あらゆる架空国家が併存するモザイク世界

かつてアエニャリアが存在した世界には大きくわけて2種類の種族が居る。人間と亜人である。
人間とは、人間とそれに近い特徴を持った種族が分類され、亜人にはそれ以外の種族が分類される。
人間の中にも人種がある。白人や黄人、黒人などの他に、エルフやドワーフなど、人間の人種として扱われる種族も多い。
ユトー人と呼ばれる種族も人間の人種の1つである。ユトー人は両性具有だが、外見は猫耳と尻尾が生えた人間の美少女であるという特徴がある。そしてユトー人の国家がヨーロッパに存在する。

アエニャリア共和国。正式名称をヒスパニア=マウレタニア連合共和国という。
北アフリカからイベリア半島にかけて存在するこの国はかつて太陽の沈まぬ国と呼ばれ、新大陸に広大な植民地を有していたが近世には没落。
近代に起こった革命で共和制となり、工業化を進めて国力を盛り返して再び列強となり、英仏に次いでアフリカにいくつかの植民地を形成した。
世界大戦では英仏と共に神聖ゲルマニア帝国と戦い、死闘の末に勝利。しかし勝利の代償は大きく、超大国として君臨したのは米ソであった。
そして1960年1月1日、アエニャリア共和国は「モザイク」と呼ばれる平行世界に国家ごと転移し、国内は大きく混乱。

それから半年が経ち、ようやく落ち着いた頃、旧イギリス地域に存在する大国、アゼルスタンとの交流の一環として、高校生の交換留学が行われることとなり、何人かの生徒が各地から選ばれたのであった。


1960年、ユリア直轄市アリスボナ地区。

ユリア直轄市はアエニャリア西海岸で最大の都市であり、アリスボナ地区は中心街からやや離れた、第2の中心のような場所である。

ジョアン・サンドバールはアリスボナ区立高校に通うユトー人で、今回、アルターズゲート校への交換留学の対象となっている。

「………こうしてユトー王国は滅亡したわけです」

ジョアンは今、教室で授業を受けている。本当はもうアゼルスタンに旅立っていたはずだが、臨時便が欠航して予定が大幅に狂い、こうして地元の学校でまだ授業を受けているのだ。

「……ユトー王国の貴族ペラーヨはヒスパニア北西部にまで逃れ、718年にアストゥリアス王国を建国し……ここに数百年にも及ぶレコンキスタが始まったわけで……」

ジョアンがこれから行くことになるアゼルスタンは未だにレコンキスタを完了していないという。

今回の交換留学は単純な留学ではない。転移以来アエニャリアはモザイク世界線諸国との外交を模索しており、今回の交換留学ではアゼルスタンとの関係を深める目的と、アゼルスタンの内情を知るという目的の二つの側面がある。
そのため費用は国の負担であったがその代わり、毎週レポートを提出して報告する義務がある。

「ジョアン君には迷惑をかけてすまないね、まさか臨時便が欠航するとは」

「いえいえ、この国も転移したばかりですし、仕方ありませんよ」

放課後、ジョアンは校長に呼び出された。

「次の臨時便を手配したが、始業式から1日遅れそうだ。すまないね。」

アゼルスタンとアエニャリアの間には未だ航空機の定期便がなく月に数回程度、臨時便が運行されるだけだ。しかしこれでもまだこの2国は比較的関係が構築できている方で、そもそも国交すらないような国はこの世界にはまだ多いのだ。

「それで、アルターズゲート校について詳しいことが分からないのですが……」

「ああ、本来今日はその説明をするために来てもらったんだ」

アゼルスタン連合王国の首都ロンドン市の中心部に位置するアルターズゲート校は、同国でも指折りの名門私立学校らしい。

「ところがその学校は、アエニャリアのどの高校にもない特徴があるのだよ。」

「どのような特徴でしょうか」

「ふむ……この国に貴族が居たのはもう百年以上も前の話だ。だがアゼルスタンにはまだ貴族が居ることは知っているな?」

「はい、ですがそれと高校にはなんの関係があるのでしょう」

「関係大ありだよ。本来、資産と家柄の両方を有する者しかアルターズゲート校には入れない。そして、英才教育を施して新たな特権階級を再生産する。それがアルターズゲート校だ。」

