#1 <<< prev





日本に帰って来て三日目。



「絵里に会いとぅ」

二日目は久しぶりに帰ったマイホームの掃除やら荷物の整理やら携帯の機種変更など、忙しくて絵里に全く連絡できなかった。
四年ぶりに帰った我が家は至るところ埃まるけで掃除でもしないと満足に寝られもしないような惨状であり、
帰って早々れいなはカラオケ店で寝泊りをするという苦行を強いられたのだ。
昨日そのへん諸々を一気に片付け、どうせなら面倒くさいこと全部終わらせようとれいなの仕事先まで決めてしまったのだが・・・
ちなみにれいなの仕事に関してなのだが事前にメドが立っていて昨日のうちに先方にレスポンスを取っておいた。
明日その人と面会するので今日は完全に暇だ。

「絵里、今日空いとぅかな・・・。メールしてみるか」

カチカチカチ。
新しく変えたばかりの携帯なのでまだ操作に慣れていない。変換に手間取る。

『絵里、今日暇?』

送信。
今はちょうどお昼の時間帯だから仕事中であろう絵里でもすぐに返信がくるはず・・・。
バイブレーションが鳴る。予想通り返事はすぐに来た。

『18時から暇だよー^ー^』
『どっか行かん?絵里に会いとぅ』

ストレート過ぎたかな。
これで返信が来なかったら鬱になりそう。

『いいよー^ー^どこ行くのー?^ー^』

ちゃんと返事が来た。ホッと一安心。

『とりあえず飲みとかどう?』
『いいよー^ー^』
『駅前にあるつぼ八でいいと?そこに18時半に待ち合わせ』
『いいよー^ー^』
『じゃあまた』
『はーい^ー^』

その顔文字を必ず使わないとカエルになってしまう呪いにでもかかっているのだろうか絵里は。
四年経った今でも絵里の適当ぶりは全く変わっていなかった。

「18時に家出れば間に合うっちゃね・・・それまで寝ると」


*****


「遅い」

ただいまの時刻19時を回りました。
亀井絵里さん30分の遅刻です。

「こういうところもなーんも変わっとらんね絵里は・・・」

高校の頃もデートしても絵里は時間通りに来たことがなかった。
10分遅刻は当たり前。酷い時は1時間遅れるなんて日もあった。

「さっきから電話しても一向に出る気配ないしメールも返ってこぉへんし。まったく・・・」

絵里を待ちながら行き交う人々を暇つぶしに眺める。
あの女の子スタイルいいっちゃねーでも絵里のほうがエロいと。あの子も可愛い顔してるっちゃねーでも絵里のほうが可愛い。
なんて腕組しながらボケーっと女の子を眺めていたら突然目の前が真っ暗になった。

「だーれだ?うへへ」
「・・・・・・」

30分も遅刻しといて罪悪感も微塵もない能天気娘がようやくおいでなすった。

「絵里・・・遅い」
「正解!絵里でした〜」

ほんとにまったくこいつは・・・。
これみよがしにはぁと溜め息をつく。

「なんだか懐かしいと。よくデートの待ち合わせに絵里遅れて来よったやん。覚えとぅ?」
「覚えてませ〜ん。うへへ」
「コノヤロ」

じゃれあっててもしょうがないので移動を開始。
居酒屋つぼ八はすぐに見えた。混んでいたが既に個室を予約してある。

「二名でご予約の田中様ですね。こちらへどうぞ」

店員に案内されて個室に入る。対面に絵里。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください。失礼します」

ペコリ。去っていく店員。

「さーて何頼むと絵里?」
「生」
「絵里、ビール飲めるん?羨ましか・・・不味くて無理っちゃんれいなは」
「絵里も最初は飲めなかったけど何度も飲むとだんだん美味しく感じてくるんだよねぇあれは〜」
「ふーん・・・まぁれいなは甘いやつでいいや。カシスオレンジにしよ」
「あは。選択が男女逆だよ〜」

