「よく留年しないなぁ……」

屋上で仲良く昼寝を楽しんでいる田中れいな君と亀井絵里ちゃんを見て、譜久村聖君はそんなことをぼんやり思った。
ふたりの着衣が程良く乱れている気がしたが、それは見なかったことにしようと、聖は寝転がる。
相変わらず、空は青くて綺麗だった。初夏を感じさせる5月の空が、無性に好きだった。

聖はその体勢のまま携帯電話を取り出す。
待ち受け画面に好きな人との2ショットを設定しようかとも考えたが、とてもそんな度胸はなかった。
その代わりに、画像フォルダにわざわざキーロックをかけて、その中にお気に入りの写真を保存している。
主役はもちろん、幼馴染の生田衣梨奈に他ならなかった。

「……変態じゃん」

そうして自嘲気味に笑いながら衣梨奈の写真をぼんやりと眺めた。
写真の中の衣梨奈はだらしなく目尻を下げて笑っている。
彼女には涙とかよりも、こうしたどうしようもないくらいの弾けた笑顔が似合うなあと聖は思う。

「告白すればー?」
「そう簡単にできたら苦労しませんよ…………ってぇ?!」

突然聞こえた声に聖が上体を起こすと、そこには寝ぼけ眼の絵里がいる。
彼女も衣梨奈と同じようにだらしない笑顔を携えていたため、聖の心臓は余計に高鳴る。

「な、な、い、いいい、いつから起きてたんですか…?」
「んー…いま?」

そうして絵里は「うへへぇー」と笑い、ぐっと伸びをする。
それと同時にシャツの乱れが強調され、彼女の胸元が見えそうになり、聖は慌てて目を逸らす。
絵里のその姿に、ふたりで職員室からプリントを運んだことを聖は思い出す。
あの日、絵里は床に落ちたプリントをすべて拾いあげ、しゃがんだ絵里のスカートの中身が見えそうになっていた。
本人としては無意識なのだろうけど、思春期の男子生徒には刺激が強すぎると聖は必死に違うことを考えようとする。

「告白、すればいいのに」
「へ?」
「好きなんでしょ、えりぽんのこと」

そうストレートに言われると聖は顔が紅潮する。
好きか・嫌いか。そんな両極端な2択を迫られた場合、聖は迷わず好きだと叫ぶ。
だけど、それを実際に口にして本人に伝えるかどうかはまた別の話だと思う。
衣梨奈自身が、れいなを好きだということが分かっている以上、報われることのない恋に変わりはないのだから。

「女の子はね……」

絵里はふと言葉を紡ぎ、聖の隣に腰を下ろす。
並んだことによって彼女のシャツの中、特に胸のあたりが見えそうになるが聖はさっと目を逸らし、「その前に…」と口に出した。
恐らく大事なことを話そうとしているのだろうけど、全く以って集中出来やしない。
きょとんとしている絵里を尻目に、聖は左手で目を覆い、「あの……」と声を絞り出した。

「シャツのボタン、掛けてもらえますか?」

その言葉に絵里は「ん?」と自分の胸元を見つめる。
確かに、聖の言うように、絵里のシャツのボタンはほとんどかかっておらず、なんならブラジャーしか身につけていない状況だった。
しかもそのブラジャーさえも、ホックはかかっていないのだが。
さすがに自分の状況を把握した絵里は顔を真っ赤に染め、「ごめんっ!」と後ろを向き、服を整え始めた。
聖の下腹部は正直に反応し、いまにも直立しそうな勢いであるが、
頭の中で「バカ・ハゲ・間抜け」と繰り返し、無意味に円周率を数えて必死に誤魔化そうとしていた。


「フラれるって分かってるのに」

聖は誤魔化しがてら、言葉を絞り出した。
その声に背中にいる絵里は「うん?」と返す。

「フラれるって分かってて、告白するような勇気、僕にはないですから」

衣梨奈がれいなを好きだっていうのはなんとなく知っている。
あんなに線が細くて、浮気心丸出しで、見た目も女の子っぽくて、へたれな彼のどこが好きかは聖には理解できない。
でも、好きだという彼女の気持ちを邪魔する理由は何処にもないし、そんな権限なんて存在しない。

