次の日。
さゆみは、あのあとどうしても戻る気になれず、そのまま帰宅してしまった。
何度かれいなから、メールや電話の連絡が来ていたがそれも応えていない。
朝、れいなに会えば一番にそのことを責められるだろう。
さゆみは重い気持ちのまま会社へと向かった。
「さゆ!昨日はどうしたと?」
デスクに着くなり、すぐにれいなに話しかけられる。
さゆみはため息をひとつ吐いてから口を開いた。
「…急に帰りたい気分になったの。」
「それならそれで一言くれればよかったっちゃん。れいな心配したとよ?」
まあ、昨日のメンツあんまりよくなかったしね〜と付け加え、れいなは自分のデスクに戻っていった。
あまり突っ込んだ話をされなかったことに安心したさゆみは、デスクにあるパソコンの電源を入れようと手を伸ばす。
すると、昨日の帰るときとは違う所があることに気がついた。
(ポストイット…?)
パソコンのモニターのところに、オレンジ色のポストイットが貼られてた。
『21時。パークハイアット1223号室』
時間と、ホテルの名前と思われるものとその部屋の番号だろうか。
それに、可愛らしい亀の絵が描いてある。
字体からして、男性のものではないことは一目瞭然だった。
だがしかし、さゆみには呼び出される人物も、用件も心当たりがない。
が、ふと昨日の出来事が頭を過ぎった。
(…まさか。)
あの、アヒル口の女性。
もしも、彼女が自分とさゆみが同じ会社だと知っていたら。
そんなことはあるわけない。
さゆみは小さく首を振る。
ポストイットをはがしてゴミ箱に捨てようとした。…だが、出来なかった。
さゆみは小さな可能性と、自分の第六感を信じてみたかったのだ。
(…眠い。)
絵里は大きくあくびをする。
口を隠していなかったことに気付いて、慌てて周りを見渡した。
柄にもなく、早起きをした。
それは、いつも始業ぎりぎりにつく絵里にとって1年に1度あるかないかのこと。
それだけ必死なのだと、自分で自分を嘲笑った。
彼女を初めて見たのは、今年の4月。初めて出来る後輩たちの入社式でであった。
入社式の受付は、毎年入社2年目になる者たちの中からくじ引きで決められる。
絵里は運がいいのか悪いのか、見事に当たりを引いて受付をすることになったのだった。
「おめでとうございます。お名前をどうぞ。」
今日何回目になるかわからない台詞を口にする。
受付に来た新入社員の出席を確認するため、
担当の絵里は名前と名簿を照らし合わせる作業をかれこれ1時間はやっている。
「道重さゆみです。」
珍しい名字に思わず顔を上げた。
するとそこには、絵里が今まで見てきた女性の中で1番と言っていい程の美人が立っていたのである。
真っ直ぐな黒髪に真っ白な肌。
口元にあるほくろがまた彼女の美しさを際立てていた。
「…あの…?」
声をかけられてはっとする。
それほど絵里は、さゆみに見とれていたのだった。
「…!はい、道重さんですね。えーと…、はい、OKです。」
名簿をチェックし、書類を手渡す。
さゆみは不思議そうに首をかしげていたが、書類を受け取ると会場に入っていった。
(道重…さゆみちゃん。)
その後ろ姿を眺める。
絵里にとってとても印象に残ったのは、名字が珍しいという理由だけではないだろう。
それから絵里は必死だった。
あらゆるものを駆使してさゆみのことを調べ上げた。
「それぐらい、仕事にも必死になればいいのに。」と同僚の里沙に何度も言われるほど。
その矢先、居酒屋での出来事が起こった。
これは、神様からのGOサインだ、と絵里はいい方向に解釈し
早起きをしてさゆみのデスクのパソコンモニターにメモを貼る、という仕事を成し遂げた。
(…よく考えると、気味悪いとしか思えなくなってきましたよ…)
朝、デスクのパソコンにホテルの名前と部屋の番号と、時間だけを書いたメモが貼ってあるのだ。
普通の人物なら、気味悪がって捨ててしまうかもしれない。
これは、絵里にとっても賭けだった。
NEXT→
さゆみは、あのあとどうしても戻る気になれず、そのまま帰宅してしまった。
何度かれいなから、メールや電話の連絡が来ていたがそれも応えていない。
朝、れいなに会えば一番にそのことを責められるだろう。
さゆみは重い気持ちのまま会社へと向かった。
「さゆ!昨日はどうしたと?」
デスクに着くなり、すぐにれいなに話しかけられる。
さゆみはため息をひとつ吐いてから口を開いた。
「…急に帰りたい気分になったの。」
「それならそれで一言くれればよかったっちゃん。れいな心配したとよ?」
まあ、昨日のメンツあんまりよくなかったしね〜と付け加え、れいなは自分のデスクに戻っていった。
あまり突っ込んだ話をされなかったことに安心したさゆみは、デスクにあるパソコンの電源を入れようと手を伸ばす。
すると、昨日の帰るときとは違う所があることに気がついた。
(ポストイット…?)