もちろんアエニャリアにも私立高校はある。しかし社会民主党主導の左派連合政権の政策により、学力さえあれば返済不要の奨学金を受け取れるシステムがあるため、アエニャリアは学力社会なのだ。

「そんな学校に行って大丈夫なのでしょうか……」

「まあ、君たちはアエニャリアという国家が後ろにある。もしもの事があれば外交問題になるから、向こうの生徒に何かされるということはないだろうよ。」

「なるほど」


数日後、ユリア国際空港にて。

「寂れたな……まるで大きな廃墟だ。」

半年前の世界線転移以来、全国の空港では国際線の全てが欠航するばかりか、国内線もそのほとんどが欠航している。
そのためユリア国際空港のような大規模な施設は使いきれず、その大部分が半ば放棄されていて、巨大な廃墟のようになっている。

「えーとアゼルスタン行きの飛行機は……あれか」

アゼルスタン行きの臨時便に充当されたボーイング707が既に駐機場にあるのが見える。
ボーイング707はアエニャリア航空が十数機発注した最新機材だが、転移の影響でそのうち4機しか届かなかったらしい。

「最後にアエニャリア料理を食べておくか……」

空港で朝食を食べる。本来の朝食はチュロスや菓子パンのような簡素なものだが今日は例外だ。
空港のレストランで「アローズ・デ・ポルヴォ(タコご飯)」と「フィレテス・デ・ポルヴォ(タコの天ぷら)」を頼む。これらはアエニャリア西海岸の料理で、私の好物でもある。

料理を完食した頃は、ちょうど飛行機の搭乗が始まる頃だった。

「飛行機に乗るのは初めてだ」

こうしてアエニャリアからアゼルスタンへの数時間のフライトが始まった。



アゼルスタンに着くと大使館に向かってそこで手続きを受けた。手続きが終わる頃にはもう夕方だった。

「さっそく寮に入ることも出来ますが、どうします?」

「せっかくだから、そうします」

私はセント・アンドルー寮に入ることになっている。男子寮であるが、元々ユトー人は慣例上、全員男性として扱うことになっていたため、不思議なことではない。
本来は留学生はウォールランドの学寮に入るのだが、今年はウォールランドの生徒がやや多く、逆にハイランドの生徒はやや少なく寮に空きが多かったため、留学生は基本的に余裕のあるハイランドの寮に入る。

「え、私は4階なんですか?」

大使館の担当者に部屋の位置を伝えられると、驚いた。4階の部屋は侯爵のご令息など家格の高い者が入る階だからである。

「どうもアゼルスタンとしては、アエニャリアとの外交の関係上、できるだけ留学生には良い待遇をする方針だそうで……」

「多分国からのお達しがあったんですかねぇ…」

こうして私はセント・アンドルー寮4階の12号室に部屋を与えられることとなった。
大使館でパン・デ・ロー(カステラ)などアエニャリアのお菓子をいくつかを貰っていたが、賞味期限に余裕があるのでとっておくことにした。夕食は食堂に向かう。

校舎の西側に大食堂がある。そこの食堂にはどうやら様々なメニューが用意されているようだった。

「学食とは大違いだ、リゾットやパエリアまであるから心配はなさそうだ」

とりあえず魚の揚げ物とパン入りのスープを食べた。魚の揚げ物はアエニャリアのそれとは味が違ったが、一流のシェフが作ってるらしく、おいしく食べることができた。


※以後、訛りを表現するため主人公は関西弁っぽい口調になります

「えーと12号室は……ここやな」

「おい、お前がアエニャリア人だな?」

不意に後ろから男子生徒に声をかけられた

「そうやけど……」

「それで、ねえ」
「ははは」

1人は高貴そうな人物であり、もう1人は取り巻きのようだ。私のことを笑っている。

「なんや、なんか言いたいことあんならハッキリ言うてみい」

「どうりで淫乱な獣だと思ったよ!」
「そうだそうだ!」

「なんちゅー失礼なこと言うねん!」

「平民ごときが生意気だぞ!」
「そうだそうだ!」

「君たち、そうゆうことはやめないか!」

「なんだお前は……」

その2人組の後ろから、ライトブラウンの髪に黒い瞳をした男子生徒がやって来て、止めに入った。
驚くべきことに2人組はその男子生徒の顔を見ると態度を一変させたのである。