うるさか。
あんまりお酒は得意な方ではないのだ。
じゃあなぜ飲みに誘ったのかといったら単純に絵里と2人きりで話したかったからである。

「つまみは・・・れいなは軟骨と揚げ豆腐で」
「絵里はサイコロステーキ」
「じゃ注文するとよ」

ちょうど近くにいた店員を捕まえて注文を頼む。
頼んでから間もなく飲み物だけが先に運ばれてきた。

「それじゃ」
「「かんぱ〜い」」

ぐびぐびぐびぐび。
亀井さんいい飲みっぷり。
上品に飲むとか女性らしさとかそんなこと全く考えてません。生中ジョッキを今ので一気に半分まで飲んでいました。さすが。

「うまそうに飲むっちゃねー」
「美味しいもん。仕事の後に飲むとまた格別なんだな〜これが」
「仕事て今何やってると?」
「アパレルだよ。デザインもやってるんだよ〜」
「へーすごいやん。絵里のデザインした服欲しいっちゃね」
「たぶんれいなの好みじゃないと思う。それに女性用専門のお店だから」
「あー高校の頃は女物の服も着れたっちゃけど今は無理かもしれんね」

高校時代によく絵里やさゆに女装させられた思い出が蘇る。
あの頃は身長も152cmしかなくて筋肉もなにもない子供体型だった。
ポリネシアで四年間鍛えられてきたから今は筋肉も結構ある・・・と思う。
少なくとももやしではない・・・と思いたい。

「そうそう!最初見たときはビックリしたよ。れいなグーンて身長伸びてたからさ。
 だってあのれいなが今は絵里より身長高いんだよ?絵里がれいなを見上げるなんて嘘みたい。あのちびっこれいながさ」
「うるさか。成長期がようやく来たと。でも人間の成長って21で止まるとかどっかで見たからもう伸びないけん・・・これが限界」
「十分でしょ〜。170もあるれいななんてれいなじゃないよ。想像できない」

でもやっぱり男からしてみたら170はボーダーラインであって。
それ以下の男はまずモテない。どんなに顔が不細工でも身長があればある程度モテるという日本の風潮に異を唱えたい。

「変わったといえば絵里も。いつロングやめたん?」
「髪?・・・いつだっけな〜。一年ぐらい前かな」
「結構気に入ってそうだったっちゃけど何かあったん?心境の変化とか」
「んー・・・まぁいろいろ?」
「いろいろねぇ」

絵里が生中を一杯飲み終えた頃ちょうどサイコロステーキと軟骨と揚げ豆腐がきた。
ついでにと絵里が生中の追加を頼む。

「あのね。ちょうどいいと思ったの」
「? なにちょうどいいって」
「今日れいなが絵里を飲みに誘ってくれて。絵里もれいなと話したかったの。
 シラフじゃ話せないことも酔いの力を借りてね、話そうって」

話せないこと・・・あるんだ。
なんだろ。この四年間についてかな。絵里にもいろいろあったんだろうな。
ちょっと聞くのが怖い反面やっぱり気になるのもある。
もちろん今日はれいなの奢りのつもりで絵里を誘った。どうせならその話とやらを聞こうじゃないか。
今日はとことん酔わせてやろう。


*****


「うへへへへへ」
「絵里、結構酔ってる?」
テーブルの上にはビールジョッキが1、2・・・4つとグラスが2つ、徳利が2つある。
ちなみにこれは全て絵里の戦歴だ。れいなは最初に頼んだカシスオレンジすら空けてない。
そして目の前には真っ赤な顔をした絵里がお猪口を持ちながら笑っている。
酔うと笑い上戸になるらしい。

