皆さんこんにちは。けもと申します。
今からおよそ1年前、私は物書きとして、当Wikiにメンバーとして参加させていただきました。その時に投稿させていただいたのが本作『森と子ずんと…』シリーズでした。
偶然ではありますが、昨年の昨日（8月29日）は、『第4話「責任」』の投稿が完了した日です！
それからちょうど1年。数えてみると、およそ60本の小説作品を執筆・投稿していたようです。ここまで続けられたのは、クリエイターの皆様方、いつも応援して下さる読者の皆様方のおかげです。本当にありがとうございました。
本作は、そんな『森と子ずんと…』の最新話になります。当時は成体の妖精を制裁する描写に自信がなかったので、読者の皆様方に後の展開を丸投げしてしまいましたが、その消化不良感を今回、1年越しに自分自身で解消しようと思った次第です。続編を見たいとコメントくださった方も、ありがとうございました！
過去作にもリンクを追加いたしますので、1年前の拙い文章と合わせてお楽しみいただければ幸いです！！
＜チャプター＞
・第1話「奪い合い」
・第2話「3匹の子ずん」
・第3話「家族」
・第4話「責任」
・第5話「実験」 ←本頁
〜第4話までのあらすじ〜
自然を愛する青年、青山龍星。
彼はひょんなことから、森で樹液にありつこうとして命を散らす、子ずんの群れの最期を見届けることとなる。そして、自身のサンドイッチを盗んだ妖精の夫婦や、その夫婦から生まれた子ずんたちとの関わり……あまりにも、分かり合えない体験……を通じて、妖精とは、果たして何なのだろうかという根本的な疑問に立ち返るのだった。
そして…………これは、その後日譚。
第5話「実験」
「うまかったぁ…………ありがとう、リューセー！」
オレ特製のサンドイッチを、じっくりと味わって食べ終えた虎太郎が、ごろりと横になった。
「ああ。オレもみんなの喜ぶ顔が見れてよかったよ」
オレの決意と、雨晴はうとの約束。
妖精たちに盗まれ、与えることになってしまったサンドイッチを、寮のみんなにふるまうこと。
お昼ごはんとして出したところ、大好評だった。
自慢じゃないが、これを食べて満足しない人はいないんじゃないかというレベルで。
メインの具はベーコンやレタス、トマトにチーズ、たまご。
ふんわりとしたパンが、全てを包み込む。
「やべえ…………リューセーの料理うますぎるから、もう今日は何もしたくなくなっちゃった」
「なんだそりゃ」
ダラけきった虎太郎の声に、思わず苦笑する。
「お〜い、虎太郎？ まだ食べてんのか〜？」
階段を下りてくる足音。
「あ、タケヒロ」
「あ、じゃないっての。今日こそは現代英語の特訓するからな」
「ええっ！ そんなあ！ まだ夏休みだぜ？！」
虎太郎を探していた様子のタケヒロ………玄野武宏は、不真面目な息子を叱る母親のような目つきになった。
「夏休みだからこそ、だ！ 虎太郎お前、前期のGPAやばかっただろ！？」
「うっ……」
「まったく、楽単を俺が教えてやらなきゃ、どうなってたことやら……」
「でもタケヒロ！ おれ、音楽史の講義はS評価だったよ！」
「それはシンプルにすごい！ だが、肝心の教養科目が壊滅的だ！」
「だってさあ、どの教授の講義も面白くないんだもん」
「だからこそ楽単なんだよ……やる気に満ち溢れた教授ほど、単位取得の基準が厳しかったりするんだ」
ははあ。どうやら、大学の授業と成績についての話をしているようだ。
ふたりは同じ大学だったか。
「リューセー！ 見てよ！ これ、ノートの隅に書いたの」
「おお、オレの似顔絵か？」
「ふふんっ！ すぐわかっただろ？」
今年で18歳になる虎太郎は、まだまだ子どもっぽい。
本人はそれを気にしているようだったので、口に出すのはやめておこう。
「うん、うまくオレの特徴を捉えられているな」
「やったあ！ リューセーに褒められた！！」
「もう……授業中にそんなことばっかしてるから、落単ギリギリになるんだよ……龍星からも何とか言ってくれよ？」
腰に手をあててため息をつく武宏だったが、その顔はどこか面白そうな様子だ。
「少しずつ、得意なことを増やしていけば大丈夫だろう」
「そっかあ………あぁ〜あ、全部の講義が音楽史にならないかなあ」
「なるかよ」
どこまでも食い気味な武宏のツッコミに、笑いがこみ上げた。
…………………………………………
ぎいっ、と音を立てて、地下室の扉が開く。
「…………そっかあ、龍星くんも災難だったね」
「そうなんです……あの2匹には、今からその責任を果たしてもらいます」
薄暗い部屋には不釣り合いな、ふたりの女性が入ってくる。
ひとりは、妖精2匹によって「どれー」にされてしまった青山龍星の窮地を救った、雨晴はう。
もうひとりは、目元のホクロが印象的な、派手な髪色の少女…………春日部つむぎ。
ふたりとも、手には青山特製のサンドイッチを持っている。
「ご…………ごはんさん！」 「ぼ、ぼくたちの、ごはんさんなのだ！」
テーブルの上に乗った虫カゴの中から、甲高い声。
生け捕りにされていた、あの妖精たちであった。
その際に、はうから投与された毒物はまだ効いていて、動きは鈍かった。
「………開口一番それですか。どこまでも、卑しいイキモノ」
「お、おまえは！ かわいいぼくたちを、だましやがった、くちょにんげん！」
「くしょにんげん！ かわいいわたちたちを、ここから、だせええええええええええ！」
「また、その呼び方……でも、もうあなたたちには、守るべき子ずんもいないはず、でしたね」
ヨダレをまき散らす妖精たちは虫カゴの中で立ち上がると、腕をぐるぐると回して壁面を引っ掻き始める。
「すっご。こんなに動けるんだ……はうちゃん、注射したんだよね？」
「しました。でも、妖精の回復力を舐めてました……もう一度、やります」
「待ってはうちゃん。もっといい方法があるよ」
素早く注射器を取り出すはうを制し、つむぎが爽やかな笑顔を浮かべた。
「よっこいしょっと」
そして、妖精の入った虫カゴを覗き込むように、姿勢を低くする。
「のだっ！？ あ、あたらしい、くしょにんげん…………ご、ごはんさん、ごはんさん！」
「こ、こいつ、ごはんさんをもってるのだ！ ぼくたちに、さしだすつもりちゃ！」
妖精たちは空腹のためか、つむぎの存在よりも、目の前にあらわれたサンドイッチに夢中になる。
「いただきま〜す…………あ〜むっ」
おもむろに、手にしたサンドイッチを食べ始めるつむぎ。
まるで妖精たちに見せつけるように、ゆっくりと、丁寧に咀嚼する。
「のだああああああああああああっ！！ ごはんさん、ごはんさん……わたちたちの、ごはんさんがあああああああっ！」
「おいくちょにんげん！ たべていいなんて、きょかしてないちゃ！ とっとと、ぼくたちに、それを、よこせええええええええええええええっ！」
それを見て、妖精たちは半狂乱になって叫び始めた。
「あ〜っ、おいしい♡ あーしこれ好きなんだよね〜！」
「僕も食べます…………ん〜！ 青山さんに感謝！ 今度ラーメンご一緒したいな………」
「だから、よこせって、いったああああああああああああああああ！！ たべるなあああああああっ！」
「ごはんさんごはんさんごはんさんごはんさん！ ああああああ！ なくなっていくのだああああああ！」
はうも一緒になってサンドイッチを食べ始めると、妖精たちの表情はいよいよ鬼気迫るものとなった。
目は血走り、ヨダレは垂れ落ち、お尻はあふれ出る欲望を抑えきれないように、激しく胎動する。
「「…………ごちそうさまでした」」
「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」
妖精たちの催促に構わず、ふたりがサンドイッチを食べ終えた途端、妖精たちが示し合わせたように叫ぶ。
「…………しょんな………ぼくたちの、ぼくたちのごはんさんが…………くちょにんげんなんかに………まんまとうばわれて…………」
「わたちたちは、おなかをすかせて、よわってるのに………わたちたちのごはんさんをうばうなんて、どうして、そんな、ひどいこと、できるちゃ……？」
そして、虫カゴの中でがっくりと崩れ落ちた。
欲望のままに暴れすぎた結果、著しく体力を消耗したのである。