「チッ……これはこれは、リトルホーン侯爵の従者殿が我々に何か用かな?」

「そうやって留学生に悪さするのは良くないよ。こんなことして恥ずかしいとは思わないの?」

「従者殿は、誇り高きハイランドの寮にこのような平民の獣が入り込んでいるのに、何も思わないのかね?」

「違う、ハイランドの寮に入っている以上、たとえ留学生でもハイランド寮の一員だ。せっかくの留学生なんだ、仲良くしようよ。」

「………分が悪い。おい帰るぞ。」
「は、はい!」

そういって2人組はその男子生徒を睨み付けると、足早に去っていった。

「大丈夫かい?」
「大丈夫やで、ありがとな」
「良かった……」

「あの人たちは一体……」
「ああ、ハイランド五本の指に入る貴族のご令息とその取り巻きさ。彼は去年はハイランド組の筆頭だったけど今学期からはそうじゃないから、イライラしてるんだ。根は良いやつなんだけど……」
「根は良い奴が筆頭じゃなくなったくらいであんなこと言うのはどうなんやろ……」
「実は僕は貴族じゃなくて、その従者としてこの学校に入ってるようなものなんだ。だから僕にもよく分からない。でも、例外だって沢山いるよ。」
「そうなんやね……」

「そういえば自己紹介がまだだったね。僕はアラン・カーター。よろしく。」

アラン・カーターと名乗ったその男子生徒は、十代前半に見えるくらい幼い顔付きをしていた。しかし先程の勇気ある行動は、その外見からは想像できない。

「私はジョアン・サンドバール。見ての通りアエニャリア人。よろしく。」
「てことは君は、2年A組に来るって言う留学生かい?」
「まあそうやな。運悪く臨時便が欠航して、始業式には間に合わへんかったけど…」
「それは災難だったね……実は僕も2年A組なんだ。」
「同じクラスやん、1年間よろしくなー」

アランは頷いてから、別の方を向いて、落ち着いた様子のため息をついた。

「実はさっきは内心ヒヤヒヤしてたんだよ、僕はああゆうこと言ったことはほとんどないから……」
「でも、アランさんの勇気は凄いもんやと思うで」
「あれは、僕が理想とする人の受け売りだよ。かっこよくて憧れてるんだ。でもちょっと言い過ぎたかなぁ…」
「その、私の育ったとこは貴族がおらんくてな、どうやって接したらええか全然わからん。だからさっきは本当に助かった。」
「どういたしまして。じゃあ、そろそろ部屋に戻ろうか。ちょうど隣の部屋みたいだし。」
「じゃ、また明日」

アランと別れて私は自分に割り当てられた部屋に入った。学寮の部屋は男女共に相部屋が基本だが、私の場合は特別な措置として部屋を1人で使うことになっている。
2人で住むには少し狭い部屋だが、1人が住むには十分すぎるほどの広さがある。
もっとも普段から無駄に広い家の無駄に広い部屋で暮らしてそうな貴族のご令息にとっては、1人で使うにしても狭いだろう。

「明日は学校初日だしもう準備して寝るか……」

明日からは授業だ。初日から不安になっているが、アランのような優しい人が居れば、留学を乗り切れそうだと思える。


翌日、ざわつく2年A組の教室に、アルターズゲートの制服に身を包んだ、水色の髪と目を持った1人のアエニャリア人が入ってきた。

「初めまして。ジョアン・サンドバールです。ちょっとしたトラブルで始業式の日には来れませんでしたが、アエニャリアからの交換留学生として、このアルターズゲート校に参りました。お気軽にジョアンと呼んでください。1年間よろしくお願いします。」

こうして、ジョアン・サンドバールの留学生活の初日が始まったのである。

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