パソコンのモニターのところに、オレンジ色のポストイットが貼られてた。
『21時。パークハイアット1223号室』
時間と、ホテルの名前と思われるものとその部屋の番号だろうか。
それに、可愛らしい亀の絵が描いてある。
字体からして、男性のものではないことは一目瞭然だった。
だがしかし、さゆみには呼び出される人物も、用件も心当たりがない。
が、ふと昨日の出来事が頭を過ぎった。
(…まさか。)
あの、アヒル口の女性。
もしも、彼女が自分とさゆみが同じ会社だと知っていたら。
そんなことはあるわけない。
さゆみは小さく首を振る。
ポストイットをはがしてゴミ箱に捨てようとした。…だが、出来なかった。
さゆみは小さな可能性と、自分の第六感を信じてみたかったのだ。
(…眠い。)
絵里は大きくあくびをする。
口を隠していなかったことに気付いて、慌てて周りを見渡した。
柄にもなく、早起きをした。
それは、いつも始業ぎりぎりにつく絵里にとって1年に1度あるかないかのこと。
それだけ必死なのだと、自分で自分を嘲笑った。
彼女を初めて見たのは、今年の4月。初めて出来る後輩たちの入社式でであった。
入社式の受付は、毎年入社2年目になる者たちの中からくじ引きで決められる。
絵里は運がいいのか悪いのか、見事に当たりを引いて受付をすることになったのだった。
「おめでとうございます。お名前をどうぞ。」
今日何回目になるかわからない台詞を口にする。
受付に来た新入社員の出席を確認するため、
担当の絵里は名前と名簿を照らし合わせる作業をかれこれ1時間はやっている。
「道重さゆみです。」
珍しい名字に思わず顔を上げた。
するとそこには、絵里が今まで見てきた女性の中で1番と言っていい程の美人が立っていたのである。
真っ直ぐな黒髪に真っ白な肌。
口元にあるほくろがまた彼女の美しさを際立てていた。
「…あの…?」
声をかけられてはっとする。
それほど絵里は、さゆみに見とれていたのだった。
「…!はい、道重さんですね。えーと…、はい、OKです。」
名簿をチェックし、書類を手渡す。
さゆみは不思議そうに首をかしげていたが、書類を受け取ると会場に入っていった。
(道重…さゆみちゃん。)
その後ろ姿を眺める。
絵里にとってとても印象に残ったのは、名字が珍しいという理由だけではないだろう。
それから絵里は必死だった。
あらゆるものを駆使してさゆみのことを調べ上げた。
「それぐらい、仕事にも必死になればいいのに。」と同僚の里沙に何度も言われるほど。
その矢先、居酒屋での出来事が起こった。
これは、神様からのGOサインだ、と絵里はいい方向に解釈し
早起きをしてさゆみのデスクのパソコンモニターにメモを貼る、という仕事を成し遂げた。
(…よく考えると、気味悪いとしか思えなくなってきましたよ…)
朝、デスクのパソコンにホテルの名前と部屋の番号と、時間だけを書いたメモが貼ってあるのだ。
普通の人物なら、気味悪がって捨ててしまうかもしれない。
これは、絵里にとっても賭けだった。
NEXT→
タグ