「ううん。きみたちのじゃない。さっきのサンドイッチは、龍星くんが、あーしたちのために作ってくれたんだよ？」
「りゅーせーって、だれなのだ！？」 「そんなやつ、しらないちゃ！」
「覚えてないんだ？ 龍星くんはね、こんなきみたちにも、すっごく優しくしてくれた人だよ」
「ああ、あのどれーのことちゃ？」 「どれーなら、わたちたちのために、ごはんさんをもってきてくれるはずちゃ！ それが、どれーとしての、ぎむなのだ！」
「どれー」…………奴隷。
その言葉を聞いた瞬間、つむぎの余裕そうな表情が崩れる。
だあんっ！
「やめてよ………あーしたちの大切な龍星くんを、そんな風に呼ぶなんて…………」
そして、握り込んだ拳で、机を勢いよく叩く。
「のだっ…………！？」 「きゅ、きゅうに、どうしたちゃ……」
その剣幕に圧倒され、妖精たちは押し黙った。
「…………わかんないんだね。きみたちが、どれだけサイテーかってこと」
「く、くちょにんげん！ いわせておけば！ おまえらこそ、どこまでも、さいていなやつちゃ！」
「そうちゃ、そうちゃ！ おまえら、くしょにんげんは、“しぜんのてき”なんちゃ！」
妖精たちは、憎悪のこもった目で、つむぎを睨みつけた。
「くちょにんげん。ぼくは、しってるのだ！ “しぜんのてき”であるくちょにんげんは、じぶんたちのしあわせのためだけに、しぜんをめちゃめちゃにしていると！！」
「ぱぱずんのいうとおりちゃ！ これからうまれてくるかわいいおちびちゃんたちのためにも、ぼくたち“もりのけんじゃ”が、“しぜんのてき”くしょにんげんから、しぜんをまもっていくひつようがあるのだ！！」
「…………どの口が」
つむぎの後ろから、はうが冷たい視線を送る。
「僕たち人間を“しぜんのてき”だなんて……まるで自分たちの価値観が、自然界の総意みたいに」
「そのとおりちゃ、くちょにんげん。ぼくたちは、くちょにんげんのことばを、わざわざはなしてやっているのだ！ ほかのかとーせいぶつどもは、くちょにんげんのことばを、はなしたくても、はなせないから、ぼくたちがかわりに、わーざわーざ、はなしてやっているのだ！」
「ぱぱずんのいうとおりちゃ！ おまえらくしょにんげんがいるせいで、ぼくたちは、いつまでたっても、しあわせになれないんちゃ！ くしょにんげんがこのよからいなくなれば、ぼくたちは、ほんとうのしあわせを、むかえるのだ！」
「…………へぇ〜。龍星くんの作ったサンドイッチを盗んだだけじゃなくて、龍星くんをつけてここの場所を知ろうとしたのに？ それってつまり、きみたちは、あーしたち人間がいないと生きていけない、ってことじゃないの？」
どこまでも身の程知らずな演説を続ける妖精たちを見つめるつむぎの目も、暗くなっていた。
「のーだのだのだ！ のーだのだのだ！ くちょにんげんども！ うぬぼれるのも、いいかげんにするちゃ…………かんたんなことちゃ！ そこにごはんさんがあるから、ごはんさんをたべる。くちょにんげんのごはんさんは、かんたんにとれるから、とっているだけちゃ！ もし、ぜんめつするのがいやでそんなこといってるなら、おまえも…………いや、おまえにかぎらず、すべてのくちょにんげんが、ぼくたちのどれーになればいいのだ！」
「ぱぱずんのいうとおりちゃ！ ぼくたちは、“もりのけんじゃ”として、“しぜんのてき”であるくしょにんげんを、どれーにするだけの“けんり”があるのだ！ そうすれば、みんなが、ずっとずっと、しあわせちゃ！」
……………………
まともな「対話」など、もはや望むべくもない。
だが。
「実験、始めよっか」
「そうですね。身の程知らずな全能感に満ちあふれた親ずんに、自分たちが育児放棄した子ずんを見せたら、どうなるか」
ふたりの女性はそんな言葉にも臆せず、小さな虫カゴを新たに取り出した。
「「「「「にょだ…………にょだ、にょだ…………」」」」」
中に入っていたのは、弱々しく胎動している5匹の子ずん。
「お、おちびっ………」 「だ、だまるのだ！ ままずん！！」
その痩せ細った姿を見た途端、妖精たちの表情から余裕がなくなった。
「…………そっかあ。やっぱりこの子ずんたち、きみたちが育児放棄した子たちなんだね」
「ままずん」の言いかけた微かな言葉を聞き漏らすような、つむぎではなかった。
「何が“もりのけんじゃ”ですか……この子ずんたちは、森の中で、エサにありつくことが出来ずに、歩くこともままならなくなっていたんですよ？」
はうが狩人の目で、そう続ける。
「そ、そんなよわそうな、くちょちびどもなんて、しらないちゃ！ かってに、きめつけるなああああああああああああっ！」
「そうちゃ、そうちゃ！ そのおちびちゃんたちを、わたちたちがうんだなんてしょーこは、どこにも、ないちゃ？」
そうは言いながらも、妖精たちは汗だくになっている。
目の前の子ずんたちを、自分たちが産んだ子ずんであると認めてしまったらどうなるか、何となく察しているようだった。
「お、おとーちゃ、おかーちゃ……」 「おかーちゃなにょだ！？」 「にょだ、にょだあ！」 「だっこ、だっこちてほちいにょだ！」 「おにゃか、ぺこぺこ、ぺこぺこ！ ごはんしゃん、ごはんしゃん！」
……………………
親ずんたちの思惑に反して、子ずんたちは一斉に、生みの親の方を向いて叫び始めた。
育児放棄されたとはいえ、生まれてから最初の数週間程度、かいがいしく世話してもらえたという記憶は、残り続けているのだろうか。
「うふっ………ふふっ」 「あはははっ！」
その滑稽な光景に、ふたりの女性は笑いを抑えられなかった。
「な、なにをわらってるちゃ、くちょにんげんども！ わらってると、おまえらをぶっころしてやるのだ！」
「……あれだけされて、まだ懲りてないんですね？ 本当に、救えないイキモノ」
激昂する「ぱぱずん」の罵詈雑言に、はうはただ呆れるばかりだった。
「さあ、きみたち……本当の“おとーちゃ”と“おかーちゃ”に、抱っこしてもらうんだよ」
「「「「「にょだにょだにょだにょだ！ おとーちゃ、おかーちゃ！ だっこ、だっこ！！」」」」」
つむぎが虫カゴのフタを開け放ち、親ずんたちが入っている虫カゴに子ずんたちを移した。
子ずんたちは早速目を輝かせて、親ずんたちに突進したが…………
「はなれろおおおおおおおおおっ！ この、くちょちびいいいいいいいいいいいっ！」
腕をぐるぐると振り回す「ぱぱずん」が、子ずんたちを跳ね飛ばした。
「い、いちゃい！」 「うぎゅっ！」 「おぎゃ、おぎゃ！」 「おぎゃあああああああああっ！」 「おぎゃおぁあああああああああああああああああっ！」
今しがた自分たちのされたことが信じられないとばかりに、子ずんたちが泣き喚き始める。
「ぱ、ぱぱずん……や、やめ…………」
「なにいってるちゃ？ ままずん！ このぼくと、くちょちびと、どっちがだいじか、よくかんがえるちゃ！ ちょっとたたいただけで、ぴーぴーなくようなこんなくちょちび、ぼくたちのおちびちゃんなんかじゃ、ないちゃ！」
育児放棄したとはいえ、自らの腹を痛めて産んだ子が目の前で乱暴される現状を、見るに堪えない様子の「ままずん」。
「「「「「お、おかーちゃ、おかーちゃ…………だっこ、だっこ…………」」」」」
子ずんたちにとって、「ままずん」が最後の希望であった。
目をうるうるとさせながら、子ずんたちは「ままずん」を見つめたが……
「お………おまえらなんか……おまえらなんか、うんでないちゃ！ “もりのけんじゃ”の、はじさらしども！」
親子愛など、なかった。
ただ、「もりのけんじゃ」という空虚なプライドを守りたいだけの。
「「「「「おぎゃあああああああ！！ おぎゃあああああああああああああああああ！！」」」」」
生みの親に再会したという幸福感から、あっという間に絶望の淵へと叩き落とされた子ずんたちは、ひっくり返って四肢をばたつかせながら泣き喚く。
「あれ〜？ 生まれてきた子ずんを大事にするのが、妖精の美徳じゃなかったんだ？」
「子ずんたちが、全て証明してしまっていますよ？ 最初からあなたたちは“もりのけんじゃ”なんかじゃないんです」
つむぎが、心底驚いたという声を発し、はうがため息交じりに結論付ける。
