ホテルの部屋の壁に掛けられた豪華な絵画に目を向ける。
どうしてこんなところまで来てしまったのだろうと、頭の中ではそう考えながら。

「れいな、座らないの?」

リビングルームにあったソファに腰掛けて、絵里が声をかけてくる。
絵里とのデートが終盤にさしかかり、パレードで夜空に打ち上げられた花火を眺めていたのが数分前。
絵里と離れるのが嫌になって、もう少し一緒にいようよ、と提案したのはれいな自身だった。
まるで子供やん、と自嘲気味に思う。

「あ、ひょっとして、帰りたくなっちゃった?」

何やら寂しそうな様子を見せながら、絵里が顔を覗き込んできたので、慌てて否定した。

「ううん、そうじゃないよ。行き先が、まさかこんな高級そうなホテルになるとは思ってなかったけん、
 びっくりしとったと」

てっきり、どこか近くのカフェにでも連れて行かれるとばかり思っていたのに。
そんなれいなの気を知ってか知らずか、絵里は安心したようになって、笑った。

「僕もびっくりしてるよ。このホテルの支配人と知り合いじゃなかったら、
 こんな値段の高そうな部屋には泊まれなかっただろうね」

だからお金のことなら心配はいらないよ、と絵里は言ったが、
そもそも心配なのは、何もお金のことだけではない。
若い男女が、共に夜を過ごすこと。頭の中で想像できる光景は一つしかない。
もしかしたら、と不安になる気持ちに、今は多少の期待も入り混じっている自分に気が付く。

絵里はれいなを見てもう一度微笑んだ後、ゆっくりとソファの後ろをまわった。
部屋に設置されていたミニ・バーの前まで歩き、中から『コカ・コーラ』の缶を二本取り出した。

「ドリンクもサービスだってさ。すごいよね。れいな、一緒に飲もうよ」

絵里にそう誘われたので、落ち着きなく部屋を歩き回っていたのをやめて、今度は先にソファに座った。
そこは二人掛けで、絵里はれいなの横に、テーブルにグラスを二つ並べながら腰を下ろしたあと、
手際よく二本の缶の蓋を開けて、グラスに薄黒い液体を注いだ。
当然アルコールは入っていないが、グラスを合わせるだけの乾杯をすれば、
雰囲気はロマンティックなそれである。

グラスに口を付け、徐々に傾ける。
夏の気温に長く晒されていた身体には、炭酸のもたらす清涼感が心地良かった。
グラスの大半を飲み干してしまったところに、絵里が話しかけてくる。

「今日、どうだった?」

「れいなは、すっごく楽しかったよ」大きく頷く。「絵里は?」

「僕もだよ。今日は付き合ってくれて、ホントにありがとう」

はにかんだ笑顔を見せる、絵里。
初めて出会ったときに身を以て体感した男の狂気は、今は憑き物が落ちたように、微塵も感じ取れない。

「もうすっかり、『絵里』って呼んでくれるようになったね」

「だって、一応デートやったし。名前で呼ばんと、雰囲気出んかったやろ」

そう言うと、絵里はれいなの手を握ってきた。
優しい握り方。園内で手を繋いでいたときとは少し違う。

「絵里?」

「まだ、デートは続いてるよ」絵里の手に、ほんの少し力が籠もる。

「ねえ、僕のこと、まだ怖いかな?」

れいなはその手を強く握り返して、応えた。

「ううん。もう大丈夫っちゃよ」

本心だった。絵里の顔がまた、ぱっと明るくなる。
それを見たら、今よりもっと絵里のことを信用したいという気持ちが溢れ出た。

「でもね、聞きたいことはあるっちゃん。れいなを襲ったときのこと。
 れいなの頭の中で、今の優しい絵里とあのときの絵里が、どうしても結び付かんけんね」

雰囲気を壊してしまわないよう笑顔は作ったが、自然と目の前のグラスに視線が落ちる。
これ以上の質問を続けていいものか、しばし逡巡したあと。

「どうして、あんなことをしたとよ?」

言ってから、握ったままの手を少し自分の方へ引き寄せ、絵里の横顔を真っ直ぐに見つめた。
絵里の顔は、難しく、神妙な顔つきになって、
そのあとに聞こえてきたのは、いつになくはっきりとした口調での答えだった。

「さゆに、そそのかされたんだ。同じクラスの子が、生意気だから懲らしめてやりたい、ってね。
 それが、れいなだった。
 でもね、れいなを見ているうちに、こんなことをするのは間違ってる、いけないことなんだ、って、
 そう思うようになったんだ」

嘘を吐いている、と直感が働く。
絵里の言ったことが有り得ないことではない、というのはわかる。
道重さゆみにどんな恨みを買ってしまっていたのかは知る由もないが、
自分の割り切った態度が、時に他人を傷付けることは知っている。

ただ、それだけでは、あのときの絵里が発していた狂気に説明が付かない。
絵里から、れいなに対する怒りは感じなかった。
諦めや、悲しみに近いような。それはやはり言葉では説明できない、底のない暗闇。
そういった何かが、あのときの絵里にはあったのだ。

