゃ、おぎゃ……おとーちゃ、ぺりょぺりょちたのに、おきないちゃ……」
「君の親父さんは、残念ながらもう生き返ることはない。あとは君ひとりで、何とかするしかないのだよ」
子ずんの顔が、絶望したように歪みます。
「でも……でも！ ずんちゃは、まだちいさいにょだ！」
「関係ないさ。“あたたかしゃん”を持ち帰るために、村を出たのだろう？」
「でも、でも………あたたかしゃん、もうないにょだ…………ど、どうすれば……どうすればいいちゃああああああああ！！ おぎゃああああああああああ！！」
「もう泣きなさんな。私が、少しだけ君を助けてやろう…………」
…………………………………………
「あっ！ かえってきたのだ！」 「えっ…………」 「く、くちょ、にんげん…………！？」
滅亡が近い、妖精の集落。
松明を手にした人間が、そこに足を踏み入れました。
「なにしにきたちゃ、くちょにんげん！！」 「でてきぇ、でてきぇ！！」 「ぼくたちのなかまを、どうしたちゃ！」
妖精たちは、威嚇して歯をむき出しますが……
「まっちぇ、まっちぇほちいにょだ！ ずんちゃは、ここなにょだああああああああ！！」
人間の頭の上に乗った子ずんが、必死に声を張り上げます。
「みなのじゅん！ このにんげんしゃんは、くちょにんげんなんかじゃ、ないちゃ！」
「い、いきてたのだ！？ おちびちゃん！」 「で、でも、いちずんだけちゃ？」 「ほかは、どうしたちゃ！」
「ずんちゃ、いちずんだけに、なっちゃったにょだ……でも、このにんげんしゃんは、わるくないちゃ！ ずんちゃたちのために、あたたかしゃんをよみがえらせてくれた、いいにんげんしゃんなにょだあああああああああ！！」
ただ1匹、生き残った子ずんが得意げに叫びます。
「マッチを擦っただけで、何を大げさな……」
人間の小さな声は、妖精たちに届くことはありませんでした。
「えっ！ そうなのだ！？」 「“あたたかさん”、“あたたかさん”！！」 「これが、“あたたかさん”………」
人間が地面に松明を置くと、妖精たちが一斉に集まってきました。
「あちゅい！ でも、これがおさずんのいってた、“あたたかさん”ちゃ！」
「うつくしいのだ、うつくしいのだ！ おひさましゃんの、かわりちゃ！」
「これさえあれば、ずんちゃたちは、ずっとずっと、しあわせちゃ！」
パチパチと音を立てて燃え盛る火を、歓喜の表情で眺める妖精たち。
火を恐れる様子は、微塵もありません。
「みなのずん！ あにゃるさんだんすで、“あたたかさん”をおむかえするのだ！！」
「「「「のだっ！！」」」」
妖精たちは、松明を囲むように並ぶと、火に向かってお尻を向け、一斉に振り始めます。
それは、かなり異質な光景として、人間の目に映りました。
「えい、えい！ のーだのだのだ！ ついたのだ！」 「ずんちゃせんようの“あたたかさん”ちゃ！」 「ずんちゃたち、あったまいー！ のだっ！」
次に妖精たちは、長い木の棒を持ち寄り、先端に火をつけて松明を作り始めます。
「この“あたたかさん”は、ぼくたち“もりのけんじゃ”がしあわせでいられるように、かみしゃまが、とどけてくださったのだ！」
「おさずんは“しれん”なんていってたけど、はじめから、ぼくたちは、たすかるうんめいだったのだ！」
「そして、このおちびちゃんこそ、“あたたかさん”をみつけ、にんげんさんをどれーにして、ここまであんぜんに“あたたかさん”をとどけさせてくれた、えいゆうなのだ！」
「「「「のだのだのだのだ！ のだのだのだのだのだのだのだのだ！！」」」」
手に手に火を持った妖精たちの声が、響き渡りました。
「えっへん！ ずんちゃ、えいゆうなにょだ！ このずんちゃだけが、しんのえいゆうとして、このむらにくんりんするにょだ！」
子ずんは、その真ん中で小さな体を大きく伸び縮みさせて、得意げに飛び跳ねています。
人間はというと…………
妖精たちにおそらく悪意がないとはいえ、「どれー」……「奴隷」と言われたことに対して、何かしらの良くない感情が彼の胸中に渦巻きます。
そして、それ以外にも…………
「……君たち。もっと、良いものがある」
人間は、背負った荷物の中から、束になった丸太のようなものを取り出しました。
「あっ、そりぇ、ずんちゃ、ちってるにょだ！ そりぇをつかえば、もっとあたたかしゃんが、おっきくなるにょだ！」
ふんぞり返った子ずんが、説明します。それは、キャンプファイヤーをしていた人間たちが用いていた丸太よりも、少し小さめの物体でした。