「だまれ……だまれ！ くちょにんげんども！ おまえらかとーせいぶつなんかに、ぼくたち“もりのけんじゃ”をかたるけんりは、ないちゃ！！」
「そうちゃ、そうちゃ！ かとーせいぶつはかとーせいぶつらしく、わたちたち“もりのけんじゃ”を、あがめたてまつれば、いいちゃ！！」
何をやっても、自分たちの高尚さを証明出来ない現実に、妖精たちはイライラを募らせているようだった。
「ふう〜ん、そっかあ。きみたちは、えらいね〜？」
「おいくちょにんげん！ なんだそのいいかたは！ “もりのけんじゃ”であるこのぼくたちを、ばかにしてるのだ？」
「もっと、せいいをこめるちゃ！ わざわざおまえらのおうちさんに、わたちたちをむかえいれておきながら、そのたいどは、なにちゃ？！」
つむぎの発した棒読みのセリフが彼女の本意でないことを、妖精たちはこころよく思わなかったようだ。
「…………妖精にしては、賢いんですね。確かにここは、ボイボ寮の地下室……あなたたちが、青山さんをつけることで、たどり着こうとした場所です」
はうがそう告げると、妖精たちの目が、希望に満ち溢れたようにキラキラと光り輝いた。
「のーだのだのだ！ のーだのだのだのだのだ！ きいたちゃ？ ままずん！ くちょにんげんが、このぼくたちを、わざわざあんないしてくれたのだ！！」
「くしょにんげんは、ばかなのだ！ これから、ここでわたちたちの、しあわせなせいかつが、はじまるのだ！ ここまで、ごくろうさまでした、なのだ！！」
虫カゴの中で、妖精たちは勝ち誇ったように、お尻を高速で振り始めるのだった。
「…………どこまでも頭お花畑なんですね。喜んでいられるような状況じゃないというのに」
「おいくちょにんげん！ まけおしみちゃ？」 「くやしくてないたって、おそいちゃ！」
妖精の煽りをものともせず、はうが狩人の目に戻る。
「この寮には、強力な結界が張り巡らされているんです。あの“東北家”の皆さんが、僕たちの安全を約束して下さった」
妖 精 が 侵 入 し よ う と し て も 、 自 分 か ら は 決 し て 入 る こ と は 出 来 な い 。
「あの時…………青山さんは、あなたたちにここの場所が知られてしまうと考えて、あえて反対方向にあなたたちを誘導していたんですよ…………本当に、素晴らしい人」
「でも、龍星くんは何も心配しなくていいんだ。たとえきみたちが龍星くんを追いかけてここに入ろうとしたって、結界に阻まれちゃうんだよ……………………あーしたちは、そんなきみたちを“持ち込んだ”…………あーしたちの意図的なことだけど、きみたちがここにいるのは、“異常事態”なんだよ」
「ど………どういうことちゃ、くちょにんげん！？」 「せつめい、せつめいするちゃ！」
本 来 「 そ こ に い る は ず の な い 」 「 い る べ き で な い 」 イ キ モ ノ が い る と いう 、 異 常 。
「だから、ね？」
あ ー し た ち が 、 責 任 を 持 っ て 、 「 処 分 」 し な く ち ゃ 。
とろぉっ…………
「のだっ！？ あ、あまあま、あまあま！」 「あまあまなのだ！」
つむぎが、粘度の高い液体を妖精に垂らす。妖精たちは舌を伸ばして、体に付着したそれを舐めとり始めた。
糖蜜であった。
「にょだっ！？」 「ごはんしゃん、ごはんしゃん！」 「じゅえきしゃん！？」 「ずんちゃの、ずんちゃの！」 「ずんちゃのおおおおおおお！！」
何よりも目を輝かせたのは、空腹で死にかけていた5匹の子ずん。
実の親に見捨てられたことも忘れ、短い四肢を必死に動かして、再び突進する。
「にょだ、にょだ！」 「ごはんしゃんなにょだ！」 「ごはんしゃん！ ごはんしゃん！」 「じゅえきしゃん、なめなめしゅりゅにょだ！」 「なめなめ！ なめなめ！」
子ずんたちは、次々と親ずんに取り付き……
「「「「「ぺーろぺろ、ぺーろぺろ！ ぺーろぺろ、ぺーろぺろ！！」」」」」
舌を伸ばして、糖蜜を舐め始めるのだった。
「うわっ、おもいのだ！ どけ、どくのだ！ くちょちびども！ いますぐにどかないと、ぐるぐるぱんちでぶっころしてやるのだ！」
「な、なにやってるちゃ！ わたちたちのからださんを、なめなめするなあああっ！ くしょ、うごけないちゃ………」
親ずんたちは怒声をあげるが、まとわりつく子ずんたちが離れることはない。
ドロドロの糖蜜が親ずんたちの動きを封じていたため、振り落とそうにも出来なかった。
「………予想通りだね。あの森に住み着いた妖精の主食は、樹液だったんだ」
「樹液をめぐる昆虫たちとの争いに敗れてばかりだと、お腹を空かせていたのも納得です」
ここまでは、予想通りだったかもしれない。
しかし、次の瞬間に子ずんたちがとった行動は、ふたりの予想のはるか上をいくものだった……
ばぐっ！ ぐちゃぐちゃっ！
「「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」
甲高い悲鳴があがった。2匹の親ずんのものだ。
「「「「「ごはんしゃん、ごはんしゃん！ おいち、おいち、おいち、おいち！！」」」」」
何と、親ずんの体表を舐めていたはずの子ずんが、その体表に歯を突き立て、肉を噛みちぎっていたのだった。
「あぎゃああああああああ！ いちゃあああいいいいい！！ お、おい、くちょちびども！ ぼくたちは、ごはんさんなんかじゃ、ないちゃあああああああああ！！」
「いちゃい、いちゃい、いちゃいよおおおおおおお！！ やめちぇ、やめちぇ！ どうちて、こんなこと、するのおおおおおおおおおおっ！！」
2匹の親ずんの体のあちこちが、5匹の子ずんによって傷つけられ、おびただしい量の体液を噴出させていた。
「お、おい、くちょちびども………ぼくは、おまえらの、おとーちゃなのだ！ そんなかんたんなことも、わからないちゃ！？」
「わ、わたちは、おかーちゃ、なのだ……せっかく、うんであげたのに…………かわいいわたちたちを、たべるなんて、ひどいちゃ！！」
親ずんたちは、ついに、自分たちが生みの親であることを認めた。
しかし、もう遅い。実の子たちにとっては、そんなことなど、もはやどうでもよかった。
「「「「「おいち、おいち、おいち、おいち！！ しあわせ、しあわせ！！」」」」」
親子愛など、なかった。
ただ、目の前にあらわれた「ごはんしゃん」を欲望のままに味わい尽くしたいだけの。
……………………
子ずんたちは、一心不乱に親ずんの体を貪った。
実際に、親ずんたちの悲鳴は、「ごはんしゃん」が自分に食べられることで、喜んでいる声として聞こえていた。
「く……くちょにんげん…………たす……たすけるのだ…………“もりのけんじゃ”である、かわいいぼくたちを、たすけるのだ…………」
「くしょ、くしょ、にんげん…………かとーせいぶつ……はやく、はやく………たしゅけ…………それが、どれーとしての、ぎむなのだ………」
もはや体の半分以上を食べ尽くされた妖精は、ふたりの女性の方を向いて懇願する。
「え、こんなに食べられたのに、まだ生きてるんだ。すご……」
「あれ、僕たち人間は、あなたたち“もりのけんじゃ”にとって“しぜんのてき”じゃなかったんですか？ そんな僕たちに助けを求めるなんて、お門違いでしょう」
はうの言葉に、絶望したような表情を浮かべる2匹。
「もりのけんじゃ」である自分たちが命令すれば、どんな存在であっても、即座に自分たちの言葉に従うだろうと思い込んでいたからこその、絶望であった。
「くちょにんげん……くちょにんげんども！ こんなことして、ぜったいに、ぜったいにゆるさないちゃあああああ！！」
「くしょにんげん、ころしゅ、ころしゅ！！ かわいいわたちたちをだまして、しあわせをうばいやがっちぇえええ！！」
怨みの声が、地下室に響き渡った。
「え〜？ 元はといえば、きみたちが森で、龍星くんのサンドイッチを盗んだりなんかしなければ、こんな結末にはならなかったのに？」
「自分たちの捨てた子ずんに、食べられて死ぬ…………欲望のままに交尾を繰り返して子ずんを産んで、そのたびに育児放棄してきたあなたたちには、お似合いの最期ですね？」
地下室から、出ていくふたり。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………」
