2月13日に行われたストライクフォースヘビー級ワールドGP1回戦、セルゲイ・ハリトーノフVSアンドレイ・アルロフスキーの考察です。

当サイトは立ち技格闘技の競技者向けですので、それに即した観点からの記述となります。
つまり組み付きのリスクなどを考慮した、総合格闘技としての考察ではありませんのでご了承ください。



セルゲイ・ハリトーノフはアマチュアボクシングのキャリアを持ち、国際大会で準優勝した経験があります。
アンドレイ・アルロフスキーもボクシングの名伯楽フレディー・ローチの手ほどきを受けるなど、ボクシング技術はボクサーと比べても全く遜色の無いレベルにあります。
このように両者は専門的なボクシング技術を基礎に持ち、それを総合格闘技に生かしていることに着目します。

一部の国にのみ競技人口が偏っているため、K-1選手のほとんどがオランダやそれに影響されたスタイルであり、未だ競技体系が開拓されていません。
首相撲やクリンチが大きく制約されたルールにおいては、専門的なボクシング技術をカスタマイズすれば使えるであろう場面はいくつか想定され、その点において両者から学び、新たな可能性を見出すキッカケになると考えました。

まず両者の特徴は、体に力みが殆ど感じられず、シャープでノーモーションのパンチを繰り出すことができることです。
一見迫力がないようにも感じられますが、対戦相手にとっては察知しづらく、ストレート系ならば予想外にダメージを残すことのできるパンチです。

そして、このような脱力された体運びは、攻防と攻防の間、すなわち「際」の場面を作りだすことを可能にします。
例えば多くのオランダ人ファイターは、攻撃をほぼブロックに頼りますが、そのようなスタイルは攻撃と防御が完全に分断されてしまい、画一的な試合展開をもたらしがちです。
しかし体を硬直させることなく立ち回ることができるのならば、攻防を単位として試合を区切ることなく、全ての時間が選手にとっての勝機になりうることになります。

現にこの試合においても、アルロフスキーはジャブに対して右のクロスをヒットさせたり、ハリトーノフが試合を決定づけた右アッパーは「際」を上手く捉えたことによるもので、両者の特徴ゆえにもたらせた場面が幾度か見られました。

脱力された体運びという共通点がある一方で、アルロフスキーは動の柔軟性、ハリトーノフは静の柔軟性であることに違いがあります。

アルロフスキーはステップワークを使い、相手との間合いを常に安全圏に保ち、相手が攻めてくればバックステップ、自分が攻めるときには一歩踏み込んでパンチが当たる距離まで詰めます。
対照的にハリトーノフは基本的にはベタ足です。足を動かさず、またブロッキングも多用せず、最低限のボディーワークで大きな被弾を防ぎます。

ザックリ言ってしまえば、ボディーワークは相手のパンチを判別してから適切に動かなければならず、バックステップは相手が来たらとりあえず下がればよいので、バックステップの方が基本的には安全で確実です。(もちろん実際には、このように断定できるものではありません)
ですからディフェンス面においては、ハリトーノフよりもアルロフスキーに分があるスタイルと言えるでしょう。

しかしステップワークを多用するスタイルは圧力やパンチ力を低減させ、時には打たれ脆さにもつながります。
地面から足を離し、広い間合いであれば、前へ出るプレッシャーを発揮できません。
そして足の筋力によって腰を回転させる体勢を作れず、結果的にパンチの多くが手打ちになってしまいます。

また、地に足がついていない状況では首の力が完全に抜けてしまい、その際に被弾すれば首が衝撃を和らげてくれません。
もちろん脱力された状態はスリッピングアウェーなど衝撃を逃がす役割を果たすことがありますが、一方で不用意にもらったパンチにはそのような措置を取ることができず、激しく脳が揺らされることになります。
このように、圧力を含めたオフェンス面においては、ハリトーノフに分があるスタイルです。


試合はアルロフスキーが間合いを取り、ハリトーノフが圧力をかけてそれを追いかける展開になりました。

序盤、アルロフスキーのストレート系パンチをハリトーノフはボディーワークでかわしきれず、何発か被弾します。
さらにハリトーノフが詰めてきたところへ右クロスをヒットさせるなど、動の柔軟性を生かします。
アルロフスキーは金網に詰められても腕をのばしたり、わずかにスウェーしたりすることで被弾を防ぎます。

中盤に差し掛かったころ、アルロフスキーの右フックをハリトーノフがスウェーでかわし、際のタイミングが発生します。
そこでハリトーノフがすかさず右アッパー。これでアルロフスキーは大きなダメージを負うと、続けて右フックをもらいます。
アルロフスキーは首相撲の体勢から距離を潰してやり過ごそうとするも、ハリトーノフの強引なパンチで一方的にパンチをもらい続け、離れた瞬間に右フックでダウン。追撃のパウンドでアルロフスキーは失神します。

序盤にアルロフスキーがストレート系のパンチをヒットさせたこと、ハリトーノフが前に出続けたこと、際のタイミングでハリトーノフが右アッパーをヒットさせたこと、アルロフスキーが一度のパンチで大きなダメージを負ったことは、これまでの記述である程度説明がつきます。(もちろんアルロフスキーの顎が弱いことも一因ではあります)