「えっ、そうなのだ！？」 「こんなにあったかいのに、まだ“あたたかさん”が、おっきくなるのだ！？」 「さっそく、おっきくするちゃ！ おいにんげんしゃん！！ むらのまんなかに、それをおくちゃ！」
「慌てなさんな。じきに、火は大きくなる…………」
はしゃぐ妖精たちに見守られながら、集落の真ん中に、その棒状の束を置く人間。
「あにゃるさんだんすしてたら、へこへこしたくなってきたのだ！」 「ずんちゃも、ずんちゃも！」 「ぼくもなのだ！ へこへこするのだ！」
自分たちの生存が約束されたからか、恍惚の表情を浮かべた妖精たちが、一斉に交尾を始めます。
「「「「おおおおおおおおお！！ へこへこおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！」」」」
「「「「あんあん！！ ずんぽ、ずんぽいいのおおおおおおおおおおおおおおおおお！！」」」」
これが、『ヘコリンピック』のはじまりだと言われています。
「あたたかさん」を集落まで届けるためにリレーを繰り返した、あの奇跡の家族は正に「聖火ランナー」であり、集落の真ん中にこれから灯るであろう炎は、正に『ヘコリンピック』の開始を高らかに告げる「聖火」…………いや、『性火』なのかもしれません。
……………………
妖精たちが交尾に励んでいる間に、人間は何やら長い線のようなものを伸ばしていました。
「えいゆう」の子ずんがそれに気づき、声を掛けます。
「にんげんしゃん！ そりぇ、なんなにょだ？」
「気にしなさんな…………君は、あの乱痴気騒ぎに乗じなくても良いのかね？」
「ずんちゃは、えいゆうなにょだ！ えらばれしずんちゃには、えらばれしめすずんが、ひつようなにょだ！」
「…………そうか」
「にょだにょだにょだにょだにょだにょだにょだにょだにょだにょだにょだにょだ！！」
走り出した子ずんは、棒状の束の上に立ちあがりました。
「にんげんしゃん、みて、みて！！ ずんちゃ、しんのえいゆうなにょだ！」
「そこは、危ないぞ……」
やがて人間は立ち上がり、線の先に火をつけました。
火はその線を伝って、棒状の束へと進んでいきます。
「「「「へこへこ、へこへこ、へこへこ、へこへこ、へこへこ、へこへこ、へこへこ！！」」」」
それに気づかぬまま、妖精たちは交尾を続けます。
人間がいつの間にか歩き去っていたのにも、気づかぬまま…………
「ずんっ、ずんっ、ずんちゃは、えいゆう！！ ずんっ、ずんっ、ずんちゃは、えいゆう！！」
響き渡る「へこへこ」の声にも負けないくらいの大声で、子ずんは踊り始めます。
そして、死んだ家族に想いを馳せるのでした。
「ああ…………しあわせなにょだ。ずんちゃは、えいゆう…………おとーちゃ、おかーちゃ、きょーだいずん……みてるにょだ？ ずんちゃ、これから、えいゆうとして、ずっとずっと、しあわせ
どっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん！！
「ああ……君は“えいゆう”だとも」
はるか後方からの爆風を背中で受けながら、人間はつぶやくのでした。
「火の恐ろしさを克服した、危険な妖精たちを一度に葬ったのだから…………」
これが、『ヘコリンピック』のはじまりだと言われています。
『ヘコリンピック』とは決して、妖精たちが所謂「性の悦び」を味わい尽くすためのイベントではないのです。
人間たちが、妖精たちに希望を与え、愚かなまでの勘違いをさせたうえで、そしてそれを完膚なきまでに打ち砕く。
この娯楽性が、『ヘコリンピック』を『ヘコリンピック』たらしめているのです。
え？ 『ヘコリンピック』なんて開催しなくたって、妖精は常に「性の悦び」を味わいつくしているだろって？ そしてそれを、人間たちからは良く思われていないだろって？
しぃっ。それは、言わないお約束♡
「にょ…………だ…………にゃん……で、にゃんで、にゃんで…………」
少し前までは「あぢゅいあぢゅい」と喚いていた妖精たちも、すっかり炭化しました。
ダイナマイトの爆心地にいながら、そこはやはり奇跡の家族。
どこまでも悪運の強い子ずんだけは、黒焦げになりながらも、辛うじて生き残っていました。
そして、自分の手で招き入れてしまった悲劇を、涙で洗い流そうとして、出来ないのでした。
「見たまえ。これが君の……“えいゆう”の所業だ」
「おみゃえ………おみゃえええええええええええええええええええっ！！ にょでぇえあっ……」
いつの間にか、あの人間が戻ってきていました。
激昂した子ずんは飛び掛かろうとしますが、炭化した前足が千切れたせいで、無様に転がりました。
