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れいなの職場、タトゥースタジオ"YH"はマンションの最上階にある。部屋番号は1104。
その右隣の1103号室はどうやら吉澤さんが住んでいるらしい。では左隣の1105号室はというと。

「はい。今日からここがあんたの住居だよ」
「・・・・・・」
「荷物は引越しセンターとかそこらに電話して持ってきてもらいなよ」
「・・・・・・」
「じゃ、私はデートの支度するからね。あとは二人で仲良くね」
「・・・・・・」
「なんだ不満なの?いいじゃん家賃2分の一になるんだし。まぁよろしくやってやってよ。そんじゃね〜」

バタン。

そうして薄情で適当でいい加減でどうしようもない人は帰って行った。

「れいなの中で吉澤さんの株がどんどん下がっとーと・・・」
「昔からあんな感じですよあの人はー」
「・・・・・・」

ギギギ、と首を横に向ける。
そこにはソファーに座りながら携帯をいじっている吉澤さんの弟子、久住小春の姿があった。
小春は光速の指使いで携帯を、おそらくはメールを打っている。
相変わらずのニヤケづらで、見てると自然イラついてきてしょうがない。
小春は携帯をぱたんと閉じこちらを見ると、

「ま、とりあえず。これからよろしくおねがいしますね先輩♪」

背筋が寒くなった。


*****


話を遡ろう。

彫り道具一式をジュラルミンケースに入れ、私服で出勤した午前11時。
初日だということもあって緊張しっぱなしでどうやって"YH"にまで行ったのか記憶も定かではないのだが、
そんなれいなをまず迎えたのは玄関に引っ提げられた"定休日"という看板だった。
出勤日を間違えたのかと記憶を辿ったが明日から来いという吉澤さんの言葉は鮮明に覚えていて、
では場所を間違えたのかと住所と場所を確認してみても確かにそこはタトゥースタジオ"YH"であって。
これはどういうことだと吉澤さんに電話してみれば、
『あー今日ねー。午後からデートの約束しちゃったから休みにしたよ。めんごめんご』
などと耳を疑うような言葉が返ってきた。

就職早々、上司にキレてクビになるのも嫌だったのでなんとか怒りは抑えたのだが、
帰ろうか帰るまいかウロウロしていたところに突然"YH"の隣の部屋からジャージ姿で煙草を咥えた吉澤さん登場。
隣に住んでいたのかと不意打ちをくらったのもつかの間、突然、
『今かられいなが住む部屋案内するわ』

・・・で、この状況というわけだ。

「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ〜!小春だって納得いってないんですよ?
 独りライフ満喫してたのに突然、もう一人ここ来るから。とか言われてちょっとちょっとーって感じでしたよ」
「なにがどうなってなぜこんなことになったっちゃろな・・・」
「無視ですか!でも吉澤さんの命令は絶対ですからね〜。いくらいい加減な人間でも逆らえないですよあの人には」

やっぱり天才ってのは総じてああいう人種が多いんだろうなと諦めの境地に至ってきた。
こいつの隣は嫌だったので大人しく対面のソファーに座る。

「はぁ。気合入れてきよったのに・・・空振りか。一気に暇になっとぅ」
「気になってたんですけど田中さんって生まれどこですか?」
「福岡」
「ああ。どうりで」

ちなみに小春は新潟でーすとどうでもいい情報を提供してきたのだが無視をする。

「とりあえず飯食いません?もう昼ですし」
「作れるん?」
「え?田中さんができるんですよね?今まで独り暮らししてたんでしょ?」
「・・・・・・」
「マジすか」

今まで住んでたポリネシアでは他の彫り師の方たちとルームシェアをしていたため自炊は全て他人任せだった。
高校のころも絵里がよく作りに来てくれてたし、
絵里が来ないときは大抵コンビニ弁当かちくわかカップラーメンと自炊とは縁のない生活を送っていた。
これが原因で身長が伸びなかったんじゃないやろな。

「えー小春もできないっすよぉ!いつも彼女が作ってくれてたし。
 今日から田中さんと暮らすからもういいよとか言っちゃったんですけど!」

知らんわ。

「なんか食い行きます?男二人で」

絶対に嫌だ。

「しょうがないかられいなが作るけん・・・。たぶん簡単なのならいけるかもしれん」
「たのもしー!冷蔵庫の中結構いろいろ入ってますから自由に使っちゃっていいですよー」

