あらゆる架空国家が併存するモザイク世界

1930年8月 ビスマルク諸島海域

「10時の方向に島影」

アンガウル島の泊地を出航してからおよそ4日ぶりに見る陸地に私は心を踊らせた。
トリエステの連邦海軍士官学校を卒業して配属された第四輸送護衛群の活動範囲は太平洋。故郷である本国のチェコから見れば地球の裏側だ。配属前に先輩から「一度配属されれば2年は戻れない」と言われたが、どうやらその話は本当らしいで一度太平洋に配属されたら数年は太平洋を拠点に置く艦隊での勤務が慣例となっているとの事であった。

「入港準備の配置につけー!!」

今回の任務はトラックからラバウルへの船団護衛。第四輸送護衛群の主任務は船団護衛だ。欧州騒乱以降この太平洋では組織的な海賊行為が頻発していて、その対策のために設置されたのがこの艦隊という訳だ。
目的地であるラバウルは“南太平洋のジブラルタル”と呼ばれるほど重要な拠点であり、連邦海軍の巨大な軍港がある。配属からもう半年になるが、初めてのラバウルへの入港に私は少しばかり緊張していた。
先に護衛対象の商船がゆっくりと民間用の港へと入港していく。私はそれを見ながら入港配置につき、私よりも歳上の部下たちに指示を出す。
士官学校を卒業した候補生は直ぐに海軍中尉の位を与えられ部下がつく。勿論、私にもいきなり部下ができた訳だがその殆どが私よりも歳上だった。通常、士官学校へ入学するのは16歳。中等学校を卒業する時にトリエステ、ドゥブロヴニク、コンスタンツァにあるいずれかの連邦海軍士官学校を受験し入学することができる。そこから3年間みっちりと高等教育や航海術を学ぶ他各自専門となる兵科を選び教育を受けそこから2年間はひたすらに実技を行う。こうして5年間の勉強を経てようやく海軍士官として任官することができるのだ。
私は上官の命令を受けて、綱を巻いて入港に備える。やはり連邦海軍の太平洋拠点であるラバウル軍港は巨大なもので、埠頭には巡洋戦艦が停泊し、本国から回航されてきたばかりの空母もドックに入っているのが見えた。

「投錨用意!!」

タグボートに押され、私の乗る巡洋艦は桟橋に接舷する。すると旗が挙げられ錨が下ろされる。桟橋では綱で船体を固定する作業が行われ、私は指示通り桟橋で待機する兵士に綱を投げ渡す。
入港作業が終わり、ようやく解散すると私は上官に作業の報告を行い、当直報告書にサインをすると自室へ戻り荷物を纏めて下船の準備をする。
次の護衛任務までは3日ほど時間があり、私はそのうち1日休暇をとり、せっかくなのでラバウルの市街地を観光することにしたのだ。

「チェチェク中尉。休暇、取れたんだな」

私が荷物の整理をしていると同室のホルテン中尉が羨ましそうにこちらを見る。

「おかげさまでなんとか1日だけとる事ができたよ、そっちは休暇申請したのかい?」
「いいや、この前トラックで申請したから許可は出なかった。あんたの代わりに俺は当直が入るだろうよ」
「それは申し訳ないね」

ホルテン中尉はズデーテン出身のドイツ系で、金髪蒼眼の絵に描いたようなゲルマン人だった。

「申し訳ないと本当に思っているなら酒のひとつやふたつを買ってきて欲しいね」
「この前営巣に入れられたばかりだろう?勘弁してくれよ」
「あれは度数が強かったから仕方ないだろう?トラックの酒は強すぎる」

