ある夜明け前、亀井くんはふと目を覚ましました。
隣には、れいなちゃんがすやすや寝ています。
窓の外からは静かな虫の声。
もう夏も終わりです。

「さすがにかなり涼しくなってきましたよ?」

窓を閉めて寝ようと思い、ベッドから起き上がり、窓の前に立ちます。

「ん…?」

網戸に、何か黒っぽいものがくっついているのに気付きました

「蝉かあ」

亀井くんがそっと指を近づけると、カサカサと小さく身を震わせはしますが、もう寿命が近いのか、蝉は強く暴れようとはしません

「こんな味気ないとこで死ぬことはないよね」

亀井くんは蝉をそっと掴むと、身を乗り出して、窓の外に迫り出すように伸びている木の枝にのせました

「じゃあね」
「キミが生まれ変わったら、また会えたらいいね」

亀井くんはベッドのれいなちゃんを振り返りました。
蝉も、何処かで鳴いている虫も、自分も彼女も、いつかは消えてなくなるでしょう。

「僕よりは、先に消えないでね」

窓から夜明け前の蒼い空が見えます。
亀井くんはベッドに腰掛けて、裸の彼女の胸にそっと手を置いてつぶやきました。


………


かめい君がなにか呟く声が遠くで聞こえた。
いつものようなヘラヘラした笑い声じゃなく、低くて切ない声は、何処か寂しくて切なくなる。
夢の中から現実へ戻るほどの力はないが、れいなは確かにかめい君のその声を認識していた。

「―――キミが生まれ変わったら、また会えたらいいね」

いったいだれへの言葉だろうとぼんやり思う。
目を開けて訊ねるほどの力はない。だけど、あまりに切なくて優しい声は哀しくなる。
ねぇ、えり。えりはどうしてそんな、寂しいこと言うと?

「僕よりは、先に消えないでね」

そうして彼はベッドに腰掛けて、裸の彼女の胸にそっと手を置いて呟いた。
いつもなら、エッチぃ〜と笑って躱すのだが、いまのれいなにその力はない。
熱くて、寂しくて、だけと愛しいその手と声が、れいなの心を掴んで離さない。
囚われた想いを、解放するほどの理由すらもない。

ねぇ、えり。
そんな泣きそうな顔せんで。
そんな寂しそうな声出さんで。

れなは、れなは、れなは―――。

れいなが目を開こうとした瞬間、その唇に甘いキスが降ってきた。
それがかめい君の唇だと知るのには数秒もいらなかった。
触れるだけの、舌も入れることのない、甘くて優しいキスに、震えた。

「おやすみ、れーな」

彼はそうして優しく呟くと、れいなの小さな体をぎゅうと抱きしめてベッドに入った。
ああ、もう、とれいなは思う。
言いたいことはなにも伝えられちゃいない。
彼がどんな想いを抱いているか、どんな言葉を囁きたいのか、れいなはまるで知らないのに。

「………好きっちゃよ、絵里―――」

聞こえないほどの小声でれいなはそう呟いて、かめい君をぎゅうと抱き返す。
もうすぐ夏は終わる。燃えるような熱い太陽も、いずれは雲に隠れ、寂しい風とともに秋が来る。
それでもまだ尚に、夜空に輝く月は消えない。


………


暦上、夏も終わり…昨晩は大分涼しく過ごしやすい夜だった。
しかし昼になると太陽はギラギラと照りつけ、真っ青な空と白い雲を従えて、まだ尚、夏を主張している。
そしてその熱に触発された蝉たちは最後の命を燃やし尽くそうとけたたましく鳴き続ける。
彼らの声が耳を刺激して徐々に意識を覚醒させるかめい君。
うっすらと開けた瞼の向こうは白く眩しく、二度寝を許してはくれなさそう。
観念したかめい君は両腕を上げてうーんと身体を伸ばす。
じっとりと汗ばんでいるのに気付き、扇風機を点けようとベッドからおりると、ふと昨晩の蝉を思い出した。
寝起きで怠い身体を引きずってペタペタと窓際まで行くと、熱気が他より一段高く感じる。

