れいなは絵里を玄関に降ろし、髪の毛についた水分を取ってやる。

「ちょっと待っとって。すぐ風呂の準備するけん」

絵里が戸惑いながらも頷いたのを見て、れいなは風呂場へ行き、シャワーを全開にする。
そして再び絵里の元へと戻ってきて、絵里に問うた。

「えーっと、服脱がしていい?それとも自分でする?」

絵里はその言葉にぎくりとする。否応なしに思い出される昼間の出来事。
叔父にジーパンを無理やり脱がされた感覚が忘れられない。絵里は震える声で「自分でする」と言った。
れいなはそれを聞き、絵里を脱衣所まで案内した。

「脱ぎ終わったら声かけて。風呂場に入れちゃるから」

絵里はれいなの言うことに従った。サングラスを外し、雨に濡れて重くなった服をひとつひとつ脱ぎ捨てていく。
れいなに見られているかもしれないという恥ずかしさはなかった。
脱ぎ終わったことをか細い声で伝えると、れいなが近づいてくる。
れいなは一瞬、絵里の体を見てなにか言いたげな表情をした。だが、それを口に出すことを憚り、黙って右手の拳を握り締めた。
なにもアクションが起きないことを絵里が少し不安に思っていると、絵里の肩に腕が回され、左手を取られた。

「そのまま左足から前に出して」

言われるがまま、絵里が左足を出すと、れいなは満足そうに「そうそう」と呟く。
数歩進むと足の裏に冷たい感触が走った。それが風呂場のタイルだと気づくのにそう時間はかからなかった。
れいなは後ろ手に風呂場の戸を閉め、シャワーを持つ。

「とりあえず流してくけん、熱かったら言って」

絵里が頷いたのを見て、れいなは慎重に絵里の体にお湯をかける。
湯が体に触れた瞬間、絵里はぴくっと反応した。先ほどまでの冷たい雨とは違う水滴が絵里に沁みわたる。

「あ、熱かったと?」

れいなが慌ててシャワーを外したので、絵里はフルフルと首を振った。

「……あったかいよ、れーな」

その言葉に絵里は驚いた。思った以上に甘い声が出ていたからだ。
人よりも舌足らずであることは知っていたが、『れいな』を『れーな』と発音してしまったことが恥ずかしかった。
れいなはそんな絵里に気づいていないのかホッとした様子で再びシャワーをかけ始めた。
40℃程度のお湯が、ボロボロになった絵里の身も心も癒していく。しばらくその温かさに浸っているとれいなから話しかけられた。

「絵里、体、洗っちゃろうか?」

彼女の問いかけは、心なしか震えている気がした。
絵里はその震えの真意には気づかなかったが、体は洗いたかった。
叔父の感触がまだ残っている気がした。一刻も早く、その痕を消し去りたかった。
だが、それをれいなにさせるのはあまりにも申し訳なかった。こんな汚い体をれいなに触れさせてはいけないと思った。

「自分でできるから、タオル貸して」

絵里がそう言うと、れいなは黙ってボディーソープを含ませたタオルを貸してやった。
それを受け取ると、真っ先に絵里は自分の下腹部を洗った。
それも激しく、奥深いところへタオルを入れ込み、中のものを掻きだすように洗った。

目の前にれいながいて、このタオルもれいなからの借りたものだということも忘れて、絵里はその行為を繰り返した。
絵里が正気に戻ったのは、れいなの手が絵里の手と重なったときだった。
絵里は泣きそうな顔をれいなに向けた。
れいなは少しの間黙っていたが、そのタオルを受け取り、風呂場の扉を開け、外に放り出した。
扉の向こうから流れ込んだ冷たい空気が絵里の肌を刺激する。
そして新たなタオルを湯に浸し、ボディーソープを含ませた。

「れなが洗っちゃる」

その声は、今日出逢ってから聞いた中で最も低く、最も怒気を含んでいた。
そしてそれは、やはり震えていた。
絵里は反抗することもできずただ黙って立っていると、タオルが自分の首元に触れた。
そのまま、鎖骨、右腕、左腕と優しい力で絵里の体が洗われていく。
そして胸元にタオルが当たったとき、絵里は顔を逸らした。甘い声が出そうになるのを必死で堪える。

「……ないと」
「え?」
「…絵里は汚くなんかないとよ」

絵里は知らない。
れいなの声が終始震えていたのは、絵里の体を見て泣いていたからということを。

絵里は知らない。
れいなが泣いたのは、絵里の体についた無数の傷痕を見て、絵里に起こったことを察したからだということを。

絵里は知らない。
ただただ純粋に、絵里を守りたいという気持ちがれいなの中に浮かんだことを。

「れーな……」
「大丈夫っちゃよ」

れいなはそう言いながら、絵里の体を丹念に洗ってやった。
いくられいなが汚くないと思っても、絵里自身は汚いと思っている。
だから、絵里を安心させるように、その汚れを落としてやるように丁寧に洗った。