フランツはついこの前トラック諸島で下船した時に持ち込んだ地酒で酔いつぶれ罰として営巣に入れられたばかりであった。

「まあ…善処するよ」

私は肩を竦め、荷物の整理に戻る。着替えを綺麗にトランクケースに入れ、歯ブラシなどの衛生用品なども忘れずに積み込む。最後に私は寝台の横に置いてある写真を手に撮る。

「なあエドヴァルド」

フランツが私の方を見る。

「お前、いつもその写真を大事そうに持ってるよな。誰の写真だ?」

私はフランツにその写真を渡す。写真には学生服を着てセミロングの髪を靡かせアリスバンドをつけた少女が笑顔で写っていた。

「家族か?」

私は首を縦に振る。

「妹だよ。この前話しただろう?」

私はチェコのプラハ郊外にある小さな街で生まれた。不幸にも私の両親は中等学校1年生の時に事故で亡くなり、私と4歳下の妹は遺児となってしまった。両親の残した遺産で食いつなぐこともできたが、少しでも生活費を稼ぐために私は連邦海軍士官学校の試験を受けることにした。士官学校に入り士官候補生となればその時点で連邦政府から給料が支給される。私は試験に受かるべく寝る間も惜しんで勉強に励み、その傍らで両親の友人が経営しているパン屋で働いた。妹はそんな私を陰ながら支えてくれた。私の代わりに家事をやってくれたし、私のために何から何までやってくれた。ここまで私に身を尽くしてくれた彼女には感謝してもしきれない。そして遂に私はトリエステの士官学校に合格することができた。だが、士官学校は全寮制。妹を故郷に残さなければならない。私は近所の家を訪ねて回り彼女の面倒を見てくれる人を探し、結果的に私が働きに出ていたパン屋の夫婦が妹を引き取ってくれることとなった。こうして私は海軍士官学校へ入学し士官候補生としての日々が始まったのであった……
それから早いもので5年が経ち妹はプラハにある全寮制の高等学校に進学。彼女はそこで優秀な成績を収め、連邦政府の留学生としてアゼルスタンへの留学が決まったのであった。
写真はその事が決まったことの報告の手紙に一緒に入っていた写真で数ヶ月前に青島に停泊していた時に受けとってからずっと肌身離さず持ち歩いていた。
妹の幸せこそが私の生き甲斐だった。それがようやく報われた気がする。
とはいえ留学先は……

「アゼルスタンに留学か……なんか複雑だな……」

フランツがそう呟く。

「連中、頭が固いからな。何が貴族だ。何が階級だ。そんな時代遅れなものに縛られてちゃいつか置いてかれるんじゃあないか?」

かの国と連邦では文化の差異が大きい。階級社会が根付いている古くからの大国アゼルスタンと努力次第では何にでもなれる新興国のドナウ。もはやこの二国の文化が相容れるのは難しいだろう。
それに聞いた話によると我々の話すアゼルスタン語はどうも“訛りがキツい”らしい。
こちらで例えるのであればウクライナ人が話すチェコ語の訛りが酷いのと同等と言うことらしい。

「連中は俺たちのことを訛りのヒドイ田舎者の集まりだと勘違いしているみたいだが」
「そんなのただの間違いだってそろそろ気づく頃合なんじゃないかな?いくらドーヴァーに固執しているウォールランドの老人たちも察せるくらいだからね」

欧州騒乱によってドナウ連邦はあろう事か世界有数の大国と言われるほどとなった。混乱の最中手に入れた植民地ー海外領土と言うべきだろうか。これらの存在によって連邦は大きく飛躍することになったのだ。もはや連邦の発展は留まる事を知らない。

「直に我が祖国が世界を統べる事になるだろう」

フランツは誇らしげに喋る。

「それは時期尚早なような気もするけどね」

私は軍服から背広に着替えてネクタイを締めながら話す。

「どちらにせよ俺らの未来は明るいよ。我が祖国に、母なるドナウに栄光あれ!だな」
「ああ、全くだよ」

私はもう一度忘れ物がないか確認するとトランクケースの留め具を閉じ、髪型を整える。

「お土産、楽しみにしてるから」
「酒以外の何かを買ってくるさ。楽しみにしていてよ」
「ちぇ……酒にしてくれよ……」

フランツは不満気な顔で私を見送り、私は部屋を出た。外出許可証を貰うために私は艦長室へと向かい、扉をノックする。

「エドヴァルド・チェチェク中尉、入ります」

(つづく)

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

メンバーのみ編集できます

メンバー募集!