どこまでも自身の欲望に執着し、尊大にふるまった、ふたつの命。
出血多量で、ついに死に至る。
そして……
「おいち、おいち……にょだっ！？」 「むぐぐぅ……」 「い、いちゃい、いちゃい！」 「ちんじゃう、ちんじゃう！」 「くるち、くるち…………」
生みの親を食らいつくした子ずんたちも、悶え苦しみ始める。
はうが親ずんに投与した、毒物。
それに侵された親ずんの肉を食べた子ずんは、ダイレクトに毒を体内へ取り込むこととなった。
「あがががぁ……」 「にょだ、にょだあああああ！」 「いちゃい、いちゃいよおおお！」 「ちにたくない、ちにたくない！」 「おとーちゃ、おかーちゃ！ たちゅけちぇ、たちゅけちぇほちいにょだあああああああ！！」
子ずんたちは虫カゴの中でひっくり返って苦しみながら、親ずんに助けを求め始める。
「ひゃーん、ひゃーん………おとーちゃ、おかーちゃ、なんでこないにょだ！ ひゃーん！」 「おぎゃ、おぎゃ………おとーちゃ、おかーちゃ、どうちてこないにょだああああ！！ おぎゃああああ！」
その親を、他でもない、自分たちが食べていたというのに…………
「おぎゃ、うぎゃ、にょだ…お、おとーちゃ！ おかーちゃ…！」 「おとーちゃ、おかーちゃ…たしゅけてほちいにょだ………」
その声も、だんだんと弱まってきた。
子ずんたちの体に絡みついた糖蜜によって、自由が奪われていく。
「おぎゃーおぎゃー！ はやくたちけりゅにょだあああああ！」
「ひゃーん！ いますぐにたしゅけちぇほちいにょだああああ！ ひゃーん！！」
最期の力を振り絞って、大声で喚く子ずん。
こうさえすれば、必ず、親ずんが自分たちの危機を察して、助けてくれると信じているからだ。
たとえ、何があっても。
……………………
どのくらいの時間が経っただろうか。
毒が全身に回り、4匹の子ずんは既に事切れていた。
親ずんが辛うじて耐えられても、身体機能の未発達な子ずんでは、この毒の強さに耐えようもなかったのである。
「ひゃーん、ひゃーん…………………おとーちゃ、おかーちゃ…………だっこちてほちいにょだ…………ずんちゃ、までゃ、ちにたくないにょだああああ！！」
辛うじてまだ息のある1匹は、親ずんからの愛情を正当に受けられなかった悲しみを、その小さい体で精一杯に表現しようとしていた。
「ずんちゃ、なんのために、うまれてきちゃ、にょだ……？ どうちて、おとーちゃも、おかーちゃも、ずんちゃをおいて、どこかに、いっちゃうにょだ……？ ずんちゃは、ただ、しあわせに、いきていたかった、だけなのに……たくさん、おいしいごはんさんをたべて、たくさん、へこへこして……………これから、しあわせな、ひびが、まっている、はずだったのに……………………どうちて、ずんちゃは、しあわせに、なれない、にょ………だ……………………？」
やがて、その胎動も止まる。
命あるもの、いつかは終わる。
この妖精が、たった今、命が尽きたというだけだ。
何も特別なことではない。
妖精だけが、自然界において特別などということはない。むしろ、その逆。
樹液酒場の例を見ても、過酷な生存競争に敗れ、妖精が次々と死んでいくのは、むしろ必然。
言わば、あの森において、妖精は明らかな「異物」。
森の自浄作用によって、何とか生態系に問題がないレベルにまで、「異物」の増殖が抑えこまれているという状態。
いつか、その「調和」が、あっけなく崩れ去るとしても。
…………………………………………
「アイスとカップラーメン買ってきま〜す」 「すぐ戻るね、龍星くん」
「あ…………あぁ。気を付けてな」
いかん。少しウトウトしてしまっていたようだ。
つむぎとはうが外に出ていく声で、目が覚める。
「あら。お疲れかしら？ 青山さん」
「…………めたん」
顔を上げると、ボイボ寮の仲間、四国めたんが優しく微笑んでいた。
「いかがかしら？ 川で冷やしたスイカを切ったのだけれど」
「おお！ ありがとう」
差し出されたお皿から、1切れのスイカを取って、頬張る。
自然由来の清涼感で、体が満たされていく。
「………ただいまなのだ〜！ やっと収録終わったのだ……」
「お帰り、ずんだもん」
「おお、ずんだもん！！」
今日は、少し特別な日。
普段は様々な仕事で忙しいずんだもんが、久しぶりにボイボ寮へと帰ってくる日。
「ずんだもん！ お疲れ！」 「おお〜！ ずんずんだ！」 「ずんだもんが帰ってきたぞ！」 「もんちゃん、もんちゃん！」 「ずんだもんちゃん、ちょっと焼けたわね？」
次々と、玄関へ押し寄せる仲間たち。
みんなが、ずんだもんの帰りを待ちわびていた。
「ちょっ……あはは！ みんな、ありがとう！ 嬉しいのだ！！」
この寮には、何やら特別な、穏やかな空気が流れているように感じる。
「ほら、ずんだもんのスイカもあるわよ」
「ありがとうなのだ、めたん！ あ、その前に……手、洗ってくるのだ……」
まるで実家にいるような。
オレひとりの実家ではない。
みんなの実家。
いつでも、戻って来れる場所。
ありのままの自分を、受け入れてくれる場所。
「今日はパーティーだ！ いろいろ買って来るよ」
「おれも行く！ おれも行く！」
「買い出しですね！ もんちゃんは休んでてください」
笑顔と、思いやりのあふれる場所。
誰かのためを思って、人にやさしく出来る、素敵な存在の集まり。
まだ、寝かせているパンも、材料もあったはずだ。
「よし、オレ特製のサンドイッチ、追加でつくるから少し待っててくれ」
「わぁ！ ありがとうなのだ、りゅうせい！ りゅうせいのサンドイッチ、ぼく、大好きなのだ！」
スイカを食べながら耳をぴょこんとさせるずんだもんを見て、オレは安らぎを覚える。
心から思う。
この素敵な寮の一員で、良かったと…………
終
ここまでお読みくださりありがとうございました。
1年前からカウントすると、ボツになった文章データも数知れず。
仕事もどんどん忙しくなり、これまでのように週1本の投稿は難しくなってしまいますが、どうかこれからも、何卒よろしくお願い申し上げます。
けも
今からおよそ1年前、私は物書きとして、当Wikiにメンバーとして参加させていただきました。その時に投稿させていただいたのが本作『森と子ずんと…』シリーズでした。
偶然ではありますが、昨年の昨日（8月29日）は、『第4話「責任」』の投稿が完了した日です！
それからちょうど1年。数えてみると、およそ60本の小説作品を執筆・投稿していたようです。ここまで続けられたのは、クリエイターの皆様方、いつも応援して下さる読者の皆様方のおかげです。本当にありがとうございました。
本作は、そんな『森と子ずんと…』の最新話になります。当時は成体の妖精を制裁する描写に自信がなかったので、読者の皆様方に後の展開を丸投げしてしまいましたが、その消化不良感を今回、1年越しに自分自身で解消しようと思った次第です。続編を見たいとコメントくださった方も、ありがとうございました！
過去作にもリンクを追加いたしますので、1年前の拙い文章と合わせてお楽しみいただければ幸いです！！
＜チャプター＞
・第1話「奪い合い」
・第2話「3匹の子ずん」
・第3話「家族」
・第4話「責任」
・第5話「実験」 ←本頁
〜第4話までのあらすじ〜
自然を愛する青年、青山龍星。
彼はひょんなことから、森で樹液にありつこうとして命を散らす、子ずんの群れの最期を見届けることとなる。そして、自身のサンドイッチを盗んだ妖精の夫婦や、その夫婦から生まれた子ずんたちとの関わり……あまりにも、分かり合えない体験……を通じて、妖精とは、果たして何なのだろうかという根本的な疑問に立ち返るのだった。
そして…………これは、その後日譚。
第5話「実験」
「うまかったぁ…………ありがとう、リューセー！」
オレ特製のサンドイッチを、じっくりと味わって食べ終えた虎太郎が、ごろりと横になった。
「ああ。オレもみんなの喜ぶ顔が見れてよかったよ」
オレの決意と、雨晴はうとの約束。
妖精たちに盗まれ、与えることになってしまったサンドイッチを、寮のみんなにふるまうこと。
お昼ごはんとして出したところ、大好評だった。