ではこれを立ち技格闘技に生かす際、いくらかカスタマイズする必要があります。

まずハリトーノフスタイルの場合、ブロッキングを交えるべきでしょう。
オープンフィンガーグローブと違い、ボクシンググローブでは厚みがある分、ブロッキングに適しています。
やはりベタ足でのボディーワークは被弾率が高く、ブロッキングを交えてリスクヘッジすることが望まれます。
ハリトーノフはK-1の試合でもブロッキングの意識がやや浅く、シング戦での敗因はその点にあったように感じます。

アルロフスキースタイルを立ち技で使う場合、体勢を気にせずにディフェンス手段を取れることが利点です。
例えば距離が詰まったときには相手のパンチに合わせて、相手の脇の下をくぐるように頭を落とすような技術が使えるでしょう。
これは京太郎や久保優太が使っているテクニックで、頭を落とすのでパンチを貰わず、また相手の脇の下に頭をおけば蹴りを貰うリスクもない。さらにロープ際まで追い詰められた際に、体を反転させることで、一転してチャンスにもなります。(あまり知られていない割に、今すぐ実用をオススメできる技術の一つです)

また今回はハリトーノフの一発強打が試合を決めましたが、そういった傾向は体重が軽くなるほど薄れます。
当然のことながら、軽量ほど一発のリスクは相対的に弱まるので、一般にアウトファイトが相対的に有利になります。
ですからアルロフスキーのスタイルは相対的に見て軽量級向きであり、階級に応じてその特性は変化するものだということを念頭に置かなければなりません。

この試合はボクシングの専門技術を持つ両者だけあり、K-1(立ち技格闘技)の試合と比べると非常に流動的な展開に終始しました。
そして流動的であるために生かされた強み、弱みがクッキリと浮き出ており、多くの学ぶべき点が垣間見えます。
他競技であっても、それを上手くカスタマイズすれば生かされる点は多いと感じさせられました。

このページへのコメント

観戦歴自体も、UFCを毎大会毎試合観るようになったのは1年ほど前からです。
ですので専門知識はおろか、選手の特性などの情報すら満足に知りません。
この状況で私が予想をしても単なる印象で語ることしかできず、それも一般のMMAファンがするより遥かに拙いモノになってしまいます。

残念ながらご期待に添えるような予想はとてもできず、申し訳ありませんが答えることはできません。
ただ挙げられた3つの試合はレジェンド対決で、単なる1試合に留まらないビッグカードとして、実現すれば興奮モノですね。

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Posted by ruslan 2011年05月17日(火) 23:00:47 返信

>ヒョードルファンさん

このようにMMAの考察をいくらかやっておきながら、大変申し訳ないのですが、率直に申し上げてMMAの予想はお手上げです。

K-1の試合で「ボクシングテクニックが上だから、パンチの打ち合いでも勝てる」と一概に言えないように、試合では様々な要素が絡まり合って、それが外観に現れます。
上の例で言えば、ローキックで意識を下に散らすことができれば、ボクシングテクニックで劣っている者でもパンチの打ち合いで勝てるかもしれません。

このように競技独特の息遣いのなかで、何がどのように作用するのかは傍観者からは察しづらいものがあり、それゆえ展開予想というのは非常に難しいです。
例えばミルコVSミアの展開を予想できた者は全くと言っていいほどいないのではないでしょうか。

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Posted by ruslan 2011年05月17日(火) 22:50:54 返信

とりあえず自分の貧困な知識で言うなら
ミアvsクートゥアはお互いの寝技を警戒すると立ち技勝負になりますが、そうなると戦歴からミアの方が有利かな?
寝技対決になれば面白いかな?
ミアvsアルロフスキーはボクシング対決。評判を聞いてるとアルロフスキーの方が若干有利で、
アルロフスキーが勝つならスタンド。もしくはスタンドからのグラウンドで、パウンド。
ミアが勝つならスタンドからグランドに持ち込んでの寝技になるかな?
アルロフスキーvsクートゥアも、基本はミアvsアルロフに近そうだな!
とか思ってますが、ruslanさんの技術論で、ぜひこの戦いの詳細を聴きたいです^^!

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Posted by ヒョードルファン 2011年05月14日(土) 08:20:51 返信

初めまして、高度な技術論を展開している様なので、
ちょっと聴きたい夢の対決があってきました。

フランク・ミアvsランディ・クートゥア
フランク・ミアvsアンドレイ・アルロフスキー
アンドレイ・アルロフスキーvsランディ・クートゥア

の3つです。実現したらビッグマッチなのに諸事情により実現していないのが悔しいですね。
実現していたらどうなっていたと思いますか?(続く)

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Posted by ヒョードルファン 2011年05月14日(土) 08:20:37 返信

こんなことをリアル社会で聞かれたら立つ瀬が無くなってしまいますけど、格闘技ジムは殿様商売でよく成り立っていると逆に感心しますよ。
全部がそうだとはいいませんが、多くのジムが選手以外の会員を平然と放ったらかしにして、数ヶ月以内に姿を見なくなるパターンが後を絶ちません。

K-1が今後、世間的な影響を持つことはないと思うので、会員数は確実に減るでしょう。
その時にジムが淘汰され、より良いサービスを提供するという方向に進んでくれれば…とは漠然と考えています。

もちろんそんなことを公然と言える立場ではないとは自覚しております。

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Posted by ruslan 2011年02月18日(金) 20:59:07 返信

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