ま、カレーとかシチューとかなら簡単やし、いけるっちゃろ。


*****


「できた。ん。カレー」
「おお!」

野菜をテキトーに切って肉とルーを入れただけのものが完成した。
隠し味になんか牛乳を入れるといいとかいう話をどこかで聞いたのでとりあえずパック半分ぐらい入れたのだが、
本当に美味しくなるんだろうかこれで。量はテキトーなのだが。

「わーいカレーだ!ってか普通に美味しそうじゃないですか。いただきまーす」

初めてまともに自炊したので人に食べてもらうとなるとちょっとドキドキするな。
小春は一口食べた後、んん!と唸りながらコクコク頷き、二口、三口とカレーをどんどん口に運ぶ。
4口目で小休止にと水を飲んでから、

「クソまずいです。ドッグフードみたいな味がします!」
「ぁあ!?」

作ったやつ前にしてなにトンデモナイことぬかすとこいつは。
いくらなんでもドッグフードはないやろとは思ったがちょっと不安になったので鍋に入っているルーを味見してみる。まずっ

「ドッグフードみたいな味がするっちゃん・・・」
「田中さんが作ったんすよ〜どうすんですかこれ結構量ありますよ?てかカレーを不味く作るなんて凄いですよね!」
「やっぱれいなに自炊は無理だったと。はい次、小春作り」
「え〜!小春ですか!?できるかな〜まぁシチューぐらいならできるかも・・・」


*****


同マンション609号室。
久しぶりの休日。暇を持て余している友達が少ないさゆみは今日も今日とて枝毛探し。

ぴんぽーん

「はーい」

誰だろ。宅配便かな?先日通販で頼んでおいたマカロンかな?

「はいはいどちらさ・・・ま・・・・・・・」
「やほ、さゆ。いきなりっちゃけどゴハン恵んでくれん?」
「おーこの方が道重さゆみさんですか。色白で美人ですねー小春のタイプですよ。あ、初めまして久住小春といいます自分!
 ちょっと困ってて。ご飯くれませんかね?いやいきなりで悪いんですけど」

扉を開くと、相変わらずハデで生意気なツラをした女男と謎の長身のイケメン男が二人して青い顔をしながらさゆみの家に飽食に来ていた。
クスミコハル?初めて見る顔だけどれいなの友達かな。女の子にモテそうな顔してる。
今もさゆみにおべっか言ってたしこいつは間違いなく女の子と相当遊んでるプレイボーイと見た。

「とりあえず中入ってよか?今れいなんち異臭がして人が住めんようなっとるけん換気中なんよ」
「・・・なんで異臭がするの」
「いやーちょっと料理に失敗しましてね!二人して。あははー!
 二つの料理の臭いが合わさっちゃったおかげで未知なる気体が出てきたみたいです。たぶんニオイ的に有害ですよあれ」

いや知らないから。


*****


可哀相だったので仕方なしに部屋に入れてあげ、しかも料理まで振舞ってあげるという聖母も裸足で逃げそうなくらいのぬくもりを無料で奉仕したんだけど、
そんなさゆみ大明神様を放っておいて二人は無言でガツガツと品のカケラもないハイエナのような食べ方で夢中でたらこパスタを貪っていた。

「ふぃー・・・ごちそうさま。れいなたちの料理と違って人間の料理の味がちゃんとしたっちゃん。美味しかったとよさゆ」
「同じくすごい美味しかったですよー!いいお嫁さんになれますね!」
「褒められるのは好きだけどあんな簡単なメニューで大袈裟じゃない?今まで何を食べてたの二人とも・・・」
「犬や猫が食べるものの味がしよったよ。・・・小春、れいななんか奢るけんC1000買ってきてくれん?」
「パシリですか!仕方ないですね〜まぁ奢ってくれるなら喜んで」

直感が働いてれいなに目で『なにか聞かれたくない話でもあるの?』と聞いてみた。
首を振るれいな。ただ飲みたかっただけかよ。
れいなの千円を持っていってきまーす!と元気に玄関を飛び出していく久住くん。結果、れいなと二人きりになる。
人払いをしたつもりはないとれいなは言うけどなんかそれっぽい話をしたいオーラが出てたから振ってあげた。