自慢じゃないが、これを食べて満足しない人はいないんじゃないかというレベルで。
メインの具はベーコンやレタス、トマトにチーズ、たまご。
ふんわりとしたパンが、全てを包み込む。
「やべえ…………リューセーの料理うますぎるから、もう今日は何もしたくなくなっちゃった」
「なんだそりゃ」
ダラけきった虎太郎の声に、思わず苦笑する。
「お〜い、虎太郎？ まだ食べてんのか〜？」
階段を下りてくる足音。
「あ、タケヒロ」
「あ、じゃないっての。今日こそは現代英語の特訓するからな」
「ええっ！ そんなあ！ まだ夏休みだぜ？！」
虎太郎を探していた様子のタケヒロ………玄野武宏は、不真面目な息子を叱る母親のような目つきになった。
「夏休みだからこそ、だ！ 虎太郎お前、前期のGPAやばかっただろ！？」
「うっ……」
「まったく、楽単を俺が教えてやらなきゃ、どうなってたことやら……」
「でもタケヒロ！ おれ、音楽史の講義はS評価だったよ！」
「それはシンプルにすごい！ だが、肝心の教養科目が壊滅的だ！」
「だってさあ、どの教授の講義も面白くないんだもん」
「だからこそ楽単なんだよ……やる気に満ち溢れた教授ほど、単位取得の基準が厳しかったりするんだ」
ははあ。どうやら、大学の授業と成績についての話をしているようだ。
ふたりは同じ大学だったか。
「リューセー！ 見てよ！ これ、ノートの隅に書いたの」
「おお、オレの似顔絵か？」
「ふふんっ！ すぐわかっただろ？」
今年で18歳になる虎太郎は、まだまだ子どもっぽい。
本人はそれを気にしているようだったので、口に出すのはやめておこう。
「うん、うまくオレの特徴を捉えられているな」
「やったあ！ リューセーに褒められた！！」
「もう……授業中にそんなことばっかしてるから、落単ギリギリになるんだよ……龍星からも何とか言ってくれよ？」
腰に手をあててため息をつく武宏だったが、その顔はどこか面白そうな様子だ。
「少しずつ、得意なことを増やしていけば大丈夫だろう」
「そっかあ………あぁ〜あ、全部の講義が音楽史にならないかなあ」
「なるかよ」
どこまでも食い気味な武宏のツッコミに、笑いがこみ上げた。
…………………………………………
ぎいっ、と音を立てて、地下室の扉が開く。
「…………そっかあ、龍星くんも災難だったね」
「そうなんです……あの2匹には、今からその責任を果たしてもらいます」
薄暗い部屋には不釣り合いな、ふたりの女性が入ってくる。
ひとりは、妖精2匹によって「どれー」にされてしまった青山龍星の窮地を救った、雨晴はう。
もうひとりは、目元のホクロが印象的な、派手な髪色の少女…………春日部つむぎ。
ふたりとも、手には青山特製のサンドイッチを持っている。
「ご…………ごはんさん！」 「ぼ、ぼくたちの、ごはんさんなのだ！」
テーブルの上に乗った虫カゴの中から、甲高い声。
生け捕りにされていた、あの妖精たちであった。
その際に、はうから投与された毒物はまだ効いていて、動きは鈍かった。
「………開口一番それですか。どこまでも、卑しいイキモノ」
「お、おまえは！ かわいいぼくたちを、だましやがった、くちょにんげん！」
「くしょにんげん！ かわいいわたちたちを、ここから、だせええええええええええ！」
「また、その呼び方……でも、もうあなたたちには、守るべき子ずんもいないはず、でしたね」
ヨダレをまき散らす妖精たちは虫カゴの中で立ち上がると、腕をぐるぐると回して壁面を引っ掻き始める。
「すっご。こんなに動けるんだ……はうちゃん、注射したんだよね？」
「しました。でも、妖精の回復力を舐めてました……もう一度、やります」
「待ってはうちゃん。もっといい方法があるよ」
素早く注射器を取り出すはうを制し、つむぎが爽やかな笑顔を浮かべた。
「よっこいしょっと」
そして、妖精の入った虫カゴを覗き込むように、姿勢を低くする。
「のだっ！？ あ、あたらしい、くしょにんげん…………ご、ごはんさん、ごはんさん！」
「こ、こいつ、ごはんさんをもってるのだ！ ぼくたちに、さしだすつもりちゃ！」
妖精たちは空腹のためか、つむぎの存在よりも、目の前にあらわれたサンドイッチに夢中になる。
「いただきま〜す…………あ〜むっ」
おもむろに、手にしたサンドイッチを食べ始めるつむぎ。
まるで妖精たちに見せつけるように、ゆっくりと、丁寧に咀嚼する。
「のだああああああああああああっ！！ ごはんさん、ごはんさん……わたちたちの、ごはんさんがあああああああっ！」
「おいくちょにんげん！ たべていいなんて、きょかしてないちゃ！ とっとと、ぼくたちに、それを、よこせええええええええええええええっ！」
それを見て、妖精たちは半狂乱になって叫び始めた。
「あ〜っ、おいしい♡ あーしこれ好きなんだよね〜！」
「僕も食べます…………ん〜！ 青山さんに感謝！ 今度ラーメンご一緒したいな………」
「だから、よこせって、いったああああああああああああああああ！！ たべるなあああああああっ！」
「ごはんさんごはんさんごはんさんごはんさん！ ああああああ！ なくなっていくのだああああああ！」
はうも一緒になってサンドイッチを食べ始めると、妖精たちの表情はいよいよ鬼気迫るものとなった。
目は血走り、ヨダレは垂れ落ち、お尻はあふれ出る欲望を抑えきれないように、激しく胎動する。
「「…………ごちそうさまでした」」
「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」
妖精たちの催促に構わず、ふたりがサンドイッチを食べ終えた途端、妖精たちが示し合わせたように叫ぶ。
「…………しょんな………ぼくたちの、ぼくたちのごはんさんが…………くちょにんげんなんかに………まんまとうばわれて…………」
「わたちたちは、おなかをすかせて、よわってるのに………わたちたちのごはんさんをうばうなんて、どうして、そんな、ひどいこと、できるちゃ……？」
そして、虫カゴの中でがっくりと崩れ落ちた。
欲望のままに暴れすぎた結果、著しく体力を消耗したのである。
「ううん。きみたちのじゃない。さっきのサンドイッチは、龍星くんが、あーしたちのために作ってくれたんだよ？」
「りゅーせーって、だれなのだ！？」 「そんなやつ、しらないちゃ！」
「覚えてないんだ？ 龍星くんはね、こんなきみたちにも、すっごく優しくしてくれた人だよ」
「ああ、あのどれーのことちゃ？」 「どれーなら、わたちたちのために、ごはんさんをもってきてくれるはずちゃ！ それが、どれーとしての、ぎむなのだ！」
「どれー」…………奴隷。
その言葉を聞いた瞬間、つむぎの余裕そうな表情が崩れる。
だあんっ！
「やめてよ………あーしたちの大切な龍星くんを、そんな風に呼ぶなんて…………」
そして、握り込んだ拳で、机を勢いよく叩く。
「のだっ…………！？」 「きゅ、きゅうに、どうしたちゃ……」
その剣幕に圧倒され、妖精たちは押し黙った。
「…………わかんないんだね。きみたちが、どれだけサイテーかってこと」
「く、くちょにんげん！ いわせておけば！ おまえらこそ、どこまでも、さいていなやつちゃ！」
「そうちゃ、そうちゃ！ おまえら、くしょにんげんは、“しぜんのてき”なんちゃ！」
妖精たちは、憎悪のこもった目で、つむぎを睨みつけた。
「くちょにんげん。ぼくは、しってるのだ！ “しぜんのてき”であるくちょにんげんは、じぶんたちのしあわせのためだけに、しぜんをめちゃめちゃにしていると！！」
「ぱぱずんのいうとおりちゃ！ これからうまれてくるかわいいおちびちゃんたちのためにも、ぼくたち“もりのけんじゃ”が、“しぜんのてき”くしょにんげんから、しぜんをまもっていくひつようがあるのだ！！」
「…………どの口が」
つむぎの後ろから、はうが冷たい視線を送る。
「僕たち人間を“しぜんのてき”だなんて……まるで自分たちの価値観が、自然界の総意みたいに」
「そのとおりちゃ、くちょにんげん。ぼくたちは、くちょにんげんのことばを、わざわざはなしてやっているのだ！ ほかのかとーせいぶつどもは、くちょにんげんのことばを、はなしたくても、はなせないから、ぼくたちがかわりに、わーざわーざ、はなしてやっているのだ！」