「熱燗ってすごいねー!一杯飲んだだけで自分でもわかるぐらい酔ってるよ。まぁこれ二杯目だけどさぁうへへへ」
「できあがっとぅなぁ・・・」

こんなに飲むとわかっていたなら最初から飲み放題にしとけばよかった。
というかれいなもれいなで酔わせる気でいたのになぜそうしなかったのかと。

「うふふふ。あのねぇれいなぁ。絵里ねぇれいなにねぇ言わなきゃいけないことがあるんだよぉ」
「なん?」
「まだ言えない!酔いが足りないよぉ〜もっとお酒追加〜」
「もう十分酔っとるやろ・・・そんなに重大なことなん」

追加で熱燗を頼む。これ以上飲ませると後が恐いのだがその話とやらをれいなは聞きたかった。

「お客様。ラストオーダーになりますがよろしいでしょうか?」
「え嘘。いつの間にそんな時間」
「最後ならじゃんじゃん頼んでやるぅ。鍛高譚とー生とー梅酒ロックとートリスハイボールー」
「おいおい大丈夫っちゃん?そんなに飲んで・・・」
「こんなの水と一緒!うへへへへへへへへ」
「完全にできあがっとぅ」

ラストオーダーが運ばれてきた。
水のようにガバガバ飲みまくる絵里はもはやザルというより蟒蛇の域。

「絵里、明日仕事は大丈夫と?」
「明日は休みらよぉ〜うへへへ」
「もう閉店時間っちゃん・・・結局、話ってなんだったと?」

もう閉まるので今この場で早く言ってほしい。

「ん〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うぷ」
「え・・・」
「きおちわるぃ」
「おいマジか」
「う〜ん頭グラグラする・・・」
「あーもう」

絵里に肩を貸してお会計を済ませる。
飲み放題じゃないのでかなりの額を請求された。
れいなはカシスオレンジと揚げ豆腐と軟骨しか飲み食いしてないのに・・・

「トイレは?」
「らいじょうぶ」
「ほんとに大丈夫なのかい。ほいじゃ出るとよ。はいイチ、ニ」

酔っ払い歩かせるのがここまで大変だとは思わなかった。
たぶん一人で歩いて帰れないだろう。タクシーを呼ぶことにする。
れいなが手を上げると駅周辺を走っていたタクシーが1台止まった。

「この子を家までお願いします。場所は・・・」
「やだぁ〜〜れいなも一緒に来て」
「・・・・・・。やっぱり自分も乗ります。2名で」

バタン。
扉が閉まりタクシーが発進する。

「絵里、大丈夫と?」
「あんまり・・・頭グワングワンする」
「そりゃあれだけ飲めば・・・当たり前っちゃん」

ネオン街をタクシーが通り抜けていく。
様々な色に満ち溢れた街は夜だけその姿を現す。
それをボーっと眺めながら隣にいる絵里に体が揺さぶられないようにと気を配る。
すると絵里が頭をれいなの肩に預けてきた。

「・・・絵里?やっぱりキツイと?」
「大丈夫だよ。ただこうしたいだけ。・・・ダメ?」
「よかよ」

この雰囲気・・・いいっちゃね。
肩・・・抱き寄せてもいいやろ。

おそるおそる手を絵里の背後に回して・・・肩を抱き寄せた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

自分でもわかるくらい今れいなの顔が赤くなっているのがわかる。
こんな恋人らしいことするの久しぶりだ。
絵里はどんな顔しているのかと横目で確認しようとしたが影になって見えなかった。
しばらくこの状態のままお互い無言。
肩を抱いた手が熱い。
絵里の体は細くて、れいながちょっとでも力を入れて抱きしめたら折れてしまいそうなくらい。
そんな、儚い存在。