「昨日話した絵里のお見合いの相手との話。気にならない?」
「んん・・・そりゃあ気になるっちゃ気になるけど・・・、」
「なにまたブルー入ってんの。もうぶっちゃけて言っちゃうけど絵里はれいなのことたぶんまだ好きだよ?昨日話したじゃん。
 いくら愚鈍のれいなでもあれだけ優しく教えたからわかってるとばかり思ってたんだけどもしかして気付いてなかったりとかないよね」
「いや・・・」

はっきりしないなぁ。

「このまま放っとくと絵里、相手の人といつか結婚しちゃうよ?なにか行動しないの?嫌でしょ絵里とられるの」
「やだ・・・」
「じゃあなにかアクション起こしなよ。昨日あれから絵里とメールとかした?」
「しとらん。なんかしづらい」
「なんでー?なにビビってんの?緊張してるの?」
「ビビっとぉ。つか、れいな絵里と付き合ってもいいんやろか?」
「は?なにそれ」

なんでまた鬱モードになってるのかさっぱり意味がわからない。
れいなは絵里のことが好きで、おそらく絵里もれいなのことが今も好きで。
わかってるんだったらやることは簡単だろうになんでこんなにウジウジしてるんだろ。
れいなは下を向いて空になった皿を眺めながら、

「考えたっちゃけど、れいなって四年も絵里放置した大馬鹿やろ?だけんあんま自信ないとよ。
 また絵里と付き合っても幸せにしてあげられんかもしれん。れいなみたいなアホ相手じゃまた絵里が泣きをみるけん」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜???」

逆に鬱モードからうざネガモードに進化してた。
どうしてこんな考えになったの?バカすぎてムカつく。こんなのれいなじゃない。気持ち悪い。あーもう無理。

「ちょっとれいな、悪いんだけどもう帰って。話になんないれいながバカすぎて」
「え?え?なんかれいな変なこと言っとぉーと?」
「ずっと言ってたよ!どうして悪い方に考えちゃうのかなあ。しかも悩んでること結構どうでもよすぎでしょ」
「あ?どうでもいいってなん?ちょっと口悪すぎやろさゆ。人がこんなに・・・」
「はいはいわかったから出てって〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

グイグイグイ。
れいなの背中を押して玄関まで強制退去させた。

「ちょお、なんなん突然!?なんでキレてるとさゆ?意味わからんっちゃけど!」
「はいドア閉めまーす。出ないと挟まれるよー」
「おいさゆ!」
「あのさ、」

閉める寸前。2cmくらい隙間を開けて、

「らしくないよ」

ドアを閉めた。


*****


「ほんっとに意味わからんあの女。なんで会う度いつもキレとーと」

『悩んでること結構どうでもよすぎでしょ』
いくらなんでも言いすぎっちゃろ?真剣に悩んでるのにあんな言い方はないやろ?絶対今のはさゆが悪いやろ?
思慮のカケラもないさゆの発言にもムカついていたし本当に追い出されるとも思わなかったのでWで頭にキた。
砂漠で干からびて死にそうなところにオアシス発見!かと思いきや実はオアシスの水は水道水だった!
水道水こと道重さゆみはれいなにカルキ入りのまっずい水を寄越してさっさと出てけだと。

「あれ。外でなにしてんですかー田中さん。C1000買ってきましたけど。もしかして解散しました?」
「・・・・・・」
「うわ顔恐っ」

コンビニ袋片手にヘラヘラ顔で帰ってきた小春からC1000を受け取ってその場で全部飲んだ。怒りは治まらない。

「小春、帰るっちゃよ」
「なんか機嫌悪いですね〜小春がいない間になんかありましたぁ?あ、待ってくださいよ田中さーん」

日も落ちてないが昼寝でもしないとやってられん。部屋戻ったら即行寝よう。

れいなたちの住んでいる部屋に帰還。
中の異臭は収まっていた。おそらくもう出掛けないだろうと考えジャージに着替えてソファーで昼寝をする。
だんだん寒さも厳しくなってきたし毛布一枚じゃこの冬越せないなぁ。

「田中さん、小春仕事いってきますねー。帰りめっちゃ遅いんで玄関開けたままにしといてください」

仕事ってYH?今日はオーナー吉澤さんのいい加減でどうしようもない判断で突発的に休みになったっちゃろ?
とは思ったがもう眠かったので素直にいってら〜と小春を送り出した。