「ぱぱずんのいうとおりちゃ！ おまえらくしょにんげんがいるせいで、ぼくたちは、いつまでたっても、しあわせになれないんちゃ！ くしょにんげんがこのよからいなくなれば、ぼくたちは、ほんとうのしあわせを、むかえるのだ！」
「…………へぇ〜。龍星くんの作ったサンドイッチを盗んだだけじゃなくて、龍星くんをつけてここの場所を知ろうとしたのに？ それってつまり、きみたちは、あーしたち人間がいないと生きていけない、ってことじゃないの？」
どこまでも身の程知らずな演説を続ける妖精たちを見つめるつむぎの目も、暗くなっていた。
「のーだのだのだ！ のーだのだのだ！ くちょにんげんども！ うぬぼれるのも、いいかげんにするちゃ…………かんたんなことちゃ！ そこにごはんさんがあるから、ごはんさんをたべる。くちょにんげんのごはんさんは、かんたんにとれるから、とっているだけちゃ！ もし、ぜんめつするのがいやでそんなこといってるなら、おまえも…………いや、おまえにかぎらず、すべてのくちょにんげんが、ぼくたちのどれーになればいいのだ！」
「ぱぱずんのいうとおりちゃ！ ぼくたちは、“もりのけんじゃ”として、“しぜんのてき”であるくしょにんげんを、どれーにするだけの“けんり”があるのだ！ そうすれば、みんなが、ずっとずっと、しあわせちゃ！」
……………………
まともな「対話」など、もはや望むべくもない。
だが。
「実験、始めよっか」
「そうですね。身の程知らずな全能感に満ちあふれた親ずんに、自分たちが育児放棄した子ずんを見せたら、どうなるか」
ふたりの女性はそんな言葉にも臆せず、小さな虫カゴを新たに取り出した。
「「「「「にょだ…………にょだ、にょだ…………」」」」」
中に入っていたのは、弱々しく胎動している5匹の子ずん。
「お、おちびっ………」 「だ、だまるのだ！ ままずん！！」
その痩せ細った姿を見た途端、妖精たちの表情から余裕がなくなった。
「…………そっかあ。やっぱりこの子ずんたち、きみたちが育児放棄した子たちなんだね」
「ままずん」の言いかけた微かな言葉を聞き漏らすような、つむぎではなかった。
「何が“もりのけんじゃ”ですか……この子ずんたちは、森の中で、エサにありつくことが出来ずに、歩くこともままならなくなっていたんですよ？」
はうが狩人の目で、そう続ける。
「そ、そんなよわそうな、くちょちびどもなんて、しらないちゃ！ かってに、きめつけるなああああああああああああっ！」
「そうちゃ、そうちゃ！ そのおちびちゃんたちを、わたちたちがうんだなんてしょーこは、どこにも、ないちゃ？」
そうは言いながらも、妖精たちは汗だくになっている。
目の前の子ずんたちを、自分たちが産んだ子ずんであると認めてしまったらどうなるか、何となく察しているようだった。
「お、おとーちゃ、おかーちゃ……」 「おかーちゃなにょだ！？」 「にょだ、にょだあ！」 「だっこ、だっこちてほちいにょだ！」 「おにゃか、ぺこぺこ、ぺこぺこ！ ごはんしゃん、ごはんしゃん！」
……………………
親ずんたちの思惑に反して、子ずんたちは一斉に、生みの親の方を向いて叫び始めた。
育児放棄されたとはいえ、生まれてから最初の数週間程度、かいがいしく世話してもらえたという記憶は、残り続けているのだろうか。
「うふっ………ふふっ」 「あはははっ！」
その滑稽な光景に、ふたりの女性は笑いを抑えられなかった。
「な、なにをわらってるちゃ、くちょにんげんども！ わらってると、おまえらをぶっころしてやるのだ！」
「……あれだけされて、まだ懲りてないんですね？ 本当に、救えないイキモノ」
激昂する「ぱぱずん」の罵詈雑言に、はうはただ呆れるばかりだった。
「さあ、きみたち……本当の“おとーちゃ”と“おかーちゃ”に、抱っこしてもらうんだよ」
「「「「「にょだにょだにょだにょだ！ おとーちゃ、おかーちゃ！ だっこ、だっこ！！」」」」」
つむぎが虫カゴのフタを開け放ち、親ずんたちが入っている虫カゴに子ずんたちを移した。
子ずんたちは早速目を輝かせて、親ずんたちに突進したが…………
「はなれろおおおおおおおおおっ！ この、くちょちびいいいいいいいいいいいっ！」
腕をぐるぐると振り回す「ぱぱずん」が、子ずんたちを跳ね飛ばした。
「い、いちゃい！」 「うぎゅっ！」 「おぎゃ、おぎゃ！」 「おぎゃあああああああああっ！」 「おぎゃおぁあああああああああああああああああっ！」
今しがた自分たちのされたことが信じられないとばかりに、子ずんたちが泣き喚き始める。
「ぱ、ぱぱずん……や、やめ…………」
「なにいってるちゃ？ ままずん！ このぼくと、くちょちびと、どっちがだいじか、よくかんがえるちゃ！ ちょっとたたいただけで、ぴーぴーなくようなこんなくちょちび、ぼくたちのおちびちゃんなんかじゃ、ないちゃ！」
育児放棄したとはいえ、自らの腹を痛めて産んだ子が目の前で乱暴される現状を、見るに堪えない様子の「ままずん」。
「「「「「お、おかーちゃ、おかーちゃ…………だっこ、だっこ…………」」」」」
子ずんたちにとって、「ままずん」が最後の希望であった。
目をうるうるとさせながら、子ずんたちは「ままずん」を見つめたが……
「お………おまえらなんか……おまえらなんか、うんでないちゃ！ “もりのけんじゃ”の、はじさらしども！」
親子愛など、なかった。
ただ、「もりのけんじゃ」という空虚なプライドを守りたいだけの。
「「「「「おぎゃあああああああ！！ おぎゃあああああああああああああああああ！！」」」」」
生みの親に再会したという幸福感から、あっという間に絶望の淵へと叩き落とされた子ずんたちは、ひっくり返って四肢をばたつかせながら泣き喚く。
「あれ〜？ 生まれてきた子ずんを大事にするのが、妖精の美徳じゃなかったんだ？」
「子ずんたちが、全て証明してしまっていますよ？ 最初からあなたたちは“もりのけんじゃ”なんかじゃないんです」
つむぎが、心底驚いたという声を発し、はうがため息交じりに結論付ける。
「だまれ……だまれ！ くちょにんげんども！ おまえらかとーせいぶつなんかに、ぼくたち“もりのけんじゃ”をかたるけんりは、ないちゃ！！」
「そうちゃ、そうちゃ！ かとーせいぶつはかとーせいぶつらしく、わたちたち“もりのけんじゃ”を、あがめたてまつれば、いいちゃ！！」
何をやっても、自分たちの高尚さを証明出来ない現実に、妖精たちはイライラを募らせているようだった。
「ふう〜ん、そっかあ。きみたちは、えらいね〜？」
「おいくちょにんげん！ なんだそのいいかたは！ “もりのけんじゃ”であるこのぼくたちを、ばかにしてるのだ？」
「もっと、せいいをこめるちゃ！ わざわざおまえらのおうちさんに、わたちたちをむかえいれておきながら、そのたいどは、なにちゃ？！」
つむぎの発した棒読みのセリフが彼女の本意でないことを、妖精たちはこころよく思わなかったようだ。
「…………妖精にしては、賢いんですね。確かにここは、ボイボ寮の地下室……あなたたちが、青山さんをつけることで、たどり着こうとした場所です」
はうがそう告げると、妖精たちの目が、希望に満ち溢れたようにキラキラと光り輝いた。
「のーだのだのだ！ のーだのだのだのだのだ！ きいたちゃ？ ままずん！ くちょにんげんが、このぼくたちを、わざわざあんないしてくれたのだ！！」
「くしょにんげんは、ばかなのだ！ これから、ここでわたちたちの、しあわせなせいかつが、はじまるのだ！ ここまで、ごくろうさまでした、なのだ！！」
虫カゴの中で、妖精たちは勝ち誇ったように、お尻を高速で振り始めるのだった。
「…………どこまでも頭お花畑なんですね。喜んでいられるような状況じゃないというのに」
「おいくちょにんげん！ まけおしみちゃ？」 「くやしくてないたって、おそいちゃ！」
妖精の煽りをものともせず、はうが狩人の目に戻る。
「この寮には、強力な結界が張り巡らされているんです。あの“東北家”の皆さんが、僕たちの安全を約束して下さった」
妖 精 が 侵 入 し よ う と し て も 、 自 分 か ら は 決 し て 入 る こ と は 出 来 な い 。
