きっかけは、たったのひと言だった。

「土曜日さ、遊びに行かん?」

先日、学校からの帰り道に、たかーし君からそう言われたにーがき君はなにも考えずに「いいよ」と返した。
そうあっさりと返答されると思っていなかったのか、面食らったのはたかーし君だった。
彼としては、ごく一般的なデートの誘い文句を出したつもりだったが、にーがき君はそれをいとも簡単に交わした。
というよりも、それを「デート」だと認識しておらず、特に断る理由もなかったので、誘いに乗ったのだ。
にーがき君は相変わらず、鈍い。

「じゃあ、お昼の1時に駅で」

少し肩を落としながらも、たかーし君はそう告げた。
そして今日、ふたりは約束の1時に駅で会い、街を歩き始めた。

名目は「買い物」だった。
別に欲しいものがあるわけでもなかったが、ふたりはブラブラ歩き、気になった店に入った。

「お、コレいーやん」

たかーし君が手に取った服をにーがき君はマジマジと見る。

「そういうのが好きなんだね」
「え、ガキさんにやよ?」

そう言われてにーがき君は「えぇぇぇ?!」と返す。

「いや、僕じゃないでしょコレ」
「案外似合うって!新規開拓しよーや」
「しなくていいよ、別に」

にーがき君の服装は、白いポロシャツに青のジーンズという、ごくごくありふれた格好だった。
オシャレというものに気を使ったことはあまりなく、ワックスもほとんど使っていなかった。

「ガキさんカッコいいと思うんやけどねぇ」

対するたかーし君は、水色のワイシャツにニット生地のネクタイとチノパン、頭には帽子をかぶり、伊達メガネをかけている。
たぶん、オシャレという部類に入るのだろうとにーがき君は思う。
実際、すれ違う女の子たちは、10人中少なくとも7人は振り返っている。目当ては、自分ではなく、隣の彼だ。
劣等感を覚えることはないけれど、少しだけ、羨ましくもあった。

「勿体ないと思うけど」

そうして残念そうにたかーし君は服を戻した。
自分に自信がないことは、あまり良いことではないと分かっている。
分かってはいるんだけれども、自分を変えようと思うほどの強さも、なかった。
そういうところが、ダメなんだろうなと、にーがき君は隣の店に入る。

店に入った直後に後悔した。
シルバーアクセサリーを扱うその店は、いちばんの場違いだと思った。
指輪もピアスも、ネックレスすらつけたことがないのに、なぜ此処に入ったのだろうと苦笑する。

「ブレスレットとか?」

横からひょいと覗きこむたかーし君ににーがき君は「いやぁ……」と返した。
彼はショーケースの中をキラキラと目を輝かせて見ている。
たかーし君だったら、なんでも着こなすし、こんなアクセサリーも似合うんだろうなと思う。

「ピアス、開けとらんのやっけ?」
「え。ああ、うん。なんか、痛そうだし」

それだけ聞くと、たかーし君は店内の奥へと入っていった。
にーがき君はそれに続くように入ると、店内のBGMが耳に響く。やっぱり、縁遠い場所だなとなんとなく感じた。
だが、そうは言っても鮮やかに輝く宝石のようなそれに目を奪われる。
装飾品たちのもつ、不思議な力に目を細めていると、「ありがとうございます」という声がした。
ん?と振り返ると、彼は既に会計を済ませていた。

「ほい、行くよ」
「え?あ、ああ……」

そうしてにーがき君は半ば強引に店内から外へと出た。
初夏を思わせる青空が眩しかった。

「なに、買ったの?」
「ん〜?知りたい?」

逆に質問され、にーがき君は困った。
なんて返すのが正解なんだろうと思っていたそのときだった。


「にーがきさぁぁん!」

急に聞こえたその声にくるりと振り向く。
そこには喧しくて敵わない後輩の生田君が走ってきていた。
ちなみにこの瞬間、たかーし君の笑顔が引き攣ったことに、にーがき君は気付かなかった。

「こんにちはっ!あ、たかーしさんも」
「オマケかよ……」
「にーがきさん、買い物ですか?」

シカトかよ、と思いながらたかーし君は苦笑した。
この犬のような後輩、生田衣梨奈君は、にーがき君を尊敬し、敬愛し、そして「推して」いる。
たかーし君は、彼をライバルだと思ったことはないが、KYだと思ったことは数回、ある。

「まあ、見ての通り」
「衣梨奈も買い物です!いっしょに行きませんか?」
「ちょっと待て」

さすがにその発言には反対せざるを得なかった。
せっかくのデート、このKYな後輩に邪魔されるわけにはいかない。どうか場をわきまえてほしい。
がんばれ!ここで空気を読むんだKY!

