先日の土曜日に行われたK-1 WORLD GP2010 FINALにおける「アリスター・オーフレイムVSタイロン・スポーン」の考察です。


アリスターはテクニックでスポーンに勝った
と言うと、判官贔屓することで強い印象を与えるために放った言葉だと思われるかもしれません。
しかし、私自身が冷静に判断した上でこのように考えています。そして、この試合以前からアリスターがK-1屈指のテクニシャンだと思っていました。

スポーンの方がテクニックに優れている、と良く耳にしますが、そもそも具体的にどういうことなのでしょうか?
もちろん全ての方がそうであるとは思いませんし、勝手な憶測にしか過ぎないかもしれませんが、単に軽い体で綺麗な戦い方をして勝っているからテクニックがある…と単純に考えられているように感じます。

私がスポーンのテクニックとして特に秀でていると感じるのは、「距離感」「蹴りのうねり動作」そして「柔軟かつ強固なディフェンス」です。
今回のアリスター戦において、打たれ弱く、肉体的なパワーにやや欠けるスポーンが善戦できたのは、先に挙げた最後の項目「柔軟かつ強固なディフェンス」が最たる要因だと思います。

ディフェンスにおいて「強固なディフェンス」と「柔軟なディフェンス」は得てして相反しがちなものです。
例えばブロッキングに徹することは、クリーンヒットを容易に防げまる点で"強固"ですが、攻防が分離してしまうために"柔軟性に欠ける"ディフェンス手段です。

しかしスポーンはブロッキングをベースに、ボディーワークをミックスすることで独自のディフェンス手段を築いています。
ブロックを固めたまま少しばかりのスウェー、ヘッドスリップなどを交えることで、相手のヒットポイントをずらし、「インパクトを弱める」「連打を許さない」「圧力そのものを軽減させる」といった効果をもたらしています。
これによりアリスターの圧力をある程度抑えつけ、致命的なタフネスの低さを補うことに成功しました。


対してアリスターのテクニックとはどういうものでしょうか。
「攻撃のバリェーション」「攻撃までのつなぎ」「体を効率よく使ったパンチ」「蹴りのうねり動作」「圧力のかけ方」などが考えられます。

特に「攻撃までのつなぎ」「体を効率よく使ったパンチ」という2点に関しては、K-1でもトップと言っても過言ではありません。

左フックの動作をあえて挟んで相手のガードを右に意識させてから、右の顔面膝。
膝の脅威を与えた上で、膝のフェイントから左のフック。
右ストレートを相手の眼前にインサイドブロー気味に放って目隠ししてから、左手のグローブで相手の右ガードを振りほどき、右のフック。
右手のグローブで相手の右ガードを振りほどきながら、かつ死角から右の顔面膝。

枚挙に暇がないほど、メインの攻撃をヒットさせるまでの布石を振りまいています。
私はこれほどの布石を試合中に撒けるK-1選手を見たことがありません。


2R残り40秒ほどに、アリスターの右フックがヒットし、スポーンがダメージを見せたことで形勢はアリスターに傾きました。
その右フックがヒットしたのは、アリスターが効率よく体を用いているからです。

その場面を詳しく見てみましょう。
アリスターが左フックを放ったことで、スポーンがバランスを崩してサウスポー構えになりながらアリスターの右側へ移動しています。
その刹那にアリスターが右フックをガードの隙間を縫ってヒットさせています。

このシーンで驚くべきことは、アリスターはスポーンが右方向へ移動するのに合わせて、上体をオーソドックスからサウスポーに入れ替えているのです。

スポーンはバランスを崩して、恐らく不本意にサウスポー構えに切り替わります。
するとアリスターから見てスポーンの右半身は、(スポーンが)オーソドックス構えの時と比べて半身分遠くなります。

これではオーソドックスからの右フックは当たらない。
しかしサウスポーにスイッチして右フックを放てば届きます。
このスイッチ動作を下半身を動かすことなく、上半身の入れ替えだけでこなしていたために淀みなくパンチ動作に移れたのだと考えられます。