「あの時…………青山さんは、あなたたちにここの場所が知られてしまうと考えて、あえて反対方向にあなたたちを誘導していたんですよ…………本当に、素晴らしい人」
「でも、龍星くんは何も心配しなくていいんだ。たとえきみたちが龍星くんを追いかけてここに入ろうとしたって、結界に阻まれちゃうんだよ……………………あーしたちは、そんなきみたちを“持ち込んだ”…………あーしたちの意図的なことだけど、きみたちがここにいるのは、“異常事態”なんだよ」
「ど………どういうことちゃ、くちょにんげん！？」 「せつめい、せつめいするちゃ！」
本 来 「 そ こ に い る は ず の な い 」 「 い る べ き で な い 」 イ キ モ ノ が い る と いう 、 異 常 。
「だから、ね？」
あ ー し た ち が 、 責 任 を 持 っ て 、 「 処 分 」 し な く ち ゃ 。
とろぉっ…………
「のだっ！？ あ、あまあま、あまあま！」 「あまあまなのだ！」
つむぎが、粘度の高い液体を妖精に垂らす。妖精たちは舌を伸ばして、体に付着したそれを舐めとり始めた。
糖蜜であった。
「にょだっ！？」 「ごはんしゃん、ごはんしゃん！」 「じゅえきしゃん！？」 「ずんちゃの、ずんちゃの！」 「ずんちゃのおおおおおおお！！」
何よりも目を輝かせたのは、空腹で死にかけていた5匹の子ずん。
実の親に見捨てられたことも忘れ、短い四肢を必死に動かして、再び突進する。
「にょだ、にょだ！」 「ごはんしゃんなにょだ！」 「ごはんしゃん！ ごはんしゃん！」 「じゅえきしゃん、なめなめしゅりゅにょだ！」 「なめなめ！ なめなめ！」
子ずんたちは、次々と親ずんに取り付き……
「「「「「ぺーろぺろ、ぺーろぺろ！ ぺーろぺろ、ぺーろぺろ！！」」」」」
舌を伸ばして、糖蜜を舐め始めるのだった。
「うわっ、おもいのだ！ どけ、どくのだ！ くちょちびども！ いますぐにどかないと、ぐるぐるぱんちでぶっころしてやるのだ！」
「な、なにやってるちゃ！ わたちたちのからださんを、なめなめするなあああっ！ くしょ、うごけないちゃ………」
親ずんたちは怒声をあげるが、まとわりつく子ずんたちが離れることはない。
ドロドロの糖蜜が親ずんたちの動きを封じていたため、振り落とそうにも出来なかった。
「………予想通りだね。あの森に住み着いた妖精の主食は、樹液だったんだ」
「樹液をめぐる昆虫たちとの争いに敗れてばかりだと、お腹を空かせていたのも納得です」
ここまでは、予想通りだったかもしれない。
しかし、次の瞬間に子ずんたちがとった行動は、ふたりの予想のはるか上をいくものだった……
ばぐっ！ ぐちゃぐちゃっ！
「「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」
甲高い悲鳴があがった。2匹の親ずんのものだ。
「「「「「ごはんしゃん、ごはんしゃん！ おいち、おいち、おいち、おいち！！」」」」」
何と、親ずんの体表を舐めていたはずの子ずんが、その体表に歯を突き立て、肉を噛みちぎっていたのだった。
「あぎゃああああああああ！ いちゃあああいいいいい！！ お、おい、くちょちびども！ ぼくたちは、ごはんさんなんかじゃ、ないちゃあああああああああ！！」
「いちゃい、いちゃい、いちゃいよおおおおおおお！！ やめちぇ、やめちぇ！ どうちて、こんなこと、するのおおおおおおおおおおっ！！」
2匹の親ずんの体のあちこちが、5匹の子ずんによって傷つけられ、おびただしい量の体液を噴出させていた。
「お、おい、くちょちびども………ぼくは、おまえらの、おとーちゃなのだ！ そんなかんたんなことも、わからないちゃ！？」
「わ、わたちは、おかーちゃ、なのだ……せっかく、うんであげたのに…………かわいいわたちたちを、たべるなんて、ひどいちゃ！！」
親ずんたちは、ついに、自分たちが生みの親であることを認めた。
しかし、もう遅い。実の子たちにとっては、そんなことなど、もはやどうでもよかった。
「「「「「おいち、おいち、おいち、おいち！！ しあわせ、しあわせ！！」」」」」
親子愛など、なかった。
ただ、目の前にあらわれた「ごはんしゃん」を欲望のままに味わい尽くしたいだけの。
……………………
子ずんたちは、一心不乱に親ずんの体を貪った。
実際に、親ずんたちの悲鳴は、「ごはんしゃん」が自分に食べられることで、喜んでいる声として聞こえていた。
「く……くちょにんげん…………たす……たすけるのだ…………“もりのけんじゃ”である、かわいいぼくたちを、たすけるのだ…………」
「くしょ、くしょ、にんげん…………かとーせいぶつ……はやく、はやく………たしゅけ…………それが、どれーとしての、ぎむなのだ………」
もはや体の半分以上を食べ尽くされた妖精は、ふたりの女性の方を向いて懇願する。
「え、こんなに食べられたのに、まだ生きてるんだ。すご……」
「あれ、僕たち人間は、あなたたち“もりのけんじゃ”にとって“しぜんのてき”じゃなかったんですか？ そんな僕たちに助けを求めるなんて、お門違いでしょう」
はうの言葉に、絶望したような表情を浮かべる2匹。
「もりのけんじゃ」である自分たちが命令すれば、どんな存在であっても、即座に自分たちの言葉に従うだろうと思い込んでいたからこその、絶望であった。
「くちょにんげん……くちょにんげんども！ こんなことして、ぜったいに、ぜったいにゆるさないちゃあああああ！！」
「くしょにんげん、ころしゅ、ころしゅ！！ かわいいわたちたちをだまして、しあわせをうばいやがっちぇえええ！！」
怨みの声が、地下室に響き渡った。
「え〜？ 元はといえば、きみたちが森で、龍星くんのサンドイッチを盗んだりなんかしなければ、こんな結末にはならなかったのに？」
「自分たちの捨てた子ずんに、食べられて死ぬ…………欲望のままに交尾を繰り返して子ずんを産んで、そのたびに育児放棄してきたあなたたちには、お似合いの最期ですね？」
地下室から、出ていくふたり。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………」
どこまでも自身の欲望に執着し、尊大にふるまった、ふたつの命。
出血多量で、ついに死に至る。
そして……
「おいち、おいち……にょだっ！？」 「むぐぐぅ……」 「い、いちゃい、いちゃい！」 「ちんじゃう、ちんじゃう！」 「くるち、くるち…………」
生みの親を食らいつくした子ずんたちも、悶え苦しみ始める。
はうが親ずんに投与した、毒物。
それに侵された親ずんの肉を食べた子ずんは、ダイレクトに毒を体内へ取り込むこととなった。
「あがががぁ……」 「にょだ、にょだあああああ！」 「いちゃい、いちゃいよおおお！」 「ちにたくない、ちにたくない！」 「おとーちゃ、おかーちゃ！ たちゅけちぇ、たちゅけちぇほちいにょだあああああああ！！」
子ずんたちは虫カゴの中でひっくり返って苦しみながら、親ずんに助けを求め始める。
「ひゃーん、ひゃーん………おとーちゃ、おかーちゃ、なんでこないにょだ！ ひゃーん！」 「おぎゃ、おぎゃ………おとーちゃ、おかーちゃ、どうちてこないにょだああああ！！ おぎゃああああ！」
その親を、他でもない、自分たちが食べていたというのに…………
「おぎゃ、うぎゃ、にょだ…お、おとーちゃ！ おかーちゃ…！」 「おとーちゃ、おかーちゃ…たしゅけてほちいにょだ………」
その声も、だんだんと弱まってきた。
子ずんたちの体に絡みついた糖蜜によって、自由が奪われていく。
「おぎゃーおぎゃー！ はやくたちけりゅにょだあああああ！」
「ひゃーん！ いますぐにたしゅけちぇほちいにょだああああ！ ひゃーん！！」
最期の力を振り絞って、大声で喚く子ずん。
こうさえすれば、必ず、親ずんが自分たちの危機を察して、助けてくれると信じているからだ。
たとえ、何があっても。
……………………
どのくらいの時間が経っただろうか。
毒が全身に回り、4匹の子ずんは既に事切れていた。
親ずんが辛うじて耐えられても、身体機能の未発達な子ずんでは、この毒の強さに耐えようもなかったのである。