「生田は何処行くの?」
「本屋さんです」
「良いよ、行こうか」

その発言にたかーし君は「へ?」とにーがき君を見た。それはずいぶん情けない顔をしていた。

「3人の方が楽しいし、いいじゃん」

そこまで笑顔で言われてしまっては、反論する暇もなかった。
たかーし君は黙って頷き、彼に見えないところで肩を落とした。
彼のそういう優しいところは、結局、嫌いじゃなくて、むしろ好きだったから。

「やったぁ!にーがきさんとたかーしさんとデートですね!」

そのセリフ、オレがガキさんに言いたかったのに!とたかーし君は心の中で呟いた。


数十分後、生田君に連れられたにーがき君とたかーし君は書店に来ていた。

「にーがきさぁぁん、見て下さい!!」

書店に入るや否や、生田君は雑誌コーナーに一直線へと走ったかと思うと再びこちらに戻ってきた。
その姿はさながら犬のようでたかーし君は面白そうに笑った。

「今月のTopYellです!!」
「……えーっと…」

生田君が手にしているのは、今月6日に発売された「TopYell」7月号だった。
彼が嬉々として見せてきた雑誌の表紙を見る。何処かで見たことのあるようなないようなアイドルたちが踊っている。

「え、N、M……」
「違います、こっち!!」

生田君は雑誌を裏返し、裏表紙を見せてきた。

「おー、モーニング娘。やん」

にーがき君の後ろからひょこっと顔を出したたかーし君に生田君は嬉しそうに返した。

「そうなんです!今月もモーニング娘。特集で、5月に卒業したメンバーのロングインタビューとかがもう泣けるんです!
熱い想いとかがたくさん詰まってて、ひと言ひと言の重みとかがやっぱ違って……」
「よし、買ってこい!」

いつもの長い長い話が始まりそうになったので、にーがき君はスパッと打ち切る。
生田君は飼い主に指示を受けた犬のような笑顔で「はいっ!」とレジへと走った。

「じゃ、オレも漫画見てくるわー」

そうしてたかーし君は手を振り、コミックコーナーへと向かった。
ひとり残されたにーがき君は軽くため息をついて書店をぐるりと回ることにした。

にーがき君は別になにかが欲しいわけではなかった。
そもそもは、たかーし君とふたりで街を歩いていたのに、流されて此処に来ている。
別に邪魔されたとも思っていないが、あの場で「いっしょに行こう」と行って良かったのだろうかと、いまになって気になった。
たかーし君の意見も聞けば良かったかなと苦笑した。
にーがき君がふと視線を右へと流すと、書店の店員がてきぱきと本を整理していた。

―あれ……?

肩につくかつかないくらいの明るめの髪を伸ばし、楽しそうに本を並べるその姿は、何処かで見たことのあるような人にも見える。
あまりジロジロ見つめるのも良くはないが、なぜか彼女のことを気になったにーがき君は、その店員との距離を少しだけ詰めた。
店員はそんなにーがき君に気付かずに作業を進める。
近くにあった小さめの脚立に乗り、棚の最上部に書籍を並べたときだった。

「危ないですよ、絵里さん」

後方から掛けられた声に思わずにーがき君もビクッと反応した。
呼ばれた本人であろう店員はくるりと振り向き、その人の姿を認めると柔らかく微笑んだ。

「せーんせっ」

書店の店員―――亀井絵里は脚立からひょいと降り、声をかけてきた光井愛佳の手を取った。

「いま帰りですか?」
「ええ。休日出勤なんで、そんなに遅くならずに帰れました」

仲が良さそうに話すその関係性は、見ていてこちらも温かくなるほどだった。
おかげでにーがき君は、愛佳が「絵里さん」と名を呼び、それが同じクラスのかめい君と同姓同名であることには気付かなかった。

「もうすぐ上がれるなら、待ってましょうか?」
「ううん、あと1時間くらいあるし……ご飯つくって待ってて下さい」
「ハイハイ、分かりました」

そうして愛佳は絵里の頭をなんどか撫でたあと、絵里の髪をすいた。
流れる茶色い髪を指で遊び、軽くキスを落とす。

「…待ってますね、絵里さん」

耳元で熱く囁かれた言葉に絵里の胸は一瞬で掴まれる。
たったのひと言なのに、これ以上ないほどの想いを感じ、頬は紅潮し、瞳は揺れる。

「……ばかぁ…」

精一杯の強がりで、精一杯の笑顔を見せた絵里から愛佳は手を振って離れた。
困ったように笑って書店を去るその姿は、余裕綽々のくせに、胸に溢れた愛のために、常に精一杯であるというアンビバレンスを感じた。
その不均衡さが妙に愛しくて、絵里は手で頬を扇ぎながら、再び作業に戻った。

その出来事を近くで見ていたにーがき君は、なぜだか分からないけれど、とてもシアワセな気持ちになった。
にーがき君はこのふたりの知り合いでもないし、ふたりの関係性も、過去になにがあったのかも知らない。
それでも彼は、たったの数分の出来事を目にしただけで、彼らの想いを知ることができた。

―なんかいいなぁ、ああいうの…

そうして優しく笑ったにーがき君は、くるりと店員に踵を返し、再び書店を回り始めた。



そんなにーがき君を見ながら、まさかあの先生がタイプなのだろうかと焦り始めたたかーし君がいるのですが、それはまた別のお話。
そんなことは露知らず、「TopYell」7月号を買えてシアワセ有頂天な生田君がいるのも、別のお話。

そんな高校生たちの恋愛模様を知ることなく、光井先生と絵里が仲良しラブラブなのも、やっぱり別のお話なのです。


ちなみにたかーし君がなにを買ったのかが明らかになるのは、また今度のお話です。








たかーし君とにーがき君―――デートと勘違いとKYと おわり
 

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