「ありがとね…れーな」

絵里は無意識のうちに泣いていた。悲しいわけではないのに、涙が溢れて止まらない。
れいながシャワーで洗い流してやっても絵里の涙は止まらず、彼女は顔を覆った。
れいなは成す術なくシャワーを止め、脱衣所に置いてあったバスタオルで絵里を包み込んだ。

絵里がその場で体を拭いている間にれいなは自室で着替えを探した。
下着はどうするか考えたが、さすがになにも着けさせないわけにもいかず、まだ使っていないものを渡すことにした。
れいなはそれらを持って脱衣所に入ると、絵里はすっかり体を拭き終わっていた。

れいなは新品の下着の封を開ける。
そして絵里の足もとに跪き、子どもに穿かせるような体勢を取った。

「パンツ穿かせるけん、そのまま右脚上げて」
「え、いーよ、そんな。申し訳ないよ」
「ノーパンってわけにもいかんやろ。これ新品やけん、絵里にやる」

そう言われ、絵里は渋々右脚を上げた。
スルスルと下着が太股を通り、下腹部まで到着した。人に下着を穿かされるなど何年振りだろうと考える。
子どもじゃないのにと言いたくなるが、目の見えないいまの自分は子ども同然なのだと諦めた。

「ほい、次はズボン」

れいなに促されて絵里が再び右脚を上げると、先ほどとは違う感触を知る。
そしてやはりスルスルと脚を登ってきて腰のところでそれは止まった。

―あー…やっぱり短くなったっちゃ……

推定でも5センチの身長差があるれいなと絵里。
れいなのジャージはやはり絵里には少し小さいようで、必然的に丈が短くなってしまった。
まあ部屋着だし問題はないかとれいなはシャツに手を伸ばした。

「シャツ着せるけん、ちょい屈んで」
「え、屈むの?」
「……れなン方がちっちゃいけん、仕方ないと」

れいなの少しすねたような声が聞こえ、絵里はクスッと笑った。
そして素直に膝を曲げて屈むと、頭からシャツを被せられる。腕を通すと、上半身かられいなの匂いがした。
なんだかれいなに抱きしめられているみたいで、絵里は恥ずかしくなっていると絵里はれいなに抱きかかえられた。
それが部屋に移動するためとはいえ、慣れない感覚に絵里は体を小さくした。

ものの7歩ほどでれいなの部屋に入り、絵里はベッドに寝かされた。部屋の方がよりいっそうれいなの匂いがした。
甘くて優しい香りが絵里の心を落ち着かせ、そして恥ずかしくさせた。

「じゃあ絵里、寝とっていいけんね」

そう言ってれいなは絵里から離れようとした。
絵里は慌ててその腕を掴もうとするが、その手は空を切る。その様子を見たれいなは「うん?」と絵里の手を握った。

「れーなは、寝ないの?」
「いや、れな風呂入っとらんし、ベッドひとつしかないけん…」

そう言ってれいなは失言だったことに気づいた。
ベッドがひとつしかないことを言えば、絵里は自分のせいだと言いだすにきまっている。
予備の布団があるからそこで寝ると言えば良かったと後悔していると、絵里が口を開いた。

「じゃあ、れーながお風呂あがったら、一緒に寝よ」
「へ?」
「ふたりで寝よ」

いやいや、あの、亀井さん?と言いかけてれいなは口をパクパクさせた。
絵里が今日なにをされたかは、絵里の体に残った傷跡を見れば明らかだった。
そんな絵里の隣で寝ることは、絵里を安心させるどころか、絵里の傷を抉るのではないかと懸念した。

「れぇな…ダメ?」

そう言われ、れいなの顔は真っ赤に染まる。
襲われた恐怖心があるからこそ、いまは傍に誰かいてほしいのかもしれないなと納得し、絵里の手を離した。

「…10分で戻ってくるけん、待っとって」

れいながそう囁くと絵里は安心したような顔を見せた。
それを見てれいなの心臓は高鳴り、抱きしめたい欲望に駆られる。
たとえそれが絵里の傷を抉ったとしても、れいなはそうしたかった。
だが、必死で理性を働かせ、れいなは風呂場へと歩いた。
こんな状態で普通に添い寝などできるだろうかと今さら心配になった。





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