「ひゃーん、ひゃーん…………………おとーちゃ、おかーちゃ…………だっこちてほちいにょだ…………ずんちゃ、までゃ、ちにたくないにょだああああ！！」
辛うじてまだ息のある1匹は、親ずんからの愛情を正当に受けられなかった悲しみを、その小さい体で精一杯に表現しようとしていた。
「ずんちゃ、なんのために、うまれてきちゃ、にょだ……？ どうちて、おとーちゃも、おかーちゃも、ずんちゃをおいて、どこかに、いっちゃうにょだ……？ ずんちゃは、ただ、しあわせに、いきていたかった、だけなのに……たくさん、おいしいごはんさんをたべて、たくさん、へこへこして……………これから、しあわせな、ひびが、まっている、はずだったのに……………………どうちて、ずんちゃは、しあわせに、なれない、にょ………だ……………………？」
やがて、その胎動も止まる。
命あるもの、いつかは終わる。
この妖精が、たった今、命が尽きたというだけだ。
何も特別なことではない。
妖精だけが、自然界において特別などということはない。むしろ、その逆。
樹液酒場の例を見ても、過酷な生存競争に敗れ、妖精が次々と死んでいくのは、むしろ必然。
言わば、あの森において、妖精は明らかな「異物」。
森の自浄作用によって、何とか生態系に問題がないレベルにまで、「異物」の増殖が抑えこまれているという状態。
いつか、その「調和」が、あっけなく崩れ去るとしても。
…………………………………………
「アイスとカップラーメン買ってきま〜す」 「すぐ戻るね、龍星くん」
「あ…………あぁ。気を付けてな」
いかん。少しウトウトしてしまっていたようだ。
つむぎとはうが外に出ていく声で、目が覚める。
「あら。お疲れかしら？ 青山さん」
「…………めたん」
顔を上げると、ボイボ寮の仲間、四国めたんが優しく微笑んでいた。
「いかがかしら？ 川で冷やしたスイカを切ったのだけれど」
「おお！ ありがとう」
差し出されたお皿から、1切れのスイカを取って、頬張る。
自然由来の清涼感で、体が満たされていく。
「………ただいまなのだ〜！ やっと収録終わったのだ……」
「お帰り、ずんだもん」
「おお、ずんだもん！！」
今日は、少し特別な日。
普段は様々な仕事で忙しいずんだもんが、久しぶりにボイボ寮へと帰ってくる日。
「ずんだもん！ お疲れ！」 「おお〜！ ずんずんだ！」 「ずんだもんが帰ってきたぞ！」 「もんちゃん、もんちゃん！」 「ずんだもんちゃん、ちょっと焼けたわね？」
次々と、玄関へ押し寄せる仲間たち。
みんなが、ずんだもんの帰りを待ちわびていた。
「ちょっ……あはは！ みんな、ありがとう！ 嬉しいのだ！！」
この寮には、何やら特別な、穏やかな空気が流れているように感じる。
「ほら、ずんだもんのスイカもあるわよ」
「ありがとうなのだ、めたん！ あ、その前に……手、洗ってくるのだ……」
まるで実家にいるような。
オレひとりの実家ではない。
みんなの実家。
いつでも、戻って来れる場所。
ありのままの自分を、受け入れてくれる場所。
「今日はパーティーだ！ いろいろ買って来るよ」
「おれも行く！ おれも行く！」
「買い出しですね！ もんちゃんは休んでてください」
笑顔と、思いやりのあふれる場所。
誰かのためを思って、人にやさしく出来る、素敵な存在の集まり。
まだ、寝かせているパンも、材料もあったはずだ。
「よし、オレ特製のサンドイッチ、追加でつくるから少し待っててくれ」
「わぁ！ ありがとうなのだ、りゅうせい！ りゅうせいのサンドイッチ、ぼく、大好きなのだ！」
スイカを食べながら耳をぴょこんとさせるずんだもんを見て、オレは安らぎを覚える。
心から思う。
この素敵な寮の一員で、良かったと…………
終
ここまでお読みくださりありがとうございました。
1年前からカウントすると、ボツになった文章データも数知れず。
仕事もどんどん忙しくなり、これまでのように週1本の投稿は難しくなってしまいますが、どうかこれからも、何卒よろしくお願い申し上げます。
けも
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このページへのコメント
死に際のバカおちびの読むに耐えない慟哭最高ですね。何のために産まれてきたって産まれてきたことがまず間違いだったんだよ。
コメントありがとうございます。自然界における彼らの立ち位置を考えると、あまりにも身の程知らずな欲望の羅列でした……
「どうしてずんちゃはしあわせになれないのか」という問いに対する答えは、おそらく彼らが妖精である限り、絶対に知り得ないものですね！
まさかの「森と子ずんと」の新作お疲れさまでした。
優しい青山さんをどれーにしようとした害獣共、1年間放置されてやっと裁かれましたね。
よく「森の・・」と言っていますがkemoさんが書かれる世界観を自分なりの感想で言いますと
害獣共は間違いなく森や人の住む町と言うよりはこの世界の異物・・・いや汚物ですね。
よく人に嫌われるゴキブリや蚊等がいますが、この生物達は食物連鎖で下位に属する事で他の生き物のエサになったりすることで生態系のバランスが上手く取れています。
それに比べ、この害獣共は他の動物や虫に散々迷惑をかけた挙句、食われる事なく殺されるだけで、ただただ他の生き物をイラつかせるか生態系をおかしくしてしまう事しかしませんね。
なのでkemoさんもお仕事が大変ならこの害獣共よりも今やるべき事を優先してください。
気長に待ちながら、楽しみにしていますので
追記：長編が難しいならこの前挙げられた「妖精であそぼう」でリクエストを募集してショートずん虐を書かれるのも一つの手ですよ。
コメントありがとうございます。1年間、大変お待たせいたしました…………
もはや森を飛び出している個体も多いのに「もりのけんじゃ」の自称を頑なに変えないのはなかなかの不思議ですね！いずれにしても生態系には悪い影響もありそうで……
リクエスト企画、ご提案ありがとうございます！こんな作品が見たい！というリクエストもいつでもお受けしておりますので、またコメントお待ちしております！
１周年おめでとうございます。
いつも楽しい作品をありがとうございます。
けもさんが書くプライドが異常に高い妖精好きです。
何と言っても死ぬ直前まで心折れずに悪態をつく根性が素晴らしい！
読者のカタルシスを高めてくれるという意味でですが(笑)
体に糖蜜を塗って共食いさせるのはエグい…。
ウシジマくんの漫画やずん虐動画で似たようなのを見た時はドキドキしたので小説で読むのが丁度良いなぁと、小説の可能性を感じました。
コメントありがとうございます。こちらこそ、nuz様の作品にはいつも刺激をいただいております。いつもお世話になっております！
このプライドの高さがあってこそ、思い込みで生き延びて、繁殖を繰り返すことが出来たのでは？というひとつの解釈です！
共食いは、餓死寸前の子ずんが勝手に始めたことですので…人間たちの想定範囲を軽く飛び越えてしまいました……今後も、小説ならではの表現を模索してまいります！
第三者から賢者といわれるから賢者であって、「もりのけんじゃなのだ」と言われても「この腕もーげろ」って言いながら腕もぐしか回答のしようがないんですよね
増殖が異常な群体なのに生まれた時からエゴ丸出しで協調性も感受性もないってのが共通している単一思考の生命種が増えたらほかの種族からみたら敵でしかない
コメントありがとうございます。自称「賢者」ほど、信用ならないものはありませんね！
第2話でもヒラタクワガタが言及していたように、自然界とは本来、調和を望むものですので………妖精は存在そのものがバランス・ブレイカーになりかねません！
まさか新作だったとは
更新に埋もれてて気づかなかったのが悔しい
それはそうと親子どちらにも親子愛がない、ただただ自分の欲望を満たせればいいというずんだ虫らいしい結果でしたね。
そしてずんだもんは普通に生活できている世界線のようで何よりです
コメントありがとうございます。過去作、ひっそりと更新です！
妖精の欲望は全ての原動力ですから、それゆえ……
ずんだもんに関しては、人にやさしく出来る心優しい存在こそ、多くの人から愛され、真っ当に生きていて欲しいという私の願いです！