そうやって理由をつけてはいるけど、結局は、フラれることが怖いだけなのだろうなと聖は思う。
いまのままの、普通にふたりで一緒にいる空間が壊れてしまうことが怖くて、聖は自分の想いを告げることをしないのかもしれない。

「言葉にしなくても、分かることってあると思うんだ」

絵里はその言葉とともに、再び聖の隣に腰を下ろした。
今度はちゃんと着衣の乱れも直っており、聖はホッと一安心する。そのうえで、彼女の言葉に耳を傾ける。

「なにも言わなくても、その人の想いとか伝わったりするし、キスすることで、絵里が愛されてるんだってことも分かるよ」

絵里はそうして目を細めて笑い、空を見上げた。
彼女がだれを想いながら話してるのかくらい、聖にだって分かる。
たぶんそれは、ふたりの後ろでだらしない寝顔を見せて爆睡している、世界一のシアワセ者のことなんだろうなと聖は肩を竦めた。


「でもね…」

絵里はそうして一度言葉を切ったあと、続けた。

「言わないことで、不安になることだってあるんだよ」

絵里はそう言うと目線を下げ、ちらりと後方に向けた。
そこにはやっぱりだらしなく寝ている彼がいて、絵里はシアワセそうな、だけど何処か寂しそうな表情を浮かべる。
きっとそれは、彼女の本心なのではないかと思う。
絵里とれいながどれだけラブラブなバカップルであるかは、聖どころか全校生徒が知っていることであるのだけれど、
それでもふたりはまだ「正式」には「付き合っていない」。
付き合っているも同然ではあるけれど、お互いに「好き」という最も簡単で最も難しい二文字を伝えたことはないらしい。

「まー、言わない絵里も悪いんだけどさ。……それでもね」

絵里は視線をれいなから再び青い空へと向けて呟いた。
それはまるでなにかの歌のようで、その声に聖は胸が締め付けられる。
その胸の痛みは、恋はまた少し違った、不思議な、痛みだったように思った。

「女の子は、待ってるんだよ」

聖は絵里と同じように空を仰いだ。
最初に此処に来た時と同じような「青」が広がっている。
風が初夏の匂いを運んでくると同時に、白い雲が少しだけちぎれて薄れていく。
そのまま白が青に溶け込んでいきそうな雰囲気すらあった。

「実はえりぽん、聖くんのこと、待ってるかもしれないよ」

そうして微笑んだ絵里は、何処までも女性だった。
自分と少ししか年齢差はないはずなのに、思わずなにも言えなくなってしまうほどの強さを持った、大人の女性。
どうしたって敵わないようなオーラを身に纏ったその姿に、聖は首を垂れる以外にない。

「………あり得ないですよ、それは」

それでも聖は自嘲気味に笑って立ち上がり、話を誤魔化した。
少しでも、期待なんてしたくなかった。
期待してしまえば、それに対する見返りが欲しくなってしまうから。
この想いが受け入れられるのではないかと、勘違いしてしまうから。
衣梨奈が自分の振り返ってくれるのではないかと、心のどこかで願ってしまうから。

「ま、がんばれ、青春!」

絵里はそうやって笑顔で聖に手を振った。
そういう姿は普通の女子高生なのに、ふとした瞬間に彼女は先ほどのように女性になる。
そんなギャップに、れいなもやられたのだろうなと思いながら、聖は一礼し、屋上から立ち去ろうとする。
しかしその前に、思い出したように振り返り「お邪魔しました」と呟いた。


聖が去った屋上で絵里はひとり空を見上げた。
本当に今日はよく晴れている。あと1ヶ月もすれば梅雨入りするらしいが、そんな気配を微塵も感じさせないこの空が好きだった。
絵里はふと、傍で眠っているれいなを見つめる。いったいいつまで寝ているのだろうと苦笑するが、そんな姿も堪らなく愛しかった。


―――「女の子は、待ってるんだよ」


自分が先ほど発した言葉を絵里は反芻する。
そう、待っているのだ、いつでも。彼のその口から、いつか、ちゃんとした言葉がもらえることを。

「ばーか……」

絵里はそう笑顔で呟くと、未だに眠っている彼の唇にキスを落とした。
自分の髪が彼の頬に垂れさがるが、そんなことは気にならない。
触れるだけの軽いキスは、それでもなによりも甘くて、絵里は優しく微笑み、れいなの隣に横になった。





初夏の屋上で おわり
 

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