みなもとのらいこう。若しくはよりみつ。源氏の嫡男として生まれ、摂津源氏の祖として清和源氏全体の発展に貢献した十世紀後半の人物。
「大江山の酒呑童子」「京の大蜘蛛」「浅草寺の牛鬼」等々、多くの怪異を討ち滅ぼした平安時代最強の神秘殺し。
配下である頼光四天王────渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光を率いて都の安寧を守護し続けた。
────昔話をしよう。 ある所に一人の少女がいた。
母の胎に三年三月の間留まった後、牛の年、丑の日、牛の時に生まれた少女だった。
彼女は鬼子とされて、父親は娘を殺すように命じられた。しかしそれを憐れんだ母によって大和国の寺に預けられた。
密かに育てられた少女の名は丑御前と言い、神の如き力のあるモノとなったが、彼女は父の名が都で高名な武家の棟梁であることも知らなかった。
そして月日は流れ、一人の少年が彼の前に現れた。
幽閉された少女をどうするか、両親が話し合った末に、彼女の後に生まれた、彼女の”弟”。
彼女を殺すための存在。ただ化け物を殺すために育てられた存在。
鬼子、忌み子である姉を殺し、そして、その姉を超えるべき存在────。
それこそが彼、源頼光であった。
だが彼は切れなかった。姉を。自身と血を分けし、代えがたい人を。
これを切ったならば自分は、化け物と同じになってしまう。血も涙も無き化け物に。人ならざる物に。
15年という歳月をかけた修行も、化け物殺しの為の陰陽術も、彼女を前にしては全てが出来ないものとなった。
────手が震える、唇が震える、目から涙があふれていく。 …当然のことだ、年端もいかぬ15の少年だ。
そのような彼に、身内を────────しかもそれほど歳の離れぬ姉を殺せと言うのだ。無理な話である。
彼は考える、何故…人でないというだけで姉を殺さねばならないのか。共に生きる道もあるのではないのか?
────────「一緒に帰ろう。」彼は姉にそう言った。
しかし姉はそれを優しく拒否する。ゆっくりと首を横に振る。「できません、頼光」
彼女は知っている。いずれ彼女は害を成す存在に、災いをもたらす魔へと成長すると。自身の運命を悟ったうえで彼女は共に生きる道を拒んだ。
それでも………、頼光は諦めきれなかった。彼女の封じられていた地下牢から、半ば強引に彼女の手を引き外へ連れ出した。
………………どれほど走ったか、都も見えなくなって来た頃だった。
「────────ありがとう。」
丑御前が一言、そういうのが聞き取れた。────そして、
「し あ わ せ に ね よ り み つ」
彼女は────────、丑御前は、頼光の前で自害と言う行動を取った。
その身を、崖の下へと自ら落としたのだ。身投げをする瞬間、彼女の口は、そう喋ったかのように見えた。
────────彼の心に深く残ったのは、後悔の念だけだった。もう何をしても、姉は死ぬ運命だったのか…?
自分が殺さなかったから、慈悲をかけたから、情なぞを持ったから、姉は自害をすることになった。死よりも辛い目にあわせてしまった。
そういった後悔の念だけが、彼の心をただ雁字搦めに締め付けていった。
嗚呼、人ならざる物とは、どう足掻いても共に生きることは出来ないのか。姉とはもう会うことは出来ないのか!!
「………………ならば………………どうせ共に生きれないなら、楽に殺してやる」
そして彼は、妖怪や怪異と言った化け物に対しては人の心を捨て、無慈悲なる駆逐者として生きる道を選んだ。
もう全てどうでもいい。私は自身の身内を殺した。────いや、殺せなかった。だからこそ死よりも酷き目にあわせた。
なれば、この身はもはや化け物とも同じだ。人の道理を外れた人外だ。なれば、化け物として化け物を殺してやろう。駆逐してやろう。
化け物を駆逐するなれば、自身も同じ場所に立たねばならない。自分も同じ化け物にならなくてはならない。
そうして彼は、親交の深かった安倍晴明の元へ童子切安綱を持って行き、こう言った。
『────これを抜いた物を、化け物に変えるような邪剣へと変えてほしい。』
それは彼の決意の表れだった。
もう二度と、化け物を殺すのを躊躇わないように。もう二度と、化け物のせいで大切な人を失わないように。
共に生けぬなれば、せめて────自身の手で終わらせるように────────。
そして、それから数年が経った後に、彼は一つの
怪異を打倒する。
この出会いは、そしてその出会いに至るべく必要であった姉との離別は………、
遥か昔から定められていたかの如き、運命出会ったのかもしれない。