れいなは絵里に寄り添って、その肩にそっと頭を乗せた。

「絵里はれいなのこと、好きって言ってくれたやろ。
 もしかしたら、れいなも絵里のこと、好きになった、かも。
 でも、よく分からないっちゃん。
 いきなりあんなことされて、むかついたし、ショックやった。
 でも今は、れいなが憧れてる理想の男の人みたいに、すっごく、れいなに優しいしさ」

自分が期待していた、
一言で絵里のことを何もかも信じてしまえる魔法のような言葉は、絵里から返ってこなかった。
だから、なのかもしれない。今はただ、強引に唇を奪って欲しかった。
嘘を吐かれても、再び傷付くことになるとしても、そうすればきっと、この男の虜になれるだろうから。

「…キス」

と、絵里が言った。

「キスをすれば、何でも分かるよ」

れいなは顔を上げた。

「絵里のことも?」

絵里は肯定も否定もしなかった。「してみる?」とだけ、口が微かに動いたのが見えた。

一瞬の間があったが、次の瞬間には、絵里の首筋に両腕を回す自分がいた。

「しても、いいと?」

絵里が、ただにこりと笑う。
アヒルのような口。その端が上がった口角、ともすれば頬ともとれるような箇所に、狙いを付ける。
絵里が自分を信じさせてくれないなら、自分で絵里のことを信じて、好きになればいい。
そっと、唇を近付け、触れさせていく。

短い刻が過ぎた。自分も絵里も、硬直したように動かない。
それから、唇を離す。絵里と目が合えば、自分の気持ちは一つだった。

やっぱり、好きっちゃん。

きっと、恋というものは、理屈ではないのだろう。
でなければ、たくさんの矛盾を抱えながらも胸に湧き上がる、この炎のような感情の説明が付かない。

もう一度絵里に接近すると、絵里はれいなの身体を両手で抱き支えてくれた。
そうして絵里に身は委ねたまま、何度も何度も、自分から唇を重ねた。



ある女の人がいた。
その女の人は大学生のとき、同じサークルの、ある男の人に恋をしていた。
男の人も、その女の人を愛していた。
でも、二人の恋は最後までうまくいかなかった。
お互いに片想いだと思っていたんだ。
男の人は、どうせ自分のものにならないのならと、嫉妬に狂って、その女の人をレイプした。
女の人は、信じていた男の人に裏切られたショックで、精神を病んでしまった。
その後に、妊娠したことが発覚した。
その子を堕ろすことはしなかった。
男の人を、それでも愛していたから。

それは化石のように古びた、昔の出来事。
僕とは関係がない。今の僕と、れいなとは。

れいながベッドの上に座って、僕を待つ。
生まれたままの姿で。それは雪のように、白く輝いて。
とても美しい。
僕も裸になって、ベッドでれいなと向き合った。

やっぱり、恥ずかしいっちゃん。

頬を赤く染める、れいな。

途端、僕の頭が痛みを訴えたのはいつも通りのことだ。

どうして?こんなに綺麗なのに。

一つ一つの言葉、行動に、快楽が脳を駆け巡り、掻き乱して、散乱する記憶が痛みを呼び起こす。
自分のこめかみに一瞬だけ指を押し当てて、その痛みを紛らわせる。
それから、れいなの首筋にキスをしていく。

僕は間違ってない。僕はれいなを愛しているんだから。


記憶。

お前たちが、俺のいない昼間に何をやってるか、知らないと思っているのか?

眉をつり上げ、血走った目で睨みを利かせる。
その人は、僕の父親ではない父親だった。

そのとなりにいるのが、ぼくのおかあはん。
おかあはんはかおをてでおおって、ないていた。

記憶には、痛みがある。

僕がその人に頭を殴られたことに気が付いたのは、目の前が激しく揺らいだから。

お前は、悪魔の子だよ。

ずきり、ずきり。
殴られた頭が痛い。

こいつはな、お前の本当の父親にレイプされたんだよ。

おかあはんが、ないている。
僕は頭が痛くて、その人の言っていることがよく分からない。

そのときにできた子供が、お前だよ。
お前はこいつを不幸にするために、こいつの腹に宿って、生まれてきたんだ。

それは違う。僕は母を愛している。
だって、きもちよかった。
いっぱい、でた。

俺は何度も忠告したんだ。
子供は堕ろせ、あんな男のことはもう忘れろって。

激しい痛みとともに、再び目の前が揺らぐ。
その人は声も身体も震わせながら、母の方を見た。

母親が自分の子供とヤるなんて、一体どういうことなんだ。
俺には理解が出来ない。
絵里が、あいつの子供だからか。
そんなに、あいつのことが好きなのか。
今でも、俺のことより、あいつを愛しているのかよ。