*****


絵里の肌・・・すべすべしとぉと・・・ずっと撫でてたい・・・
うん・・・もっと触って・・・?
おっぱいも触っていいと・・・?
うん・・・いいよ・・・
アソコも触っていいと・・・?
うん・・・いいよ・・・
肌だけじゃ我慢できないっちゃん・・・挿れてもいいと・・・?
それはダメだよ・・・
なんでなん?絵里・・・れいなもう我慢できんよ・・・
ダメだよ・・・だって絵里は・・・


もうれいなのモノじゃないもん^ー^



・・・。

またあの最悪な淫夢だ。
絵里のスマイルでイラっときて目が覚めた。

「・・・、・・・・・・。・・・・・・、。。。・・・あ、!!!!」

ガバッ!バッ!ズルッ!ササッ!

「危ない・・・また防波堤が仕事をしてくれたっちゃん・・・」

れいなの尊厳は守られた。


パンツの確認が済んだところで、さて今は何時だと時計を確認してみたところ夜中の1時。
おそらく寝たのが16時ぐらい?で、昼寝どころかマジ寝をしてしまったらしい。
寝起き特有のボケた頭でフラフラと洗面所に行き顔を洗う。ふーさっぱり。
としたところで小春がまだ帰ってきていないということに気付いた。
一体どこでなにをしているのやら・・・。

暇つぶしにコンビニでも行こうかと財布を持って玄関から外に出ると、

「やっと開いた〜〜〜も〜」
「・・・・・・なにしてんですかこんなところで」

泥酔した吉澤さんが玄関の前で座っていた。一升瓶片手に。

「ちょっと飲みすぎちゃってさ〜立てないから起こしてくんね?」

仕方なしに片手を差し出し立たせようとするが酔っ払っているので足元がおぼつかずまたコテンと倒れる。
やれやれと両手を使って立たせてあげた。

「さんきゅー。中入っていい?いいよね。おじゃまー」
「あっ、ちょ」

つかあんたの住んでるとこすぐそこやろ!と思ったが
おかまいなしにズンズン入ってソファーを占領する吉澤さんを見てなに言っても通じないだろうなと思い諦めてれいなもソファーに座る。

「その一升瓶はなんなんですか・・・」
「これ〜?れいな飲む?まだ余ってるよ」

と言って食器棚から勝手にコップを出し誰も飲みたいなんて言ってもいないのに注ぐ。
酒は苦手なんだがせっかく注いでもらったので1杯だけ貰うことにした。

「・・・んん。つ、よいですねー・・・これ」
「強い強い。めちゃ強だよ。あの"越後さむらい"だからね。ちょっと飲んだだけでもうベロンベロン」
「アルコール度数46度・・・うわ。こんなん飲ませんでくださいよ・・・」
「アハハー」

体がポカポカしてきた。まったくこの人は・・・。

「酔った勢いで聞いちゃうんだけどさ。れいなってさぁ」

ちびちび飲みながらなんです?と顔を向けると、

「男と付き合ったことある?」
「ぶっ!」

あまりに斜め上すぎて吹いてしまった。手の甲で口を拭う。この人は今なんて言ったと?

「だからー、そんな女の子みたいな顔しててね?なにもされないわけなくね?
 いくら同姓でもさ、ちょっとはそういう経験あったりしないの?まぁ付き合うまではなくても告白されたりとか」
「・・・・・・。告白は、あります、けど」
「うおー!やっぱり!ウケルわーマジで。男から告白ってどんな感じよ?」
「気持ち悪いだけです。れいな彼女おりましたし。当たり前ですけど断りました。きもいって」
「きもいは酷いなー!ってか彼女いたんだ。まさかとは思うけど今も付き合ってたりする?」
「・・・。最近、フられました。れいながポリネシア行ってる間に恋人作ってたみたいで。
 まぁその恋人もお見合いの相手らしいんですけど」
「超最近じゃん。へーおもしろいねー。ドラマみたいで」

言いながら吉澤さんは煙草を取り出し火を点ける。
煙を肺にまで送り込んでからフー、と下に向けて吐き出すサマはやっぱりカッコいい。
というかなにをやってもこの人はカッコいい。
どうしようもなくいい加減な性格でも。