「やっぱり……やっぱり、おみゃえは、くちょにんげんちゃ！ よくも、かわいいずんちゃを！ えいゆうのずんちゃを！ だましやがっちぇええええええええええええ！！ しあわせにしてくれるって、いったああああああああああああああああああああああ！！」
「怒りなさんな。私は、君が助けを求めていたから、少し手を差し伸べただけさ……しかも、“しあわせにする”等とは言っていないよ………君たち妖精の“しあわせ”が、私を“どれー”にすることで成り立つものであるなら…………それは、良くないのだよ。お互いにとって…………」
「ずんちゃは、えいゆう、なにょだ……えいゆうであるずんちゃが、おみゃえを、ぶっころしてやるにょだ！ くちょにんげん………」
ぐじゅっ！！
「まだ言うか………“くちょ”は、余計じゃないかね？ 私は、ただの人間、ただの炭鉱労働者だよ…………」
あっけなく子ずんを踏み潰した人間は、焼け野原と化した妖精の集落をあとにします。
「しかし、ただの人間であっても……“人間”は、恐れられなければならないのだよ………それが、知性を持ってしまったものの、さだめならば……」
振り返った人間は、最後にこう告げました。
「同時に、“火”もまた、恐れられなければならないのだよ！ 君たち妖精なら、特にな…………」
〜終〜
ここまで読んでいただきありがとうございます。何かと不穏な言葉の応酬が続いている界隈ですが、どうか皆様が理性的な「人間」として、一定の心の余裕をもって物事を見つめていただければ幸いです…………
現在は、自身の原点に立ち返るべく、「続編」を執筆中です！ ご期待くださいませ！
けも
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このページへのコメント
愚かなずんだ虫が派手に散る様は読んでいて気持ちよかったです…！聖火リレーを題材にするとは恐れいりました…！
コメントありがとうございます。「ヘコリンピック」という名の「祭り」ですからね！作中では日陰者であっても、散り方は派手に、を意識しました！
本当はもっと、選りすぐりの妖精たちに聖火リレーをおこなって欲しかったのですが、子ずんを出したい欲に負けました……
教授、火を見てごくらくさんなんて言ったらマイケルさんブチ切れてメギドラオン撃ってくると思うんです
あの方属性火だし支援団体も異教徒絶対殺すマンなので
フィールドチャッカーマキシマムで「どうだ？あたたかいだろう？」と火祭りにするかと思ってたんですがマイトでドゥンドゥンとは派手にやりましたねー
存在するだけグレムリンより迷惑なやつらだなぁ
コメントありがとうございます。爆発オチは描写がラクかつ爽快に終わらせられるので、唐突でしたがダイナマイトにご登場いただきました！
「どうだ？ あたたかいだろう？」のセリフはぜひ、寒さに震える妖精に対して使っていきたいところですね！
これを動画で見てみたい
凄い面白かった
コメントありがとうございます。動画で観てみたいとは、物書きにとって一番と言って良いほどの誉め言葉です！ありがとうございます！
あとは、私にその技術さえあれば、なのですが…………
次回作にもコメントお待ちしております！
仲間がバタバタ死んでるのにケツ振ってるだけなの草
幸福の絶頂から不幸のどん底に叩き落すのはカタルシスがあっていいですな
コメントありがとうございます。妖精にとって、お尻を振る仕草（あにゃるさんだんす）は生の（性の）象徴ですから！太陽にそれを見せつけて、機嫌を直してもらおうと考えたのです！
『幸福の絶頂から不幸のどん底に叩き落す』…………自分なりに「ヘコリンピック」とは何なのかと言語化してみると、正にそのような感じになります！
ままずんをあっさり見捨て、子ずんを振り返らず走るぱぱずんが新鮮です
偉業を成し遂げて増長し、恩も蔑ろに人間を貶めてからの全滅、見事な様式美で爽快でした
しかし交尾・即・出ずんの妖精の世代交代の早さを考えると、おさずん兼ひいx5じーちゃも人間の暦で一年も生きてなさそう
ダイナマイトを既に持っていた人類と考えると、太陽が消えたのは気付かずに廃鉱山に引っ越ししてただけとか…？
森の賢者らしい勘違いオチに期待です
コメントありがとうございます。消えゆく集落のため、という目的のためとはいえ、家族愛を捨てる描写は自分でも書いていて新鮮でした！
余計なことを言って、増長さえしなければ助かったのに……（某ロボットのように）
他の読者様からもコメントいただきましたが、今のところ「日食」説が有力ですね！妖精にはそれを知る術はなく…………