タクシーが止まる。
どうやら絵里の家に着いたみたいだ。
料金を払ってから絵里と一緒に外に出た。

「絵里、気持ち悪いの大丈夫?まだキツイ?」
「うん・・・一人じゃまだ歩けない・・・」
「じゃ一緒に玄関まで行くけんね」

絵里に肩を貸しながら絵里の家の玄関まで歩く。
さっきよりはだいぶマシになったようだ。歩き方も正常とはいえないがしっかりしてきた。

「絵里。玄関着いとぅよ。・・・・・・・・・絵里?」
「・・・・・・」


絵里が・・・泣いてた。


「どっ・・・どうしたと絵里!?頭痛い!?それとも気持ち悪いとか!?」
「ち・・・がうぅ・・・」

あたふた。しどろもどろ。
れいなが何かいらんことしたんやろか・・・。

下を向いた絵里の目からポツポツと涙が降ってアパートの廊下に点々と染みを作る。
何もできないれいなはただそこに突っ立ってあたふた。

「い、今更・・・優しく・・・、しないでよ・・・」
「え、え」
「四年間も・・・絵里をほっといたくせにぃ・・・今更・・・うぅぅ」
「そ、それはほんとに悪かったけん・・・れいなどうすれば絵里が泣き止むとね?」
「なにもしないでぇ・・・」
「わ、わかった」

言われた通りそこに何もしないで突っ立つが絵里は泣き止まない。

「え、絵里・・・」
「ねえれいな・・・」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。


「キスして」


抱き寄せる。
右手を絵里の頬に添えて・・・その唇にキスをした。
四年ぶりにした絵里とのキスは・・・涙の味がした。

ずっと触れ合えないままだった四年間を埋めるようにお互いがお互いを求めた。
必要以上に自分の唇を押し付ける。
少しの隙間も許さないと抱く力を強める。
やがて堰がはずれてどちらからともなく舌を絡めあった。
絵里の涙と一緒に二人の唾液が混ざったモノが地面に落ちていく。
優しくする余裕などあるはずもなく。ただ絵里が欲しい。
唇だけでも絵里と溶け合いたかった。

どのくらいの時間そうしていただろうか。
さすがに苦しくなって酸素を求めて顔を離す。
絵里の顔は真っ赤で目が虚ろで唇からは唾液が垂れていて・・・とても扇情的だった。

「はぁ・・・はぁ・・・絵里・・・。ここまでさせておいてもう普通に帰ることなんてできんとよれいなは」
「ダ・・・メぇ・・・」
「なんで?キスしてって言ったの絵里っちゃろ・・・もう無理やけん絵里、部屋入ってもいいやろ?」
「待って・・・」

れいなはイライラしていた。
だってあそこまでさせておいてお預けなんてそんな殺生なことないっちゃろ?
それに四年もの間、絵里とは体どころか顔すら合わせていなかったのだ。我慢の限界というものだった。
このごに及んで待ってという絵里の神経が信じられなかった。

「聞いて・・・れいな・・・絵里の話を」
「なん?」

はぁ。という呼吸音。
そして


「絵里ね・・・今付き合っている人がいるの」



「は?」

あまりに予想外すぎて。
そんな素っ頓狂な声が出てしまった。
マツタケ食べてたと思ってたら実はシイタケだったというくらいの衝撃度。

「え?・・・どういう・・・ちょっと意味が・・・は?」
「絵里には今恋人がいるの・・・。れいなじゃなくて、別の人」
「え?」
「もう付き合って1年になる」
「は?」
「その人がいるから・・・だからもう、れいなとは恋人ではいられない」
「あ?」

なに言ってんの。

「話ってのはこのこと・・・。なかなか言い出せなかったんだけど・・・」
「・・・・・・」

頭がボーっとして・・・。

「だかられいなとは、もう会えない」

絵里がよく見えない・・・。

「〜〜〜・・・、〜〜〜・・・〜〜」

なんて言ってるのか、よく、聞こえない・・・。

お酒なんてほとんど飲んでないはずなのに、
まるで耳の側で鐘を叩かれたかのようにぐわんぐわん。
世界が反転して、ねがぽじ。
今自分はちゃんと地に足がついているのだろうか。

聴覚がその先を聞きたくないとでも言うかのように全ての音をシャットアウトしようと


「さよなら。れいな」



・・・・・・・・・・・・・・・。





next >>> #3
 

ノノ*^ー^) 検索

メンバーのみ編集できます