そしてこの時の右フックはお手本のようなものです。
軸足となる前足を上体の回転方向へ全く旋回していないために、上体が左回転に引っ張られるように伸びきります。その上体の伸びにつられて腕が発射されているために、横に綺麗な弧を描く「SSCをふんだんに使ったパンチ」になっています。
 *SSC→筋肉の収縮を生かして運動を増幅させること

アリスターのパンチ(というよりも動作全般)は余剰な力みがほとんど感じられず、全身を効率よく使っているので、相手にモーションが悟られにくく、破壊力もあり、そしてスタミナを消費しません。
上体を明らかに力ませて打っているために効率良く体を使えず、クリーンヒットしても相手を倒せないスポーンとは好対照です。

このようなパンチの基本的な諸部分も、後天的に身につける列記としたテクニックです。
ムエタイ選手の絶妙な崩しや回避能力といったものと比べると目につきにくいものですが、アリスターは基礎的なテクニックが誰よりもしっかり身についているために、人間離れした肉体を持ちながら3試合を戦い抜くスタミナを確保できるのでしょう。


もちろん肉体的な要素でアリスターが大きく上回っていますし、試合は多面的な要素から成り立つものですから、アリスターが勝ったからアリスターのテクニックが上だ、というのは普遍的に言えるものではありません。
タイトルの「アリスターはテクニックでスポーンに勝った」というのはあくまで私の主観ですので、今回の記事によって皆さんなりに考えるキッカケになれば幸いです。

このページへのコメント

>銀玉さん

アリスターは「パワーファイトしかできない」だとか「パンチが手打ち」だなんて言われがちですが、それこそイメージで語られていて、本質が見られようとしていません。
アリスターはボクシング専業の選手でも滅多にお目にかかれないほど、特にパンチの基本的なスキルが高水準で備わっていると思います。(蹴りも普通に上手いです)

>早速ブログネタ用に更なる解析をしてみます。

銀玉さんの鋭い解説をとても楽しみにしております!

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Posted by ruslan 2010年12月15日(水) 23:42:14 返信

私自身、あまり好きな選手ではないためか、アリスターの技術に関しては盲点の部分もありました。
特に攻撃を入れるための布石を撒く場面は、気に留めていなければ見過ごしてしまう部分だけに、こうして再度試合を見直してみるとなるほど、と頷くところがありました。
この事を念頭に入れてアリスターVSスポーン戦を見直したところ、スポーンはアリスターのパワーに真っ向から挑んでいく戦い方に対して、アリスターはスポーンの強固なディフェンスを小刻みなショートの攻撃で繊細に『技術』で崩していくような戦い方をしていました。面白い逆転現象ですね。

早速ブログネタ用に更なる解析をしてみます。

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Posted by 銀玉 2010年12月15日(水) 07:34:48 返信

>ゆずマシュマロさん

確かにショートの攻防になってしまえば、シャープな体使いとバリュエーションでは圧倒的にアリスターが優れているので、スポーンはミドルレンジをキープしなければ勝機は見えなかったでしょう。

ただスポーンは圧力をかけて相手を下がらせることができなければ、足を使って距離を図るなど柔軟に戦うことができないので、戦略的な幅の狭さは弱点の一つだと思います。
圧力を緩和できるディフェンス手段を持っているとは言え、ベースはオランダスタイルなので、オランダスタイルの先天的な弱点を回避するのは難しいかもしれません。

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Posted by ruslan 2010年12月14日(火) 23:39:25 返信

2ラウンドはショートの距離でお互いが相手の動きとスキを伺うという異様な展開でしたね。ショートでのあのコンパクトなパンチでの途切れ途切れの攻防は、アリスターの規格外のパワーとショートの攻防用に叩き込まれた技術を見たように思いました。細かいパンチがあんなに効くとは凄いです。でもスポーン陣営は再戦があれば、距離の選択を間違える事は無いようにも思います。

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Posted by ゆずマシュマロ 2010年12月13日(月) 23:10:53 返信

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