「てことは彼女に未練ありまくりなんだ?日本に帰ってきた途端フられてしかもその恋人はお見合いの相手だった。
 って、別に好きでもなんでもねーんじゃん!なんでフるんだよ!って」
「いや・・・それがよく、わからないんですよね。今もやっぱ彼女のこと好きなんですけど・・・」
「なんか悩みでもあるのか?少年よ」
「少年じゃないですけど・・・別れた根本的な原因はれいなにあるんですよ。外国に行ってた間、ずっと彼女のこと放置してたんです」
「あちゃ〜。何ヶ月ぐらいあっちにいたの?」
「四年です」
「えー。冗談でしょ?マジ?そりゃ彼女も愛想つかすわ。四年はナイナイ」
「そう・・・ですよねー・・・」

しかもしようと思えば連絡できた状況で放置だから最低を極めている。

「だから今更好きだからヨリ戻してくれとかムシが良すぎるし・・・、
 彼女が今の相手と納得して付き合っとぅなら邪魔しない方がいいのかなって。れいなと付き合ってもロクなことないし・・・
 れいなじゃ彼女を、絵里を幸せにはできないと思うんです」
「ふーん。絵里って名前なんだ可愛いねえ。いろいろ悩んでるねえ青春してんねえ」
「結構追い詰められてます・・・」
「でもそんなことでいちいち悩むなよー小さいぞ少年」
「・・・・・・」

は?と思った。
だから、またかよ。さゆの次は吉澤さんか。
小さいとかどうでもいいとか、自分たちの物差しで計るなよ。イライラする。

「・・・なんで小さいって思うんですか?そんなにれいなが悩んでることってどうでもいいことなんですかね?」
「どうでもいいかは微妙だけど小さいことは確かだね。なんで悩んでるの?ってくらいの。いちいち問題にするなって感じ?」
「・・・。吉澤さんが相手でよかったと。吉澤さん以外だったられいなとっくにキレとぅね」

グイーっと一気に酒をあおる。1杯飲んだだけで頭がクラクラなってきた。
酔いが回ったせいなのか、さっきまでムカついていたのが逆に弱気になってしまう。

「・・・あの、れいなが悩んでることって、そんなに小さいこと、ですかね」
「うん。小さいね。・・・だってさ幸せにできないってなによ?れいなはその子の幸せがなんなのかわかってんの?」

説教か・・・。
いつものれいななら聞き流すところなのだが今だけは大人しく聞きたい気分。

「・・・いや・・・」
「だろ?そういうのはなあ、大きなお世話っていうんだよ」
「大きなお世話・・・」
「先のことなんてわかんないんだから。おまえはまだ若いんだしそんな焦っても後で後悔するだけだぞ」
「・・・・・・」
「それにもしその男が絵里ちゃんを不幸にさせたらどうすんだよ」
「許さん。殺す」
「アハハ」

そういうことなのか?だからさゆもどうでもいいとか言ってたのか?
説教すると仕草だけではなく口調まで男前になるのか、吉澤さんが煙草を灰皿に捨てこっちをニヤリと笑いながら見、

「それに略奪愛とか好きだし。見てみたいんだよね、れいながそいつから絵里ちゃん奪い返すとこ」
「なんですかそれ」

いつもの吉澤さんだった。


*****


酔っ払いを部屋まで送ってから腕を枕にソファーに仰向けに寝る。
考えることはもちろん絵里のこと。

「絵里の幸せかぁ・・・」

なんだろう?すごい些細なことでもいちいち喜ぶから候補が多すぎて本命がわからない。
好きな人と結婚して子供作って家買って死ぬ時は家族に看取られたいとか、そんな平凡な感じっぽそうだなあ・・・。
だよなあ、絵里だもんなあ。幸せにするの、簡単そうっちゃん。

でも今の絵里って幸せなんだろうか?

「・・・・・・」

ソファーから体を起こし出かける準備をする。時計は夜中の3時を指していた。
決意すると今まで悩んでいたことが途端バカらしくなってくる。本当に小さくてどうでもいいことで悩んでいた。
いつまでもウジウジしてるのは自分らしくない。即決即行動。これが田中れいなやろ。

靴を履いて玄関を出る。
行き先はもちろん、亀井絵里の家。





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