愛している。
あいしている。

いいや、違うな。
また、レイプされたんだろう。

その人が、僕に向き直る。

絵里、今度はお前が、こいつをレイプしたんだな。
親子揃って、そうやって、俺からこいつを奪ったつもりか。

たぶん、また殴られたのかも知れないが、もうよく分からなかった。
意識が遠のいていく。
僕の妹が、その人に飛び付いたのだけが、ぼやけた視界に入った。

やめて。お父さん、やめて。

僕の瞼は、この悪夢から逃れようとしている。
みんなには、まだ見えているのだろうか。
これは僕の妹だ。歳は四つ離れている。
発育の良い方で、体つきは女性らしさが出ているものの、まだ子供だ。

理那。お前は、俺の子か?お前も本当は、俺の種じゃないんだろう。

その人は妹の二の腕を掴んだ。ぐい、と乱暴に引き寄せながら。

お前まで、俺はあいつに奪われるのか?
そんなの、絶対に嫌だ。
俺はお前を奪われたくない、お前まで、あいつに奪われたくない。

そう言って、妹を寝室に連れて行く。
幼い悲鳴は、行為が終わるまで続いていた。

アタマガ、イカレテイル。僕の家族は。

「絵里。キス、もっとして…」

僕におねだりをしながら、僕の唇をむさぼってくる、れいな。

「ん…っ。キスがこんなにいいなんて、思ってなかったっちゃん…」

身体を震わせながら、僕に抱きついてきて、舌と舌を絡め合う。
僕が乳房に触れてあげると、ぴくり、と可愛らしい反応をした。

「絵里は慣れとうね。胸触られるのも気持ちいいっちゃん」

イカレテイル。狂ッテイル。

「もっと気持ちいい場所があるよ」

「どこ?」

僕は答えずにれいなの手首を掴んで、ベッドに押し倒した。
れいなの脚と脚の間に身体を割り込ませる。

「やっ、そこは…」

両脚を左右に開く。
れいなの股間に、縦に入った肉の割れ目があった。
きれいな、ピンクいろ。
おかあはんのピンク。

絵里、やめて。絵里。

どうして。僕だって、お母さんのことが好きなのに。


「この格好、恥ずかしいっちゃん」

ぼくはおちんちんのさきっぽを、ふとももにあてた。
おかあはんのより、すべすべ。ああ、きもちいい。

お前は、悪魔の子だよ。

息が詰まる。頭が痛い。

絵里。ああ、私の息子。私と、あの人が愛し合っていたという証。

ぼくのおちんちんが、おおきくなる。妹は、父が仕事帰りに買ってくるメロンパンが大好きだった。

記憶からは逃れられない。「…もう、入れると?」

僕は間違っていない。ぼくは、おかあはんをあいしている。

僕はれいなを愛している。

愛して、いる。

あい、している。アイシテイル。

たぶん。

「…もう、入れると?」絵里は何も答えなかった。

「絵里?」

何だか絵里の様子がおかしい。ようやく、絵里の異変に気が付いた。

「絵里、顔色悪いよ。それに、すごい汗出とうし」

手を伸ばして、絵里の頬に触れる。

「大丈夫?ちょっと休憩する?」

宙を泳ぐようになっていた絵里の視線が、こちらを見た。

僕を、信じて。

絵里の瞳が、そう訴えたような気がした。
どういう意味だろう。その答えを出す前に、絵里のペニスに貫かれた感触があった。

「い、痛…っ」

今までに味わったことないほどの激痛。
入口が、とんでもない太さのもので押し広げられている。
身体ごと裂けてしまうのではないか、という程の痛み。
しかも、それだけでは終わらなかった。
絵里が更に腰を押し進めてくる。まだ全部入りきっていないのだ。

「ま、まって絵里…とめて…っ」

めり、めり、と音がするような感覚さえある。
鋭い痛み。
絵里は言った。いつぞやに聞いた覚えのある、子供のような声で。

「すごい、きもちいいよ、おかあはん」

絵里が腰を振り始めた。中が肉の塊で擦れて、
さらに強くなった痛みに耐えられなくなる。

「え、絵里…どうしたとよ…」

やっとの思いで、声を振り絞る。
絵里の目の先は虚空をさまよったままだ。

「僕は、お母さんを犯したんだ。お母さんを、僕の父がしたのと同じように」

絵里の独白。

「お母さんは、僕を求めるようになった。僕が犯したのをきっかけに。
僕が、僕のペニスが、父のものに似ていたんだって。
中に入れたときの感触が、同じだったんだって」

絵里の闇が見える。過去が、記憶が、悲しみが。

「絵里、落ち着いて…れいなは、絵里のお母さんじゃないけん…」

下半身の痛みは、次第に痺れに変わってきた。
耐えよう、と思った。それは、絵里の感じている痛みでもあるはずだったから。

それからは、もっと激しく犯された。
体位を入れ替え、前から、後ろから、何度も突き上げられた。声を上げれば、首を絞められた。
行為の最中にぶつけたのか、腕にはあざができて、大量に注ぎ込まれた精液は膣外に流れ出るほどだった。

「ごめんよ、れいな。僕を信じてくれたのに、こんなことになってしまって」

絵里の涙が、ぽた、と落ちて、絵里がようやく正気を取り戻したことを気絶しているれいなに伝えた。





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