「うへぇー今日もあっちぃですよ」

呟きながら窓を開ければ夏の終わりを悲しむ蝉たちのフルオーケストラが部屋中に響き渡る。
大迫力の演奏に肩を竦めつつ、枝の上の蝉を探す。

「…あれ?」

そこに蝉の姿は無く、風で落ちたのかと身体を乗り出して屋根の上や地面を覗き込むが見当たらない。
首を傾げて思案するかめい君。
すると何かが目の前を横切った。
ジジジッと羽を鳴らし一匹の蝉が空を翔けていく。

「…諦めずに一花咲かしに行ったのかな?」

それが昨晩の蝉だったのかはわからないが、そうであったらいいなと思った。

「んぅ…あっつ…」

蝉が青空に溶け込んだのを見届けていると背中越しに聞こえてきた愛しい彼女の声。
ゆっくり振り向けば目が覚めたれいながグシグシと顔を擦っていた。
扇風機を点けるんだったと思い出したかめい君は窓を閉めてスイッチを入れる。
部屋の中の空気が循環され幾分か暑苦しさが軽減された気がする。
まだ少し眠たそうな瞳でみつめてくるれいなへ手を伸ばしながらベッドに腰掛ける。

「おはよ」

汗ばむ首筋を手の甲で拭ってやるとれいなは気持ち良さそうに目を細めた。
やっぱり猫みたいだと思いながらそのまま腕を高く上げて再びうーんと身体を伸ばす。
瞬間、ふわりと胸の中にれいなが飛び込んで来た。
少し驚きつつも伸ばした腕を降ろして小さな頭をそっと撫でた。

「うへへwあまえんぼれーなぁ」

顔をあげてくれない彼女の短い髪の毛に指を通す。
この短さには慣れてきたけれど、長く流れる髪を指に通しながら背中を撫でることができないのは少し寂しい。
柔らかく撫でながら彼女の反応を待った。

「えりぃ…」
「んー?」
「ぅー……えーりぃー」
「なぁーにぃー」

くぐもった声で呼ばれ返事をする。
こういう時はれいなの中で何か言いたいことをぐるぐると考えてる時だとかめい君は知っている。

「な〜んじゃ〜ろねぇ〜」

ゆらゆらと身体を揺らしながら鞘師君の方言を合ってるかわからないが真似てみた。
言いやすい空気にしようとしてみたのだがその効果は果たして…。

「……っと……てね…」
「ん?」

沈黙のあと途切れ途切れに聞こえてきた声に耳をそばだてる。

「ずっと一緒におってね…」

かめい君の体に押し付けていた口を離したので今度ははっきりと聞こえてきた。
背中にまわされた細い腕に何かを感じて、かめい君は覆いかぶさるように彼女の耳元へ顔を近づける。

「いるよ、そばにいるよ。」
「…どんな時もよ?」
「うん。」

彼の返事を聞いて、ゆっくりと身体を起こすれいな。
少し赤らんだ瞳をかめい君に向け、もう一度問い掛ける。

「本当にわかりよう?どんな時もよ?」

不安げにしかし強い眼差しで訴えてくる彼女の言葉に息を飲む。

「まさか…昨日の聞こえてたの?」

かめい君の問いには答えず、れいなは再び彼の胸に顔を埋めた。

「…れいな、絵里がおらんかったら生きていかれんし、置いていくつもりもないけんね」

少し拗ねた声で聞こえてきたその言葉は、昨夜のかめい君の言葉に対する答えだった。
彼女の息が当たる部分から徐々に熱が広がり、かめい君の心の中で何かが溶けていく。

――一緒にいるってことは、ずっとそばにいるってことは…

れいなの言わんとしていることを理解して、一抹の切なさと、一層増した愛しさがかめい君を満たしていく。
髪の毛の隙間から赤くなった耳にキスを落として囁きかける。

「うん。一緒。どんな時でも一緒だよ。」
「…ホントよ?」
「うん。」

二人一緒になんて常識的じゃないと思うけれど、その時はみちしげ君が泣くかも知れないけれど、
この愛しい人に悲しみを背負わせたくはないから…

「大好きだよ、れーな」
「…大好きよ、絵里」

はにかみながら唇を重ねる二人。
将来を誓うキスはいつになるかわからないが、二人を分かつことなどないと信じて…





夏のかめれな おわり
 

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