「んじゃ絵里、れな行ってくるけんな」

れいなは絵里の頭をぐしゃぐしゃと撫でて立ち上がった。
絵里は一瞬だけ寂しそうな顔を見せるが、すぐにニコッと笑い、「行ってらっしゃい」と呟いた。

「6時くらいには帰れるけん、待っとって」
「うん、絵里待っとーて」

うーん、微妙に違うっちゃよその博多弁と思いながらもれいなは苦笑し、玄関へと歩き出す。
扉を閉める瞬間が一番寂しいのだけれど、れいなはそれをぐっと堪えて外へと歩き出した。

今日の仕事は午後からであり、早めに上がれるとは思うものの、それでもいまからたっぷり6時間はある。
その6時間、絵里をひとりで家に置いて行くのは心苦しいが、れいなが仕事を休んでは給料は手に入らないし、生活は成り立たない。
早めに絵里を盲学校へ入学させるのが得策だとは重々承知であり、れいなは着々とその準備をしていたがまだ実現はしていない。
明日こそ時間をつくって、絵里を連れていこうとれいなは考えていた。

「さっさと終わらせちゃろ…」

れいなは車に乗り込みスケジュールを確認すると、「あ」と呟いた。
今日は11月11日…世間じゃポッキーの日なんて言われているが、そんなことはれいなには関係ない。
れいなはスッカリ忘れていた自分に苦笑しながらも、キーを回してアクセルを踏み込んだ。




絵里はれいなが出ていったあと、ベッドに横になり音楽を聴いていた。
まだ、点字も理解できない絵里にとって、できることといえば、れいなの部屋でひとり時間を潰すことだけだった。
れいなが自分の仕事に行くギリギリまで傍にいてくれることを絵里は知っている。
早く盲学校に入学して、れいなの邪魔にならないようにしなくてはいけないことも分かっている。
だが、それを自分だけの力ではできないことが腹立たしく、もどかしかった。
絵里はふうとため息をつきながら、流れてくる音楽に耳を傾け、なんの気なしに息を大きく吸い込んだ。

―ここ、れーなの匂いでいっぱいだ…

心地良いれいなの甘い香りに急に顔が赤くなり、絵里はバタバタとベッドの上で暴れた。
心臓が高鳴り、自分の顔がニヤけていることに気づきながらも、その理由を突き止めることはできなかった。

―れーな…

絵里は無意識に彼女の名を呼んだ。その理由すらも、絵里は突き止めることはできなかった。

そんなとき、部屋のチャイムが鳴った。
絵里は反射的に体を起こすが、れいなに「変な人が多いけん、絵里は出らんでよかよ」と言われたことを思い出し、動かなかった。
しばらくそうしていると、再びチャイムが鳴り、外から声がした。

「れいなぁー、絵里ー、いるぅ?」

その間延びした声に聞き覚えのあった絵里は、思わず「い、いますー」と叫び、ゆっくりと壁伝いに玄関へと歩いた。




仕事を終えたれいなは同僚のスタッフの申し出を丁重に断り車に乗り込んだ。
せっかく彼らが良くしてくれることは分かっていたが、帰りが遅くなることは避けたかった。
最近のれいなは付き合いが悪いとひとりのカメラマンが「恋人でもできた?」と聞いてきたので、れいなは曖昧に笑って返した。

確かに恋人ではないが大切な人はいる。その人をひとり、暗い部屋で長時間待たせたくなかった。
たとえそれが、1年に1度の自分の誕生日であったとしても―――

れいなはいつものように車を停めて自分のマンションの部屋へと歩く。
時計を確認するとなにも変わらないいつもの時間だった。
毎年、れいなは自分の誕生日は外で過ごしてきた。
スタッフの方と飲むか、カメラマン仲間と遊ぶか、さゆみと何処かへ行くか。
そんな誕生日を例年なら過ごしてきたが今年は違う。
れいなはただひとり待たせている大切な人のために、今日も早く帰宅した。
れいなは鍵を回し、扉を開け「ただいまー」と大声を出して室内に上がった瞬間に「パン!」という音がした。

「はっぴーばあすでー、れーな!」

れいなが室内に足を踏み入れた瞬間、れいなはクラッカーを頭からかぶった。
髪の上に銀紙や紙吹雪が乗っている様は実に間抜けなだと思うが、
目の前にいる笑顔の絵里を見ると、そんな考えはあっさり吹き飛んでしまった。
れいなは驚き半分、嬉しさ半分と不思議な感情に呑みこまれたが、すぐに笑顔で絵里の頭を撫でて聞いた。

「だれから聞いたと?れなが誕生日やって」
「えっとね、れーながお仕事行ったあとにさゆが来て教えてくれたの。このクラッカーもさゆがくれたの」

絵里はそう言うとニコニコしながられいなにクラッカーを見せてくる。
なるほど、確かに彼女ならやりかねないなとれいなは思った。
れいなは思わず顔が緩み、絵里の肩を抱きながら彼女と部屋へと歩いて行く。
絵里をベッドに座らせると、れいなは荷物を適当に置き、再び絵里の頭を撫でた。

「バリ嬉しいっちゃよ、絵里。ありがとう」

そうしてれいなが「ニシシ」と笑うと、絵里も嬉しそうに笑う。
こんな風に祝ってもらう誕生日も悪くないなとれいなはぼんやりと思った。
たとえ、バースデーケーキがなくても、誕生日おめでとうメールがなくても、普段通りのご飯を食べても、
ただ大切な人からひと言「おめでとう」と言ってもらえたらそれで嬉しい。それが最高のシアワセだと、れいなは心から思えた。

「れーなぁ」
「うん?」

甘い絵里の声が部屋に響いた。
れいなは相変わらず緩みっぱなしに顔を絵里に向けて聞き返した。

「生まれてきてくれてありがとう」

絵里は心の底から出てきた素直な言葉をれいなに渡した。
もし、れいながいなかったら、絵里はあの雨の中で凍えていた。
下手をすれば肺炎で死んでいたかもしれない。
あのときに、れいなが絵里に手を差し伸べてくれなかったら、いま絵里はこうしてシアワセに笑っていることができない。
いまの絵里がいるのは、れいなのおかげだから―――

絵里の真っ直ぐな言葉に、れいなは胸が締め付けられた。
何処までも優しくて、甘くて、だけどなぜか切ない言葉はれいなを捉えて離さない。
切なさを含んでいるその要因は、彼女の目が見えないことなのか、心に闇があるからか、
それともなにか別の理由があるのか、れいなには判別できない。
それでもれいなは、この心の名前を絵里に伝えるために、そっと絵里を抱きしめた。

「こちらこそ、ありがとうっちゃん」

れいなの言葉に絵里は嬉しそうに笑い、その腕にそっと顔を埋めた。
いつかきっと、あなたの心の闇を晴らしてみせるから。
あの青空の名前を、あなたにきっと見せてあげるから。
いまはまだ、これだけで良い。いや、これ以上は望まない。
目が見えなくても、あなたとキスが出来なくても、それでも良い。
れいなと絵里はいま、こんなにシアワセなのだから。

れいなは絵里の髪を撫で、気づかれないようにそっとキスを落とした。
甘い香りが鼻をくすぐり、れいなは優しい気持ちになれる。
こんな日がずっと続けば良いと、れいなは心の底から願っていた。


从*´ ヮ`) <絵里、今日はなんが食べたい?

ノノ*^ー^) <れーなの好きなものっ

Happy Birtday REINA!





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